イ・ソンヒが、愛弟子イ・スンギ主演のSBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来、九尾狐や稲荷など狐に関する故事を巡っている。
国立国会図書館のデジタルコレクションに、大正11年出版の「奇蹟ものがたり:行脚しらべ」(物集高見(もずめ たかみ)著、雄文堂, 1922年)がある。いきなり、採集話しに始まって終わる(序文も解説もない)体裁の一般向け奇談集だ。その中で、「那須野の殺生石」があり、帝(=鳥羽上皇)を迷わした九尾狐(=玉藻前)の話が次のように語られている。
なお、著者物集高見は、東京帝大教授を退官後、「在野の学者として研究に没頭し、貧窮の中で全国を行脚して約5万冊の書物を集め、さらにその総てを読破した」(Wikipedia)とある。
(本ブログ関連:”九尾狐”、”殺生石”、”安倍晴明”、”国立国会図書館”)
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「那須野の殺生石」
久寿元年(=1154年)近衛院の御宇、仙洞に一人の美女出現し玉藻と云ふやがて后となりて帝を悩したり。宮中の御騒ぎ一方ならず、投薬看護をさをさ怠りなかりしも、御悩は日々重らせ給ふのみ。依って典薬頭を召して御尋ねありけるに、御悩は御邪気に渡らせ給ふ由申上げたり。さらば陰陽頭を召せとて安倍泰成(=安倍晴明)を呼ばれたるに、泰成は急ぎ御祈祷然るべしと言上に及びたり。何故かと公卿大臣等より御尋ねありければ、さればにて候。これは日頃御寵愛なる玉藻の所為にて候玉藻前は下野国那須野(=栃木県)に住める金毛九尾の狐にて、決して人間にあらず。此の狐昔唐土にては殷の時至の后姐巳(=だっき)となり、玄宗皇帝の時には楊貴妃となり、常に美貌を装ひ、君を迷はし徳を敗り国を傾く。今や又我が朝に渡りて君を悩まし奉るなり。ゆめ御油断あるべからずと憚る所なく申上げたれば、さらばとて泰成に太山府君奉祭御幣の役目仰せ付けられければ、勅命なれば辞むに由なく御受けせり。泰成彼の玉藻前に天神地袛の幣帛をもたせ、祭文を読み立てたれば忽ち御幣を捨て原の狐となって逃げ失せたり。これが為め、君の御悩は立所に平癒しければ御感斜ならず。泰成は世にも稀なる面目を施したり。
其の後三浦介(=義明)上総介(=広常)の両将に対し、那須野狩の院宣ありければ、勅命背き難く、那須野に行きて狩しけるが、名におふ狐の事とて、天に翔り地を走ることさながら神変なり。然し此方も亦東国屈指の名将、争で獣に引けを取るべき、遂に狐を狩取って上洛す。
院には御感の余り、那須野にて狩りし時の装束を着け、当時の有様を模し見せよとの御諚ありて、赤犬一疋出されたり。依って勅に従ひ其の射止めたる模様を御覧に入れければ、実に弓矢の秘術なりと御賞めあり、其の式法を犬追物と名け後永く行はれたり。
又此の狐腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利ありたれば、これを院に献じ奉りたり、猶額にありたる白玉はこれを三浦介に、尾の先にありたる二つの針の中其の一つは上総介に賜ひ、狐をば宇治宝蔵に納められけり。那須の殺生石は即ち此の狐の霊を祀りたるものなり。
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上記の最後にある、後日談として、狐の「腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利あり」、「額にありたる白玉」、「尾の先にありたる二つの針」など知らなかった。
物語は、モデルとなった皇后美福門院(藤原得子)の美貌に対する嫉妬、寵愛による権勢の確執など背景にあったといわれるが、下野国那須野が登場するのなぜだろうか。
2015年4月10日金曜日
2019年1月4日金曜日
オール読物1月号 夢枕獏「野僮游光」
2018年4月5日木曜日
清明 2018
今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。
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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)
ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)
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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)
ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)
2011年6月12日日曜日
玄翁(げんのう)
