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2019年2月5日火曜日

(雑談)「芭蕉翁行脚怪談袋」

人の心には不思議があり、その代表が「夢」だ。あまりに奇妙で理解不能のため、他言するのは珍しい。ほかの者からしても、他人の夢に関心は少ない。その夢がうつつとの境界で語られると、現実の重みに引っ張られてか、ひとびとは俄然興味を持つ。不思議・奇談の話に共振する、お互い深層で絡んでいることを知っているからかもしれない。

「怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』」 (伊藤龍平 現代語訳、国書刊行会 発行、2016年5月)を地元の書店で見つけて手にした。俳聖「芭蕉」(寛永21年(1644年)~元禄7年(1694年))の有名な句に照らして、怪談を付け合せた仏教説話というか奇談を集めた感じだ。巻末の解題を見ると、原本は明確でなく、写本にあたるものがあって古くは弘化三年(1846年)に遡るよう。そうなると、ますますいつ頃に成立したのか知りたくなる。

国立国会図書館のデジタルコレクション
ちなみに、国立国会図書館のデジタルコレクション*所蔵の「芭蕉翁行脚怪談袋」(広野仲助 編、三好守雄 発行、明治19年(1886年)年7月)は、ネットで見られるものの中で、一番古い。ただし、この本の挿絵は、(上記本にも掲載していて)西洋画の技法を強く感じる(明治期の挿絵画家によるものだろうか?)。

(*)国立国会図書館デジタルコレクションhttp://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/881848

(第一話にあたる)この挿絵は、一般に仏道の姿にイメージされる芭蕉が、古戦場近くで武士の亡霊と出会うところを描いていて、武士の願いを聞き入れて成仏させる話だ。


(追記)
この「芭蕉翁行脚怪談袋」は、芭蕉と門下を含めて彼らを確かにたどる研究文献の範疇に入らぬそうだ。

(付記)
昨日の暖かさは一体何だったのかと思い返すほど今日は冷える。気象庁のカレンダーではまだ冬なのだ。旧暦の正月の今日、こちらは至って平穏、静かな一日だった。

2019年2月4日月曜日

立春 2019

いかにも「立春」の陽気、昼の陽射しに温む。今日は、二十四節気の起点、冬の縛りからようやくとけた気がした。おまけに月曜日・・・始まりのはじまりだ。

(本ブログ関連:”立春”)

今月(2月)に入って、近隣の街の「最高気温」は次の通り。先月末に5日連続して10℃を超えた。それに浮かれて、すっかり春の気分になってしまう。(天気予報は、明日から寒さが舞い戻ってくると伝える)
-------------------
1日(金)   8.8℃
2日(土) 13.2℃
3日(日) 14.4℃
4日(月) 19.8℃  ← 四月中旬並み
-------------------

昼過ぎ、地元公園に出かける。月曜日の公園は、休日の賑やかさと比べて静かで、遠く木立が風に揺れて移動するざわめきが聞こえてくる。原っぱは陽を受けて暖かく、木立のもとはひんやりして地面に影が長く伸びる。

公園の一画を占める梅林を訪れた。先んじて開花しているものもあるが、まだ一斉に咲きほころぶ気配はない。

梅林のはずれに、「ソシンロウバイ(素心蝋梅)」が、丸くて黄色のつやのある小花を多数咲かせていた。

(本ブログ関連:”ロウバイ”)

ロウバイ(蝋梅)の写真を撮ろうとしたが、すでに陽が傾き始めて日陰になってしまった。(本来もっと鮮やかで)可愛らしい黄色の花が覆って、特有の香りを辺りに漂わせていた。これから、沈丁花の花の香りと合わせて、ちょっと濃い目だが、春を間近に感じさせる。

2019年2月3日日曜日

節分の豆まき 2019

「Googleニュース」のトップニュースに、「節分の豆まき」の記事がひとつも掲載されていない。わたしにしてみれば、今日の伝統行事の豆まきが見あたらないのは気になる。

最近、鬼も寄り付かず、さりとて福を呼びたい欲もない。それでも節分に豆がないのは寂しいものだ。久し振りに図書館に行った帰り道、コンビニで(砂糖をコーティングした)「紅白福豆」を買ってきた。テレビを見ながら、福豆をポリポリ食っていたら、(豆まきするほどもない)量が少ないせいかアッというまになくなってしまった。

(本ブログ関連:”節分”)

テレビで語られた俗説に、昔から(陰陽道で)忌まわしい方向を「鬼門」といい、北東すなわち「丑寅(うしとら)」をさすという。だから、鬼には牛の角があり、虎の毛皮のパンツをはく。いつ頃からか、鬼の姿が怖くなくなった。童話の鬼はどこか滑稽でもある。

鬼は恐怖の符号だから、童話の鬼以外にも、仏教由来の「鬼子母神」がある。名前の通り、母親でもあり、やがて改心という救いがあるようだ。
Wikipedia(日本語版)によれば、バスク神話に「ラミア(Lamia)という女性は魔女(Sorgin)、または子どもの血を吸う鬼として現れる」そうだ。こちらも女性であり、子どもの命と関連するようだ。
一方、Wikipedia(英語版)の「Lamia」を見ると、海洋性の人魚に近く誘惑的である。日本語版のものとだいぶ違うように(今のところ)見える・・・ここから興味が始まるというものだ。

「ニューエクスプレス バスク語」(吉田 浩美著、白紙社)を読み始めた。今は、人魚のLamiaに近い存在で、好奇心にくすぐられて寄って見ているが・・・。

2019年2月2日土曜日

バスクの楽器「チャラパルタ」

バスク地方の「民族楽器」に決まって紹介される打楽器がある。いくつかの板を、(2本の)太い棒を両手に握って上から垂直に打ち込むようにして響かせる「チャラパルタ(Txalaparta)」だ。板の長さ・材質の違いのせいか音階があり、奏者が加われば(連弾すると)リズムも構成も複雑に展開する。

次のYoutube映像は、スペインのArditurri鉱山で演奏する「KIMUチャラパルタ」*演奏グループのようで・・・。この木琴の原形のような楽器は、Wikipediaの解説によれば、「チャラパルタの音は半径5キロメートルの範囲に響くとされ、かつては遠隔地との通信手段に用いられたとされている」(「現代バスクを知るための50章」萩尾生、吉田浩美)とのこと。

(*)KIMUチャラパルタ  https://www.facebook.com/kimutxalaparta/

異文化の理解に、食べ物や、音楽(楽器)を知ることで、何となく文化の流れを感じるものだ。チャラパルタの素朴で原始的な響きにそんな移動と交流の歴史を感じる**。

(**)ドキュメンタリー映画「遊牧のチャラパルタ」 http://plankton.co.jp/txalaparta/

ところで、バスク語の格変化の種類がとんでもないことを知って、今更ながら驚いている。民族音楽を聴いて、少しだけでもバスク文化に近づけたらいいかなと願う次第。

(本ブログ関連:”バスク語”、”バスク語(続)”)


(Toutubeに登録のKIMU Txalapartaに感謝)

2019年2月1日金曜日

(情報)インフルエンザ患者数過去最多

都道府県別のインフルエンザ流行を、2017-18年の週(2017年第45週[11/6~11/12]~ 2018年第19週[5/7~5/13])について地図上*で見ると、冬場が最大警報レベルで真っ赤になる
(*)国立感染研究所「インフルエンザ流行マップ」
https://nesid4g.mhlw.go.jp/Hasseidoko/Levelmap/flu/2017_2018/trend.html

(まだ流行期間が終息してないが)2018-19年の週について過去最多となるかもしれない。

厚生労働省の「インフルエンザの発生状況について」**(2/1)は、「定点医療機関からの報告をもとに、定点以外を含む全国の医療機関をこの 1 週間に受診した患者数を推計すると約 222.6 万人(95%信頼区間 211.6~233.6 万人)となり、前週の推計値(約 213.0 万人)より増加した。」と発表している。
(**)厚生労働省の(2/1)プレスリリース
https://www.mhlw.go.jp/content/000475864.pdf

朝日新聞の記事「インフル過去最多、推計222万人 A型2種同時に流行」***(2/1)は、「厚労省によると、全国の推計患者数は約222万6千人で、前週から約9万6千人増えた。年齢別では5~9歳が約41万千千人と最も多く、10~14歳も約29万人に上った。」と報じている。同記事に、過去と比較した流行推移グラフが掲載されている。
(***)朝日新聞(2/1)記事
https://www.asahi.com/articles/ASM106DN3M10ULBJ01B.html

2019年1月31日木曜日

今年もかくてひと月が過ぎた

田舎道をドライブしているとき、畑の中で仕事休みでもしているのか老人がひとりぽつんと立って、車が通り過ぎるのをじっと見送ることがある。余所者が来た警戒というより、何となく見続けていただけのようだ。
先日も、近所の路地を通っていたときそうだった。ある民家の門前に立って、こちらをじっと見る爺さんがいた。真正面に見返しやると、爺さんはフッとわれに返ったようにして家の中に入っていった。

歳をとると動作が鈍くなるだけでない。その間の意識を持続できないようだ。何となくぼんやりして、時間の感覚が薄れていくといった方がいいのかもしれない。
いってみれば、公園の日没の美しい景観に見入っていたつもりでも、実は「ボーっと生きてんじゃねーよ!」*とチコちゃんに叱られていたのに気が付かずいただけかも知れない。
(*)NHK「チコちゃんに叱られる」の5才のチコちゃんの決まりせりふ

子どもと大人の時間の長さに違いがあって、(物理的に同じ時間でも)子どもは経験することが新鮮で記憶に多くとどまるため、それだけ時間が長く感じるそうだ。一方、大人にとって人生は重ねるほど変化が乏しくなる。何もかも知ったことだらけだからだ。

大人には時があっけない。あっという間に終わってしまう。今年の一月は格別に速かった。

2019年1月30日水曜日

(雑談)プレスリーの生誕祭

誰も語りそうもないから、プレスリーの生誕祭記事を記す。(先日1/12のブログで触れた)

(本ブログ関連:”エルヴィス・プレスリー”)

YAHOOニュースに掲載のAFP記事「クレイジーなフェスで町おこし プレスリー祭で田舎に人とお金が集まった 豪」(1/30)についてだ。プレスリーのフェス(1/9~13)が、現在猛暑中の「オーストラリアのシドニーから西へ約300キロ。のんびりとした田舎町パークス(Parkes)」で開催され、「1977年に42歳でこの世を去ったプレスリーは、このイベントはおろか、オーストラリアを訪れたこともない」というから洒落がきいている。

AFP記事: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190130-00010004-afpbbnewsv-int

今回の記事に併載の映像やYoutube映像を見れば、集ったファンが自らの体形を全く気にしていないというか、プレスリーの最終ステージのいでたちに合わせたというか・・・年相応のスタイルで楽しんでいるのがわかる。わざわざ日本から参加したファンもいるようでうれしくなる。

Youtube映像(NBC News):  https://www.youtube.com/watch?v=kmQ8UXrIT68

(2015年: ニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州政府観光局

(Youtubeに登録のParkes Elvisに感謝)

2019年1月29日火曜日

イ・ソンヒの「公式ホームページ」リニューアル

久し振りに、イ・ソンヒの情報を記す。

イ・ソンヒには、韓国内一般のファンクラブとは別に、公式のホームページ*がある。当初、有志によって記録性を重視して?作られ、交流サイトとして内容を充実してきたようだ。現在、カテゴリー「Biograph」と「Diskgraph」だけが一般公開されていて、他は会員(会員登録に、韓国特有の「住民登録番号」が必須)だけが視聴できる。
(*)https://www.leesunhee.com

公式ホームページの利用は会員限定のため、しばらく覗くことがなくて、最近になって気付いたことに、昨年末どうやらリニューアルしたようだ。
それに伴い、インデックスページ(HOME)に、イ・ソンヒから新年の挨拶が掲載されている。以前は、彼女のコンサート案内ビデオを登録することがあっても、今回のように会員へ向けて直接挨拶する映像は初めてのようだ。

2019年の新年の挨拶と、
公式ホームページ(構築)に関わったひとびとへの感謝、
および会員(ファン)に対して、ホームページを通じてますますの交流と
この冬を元気で過ごしていただきたい旨の挨拶があった。

(Youtube:2018/12/30 にアップロード)

(Youtubeに登録のJongrip Yeoへ感謝)

2019年1月28日月曜日

ディズニーの「ふしぎの国のアリス」

MSの検索エンジン「Bing」の画面に、「今日はルイス・キャロルの誕生日」といったコメントとともに、米ニューヨーク州のセントラルパークに置かれた「不思議の国のアリスの像」写真が表示されている。数学者にして(童話)作家である(ペンネーム)「ルイス・キャロル」は、1832年1月27日に生まれたそうで、誕生日は昨日のことではないかと思うけれど・・・。

童話「不思議の国のアリス(Alice in Wonderland)」は、青空文庫の「アリスはふしぎの国」(大久保ゆう訳)でも読める。物語とともに、いかにもビクトリア朝風の線描画の挿絵が載っている。今となって、その古風な表現が童話にそのまま残っているのは珍しい。

「不思議の国のアリス」を知ったのは、絵本でもなく、ディズニーの漫画映画「ふしぎの国のアリス」(米1951年)だった。今では「アニメ」と呼ぶが、その呼称はいつ頃から始まったのか気になる。

(本ブログ関連:”ディズニー”)

小学校に畳敷きの裁縫室があり、ときどき2クラスほど生徒をまとめて、アメリカのディズニーの漫画映画や、「小鹿物語」のような児童映画を16m/mの映写機で見せてくれた。もちろん、文部省推薦の日本の児童映画もたびたび映写した。

ところで、ディズニーの「ふしぎの国のアリス」をどんな風に見たかおぼろなのだ。でも、子どものころに確かに出会った、アリスは清潔な異国の香りを持った少女だった。以前のブログに次のように記したイメージだった。
「アリスの金髪は遠い国のアニメーションを強く意識させた。アリスの白いエプロンと水色の衣装は清潔さを思い知らされた。ふしぎの国は、色彩豊かな美しさゆえ、まるで菓子世界のように見えた。多分それらは、豊かなアメリカのイメージにつながっていったと思う。」
わたしは、アリスの水色が今も目に焼きついていて忘れることができない。

ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ふしぎの国のアリス(Alice In Wonderland) Part1


ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ふしぎの国のアリス(Alice In Wonderland) Part2


