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2017年12月30日土曜日

2018年賀状

今日になって、ようやく来年(2018年)の年賀状を作成、投函した。年賀状ソフトを使う作業にもかかわらず、ずるずる先延ばししたのに理由はない。ただ怠け者でしかなくて、小学生の夏休みの宿題のようなもの・・・ぎりぎりにならないと着手できないといった習性はいまだ変わらない。

(本ブログ関連:”年賀状”)

2018年の年賀状
来年の干支(えと)は「戌年」だが、<いぬ> のイメージをそのまま年賀状にイラストすると、子どもっぽくなってしまう。そこで、「戌」の字の隷書体を12個(=12ヶ月)並べて来年を表してみた。
ちょっと大人っぽくなったかもしれない。けれど、黒色の文字だけで構成すると、(うっかりすると、喪中案内になってしまい)年賀状らしくない。挨拶だけ色付けしたのだがどうだろうか(年賀状の体裁として不穏当かもしれないと気になるところ)。

できあがった年賀状を郵便ポストへ投函したら、急にホッとして、近くの本屋に寄ってみた。地元散歩に楽しい、<ブラタモリ> 風の観察ができる新刊書「凹凸を楽しむ  東京『スリバチ』地形散歩  多摩武蔵野編」(皆川典久著、洋泉社)を入手。「スリバチ」(段丘面の谷地(やち)、窪地)について、日ごろ行きなれたのエリアをもう少し広げたくなる。正月散歩に携帯しよう。

2018年11月30日金曜日

年賀状をどうしようか

今月も残り一日。月別カレンダーから今月分をいさぎよくはがした。すると12月分が一枚ぶらさがっているだけ。ヘラヘラと横揺れする。1年の終わりの月の何と力なさよ。

書店には、来年の家計簿、手帳など積まれている。最近の変化に「年賀状」が減ったためか、年賀状ソフト本も少なくなって見える。若者はメールという手段があり、高齢者は交流範囲が狭まったせいか、年賀状の発行は2003年をピークに下降の一途をたどっているそうだ。
(参考)「年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)」(8/31)

昔は、人脈の継続や確認の意味合いもあって年賀状交換をした。ところが、社会の流動性が増すと一年に一度の年賀状ではフォローできなくなる。個人情報の取り扱いが厳格になって、年賀状はますます私的空間の交換に変質してきた。個人の住所を記載した社内名簿なんていうものはとっくに存在しない。世間から名簿が次々消えた。

正月はプライベートな家庭行事になっている。(古風なしきたりを重視する社会でないかぎり)年始の挨拶にうかがうことは滅多にない。時代が変わった。そんなわけで年賀状の衰退は続くだろう。

ただし、特に親しい若者の間でグリーティング・カードを送るようになるかもしれない。(ハロウィンののりで!)

2018年9月19日水曜日

回礼者から年賀郵便へ

先日、若者向け文具店を覗いたら、来年の手帳がずらりと並んでいた。気の早いもので、少し秋の風を受けて、これから先を考える気分になったのに合わせて売り出したのだろう。若者は、もう来年のスケジュールが気になっているのだろうか。

そんなことに感心しながら、別フロアにある「100円ショップ」を巡ると、店頭に来年のカレンダーが置かれていて、数がはけているように見えた。こちらは安価なので面白半分に買っているのかもしれない。

来年といえば、気が早いが、正月の年始回りの風習が思い浮かぶ。そんな、回礼者として伺う当り前だった行為が、やがて年賀状の郵送に変わった。岡本綺堂の掌文「年賀郵便」(青空文庫)にそのいきさつが記されているので抜書きする。
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江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼で視(み)た明治の東京――その新年の賑(にぎわ)いを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、回礼者の往来で実に賑やかなものであった。
 明治の中頃までは、年賀郵便を発送するものはなかった。恭賀新年の郵便を送る先は、主に地方の親戚知人で、府下でもよほど辺鄙な不便な所に住んでいない限りは、郵便で回礼の義理を済ませるということはなかった。まして市内に住んでいる人々に対して、郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのであるから、総ての回礼者は下町から山の手、あるいは郡部にかけて、知人の戸別訪問をしなければならない。