イ・ソンヒがテーマ曲を歌う、SBSの<ファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ>「僕のガールフレンドは九尾狐」に登場する九尾狐(クミホ)は、可愛らしい無垢な存在(ミホ)に描かれている。(現在、DVDで6話まで視聴)
日本の伝説の九尾狐は、鳥羽上皇から寵愛をうけた絶世の美女玉藻前(たまものまえ)に化身するものの、陰陽師安倍泰成(安倍晴明、浄瑠璃で母親が狐であったとされる)に、その正体を暴かれる。追われた玉藻前は哀れ殺生石(せっしょうせき)となるが、最後に玄翁(げんのう)和尚にその身を砕かれる。
この物語を、青空文庫の「殺生石」(楠山正雄、児童文学者)で読むことができる。
ある秋の夜、下野(しもつけ)那須野の原に野宿する玄翁和尚をかすかに呼ぶ声があった。すると、背丈ほどの石(殺生石)のそばに玉藻前が立っていた。おのが身の犯した罪を語り始め、涙をはらはらとこぼして法力で魂の救いを願った。
「(翌朝、願いを請けた)玄翁は殺生石の前に座って、熱心にお経を読みました。そして殺生石の霊をまつってやりました。殺生石がかすかに動いたようでした。
やがてお経がすむと、玄翁は立ち上がって、呪文を唱えながら、持っていたつえで三度石をうちました。すると静かに石は真ん中から二つにわれて、やがて霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。」
話し変わって、一家に一つはある金槌(かなづち)で、頭部両端が平らなものを「玄翁」という。上記の伝説からきたといわれている。(昔、仏僧に、土木、鉱山などの技術に長けたものたちがいたようだ)
ちなみに、鉱物に「玄翁石(いし)」があるが殺生石と関係なく、図鑑「日本の鉱物」(成美堂出版)によれば、フォッサマグナより東の第三紀中新世の泥岩中からみつかる不純な方解石(炭酸カルシウム)に置き換わった「仮晶」で、形が玄翁(金槌)に似ていることから名付けられたようだ。
(本ブログ関連:”殺生石”)
(本ブログ関連:”九尾狐”←画面右下の「前の投稿」も)
★★★★★ 孫が、お気に入りの機関車トーマスの絵本を、熱心に読んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、甘い口元のペコちゃんのように、可愛い眼差しの笑顔の写真が届いた ★★★★★
日本の伝説の九尾狐は、鳥羽上皇から寵愛をうけた絶世の美女玉藻前(たまものまえ)に化身するものの、陰陽師安倍泰成(安倍晴明、浄瑠璃で母親が狐であったとされる)に、その正体を暴かれる。追われた玉藻前は哀れ殺生石(せっしょうせき)となるが、最後に玄翁(げんのう)和尚にその身を砕かれる。
この物語を、青空文庫の「殺生石」(楠山正雄、児童文学者)で読むことができる。
ある秋の夜、下野(しもつけ)那須野の原に野宿する玄翁和尚をかすかに呼ぶ声があった。すると、背丈ほどの石(殺生石)のそばに玉藻前が立っていた。おのが身の犯した罪を語り始め、涙をはらはらとこぼして法力で魂の救いを願った。
「(翌朝、願いを請けた)玄翁は殺生石の前に座って、熱心にお経を読みました。そして殺生石の霊をまつってやりました。殺生石がかすかに動いたようでした。
やがてお経がすむと、玄翁は立ち上がって、呪文を唱えながら、持っていたつえで三度石をうちました。すると静かに石は真ん中から二つにわれて、やがて霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。」
話し変わって、一家に一つはある金槌(かなづち)で、頭部両端が平らなものを「玄翁」という。上記の伝説からきたといわれている。(昔、仏僧に、土木、鉱山などの技術に長けたものたちがいたようだ)
ちなみに、鉱物に「玄翁石(いし)」があるが殺生石と関係なく、図鑑「日本の鉱物」(成美堂出版)によれば、フォッサマグナより東の第三紀中新世の泥岩中からみつかる不純な方解石(炭酸カルシウム)に置き換わった「仮晶」で、形が玄翁(金槌)に似ていることから名付けられたようだ。
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2018年12月31日月曜日
雪女
冬の怪談というか伝承に、「雪女」の話がある。次のようなストーリーだ。
吹雪のため小屋に避難した二人の木樵(きこり)が雪女に遇う。雪が静まるのを待つうち、一人は寝入り、もう一人は寝付けずにいた。そのとき、雪女が小屋に入ってきて、寝てしまった男にそっと息を吹きかけ、それを目撃した若い男には、ことを他言せぬよう約束させて消えた。翌朝、雪女に息を吹きかけられた男は死に、若い男は幸運にも生き残った。(今様にいえば、凍死であり、あるいは死の寸前の幻覚だったのかも知れない)
後に、若い木樵は、町へ奉公に行くという美しい女と出会う。それを止めさせて、二人は結ばれ、子どもたちの親となる。男は、妻の美貌を雪女に例えて喋ってしまう。そのとき、妻は「その雪女こそ私だ。他言せぬとの約束を守れなかったお前に対し、本当ならすべきことがあったが、今は子どもたちがいるので」といい姿を消した。死を免れたのだ。
