▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「シュテットル」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「シュテットル」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2019年6月24日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-10 、地震さまざま

朝方、小さな地震があった。気象庁の地震情報によれば次のように発表された。なお当地は「震度2」であった。
--------------------------------------
24日9時11分ころ、地震がありました。/ 震源地は、千葉県南東沖(北緯34.9度、東経140.0度)で、震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.5と推定されます。/ この地震により観測された最大震度は4です。 (千葉、東京、神奈川の各都市)
--------------------------------------

小雨ぱらつく中、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」へ出かけた。第10回の今日、東京大学大学院博士課程の青木良華氏から「近代西欧社会へ参入するユダヤ人:ドイツ・ユダヤ人が見た光と影」の解説をいただいた。

① 18世紀頃から19世紀にかけて、欧州で行なわれたユダヤ人の(伝統からの)解放の動き
・当時「国民国家」が成立する中での、ユダヤ人(ユダヤ教)の自らの変革・解放であった
・国家に対して、ユダヤ教がキリスト教(プロテスタント)と同じ立場に立つことを目的にした
  - 「ユダヤ教は国家に従属する」(ユダヤ教優先する立場からの変更)

② 解放の過程
 ・ユダヤ人が居住する国家の側からきっかけが与えられる
   - 米国で早く、その後ドイツ(プロイセン)、フランス革命後のフランスで始まる

③ ユダヤ人による解放にさまざまな立場があった
 ・キリスト教への改宗
 ・ユダヤ教の改革あるいは伝統を保守すること
  - 改革派: ユダヤ教聖書を批判的に理解
  - 正統派: ユダヤ教改革への反発
  - 東欧での正統派: シュテトル(シュテットルユダヤ人小規模コミュニティー)を基礎とした伝統的ユダヤ教

(本ブログ関連:”シュテットル”)

④ ユダヤ教改革に関わったひとびと
 ・モーゼス・メンデルスゾーン(哲学者)
  - ユダヤ教を独自性のある調和する宗教として説いた
  - 音楽家フェリクス・メンデルスゾーンの祖父
 ・ハインリッヒ・ハイネ(詩人でありジャーナリスト)
  - (ある意味、流浪する文化人のよう)東欧ポーランドのユダヤ人への評価と共感
  - ユダヤ教から、プロテスタント ⇒ カゾリックへと改宗する

④ 社会情勢の変化(三月革命など)にユダヤ人参加とともに、新たな反ユダヤの萌芽
 ・ドイツロマン主義: ドイツ民族意識・・・対立
 ・シオニズム: イスラエルの回帰運動・・・回避

配布資料に、ハイネがポーランドのユダヤ人に触れているところがある。イディッシュ文化の原典(真髄)を知るようでとても納得する。
汚い皮帽子をかぶり、シラミの住みついた髭を垂らし、にんにくの臭をただよわせ、ユダヤことばを話すポーランド・ユダヤ人の方が、いまなお私には札びらの神々しい輝きに包まれた(ドイツ・)ユダヤ人より好ましいのである


(追記)
夕方のTVニュースで、上記の地震報道をまさに解説しようとしたとき、TV画面に地震速報が表示された。一瞬なんのことか戸惑ったが、このタイミングで新たな地震が発生したと理解した(当地では体感はなかったが)。
--------------------------------------
24日19時22分ころ、地震がありました。/ 震源地は、伊豆半島東方沖(北緯35.0度、東経139.1度)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は4.1と推定されます。/ この地震により観測された最大震度は4です。(熱海市)
--------------------------------------

2019年11月25日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-7

快調に歩けるようになった。健康体操教室のトレーニングの成果だろう・・・負荷の少ない地味なストレッチ運動中心のおかげか、歩きに疲労感がなくなったのだ。遠くの街で開かれている市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」へ通いながら実感した。
(ところで帰りの電車で、若者が席を譲ってくれた・・・最近、歳相応に感謝して座るようにしている)

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

今年前期の「ユダヤの歴史を学ぶ(第1部)」(7/8)で 、<アメリカへ渡ったユダヤ人>を解説をされた、東京大学准教授の鶴見太郎氏から「ソ連におけるユダヤ人の生き方」についてうかがった。

帝政ロシア・ソ連時代に、ユダヤ人がどのように生き抜いたかを次のように紹介された。

ポグロム: ロシア革命内戦期に発生したユダヤ人排斥の結果
・ユダヤ人はボリシェヴィキ支持へと傾倒していった
  - 1919年、キエフのチェーカー(秘密警察)の75%がユダヤ人だったという推計も
・一方、ユダヤ人に「シオニズム運動」を招くことになる

