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2018年8月29日水曜日

夏休み2018 イディッシュ語 2日目

今日は、夏期コース「イディッシュ語」(初中級、8/28~8/30 の3日間)の2日目。昨日の授業で、昨年春期に使用した教材の既習部分をほぼ読了したので、本日どうなることかと気にしながら臨む。(教材は昨年春期だけ使用したため、今日からは未読ページにチャレンジすることになる)

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

始業(午前10時)前に、早く到着しそうなので、校舎近くの立ち食い蕎麦に寄って <たぬき蕎麦> を食う。旨くて量も適切なのに、わたしには腹持ちがよ過ぎて後悔する。立ち寄るタイミングを誤ったようだ。もちろん自宅で朝食をとってきたわけではないのに・・・。

使用教材を、「דער אָנהײבער(The Beginner)」と(昨日)記したが、本テキストとサブテキスト(ワークブック形式)で構成されていて、本テキストは昨年春期に使用したもの、サブテキストは、今回新たに加えられたものだ。しかも、大判にして見やすくしていただいたので、老眼者にも読みやすい。教材を工夫いただき本当に感謝です。

授業は次の内容で進められた。
① 本テキストとサブテキスト
 ・ <子犬の湯洗い>、<雪だるまと橇(そり)遊び>、<よい子のケンカ仲裁>、・・・、<猫とネズミ遊び>まで進んだ。一部未読部分もあるが、おおむね全体の2/3読了したことになる。

② サブ読み物(追加)
 ・ショーレム・アレイヘムの掌編「嘆きの壁(כּותל-מערבֿי:Koysl-Maarovi)」
  - エルサレムで「嘆きの壁」を見た人から話しを聞くラビは、子どもたちへの授業を中断、感激の余り泣いてしまう。
  - この物語り、以前の授業で紹介いただいたのに・・・記憶がおぼろでぼろぼろ。

2018年8月28日火曜日

夏休み2018 イディッシュ語 1日目

今日から、夏期コース「イディッシュ語」(初中級、8/28~8/30 の3日間)が始まった。今年前半の春期コースが先月末に終了して以来、一ヶ月ほど経過したことになる。この間自習を少し進めたが、むしろ退行するのが早いのではと心配していた。

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

午前と午後をまたがって、途中小休止するものの授業が進められた。合間に、先生と他の受講者の方がされた<ユダヤ文化などの話題>について楽しく拝聴した。だから、あっという間に時間が過ぎたといってよいかもしれない。

昨年(2017年)の春期コースで使用したテキスト「דער אָנהײבער」(The Beginner)を超高速で読み進め、初日の今日で、既習部分をほぼ読み終わったことになる。残り2日間、どうなることだろう。というのも、このテキストの後半は、進むに従って活字が小さくなり稠密になる・・・。

(本ブログ関連:”דער אָנהײבער”)

ところで、授業後も、先生と他の受講者(実はユダヤ研究者)の方との会話をうかがうことができた。素人学習者にとって、(こんな幸運はない!)本当によい機会に巡り合うことができたとよろこんでいる。

2018年8月27日月曜日

(雑談)雨の後

先日、夕方に雨が降ると知らされていたのに、大したことはないとたかをくくって、のんびり帰宅した。その途中、小雨に遭い、びしょ濡れになってしまった。連日の熱暑で、通り雨くらいだろう、遣り過ごせると踏んだのが間違い。逃げ場がない帰り道、探せば民家の軒先で雨宿りもできるというに、やせ我慢して道を急いだ。

そして今日、夕立があると天気予報が告げた。今回ばかりは先を見越して、早めに読書室を出た。ねずみ色の雲は次第に陰を増して、今にも雨粒が落ちてきそうな気配がする。幸い雨に濡れることもなく帰宅してほっとしたものの、夜に入って、雷鳴と共に雨音が続いた。玄関を開けて覗けば、「バケツを引っくり返したような」土砂降り。軒先で、通り道で雨滴が地面を打ちつけて跳ねていた。

その後すっかり雨は止んで、虫音もしない静けさが広がった。なんだか物足りない。少しくらい聞こえてもよいのにと思う。

ここらで、懐かしい(オールディーズ)、ザ・カスケーズの「悲しき雨音」(1962年)でも聞きましょう。

(本ブログ関連:”悲しき雨音”)


( Youtubeに登録のhitou daisukiに感謝)

2018年8月26日日曜日

ビリー・ヴォーン楽団「浪路はるかに」

懐メロという言葉がある。わたしにすれば、洋楽ポップスも懐メロにあたる。それも、日本でアメリカンポップス全盛の頃に馴染んだ「エルヴィス・プレスリー」までだ。日本人歌手がアメリカンポップスを日本語に直して歌っていた時代の少し後まで。

(本ブログ関連:”エルヴィス・プレスリー”)

わたしにとって、ビートルズは懐メロの範疇からずれる。プレスリーに親しんだものには、ビートルズは異様な響きでしかなかった。だから、最近のラップを聞いて、こんなことを思う。プレスリーに懐かしさを感じ肯定するなら、今の若者たちが老いてラップに懐かしさを覚えるのだろうかと。また戦前・戦後の演歌に馴染んだ歳上の方からすれば、プレスリーへの懐旧も変なのかもしれない・・・だろうと。

歳とともに安心する味覚に子どものころの記憶があるように、音楽もラジオにすがり付いて聞いた旋律がある。夏になると、ビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)」(1957年)が聞こえて来る。そこへ戻るのだ。子どものころ、西日の射す応接間の隅にあったレコードプレイヤーにレコード盤をそっと置いて耳を傾けた。何度も聞いた。そのころは外国の音色でしかなかったが。

(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)

次のYouyubeの画像は、「7インチ33回転4曲入りレコード」だそうだ。そういえば、むかし聞いたビリー・ヴォーン楽団のレコードは、いわゆる、LP(30cm)版と比べて小型だったこと、そしてEP版ではなかった記憶がある。


(Youtubeに登録のTaka Makiに感謝)

2018年8月25日土曜日

花火の音

遠くでドンと轟いた。それも数回。夏休みの終わりをしめる花火祭りのようなものだろうか。公式な行事もあれば、夜の遊園地に華を添えるものもある。今回はもっと小規模なものだろうけど。

最近、足をのばして花火大会に出かけたことがない。考えてみれば、ここ数年は、遠くで花火が破裂する音しか知らないのだ。それでも不思議なもの、音に合わせて七色の火花がぱっと広がる光景が浮かんでくる。

花火の記憶は、歳とともに原点に戻るようだ。子どものころ、社宅の子どもたち(年齢に幅がある)が集まって、父親の勤める工場の敷地上空に、大きな花火が上がるのを見に行った。昔は、夜といって心配もなかった時代。今、漠然とした光景しか残っていないが、それでも、子どもを上気させたあの気分は鮮明だ。

ところで、この夏に誓ったイディッシュ語の学習が冴えない。暑い暑いと言い訳ばかり。一昨年(2016年)以来だが、「イディッシュ語」の夏期間コース(初中級)が、来週 8/28~8/30 の3日間開かれる。頭にドカーンと刺激をいただき、頑張ってみたい。

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”)

2018年8月24日金曜日

イ・ソンヒ 「街の眺め」

街の夕焼けが美しかった。まだ西の空に青味が残り、それと対比するように、雲の後ろから夕陽が放射して天に広がった。白い明かりは、次第に勾配して赤い光となって雲を染める。そんなとき、心に浮かぶのは東洋風の宗教的な色彩といった方がよいかもしれない。あまりの美しさに遭遇したとき、反応はごく自然な回路につながる。自分の生きてきた世界の中に美しさを探してしまうのだ。そう、彩雲輝く「来迎図」やいかに。

そんな大げさなことではなくて、街を気取って歩くのも悪くない。イ・ソンヒの15集に所収の「街の眺め(거리 구경)」(2014年)は、もちょっと女性雑誌にありそうな洒落た街歩きのようだが。

(本ブログ関連:”街の眺め”)

ウェブマガジン「IZM」(2014年4月、投稿者ソ・スングン)に、この歌について、次のよう紹介されている。
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タンゴとフォーク、そしてジャズのスキャットが似合う「街の眺め」で披露している各楽器の音の黄金率は、今回のアルバムに多くの真心と努力が入り込んでいることをのぞかせる重要なトラックだ。
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歌の場面は、実際は、昼下がりのようで、陽ざしの眩しいころ。おじさんはしたことがないけど、カフェテラスで気取ってなにやら飲んでいる光景が浮かぶじゃありませんか。


(Youtubeに登録のstorycoffeeletterに感謝)

2018年8月23日木曜日

処暑 2018(台風と「藤原の効果」)

今日は、夏の暑さの境目ともいうべき、二十四節気の「処暑」。わたしたちは徐々に暑くなるときより、少しでもひんやりした感に転じたとき敏感だし驚くもの。夏休みも来週を残すのみ、子どもたちにとって、遊びをやり遂げねばならないだろうし、宿題の追い込みの期間でもある。

(本ブログ関連:”処暑”)

処暑は台風時期と近く、今日の天気について、Weathernewsのindex画面は「台風が接近、西日本は荒天に警戒」と次のように解説している。台風19号は昨夜に九州の西海上を離れ、もっぱら20号が注意の中心に置かれているようだ。
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今日は台風20号の接近に伴い、西日本では大雨や暴風、高波、高潮に警戒が必要です。夕方以降は荒天となるため、早めの帰宅が安心。東日本や東北では厳しい暑さが続き、猛暑日予想の所も。関東甲信では天気下り坂で、午後は雨が降り出します。外出時は折り畳み傘があると安心です。
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ところで、台風19号と20号の進路が平行して朝鮮半島をはさむ形となり、二つの低気圧が相互に影響しあって複雑な動きをするかも知れないという。「藤原の効果」といい、「1921年に当時の中央気象台所長だった藤原咲平が、このような相互作用の存在を提唱したためこの名がある」(Wikipedia)だそうだ。正直初耳の言葉。気象庁の天気予報の用語には使用されていないようだ。

まさに、韓国はその状況にあって、中央日報の記事「左に19号、右に20号…韓半島が『台風サンドイッチ』に?」(8/23)は、「藤原の効果」について触れている。(抜粋)
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・もし東側に位置した台風20号が、韓半島を横切って東に抜けようとする19号の進路を塞いでしまう場合、19号が韓半島上空に長くとどまることになり、被害がさらに拡大するという懸念が出ている。
・韓国気象庁は「藤原の効果」が発生する可能性は高くないとみているが、2つの台風が互いを引き寄せあう可能性があるため、2つの台風の進路をリアルタイムで確認している。
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2018年8月22日水曜日

台風19号、20号

暑さが復活している。公園の木陰でツクツクボウシの鳴き声がする。子どもたちは、この声を聞いて夏休みの終わりを知ることだろう。残すところ、来週いっぱいなのだ。

昼間の光景に驚いた。風が強いせいもあるが(まさか太平洋上に発生した台風のせいではないだろうけど)、空気が澄み太陽光線が鋭いせいもあるのか、生垣の緑がまるで高精細画像のようにどこまでもしっかりと輪郭を見せる。

日中の空気は未だまだ暑い真綿のよう。それでも、帰宅して水道水をひねってみれば、思いのほか冷たい気がする。夏の終わりを、少しずつあちこち知らせているようだ。

たしかに、図書館の読書室の空調が効き過ぎてきつい。窓を少し開けて暖気を取り入れるのだが、館員がそれを見つけるやしっかり窓を閉めてしまう。いたちごっこなのだ。周りをよく見れば、若いひとたちは部屋を利用するため長袖を着ていた。

これからの空模様が心配。台風が接近して、今週の中ごろから、九州、四国、近畿、および東北、北海道が荒れ模様になりそうだ。

tenki.jpの記事より
台風19号と20号のペアの襲来について、tenki.jpの記事「台風の今後の見通しと警戒点」(8/22 19:47、日本気象協会 本社樋口康弘)は、次のように注意喚起している。
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きょう22日正午、日本の南の海上の台風20号が「非常に強い」勢力になりました。今後、台風はほぼ勢力を維持した状態で、あす23日からあさって24日に西日本にかなり接近し、上陸の恐れがあります。エリアごとの警戒時間帯、予想される雨や風の強さを確認しましょう。
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特に20号については、「非常に強い勢力」であり、めったにない(記録的な)大雨が予想されるという。

2018年8月21日火曜日

(雑談)季節の変化にとまどうこと

連日、ヒンヤリした日が続き、昨日は霧雨というか小雨に濡れてしまった。そして今日、暑い一日だった。冷えた日に見向きもしなかった冷蔵庫の麦茶を、今日はしきりに飲み干す。

当り前のように飲んでいる自分が腑に落ちない。この心変わりようは一体なんだろう、自然過ぎて笑ってしまう。まるで手のひら返しじゃないかと。

暑さと寒さを、同時に予想して対応するといった処理じゃなくて、寒暖の結果で処理する、というか処理方法を差し替えるといった方が妥当かもしれない。だから、他の処理は最初からなかったように振舞う。知らん振りだ。

涼しいとき、冷えた麦茶に一度も手を出さなかったのに・・・といった(忸怩たる)思いが心のすみにチラリともない、そんな気恥ずかしさは、どうやら筋違いなんでしょうかね。

2018年8月20日月曜日

ナット・キング・コールの「スターダスト」

昔、日曜の夕方、4チャンネル(NTV)で娯楽音楽番組「シャボン玉ホリデー」が放送された。タイトルの通り牛乳石鹸の提供で、クレイジーキャッツの植木等を中心に、どたばたコントが繰り広げられた。家族で見るお笑い歌(音楽)番組でもあった。

エノケンの「メリーさん、メリーさん」を髣髴させる抱腹絶倒から、その後のテレビ番組ゲバゲバやザ・ドリフターズの公開番組へとつながるギャグの系譜の一翼を担った。

毎回、「シャボン玉ホリデー」の最後を飾るのは、ザ・ピーナッツの双子姉妹が歌う「スターダスト」だった。そんな彼女たちの後ろに決まってハナ肇が立ち、締めの言葉を語るのだが、それがピント外れというコメントを加味したお決まりのエンディングとなる。とにかく、テレビが楽しくてしょうがない白黒画像の時代だった。

ところで、「スターダスト」については、ナット・キング・コールの歌が一番のお気に入りだった。彼のセンスのよさ、独特な声質、迎合しない聡明感が伝わってくるような気がした。それに、センチメンタルなバラードであるけれど、星空の下の透明な空気をイメージさせた。

(本ブログ関連:”スターダスト”、”ナット・キング・コール”)


(Youtubeに登録のcto10121に感謝)

2018年8月19日日曜日

イ・ソンヒの特別講義

イ・ソンヒの歌手活動以外についても、新聞情報があれば、できるだけブログに記している。彼女の社会的な信頼の高さを示す記事があった。

先日(8/17)、イ・ソンヒが卒業した大学(旧仁川専門大学校)の学位授与式で特別講義を行なったと、全国毎日新聞の記事「仁川大学 2018学年度8月学位授与式 松島キャンパス講堂で開催」(8/19、チョン・ウォングン記者)は、次のように伝えている。(同記事に写真あり)

