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2019年6月26日水曜日

DC-3のレシプロエンジン音(起動から離陸まで)

飛行機のエンジン音は、その原点でもあるレシプロエンジン(ピストンエンジン)に勝るものはない。商用旅客機にとって、今となっては骨董扱いだろうが、このエンジンの起動時の噴気に、内燃機関特有のピストンが押し出す力強さを見て、一瞬、鋼鉄の黒馬とうたわれた蒸気機関車の起動時を想わせる。

現代の飛行機でスタンダードなジェットエンジンの響きは、機能性ばかりが目立って(見えるわけではないが)、機体にロマンを託せないのだ。やはり、Pratt&Whitneyピストンエンジンを搭載した小粒の双発プロペラ旅客機「DC-3」の響きは何度聞いても心地よい。

(本ブログ関連:”DC-3”)

Swissairが大切に保存している、ダグラスDC-3の起動から離陸まで勇姿を眺めよう。


(Youtubeに登録のMatt's Aviation Channelに感謝)

2019年6月25日火曜日

2019春期バスク語-11

今日はからりと晴れて心地よい。いい気分で「バスク語教室」へ出かけた。
ところで、地下鉄の始発乗り換え駅で、いつも火曜日発売の「ニューズウィーク」(日本版)を購入しているが、今週号はなかなか盛りだくさんで興味深い記事が並んでいる。
また、G20サミットにあたってのことだろう、この地下鉄路線が都心を通るためか、始発駅ならではの荷棚・座席下の厳重なチェックがされたのには驚いた。

(本ブログ関連:”春期バスク語”)

今回も、宿題のプリントを全員が順に回答し、次に、未来形(未来分詞形)の作り方について解説いただいた(テキスト第8章相当)

① 未来分詞形
 ・作り方: 動詞の完了分詞形の語尾に付す(-ko、語尾が「n」のときだけ -ngo 
   - 過去分詞形: Xabier goizean lan egin du. (シャビエルは午前に働きました)
   - 未来分詞形: Xabier goizean lan egingo du. (シャビエルは午前に働きます)
 ・参考:「位置格」(場所、時の「~に」を示す)・・・第9章の一部だが
   - (例)上記例文にある goizean: goiz(午前)+ean(~に)= 午前に

② 奪格(~から)
 ・空間的・時期的な基点を示す
  - Japoniatik(日本から): Japonia(日本)+tik(~から)

③ 到格(~まで)
 ・場所の到達を示す
  - Pariseraino(パリまで):Paris(パリ)+eraino(~まで)

2019年6月24日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-10 、地震さまざま

朝方、小さな地震があった。気象庁の地震情報によれば次のように発表された。なお当地は「震度2」であった。
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24日9時11分ころ、地震がありました。/ 震源地は、千葉県南東沖(北緯34.9度、東経140.0度)で、震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.5と推定されます。/ この地震により観測された最大震度は4です。 (千葉、東京、神奈川の各都市)
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小雨ぱらつく中、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」へ出かけた。第10回の今日、東京大学大学院博士課程の青木良華氏から「近代西欧社会へ参入するユダヤ人:ドイツ・ユダヤ人が見た光と影」の解説をいただいた。

① 18世紀頃から19世紀にかけて、欧州で行なわれたユダヤ人の(伝統からの)解放の動き
・当時「国民国家」が成立する中での、ユダヤ人(ユダヤ教)の自らの変革・解放であった
・国家に対して、ユダヤ教がキリスト教(プロテスタント)と同じ立場に立つことを目的にした
  - 「ユダヤ教は国家に従属する」(ユダヤ教優先する立場からの変更)

② 解放の過程
 ・ユダヤ人が居住する国家の側からきっかけが与えられる
   - 米国で早く、その後ドイツ(プロイセン)、フランス革命後のフランスで始まる

③ ユダヤ人による解放にさまざまな立場があった
 ・キリスト教への改宗
 ・ユダヤ教の改革あるいは伝統を保守すること
  - 改革派: ユダヤ教聖書を批判的に理解
  - 正統派: ユダヤ教改革への反発
  - 東欧での正統派: シュテトル(シュテットルユダヤ人小規模コミュニティー)を基礎とした伝統的ユダヤ教

(本ブログ関連:”シュテットル”)

④ ユダヤ教改革に関わったひとびと
 ・モーゼス・メンデルスゾーン(哲学者)
  - ユダヤ教を独自性のある調和する宗教として説いた
  - 音楽家フェリクス・メンデルスゾーンの祖父
 ・ハインリッヒ・ハイネ(詩人でありジャーナリスト)
  - (ある意味、流浪する文化人のよう)東欧ポーランドのユダヤ人への評価と共感
  - ユダヤ教から、プロテスタント ⇒ カゾリックへと改宗する

④ 社会情勢の変化(三月革命など)にユダヤ人参加とともに、新たな反ユダヤの萌芽
 ・ドイツロマン主義: ドイツ民族意識・・・対立
 ・シオニズム: イスラエルの回帰運動・・・回避

配布資料に、ハイネがポーランドのユダヤ人に触れているところがある。イディッシュ文化の原典(真髄)を知るようでとても納得する。
汚い皮帽子をかぶり、シラミの住みついた髭を垂らし、にんにくの臭をただよわせ、ユダヤことばを話すポーランド・ユダヤ人の方が、いまなお私には札びらの神々しい輝きに包まれた(ドイツ・)ユダヤ人より好ましいのである


(追記)
夕方のTVニュースで、上記の地震報道をまさに解説しようとしたとき、TV画面に地震速報が表示された。一瞬なんのことか戸惑ったが、このタイミングで新たな地震が発生したと理解した(当地では体感はなかったが)。
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24日19時22分ころ、地震がありました。/ 震源地は、伊豆半島東方沖(北緯35.0度、東経139.1度)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は4.1と推定されます。/ この地震により観測された最大震度は4です。(熱海市)
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2019年6月23日日曜日

(雑談)ご飯

大学生の夏休みに、田舎でひとり暮らしの祖母を訪ねたことがある。家の周りに水田が広がっていた。大方の土地は地元農家に貸していたが、歳をとって自家栽培の小耕地の世話も難しくなっていた。孫たちに、機会があれば来させて、自分たちの家系について話して聞かせたかったようだ。

実は、いずれ必要な葬儀の祭壇に置く写真を撮って欲しいということもあった。和服に正装した祖母とセンチメンタルな思い入れもなく、少し笑いを交えながらフィルムに収めた。いい写真が出来上がることに専心した。

庭に古い祠や土蔵があった。祠には、祖母にとって最大のプライドになる、先祖の象徴ともいうべき女性が祭られていた。また土蔵の二階には、明治の時代に、祖父が学生(高校生レベルだろうか)のころに使ったという古い教科書があった。数学の本を興味深く開くと、当り前のことだが今と時代と差を感じないものだった。(ちなみに、私は数Ⅲを学んだ世代である)

数日過ごしたとき、電気釜に残ったご飯が古くなっていた。私は、新しいご飯を食べたいといった。祖母は私に新しい飯を炊いてくれたが、自分は古くなったものを洗えば大丈夫といって、そちらを食べたのだ。

農家にとって、米、ご飯がどんなに大切なものか、東京に戻って思い返すたび深く感じるようになった。今もその思いは変わらない。

2019年6月22日土曜日

夏至 2019

近ごろ夕方になって西の空を見上げると、太陽がまだそれなりの高度にあって、まぶしくギラギラ照っているのに驚く。思わず腕時計を確認してさらに驚く。午後7時だというに、辺りは西日に明るく照らされているのだ。

それもそのはず、6月16日から二十四節気の「夏至」の今日(6/22)まで、東京都心の「日の入り」は19:01だった。今日は、一日雨が降ったり止んだりしたが、晴れていれば、同時刻になっても明かりが十分残っているはず。

(本ブログ関連:”夏至”)

夏至の今日は、一年で「昼の時間」が一番長いが、今まで何度かブログに記した通り、実際の「日の入り時刻」は、明日の6月23日から7月4日まで、一年で一番遅い19:02となる。体感でいえば、まだまだ昼の時間を長く感じることができる。まさに、夏らしい夕方だ。

夏至が曇天に終わったのは残念だったが、朝のTVクイズ番組で「稲妻」とか「キツネの嫁入り」の語源について薀蓄が語られた。稲妻は、イネの生育に落雷がよい方向に影響するといい、そして、農業の仏神の使いとされるキツネは、稲田を荒らすネズミの害を絶やすという。「稲妻」や「キツネの嫁入り」の語源が、ともにイネつながりで、農業国だった時代に遡れるというのはもっともなことだと思う。

(本ブログ関連:”キツネ”)

2019年6月21日金曜日

福島県石川町へ行きたい

日本の代表的な鉱物標本といえば、愛媛県市之川鉱山でかつて産出した「輝安鉱」だろう。海外でも知られるその金属光沢結晶は、直線的で鋭く伸び、日本刀を思わせる。余りの美しさに鉱山労働者が気を取られるため、管理者は見つけては折ったという逸話がある。その話が本当だとしたら、なんと勿体無いことをしたのだろうと悔やまれる。喉から手が出そう。

(本ブログ関連:”鉱物”)

結晶の美しさは、六法晶系というよりアルプスで氷の化石と信じられた「水晶」に勝るものはない。釣り師の言葉に「箆鮒(へらぶな)に始まり、箆鮒に終わる」があるように、「水晶に始まり、水晶に終わる」だろうか。この石については、万人向けに一冊に特化した本があるくらいなのだから。

子どものころ、畑地や道端に「柘榴石」がいくつも転がっていて、それを互いに投げあって遊んだという話を聞いたことがある。身近にあれば当り前だったのだろう。二十四面体のこの石は、確かに投げやすそうだ。それも大粒だったというのだから、何もとうらやましい話だ。

これら水晶や柘榴石を育む火成岩の「ペグマタイト(巨晶花崗岩)」は、「緑柱石」や「鉄電気石」も産む。そんなペグマタイトが分布する福島県石川町は余りに有名。とはいえ、今では鉱物採集は厳しく制限されているという。

(本ブログ関連:”島県石川”)

昔、同町にある鉱物標本館に、上記の美しい鉱物(結晶)が多数陳列されているというので訪ねたことがある。下調べせずに出向いてしまったため、休館日だったという残念な経験をしてしまった。今度こそ行くぞと何度思ったことか。幸い、鉱物仲間と来月にでも見学しようという話になった。ぜひ実現したいと願っている。

2019年6月20日木曜日

緑深い桜並木道

桜並木の緑がますます深くなった。この通りは滅多に車も来ることがない。まさに緑陰の風を楽しむ場所である。訪れるたび、それを実感する。見上げると、葉が繁り重なり合って、木漏れ日も微かになるほど。まるで緑色の陰に覆われたような錯覚をする。

桜並木を見上げる
深くて濃い緑の光景に接すると、イギリスの風景画家「ジョン・コンスタブル(John Constable)」(1776年~1837年)の絵画を思い出す。彼の絵に、勝手なイメージだが、太陽の明かりを求めながらも描くほどに緑の陰が重くのしかかってくるようなジレンマを感じる。ある意味で光を直接追い求めた、同時代の画家「ウィリアム・ターナー(Joseph Mallord William Turner)」(1775年~1851年)と対照的である。

コンスタブルの風景画に「泰西名画」という言葉を思い出すが、どうやら彼の時代の風景画の画風を表すものではなく、あっさりいってしまえば、古い西洋画の意でしかないようだ。今では余り使われない、どこか骨董的な趣もあるような言葉でしかないようだが、どうだろうか。

ともあれ、この桜並木は夏の陽射しをさえぎり、歩くほどに静まり安堵する小道である。突き当りを曲がれば、子どもたちの遊び声が聞こえてくる。

2019年6月19日水曜日

新しいノートPCが届いた

一昨日に、ネットを見て電話申込みしたD社製のノートPCが届いた。あっという間で、早い段取りに驚く。電話対応してくれたのは中国の人(女性)のようだが、日本語理解は適格だった。D社は電話サービス(サポート)を中国にオフショアしているのだろうか。

最新のノートPCを起動して感心した。音声ガイドに従い初期設定するお手軽さは、まるで家電製品のよう。それに静かでなにより(当り前か)。

とはいえ、長年使ってきたノートPCをあっさり捨てるのも忍びない。他に使い道も定まらないので、やがて処分することになるだろうけど。以前もそうだった、使い終わったPCを2年ほど手元に置いて決断したのだ。

今となっては、旧PCになっなってしまったPCからこのブログを記している。いつの間にか新旧PCは入れ替わることになるだろう。

2019年6月18日火曜日

2019春期バスク語-10、山形県沖 M6.8 地震発生

長年労苦?を共にしたノートPCが、ときどき悲鳴を上げるようになった。昨日、ネットで新しいPCを申し込み、今日、銀行で代金を振り込んだ(振込手数料がかかっても、ネット上でカード情報を絶対に明かさないようにしている)。そんな作業を済ませて、「バスク語教室」へ出かけた。

(本ブログ関連:”春期バスク語”)

今回も、まず宿題のプリントを全員が順に回答し、次に目的語を持つ「完了分詞」について解説いただいた(前回は目的語を持たない完了表現)。(テキスト第7章相当)

① 目的語を持つ「完了分詞」
  ・完了表現: 完了分詞 + du助動詞
  ・否定表現:Nik ez dut liburu hori erosi.(I + not du助動詞 + book this + buy)
  ・疑問表現:Zer eskatu duzu?(What + ask + du助動詞

