本来シャンソンなのだが、耳に馴染んだのはナット・キング・コール(Nat King Cole)の英語版「枯葉(Autumn Leaves)」だった。イブ・モンタンの「枯葉(Les Feuilles mortes)」もラジオから流れていたが、この歌でしかイブ・モンタンを知らぬため、子どもの耳では距離感がつかめなかった。それに比して、アメリカンポップに慣れていたので、ナット・キング・コールの歌にはすぐに馴染んだ。都会的で、洒落た雰囲気に惹かれたのだろう。
(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”、”枯葉”)
ナット・キング・コールの「枯葉(Autumn Leaves)」は、映画「枯葉(Autumn Leaves)」(1956年)の導入歌になっている。ただし日本未公開とのこと。内容は、Wikipediaに紹介されている。次のYoutubeは、Full movieだが、最初だけ聴くことにしよう。
(Youtubeに登録のdelacroix pepallに感謝)
2014年11月14日金曜日
2016年7月26日火曜日
ナット・キング・コールの「夕陽に赤い帆」
夏の夕暮れになると、EPレコードで聞いたサキソフォーンの軽快な旋律で始まる、ビリー・ヴォーン オーケストラの「夕陽に赤い帆(Red Sails In The Sunset)」を思い出す。ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn、1919年4月12日~1991年9月26日)は、既に亡くなっているというに、彼の名を冠したオーケストラが、ベンチャーズ(The Ventures) と同様に、しばしば来日している。去年もそうだったが、今年はどうだろう。
(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)
その「夕陽に赤い帆」を、ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)が歌うと、洒落ていて今なお美しさがくもることはない。ナット・キング・コールの歌は、誰もが素直に聞き入れる、かしこく中庸である。(彼に対して歌以上の思い入れをする者に、歌だけに思い留まらせようと優美に拒絶しているようだ)
(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)
彼の歌に、昔もそうだったが、いまなお同様に親和する。紅い夕陽が染める海面を見ながら、恋人を待ち続ける渚をちょっとだけ、さすらってみようか。
(Youtubeに登録のMir11Mirに感謝)
(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)
その「夕陽に赤い帆」を、ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)が歌うと、洒落ていて今なお美しさがくもることはない。ナット・キング・コールの歌は、誰もが素直に聞き入れる、かしこく中庸である。(彼に対して歌以上の思い入れをする者に、歌だけに思い留まらせようと優美に拒絶しているようだ)
(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)
彼の歌に、昔もそうだったが、いまなお同様に親和する。紅い夕陽が染める海面を見ながら、恋人を待ち続ける渚をちょっとだけ、さすらってみようか。
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2018年8月20日月曜日
ナット・キング・コールの「スターダスト」
昔、日曜の夕方、4チャンネル(NTV)で娯楽音楽番組「シャボン玉ホリデー」が放送された。タイトルの通り牛乳石鹸の提供で、クレイジーキャッツの植木等を中心に、どたばたコントが繰り広げられた。家族で見るお笑い歌(音楽)番組でもあった。
エノケンの「メリーさん、メリーさん」を髣髴させる抱腹絶倒から、その後のテレビ番組ゲバゲバやザ・ドリフターズの公開番組へとつながるギャグの系譜の一翼を担った。
毎回、「シャボン玉ホリデー」の最後を飾るのは、ザ・ピーナッツの双子姉妹が歌う「スターダスト」だった。そんな彼女たちの後ろに決まってハナ肇が立ち、締めの言葉を語るのだが、それがピント外れというコメントを加味したお決まりのエンディングとなる。とにかく、テレビが楽しくてしょうがない白黒画像の時代だった。