(Youtubeに登録のムービーコン - アニメに感謝)

2019年1月27日日曜日

(TV観戦)全豪オープン女子シングルス決勝戦

昨日(1/26)のブログに記した、「全豪オープン女子シングルス」の決勝戦を、今日の日付に変わったばかりの深夜に、NHKのテレビ番組で見た。大阪なおみとペトラ・クビトバの試合の模様(中継録画)を、最初から最後までしっかり視聴することができた。

にわかファンのため、得点(配点)の具合や、サービス位置などよく分からぬまま観戦した。ラケットの打ち方や受け方、攻め込み方、打ち込み場所など見当もつかない。ともあれ、あれよあれよという間に試合は終わってしまった。

野球なら、ピッチャーの配球とか、バッターの打撃方向を想像しながら楽しむ余裕があるが、馴染みのないスポーツの場合、出たとこ勝負で理解するしかない。次ぎに何が起るのか分からないのだ。だから、テレビで得点を聞くごと、画面に結果が表示されて、やっと気付くことになる。

2時間を超えて、互いにボールを打ち合う激しい試合だった。一対一の対戦競技に共通の、すぐに結着がつかない、長い駆け引きを腰をすえて観戦した。とはいえ深く理解するまでに至らず、両選手にお疲れさまの言葉を思い浮かべるのが精一杯だったが、頂上を極める凄さを、にわかファンならずとも感じることができる気がした。

2019年1月26日土曜日

全豪オープン女子シングルス 大阪なおみ優勝

にわかファンは、テレビの試合中継を見逃して、後で結果を知った。

全豪オープン女子シングルス決勝で、日本の大阪なおみ(21歳)がチェコのペトラ・クビトバをくだし初優勝した。これにより、「4大大会2連勝を果たし、日本勢初の世界1位が確定した」(朝日新聞DIGITAL、1/26)とのこと。

ネットを閲覧していた最中、背後のテレビニュースが、7―6、5―7、6―4で大阪なおみが優勝したと伝えた。えっという驚きから何だかうれしくなって・・・にわかファンの軽々しさを自覚しつつも大いに喜んだ。

錦織圭(にしこり けい、29歳)も、今大会の準々決勝で途中棄権したが大いに健闘している。日本の男女プロテニス選手が、4大大会でこんなに活躍する時代が来るなんて(中高年には)思いもよらないことだったろう。一方、若者にしてみれば、大阪なおみや錦織圭の活躍が当然に見えるだろうから、最初から自信を持てるわけで、いい意味でパワーを加速できる。そんな時代になったのだ。

テニス以外にも、野球やフィギュアスケートの新展開、そして卓球の復活など、若者たちは次々と突破する。展望が明るい。2020年のオリンピックにつながると、(どれもこれも)にわかファンだが、間違いないと確信する。

2019年1月25日金曜日

(情報)インフルエンザ流行レベルマップ

昨日、イディッシュ語教室の通学時に、インフルエンザの流行が気掛かりで、久し振りにマスクして出かけた。行きはしっかり付けたものの、帰りの電車内ですっかり付け忘れているのに気付いた。我ながらいい加減さに呆れる。

先日、テレビである医師がインフルエンザの予防に合わせて、「マスクをした後、マスクの表面(外側)を触らないように」と注意された。

インフルエンザ・ウィルスは、マスクを通り抜けるほど小さいので、マスクの表面に留まるはずもない・・・と思ったが、「自治医科大学付属さいたま医療センター」のネット掲載の解説「マスクの効果と正しい使用方法」*に、つぎのような注意書きがあった。(マスクは、風邪やインフルエンザ患者近くで、咳やくしゃみのしぶきを直接あびる可能性から予防効果があると考えられる・・・とのこと。)
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マスクの表面には、風邪やインフルエンザなどのウイルスがついている可能性があります。そこで、マスクの表面には触らず、耳の付近のゴムをつかみ外しましょう。外したら直ちにゴミ箱に捨て、手を洗います
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(*) https://www.jichi.ac.jp/center/sinryoka/kansen/taisaku_04.html

ところで、先日このブログ(1/18)に転載した、国立感染症研究所の「インフルエンザ流行レベルマップ」**は下図のように変化している。上段は1月16日現在、下段は最新の1月23日現在である。国中、一部の県を除いて、警報ランクの最も高い(赤色)流行地帯に覆われた感じだ。
(**)https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-map.html

(2019年1月7日~1月13日)  2019年1月16日現在

                              
(2019年1月14日~1月20日)  2019年1月23日現在
ちなみに、マップの解説に「国内のインフルエンザウイルスの検出状況をみると、直近の5週間(2018年第51週~2019年第3週)では、AH1pdm09(2009年に流行したインフルエンザ)、AH3亜型(いわゆる香港型)、B型の順であった。」と紹介された。

2019年1月24日木曜日

Yiddish語 2018秋-14, 15

2018年度秋期間に開催の「イディッシュ語初中級Ⅱ  本気で学ぶユダヤのことば」教室が本日をもって無事終了した。先週の休講と合わせて、本日は2時限分行なわれた。終幕を飾るに相応しい、たっぷりと濃い内容だった。(ところで、2019年度の講義はお休みとのこと、次の機会を待ちたい)

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日の授業は次のよう解説された。

文法理解(過去形について)
・行き先を示す前置詞には4種類ある
  - אױף , צו , אין , קײן
・動詞「行く」に2種類ある
  - פֿאָרן , גײן
・期間を前置詞(英語の for)を使わずに表現する
・「~がある」の主語(עס)は、単複両用に使える
  - ~ עס איז געװען ~ , עס זענען געװען
・「それぞれ(יעדער)」の格変化
・その他

ダイアログ(対話)
・リトアニアのヴィリニュスで開催されるイディッシュ語サマースクールについて
  - 対話の話題に、思想家であり宗教家のヴィリニュスの「ガオン」があげられた。
  - (情報: 2019年度のサマースクールは開催がキャンセルされたようだ)
・豪商イザック・イェクルスの見た夢
  - 橋の下に宝がある夢を見たイザックが探しに出かけたところ、近くにいた兵士が笑いながら彼の見た夢を話した・・・それこそイザックの家に隠された宝だった。

練習問題


ということで、しばらく「イディッシュ語」講義はないけれど、今後も自習を続けたい。同時に、ちょっと別の言葉もチャレンジしてみたいと思っている。

2019年1月23日水曜日

(雑談)言い訳にする話

昔の話だが、「コンピュータ」を言い訳にする話
・結果のミスを反論するとき
  -  コンピュータなので、ミスは考えられません。
・結果のミスを受け入れるとき
  - すみません、コンピュータなもので。

これって、恐ろしいのはコンピュータの代わりに、判断も決定する「AI」が入ったらどうなるだろう。
  -  AIなので、ミスは考えられません。
  -  すみません、AIなもので。

システムを作り上げる(プロジェクト)とき、大きな局面(フェーズ)に区切る。
  -  要求 → 設計(基本/詳細) → 開発 → テスト(単体/結合) → 導入 →(運用)
その局面ごとに、評価会議(レビュー)をして、次局面に移るのだが・・・。

言い訳できない仕組みはあると思うけど。

2019年1月22日火曜日

(雑談)不思議なこと

毎日のテレビドラマで、一体どれくらい犯罪劇が演じられているのだろうか。
不思議なことに、犯罪集団の中に純真無垢なヒロインがいる。
昔の日活映画はそうだった。

映画になるとボニーとクライドは美男美女。
週刊新潮の「黒い報告書」も妄想の中では悪くない。
けれど報道写真に登場するかれらの容貌は・・・。

テレビ番組「コンバット」はあることを境に登場したといってよい。
WWⅡで、米軍の小隊がドイツ兵をバッタバッタとなぎ倒す。
それ以前の西部劇で、騎兵隊がインディアンをあたりまえのように掃討した。
時代が変わって、代わりに出てきたのが「コンバット」だった。
だから、ドイツ兵の姿はインディアンとだぶった。

人間は、自分を誤魔化し、他人に嘘をつく。
そうならないよう努力するけれど・・・。
中島みゆきの歌詞の「男はいつも嘘がうまいね。・・・女はいつも嘘が好きだね」に納得。
そうならないよう努力するけれど・・・。

2019年1月21日月曜日

ズレて見えること

読売新聞のネット版 <YOMIURI ONLINE> の記事「定規当て国語問題読み、センター試験不正行為に」(1/21)は、「大学入試センター試験」(19日と20日)で見つかった不正行為について、次のように報じている(抜粋)。
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・(試験会場で)スマートフォンを使うなど、受験生4人の不正行為が確認されたが、大きな混乱はなかった。
・(そのうちの)1人は定規を当てて国語の問題文を読んだ。同センターは「受験上の注意」で定規の使用禁止を明記しており、不正行為と認定した。
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問題文を読むとき、文の縦行に定規をあてて読んで何が悪いという意見がネットに投稿されているそうだ。「受験上の注意」の定規使用禁止に、読む行為があてはまるのか、はたして不正行為なのか疑問だ。(定規に何かしら細工は論外だけど)

日本語では、書籍(例えば、文学書とか新書など)は、縦書きが普通である。行を読み進めるとき、一つの行末まで目を下ろし、次の行頭に目を移そうとして微妙にずれてしまい、あわてて前に戻ったり混乱することがある。決して気分が散漫なわけじゃないのに・・・だ。

実は、誰もが視線が一定(正位)というわけではない。読書時に、字面が乱視のように複数に見える「複視」*がある。複視の症状をもたらす「斜視」については、眼球の位置などで気付きやすいけど、「斜位」は見た目も本人も気付かない隠れ斜視だ。

*複視: 日本眼科学界の「目の病気」より
 http://www.nichigan.or.jp/public/disease/hoka_w-vision.jsp

今回、不正行為とされた受験生が、もしかしたら「斜位」だったかもしれない。そのため、視線の位置を確実にするため定規を使ったのかも知れない。(もちろん、視覚対策のプリズムレンズ付きの眼鏡があるのだが・・・、これはいいぞ、目が疲れないから)

2019年1月20日日曜日

大寒 2019

春が立つのを起点に、一年を二十四(だいたい15日ごと)に分けて一回りした、最後の締めとなる「大寒(だいかん)」の今日になった。名前の通り一番寒いほぼ1月20日頃にあたる。

(本ブログ関連:”大寒”)

実際、東京の「平均最低気温」は、1月26日*であって、この「二十四節気」の「大寒」辺りに重なる。日頃の軽い挨拶に「近ごろ寒いですねえ」といえば委細触れることなく済ませる。

(*)「東京都における平均的な気候」(Weather Spark)による
 
話はとんと変わるが、青空文庫にある童話「神様の布団」(下村千秋)に、残酷な家主から、ちょうどこの「大寒」の時期に住み家を追い出された孤児の兄妹の話しがある。結果、彼らは神様の布団という雪にくるまれた姿で発見される。悲しい結末に胸を打つとき、はて、この展開どこかで聞いたと思い返せば、「鳥取のふとんの話」(小泉八雲)の兄弟と同じだ。二つのストーリー、作家の関係がどうなのか知らないが、鳥取のある町から始まる。同じ素材なのだろう。

寒いのが苦手である。そんなとき明るい話がすぐに浮かんでこないのは残念だ。

2019年1月19日土曜日

(雑談)小さなできごとの結果

風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざがある。何かのできごとに始まり、突拍子も脈略もなく連続して廻りまわって、自分の都合のよい結果がもたらされるという牽強付会の例えだ。

できごとがわずかでも、例えば「蝶の羽ばたき」ですら、もしかすると遠くの気象変動に影響するかもしれないという「バタフライ効果」の考えがある。予測できないものを扱う理論をベースにしたもの。遠くない将来を捉えようとするものだが。

ところで、気象予報のようなある程度連続した空間とは別に、一挙に未来に影響するとしたらどうだろう。タイムマシンに乗って過去にもどり、もしそこで「蝶」を踏み殺したら、現在に何か影響を与えるのではないか。レイ・ブラッドベリの短編集「太陽の黄金の林檎」にそんな物語がある。

(本ブログ関連:”レイ・ブラッドベリ”)

小さなできごとが儲け話につながる程度ならよいが、時間をこえて知らぬ間に大きな災禍をもたらしたらたまらない。

2019年1月18日金曜日

(情報)インフルエンザ感染拡大

どうやら「インフルエンザ」が流行しているようだ。FNN PRIMEの記事「インフルエンザ感染拡大  全国的『警報レベル』」(1/18)によれば、患者数が163万人と次のように報じている。
-----------------------------------------
・インフルエンザの先週の患者数は、163万人と推計され42の都道府県で警報レベルを超えたと厚生労働省が発表した。
・厚労省によると、1月13日までの1週間にインフルエンザで受診した人は、1医療機関あたり38.54人で、警報レベルとなる30人を今シーズン初めて超え、42の都道府県で警報レベルを超えた。
・患者数は163万人と推計され、前の週より、100万人以上増加した。
-----------------------------------------

テレビの情報によれば、今季流行のインフルエンザ「A型」ウィルスには、主に2種類(「H3N2」と「H1N1」)あって、一度感染して次に別種の型であれば、再感染するとのこと。

国立感染症研究所の「インフルエンザ流行レベルマップ (2019年1月7日~1月13日)」(2019年1月16日現在)によれば、「警報レベル」について、関東ほぼ・東海・九州の全域、および関西・四国の一部が警報ランクの最も高い(赤色)流行地帯になっている。

■ 国立感染症研究所
「インフルエンザ流行レベルマップ」・・・ 「2018/19年の動き」
ー https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Hasseidoko/Levelmap/flu/2018_2019/trend.html


2019年1月17日木曜日

その気で「バスク語」入門

今日の「イディッシュ語教室」は、来週に2時限まとめてすることになった。次回以降しばらく教室が休みになりそう。あたらしい言葉を探したくなった。

そこで「バスク語」入門しようと次の教材を覗いてみた。言葉を見るさき、読むさき、ことごとく脳から揮発する。やっぱり、書かなくちゃダメなようだ。

① Youtubeに、「平易なバスク語でバスク語を学ぼう(Learn Basque with Easy Basque)」がある。(登録のEasy Basqueに感謝)

・Lesson 1- Subjects : 人称
   https://www.youtube.com/watch?v=f-fnSkI9e3A

・Lesson 2- To be verb- The "izan" : ~である動詞
   https://www.youtube.com/watch?v=f-fnSkI9e3A