② 名詞の格で、手段・材料・話題を表す「具格(~で)」について
  ・名詞を不定数形で表示: 名詞+(-z/-ez:by)
  ・Biziklta-z ettori naiz.(bicycle-by + come + da助動詞

③ 人称の格の「受益格(~のために、~にとって)」について
  ・人称代名詞について、niretzat(for me)、zuretzat(for you)
  ・Hau zuretzat da.(This + for you + is)

バスクでは、少人数グループで酒を飲むとき、おもしろい酒代の払い方があると紹介された。幹事は全員(一杯)の酒代を払う ⇒ 一杯飲むと次の酒場へ移動し、幹事が入れ替わって、全員(一杯)の酒代を払う ⇒ 移動のたび幹事が変わって一巡りすることで、全員で酒を楽しむという。

(追記)
久し振りに大きな地震が発生した。しかも津波の心配があるという。気象庁発表は次の通り(令和元年 6月18日22時26分 ⇒ 速報後の修正)。
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18日22時22分ころ、地震がありました。
震源地は、山形県沖(北緯38.6度、東経139.5度、酒田の南西50km付近)で、震源の深さは約10(⇒14修正)km地震の規模(マグニチュード)は 6.8 (⇒ 6.7修正)と推定されます。
津波警報等(大津波警報・津波警報あるいは津波注意報)を発表中です。
この地震により観測された最大震度は6強(新潟県 村上市 府屋)です。
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2019年6月17日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-9

燦燦たる陽光、都心の最高気温は 28.7℃(13:15)に達したが、北北西の風に熱気は吹き飛んだよう。景色は澄んで鮮明、実に爽やか。そんな昼ころに、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に出かけた。

第9回の今日、東京理科大学講師 山本伸一氏から「オスマン帝国 のユダヤ人とユダヤ神秘主義:ユダヤ社会の変容」の解説をいただいた。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

ユダヤ人は、ポーランドを中心に中欧に拡散したアユケナジム、スペインを基点に地中海(トルコを含む)に拡散したスファラディム、(キリスト教へ改宗した)マラーノなどがいる。その中で、オスマントルコに定住したユダヤ人について紹介された。

① ユダヤ教の伝統回帰
 ・ユダヤ人はオスマントルコ帝国で安定した生活を送る
   - 非トルコ系・非ムスリムに対する「ミッレト制」によりユダヤ人自治が認められた
   - 宮廷に従えたり、商人、医師、貿易商などに従事する
 ・安定した中から、ユダヤ教の伝統へ回帰する
   - ユダヤ人の「シャブタイ・ツヴィ」は自らをメシアと語る
   - イスラエルのガザの「預言者ナタン」は、ツヴィを原理的に最後(死後)まで支援した
   - ツヴィはイスラムに改宗する(アルバニアに流罪の末、そこで亡くなる)
 ・ツヴィの継承者に、ポーランドの「ヤコブ・フランク」がいる

② ユダヤ教の神秘主義(カバラー)
 ・カバリストは、口伝聖書に隠れた10個の神の力を探求した
   - ツヴィ亡き後、ムスリムになった(改宗した)ユダヤ人(ドンメ)たちの末裔が、後の「青年トルコ革命」に関わる
   - トルコ建国の父「ムスタファ・ケマル・アタテュルク」は、かつてドンメの学校で学んだという

ある意味熱狂的な中で変遷したツヴィ、いつまでも彼を見守り肯定したナタンといった、両者の関係は、キリスト教世界にも見られそうだし、今の時代から見ても興味深い。小説家がインスピレーションを受けたというのも分かる気がする。また、ツヴィの流れが、トルコの近代化にどこかでつながっているような、ドラマチックな紹介にも関心が湧いた。

2019年6月16日日曜日

日の入りが遅くなった

まるで子どものような天気だ。昨日は雨で一日中ひんやりしていたかと思えば、今日はうって変わって真夏のような快晴。東京都心は久し振りに最高気温が 30.7℃(16:21)の「真夏日」(日最高気温が30℃以上の日)になった。

とにかく陽ざしが強く圧倒的で逃げ場がない。気楽に家を出たものの、あっというまに熱気に襲われた。いつもの図書館へ逃げ込むように駆け込んだが、冷房が効きすぎて苦労する。天候の変化に体が付いていかない。

しばらく調べ物をして退出したが、夕方になっても太陽は明るくまぶしい。まるで日中の明るさだ。日頃の感覚がずれてしまったかのようだ。時間もあるので、たっぷり西日を浴びながら公園の川べりを散策した。緑の濃い平凡な光景を写真に撮ったりした。

それにしても夕方、いつまでも明るくて陰る兆しがない。あれっ、こんなに日が長かったのかとあらためて驚く。午後5時に太陽は西の空に浮かんでいた。都心の日の入りは、18:59で、何と午後7時ころだったのだ・・・。

2019年6月15日土曜日

ザ・カスケーズ「悲しき雨音」

一日中、雨が降り続いた。夜が更けるとともに梅雨寒は深まり、夜半10時過ぎの東京都心では 16.8℃ までさがったという。どうりで素足が冷えるわけだ。

いつまでも止まぬ雨音に、いささかうんざりしたとき、からっとした気分になりたいものだ。

昔のアメリカン・ポップの日本語タイトルには、なせか「悲しき~」が多かった。その中から雨の日に合わせるなら、ザ・カスケーズの「悲しき雨音(Rhythm of the Rain)」(1962年 US)がぴったりだろう。当時は、歌詞の意味に関心なんてなく、ただ出しの雷鳴と雨音が気分を盛り上げていた気がする。

(本ブログ関連:”悲しき雨音”)

アメリカ人も、雨にはおセンチになるようだ。不思議なことに、慣れてくると雨音が消えて、やがて雨粒が一粒ひとつぶ見えてくるよう。そこには消えてしまった恋を懐かしむ、ひとりぼっちのアンチャンがいる。


(Youtubeに登録のcrossking24に感謝)

2019年6月14日金曜日

若者はすごい

若くて才能ある者は、活躍の場を与えなくても、自から切り開いていくものだ。

大谷翔平投手(24)
ロサンゼルス・エンゼルス所属の大谷翔平選手は、投打両方の才に恵まれているが、昨年右肘の靭帯再建手術をした結果、今年は指名打者に専念している。メディアは、それでも大谷選手を投手と今年も呼んでいる。日本時間の今日(現地13日)、タンパベイ・レイズ戦に3番・指名打者(DH)として先発、日本人メジャーリーガー初の「サイクル・ヒット」を達成した。

サニブラウン・アブデル・ハキーム(20)
100m競争で、日本人が10秒を切るのはいつなのか長年の関心だった。桐生祥秀選手が、2017年9月9日に9秒98を実現して以来、さらなる更新は時間の問題で、いずれといった期待があった。選手層が厚くなってきたのだ。その中で、米国留学でまさに変身したサニブラウン・アブデル・ハキーム選手が、日本時間の先週8日(現地7日)のNCAA(全米大学体育協会)屋外陸上競技選手権大会で、9秒97を達成した。

久保建英(18)
サッカー競技はいまだよく理解できていないが、なんとなくワールドカップやJリーグの熱気を感じている。それだけに、本場の海外で日本人選手が活躍するとうれしくなる。久保建英選手は、16歳でFC東京とプロ契約し、横浜マリノスへ期限付き移籍した。その彼を、海外移籍解禁の今月、レアル・マドリードは公式ホームページで、久保選手を獲得したと発表した。

若いスポーツ選手が次々芽吹いている。

2019年6月13日木曜日

梅雨の中休み

今月に入って、最高気温が変転している。6/6に今月最高の 32.3℃になったかと思えば、6/10には 最高気温が 17.4℃という超涼しい思いをした。そして今日は、最高気温が 26.4℃(14:41)となって、久し振りの「夏日」(日最高気温が25℃以上の日)になった。

先月末に「真夏日」(日最高気温が30℃以上の日)が4日も連続して驚いた。そして今月の6/7(平年並み)に、「梅雨入り」した。気象庁の宣言通り梅雨になったものの、今日は中休みのようで、まぶしい陽射しは夏そのものといった感じだ。

ところで、周辺のコンビニ店は圧倒的にセブンイレブンとファミリーマートが占めていて、ローソンの通常店は一軒しか見当たらない。少し手間をかけて、そのローソンへ「BASCHEE バスチー」(バスク風チーズケーキ)を買いに行ったが、またしても売り切れという。

(本ブログ関連:”BASCHEE”、”チーズケーキ”)

まさに流行のケーキのようで、ネットを見れば、専門店まで登場しているという。「émotta」というサイトに、「東京バスクチーズケーキ全11選!まとめてみました♡【2019年最新版】」*があって各店舗を紹介している。いろいろな味を楽しめそうだが、店は若い人(特に女性)が訪れそう・・・都心の、いわゆる小洒落れた街に構えているようだ。

(*)東京バスクチーズケーキ全11選!:  https://emotta.jp/selection/39282/

そんなわけで、おじさんは流行が終わるまで、ローカルにあるコンビニ店で我慢して購入することにした。

2019年6月12日水曜日

(雑談)日常の買物リスト

ほどほどに天気がいいので、午前中にホームセンターへ買物に出かけた。掃除用品をいろいろ購入して帰宅すれば、忘れちゃいけないとわざわざテーブルに<浴槽洗剤の空容器>を置いていたのに、本命の品を買い損ねていたのに気付く。

日用品はこまごましていて、買物にはメモが必須のようだ。スーパーの場合、売り場を回っているうちに予定もしない物まで買ってしまうことがある。買物メモは、逆にそんな無駄買いの抑制効果もある。でも、欲しい物をこまごまメモ書きする準備も面倒だし。

それに、メモを見ながら買物しているのを見られると、自ら物忘れしやすいことを明かしているようで・・・といった妙なプライドが邪魔してくる。頭の中に買物リストがちゃんと入っているといった振りをしたいのだ。そんなことを思う歳になってしまった。

さてさて、これから忙しい。

2019年6月11日火曜日

入梅 2019、2019春期バスク語-9

今日は、二十四節気の「芒種」の時期に設定された雑節の「入梅」で、梅雨入りのころを指す。気象庁発表では、今年の関東の「梅雨入り」は 9月7日だった。「昨年(2018年)より1日遅く、平年より1日早い」ことになる。雑節の「入梅」を含めて、それぞれ近傍ということになる(といっても関東地方についてのことだが)。

(本ブログ関連:”入梅”)

昨日の雨が、そのまま今日も続くのではと、天気予報のそれらしく語ったが、(本来実りの雨であるが)どうやら止んでくれて、濡れることなく「バスク語教室」へ出かけた。・・・でもやっぱり、帰宅時には雨に濡れて大変だった!

(本ブログ関連:”春期バスク語”)

今回は、まず宿題のプリントを全員が順に回答し、次に方向(~に)を示す「方格」と、今日起きた「完了分詞」について解説いただいた。(テキスト第6章相当)

① 「方格」:方向(~に)を示す
  ・基本的に<無生物(含:植物)>や<地名>などの名詞に「方格」の語尾(不定数形、単数形、複数形)を付ける
  ・<無生物>は単数形が多い
  ・<地名>で疑問詞(Zein:Which、Zenbat:How many)を使用時、不定数形を使う
      例: Zein herritara joan zara?(どのZein、街にherri+方格tara、出かけたjoan zara(下記②参照)?)
  ・<生き物>については、人名などに付けることがある

② 「完了分詞」:今日起きた/完了した事態を示す(目的語を持たない)動詞
  ・複合形で示す:[完了分詞(動詞の辞書形)△ da助動詞*]
    (*)da助動詞: これまでbe動詞(人称・数により活用したもの)として扱ったもの
     例: Zu eskolara joan zara.(You school+方格語彙)
         (Zu:You、eskola+ra:school+方格ra。joan:goの完了分詞、zara:da助動詞)
  ・否定形: ez△da助動詞
  ・疑問詞と完了分詞の結びつきが強い
     - Nor etorri da?(Nor:who、etorri:comeの完了分詞、da:da助動詞)
     - Noiz ettori da ~?(Noiz:when、etorri:comeの完了分詞、da:da助動詞、~:主語)

だんだん複雑さが増してきたようだ。

2019年6月10日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-8

朝から一日中雨が降りつづいた。梅雨冷えのなか、昼近くに、先週(6/3)休講を経て、久し振りに市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に出かけた。前回(5/27)に引き続き、東京工科大学講師の志田雅宏氏による、「『ヴェニスの商人』の舞台とその周辺: ルネサンス時代のユダヤ人」の解説をいただいた。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

前回の、中世におけるキリスト教社会からユダヤ人への「保護」と、ユダヤ人からキリスト教社会への「奉仕」の関係について、具体的に中世都市ベネツィアなどでの状況・事例を紹介された。

1.キリスト教徒とユダヤ人との文化的交流
  ① ユダヤのヘブライ語文献の活版印刷
   ・ベルギー生まれのキリスト教徒「ダニエル・ボンベルグ(Daniel Bomberg)」(1549年没)による
    - 「聖書」、「タルムード」の印刷
    - アドバイザイーにキリスト教に改宗したユダヤ人が参加
    - 印刷、校正にユダヤ人職人が従事