ところで、「スターダスト」については、ナット・キング・コールの歌が一番のお気に入りだった。彼のセンスのよさ、独特な声質、迎合しない聡明感が伝わってくるような気がした。それに、センチメンタルなバラードであるけれど、星空の下の透明な空気をイメージさせた。
(本ブログ関連:”スターダスト”、”ナット・キング・コール”)
(Youtubeに登録のcto10121に感謝)
エノケンの「メリーさん、メリーさん」を髣髴させる抱腹絶倒から、その後のテレビ番組ゲバゲバやザ・ドリフターズの公開番組へとつながるギャグの系譜の一翼を担った。
毎回、「シャボン玉ホリデー」の最後を飾るのは、ザ・ピーナッツの双子姉妹が歌う「スターダスト」だった。そんな彼女たちの後ろに決まってハナ肇が立ち、締めの言葉を語るのだが、それがピント外れというコメントを加味したお決まりのエンディングとなる。とにかく、テレビが楽しくてしょうがない白黒画像の時代だった。
ところで、「スターダスト」については、ナット・キング・コールの歌が一番のお気に入りだった。彼のセンスのよさ、独特な声質、迎合しない聡明感が伝わってくるような気がした。それに、センチメンタルなバラードであるけれど、星空の下の透明な空気をイメージさせた。
(本ブログ関連:”スターダスト”、”ナット・キング・コール”)
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2016年9月6日火曜日
ナット・キング・コールの「枯葉」
昔から秋の入り口は、青春に失ったものを気付かせるようです。夏の思い出、実に明解です。
窓辺に紅葉の散るのを見れば、失ったものの大きさが分かるというもの。それに、秋は冬につながり、後戻りできません。寒さを耐え忍ばねば、やがて春は来ないのです。でもその前に、クリスマスの頃、孤独をもう一度痛感することでしょう。そして、家族の暖かい暖炉に心休ませることでしょう。
その点、おじさんは遠の痛みを忘れて知らず、秋の紅葉を楽しみに待つだけです。ちょっと青春を思い出し、懐かしんでみるのもよいかもしれません。苦味のある料理を通好みするのも、大人ですから。
ここに、味わい深い歌い手がいます。ちびりちびり酒を飲みながら、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の洒落た「枯葉(Autumn Leaves)」に酔ってみたいものです。
(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)
(Youtubeに登録のnick tsourmasに感謝)
窓辺に紅葉の散るのを見れば、失ったものの大きさが分かるというもの。それに、秋は冬につながり、後戻りできません。寒さを耐え忍ばねば、やがて春は来ないのです。でもその前に、クリスマスの頃、孤独をもう一度痛感することでしょう。そして、家族の暖かい暖炉に心休ませることでしょう。
その点、おじさんは遠の痛みを忘れて知らず、秋の紅葉を楽しみに待つだけです。ちょっと青春を思い出し、懐かしんでみるのもよいかもしれません。苦味のある料理を通好みするのも、大人ですから。
ここに、味わい深い歌い手がいます。ちびりちびり酒を飲みながら、ナット・キング・コール(Nat King Cole)の洒落た「枯葉(Autumn Leaves)」に酔ってみたいものです。
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2012年9月16日日曜日
「枯葉」はまだ
今夕、ひと雨降っても残暑の鬱陶しさは癒えない。秋には程遠い日が続いている。それでも一足先に、秋の気分に少しひたってみようかな。
秋の代表曲はシャンソンの「枯葉(Les feuilles mortes)」だろうけれど、印象に残っているのは、やっぱりナット・キングコール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)の英語版の歌("Autumn Leaves")だろう。アメリカンポップの目まぐるしい順位競争とは無縁な立ち位置にいた彼の歌に、都会的な独特な響きを子どもながら感じた。だから、何かにつけて彼の歌声が記憶のベースにある。
夏の思い出、秋の後悔、忘却の冬は迫ってくる・・・、なんだかセンチメンタルだねえ。やっぱり、この歌、暑い時期に聞くには早かったかもしれない。
(Youtubeに登録のPUNISHER6002に感謝)
(本ブログ関連:"ナット・キングコール")
(追記)