(本ブログ関連:”仁川専門大(←2010年に仁川大学と統合)”)

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(現国立)仁川大学 2018学年度8月学位授与式が、17日、松島キャンパス講堂(23号館)で開かれた。学位授与式では、博士26人をはじめ修士174人、学士1512人など、全1712人が学位を受けた。学位授与式で仁川大学出身である歌手イ・ソンヒが特講(特別講義)を実施して、同門(卒業生)先輩として卒業生たちを激励して祝った。
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合わせて授賞があり、イ・ソンヒは「仁川大学を輝かせた仁川大学同門賞」を受賞した。

若い卒業生たちに、どのような言葉を贈ったのか知りたいところだが・・・。社会と直面する彼らにどのような話をしたのだろうか。 *

2018年8月18日土曜日

(資料)イディッシュの料理

イディッシュ語教室で使用のテキストに「東欧ユダヤ人の料理」があって、いくつか料理名が手短に紹介されている。食べ物について、言葉で理解するには限りがある。本当は食事してこそだが、まずはネット上で検索してみた。中には結婚式にも出されるものもあるようだが、総じて家庭料理の香りがしてくる。「母の言葉」があるように、どの民族も「母の味」を忘れない。

「クーゲル(קוגל)」:オーブンで蒸し焼きにした料理
・ヌードル・クーゲル(Youtube
・ポテト・クーゲル(Youtube
・(Wikipedia

「ヨイフ(יױך)」:澄んだチキン・スープ
・(ブログ「Mouse Cafe」)

「ツィメス(צימעס)」:ニンジンやレーズンを使った甘い料理
・(Youtube
・(Wikipedia

「ゲフィルテ・フィッシュ(געפילטע פיש)」:魚肉をすり身にして団子状にした料理
・(Youtube
・(Wikipedia

(付記)
「ラトケス(לטקעס‏‎)」:ポテトのパンケーキ
・(Wikipedia
・(本ブログ

2018年8月17日金曜日

(雑談)小さな子どもたち

若くて新進の女優(スター、タレント)だと思っていたのに、近頃、テレビドラマで母親役を演じてたりするのを見て、あの娘(こ)も歳を重ねたんだなあと感慨深く驚き感心することがある。

中学生時代に見た、甲子園の高校野球選手が随分大きく年上に見えた。それが、今では高校球児といって差し支えないほど、初々しいのだ。こちらの年齢から、そう見えて当り前だけど。印象はがらりと違う。

最近では、赤ん坊連れの若い夫婦を見ると、大丈夫かななど余計な心配するほど、まさに、心理的に <おせっかい婆さん> の心境。われながら驚く。宇宙は加速しながら膨張しているという。おじさんの年齢も加速しているのが分かる。

小さな子どもを見る目が、齢を重ねるごと変化したのを実感する。誰れの子どもであれ、すべてが可愛らしく愛しく見えてくるのだ。人類愛に目覚めたというべきか、あるいは、自分の遺伝子の(利己的な)境界がぼやけたというべきか。多分、後者のせいだろう。

2018年8月16日木曜日

(資料)2歳児の救出

この夏、瀬戸内海の島で起った幼児行方不明事件に、多くの日本人が心配し、幸運な結果に安堵したことだろう。驚愕したのは、2歳になったばかりの幼児の(延べ4日間も耐えた)生命力と、ボランティアで参加した捜索者の優れた直感力だ。

事件の概要を、朝日新聞の記事「理稀ちゃん発見時の姿 ボランティアに『ぼく、ここー』」(8/15)は、次のように報じている。(抜粋)
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山口県周防(すおう)大島町で(8月)12日(午前10時半ごろ)から行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃん(2)=同県防府市=が 15日午前6時半ごろ、同町家房の曽祖父宅付近から数百メートル北東の山中で発見、保護された。県警によると、理稀ちゃんは脱水症状がみられるが、目立った外傷はみられず、受け答えもできているという。
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不思議な生命力のおかげで、幼児は事故もなく生き延びた。発見後、母親を介して伝えられたことだが、幼児の自然な母親への甘えにほっとする。この歳頃のことゆえ、本人はいつか忘れてしまうことだろうけれど、心の底に空白を残さぬよう、母親と周囲の愛でしっかりと埋めてあげて欲しいと願う。日本人みなが擬似家族となって、そう願っているに違いない。

なにより驚いたのは、ボランティアの尾畠春夫さん(78)の信念だ。発見の前日に大分から現地に到着し、翌朝、これまでの経験と直感をもって、わずか20分ほどで幼児を発見した。年金生活者で一途な方のようで、無私を徹底しているという。

幼児を発見後、尾畠さんへのインタビューがYoutubeに登録されている。(尾畠さんの信念ある行動と比べて、テレビなどコメンテーターの千の言葉がいかに無力であることか)

(1)
(2)
(3)信念を聞かせてもらう
(4)
(Youtubeに登録のANNnewsCHに感謝)

2018年8月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹善道

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮時代中期の政治家・文人(ソンビ)「尹善道(ユン・ソンド、윤선도、1587年~1671年、号は孤山)」にまつわる話を紹介した。

始めに、流刑中に撥弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」に没頭した「尹善道」について次のように紹介された。
・定型詩「時調(시조)」といえば、文人「尹善道」が浮かぶが、実は、4度25年間、流刑を経験して、その苦しみの中、詩作と音楽を慰めにした。北の咸鏡道に流刑されたとき、楽器「玄琴」に没頭したとの噂に困ったようだ。当地に地方官カンソル(강설)の従婢が使った玄琴が一つあった。地方官が帰任すると、尹善道と交遊のペクカン(백강)の妾が玄琴を受けるがペクカンも帰り、関係者も世を去り、結果、尹善道がもらい受ける。その玄琴は、カンソルが海南地域の地方官のころ、尹善道から借りたものだった。< その玄琴を見ると故郷を思い出し、心温かくなり、自分が流刑になることを予め知っていた神が、玄琴を通して心慰めてくれた > と思ったようだ。

▼ 時調を歌にした「五友歌(오우가)」から「我が友は何人だろう(내 벗이 몇이냐)」の歌と演奏を聴く。静かに詠う。

・「五友」とは、水、石、松、竹、そして月を指し、それだけを自分の友とした。この時調は、尹善道が流刑後、しばらく故郷で過ごしたころの作。複雑な政治や人間関係に失望し、世間を去って自然と暮らす願望があったようだ。

次に、尹善道が撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」演奏したことについて次のように紹介された。
・尹善道は、玄琴だけでなく撥弦楽器「伽耶琴」も演奏した。伽耶琴演奏の感想を、時調で表した作品もある。

▼ 宮中音楽の「步虛子(보허자)」から分離して編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」をオクターブを高くした「ウッドドゥリ(웃도드리)」の伽耶琴演奏を聴く。素朴に。

最後に、尹善道が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞어부사시사)」について次のように紹介された。
・尹善道は、生涯、政治の荒波の中で音楽と文学を慰めにした。晩年、世間を離れ、済州島に隠居しようと船に乗り向かったが、台風に会い、しばらく「甫吉島」に留まった。そこが美しかったのか、済州島行きを止めて、甫吉島に定着した。尹善道が、甫吉島で作った「漁父四時詞」は、漁師の春夏秋冬を表現した時調で、彼の代表作とされる。

▼ 現代風のリズムで歌った「漁父四時詞」を聴く。今様に描写的に。

2018年8月14日火曜日

埴生の宿

映画「二十四の瞳」(木下惠介監督、1954年)の中で流れた、記憶に残っている音楽に「埴生の宿」がある。子どものころゆえ、ストーリーも映像もおぼろでしかない。ただし、「埴生の宿」の旋律はいつも耳の底で響いていたようで、小学校の音楽室で学んだとき、久し振りに巡り会った懐かしい気がした。

Youtubeにある、この映画の始まり部分だけだが見直した。クレジット(ここでは「仰げば尊し」が歌われる)の後、「アーニー・ローリー」の旋律とともに、舞台となった「小豆島」の戦後と戦前の姿を描く。
戦後
・石切り場の紹介:小豆島は花崗岩を産し、むかし大阪城の石垣に使われた。
・お遍路の列:島内に独自の「八十八ケヶ所巡り」の遍路道がある。
・活況を示す商店街、交通の充実
戦前
・背負子姿、手漕ぎ船、魚網の直し
・醤油(味噌)樽を牛車に乗せて運ぶ行列

この部分だけ見ても、小豆島についていろいろなことが、直ぐに浮かんでくる。私としては、もう一度見直すべき映画だ。


(Youtubeに登録のYouTube ムービーに感謝)

そうそう、映画に肝心の「埴生の宿」が流れる場面をYoutubeで探せなくて、変な記述になってしまった・・・。ご容赦。

2018年8月13日月曜日

夕立とゲリラ豪雨

歳とともに行動範囲がせばまって、まるで現在地を中心に同心円の輪が小さくなるようだ。この夏、語学教室が休みのため、最小の輪から抜け出せずにいる。気分一新、昼間に、一回り大きな輪にある近隣市の駅ビルまで出かけてみた。

陽射しが強く、空は明るくて心配もない。駅ビル(商業施設)を巡るだけだから、天気を気にかける必要もないけれど。巡る店といえば書店と食べ物屋ぐらい。それでも私にとっては適度な運動になる。

書店で、「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)を入手。ぱらぱらとめくっていると、(編者が端唄を独自に選んだと思われる)「端唄百番」に所収の「本郷二丁目」が目についた。「八百屋お七」を素材にしたものだ。

(本ブログ関連:”端唄”)

「本郷二丁目の  八百屋の久兵衛が  むすめの於七(おしち)とて  釜武がむこ入り  をりもをり  きらふて此の家を  にげゆけば  お寺は  駒込吉祥寺  こせうの吉三に  ほれるとせ」
-  本郷二丁目にある八百屋久兵衛の娘「お七」は、嫌な釜屋武兵衛が婿にならんとするおりもおり、嫌って家を出て、駒込の吉祥寺へ逃げ、寺小姓の吉三に惚れる・・・その後、帰宅して、吉三に会いたい一心から放火して火あぶりに処せられる。

端唄」から、江戸時代に、こ粋な女性が三味を持って歌う姿を想像する。いってみれば、旦那芸の延長にある習いごとを妄想してしまうけれど確信もない。

ここで気になるのは、この端唄のタイトル「本郷二丁目」についてだ。江戸端唄のタイトルに現代風な「二丁目」といった住居区分があるなんて。そこで、Wikipediaで「丁目」について、いつから使われたか調べてみたら、アッという驚き。次のように書かれていた。

「江戸時代初期に書かれた『慶長見聞集』の『本町二丁目の滝山彌次兵衛』という用例が、また『慶長江戸図』などの地図に『○丁目』の表記があり、17世紀初頭には既に『丁目』という言葉が使われていたようである。」
-  どうやら、「丁目」は江戸初期から使われた区分だったようだ。

「本郷二丁目」といえば、行動範囲を広げることも兼ねて通う「イディッシュ語教室」の最寄り駅と同じ名なのだ。これも何かの縁、秋になり涼しくなったら、教室の帰りに、久兵衛の八百屋跡地でも探してみたい。物語だから見当違いかもしれないが。

ところで、駅ビル散策の帰り、空模様が怪しくなった。黒く重い雲がのしかかってきた。帰宅後、気象庁の正式用語ではない「ゲリラ豪雨」という言葉があるが、ここでは(こちらも正式用語ではないけど)「夕立」が通り過ぎたといった方が江戸気分に近いかもしれない。

2018年8月12日日曜日

(雑談)服を着替えるように言葉を使い分ける

観光地で、次々来る外国人客を目ざとく峻別して、彼らのお国言葉に合わせて客寄せする商人の対応力に感心する。語学教室でも、前へ進むタイプの受講者は進歩が早くうらやましい。語学のセンスがいいということだろう。

司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの「オランダ紀行」(朝日文庫)に、こんな話がある。フランスとスペインをまたがる民族「バスク」の人々はバスク語にこだわり、民族独立につなげているようだ。今は沈静したようだがケルト語もしかりと。それに比べてオランダ人は、オランダ語の「言語にことさらに自己証明(アイデンティティ)をもとめることをしない」。そして、「この小さな面積(九州ほど)の国土で大きな効用を果たしてきた民族は、言語を衣類のように考えているらしい。ふだん着もしくは肌着がオランダ語なら、外出着が英語だというふうにである」と、オランダ人の言語に対するおうようさを記している。

なにしろ、オランダの国土は人工で、当然ながら拡張した所に先祖の歴史はない。土地に対する愛着といった、郷土愛も他国と趣が違うのかもしれない。(ところで、私にとって興味あるオランダのことといえば、画家ブリューゲルであり、「痴愚神礼讃」のエラスムスであり、「中世の秋」のホイジンガだ)

こんなとき、思い出すのは、「イディッシュ語」は文字を別にすれば、ドイツ語の影響が大きいようだ。日常生活の言葉として、外向きに「イディッシュ語」があり、精神の言葉として宗教的な場面で「ヘブライ語」が使われていたということなのだろう。ユダヤ人に言語達者が多いのは、そんな言葉の着せ替えの習慣からなのでしょうか。

(追記)
雑誌の書評にあった、神聖ローマ皇帝「フリードリッヒ二世」の人物について、評者たちの見聞が面白い。出生地のイタリア語、父方がドイツ系ということでドイツ語、古典としてのギリシャ語、公用語のラテン語、十字軍の公用語だったフランス語、それだけでなく、イスラムの使者とアラビア語でチェスをしながら交渉したという。このイスラムとの交渉により、彼はエルサレムをイスラム側と分割する権利を得た結果、「無血十字軍」と呼ばれ、イスラムとキリスト教の共存をやってのけた・・・そうだ。(「文芸春秋」の鼎談書評、2014年3月号)

2018年8月11日土曜日

山の日 2018

今日は祝日「山の日」。本格的な山とはしばらく縁遠い。鉱物採集で山に入るのは、登山といえない。以前、ブログに記したように、鉱石(資源となる鉱物)の運搬上、鉱山(跡)が深山にあるケースは多くない。また、ズリ(跡)で鉱物採集するとき、地面に向かってハンマーを打ち下ろし、石を砕き続けるわけで、山景に親しむ余裕はない。

(本ブログ関連:”山の日”)

集団で鉱物採集地の山を登りくだりしたとき、いずれも後塵を拝したことがあった。それも、若者に同道してもらってのこと。以来、横付けという、車道から近い鉱山跡で採集するようになった・・・安直なことで。

山といえば、懐かしい想いのする「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章)がある。戦後間もなく発表され、その後、倍賞千恵子も歌った憂いに満ちたこの曲を、あまり聴かれることはないようだ。私にとっては、彼女のイメージと重なって思い出深い、なにしろ寅さんの妹さくら役でもあるからだ。