  ② ユダヤのラビとキリスト教徒の学者との研究上の交流
   ・聖書を従来のラテン語訳からではなく、ヘブライ語原典に遡って研究が進められた

  ③ キリスト教徒によるユダヤの神秘主義思想「カバラー」の研究
   ・キリスト教徒のピコ・デラ・ミランドラヨハネス・ロイヒリンによる研究

2.ユダヤ人の経済的な位置づけ
  ① ユダヤ人が金利を持った金貸しに従事した
  ② ユダヤ人の居住を特定の場所(ゲットー)に固定した

見えるようで見えないのは、ユダヤ人の金融商的役割だろう。果たして、ユダヤ商人がどれくらいの規模(例えばベネツィア市の財政での取引規模の割合)でビジネスをしていたのかとか、イタリアの豪商にどのように貸し付けをしていたのかなど知りたい。同様に地方の人びとへの貸付はどのように行なわれたのかも知りたい。貸付証文の書面・内容を見たい・・・などあるが、講師の方が「宗教哲学」の研究者の方のようなので、以上の点について聞くのをはばかれた。

2019年6月9日日曜日

童謡「あめふり」

子どもは水遊びが好きだ。水溜りに飛び込んで泥だらけになるのはもっと好きだ。だから、雨に濡れるのはどうってこともない。下校時に雨が降ってきたってへいっちゃらだった。

そういえば、雨だからといって、傘をさして母が学校に迎えに来た覚えがない。土砂降りのときはどうだったろうか、そんなときの記憶もない。小学校から家までの距離がそれほどでもなかったからだろうか。

童謡に「あめふり」(作詞:北原白秋、作曲:中山晋平、大正14年[1925年])がある。母親が、雨降りを気遣って、蛇の目傘をさして学校に子どもを迎えに来る歌だ。当時は校区が広くて、ずぶ濡れになるのを心配したというのだろうか。

今の時代、母親も働いていて時間的にも迎えにくるのは難しい。童謡「あめふり」が広く歌われた時代は、母親がまだ自宅にいたからかもしれない。

歌の後半に、雨の中、母親と一緒の帰り道、柳の下で泣いている子を見つけて「きみきみ このかさ さしたまえ」と少年は自分の傘を差し出す。言葉使いが、戦前っぽくてなんとも古めかしい。母親を見上げながら、得意な顔をしている様子が見えてくるような気がして微笑ましくなる。


(Youtubeに登録の動く絵本、童謡、手遊び の動画「ゆめあるチャンネル」に感謝)

2019年6月8日土曜日

夢か現(うつつ)か幻か

最近、歳のせいか夢を見なくなった。夢は、昼間の緊張を解きほぐし、精神的再生のためとか、あるいは記憶のワークエリアの整理・削除のためともいわれる。夢はその意味で、昼間のルールと違った、予期しない自由な世界を繰り広げてくれる。

夢を見なくなるほどに、場面や展開を不意に変転する不思議な世界に関心が向く。若いころは、それなりにあやうい経験を楽しんだりして、そんなヒヤリ感がたまらなかった。歳をとると用心しすぎて無茶と縁遠くなる。夢がその代わりをしてくれるはずだった。

室生犀星の「ゆめの話」に、昔、ある武士が帰宅するため夜道を急いでいたところ、物陰に立つ女と出会う話がある。不審に思い、その女に近づくとするりと消える。不思議なことと思って自分の屋敷に着くと、門前にあの女がいて、急いで追うが見当たらない。門番も知らないという。
武士は、怪しさを感じながらも部屋に戻ると、先ほどの女が現れる。怪しんで肩先を斬りつけたところ、女は縁の下に逃げ去った。家中を探してみれば、板の間に女中が気絶していた。覚めた女中は、「実は先刻わたしが使いからかえると、一人の武士に途中であいました。そして御門から這入って縁側へぬけようとするところを抜き打ちに斬られたのでございます。ごらん下さいまし、このところに血がにじんでおります。」といった。しかし、門番は彼女が家を出る姿を見ていないという。

室生犀星は、女中が「夢遊病」だったのかもしれないと推測したが、これと似た伝承がある。以前(2017/6/10)ブログに記した、柳田国男の「遠野物語 」(一○○)にある、狐が夢をかすめ取る話だ。この場合、次のような展開になる。
< ある女房が、夢の中で、帰りの遅い主人を気遣って迎えに行こうかとするのを、狐の身を傭(やと)ってしまうことになる。深夜のこと、坂道で出くわした女を怪しみ、主人はそれをあやめて急いで帰れば、女房は命を取られそうな夢から覚めたばかりという。主人は元の場に戻って見れば、そこに一匹の狐が横たわっていた。>

(本ブログ関連:”遠野物語”)

柳田国男の伝承の場合、人の夢に狐が便乗したことになる。ことほど作用に、夢は誰のものでもないというか、奪われやすいようだ。私の夢を、今は誰かが(私に代わって)見ているかもしれない。

2019年6月7日金曜日

梅雨入り 2019

空模様が怪しくて何となく気配を感じていた。午後に雨降りとなり、どうやら天気予報の通り、今日、関東地方が「梅雨入り」したようだ。

(本ブログ関連:”梅雨入り”)

ほぼ平年通りの梅雨入りを、日本経済新聞の記事「関東甲信が梅雨入り 平年より1日早く」*(6/7 12:05更新)は、次のように伝えている。(抜粋)
(*)記事:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45812000X00C19A6CC0000/
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気象庁は7日、東海、関東甲信、北陸、東北南部の各地方が梅雨入りしたとみられると発表した。関東甲信は昨年より1日遅く平年より1日早い。北陸と東北南部は平年より5日早く、東海地方は1日早かった。
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雨について、ミュージカル映画「マイ・フェア・レディ」で、主人公が「The Rain In Spain」を歌う場面がある。ロンドンの下町娘イライザの訛りが激しくて、それを言語学者(音声学)のヒギンズ教授が矯正した結果、みごとに歌いこなせるようになる。教授が矯正に乗り出した動機はいささか不純である。しかも、原石が美しく輝きだすや動機も忘れて心奪われるのだから・・・。この物語は洋の東西を問わず、昔も今もあるパターン(身分を越えた、しかも男が上位で女性が下位といった)であるが。

(本ブログ関連:”マイフェアレディ”)

雨を恨めしく思いながらも、実りに通じる雨でもあることに気付きながら聞いてみよう。(歌う場面は下側のYoutube映像で)


(Youtubeに登録のLoecsenに感謝)


(Youtubeに登録のshanmugamlakshmananに感謝)

2019年6月6日木曜日

芒種 2019、紫陽花(あじさい)

今日は、二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」で、「イネ科植物(稲や麦)の籾殻の先にある棘(とげ)のような突起の『芒(のぎ)』を持った植物の種を撒くころ」(Wikipedia)だ。考えてみれば、農業に必要な雨降りの時期「梅雨入り」と重なる。今週中に関東地方は梅雨入りとなるという(平年は6月8日)。

(本ブログ関連:”芒種”、”梅雨入り”)

とはいえ、今日の東京は晴れて、かつ久し振りに「真夏日」となり、最高気温が 32.3℃(14:00)に達した。果たして、このまま梅雨に突入するのか。

(本ブログ関連:”真夏日”)

梅雨となれば「紫陽花(あじさい)」の花。先日(6/1)のブログにも記したが、青紫色の、ときには桃紫色の花(=装飾化)の雨に濡れるさまが美しい。そんな紫陽花を有名にしたのは、今では鎌倉の各寺院が競っているが、私の知る限り「明月院」のそれが最初だったのではないかと思う。「あじさい寺」として観光地と化しているものの、昔は紫陽花で知る人ぞ知るといった古寺だった(紫陽花を植えたのも最近のこと、意外な理由からだった)。

明月院と縁があるのが、鎌倉幕府の執権「北条時頼(ほうじょう ときより)」だ。彼には能「鉢の木」で知られる全国を廻遊したという伝説がある。母方の田舎に、昔、時頼が来訪したという言い伝えが残っていて、そんなこともあって随分昔のこと、祖母がわざわざ明月院までうかがったことがある。(そのとき、明月院と紫陽花のいきさつも聞いている)

(紫陽花の花が美しく咲き並ぶ古都鎌倉の寺院を描いたYoutube映像がある。感謝)

(Youtubeに登録のDiscover Nipponに感謝)

2019年6月5日水曜日

ユニークなテーマの定期刊行物

あるテーマに絞って定期的に、例えば週刊で刊行されるものがある。ホビーの組み立て部品とか、模型シリーズとか、何となく関心を引くけれど、全て購入・購読すると随分な出費になるのが特徴。驚くことに二十万円近くになることがある。高額という気掛かりもあるが、むしろ購入・購読を続ける意欲が廃れないか心配。

関心が中途半端でしかなくても、今流行といわれる内容の刊行物には食指がそそられるもの。外野の関心でしかないが、ありがたいことに第一号にはテーマを見通せる解説がある。当り前だが、映画の予告編のように興味を引き寄せ、そして全号購入して欲しいから、わかりやすい入門解説がある。そういう意味で、第一号は便利な入門編でもある。

そんなわけで、興味本位に創刊号だけ購入することが多い(というか、それだけといった方がよいかもしれない)。意外にそんな購入・購読者が多いのではないだろうか。飛行機、百名山、鉱物・・・などいろいろなシリーズに手を出したものだ。

今回、「日本刀」の週刊読物が発行されたので、その第一号を手にした。しかも、購買意欲をそそるよう(とても)安価に設定されているので試し買いした次第。

2019年6月4日火曜日

2019春期バスク語-8

先々週末から先週初にかけて「真夏日」に襲われたが、連日好天が続き、心地よい初夏が続いている。おかげで、足も軽く早めに「バスク語教室」へ出かけたが、少々早過ぎたようだ。
教室の地元駅にある喫茶店で予習かたがた過ごしたが身に入らない。周りの騒音や会話にかき乱されてなかなか集中できない・・・当り前のことだが、喫茶店は予習する場所ではないようだ。

(本ブログ関連:”バスク語”)

今回は、前回のバスク文化紹介から、いつもの講習(テキスト「第5章」に相当)に戻った。まず宿題のプリントを全員が順に回答し、いつも通り丁寧な解説と説明をいただいた。
① 能格の直接目的語が複数あるとき、単数の場合と違う動詞(have)をつかう。
  ・例: Nik(一人称能格)の動詞 = 直接目的語単数 ⇒ dut / 直接目的語複数 ⇒ ditut
② 直接目的語の数が特定されないとき「分格」と呼び、「絶対格」と区別する。
  ・名詞: 辞書形+rik/ik(単複の区別はない)
③ 親族名称(兄、姉)を、主語(Ni)が男・女のどちらかによって呼称が異なる。
  ・Ni(男): 兄(anaia)、          姉(arreba)
  ・Ni(女): 兄(anaia / neba)、姉(ahizpa)
④ 数量表現
  ・たくさん(asko)、いくつか(batzuk)

今までの基本知識が絡み合って、これからは、使い方(語法)の整理・理解が必要になってきたようだ。

2019年6月3日月曜日

「小さな村の物語イタリア」のテーマ曲

日テレ系BS放送の番組「小さな村の物語イタリア」は、イタリアの地方の町や村を舞台にというか訪れて、そこに住み続けてきた人びとの日常を静に見せてくれる。番組の始めと終わりに流れるテーマ曲「L'Appuntamento (逢いびき)」を歌うオルネラ・ヴァノーニの歌声とともにすっかり慣れ親しんでいる。気付けばどっぷり漬かって、やがて自らの人生をも見直させたりする貴重な番組だ。

(本ブログ関連:”小さな村の物語イタリア”)


(Youtubeに登録のMszicky94に感謝)

この「L'Appuntamento」の原曲「Sentado a 'Beira Do Caminho」はブラジルの Roberto CarlosとErasmo Carlosが作曲し、かつErasmo Carlosのシングルによりリリースされたものだそうだ。


(Youtubeに登録のerasmocarlosbrに感謝)

2019年6月2日日曜日

ダンス・ウィズ・ウルブズ

最近、TVコマーシャルにオオカミの映像を重ねたものがある。野生の逞しさと神秘さを込めてのことだろう。オオカミの眼光に、人をたじろがせる原始的な畏れもある。わたしにとっては、キツネ ⇒ イヌ ⇒ オオカミへとつながる関心がある。

(本ブログ関連:”オオカミ”、”キツネ”)

以前、ブログに写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)について記した、自然を舞台に強靭な生命力で生き抜くオオカミの姿を思い返す。
オオカミと触れ合う映画がある。(といっても未見であるが)「ダンス・ウィズ・ウルブズ(Dances With Wolves)」(監督・主演・製作はケビン・コスナー、1990年)にそんな場面があるようだ(参考:Youtube)。

映画は、ハリウッドが西部劇で、インディアンを襲撃の対象として描かなくなって(1964年「シャイアン(Cheyenne Autumn)」)以降、協調の対象に変わったことを示す。映画「ダンス・ウィズ・ウルブズ」は第63回アカデミー賞で監督賞を受賞している。外側にいることで、映画を通してアメリカ大衆の歴史観(意識)の変遷を知ることができる。映画が幻想であるなら、スクリーン上だけでしかないかもしれないが。

ところで、この映画のサウンドトラックに主人公の「ジョン・ダンバーのテーマ」がある。作曲は、私のお気に入りの映画「ある日どこかで(Somewhere in Time)」の作曲者でもあるジョン・バリーだ。荘厳でありながら、ハミングするような気安さも合わせ持つ、いってみればアメリカ人好みのロマンチックな旋律がする。ビクター・ヤングの系譜につながるのだろうか。

(本ブログ関連:”ある日どこかで”)


(Youtubeに登録のKajsa Nordstrandに感謝)

2019年6月1日土曜日

アジサイ

民家の裏手、路地に接する場所に、塀の代わりに「アジサイ(紫陽花)」が植えられている。いつもは気に掛けない場所に、小さな青い花(=装飾化)が群集して塊りとなり咲いていた。やがて「梅雨」ともなれば雨に濡れてよく似合う。

