イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울 애상)」は、青い月の光に輝く水晶のように美しい。
(Youtubeに登録のyokosuka30に感謝)
韓国サキソフォン放送(KOSA-TV)のホームページの「資料室」に、この「冬哀傷」の楽譜が載っている。
ところで、韓国在住の日本人ブログにあったような記憶するが、当地のオジサンたちに人気のある管楽器といえば、サキソフォンだそうだ。
この冬、「冬哀傷」の旋律をフルートで楽しんでいる。
(本ブログ関連:"冬哀傷"、"冬哀傷(2バージョン)"、"冬哀傷(3)")
2011年12月27日火曜日
2012年2月18日土曜日
カラオケで「冬哀傷」を歌う
こんなところにあるなんて知らなかったなあ・・・という地元カラオケ店で、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」を歌ってきました。今年最初のカラオケです。
季節に合って、「冬哀傷」を趣味的にフルートで吹いてみたりしています。楽譜は、KOSA-TVの一般楽譜に登録されているものを使っています。
ところで歌の方は、まあまあのできでした。ああ、それからローカルなカラオケ店の費用は、都心と比べて驚くほどリーズナブルですね。
(本ブログ関連:"冬哀傷"、”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)
季節に合って、「冬哀傷」を趣味的にフルートで吹いてみたりしています。楽譜は、KOSA-TVの一般楽譜に登録されているものを使っています。
ところで歌の方は、まあまあのできでした。ああ、それからローカルなカラオケ店の費用は、都心と比べて驚くほどリーズナブルですね。
(本ブログ関連:"冬哀傷"、”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)
2011年3月9日水曜日
冬の景色の中で
イ・ソンヒのアルバム5集(1989年)に所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(歌詞)の作詞者で、重い病床にあるキム・ヨイル(김요일)を訪ねて、10年振りの詩集などについてインタビューしている記事が、クッキーニュース(쿠키뉴스)(3/9)に掲載されている。(チョン・チョルフン(정철훈)選任記者)
その中で、「冬哀傷」について次のように触れている。
・二十才の時の友人作曲家ソン・シヒョン(송시현)*を通じて、歌手イ・ソンヒに「冬哀傷」を献詩した彼は、ソウル教育大音楽教育科出身である。
*「冬哀傷」の作曲者と同名。
(Youtubeに登録のにdove2727感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
ところで、「故郷の歌(고향의 노래)」(作詞:김재호、作曲:이수인)という歌があるようだが、冬の庭、雁が飛んでいくといった似た始まりであるものの、こちらはどうやら冬寒い故郷を懐かしみつつ、心に暖かい思いが宿ってるようだ。
その中で、「冬哀傷」について次のように触れている。
・二十才の時の友人作曲家ソン・シヒョン(송시현)*を通じて、歌手イ・ソンヒに「冬哀傷」を献詩した彼は、ソウル教育大音楽教育科出身である。
*「冬哀傷」の作曲者と同名。
(Youtubeに登録のにdove2727感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
ところで、「故郷の歌(고향의 노래)」(作詞:김재호、作曲:이수인)という歌があるようだが、冬の庭、雁が飛んでいくといった似た始まりであるものの、こちらはどうやら冬寒い故郷を懐かしみつつ、心に暖かい思いが宿ってるようだ。
2015年2月12日木曜日
イ・ソンヒ「冬哀傷」
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(5集所収、1989年4月10日)は、冬の冴え渡る凍ったような空気に思いを吐く歌だ。そんなイメージを膨らませてくれるが、雪景と真正面に取り組んだ、何とも珍しい映像がYoutubeにあった。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
韓国MBCの画面のようで、ネットワーク(네트워크)のデザイン文字が合わせて表示され、拍手も聞こえてくる。Youtubeのタイトルは、ミュージックビデオとあるが、MBCの放送録画だろうか?