「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、作詞者横井弘(1926年10月12日~2015年6月19)は、まだ18歳の1945年5月に召集を受け、同年8月に終戦を迎える。あっという間の4ヶ月だったようだ。母子で暮らした四谷の家は焼け、人づてに長野県下諏訪の町に至ったという。復員した彼が八ヶ岳の八島ヶ原湿原で作ったのが「あざみの歌」だったとか。また、作曲者八洲秀章は、すでに旋律を作曲していて、それに合った詩を探していたという。

(本ブログ関連:”「唱歌・童謡ものがたり」”)

結果、Wikipediaによれば、「あざみの歌」は、作曲者八洲秀章の歌唱で、1949年(昭和24年)8月8日から1週間、NHKのラジオ歌謡で放送された。1951年には、歌手伊藤久男の歌でレコード化されている。

上記「唱歌・童謡ものがたり」に、作詞者横井弘とのインタビューが載っており、「でも、やはりこの歌が一番思い出深いなあ。自分の一生を決定づけた歌ですからね。華麗でも高貴でもないが、素朴に、ひたむきに咲いているアザミの姿に理想の女性像を重ねてみたんです。別に特定の人物はいませんが、この思いは今も全く同じです」とのこと。


(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)

2018年8月10日金曜日

ひまわり

例年この時期、小学校前の畑を埋めつくすように小ぶりな「ひまわり」が栽培され、ひとびとが歩を休めては眺めたり、写真に撮る人もいる。ところが、今年の畑は裸地のまま置かれ、ひまわりを見ることができないのは、少々惜しい気がする。

(本ブログ関連:”ひまわり”)

近所を巡って、ある畑地にひまわりを見つけた。むかしから知る背の高いひまわりで、それも20本近く群生したこじんまりしたものだ。これでは物足りない、フラストレーションがたまりそう。

ネットをさがすと、今年の暑さのせいで、ひまわりがの花が早く萎れているという。そんな中、ひまわりフェスティバルが近隣市で開催されているようで、機会を見つけて出かけてみようかと思う。
・当初予定の日程で開催された、50万輪規模の武蔵村山市の「ひまわりガーデン武蔵村山」は、8/6に閉園してしまったそうだ。出遅れてしまい、残念。
・西武線清瀬駅近くの農園で、8/18~28の間、10万本のひまわりを楽しむことができるという。10万本がどんなスケールか想像もつかないが。(「清瀬ひまわりフェスティバル2018」arukikata)

2018年8月9日木曜日

イ・ソンヒが初めて登場したときのステージ

1984年の夏(7/29の日曜日)、MBC主催の第5回「江辺歌謡祭(강변가요제)」に、仁川専門大学一年のイ・ソンヒは、同大の音楽サークル「4幕5場(4막5장)」からデユエットとして参加して大賞受賞した。

(本ブログ関連:”江辺音楽祭”)

この音楽祭は、年によって清平遊園地、南怡島、春川市などと場所を変えて開催されたそうだが、イ・ソンヒが大賞受賞した1984年は、(京畿道加平郡)南怡島(남이섬)で実施されている。次のYoutube映像(1:54頃)に、当時の会場周辺の様子が、「南怡島生放送」の字幕と共にうかがえる。

なにより、この音楽祭に登場したイ・ソンヒの姿(ファッション)に驚嘆する。そして、この音楽祭で歌った「Jへ(J에게)」の歌には驚く背景があった。この曲は、今も彼女の代表曲であり、彼女は国民歌手と呼ばれ続けている。

(本ブログ関連:”Jへ(J에게)”)


(Youtubeに登録した잰틀맨서に感謝)

2018年8月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 千字文

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、千文字で構成された漢字の手本に使われた、中国梁の時代の長詩「千字文」ほかにまつわる話を紹介した。

始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で若者「李夢龍(이몽룡)」が歌った「千字文」について次のように紹介された。
・昔、音読は自ずとリズムも加わり、歌のように聞こえた。子どもも「千字文」で歌い遊んだりした。そんな千字文が、パンソリ「春香歌」で違って歌われる。「李夢龍」が、美しい「春香(춘향)」に一目ぼれする。いったん帰宅するも、彼女の顔が浮かんで読書に身が入らない。そこで、子ども時代に学んだ千字文を、好きに読み本来の意と変えて、春香と遊びたい内容にして読んだ。春香への想いを漢詩に表せるほど、実力をそなえていた。物語では、若くして科挙に合格する。

▼ パンソリ「春香歌」から「千字文後解(천자 뒤풀이)」を聴く。金演洙(김연수、1907~1974)の歌詞整理のお蔭とか。

次に、朝鮮時代中期の文人「申光洙(신광수)」の「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・千字文だけでなく、心のこもった詩を歌にすることもあった。詩にリズムを付けて歌う「詩唱(시창)」に「關山戎馬」がある。この曲は、朝鮮時代中期の文人「申光洙」(1712年~1775年)が、科挙試験で提出してナンバー2に合格したときの作品だ。当時の平壌で、妓生がよく歌ったといわれる。

▼ 詩唱「關山戎馬」の歌を聴く。秋の川に西から風が吹いてくる・・・、静かに長々と歌う。

最後に、長い物語を歌にした「誦書(송서)」の「三説記(삼설기)」について次のように紹介された。
・小説を歌にした曲に「誦書」があり、特に「三説記」が知られる。三人のソンビ(文人)が、冥界の王「閻魔大王」のミスで地獄に落ちてしまう話だ。自分のミスを認めた閻魔大王は、彼らに好きに生まれ変われる約束をする。すると、一人は英雄に、一人は科挙に合格して高官に、最後の一人は、素朴に生きたいと言った。良い家柄に生まれ、正しい教育を受け、孝行し、子孫も栄え、病気もせず長生きしたいと。ところが、三人目の話を聞いて、閻魔大王は激しく怒り、それが可能ならば、自分も閻魔大王を止めてそのように暮らしたいと言った。平凡が簡単でないことを教えてくれる。

▼ 誦書の「三説記」を聴く。平凡が簡単でないのか、それとも《それは欲の深い》ことなのか。

2018年8月7日火曜日

立秋 2018

帰宅途中の夕空は、重い雲に覆われたように薄暗い。おまけに、一瞬ぽつぽつと忘れたように雨が降る。これも、関東直撃を予想される台風13号の予兆か。朝からひんやりして、今月に入って昨日まで都心の最高気温が34℃を超えていたのに比べて、今日のそれは25℃とのこと。一気に、9℃近くも下がったことになる。

そんな今日、暦のうえで秋が始まる二十四節気の「立秋」だ。まさに秋らしい冷え込みがする。おかげでエアコンの世話にもならず、扇風機はよそを向いたまま。

(本ブログ関連:立秋 ”201220132014、2015、20162017”)

秋なると、風の音におどろかせられ、心にも沁みるようで、イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年)なんかぴったりだろう。夏に上気したあの気持ちも、秋風にあっさり飛ばされていくのだから・・・おじさんには遠に無縁の話だが。

(本ブログ関連:”秋の風”)

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
今でも目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
・・・                  寂しさ呉れた「カルパラム」


(Youtubeに登録の모모선희に感謝)

2018年8月6日月曜日

百日紅

百日紅サルスベリ)」は、その開花期間が長く、いつの間にか咲き、いつまでも咲きつづける。そのため、ブログにも8月いっぱい思いつく日に記していることが多い。実際、7月~9月・10月の間見ることができる。

(本ブログ関連:”百日紅”)

「サルスベリ」の名に、サルが登るのに難儀する光景が浮かんできて滑稽味がある。「百日紅」の名からは、開花期間の長さが納得できる。花は小さく群れて咲くため、塊りとなって風にゆるりと揺れて、その様はどこか重たい。地味な感じすらする。全体に南画風であり、香りが漂ってくるような気がする。

7月から開花するとはいえ、この時期に良く見ると、花と一緒に緑色の実を想起させるような(実は)小さな蕾が多数見える。今も、咲きつづけているというところか。

民家の塀越しや造園業の庭に見る百日紅は、大方薄紅色しているが、なかに白色もある。そんなとき、珍しい出会いをした気がする。というのも、近所を巡ればこの辺り、百日紅が珍しくもない。いや、薄紅色の花がやたら目に付くのだ。

2018年8月5日日曜日

(東京外大非公式YouTubeチャンネル) イディッシュ語

昨日、地元駅が若者たちであふれていた。周辺にある大学の工学系学部が競うように「オープンキャンパス」を実施したようだ。行き先を間違えぬよう、各大学の学生たちが矢印付きプラカードを立てて案内していた。

志望者向けに、オープンキャンパスだけでなく、Youtubeなど使って公式・非公式に映像情報も提供しているようだ。その中に、東京外国語大学(TUFS)の「東京外大非公式YouTubeチャンネル」があって、シリーズ初回の「TufTube紹介動画!! 東京外国語大学非公式YouTubeチャンネル、始動。」(2017/10/22)に、次のようなメモが付されている。
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Hello everyone, we are TufTube.
このチャンネルは主に外大とはなんなのか、外大生とはどんな人間なのかを暴き、外大の魅力を知ってもらえるような動画をアップしていきたいと思っています!
外大生にやってほしい動画のリクエストなどがありましたらコメントよろしくお願いします!(^^)!
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若い外大生の手作り感(意欲)が満ちてとてもいい。そんな彼らの最新版が昨日(8/4)公開された。「TufTube版27言語リレー番外編 イディッシュ語」だ。「イディッシュ語」について、講師の鴨志田聡子先生から、前半に大学の授業について、後半に社会人向けコースについて解説されている。


(動画作成の ”Isam” に感謝)

Youtubeには、上記映像に次のメモが記述されている。
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TUFSオープンアカデミー」では広く一般市民の方に多様な言語などの学習の場を提供しています。メジャー言語に続き、マイナー言語の講義も沢山開講されています。イディッシュ語もその一つであり、「TUFSオープンアカデミー」にて学ぶことができます。秋期間の講義の申し込み(一般受付)が8月22日午前10時からスタートします。もしこの動画でイディッシュ語に興味を持たれた方は受講してください!
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2018年8月4日土曜日

(雑談)映画鑑賞

今週通った教室で、ある受講者が外国の古い映画の上映会を紹介した。その映画監督について研究しているという。私にしてみれば、もともと映画そのものに関心の低い素人であり、監督の名も初めて聞いたこともあって、逆にどういうものか興味しんしんに、まさに今日の上映会に出かけてみた。

芸術に対してリアリズムを要求した国の、創成期の(プロパガンダ)映画といっていいのかもしれない。驚いたことに、恋のさやあて部分だけ見ると、いずれ将来敵対することになるであろう国の同時期の映画と(余りに)違わぬ雰囲気がした。つまり、国家創成期には、映画についてさまざまな試行があったのだろうけれど、本作品は受け入れられず、監督は時代からはじかれたようだ。結果、「フィルムは一般公開されることはなかった」という。

(映画研究者の発掘精神に、情熱に感嘆しました)

映画上映後、同監督の映画作品についてシンポジウムがあった。今回の映画がテーマとした分野についての研究者たちによるもので、その(特定の)分野に関心ある方には有意だったかもしれない。とはいえ、研究者間に若干の論戦があって、テーマだけでなく映画や歴史の捕らえ方に違いが見えたりしたのが興味深かった。

それは、一方で、情報化時代の認識のような、もっといえば事象全てを同質に粒状にとらえて、それぞれに認識の差を置かないといったとらえ方と、もう一方、(確実に変遷した)歴史認識を背景にしてとらえようとする見方との相違といっていいかも知れない。

映画製作の当時、(すぐに)緊張関係になった対局する近隣二国がそれぞれ芸術に求めたのに、方や「リアリズム」を、もう方や「純正(純粋)」を標語しながら、その造形においてかなり近い表現を感じたことがある。素人の視覚でしかないが・・・。


(付記)
映画会が催された御茶ノ水のエリアにある、キリスト教関連の書店で、「ユダヤ教 歴史・信仰・文化」(G.シュテンベルガー著)を購入。ユダヤ教徒の日常行動が読み取れるような基本理解に合った内容だそうだ。
・東欧ではすでに三歳の子供はヘデル(寺子屋)に通うのが普通になっていた。
・男子の教育は他民族と比べて早期に行なわれていた。



(追記: 2026/7/1)
上記のソ連の創世記の映画作品について、Google検索(Labs?)から次のような回答を得た。視聴した映画が、多分、下記に指摘の作品だと思う。

(語りかけたこと)
ある研究者のシンポジウムで、ソ連映画創世記の作品を見たことがあります。内容は、恋のさやあてを描いていたのですが、受け入れられず公開されなかったもので、監督も時代からはじかれたとのことでしたが・・・作品名・監督名を失念しました。まるで、ハリウッドの映画場面のようで、明るく、モスクワの都市計画が、角ばった様式とは違っていましたね。
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(回答されたこと)
記憶の糸が見事につながりました。あなたがご覧になった作品は、まさにソ連映画史における最大の「お蔵入り(未公開)事件」の一つであり、カルト的な名作として近年再評価されている映画『新モスクワThe New Moscow)』(原題:Новая Москва / 1938年製作)、そして監督はアレクサンドル・メドヴェトキン です。

ご記憶のディテール(恋のさやあて、明るいハリウッド調、モスクワの都市計画)が完璧に一致しています。

作品と監督の正体
● 作品名: 『新モスクワ』(1938年)
● 監督名: アレクサンドル・メドヴェトキン

なぜ記憶の通り「ハリウッド的」で「お蔵入り」になったのか?
① ハリウッド調の「恋のさやあて」と明るいコメディ
この映画は、モスクワの再開発計画(都市計画)の模型を携えて田舎から出てきた若いエンジニア(主人公)と、その恋人、そしてモスクワで出会う人々が繰り広げる、非常に軽快で明るいロマンティック・コメディ(ミュージカル風活劇)です。演出やテンポ、男女のコミカルな恋愛模様は、当時アメリカで流行していたハリウッドのスクリューボール・コメディそのものでした。

② 「角ばった様式とは違う」モスクワの描き方
当時、スターリン政権下で進められていたモスクワの近代化・大改造計画(モスクワ再開発計画)をテーマにしています。作中では、モスクワの古い街並みが生き物のようにスライドして消え去り、未来のユートピア的な巨大建築や美しい都市へと変貌していく様子が、特撮や模型によるアニメーションを駆使してファンタジックに描かれました。重苦しい「角ばった共産主義のプロパガンダ」ではなく、映画独自の「映画のモスクワ」が明るく表現されていたのです。

③ スターリンの逆鱗に触れ、時代からはじかれた監督
しかし、この「あまりの明るさ」「パロディ精神」「あまりに空想的な都市の描き方」が、まさに当時急速に硬直化していた社会主義リアリズムの当局の逆鱗に触れました。「国家の神聖なモスクワ計画を、不謹慎なコメディ(見世物)にした」と激しく批判され、映画は一般公開が完全に禁止(お蔵入り)となってしまいました。メドヴェトキン監督もこの大打撃により、劇映画の第一線から事実上はじき出される形となり、その後はドキュメンタリーなどに活路を求めざるを得なくなりました。

