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2012年5月4日金曜日

森林浴(みどりの日2012)

昨日は「憲法記念日」、今日は「みどりの日」、そして明日は「こどもの日」と祝日が続く。GW後半のここ連日、無情にも雨が降って子どもたちには残念だったろう。せめて明日は良い天気でありますように。

今日の「みどりの日」のイメージから、随分昔に流行った言葉であるが、森林を歩いて心身の回復を目指す「森林浴」ブームを思い出す。その効用物質として、「フィトンチッド」が話題になったりもした。Wikipediaによれば、30年ほど前のことだが。

いつしか「森林浴」の流行り言葉は忘れられて、現在の「エコ」ブームにつながっているように思う。

(本ブログ関連:”森林浴”)

2019年5月17日金曜日

森林浴

昨日のブログに「月光浴」について触れた。といっても、月のわずかな光を頼りに(長時間露光)撮影した写真集のことだが。月明かりに照らされた自然の姿が余りに幻想的で、神秘的なのに感動を覚えたものだ。

同じ「~浴」の名を持つのに、「森林浴」(Wikipedia:日本では1982年に当時の林野庁などによって提唱)があって、昔ブームになったことをブログに記したことがある。青葉繁る森(特に針葉樹林)を巡ると独特な香りがする。香りの物質を(ソ連の生物学者が発見した)「フィトンチッド(Фитонциды、Phytoncide)」といい、植物が防御反応で放出する揮発性物質という。

(本ブログ関連:”森林浴”)

日本ではYoutubeに関連映像が多数見受けられる。「Фитонциды」または「phytoncide」で検索してみると、本家のロシア(ソ連)では、効能が語られているようだが、英語版などは、日本発の映像が使われているようで(日本情報に敏感な韓国版もあるが)、欧米での普及はよくわからない。
また、日本版Amazonで「フィトンチッド」関連商品を検索すると、あまり知られていない商品が出てくる。肌に直接触れる物だけに若干の躊躇がある・・・。

現在の日本では、森林浴は一部信奉者だけの言葉として残っているのかもしれない。うっかりすると忘れられそうな観もある。(特に、若い人には余り知られていない気がする)

月光浴

帰宅道、東の空に月齢 11.2の月が浮かんでいる。なのに星一つ見えない。厚い雲が垂れているわけではない、むしろ空全体に青味すら感じて不思議な気がした。きっと、月明かりだけ通す薄い雲が空を覆っているのだろう。

先ほど見た旅番組で、タレントと何ごとも無頓着な漫画家が、夜の岬を訪れたとき、撮影用の照明を落とした瞬間、歓声をあげた。まるで、岬の先が「天の川」へ通じているようだというのだ。星明りの強烈さを、そのときのテレビカメラの感度では伝えられなかったという。

照らされて影ができるほどの、煌々とした月明かりも浴びたい。あるようでない経験だ。

昔のこと、写真集「月光浴」(石川賢治*、1990年)が話題になったことがある。微かな露光の月明かりを頼りに、サイパンの岬に打ち寄せる波を撮影(長時間露光)した「岬と波」(1985年)の写真はまことに印象的だった。月明かりに照らされて岬に砕ける波が、雲海のように(あるいは、夜光虫が輝いているように)見せるのだ。想像すらできなかった光の世界、光の妙味である。

(*)石川賢治「月光欲」のホームページ: http://gekkouyoku.com/


(Youtubeに登録のmansaku1966に感謝)

(付記)
ちなみに、「~浴」にあたる「森林浴」がある。Wikipediaによれば「日本では1982年に当時の林野庁などによって提唱」されたという。他のネットニュース(複数)に、日本発祥のブームとのこと。

(本ブログ関連:”森林浴”)

2019年5月4日土曜日

みどりの日2019

近くの都市で「雹」が降ったそうだ。驚きだ。わが家近くの一帯で、雨を含めてそんな跡が全くなかったし、昼前に隣り町に出かけて、いつもの大型書店で面白げな書籍を購入し、喫茶店で一読した後、夕方ころ帰宅したが、そんな空模様を微塵も感じなかった。

書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。

ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。

日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。

山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。

年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。

2020年11月7日土曜日

野鳥観察(5)

朝の野鳥観察会に参加するため早目に家を出た。途中、民家の庭木をかすめる鳥が「チッ・チッ、チッチーチッチーチッチー」と鳴くのを聞いたが、姿かたちの記憶はおぼろでしかない。

(本ブログ関連:”野鳥観察会”)

天気がよく、いつも通りの観察コースを巡った。樹間をくぐれば森林浴、小川の岸辺をたどれば川風の通り道を感じる・・・とはいえ、本当はみなに追いつくのが精いっぱい。

今回の観察成果は次の通り。(あくまで、私の双眼鏡・視野におさまったもの)
・「ヤマガラ」: ベテランに指さされた枝先にいた。双眼鏡で見たが、逆光でおぼろ・・・。
・「カワラバト(ドバト)」: 遠くの上空を群れて飛んでいた。(伝書鳩が野生化したものとのこと)
・「アオサギ」: 堤の下でじっと留まり・・・皆が土手から見おろしてもたじろぐことはなかった。
・「カルガモ」: 図鑑の写真よりも羽模様がくっきりしている。(この仲間はくちばしの先が黄色とのこと)

水鳥は水辺にたむろし、水の流れに似てせわしくないので、ゆっくり観察できるが、飛ぶ鳥は(飛んで当たり前だが)追跡するに眼力が足りず、ベテランに尋ねるばかり。そんなとき、初心者にとって大切な観察ポイントを次のようにアドバイス受けた。
① 体の大きさ(次のいずれかを目安に観察する)
    スズメ < ヒヨドリ < ハト < カラス
② 飛び方(次のいずれかを目安に観察する)
    - 小さく羽ばたき続ける
    - 小さく羽ばたきながら、途中で羽ばたきを止め下降した後、羽ばたきを再開して上昇するを繰り返す
    - ゆっくり羽ばたきしながら進む
    - ほとんど羽ばたきがなく滑空中心
③ 体の特徴(羽の色や模様、くちばし・足の色などを目安に観察する)

(注) 鳴き声による判定は初心者に難しい・・・まず上記①~③から始めるとよいとのこと。

「スズメ」の話題(ベテランの方からうかがった話)
私たちの子ども時代には「スズメ」は珍しいものではなかったが、最近姿が減っているという。藁葺(わらぶき)屋根の農家が減り、スズメの巣の材料となる藁が乏しくなったこと。近ごろの民家には、スズメが巣を作る隙間がない・・・などのためだそうだ。スズメを見たことがない小学生が増えているという。時代はどんどん変わっているようだ。

2012年4月17日火曜日

雨上がりの夜の公園

夜桜気分も終わったこの時期、雨上がりの夜の公園を利用する人はいない。韓国語教室の帰り、自動車がときたま走る道に併行した公園の小道を、街燈の灯りを頼りに進むと何かが香る。雨に濡れた地面の枯松葉が、辺りに香りを漂わせていたのだ。

ひんやりした空気に、松脂様の独特の香りがして、なぜか緑陰の夏の高原を思い出した。春の暗闇と夏の緑の世界が、この香りで一瞬でつながった。公園の夜道が自然に穏やかになった気がした。ほんの僅かな時間であるが香りを楽しんだ。
そういえば、山深く歩く「森林浴」という言葉があったことを思い出した。

陸橋を渡ればすぐに、公園の端に着く。また人家のつづく街に戻る。