(本ブログ関連:”アジサイ ”)

ところで、一昨昨日(5/29)に茨城県の「錫高野」へ鉱物採集に出かけた。3年振りの鉱物採集のため、無理のないようゆっくりと歩を進めた。それでも、現地で5時間ほど徘徊?、いや探し廻ったことになる。一昨日(5/30)、同行の石仲間との電話で、足の疲れを聞かれたが、全然大丈夫と応えた。実際何も感じなかったのだ。それが、昨日(5/31)になって足に疲れがどっと出てきたのだ。歳をとると、疲れが翌日でなく、翌々日に出るという通りだ。

そんなわけで、今日は「養生」半分に時間を過ごした。アジサイは派手なところもなく、存在を自己主張することもない。日本のひっそりと咲く心和ませる花だ。

2019年5月31日金曜日

(雑談)ライザップ牛サラダ

昼どき、町中でふと目に入るのは、「~水産」といった魚介刺身料理の飯屋だ。そこでは満足感もあって手軽な「海鮮丼」をよく選ぶ。家ではスーパーで売っている「冷凍うどん」を最近食べるようになった。電子レンジでチンと温めて、こしも十分あり喉ごしもよい。

(本ブログ関連:”冷凍うどん”)

今日の昼間、地元にある吉野家の前を通ったところ、布看板に「ライザップ牛サラダ」*の図柄があった。サラダというだけでなく、ライザップの名も冠していいるので健康によさそうと思って注文した。ちなみに、吉野家のホームページに、このメニューについて次のような説明をしている。
(*)吉野家: https://www.yoshinoya.com/menu/gyudon/rizap_gyu_salad/
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「高たんぱく質、低糖質」のボリュームいっぱいのサラダです。定番の吉野家の牛肉だけでなく、鶏肉・ブロッコリー・半熟玉子とバランスよくたんぱく質を摂取できます。
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どうやら、筋肉を付けるたんぱく質食品として鶏肉がみそのようだ。ライザップの宣伝のように見違えるほど筋骨りゅうりゅうになるやも知れず。サラダ(キャベツ)もいっぱいで、満腹感もある。体がスッキリした気にさせる。

ところで、夜中の洗面所で鏡の向こうに、ときどき親父の顔と出会うことがある。歳をとったなあと思って見たころの親父の顔つき、体形までそっくりな自分がいるのだ。冷静に考えれば、ライザップどころじゃない歳になった・・・気ままに理屈をつけず食事するのが一番なのかもしれないのだが。

2019年5月30日木曜日

(雑談)活字の大きさ

学生時代に読んだドイツの文豪の全集を、あるとき読み直そうと取り出したことがある。ところが、上下2段刷りの活字が余りに小さくて目が霞んでしまい、読みづらいのに慌ててしまった。今も書棚にあるが、大きな虫眼鏡でもなければ手を出せない。

先日、バスク語教室で、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズの第22巻「南蛮のみちⅠ」(朝日文芸文庫)が、< バスクのひとびと >について記されていると先生から紹介があった。そこで図書館で借りて読み出したところ手元に欲しくなり、ネットで古書を購入した。

届いた古書の適当なページを開けたところ驚いた。図書館の本では左ページにあった図版が、右ページにあるでないか。よく見れば古書は活字が小さい。本の厚さも薄い。図書館の方は、2014年6月30日新版第3刷であり、古書はそれより古く1998年5月10日第11刷だったのだ。

昔ほど小さな活字で、ぎっしり埋め込むといったわけで、若いときはそれでいいのだろうけれど、歳をとると大きな活字の方が読みやすい。その分、書籍は厚くなるのだが。
ところで。新聞も活字を大きくして久しい。ページ数が増えたわけでもないので、結局情報量は減っていることになる。読者に老人が多いそうだから、それでも按配がよいのかもしれない。

2019年5月29日水曜日

錫高野#21

今月初旬(5/7)に「(茨城県東茨城郡城里町にある)錫高野へ行こう!」と掛け声をあげ、ようやく今日、4年振りに鉱物採集に向かった(実質、山梨県「鈴庫(すずくら)鉱山へ、2016年5月22日(日)に出かけて以来 3年振りとなる)。

(本ブログ関連:”錫高野”、”鉱物”)

朝から小雨まじりの不安な空、同行の鉱物仲間と集合時間を繰り下げて万全を期した。さいわい途中小雨がぱらつく程度で、現地錫高野はすっかり雨上がり状態、大部分は乾燥までしていた。
体調を考慮いただき、いつもの仏国寺側から登るコースとは反対側にある、(美味しい香りがしそうな)「ビーフライン」(県道112号)から、スティック片手に、ゆるい坂道を歩んだ。今回は、足慣らしに近い状態で、急傾斜を登り下りするのは避け、よく歩きまわったと思う。鉱物仲間に気遣いをいただいたこと、無事に鉱物採集が再開できたこと感謝したい。

エゴノキの花弁
高取鉱山と向かい合う形で存在する国有林の錫高野は木々が覆っていたが、今回驚いたことに、なんと伐採が進んでいたのだ。空は広がり、斜面がすっきりして風通しがよくなって、別の場所に来た錯覚がした。(他方、いつもの採集場所は、草木が鬱蒼と繁り踏み込むのを断念した)

様子がすっかり変わって、勝手が違い、手当たり次第、石英を探しては砕いた。涸れた川床を探っていたとき、(頭がきれいな)大型の「水晶」片を見つけたぐらい。

ところで、周りに白い花弁が散らばっていた。見上げると、「エゴノキ」が花を下に向けて咲き、花弁を次々と落してきた。なんとも可憐な愛らしい花だ。また帰路の脇に「マムシグサ」が立っていた。

2019年5月28日火曜日

2019春期バスク語-7

昨日まで「真夏日」が4日間連続したと思ったら、今日は夕方から雨という。天気予報の雨雲レーダーは、今晩から明日の午前中まで、雨雲が関東一円を這う様子を描く。夕方、空模様を心配しながら「バスク語教室」へ出かけた。

(本ブログ関連:”バスク語”)

バスク語教室は、月一回のペースで、東京外国語大学教授の萩尾生氏から「バスク文化」を紹介していただいている。先月(4/16)の「バスクの地理」に続き、今回は「バスクの名前」(人や屋号の名前の変遷など)について、図や歌を交えて解説された。

① 存在と名前
  ・存在(izan)+ α : izadi(自然)、izaera(性格)
  ・名前(izen): ponte-izen(洗礼名)、ezizen(あだ名)
② 文字(ローマ字による)
  ・近世: 教会・印刷技術により普及、 「バスク初文集」(エチェベリ、1545年)
  ・近現代: バスク・ナショナリズム、人名の統一など <純粋化>(サビノ・アラナ
  ・現在: バスク語の公用語化、スペイン(1979年)、フランス(1966年)
  ・バスクアカデミーの設立(1966年): 標準語
③ 人名
  ・人名は多様: 固有、宗教的、聖地、上記のアラナによる、自然、地名・・・などに由来
④ 親族名称
  ・私(Ni)が男女別に、「兄」と「姉」の表現が異なる
  ・財産相続: 相続者は長子に限らず3/4相続、相続者以外*は家から町に出る。
   (*)相続者以外: 僧侶、役人になったり、海外に出たりする。独身のまま家付きも可
⑤ 家(屋号)
  ・家(etxe): etxeko egin(親しくなる)、etxeko jaun(家長) ← (~ko:位置属格)

(付記)
バスク人と鉄の関係について ⇒ (本ブログ関連:”バスクと鉄”)

2019年5月27日月曜日

最高気温32.4℃、ユダヤの歴史を学ぶ-7

今日の都心の最高気温は 32.4℃(13:32)、日連続の「真夏日」となった。5月として観測史上初とのこと。それにしても暑い。天気予報は、明日から最高気温が 30℃をきるという。ようやく落ち着きを取り戻しそう。

(本ブログ関連:”真夏日”)

そんな真夏日、また右のふくらはぎがつり気味の中、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」へ出かけた。7回目の今日は、「中世キリスト教世界のユダヤ人:共生と対抗」について、東京工科大学講師の志田雅宏氏に解説いただいた。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

8世紀にユダヤ人の90%近くがイスラム世界にいたが、11世紀に入って徐々にヨーロッパに広がった。中世ヨーロッパにおいて、ユダヤ人の立ち位置がどのようであったかについて、大枠(ある意味教科書的)に整理された。

① キリスト教世界から見たユダヤ人との関係
  ・ キリスト教世界 ― 保護 → ユダヤ人 (土地を持たない宗教的共同体を認める)
  ・ キリスト教世界 ← 奉仕 ― ユダヤ人 (金銭的納税的な関係を含めて協力する)

② ユダヤ人から見たキリスト教世界との関係
  ・ユダヤ人 ← 共生 → キリスト教世界 (宗教的に関わらない、アラビア語の共同翻訳)
  ・ユダヤ人 ← 対抗 ― キリスト教世界 (改宗の強要への抵抗、教理的反論・論争文学)

③ 十字軍によるユダヤ人への迫害の理由
  ・十字軍の宗教的熱狂・経済的な理由などによる襲撃
  ・民衆も(わけもわからず?)加わった

ただし、どうしても分からないことがある。なぜユダヤ人がそこに(場所であれ地位であれ)いたのか、最初からいたわけではないのだから。そのことについて知りたい。

2019年5月26日日曜日

最高気温32.6℃ (ついに「バスチー(BASCHEE)」を食べる)

今日の東京都心の最高気温は 32.6℃(12:58)、3日連続の「真夏日」だ。二十四節気の「小満」をさらに3つに分けた2番目、七十二候の「紅花栄 (べにばなさかう)」にあたる。「ベニバナ(紅花)」が盛んに咲くころというが、あいにく身近にこの花(黄色の花弁ながら水に曝して赤色の染料になるという不思議ももちろん)を見る機会はない。

先日来求めたいたバスク風チーズケーキ「バスチー(BASCHEE)」を、今日ようやく食することができた。ちょっと遠回りした場所にあるコンビニ「ローソン」に出かけて購入。パッケージに「レアでもベイクドでもない」と記されているが、食味はまずもってネットリして重い。いわゆる酸味の効いたチーズケーキと違い、甘味も抑えてまったりとしている。いってみれば、腹持ちのいいチーズケーキだ。ちょっと意外な感がした。

(本ブログ関連:”チーズケーキ”)

ところで夜になって、BS日テレで、今年の1月1日に放送されたらしい紀行番組「壇れい初めてのスペイン! 魅惑のバスク」*(19:00~20:54)を途中からだが視聴した。
(*)番組: http://www.bs4.jp/guide/document/danrei_spain/
・かつて製鉄で知られた「ビルバオ」の町。グッゲンハイム美術館の紹介。
・対岸にフランスの町を臨む(バスク語教室の先生推奨の美しい町)「オンダリビア」を巡る。

(本ブログ関連:”ビルバオ”)

(Youtubeに登録のBS日テレ公式チャンネルに感謝)

2019年5月25日土曜日

最高気温31.9℃

今日も「真夏日」が続く。東京の都心の「最高気温」が31.9℃(14:33)を記録した。(昨日(5/24)の東京都心の最高気温は 31.0℃で、今年最初の真夏日だった)

(本ブログ関連:”真夏日”)

肌がぴりぴり焼けるような陽射しの中、公園に出かけた。久し振りに訪れたわけだが、小川も「自然観察園」も雑草だらけになっていて驚く。「ヒメジオン」なんて可愛いもの・・・とはいえ素人観察者には、名も知らぬ草ばかり。

小川道に沿ってイネ科の雑草が繁っている。以前(5/3)来たときは、「カラスムギ」が密集していたが、今回は雑然とした雰囲気で、まさに夏草に覆われた感じ。素人には同定は難しいが、穂の並び方と「芒(のぎ)」があるので、「ネズミムギ」ではなく「ホソムギ」のように思えるが・・・どんなものだろうか。
それらの間を「アカツメグザ」の花がまばらに続く。遠目に見ると「アザミ」のよう、近くで見れば大きな「レンゲ」のよう、少し残念な花だ。

自然観察園では、配置の「樹木観察クイズ」のプリントにそって樹木観察をした。木に標識番号が付いていて、解答もあって楽ちん。とはいえロープ囲いの中にあるので、葉の形がはっきりせず、花がまだ咲いていない状態で・・・なかなか実感が湧かない。

(追記)
今日、米国トランプ大統領が来日した。テレビのニュースは、表面的な行事だけ紹介して、交通規制とか、駅のロッカーが封じられたことについて市民が不満を述べる姿を報じた。そんなとき思い出すのが、以前(2017年9月19日)、ブログの雑談でこんなことを記したことがある。
「昔、WWⅡのノルマンディ上陸作戦で死線を越えた連合軍兵士たちが、意気揚々とフランスの田舎路を通り抜けていたとき、農家の窓が開き老婦人が『うるさい』と叫んだという。いつの世にも日常を最優先する人がいる」

2019年5月24日金曜日

最高気温31.0℃

暑さが極まった。今日の東京都心の最高気温は 30℃を突破して、なんと31.0℃(14:14)まで達した。今年の「夏日(25℃以上)」の記録については、前月4月に 1日だけだったが、今月5月に入ってから 9日、さらに「真夏日(30℃以上)」の今日が加わったことになる。天気予報によれば、この後3日ほど間真夏日が続くという。

(本ブログ関連:”夏日”)