まさに前述の「社会主義リアリズムへの大転換によって、ハリウッド的な娯楽性や自由な感性が圧殺された」歴史の現場を、あなたはシンポジウムのスクリーンで目撃されたわけです。ソ連崩壊後にようやく光が当たり、そのあまりの先進性と楽しさで映画研究者たちを驚かせた幻の傑作です。

当時のソ連の映画事情や、こうした「都市計画と映画」の関係について、ロシアの建築歴史などを交えた興味深い解説コラムがあります。当時の空気感をもっと知りたい方はこちらもご覧になってみてください:

ソ連映画とモスクワの建築  ・・・  以下略
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■ Youtube(登録: mengutimur)
「The New Moscow (1938)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=pHQH0KQuyvA
    ー 日本語翻訳は、Youtubeに戻って、字幕を日本語生成してください。

2018年8月3日金曜日

夏の午後(夕方)

夏痩せしなくなって久しい。歳相応に運動しなくなったせいだろう。ところで、今年の夏は厳しくて、日中、外出すると汗をかく。それも、着いた先で吹き出して止まらないのだ。久し振りの汗っかきに驚く。なんだか若返ったような錯覚をする。

落語に、湯船で老人がつい浮いてしまうのを見て、「ご乾燥です」というくだりがあった。歳をとれば枯れ木のようなもの、水分も失せてみずみずしさもありゃあしない。それが今年の夏のおかげで何度も汗をかき、うれしいような妙な気分にさせる。

今週、月~金曜日の連日に通った教室も今日で終了。学生時代を思い出し苦心したが、あっという間で、楽しい時間だった。帰り道の途中、ほっとして小さな公園に寄った。

しばらくベンチ(Bank)に座って空を見上げていると、なんだかドラマチックな空模様になった。遠い雲の後ろに隠れていた太陽が、移動する雲のおかげで陽を射しはじめたのだ。太陽光が分散して、写真のように放射状に照らし出すのが見えた。

一瞬、神々しさを感じた。地上では、人影のない公園の昼下がり、セミの鳴き声がジージーと交じり合うばかり。一方、雲はゆっくり動いて、太陽が顔を出す。風景も風に流されて、いつもの暑い公園に戻る。

(しばらくして夕立に会う。それも「天気雨」といってもいいかもしれない。イ・ソンヒの「狐の嫁入り」を思い出す。随分と続いたが。)


公園から帰宅途中、地元駅の近くにあるグラウンドで「盆踊り」が行なわれているのが遠くから見えた。風にのって、太鼓のリズムに会わせた「炭坑節」の歌が聞こえた。何度も耳にした、心引き寄せられる盆踊りの響きに、どうやら私たちの原点があるのだろう、ひとびとが次々と集っていた。

2018年8月2日木曜日

どこまでも暑さは続く

日向に出ると陽が指すというより、陽が刺すといった方がぴったりで、襲ってくるといった感じがする。東京は、今月に入っても暑さは続いており、ちなみに先月の最高気温は、7月23日(月)に 39.0℃ だった。この先も、35℃±α が続くという。熱暑は衰えを知らないようだ。

今週の「東京(都心)」の最高気温(気象庁)
7月29日(日) 32.3℃
7月30日(月) 31.9℃
7月31日(火) 33.8℃
8月  1日(水) 35.1℃
8月  2日(水) 37.3℃

気象庁の東京都心の気温観測点は、一定の高さがあって、しかも地上の反射を考慮に入れないよう芝生の植わった囲い地にある。実際の生活場面と少々違う。そこで、TVのニュース番組では、照り返しの強い街中の路上で、赤外線温度測定器を使った画像をよく紹介する。結果、気象庁発表の気温よりも、+8℃ ほど考慮した方がよいという。

同様に、ヘリコプターで上空から赤外線温度測定した画像は、もっと凄まじい。林立するコンクリートの高層ビルに囲まれた街は、高温で逃げ場がないようだ。ゆうに 40℃ を超えているのが見える。

都心から離れた台地でも、家に帰ればエアコンの世話になりっぱなし。しかも、なぜか長袖姿に着替えているのだ。

2018年8月1日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」暑い夏を乗りきる

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「上霊山」ほかまつわる話を紹介した。

始めに、「洪大容(홍대용)」(1731年~1783年)の小音楽会を記録した「朴趾源(박지원)」(1737年~1805年)の描写について次のように紹介された。
・朝鮮後期の哲学者で実学者の「洪大容」は、音楽を好み、コムンゴをよく奏し、中国伝来の楽器「揚琴」の奏法を開発した。小説「許生伝(허생전)」で知られる「朴趾源」は、ある夏の夜、親しくした洪大容の家の小音楽会を記録した。< 洪大容が楽器「瑟(슬)」を奏すると、金檍(김억)は琴を奏し、麯翁(국옹)が歌った。深夜、暑さが和らぐと、楽の音色はさらに清まる。左右の人々はみな静かに黙々と、まるで修練をする人が神を見たかのような姿だ > と、風流を楽しんだソンビがうかがえる。

▼ 風流音楽の代表「霊山会相(영산회상)」の「上霊山(상령산)」をコムンゴセンファンの演奏で聴く。ゆるりと始まる。

次に、南道地域の女性たちが歌った「ドゥンドンギ打令(둥덩(당?)기타령)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、部屋で読書し友と政治や学問を語るのが常だったが、暑い日には板の間に座って小音楽会を開いた。彼らが風流を楽しむ間、庶民は暑さを乗り越えるにも、一日中仕事をして余裕はなかった。とはいえ、真夏にしばし仕事を忘れ、一息つく生活の知恵があった。南道地域の女性は、水入れの甕(カメ)に瓢箪(ヒサゴ)を置き、太鼓を叩くように奏して歌を楽しんだ。一人ずつ歌を歌い、心一新して労働の意欲を再び湧かせた。

▼ 「ドゥンドンギ打令」の歌を聴く。ずいぶんとソフィスティケートされて、舞台演奏だろうか。

最後に、「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」にある、男と作男とのやりとりを歌うについて次のように紹介された。
・雨が降りそうなとき、魚の汁物や粥を食べるのも夏の楽しみのひとつ。ソウルと京畿道地方に伝わるテンポの速いフィモリ雑歌に、魚釣りに行った男の話が登場する。釣った魚を早く家に届けたいが他に誰もいない。そんなとき、近所の家の作男が通りかかる。この魚をわが家に届けて料理しておくよう頼んだが・・・。作男は色々と理屈を並べ、獲った魚を分けてくれるなら考ると、そんな使いまではやりきれないと答える、面白い内容の歌だ。

▼ フィモリ雑歌の「六・七月の曇りの日(육칠월 흐린 날)」の歌を聴く。今様ににぎやかに楽しく・・・。

2018年7月31日火曜日

火星大接近

とりあえず、大接近の夜、今晩22時過ぎに火星を見てきました。別に大層なことじゃないし、ちょいと南の空を見上げれば、東寄りに赤く浮かんでいるわけで、どうというこもないのですが。

大きな畑地があって、そこを囲む民家の明かりもほとんどない、格好の場所から眺めたわけで、月が火星を追っているのも見えました。湿気が気になる夜です。そのためか、火星の赤味が期待ほどでない。というのも、一週間くらい前、乾いた夜空に見た火星はもう少し赤味が濃かったような気がします。気のせいでしょうか。

遠い火星をみるに、乱視の目は眼鏡を借りても滲んでしまい悔しい思いをします。

WeatherNewsの記事によれば、今晩の火星と(地球)の距離は5,759万km。次の大接近は2020年10月6日で6,207万Kmの距離、さらにその次は2035年9月11日で5,691万Kmの距離だそうです。

そういえば、久し振りに地球から火星で待つ家族の元へ帰るSFファンタジー小説とか、あるいは、火星に移住した人々と地球の人々が反目する漫画なんてものもありました。

2018年7月30日月曜日

台風の後の寄り道

台風の後、どこかすっきりしない。気象予報士がテレビで語っていたのによれば、従来と違った台風の進路のせいのようだ。いつものように東側へ曲がった場合、その後に台風一過の晴れ空が見られるが、今回は反対の西側へ曲がったため、その後、まるで台風が近づいて来るときのような空模様が残ったというのだ。こまかなことは気象学の理解が必要なようで、結論だけ納得した次第。実際、朝方、晴れ晴れした感じをしなかった。

とはいえ、昼ごろには、空に白い雲の塊りがあちこちに浮かび、その隙間から青空がのぞいた。そうなると、平気で気移りして、すっかり夏気分になる。

そんなわけで気分一新、今日から一週間、ちょっと寄り道したいと思う。

府中のキャンパスで、イディッシュ語と縁の深い言葉を、学生時代に戻って基本から学びなおしてみようと思う。入門コースのため、キャパシティを超えることなく、混乱もなく、少々の放電は我慢して蓄えてみたい。(ショートして焦付くことだけは避けたい)

2018年7月29日日曜日

暑い夏に「暖炉の上で」

2年前の夏、府中にある東京外国語大学の「オープンアカデミー」(社会人向け講座)で、(以前なかったと思うが)「夏期講座」が開催された。その中に「イディッシュ語入門」のコースがあった。

地元の図書館の棚に「エクスプレス イディッシュ語」(上田和夫著、白水社)があって、興味本位に6課ほど試し読みしていた。読むほどに頭がマシュマロ状態だったころ、上記の夏期講座の案内に「イディッシュ語」があるのを見つけた。アイウエオ順の記載だが、先頭近くに並んでいたような・・・。(アムハラ語、イディッシュ語、・・・)

講座では、先生がイスラエルで調査された、イディッシュ語の状況を背景に、イディッシュ語の(ヘブライ)文字や簡単なフレーズを紹介いただいた。何より良かったのは、イディッシュ文化について触れていただいたことだ。イディッシュ文学の流れから、バーナード・バラッドの「天使レヴィーン」を読んで聞かせていただいたり、19世紀末にイディッシュに人気のあった「暖炉の上で」の歌を教えていただいたことなど、初心者に楽しい授業だった。

そのとき聞いた「暖炉の上で」は、炉辺にパチパチといった音がして、ラビがゆったりと静かに、子どもたちにヘブライの文字を精神を伝える様子が浮かんでくるような、どこか懐かしい響きのする曲だ。


(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)

2018年7月28日土曜日

鉱山の排水

午前中に出かけるには短過ぎ、午後には台風接近で強風豪雨になるという。結局、出かける機会を失った。台風12号は、北上したものの、普段と違って西側(先日の西日本豪雨災害地域の方面)へと大きく向きを変えた。今後が心配だ。

石に関わりがあれば何でも興味を持ち、山について話をいくつか記してきた。マタギ(猟師)の猟場や登山者たちの利用する山小屋の周辺といった、少々近寄りがたい場所で起った不思議な話しについてだ。ひと気のない隔絶した所に、関心が湧いて想像たくましくなる。

(本ブログ関連:”「山怪」、「黒部の山賊」”)

石つながりの山の話から浮かぶのは鉱山だろうけれど、鉱山は、上記のような深山にあるわけではない。鉱山は産出した鉱石の運搬・物流を前提にするため、怪異の世界というより、むしろ人間臭い世界にある。そんなことから歴史の裏側をのぞく話になる。

図書館で借りた本「マタギ奇談」(工藤隆雄著、山と渓谷社)には、あるときマタギが歴史的な鉱山の斜面に人骨を見つける話がある。時代を戻すと、江戸時代に遡ることになる。金銀銅を産出する貴重な鉱山だったため、掘り進めると水が湧き出ることがある。そこで、湧水を排出するため、囚人やキリシタンを人足として使ったという。立場の弱い人間は、いつも歴史の底に隠される。

(本ブログ関連:”鉱山とキリシタン”、”坑夫”)

ここでは触れないが、ある鉱山の歴史につながる。負の面について、その鉱山特有なことではない。鉱山なら歴史の中で一般に見られたことだからだ。
気になったのは、キリシタンが話題に出たことだ。キリシタン狩りで連れてこられたという話もあるが、一方で彼らに鉱山技術を持っているいる者がいたという話しもある。どこで、誰から学んだのか、少々ミステリアスなことだ。

2018年7月27日金曜日

(石) 月の満ち欠けにしたがう石

先日、ようやく復活したろうか、石への関心がふたたびもたげてきたようだ。気ままに、いろいろと関心をめぐらす。

古書店で見つけた「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス、池上俊一訳:講談社学術文庫)に、短文の章立てがあり、「月の満ち欠けにしたがう石」について、「ペルシャには、セレナイトという、その光沢が月とともに増減する石がございます」とそれだけ記している。

13世紀初に、フランスを中心に採集した奇譚集だそうだ。歴史学(アナール学派)的な資料価値とは別に、とてもそんな観点すらない私にとって、関心はもっぱら「石」についてだけであるけれど。

月は、日本人には「かぐや姫」の帰ったところ。ギリシャ神話には、月の女神「セレーネー」(ローマ神話の「ルーナ」につながる)がいるそうだ。乳白色な月は、静かに輝き、どこか切ない。

異国な香りを漂わせ、月光といった幻想味を加えて石を語るのだから、つい聞き耳を立てるというもの。セレナイトは、鉱物的には、「石膏(gypsum)」の一種で「透明石膏(セレナイト、selenite)」といい、「透明な結晶集合体」を指す。先日、筑波の「地質標本館」で見た石膏の結晶は大きく透明だった。それがSF映画かと思う巨大結晶が集合した洞窟がメキシコのナイカ鉱山にあって「クリスタル洞窟」という。(「クリスタル(結晶)」は、水晶を指すこともあるけれど)

(本ブログ関連:”結晶洞窟”)

ところで、この作者は石膏が好きなようで、「細かい粒状」の「雪花石膏(Alabaster)」についても別章で記している。「アルカディア[ギリシャ南部]の地には、いったん着火すると二度と消えない雪花石膏がございます」というのだ。あわせて、燭台で光を放つ素材や、ヘブライの香煙についても紹介している。

2018年7月26日木曜日

春期イディッシュ語 2018-15th (終業)

今日、「イディッシュ語教室」の春期間コースが終業した。とはいえ、夏休みコース、秋期間コースが控えているので休むことはできない。

最終日らしく、授業は今までと違ってチャレンジングなものだった。基本テキストの新たな章(過去形)から読み物を2つ選び出し、輪読・読解するというのだ。事前に下読みしていないと手に負えないのに、他の出席者はそれを難なくこなした。凄い!