イ・ソンヒは雪降る原野をひとり行く。幻のように現れた子ども(幼い頃の自身の姿か)とも別れ、真っ白な雪原を彷徨う。画面終盤に、なぜかイ・ソンヒは雪の上に仰向けに倒れる。そこに微笑む少女がオーバーラップする。
正直言ってこの展開、相当無茶振りでないかって、そんな気がしたよ。降りしきる雪に、撮影は大変だっただろうと想像する・・・若き日のイ・ソンヒにとって、忘れられない思い出になっているかもしれない。
「冬哀傷(겨울애상)」
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
韓国MBCの画面のようで、ネットワーク(네트워크)のデザイン文字が合わせて表示され、拍手も聞こえてくる。Youtubeのタイトルは、ミュージックビデオとあるが、MBCの放送録画だろうか?
イ・ソンヒは雪降る原野をひとり行く。幻のように現れた子ども(幼い頃の自身の姿か)とも別れ、真っ白な雪原を彷徨う。画面終盤に、なぜかイ・ソンヒは雪の上に仰向けに倒れる。そこに微笑む少女がオーバーラップする。
正直言ってこの展開、相当無茶振りでないかって、そんな気がしたよ。降りしきる雪に、撮影は大変だっただろうと想像する・・・若き日のイ・ソンヒにとって、忘れられない思い出になっているかもしれない。
「冬哀傷(겨울애상)」
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
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2011年3月19日土曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」は、冬の静寂でどこまでも澄んだ情景が浮かんでくる曲だが、17年ぶりに第二詩集を上梓した詩人キム・ヨイル(김요일)が、この歌の作詞をしたきっかけ(逸話)について、Jo!nsmsnの記事(3/18)*に具体的に次のように紹介されている。(シン・ジュンボン記者)
(*)Jo!nsmsnの記事(3/18)のリンク先不明になりました。
・大学入学前、(学)籍なく放浪した20代の始め、キム氏は友人で親しい同年齢の作曲家ソン・シヒョン(송시현)氏の家に遊びに行った。ちょうどラーメンを沸かしたソン氏、素敵な歌詞一つ書かなければスープもないと脅しおいたという。差し迫ったキム氏、実際にラーメンの沸く5分の間、何かを書き散らしたし、そのようにして誕生したのが「冬哀傷」の歌詞だ。キム氏は90年に文芸誌「世界の文学」で登壇した。公式の詩人になる前すでに彼は詩人だったわけだ。
いやいや、「冬哀傷」のイメージとは似つかわしくないところで作詞されたようだ。その結果、イ・ソンヒへ献詩されることになる。「Jへ」についても同様、意外な場面で作詞されている。こちらの場合は、イ・ソンヒ自身が詩を救ったわけだが。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イニシャルJ”)
(追記)
また余震だ。随分と揺れが長く続く。東京都多摩東部は震度3だ。気象庁地震速報は次の通り。
・きょう19日18時56分ころ地震がありました。震源地は、茨城県北部(北緯36.7度、東経140.7度)で、震源の深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.1と推定されます。
★★★★★ 孫が、泣き続ける妹(孫娘)とおでこを合わせて、しげしげと見入る動画が届いた ★★★★★
・大学入学前、(学)籍なく放浪した20代の始め、キム氏は友人で親しい同年齢の作曲家ソン・シヒョン(송시현)氏の家に遊びに行った。ちょうどラーメンを沸かしたソン氏、素敵な歌詞一つ書かなければスープもないと脅しおいたという。差し迫ったキム氏、実際にラーメンの沸く5分の間、何かを書き散らしたし、そのようにして誕生したのが「冬哀傷」の歌詞だ。キム氏は90年に文芸誌「世界の文学」で登壇した。公式の詩人になる前すでに彼は詩人だったわけだ。
いやいや、「冬哀傷」のイメージとは似つかわしくないところで作詞されたようだ。その結果、イ・ソンヒへ献詩されることになる。「Jへ」についても同様、意外な場面で作詞されている。こちらの場合は、イ・ソンヒ自身が詩を救ったわけだが。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イニシャルJ”)
(追記)
また余震だ。随分と揺れが長く続く。東京都多摩東部は震度3だ。気象庁地震速報は次の通り。
・きょう19日18時56分ころ地震がありました。震源地は、茨城県北部(北緯36.7度、東経140.7度)で、震源の深さは約20km、地震の規模(マグニチュード)は6.1と推定されます。
★★★★★ 孫が、泣き続ける妹(孫娘)とおでこを合わせて、しげしげと見入る動画が届いた ★★★★★
2011年11月16日水曜日
冬哀傷
わたしには、CDだけのイ・ソラなので、人物イメージは分からなかったが、あるときソウルのホテルのテレビに彼女の姿を初めて見て、実力歌手が、中島みゆきのように別世界を持っていることに、そんなに飛んではいないけど、当たり前ながら納得した。随分と楽しそうな雰囲気ある人だった。
そんな彼女のKBS2音楽番組「イ・ソラのプロポーズ(이소라의 프로포즈)」(1998年11月 21日)に、イ・ソンヒが出演して「冬哀傷(겨울애상)」を歌っているYoutube映像がある。
