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2018年10月2日火曜日

台風24号、並木道に小枝が散乱していたこと

強風が吹いた後の公園の散歩道に見られることだが、今回の「台風24号」でも同様で、近くの並木道をくぐると小枝と葉が路肩に重なっている。風雨に曝された木立がこすれ合い、枝を小さく切り落し葉を撒き散らしたようだ。

商店街の外れにある、中古店舗の壁がずり落ちていたりした(・・・すでに撤去されているが)。気付かぬ場所で影響がまだまだあるのかもしれない。そんな重い気分を吹き飛ばしてくれたのが、昨日発表された本庶佑京都大特別教授の「ノーベル医学・生理学賞」の受賞だった。

(本ブログ関連:”ノーベル賞”)

ところで、台風はまだ続くようだ。今度は「台風25号」が発生し、次の3連休(10/8月曜の祝日「体育の日」)にかけて影響が出そう。「沖縄地方に接近し、その後、対馬近海から日本海へ進む予想」(10/2)と次のニュース(Youtube)で報じている。

なんだか、3連休を狙ったように台風がやって来る。

(10/2のニュースから・・・長くは見られないでしょうが)
--- 残念ながら、Youtube映像を一日しか見ることができませんでした  ---
(Youtubeに登録のにANNnewsCH感謝)

2018年10月1日月曜日

おめでとうございます「ノーベル医学・生理学賞」の受賞

今年もノーベル賞の季節になった。庶民として、縁遠いとはいえ、日本人が受賞するとなぜかうれしい。今年の最初の発表(本日)である「ノーベル医学・生理学賞」に日本の研究者が受賞されたという。

産経新聞の記事「本庶佑(ほんじょ・たすく)氏にノーベル医学・生理学賞 がん免疫治療薬を開発」(10/1)は、がん免疫治療に通じる研究をされた、京都大特別教授の本庶佑氏の受賞について次のように報じている。(抜粋)
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・スウェーデンのカロリンスカ研究所は1日、2018年のノーベル医学・生理学賞を、免疫を抑制するタンパク質を発見し、がん免疫治療薬「オプジーボ」の開発につなげた京都大特別教授の本庶佑(ほんじょ・たすく)氏(76)ら2氏に授与すると発表した。免疫を抑える働きを阻害することでがんを治療する画期的な免疫療法を確立し、がん治療に新たな道を開いた功績が評価された。
・他の受賞者は米テキサス州立大のジェームズ・アリソン博士。
・日本人のノーベル賞受賞は2年ぶりで計24人。昨年のカズオ・イシグロ氏ら外国籍を含め計27人となった。医学・生理学賞は大隅良典氏に続き計5人。
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本庶佑京都大特別教授は、受賞会見の席上、子どもたちへ向けたメッセージを発信されたそうだ。科学の心を継承する環境作りは、大人たちすべての責任だ。

台風24号と新学期

災害は経験して初めてその恐怖を実感するもの。離れた場所や遠い過去のことは、分かったつもりでも、残念ながら頭の中の理解に過ぎない。

「東日本大震災」のときの、激しい揺れと石塀の倒壊といった経験は、生々しく、倒れた塀の下に、もしかしたら近所の子どもがいたらと思った瞬間、手が震えたことを(幸い、石の撤去だけですんだが)忘れることはできない。

今回の「台風24号」もそう。今日の日付に変わった深夜、午前0時前後の一時間ほど、激しく続く豪雨と強風にさらされた。今までにない、恐れを感じた。上空でうなり声をあげながら叩き付ける風雨のすさまじさが耳に残る。

(本ブログ関連:”東日本大震災1、東日本大震災2”、”台風24号”)

台風がこのところ変だ。そんな台風も、通り抜けてしまえば、朝はいつものように明るい。まるで夏のような暑さにくるまれて、空には一点の曇りなく、木々は陽射しを受けてきらきらと輝いて見えた。台風一過の、本当なら清清しい朝だろうけれど、午前0時過ぎの恐れが未だ残っている。

ところで、今週から会話教室の秋期コースが始まる。今日(月曜日)は韓国語教室が、木曜日はイディッシュ語教室がスタートする。8月、9月の夏休みをあけて、久し振りに全員集合。

今晩の韓国語教室に、若い人の参加者が増え、全体の雰囲気を若返らせてくれた。彼らのエネルギーに連れられて私も頑張りたい。そして、先生の工夫を重ねたご指導を今回も受けられることに感謝申しあげたい。

2018年9月30日日曜日

今年も3/4が過ぎる

月の始めは月曜日がよい。今日は9月の終わりで日曜日(9/30)、そして明日から10月が始まり、その初日が月曜日(10/1)となる。いい按配である。

1年の経過を、このブログで、一個のリンゴの食い具合に例えている。とすれば、今日までに3/4食ってしまったことになる。あっという間のことだ。そして残り1/4しかないのにあわてる。リンゴを大方食ってしまい我に返る。若けりゃ先を見るのだが、おじさんには足元しか見ないのだ。

(本ブログ関連:”リンゴ”)

この後、10月にちゃらちゃらした若者が目立つ「ハロウィン」、11月に(縁はないが)ちゃらちゃらした大人の「ボジョレー・ヌーヴォー解禁」、12月に唯一まともな行事になった「クリスマス」(昔は三角帽子の酔っ払いが騒いでいた)と賑やかなことが続く。

でも、現実はせわしい。テレビの番組表を見て驚いた。四国南端から和歌山方面に進入した「台風24号」の日本縦断警戒のため、NHKは今晩の番組を改めて、「ニュース『台風24号』関連」に全て切り替えている。公共放送本来の役割を果たしている。

2018年9月29日土曜日

イ・ソンヒの詩 「片思い」

雨降りに出かけるのも気が重く、しょうもなく過ごしてしまった。10月から秋期コースが始まるというのに、雨をいいわけに予習をサボっている。

テレビで、洞窟好きのNHKらしい「秋芳洞」の鍾乳洞新発見についての話題(再放送か?)や、NHKスペシャルで伊豆諸島の先に浮かぶ「孀婦(そうふ)岩」の岩石(組成)や海底の深海魚調査のドキュメントに見入っていた。NHKの受信料は、科学系番組、および災害情報のためと思っている。

そんなわけですることなく、以前の今日のブログを見ると、イ・ソンヒの詩 「片思い」の朗読があった。なんとも可愛らしい声をした、イ・ソンヒの自作詩朗唱集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年)に所収の「片思い(짝사랑)」を、カセットテープの映像を身ながら聞くことができる。(もちろんLP版の音源もある・・・持ってますよ)

(本ブログ関連:”「去る者だけが愛を夢見ることができる」”)

まるで、思えど届かぬ、たどり着かぬ外国語習得のようなものなのであります。


私に あなたがどんな意味なのか
あなたは お分かりにならないでしょう

けれど あなたが分からないといって
悲しがったり しないつもりです

ただ あなたが居るところに 私の
暖かい 祈りが届くように願うだけです

ひとりおぼつかないときは
もっと多くの勇気を振るうつもりです
もっと多くの愛で 立っているつもりです

初めてかなわぬ困難が
私の心にいっぱいだけれど

その心は全てあなたに向かっています

ひとり 愛が折れそうにさまよいます


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2018年9月28日金曜日

宇宙ステーション補給機「こうのとり」、ISSと結合

宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV7)が、国際宇宙ステーション(ISS)と無事結合したと、時事通信の記事「こうのとり、ISSにドッキング=11月に小型カプセル回収-JAXA」(9/28)は次のように報じた。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

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日本の無人補給機「こうのとり」7号機が28日午前3時すぎ、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングを完了した。同4時40分ごろにはISSとの間のハッチが開かれ、滞在中の宇宙飛行士が中に入った。
・今後、運んできた日本製大型リチウムイオン電池(電力システムのアップグレード)のISSへの取り付けや、貨物の運び込みなどを行い、11月上旬ごろISSから分離する。大気圏再突入の際、実験試料を収めた小型回収カプセル*が「こうのとり」から切り離され、南鳥島近海に着水。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が船で回収する
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(*) 「カプセル」のサイズ: 時事通信(9/23)によれば、「小型回収カプセルは直径約84センチ、高さ66センチの円すいに似た形状。内部にタイガー魔法瓶が開発した真空二重容器(容積30リットル)」とのこと。

宇宙ステーション補給機「こうのとり」は、ISS乗組員のために5トン以上の物資を補給するわけで、その規模から、いろいろ夢想してしまう。「こうのとり」に秘かに乗って、ISSへ密航できないかと空想した子どもも多いことだろう。


(Youtubeに登録のFNN.jpプライムオンラインに感謝)

2018年9月27日木曜日

Beer Cellar Tokyo

狛江市にある「クラフトビール」と「サイダー(シードル)」の店「Beer Cellar Tokyo」にイディッシュ語学習仲間が集った。全員集合前に、教科書内容について熱心な受講者の質問タイムがあり、同席聴講させていただいた。この夏の不勉強を感じて喉が乾いた。

おかげで、皆と乾杯するときには、ビールの味はひとしお。喉にしみた。

いわゆる、缶ビールで知った、大手各社に共通の風味と違って、香りも味もあっさりして飲みやすい。1つ2つと銘柄を変えたものの、そのうちアルコール度数が恋しくなり、濃い物を頼んだ・・・。最後は、サイダー(シードル)でしめたけれど。

(本ブログ関連:”ビール”)

店まで、都下を東西に平行して走る3本電車路線を、南北に通り抜けて行くのに少々手間取った。最適な道順を知らないからだ。ジョルダンの「乗換案内」ツールを参考にしたものの、日頃遠出していないため足元がふらつき、冷えた日にもかかわらず汗が止まない。そんなこともあって、ビールがとても美味かった。

今回のビール会は、もう一つ大きな理由がある。クラスメイトであるミュージシャンが、この夏にポーランドで開催されたクレツマー音楽祭に日本(アジア)を代表して参加された。野外ステージやコンサート会場で、イディッシュ語で歌ったことから、現地のイディッシュのひとびとが大きな感動を覚えたようだ。そのときの様子を、プロジェクターで投影して紹介された。

先生のご家族、これから秋期コースに参加される方、夏期コースに参加された方々が集った。アルコールの力も手伝って和気藹々。勢い、イディッシュ語への取り組みを再確認した次第。秋期コースが楽しみだ。

2018年9月26日水曜日

久米仙人

仙人は山奥に棲み神通力を示すもの。空を飛ぶなんてたやすい。久米仙人もそうだった。ところが、飛翔の途中、眼下の川辺で洗濯する女性の足を見てしまい、空から落っこちてしまう・・・余りにも知られた話だ。久米仙人の中に、生身の人間が登場する滑稽さは可笑しく楽しい。男ならみな同感する。

(本ブログ関連:”久米仙人”、”仙人”)

奈良の橿原神宮(かしはらじんぐう)の南東に久米寺があり、久米仙人の伝説と縁があるという。神仙と仏教が合体したのだろうか。そのあたりに事情を知りたいものだ。橿原市の久米寺の紹介に、「聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建」とある。久米=来目につながるような話題が紹介されている。また、久米仙人が神通力を発揮したのは、東大寺大仏殿の建立の際だったと記されている。仏教が国家宗教の時代の物語で、次に引用する児童書と違う場所なのが興味深い。

児童向け読み物「日本国民伝説」(高木敏雄, 小笠原省三著、敬文館、大正6年(1917年))に、「久米仙人(くめのせんにん)」の話が紹介されている。(抜粋)
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昔、大和の国に久米仙人と呼ばれてゐた男があった。仙術を得て自由に空を翔けまわってゐたが、ある時吉野川の上の空を飛んでゐると、その河に一人の少女(をとめ)が衣服(きもの)の裾を高くかかげて洗濯をしてゐた。久米仙人はこの少女の白い脛(すね)を空の上から見て、忽ち子心が迷ひ其処に落ちてしまった。そして少女と夫婦となって其の村に住んでゐたので、後そこを久米邑(むら)と呼ぶやうになった。

(結果、久米仙人は神通力を失いこの国のひととなった)
(天皇が宮殿(みや)を作るとき、其処に住む民を召した)

ある時官人(やくにん)は久米仙人に戯れて、
「おまへはもと人だったそうだが、今でも此の木を祈って飛ばすことが出来るか」
と云った。久米は聞いて
「出来るか如何(どう)か試して見ませう」

(家に籠(こ)もって一心不乱に祈って南の山にあった木を宮殿を作る所へ飛ばした)

これから後里人は、畏(おそ)れ敬(うやま)ふやうになったと云ふ。
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2018年9月25日火曜日

秋の歌

青空文庫」に、この時期に合ったタイトルで、寺田寅彦(1878年~1935年)のスケッチのような小文「秋の歌」が載っている。彼の説き明かす談義は、明治・大正の物理学者らしい視点で世の中に風を吹き込んだ、そんな人だけに、この文章には面食らった。書き出しにあるように、まさに「独り静かにこの曲の呼び出す幻想の世界にわけ入る」のだが、一体どうしたというのでしょう。

寺田寅彦が夢見た世界へ誘うのは、E.ジンバリストがヴァイオリン演奏した、チャイコフスキーのピアノ曲集「四季」から「秋の歌」という小曲のレコードだそうだ。10月にあたる歌という、これから迎える月に何ともセンチメンタルな・・・、でもちょっとそんな気分になるような。(Youtubeに本来のピアノ演奏もあって、枯葉が、そ~っと舞い散るように聞くこともできる)


(Youtubeに登録のuchukyoku1に感謝)

2018年9月24日月曜日

十五夜 2018

旧暦8月15日の今日、残念ながら夜になって小雨が降りあいにくの空模様。「十五夜」の「中秋の名月」はお預けになったが、「満月」となる明晩に「月見」できることを期待したい。(「国立天文台」のホームページの「中秋の名月(2018年9月)」に「中秋の名月と満月の日付がずれること」について解説リンクがある)

(本ブログ関連:”十五夜”)

連休が続いてすっかり忘れていた。近くの公園で、「お月見のつどい」が一昨日、昨日と催されていたのだ。いつもは、祭りに並んだ屋台(地元のボランティア団体が多い)から「月見団子」を購入していた・・・。

実は今日、町の菓子屋で(彼岸明けに至ってないから問題ないが)、目の前に置かれた「おはぎ」を買ってしまった。その横に、小さな山型に積まれた「月見団子」が売られていた。「十五夜」だから十五個だそうだ。明日は必ず、「月見団子」を食べながら月見しようかと思う。(ちなみに「月見団子」は、餡をくるんでいるわけではない、団子の素の味のままだ)

十五夜だからと軽い気持ちで、童謡「十五夜お月さん」(作詞:野口雨情、作曲:本居長世、大正9年(1920年))を何気なく聴いた。なんだかねえ、こんなにも悲しい気分にさせる歌だったとは・・・。もし、この歌の時代の人が現代を見てどう思うか聞いてみたい。何が変わって、何が変わらないのかと。


(Youtubeに登録のキッズボンボン TVに感謝)

2018年9月23日日曜日

秋分の日 2018

スーパーの食料品売り場に、パック入りのおはぎ、串団子などがずらりと並び積まれていた。今日は祝日、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「秋分の日」だ。彼岸の中日であり、この時期おはぎが供物となり食べられる。祝日にふさわしく、朝から晴れて温暖、過ごしやすい一日だった。

(本ブログ関連:”秋分の日”)

ところで、宇宙航空研究開発機構(JAXA)から、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」について、今日の日付に変わった「2時52分27秒、種子島宇宙センターから宇宙ステーション補給機『こうのとり』7号機を搭載したH-IIBロケット7号機を打ち上げました。ロケットは正常に飛行し、打ち上げから約14分59秒後(高度約290km)に『こうのとり』7号機を正常に分離した事を確認しました。」と発表された。

(本ブログ関連:”こうのとり”)

・朝日新聞の記事「H2Bロケット打ち上げ成功 兄弟機とあわせ40回連続」(9/23)は、「H2Bは、全長56.6メートル、重さ531トンで、国産最大のロケット。2009年の1号機以降、今回を含めて7回全ての打ち上げに成功している。兄弟機のH2Aと合わせると、2005年から40回連続の成功となる。」と報じている。(抜粋)

・毎日新聞の記事「JAXA 『こうのとり』打ち上げ成功 ISS(国際宇宙ステーション)に物資輸送」(9/23)は、「こうのとりはISSに滞在する宇宙飛行士の生活物資や実験装置を運ぶ。約6トンの輸送量は現役では世界最大今回は初めて実験試料を地球に持ち帰るための小型カプセル真空断熱容器(容量約30リットル))を搭載しており、ISSに物資を届けた後、カプセルに試料を入れて大気圏に突入させる実験を予定している。」と報じている。(抜粋)

(凄い映像、H2Bロケット第一段に付いた固体ロケットブースター (SRB-A) の分離も見えるよ!)