(参考)夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜など気象庁の用語
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・夏日   : 日最高気温が25℃以上の日。
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日。
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日。
・熱帯夜: 夜間の最低気温が25℃以上のこと。(気象庁の統計種目にはないが)
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暑い夏は、波止場にたたずみ、あるいは座って潮風で涼んでみたい。きらきら輝く波を見ていると、何も変わっちゃいないってことに気付く。CMにも使われた、世界の(ストリート?)ミュージシャンが歌いつないだ「(Sittin' On) The Dock Of The Bay 」をYoutubeで聞いてみよう。自然と溶け合ったのか、それとも宙に浮いてしまったのか判然としない時間を過ごすのもよいものだ。


(Youtubeに登録のPlaying For Changeに感謝)

2019年5月23日木曜日

バスク風チーズケーキが食べられず

前々回の「バスク語教室」で、先生からコンビニ「ローソン」でバスク風チーズケーキ「バスチー」*が発売されていて、どうやら美味しいらしいと話題にされた。受講者で、それを食べたことのあるのわずかだった。どんなものか気になった。

(*)バスチー: https://www.lawson.co.jp/recommend/original/detail/1367433_1996.html

以前、チーズケーキ作りにチャレンジしたが大失敗したことがある。ためにチーズケーキに関心が強く、ましてバスク風となればなおさら。ところで、コンビニのローソンは、遠くの公園に行く途中にしかなくて、購入のタイミングを持てずにいた。

(本ブログ関連:”チーズケーキ”)

まるで真夏のような強い陽射しの昼間、そのローソンへ寄ったところ売り切れていて、午後3時に入荷するという。一昨日が「小満」だったので、木々の葉が深緑色に染まる様でも見ようと、そのまま公園へ向かうことにした。洒落たグリーン色したペットボトル入り「生茶」と新聞を購入した。

ベンチに腰掛けて、新聞を読んでいると風にめくれた。一瞬目に入った記事をあらためて確かめようと目を凝らしたが見つからない。何度探しても紙面に見当たらない。そんな馬鹿なと、帰宅してネットで確認するとちゃんと表示される。もう一度、新聞を読み直すと見つかった。ベタ記事と思い込んだのが間違い、実は(灯台元暗しのようなことだが)大見出しの記事を見誤ったのだ。

以前、物が何かの下に隠れたりすると、その存在が見当付かなくなって大慌てしたことがある。多分、これが老化の始まりと心配した。今度は、手にした新聞紙面の中で探し回ったのだから・・・。

2019年5月22日水曜日

ゲフィルテ・フィッシュの食べ方

先日(5/15)のイディッシュ語の勉強会で、ユダヤ料理を食べながら会話練習をするという洒落た機会を得た。考えてみれば、イディッシュ語に関心を持ちながら、ユダヤ料理を一度も食したことがないというのが不思議。今回それを一挙?に解決できたと思う。

(本ブログ関連:”イディッシュ語クラブ”)

メニューに「ゲフィルテ・フィッシュ(Gefilte fish)」(魚肉のつみれ風だが柔らかくて穏やかな・淡白な味)があって気に入り、授業後その瓶詰めを売店で購入した。「Manischewitz」製の「Premium Gold  Gefilte fish」(ニンジンが少々入った)で、6個入りのもの。Manischewitzは、コーシャ(食物規定)にのっとった、米国では知られた食品会社のようだ。瓶ラベルに食材について、「アメリカの五大湖で漁った」ものから選りすぐったとあり、材料として「コイ」の表示がある。(淡水魚とは意外だった)

売店で購入したとき、(日本の)家庭料理に使うなら「わさび」と一緒に食するとよいとアドバイスを受けたが、今回はちょっと違う使い方をしてみた。そして、今日食べ終わった。

結論からいえば、最近「うどん」(冷凍うどんの場合実に食味がよい)に凝っていて、その際の「つゆ」作りに(千切りした塩昆布と合わせて)、ゲフィルテ・フィッシュを粗く刻んで味出しに使った。
いってみれば、「つみれ入りのうどん」であったり、「肉うどん」といったジャンルに入る。熱いうどんと一緒に食べると、ゲフィルテ・フィッシュから常温では気付かない独特な甘みが出るのを感じた。今まで経験したことのない、新種のうどん料理ができたことになる。

2019年5月21日火曜日

2019春期バスク語-6(小満2019)

二十四節気「小満(しょうまん)」の今日、雨に濡れた木々の若葉は緑を深め繁っている。「立夏」も過ぎてのこと、気分は初夏のはずだが、気象庁のカレンダーの「夏」は6月から。まずは、梅雨(例年の「梅雨の入り」は6月8日)まぢかである。
昨日のブログに、勘違いして「小満」について記してしまった・・・ここに訂正

(本ブログ関連:”小満”)

朝から雨風が止まず、夕方の「バスク語教室」がどうなるのか気掛かりだったが、5時過ぎには雨もすっかり上がった。傘も持たず出かけた・・・結果は、大丈夫だった。

(本ブログ関連:”バスク語”)

今回も、宿題のプリントを全員が順に回答し、新しい章ではいつも通り丁寧な解説と説明をいただいた。(テキスト第4章)
① 能格(主語)で、次の文を使えるようにする。
  ・否定文: 「いいえ(Ez)」を使う場合
  ・疑問文: 回答が、「はい(Bai)」、「いいえ(Ez)」の場合
  ・疑問文: 疑問詞「何を(Zer)」、「誰が(Nork)」を使う場合

 ② その他の表現
  ・「ある一つの~だ(~ bat(dut))」、「~という名前だ(~ du izena)」
  ・数詞(-ta = eta)、時刻/時間(何時ですか?(Zer ordu da?)、~時です)

③ 話題
  ・TV番組「世界遺産」*: バスク地方の鉄の町だったビルバオ**にある「ビスカヤ橋
    (*)TBS: https://www.tbs.co.jp/heritage/1st/archive/20080224/onair.html
    (**)本ブログ関連:”ビルバオ
  ・子どもの命名: (フランコ死後)バスク語の名が自由化され、音の良さに頼った奇妙な名付けがある。

2019年5月20日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-6

空は日が射して気分も軽く、昼前に市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」へ出かけた。6回目の今日は、「イスラーム世界の形成とユダヤ人の繁栄:地中海とインド洋交易」について、立教大学講師の嶋田英晴氏に解説いただいた。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

少々足早のため、理解が追いつけないところがあったが、次の資料を紹介された。イスラムとユダヤの共存した時代を知るのに参考になるという。(前回(5/13)の講演で少し予告的な話題があったが・・・現状では、ユダヤ社会とイスラム社会の(歴史的な)関係があまり語られていない)
「ユダヤ教徒に見る生き残り戦略」(嶋田英晴著、晃洋書房)

1.イスラム世界の通史
    - ウマイヤ朝 ⇒ アッバース朝(中東地域)
    - 後ウマイヤ朝(イベリア半島:スペイン)
    - ファーティマ朝(北アフリカ)

2.イスラムのイベリア半島まで地中海の展開に合わせたユダヤ社会の拡充
    - 10,11C全般: ユダヤ教徒は地中海交易で活躍
    - 11C末以降: 十字軍襲来、活躍の場を紅海経由でインド洋に移す
    - 12C後半~13C半ば: 徐々に衰退

3.イスラム圏内で主として商業活動をした要因
    - 地租税は重く、人頭税はそれに比べて軽いため、9C初頭に農業従事から撤退を完了

4.アッバース朝下のラビ・ユダヤ教中央指導集団体制
    - ガオン: 各地のユダヤ共同体からの立法について宗教的規範に即して回答
    - レシュ・ガルータ: イスラム圏下ユダヤ教徒の自治の代表(バビロン捕囚時のユダヤ国王の系図)
    - ジャフバズ: 宮廷銀行家としての特権を付与された

昔、イスラムの経済圏下で、各地の有力ユダヤ商人は、婚姻を通して連係をはかった。

夕方になっての帰宅道、空を見上げればねずみ色の雲が小走りするよう。今にも雨が降るのではないかと急いだ。

(付記)
市民高座は、講演という形式で、口頭による要約を聴き概要を知るわけで、素人には受け身の(ある意味気楽に)聴講することになり、なんだか知った気(その気)になるが、研究者は実際に現地に出向き資料を読み解くという、多言語な作業をされている。そんな話題もちらりと聞かせていただき、学術研究とは本当に大変な仕事だと感服した。

2019年5月19日日曜日

落語噺を聴く

昔、職場の同僚と一緒に落語を聴きに行こうということで、「新宿末廣亭」に出かけたことがある。素人ファンでも知る有名な落語家たちが、綺羅星のごとく多数出演した。テレビやラジオで視聴するのと違い、直接生で聴く面白さを実感した。(他にも、上野の「鈴本演芸場」などへ行ったことがあるが、素人ファンの観光気分の域を出ていない)

(本ブログ関連:”落語”)

最近、近くの飯屋に入ったところ、テーブルに落語噺を聴く会の案内パンフレットが置いてあった。久しく落語を聞く機会がなく、フッと思いついたように関心が湧いてきて、店を出て直ぐに電話予約した。

落語会は小会場ながら、地元人びとが参加する、手作り感のある集いという気がしたが、実は、これまでに100回以上続く伝統を持ったものだった。(主催者に感謝)

< にわか・素人落語ファンが、修行を重ねた落語家について軽々語れる言葉はありません。大衆が酸いの甘いの経験して、長い熟成を経て紡ぎだした言葉が落語に集成され、それを語るに人生経験の裏打ちがあってこそといった気がします 。落語家は、常に緊張関係を持ったライブの演技者だと思います。>

出演の落語家と演目を次に記す(話された順ではない)。また、演目については、直接掲示されたわけではないが、Wikipediaにほぼ同じ内容が紹介されている。

林家正雀(8代目林家正蔵[後の林家彦六]に入門)
 ① 「紙入れ
 ② 「百年目

台所おさん柳家花緑に入門)
高座名について、師匠の「花緑」の師匠である「五代目 柳家小さん」が「台所」の名を好んだというが、弟子にその名を受ける者がいなかったところ、台所おさんが自ら申し出たそうだ。
 ① 「抜け雀」(似た展開のものに「竹の水仙」がある)中国の奇聞・奇談にありそうな気がする・・・。
 ② 「芋俵

林家彦星(林家正雀に入門、前座)
 ①「牛ほめ

2019年5月18日土曜日

(知りたいこと)人類とオオカミ

今週の「ニューズウィーク」(日本語版)に、見開き2ページの小記事「オオカミから進化した最強のパートナーたち」がある。オオカミがどうやって人類とともに進化を歩んできたかを紹介する書籍の「ワンス・ア・ウルフ(Once a Wolf)」の著者ブライアン・サイクスとのインタビューだ。合わせて、オオカミからイヌへの進化について概要を語っている。

インタビューということだが、メール上のやりとりのように見えてしまう。

結論からいえば、人類はイヌ(オオカミから飼いなされた)と一緒に、他の人類(ネアンデルタール人たち)などを征服してきたというのだ。これって、以前出版された「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた(The Invaders: How Humans and Their Dogs Drove Neanderthals to Extinction)」(パット・シップマン著)とどう違うのだろうか。

「ワンス・ア・ウルフ」の日本語訳がでたら、すでに日本語訳されている「ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた」と読み比べてみたい。

(本ブログ関連:”オオカミ”)

2019年5月17日金曜日

森林浴

昨日のブログに「月光浴」について触れた。といっても、月のわずかな光を頼りに(長時間露光)撮影した写真集のことだが。月明かりに照らされた自然の姿が余りに幻想的で、神秘的なのに感動を覚えたものだ。

同じ「~浴」の名を持つのに、「森林浴」(Wikipedia:日本では1982年に当時の林野庁などによって提唱)があって、昔ブームになったことをブログに記したことがある。青葉繁る森(特に針葉樹林)を巡ると独特な香りがする。香りの物質を(ソ連の生物学者が発見した)「フィトンチッド(Фитонциды、Phytoncide)」といい、植物が防御反応で放出する揮発性物質という。

(本ブログ関連:”森林浴”)

日本ではYoutubeに関連映像が多数見受けられる。「Фитонциды」または「phytoncide」で検索してみると、本家のロシア(ソ連)では、効能が語られているようだが、英語版などは、日本発の映像が使われているようで(日本情報に敏感な韓国版もあるが)、欧米での普及はよくわからない。
また、日本版Amazonで「フィトンチッド」関連商品を検索すると、あまり知られていない商品が出てくる。肌に直接触れる物だけに若干の躊躇がある・・・。

現在の日本では、森林浴は一部信奉者だけの言葉として残っているのかもしれない。うっかりすると忘れられそうな観もある。(特に、若い人には余り知られていない気がする)

月光浴

帰宅道、東の空に月齢 11.2の月が浮かんでいる。なのに星一つ見えない。厚い雲が垂れているわけではない、むしろ空全体に青味すら感じて不思議な気がした。きっと、月明かりだけ通す薄い雲が空を覆っているのだろう。

先ほど見た旅番組で、タレントと何ごとも無頓着な漫画家が、夜の岬を訪れたとき、撮影用の照明を落とした瞬間、歓声をあげた。まるで、岬の先が「天の川」へ通じているようだというのだ。星明りの強烈さを、そのときのテレビカメラの感度では伝えられなかったという。

照らされて影ができるほどの、煌々とした月明かりも浴びたい。あるようでない経験だ。

昔のこと、写真集「月光」(石川賢治*、1990年)が話題になったことがある。微かな露光の月明かりを頼りに、サイパンの岬に打ち寄せる波を撮影(長時間露光)した「岬と波」(1985年)の写真はまことに印象的だった。月明かりに照らされて岬に砕ける波が、雲海のように(あるいは、夜光虫が輝いているように)見せるのだ。想像すらできなかった光の世界、光の妙味である。