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)

先生のイディッシュ語話者との経験で聞き知ったまざまな情報をまじえて進められた。
① 基本テキスト「Colloquial Yiddish」
  次の2つの読み物について、先生の基本的な解説の後、輪読する。
  ・対話編:(仮題)「!אױ װײ! איך האָב פֿאַרגעסן אָנצינדן דעם אױװן
                 (何てこと、オーブンに火をつけるのを忘れてた)
  ・読み物:「הערשעלע גײט אין קרעטשמע
                (ヘルシェレが居酒屋へ行く)*
② 「イディッシュ語-英語」辞書の紹介
   ・ケンタッキー大学版のネット辞書:
      https://www.cs.uky.edu/~raphael/yiddish/dictionary.cgi


(*)ヘルシェレ(Hershel of Ostropol): Wikipediaに、この人物と上記の読み物と思われる小話「My Father」が紹介されている。実在の人だそうだが、<貧乏を逆手に取った> 小話が面白い。ただし、テキストとWikipediaに相違はあるけど。
実在の人物だそうで、阿呆村「ヘルム」の住民のことでもないようだが、どこからどこまでが実像なのか気になる。

(本ブログ関連:”ヘルム”)

ところで、できもしない脅かしをして、ことを済まそうとするのは、「玄関をお借りしたい」と狂言切腹しようとする話とどこか似た感じがする。(映画「切腹」:時代劇感想文集に感謝)

2018年7月25日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 酒

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/18)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、酒にまつわる話を紹介した。

始めに、陰陽五行説に基づく「三伏복날)」について次のように紹介された。
・7月~8月にかけて、陰陽五行説に基づく「三伏」(初伏、中伏、末伏)がある。昔、三伏に田の稲が歳を取るといい、初・中・末伏ごと稲に節ができ、三つできて稲穂になると考えた。一年で一番暑い時期、稲が育つ間、農村ではしばらく仕事を休み、涼しい郊外に出かけて体に良いものを食べた。酒を飲み、歌まであれば、それ以上の幸せもない。

▼ 長寿を願う定型詩の平時調(평시조)による「萬壽山(만수산)」を聴く。永遠に続くかのよう朗々と。

次に、パンソリ「春香歌(춘향가)」に登場する李夢龍(이몽룡)活躍について次のように紹介された。
・相手の長寿を願い、酒を勧める歌に「勧酒歌(권주가)」がある。妓生の娘の春香と、高官になった李夢龍の愛の物語パンソリ「春香歌」にも勧酒歌が登場する。李夢龍は、不正な官吏を探す任を受け、官吏たちの内情を探るため、物乞いに扮して宴会へ行く。民は食に窮し苦しむのに、彼らは馳走を前に楽しむ。李夢龍は機嫌よくなくて宴会を乱し、妓生に勧酒歌を歌わせた。妓生は、長寿を祈るではなく、彼をあざけり呪い歌ったが、李夢龍は引き下がることはなかった。

▼ パンソリ「春香歌」から、王の勅命を受けた「(暗行)御史出頭(어사출도」を聴く。
     金樽美酒千人血
     玉盤佳肴萬姓膏
     燭淚落時民淚落
     歌聲高處怨聲高

最後に、朝鮮中期の文人「鄭澈(정철、1536~1594)」の「将進酒辞(장진주사)」について次のように紹介された。
・朝鮮中期の文人「鄭澈」は、酒好きでも知られる。酒のため会議に出られず、非難を浴びたこともある。王は、そんな彼に小さな銀杯をひとつ渡し、今後は一日に一度、酒は一杯にしておくという命令だ。すると、彼は、杯を伸ばして、容量を増やして飲んだという。鄭澈の作品に、酒好きな文人だっただけに、勧酒歌の「将進酒辞」*がある。「飲まんかな 飲まんかな 一杯また一杯」で始まる、終末を想像し、みな泣き悲しんで送っても、世を去った私に誰が酒を交わすというのか・・・という内容。
(*「朝鮮の詩ごころ」(講談社学術文庫)に紹介されているとのこと)

▼ 「将進酒辞」にもとづいた「将進酒」を聴く。ゆるりと歌い流れる。

2018年7月24日火曜日

(雑談)暑さの災害

連日の暑さに閉口している。気合を入れて外出しても、あまりの熱射に圧倒されてすぐに逃げ帰ってしまう。

気象庁の「予報用語」に、次のような区分がある。
① 予報用語(気象庁が発表する各種の予報、注意報、警報、気象情報などに用いる用語)
② 解説用語(気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語)

夏の暑さについて、気温(℃)を基準にした、上記「予報用語」①に分類される用語がある。従来から聞きなれて一般化したもので、感覚的に理解できるものになっている。
・夏日: 日最高気温が25℃以上の日
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日

(本ブログ関連:”猛暑日”)

最近、上記①に納まりきれない暑さが生じており、マスコミを通じて、「酷暑」という言葉が使われるようになった。気象庁は、この「酷暑」を上記「予報用語」②の中で、プレスリリース向けに、(感覚的な理解のため)「厳しい暑さ」として使っている。

ところで、昨日の気象庁発表資料「7月中旬以降の記録的高温と今後の見通しについて」(7/23)に、「最高気温が35度以上の猛暑日が続く所もある見込み」と述べられていて、今のところ「猛暑日」以上の分類はない。

昨日の毎日新聞記事「猛暑  気象庁『災害と認識』熱中症死の疑い6日で90人超」(7/23)によれば、同日記者会見した気象庁から、「経験したことがないほどの暑さになっている地域がある。命に危険を及ぼすレベルで、災害と認識している」(気候情報課の竹川元章予報官)と発言があったと報じている。

どうやら、5℃単位に分類してきたなかで、最高気温の「猛暑日」(35℃)を超えて40℃以上の状態が続いたため会見したと思われる。最近、気象庁の動きは素早い。

環境省の「熱中症予防サイト」に、「28℃(厳重警戒)」、「31℃以上(危険)」とあって、最上位の分類が「31℃以上」なのだ。気温40℃到来以前(あるいは温帯地帯)の学会資料やISO標準を参考にしているようだ。

以上から、40℃を待つより、ヒトの体温(37℃あるいは38℃)をもとに、新たな分類を設けるべきではないかと・・・しろうとながら考えてしまう。たとえば、<最高気温がヒトの体温以上、熱中症など災害が予想される「酷暑日」>と報じてくれ方が直感的に理解できるのだが。

2018年7月23日月曜日

東京 今年最高の気温

いつもは、暑いのより寒いのが苦手といっていたけれど、今年の夏はどうかしている。冷遇していたエアコンを頼みに生活しているのだから。今日の東京の気温について、気象庁の「日最高気温一覧表(7月23日、21時00分現在)」を見ると、近在の街に「観測史上最高」とか「今年最高」が並ぶ。
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八王子市 39.3℃  12:49   観測史上最高今年最高
府中市    38.8℃  12:45   7月の観測史上最高今年最高
千代田区 39.0℃  13:34   今年最高
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図書館のスタディールームは、暑さに負けぬようガンガンに冷えて、体に変調をきたしそうなため、窓を少し開けて暖気を取り入れたりした。夕方になって、「韓国語教室」へ出かけようと建物の外に出てみると、熱暑はそのままに覆いかぶさってきた。道筋、あっというまに汗だらけになり、やっとのことで教室にたどりつく。

今日、韓国語教室の今年前半(春期間)が終業した。先生が、授業の終わりに、夏休みの予定はどうかと問いかけられたが、こう暑くっちゃ何をしたらいいのやら、どこへ出かけたらよいのやら、皆ぼそぼそと口ごもっていた。

私も、暑さに負けず何とかしようと思案しているが・・・。

2018年7月22日日曜日

産総研の「地質標本館」

(まるで昨日の暑さそのままのような)今朝、電車を乗り継いで、石の師匠と落ち合い、筑波の産業技術総合研究所にある「地質標本館」へ出かけ、常設の「鉱物標本展示」と <プロジェクションマッピング> による「日本列島の立体地質図」を見てきた。

(本ブログ関連:”地質標本館”)

体調を整えて、ゆるりとお出ましして鉱物標本を鑑賞する、まるで王侯貴族の気分で訪問した。なにしろ鉱物趣味は、博物学の時代、貴族の楽しみの一つだったのだから。ちと大げさかもしれないが、リハビリを兼ねて鑑賞から始めることにした。

標本室の鉱物(といっても岩石や化石も展示されている)を、石の師匠と雑談しつつ巡っていたら、関係者(どうやらOBの方のよう)が、面白い話をしてくれた。
・ 鉱物学(標本)に、① 東京を拠点にしたドイツ系の鉱物科学、② 北海道を拠点にしたアメリカ系の鉱山開発の実学、③ 鉱物趣味を発展したものの3つの源流があるそうだ。(②について初めて聞いた)
・ 標本室の日本産鉱物標本は、鉱山業者が寄贈してくれたものが多く、他所の展示物と比べて大きい。(仰る透り!)
・ 日本に自然史博物館がないことを強調された。(仰る透り!)

(本ブログ関連:”自然史博物館”)

次に、昨日のブログに記載した、「プロジェクションマッピング」技術を利用してリニューアルされた「日本列島の立体地質図」を見た。従来と同サイズだが、白色の日本列島立体模型に、天井からプロジェクションマッピングすることで、どんな情報を得られるのか、どれくらいの高精細画像なのか関心があった。わがままな感想だが次の通り・・・。
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・ 子どもたちの食いつきが、正直気になる・・・キャラクター*が地図上を走り回り、紹介から始まるのはどうだろう。
(* キャラクター例:杏桃アンモちゃん・騎士ナイトちゃん)
・ 2分野別に複数の画像情報が用意されて、分野ごと一つずつ選ぶ組合せだが、自由に複数選択できないだろうか。
・ 地質図を時代別、深さ別に順次(重ねる・剥がす)動的表示ができたら面白いだろう。
・ 動的表示の例として、活火山や活断層の災害状況など考えられるが・・・。
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以上、技術的なこと(&コスト)を無視しての、しろうと感想をご容赦。

さて、石の師匠は、最近、富井鉱山で(実に上品な)紫水晶を見つけた人の話などして復帰するかどうか悩ませるのだった。

(本ブログ関連:”富井鉱山”)

2018年7月21日土曜日

(資料)地質標本館の「日本列島の立体地質図」

近々見に行きたいものがある。

筑波にある産業技術総合研究所の、一般向け施設「地質標本館」は、まさに名の通り「プロジェクションマッピング」技術を利用して、「日本列島の立体地質図」をリニューアルした・・・。(以前、立体模型地図が置かれていたが、固定情報を塗布しただけだったので、子どもたちがその場に長く留まることは少なかった気がする)

(本ブログ関連:”地質標本館”)

プロジェクションマッピング(投影)により、多様な地図情報*を見ることができる。それも、南北に長い日本列島模型**に、切れ目のない投影するというのだから視覚的に楽しいものになるだろう。(動画像も加味されていたらと・・・我がままな期待を込めて)

 産業技術総合研究所「おしらせ」より
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* 地質図、地形図、衛星画像の3種類の背景画像と、活火山、河川、交通網など約10種類の個別画像があり、これらを自由に重ねて表示することもできる。
** リニューアルした「日本列島の立体地質図」は、全長約9メートルの日本列島の精密立体模型(縮尺1/34万)
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(参考)Youtube:「第7回 GSJジオ・サロン『みんなの地質図』【産総研公式】
(参考)Web: 「絵で見る地球科学


(Youtubeに登録の産総研広報に感謝)

2018年7月20日金曜日

土用入り 2018

今日は夏の「土用の入り」(土用の丑の日)。Wikipediaによれば、「土用は雑節で、四立(立夏・立秋・立冬・立春)の直前約18日間ずつである」とのこと。そして、今日が夏の土用の初日(入り)にあたる・・・まさに猛暑真っ只中であるが、実は今日から18日後に「立秋」(8/7)を迎えるわけで、そろそろ「秋」のことも考え合わせろということなのだろう。

(本ブログ関連:”土用”)

この土用の入りに、遠く源内先生(享保13年:1728年~安永8年:1780年)にいわれて鰻を食うようになった。「丑」の日なので、牛肉でもいいのではと思うのは、文明開化を経験した後の考え・・・そういえば、牛丼屋のメニューに「鰻と牛のセット」がある。

鰻の蒲焼といっても、本物は高価で、学生向けに<鰻の蒲焼のタレ>を混ぜただけの飯があるそうだ。若者に通じる「ジョーク飯」だろう。他方、安価な外国産の養殖鰻があるが、こちらは成長ホルモン剤や抗生物質など気になる。遠慮したいところだ。結局、国産の鰻に行き着くのだが、ちょっとした鰻屋の暖簾をくぐらねばならない。それはそれで足が重くなる。

結局、暑さのせいにして、鰻を食いに出かけることもなく、いつものように終わってしまいそう。

2018年7月19日木曜日

春期イディッシュ語 2018-14th

さすがにここ連日の暑さには参った。テレビのキャスターが、「身の危険を感じる」ほどと語ったときには、思わず同意して吹き出した。確かに、この暑さに悪意まで感じる。というのは、「イディッシュ語教室」へ出かける途中に寄った図書館から出た瞬間、熱風に襲われた・・・そう思うほどだった。

とはいえ、通い道で太陽を直接浴びるのはわずか。電車、地下鉄がほとんどのため、それほどじゃない・・・はずだが、帰宅してみればシャツに汗が滲んでいた。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)

授業は、先生の特徴ある<イラスト>をまじえてストーリー解説など工夫いただいた。

① 先生がイスラエルで入手されたテキスト「ייִדיש  צום נײַעם לערן ־ יאַר」(続き)
  ・(学校で歌い、帰宅しても歌と踊りを楽しむなど)トピック別に順に読みつぐ

② 基本テキスト「Colloquial Yiddish」(続き)
  ・ダイアログ:(仮題)「דער כּלהס ברודער און די געסט(結婚式の兄と来客たち)」の輪読とロールプレイ
  ・登場人物の関係を、先生の<イラスト>*で理解できました! (* ご了解を得ずリンクしましたこと深謝します
  ・ユダヤ教のHasidik(ハシデイック)とChabad(ハバッド)のイメージについて


(受講者からの話題)
・goodの「גוט」を「gid」と発音する場合がある・・・ポーランド語の影響ではと紹介。
   - 入門者は真似しないようにとのこと。

2018年7月18日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 「筏のアラリ」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/11)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「筏のアラリ」ほかを通して民謡についての話を紹介した。
(昨日(7/17)から、KBS WORLDのホームページがリニューアルしたようです)

始めに、漢陽まで筏を流す筏師の歌「筏(뗏목)のアラリ(아라리)」について次のように紹介された。
・時に「にわか儲けの大金」を手にして、思いのまま使ってみたいことがある。そんな金の入手を、金の意(돈)に(떼)をつけて「テドン(떼돈)を稼ぐ」という。「テドン」に面白い由来がある。漢陽(ソウルの旧称)で、大屋を建てるのに、良質の木材を遠く江原道地方の山奥から運んだ。木を伐採して筏を作り、漢陽まで漢江の流れを利用した。この筏を「筏(뗏목)」といった。大儲けする意の「テドン」は、ここから由来した。筏の上で寝泊まりし、時には命を賭けたが、漢陽に到着すれば大金を入手できた。漢江の川辺には、酒を飲める場所が多くあった。筏師は稼いだ金を、酒や博打などに全て使うこともあった。「筏のアラリ」の歌には、店の主人との対話や、酒を飲みながら人生を嘆く内容など登場して、当時の筏師の生活が分かる。