雪女という超越した異類との婚姻譚であり、神話にある見てはならぬ禁忌を犯す話しでもある。後の安倍晴明の母親に当るという狐が、思いを残す「葛の葉」の別れの場面を想起する。これらが折り重なった物語だ。
(本ブログ関連:”異類婚姻譚”、”葛の葉”)
さて、この物語の舞台、東北や日本海側の豪雪地帯をイメージしていたところ、青空文庫に、小泉八雲の「怪談」集に収められた「雪女」があり、「武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた」で始まる。豪雪を背景にするには舞台が随分違う。さらに、田中貢太郎の「雪女」では、「多摩川(たまがわ)縁(べり)になった調布(ちょうふ)の在」とより具体的になっている。二人の作家は同じソースを使ったようだが、舞台が江戸(東京)に近いとは驚きだ。
そんな舞台なら、もしかしたら、私も雪女に遇える可能性がある。
吹雪のため小屋に避難した二人の木樵(きこり)が雪女に遇う。雪が静まるのを待つうち、一人は寝入り、もう一人は寝付けずにいた。そのとき、雪女が小屋に入ってきて、寝てしまった男にそっと息を吹きかけ、それを目撃した若い男には、ことを他言せぬよう約束させて消えた。翌朝、雪女に息を吹きかけられた男は死に、若い男は幸運にも生き残った。(今様にいえば、凍死であり、あるいは死の寸前の幻覚だったのかも知れない)
後に、若い木樵は、町へ奉公に行くという美しい女と出会う。それを止めさせて、二人は結ばれ、子どもたちの親となる。男は、妻の美貌を雪女に例えて喋ってしまう。そのとき、妻は「その雪女こそ私だ。他言せぬとの約束を守れなかったお前に対し、本当ならすべきことがあったが、今は子どもたちがいるので」といい姿を消した。死を免れたのだ。
雪女という超越した異類との婚姻譚であり、神話にある見てはならぬ禁忌を犯す話しでもある。後の安倍晴明の母親に当るという狐が、思いを残す「葛の葉」の別れの場面を想起する。これらが折り重なった物語だ。
(本ブログ関連:”異類婚姻譚”、”葛の葉”)
さて、この物語の舞台、東北や日本海側の豪雪地帯をイメージしていたところ、青空文庫に、小泉八雲の「怪談」集に収められた「雪女」があり、「武蔵の国のある村に茂作、巳之吉と云う二人の木こりがいた」で始まる。豪雪を背景にするには舞台が随分違う。さらに、田中貢太郎の「雪女」では、「多摩川(たまがわ)縁(べり)になった調布(ちょうふ)の在」とより具体的になっている。二人の作家は同じソースを使ったようだが、舞台が江戸(東京)に近いとは驚きだ。
そんな舞台なら、もしかしたら、私も雪女に遇える可能性がある。
2015年2月2日月曜日
狐 葛
狐について、九尾狐から葛の葉までいろいろ採集しているが、寄せ集めのことゆえ何の深化もないけれど、こんな話しがある。
(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)
「日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。
「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)
「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。
そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。
「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)
(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)
「日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。
「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)
「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。
そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。
「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)
2025年4月12日土曜日
(資料)「笈埃(きゅうあい)随筆」にある八百比丘尼
先日(4/9)の「八百比丘尼」の続き。
「江戸奇談怪談集」(須永朝彦 編訳、ちくま学芸文庫)には、江戸期の奇談・怪談について記した書物を並べ、それぞれの代表的な話題をピックアップしている。八百比丘尼を語るとき、まずあげられる資料に、桃井塘雨(ももいとうう)の「笈埃(きゅうあい)随筆」がある。
(本ブログ餡連:”八百比丘尼”)
上記 <奇談怪談集> に掲載の「笈埃随筆」の「八百比丘尼」から、ポイントを抜き出して以下に記す。