冬の夜、青く輝き澄んだ空気のように、心に滲み入る追憶歌だ。
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)
そんな彼女のKBS2音楽番組「イ・ソラのプロポーズ(이소라의 프로포즈)」(1998年11月 21日)に、イ・ソンヒが出演して「冬哀傷(겨울애상)」を歌っているYoutube映像がある。
冬の夜、青く輝き澄んだ空気のように、心に滲み入る追憶歌だ。
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷(2バージョン)”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷(3)”)
2009年10月27日火曜日
冬哀傷
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」」(歌詞)がYouTubeに登録されているが、「(概要)」に「winter lament '1989' / concert clip '2002' 」と記されている。「冬哀傷」は1989年の第5集に所収されており、この映像は2002年のコンサートということなのだろう。登録者は、その歳月を伝えたかったのかもしれない。
コンサートステージでは、第5集のものと比べて透明感をまして、全体に語りかけるようにゆったりと歌われる。そして、囁くように余韻をもたせて終わるとき、聴衆はその静かなエンディングに引き込まれて、おもわず歓声をあげる。
「冬哀傷」は美しい曲だ。冬の月明かりの景観に織り込むように、凍りついた心に残る情感を歌う。
(YouTubeに登録のdove2727に感謝)
(追記)ブログ「jaghelln2002のブログ」にイ・ソンヒが「冬哀傷」を歌うかなり以前の映像がある。
コンサートステージでは、第5集のものと比べて透明感をまして、全体に語りかけるようにゆったりと歌われる。そして、囁くように余韻をもたせて終わるとき、聴衆はその静かなエンディングに引き込まれて、おもわず歓声をあげる。
「冬哀傷」は美しい曲だ。冬の月明かりの景観に織り込むように、凍りついた心に残る情感を歌う。
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(追記)ブログ「jaghelln2002のブログ」にイ・ソンヒが「冬哀傷」を歌うかなり以前の映像がある。
2014年12月11日木曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
昨日ほどでないが、今日も寒い。日増しに最低気温が下がる。一方で、南米沖に「エルニーニョ現象」が発生したという・・・暖冬になる傾向があるそうだが、寒いのが苦手な私にはありがたいけれど、自然のバランスが崩れるのは心配。暖冬といっても、東日本にも降雪の心配がある。
冬には冬らしくありたい。厳しい寒さを受けとめてこそ、青い月明かりの夜の静謐さに気付くもの。冬の澄んだ空気に響き渡る、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(5集所収、1989年)を聴いてみる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
上掲Youtube映像は、「牛浦沼(우포늪)」(慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある、いくつかの湿地群の総称)の明け方の映像だそうだ。
(Youtubeに登録のksj25374110に感謝)
冬には冬らしくありたい。厳しい寒さを受けとめてこそ、青い月明かりの夜の静謐さに気付くもの。冬の澄んだ空気に響き渡る、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(5集所収、1989年)を聴いてみる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
上掲Youtube映像は、「牛浦沼(우포늪)」(慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある、いくつかの湿地群の総称)の明け方の映像だそうだ。
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2016年11月8日火曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
一日中寒かった。それが理由ではないが、上野の国立西洋美術館で開催中の絵画展へ出かけるのをあきらめた。北方ルネッサンスのピーター・ブリューゲルと同時代のルーカス・クラナッハの作品展だ。躍動的な広がりが特徴なブリューゲルと比べて、どちらかといえば静的な絵柄が印象的だ。特にクラナッハらしい描き方の、「ヴィーナス」*(1532年、シュテーデル美術館蔵)の釣り目がちな視線がいい。北方ルネッサンスの女性像は、イタリア・ルネッサンスのふくよかさと比べて、独特な繊細さがある。
(*) 「ヴィーナス」:リンク先のYoutubeで語られているドイツ語は分かりませんが。音声ガイドか?