▼ 筏師の思いを歌った「筏のアラリ」を聴く。アリランのバリエーション幅広く。

次に、慶尚道地方の深山で歌われた、木こりの歌について次のように紹介された。
・深山の木こりは、ほとんど作男だった。木こりの歌には、年頃を過ぎても結婚できずに嘆く内容が多い。だからか、一人で歌うものと言われ、他の人が聴くものではないとされた。

▼ <木製のしょいこ(지게)を背負って歌う(어사용)>「지게어사용」の歌を聴く。聞かせる人もなく・・・。

最後に、民謡の歴史的な意味について次のように紹介された。
・KBSで毎週日曜日に放送する、1980年に放送以来、今年で38年目になる番組「全国のど自慢」がある。海外でも楽しまれている。歌と踊りが好きな民族らしく、民謡に、昔の暮らしが表れている。一人のときも、みな一緒にいるときも、楽しいときも、悲しいときも、山や川、どこにいても、そこにはいつも歌があり、民謡はそれ自体が歴史でもある。

▼ 全羅南道地方の巨文島の漁師の船歌「巨文島の舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。漁労の歌。

2018年7月17日火曜日

(雑談)暑さに負けて・・・

暑さに負けて、家の中で過ごす。先週の「韓国語教室」で、暑さと寒さのどちらが苦手かという先生の問いに、大半は暑さと応えた。今週の教室は、祝日「海の日」(7/16)のため休講となったが、暑さは相変わらず続いている。

寒いのが苦手な私も、さすがに暑さに閉口して、エアコンのお世話になっているが、自然な揺らぎもない人工的な温度管理は、電子レンジで調理した料理が均一な温度をして馴染めないのと同じ。人間は、自然の微妙な変化を感じ取るようにできているので、単調な環境はある意味拷問のようなものだ。

日が翳り始めた夕方、外出する。門横のノラ猫は今日は顔を見せない。暑さに逃げ出したのだろう。

2018年7月16日月曜日

イ・ソンヒの「たぶん」

イ・ソンヒの最も愛らしい恋歌をあげるとしたら、12集(「My Life + Best」)所収の「たぶん(아마...)」(作詞・作曲キム・チョンソ、2001年)でしょう。おじさんには、乙女の心をよう分かりませんが、彼女が歌えばそんなことなのかと納得するのです。なにより歌声が可憐で可愛いじゃありませんか・・・耳を傾けざるえません。

(本ブログ関連:”「たぶん(아마...)」”)

今年6月末のコンサートに行けませんでしたが、過去(2009年以来)4回のコンサートで、この歌が歌われることはありませんでした。さすがに、彼女に、歌うには少し遠くなったのでしょうか。でも、Youtubeでは何度も楽しめます・・・なぜYoutubeかというと、12集アルバムだけ入手できなかったのです。何度もソウルの中古レコード街を探したんですけどねえ。


その人の話し、しましょうか。 悲しい私の愛、聞き入れることができますか。
馬鹿でしょ、言葉ひとつできず、一人で胸を痛めるなんて。 私のそばにいても、
分かってください。 そんな気持ち、彼を見るたび、いいえ、私余計なこといい始めたようです。

*もう、その人には、命のような、そんな大事なものがあるのでしょう。
永遠に、私は堪えられない話をできないんです。 愛するという言葉は、たぶん・・・

なぜか、涙が止まりません。 つまらないでしょう。 私の気持ち分からなくて。
あなたがくれたハンカチに、涙とともに滲み出た言葉、それはあなたなのに。
本当に分からないのですか。 私のこんな気持ちを、いいえ、余計なこといい始めたようです。

*(2行繰り返し)
*(2行繰り返し)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2018年7月15日日曜日

さすが昼過ぎの公園は

さすが昼過ぎの公園には、人影もまばらだった。日曜日というに、広場をにぎわす子どもたちの遊び声が聞こえてこないのだ。木陰の散歩道もウォーキングを楽しむ遊歩者とすれ違うことがない。どうしたことだろう、公園の中心ががらんと空いているのだ。

東京の今日の最高気温は 34.5℃ で、昨日の 35.4℃ を超えることはなかったが、腕を刺すような陽射しに昨日以上のものを感じた。思わずうなるほどの暑さだった。

公園のクスノキの高い木立は、適当な日陰をつくりほどよい風を通す。木漏れ日も薄い、そんな場所に置かれたベンチに座って、来る途中コンビニで買ったペット入りの緑茶を飲みながら新聞を読む。風に吹かれて紙面がパタパタと揺れ、読むのにひと工夫が必要。クスノキの木立は風通しがよい。ゆったりと時が流れるような気がした。

そういえば。昨日、家を出るときに門横の蔦草(アイビー)の陰から、私のもの音に驚いたのだろう、若い猫がび出した。そして、今日も、帰宅したとき、同じ茶の縞模様の猫が蔦草の中からするりと走り去るのが見えた。蔦の陰はノラ猫にとって、この暑さに居心地よい場所になっているのかもしれない。

2018年7月14日土曜日

(ツアー会場追加)イ・ソンヒのコンサート<Climax>

6/29~7/1、ソウルのオリンピック公園にある「オリンピックホール」で、イ・ソンヒのコンサート<Climax>が開かれた。この後も、米国サンディエゴや、韓国の水原、大邸、仁川、大田の各都市と続き、さらに、高陽、清州、光州(広域市)の3都市が追加された。来年にかけて、コンサート開催都市が順次発表されることだろう。

(本ブログ関連:”Climax”)

ソウル : 6/29~7/1
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米国: 8/11
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水原: 9/8~9/9
大邸: 9/29
仁川: 10/20
大田: 11/3~11/4
高陽: 12/1
清州: 12/15~12/16
光州: 12/29
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(参照: Interparkチケット)

(追記)
真綿にくるまれたような暑い日中、公園の緑陰で読書をひととき楽しんだ。そうなると我がままなもの、明るい陽射し浴びたくなる。例によって南下して、調布飛行場の「プロペラカフェ」で、(アイスコーヒーとチーズケーキを楽しみながら)隣接の格納庫にある飛行機を窓越しに眺めた。いつもと同じだが、次の機種が駐機していた。
・単発:JA72XL   /   Liberty_XL2 (米、クルー1人、乗客1人)
・単発:JA4187   /   Socata TB-9 Tampico (仏、クルー1人、乗客3人)
・ヘリ:JA9664   /   Agusta A109A Mk2 (伊、クルー1-2人、乗客6-7人)

2018年7月13日金曜日

(雑談)ちり

土の「ちり」で神に作られた人は、その鼻に神が息を吹き込んで、生きた者になった・・・そうだ。

土の「ちり」とは一体なんだろう。砂漠の宗教なので、土はどれくらいの粗さだろうか。そして、土の「ちり」とは一体何なのだろう。土人形を作るのに、粒子の細かい粘土質が良いに決まっている。

土の「ちり」は、きっと近くに水辺があったに違いない。泥人形「ゴーレム」も、ラビが川辺の泥で作ったもの。そういえば、神が人を作ったのは、初め草木のない所だったが、やがて地から泉が湧きあがって周りを潤した、そんな湿った場所だった。川は後でできた。(「創世記」2章6、7、10)

「ちり」は、ゴミのちりではなくて、ふるいにかけて得たわけでもない、粘土質の微粒子で、湿地の粘土だったのではないだろうか。

ところで、韓国のバラードに、男女が出会った場所の窓辺に<ちり>があると語ることがある(それも唐突な感じがして)。この場合の<ちり>は、ゴミじゃなくて、はかないものの例えだろうか。

2018年7月12日木曜日

春期イディッシュ語 2018-13th

年々、行動範囲の同心円が狭まっている。それを突破するのに、毎週木曜日の「イディッシュ語教室」は貴重な機会である。通学に使う地下鉄の「1/f」揺れに、大いにリラックスさせてもらっている。

先週(7/5)、振り替え休講だったため、ひと心地ついたはずなのに、怠け癖があってか予習を忘れたりして・・・間抜けな話だ。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)

授業は、先生が先日出席されたイスラエルでの研究会の話題をまじえて工夫いただいた。

① 先生がイスラエルで入手されたテキスト「ייִדיש  צום נײַעם לערן ־ יאַר」の続き
  ・トピック別に順に読みつぐ

② 基本テキストの読み物「די עלטערן פֿונעם בעל ־ שם ־ טובֿ און אליהו הנבֿיא」(Ba'al Shem Tov の両親(となる夫婦)と予言者Elijah)の輪読

③ テルアビブで開かれた研究者の会議の様子を、一般向けに楽しく聞かせていただいた。
   ・研究者の紹介から人柄が知れて、ぐっと身近に感じられた


(受講者からの話題も楽しい)
・上記②の予言者(Elijah)に相当する、中国の仙人「呂洞賓(りょどうひん)」・・・中国古典に造詣の深い受講者から
・ワルシャワの都市地図から歴史的な場所の紹介・・・ポーランドの経験が長い受講者から
・人間が土のちりでできていること(「創世記」2章7)・・・キリスト教の古典に造詣の深い受講者から

2018年7月11日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 「羅針盤」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「羅針盤」ほかを通して旅についての話を紹介した。

始めに、夏への期待と旅の楽しみについて次のように紹介された。
・長い夏休みは、期待が高まる時期であり、それに向けて色々な計画を立てる楽しみがある。いつ、どこへ、誰と行くか、行って何をするかなど考えると幸せな気分になる。チケット予約の準備も楽しい。車や電車、船や飛行機などと、その手段も多々ある。旅立つイメージに、磁石の針が方向を教えてくれる「羅針盤(나침반)」もある。

▼ 「羅針盤」の演奏を聴く。軽快に回転するように・・・今様に。

次に、短歌「竹杖芒鞋(죽장 망혜)」のソンビの理想と現実について次のように紹介された。
・短歌「竹杖芒鞋」は、身軽な旅支度の意で、ソンビは、竹の杖と、わらじ、水を飲むためのヒョウタンの格好で、騒がしい世を離れて旅に出るとはいえ、清貧を唱え、富や名誉を追わず自然に隠居する暮らしを理想としたものの、それはただの理想。ほとんどの人は、科挙に合格し、高官になって富と名誉を手にするのが望みだった。

▼ <「竹杖芒鞋」を唱えながらも、正直な気持ちを表した>「八道遊覧歌(팔도유람가)」の歌とコムンゴ演奏を聞く。なるほど豪華旅行。

最後に、朝鮮中期の文人「鄭澈정철、号松江)」の「関東別曲(관동별곡)」について次のように紹介された。
・ソンビは、竹の杖とわらじ姿で出かけたり、歌い手と一緒に出かけることもあった。いずれにしろ、戻ると感想を詩や絵などで作品にした。代表的な朝鮮中期の文人に「鄭澈」がいる。彼が地方官のトップ「観察使」として赴任したときに作った「関東別曲」は、江原道地方の景色を漢字とハングルで表した詩歌で、金剛山と沿岸の八名勝地をうたっている。昔、江原道地方の妓生は、この曲をよく歌った。今はそのリズムは伝わっていない。

▼ 新たに作曲された「新しい関東別曲(신관동별곡)」を聴く。重厚に今様に。

2018年7月10日火曜日

(資料)リメイクについて

イ・ソンヒのリメイクアルバム「le dernier amour(最後の愛)」は、正式にはフランス語タイトルのようだが、「最後の愛」といった方が口にしやすい。彼女の、初めてのリメイクアルバムということになる。もちろん、ライブや放送でカバー曲を歌ったことは多数であろうけれど、アルバムにして出すのは初めてというわけだ。

(本ブログ関連:”le dernier amour(最後の愛)”)

週刊東亜の「キム作家の音談樂談」の記事「大衆歌謡のクラシック化境地を開いて見せる」(7/10)は、「リメイク」の模範として、イ・ソンヒとアイユー(IU)が出したリメイクアルバムについて以下のように語っている。(抜粋)
ここでは、「リメイク」について、対象曲は時代の検証を終えたものであり、商業的にはリスクを減らした安全策であるといった評論家らしい苦い前提をしているが、まあ、そんなことより、本来のリメイクの意義について語っている部分(学生のリポートにコピペされるような内容だが)を参照させていただいた。

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・一般的に人が音楽を最も旺盛に聞く時期は、10代から20代半ばだ。その時代に聞いた歌は、生涯を共にする。言いかえれば、「最近の歌は、聞くことがない」と考えがち。イ・ソンヒのファンたちもそうだろう。その時、その時代の音楽にだけ陥没していた既成世代に、イ・ソンヒのリメイクアルバムは、「ああ、最近の歌もイ・ソンヒが歌うといいね」という認識の転換をいだかせる。

・アイユーとイ・ソンヒは、このような作業を通じて自身の世代に、それぞれ他の時代の音楽を伝える。これは、すぐに彼らの音楽に対する認識が、枠にはまっていないことを証明するだけでなく、歳月のかなたに消えたり、既成世代に届かなかった音楽をよみがえらせる大切な作業であるわけだ。言ってみれば、クラシックが楽譜を通じて絶えず息を吹き返して再解釈されるように、大衆音楽もやはり新しい音と新しい声で、違う世代に持続可能性を教えてくれることだろう。
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2018年7月9日月曜日

日野てる子「夏の日の想い出」

西日本(九州、四国、中国、近畿方面)の大雨災害の後に、東京は暑いうだるような夏の陽射しが続く。日なたに出かけて驚くのは、たたみ掛けるような日射、熱波だ。逃げ場なく容赦ない暑さが襲ってくる。「暑さ」というより「熱さ」そのものだ。

この暑さを思い出に変えてしまえばいい。遠くに追いやれば、少しは忘れ、逃れられるというもの。そこで、懐かしい、日野てる子の「夏の日の思い出」(1950年)をYoutubeで聞いてみた。夏の歌と思っていたが、実は。夏を回想する場面が主要かもしれない。そうなると、歌は冬になる。夏の思い出はとっくに遠くなっていた。実際、この曲がリリースされたのは、1950年1月20日だったそうだ。

「夏の思い出」という言葉は、あまりにポピュラーで、いろいろな場面で使われているが、私の記憶にあるのは、日野てる子の「夏の日の想い出」の歌が一番である。実はもう一つ勘違いがある。彼女がハワイアン歌手ということと顔立ちから、沖縄の方と思っていたが、愛媛県松山市出身ということを今回初めて知った。


(Youtubeに登録のおおばじょうしょうに感謝)