① 書き出しは、万葉集の歌から始まる。坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ:坂上郎女(いらつめ)の長女)が、万葉集編者の大伴家持に贈った相聞歌である。(この二人は後に結婚した)
「かにかくに人は言ふとも若狭道の後瀬の山(のちせのやま)*の後も逢はむ君」
後瀬山は、文字面から象徴的に(後に逢瀬するの意で)使われただけで、都びとが若狭まで足を運んだわけではないようだ**。
(*)八百比丘尼は各地を巡った最後に小浜(おばま)に戻り、「後瀬山」で入定したとされる。
(**)資料:「すさまじきもの ~「歌枕」探訪~」の「後瀬山(福井県小浜市)」
ー https://saigyo.sakura.ne.jp/nochisenoyama.html
②「八百比丘尼の父は秦道満(はたのどうまん)と申す由」とあり、秦の苗字を名乗っていて帰化系の響きを感じてしまう。また、名は堂満で、「陰陽師」(おんみょうじ)の「安倍晴明」と宿敵である「蘆屋道満(あしやどうまん)」が浮かんでくる・・・。
③ 八百比丘尼が「隠岐」まで訪れて杉を植え、「八百歳を経て後に、また来りて見ん」といったとある。上記の八百比丘尼が各地を巡った例のひとつ。
④ 伝説で、父親がある宴から不信に持ち帰ったもの(人魚の肉)を、娘が知らずひそかに食して八百比丘尼になるというのが主な展開だが、妻が食った例もある。妻は、その味覚・感触を次のように語った。
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・ 一口食した時は、味わい甘露のごとくに覚えましたるが、食し終えるや身体(からだ)蕩(とろ)け死して、夢のようにござりました。
・ 暫(しば)しの後、覚めますると、気骨は健やかに、目は遠くまで利き、耳はよう聞こえ、胸中は明鏡のように覚えまする。
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結果、妻は長寿を得て、親族七代を経ても生き続けた。「遂には若狭の小浜に至ったという」。
2013年4月22日月曜日
(資料)きつね
「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた話しがある。古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」といった。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
上品な薄紅色の裾(すそ)を引きつつ来た妻も、やがていずこかへと去る。それを偲んだ男は、「恋は皆我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて去(い)にし 子(=あのかわいい人)ゆゑに」と歌った。これは、消え去った妻への思いを夫が歌ったものであり、人形浄瑠璃の「葛の葉」に見られるように去り行く妻が残す、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とは逆だ。
日本霊異記のこの説話の最後には、彼ら(人と狐であるが)二人の間の息子の名と、その一族の姓の由来について書き加えられている。「葛の葉」で残された子が安倍晴明であるように、子孫を残す意味があることに、両説話には共通性がある。狐に、そのような時間をくだる霊力があって、信仰につながるのも分かるような気がする。
(本ブログ関連:"クミホ"、"(資料)「山海経」中の九尾狐のこと"、"お稲荷さんと油揚げ"、"玄翁(げんのう)"、"九尾の狐"、"豊川稲荷東京別院散歩"、"狐の嫁入り"、"府中市郷土の森博物館")
上品な薄紅色の裾(すそ)を引きつつ来た妻も、やがていずこかへと去る。それを偲んだ男は、「恋は皆我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて去(い)にし 子(=あのかわいい人)ゆゑに」と歌った。これは、消え去った妻への思いを夫が歌ったものであり、人形浄瑠璃の「葛の葉」に見られるように去り行く妻が残す、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とは逆だ。
日本霊異記のこの説話の最後には、彼ら(人と狐であるが)二人の間の息子の名と、その一族の姓の由来について書き加えられている。「葛の葉」で残された子が安倍晴明であるように、子孫を残す意味があることに、両説話には共通性がある。狐に、そのような時間をくだる霊力があって、信仰につながるのも分かるような気がする。
(本ブログ関連:"クミホ"、"(資料)「山海経」中の九尾狐のこと"、"お稲荷さんと油揚げ"、"玄翁(げんのう)"、"九尾の狐"、"豊川稲荷東京別院散歩"、"狐の嫁入り"、"府中市郷土の森博物館")
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