今晩遅く、NHKのBSプレミアム(午後11:30~午前0:00)で、【ココロとカラダ満つる時間(とき) おふっ、「とよた真帆 石は地球のプレゼント」】が放送された。俳優のとよた真帆が、地質や石に興味があるようで、自然景観を散策する番組だった。途中から見たので、長瀞の赤壁の河原観察と、長野県川上村の水晶の洞窟展示のシーンだけだが。もう一度、再放送してくれないかな。
「石(鉱物)が好き」というタレントがいると、無条件に好感を持ってしまう。彼女は美人だし・・・ね。
秋の代表曲はシャンソンの「枯葉(Les feuilles mortes)」だろうけれど、印象に残っているのは、やっぱりナット・キングコール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)の英語版の歌("Autumn Leaves")だろう。アメリカンポップの目まぐるしい順位競争とは無縁な立ち位置にいた彼の歌に、都会的な独特な響きを子どもながら感じた。だから、何かにつけて彼の歌声が記憶のベースにある。
夏の思い出、秋の後悔、忘却の冬は迫ってくる・・・、なんだかセンチメンタルだねえ。やっぱり、この歌、暑い時期に聞くには早かったかもしれない。
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(追記)
今晩遅く、NHKのBSプレミアム(午後11:30~午前0:00)で、【ココロとカラダ満つる時間(とき) おふっ、「とよた真帆 石は地球のプレゼント」】が放送された。俳優のとよた真帆が、地質や石に興味があるようで、自然景観を散策する番組だった。途中から見たので、長瀞の赤壁の河原観察と、長野県川上村の水晶の洞窟展示のシーンだけだが。もう一度、再放送してくれないかな。
「石(鉱物)が好き」というタレントがいると、無条件に好感を持ってしまう。彼女は美人だし・・・ね。
2024年7月17日水曜日
フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン
ジャズの「フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン (Fly me to the moon)」(1954年)を知ったのは、リリースされたずっと後のこと、中学生のころだったか。ナット・キング・コール(Nat King Cole)が歌ったのを聞いたのが最初だったと思う。そのせいか、てっきり彼の持ち歌だと思い込んでいた。うっすらエコーの効いた彼の歌声は、月光の澄んだ夜空を浮遊するような感じがして洒落ていた。
(本ブログ関連:”フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン (Fly me to the moon)”)
同名タイトルの映画が、今月19日に封切られるという。1969年に人類が月に初着陸を試みるとき、失敗を恐れた当局は、極秘裏にバックアップ用偽着陸シーンを制作するプロジェクトを進行させる。といった展開の中で繰り広げられる「ロマンチック ・コメディ・ドラマ」だそうで、興味津々、楽しい映画になりそう・・・近々見たく上映館を探している。
(本ブログ関連:”スプートニック・ショック”)
ところで、日本のバブル期に話題になった、映画「私をスキーに連れてって」(1981年)の題名の付け方が、フライ・ミー・トウー・ザ・ムーン の「私を月に連れてって」にあやかったのだろうと勝手に想像した。実は、この映画を見ていない。ただ、原田知世の白いスキー衣裳が印象に残っている・・・。
ジャズ・スタンダードであるフライ・ミー・トウー・ザ・ムーン について、誕生まで遡って調べてみたら次のことを知った(Wikipedia 他)、
・1954年、作詞・作曲家バート・ハワードが書き、初演はフェリシア・サンダース(Felicia Sanders)が歌った。
・原題は「イン・アザー・ワーズ(In Other Words)」で、確かに歌詞中繰り返される。
フェリシア・サンダースは、第二次世界大戦中、キャンプや病院で歌うことが自分の義務と考え、「歌ってみようと思った」という。また、ナット・キング・コールの解説には、この曲との関わりが触れられていない・・・残念。
そこで、Youtubeで、フェリシア・サンダースの歌う「In other words (Fly me to the moon)(1954)」を聞いてみようと思う・・・実は初めてのこと。ここ(この盤)では、しっとりと永遠の愛を願うように歌っています。
(Youtubeに登録の Manel Font Pons に感謝)