(Youtubeに登録のTane Solaたねそらに感謝)

付記
テレビ番組「情熱大陸」に、ボランティアの尾畠春夫さんが紹介された。尾畠さんの生き方、言葉に感銘し、けじめのつけ方に庶民として共感する。

2018年9月22日土曜日

「MINERVA-Ⅱ」1Aと1B、小惑星「リュウグウ」着陸

小惑星探査機「はやぶさ2」が、小惑星の「リュウグウ」にタッチダウンする前に、2つの探査機ローバー「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1Bを投下し、「リュウグウ」に無事着陸させたと、日経新聞の記事「はやぶさ2の探査ロボ、小惑星『りゅうぐう』に着陸」(9/22)は、次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”MINERVA-Ⅱ”)

宇宙航空研究開発機構(JAXA)発表の写真から、「リュウグウ」表面を移動中(ホップ中)の「MINERVA-Ⅱ」のダイナミックな動きを感じとることができる。

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・宇宙航空研究開発機構(JAXA)は22日、探査機「はやぶさ2」の投下した探査ロボット(「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1B)2台が小惑星「りゅうぐう」に着陸したと発表した。・・・

地球から3億キロメートル離れた直径900メートルの小惑星に、直径18センチメートル、高さ7センチメートルの小型ロボット2台が降り立った。

・津田雄一PMは「小惑星の表面を移動しての探査は世界で初めてでうれしい・・・」とのコメントを発表した。

小惑星は赤道での重力が地球の8万分の1程度と小さい。車輪で走ると空回りするため、探査ロボットはバッタのように跳びはねて進む。内蔵のモーターで勢いをつけ、15メートル先まで跳ぶ。滞空時間は最長15分に達する。

「はやぶさ2」は10月下旬から3度の着陸で、生命の起源を解明する手がかりとなる有機物などを含む岩石を採取する。19年末に「りゅうぐう」を離れ、20年末に地球へ持ち帰る予定だ。
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イ・ソンヒの「愛しただけなのに」

イ・ソンヒは、シンガーソングライターとして以前から発表の機会うかがっていたが、アルバム10集(1996年)のときに実現することができた(・・・時代がようやく変わった)。その中に、彼女が作詞・作曲した「愛しただけなのに(사랑했을 뿐인데)」がある。

しっとりとした余情を残しながらも、イ・ソンヒらしい声の強さと曲調から、過去を引くでもない離すでもない芯の強さが見え隠れしてきて、やっぱり彼女らしさを感じる。

(本ブログ関連:”愛しただけなのに”)


手にできぬ、あなただから
この夜もっと、さびしい Uu... Uu...

お互いが、なぜ遠ざかるの
お互いは、こんなものだったの

その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...

笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね

愛しただけなのに

一日も欠かさず、会いたいと
あなた一人だけ、信じて待って欲しいと

その明かりのもとで、私にくれながら
私のすべて、みな持ってしまって UuuUu...

笑いもなく、終わりにしようって
私の弱い心に、メスを入れるのね

愛しただけなのに


(Youtubeに登録のhirekatu3に感謝)

2018年9月21日金曜日

(雑談)元気な中高年登山でも

高齢者が、勘違い・不注意で起す自動車事故が社会問題になっていて、運転免許証更新時に認知症検査の必要性がいわれる。指摘されてはじめて免許証を返納するよりは、早めに自覚して、手放したらと思うのだが。自動車が生活手段になっている人には難しいのかもしれない。

かくいう私は、随分前に運転免許証を返納した。代わりに「運転経歴証明証」が発行され、公的な身分証になる。長年ペーパードライバーだったので何の不自由もない。(私の場合、Youtubeで海外の自動車事故映像を何度も見ているうち決断した)

ところで、先日の「敬老の日」(9/17)のブログに、「朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常」と記した。そんな元気な中高年登山者が多い分、山岳事故・遭難が気掛かりになる。歳相応に体力・判断力が鈍ってきたのを認められず、無理をしてないか心配する。

高い山登りの経験は全くないが、山岳事故の場所といえば、子どものころから耳にした「谷川岳」が浮かぶ。この山の底を、小説「雪国」の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた」と語られる「清水トンネル」が通っていて、その頭上で山岳事故というのも不思議な気がする。
谷川岳の「一ノ倉沢」(通称「衝立岩(ついたていわ)」)の遭難を何度も聞いてきた。ショッキングな事件も記憶に残っている。他の山地と比べて、遭難者の数がずば抜けて多いという。

今はどうなのだろうか。昔の「山登り」には、ロマンを気取った風があった。だから、山岳事故に、どことなくそんな気配を感じた。自称クライマーたちは自身を「山男」と呼び、「娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ 山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ」(「山男の歌」)と歌っていた。

年寄りが、今も「山男の歌」の気分のままだとしたら、無理しない方がよいのだが。

(資料)
・「年齢層別山岳遭難者の割合(過去10年)」グラフ(「初めてのハイキング」)
・「中高年の登山者とメディカルチェック」(大森薫雄)

2018年9月20日木曜日

彼岸の入り 2018秋

暦の「雑節」に、昼と夜の長さが(ほぼ)同じになる「春分」(今年3/21)と「秋分」(今年9/23)があって、それぞれを中心(「中日」)にして、前・後に3日間の幅を設けて「彼岸」と呼ぶ。例えば、今月9/23の「秋分の日」の3日前に当る今日(9/20)を「彼岸の入り」、「秋分の日」の3日後の9/26を「彼岸明け」という。

(本ブログ関連:”彼岸”)

彼岸の行事は、本来仏教に由来するといわれるが、Wikipediaによれば「祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した・・・日本独自のものでインドや中国の仏教にはない」という。ついでにいえば、祖先供養という考え方はキリスト教にもイスラム教にないといわれる。祖先供養が在るか無いかについて、農業など土着文化との関わりについて知りたい。

ところで、先日ブログに記した「ヒガンバナ(彼岸花、曼珠沙華)」の花が、なぜ仏教的な名前を付けられたのか知りたい。蓮の花ならば極楽浄土のイメージにつながるが、ヒガンバナを描いた仏画があるのだろうか。

さらに、Wikipediaによれば、ヒガンバナは中国起源で、稲作と同時に持ち込まれたとか、日本国内に咲くヒガンバナの遺伝子はずべて同一とか面白い話題がある。ヒガンバナの歴史ルートをたどると、何かが見えてくるかもしれない。

2018年9月19日水曜日

回礼者から年賀郵便へ

先日、若者向け文具店を覗いたら、来年の手帳がずらりと並んでいた。気の早いもので、少し秋の風を受けて、これから先を考える気分になったのに合わせて売り出したのだろう。若者は、もう来年のスケジュールが気になっているのだろうか。

そんなことに感心しながら、別フロアにある「100円ショップ」を巡ると、店頭に来年のカレンダーが置かれていて、数がはけているように見えた。こちらは安価なので面白半分に買っているのかもしれない。

来年といえば、気が早いが、正月の年始回りの風習が思い浮かぶ。そんな、回者として伺う当り前だった行為が、やがて年賀状の郵送に変わった。岡本綺堂の掌文「年賀郵便」(青空文庫)にそのいきさつが記されているので抜書きする。
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江戸時代のことは、故老の話に聴くだけであるが、自分の眼で視(み)た明治の東京――その新年の賑(にぎわ)いを今から振返ってみると、文字通りに隔世の感がある。三ヶ日は勿論であるが、七草を過ぎ、十日を過ぎる頃までの東京は、回礼者の往来で実に賑やかなものであった。
 明治の中頃までは、年賀郵便を発送するものはなかった。恭賀新年の郵便を送る先は、主に地方の親戚知人で、府下でもよほど辺鄙な不便な所に住んでいない限りは、郵便で回礼の義理を済ませるということはなかったまして市内に住んでいる人々に対して、郵便で年頭の礼を述べるなどは、あるまじき事になっていたのであるから、総ての回礼者は下町から山の手、あるいは郡部にかけて、知人の戸別訪問をしなければならない。

 日清戦争は明治二十七、八年であるが、二十八年の正月は戦時という遠慮から、回礼を年賀ハガキに換える者があった。それらが例になって、年賀ハガキがだんだんに行われて来た。明治三十三年十月から私製絵ハガキが許されて、年賀ハガキに種々の意匠を加えることが出来るようになったのも、年賀郵便の流行を助けることになって、年賀を郵便に換えるのを怪まなくなった。それがまた、明治三十七、八年の日露戦争以来いよいよ激増して、松の内の各郵便局は年賀郵便の整理に忙殺され、他の郵便事務は殆ど抛擲(ほうてき)されてしまうような始末を招来したので、その混雑を防ぐために、明治三十九年の年末から年賀郵便特別扱いということを始めたのである。
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年賀状は郵便制度のおかげでできたもの。それ以前は、回者となって新年の挨拶するのが当り前で、直接顔を合わさぬなど「あるまじき事」だった。わたしの子供時代は、社宅だったせいもあって、正月に父の部下が次々年始周りに来ては、酒を飲んで酔いつぶれた。数日後、父は母から小言をいわれていた。

ところで、戦後、年賀状の枚数を誇った景気のいい時代も過ぎ、新年を家庭で祝うものになってきたころから、年賀状の手書きが億劫になったようだ。次の世代から、手作り印刷の時代に変わった。「プリントゴッコ」(80~90年代)が登場したのだ。年賀状の挨拶部分(イラストや住所)の印刷でだいぶお世話になったが、宛先を書く手間だけは残った。

そこへ新たな機器が加わった。ワープロ専用機やパソコン(マイコン、PC)のおかげで、年賀状の挨拶部分だけでなく、宛先まで印刷してくれる手間の解消(省力化)が実現したのだ。それもつかのま、インターネットが急速に普及して、今度は電子メール(パソコン通信)で挨拶を済ませる、紙に痕跡すら残らぬ時代になってしまった。時代とともに挨拶の仕方まで変わる。

そういえば、こんな話をどこかで聞いたことがある(史実は未確認だが)。ドイツのプロテスタント運動の一翼を担ったのが印刷版の聖書だったが、(多分少し時代を経過してのことだろうが)「街には一軒の印刷屋があった」という・・・まるで鍛冶屋のように。

2018年9月18日火曜日

セプテンバー・イン・ザ・レイン

9月の今夜、雨が降るからフランク・シナトラによる「September in the Rain」(1937年)でも聴いてみよう。9月の雨に流れてしまった恋を、思い出かたりしているのだろうけれど、女性歌手が歌えば少々重くなるものを、シナトラがすれば軽快である。遊び慣れたやさ男、軽く受け流しているように(本心は別にして)見せかけているではないか。

(本ブログ関連:”フランク・シナトラ”)


(Youtubeに登録のAndrei Ionicaに感謝)

2018年9月17日月曜日

敬老の日 2018

(今月第三月曜日の)今日は祝日「敬老の日」だ。先週末(9/15)は、「老人の日(老人週間)」だったばかり。われながら適齢期?なのに、いい出すほどでもないと、ともにブログに記してこなかったが、カレンダーはカレンダー、素直に受け入れることにしよう。

(本ブログ関連:”敬老の日”)

今は、古いものが支配して幅をきかす時代ではない。むしろ、新しいものにこそ価値があるといった風潮だ。日本の老人は、長寿(健康)と社会保障(生活)のおかげで案外住みやすい。公的年金受給を70歳超からにしたらという話が出るほど。(日経新聞、1/16

ところで、日経新聞の記事「70歳以上、初の2割超え 働く高齢者も最多」(9/16)によれば、超高齢化社会に突入して、70歳以上が総人口の2割を超えたそうだ。朝方の駅に、トレッキング姿の山爺・山婆たちがたむろするのが日常。第2の人生の生き方探しをしているようだ。
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・「敬老の日」を前に総務省が16日に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口は前年比100万人増の2618万人だった総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えた65歳以上の高齢者も44万人増の3557万人で、全体の28.1%と過去最多だった。超高齢化社会への早急な対応が迫られる現状が改めて鮮明となった。
・70歳以上の人口の増加は、1947~49年生まれの「団塊の世代」が2017年から70歳を迎え始めたことが背景にある。65歳以上の人口を男女別にみると、女性は24万人多い2012万人で、初めて2千万人を超えた。男性は20万人増の1545万人だった。
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公園の遊歩道の脇に、真っ赤な「曼珠沙華(彼岸花、ヒガンバナ)」の花が咲き連なっているのを見た。昨年まで、見かけなかっただけに、赤い帯が目に焼きつく

(本ブログ関連:”曼珠沙華”)

公園に付属する小公園があって、その奥の木立の下に、白い曼珠沙華が咲いているのが目に入った。赤色と比べて、白色の姿から、この花の因縁をますます知る気がした。(半袖姿だったため、このとき思いっきり薮蚊に両手を食われた)