ソ連体制下: 民族政策の変転
・帝政時代の居住制限から、ソ連時代の当初、移動の自由があった
  - イディッシュ語(文化)の普及政策
    a.ボリシェヴィキのユダヤ人セクションにいた女性エステル・フルムキン(Esther Frumkin)は忠実に実施
      ⇒ 1940年、シベリアの収容所に送られ粛清される
    b.ユダヤ人自身は、ソ連社会との融和が難しいと判断して敬遠する傾向にあった
    c.ユダヤ自治州(州都ビロビジャン)に定着させる: 防衛上、農業定着
      ⇒ WWⅡ後、3万人に達したが、現在は2,000人程度
・WWⅡ
    a.「ホロコースト」(略)
    b.1942年、西側ユダヤ人に対し、ソ連支援のため「ユダヤ人反ファシスト委員会」を結成
・WWⅡ後
    a.スターリン時代
      ⇒ 上記ユダヤ人反ファシスト委員会関係者の暗殺・逮捕
      ⇒ 反ユダヤ主義の立場から、ユダヤ人の活動を「ブルジョワ民族主義」と呼んだ
    b.スターリン以降
      ⇒ イディッシュ語(文化)の名目上の復帰
・1967年「第3次中東戦争」、アラブ支持のソ連でイスラエル・シオニズム批判が起る
・海外(イスラエルおよび諸外国)への移住希望者が増大
    a.1989~98年、ソ連圏から120万人(内実質のユダヤ人は80万人)が出国
      ⇒ 1970~97年、ロシアから30万人が出国
      ⇒ 1970~97年、ウクライナから42万人が出国

(感想)
イスラエルにおける、ロシア語話者*のユダヤ人が多数いるという。
(*)Russia Beyond「さまざまな情報源によると、ソ連・ロシアからイスラエルに移住した人でロシア語を話すのは、25万〜50万人だ。米フォーブス誌の試算では、2017年時点でイスラエルのロシア語人口は150万だった(同国の総人口は約860万人)」(  https://jp.rbth.com/lifestyle/80162-sekai-no-roshiago-jinkou-wa-dono-kurai )
彼らがイスラヘル移住を決めた理由を知りたい。ソ連時代のロシア人だって大変な経験をしているのだから、ユダヤ人はもっと厳しい経験をしただろう。
東欧のポーランドの田舎町や村(シュテットル)にユダヤ人が多数いたことは、ポーランドやリトアニアの歴史から推察できるが、ロシアにどうして住むようになったのかも知りたい。

2019年3月16日土曜日

イディッシュ文学の夕べ(東京・特別編)

今夕、小田急「成城学園前駅」から数分の距離にある「アトリエ第Q劇場」で開かれた、「イディッシュ文学の夕べ」に出かけた。なお、この朗読会については、Twitter「#イディッシュ語」で知った。

(*)イディッシュ文学の夕べ:  http://toyscampus.jp/?p=2299

この公演は、もともと関西を中心にイディッシュ文学の連続朗読会であるが、東京・特別編として公開された。宗教学 / ヨーロッパ史・アメリカ史の研究者である赤尾光春氏**(大阪経済法科大学客員研究員)を中心に、イディッシュ語文学作品の日本語訳書籍を朗読と解説された。(役者もしてますとのこと)

(**)赤尾光春氏: https://researchmap.jp/akaom/

本日の内容(上記「イディッシュ文学の夕べ」より、一部追記)
---------------------------------------------
第一部:シュテットル(shtetl: שטעטל)から世界へ(16:00~18:00)
[朗読]イシダトウショウ・土江優理・赤尾光春
・アイザック・バシェヴィス・シンガー「炉辺の物語」(西成彦訳『不浄の血』〔河出書房新社〕所収)、
・イツホク・レイブシュ・ペレツ「天までは届かずとも」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
・ショレム・アレイヘム「ヴァフラクラケス」(『牛乳屋テヴィエ』〔西成彦編訳、岩波文庫〕より)
[演奏]大熊ワタル(クラリネット他)・こぐれみわぞう(チンドン太鼓、歌)・松本みさこ(アコーディオン)

第二部:彷徨える隠遁者――デル・ニステルの作品と生涯(19:00~)
[朗読]宮本荊・土江優理
・デル・ニステル「塀のそばで(レヴュー)」(『世界イディッシュ短篇選』〔西成彦編訳、岩波文庫〕所収)
[解説]赤尾光春(イディッシュ文学の歴史、デル・ニステルの解説)
---------------------------------------------

朗読会なるものは、初めての経験。今まで敷居の高さを感じて、近寄りがたい気がしていたが、正解でないかもしれないが読む演劇と解釈してはどうだろう。朗読された上記作品を読了していたが、今回読み聞かされて物語の視界が広がった。新鮮な経験だった。