(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)
ちなみに、「芸術新潮」今月(11月)号はクラナッハ特集をしている(同誌では「クラーナハ」と呼ぶ)。後日、美術展にうかがい実見したら、あらためて感想を記したい。
そんなわけで、寒さをいいわけにするのではないが、冬らしい曲を聴きたい。イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、冬の夜に月明かりする庭のように冷え冷えした心象を歌う。ちょっと漢詩的な雰囲気もする。創作のきっかけはユニーク。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
次のYoutube映像は、慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある「牛浦沼(うぽぬま、우포늪)」だそうだが、墨絵のような光景が美しい。(資料:”Koreana”(日本語版)AUTUMN 2009 VOL.16 NO.2)
(Youtubeに登録のLinon Medien、ksj25374110に感謝)
(*) 「ヴィーナス」:リンク先のYoutubeで語られているドイツ語は分かりませんが。音声ガイドか?
(本ブログ関連:”北方ルネッサンス”)
ちなみに、「芸術新潮」今月(11月)号はクラナッハ特集をしている(同誌では「クラーナハ」と呼ぶ)。後日、美術展にうかがい実見したら、あらためて感想を記したい。
そんなわけで、寒さをいいわけにするのではないが、冬らしい曲を聴きたい。イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、冬の夜に月明かりする庭のように冷え冷えした心象を歌う。ちょっと漢詩的な雰囲気もする。創作のきっかけはユニーク。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
次のYoutube映像は、慶尚南道昌寧郡の洛東江が流れる近くにある「牛浦沼(うぽぬま、우포늪)」だそうだが、墨絵のような光景が美しい。(資料:”Koreana”(日本語版)AUTUMN 2009 VOL.16 NO.2)
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2011年10月4日火曜日
冬哀傷(3)
日毎、秋一番の冷え込みが伝えられる。このまま冬に滑り込んでしまうのではないかとさえ思う。
毎日jpによれば、「冬型の気圧配置になった影響で、3日朝の(北海道)道内は各地で冷え込みが強まり、北海道旭川市では1888(明治21)年の観測開始以来2番目に早い初雪が観測された。」(10/4)という。今年は全国的に冬の到来が、例年に比べて早いのだろうか。
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞)は、静まりかえった冬の世界、青い月の光と青く凍った心を美しい旋律にのせて歌っている。それは、月明かりに照らされて静かに立つ彫像を見るようでもある。美しい曲だ。
「冬哀傷」は今も親しまれる名曲で、Youtubeにいくつもの登録がある。次の映像は彼女のいつ頃のものだろうか。
(Youtubeに登録のyokosuka30に感謝)
(本ブログ関連:"冬哀傷")
★★★★★ 孫が、変身ベルトを腰に巻き、右手を高く突き上げて得意そうな顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ビニールおもちゃの飛行機の翼を口にくわえ、メルちゃん人形と遊ぶ写真が届いた ★★★★★
毎日jpによれば、「冬型の気圧配置になった影響で、3日朝の(北海道)道内は各地で冷え込みが強まり、北海道旭川市では1888(明治21)年の観測開始以来2番目に早い初雪が観測された。」(10/4)という。今年は全国的に冬の到来が、例年に比べて早いのだろうか。
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞)は、静まりかえった冬の世界、青い月の光と青く凍った心を美しい旋律にのせて歌っている。それは、月明かりに照らされて静かに立つ彫像を見るようでもある。美しい曲だ。
「冬哀傷」は今も親しまれる名曲で、Youtubeにいくつもの登録がある。次の映像は彼女のいつ頃のものだろうか。
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★★★★★ 孫が、変身ベルトを腰に巻き、右手を高く突き上げて得意そうな顔をしている写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、ビニールおもちゃの飛行機の翼を口にくわえ、メルちゃん人形と遊ぶ写真が届いた ★★★★★
2018年11月26日月曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
イ・ソンヒの冬の歌に「キョウル エサン(겨울 애상)」がある。タイトルの「冬(겨울:キョウル)」に続く「애상:エサン」には、「哀想」と「哀傷」の意がある。DONG・A’S「Prime」の韓日電子辞書によれば、
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。
ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。
「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。
漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。
ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。
「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。
漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
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2016年1月2日土曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(1989年)は、同じ5集所収のアピール性の強い「五月の陽射し」と比べて追想的だ。こころの痛みは、思い出そうとしてのことではない。ある瞬間、あるきっかけで、突然こころによみがえる。隠していたものが、冬の夜の月明かりに照らし出されてしまう。「冬哀傷」は、そんな凍りついた心を哀切に歌う。
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”五月の陽射し”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録の나무하나に感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”五月の陽射し”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
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2014年1月20日月曜日
大寒2014 (冬哀傷)
今日は二十四節気最後の節気「大寒」である。次は二十四節気の最初に戻り、「立春」(2/4)となる。大寒は最も寒い時期といわれるが、ようやく一年の季節が一区切りされ、最終章を迎えたと考える方が先立つ。立春まで、ひと我慢である。
夕方の5時頃には陽が暮れて、一日が短くせわしく感じられたが、最近は5時過ぎでも薄明かりして余裕が出てきた感がある。夏のように、午後7時を過ぎても昼間の余韻が残っているのが理想だ。それなら、「白夜」なんか最高だろう・・・と思っても、その反対に「極夜」があって、うまい具合に我がまま通りにならない。地球が地軸を傾けて公転しているからだ。
寒い夜には、熱いラーメンがうまい。といっても、最近、夜食がきつくなってきた・・・。
ともあれ、ラーメンができあがるまでの時間に作詞したという逸話がある、5集所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聴いてみよう。まるで、氷世界が共振するような、透明感あふれる旋律も素晴らしい。そして、イ・ソンヒの安定感ある歌に聞き惚れる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
夕方の5時頃には陽が暮れて、一日が短くせわしく感じられたが、最近は5時過ぎでも薄明かりして余裕が出てきた感がある。夏のように、午後7時を過ぎても昼間の余韻が残っているのが理想だ。それなら、「白夜」なんか最高だろう・・・と思っても、その反対に「極夜」があって、うまい具合に我がまま通りにならない。地球が地軸を傾けて公転しているからだ。
寒い夜には、熱いラーメンがうまい。といっても、最近、夜食がきつくなってきた・・・。
ともあれ、ラーメンができあがるまでの時間に作詞したという逸話がある、5集所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聴いてみよう。まるで、氷世界が共振するような、透明感あふれる旋律も素晴らしい。そして、イ・ソンヒの安定感ある歌に聞き惚れる。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面”、”冬哀傷”)
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
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2013年11月8日金曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
名曲とは不思議なもので、イ・ソンヒの「Jへ」は作者がその曲の扱いに苦悶していたときに偶然出会ったことによるし、また5集所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)は思いもかけないかたちでできあがったものだ。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
この時期になると、美しく透明感のある「冬哀傷」の余韻にひたりたくなる。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