2018年9月16日日曜日

BANANA LATTE 3

バナナを忘れがたく、これまでバナナ味するものを見つけてはブログに記してきた。菓子(含アイス)もあれば、飲料も、微かにバナナ風味すれば何でも口にしてきた。久し振りに、コンビニの棚でバナナ味の乳飲料を見つけた。

(本ブログ関連:"バナナ")

500mlの「BANANA LATTE」(生乳30%、果汁1%、製造:森永乳業)だ。生乳の割合から「乳飲料」と類別されている。この「BANANA LATTE」、実は同じものを過去2回ブログに記している。パッケージが変わると何となく見間違えて手に取り買ってしまう。
乳飲料のマイルドのせいか、バナナ味が強調されず、しかもバナナ特有の喉にイガイガ感も感じさせない。マイルドでとても飲みやすい。(同じ商品の3回目の記述になってしまった)

(本ブログ関連:"BANANA LATTE")

(付記)
秋口にふさわしい軽装なジャケットを、ユニクロで探した。若者向けが中心の店らしく、おじさんに合うものはないようだ。それにしても、若者はどうして「フード」付きスタイルが好きなのだろう。

2018年9月15日土曜日

老人の日(老人週間)2018

カレンダーを見て驚いた。ニュースなどで、「今日から『敬老の日』で3連休が云々」といった話題があって、てっきり来週月曜日の「敬老の日」までのことと見過ごしていた。ところが、日めくりカレンダーの今日に「老人の日(老人週間)」と書いてあるではないか。「老人の日」と「敬老の日」の違いって一体何なのだろう。

◇「老人の日(老人週間)」
全国老人クラブ連合」という組織があり、そのホームページに、今年の「老人の日(9/15)」、「老人週間(9/15~21)」について、次のような紹介がある。
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「老人福祉法第1章第5条」には、①国民の間に老人の福祉への関心と理解を深める、②老人が自らの生活の向上に努める意欲を促す、という二つの目的があります。
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つまり、老人が「自らの生活の向上に努める意欲を促す」といった自律的目的があるようだ。

(参考)
「国民の祝日に関する法律及び老人福祉法の一部を改正する法律の公布について」(平成13年6月25日)(老発第242号
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老人福祉法(昭和38年法律第133号)第5条の改正が行われ、9月15日を「老人の日」とし、同日から9月21日までを「老人週間」とすることとされた。
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◇「敬老の日
「敬老の日」について記したWikipediaには、次のような記載がある。
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国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によれば、「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としている。
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こちらは、老人に対して社会が「敬愛し、長寿を祝う」といった祝いごとの側面がある。


ところで、「老人」とは一体何歳からだろうか。
日本では、本格的に定年年齢が65歳として行き渡ろうとしている現在、実質的に66歳以上が老人の第一歩といったところだろうが、国連は 65歳(以上)人口比率によって、社会を次のように分類している。
-「高齢化社会」:   7%超え
-「高齢社会」:    14%超え
-「超高齢社会」: 21%超え
そもそも、定年時期や年金支給時期など国によってさまざま違いがあるわけで、老人の起点となるともっと判別しにくい。

それに(若い人が言えないだろうから、私が言おう)、長生きしたからといって正しいわけでなく、頑迷固陋な者もいれば、ときに有終の美を飾ろうとして嘘をつく者もいる。

2018年9月14日金曜日

イ・ソンヒの「離別小曲」

秋といえば、紅葉と菊の花が想い浮かぶもの、もう少し先のことだが。公園に秋の風情を探したが、この時期はまだ、海水と川水が混じる汽水域のようで、風の向きで夏にもなり秋にもなる。

それでも今日は一日中、長袖で過ごした。秋の涼しさを、どうやら受けとめ始めたようだ。秋らしい風景を周りに探せば、栗林で大きく実った毬栗くらいだろうか。(先年、病気にやられた栗園の木々がすっかり回復したようだ)

夏を惜しみつつ、いつのまにか秋を受け入れている。秋が深まれば、夏は忘れがたい。わたしは、寒いのが苦手と何度もブログに記した。だから、これから涼しく、寒くなるのは気掛かりだ。(とはいえ、今年の夏の暑さには相当閉口した)

イ・ソンヒの別れの歌、12集所収の「離別小曲(이별 소곡)」(2001年、作詞クォン・ジンヨン、作曲イ・ソンヒ)を聴いてみよう。こちらは、もっと切実のようだ・・・Youtubeの映像はミュージックビデオのよう。(映像の最後に登場する、ある詩人の詩とどのような関わりがあるのか不明)

(本ブログ関連:”離別小曲”)


生きていくことが、とても辛いです
そばにはあなたが  いたのに
あなたなしに生きるなんて、一人になるなんて
思ってみたことないのに

残った人はそれでも  生きられるという
その言葉が、さらに苦しめます
こんなに会いたいのに  忘れることができないのに
残った私には  苦しい重荷なだけです

私に待てといわれるなら  ただこう生きろといわれるなら
それはとても残酷じゃないの
あまりにも会いたいのに こんな私を置いて行かれたのですか
愛してる 待てと いっておいて

生きていくことが  つらいのです
私に残ったあなたの  名残りだけで・・・
              ______     

一生いきていっても、遂げられぬ恋なのに
なぜ私には時間をくれなかったのですか
残ったものはもうありません
戻せるのなら、以前のように一緒にできるのなら

生きていくことが  つらいのです
私に残ったあなたの  名残りだけで・・・

生きていく痛ましさ  もういいわ
わたしも 今 あなたのそばに 行きます


(Youtubeに登録の무민に感謝)

2018年9月13日木曜日

「イディッシュ語初中級Ⅱ」、本年(2018)秋期講座開講決定

東京外国語大学(TUFS)公開講座(オープンアカデミー)は、本年の秋期間講座「イディッシュ語初中級Ⅱ:本気で学ぶユダヤのことば 」の開講を決定しました。

同講座ご担当の鴨志田先生の昨日付け <ブログ> に、開講の旨が記されていましたが、オープンアカデミーの本日付け <Twitter>に「秋講座、開講決定状況(最終)」が発表されていて確認できます。

なお、募集は昨日でいったん終了しましたが、「開講が決定した講座については、9月20日(木)まで延長して受講者を受け付けます。」とのこと。まだまだ間に合います。

社会人向けに、他に例を見ないほど多数の言語について、語学(を通じて他文化の)習得の機会を開放する東京外国語大学公開講座(オープンアカデミー)に敬服します。

素人のおじさんにも素晴らしい機会をいただき感謝しています。

2018年9月12日水曜日

涼しいというより冷える

これまで暑い暑いと大騒ぎしたのが嘘のよう。夕方の冷え込みに驚く。半袖は間違えだったかと見回せば、行き交う大方のひとも同様に半袖姿。みな内心、涼しいとか、冷えると思っていることだろう。

気象庁の観測データによると、今月都心の最低気温が 20℃より下がったのは、昨日からで19.3℃、今日は18.1℃(04:28)と順調に推移している。とはいえ、秋は心がわりする季節。しばらく変動するらしい。

旅行社からパンフレットが届く。人びとを集めてのことゆえ、一足早い催事案内で、もっぱら紅葉鑑賞が中心。まだ辺りはその兆しはないものの、イメージだけ浮かぶ。

(本ブログ関連:”紅葉”)

Youtubeに、長野県茅野市にある「御射鹿池(みしゃかいけ)」の畔が紅葉した映像がある。まるで彩色されたように紅く染まった映像を、「G線上のアリア」の音楽と一緒に楽しむことができる。

同池は、ドイツで絵画修行した東山魁夷の作品「緑響く」のモチーフとなった場所だそうで、緑濃い頃の姿は、他のネット情報(ブログ「Shiho and ...」に感謝)でも紹介されている通り、絵画のような味わいがある。東山魁夷は、「緑響く」の絵の中に白馬が過ぎる様を空想して、「モーツァルトピアノ協奏曲第二楽章の旋律が響いているのを感じた」との記述がある。[長野県信濃美術館 東山魁夷館


(Youtubeに登録のYatsugatake21_4K_Japanに感謝)

2018年9月11日火曜日

(資料) 韓国の高齢化 (2017年)

将来予測はむつかしい。人口統計をもとに(特別な社会・自然変動がない限り)、将来の人口動態の推計は相当可能なようだ。韓国は、高齢化と少子化が、日本以上に進展している。ニュース記事をもとに、継続して韓国の状況をブログに記している。

(本ブログ関連:”韓国の高齢化”、”韓国の少子化”)

Ⅰ.中央日報の記事(9/6)に、韓国統計庁が発表した「2017人口住宅総調査」の結果が次のように紹介されている。
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・(2018年)8月27日に韓国統計庁が発表した「2017人口住宅総調査」によると、昨年11月1日基準で65歳以上の韓国人は712万人で、2016年に比べて34万人増えた。全体人口のうち14.2%を占め、これにより韓国は全体人口のうち高齢者の比率が14%以上の「高齢社会」に入った高齢社会進入速度は世界で最もはやい水準で、日本は高齢化社会から高齢社会になるまでに24年かかったのに対し、韓国は17年しかかからなかった
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Ⅱ.日本総研の「Research Focus」に、韓国の60歳以上のシニア層の経済的・社会的位置について、次のレポートがある。

《レポート》
《 韓国経済の今後を展望するシリーズ⑮ 》 2018年8月30日、 No.2018-027
冷え込む韓国のシニア消費  ― 高齢社会を迎え消費全体の大きな足枷に ―」(調査部 副主任研究員 成瀬道紀)

韓国のシニア層拡大が、社会の成長のおもしとなっている現状・将来について、日本および諸外国との対比しつつ解説されている。本文(pdf)のグラフなど合わせて関心深く読むことができる。レポートの「《要点》」と「4.おわりに」の部分を抜粋させていただいた。

《要 点》
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◆ 韓国のシニア層(60歳~)の消費不振が深刻である。日本と比較すると、韓国では勤労シニア世帯の消費支出が大きく落ち込んでいる。この背景には、所得水準は全年代にわたって日本に遜色ないものの、高齢になるほど消費性向が低下することがある。

◆ 韓国の勤労シニア世帯の消費性向が低いのは、公的年金の給付水準が著しく低いため、退職後の収入に対する不安が大きいことが主因である。韓国の公的老齢年金支給額の対GDP比率は、OECDで最下位である。1人あたり平均月額も日本円換算で数万円程度に過ぎない。さらに、所得代替率の引き下げと支給開始年齢の引き上げが行われているほか、子どもからの支援も期待しにくくなっている。このため、退職後の収入不安は一層高まり、勤労シニア世帯の消費性向は低下傾向にある。

◆ 勤労シニア世帯の消費不振は、韓国経済に深刻な影響を与えている。消費性向が仮に日本並みの高さであった場合、2016 年の個人消費は 3.3%上振れる計算となる。さらに、今後の高齢化により、個人消費の押し下げ圧力は一層高まる見込みである。韓国では、内需主導型経済への転換が課題となっているが、消費を抑制するシニア層の急増により、実現は一段と困難になっている。財政支出の拡大による社会保障の充実も1つの選択肢となろう。
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4.おわりに
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勤労シニア世帯の消費不振は際立っており、それだけで韓国経済に無視できないインパクトを与えている。仮に韓国の勤労シニア世帯の消費性向が日本並みに高かったと想定すると(韓国 62.0%に対して日本は 89.7%)、2016 年時点のマクロの個人消費は 3.3%上振れる計算になる。

・さらに、人口動態の変化による消費押し下げ圧力が強まっていく。足元でベビーブーム世代(1955~1963年生)が 60歳代に入りつつあり、60 歳以上の世帯数が急速に増加している状況にある。このため、勤労シニア世帯の消費性向の低下に歯止めがかかると想定しても、こうした高齢化要因だけで、2030 年の個人消費は現在よりも▲1.1%押し下げられる計算になる。60 歳以上のシニア層の消費不振を改善できなければ、マクロの個人消費に対する押し下げ圧力は一層強まることになる

・韓国では近年、財閥企業を中心とした輸出主導型成長から、家計の所得増加を起点とした内需主導型成長への軌道修正を目指す動きが進んでいる。もっとも、退職後の収入に不安を持つシニア層が急増していく限り、内需主導型成長の実現はますます困難になっていくと予想される

・現状、国民年金に税金を投入していないこともあり、わが国と違って財政収支は黒字基調で推移している。政府債務残高の対GDP比率も4割弱と健全である。高齢社会を迎え、内需主導型成長を目指すには、財政支出の拡大による社会保障の充実も1つの選択肢となろう
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2018年9月10日月曜日

秋の夜

9月に入り、次第に「秋」の気配が漂い始めた気がする。今日は、旧暦の8月1日とはいえ、気象庁の「時に関する用語」によれば、「秋」は新暦9月~11月までの期間ということになる。安心して、秋の気分にひたりたい。

先日、ブログに「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)所収の「端唄百番」にある、六七「本郷二丁目」について、イディッシュ語教室の所在とからめて記したが、今日は、残暑の昼とくらぶれば、夜に涼しさが身に沁みることで、三三「秋の夜」をYoutubeで聞いてみよう。

(本ブログ関連:”端唄”)

次のYoutubeの「秋の夜」に(「もっと見る」をクリックすると)、この歌の解説があって、同じ「月」でも、恋人を待つ女性の気持と違って、(岩波文庫に注釈はないけれど)佐渡金山で月を見上げる罪人の作との記述がある。それが証拠に、岩波文庫版の「月見ぬ人」を、「月見る人」に替えて、金山工の心情を込めて歌っているらしい。

岩波文庫版:
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秋の夜は、長いものとは まん丸な 月見ぬ人の 心かも ふけてまてども こぬ人の 音ずるものは かねばかり かぞうるゆびも 寝つ起つ わしゃ てらされてゐるわいな
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桃山晴衣(ももやま はるえ、1939年~2008年)氏についてよく存じませぬが、端唄の気分を味わいたく聞かせていただきました。

(Youtubeに登録のototatchinuru18に感謝)

2018年9月9日日曜日

全米オープン女子シングルスで大坂なおみ選手優勝

テニスの「全米オープン」女子シングルスで「大坂なおみ」(20歳)選手が優勝した。

テニスについて、本当に何も知らないけど、日本人初の業績ということで、にわかファンは喜ぶばかり。(悪乗りといわれてもブログに記したい)