 日清戦争は明治二十七、八年であるが、二十八年の正月は戦時という遠慮から、回礼を年賀ハガキに換える者があった。それらが例になって、年賀ハガキがだんだんに行われて来た。明治三十三年十月から私製絵ハガキが許されて、年賀ハガキに種々の意匠を加えることが出来るようになったのも、年賀郵便の流行を助けることになって、年賀を郵便に換えるのを怪まなくなった。それがまた、明治三十七、八年の日露戦争以来いよいよ激増して、松の内の各郵便局は年賀郵便の整理に忙殺され、他の郵便事務は殆ど抛擲(ほうてき)されてしまうような始末を招来したので、その混雑を防ぐために、明治三十九年の年末から年賀郵便特別扱いということを始めたのである。
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年賀状は郵便制度のおかげでできたもの。それ以前は、回礼者となって新年の挨拶するのが当り前で、直接顔を合わさぬなど「あるまじき事」だった。わたしの子供時代は、社宅だったせいもあって、正月に父の部下が次々年始周りに来ては、酒を飲んで酔いつぶれた。数日後、父は母から小言をいわれていた。

ところで、戦後、年賀状の枚数を誇った景気のいい時代も過ぎ、新年を家庭で祝うものになってきたころから、年賀状の手書きが億劫になったようだ。次の世代から、手作り印刷の時代に変わった。「プリントゴッコ」(80~90年代)が登場したのだ。年賀状の挨拶部分(イラストや住所)の印刷でだいぶお世話になったが、宛先を書く手間だけは残った。

そこへ新たな機器が加わった。ワープロ専用機やパソコン(マイコン、PC)のおかげで、年賀状の挨拶部分だけでなく、宛先まで印刷してくれる手間の解消(省力化)が実現したのだ。それもつかのま、インターネットが急速に普及して、今度は電子メール(パソコン通信)で挨拶を済ませる、紙に痕跡すら残らぬ時代になってしまった。時代とともに挨拶の仕方まで変わる。

そういえば、こんな話をどこかで聞いたことがある(史実は未確認だが)。ドイツのプロテスタント運動の一翼を担ったのが印刷版の聖書だったが、(多分少し時代を経過してのことだろうが)「街には一軒の印刷屋があった」という・・・まるで鍛冶屋のように。

2024年1月1日月曜日

元旦 令和六年(2024年)、年賀状終い、公園めぐり

きょうから、令和六年(2024年)が始まった。正月連休は、昨年12月29日金曜日から正月明けの3日のため、「元旦(元日)」の <曜日> についてあまり意識しないけれど、昨年(2023年)の元旦は日曜日であり、今年は月曜日が当たる。(Wikipediaによれば、元旦は元日の朝の意とのこと)

(本ブログ関連:”元旦”)

早朝のテレビを通して「初日の出」を見た。主な局は富士山上空から初日の出の光景を待ちかまえていた。頂上を照らす「ダイヤモンド富士」の映像はやっぱり素晴らしい。本当は、東京の日の出の 06:51 に合わせて、公園に出かけてカメラにおさめようと思っていたが・・・結局、寝正月になった。

ところで「壁掛けカレンダー」は、日本では圧倒的に「日曜日」始まりだが、ヨーロッパでは「月曜日」に始まるそうだ。Googleの検索AI(Search Labs)は、次のように紹介している。
●日本では、キリスト教やユダヤ教の「一週間は日曜に始まる」という考え方を、明治時代に取り入れた。アメリカやカナダでは日曜日に始まる。ただしイスラエルでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教が混在しているため、壁掛けカレンダーはハイブリッド(各種あるの意か)だそうだ。
●一方、ヨーロッパでは、日付と時刻の国際規格である「 ISO 8601」にもとづき、月曜日が週の初めの日となっている。(言葉で縛りをつける、いかにもヨーロッパらしい制度といった感じだ)

(本ブログ関連:”カレンダー”)

ちなみに、現在利用している超薄型ポケット手帳のダイアリーは、月曜日始まりである。


年賀状終い
年賀状については、昨年から「年賀状終い」をしたので、今年で2年目になる。元々年賀状を差し出す先はわずかだったけれど、結局終いにした。仙人の境地になりたくてのことだったが、まだそこに至らない。清々しくかつ静寂にはなかなかなれないけど、頑張ってみようか。


公園巡り(「カルガモ」と「ソシンロウバイ」)
わざわざなこと、日も陰り出した午後4時前に公園へ出かけた。もしかしたら、何かめぐり会えるかもしれないと思ったからだ。
公園を横切る小川は、川底があらわになった部分があり、水涸れの直前を恐れる。そんな小川に残る水溜まりに、「カルガモ」が5羽、3羽、2羽、4羽と散らばり群れていた。けっこういるものだ。他に、私の目(眼力)に映る鳥たちはいなかった。