イディッシュ文学の歴史について、第一世代の「ショレム・アレイヘム」、「イツホク・レイブシュ・ペレツ」、「メンデレ・スフォリム」があげられる。その後について、「アイザック・バシェヴィス・シンガー」が知られるが、彼は第三世代にあたる。中間の第二世代について、現在、日本語訳の書籍が出ていない。その意味で、(上記第二部で紹介された)」デル・ニステル(Der Nister)」が、第二世代作家といえる・・・そうだ。

ところで、デル・ニステルの作品「塀のそばで(レヴュー)」が今回朗読されたが、以前読んだときと同様頭がグルグルした。実は、この物語について、ロシア革命時代のユダヤ人の存在などを把握していないと理解できないと、赤尾氏から明快な解説があった。
・デル・ニステル: 埋葬地Abez村(ソ連最大の強制収容所があったヴォルクタ近隣)
・物語の舞台(サーカス): ロシア革命を暗示する、物語りに似た構図のサーカスの絵がある(=シャガール?)。
・ロシア革命期の「ユダヤ人共産党員」による、ヘブライ文化の徹底的な毀損(政治は容易に文化を侵食する)。
・登場人物のモデル:女曲芸師リリス=女性の悪霊、ほか

(追記)
ところで、芸術が政治性を帯びると、(敵対するもの同士が)背中合わせの関係になることがある。文学について不案内だが、例えば絵画、彫刻、映像の場合、対立するはずの「社会主義リアリズム」と「純正芸術」に極めて相同性を感じることがある。多分、大長編の「文学」作品といわれるものについても、危なっかしいものありそうな気がする。そんな例を身近に・近隣に見てきたはずだろう。

2019年4月8日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-1

イディッシュ語の教室が、今年は休講になった。素人学習ゆえ、休止は即=揮発に通じる(忘れてしまう)。そこでユダヤの歴史や文化の理解とからめて、イディッシュ語への意欲を維持できればと願っている。

元々は、ユダヤ人の日常で育まれた庶民らしさに興味がある。作家の描く庶民像はあっても、庶民が口にする素朴な言葉を知る機会が少ないような気がする。あえていえば、少々刺激の強い「ユダヤジョーク」くらいで、そこから大衆らしさを感じたり、その諧謔さの源泉を想像するくらい。風習、因習を詰め込んだ濃縮な共同体について、それもロシア革命以前の古いシュテットルに遡って知れたらどんなに楽しいだろう。

今回、市民カルチャーセンター(生涯学習)の「かわさき市民アカデミー」で、「ユダヤ人、ユダヤ教、イスラエル」の連続講演が開かれるという。講演では、ユダヤとイスラム世界との関係まで含めて歴史をたどることができるようだ。しっかりしたものを知りたく参加した。

(本ブログ関連:”ユダヤ”)

講演会の第1回目は「序論 -『ユダヤ人』とは誰のことか - 」で、ユダヤ宗教史学者の市川裕氏(今年3月に東京大学宗教学研究室の教授を退官されたばかり)が語られた。ちょうど今年の1月22日に出された、岩波新書の「ユダヤ人とユダヤ教」が参考になる。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

・ユダヤ人の規準   ユダヤ人は母親から生まれた者
・ユダヤ人らしさ   ユダヤ教は幼子にとって母の手
・ラビ(律法の解釈者)により律法(国境を超えてユダヤ人に共通する)が定まる
・ユダヤ人の移動の経路
   イスラエル → 地中海(スペイン)→ アルプス越え(西欧)→ 東欧 → 西欧/ロシア/アメリカ/イスラエル
           ‖                  ‖                                                     ‖
   ミズラヒーム    スファラディーム                                アシュケナジーム
 
ユダヤ人にとって、母と子の関係は密接で、言語もそうだ(⇒ マメ・ロシェン)。
(人間の先祖をアフリカまで遡れるのは、母親の卵子中のミトコンドリア遺伝子のおかげだ。父親はどこの馬の骨かも分からぬ。ユダヤ教の系統であるキリスト教でも、キリストの父親は役割が低い気がする。)


講演会場へ行く途中、小さな水路「二ヵ領用水」があって、その岸に桜が咲いていた。街の賑わいを横切る用水路で地味なため、その先がどうなっているのか・・・気になる。

今日は寒の戻りになってしまったが、春の遠出ができたのは幸い。しかし、知らないところの街歩きは、気持だけでなく足腰も疲れる。おかげで帰りの電車で、1/f の揺らぎにすっかり寝込んでしまった。

これから暖かさが増してくれば、元気に動き回ることだろう。