2012年9月1日土曜日
Those Lazy-Hazy-Crazy Days of Summer
朝から曇り空。あやしい天候は、やがて昼頃に通り雨となって、辺りに激しい雨音を繰り返し響かせた。いっとき涼むものの、湿気の多い蒸し暑い空気が戻ってくる。
さて、今日も「クレイジー」でいきましょう。ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年~1965年)が没2年前にヒットを飾ったうちのひとつである、「Those Lazy-Hazy-Crazy Days of Summer」(1963年)はどうだろうか。
若いってクレイジーだから、だらだらと、ぼ~っとした夏の陽射しの中に飛び込んでいく・・・めざす娘(こ)がいれば最高。そんな夏がいつでもいてくれたらなんて願ったりして。このくそ暑い夏にだよ。
いっそ冷や水を浴びたいね。いつまでもだらだらとこんな夏が続くなんて。・・・でも、冬はもっといやだよ。
(Youtubeに登録のchargertomに感謝)
(本ブログ関連:"ナット・キング・コール")
さて、今日も「クレイジー」でいきましょう。ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年~1965年)が没2年前にヒットを飾ったうちのひとつである、「Those Lazy-Hazy-Crazy Days of Summer」(1963年)はどうだろうか。
若いってクレイジーだから、だらだらと、ぼ~っとした夏の陽射しの中に飛び込んでいく・・・めざす娘(こ)がいれば最高。そんな夏がいつでもいてくれたらなんて願ったりして。このくそ暑い夏にだよ。
いっそ冷や水を浴びたいね。いつまでもだらだらとこんな夏が続くなんて。・・・でも、冬はもっといやだよ。
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2011年1月25日火曜日
ランブリング・ローズ
ナット・キング・コールの独特なハスキーな声は、その軽やかな響きが都会的でなぜか耳に馴染んだ。
カントリーの香りのする「ランブリング・ローズ(Ramblin' Rose)」(1962年)は、ラジオで聞いていたのだろう、曲中繰り返される”Ramblin' Rose”のフレーズが心地よく今も残る。彼も、イ・ソンヒのように聴衆を引き込む魔術師だった。
ビルボードとキャッシュボックスのチャートで2位となり、セールスは百万枚以上だったそうだ。
そういえば、コーラスを従えて歌うスタイルを見かけなくなったなあ。
(Youtubeに登録のPrue126に感謝)
(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)
カントリーの香りのする「ランブリング・ローズ(Ramblin' Rose)」(1962年)は、ラジオで聞いていたのだろう、曲中繰り返される”Ramblin' Rose”のフレーズが心地よく今も残る。彼も、イ・ソンヒのように聴衆を引き込む魔術師だった。
ビルボードとキャッシュボックスのチャートで2位となり、セールスは百万枚以上だったそうだ。
そういえば、コーラスを従えて歌うスタイルを見かけなくなったなあ。
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(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)
2012年3月30日金曜日
スターダスト
スターダストを漢字に表せば「星屑」だけど、どこか幻想的です。宇宙の彼方に浮かぶ無数の小さな星々。太陽のエネルギーに煽られて尻尾のようにガスや塵を噴出する彗星。地表の大気に高熱に裂かれながら突入する隕石。それとも、地球にようやく帰還してカプセルを無事分離した後、わが身をきらめく光に化身した「はやぶさ」の姿でしょうか。
スターダストは、自分の存在を光にして見せます。宇宙を漂う物質から生まれた僕たちの、初源の意識が想起させるからでしょうか、その光に再生を感じるのです。スターダストがその役割を終えて、光絶えたとしても、たとえ無に還ったとしても、宇宙の揺らぎに目覚め、やがて再生することを希求するのです。
ナット・キング・コール(Nat King Cole)が歌う「スターダスト(Stardust)」 の旋律は、真空で無音の暗闇の世界にも美しく響くことでしょう。
(Youtubeに登録のcto10121に感謝)
(本ブログ:"レイジー・リバー"、"ナット・キング・コール")