隣りの公園にある「自然観察園」の金網塀越しに外へ伸びた「ソシンロウバイ」の枝に、薄黄色の花が、日射しも翳るなか、地味に静かに咲いていた。蕾(つぼみ)もあるが、意外に枝を賑わしている・・・7部咲きといったところだろうか。


2016年12月30日金曜日

2017年の年賀状

年賀状作りは決まって年末ぎりぎり。たいてい、12月30日または31日(早くても28日以降)になってしまう。そんなわけで、今年も今日、年賀状を作成して投函した。

来年の十二支は酉(とり)。年賀状の文面側のデザインを、鳥にからめて「卵」にした。以前、Google起動時のトップ画面で、「イースターエッグ」(Google文字が隠れている)が表示された。本来、「イースター(復活祭)」は春の宗教行事だが、絵柄の美しさから借用させていただくことにした。(ハロウィンなど西欧行事を真似する昨今だが、まさか復活祭までとはと思うが・・・)

ちなみに、Googleトップ画面に表示された 「イースターエッグ」は、ロシアの宝石商ピーター カール ファベルジェ(1846年5月30日~1920年9月24日)の生誕166周年を記念したもの。

(年賀状の絵柄 ⇒ 「走るオンダー」に感謝)

ところで、Googleのトップ画面(=検索画面)には、「イースターエッグ」という隠しコマンドがある。例えば、検索ボックスに ”一回転”と入力してエンターすると、あら不思議! 画面が一回転する。この検索ボックスには、この他いろいろな仕掛け(隠しコマンド)があるという。
(「浦下com」、「Appgiga!!」に感謝)


(Youtubeに登録のtechjoに感謝)

2018年12月21日金曜日

2019年賀状デザイン

来年(2019年)の年賀状デザインを考えてみた。

(本ブログ関連:”年賀状”)

年賀状のデザインといっても、「ゆうびん.jp」が提供の「はがきデザインキット」から、「亥年」を表す「イノシシ」の子ども(ウリボウ)を素材にして作成しただけだが。

今回は、モノクロ印刷にする。図柄の「ウリボウ」が可愛らしくて、モノクロでも十分年賀状らしさがあると思う。そして、例年のごとく、印刷は歳の暮れの多分30日ころになるだろう。その時期になるまで気が乗らないのだ。

ところで「ウリボウ」の名は、体に水平にある模様が、植物の「ウリ」(シマウリ、マクワウリ)に似ているからといわれる。ウリ自体丸っこい形をしているので、合わせてイメージしやすい。また「~ボウ」は、「赤ん坊」などに使われる「縮小詞/指小辞」にあたるだろう。新年はできるだけ若々しい方がよいのだから。

2020年12月29日火曜日

2021年賀状

年賀状の通信面の文やデザインに苦心しているわけではないが、年々作成に手こずっている。結局、師走の慌ただしさに後押ししてもらい、取りかかることになる。これ以上こらえきれない、ぎりぎりのところまで延ばすのだ。

(本ブログ関連:”年賀状”)

別に作業量が多いからでない。ただ、ものぐさだけなのかもしれない。

このところ、郵便局提供のフリーの「はがきデザインキット」*を利用させていただいている。来年版は、シンプルだが色合いのよい牛のイラストを次のように配置してみた。
(*)はがきデザインキット  https://nenga.yu-bin.jp/design_kit/


今年(2020年)発生した新型コロナウィルスの感染がおさまらず、来年の正月をまたぐ「GO TOキャンペーン」は一時中止になった。ひとびとの警戒がますます深まり帰郷もままならない。それにかえて年賀状を送るのが増えているではないかといわれている。

(本ブログ関連:”ウィルス”)

わたしにしてみれば、年賀状作成も一仕事。

2015年12月8日火曜日

年賀状デザイン

街はすっかりクリスマスの装い。マスコミはその先をいそいで、来年の年賀状モードに入っている。追いつくのに大変。

あるテレビ番組(局名などもすっかり忘れた)で年賀状について話題にしていた。申年(さるどし)にちなんで、次のような話が紹介された。
① 十二支は時刻や方角を指し、後から覚えやすいように動物(猿)をあてはめた。
② (諸説あるが番組では)申年は、<神(しん)>の文字のつくり<申(しん)>につながる。
③ 申は雷に通じ、象徴として(ラーメンのドンブリの模様に見る)「雷紋」がある。
そのほか、大正、昭和初期のものだろうか、ノスタルジックな年賀状デザインも紹介していた。