・Lesson 3- To be verb- The "egon"  : ~がいる/ある動詞
   https://www.youtube.com/watch?v=tn0dWpecBDc

・Lesson 4- CHRISTMAS 特別編: クリスマス・新年・菓子などの単語
   https://www.youtube.com/watch?v=LP4nU8CsH4g

・Lesson 5- Adjectives- Adjektiboak : 形容詞
   https://www.youtube.com/watch?v=mZnomHEM49o


② <語学の始めの一歩>風な読み物にあたる、白水社の「言葉のしくみ」シリーズに、「バスク語のしくみ」(吉田浩美著)がある。(ミニCDに収録の音声内容をダウンロードできる)

・白水社ホームページ: 本の紹介と音声アドレス(書籍に98種の音声リストが記載)
   https://www.hakusuisha.co.jp/book/b206161.html

2019年1月16日水曜日

バスクのダンス

バスクについて何にも知らないけれど、雰囲気だけ少しかじってみたい。

(本ブログ関連:”バスク”)

先日、NHK BSの番組「世界ふれあい街歩きスペシャル」で「フランス 小さくても魅力的な街」を探訪する回(2018年12月25日)があった(再放送)。そのなかで、(フランス側)バスク文化を守る古い石つくりのバイヨンヌ(Bayonne)の街ををそぞろ歩きして、陽気なひとびととの出会いを紹介した。

番組内で、バイヨンヌの人々は、バスクについて過度に熱狂的でもなく、どちらかといえば冷静だった。でも、バスクの旗、赤地に白の十字架と緑のクロスを語るとき、当然ながら郷土愛がほとばしって見えた。

スペイン側バスクのイディアサバル(Idiazábal)の素朴なダンスを見てみよう。


(Youtubeに登録のAlexander Bilboに感謝)

2019年1月15日火曜日

小正月 2019

先日(1/7)、正月の終わりを、「松の内」の範囲で記した。松の内には、元日から「七草粥」を食す1月7日までという説と、「小正月」の1月15日までという二説がある。

(本ブログ関連:”小正月 20182017”)

今日は、松の内の長い方の終わりの日、「小正月」にあたる。ついに正月気分ときれいさっぱり別れなければならない・・・とはいえ、世間は日常モードにとっくになっていて、正月の気配は微塵もない。

1月15日は、本来なら「成人式」が行なわれる日でもあった。新しい世代の門出の時期だ。これまた、昨日(1/14)の「成人の日」に移されてしまい、今日は何とも無縁な平日の火曜日になってしまった。

暦が伝統と結びついているのを忘れて、今様な都合に合わせて変えてしまうと、いろいろ辻褄が合わなくなる。言葉だけでなく、季節感まで希薄になるのは惜しい。歳とともに繰言が溜まる一方。

2019年1月14日月曜日

成人の日 2019

従来、「成人の日」は1月15日と決まっていた。それが、土・日・月の3連休を狙った「ハッピーマンデー制度」(2000年)の導入により、1月の第2月曜日になっている。この制度は19年たって当り前になっているのだろうけど、いまだに馴染めない。

成人の日が、1月15日にこだわらないほど軽いのか、単なる通過点でしかないのか。自分にしても、昔の成人の日(成人式)の催しに出席しなかったこともあり、云々いえる立場ではないけど。

古く15歳前後のころ、子どもから大人(成人)へ変わる儀式(通過儀礼)を「元服」と呼んだ。現在の成人と比べて、生産人口に早く組み込む必要が求められたためだろう。従って大人への自覚も、5歳ほど早かったに違いない。

2016年から公職選挙権年齢が20歳から18歳に引き下げられている。若者人口が減って高齢者の割合が増え過ぎることによる、投票構成の不均衡を考えてのことだろう。老人特有の思考が選挙結果に影響をもたらす或る種の「弊害」を避けるためと思う(本音のところ)。選挙は未来を託すものであり、ダイナミックであるためにも、ますます若者の参加は必須。彼らが自覚をもって発言と活躍をしてもらいたいと思う。

2019年1月13日日曜日

ミツマタ(三椏)

日の傾き始めた公園を散歩した。西日を背に、木々が芝草の上に幹の影を長く伸ばしていた。その光景が現実味に乏しくて、まるで古いディズニー・アニメの背景画のように見えて、でき過ぎた感に思わずニンマリした。

広場から元気な叫び声が聞こえてきた。まるでブリューゲルの絵「子供の遊戯」のように、子どもたちが、てんでに固まり走り回っていた。冷気が広がり始めても、彼らの遊び心は止むことがない。若い親たちは、連休中日を子どもたちのためにつくしている。

ところで、公園好きの中高年者たちの姿が余り目立たない。おじさん、おばさんは寒さが苦手なのだ。その寒さの中、公園に出かけたのは、この時期に咲く「ミツマタ(三椏)」の花を探すためだ。

ツアー旅行会社の定期案内(メインは春を告げる花見の旅行ガイド)冊子の最初に、今時期に合った話題として、「ミツマタ」が香りの高い「沈丁花」の仲間と記されていた。よく見れば、小さな花の群集する様は沈丁花そのもの。ただ香りは比較して高くない。見栄えも地味のようだ。不思議なことに、公園のミツマタの木にどこからともなく、おじさん、おばさんたちが寄って来た。

(本ブログ関連:”ミツマタ”、”沈丁花”)

2019年1月12日土曜日

都心の初雪 - Winter Wonderland

一日、家の中にいて気付かなかったが、都心で初雪だったそうだ。気象協会の記事によると、「(都心で)午前10時40分ごろから数分間、雪が降り、初雪が観測されました。平年より9日遅く昨年より12日遅い観測です。」とのこと。いつもと比べて遅い初雪になる。

テレビも視ずにいたところ、上記のネット記事を見て初雪を知り、夕方に玄関先を見れば辺りは濡れて黒く湿気っていた。もしかしたら、武蔵野周辺も雪が降ったのだろうか。ネットに、鉄道マニアが近隣駅で撮影していたとき、雪がチラついたと記していた。

ところで、雪にちなんで「Winter Wonderland」を聴いてみよう。この冬の不思議な国、恋人たちが夢見る雪降る国を作詞したのは、ニューヨーク生まれのユダヤ人。クリスマス時期に歌われるというに、でも、クリスマスとは直接語っていないけど。

先日(1/8)、テレビにチラリとだけ生誕84周年イベントが伝えられた、エルヴィス・プレスリー(Elvis Aron Presley:1935年1月8日 - 1977年8月16日)が歌う「Winter Wonderland」は、彼らしい最後をしめる。僕らの世代は、プレスリーに冬を預けたっていいのだ。

(本ブログ関連:”エルヴィス・プレスリー”)


(Youtubeに登録のDaniel Krienbuehlに感謝)

2019年1月11日金曜日

「罪と罰」

明日の日付に変わるギリギリ直前に帰宅。今日のタイム・スタンプ欲しさにまず登録する。
________________

今晩、渋谷の「シアターコクーン」で演じられた、ドストエフスキー原作の芝居「罪と罰」*を見てきた。何十年振りの芝居観劇であり、学生時代に仲間と連れ立って「赤テント」などの演劇を、地べたに近い状態で座って見た(眺めた)くらい。その後ほとんど縁がなかった。

(*) 芝居「罪と罰」:  http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/19_crime/

この芝居に、実は、「イディッシュ語教室」で一緒に学んでいるミュージシャン**(クレツマー演奏の第一人者)が、この舞台音楽に参加するということから、観劇する機会を得た。

(**)ミュージシャン: http://www.cicala-mvta.com/profile.shtml

会場が一体どんな雰囲気なのかと見れば、開場時、入り口にずらりと並んだのは、圧倒的に女性客が占めていた。芝居の主人公を若手人気俳優が演じることから当然であるが。そして、ベテラン勢が回りを固める。

この原作をどうやって舞台で演じるのか、どんな舞台装置になるの気になった。驚いたことに、あたかも一幕もののように、階段状にユニークな造りになっていた。場面展開に、ドアを巧みに使っていたのに思わずニヤリとした。まるで、どこでもドアである。

今回、イディッシュ語教室のミュージシャンは、階段舞台に最初から登場して、役者の演技と平行して演奏しつつ、ときに演技にも加わるといった凄いことをやられたのに驚いた。

(付記)
国家捜査官(=原作の予審判事)が、始めはコロンボ風にしたたかに、最後は正面から追い詰めるといった演技に対して、舞台挨拶のとき、観客の拍手が大きく響いた。

2019年1月10日木曜日

Yiddish語 2018秋-13

昨年から続いた2018年度後半「イディッシュ語教室」は、今日を含めて残り3回ばかりになった。クラスに新メンバーも加わり、授業は毎回さまざま工夫いただいた。このまま続けばと願ったが、今春以降むつかしそうなのだ・・・。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去(זײַן、האָבן とセット): זײַן とセットの「過去分詞」のパターン。
・新しいユニット(章)のダイアログを輪読:
   ー ダイアログに登場のイスラエル各地を紹介いただいた。
および、セファルディ調査の拡張として訪問された、スペインのバスク地方の文化と言語を紹介いただいた。

本教室は残り2回、頑張りたい。

今春から、バスク語講座が始まるとの情報を事務局から聞いた。いろいろ考えることばかり。

2019年1月9日水曜日

(朗報)忘れた記憶を復活させる薬

生きていくために、覚えねばならぬことがいっぱいある。けれど、歳とともに忘れてしまう。思い出そうとしても曖昧なとき、妙薬というか霊験あらたかな仙薬を願うものだ。もし科学的な医薬が提供されたら、どんなにありがたいことだろう。

「忘れた記憶を復活させる薬」が見つかったという。その研究成果が発表された。

① ネズミにいっとき関心を向けさせたものを、再び関心持たせる(思い出させる)、②ヒトに一度見せた複数写真の一部を、後日に他の複数の写真と混ぜた中から発見させる(思い出させる)効果のある薬があるという。おぼろに忘れていく記憶(一見忘れたように思える記憶)を、回復させる(留める)ことができる。

(資料)
「忘れた記憶を復活させる薬を発見 -既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功-」
 (要約)https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0111_00001.html
 (詳細)https://www.hokudai.ac.jp/news/190109_pr.pdf
          2.発表のポイント:
              ◆ 脳内の「ヒスタミン(生体内物質の1つで、覚醒状態の維持や食欲、記憶などを調節する)神経系」を刺激する薬物を投与すると、忘れてしまった記憶をスムーズに思い出せるようになることが、マウスとヒトの試験から明らかになりました。
              ◆ もともと記憶成績が悪い人ほど薬の効果が大きく認められました。
              ◆ 本研究成果は、脳内ヒスタミンや記憶のメカニズムの解明に有益であると共に、アルツハイマー病などの認知機能障害の治療薬開発の一助となることが期待されます。
 (速報)https://www.biologicalpsychiatryjournal.com/article/S0006-3223(18)32021-3/fulltext

(付記)
新聞記事によれば、ヒトを使った試験のとき、「めまいの治療薬として使われている『メリスロン』を飲んだ場合と、飲まなかった場合で正解率を比較した。」(産経新聞、1/8)と報じている。
 (記事)https://www.sankei.com/life/news/190108/lif1901080033-n1.html

2019年1月8日火曜日

イディッシュの歌

イディッシュの歌を弾いてという曲、「שפיל זשע מיר אַ לידעלע אין ייִדיש(Play me a little yiddish song)」があります。ブログ「AntiWar Songs」の解説によれば、1930年代の曲で、作詞Yosl Kotliar (1908-1962、ソヴィエト)、作曲Henech Kon(1890-1972、ポーランド)のようで、曲自体はかなり前の作曲ということです。
(קלעזמערל = Musician、pl:קלעזמאָרים)

どうやら、老いも若きも元気で楽しく歌おうといった、願いを込めた歌のようですが、詳しいことは、イディッシュ語教室で教えてもらうことにしましょう・・・。


(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)

2019年1月7日月曜日

七草粥 2019

今夜も寒さが厳しい。明け方に比べれば深夜の冷えはまだましだが、春が待ち遠しい。

あるテレビ番組で、キャスターがクイズ風に「正月はいつまで?」とタレントたちに問うた。正月は元旦に始まり「三が日」までといった回答が主だったが、正解は「松の内」(門松のある期間)とのこと。「松の内」は一般に、1月7日と1月15日の二説あるが、番組でどんな結末だったか聞き逃した(というより忘れてしまった)。

「松の内」を今日の1月7日とすると、「五節句」の最初に行なわれる行事「七草粥」と重なり、いかにも正月の終わりにふさわしい。「七草粥」で、次の「春の七草」を食して、春の自然の効能を心身ともに感じようというわけだ。

(本ブログ関連:”七草粥”)

・せり 芹
・なずな 薺
・ごぎょう 御形
・はこべら 繁縷
・ほとけのざ 仏の座
・すずな 菘
・すずしろ 蘿蔔

野草ともいえそうな、これら植物を粥に混ぜて朝食にする。古い習わしに目を向けようと思いながらも、今朝はチャーハン風の飯を食っている。いつもながら、行為がさっぱり思いと結びつかない。

2019年1月6日日曜日

小寒 2019

昨日と比べて、今日は朝から寒さが厳しい。カレンダーの「冬」は、12月~翌年2月までであって、まだ2ヶ月を残す。旧暦の場合は、10月~12月までであり、(今日は旧暦12月1日なので)残り1ヶ月となり、こちらの方は「春」間近。

本当は、厳しい「冬」に一年を終わらせ、暖かい「春」に一年を始めたいのだが、そんな区切りのよい暦はないようだ。(毎度ながら「冬」は苦手である)

ところで、今日は二十四節気の「小寒」。次の「大寒」を過ぎれば二十四節気の始まりの「立春」に戻る。カレンダーはすでに一年を廻っている。1年の早さに驚くばかり。

(本ブログ関連:”小寒”)

(付記)
今年の外国語趣味は、やり直しもあれば休講もあり、仕切り直しになる。趣味とはいえ、仲間と続けていきたい。

2019年1月5日土曜日

パソコン売り場と本屋巡り

寒さが続くため、使い捨てカイロの「ホッカイロ」に似たものを、シャツの背中側にクリップして外出した。街を歩いて気づいた。じんわり汗ばんできたのだ。今日は、ポカポカ陽気で、都心でも最高気温14.0℃(14:30)だったのだ。