(*)石川賢治「月光欲」のホームページ: http://gekkouyoku.com/


(Youtubeに登録のmansaku1966に感謝)

(付記)
ちなみに、「~浴」にあたる「森林浴」がある。Wikipediaによれば「日本では1982年に当時の林野庁などによって提唱」されたという。他のネットニュース(複数)に、日本発祥のブームとのこと。

(本ブログ関連:”森林浴”)

2019年5月15日水曜日

イディッシュ語クラブ-2

先月(4/18)から月1回の割合で始まった「イディッシュ語クラブ」の第2回目の今日、一人で会場を訪れた。初回時、駅から会場までの道筋が複雑なため、クラスメイトに同行をお願いしたが、今回は遠慮して、(右足「ふくらはぎ」が少々つり気味にも関わらず)良く頑張ったと思う。

(本ブログ関連:”イディッシュ語クラブ”、”イディッシュ語”)

先生は、ネイティブであり多言語話者でもあるため、言語習得についていろいろなヒントをいただいた。今回新たに(といっても以前、先生の指導を受けたことのある)参加したクラスメイトの・・・これまた多言語振りに接して、流暢に喋れるのではないかと錯覚してしまいそう。

ユダヤ料理を囲みながら会話練習、食後にはイディッシュソングを歌うといった、ちょっと贅沢な時間を過ごした。
① 食事(全般に淡白だがユダヤ家庭料理を楽しめた気がする)
  ・ピタ: カレーのナン風だが、もっとパン寄り
  ・サラプ:賽の目に切ったトマトで飾ったコールスロー風サラダ
  ・ポテトフライ
  ・フムス: ひよこ豆を擂り潰してペースト状にしたもの
  ・ゲフィルテ・フィッシュ: 魚肉のつみれ風だが柔らかい穏やかな味(授業後、瓶詰めを売店で購入した)

② イディッシュ語会話練習(事前に教材がメール配信された)
  ・食事をしながらの会話練習のため、ついつい食材や味覚表現のメモもが残った
  ・出身地の紹介の表現

③ イディッシュソング「暖炉の上で」をみなで歌う
  ・19世紀末にイディッシュに人気のあった曲を歌い、歌詞について解説いただいた 。


(Youtubeに登録のThe Soul of Jewish Musicに感謝)

④ 初級イディッシュ語学習のコツ
  ・名詞: 単数形と複数形(語形が単数と違うことある)を合わせて覚えること。
  ・活用: 格変化を一覧表にして覚えようとせず、会話練習の中で習得すること。

2019年5月14日火曜日

2019春期バスク語-5

天気予報では、午後に雨混じりとなり、夜は本格的な雨降りのはずだった。夕方、「バスク語教室」へ出かけたとき、小雨がぱらつくほどで、帰り道の夜分には一瞬霧雨かといった程度だった。昨日からふくらはぎに鈍痛があって、雨の中の歩行を心配したけれど、幸いな結果になった。(雨はやっかいだが、直に(例年6月8日になれば)梅雨入りになる)

(本ブログ関連:”バスク語”)

前回の「バスク語教室」は、4/23(第4回)だったので、実質3週間のブランクがある。ネジを撒き戻すのに心配したが、クラスメイトの真剣ぶりに引っ張られた。

今回も丁寧な解説と説明をいただき、宿題のプリント教材を全員が順に回答した。(テキスト3章)
① 目的語を「持つ」主語として、新たに「能格」が登場
  ・(前回) 主語(絶対格)+ 名詞/形容詞(絶対格)+ である(英語:be相当)
  ・(今回) 主語(能格)   + 目的語(絶対格)       + 持つ(英語:have相当)
② 主語(能格)の作り方
  ・固有名詞の場合
  ・普通名詞の場合
③ 「ベレー帽」について
  ・バスクの男性は60歳になると「ベレー帽」を被る。
  ・競技でチャンピオンになったときや、郷土の伝統的な祭りのときも被る。

授業後、バスクの「ベレー帽」と、周辺の、例えばフランスの「ベレー帽」との関連について、クラスメイトとともにうかがった。

2019年5月13日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-5

先週の今日は、二十四節気の「立夏」だった。気分は初夏だ。寒いのが苦手だったのを忘れて、陽気に誘われて歩き回ったところ、調子に乗りすぎたのか「ふくらはぎ」がつり気味になった。よい天気の今日、用心しながら、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に出かけた。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

5回目の今日は、「『ユダヤ教』とはどのような宗教か: キリスト教と異なる道を歩んだユダヤ教」について、前回に引き続きユダヤ宗教史学者の市川裕氏(東京大学教授)に解説いただいた。

1.ローマに神殿を破壊されて流浪の民となった、ユダヤ人のその後をたどった。
  ① エルサレム神殿の概観(動画や写真を交えて紹介)
   ・ヘロデ王大改造時の神殿の姿と、現在の「なげきの壁」の位置
   ・(現在の旧市街の区割り <ユダヤ教、キリスト教、イスラム教[岩のドーム]> )
  ② ローマによる神殿の破壊
   ・あえて強大なローマと戦ったのは、よほどのことがあった
   ・ローマに残る凱旋門に、戦利品としてのユダヤの燭台のレリーフがある
  ③ ローマとの戦いに敗れた後の「持ち運びできる国家」としてのユダヤ教
   ・ユダヤ人は国を失い流浪の民となりながらも、ユダヤ人として生きた
   ・ラビとユダヤ教は、離散後のユダヤ人として生き方(共通認識)をまとめて示した
     - 神と向き合う生き方: 神とつながればどこででも生きられる
     ー 神の教え(トーラー)を「成文トーラー」(モーセ五書)、「口伝トーラー」(ミシュナ)にまとめた

2.ユダヤ人とイスラム世界の関係が、(欧州のユダヤ観と違って)密接であったことを紹介をされた。
  ① ユダヤ教とイスラム教は、律法主義という点で似ている(連続性がある)
  ② イスラム世界で、ユダヤ人は「啓典の民」として保護され、活躍した

ユダヤ人とイスラム世界の交流について、市川氏が著した岩波新書の「ユダヤ人とユダヤ教」(第一章二節)に、イスラム世界との関係を吟味する必要性が語られている。私たちが知る欧州・中東の歴史が、実は欧州のキリスト教的な歴史観によるものということを気付かせてくれる。(ギリシャ文化の伝播にしても、イスラムのアラビア語翻訳を通じてローマに伝わったのだから)

2019年5月12日日曜日

(雑談)ファッションが残ってしまうこと

昔、亡き母が女学生だった戦前のころのこと、東京と地方のファッションの時差が、一ヶ月近くあったという。流行に敏感な女学生ゆえ、その差を縮めたいだろうにと思ったが、推測するに、雑誌など見て先取りしても、周囲がじわじわと変わっていくのに歩調合わせしないと、浮いてしまうことになる。浸透するのに結構手間取ったようだ。

中央との流行の時差にはいろいろあるが、逆に流行後に残ってしまうものもあるようだ。今ではメディアで使われることのなくなった(避けられる)言葉に「地方文化人」があって、ベレー帽*スタイルの独特な雰囲気があった(続いた)。今から考えれば、ある種の心意気といってもいいかもしれない。

(*)ベレー帽: 戦後ヨーロッパ映画に登場するレジスタンの象徴のようなものだった。

ほんの少し前でも、テレビに出てくる男性コメンテーターの間で、ハイネックのような(襟が首を巻いているような)ワイシャツ?が流行ったものだ。まあ、こちらは直ぐに廃れたが。他方、昔から気になることに、新聞記者出身の論者の髪型が、左右を問わず独特なことだ。主張(主義)とファッションが記号化された時代の産物といっていいのかもしれない。これって日本特有の風潮なのだろうか。

おかしなファッションは、ファッションがフォーマル化するといった構図とは別種の結果になる。いい歳をした連中が、鏡の前で一生懸命髪型を整えているなんて・・・。

2019年5月11日土曜日

母の日 2019、早めに母の日の歌を聞く

明日は「母の日」、そこでYoutubeで「Mother's Day」を検索したら、一番上に登場したのが「The Kiboomers」*(就学前の子どもたちのための音楽サークル)が提供する「Happy Mother's Day」の歌。おめでとう母の日というべきか、子どもたちの決意表明のようで、その誓いがかわいらしい。

(*)The Kiboomers: https://thekiboomers.com/

一日早いが、つい聴いてしまう。まるでクリスマスソングのように楽しくて賑やかな旋律、「お部屋をきれいにするし、ベッドもきちんと整理する、おもちゃもちゃんと片付けるよ、だって今日は母の日だもの、いい子になるよ」と歌って贈り物をする。


(Youtubeに登録のThe Kiboomers - Kids Music Channelに感謝)

2019年5月10日金曜日

公園のポピー畑で

例年、公園の一画に「ポピー」の花が咲き、目を楽しませてくれる。今年もポピー畑を紅い花弁で埋めてくれるだろう。そんなポピーの間に、青色や白色の花も咲いていて、お伽噺の絵本の背景にでもなりそう。現場で見れば、美しい色彩のバランスを感じることができるのだが。

(本ブログ関連:”ポピー”)

そんなパステル風の世界と無縁に、ベンチに座って、先日ブックオフで入手した本を読み始めた。「汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師  -  インテリジェンス奇人伝」(手嶋隆一著、マガジンハウス)だ。

こんな話から始まる。WWⅡ中、ユダヤ人画商が所有していたモディリアーニの絵「杖をついて座る男」が独軍の手に落ち、行方不明となる。戦後、サザビーズのオークションに登場したことから、画商の孫とオークションの落札者側との間で所有権争いが始まったものの、落札側の企業は現所有者を不明で押し通した。ところが、別のところからその現所有者が明らかとなる。「パナマ文書」の解読から、落札側企業のオーナー=現所有者が判明したのだ。現所有者もユダヤ人だった。

話はさらに「パナマ文書」事件へと飛び、世界の権力者たちの蓄財の実態があからさまになる・・・と言った具合に進む。日頃、テレビでさまざまコメントされる手嶋氏の語り口とは思えないほど(失礼!)に快調で、引き込まれていく。

ポピーの可愛らしい世界とは全く別の世界へと展開してしまった。


2019年5月9日木曜日

(雑談)自動車の運転

子どものころ住んでいた社宅に技術者の家族がいて自動車整備を楽しんでいた。休みの日などに、技術者が車を運転する光景が見られた。車は坂道を滑らかに下って行ったが、帰りの登り坂で難儀することがあった。息子と一緒に手押ししている様子を眺めたりした。よほどに「機械遊び」が好きな人たちと思った。自家用車が珍しい時代の話だ。

昔、車が若者にとって憧れであり、ステータスだった。ジェームス・ディーンの映画「理由なき反抗」では、女性を意識したなかで度胸を示すツールだったりした。自動車は、ある意味一つのシンボルだった。そんなナイーブな青春群像とは別世界で、(むしろ現実の世界でだが)車はまかり間違うと犯罪の手段にもなった。大久保事件のような話をしても、今の若い人には通じないようだ。見知らぬ車に吸い寄せられて、同乗してしまうなんてことは到底考えられないのだ。昔は、車にそれほどの魔力があった。

今は、人口減少もあるだろうけど、若い人の車離れが進んでいるという。都市生活に、車がなくても何ら支障はない。私の場合、行動範囲が狭まっていても、近くにコンビニがある。もちろん、幼い子育ての時代には車が必要だったが。
一方、地方の街や農村では、交通網が削られて個人ごとに自家用車が必要だったり、店舗が減少して遠くまで買い物に出かける必要があったりするという。

以前、自動車の運転免許証を地元警察署に返却に行ったとき、随分早い年齢ですねと受付でいわれたことがある。そのときのいきさつはブログに記した

(本ブログ関連:”自動車運転免許証”)

最終的に運転免許証の返却を決断をさせたのは、Youtubeに登録された、ある寒い雪国で起ったたくさんの自動車事故映像(車載カメラで記録されたもの)を見ているうちに恐ろしくなってきたからだ。整備不良、不注意、何より交通ルール無視の結果だが、歳とともに誰にでも起り得ると不安になった。

最近の交通事故報道は、事故時のパニックとその判断力、もともとの適正など考え合わせるべき課題を示唆する。本来、運転者自身が自覚すべきものと思うのだが。
ただし、繰り返されるニュースを見ていて気になることがある。だから人間はダメで、AIなどで安全性を確保した自動運転の車が必要なのだという <誘導> につながっていないことを信じたい。

2019年5月8日水曜日

メンデルスゾーン「5月の風」

朝から雲ひとつない、まさに快晴の一日だった。5月の心地よい風を受けながら、先日の「こどもの日」に余りの混みようでできなかった、公園併設の「たてもの園」友の会の更新手続きに行ってきた。

ところで、メンデルスゾーンといえば、音楽家のフェリックス・メンデルスゾーンが浮かぶ。といっても学校教育で名前を聞いたくらいなので、代表曲*が何か知らない・・・「夏の夜の夢」がそうだというので、その「序曲」を聴いてみたが思い出せない。その程度なので、何も語れない。ところで、Wikipediaに、彼が語学に堪能だったという記載がある。ユダヤ系に特徴的な才能だろう。とはいえ、彼は宗教的に「ルーテル教会」に属したという。

(*)代表曲:「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」が有名とのこと・・・たしかに耳慣れた曲だ。
       ブログ「中野京子の『花つむひとの部屋』」記載の「メンデルスゾーンへの低い評価--ユダヤ人であるがゆえに」 (2006年06月09日) に記されている。(ワグナーとメンデルスゾーンを軸に歴史的背景を解説している)
  https://blog.goo.ne.jp/hanatumi2006/e/625364a0e24add179d0b94d0d652b316

そのフェリックス・メンデルスゾーンの祖父「モーゼス・メンデルスゾーン」は、国民国家の時代に、啓蒙思想によりユダヤ教を含めてあらゆる宗教が共存されることを説いたようだ。その意味で開明的な家系だったのだろう。

というのも、現在聴講している市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に、事前準備のため来られた、これから講演予定の講師の方から、フェリックス・メンデルスゾーンと、モーゼス・メンデルスゾーンの関係を聞かされた。(今、教科書的な理解でしかないので、これからの講演で詳細をうかがえたらと思う)

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

ここでは、風そよぐ新緑の五月の情景を歌った、フェリックス・メンデルスゾーン作曲の「無言歌集 第5巻 Op. 62 - 第1番 ト長調 『5月の風』 」を聴いてみよう。


(Youtubeに登録のnaxos japanに感謝)

2019年5月7日火曜日

錫高野へ行こう!