そんなわけで、そろそろ年賀状を準備せねばならない。

ネットで<猿>を検索したところ、江戸時代の画家、伊藤若沖(いとう じゃくちゅう、 1716年3月1日~1800年10月27日)の猿図が見つかった。実際は、親と子が手とつないでいる様を描いた縦長のものだが、左図のように、親の部分だけトリミングしたものを、チャッカリ使わせていただくことにしようかと思う。

以前、(練馬区立美術館だったような気がするが?)伊藤若沖の作品展を見に行ったことがある。奇想な感じするばかりだった。

ロック(バンド)にバラードがあるように、こんな心休めさせる作品もある。

2012年11月19日月曜日

来年の干支

本屋では年賀状デザインソフトのCD付きムックが平積みされ、郵便局では色刷りの年賀状が売られている。これらは、干支のデザインを用意してくれているので楽ちんである。

でも、自分なりにオリジナリティを持ったものが欲しいなど考えると、干支によって難易度の差が出てくるので大変だ。

「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の干支の内、今年は辰(龍・竜)であり、来年は巳(蛇)である。

今年の年賀状は、ピーター・ポール&マリー(PPM)の歌「パフ(Puff, the magic dragon)」(1961年)から、歌詞に登場する竜の「パフ」をヒントにしたが、来年の年賀状はどうしよう。蛇の洒落たデザインが思いつかないのだ。

「巳」の文字をヘビに変えても、口先に舌を付けたりすると一瞬で冷めてしまう。哺乳類である人間が先天的に記憶する、恐竜や爬虫類の太古の恐怖から逃れることができないのだろう。蛇はどう考えてもヘビでしかなく、残念ながら可笑しくも可愛くもない。
そこで、日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(1958年)のヒロインを考えたりしたが・・・。いいものはないだろうか。


(付記)
読売オンラインの記事「星出さん、カザフに帰還…船外活動日本人で最長」(2012年11月19日12時33分)によれば、まるで宇宙の申し子のようなお名前の星出彰彦(ほしで あきひこ)宇宙飛行士が、ISSから無事帰還したことを次のように報じている。
・【アルカリク近郊(カザフスタン)=大山博之】星出彰彦さん(43)ら日米露の宇宙飛行士3人が19日(日本時間10時56分)、約4か月にわたる国際宇宙ステーション(ISS)での滞在を終え、ロシアのソユーズ宇宙船で、カザフスタン中部にあるアルカリク近郊の雪原に無事帰還した。
・滞在中に行った星出さんの船外活動は計21時間を超え、日本人宇宙飛行士で最長となった。

宇宙飛行士の活動の驚きが当たり前になり、ニュース記事の取り扱いもだんだん地味になってきている。でも、子どもたちにとっては、相変わらずヒーローであり、次の宇宙飛行士の先導者なのだから。

(付記)
昨日の鉱物採集の疲労で、今日足腰は筋肉痛に極み、とりわけふくらはぎのこりようは尋常じゃない。

2022年12月15日木曜日

来年から仙人の境地になる(なりたい)こと

来年(2023年)から、仙人の境地で過ごしたいと思っている。年末、ウサギ年の年賀状を作成することなく、かわりに「年賀状じまい」の知らせをハガキにしたためて、親類・趣味仲間・知人の方々に送った。

(本ブログ関連:”年賀状 ①、②”)

あ~っ、時が勝手に走っていく。泰然(否、呆然)とそれを見つめる。不動の(否、立ち尽くす)姿は、仙人のごとく見えるではないか・・・、多分間違っていないはず。(年賀状じまいのお知らせに、ネット上のイラストを次のように借用した)
このブログに、「仙人」に関連することを読んだり聞いたりしては書き連ねてきた・・・、じっくり研究書を読んだわけじゃない。だから、仙人になりたくて修練した亭主が女房の前で成果を見せようとした結果とか、仙人になりたいという気のよい男をだましてきつい仕事をさせ続けた結果とか、おかしく奇妙な結末になる話題を渉猟してきた。

(本ブログ関連:”仙人 ①、②”)