最近、ブログに使用のPCの調子が怪しくて、電器屋を2軒廻り、替わりになりそうなパソコンを探した。けれどネットで見かけるような手ごろな価格帯と違う。若い人は陳列のパソコンを熱心に見入っていたが、私はネットで購入することにして、さっさと店を出た。(初売りセールとは名ばかり)

近々、観劇予定がある芝居の原作(ロシア文学の小説)を(文庫本で)もう一度読み直そうと、大型書店で探す。翻訳者が競うように各社文庫本棚に並んでいて、どれが一番よいのやら・・・。昔、読んだ記憶にあるのは、文学全集の1巻に収まっていた。文庫だと、上下2冊、上中下3冊などと多様で気になる。(とりあえず、昔読んだ翻訳家のものを購入)

考えてみれば、観劇は来週末予定のため、今から読み直す時間もない。芝居を見終わった後、芝居と比較しながら原作に目を通すのも悪くはないだろう。

2019年1月4日金曜日

オール読物1月号 夢枕獏「野僮游光」

「オール読物」今月号の巻頭に掲載の短編、夢枕獏の「野僮游光」は、夜な夜な都におもしろおかしく現れる、十人に余る童子の列が引き起こす怪異の物語。野僮游光について、中国の古書「白沢図」に図解入りで説明があって、妖魅に出会ったときの対処法まで記しているという。安倍晴明は見事に退散させてみせた。

(本部ブログ関連:”安倍晴明”)

この世で怪しげなものと出会ったとき、正体を知らずにいると次第に体を蝕まれ腐らせていく。解決策はただひとつ、相手の本性を明らかにすればよいというのだ。相手はたちまち消えうせる。(知っているのに知らぬ振りは論外である)

2019年1月3日木曜日

(雑談)テレビ出演者の名前を忘れること

人の名前を覚えるのは得意でない。若い頃はそうでもなかったのに。最近、テレビに出演するタレントが一体誰なのか、名前すら浮かんでこなくて慌てる。

テレビは、情報を次から次へと視聴者に送り込み、選別整理する余裕を与えない。視聴者は、テレビの垂れ流しをそのまま受け、出演者を顔かたちだけしか認識せず、それ以上関心を深めることもなく、聞き流し、見流す。

テレビタレントの名前を思い出したいときに便利なのは、リモコンに付いている「番組内容」ボタンだ。テレビのデジタル化以来、番組内容を別画面(文字情報)にして見られるようになった。そこには、番組内容だけでなく、出演者の情報まで載っている。人物について更に知りたければ、PCで調べればよい。

なぜ、歳とともに他人のことを忘れるのか、単に老化だけとはいえないだろう。生物の発生(過程)で、最適な形態を形成するとき、例えば人は胎内で指の間にあった水かきの細胞をなくす(アポトーシス)ことで、5本の指を独立させる。何かを失うことで何かを得るという意味がある。だから、他人の名を忘れるのも、人生の最適化と思えばいいのではないだろうか。

2019年1月2日水曜日

新年一般参賀者数(平成以降)

今年、宮中への新年一般参賀は、「平成」*最後の行事となることもあり、予想の通り参賀者数が平成で最大となった。宮内庁のサイトは、「これまでの新年一般参賀の参賀者数(平成以降)」について、下表のように記している。
(*)平成:「平成」は、1989年(平成元年)1月8日から現在にいたる間をさす。

(本ブログ関連:”一般参賀”)

新年の一般参賀者数は、「天皇誕生日」と同様、参賀者がここ3年急増(平成29年   96,700人、平成30年 126,720人、平成31年 154,800人)している。

  年         参賀者数
平成2年行われず)
平成3年   77,770人
平成4年   80,930人
平成5年   52,700人
平成6年   111,700人
平成7年   71,800人
平成8年     64,700人
平成9年     59,300人
平成10年   68,200人
平成11年   64,200人
平成12年   57,240人
平成13年   70,870人
平成14年   72,850人
平成15年   77,710人
平成16年   68,100人
平成17年   75,080人
平成18年   50,210人
平成19年   68,830人
平成20年   79,610人
平成21年   75,790人
平成22年   79,290人
平成23年   77,110人
平成24年   70,770人
平成25年   78,760人
平成26年   81,540人
平成27年   81,030人
平成28年   82,690人
平成29年   96,700人
平成30年 126,720人
平成31年 154,800人

(付記)
一般参賀者数の推移で、平成6年(111,700人)に特に増加したのは、前年の平成5年に「皇太子・雅子さま御結婚」によるものと考えられる。

2019年1月1日火曜日

2019年元旦

あけまして おめでとうございます。

今年の干支(えと)は「(い)」。「イノシシ」の意を持つが、その年がどうというよりも、亥の年に生まれた人の性格の例えにしたりする。もっぱら、年賀状の裏にイノシシの絵が描かれたりすることの方が分かりやすい。

イノシシの「猪突猛進」に合わせて、今年こそ「いっちょやるか」なんて・・・「いっちょ」をダジャレて「一猪」でどうだろう。

十二支で、亥は十二番目に当る区切りの年でもある。

2018年12月31日月曜日

雪女

冬の怪談というか伝承に、「雪女」の話がある。次のようなストーリーだ。

吹雪のため小屋に避難した二人の木樵(きこり)が雪女に遇う。雪が静まるのを待つうち、一人は寝入り、もう一人は寝付けずにいた。そのとき、雪女が小屋に入ってきて、寝てしまった男にそっと息を吹きかけ、それを目撃した若い男には、ことを他言せぬよう約束させて消えた。翌朝、雪女に息を吹きかけられた男は死に、若い男は幸運にも生き残った。(今様にいえば、凍死であり、あるいは死の寸前の幻覚だったのかも知れない)

後に、若い木樵は、町へ奉公に行くという美しい女と出会う。それを止めさせて、二人は結ばれ、子どもたちの親となる。男は、妻の美貌を雪女に例えて喋ってしまう。そのとき、妻は「その雪女こそ私だ。他言せぬとの約束を守れなかったお前に対し、本当ならすべきことがあったが、今は子どもたちがいるので」といい姿を消した。死を免れたのだ。

雪女という超越した異類との婚姻譚であり、神話にある見てはならぬ禁忌を犯す話しでもある。後の安倍晴明の母親に当るという狐が、思いを残す「葛の葉」の別れの場面を想起する。これらが折り重なった物語だ。

(本ブログ関連:”異類婚姻譚”、”葛の葉”)

さて、この物語の舞台、東北や日本海側の豪雪地帯をイメージしていたところ、青空文庫に、小泉八雲の「怪談」集に収められた「雪女」があり、「武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた」で始まる。豪雪を背景にするには舞台が随分違う。さらに、田中貢太郎の「雪女」では、「多摩川(たまがわ)縁(べり)になった調布(ちょうふ)の在」とより具体的になっている。二人の作家は同じソースを使ったようだが、舞台が江戸(東京)に近いとは驚きだ。

そんな舞台なら、もしかしたら、私も雪女に遇える可能性がある。

2018年12月30日日曜日

平成の師走

考えてみれば、平成最後の年の暮れになる。「師走」を(本来)旧暦12月にあてているが、今日は旧暦11月24日(まだ「霜月」に過ぎない)。そう思ってみると気が緩む。年の区切りが、歳とともに曖昧になり、最近それがどうしたと言って平気でいる。

子ども時代、年末は家中が慌ただしかった。というより、近所もそうだし町全体そんな空気がした。そして、元旦になるとシンとして動きがなくなった。子どもたちの遊び声だけが響いた。

今は、交通網が発達して、家族連れは容易に実家へ帰省できるし、元旦の町に何でもある。コンビニが充実して、外出できぬ独身者に冷蔵庫代わりになっている。

近所の若い家族は、今日もさっさと出かけたようだ。駐車場から車が、一台また一台と消えていく。

(付記)
今日、年賀状を印刷し、一安心して、そのままポストに投函した。気付けば添え書きを忘れていたようだ。

2018年12月29日土曜日

今年と来年

歳をとると、惰性で生きていることに気付く。うっすら雪が積もった氷上を、風任せに滑っているようなもの。爽快さもあるけれど、氷の厚さを知らずにいるのも心もとない。

だから、来年は、少し跳ね上がったことをしてみたい。行動範囲も広げてみたい。

そして、ブログの趣も、多少変えてみたいと思っている。

(明日、来年の年賀状を作成する)

2018年12月28日金曜日

イ・ソンヒの娘

普通でも娘と父の関わりはむつかしい。それぞれの家庭に歴史がある。イ・ソンヒには、ひとり娘のユン・ヤンウォン(父姓はユン)*がいる。この娘にとって、父との関係は、幼くして父の死との出会いであり、その後、母イ・ソンヒが再婚した義理父との関係など、複雑な境遇にある。実際、韓国で暮らす両親とは別に、アメリカで単独生活しているようだ。
また、イ・ソンヒの場合も、僧侶**の娘として生まれた結果、子ども時代にいじめにあい、苦しい立場を経験している。イ・ソンヒと娘ともどもに、父親との関係でいろいろ想起させられるものがある。

(*) ユン・ヤンウォン: 彼女の父はユン・ヒジュンで、かつてイ・ソンヒのマネジャーであり曲作り(作詞・作曲)をした。ユン・ヒジュンは、イ・ソンヒの最初の結婚相手だったが、6年後に離婚、事業に失敗との説があり、服毒自殺している。

(**) 僧侶: 韓国仏教の主流宗派は僧侶の妻帯(韓国では帯妻)を認めていない。戦後の韓国仏教の党派性の原点ともいえる。イ・ソンヒの父は、明治以後に日本の仏教の影響による妻帯を認めた宗派に属し、仏教音楽の「梵唄」を指導したといわれる。

(本ブログ関連:”スペック”、”イ・ソンヒの娘”、”妻帯僧”)

現在26歳のユン・ヤンウォンは、米コーネル大学卒業***後、同大でジャーナリズムを勉強中という。子の成長を見守る母が語るSBSのテレビ番組「憎たらしいうちの子ども(미운 우리 새끼)」で、イ・ソンヒは、現在26歳の娘について、大学で長く勉強を続けて欲しい、結婚が少し遅れてもよい、いろいろな経験をして欲しいなど述べているとのこと。番組中、娘との関係について様々ないきさつを縷縷語ったようだ。

(***) 米コーネル大学卒業: イ・ソンヒと娘を交えたコーネル大学卒業式でのFB掲載の写真がある。
https://www.facebook.com/leesunheePH/posts/congratulations-to-sun-hees-daughter-who-just-graduated-from-cornell-university/196766714379526/

(参考)韓国ブログ「イ・ソンヒ 娘ユン・ヤンウォン 公開」
イ・ソンヒと娘の関係についてテレビ番組で語った話題をもとに、さらに(多分、過去ニュースを渉猟して)時系列風に紹介しているようだ。
http://gabrialno.tistory.com/271

2018年12月27日木曜日

(資料)韓国Gallup: 2018年、今年 輝いた歌手と歌謡

今年も、韓国Gallupによる、恒例の韓国人気歌手と曲目について「2018年 今年 輝いた歌手と歌謡」の調査結果が以下の通り報告された。次表は、上位10位までが一覧されている。イ・ソンヒは、10位(支持率5.5%)のチョー・ヨンピルに次いで、11位(支持率5%)にランクされた。

毎年、アイドル(グループ)*は新陳代謝して、IUを除いて、ランクの入れ替わりが激しい。大衆歌謡(トロットなど)については、若手(홍진영)が進出したが、ベテラン勢は8位以下を占めた。

(* アイドルグループ: ライフサイクル(新規投入と陳腐化)の短命化が進んでいるようだ)



その他 Mamamoo, イ・ソンヒ(共に 5.0%), EXO(4.2%), BIGBANG, イム・チャンジョン(共に 4.0%), イ・ムンセ(3.5%), チソン(3.4%), キム・ゴンモ(3.2%), ユン・ジョンシン(3.0%), テジナ(2.8%) などが 20位圏に入った。.

■ 調査の概要
- 調査期間:(1次)2018年7月4〜22日、(2次)9月7〜27日、(3次) 11月7〜30日
- サンプリング:2段階成層コロニー地域無作為抽出-標本ポイント内(性/年齢別の割り当て)
- 応答方式:面接調査員のインタビュー
- 調査対象:全国(済州除く)のみ13〜59歳の男女4,200人/アイドルは満13〜29歳の1,501人
- 標本誤差:±1.5%ポイント(95%の信頼水準)/「アイドル」は±2.5%ポイント(95%の信頼水準)
- 回答率:26%(総接触16,192人のうち4,200人の応答完了)
- 依頼先:韓国ギャラップ独自の調査

2018年12月26日水曜日

イ・ソンヒのコンサート<Climax>の追加

久し振りに、イ・ソンヒについて触れてみよう。

本年6月に開始した、イ・ソンヒのコンサート<Climax>は、すでにブログに紹介した会場に加え、来年も全国ツアーが展開され、下記の通り赤字で示した会場が追加されている。ここ数年来、全国ツアーの開催地は増加傾向(10/2009 → 11/2011 → 13/2014 → 15/2016 → 現在15/2018)にある。この分だと、同一コンサート名の<Climax>で、(ツアー期間も拡大して)まるまる一年をあてることになる。更に追加の可能性もあるのではと推測する。

2018年
ソウル : 6/29~7/1  올림픽공원
----------------------
米国CA: 8/11  Pechanga Resort & Casino
----------------------
水原: 9/8~9/9  수원 실내체육관
大邸: 9/29  대구 엑스코(EXCO)
仁川: 10/20  인천 남동체육관
大田: 11/3~11/4  대전 무역전시관
高陽: 12/1  일산 킨텍스(KINTEX)
清州: 12/15~16  청주대 석우문화체육관
光州: 12/29  광주여대 유니버시아드 체육관
----------------------
2019年
蔚山: 1/12~13  울산동천체육관
釜山: 2/9  부산 벡스코(BEXCO)
安養: 2/23~24  안양실내체육관
天安 3/9~10  천안 유관순체육관
晋州: 4/6~7  진주실내체육관
原州: 4/27  원주 따뚜공연장

2018年12月25日火曜日

ロイターの「平成を象徴する出来事は」

平成に入ってさまざまな出来事があった。いくつか思い出すが、それがどんな順番だったのか、いつごろのことかなど漠然としている。記憶が曖昧なのか朧なのか。年末に、ニュースメディアの各社は一時代の「まとめ」記事を掲載することだろう。