スターダストは、自分の存在を光にして見せます。宇宙を漂う物質から生まれた僕たちの、初源の意識が想起させるからでしょうか、その光に再生を感じるのです。スターダストがその役割を終えて、光絶えたとしても、たとえ無に還ったとしても、宇宙の揺らぎに目覚め、やがて再生することを希求するのです。
ナット・キング・コール(Nat King Cole)が歌う「スターダスト(Stardust)」 の旋律は、真空で無音の暗闇の世界にも美しく響くことでしょう。
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(本ブログ:"レイジー・リバー"、"ナット・キング・コール")
2010年11月24日水曜日
木星や火星の春
月に連れてってと我が儘いっぱいに、星間を巡りながら歌ったり、木星や火星の春がどうなのかを知りたいという「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(Fly Me to the Moon)」の歌は、やっぱりナット・キング・コール(Nat King Cole)が一番よい。
こだわりなく、さらりと流すような洗練された歌い方は、聴くものにとても心地よい。多分、彼がカバーする範囲は随分と大きかったのだろう。「モナ・リザ」も、「枯葉」も良かった。彼は、いろいろな意味で橋渡しをした偉大なアーティストだった。
ところで、木星はガス型の惑星のため季節変化は認められないようだが、火星は極冠の氷に変化が見られ、どうやら春があるようだ。いずれ、太陽系飛行の船内には、月を通過するときこの曲が流れ、ブラッドベリの火星年代記の世界のように、火星の春に待つ家族を思いながら聞くことになるのだろう。
(Youtubeに登録のarimentaに感謝)
こだわりなく、さらりと流すような洗練された歌い方は、聴くものにとても心地よい。多分、彼がカバーする範囲は随分と大きかったのだろう。「モナ・リザ」も、「枯葉」も良かった。彼は、いろいろな意味で橋渡しをした偉大なアーティストだった。
ところで、木星はガス型の惑星のため季節変化は認められないようだが、火星は極冠の氷に変化が見られ、どうやら春があるようだ。いずれ、太陽系飛行の船内には、月を通過するときこの曲が流れ、ブラッドベリの火星年代記の世界のように、火星の春に待つ家族を思いながら聞くことになるのだろう。
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2017年11月4日土曜日
「枯葉」の聴き比べ
暦は満月、残念ながら、夜道に小雨がぱらつく。まさか濡れると思わなかった。小走りして帰宅する。考えてみればもう晩秋、けれどこの秋の、虫の音の記憶がない。どうしたことか。よい時分の忘れ物をしたようでもったいない。明日は公園にでも出かけてみよう。
枯葉の感蝕はいかばかり、ちょいと気分を出して歩いてみたい。歌は、イブ・モンタンもいいがナット・キング・コールの「枯葉」を選んでしまう。昔なら、LPレコードをプレイヤーに載せ、レコード針をそっと置いて聴くもの・・・つまり、それだけの手間があった。いまやYoutubeで、ちょいちょいと探してクリックするだけ。(実はまことに申し訳ない行為をしているわけで)
(本ブログ関連:”枯葉”)
有名な歌手たちが歌う「枯葉」を聴き比べする、珍しいYoutube画像がある。
(Youtubeに登録の関雅行に感謝)
枯葉の感蝕はいかばかり、ちょいと気分を出して歩いてみたい。歌は、イブ・モンタンもいいがナット・キング・コールの「枯葉」を選んでしまう。昔なら、LPレコードをプレイヤーに載せ、レコード針をそっと置いて聴くもの・・・つまり、それだけの手間があった。いまやYoutubeで、ちょいちょいと探してクリックするだけ。(実はまことに申し訳ない行為をしているわけで)
(本ブログ関連:”枯葉”)
有名な歌手たちが歌う「枯葉」を聴き比べする、珍しいYoutube画像がある。
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2024年9月3日火曜日
エノケンの「月光価千金」
8/29、8/30 に続けて、お月様にからめた歌を探してみよう。これまで、女性が月あかりを通じて愛を想うものを見てきた。今回は、男の側から喜劇王エノケン(榎本健一)の「月光価千金(げっこう あたいせんきん)」を聴いてみよう。SPレコードから流れる歌詞は、男の本音と照れがないまぜされたチョイときわどいものである。