サッカーといい、野球といい、女子選手の活躍が目立つ。そして、大坂なおみもそうだが、野球の「大谷翔平」(24歳)といい、若い選手の活躍が目立つ。いずれも楽しみだ。

重陽 2018

今日は「重陽」の節句。「節句」とは季節の節目となる次の五つを指し、最初の「人日」を除いて、奇数月の日が同じく重なるときをいうようだ。どちらかといえば、節句の名称より、祭事の名称に親しみがある。
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「人日(じんじつ)」(1/7):「七草の節句」・・・ 七草粥
「上巳(じょうし)」(3/3):「桃の節句・雛祭」・・・ 雛飾り
「端午(たんご)」(5/5):「菖蒲の節句」・・・ こいのぼり
「七夕(たなばた)」(7/7):「七夕(たなばた)」・・・ 笹飾り
「重陽(ちょうよう)」(9/9):「菊の節句」・・・ 菊の花
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「重陽」の名にいたっては、このブログでも記載が乏しく、いつのまにか気づかぬうちに過ぎてしまっている。むしろ、旧暦の9月9日(今年の新暦10月17日)の方が、菊の花もあって、「菊の節句」に相応しいかもしれない。

(本ブログ関連:”重陽の節句”)

ところで、菊につながるイ・ソンヒの歌に、9集に収録の「一輪菊(한송이 국화)」(作詞チェ・ユジョン、作曲ヤン・ムンソン、1994年)があるが、とても力強い歌だ。漢詩に出てくる、酒盃に菊の花を浮かべて飲む風情はない、やたら元気がいいのだ。

一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
華やかな姿なくとも  素朴な香りに染まるように
小さな花瓶の中で一輪の菊  この世の憂いを洗ってくれる
黄色い花びら差し出した顔  ささやくように愛を語るよ
一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
華やかな姿なくとも  素朴な香りに染まるように
あ~

(本ブログ関連:”一輪菊”)


(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2018年9月8日土曜日

白露 2018

二十四節気の「白露」の今日、放射冷却であちこちに露ができるころといわれるが、そんな気にはならない。台風、地震が続いてそれどころでなかったし、ふたたび夏が戻ったようで蒸し暑い。とはいえ、露ができるのは、この蒸し蒸しさのせいかと勝手に想像する。

(本ブログ関連:”白露”)

自然の推移は、幅を持ってぎくしゃく動く。それを近似曲線に丸めて理解してしまうのが常だ。二十四節気とは、近似値曲線上に成り立っているようなもの。実際とずれがあるたび、あ~でもない、こ~でもないといっている、お気楽さまである。

ところで、この9月8日は、戦後日本が連合国の占領期から主権を回復した、「サンフランシスコ講和条約」が調印された日(昭和26年(1951年)9月8日)だ。発効は、翌年の4月28日。終戦の後、6年を経過して調印したことになる。

雑誌「東京人」の今月号(10月号)の、巻頭セクション「東京点画」の最初に「昭和の記憶はどこへ向かう」(高野光平)があって、高野教授が大学生に次のようなアンケートをした。「昭和と聞いて何を思い浮かべますか」の問いに、大学二年生の回答の約七割が一九八〇年代の事物だったそうだ。象徴的なワードとして「ちゃぶ台と松田聖子」だったという。今の若者には、昭和を遡ってもせいぜい30数年ほど前まででしかないことになる。
(ちなみに、「東京人」の今月号の特集は「石に恋して」だ。)

私の場合、小さな子ども時代のこと、庭先で蟻をいじめていたころ、家の中のラジオから流れてきた「尋ね人の時間」で満州とか大連といった地名が耳に入ったし、またニュースで繰り返し放送された「李承晩ライン」での拿捕といった言葉を知った。それが「昭和の記憶」を遡った代表かもしれない。

2018年9月7日金曜日

書字がうまくなりたい

歳とともに書字が汚くなる。昔のように、といってもシャープペンシルだが、滑らかに運べない。今は、0.5m/m、4Bの芯を使って、少ない筆圧でも書けるようにしているが、ぎくしゃくして見た目がよくない。そこで最後の策として、字体をできるだけ小さくしている。でも、語学教室でノートをとるとき、あわてて乱暴に書きなぐっているのに気付く。

以前のこと、ある選挙に出馬した高齢のメディア出身者が、テレビで主張をパネルに手書きしたのを見て驚いた。その結果知れ渡ったことであるが、ある症状の前触れでないかと噂になるほどだった。書字は、健康具合まで明るみに出してしまう。

PCは、字の下手さ加減が丸見えにならないから救いがあるが、美しい字を手で書きたいものだ。高校時代の書道の時間に「書聖」と呼ばれた「王羲之」について知った。今の人間から見ても、古さを感じさせない・・・素人には、それくらいしかいえないが。彼が書にした著名な「蘭亭序」は現物が残っていない。わがままな皇帝が自分の墓に副葬させたという。

ところで、「中国の隠者」(井波律子著、文春新書)に、「王羲之」は、隠者の一人として取り上げられている。(死を伴うかもしれない)政争から距離を置き、気ままに暮らしたい考えから選んだ道のようだ。同書に、「煩わしい俗世から身を引き離し、身も心も自由に解放して、王羲之は隠遁生活の快楽を味わい尽くした。かくも優雅なる隠遁を実行できたのは、いうまでもなく彼が富裕な大貴族であり、経済的に何の不安もなかったからだ。まさに羨むべき貴族的隠者である。」

竹林の七賢」もそうだが、彼らが一時期に隠遁したのは、身の安全を確保するためであったろうけれど、後世に名が残ったのは、名門出身だったからに違いない。市井の無教養人が会稽山の山陰にこもったところで、後世に知られることはない。七賢人のなかから政治に戻ったりする者も出ている。もともと、権勢を誇る人脈の中から、ポッカリ抜け出てしまっただけなのだろう。「まさに羨むべき貴族的隠者である。」

王羲之は59才で亡くなっている。

2018年9月6日木曜日

「平成30年 北海道胆振(いぶり)東部地震」

昨夜、例によって夜更かしして、日付の変わった今日、午前3時過ぎにテレビをつけたところ、各局が北海道で地震が発生したと一斉に報じていた。台風21号の後、今度は地震が続いたことになる。

(本ブログ関連:”地震”、”台風”)

遠くで発生した震災をニュースの一報で聞く限り、なかなか実感に至らない。今回もそうだった。それが、どんなに大きな震災であったか、今朝のニュース映像でようやく理解できた。

火山灰山地の山裾の民家が、地震による山崩れの下になっていた。白く裂けた山肌が、近くの山々に引っかき傷のように随所に露出しているのが見えた。映像から、これはただごとではないとようやく認識した。当初、「震度6強」と発表されていたが、後に「震度7」に修正された。北海道で観測史上最大の震度という。

震度6強 ⇒ 震度7への修正
気象庁の「平成30年9月6日03時08分頃の『胆振(いぶり)地方中東部の地震』について」(第3報)は、「厚真町鹿沼(あつまちょうしかぬま)で『震度7』を観測しました」と発表した。当初の地震情報は、次の通り「震度6強」と発表されたが、「胆振地方中東部の地震において、震度データが入電していなかった地点のデータが入電し、厚真町で『震度7』を観測していたことがわかりました。」と修正された。

台風と同様、インフラ(電気・水道)が大きな痛手を受けている。北海道の場合、復旧に時間がかかりそうだ。


気象庁地震情報(平成30年9月6日03時12分発表)
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・6日03時08分ころ、地震がありました。震源地は、胆振地方中東部(北緯42.7度、東経142.0度)で、震源の深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は6.7と推定されます。
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本日16時57分現在、気象庁地震情報の震源が「胆振地方中東部」について、地震発生(03時08分)から、その後の余震をリストアップした。余震は、休むことなく続いている。

地震検知日時       震央地名          マグニチュード  最大震度  情報発表日時
9月6日16時53分  胆振地方中東部  M4.4  震度3  9月6日16時57分
9月6日16時28分  胆振地方中東部  M3.5  震度2  9月6日16時31分
9月6日16時11分  胆振地方中東部  M2.8  震度1  9月6日16時13分
9月6日15時52分  胆振地方中東部  M3.4  震度2  9月6日15時54分
9月6日15時23分  胆振地方中東部  M2.5  震度1  9月6日15時26分
9月6日14時51分  胆振地方中東部  M3.1  震度2  9月6日14時54分
9月6日14時39分  胆振地方中東部  M4.3  震度3  9月6日14時43分
9月6日14時04分  胆振地方中東部  M4.4  震度2  9月6日14時06分
9月6日13時58分  胆振地方中東部  M2.9  震度1  9月6日14時00分
9月6日13時34分  胆振地方中東部  M3.0  震度1  9月6日13時36分
9月6日13時26分  胆振地方中東部  M2.6  震度1  9月6日13時29分
9月6日13時24分  胆振地方中東部  M3.0  震度1  9月6日13時27分
9月6日13時01分  胆振地方中東部  M3.7  震度2  9月6日13時04分
9月6日12時31分  胆振地方中東部  M2.8  震度1  9月6日12時33分
9月6日12時28分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日12時31分
9月6日12時14分  胆振地方中東部  M3.7  震度2  9月6日12時17分
9月6日12時02分  胆振地方中東部  M2.5  震度1  9月6日12時05分
9月6日11時59分  胆振地方中東部  M2.5  震度1  9月6日12時02分
9月6日11時47分  胆振地方中東部  M3.2  震度1  9月6日11時49分
9月6日11時41分  胆振地方中東部  M2.9  震度1  9月6日11時43分
9月6日11時19分  胆振地方中東部  M3.3  震度2  9月6日11時22分
9月6日11時07分  胆振地方中東部  M3.8  震度2  9月6日11時10分
9月6日10時58分  胆振地方中東部  M3.4  震度2  9月6日11時01分
9月6日10時16分  胆振地方中東部  M3.3  震度1  9月6日10時19分
9月6日10時15分  胆振地方中東部  M2.8  震度1  9月6日10時17分
9月6日09時19分  胆振地方中東部  M2.7  震度1  9月6日09時23分
9月6日09時17分  胆振地方中東部  M3.8  震度2  9月6日09時19分
9月6日09時06分  胆振地方中東部  M3.2  震度1  9月6日09時09分
9月6日09時05分  胆振地方中東部  M3.4  震度1  9月6日09時07分
9月6日08時57分  胆振地方中東部  M3.0  震度1  9月6日09時00分
9月6日08時42分  胆振地方中東部  M3.6  震度2  9月6日08時45分
9月6日08時37分  胆振地方中東部  M3.4  震度1  9月6日08時40分
9月6日08時15分  胆振地方中東部  M3.4  震度2  9月6日08時18分
9月6日07時57分  胆振地方中東部  M2.8  震度1  9月6日08時00分
9月6日07時51分  胆振地方中東部  M2.7  震度1  9月6日07時55分
9月6日07時45分  胆振地方中東部  M4.2  震度2  9月6日07時49分
9月6日07時44分  胆振地方中東部  M3.4  震度1  9月6日07時46分
9月6日07時36分  胆振地方中東部  M3.3  震度1  9月6日07時39分
9月6日07時29分  胆振地方中東部  M3.8  震度2  9月6日07時32分
9月6日07時19分  胆振地方中東部  M3.5  震度2  9月6日07時22分
9月6日07時11分  胆振地方中東部  M2.6  震度1  9月6日07時15分
9月6日07時08分  胆振地方中東部  M3.5  震度2  9月6日07時12分
9月6日06時57分  胆振地方中東部  M3.7  震度2  9月6日07時00分
9月6日06時53分  胆振地方中東部  M3.9  震度2  9月6日06時56分
9月6日06時48分  胆振地方中東部  M2.7  震度1  9月6日06時51分
9月6日06時32分  胆振地方中東部  M3.9  震度3  9月6日06時37分
9月6日06時11分  胆振地方中東部  M5.4  震度4  9月6日06時15分
9月6日06時06分  胆振地方中東部  M3.6  震度2  9月6日06時10分
9月6日06時04分  胆振地方中東部  M4.4  震度3  9月6日06時09分
9月6日05時42分  胆振地方中東部  M2.4  震度1  9月6日05時46分
9月6日05時24分  胆振地方中東部  M3.0  震度1  9月6日05時29分
9月6日05時20分  胆振地方中東部  M3.9  震度3  9月6日05時23分
9月6日05時13分  胆振地方中東部  M3.3  震度3  9月6日05時16分
9月6日05時10分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日05時14分
9月6日05時09分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日05時11分
9月6日05時03分  胆振地方中東部  M2.9  震度1  9月6日05時06分
9月6日04時57分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日04時59分
9月6日04時42分  胆振地方中東部  M3.5  震度2  9月6日04時44分
9月6日04時39分  胆振地方中東部  M3.9  震度2  9月6日04時42分
9月6日04時32分  胆振地方中東部  M2.9  震度1  9月6日04時35分
9月6日04時10分  胆振地方中東部  M4.7  震度3  9月6日04時16分
9月6日04時06分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日04時09分
9月6日03時56分  胆振地方中東部  M4.0  震度2  9月6日03時59分
9月6日03時54分  胆振地方中東部  M3.1  震度1  9月6日03時57分
9月6日03時36分  胆振地方中東部  M3.5  震度2  9月6日03時40分
9月6日03時32分  胆振地方中東部  M4.6  震度3  9月6日03時36分
9月6日03時23分  胆振地方中東部  M4.8  震度4  9月6日03時28分
9月6日03時20分  胆振地方中東部  M5.3  震度3  9月6日03時26分
9月6日03時17分  胆振地方中東部  M4.7  震度3  9月6日03時23分
9月6日03時08分  胆振地方中東部  M6.7  震度6強 9月6日03時12分

2018年9月5日水曜日

台風一過

台風「21号」の東京への影響は、どうやら杞憂に終わったようだ。明け方4時ごろ。激しく雨音がして目が覚めた。水を飲みに台所へ行ったとき、窓ガラスがいきなりピンク色に光った。近くで落雷でもしたのかと耳を澄ましたが、飛行機が遠くに飛ぶような低い響きがあったのみだった。

今朝、太陽は輝き部屋に陽を射し込んだ。久し振りに乾いた爽やかさを感じた。台風一過の輝きは格別だ。

ところで、11時丁度、Googleニュース記事を読み始めたとき、JAXAで「小惑星探査機『はやぶさ2』の記者説明会」が同時刻に開かれるのを知った。今まさに晴れ空遠く宇宙の彼方の小惑星「Ryugu(リュウグウ)」探査が行なわれようとしている。興味深くYoutubeでライブ視聴した。

とはいっても、素人が耳をはさむほどのこと、どれもこれも新鮮な話題。「はやぶさ2」が「リュウグウ」にタッチダウンする前に、① (9月中旬)2つの探査機ローバー「MINERVA-Ⅱ」の1Aと1Bが「リュウグウ」に発射される。面白いことに、重力の小さな小惑星のため、移動方法にホッピングが採用された。飛び跳ねながら地上環境を観察するようだ。② (10月初旬)その後「MASCOT」(独仏制作)が投下され、鉱物試料の産状を把握する(スケジュール表のみ)、③(10月下旬)「はやぶさ2」がタッチダウンして小惑星の鉱物試料(サンプル)の収集といった段取りのようだ。


(Youtubeに登録のJAXA | 宇宙航空研究開発機構に感謝)