現在、「ロイター 」はニュース記事の最後に、アンケート調査「ロイター オンライン調査 - 平成を象徴する出来事は」があって、平成元年から平成29年までの出来事を例示している。その中から、(ラジオボタンなので)一つだけ選ぶことになる。途中経過だが、「投票結果を見る」ことも可能だ。

私にすれば、何といっても、平成23年(2011年3月11日)の「東日本大震災」が平成の大事件といえる。合わせて、福島原子力発電所の事故も忘れられない。

(本ブログ関連:”東日本大震災 ”、”原発”)

また、世界史的に見れば、第2次世界大戦後の世界を支配した東西冷戦構造に終結をもたらした、平成3年(1991年)の「ソ連崩壊」だろう。米ソ冷戦による東西の壁という大きな矛盾は、実は小さくて重層的な矛盾を覆い隠していた。上位の矛盾を取り除くと、その下に更に無数の矛盾があふれ出し、収受が付かなくなる。今まで、ひとびとは、いずれの矛盾にも最適解を持ったためしはない。

来年から始まる新しい世界がどうなるのか、時代を決めるのは誰なのか。歴史は繰り返すとしかいいようがない。パッチを当てただけで、アップグレードとかバージョンアップしたというのだけは避けたいものだが・・・。

2018年12月24日月曜日

クリスマス・イブ 2018

今、寝入っている子どもたちの枕元に、サンタクロースがソリに乗ってやってきて、クリスマスプレゼントを置いていく。明日の朝、目覚めた子どもたちは、プレゼントを発見し歓喜する。

今夜の子どもたちは期待に胸を膨らませ、なかなか眠りにつけなかったけど、やがて静かな寝息を立てることだろう。サンタクロースには、その寝姿が愛おしくてたまらない。そして、明朝に目を丸くして驚く子どもたちのよろこぶ声を想像する。

ところで、深夜、Googleで「クリスマス」を検索したら、画面が一瞬プルプルと震えて静止した。すぐに検索結果が表示されたけれど、日本中のおとなたちが、クリスマスについて一斉に確認したのだろうか・・・多分。

昨日の「天皇誕生日」の祝日が日曜日だったため、今日が振替休日となり、クリスマス・イブに重なった。若いころ、クリスマス・イブの日の夕方、職場がなぜかそわそわしたものだ。独身者は、用事やあてがなくても定時にオフィスを退出した。

今日が休日だったので、助かった若い男女もいることだろう。明日はきっといいことがありますよ。

2018年12月23日日曜日

天皇誕生日(平成30年)

今日は、天皇陛下の85歳の誕生日であり、「平成」*最後の天皇誕生日となる。来年4月末に譲位されるからだ。宮内庁のサイトは、「これまでの天皇誕生日一般参賀の参賀者数(平成以降)」について、下表のように記している。
(*平成:「平成」は、1989年(平成元年)1月8日から現在にいたる間をさす )

参賀者数は、ここ3年の間に急増(平成28年 38,588人、平成29年 52,300人、平成30年 82,850人)している。

    年     参賀者数
平成元年 行われず
平成2年 行われず
平成3年 17,420人
平成4年 13,550人
平成5年 20,140人
平成6年 18,220人
平成7年 13,350人
平成8年 取り止め
平成9年 9,280人
平成10年 14,800人
平成11年 17,567人
平成12年 14,890人
平成13年 16,760人
平成14年 19,079人
平成15年 18,848人
平成16年 17,681人
平成17年 17,558人
平成18年 20,152人
平成19年 15,602人
平成20年 22,655人
平成21年 30,560人
平成22年 26,298人
平成23年 24,789人
平成24年 28,065人
平成25年 28,945人
平成26年 28,933人
平成27年 26,627人
平成28年 38,588人
平成29年 52,300人
平成30年 82,850人

(付記)
ちなみに、平成の巨大な自然災害として、平成7年(1995年1月17日)の「阪神・淡路大震災」、平成23年(2011年3月11日)の「東日本大震災」があげられる。このとき、天皇、皇后両陛下が、国民の精神的な大きな支柱となったことは忘れられない。

2018年12月22日土曜日

冬至 2018

今日は二十四節気の「冬至」で、後は「小寒」と「大寒」を残すのみ。日照時間が一番短い日とはいえ、一日中しとしと降りで薄暗く、気分もどんよりした。あっという間に日没して、気付けば辺りは真っ暗になっていた。

(本ブログ関連:”冬至 2009年2010年2011年2012年2013年2014年2015年2016年2017年”)

冬至は日照時間が一番短いとはいえ、「日の出」が一番遅く、「日の入り」が一番早いわけじゃない。Weathernewsの今日の記事(12/22)によれば、「この冬、東京で日の出が一番遅いのは年が明けた1月7日(6時50分40秒)、日の入りが一番早いのは12月6日(16時27分53秒)です」とのこと。その理由は、「地軸の傾き」や「公転軌道が真円形でない」ためだそうだが、ややこしい。
  ・一番遅い「日の出」(1/7 06:50:40)
  ・冬至の「日の出」(12/22 06:46:29)
  ・冬至の「日の入り」(12/22 16:32:08)
  ・一番早い「日の入り」(12/6 16:27:53)

最近、日の入りの速さに慣れてきて、暗くなるのに驚かない。午後5時を境に日の入りの速さをとらえていたつもりだったが、遡って見れば、午後5時ちょうどに日の入りしたのは、10月20日のことだった。その頃、日没の速さを深く感じていたわけではなかった・・・。

変化を楽しんでいるうちに、後戻りできないことに気付き憂鬱になる。こんなことを毎年毎年繰り返している。歴史も案外そんなものかもしれない。

2018年12月21日金曜日

2019年賀状デザイン

来年(2019年)の年賀状デザインを考えてみた。

(本ブログ関連:”年賀状”)

年賀状のデザインといっても、「ゆうびん.jp」が提供の「はがきデザインキット」から、「亥年」を表す「イノシシ」の子ども(ウリボウ)を素材にして作成しただけだが。

今回は、モノクロ印刷にする。図柄の「ウリボウ」が可愛らしくて、モノクロでも十分年賀状らしさがあると思う。そして、例年のごとく、印刷は歳の暮れの多分30日ころになるだろう。その時期になるまで気が乗らないのだ。

ところで「ウリボウ」の名は、体に水平にある模様が、植物の「ウリ」(シマウリ、マクワウリ)に似ているからといわれる。ウリ自体丸っこい形をしているので、合わせてイメージしやすい。また「~ボウ」は、「赤ん坊」などに使われる「縮小詞/指小辞」にあたるだろう。新年はできるだけ若々しい方がよいのだから。

2018年12月20日木曜日

Yiddish語 2018秋-12

先々週末、胃腸を痛めて以来、ずっと「うどん」しか食っていない。歳をとると回復が遅れるようだ。テレビで食レポ番組を見ても食欲が湧かない。不思議なことに、うどんの食感が気に入ったみたい・・・今の体調に合っているのかもしれない。

暖かな昼の陽射しを受けて、今年最後のイディッシュ語教室へ出かけた。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日の授業は次のよう解説された。
・ 数詞(基数、順序数)のうち、順序数についての練習
    - [ (性別)名詞] ← [(ער/ע-)順序数] ← [(性別)冠詞]
    - 順序数を使った文章の完成
・強調としての「יאָ」の使い方
・クリスマスソング「Winter Wonderland」(作曲フェリックス・バーナード*、作詞リチャード B.スミス)のイディッシュ語訳の紹介。(*フェリックス・バーナードはユダヤ人である)

(先々週に宿題に出された「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」について調べたものを回答した)

2018年12月19日水曜日

日本における動力機初飛行の日

今日は、日本で原動機付き飛行機による初飛行の日とされている。以下、Wikipediaの記述をもとに記す。この記念日について残念なことだが、ネット(Google)ニュースで話題にすらなっていない。先日(12/14)の「南極の日」でブログに語ったことと同様、明治のことといえ達成者が軍人であったことからか、その業績を知らせ顕彰するのを封じる気配がする。

(本ブログ関連:”飛行機”、”南極の日”)

今から108年前の今日、明治43年(1910年)12月19日に、代々木錬兵場(現「代々木公園」)にて、徳川好敏大尉がフランス製「ファルマンⅢ 複葉機(Farman III)」に、日野熊蔵大尉がドイツ製「グラーデ単葉機( Grade II Libelle)」に順に搭乗して、日本初の動力飛行(エンジン付航空機による飛行)に成功した。

(次の写真はWikipediaに掲載されている)
ファルマンⅢ 複葉機
グラーデ単葉機












実は、公式初飛行の数日前(同年12月14日)に、同じ飛行場で日野大尉が滑走試験中、一瞬浮上したが公式に認められず、19日をもって「公式初飛行」とされた。そのときの飛行順に従って、徳川大尉の名が初飛行操縦者として記憶にある。

(追記)
大戦後、米軍接収の後に返還された「ファルマンⅢ 複葉機」は、いくつかの変遷を重ねて、現在、入間基地内の「航空歴史資料館 修武台記念館」に展示されているという。その様子がYoutubeに「アンリ・ファルマン・・日本で最初に飛んだ飛行機」として登録されている(登録者tetsuaki muraokaに感謝)。

ところで、作曲家坂井貴祐による「アンリ・ファルマンの飛行」(演奏:古河市立三和北中学校吹奏楽部)がYoutubeにある。複葉ファルマン機が軽々と離陸、上昇して、上空で旋回を楽しんでいる飛翔感がある。全身に風を受けた操縦士が、地上を見下ろす爽快感、機体と一体化して独り浮揚できるなんて何と最高なことだろう。


(Youtubeに登録のSAKAI,Takamasaに感謝)

2018年12月18日火曜日

「三十四丁目の奇蹟」

クリスマスにはいろいろな物語がある。ただし、残念ながら日本の家庭を舞台にした名作は知らない。そもそも宗教的な土台が違うのだから。(以前、ブログに触れたことだが)昔の日本のクリスマスは、酔っ払いサラリーマンのグダグダな天国だった。結局、家庭内イベントに落ち着いたが、大方の外来ブームは、そういった形に収斂するのだろう。

(本ブログ関連:”クリスマス”)

サンタクロースはいるの?、キリスト教徒の子どもにとっても大切な疑問のようだ。少女の素朴な疑問に、新聞社の編集者が応えるといった、子どもを中心にした、いかにもアメリカ人好みの話もある。

以前、版権切れしたアメリカ映画がDVDになり大量に廉価販売された。クリスマス時期にDVD版の「三十四丁目の奇蹟」(1947年)を購入したが見当たらない。誰かに勧めてそのままになってしまったみたいだ。これも子どもが物語を回す。

町山智浩の映画塾!」で、この映画を<予習編><復習編>の2回に分けて紹介したYoutube映像がある。物語の時代背景について、特に<復習編>では、アメリカの世相(戦後のベビーブーム、移民と宗教など)や政治状況にまで八面六臂の解説をされた。(この評論家は米国在住とのこと、ときどき日本に来て仕事する遠距離恋愛的な純化精神の持主のようだ)

物語を引っ張る少女スーザン役は、後に映画「ウェストサイド物語」(1961年)で主人公マリア役を演じた「ナタリー・ウッド」だった。彼女が「三十四丁目の奇蹟」に登場していたとは、解説されるまで気付かなかった。(昔、ナタリー・ウッドのファンがいて、いろいろな話[謎の最期など]を聞かされた)

<予習編>で物語の展開を知り、<復習編>で時代解説を聞かせてもらった。

<予習編:2013/11/05公開>


<復習編:2013/11/11公開>

(Youtubeに登録のWOWOWofficialに感謝)

2018年12月17日月曜日

雪の降る町を

冬になると定番の歌がある。ラジオとテレビが同居していた時代、「雪の降る町を」(作詞:内村直也、作曲:中田喜直、1952年)がそれだ。シャンソン歌手「高英男」(1918年~2009年)によってヒットしたことになっているが、記憶にあるのは、男性コーラスグループ「ダークダックス」によるものの印象が強い。歌声喫茶はなやかなりし頃のこと。その雰囲気は、学校の教室に教師が音頭をとってゆき渡った。

そんな時代、下町のイメージで売り出した俳優であり歌手の「倍賞千恵子」が歌うと、包み込むような暖かさを感じた。人と親和する彼女の庶民性は、ある意味、近所のお姉さんスターでもあり、それゆえ歌うにふさわしかった。それに目をつけた映画監督によって、「さくら」という不動の妹役を演じた。

(本ブログ関連:”倍賞千恵子”)

とはいえ、この歌にも時代の雰囲気がある。何かを越える意志を秘めた語りから、ありがちな同調を求める感がした。教室で配られた、小さな歌集(歌詞帳)に収まった一連の歌を思い出さずにいられない。


(Youtubeに登録のわびさびすさびに感謝)

2018年12月16日日曜日

今日は寒かった

ぐずぐずな体調を口実に出不精したら、昼ごろ小雨が降った。あっという間の出来事。屋外で観察するまでないが、「天気雨(キツネの嫁入り)」ほどのこと。

午後に近所の用で家を出て見れば、通りが黒く濡れていた。陽射しは明るいのに、一歩進めば刺すように寒い。防寒してよかったと思うほど。

今月(12月)に入って、東京都心の最高気温は4日の23.4℃(これは多分このままだろう)。最低気温は11日の1.4℃だったが、今日、日の出前までに最低気温が0.4℃だったそうなので今月一番の寒さだろう。降雪地帯に比べるまでもないが。

そんなわけで、顔を出しては直ぐに引っ込める。寒さにゃかなわない。こんなとき野良猫たちは一体どうしてんだろうね。

2018年12月15日土曜日

ママがサンタにキッスした

空想と現実が未分化なまま、物語を紡ぐことができる子ども時代は素晴らしい。(それが中二の思春期には、生半可に現実を理解して拘泥するようになる)

子どもはクリスマスが待ち遠しい。クリスマスに、サンタクロースがプレゼントを運んできてくれるからだ。朝、目覚めたとき、枕元にプレゼントを発見して、空想が現実とつながっていることを確認する。自分の世界にとどまれる大きな安心なのだ。

だから、いかにたずねられても、大人はサンタクロースが存在することを語らねばならない。そして子どもはクリスマスに見たことを、いつまでも夢に残せばよい。いずれ体験した空想の世界を忘れることになるのだから。