先日、鉱物仲間から、鉱物採集の誘いの電話をいただき、茨城県にある「錫高野(すずこうや)」へ、今月末出かけることになった。同地へ行くのは、20回目の 2015年2月1日(日)以来。そもそも、鉱物採集をしたラストが、山梨県にある「鈴庫(すずくら)鉱山」に訪れた2016年5月22日(日)で、3年近く足が遠のいていた。

今年になって山歩きが大丈夫とのお墨付きをもらい、久し振りに再開するつもりでいた。そんなときに誘っていただいた鉱物仲間に本当に感謝している。

(本ブログ関連:”錫高野”、”鉱物”)

鉱物採集のバイブル「鉱物採集 フィールド・ガイド」(草下英明著)を見直していると、そわそわしてくるのがわかる。「鉄マンガン重石」は何度も採集できた(拾えた)が、美しく輝く「錫石」との直接な出合いがない・・・今回、淡い期待を抱いている。もしできたら、縦筋の条線がある「トパーズ」とも巡り合いたい。

ああ、いけないけない妄想がふくらむ。

2019年5月6日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-4

10連休(4/27~4/6)の最終日、世間はどう過ごしているだろう。ネジを撒き戻したり、タキシング・モードに入ったり、明日から始まる日常へ戻る準備をしていることだろう。わたしの場合、常に日常なので気持を入れ替える必要はないのだ。

月曜日に開催の市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」(これまで3回開講)は、長い連休の余波で 4/29の月曜日が休講になったが、(5/5の「こどもの日」が日曜日だったことによる)「振替休日」の今日は休講にならなかった。大部分を占める年配受講者にとって、休日・祝日が無縁だからと合点している。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

4回目の今日、「アレクサンドロス大王からローマ帝国へ:イエス時代のユダヤ世界」について、1回目を担当されたユダヤ宗教史学者の市川裕氏(東京大学教授)に解説いただいた。ユダヤ教(Judism)の成立を、次の政治的大事件でたどった。

① ギリシャ(ヘレニズム、Hellenism)の影響:英雄アレクサンドロス大王と後継のセレコウス朝
  a.アブラハムの移動経路(偶像の地のメソポタミアから)
     ・ウル -(北上)→ ハラン -(南下)→ カナン
  b.モーセ出エジプト(奴隷からの脱出)
      ・エジプト -(紅海)→ ネボ山
  c.上記a,bの中間に生まれた小国家は、ギリシャ文明の影響を受ける

② ローマ帝国の影響
  a.ユダヤ人は、エルサレムを中心に領土を拡大するものの
     ・海側、内陸側に住むユダヤ人以外の民に「ユダヤ教」を強要(改宗規定)
   b.ローマは、ヘロデ王死後にエルサレムを制服して「直接」支配する
     ・ローマと友好関係持ったヘロデ王は神殿などの土木建築をした
     ・ローマは、ユダヤよりシリアの方を重視した
  c.ローマに対するユダヤの抵抗とキリスト教の誕生
     ・メシア待望論
     ・ユダヤ教からキリスト教の誕生(別の意味でのメシア待望)

歴史はダイナミックで、変化し・変化させられる。その動きを、視点を変えてみる楽しみもある。

2019年5月5日日曜日

子どもの日2019

祝日「こどもの日」の今日、2つの場所を巡った。一つは、「こどもの日」の公園の賑わい振りに触れたくて(合わせて、公園併設の「たてもの園友の会」会員の更新手続きのため)、もう一つは、「調布飛行場」を拠点にするローカル線定期便の離着陸の様子を見たくて出かけたわけだ。

(本ブログ関連:”こどもの日”)

公園は、なるほど、こどもの日らしい賑わいである。園内のいずれの原っぱでも、走り回る子どもたちの声が溢れていた。きゃっきゃといった笑い声だけでなく、叫び声、泣き声で満ちていた。親ときたら、最近の傾向だが小さなテントを持ち込んで、そこから見守っているようだ(10連休の終わりまであと2日、さすがに連休疲れしているのかもしれない)。

こどもの日の特典で、公園併設の「たてもの園」は無料開放された。同施設の入り口には、親子連れの長蛇の列ができていて、待ち時間を考えると、友の会の更新手続きを後日に改めることにした。(おまけに園内の売店食堂まで客で満員だった)

次に、久し振りに調布飛行場へ向かう。連休のかき入れ時と思うに、同空港を拠点にするNCA(新中央航空)のドルニエ228が3機も駐機していた。気にしていると、2機が次々と飛び立った。あわてて写真を撮ったが、金網越しの撮影のため小さな機影しか写っていない。本当はブログに載せたかったが残念・・・航空雑誌のような訳にはいかない。

(本ブログ関連:”ドルニエ228”)

空港ロビーに置かれた自動販売機*から、以前も求めたことがある、神津島の「岩のり風味」(黒潮商会)を、神津島まで往復した気分で購入した。直ぐに食べるのがもったいなくて、今も私の机の上に置いてある・・・明日にしよう。

(*)自販機(調布経済新聞): https://chofu.keizai.biz/headline/2276/

2019年5月4日土曜日

みどりの日2019

近くの都市で「雹」が降ったそうだ。驚きだ。わが家近くの一帯で、雨を含めてそんな跡が全くなかったし、昼前に隣り町に出かけて、いつもの大型書店で面白げな書籍を購入し、喫茶店で一読した後、夕方ころ帰宅したが、そんな空模様を微塵も感じなかった。

書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。

ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。

日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。

山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。

年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。

2019年5月3日金曜日

憲法記念日 2019

今日は祝日の「憲法記念日」だが、4月末の土曜日(4/27)から、月をまたいで5月5日の祝日「こどもの日」に至る10連休の一部になる・・・その程度に意識しているのが正直なところだ。

(本ブログ関連:”憲法記念日”)

10連休になったのは、従来いわれるゴールデンウィークに、5月1日の、新天皇のご即位による改元の日の祝日が加わったためだ。そんな訳で、このような長期間の連休になるのは今回だけかもしれない。(ちなみに「ゴールデンウィーク」は商業用語(映画業界発といわれる和製英語)のため、NHKなどでは「春の大型連休」と呼ぶそうだ)
     4月27日(土曜日
     4月28日(日曜日
     4月29日 昭和の日
     4月30日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  1日 天皇の即位の日新天皇のご即位による改元の日の祝日
     5月  2日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  3日 憲法記念日
     5月  4日 みどりの日土曜日
     5月  5日 こどもの日日曜日
     5月  6日 振替休日  ← 休日/祝日が他の休日/祝日と重なる場合、月曜日以降を休日にする

私は、休日や祝日と直接関わりない生活を送っているため、10連休とはいえ、いつも通り過ごしている。実際、外出しても、人出をあまり意識しないほどだ。自宅を中心に過ごしている人々にとっては、今回の連休は長過ぎて持て余し気味かもしれない・・・そんな気がする。

今日の最高気温は、まさに「夏日」の 25.0℃ だった(今年に入って 4/22の 25.6℃ に次ぐ)。そんな陽気に誘われてまた「自然観察園」を訪れた。
子どものころから、美味しいおかずを最初に食べるか、それとも後に残すかといった問題がある。私はできるだけ残すくせがある。観察園の観察についても一気に済ませないで、少しずつ楽しんでいる。今日で、80%ほど踏破したことになる。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

クサイチゴ?
今年に入って4回目の今日、地味な野草に目を向けた。写真の花は、皺のある5枚の花弁を持つ「クサイチゴ」(白色)と思われる。数株しか見つけられなかったが、木漏れ日を受けて輝いていた。(ガイド資料に記載がなく・・・ネット情報から推測した)

その他に、小さな花弁の「ウマノアシガタ」(黄色)が小風に揺れていた。もっと地味な花は「フタリシズカ」(白色)だろう。名前をたどれば「静御前」が浮かんでくる。

以前記した、茎の周りに独特な形の花弁を連ねて囲む「オドリコソウ」(淡紅色)の群集が、新しいコースで艶やかに目だった。同じく、外来種の「セリバヒエンソウ」(淡紫色)が園内を圧倒的に広がっていた・・・放置に近いのが気になる。

2019年5月2日木曜日

八十八夜 2019

今日は雑節の「八十八夜」。日頃使っている二十四節気とは別に、雑節は特別に設けられた暦日で九つある。八十八夜はその代表的な一つだ。農作業のように気候や天気と密接な生活をしているわけでない身には、カレンダーを見てようやく気付くことが多い。俳句の季語よりも代表的な節目なのだろうけど。

(本ブログ関連:”八十八夜”)

八十八夜といえば、「夏も近づく八十八夜」の詞が浮かんでくる。文部唱歌「茶摘」(1912年、明治45年)は、この時期に、街路樹の若葉が初々しい黄緑色に輝いているのを見てふと感じる、初夏の鮮やかさを合わせて思い浮かばせてくれる。

1.夏も近づく八十八夜
     野にも山にも若葉が茂る
     あれに見えるは茶摘みぢやないか
     あかねだすきに菅(すげ)の笠

2,日和(ひより)つづきの今日このごろを
     心のどかに摘みつつ歌ふ
     摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
     摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ

唱歌とはいえ、民謡に通じる労働を盛りたてる賑やかさや健康さがある。さらに、民謡に必ず色をそえる働く女性の姿(艶やかさも含めて)をちゃんと描いている。茶畑作業の最盛期のころを歌っているそうだ。


(Youtubeに登録のChaAに感謝)

2019年5月1日水曜日

即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば

今日から元号が「令和」になった。皇居・宮殿「松の間」で、新天皇陛下は「即位後朝見の儀」にあたり次の言葉を述べられた。続いて、同即位後朝見の儀で、安倍晋三首相は「国民代表の辞」を述べた。

「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば」(宮内庁: 令和元年5月1日)*
(*) 宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47
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   日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。

   この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。

   顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。

   ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽(けんさん)に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。


(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)

I have hereby succeeded to the Throne pursuant to the Constitution of Japan and the Special Measures Law on the Imperial House Law.

When I think about the important responsibility I have assumed, I am filled with a sense of solemnity.

Looking back, His Majesty the Emperor Emeritus, since acceding to the Throne, performed each of his duties in earnest for more than 30 years, while praying for world peace and the happiness of the people, and at all times sharing in the joys and sorrows of the people. He showed profound compassion through his own bearing. I would like to express my heartfelt respect and appreciation of the comportment shown by His Majesty the Emperor Emeritus as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan.

In acceding to the Throne, I swear that I will reflect deeply on the course followed by His Majesty the Emperor Emeritus and bear in mind the path trodden by past emperors, and will devote myself to self-improvement. I also swear that I will act according to the Constitution and fulfill my responsibility as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan, while always turning my thoughts to the people and standing with them. I sincerely pray for the happiness of the people and the further development of the nation as well as the peace of the world.
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「即位後朝見の儀」における「国民代表の辞」(安倍晋三首相)**
(**) 首相官邸:  http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0501kokumindaihyounoji.html
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   謹んで申し上げます。
 天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます。
 ここに、英邁(えいまい)なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜(たまわ)りました。
 私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
 ここに、令和の御代(みよ)の平安と、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。
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2019年4月30日火曜日

退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば

今までなれ親しんだ「平成」の元号は、明日から「令和」にかわる。それにともない、今上天皇陛下が退位されることになり、「退位礼正殿の儀」で次のようなおことばがあった。

退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(宮内庁、平成31年4月30日)*
(*)宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/46
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   今日(こんにち)をもち,天皇としての務めを終えることになりました。

   ただ今,国民を代表して,安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に,深く謝意を表します。

   即位から30年,これまでの天皇としての務めを,国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは,幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ,支えてくれた国民に,心から感謝します。

   明日(あす)から始まる新しい令和の時代が,平和で実り多くあることを,皇后と共に心から願い,ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。


(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)

Today, I am concluding my duties as the Emperor.

I would like to offer my deep gratitude to the words just spoken by Prime Minister Shinzo Abe on behalf of the people of Japan.

Since ascending the throne 30 years ago, I have performed my duties as the Emperor with a deep sense of trust in and respect for the people, and I consider myself most fortunate to have been able to do so. I sincerely thank the people who accepted and supported me in my role as the symbol of the State.