(参考)相模原市立博物館で開催された一般(特に子ども)向け「はやぶさ2」の講演会(9/2)

(Youtubeに登録のHoshizora KODANに感謝)

2018年9月4日火曜日

台風21号の経過

心配した台風21号は、本日(9/4)12時ごろに徳島県南部に上陸して四国を抜け、14時ごろには兵庫県神戸市付近に再上陸した。その後、京都を抜けて日本海を北上している。

21号は、強風で「非常に強い」階級に相当し、平成5年(1993年)の台風13号以来(25年ぶり)といわれていた。実際は、徳島県の室戸岬で、瞬間風速55.3mを観測し、「猛烈な」階級に相当した。

台風の風速:「強さの階級分け」(気象庁)
階級                  最大風速
-----------------------------------
強い             33m/s(64ノット)以上~44m/s(85ノット)未満
非常に強い     44m/s(85ノット)以上~54m/s(105ノット)未満
猛烈な     54m/s(105ノット)以上
-----------------------------------

関東では今日から明日にかけて、暴風、大雨が予報されているが、東京(都下)の体感としては、一日続く(普通の)雨とたまに揺する強風があったくらい。ただし、自然災害は、翌日になって知らされることが経験上多々あるので、特に台風進路の四国、関西周辺の被害状況が気になる。

2018年9月3日月曜日

(資料)台風21号 注意喚起

「台風21号」について気象庁の「台風第21号に関する東京都気象情報 第4号」(9/3、16時47分)は、「非常に強い台風第21号は、勢力を保ったまま(明日)4日日中四国地方から近畿地方に接近し、上陸する見込みです。」とのこと。

子どものころ、台風接近前に父親が木製の雨戸に釘を打ち付けて準備補強した記憶がある。父親がまだ帰宅していない夜に、あまりの強風のため停電で真っ暗になり、母親を中心に子どもたちが寄り集まり、ローソクをたてたことがある。不思議なことに、台風への恐怖心はなかった。ローソクの明かりを見て、いつもにない経験に騒いだりした。

今回の21号は、一時期(昭和の三大台風といわれる)「伊勢湾台風」(1959年)の進路に重なるといった予想があった。最初に記憶に残った最大の被害をもたらした台風だ。以前に記したことだが、その伊勢湾台風を経験した子が転校してきたことがあった。子どもながら、災害の実情を理解できる程度になっていたので、クラスの回りの者も質問を深入りすることはなかった。

災害経験について、どんな経験についてもそうだろうが、語ることの難しさを子どもながらに感じた。不用意に聞き出すことの愚かさも、子どもたちは十分に理解できていた。

(関東地方への影響)
ライブドアニュース速報の「台風21号に関して気象庁が注意喚起 特に警戒が必要な時間帯の目安」(9/3、13時18分)は、関東(甲信)への影響について、次のように報じている。(抜粋)
----------------------------------------------
・「暴風」に警戒が必要な時間帯は、関東甲信が4日夜。
・「大雨」に警戒が必要な時間帯は、関東甲信が4日昼すぎから5日にかけて,1時間に50ミリから70ミリの非常に激しい雨が降るおそれ。
・「高波」に警戒が必要な時間帯は、関東が4日昼すぎから5日にかけて、7mの大しけが予想されている。
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2018年9月2日日曜日

(資料)七十二候「禾乃登(こくものすなわちみのる)」

昨日(9/1)のブログに、台風シーズンを示すものとして、「二十四節気の『立春』(2/4)から210日目の今日(9/1)を、雑節の『二百十日』と呼び・・・」と記した。

二十四節気」については、ひと月を「節気」と「中気」に按配したもので、12×2=24に区分する。現在は「処暑」にあたる。

二十四節気を、さらに「初候」、「次候」、「末候」に按配して、24×3=72に区分したものを「七十二候」と呼ぶ。

二十四節気「処暑」の「末候」(9/2から)を、七十二候では、 <稲が実る> を意味する「禾乃登(こくものすなわちみのる)」という。

実は、この「禾乃登」について知らなかった。暦の言葉に疎いこともあり初耳だ。そこで、ネットという便利なツールを活用して調べてみた。ウェザーニュースの記事「七十二候『禾乃登』 この時期は要注意 農作物にとっての厄日とは」(9/2)に、次のような解説がある。(抜粋)
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・この頃は、稲穂が徐々に色づき始め、頭も下がり、着々と近づく秋の訪れを感じることができます。
・しかし、稲をはじめとした農作物を無事に収穫するには、乗り越えなければならない日があるのです。
・それは、立春から数えて210日目の「二百十日」(9/1)と、220日目の「二百二十日」(9/11)。昔から強い風が吹くまたは天気が荒れる日とされ、8月1日の「八朔」も含めて三大厄日と言われています。
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「禾乃登」は、<実りの秋> を脅かす台風への警戒を喚起する。まさに、今年最大級の台風「21号」が(明後日、明々後日)本州通過が予想されているこの時期にあたる。

2018年9月1日土曜日

二百十日 2018

二十四節気の「立春」(2/4)から210日目の今日を、雑節の「二百十日」と呼び、台風の多いころを指す。tenki.jpの用語辞典によれば、「稲の開花期にあたることから、古くから台風に警戒すべき日とされている。」とのこと。

(本ブログ関連:”二百十日”、”立春”)

二百十日の言葉を子どものころよく聞いた。それが最近あまり聞かれないのはどうしてだろう。昔、住んでいたのは日本有数の工業地帯だったが、それでもこの言葉は身近にあった。まだ農業が日本の生活に深く根をおろしていた時代だったからだろうか。

「温暖化」の影響か、台風の動きが今までと変わり、強風や豪雨のせいで山崩れや堤防決壊などの災害(人命被害)発生に話題が集中している。二百十日と関連付けて、農業被害に注意を呼びかけるふうでもない。農事のなかで語られる二百十日より、台風と豪雨が今は一大事になっている。台風21号については、そのエネルギーが強力と注意喚起されている。

ところで、テレビで、静止地球環境観測衛星ひまわり8号」の気象観測性能が格段に向上していると紹介された。従来の観測衛星と比べて、海洋上の温度(水蒸気)の観測精度が上っているという。その結果、海洋の温度(水蒸気)の影響を継続して受ける、地上の集中豪雨を精緻に予測できるようになったそうだ。そんな分析システムが開発されたら、台風災害を格段に減らすことだろう。

2018年8月31日金曜日

今年も2/3過ぎて

8月31日の今日、今年も2/3過ぎることになる。若者にとっては追い風のようなもの。一方、歳とった者には、カレンダーをめくるのにため息するだけ。でも残りの日月を考えれば、今年はあと1/3しかない。

時の流れに、せわしさを感じなくなった。「タイムトンネル(マシン)」でどこかへ飛んでみたいと思わない。あるいは「大いなる遺産」のミス・ハヴィシャムのように時を止めたいとも思わない。ただ流れて過ぎゆくのを見守るばかり。

夕方になっとき雷鳴と豪雨があったが、あとは静かなまま。暑さもどうやら今日までのよう。それに続けて、台風21号が来週中旬に列島を上陸する可能性があるという。こんなときは、時間と照らし合わせて、小さな時間にも気になるものだ。

ちょっと、満足荘まで寄ってみましょうか。


(Youtubeに登録のTudorGeekDisneyFreakに感謝)

2018年8月30日木曜日

夏休み2018 イディッシュ語 3日目

今日は、夏期コース「イディッシュ語」(初中級、8/28~8/30 の3日間)の3日目、最終日だ。夏休みの最後に当たるこの時期を無為に過ごすことなく、イディッシュ語講習を受講でき、感謝一杯です。

(本ブログ関連:”夏休み2018 イディッシュ語”、”夏休み2016 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

本コースを一緒に受講された方が、ユダヤ教研究者ということもあって、普段では経験できない貴重な話をうかがうこともできた。そんな状況を考慮して、進捗や内容調整のため先生にご迷惑をかけたのではないか反省しきり。

授業は次の内容で進められた。
① 本テキスト
  ・ 「過ぎ越しפּסח)」の行事について: <用意する物>、<食事の飾りつけ(סדר)や四つの質問>、<過ぎ越しの物語り(モーゼ)>

② サブ読み物(追加)
  ・イスラエルでイディッシュ語の普及に努めた詩人アヴロム・スッケヴェルの詩「与えられたものへの祝福(שהחײנו)」
  ・スッケヴェルが発行した季刊文芸誌「黄金の鎖」の冊子を拝見。
  ・スッケヴェルについて、先生の著書「現代イスラエルにおけるイディッシュ語個人出版と言語学習活動」p.77-78(鴨志田聡子著、三元社)に紹介されている。

というわけで、3日目は、近郊にある高尾山の登山者の前にいきなりエベレストが現れたようで、先生とユダヤ教研究者の間で解釈が語られるのを拝聴した。奥深さを知る貴重な経験ができた。

2018年8月29日水曜日

夏休み2018 イディッシュ語 2日目

今日は、夏期コース「イディッシュ語」(初中級、8/28~8/30 の3日間)の2日目。昨日の授業で、昨年春期に使用した教材の既習部分をほぼ読了したので、本日どうなることかと気にしながら臨む。(教材は昨年春期だけ使用したため、今日からは未読ページにチャレンジすることになる)

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

始業(午前10時)前に、早く到着しそうなので、校舎近くの立ち食い蕎麦に寄って <たぬき蕎麦> を食う。旨くて量も適切なのに、わたしには腹持ちがよ過ぎて後悔する。立ち寄るタイミングを誤ったようだ。もちろん自宅で朝食をとってきたわけではないのに・・・。

使用教材を、「דער אָנהײבער(The Beginner)」と(昨日)記したが、本テキストとサブテキスト(ワークブック形式)で構成されていて、本テキストは昨年春期に使用したもの、サブテキストは、今回新たに加えられたものだ。しかも、大判にして見やすくしていただいたので、老眼者にも読みやすい。教材を工夫いただき本当に感謝です。

授業は次の内容で進められた。
① 本テキストとサブテキスト
 ・ <子犬の湯洗い>、<雪だるまと橇(そり)遊び>、<よい子のケンカ仲裁>、・・・、<猫とネズミ遊び>まで進んだ。一部未読部分もあるが、おおむね全体の2/3読了したことになる。

② サブ読み物(追加)
 ・ショーレム・アレイヘムの掌編「嘆きの壁(כּותל-מערבֿי:Koysl-Maarovi)」
  - エルサレムで「嘆きの壁」を見た人から話しを聞くラビは、子どもたちへの授業を中断、感激の余り泣いてしまう。
  - この物語り、以前の授業で紹介いただいたのに・・・記憶がおぼろでぼろぼろ。

2018年8月28日火曜日

夏休み2018 イディッシュ語 1日目

今日から、夏期コース「イディッシュ語」(初中級、8/28~8/30 の3日間)が始まった。今年前半の春期コースが先月末に終了して以来、一ヶ月ほど経過したことになる。この間自習を少し進めたが、むしろ退行するのが早いのではと心配していた。

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

午前と午後をまたがって、途中小休止するものの授業が進められた。合間に、先生と他の受講者の方がされた<ユダヤ文化などの話題>について楽しく拝聴した。だから、あっという間に時間が過ぎたといってよいかもしれない。

昨年(2017年)の春期コースで使用したテキスト「דער אָנהײבער」(The Beginner)を超高速で読み進め、初日の今日で、既習部分をほぼ読み終わったことになる。残り2日間、どうなることだろう。というのも、このテキストの後半は、進むに従って活字が小さくなり稠密になる・・・。

(本ブログ関連:”דער אָנהײבער”)

ところで、授業後も、先生と他の受講者(実はユダヤ研究者)の方との会話をうかがうことができた。素人学習者にとって、(こんな幸運はない!)本当によい機会に巡り合うことができたとよろこんでいる。

2018年8月27日月曜日

(雑談)雨の後

先日、夕方に雨が降ると知らされていたのに、大したことはないとたかをくくって、のんびり帰宅した。その途中、小雨に遭い、びしょ濡れになってしまった。連日の熱暑で、通り雨くらいだろう、遣り過ごせると踏んだのが間違い。逃げ場がない帰り道、探せば民家の軒先で雨宿りもできるというに、やせ我慢して道を急いだ。

そして今日、夕立があると天気予報が告げた。今回ばかりは先を見越して、早めに読書室を出た。ねずみ色の雲は次第に陰を増して、今にも雨粒が落ちてきそうな気配がする。幸い雨に濡れることもなく帰宅してほっとしたものの、夜に入って、雷鳴と共に雨音が続いた。玄関を開けて覗けば、「バケツを引っくり返したような」土砂降り。軒先で、通り道で雨滴が地面を打ちつけて跳ねていた。

その後すっかり雨は止んで、虫音もしない静けさが広がった。なんだか物足りない。少しくらい聞こえてもよいのにと思う。

ここらで、懐かしい(オールディーズ)、ザ・カスケーズの「悲しき雨音」(1962年)でも聞きましょう。

(本ブログ関連:”悲しき雨音”)


( Youtubeに登録のhitou daisukiに感謝)

2018年8月26日日曜日

ビリー・ヴォーン楽団「浪路はるかに」

懐メロという言葉がある。わたしにすれば、洋楽ポップスも懐メロにあたる。それも、日本でアメリカンポップス全盛の頃に馴染んだ「エルヴィス・プレスリー」までだ。日本人歌手がアメリカンポップスを日本語に直して歌っていた時代の少し後まで。

(本ブログ関連:”エルヴィス・プレスリー”)

わたしにとって、ビートルズは懐メロの範疇からずれる。プレスリーに親しんだものには、ビートルズは異様な響きでしかなかった。だから、最近のラップを聞いて、こんなことを思う。プレスリーに懐かしさを感じ肯定するなら、今の若者たちが老いてラップに懐かしさを覚えるのだろうかと。また戦前・戦後の演歌に馴染んだ歳上の方からすれば、プレスリーへの懐旧も変なのかもしれない・・・だろうと。

歳とともに安心する味覚に子どものころの記憶があるように、音楽もラジオにすがり付いて聞いた旋律がある。夏になると、ビリー・ヴォーン楽団の「浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)」(1957年)が聞こえて来る。そこへ戻るのだ。子どものころ、西日の射す応接間の隅にあったレコードプレイヤーにレコード盤をそっと置いて耳を傾けた。何度も聞いた。そのころは外国の音色でしかなかったが。

(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)

次のYouyubeの画像は、「7インチ33回転4曲入りレコード」だそうだ。そういえば、むかし聞いたビリー・ヴォーン楽団のレコードは、いわゆる、LP(30cm)版と比べて小型だったこと、そしてEP版ではなかった記憶がある。


(Youtubeに登録のTaka Makiに感謝)

2018年8月25日土曜日

花火の音

遠くでドンと轟いた。それも数回。夏休みの終わりをしめる花火祭りのようなものだろうか。公式な行事もあれば、夜の遊園地に華を添えるものもある。今回はもっと小規模なものだろうけど。