愛らしくもありがちな、子どもらしい世界をそっと覗いた、The Jackson 5(メインに子ども時代のマイケル・ジャクソン)が歌う「ママがサンタにキッスした(I saw Mommy kissing Santa Claus)」を聴いてみよう。旋律がとてもやさしい。

(本ブログ関連:”ママがサンタにキッス(を)した”)


(Youtubeに登録のobdianeに感謝)

2018年12月14日金曜日

南極の日

今日(12/14)のラジオが「南極の日」と語った。知っていたわけじゃなかったので、そういうものかと思った。記念日の理由をWikipediaで調べた。< 1911年12月14日に、ノルウェーの探検家「アムンセン」が初めて南極点に到達したことによる > そうだ。子どものころ、アムンセンを一般に「アムンゼン」と呼んでいた気がするけど、北欧(語)なのでアムンセンが正しいのだろう。

ところで、「南極の日」は、もう一つ別の記念日がある。日本気象協会のtenki.jpの記事「1月29日は『南極の日』。南極では風邪にはかからないその理由」(2018年01月28日)に、< 昭和基地開設記念日 > とある。
昭和基地といえば、観測船(砕氷船)の「宗谷」が忘れられない。同船が氷に挟まって動きが取れなくなったとき、ソ連の「オビ」号が救出に向かったこと、基地撤退後も生き残った樺太犬のタロとジロのことも思いで深い。

「南極の日」が二つあることについて、南極を外の目で見るか、内の目で見るかによっての違いだろう。ただ、どちらも冬の寒い時期にあるのでイメージしやすい。

子どものころ、少年雑誌の南極探検の記事で、白瀬中尉と呼ばれた「白瀬矗(しらせ のぶ)」(1861年~1946年)について知った。今はなぜか歴史に埋もれているようだ。彼が(主として明治時代に活動したにもかかわらず)軍人であったことからか、その業績を知らせ顕彰するのを封じる気配がする。

2018年12月13日木曜日

Yiddish語 2018秋-11

かげった体調にようやく明かりが射してきた。この坂、越すに越されぬ難儀坂だ。

気合を入れて体を動かし、勢いづけて、イディッシュ語教室へと向かった。

今日も理解を共有できるよう、読み・書き・読解に工夫を重ねて指導いただいた。
・ダイアログ: ベジタリアンの若者と、善意のおじさん・おばさんとの丁々発止。
・ミュージカル: 舞台映像を一部参照しながら、貴重な台本を紹介いただいた。
・案内: 12月24日(月)午前0時~、NHK BS「プレミアムシアター」でユダヤ文化関連の音楽が紹介される。
     ◇ ドキュメンタリー
        「クリスマス・ソング 知られざる物語」(2017年 カナダ)(1:57:00~2:49:30)
     ◇ 映画音楽の巨匠 ジョン・ウィリアムズ
         名曲コンサート(2:50:30~4:25:00)

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

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(付記)
クリスマス・ソングを書いたユダヤ人

ユダヤ教徒と異教徒間のカップル(結婚)や家族を支援するアメリカの全国組織「InterfaithFamily」のサイトに、「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」(Nate Bloom、2006年12月)という記事が掲載されている。

記事タイトルに、キリスト教徒でないユダヤ人が一体なぜクリスマス・ソングを作ったのかと疑問が浮かぶだろう。米国でラジオ放送されたクリスマス曲から、「アメリカ作曲家協会(ASCAP)」が選曲した上位25曲中、12曲にユダヤ人が関連しているというのだ。(当初2006年の記事ながら、その後更新され、2008年現在のデータで紹介されている)

第1位曲は、「Winter Wonderland」(作曲: Felix Bernard, 作詞:Richard B. Smith)である。InterfaithFamilyに掲載の記事によれば、作曲者Felix Bernard(Bernhardt)(1897年〜1944年)の父親はドイツ出身、母親はロシア出身であり、彼らの母語はイディッシュ語だったと記している。記事が更新される中で、一般のコメント(情報)にも目を通し、Felix Bernardがユダヤ人であることを確信したようだ。
ちなみに、「Bernardは、ロサンゼルスの非宗教墓地に埋葬されている」とのこと。

(その他の人気曲についても、ユダヤ関係者を探している。例えば、誰もが知る「White Christmas」の作詞・作曲者である、Irving Berlinにしてもそうだ)

ところで、アメリカの映画産業がなぜ西海岸(ハリウッド)なのかという話題がある。この産業を作り上げたのはユダヤ人だったが、映画技術の特許権をおさえたエジソンに牛耳られ、それがいやさにハリウッドへ逃げたといわれる。確かに電送技術でも、ニコラ・テスラとの交流・直流の争いで、エジソンの独占欲をうかがい知ることができる。

それじゃ、ニューヨークのブロードウェイにショービジネスが今も残っているが、そこで活躍するユダヤ系と、映画産業のユダヤ系との間にどんな違いがあるのだろうか。アメリカで生まれた者と移民の者・・・といった微妙で大きな違いか。部外者にはこころ及ばぬものがあるのかもしれない。

ヨーロッパで音楽に従事したユダヤ人が、米国の東岸にたどり着く。そこには先着のユダヤ人がいる。あらためて新天地を求めて西海岸へ移る。なんだか、そんな流れを想像してしまう。

(参考)
・ブログ「Love world neighbors(the rule of law )」に掲載の「クリスマスソングとユダヤ人」に、< ユダヤ人作曲のクリスマスソング > のリスト(出典不明)がある。

・The Starsの記事「Why many classic Christmas songs were written by Jewish composers」(Rob Kapilow、2017年11月30日)は、ユダヤ人の同化(移民の子がアメリカ社会へ参加する)という歴史的な過程の観点で、作曲家たちを列伝風に紹介している。

2018年12月12日水曜日

(資料)幻のニホンオオカミを追いつづける男

体調にいまひとつ自信なく、寒い外に出る気力もない。家にこもって養生する。そんなとき、いろいろな想いで遊ぶ。いっそ桃源郷へと、仙界 → 山怪 →(眷属)キツネ → オオカミなどへ。そして、オオカミからニホンオオカミへと広がる。

(本ブログ関連:”オオカミ”)

先日(11/29)のブログに付記した、「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)の書を視覚的に補強してくれる映像がYoutubeにあった。1999年のドキュメンタリー「幻のニホンオオカミを追いつづける男」(制作TOPPAN)だ。2012年のNHKドキュメンタリー「見狼記」へと連なるようだ(こちらはYoutubeで詳しく見ることができないのが残念)。

「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、ニホンオオカミの存在を信じて、秩父山地でひたむきにフィールド調査を続けるアマチュア研究家、八木博氏を縦軸に関係者から様々な情報が紹介される。上掲書を思い出してはうなずくばかり。

八木氏の情熱は、見る人に強烈なインパクトを与えるかもしれない。ニホンオオカミ「固有種」への思いは強く、まるで松本清張の人物伝に出てきそうな執念さえ感じるほど。それゆえ、動物分類学の研究者に、徹底した実証振りが高く評価される。・・・遠の昔にあっさりと捨て去った妥協しない信念を、振り返ることにもなる。

八木氏は、1996年に秩父山中で、ニホンオオカミらしき動物の写真撮影に成功している。次の「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、その3年後の1999年に制作されたドキュメンタリーということになる。

(幻のニホンオオカミを追いつづける男)

(Youtubeに登録のYouyakei Gekijoに感謝)

(付記)
ニホンオオカミの外見は、タイリクオオカミと違ってどこかヒョロリ感がする。がっちりしたオオカミのイメージがないのだ。とはいえ、理由があって、緯度の高い寒冷地域と、緯度の低い熱い地域に棲息する「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」という「ベルクマンの法則」があるとのこと。なるほどクマも人間もしかりだ。

2018年12月11日火曜日

(雑談)冬の夜寒さ深まる

気付けば深夜24時直前。今日(12/11)のタイムスタンプを獲るため、まずは登録する。

体調に回復のきざしが見えたものの、こんな日は家にこもって養生するしかない。夜に入り小雨が降り始めたが、雪になるほどではない。夜中に風が吹き強まる。冬の夜は、しんしんと寒さが深まる。これで本当の冬になった。

こんなときだから、一昨日(12/9)のブログ、「シェヌ・デ・ピュイ火山群」に触れた「大室山」の俯瞰映像をYoutubeで見てみよう。柔らかな光と、緑に包まれた美しい山肌が可愛らしい。私が訪れたときは、それと反対の冬、強風にロープウェイの座席がブルンブルンと揺れていた。

(本ブログ関連:”大室山”)


(Youtubeに登録のTokyoStreetView - Japan The Beautifulに感謝)

2018年12月10日月曜日

女子フィギュアスケート GPファイナル 2018

今朝病院へ出かけた。どうやらウィルス性胃腸炎で、経過観察しましょうとのこと。

ところで、朝のテレビニュースは、バンクーバーで開催された女子フィギュアスケート「2018グランプリ・ファイナル」結果の話題でしきりだ。この試合に、16歳で初出場の「紀平梨花選手」が初優勝したのだ。日本で、16歳で初出場・初優勝は、浅田真央選手以来13年振りとのこと。
(2018平昌オリンピックに彼女が出場できなかったのは、オリンピックの年齢制限の微妙な差のせいだったそうだ。だから、今回2位になったアリーナ・ザギトワは、同じ16歳ながら出場できていたし金メダルを獲得している)

正直なところ、にわかファンには、フィギュアスケートで、①「ショートプログラム(SP)」と、②「フリースケーティング(FS)」といった2種がなぜあるのか、どんな違いなのか、今もってよく分からない・・・その程度なのだが。ビックリしたという以外に語れるものがないのが残念。

16歳を中心に若い選手たちが競い合うのを見て、これから先、一体どんな世界が繰り広げられるのだろう、技術が高度化するのだろう・・・分かったつもりで追いかけよう。

それにして、紀平梨花選手の落ち着いた演技に驚いた。日本の女子フィギュアスケートの長い歴史、層の厚さから生み出た余裕なのかも知れない・・・素人ながらそんな気がした。

2018年12月9日日曜日

シェヌ・デ・ピュイ火山群

昨夜、体調を崩して以来、回復が芳しくない。明日、健康診断というにどうなることやら。外出もできず、まさに引きこもり状態。養生を続けるしかない。

夕方のテレビ番組「世界遺産」を見ていたら、今年(2018年)世界遺産になった「ピュイ山脈とリマーニュ断層の地殻変動地域」(世界遺産オンラインガイド)について紹介されていた。以前読んだ、ちくま新書の「ヨーロッパ火山紀行」の著者である小山真人氏が番組監修されていた。

フランスの飲料水に「ボルヴィック」があって、ペットボトルのラベルを良く見ると火山の絵がある。伊東市の奥手にある、一度の噴火で火山生成した<単成火山群>の「大室山」を思い浮かべるかもしれない。

(本ブログ関連:”ボルヴィック”、”東伊豆単成火山群”)

番組紹介された、仏オーヴェルニュ地方のシェヌ・デ・ピュイ火山群は、南北に火山が一列に並んでいる。南北のプレート(アドリアプレートとユーラシアプレート)が衝突してできたもので、こちらも<単性火山群>である。

溶岩流が、小川を通路にして流れ出て作られた高さ10mほどある、細長い地形上に町ができている。崖の底から、小川の水が染み出ていてうまいとのこと。全く成因が違うが、「段丘崖」の「国分寺崖線」の湧水が頭をよぎる。

今の私には水が恋しい。体調が回復したら、ボルヴィックのボトルの水を飲み干そう。

2018年12月8日土曜日

(雑談)風邪でダウンか?

体調が何となく怪しかった。今日の日付に変わった深夜、吐瀉と腹下しを繰り返し、それが止まぬまま朝を迎えた。節々が痛んだが、喉が腫れるでなく、咳も出ず、熱もない。風邪なのか、長引かないのでインフルエンザではないと思うが・・・。

明け方、体が軽く楽になった。まるで服を着替えたようにすっきりしている。

昔、社内の健康診断の結果、いろいろ注意を受けたことがある。それがうるさいので、妙案がないか探した。そうだ、減量すると検査結果がよくなるのを経験上知っていた。そこで、健康診断前に減量に励んだものだ。

今回はそんな意図があったわけでないが、たまたま、来週月曜日に健康診断があるため、このまま体を絞っていけばいい結果になるかもしれない。

2018年12月7日金曜日

大雪 2018

今日は、二十四節気の「大雪(たいせつ)」。東京に雪が積もる気配はない。これまで気温は上がり下がりしてきたが、もしかしたら今日がピークかもしれない。これから先、寒さが増していくようだ。

(本ブログ関連:”大雪”)

冬になれば思い出す。長野オリンピック(第18回冬季オリンピック、1998年2月7日~22日)のフィギアスケートに出場した、「エレーナ・リアシェンコ(Олена Ляшенко)」選手のことを。当時のテレビCM映像が今も目に焼きついていて消えることがない。気品ある瞳に吸い込まれてしまった。以前、彼女のYoutube映像に触れたことがあるが、幸い残っており、今回そのままエンベッドさせていただいた。

(本ブログ関連:”エレーナ・リアシェンコ”、”フィギュアスケート”)


(Youtubeに登録のerio2erioに感謝)

2018年12月6日木曜日

Yiddish語 2018秋-10、CICALA MVTA

帰宅が遅く、今日の日付の時間切れが迫るため、あわてて記す。

イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。

開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。

今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。

会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。

2018年12月5日水曜日

ウォーキング教室(第2回)

先週参加した「ウォーキング教室」(全2回)の第2回目、最終回の今日は実践編として公園散歩をした。終わりがけに知ったことだが、参加者の大方は私と同世代だそうで、しかも歩きなれているようだった。それに比べて・・・。

最近、航空祭で開放された飛行場を歩き回ってくたびれ果て、以前には、グループで鉱物採集へ出かけたところ列の最後尾になったりした。そんなわけで、歳のせいと観念し始めたところだったが、今日のウォーキング教室の参加者を見れば、どっこいみな元気なのだ。もう一度、やり直してみようと心した。

講師の先生がこんなことをいわれた。いきなりウォーキングが大変なら、しばらくは自宅でストレッチングを毎日15分程度はげみ、それからウォーキングに出かけても大丈夫、とのこと。要は、毎日続ける重要さを説かれた。

最後に、こんな話も付け加えられた。「今日のウォーキングをした結果、帰宅して夕方とか明日になって足腰に痛みが出てくるなら、それはやり過ぎです」とのこと。自分に合った無理のないところから進めなさいというアドバイスだろう。張り切り過ぎはダメなのだ。