この時期になると、美しく透明感のある「冬哀傷」の余韻にひたりたくなる。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)
2010年11月26日金曜日
冬哀傷(2バージョン)
冬の夜、しんしんと寒さが深まれば、イ・ソンヒの透き通った声の「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞)に耳を傾けたくなる。この歌には、情景を深く彫ることで、情を浮かび上がらせるような、どこか漢詩的な世界を想像したくなる。
Youtubeに、2つのバージョンがある。1990年のモントリオール室内管弦楽団の演奏とともに歌った元気さに溢れるバージョンと、しっとりと情感を漂わせる2002年のコンサートのバージョンである。
来年2011年2月にカーネギーホールで開かれる彼女のコンサートは、まだまだ寒い(2月平均気温:最低-2.2℃、最高5℃)頃なので、この「冬哀傷」が曲目に入るだろうか。
ニューヨークへ行きたしと思えども、ニューヨークはあまりに遠し。(いろいろな意味で)
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”モントリオール”)
(Youtubeに登録のKnightmareSM、dove2727に感謝)
Youtubeに、2つのバージョンがある。1990年のモントリオール室内管弦楽団の演奏とともに歌った元気さに溢れるバージョンと、しっとりと情感を漂わせる2002年のコンサートのバージョンである。
来年2011年2月にカーネギーホールで開かれる彼女のコンサートは、まだまだ寒い(2月平均気温:最低-2.2℃、最高5℃)頃なので、この「冬哀傷」が曲目に入るだろうか。
ニューヨークへ行きたしと思えども、ニューヨークはあまりに遠し。(いろいろな意味で)
(本ブログ関連:”冬哀傷”、”モントリオール”)
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2017年12月19日火曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
冬になれば、このブログで必ずとりあげる曲に、イ・ソンヒの 5集所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)がある。彼女の美しく澄み切った声は、冬に、凍てついた傷心の女性を見事に歌いきっている、と同時に、この作品作りの背景に、いかにも若者らしい作詞家と作曲家による、ラーメン作りがきっかけになっていたという、そのアンバランス振りがついつい頭に浮かんでしまう。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
ファンは、この曲想をもとに、晴れ渡った青空と純白の大地といった、美しい冬の雪景色をバックに、この曲をYoutubeに登録するようだ。多分、女性の心情がなせるわざだろう。でも、コンサートで歌うイ・ソンヒの姿を聞きたいのが、おじさんの心情でもあるよ。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
ファンは、この曲想をもとに、晴れ渡った青空と純白の大地といった、美しい冬の雪景色をバックに、この曲をYoutubeに登録するようだ。多分、女性の心情がなせるわざだろう。でも、コンサートで歌うイ・ソンヒの姿を聞きたいのが、おじさんの心情でもあるよ。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録の526apolloに感謝)
2012年10月29日月曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
冬の夜中、熱々のインスタントラーメンがうまくなる。できあがるのに3分間というけれど、茹でたりして調理すれば5、6分間はかかるだろう。そんな短時間に友人が作った歌詞を受けて後、作曲家が作り上げたのが、何とイ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞、1989年、5集:作詞キム・ヨイル(김요일)、作曲ソン・シヒョン(송시현))だ。
冬の夜、青い月の光を受けて、凍える心・・・イ・ソンヒの澄んだ声が冷たい冬の空気に共鳴するようだ。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面"、"アルバム紹介:イ・ソンヒ 4集+5集(All That Masterpiece)")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
冬の夜、青い月の光を受けて、凍える心・・・イ・ソンヒの澄んだ声が冷たい冬の空気に共鳴するようだ。
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面"、"アルバム紹介:イ・ソンヒ 4集+5集(All That Masterpiece)")
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2014年10月21日火曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