2018年7月8日日曜日

(雑談)石が育つこと

先日(7/1)、ニール・セダカの歌う「バラライカを弾き鳴らそう(Tumbalalaika)」の歌詞に、若者が「雨がなくても育つものは何?」と問いかけたのに対して、女性が「雨がなくても石は育つ」と応える部分がある。他の応答もすべて ”n- ”の韻があるからとは別にして、なぜ「石」が語られたのか、石好きには興味深い。

(本ブログ関連:””、”鉱物 、・・・後は省略”)

国歌の「君が代」で、「さざれ石」(小さな石)が集まって「いわお(巌)」(大きな岩)となるという関係は、私たちに当り前であるが、砂漠の国に生まれた人にとっては、不思議に聞こえるかもしれない。わずかな平地に山が迫る日本では、岩や石が珍しくない存在だ。(東京の住民は、関東平野の広がりに慣れてしまって、実感しにくいかもしれない。余談だが、子どものころ、父親の転勤で東京に来たとき、石ころ道がなかった・・・全て舗装されていたことに驚いた・・・随分昔のことだが。)

「鉱物」が集合して「岩石」を構成するのも、ある意味「育つ」関係かもしれない。

ところで、石ころそのものが大きくなるという、伝説や信仰がある。国立国会図書館のデジタルコレクションにある「信仰民俗誌」(本山桂川著、昭和書房、昭和9年)に、「成長する石の群」の項があって、さまざまな民間伝承を例示している。
それらに共通しているのに、ある場所で入手した石を持ち帰る最中、あるいは持ち帰った後、石の重さや大きが増加するのに気付くというものだ。持ち帰るという、場所の移動(時間の経過)が重要なポイントかもしれない。

また、袂(たもと)に入れるという動作が加わることから、これらを「袂石(たもといし)」と呼ぶ範疇がある。(柳田国男の「日本の伝説」)

(本ブログ関連:”石の世界”)

石が育つには、場所を変え、時を経て成り立つ。そう考えれば、若い男女間の成就も何が必要か分かるというもの。そして、「苔のむすまで」といった永遠性がかなえられれば最高だろう。

2018年7月7日土曜日

小暑 2018、七夕

西日本各地に「大雨特別警報」が発せられ、記録的な大雨による(考えた以上に)大きな災害にみまわれている。一方、南関東は一時期、小規模な風雨があったものの大過なく済んでいるため、テレビのニュースで知る西日本の大雨被害の規模に驚く。

東京は、幸い天候を回復しており、暑く晴れた日が続きそうだ。今日は二十四節気の「小暑」で、暑さが本格的になるころという。確かに、暑さはもう始まっている。

合わせて、今日は五節句のひとつの「七夕」でもある。星空を見晴らすほどに回復にいたらない。気分だけでも、「牽牛」と「織女」のロマンスを空想しながらひたってみたい。
七夕には、「短冊」に願いごとを記した笹飾りがつきもの。地元公園の管理事務所前に、来園した子どもから大人までが、自由に願いごとを記して吊している。とりわけ、幼い子どもの短冊はつたなくて可愛らしくほほえましい。しばらく見とれるものだ。

(本ブログ関連:”七夕”)

七夕に、子どもたちの素直な気持ちが浮かんでくる、昔懐かしい歌「たなばたさま」(作詞権藤花代*、作曲下総皖一、昭和16年)を聴いてみよう。(* Wikipediaの権藤花代の項に歌詞の解説がある)


(Youtubeに登録のキッズボンボン TVに感謝)

2018年7月6日金曜日

イスラエルからイディッシュ語教室の便り

先日(6/21)の本ブログに記したことだが、「イディッシュ語教室」の若きクラスメイトがイスラエルにイディッシュ語を学びに行っている。情熱を傾け打ち込む若者の姿は本当に素晴らしい。

そんなクラスメイトが、「イディッシュ語教室」のみんなへメールをくて、現地教室の教材の一部を紹介してくれたのだ。目が点になった。会話文を読んで、質問に答えるようだ・・・質問の数の多いこと! 語学力というより理解力を試すようで大変そう。

そんな教材をみっちり連日やったら、(一週間に一度の授業でも大変なわが身には想像もできない)、超ヘビーなことだろう・・・と、要らぬ心配をする。でも、二物も三物も掌中におさめる若者にはへっちゃらに違いない。

若さと行動力に感心し、うらやましく思う。(昔の私には及びもつかぬことをやってのけるのだから)
そして、情報ありがとう。

2018年7月5日木曜日

(雑談)昔のヒーローはひとりだった

昔、子ども時代のヒーローは、ひとりで活躍したものだ。それが、今のテレビのヒーローはグループ(戦隊)になっている。最新のCGをふんだんに使ったアメリカ映画までもが、マーベルの主人公が寄せ集まっている。こうなると、独り立ちできない物真似タレントが集団になって登場するのに似て場末感が漂う。

昔のヒーローは、時代設定が現在であれ過去であれ問わず、「月光仮面」も「怪傑黒頭巾」もひとりで悪と戦った。アメリカの「スーパーマン」もそうだった。ヒーローはひとり存在して、つまり孤独を内ちに秘めてこそ価値あると思ったものだ。現在の「ヒーロー」はどうだろう、子どもたちにとってどんな存在なのだろう。

最近、映画を見て、真似しようという子どもはいないだろう。あまりにスケールが大きくて、CGのリアリティが強烈過ぎるからだ。昔は、モノクロ時代の映画は悠長だったようで、父親の世代には、映画「児雷也」を真似て、傘を広げて屋根から忍者のごとく舞い降りようとして骨折したなんて話を聞いたことがある。子どもを夢中にさせるものがあったようだ。戦後も「スーパージャイアンツ」の白いマントにあこがれて、風呂敷をマント代わりに飛んでしまった子がいたという。

最近、子どもの関心は戦隊ものであれアニメであれ、飛びぬけたヒーローはいないようだ。かならずチーム共同であたる。そういえば、アメリカ映画で、チーム(集団)にはリーダー争いがつきものだったが、今はどうだろう。ため口をきくチームはつまらない気がする。

2018年7月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「春香の部屋飾り」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「春香の部屋飾り(춘향 방치레)」ほかを通してさまざまな遊びについて話を紹介した。

始めに、高麗時代の歌「礼成江(례성강)」から、唐の商人と碧瀾渡の美人人妻の苦難について次のように紹介された。
・高麗の歌に「礼成江」がある。「礼成江」は、北の黄海道を流れる川で、河口にアラビア商人も出入りした「碧瀾渡(벽란도)」があった。そこを訪れた唐の商人「賀頭綱」は、地元の美しい人妻に見とれる。彼は、女性の夫を訪ねて賭け碁をする。ついに二人は妻を賭けるが、結局、賀頭綱が勝利して美人妻を奪う。妻と別れるとき、夫が歌ったのが「礼成江」の一節であり、その後、紆余曲折を経て戻った妻が歌ったのが、その二節である。ただし歌詞は今に伝わらない。
・ところで、身分を越えた春香(춘향)と李夢龍(이몽룡)との物語パンソリ「春香歌」で、李夢龍が初めて春香の部屋に入ったとき、部屋の四方に飾られた絵の中に「商山四皓図」があるのを見た。中国の秦の時代、始皇帝の暴政を避けて商山に隠居した、髪とひげが白くなった神仙のような四老人を画材にした絵だ。

▼ 李夢龍が見た春香の部屋飾りを描写した「春香の部屋飾り」をカヤグム演奏と歌で聴く。淡々と・・・。

次に、「商山四皓図」とは別に、庶民の世界に「将棋(장기)」を打つ場面があり次のように紹介された。
・喧騒の世を離れ、山中に隠居して囲碁を打つ暮らしを理想として、「商山四皓図」がよく描かれた。一方、大衆の遊びに将棋がある。昔、夏になると東屋で将棋を指したが、今はめったに見られない。将棋見物して思わず口をはさむ者、叱られる者、菓子をもらえると思って集まる子どもたちもいたことだろう。

▼ 京畿道地域の民謡「将棋打令(장기타령)」を聴く。32駒について中国史で語る・・・

最後に、主に上流層の両班や妓生が楽しんだ「骨牌골패)」の遊びについて次のように紹介された。
・昔の遊びに「骨牌」があった。ドミノと似た牌で、1.5×2センチほどの板に、獣骨を付けて、その上には数字を表す穴を刻した32枚の板で遊ぶ。様々な遊び方があり複雑なため説明書もあった。一般の庶民より、主に上流層の両班や妓生が楽しんだという。

▼ 「骨牌打令(골패타령)」の歌を聴く。歌謡風でリズムについついのってしまいそう。

2018年7月3日火曜日

ワールドカップ「日本対ベルギー」戦に一喜一憂

にわかファンも、(今日の日付に変わったばかりの)深夜に熱中した。2点先行に思わずニンマリする。素人はすぐに安心(慢心)して緊張が続かない。やがて瞼が重くなり、意識が一瞬飛ぶのを感じた。大いに反省して、部屋中歩き回って活を入れる。アルコールが入っていたら、睡魔の誘惑に溺れたもしれない。

ワールドカップ「日本対ベルギー」戦は、素晴らしい展開で進み、もしかしたらという勝手な予想(妄想)にはまる。意識の途切れ途切れがあったものの、最後まで観戦した。思わぬ終幕へ向かうのだが。結局、2-3の逆転を許してしまうことになる。

日頃、サッカーと縁遠いとはいえ、テレビ画面を通して試合模様に触れると、現地での観戦を想像したくなる。競技場の熱気とかどよめきとかどうだろう、肌で感じられるのだから。もちろん、街のパブリックビューイングにファン同士集まるのもいい・・・これは、若者の特権だろうと羨ましく思う。

にわかファンは、選手の名前もうろ覚えで、ましてルールにいたってはにわか知識でしかない。次のパスは誰に行くのかなんて、野球のピッチャーの配球のように見当もつかない。それなのに、結果についてつい口にしてしまうことがある。

サッカーの国際試合で見慣れた「痛い痛いアピール」*という奇妙なジェスチャーがある。大いに疑心が湧くものだが、この試合では、日本・ベルギー両国のお国柄といっていいのだろうほぼ見かけなかった。フェアに試合が進んだのだ。見ていて本当に気持よかった。

(* 追記7/10:Youtube ”Practicing 「The Neymar」”)

にわかファンは気が早い。次回のワールドカップの優勝トロフィーを、日本に持ち帰ってくる夢を見る。

(参考)夏講座オープンアカデミーの受講者延長受付

(お知らせ)
東京外国語大学の「夏講座オープンアカデミー」の受講受付が延長されました。次のイディッシュ語関連講座の受付が、7月2日(月)~7月13日(金)まで延長されます。

・「イディッシュ語超入門」(7月31日(火)~8月2日(木))
・「イディッシュ語初中級」(8月28日(火)~8月30日(木))

まだ間に合いますよ!

詳しくは、東京外国語大学オープンアカデミーindexページの「お知らせ」にある「2018年07月02日  夏講座オープンアカデミーの受講者延長受付について」をご覧ください。


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ご指導いただく鴨志田先生のブログ「ユダヤ人と言語 Jews and Languages」に、まさに今現在、イスラエル(エルサレム)滞在記が公開進行中です。夏講座でお話をうかがえるかもしれません。
--- 先生の了解なく、紹介しましたことご容赦願います。
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2018年7月2日月曜日

半夏生 2018

雑節の「半夏生(はんげしょう)」である。2012年以降、これについて4回ほど記したが毎回とまどうばかり。いかにも俳句の季語らしく、関心ある人にはこの時期に似つかわしい言葉だろうけれど、現実に半夏生の姿を見ることはない。

(本ブログ関連:”半夏生”)

Googleニュースで「半夏生」を検索すると「俳句」につながる記事もあるが、どうやら一般受けしないのか、メデイアの最後の手段の食べ物ネタと絡めている。半夏生とサバ(鯖)の丸焼き、タコの天ぷらなどが代表的で、中には半夏生とうどんといった組み合わせもある。

半夏生のこの日について、Wikipediaに「この日までに『畑仕事を終える』、『水稲の田植えを終える』目安で、この日から5日間は休みとする」といった風習があるそうだ。この地は、かつて武蔵野の台地、(麦)畑と栗林の歴史を持つが今は住宅地でしかなく、ところどころに面影を残すのみとなっている。したがって、農事の風習に根ざした伝承もない。目安となる実感がないのだ。

とはいえ、農作業から一休憩する昔の農家を思い浮かべてみるのも悪くない。深夜を無事にのりきれば、もしかしたら明るい朝を迎えられるかもしれないからだ。

2018年7月1日日曜日

ニールセダカの「バラライカを弾き鳴らそう」

昨日で6月が終わり、今年の半分を消化したことになる。一年をリンゴの実に例えるなら、半分喰ってしまい、残り半分しかない。時のあっけなさに驚くばかり。とはいえ、私としてはただ凡庸に過ごすだけ。7月1日の今日もいつ通りである。

それに比べれば若者は違う。チャレンジは常に新しく、明日に、未来につながる。そんな若者たちの情熱を歌った、「ニール・セダカ」のイディッシュ民謡に「バラライカを弾き鳴らそう(Tumbalalaika)」がある。Wikipediaに「Tumbalalaika」の項があり、イディッシュ語と英語の対訳が並んでいる。
(題名に楽器バラライカがあることからロシア系ユダヤ人の歌のようで・・・、ニール・セダカの母はポーランド・ロシア系ユダヤ移民だったとのこと)

(本ブログ関連:”ニール・セダカ(ניל סדקה)”)

若者は愛に確信を持ちたい一心から、不安を打ち消すように、夜にバラライカを弾き鳴らす。そんな高揚した彼の想いに、彼女は応えてくれる。雨がなくても石は固まる、燃え上がった愛は消えることはない、そして憧れに涙はいらないと。バラライカの音を中心に、若い男女の情熱が回るようだ。

若者の問いかけの最初に「雨がなくても育つものは何?」とあり、それに対する女性の応えは「雨がなくても石は育つ」とある。雨と石? 果たしてその関係は。

(本ブログ関連:”石の世界”)(追記:”石が育つこと”)

(イディッシュ語と英語をまじえて歌う)

(Youtubeぶ登録のgrease52に感謝)

2018年6月30日土曜日

イ・ソンヒのコンサート<Climax>始まる

昨日から明日までの3日間(6/29~7/1)、ソウルのオリンピック公園にある「オリンピックホール」で、イ・ソンヒのコンサート <Climax>が開かれる。この後も、米国サンディエゴや韓国の水原、大邸などの各都市でコンサートツアーが続く。

(本ブログ関連:”Climax”)

ソウル : 6/29~7/1
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米国: 8/11
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水原: 9/8~9/9
大邸: 9/29
仁川: 10/20
大田: 11/3~11/4
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(参照: Interparkチケット

(追記) 7/1のコンサートの様子・・・ 「あ! 昔よ」で始まったようだ

(Youtubeび登録の우리비に感謝)

これまで彼女のコンサートの始まりに、ソウルへ出かけていた。基本的に一泊二日だが。そのためソウル以外の都市に足を延ばすことはなかった。イ・ソンヒ以外に、韓国について知ることがなかった。