講師の先生、公民館の職員の方、イベントのスタッフのみなさんに、お世話になったこと感謝します。(この機会を得て、もう一度頑張ってみようかなと思い直した次第)

2018年12月4日火曜日

(雑談)冬だというに暖かすぎて汗をかく

服装にセンスがないというか、季節に鈍感なのかタイミングが分からない。先日の「百里基地航空祭」(12/2)見学に際してもそうだった。ブログに寒かったと感想を述べたけど、防寒の用意をしなかったのが一番大きな原因。来場客は、みな厚手の冬服を着こなしていたのに、私は思いっきり軽装だった。

今日はしっかりジャンパーに身を固めて外出した。結局、反省した。じわじわと汗をかいてきたのだ。東京の最高気温は、23.4℃(14:50)で、暖かという表現を過ぎている。全国でも、25℃越えの「夏日」が続出したそうだ(練馬も、25℃だったという)。

旧暦の今日は10月27日。10月を「小春」といい、そんな寒い中でも暖かな日和を「小春日和」と呼ぶ。この言葉のイメージから、穏やかな陽射しに心がほっと和む感がするけれど、今日は「春」を越えて「夏」へと飛んでいる。緩やかに変化してこそ心豊かになれるというに、何と無粋なことだろう。

おかげで外出はままならず、途中で引き返す羽目になった。夜になっても、エアコンもストーブも不要。冬の廊下の冷気も吹っ飛んだようだ。

2018年12月3日月曜日

カレンダーの日

日めくりカレンダーには、その日その日の記念日が記されている。例えば、今晩は「秩父夜祭り」(12/2~3)のメインイベントだったり、また、「カレンダーの日」という業界記念日だったりする。

「カレンダー」について、ブログに何度も記してきた。追い立てられる日々に照らしてカレンダーとの関わりを語ったり、あるいは、アメリカンポップスの「カレンダーガール」について触れたりした。

(本ブログ関連:”カレンダーガール”)

普段でも、ブログに口にするカレンダーだけど、「カレンダーの日」という記念日があることを知らなかった。ネットに検索してみたところ次のような情報を得た。

全国団扇扇子カレンダー協議会」という、「団扇(うちわ)・扇子・カレンダーの製造及び販売を行う業者で構成される任意団体」があって、カレンダー業界の団体と連携して、12月3日を「カレンダーの日」として制定したそうだ。この日に制定した理由は、かつて明治政府が官員の給料を1ヶ月削ったとしばしばいわれる、旧暦からの改暦のできごとと縁がある。協議会のホームページに、「明治5年11月9日、時の政府は『来る12月3日を明治6年1月1日とする』と宣言。23日後に」突然改暦を実施したと説明している。

でも。私にとってカレンダーは、カレンダーという外来語であり、「暦(こよみ)」といった古来から続く日常の感覚とは違う。別の感覚するカレンダーは、思い出の「ニール・セダカ(1939年3月13日~)」の歌「カレンダー・ガール」(1960年)につながる。

(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)


(Youtubeに登録のnucker2001に感謝)

2018年12月2日日曜日

百里基地航空祭(ツアー2日目)

潜伏していた「飛行機好き」の病が歳とともに再発したらしい。最近は、転地療養しかないようだ。

(本ブログ関連:”飛行機”)

この時期になると、ツアー会社は、各地の航空祭ツアーを組んで案内してくる。去年は岐阜県下で行なわれた「岐阜基地航空祭」に出かけた。今年は、(ツアー2日目に当る今日)、茨城県下で開催の「百里基地航空祭」を見学した。

(本ブログ関連:”岐阜基地航空祭”)

飛行場は、飛行機が飛ぶから滑走路があり、滑走路が長いから敷地も広い。それで、航空祭の実演を見上げる場所は広い。広いので吹きさらしになり、この時期とても寒い。逃げ場がないのだ。

目の前上空を飛翔するファントム機F-4)*が、こちらに尾部を向けた旋回の瞬間、圧倒的な排気音を受けて腹が揺さぶられる。これを繰り返されるのだから、飛行機好きにはたまらない。そして、場内のアナウンスで、操縦者の氏名と出身地が語られる。あらためて、(生身の)人が搭乗するのを知ることになる。

(*)ファントム機: ハシェット社の「エアファイター・コレクション」第1巻で紹介(これだけ購入)

航空祭には、あらゆる人びとが集う。日頃接することのない老若男女、さまざまな職種というか生き方といったらいいのかもしれない、実に多様だ。中には、飛行機好きなのかカメラ好きなのか(すごく高級な望遠カメラを持った)若い女性までいる。

前回の岐阜基地航空祭は、飛行場までたどり着くのにくたびれたが、今回はそれに比べると少しは楽だった。入り口から会場まで割合近かったからだ。とはいえ、会場に着けば、飛行場はやっぱりどでかいことを思い知る・・・結局、後半は歩き疲れて、格納庫に並んだ椅子に座って空を見上げていた。気付けば、回りは中高年ばかり。屋外用の強力な暖房機が設置されていて、そこから抜けられず、集合時間まで居座った。

2018年12月1日土曜日

JAXA筑波宇宙センター(ツアー1日目)

今日から2日間出かける。今日は「JAXA筑波宇宙センター」、明日は「百里基地 航空祭」を見学の予定。電車を乗り継いで行けない距離でないが、バスツアーによるお任せ小旅行であり気楽に巡りたい。

感想は明日(12/2)帰宅後に追記したい。

(以降、12/2に追記)
というわけで、初日(12/1)に訪問した、筑波学園研究都市にある「JAXA筑波宇宙センター」の見学について追記する。といっても、一般公開の展示物をざっと見る限りだが・・・それにしても驚いた。

展示物「こうのとり」
テレビ画面や、PCのYoutube画面の中で納得していた勝手なイメージが破られた思い。展示館に置かれた人工衛星、実験棟、輸送機器などが、今まで想定していたサイズと全くの大違いだった。

「国際宇宙ステーション(ISS)」との物資補給をした、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」の展示物に近寄ったとき、初めは気付かなかったほど巨大なサイズだ。頑丈そうな構造物(試験モデル)を見上げて考えた、もしかしたら「こうのとり」ではと・・・。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

そのとき、展示館の見学ツアーに行き合わせて、そばで聞かせていただいた。解説者が「こうのとり」をさしながら、< このサイズのものをフェアリング部に収納する「HⅡBロケット」の大きさが想像できますね > と解説された。なるほど、トン(t)クラスの搭載物を運ぶ「HⅡBロケット」の圧倒的なスケールにも、合わせて実感した気がした。重力を超えて飛び上がることを考えれば、「こうのとり」が頑丈に見えても当然という次第。

外部広場には、HⅡBの前世代であるが、「HⅡ」ロケットの実機も展示されている。また後継の「HⅢ」ロケットの登場も待ち遠しい。

そうそう、小市民らしいお土産も買った。

2018年11月30日金曜日

年賀状をどうしようか

今月も残り一日。月別カレンダーから今月分をいさぎよくはがした。すると12月分が一枚ぶらさがっているだけ。ヘラヘラと横揺れする。1年の終わりの月の何と力なさよ。

書店には、来年の家計簿、手帳など積まれている。最近の変化に「年賀状」が減ったためか、年賀状ソフト本も少なくなって見える。若者はメールという手段があり、高齢者は交流範囲が狭まったせいか、年賀状の発行は2003年をピークに下降の一途をたどっているそうだ。
(参考)「年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)」(8/31

昔は、人脈の継続や確認の意味合いもあって年賀状交換をした。ところが、社会の流動性が増すと一年に一度の年賀状ではフォローできなくなる。個人情報の取り扱いが厳格になって、年賀状はますます私的空間の交換に変質してきた。個人の住所を記載した社内名簿なんていうものはとっくに存在しない。世間から名簿が次々消えた。

正月はプライベートな家庭行事になっている。(古風なしきたりを重視する社会でないかぎり)年始の挨拶にうかがうことは滅多にない。時代が変わった。そんなわけで年賀状の衰退は続くだろう。

ただし、特に親しい若者の間でグリーティング・カードを送るようになるかもしれない。(ハロウィンののりで!)

2018年11月29日木曜日

Yiddish語 2018秋-9

PCの会話ソフトを使って練習するに、何かよい方法はないだろうか。ソフトの声と自分の声を重ねて聞きたくて、ヘッドホンとマイクを組み合わせたヘッドセットを探して購入した。安価だったせいか、発した声が遅れて耳に入ってくる。結局、道具に頼らず、今は音声速度を調節して練習している。これは意外とよい。運動前のストレッチのような具合だ。

イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。

そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。

当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。


(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。

(本ブログ関連:”オオカミ”)

「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)

2018年11月28日水曜日

ウォーキング教室(第1回)

ものごとを始めるには、きっかけが必要だ。それも、みんなと一緒に始められればなおよい。そんなとき「ウォーキング教室」のイベントがあって参加した。講師は、NTTの病院でリハビリテーション科に勤務する医療保健学博士の安川生太氏だ。

健康を気にかけて、以前、中高年向け「健康教室」に毎週通ったことがある。私にはだいぶきつく、帰宅するとぐったりしていた。そんなとき、新しく始める会話教室が翌日に当ることになり、健康教室の方を中断してしまった。疲れ具合から、予習もままならないだろうと判断したからだ。
今は、唯一運動らしいものといえば、都心の会話教室に通うことくらい。運動不足をひしひしと感じ、ウォーキングを始めようかと思いついた次第。

今日の教室には、平日午前中となれば集うは中高年ばかり。みな同じような具合を抱えているのだろう。第1回目は、座学と軽い運動をした。
・「元気な身体」: 無理のない姿勢作りについて解説いただき、基本的なストレッチを実践した。(「軽い」はずだったのに、帰宅すればやがて疲れが出てくる)
・「運動機能を保つ」: 歩く際の運動量の目安を解説いただいた。(運動メニューごとに数値があって、「メッツ」という単位量が付されていた)
・「ウォーキング・シューズ」: チェックポイントについて解説いただいた。(① 靴ひもで締める、② かかとが硬いこと、③ 靴底の曲がり位置が足指手前であること)を教えてもらった。

いろいろと興味深い話題があった。次のような事例があったそうだ。「昔のイギリスのバスで、座って運転する運転手と、車内を動いて切符を切ったりする車掌が、その後に心臓病にかかる割合について、運転手の方が車掌より多かった」そうだ。とにかく運動しなさいとアドバイスをいただいた。

2018年11月27日火曜日

科学番組と雑誌

テレビの科学番組でお気に入りは、NHKの「サイエンス ZERO」だろう。最新科学情報を一般向けに分かりやすく解説してくれる。科学に精通したライターや番組担当者と女性アシスタントを含めてナヴィゲーターと呼び、番組テーマに関係する科学者や技術者がその都度ゲスト出演する。びっくりするようなテーマをよく見つけて説明してくれる。しろうとは、そのたび驚くやら感心する。

科学趣味の者には、番組のアシスタントの女性タレント・俳優にも関心がある。初期に出演の「眞鍋かをり」に始まり、「安めぐみ」、「南沢奈央」、「小島瑠璃子」に至るまで、一も二もなく賛意を示す対象となる。彼女たちが、他の番組に出演しているのを見ると、ついつい頑張れと口にしてしまう。間違いない応援対象である。

雑誌「Newton」も応援対象である。この月刊誌が初めて発行されたとき、日本もついにこのようなグラフィック科学雑誌を出版する時代になったと喜んだ。アメリカの「サイエンティフィック・アメリカン」の信頼性と、「ナショナル・ジオグラフィック」の見やすさを合わせ持った雰囲気がした。その精神は今も続いているようだ。最新の、2019年1月号には、大型の2019年カレンダーが付録に付いている。ISS(国際宇宙ステーション)から日本列島の夜景を水平に眺めることができる。特集は、人類の進化「サピエンスのすべて」だ。

昔、科学雑誌といえば、専門家向けに孤峰を誇る岩波書店の「科学」があり、それを追随するように中央公論社の「自然」があった。一般向けには、朝日新聞社の「科学朝日」や読売新聞社の「科学読売」などがあった。その後、日本経済新聞社から日本語版「サイエンティフィック・アメリカン」(現「日経サイエンス」)と、「ナショナル・ジオグラフィック」が発行されると、「自然」、「科学朝日」、「科学読売」などは次々廃刊していった。一般向け科学雑誌には、見せ方が必須と知らされた。
「Newton」は、科学記者が記事作りするものと一線を画していた。グラフィカルなセンスと直感的な分かりやすさの同居なのだ。

ところで、科学者は、「ウォーキング・ディクショナリー」と呼ばれるのを恐れる。大衆受けするタイトルで書籍を出すかどうかが分かれ道のようだった。
今はそんな時代でなくなった。講談社の科学新書「ブルーバックス」が、科学読み物の普及と基盤を作って安定しているし、最近、ソフトバンク系列の出版社から同様の「サイエンス・アイ新書」が出て賑わっている。DTPなど出版のし易さもあって、後は資本力だけなのかもしれない。それにしても、いい雰囲気の時代だ。

2018年11月26日月曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

イ・ソンヒの冬の歌に「キョウル エサン(겨울 애상)」がある。タイトルの「冬(겨울:キョウル)」に続く「애상:エサン」には、「哀想」と「哀傷」の意がある。DONG・A’S「Prime」の韓日電子辞書によれば、
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。

ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。

「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。

漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。

(本ブログ関連:”冬哀傷”)


(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2018年11月25日日曜日

(雑談)思い込み

思い込みほどやっかいなものはない。

インド領「アンダマン・ニコバル(Andaman and Nicobar)諸島」*にある「北センチネル島North Sentinel Island)」に上陸した米国人宣教師が、外界との接触をかたくなに拒絶してきた住民によって命を無くしたという。(AFP通信「AFPBB」(11/24)記事より)

(*)アンダマン・ニコバル諸島: 思いのほかミャンマー(ビルマ)の南沖に近い。

インド政府は、北センチネル島の住民の意思を尊重して(現代人側から病気感染させぬ配慮などで)、今も接近することなく彼らの生き方に任せているという。現代人と違った、自然と融合した独自の世界観をまるごと保護・尊重しているようにも見える。