最近、足をのばして花火大会に出かけたことがない。考えてみれば、ここ数年は、遠くで花火が破裂する音しか知らないのだ。それでも不思議なもの、音に合わせて七色の火花がぱっと広がる光景が浮かんでくる。

花火の記憶は、歳とともに原点に戻るようだ。子どものころ、社宅の子どもたち(年齢に幅がある)が集まって、父親の勤める工場の敷地上空に、大きな花火が上がるのを見に行った。昔は、夜といって心配もなかった時代。今、漠然とした光景しか残っていないが、それでも、子どもを上気させたあの気分は鮮明だ。

ところで、この夏に誓ったイディッシュ語の学習が冴えない。暑い暑いと言い訳ばかり。一昨年(2016年)以来だが、「イディッシュ語」の夏期間コース(初中級)が、来週 8/28~8/30 の3日間開かれる。頭にドカーンと刺激をいただき、頑張ってみたい。

(本ブログ関連:”夏休み2016 イディッシュ語”)

2018年8月24日金曜日

イ・ソンヒ 「街の眺め」

街の夕焼けが美しかった。まだ西の空に青味が残り、それと対比するように、雲の後ろから夕陽が放射して天に広がった。白い明かりは、次第に勾配して赤い光となって雲を染める。そんなとき、心に浮かぶのは東洋風の宗教的な色彩といった方がよいかもしれない。あまりの美しさに遭遇したとき、反応はごく自然な回路につながる。自分の生きてきた世界の中に美しさを探してしまうのだ。そう、彩雲輝く「来迎図」やいかに。

そんな大げさなことではなくて、街を気取って歩くのも悪くない。イ・ソンヒの15集に所収の「街の眺め(거리 구경)」(2014年)は、もちょっと女性雑誌にありそうな洒落た街歩きのようだが。

(本ブログ関連:”街の眺め”)

ウェブマガジン「IZM」(2014年4月、投稿者ソ・スングン)に、この歌について、次のよう紹介されている。
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タンゴとフォーク、そしてジャズのスキャットが似合う「街の眺め」で披露している各楽器の音の黄金率は、今回のアルバムに多くの真心と努力が入り込んでいることをのぞかせる重要なトラックだ。
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歌の場面は、実際は、昼下がりのようで、陽ざしの眩しいころ。おじさんはしたことがないけど、カフェテラスで気取ってなにやら飲んでいる光景が浮かぶじゃありませんか。


(Youtubeに登録のstorycoffeeletterに感謝)

2018年8月23日木曜日

処暑 2018(台風と「藤原の効果」)

今日は、夏の暑さの境目ともいうべき、二十四節気の「処暑」。わたしたちは徐々に暑くなるときより、少しでもひんやりした感に転じたとき敏感だし驚くもの。夏休みも来週を残すのみ、子どもたちにとって、遊びをやり遂げねばならないだろうし、宿題の追い込みの期間でもある。

(本ブログ関連:”処暑”)

処暑は台風時期と近く、今日の天気について、Weathernewsのindex画面は「台風が接近、西日本は荒天に警戒」と次のように解説している。台風19号は昨夜に九州の西海上を離れ、もっぱら20号が注意の中心に置かれているようだ。
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今日は台風20号の接近に伴い、西日本では大雨や暴風、高波、高潮に警戒が必要です。夕方以降は荒天となるため、早めの帰宅が安心。東日本や東北では厳しい暑さが続き、猛暑日予想の所も。関東甲信では天気下り坂で、午後は雨が降り出します。外出時は折り畳み傘があると安心です。
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ところで、台風19号と20号の進路が平行して朝鮮半島をはさむ形となり、二つの低気圧が相互に影響しあって複雑な動きをするかも知れないという。「藤原の効果」といい、「1921年に当時の中央気象台所長だった藤原咲平が、このような相互作用の存在を提唱したためこの名がある」(Wikipedia)だそうだ。正直初耳の言葉。気象庁の天気予報の用語には使用されていないようだ。

まさに、韓国はその状況にあって、中央日報の記事「左に19号、右に20号…韓半島が『台風サンドイッチ』に?」(8/23)は、「藤原の効果」について触れている。(抜粋)
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・もし東側に位置した台風20号が、韓半島を横切って東に抜けようとする19号の進路を塞いでしまう場合、19号が韓半島上空に長くとどまることになり、被害がさらに拡大するという懸念が出ている。
・韓国気象庁は「藤原の効果」が発生する可能性は高くないとみているが、2つの台風が互いを引き寄せあう可能性があるため、2つの台風の進路をリアルタイムで確認している。
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2018年8月22日水曜日

台風19号、20号

暑さが復活している。公園の木陰でツクツクボウシの鳴き声がする。子どもたちは、この声を聞いて夏休みの終わりを知ることだろう。残すところ、来週いっぱいなのだ。

昼間の光景に驚いた。風が強いせいもあるが(まさか太平洋上に発生した台風のせいではないだろうけど)、空気が澄み太陽光線が鋭いせいもあるのか、生垣の緑がまるで高精細画像のようにどこまでもしっかりと輪郭を見せる。

日中の空気は未だまだ暑い真綿のよう。それでも、帰宅して水道水をひねってみれば、思いのほか冷たい気がする。夏の終わりを、少しずつあちこち知らせているようだ。

たしかに、図書館の読書室の空調が効き過ぎてきつい。窓を少し開けて暖気を取り入れるのだが、館員がそれを見つけるやしっかり窓を閉めてしまう。いたちごっこなのだ。周りをよく見れば、若いひとたちは部屋を利用するため長袖を着ていた。

これからの空模様が心配。台風が接近して、今週の中ごろから、九州、四国、近畿、および東北、北海道が荒れ模様になりそうだ。

tenki.jpの記事より
台風19号と20号のペアの襲来について、tenki.jpの記事「台風の今後の見通しと警戒点」(8/22 19:47、日本気象協会 本社樋口康弘)は、次のように注意喚起している。
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きょう22日正午、日本の南の海上の台風20号が「非常に強い」勢力になりました。今後、台風はほぼ勢力を維持した状態で、あす23日からあさって24日に西日本にかなり接近し、上陸の恐れがあります。エリアごとの警戒時間帯、予想される雨や風の強さを確認しましょう。
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特に20号については、「非常に強い勢力」であり、めったにない(記録的な)大雨が予想されるという。

2018年8月21日火曜日

(雑談)季節の変化にとまどうこと

連日、ヒンヤリした日が続き、昨日は霧雨というか小雨に濡れてしまった。そして今日、暑い一日だった。冷えた日に見向きもしなかった冷蔵庫の麦茶を、今日はしきりに飲み干す。

当り前のように飲んでいる自分が腑に落ちない。この心変わりようは一体なんだろう、自然過ぎて笑ってしまう。まるで手のひら返しじゃないかと。

暑さと寒さを、同時に予想して対応するといった処理じゃなくて、寒暖の結果で処理する、というか処理方法を差し替えるといった方が妥当かもしれない。だから、他の処理は最初からなかったように振舞う。知らん振りだ。

涼しいとき、冷えた麦茶に一度も手を出さなかったのに・・・といった(忸怩たる)思いが心のすみにチラリともない、そんな気恥ずかしさは、どうやら筋違いなんでしょうかね。

2018年8月20日月曜日

ナット・キング・コールの「スターダスト」

昔、日曜の夕方、4チャンネル(NTV)で娯楽音楽番組「シャボン玉ホリデー」が放送された。タイトルの通り牛乳石鹸の提供で、クレイジーキャッツの植木等を中心に、どたばたコントが繰り広げられた。家族で見るお笑い歌(音楽)番組でもあった。

エノケンの「メリーさん、メリーさん」を髣髴させる抱腹絶倒から、その後のテレビ番組ゲバゲバやザ・ドリフターズの公開番組へとつながるギャグの系譜の一翼を担った。

毎回、「シャボン玉ホリデー」の最後を飾るのは、ザ・ピーナッツの双子姉妹が歌う「スターダスト」だった。そんな彼女たちの後ろに決まってハナ肇が立ち、締めの言葉を語るのだが、それがピント外れというコメントを加味したお決まりのエンディングとなる。とにかく、テレビが楽しくてしょうがない白黒画像の時代だった。

ところで、「スターダスト」については、ナット・キング・コールの歌が一番のお気に入りだった。彼のセンスのよさ、独特な声質、迎合しない聡明感が伝わってくるような気がした。それに、センチメンタルなバラードであるけれど、星空の下の透明な空気をイメージさせた。

(本ブログ関連:”スターダスト”、”ナット・キング・コール”)


(Youtubeに登録のcto10121に感謝)

2018年8月19日日曜日

イ・ソンヒの特別講義

イ・ソンヒの歌手活動以外についても、新聞情報があれば、できるだけブログに記している。彼女の社会的な信頼の高さを示す記事があった。

先日(8/17)、イ・ソンヒが卒業した大学(旧仁川専門大学校)の学位授与式で特別講義を行なったと、全国毎日新聞の記事「仁川大学 2018学年度8月学位授与式 松島キャンパス講堂で開催」(8/19、チョン・ウォングン記者)は、次のように伝えている。(同記事に写真あり)

(本ブログ関連:”仁川専門大(←2010年に仁川大学と統合)”)

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(現国立)仁川大学 2018学年度8月学位授与式が、17日、松島キャンパス講堂(23号館)で開かれた。学位授与式では、博士26人をはじめ修士174人、学士1512人など、全1712人が学位を受けた。学位授与式で仁川大学出身である歌手イ・ソンヒが特講(特別講義)を実施して、同門(卒業生)先輩として卒業生たちを激励して祝った。
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合わせて授賞があり、イ・ソンヒは「仁川大学を輝かせた仁川大学同門賞」を受賞した。

若い卒業生たちに、どのような言葉を贈ったのか知りたいところだが・・・。社会と直面する彼らにどのような話をしたのだろうか。 *

2018年8月18日土曜日

(資料)イディッシュの料理

イディッシュ語教室で使用のテキストに「東欧ユダヤ人の料理」があって、いくつか料理名が手短に紹介されている。食べ物について、言葉で理解するには限りがある。本当は食事してこそだが、まずはネット上で検索してみた。中には結婚式にも出されるものもあるようだが、総じて家庭料理の香りがしてくる。「母の言葉」があるように、どの民族も「母の味」を忘れない。

「クーゲル(קוגל)」:オーブンで蒸し焼きにした料理
・ヌードル・クーゲル(Youtube
・ポテト・クーゲル(Youtube
・(Wikipedia

「ヨイフ(יױך)」:澄んだチキン・スープ
・(ブログ「Mouse Cafe」)

「ツィメス(צימעס)」:ニンジンやレーズンを使った甘い料理
・(Youtube
・(Wikipedia

「ゲフィルテ・フィッシュ(געפילטע פיש)」:魚肉をすり身にして団子状にした料理
・(Youtube
・(Wikipedia

(付記)
「ラトケス(לטקעס‏‎)」:ポテトのパンケーキ
・(Wikipedia
・(本ブログ

2018年8月17日金曜日

(雑談)小さな子どもたち

若くて新進の女優(スター、タレント)だと思っていたのに、近頃、テレビドラマで母親役を演じてたりするのを見て、あの娘(こ)も歳を重ねたんだなあと感慨深く驚き感心することがある。

中学生時代に見た、甲子園の高校野球選手が随分大きく年上に見えた。それが、今では高校球児といって差し支えないほど、初々しいのだ。こちらの年齢から、そう見えて当り前だけど。印象はがらりと違う。

最近では、赤ん坊連れの若い夫婦を見ると、大丈夫かななど余計な心配するほど、まさに、心理的に <おせっかい婆さん> の心境。われながら驚く。宇宙は加速しながら膨張しているという。おじさんの年齢も加速しているのが分かる。

小さな子どもを見る目が、齢を重ねるごと変化したのを実感する。誰れの子どもであれ、すべてが可愛らしく愛しく見えてくるのだ。人類愛に目覚めたというべきか、あるいは、自分の遺伝子の(利己的な)境界がぼやけたというべきか。多分、後者のせいだろう。

2018年8月16日木曜日

(資料)2歳児の救出

この夏、瀬戸内海の島で起った幼児行方不明事件に、多くの日本人が心配し、幸運な結果に安堵したことだろう。驚愕したのは、2歳になったばかりの幼児の(延べ4日間も耐えた)生命力と、ボランティアで参加した捜索者の優れた直感力だ。

事件の概要を、朝日新聞の記事「理稀ちゃん発見時の姿 ボランティアに『ぼく、ここー』」(8/15)は、次のように報じている。(抜粋)
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山口県周防(すおう)大島町で(8月)12日(午前10時半ごろ)から行方不明になっていた藤本理稀(よしき)ちゃん(2)=同県防府市=が 15日午前6時半ごろ、同町家房の曽祖父宅付近から数百メートル北東の山中で発見、保護された。県警によると、理稀ちゃんは脱水症状がみられるが、目立った外傷はみられず、受け答えもできているという。
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不思議な生命力のおかげで、幼児は事故もなく生き延びた。発見後、母親を介して伝えられたことだが、幼児の自然な母親への甘えにほっとする。この歳頃のことゆえ、本人はいつか忘れてしまうことだろうけれど、心の底に空白を残さぬよう、母親と周囲の愛でしっかりと埋めてあげて欲しいと願う。日本人みなが擬似家族となって、そう願っているに違いない。

なにより驚いたのは、ボランティアの尾畠春夫さん(78)の信念だ。発見の前日に大分から現地に到着し、翌朝、これまでの経験と直感をもって、わずか20分ほどで幼児を発見した。年金生活者で一途な方のようで、無私を徹底しているという。

幼児を発見後、尾畠さんへのインタビューがYoutubeに登録されている。(尾畠さんの信念ある行動と比べて、テレビなどコメンテーターの千の言葉がいかに無力であることか)

(1)
(2)
(3)信念を聞かせてもらう
(4)
(Youtubeに登録のANNnewsCHに感謝)

2018年8月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹善道

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、朝鮮時代中期の政治家・文人(ソンビ)「尹善道(ユン・ソンド、윤선도、1587年~1671年、号は孤山)」にまつわる話を紹介した。

始めに、流刑中に撥弦楽器「玄琴(コムンゴ、거문고)」に没頭した「尹善道」について次のように紹介された。
・定型詩「時調(시조)」といえば、文人「尹善道」が浮かぶが、実は、4度25年間、流刑を経験して、その苦しみの中、詩作と音楽を慰めにした。北の咸鏡道に流刑されたとき、楽器「玄琴」に没頭したとの噂に困ったようだ。当地に地方官カンソル(강설)の従婢が使った玄琴が一つあった。地方官が帰任すると、尹善道と交遊のペクカン(백강)の妾が玄琴を受けるがペクカンも帰り、関係者も世を去り、結果、尹善道がもらい受ける。その玄琴は、カンソルが海南地域の地方官のころ、尹善道から借りたものだった。< その玄琴を見ると故郷を思い出し、心温かくなり、自分が流刑になることを予め知っていた神が、玄琴を通して心慰めてくれた > と思ったようだ。