原曲は、アメリカの「Get Out And Get Under The Moon(外へ出よう、月の下へ)」(作曲ラリー・シェイ 、作詞ウィリアム・ジェローム & チャールズ・トバイアス共作、1928年に出版)だ。また、英題でGoogle検索すると、第一にあげられるのは ナット・キング・コール版になる。私もそう思う、彼の歌はしゃれていて何よりスマート、だから分け隔てない支持を得たのではないかと。
今回は標題の通り、エノケンの「月光値千金」を聴いてみよう。
なぜ、エノケンなのかといえば、彼が日本の喜劇界で、伝説の金字塔だったからだ・・・こどものころ、父からそう聞かされていた。正直なところ、学校から帰って見たテレビ番組は、もっぱら浅草の「デン助劇場」だったり、上方の藤山寛美を座長とする「松竹新喜劇」だったけれど。
何かのきっかけで、エノケンがテレビに登場したとき、親父と一緒に見た思い出がある。エノケンは、病と闘いながら最後まで喜劇役者を通したと、壮絶な物語をよく聞かされた。
■ Youtubeに「榎本健一 - エノケンの月光値千金 (1936)」がある。
https://www.youtube.com/embed/LQu83rtNYec (登録者:uchukyoku1)
歌詞(上掲Youtubeの解説蘭より: 江戸っ子訛りで歌う)
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美しいシとに出会ったときにゃ やさしくしとやかにシざまずいて
ニヤニヤッとエッヘッヘ笑って手を握りなさい 大声あげず逃げださないならば
「ア、ラ、マ、いけ好かないひとですわね まあ! およしなさいましよ」
てなことを云ったってもう大丈夫 彼女はわたしの両手を待ってます
美しいシとに思いこまれて 朝から晩まで愛の囁き
イヤーンと鼻声で いちゃつくときは 小鳥も仔猫もあら これにゃあ顔負けだ
おっ おっ 愛しいおまえ む ね が燃える 「あ、ら、まあ、キマリが悪いわよ」
暁の朝風がしみじみと 二人の愛の巣は ヘッ、へックション、夢だった
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2015年11月13日金曜日
月
曇り空の今晩、月を見ることはない。<月齢1.4>ゆえ、晴れても気付くことはないだろうけれど。
月の明るさに驚くことがある。先日の帰り道、夜空に雲が白くたなびいていた。更に上空に煌々と輝く満月がいた。もし窓辺から庭を覗いたら、余りの白さに霜かと驚いたろう、李白のように。
ブログに記したが、KBS WORLDラジオ番組「国楽の世界へ」の「晩秋」の回で紹介された、朴木月の詩「旅人」に、雲間の月が旅人と共に進むよう詠われている。これは、実感することだ。月と追いかけっこした子どものころの記憶は鮮明だ。
木から落ちたときより、潮の満ち引きに、重力のスケールの大きさを実感する。テレビのSF番組で、固い流星が月に衝突して、月の公転がずれて地球に衝突するというパニック物語があった。結果がどうなったのか、番組を最後まで見ることができなかったので知らない。どのように危機を回避したのだろうか。
火星航路のキャビンで、近づく月を見晴るかすとき、きっとナット・キング・コールが歌う「私を月へ連れてって(Fly Me to the Moon)」(1954年)が流れてくるに違いない。火星で待つ家族を思いながら。
月の明るさに驚くことがある。先日の帰り道、夜空に雲が白くたなびいていた。更に上空に煌々と輝く満月がいた。もし窓辺から庭を覗いたら、余りの白さに霜かと驚いたろう、李白のように。
ブログに記したが、KBS WORLDラジオ番組「国楽の世界へ」の「晩秋」の回で紹介された、朴木月の詩「旅人」に、雲間の月が旅人と共に進むよう詠われている。これは、実感することだ。月と追いかけっこした子どものころの記憶は鮮明だ。
木から落ちたときより、潮の満ち引きに、重力のスケールの大きさを実感する。テレビのSF番組で、固い流星が月に衝突して、月の公転がずれて地球に衝突するというパニック物語があった。結果がどうなったのか、番組を最後まで見ることができなかったので知らない。どのように危機を回避したのだろうか。
火星航路のキャビンで、近づく月を見晴るかすとき、きっとナット・キング・コールが歌う「私を月へ連れてって(Fly Me to the Moon)」(1954年)が流れてくるに違いない。火星で待つ家族を思いながら。
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