(本ブログ関連:イ・ソンヒのコンサート ”2009年2011年2014年2016年”)

前回(2016年)のコンサート翌日、ソウル市内の中古レコード街を徘徊したが、9月とはいえ汗だくになりえらく消耗した。そろそろ潮時かなと感じた。そして今回、湧きあがるべき活力が出ず・・・残念ながら見送ることにした。

いずれ、今回のコンサート模様をYoutubeなどで垣間見ることができるだろう。・・・もしかしたら、彼女の韓国内ツアー会場のどこかの席で、ステージを見ているかもしれない。そのとき初めて、ソウル以外の街への旅になるだろう。

近頃、日常の行動範囲が、同心円状に次第に狭まっているのに気付く。

2018年6月29日金曜日

梅雨明け2018

昨日、「梅雨明けしたのではないか」という放送キャスターの発言をブログに記した。もうちょっと、様子見かなと思った矢先、何と本日、気象庁から関東甲信の梅雨が明けたと発表されたのだ。

日本気象協会のtenki.jpの記事「関東甲信 早すぎる梅雨明け 6月は初めて」(6/29)は、関東甲信の梅雨明けが、(観測史上)一番早いと次のように報じている(抜粋)。
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6月の梅雨明けは初めて
・きょう29日、気象庁は関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表しました。平年(7月21日ごろ)より22日早く昨年(7月6日ごろ)より7日早い梅雨明けです。関東甲信地方が6月に梅雨明けするのは初めてのことです。(これまで関東甲信地方で最も早く梅雨が明けたのは2001年の7月1日でした。)
梅雨の期間(梅雨入りした6月6日から梅雨明け前日の6月28日まで)の日数は23日と、1978年(6月11日から7月4日まで)に並んで1番の短さです。
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(参考)関東甲信の「梅雨入り」
・6月6日ごろで、平年(6月8日ごろ)と比べて、平年差は2日早く、昨年(6月7日ごろ)と比べて、昨年差は1日早い。

(参考)今年(平成30年)の「梅雨明け」
地方平成30年平年差昨年差平年昨年
沖縄6月23日ごろ同じ1日遅い6月23日ごろ6月22日ごろ
奄美6月26日ごろ3日早い3日早い6月29日ごろ6月29日ごろ
九州南部7月14日ごろ7月13日ごろ
九州北部7月19日ごろ7月13日ごろ
四国7月18日ごろ7月13日ごろ
中国7月21日ごろ7月13日ごろ
近畿7月21日ごろ7月13日ごろ
東海7月21日ごろ7月15日ごろ
関東甲信6月29日ごろ22日早い7日早い7月21日ごろ7月6日ごろ
北陸7月24日ごろ8月2日ごろ
東北南部7月25日ごろ特定しない
東北北部7月28日ごろ特定しない


ところで、サッカーのワールドカップで、(昨晩深夜を境に昨日と今日に続いた)「日本対ポーランド戦」は、0-1で敗退したものの、第3戦(決勝トーナメント)への切符を、他チーム(コロンビア対セネガル戦)の試合結果から入手できた。イエローカードやレッドカードの数(ファエプレーポイント)により、最終判定されたからだ。

にわかファンにとって、試合が次へ進めば楽しみも増えるわけで、子どものころ美味しいおかずを残す習性を持った私は、第3戦を展開できることに大満足している。

2018年6月28日木曜日

春期イディッシュ語 2018-12th

梅雨をすっかり忘れたような晴れ間が続く。7月初まで、この暑い陽ざしが続くようだ。天気予報の解説者は、せっかちなキャスターの「もう梅雨明けしたのではないか」という問いかけに慎重だ。例年、梅雨明けは7月下旬なのだから。

(本ブログ関連:”梅雨入り”、”梅雨明け”)

少しの風に救われた気がするけれど、やっぱり暑い。イディッシュ語辞書(重い)をお守りがわりにショルダーバッグに詰め込んで、「イディッシュ語教室」へ通へば、やっぱり汗が出る。イスラエルに行って空いてしまったクラスメイトの席を埋めるように、席を移動した(授業で答える順番が早くなり、こちらは冷や汗)。

(本ブログ関連:”春期イディッシュ語 2018”)

今日も工夫された授業が展開された。

① テキストの単元7
  ① ー1.会話1を輪読
   ・引越しする女性が友だちの女性に自分の色々な服を譲るという。その中に、どこかで見たような・・・。
  ① - 2.命令形:命令の対象(単数と複数)別に、動詞語幹に付く語尾を変化させる
  ① - 3.人称代名詞:人称ごとの主格、予格、対格の区別
  ① - 4.宿題「די עלטערן פֿונעם בעל ־ שם ־ טובֿ און אליהו הנבֿיא」(Ba'al Shem Tov の両親と予言者Elijah
② 先生がイスラエルで入手したテキスト「ייִדיש  צום נײַעם לערן ־ יאַר」(続き)
  ② - 1.新学期(新学年)に向けて、子どもたちにイディッシュ語学習の歓びを伝える
          (参考)先生解説のイデシッシュの格言
                    「いいお父さんは本をくれる。いいお母さんは歌を歌ってくれる。

2018年6月27日水曜日

探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」へ到着

(後付記載)

本日(6/27)、探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」へ到着したと、JAXAのウェブリリース(プレスリリースじゃなくて!)「小惑星探査機『はやぶさ2』の小惑星Ryugu到着について」は次のように報じている(抜粋)。

次の内容から分かる通り、現在、はやぶさ2とリュウグウとの距離は20Kmであり、その間を維持できているという。(今後の着陸予定について早く知りたいところであるが)

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・国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ2」小惑星Ryugu(リュウグウ)への到着を確認しましたのでお知らせします。

・JAXAは平成30(2018)年6月27日の「はやぶさ2」の運用において、「はやぶさ2」の化学推進系スラスタを噴射して軌道制御の運用を行いました。

・JAXAは、「はやぶさ2」から取得したデータから、
   「はやぶさ2」の化学推進系スラスタの噴射が予定通り行われたこと
   「はやぶさ2」と小惑星リュウグウとの距離が約20㎞であること
   「はやぶさ2」が小惑星リュウグウとの距離を維持できていること
   「はやぶさ2」の状態が正常であること
を確認しました。これにより、「はやぶさ2」が9時35分(日本時間)に小惑星リュウグウに到着したことを確認しました。
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⇒ JAXAの6/29付け記事に、ランダー・ローバ(着陸小惑星面の探査ロボット)について告知している。「今後の探査結果をご期待ください。」とのこと。

KBS WORLD「国楽の世界へ」「スクテモリ」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「スクテモリ쑥대머리、髪が乱れた様子を指す)」ほかについての話を紹介した。

始めに、1930年代に人気のパンソリ歌手「林芳蔚임방울、1904年~1961年)」について次のように紹介された。
・伝統芸能「パンソリ」は、もともと庶民の音楽だったが、朝鮮時末になると王も楽しんだという。有名な歌い手を各地から宮廷に集め、王の前で披露した歌い手を、国で認めたの意で「国唱(국창)」と呼んだ。例外もある。後に1930年代当時、有名になった「林芳蔚」も「国唱」と呼ばれた。林芳蔚は、首都で活動したが、朝鮮戦争のとき故郷の光州に避難した際、北側の検問に遭ったが、歌を歌って釈放されたという。そのとき歌った曲が「スクテモリ」だった。

▼ 「スクテモリ」(林芳蔚の生前録音したものに伴奏をのせた曲)を聴く。コラボして、今様に。

次に、朝鮮半島の南北を流れる「臨津江(임진강)」に臨んで歌ったとわれる曲について次のように紹介された。
・「朝鮮戦争」を記憶する、6月25日になると、南北を流れる「臨津江」の曲が浮かぶ。この曲は、北側に渡った詩人「朴世永(박세영、1902年~1989年)」が、故郷を想いながら作った詩に、「高宗漢(고종한)」が作曲した。

▼ 日本でも(かつて「ザ・フォーク・クルセダーズ」によって)歌われた「臨津江」を聴く。団塊世代の歌だった・・・。

最後に、「非武装地帯(비무장지대)」の歌について次のように紹介された。
非武装地帯(DMZ)」とは、軍事衝突を避けるため、国際条約などで武装を禁じた場所で、韓国の場合、現在、軍事境界線からそれぞれ2キロの地帯が指定されている。

▼ 「非武装地帯」(文益煥(문익환、1918年~1994年)詩)の歌を聴く。「トンマッコルへようこそ」を思い出す。

2018年6月26日火曜日

全国地震動予測地図2018年版

例年、政府の「地震調査研究推進本部」から「全国地震動予測地図」が公表されている。最新の2018年版について、読売新聞の記事「30年内に震度6弱以上、千葉85%横浜82%」(6/26)は、「政府の地震調査委員会(委員長=平田直なおし・東京大教授)は26日、今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布を示した2018年版『全国地震動予測地図』を公表した。」と報じた。

(本ブログ関連:”全国地震動予測地図”、”地震”)

地震調査研究推進本部の「発表資料」から ・・・(青色の矢印はブログに後から追加した)
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・(下の図は)30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率が例えば3%あるいは26%であることは、それぞれ大まかには約1,000年あるいは約100年に1回程度、震度6弱以上の揺れに見舞われることを示します。
・(地震に)見舞われる可能性が相対的に高いところ(濃い赤色)低いところ(黄色)がある。

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地震動予測地図を見て、いつも気になる場所がある。東海、東南海に面した太平洋岸が、将来震度6弱以上が「必須」に見えるのに対して、確率の最も低い地域に自然と目がいく。

2016年版予測地図のときもそうだったが、< 一番薄い色の「黄色」で示される、北海道のオホーツク海沿岸地域小樽・札幌地域、および岡山県の新見地域 > がある。(当然ながら、地震保険費用に連動する)

安全を考えて引っ越すなら、岡山県の新見地域(上記地図に青色の矢印で示した)を選択したいと空想する。北海道は少し寒いからなどとわがままから妄想したけれど。でも、全国規模の地震が発生したら、そんな呑気なことをいってられないだろう。
いつでも、どこでも地震被害が最小であるのに越したことはない。そのための予測(=準備)地図なのだから。

2018年6月25日月曜日

あまりの暑さに・・・思うもの

肌寒い雨降りが続いたと思ったら、昨日今日と陽射しの強さに驚く。いささかうんざりする。元来寒いのは苦手、だから冬より夏の方がよいといったものの、この暑さには閉口する。

豪雨を「バケツを引っくり返したような」という表現があるが、今日の暑さを何としょう。韓国語教室でおじさん同士で話し合ったが、「じりじりと暑い(熱い)」だろうということになった。

わたしとしては、「いか(烏賊)」をプレスに掛ける「姿焼き」の暑(熱)苦しさ何んてどうだろうかと思った次第。電熱プレス機に、高熱と強圧力で上下から挟まれた様子が浮かんでくる。プレス直後、一瞬にして沸騰し、悲鳴のような音を出しながら蒸気を放ち固まる。この拷問から解放されたとき、いかはあっけない煎餅の形になっている。

暑い夏の陽射しに思いついた、いかの姿焼きに人生を感じてしまう。とはいえ、いかの煎餅は、独特で懐かしい香りがするし、駄菓子風の味わいがなんともいえず楽しい。

陽射しに悩んだ末、猛暑も満更悪くないといった結論に落ち着かせよう。


(Youtubeに登録の透森に感謝)

2018年6月24日日曜日

(資料)はやぶさ2 「リュウグウ」へ予定通り到着へ

サッカーのワールドカップの日本第2戦も気を揉むが、探査機「はやぶさ2」の小惑星「リュウグウ」への到着も気になる。どちらも素人のにわか関心とはいえ、無事進展することを願うばかり。

(本ブログ関連:”はやぶさ2”、”はやぶさ”)

夜中の11:50現在、JAXAの紹介図によれば、はやぶさ2とリュウグウの距離は、33.7Kmという。JR東海道線*でいえば、「東京駅」と横浜市の「保土ヶ谷駅」間くらいの距離である。意外と近くにいる。(*距離情報の登録者に感謝)

探査機はやぶさ2が、 「リュウグウ」へ予定通り到着するため、軌道制御を行なったと毎日新聞の記事「はやぶさ2 予定通りリュウグウ到着へ 軌道制御に成功」(6/24、永山悦子記者)は次のよう報じている(抜粋)。

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・小惑星リュウグウへの到着が間近となっている探査機はやぶさ2は、24日午前に到着に不可欠な軌道制御(修正)に成功した。リュウグウへ向かう速度は秒速11センチから8センチ*へ減速され、到着まであと2回の小幅な軌道制御を残すのみとなった。・・・ リュウグウ到着は予定通り27日ごろの見込みだ。

(* 秒速8cm=時速288m、ゆっくりと! < 人の歩行は一般に時速4Km)

・はやぶさ2がリュウグウへ接近するための軌道制御は、計10回実施する
この日(6/24)は8回目だった。
ー この後、26日に9回目を実施してリュウグウに対する速度をほぼゼロまで落とし
27日の最後の制御でリュウグウから約20キロの地点に到着する
また、はやぶさ2の位置を詳細に分析した結果、24日正午現在のはやぶさ2とリュウグウの距離は約37キロと分かったという。
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(NHKのニュースのようです)

(Youtubeに登録の news8に感謝)

(余談)
今日も、調布飛行場巡りをして、ドルニエ228を間近に、タキシングから離陸するまでの様子を見て楽しんだ。考えてみれば、ドルニエ機のエンジンが意外と小さいのに驚く。

2018年6月23日土曜日

再(案内)2018 夏期間「イディッシュ語教室」

本ブログに案内した、夏期間「イディッシュ語教室」が、東京外国語大学の府中キャンパスで開催されます。日頃忙しい方も、夏休み期間のコースなので体験してみてはどうでしょうか。

すでに本ブログに掲載した「コース案内」で概略知ることができますが、具体的には東京外国語大学「オープンアカデミー」の次の「イディッシュ語」案内をご覧ください。
・「超入門」コース : 7月31日(火)~8月2日(木)
・「初中級」コース : 8月28日(火)~8月30日(木)

(雑談)
・イディッシュ語文学の第一世代の3大作家といわれる人物に、「ショーレム・アレイヘム」(1859年3月2日~ 1916年5月13日、NY没)、「イツホク・レイブシュ・ペレツ」(1852年5月18日~1915年4月3日、ワルシャワ没)、「メンデレ・スフォリム」(1836年1月2日~1917年12月8日、オデッサ没)がいます。
・彼らは、イディッシュ語による(ユダヤ)文学を普及したひとびとで、「ロシア革命」以前に没しています。彼らの作品を通して、イディッシュ文化の「原形」を知ることができるのではないでしょうか。そんな読書の機会を持てたらと、いつも思っています。
・イディッシュ文化の原形を、さらに「民話」の中で読み取れれば、(いわゆるユダヤジョークと違った意味で)楽しいことと思います。