わたしは、どのみち厳しい修行に耐えるこはできない。せめて人様に迷惑のかからぬよう、心の中だけでも仙人の境地でいようと考えた次第。

2024年12月17日火曜日

来年の干支「巳年」

来年(令和7年:2025年)の干支は、「巳(み)年」(へび年)である。何と、今から12年前(干支を一周した年)の終わり近く、次年(巳年)の干支を気にしていたのだ。ブログを見直して気付いた。

(本ブログ関連:”来年の干支”)

年の瀬が迫る今ごろ、いつも年賀状作りにいろいろ手間取っていたことだろう。けれど、昨年(2023年)末に決意して、「年賀状終い」の挨拶を、縁者・知人・趣味仲間に送付した。

(本ブログ関連:”年賀状終い”)

おかげで、今年から年賀状と関係ない元旦を迎えている・・・来年も然り。といいながらも、年賀に欠くことのできない干支については、やはり気になるものだ。
来年が「へび(蛇)年」とはいえ、直に蛇(ヘビ)について、身近で思いつくことも経験もない。せいぜい、巨大なニシキヘビの記録映像をテレビで見て驚いたことくらい。

そういえば、映画「ブレードランナー」で、レプリカントを追跡中、偶然採集したヘビの鱗(うろこ)を画像拡大すると、そこに製造番号が見えるといった場面があったな。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

あと思い出すのは、なつかしの「東京コミック・ショー」の演目「三蛇調教」だろう。モグラ叩きゲームのモグラを蛇に置き換えたもので、毎回、人間くさい蛇との対話が繰り返えされる芸ながら、笑いの定番として、客が最も待ち望んだものだった。

■ Youtube(登録:竹庵藪井)
「東京コミック・ショー 三蛇調教」
https://www.youtube.com/watch?v=-HcP4v9wsto

2023年11月30日木曜日

今年も11月が終わってしまった

11月がきょうで終わる。一年の <12分の11> を食ってしまったことになる。今年のほとんどを消費してしまったけど、それもうつろでしかない。あっというまに過ぎたという感慨がない。ただ、ぼんやりとしているうちに今年が終わりそう。

昨年末に「年賀状じまい」の知らせ(ハガキ)を出した。だから、今年の12月は、年賀状作りの気ぜわしさもない・・・年賀状の枚数はわずかだったにもかかわらず。

(本ブログ関連:”年賀状じまい”)

きょう、壁掛けカレンダーから、11月分を切り取った。最後の12月がフラフラと揺れている。

100均ショップで、薄手の手帳を購入した。10月から開始できるようで、日毎どこへ出かけたかを記入した。以前にブログに記したことだが、買い物や飲食で受けとったレシートが役に立つ。日時が印字されているので、行動の順を正確にたどられる。

わが身の周りで、時は動いても空気は変わらない。今、平凡に生きて過ごすことができるのに、つくづくありがたさを感じる。

2019年12月30日月曜日

年賀状

いつものことだが、年末ぎりぎりにならないと年賀状作りに着手できない。今回もそう、きょうになってようやく作成した。プリンターであっというまに仕上がるのだから、早目にすればいい・・・とはいえ習性のようなもの、繰り返している。

(本ブログ関連:”年賀状”)

今回は、来年の干支(子年)にちなんで「ミッキーマウス」の初期アニメ(1928年)から借用した。どうやらミッキーも飛行機狂(Plane crazy)のようで気が合った次第。


来年、プロペラ機でゆるりと飛んでみたい気がする。若くはないので無理のない範囲で。チャレンジというより、風任せの気分も悪くない。近くに飛行場があるので、そこに離発着するドルニエ228なら、飛行気分を十分味あわせてくれるだろう。

煙を吐くSL機関車に憧れるように、空気を切り分けて飛ぶプロペラ機がいい。

2019年12月11日水曜日

年賀状

令和2年の来年の「干支(えと)」は「子(ね:ねずみ)」。「子年(ねどし)」の時の西暦年を12で割ると4余る。
    2020÷12=12×168+4
ちなみに、西暦年が4で割り切れる年は「閏年(うるうどし)」なので、
    2020÷4=4×505
来年は閏年となり、2月が例年と比べて1日長い29日間になる。この一日増えることは、けっこう有効なことで、プロジェクト管理上大変ありがたい。