大航海時代、領土的な野心を満足できる広大でかつ充分な自然産物があれば、とっくに植民されていたことだろう(結果、島民は歴史から知られることなく消え去ったかもしれない)。幸い、現代は宗教に名を借りた侵食や、進化論的な支配を正当化しない。インターネットは、無謀な行動をすぐに世界に知らせ、多くの目で判断することができる。

善意は、他者の自然観、信仰、言語、生活様式、暦行事といった、あらゆる文化を奪い去るかもしれない。これからも、残念なことだが、心配りもない正義や思い込みから無謀な行動が続くだろう。

2018年11月24日土曜日

「年末ジャンボ」の行列

「宝くじ」は、「誰かが当っている」という事実から、次は自分の番かもしれないと空想や期待をふくらませる。

銀座にある宝くじ売り場の行列は有名。一等の当り券がよく出る店であり、夢に限りなく近づける場所だ。とはいえ、当選に見合うだけ、大量に売っているからだろうけど。

どんな人たちが並んでいるのだろう。毎年、大型の宝くじのたび来ているのだろうか。大金が腐るほどあれば、私もこの列に紛れ込んでいたかもしれないけど。

「宝くじが当ったら」という話題に、何に使うか?とか、 ひと(他者)に話すか?といったものがある。昔は、鉱物採集で遠隔地に行くのに便利なキャンピングカー欲しいなんて思い描いた。ひと(他者)に話すのは危険などと思ったが、すべて妄想。そして今は、出歩く距離が縮まったせいで、宝くじ売り場に行くこともない。一等当選の夢を見ることもない。

宝くじは、落語「芝浜」のような人情のあるよい出会いをするわけじゃない。ありがたみも分からぬ大金は、結局身を持ち崩すんじゃないかと、見上げながらも止めとこうと思うのであります。

2018年11月23日金曜日

勤労感謝の日 2018(大学祭)

今日は収穫を感謝する宮中の祭祀「新嘗祭」であり、一般に勤労を感謝する祝日「勤労感謝の日」として知られる。アメリカの「感謝祭」(11月第4木曜日)と同様、収穫に感謝する。
ゆるい陽射しの中、先日(11/19)のブログで触れた、東京外国語大学の「第96回 外語祭」に出かけた。午後3時過ぎ、構内は大勢の客であふれていた。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”、”外語祭”、”学園祭”、”大学祭”)

まず人混みを避けて、会場奥手から覗くことにした。中央アジアのウズベキスタンやキルギスタン方面に関心ある学生たちが開く売店や展示イベントを訪ねた。

現地留学した学生が収集した、ソ連時代のピンバッチが多数販売されていた。その中にロシア・ソ連の詩人「セルゲイ・エセーニン」のものがあって購入した。なるほど詩人の人気振りがうかがえる・・・でも、どんなタイミングで着用するのだろう。

(本ブログ関連:”エセーニン”)

また、学生たちが保存・管理しているキルギスの民が草原で使用する(テント中央に支柱を用いない)移動式住居「ユルタ」に入って、住居の解説を聞く。合わせて、ウズベキスタンの二弦楽器「ドゥタール」他の演奏を聴く。(素朴な伴奏楽器の気がしたが・・・Youtubeを「uzbek dutar」で検索すれば凄い)

ところで、回廊施設下に展開された数ある屋台のなかで、チェコ関係の売店があり、なぜかポーランドのホットチョコを売っていた。ホットチリペッパーを足して飲む。売り子の学生から、昨年、イディッシュ語を学んだと話を聞いた。

次に、ポーランド関係の売店で、代表的な菓子であるラズベリージャム入りのドーナッツ「ポンチキ」を求めて食べてみれば、どこかで口にした記憶がよみがえる・・・というか、日本で当り前に口にする菓子だと思った。

(余談)
菓子ポンチキは、Wikipediaによれば「ポンチェック」の複数形とある。関係ないけど、韓国にトロットから派生したというべき元気な音楽に「ポンチャック」がある(歴史から消されそうで心配・・・Youtubeでご覧あれ)。歌手のイ・パクサを見るたび、ジャンルは違うが、千葉県の「ジャガーさん」を思い出す。

2018年11月22日木曜日

Yiddish語 2018秋-8 (小雪 2018)

今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。小雪とは名ばかり?で、小雪が降ることもなく、また寒くもなかった。天気予報で、雨が降るとされ、昼過ぎ ⇒ 午前中とその時刻が変わっていったが、実際は昼にわずか小雨がぱらついただけで心配するほどもなかった。体が冬のモードに慣れてきたのかもしれない。イディッシュ語教室へ出かけた。

(本ブログ関連:”小雪”)

イディッシュ語の授業は、先生の工夫をいただき楽しく進められた。イディッシュ語だけの授業で、知った単語がいくつか聞こえてくると何だか理解した気になってしまう。・・・気楽というか、呑気というか。

ユダヤ教の行事である(エルサレム神殿奪回を記念する)「ハヌカ」の祭りで、子どもたちの祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」(Chanukah oy Chanukah)について学んだ。① ハヌカの遊びの独楽(ドレイドル)回し、② じゃがいも料理の「ラトケス」、③ 8本のローゾクに火を灯すことなど解説を聞く。

ハヌカの行事は、今年(2018年)は12月2日~10日、来年(2019年)は12月22日~30日に当り、くしくもキリスト教のクリスマス時期と重なる。そのため、このユダヤ教の祝いに、クリスマスのように子どもたちが楽しむ工夫があるとのこと、そんな説明をいただいた。

最後に、ユダヤ教のさまざまな行事カレンダーについて聞く。イディッシュ語を理解するため、その歴史と精神文化の背景を知ることが大切と今更ながら確認する。その広さと厚さを、ちょっとだけかいつまんだに過ぎないが、もっともっと知りたい想いがする。

(追記)
教室の帰り道、お茶ノ水駅に出て古本屋巡りしたが、若いころのような興奮が湧かない・・・とても残念なこと。途中、映画資料の豊富な古本屋で、新宿にあった日本アート・シアター・ギルド発行の雑誌「アート・シアター」(15号)特集の「僕の村は戦場だった」(監督アンドレイ・タルコフスキー)を購入した。

(本ブログ関連:”僕の村は戦場だった”)

2018年11月21日水曜日

(雑談)通り道で二つのこと

陽が傾くころ外出した。西陽のまぶしい通り道を一匹の若い猫が悠々と横切った。視線を歩みのまま保ち、周囲に臆することはない。堂々とした振る舞いだ。小型トラックが迫って来ても一瞥もしない。むしろトラックの方が、猫の渡り切るタイミングに合わせてスピードを緩めた。

よく、夜行動物が夜道に飛び込み、自動車のヘッドライトに照らされて足が止まることがある。光に反応して硬直するからといわれる。夜も行動する猫だが、明るい日中の行動は動じることがなく動き続けるように見える。たいしたものだ。

横丁を曲がったとき、狭い道幅いっぱいにトラックが止まっているのが見えた。ある住宅の解体工事中で、その廃材をトラックに積み込んでいる最中だった。何度か通ったことのある道なのに、以前どんな家があったか検討もつかない。考えてみれば、そんな例はしょっちゅうだ。

トラックの横を通り過ぎようとしたとき、荷台の上と下で二人の男が大声で話していた。でも言葉が聞き取れない。ヘルメットを深く被っていたので気付かなかったが、どうやら彼らは外国人だった。最近、工事現場で外国人労働者が働いている光景をよく目にするようになった。

日本が将来どうなろうとも、はっきりいえることがある。猫は昼間に悠々と道を横切るだろう。

2018年11月20日火曜日

狐(キツネ)と人と北海道

北海道のキツネといえば「キタキツネ」を思い出す。私の若いころ、フィールドに入ってキタキツネを観察した獣医師がおり、結果としてキタキツネの写真家となった竹田津実氏の写真集がなつかしい。当時、キタキツネはブームになり、親子のふれあい、幼い子キツネの成長など原野をバックに美しい写真におさまっていた。

(本ブログ関連:”キツネ”)

そのころからキタキツネに一種ロマンのようなものがあった。「キツネ」は、ヨーロッパや日本の民話に見られるような、ずるくて人をだますといった生き物ではなく、いってみれば、自然保護の指標として、動物愛護の先鞭となったのかも知れない。

インバウンドで、欧米人の観光客が増えて訪れるという「キツネ村」が東北にあって、今の時代だからだろう、やたら愛情いっぱい接して自撮りする様子をテレビなどで目にする。本来野生の動物であり、人間と敵対していた関係なのに不思議な光景だ。ロシアの実験で、キツネの飼育(家畜化)を繰り返すと、中にイヌのような毛並みに変わり、色違いの模様をするものが出現して、人になつくという。飼育者に、愛されることを無上の喜びにするという。

(本ブログ関連:”キツネにかかわる伝承の分布”、”(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?”)

ところで、山の神信仰について、東北へ行くほど「稲荷信仰(稲荷神)」が多いという。書籍「山怪」(田中康弘)によれば、北(=東北)へ行くほどキツネの話題(怪異譚)が同様に多いそうだ。その「山怪」シリーズの「参」に、北海道の場合を次のように説明している。
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北海道では狐に類する話はほとんど聞くことが出来ないようだ。キタキツネは悪さをしないのだろうか。
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(本ブログ関連:”稲荷信仰”)

北海道とお稲荷さんの関係について、朝日新聞に、米作普及の歴史的観点から説明した記事「神仏編 狐とお稲荷さん」(2017年2月24日、文と写真・塚田敏信)がある。同社らしい表現もあるが、時代経過からそうだろという感がする。(抜粋)
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稲荷を追っていたら気になることが出てきた。道内で稲荷神社の名が多いのは、道南から日本海を北上するラインと胆振日高などの沿岸部。つまり海沿いの町なのだ。稲荷の原点は“田”。なのに現在稲作が盛んな空知や上川にはむしろ少ない。どうしてだろう

水田が北に広まったのは開拓からしばらくしてのこと。それらの土地では別の神がまつられ、稲荷が根づいたのは、比較的早い時期に和人が入った海沿いの地域だった。思わぬところからも見えてくる北海道の姿。だからまち歩きは面白い。
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2018年11月19日月曜日

学園祭

来週の韓国語会話教室は、大学祭の近傍らしいため、休講と念を押された。今週水曜日(11/21)から来週日曜日(11/25)まで開催されるようで、せわしいようだ。次回の教室は月曜日(11/26)なので、重なってはいないけど。後片付けなど余波?があるせいかもしれない。

大学のある地元ローカル紙「調布経済新聞」に、「府中・東京外国語大学で学園祭 首都圏の大学祭『1位獲得』の人気学祭」(11/19)というタイトルで記事が出ている。人気ランクの情報源は、都内のイベント情報サイトによるもののようだ。今晩、教室へ向かう途中、構内通路にロープが張られたりして、それらしい動きがあるようだ。

社会人向け会話教室の縁があって、ここ数年出かけている。ほんの少しだけど、若者たちの雰囲気を知るよい機会にもなっている。

語学専攻別の学生たちによる「語劇」という演劇がある。字幕つきなので、選んで見るのも面白い。また、回廊のある中庭に、語学専攻別の学生による国別の食べ物屋台が登場する。大学独特のもので、一見一食の価値がある。

2018年11月18日日曜日

野川の源流

都心から郊外へ向かう電車の中で、急にヒンヤリさせる「武蔵野台地」らしさを気付かせる地点がある。都心と台地の高低差による気温の変化なわけで・・・と記しながらふと気付いた。今の電車は、空調が効いて窓を開ける必要がない(実際、窓は開かない)ため、若い人に分からないかもしれない。
昔の電車は、夏など車内が蒸し暑くなると、窓を開いて外の空気を取り入れたりしたので直感的に理解できたことだが・・・。

現在の都心は台地の下側に広がる。古い地名に「谷」(つまり崖の下)があれば、台地との境界を示すことになる(四谷、渋谷、下谷など)。東京の西側にある台地は奥に進めば高度が増すわけで、普段でも都心と比べて気温は低い。

そんな都心の低地をスリバチに見立てて「東京スリバチ地形散歩」(皆川典久著、洋泉社)という本がある。「多摩武蔵野編」を去年の暮に購入したが、読むだけで台地散歩に至っていなかった。(武蔵野台地の境目である崖を示す)「国分寺崖線」に沿った代表的な川(小川だが)に「野川」がある。野川の源流をたどり、湧水地を見ることにした。

といっても大げさなことではない。まちおこしの協会が主催する「野川の源流を探ろう!」に参加したのだ。国分寺駅前に集合(午前10時過ぎ)、湧水場所や史跡を巡って、日立中央研究所内の大池そばにある湧水場所で解散(12時30分過ぎ)した。次の行程だが、地図上のイメージと違って先々に起伏があり、私の足腰ではいささか難儀した。
 ・お鷹の道
 ・真姿の池
 ・史跡(武蔵国分寺跡)
 ・姿見の池  ←・・・・ 今回初見のはず?
 ・大池(日立中央研究所内) ←・・・・ 今回初見!(年2回同所公開とのこと)
あらためて、丁寧に解説いただいたスタッフの方々(同じほどの年齢とお見受けするが元気!)に感謝。

2018年11月17日土曜日

対流

街のハンバーガー屋で(ホット)コーヒーを、最初の一口飲んだとき火傷しそうになることがある。フッと息を吹きかけても冷めることはなく、コーヒーメーカーで熱せられた高温のままのようだ。思い当たる節がある。マグカップに入ったコーヒーを家庭用電子レンジで温めたときもそうで、熱さに揺らぎがないのだ。

ショップや家庭用電子レンジの湯沸しは、高温で恒温状態に暖められ、熱が(冷めないほど)均一になって「対流」がない。そのため、風味や触覚の揺らぎも発生しない。どんなも美味でも、平盤なものには魅力がない。微妙な変化があってこそ魅かれるものだ。

ところで、冬の冷え込みに部屋をエアコンで暖めたが、温もりが単調で飽きがくる。ガスストーブを加えれば、温もりに尻尾があるように室内を巡るのが分かる。対流の妙味は、変化を感じとれることだ。(あえて低速の扇風機を回したりすると埃が舞う。空気清浄機も必要になる)

均一で単調なものは苦手だ。人工的平盤さに不自然を感じるからだ。わが身四方に一律でない変化があってこそ自然であり、微妙な変化の兆しを感じとれてこそ生命力なのだと思う。ハンバーガー屋のコーヒーに、熱の微妙な揺らぎを(スマイル以外に)「0円」でサービスして欲しいなんて思ったりする。