「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた話しがある。古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」といった。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
上品な薄紅色の裾(すそ)を引きつつ来た妻も、やがていずこかへと去る。それを偲んだ男は、「恋は皆我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて去(い)にし 子(=あのかわいい人)ゆゑに」と歌った。これは、消え去った妻への思いを夫が歌ったものであり、人形浄瑠璃の「葛の葉」に見られるように去り行く妻が残す、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とは逆だ。
日本霊異記のこの説話の最後には、彼ら(人と狐であるが)二人の間の息子の名と、その一族の姓の由来について書き加えられている。「葛の葉」で残された子が安倍晴明であるように、子孫を残す意味があることに、両説話には共通性がある。狐に、そのような時間をくだる霊力があって、信仰につながるのも分かるような気がする。
(本ブログ関連:"クミホ"、"(資料)「山海経」中の九尾狐のこと"、"お稲荷さんと油揚げ"、"玄翁(げんのう)"、"九尾の狐"、"豊川稲荷東京別院散歩"、"狐の嫁入り"、"府中市郷土の森博物館")