ところで歳をとると、年賀状書きが億劫になってきている。といってもパソコン頼みで手書きではない。
手書き ⇒ プリントゴッコ ⇒ ワープロ専用機 ⇒ パソコン
これまでに手間が軽くなるよう変遷したかに見えるが、依然としてノルマ感がぬぐえない。

来年の年賀状裏のデザインに、(以前ブログでも触れたが)「子年」にちなんで「ミッキーマウス」の古いアニメから借用しようかと思っている。飛行機狂いのミッキーに、飛行機ファンの立場から妙に納得する。

(本ブログ関連:”ミッキーマウス”)


(Youtubeに登録のClaudiaCaffreyに感謝)

2021年12月29日水曜日

年賀状デザイン

来年の正月が目と鼻の先にやって来たきょう、ようやく年賀状を作成してポストに投函した。大晦日近くに送るのは、枚数が多いからではない、ただ不精、子どものころの夏休みの宿題のよう、切羽詰まった感がないと手が付けられないのだ。繰り返す困った性分である。

年賀状のデザインは、来年(2022年)の干支が「寅」なので、昔の絵本「ちびくろサンボ」からヒントを得ようと思案したが、今どきいろいろ考えねばならないことが多くて自粛した。せめてトラの気分だけ残したく、ひらがなの「とら」に見立てた。なんの変哲はないが、草っぱらに虎が2頭いるようなつもりだ・・・どうだろう。


隣り駅前の書店で、正月をのんびり過ごすため手ごろな脳トレ本を選んでいたとき、文庫本の棚に或る分野のアンソロジーを見つけて思わず求めた。家に帰って妙な思いがして、積んどく本の文庫本カバー(書店が包んでくれる)を剥がしてみたところ、同じ本を購入したのに気付いた。この前に買ったばかり・・・こんなことなら、脳トレ本を買って物忘れしないよう記憶力を高めるべきだった。

2010年12月30日木曜日

年賀状作成

常用のパソコンを変更したため、年賀状ソフトをダウンロードしなおしたり、プリンタ接続を変更したりと面倒なこと。いっそ手書きでもよいではないかと思いあぐねたが、年賀状ソフトの便利さに負ける。そうそう、それに一筆添え書きせねばならない。

(追記)
来年2月3日、カーネギーホールのコンサートまで実質一ヶ月に迫っているイ・ソンヒが、12月28日に中小企業中央会(中小企業最高経営者研鑽会)の音楽会で、「Jへ」と「私はいつもあなたを」を歌う姿がYoutubeに登録されている。いつもながら、時間を縦横に巡る526apollo氏の登録に感謝。
この日、薄青い照明のステージで、清しく伸びやかに歌うイ・ソンヒは、どこまでも清楚であり、そして華奢である。カーネギーホールの公演にフォーカスして、全てを磨きあげられているのだろう。

(本ブログ関連:”中小企業中央会 音楽会”)

2019年11月14日木曜日

健康診査

市役所から住民に、健康診査の案内が来たのはだいぶ前のこと。年末までに受診するよう記されていたが、億劫できょうまでずるずると延ばしていた。この歳になると(家族のために健康を維持して働かねばならぬとういう義務は終えているので)、気楽なはずなのに、健診で怪しいものでも見つかるのが嫌で後回しにしたい気持ちでいた。例年のこととはいえ(観念して?)、病院へ行くことにした。

これまで何も変わりなかったのだから、今回も変わりはないはず。一通り検査項目をこなして、最後に医師の軽い問診のとき、全ての検査結果は(データとなって)今月末にあらためて聞くというに、妙に元気を装ってしまう。

病院を出ても尾を引いているのだろうか、もしかしたら何か見つかるかもしれないと杞憂する。そんな気分を知らず、街はクリスマス準備のためだろう落ち着いている。本屋には、来年のカレンダーが吊るされ、年賀状デザインの書籍が山積みされている。健診のことなんか「関係ない!」のだ。

来年は子年(ねどし)なので年賀状デザインは、古いミッキーマウスの動画から探してみようかな。


(Youtubeに登録のBig Takataに感謝)