I sincerely wish, together with the Empress, that the Reiwa era, which begins tomorrow, will be a stable and fruitful one, and I pray, with all my heart, for peace and happiness for all the people in Japan and around the world.
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2019年4月29日月曜日

平成最後の野草観察

今年の4月は寒暖を行きつ戻りつして、月末ようやく春らしい穏やかさを迎えたと思ったら、昨日、一昨日冷え込んだ。そして今日、また穏やかさが戻ったようだ。そんな暖かさに誘われて、公園に併設の「自然観察園」を巡った。(全順路を周ってしまうのは惜しくて、後の楽しみのため未踏のエリアを残している)

(本ブログ関連:”自然観察園”)

先日(4/20)に続き、実質2回目の野草観察だ。観察園の入り口に、4月に咲く野草のリストを印刷した「花だより」が置かれている。表には花弁の色彩別に花の名のリストを、裏には観察順路近くに咲く花の名を示している。これを手にして園内を歩けば、いろいろ観察を楽しむことができる。

なお、公園施設の「自然観察センター」に、季節ごと代表的な野草について、カラー写真と解説を交えた一枚ものの印刷物が配布されている。主要な花だけのためヒットするのはむつかしい。今回は、さらにポケット図鑑の「日本の山野草」(岩瀬徹監修、成美堂出版)を持参した。

上記の資料をもとに、観察入門編として、次のような手順で観察した。
① 観察順路を巡りながら、この花の名は何だろうから始まる。
② 観察順路図に、花の名が示されているかどうかを確認する。→ 名があれば ④へ
③ 合わせて、花弁の色に着目して「花だより」の花のリストを見る。→ リスト全て ④へ
④ 少々手間どるが、図鑑「日本の山野草」と照合して、野草名を推定する。

チョウジソウ
今日は前回と違う順路で巡った。まず目に入ったのは、淡紫色の「セリバヒエンソウ」が園内の随所に見られたことに驚く。新しい外来の花であることが少々気になる。(実は、図鑑にない名前で、観察センターで配布のプリントに載っていた)

写真は、青紫色の「チョウジソウ」で、花弁や葉が鋭角的ながら、小型のためか全体として溶け合うような穏やかさがある。今日一番のお気に入りだ。

チョウジソウとは対照的にきっぱりとした可愛らしさのあるのが、同じ青系ながら濃い目の「ホタルカズラ」だろう。自分を見て欲しげな子どもっぽさを感じた。その他に、わずかだが紅紫色の「ムラサキケマン」が顔を覗かせていた。これらと反対色の黄色が鮮やかな「クサノウ」、「ウマノアシガタ」が目に付いた。

自然観察園には、これから暖かくなって、何度も足を運びたいと思っている。

(追記)
今日は祝日「昭和の日」である。昭和に生まれた者にとって、一つ前の世代というべき「大正」は遠いと思っていた。「平成」の子にしても、昭和は遠いのだろう。さらに「令和」の子にいたっては、私が「明治」を見たように昭和を見ることになるのだろう。

2019年4月28日日曜日

平成最後の空気「空気の缶詰」

ネットニュースを見ていたら、可笑しくて嬉しくなる話が載っていた。何でも、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」上で、まさに手作りの「平成の空気」の缶詰を製造し、4/22以降、地元「道の駅 平成」で販売したそうだ。価格は、ほぼ缶詰の原材料費とのこと。もともと「平成(へなり)」の名を持つ場所だっただけに、元号が「令和」に変わる前に、「平成」のイメージを残すことに意味があったようだ。意外と楽しい広報戦略だ。

ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。

子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。

(本ブログ関連:”阿呆”)

幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。

2019年4月27日土曜日

平成最後の寒気

「平成」から「令和」まで残り数日。このところ、ものごとの表現に「平成最後の」が枕詞のようにつく。めでたい時期なので、少しは春らしい穏やかさでいて欲しいのに、気温は昨日から下がり、今晩驚くほどの冷え込み。まるで冬のようだ。

気象協会の「tenki.jp」の記事「平成最後の寒気が南下中 令和最初の寒気が連休中に」*(日本気象協会本社 白石圭子、4/27)によれば、これからも寒気が南下するという。
(*) 記事: https://tenki.jp/forecaster/k_shiraishi/2019/04/27/4434.html
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4月を振り返ると、季節外れの雪や先取りの暑さと、季節は一進一退しました。27日(土)は、日本付近に強い寒気が南下しています。令和に入ると早々に、次の寒気が南下する予想です。
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ところで、「平成最後の」といった見出しを持つニュース記事をネットで探ると、気象ばかりか、ゲーム、フィギュアスケート、(連休の)遠出、(すし・焼肉・ラーメン)食事、株価、競馬などと、いってみれば日常風景でしかない。何かに付け「最後」といいながらも、このような平凡で平和な時に元号が変わるのは何と幸いなことだろう。

今晩、カメラ好きの商店主からうかがったことだが、長野に行けば遅咲きのサクラが満開で、白馬まで足を運べば5月にも楽しむことができるという。撮ってきたばかりの写真が店内に飾られていたのはいうまでもない。サクラのことになると、誰もが自然に話題に加わり言葉を交わす。サクラは一つの文化でもある。

2019年4月26日金曜日

ハナミズキ

サクラの花を失って、ぽっかりと空いた心に、「ハナミズキ」の花がもぐりこんでくる。そのさまは、底意の知れぬ妖しげな感じではなくて妙に明るいのだ。多分、ふりそそぐ春の明かりが一段と透明さを増しているからだろう。でも、白い花、薄紅の花を咲かすハナミズキに、詩情をなぜか感じることがないのは不思議。多分、その咲きっぷりが余りに健康的だからだ。

(本ブログ関連:”ハナミズキ”)

ハナミズキは、北アメリカ原産だそうで、昔に日本からワシントンD.C.へ「ソメイヨシノ」の桜を贈った(1912年)返礼として、1915年に日本に苗木が贈られたという。とはいえ、街路樹としてこんなに多く見るようになったのは、そんなに遠くない。本格的に普及しだしたのはいつ頃のことだろう。ネットで調べてみたがようとしなかったが・・・。

サイト「学芸の森」(真山茂樹教授:京学芸大学教育学部生物学教室)*によれば、個人的な経験として1970年代ころにお住まいの町に、街路樹として植えられたという。
(*)学芸の森のハナミズキ:
       https://www.u-gakugei.ac.jp/~planttgu/dokodemo/pc/061.htm

流行歌J-POPにも「ハナミズキ」(2004年)の歌がある。この2004年に至って、ハナミズキが街路樹として日本全体に認知されたといえるだろう。


(追記)
東京都建設局の「街路樹のデータ  街路樹の主な樹種と本数(東京都)」は、「東京都内の街路樹本数944,166本【平成27年4月1日現在】」**に、<都内全体の街路樹本数>の順位を次のように記している。
(**)街路樹本数:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi5/index.html
  1位 ハナミズキ    62,629本
  2位 イチョウ       61,832本
  3位 サクラ類       44,704本
また、同調査の「東京の街路樹本数の推移」グラフを見ると、1970年を境に本数が増加しているのがわかる。(さらに、2005年以降急激に伸びており・・・この時期から、ハナミズキを積極的に植えたのだろうか)
【平成27年4月1日】

2019年4月25日木曜日

バスクと鉄

以前、バスク語教室の第3回目で「バスク文化」が紹介された。その回、先生がスペイン・バスク州ビスカヤ県の「ビルバオ」地域の街歩きガイドBOOKを配られた。おしゃれなカラー写真と図版で解説・構成された上質紙の冊子だ。

(本ブログ関連:”バスク語”)

ビルバオ地域は、かつて県内で産出された鉄鉱石をもとに、製鉄業でスペインの重要な地位を占めたという。Wikipediaによれば、「高品質の鉄がヨーロッパ中に輸出された。19世紀後半まで製鉄業は発展し続け、資源はビルバオに富をもたらした」という。上記の旅行ガイドは、かつての工業都市を脱して、文化都市への様変わりを宣言しているようだ。

ところで、国立国会図書館デジタルコレクションに、「民族形成と鉄の文明」*(宍戸儀一著、道統社、昭和17年)がデジタル保存・公開されている。その記述に、「ダクチリと原バスク人」の項があり、原バスク人と鉄の関係について触れている。素人の覗き見でしかなく、この書全体でどのような位置づけされているのかもよく知らないが、次のような記述が気になった。・・・これが、現在のバスク人とどうつながるか、つながらないかの知識はないけれど、バスク人と鉄の関係がうかがえたような気がした。
(*) 民族形成と鉄の文明: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1060237

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ヒューウィット(Hewitt)**によれば、ダクチル(dactyl***)族はフリギア(Phrygia)に於いてフィン系の原バスク人と合一したといふ。
・・・ヒューウィット説に従えば、彼等は、地中海の西端に辿り着いてエブロ河(Ebro)を母川とするイベリア・バスク人になった。この説の当否は問題であるが、コウカサス南麓のエベル(Eber)の国やフリギア辺境のイブレーズ町(Ibreez)とイベリア・バスク人との間になんらかの所縁だけはあったのであらう。
原バスク人は、ヒューウィットによって採鉱冶金者なる原フィン人と同一視される。しかるに、フィン語では金属はもともとバスキ(vaski)と呼ばれた。
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(**) James Francis Hewitt: ”The Ruling Races Of Prehistoric Times”
           https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.283692/page/n385
(***)ダクチル:ギリシャ神話に登場、metalworkingを人に授ける

地図:「民族形成と鉄の文明」所載
フリギア:現トルコ中央部














ヒューウィットの説にほぼ負った記述であるため、妄想世界に引き込まれて行きそうな危惧がある。果たして、この説がどうなのか自信ないし、現在の研究者たちにどう判断、評価されているかも知らない。ローマと対峙したというバスク人の祖先が、ギリシャ系とフィン系が合一したというのは夢がある。
(ちなみに、フィンランド語で「vaski」は「真鍮」。ただし「鉄」は「rauta」)

(本ブログ関連:”山師”)

2019年4月24日水曜日

道迷い遭難

朝から小雨がぱらつき、昼には小休止状態になった。ようやく「穀雨」になった気分。TVのニュースは、都心の駅前や交差点で雨傘をさす通行人の姿を報じた。出かけるタイミングがむつかしい。

(本ブログ関連:"穀雨”)

そうこうしている内に外に出るのを忘れ、ヤマケイ文庫の「ドキュメント 道迷い遭難」(羽根田治著)のページをめくった。スポーツとしての(日本アルプスから丹沢領域)登山で、登山者が体験した遭難のドキュメンタリーだ。(ヤマケイ=山渓)
読もうと思ったのは、登山への興味というより、遭難者の心理や意識について知りたかったからだ。もしかしたら、不思議な体験が語られてないか好奇心もあった。

元来、山についてそこに棲息するキツネやオオカミ(山神)の伝説だけでなく、猟師たちが経験した「山怪」という奇談、すなわち人智を超える不思議な体験に興味がある。

(本ブログ関連:”山怪”)

「山怪」の範疇でいえば、山に入って神隠しにあったり、キツネにだまされて行方不明になる話がある。大方、子どもより老人の方が多いようだが。結果として、① 意外にも村の近くや、② 想定外の山奥で偶然発見されたりする。特に大人の場合、本人はいつもの道を歩いていたと断言し、キツネにだまされたに違いないといったりする。周りの者は、彼らをボケてたのじゃないか、キツネにだまされたというのは言い訳に過ぎないと冷ややかだそうだ。山の生活圏とその近辺でも起りうるミニ遭難だ。

ところで、上記のスポーツ登山の場合、遭難者は勝手な思い込みでずるずると深みにはまり込み、みずから窮地へ突き進んでいく。最悪の場合、凍傷で指をことごとく切断することになる。生還したのが救いだが、その事例の場合、読みながら正直吐き気がするほど絶望的だった。
ルートマップに従わずショートカットしたり、標識を都合のよい方に解釈したりすることで始まる。結局は、何度も繰り返される鉄則、「おかしいなと思ったら引き返せ」とか、「道に迷ったら沢を下るな、尾根に上がれ」を無視してしまうことにある。もちろん遭難とは万事休すの状態をさすのだが。

最近、高齢者による自動車運転事故が繰り返されているが、この本の「あとがき(追記)」にも、高齢登山者による遭難の多さについて統計的紹介がされている。年寄りは、お互いによしみとしていうのだが、人に迷惑にならぬよう身の程をわきまえるべきだろう。

2019年4月23日火曜日

2019春期バスク語-4

「バスク語教室」のカリキュラムは特別で、これまで第1、2回は文法・会話編(吉田先生)、第3回は文化編(萩尾先生)だった。月1回の割合で文化編を組み込むことで、難解といわれるこの「孤立語」を少しでも取り組みやすいよう工夫いただきありがたい。4回目の今日、再び文法・会話編に戻った。

(本ブログ関連:”バスク語”)

今回も丁寧な解説とプリント教材を使った説明と、全員が順に口答する練習があった。
① 形容詞、指示代名詞を使った名詞句の表現
② 否定形の表現(ez=否定辞)
③ oso(とても~)の表現
および、アクセント(2音節と3音節以上)の付け方についての説明があった。(今回の内容は、「ニューエクスプレス  バスク語」(吉田浩美著 白水社)の「レッスン2」に相当する)

4月末から5月初旬にかけて長期の連休のため、授業が2回分休みとなる。それ補う意味から、しっかり宿題をいただいた。時間もあるので、合わせて「ニューエクスプレス  バスク語」を熟読したい。

(先生推奨の町Hondarribiaを見てみよう・・・ Hondarribia herri txiki eta polita da. )

(Youtubeに登録のBasque Country Spiritに感謝)