まだ秋が終わらないというに、ストーブは入れるし、厚着して、去年よりも早く冬に向けて身支度している。年々早まる(歳とともにそう感じるのだろうけれど)、冬の気配を恨み、暖かい春を待ち望んでいる。
ここ数年、雪の積もり方がおかしい。雪融けに、2階の屋根から塊りがドスンと落ちるついでに雨樋(あまどい)を2度も破砕している。また、玄関先を雪掻きしたばかりなのに、すぐに屋根から雪が落ちてうず高く積もる。そこで、雪国のものと思っていた雪止めの必要性を感じ、業者さんに取り付けてもらうことにした。温暖化といわれながら、雪の量が極端過ぎる。
気分一新、美しく澄んで輝き、やがて消える雪の結晶のような儚(はかな)い恋歌、イ・ソンヒの5集に所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聞いてみよう。この歌にハッとしてわれに返り、冬へのわだかまりも溶けるというもの。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)
ここ数年、雪の積もり方がおかしい。雪融けに、2階の屋根から塊りがドスンと落ちるついでに雨樋(あまどい)を2度も破砕している。また、玄関先を雪掻きしたばかりなのに、すぐに屋根から雪が落ちてうず高く積もる。そこで、雪国のものと思っていた雪止めの必要性を感じ、業者さんに取り付けてもらうことにした。温暖化といわれながら、雪の量が極端過ぎる。
気分一新、美しく澄んで輝き、やがて消える雪の結晶のような儚(はかな)い恋歌、イ・ソンヒの5集に所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聞いてみよう。この歌にハッとしてわれに返り、冬へのわだかまりも溶けるというもの。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)
2013年1月12日土曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
冬の青い月明かりに照らされた後姿は、ピンと張りつめた影を引きずる。夜の冷気は、熱い想いを凍らせて、再び触ることのできない、繊細なガラス細工のように結晶と化してしまう。そんな少女の心を、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(アルバム5集、1989年)は歌う。
おじさんはこの冬、ただ冷え冷えしているだけだが、この歌の美しさに魅かれ、Youtubeで何度も聴いてしまう。
(本ブログ関連:"冬哀傷")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
おじさんはこの冬、ただ冷え冷えしているだけだが、この歌の美しさに魅かれ、Youtubeで何度も聴いてしまう。
(本ブログ関連:"冬哀傷")
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)
2015年11月5日木曜日
イ・ソンヒ「冬哀傷」
久し振りに公園に寄った。紅葉は3分ほどか。それでも、一部に葉がすっかり枯れて、風に舞わせているものもある。樹下に積もって絨毯となり、幼児たちが持ち上げては舞い散らす。おもしろくて、うれしくて、何度も何度も楽しんでいる。
公園の紅葉が染まりきれば、いずれ雪景色、純白の世界になる。雪が珍しい幼ない子どもたちは再び、枯葉のときのように舞い散らすことだろう。風景が好奇心の対象でしかない、世界を感性で理解するのだから、うらやましい。
大人になると思い入れが深く、雪景色も感傷の舞台になる。きらめく澄んだ歌声を聞かせる、イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(1989年)は、聴くものをそんな世界に同化させる。でも、美しいこの作品ができたのは、ソン・シヒョンの家で、熱い即席ラーメンを作る最中だったなんてことは・・・。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
(Youtubeに登録のnaperboyに感謝)
公園の紅葉が染まりきれば、いずれ雪景色、純白の世界になる。雪が珍しい幼ない子どもたちは再び、枯葉のときのように舞い散らすことだろう。風景が好奇心の対象でしかない、世界を感性で理解するのだから、うらやましい。
大人になると思い入れが深く、雪景色も感傷の舞台になる。きらめく澄んだ歌声を聞かせる、イ・ソンヒの5集所収の「冬哀傷(겨울 애상)」(1989年)は、聴くものをそんな世界に同化させる。でも、美しいこの作品ができたのは、ソン・シヒョンの家で、熱い即席ラーメンを作る最中だったなんてことは・・・。
星明かりに澄み映える 私の悲しい顔よ
雁が鳴きながら 飛び去る 空を 見る
懐かしさ雪のように積もり 丘を転がり超えて
青い月明かり 降り注ぐ 私の空っぽの 庭に
*
風は木の葉を 吹きたてて 消えたが
なぜ痛く懐かしい小船は 私の胸に浮かんでいるのか
消すことが できないのか
冬になるとよみがえる姿
青く冷たい 私の愛
凍ってしまった悲しい後姿
(*以下繰り返し)
凍ってしまった悲しい後姿
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