▼ 時調を歌にした「五友歌(오우가)」から「我が友は何人だろう(내 벗이 몇이냐)」の歌と演奏を聴く。静かに詠う。

・「五友」とは、水、石、松、竹、そして月を指し、それだけを自分の友とした。この時調は、尹善道が流刑後、しばらく故郷で過ごしたころの作。複雑な政治や人間関係に失望し、世間を去って自然と暮らす願望があったようだ。

次に、尹善道が撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」演奏したことについて次のように紹介された。
・尹善道は、玄琴だけでなく撥弦楽器「伽耶琴」も演奏した。伽耶琴演奏の感想を、時調で表した作品もある。

▼ 宮中音楽の「步虛子(보허자)」から分離して編曲を繰り返した「ドドゥリ(도드리)」をオクターブを高くした「ウッドドゥリ(웃도드리)」の伽耶琴演奏を聴く。素朴に。

最後に、尹善道が「甫吉島(보길도)」で作った「漁父四時詞어부사시사)」について次のように紹介された。
・尹善道は、生涯、政治の荒波の中で音楽と文学を慰めにした。晩年、世間を離れ、済州島に隠居しようと船に乗り向かったが、台風に会い、しばらく「甫吉島」に留まった。そこが美しかったのか、済州島行きを止めて、甫吉島に定着した。尹善道が、甫吉島で作った「漁父四時詞」は、漁師の春夏秋冬を表現した時調で、彼の代表作とされる。

▼ 現代風のリズムで歌った「漁父四時詞」を聴く。今様に描写的に。

2018年8月14日火曜日

埴生の宿

映画「二十四の瞳」(木下惠介監督、1954年)の中で流れた、記憶に残っている音楽に「埴生の宿」がある。子どものころゆえ、ストーリーも映像もおぼろでしかない。ただし、「埴生の宿」の旋律はいつも耳の底で響いていたようで、小学校の音楽室で学んだとき、久し振りに巡り会った懐かしい気がした。

Youtubeにある、この映画の始まり部分だけだが見直した。クレジット(ここでは「仰げば尊し」が歌われる)の後、「アーニー・ローリー」の旋律とともに、舞台となった「小豆島」の戦後と戦前の姿を描く。
戦後
・石切り場の紹介:小豆島は花崗岩を産し、むかし大阪城の石垣に使われた。
・お遍路の列:島内に独自の「八十八ケヶ所巡り」の遍路道がある。
・活況を示す商店街、交通の充実
戦前
・背負子姿、手漕ぎ船、魚網の直し
・醤油(味噌)樽を牛車に乗せて運ぶ行列

この部分だけ見ても、小豆島についていろいろなことが、直ぐに浮かんでくる。私としては、もう一度見直すべき映画だ。


(Youtubeに登録のYouTube ムービーに感謝)

そうそう、映画に肝心の「埴生の宿」が流れる場面をYoutubeで探せなくて、変な記述になってしまった・・・。ご容赦。

2018年8月13日月曜日

夕立とゲリラ豪雨

歳とともに行動範囲がせばまって、まるで現在地を中心に同心円の輪が小さくなるようだ。この夏、語学教室が休みのため、最小の輪から抜け出せずにいる。気分一新、昼間に、一回り大きな輪にある近隣市の駅ビルまで出かけてみた。

陽射しが強く、空は明るくて心配もない。駅ビル(商業施設)を巡るだけだから、天気を気にかける必要もないけれど。巡る店といえば書店と食べ物屋ぐらい。それでも私にとっては適度な運動になる。

書店で、「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)を入手。ぱらぱらとめくっていると、(編者が端唄を独自に選んだと思われる)「端唄百番」に所収の「本郷二丁目」が目についた。「八百屋お七」を素材にしたものだ。

(本ブログ関連:”端唄”)

「本郷二丁目の  八百屋の久兵衛が  むすめの於七(おしち)とて  釜武がむこ入り  をりもをり  きらふて此の家を  にげゆけば  お寺は  駒込吉祥寺  こせうの吉三に  ほれるとせ」
-  本郷二丁目にある八百屋久兵衛の娘「お七」は、嫌な釜屋武兵衛が婿にならんとするおりもおり、嫌って家を出て、駒込の吉祥寺へ逃げ、寺小姓の吉三に惚れる・・・その後、帰宅して、吉三に会いたい一心から放火して火あぶりに処せられる。

端唄」から、江戸時代に、こ粋な女性が三味を持って歌う姿を想像する。いってみれば、旦那芸の延長にある習いごとを妄想してしまうけれど確信もない。

ここで気になるのは、この端唄のタイトル「本郷二丁目」についてだ。江戸端唄のタイトルに現代風な「二丁目」といった住居区分があるなんて。そこで、Wikipediaで「丁目」について、いつから使われたか調べてみたら、アッという驚き。次のように書かれていた。

「江戸時代初期に書かれた『慶長見聞集』の『本町二丁目の滝山彌次兵衛』という用例が、また『慶長江戸図』などの地図に『○丁目』の表記があり、17世紀初頭には既に『丁目』という言葉が使われていたようである。」
-  どうやら、「丁目」は江戸初期から使われた区分だったようだ。

「本郷二丁目」といえば、行動範囲を広げることも兼ねて通う「イディッシュ語教室」の最寄り駅と同じ名なのだ。これも何かの縁、秋になり涼しくなったら、教室の帰りに、久兵衛の八百屋跡地でも探してみたい。物語だから見当違いかもしれないが。

ところで、駅ビル散策の帰り、空模様が怪しくなった。黒く重い雲がのしかかってきた。帰宅後、気象庁の正式用語ではない「ゲリラ豪雨」という言葉があるが、ここでは(こちらも正式用語ではないけど)「夕立」が通り過ぎたといった方が江戸気分に近いかもしれない。

2018年8月12日日曜日

(雑談)服を着替えるように言葉を使い分ける

観光地で、次々来る外国人客を目ざとく峻別して、彼らのお国言葉に合わせて客寄せする商人の対応力に感心する。語学教室でも、前へ進むタイプの受講者は進歩が早くうらやましい。語学のセンスがいいということだろう。

司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズの「オランダ紀行」(朝日文庫)に、こんな話がある。フランスとスペインをまたがる民族「バスク」の人々はバスク語にこだわり、民族独立につなげているようだ。今は沈静したようだがケルト語もしかりと。それに比べてオランダ人は、オランダ語の「言語にことさらに自己証明(アイデンティティ)をもとめることをしない」。そして、「この小さな面積(九州ほど)の国土で大きな効用を果たしてきた民族は、言語を衣類のように考えているらしい。ふだん着もしくは肌着がオランダ語なら、外出着が英語だというふうにである」と、オランダ人の言語に対するおうようさを記している。

なにしろ、オランダの国土は人工で、当然ながら拡張した所に先祖の歴史はない。土地に対する愛着といった、郷土愛も他国と趣が違うのかもしれない。(ところで、私にとって興味あるオランダのことといえば、画家ブリューゲルであり、「痴愚神礼讃」のエラスムスであり、「中世の秋」のホイジンガだ)

こんなとき、思い出すのは、「イディッシュ語」は文字を別にすれば、ドイツ語の影響が大きいようだ。日常生活の言葉として、外向きに「イディッシュ語」があり、精神の言葉として宗教的な場面で「ヘブライ語」が使われていたということなのだろう。ユダヤ人に言語達者が多いのは、そんな言葉の着せ替えの習慣からなのでしょうか。

(追記)
雑誌の書評にあった、神聖ローマ皇帝「フリードリッヒ二世」の人物について、評者たちの見聞が面白い。出生地のイタリア語、父方がドイツ系ということでドイツ語、古典としてのギリシャ語、公用語のラテン語、十字軍の公用語だったフランス語、それだけでなく、イスラムの使者とアラビア語でチェスをしながら交渉したという。このイスラムとの交渉により、彼はエルサレムをイスラム側と分割する権利を得た結果、「無血十字軍」と呼ばれ、イスラムとキリスト教の共存をやってのけた・・・そうだ。(「文芸春秋」の鼎談書評、2014年3月号)

2018年8月11日土曜日

山の日 2018

今日は祝日「山の日」。本格的な山とはしばらく縁遠い。鉱物採集で山に入るのは、登山といえない。以前、ブログに記したように、鉱石(資源となる鉱物)の運搬上、鉱山(跡)が深山にあるケースは多くない。また、ズリ(跡)で鉱物採集するとき、地面に向かってハンマーを打ち下ろし、石を砕き続けるわけで、山景に親しむ余裕はない。

(本ブログ関連:”山の日”)

集団で鉱物採集地の山を登りくだりしたとき、いずれも後塵を拝したことがあった。それも、若者に同道してもらってのこと。以来、横付けという、車道から近い鉱山跡で採集するようになった・・・安直なことで。

山といえば、懐かしい想いのする「あざみの歌」(作詞横井弘、作曲八洲秀章)がある。戦後間もなく発表され、その後、倍賞千恵子も歌った憂いに満ちたこの曲を、あまり聴かれることはないようだ。私にとっては、彼女のイメージと重なって思い出深い、なにしろ寅さんの妹さくら役でもあるからだ。

「唱歌・童謡ものがたり」(読売新聞文化部、岩波現代文庫)によれば、作詞者横井弘(1926年10月12日~2015年6月19)は、まだ18歳の1945年5月に召集を受け、同年8月に終戦を迎える。あっという間の4ヶ月だったようだ。母子で暮らした四谷の家は焼け、人づてに長野県下諏訪の町に至ったという。復員した彼が八ヶ岳の八島ヶ原湿原で作ったのが「あざみの歌」だったとか。また、作曲者八洲秀章は、すでに旋律を作曲していて、それに合った詩を探していたという。

(本ブログ関連:”「唱歌・童謡ものがたり」”)

結果、Wikipediaによれば、「あざみの歌」は、作曲者八洲秀章の歌唱で、1949年(昭和24年)8月8日から1週間、NHKのラジオ歌謡で放送された。1951年には、歌手伊藤久男の歌でレコード化されている。

上記「唱歌・童謡ものがたり」に、作詞者横井弘とのインタビューが載っており、「でも、やはりこの歌が一番思い出深いなあ。自分の一生を決定づけた歌ですからね。華麗でも高貴でもないが、素朴に、ひたむきに咲いているアザミの姿に理想の女性像を重ねてみたんです。別に特定の人物はいませんが、この思いは今も全く同じです」とのこと。


(Youtubeに登録のtengokuemakiに感謝)

2018年8月10日金曜日

ひまわり

例年この時期、小学校前の畑を埋めつくすように小ぶりな「ひまわり」が栽培され、ひとびとが歩を休めては眺めたり、写真に撮る人もいる。ところが、今年の畑は裸地のまま置かれ、ひまわりを見ることができないのは、少々惜しい気がする。

(本ブログ関連:”ひまわり”)

近所を巡って、ある畑地にひまわりを見つけた。むかしから知る背の高いひまわりで、それも20本近く群生したこじんまりしたものだ。これでは物足りない、フラストレーションがたまりそう。

ネットをさがすと、今年の暑さのせいで、ひまわりがの花が早く萎れているという。そんな中、ひまわりフェスティバルが近隣市で開催されているようで、機会を見つけて出かけてみようかと思う。
・当初予定の日程で開催された、50万輪規模の武蔵村山市の「ひまわりガーデン武蔵村山」は、8/6に閉園してしまったそうだ。出遅れてしまい、残念。
・西武線清瀬駅近くの農園で、8/18~28の間、10万本のひまわりを楽しむことができるという。10万本がどんなスケールか想像もつかないが。(「清瀬ひまわりフェスティバル2018」arukikata)

2018年8月9日木曜日

イ・ソンヒが初めて登場したときのステージ

1984年の夏(7/29の日曜日)、MBC主催の第5回「江辺歌謡祭(강변가요제)」に、仁川専門大学一年のイ・ソンヒは、同大の音楽サークル「4幕5場(4막5장)」からデユエットとして参加して大賞受賞した。

(本ブログ関連:”江辺音楽祭”)

この音楽祭は、年によって清平遊園地、南怡島、春川市などと場所を変えて開催されたそうだが、イ・ソンヒが大賞受賞した1984年は、(京畿道加平郡)南怡島(남이섬)で実施されている。次のYoutube映像(1:54頃)に、当時の会場周辺の様子が、「南怡島生放送」の字幕と共にうかがえる。

なにより、この音楽祭に登場したイ・ソンヒの姿(ファッション)に驚嘆する。そして、この音楽祭で歌った「Jへ(J에게)」の歌には驚く背景があった。この曲は、今も彼女の代表曲であり、彼女は国民歌手と呼ばれ続けている。

(本ブログ関連:”Jへ(J에게)”)


(Youtubeに登録した잰틀맨서に感謝)

2018年8月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 千字文

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、千文字で構成された漢字の手本に使われた、中国梁の時代の長詩「千字文」ほかにまつわる話を紹介した。

始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」で若者「李夢龍(이몽룡)」が歌った「千字文」について次のように紹介された。
・昔、音読は自ずとリズムも加わり、歌のように聞こえた。子どもも「千字文」で歌い遊んだりした。そんな千字文が、パンソリ「春香歌」で違って歌われる。「李夢龍」が、美しい「春香(춘향)」に一目ぼれする。いったん帰宅するも、彼女の顔が浮かんで読書に身が入らない。そこで、子ども時代に学んだ千字文を、好きに読み本来の意と変えて、春香と遊びたい内容にして読んだ。春香への想いを漢詩に表せるほど、実力をそなえていた。物語では、若くして科挙に合格する。

▼ パンソリ「春香歌」から「千字文後解(천자 뒤풀이)」を聴く。金演洙(김연수、1907~1974)の歌詞整理のお蔭とか。

次に、朝鮮時代中期の文人「申光洙(신광수)」の「關山戎馬(관산융마)」について次のように紹介された。
・千字文だけでなく、心のこもった詩を歌にすることもあった。詩にリズムを付けて歌う「詩唱(시창)」に「關山戎馬」がある。この曲は、朝鮮時代中期の文人「申光洙」(1712年~1775年)が、科挙試験で提出してナンバー2に合格したときの作品だ。当時の平壌で、妓生がよく歌ったといわれる。