2011年12月29日木曜日

DataSalvager

年の瀬になると、まるで申し合わせたように、蛍光灯が暗くなり、グローランプが消えるし、おまけにプリンターのインクが不足しているというメッセージまで出てくる。

いやそれだけではない、PC作業を再開したとき、先ほど使っていた外付けHDDのドライブが、エクスプローラーで全く認識できなくなってしまった。年賀状の宛先リストが使えないなんて。(今頃年賀状作成しているのだが)
メーカーのサポート画面から、"DataSalvager LE for HDD"をダウンロードして、何とか必要なものを、C:ドライブにコツコツ回収しているが、旧PCのバックアップデータもあるんだよ・・・どうしよう。
年の瀬になると、何でこうなるの。

おまけに上記のデータ回収作業に気を取られて、台所のゆで卵が、茹で過ぎて水分がなくなり爆発してしまったよ。粉々に飛び散って・・・どうしよう。
散々な年の瀬だ。


★ 孫ー1枚、1動画 ★

2018年12月30日日曜日

平成の師走

考えてみれば、平成最後の年の暮れになる。「師走」を(本来)旧暦12月にあてているが、今日は旧暦11月24日(まだ「霜月」に過ぎない)。そう思ってみると気が緩む。年の区切りが、歳とともに曖昧になり、最近それがどうしたと言って平気でいる。

子ども時代、年末は家中が慌ただしかった。というより、近所もそうだし町全体そんな空気がした。そして、元旦になるとシンとして動きがなくなった。子どもたちの遊び声だけが響いた。

今は、交通網が発達して、家族連れは容易に実家へ帰省できるし、元旦の町に何でもある。コンビニが充実して、外出できぬ独身者に冷蔵庫代わりになっている。

近所の若い家族は、今日もさっさと出かけたようだ。駐車場から車が、一台また一台と消えていく。

(付記)
今日、年賀状を印刷し、一安心して、そのままポストに投函した。気付けば添え書きを忘れていたようだ。

2023年5月25日木曜日

Google AI Bard 仙人になるためのアドバイス Q&A

昨年末、今年(2023年)からの <年賀状しまい> の案内ハガキを、親類・知人に送った。ハガキに、「これからは、仙人の境地して過ごしたい」旨記した。以来、6か月ほど経っているが未だに「桃源郷」が見つからないでいる。

(本ブログ関連:”仙人”、”桃源郷”)

そこで、Googleの人工知能(AI)の「Bard」 に、①「仙人になるにはどうしたらよいですか」、②「桃源郷へ行くにはどうすればよいですか」とたずねたところ、AIのBardから次のように回答を得た。
- https://bard.google.com/?hl=ja

(本ブログ関連:”人工知能”、”ChatGPT”)


Q.仙人になるにはどうしたらよいですか
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A.仙人になる方法は、人によって異なります。しかし、一般的に仙人になるためには、次のようなものが必要だと思います。
・修行: 仙人になるために必要な知識や技術を身につけることです。修行には、さまざまな方法があります。例えば、山にこもって修行をする人もいれば、社会の中で修行をする人もいます。
・悟り: 真理を悟ることです。悟りを得るには、さまざまな方法があります。例えば、禅の修行をする人もいれば、瞑想をする人もいます。
・慈悲心: 
他人を思いやる心です。仙人になるためには、慈悲心を持って、他人を助けなければなりません。
・忍耐: 
困難に耐え続けることです。仙人になるためには、忍耐力を持ち、困難に耐え続けなければなりません。
・謙虚さ: 
自分を低く見ることです。仙人になるためには、謙虚で、自分を大きく見せようとしなければなりません。
・自然との調和: 
自然と共に生きることです。仙人になるためには、自然を尊重し、自然と共に生きなければなりません。

これらのことをすべて満たすことができれば、仙人になれるかもしれません。しかし、仙人になるためには、長い時間と努力が必要です。
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Q.桃源郷に行きたいのですが、どうすればよいですか
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A.桃源郷は、陶淵明の『桃花源記』に描かれた架空の場所です。この物語では、漁師が偶然桃の花が咲く林に迷い込み、その先に桃源郷を発見します。桃源郷は、戦乱や争いのない平和な場所で、人々は幸せに暮らしています。

桃源郷は、現実の世界に存在する場所ではありませんが、私たちの心の中にある理想郷を表しています。桃源郷に行くためには、心の奥底にある平和と幸せを見つめ直すことが必要です。そうすれば、きっと私たちは、桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。

桃源郷に行くためのヒントをいくつかご紹介します。
・心の平和を大切にしましょう。
・他人を思いやりましょう。
・自然に触れましょう。
・自分の好きなことをしましょう。

これらのことを実践することで、きっと桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。
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