▼ 詩唱「關山戎馬」の歌を聴く。秋の川に西から風が吹いてくる・・・、静かに長々と歌う。

最後に、長い物語を歌にした「誦書(송서)」の「三説記(삼설기)」について次のように紹介された。
・小説を歌にした曲に「誦書」があり、特に「三説記」が知られる。三人のソンビ(文人)が、冥界の王「閻魔大王」のミスで地獄に落ちてしまう話だ。自分のミスを認めた閻魔大王は、彼らに好きに生まれ変われる約束をする。すると、一人は英雄に、一人は科挙に合格して高官に、最後の一人は、素朴に生きたいと言った。良い家柄に生まれ、正しい教育を受け、孝行し、子孫も栄え、病気もせず長生きしたいと。ところが、三人目の話を聞いて、閻魔大王は激しく怒り、それが可能ならば、自分も閻魔大王を止めてそのように暮らしたいと言った。平凡が簡単でないことを教えてくれる。

▼ 誦書の「三説記」を聴く。平凡が簡単でないのか、それとも《それは欲の深い》ことなのか。

2018年8月7日火曜日

立秋 2018

帰宅途中の夕空は、重い雲に覆われたように薄暗い。おまけに、一瞬ぽつぽつと忘れたように雨が降る。これも、関東直撃を予想される台風13号の予兆か。朝からひんやりして、今月に入って昨日まで都心の最高気温が34℃を超えていたのに比べて、今日のそれは25℃とのこと。一気に、9℃近くも下がったことになる。

そんな今日、暦のうえで秋が始まる二十四節気の「立秋」だ。まさに秋らしい冷え込みがする。おかげでエアコンの世話にもならず、扇風機はよそを向いたまま。

(本ブログ関連:立秋 ”201220132014、2015、20162017”)

秋なると、風の音におどろかせられ、心にも沁みるようで、イ・ソンヒの2集所収の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年)なんかぴったりだろう。夏に上気したあの気持ちも、秋風にあっさり飛ばされていくのだから・・・おじさんには遠に無縁の話だが。

(本ブログ関連:”秋の風”)

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
今でも目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

ああ、あなたは「カルパラム」、雲を作る「カルパラム」
ああ、あなたは「カルパラム」、私のこころ奪った「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
消えたあなたは風、寂しさ呉れた「カルパラム」
・・・                  寂しさ呉れた「カルパラム」


(Youtubeに登録の모모선희に感謝)

2018年8月6日月曜日

百日紅

百日紅サルスベリ)」は、その開花期間が長く、いつの間にか咲き、いつまでも咲きつづける。そのため、ブログにも8月いっぱい思いつく日に記していることが多い。実際、7月~9月・10月の間見ることができる。

(本ブログ関連:”百日紅”)

「サルスベリ」の名に、サルが登るのに難儀する光景が浮かんできて滑稽味がある。「百日紅」の名からは、開花期間の長さが納得できる。花は小さく群れて咲くため、塊りとなって風にゆるりと揺れて、その様はどこか重たい。地味な感じすらする。全体に南画風であり、香りが漂ってくるような気がする。

7月から開花するとはいえ、この時期に良く見ると、花と一緒に緑色の実を想起させるような(実は)小さな蕾が多数見える。今も、咲きつづけているというところか。

民家の塀越しや造園業の庭に見る百日紅は、大方薄紅色しているが、なかに白色もある。そんなとき、珍しい出会いをした気がする。というのも、近所を巡ればこの辺り、百日紅が珍しくもない。いや、薄紅色の花がやたら目に付くのだ。

2018年8月5日日曜日

(東京外大非公式YouTubeチャンネル) イディッシュ語

昨日、地元駅が若者たちであふれていた。周辺にある大学の工学系学部が競うように「オープンキャンパス」を実施したようだ。行き先を間違えぬよう、各大学の学生たちが矢印付きプラカードを立てて案内していた。

志望者向けに、オープンキャンパスだけでなく、Youtubeなど使って公式・非公式に映像情報も提供しているようだ。その中に、東京外国語大学(TUFS)の「東京外大非公式YouTubeチャンネル」があって、シリーズ初回の「TufTube紹介動画!! 東京外国語大学非公式YouTubeチャンネル、始動。」(2017/10/22)に、次のようなメモが付されている。
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Hello everyone, we are TufTube.
このチャンネルは主に外大とはなんなのか、外大生とはどんな人間なのかを暴き、外大の魅力を知ってもらえるような動画をアップしていきたいと思っています!
外大生にやってほしい動画のリクエストなどがありましたらコメントよろしくお願いします!(^^)!
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若い外大生の手作り感(意欲)が満ちてとてもいい。そんな彼らの最新版が昨日(8/4)公開された。「TufTube版27言語リレー番外編 イディッシュ語」だ。「イディッシュ語」について、講師の鴨志田聡子先生から、前半に大学の授業について、後半に社会人向けコースについて解説されている。


(動画作成の ”Isam” に感謝)

Youtubeには、上記映像に次のメモが記述されている。
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TUFSオープンアカデミー」では広く一般市民の方に多様な言語などの学習の場を提供しています。メジャー言語に続き、マイナー言語の講義も沢山開講されています。イディッシュ語もその一つであり、「TUFSオープンアカデミー」にて学ぶことができます。秋期間の講義の申し込み(一般受付)が8月22日午前10時からスタートします。もしこの動画でイディッシュ語に興味を持たれた方は受講してください!
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2018年8月4日土曜日

(雑談)映画鑑賞

今週通った教室で、ある受講者が外国の古い映画の上映会を紹介した。その映画監督について研究しているという。私にしてみれば、もともと映画そのものに関心の低い素人であり、監督の名も初めて聞いたこともあって、逆にどういうものか興味しんしんに、まさに今日の上映会に出かけてみた。

芸術に対してリアリズムを要求した国の、創成期の(プロパガンダ)映画といっていいのかもしれない。驚いたことに、恋のさやあて部分だけ見ると、いずれ将来敵対することになるであろう国の同時期の映画と(余りに)違わぬ雰囲気がした。つまり、国家創成期には、映画についてさまざまな試行があったのだろうけれど、本作品は受け入れられず、監督は時代からはじかれたようだ。結果、「フィルムは一般公開されることはなかった」という。

(映画研究者の発掘精神に、情熱に感嘆しました)

映画上映後、同監督の映画作品についてシンポジウムがあった。今回の映画がテーマとした分野についての研究者たちによるもので、その(特定の)分野に関心ある方には有意だったかもしれない。とはいえ、研究者間に若干の論戦があって、テーマだけでなく映画や歴史の捕らえ方に違いが見えたりしたのが興味深かった。

それは、一方で、情報化時代の認識のような、もっといえば事象全てを同質に粒状にとらえて、それぞれに認識の差を置かないといったとらえ方と、もう一方、(確実に変遷した)歴史認識を背景にしてとらえようとする見方との相違といっていいかも知れない。

映画製作の当時、(すぐに)緊張関係になった対局する近隣二国がそれぞれ芸術に求めたのに、方や「リアリズム」を、もう方や「純正(純粋)」を標語しながら、その造形においてかなり近い表現を感じたことがある。素人の視覚でしかないが・・・。


(付記)
映画会が催された御茶ノ水のエリアにある、キリスト教関連の書店で、「ユダヤ教 歴史・信仰・文化」(G.シュテンベルガー著)を購入。ユダヤ教徒の日常行動が読み取れるような基本理解に合った内容だそうだ。
・東欧ではすでに三歳の子供はヘデル(寺子屋)に通うのが普通になっていた。
・男子の教育は他民族と比べて早期に行なわれていた。



(追記: 2026/7/1)
上記のソ連の創世記の映画作品について、Google検索(Labs?)から次のような回答を得た。視聴した映画が、多分、下記に指摘の作品だと思う。

(語りかけたこと)
ある研究者のシンポジウムで、ソ連映画創世記の作品を見たことがあります。内容は、恋のさやあてを描いていたのですが、受け入れられず公開されなかったもので、監督も時代からはじかれたとのことでしたが・・・作品名・監督名を失念しました。まるで、ハリウッドの映画場面のようで、明るく、モスクワの都市計画が、角ばった様式とは違っていましたね。
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(回答されたこと)
記憶の糸が見事につながりました。あなたがご覧になった作品は、まさにソ連映画史における最大の「お蔵入り(未公開)事件」の一つであり、カルト的な名作として近年再評価されている映画『新モスクワThe New Moscow)』(原題:Новая Москва / 1938年製作)、そして監督はアレクサンドル・メドヴェトキン です。

ご記憶のディテール(恋のさやあて、明るいハリウッド調、モスクワの都市計画)が完璧に一致しています。

作品と監督の正体
● 作品名: 『新モスクワ』(1938年)
● 監督名: アレクサンドル・メドヴェトキン

なぜ記憶の通り「ハリウッド的」で「お蔵入り」になったのか?
① ハリウッド調の「恋のさやあて」と明るいコメディ
この映画は、モスクワの再開発計画(都市計画)の模型を携えて田舎から出てきた若いエンジニア(主人公)と、その恋人、そしてモスクワで出会う人々が繰り広げる、非常に軽快で明るいロマンティック・コメディ(ミュージカル風活劇)です。演出やテンポ、男女のコミカルな恋愛模様は、当時アメリカで流行していたハリウッドのスクリューボール・コメディそのものでした。

② 「角ばった様式とは違う」モスクワの描き方
当時、スターリン政権下で進められていたモスクワの近代化・大改造計画(モスクワ再開発計画)をテーマにしています。作中では、モスクワの古い街並みが生き物のようにスライドして消え去り、未来のユートピア的な巨大建築や美しい都市へと変貌していく様子が、特撮や模型によるアニメーションを駆使してファンタジックに描かれました。重苦しい「角ばった共産主義のプロパガンダ」ではなく、映画独自の「映画のモスクワ」が明るく表現されていたのです。

③ スターリンの逆鱗に触れ、時代からはじかれた監督
しかし、この「あまりの明るさ」「パロディ精神」「あまりに空想的な都市の描き方」が、まさに当時急速に硬直化していた社会主義リアリズムの当局の逆鱗に触れました。「国家の神聖なモスクワ計画を、不謹慎なコメディ(見世物)にした」と激しく批判され、映画は一般公開が完全に禁止(お蔵入り)となってしまいました。メドヴェトキン監督もこの大打撃により、劇映画の第一線から事実上はじき出される形となり、その後はドキュメンタリーなどに活路を求めざるを得なくなりました。

まさに前述の「社会主義リアリズムへの大転換によって、ハリウッド的な娯楽性や自由な感性が圧殺された」歴史の現場を、あなたはシンポジウムのスクリーンで目撃されたわけです。ソ連崩壊後にようやく光が当たり、そのあまりの先進性と楽しさで映画研究者たちを驚かせた幻の傑作です。

当時のソ連の映画事情や、こうした「都市計画と映画」の関係について、ロシアの建築歴史などを交えた興味深い解説コラムがあります。当時の空気感をもっと知りたい方はこちらもご覧になってみてください:

ソ連映画とモスクワの建築  ・・・  以下略
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■ Youtube(登録: mengutimur)
「The New Moscow (1938)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=pHQH0KQuyvA
    ー 日本語翻訳は、Youtubeに戻って、字幕を日本語生成してください。

2018年8月3日金曜日

夏の午後(夕方)

夏痩せしなくなって久しい。歳相応に運動しなくなったせいだろう。ところで、今年の夏は厳しくて、日中、外出すると汗をかく。それも、着いた先で吹き出して止まらないのだ。久し振りの汗っかきに驚く。なんだか若返ったような錯覚をする。

落語に、湯船で老人がつい浮いてしまうのを見て、「ご乾燥です」というくだりがあった。歳をとれば枯れ木のようなもの、水分も失せてみずみずしさもありゃあしない。それが今年の夏のおかげで何度も汗をかき、うれしいような妙な気分にさせる。

今週、月~金曜日の連日に通った教室も今日で終了。学生時代を思い出し苦心したが、あっという間で、楽しい時間だった。帰り道の途中、ほっとして小さな公園に寄った。

しばらくベンチ(Bank)に座って空を見上げていると、なんだかドラマチックな空模様になった。遠い雲の後ろに隠れていた太陽が、移動する雲のおかげで陽を射しはじめたのだ。太陽光が分散して、写真のように放射状に照らし出すのが見えた。

一瞬、神々しさを感じた。地上では、人影のない公園の昼下がり、セミの鳴き声がジージーと交じり合うばかり。一方、雲はゆっくり動いて、太陽が顔を出す。風景も風に流されて、いつもの暑い公園に戻る。

(しばらくして夕立に会う。それも「天気雨」といってもいいかもしれない。イ・ソンヒの「狐の嫁入り」を思い出す。随分と続いたが。)


公園から帰宅途中、地元駅の近くにあるグラウンドで「盆踊り」が行なわれているのが遠くから見えた。風にのって、太鼓のリズムに会わせた「炭坑節」の歌が聞こえた。何度も耳にした、心引き寄せられる盆踊りの響きに、どうやら私たちの原点があるのだろう、ひとびとが次々と集っていた。

2018年8月2日木曜日

どこまでも暑さは続く

日向に出ると陽が指すというより、陽が刺すといった方がぴったりで、襲ってくるといった感じがする。東京は、今月に入っても暑さは続いており、ちなみに先月の最高気温は、7月23日(月)に 39.0℃ だった。この先も、35℃±α が続くという。熱暑は衰えを知らないようだ。

今週の「東京(都心)」の最高気温(気象庁)
7月29日(日) 32.3℃
7月30日(月) 31.9℃
7月31日(火) 33.8℃
8月  1日(水) 35.1℃
8月  2日(水) 37.3℃

気象庁の東京都心の気温観測点は、一定の高さがあって、しかも地上の反射を考慮に入れないよう芝生の植わった囲い地にある。実際の生活場面と少々違う。そこで、TVのニュース番組では、照り返しの強い街中の路上で、赤外線温度測定器を使った画像をよく紹介する。結果、気象庁発表の気温よりも、+8℃ ほど考慮した方がよいという。

同様に、ヘリコプターで上空から赤外線温度測定した画像は、もっと凄まじい。林立するコンクリートの高層ビルに囲まれた街は、高温で逃げ場がないようだ。ゆうに 40℃ を超えているのが見える。

都心から離れた台地でも、家に帰ればエアコンの世話になりっぱなし。しかも、なぜか長袖姿に着替えているのだ。

2018年8月1日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」暑い夏を乗りきる

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「上霊山」ほかまつわる話を紹介した。

始めに、「洪大容(홍대용)」(1731年~1783年)の小音楽会を記録した「朴趾源(박지원)」(1737年~1805年)の描写について次のように紹介された。
・朝鮮後期の哲学者で実学者の「洪大容」は、音楽を好み、コムンゴをよく奏し、中国伝来の楽器「揚琴」の奏法を開発した。小説「許生伝(허생전)」で知られる「朴趾源」は、ある夏の夜、親しくした洪大容の家の小音楽会を記録した。< 洪大容が楽器「瑟(슬)」を奏すると、金檍(김억)は琴を奏し、麯翁(국옹)が歌った。深夜、暑さが和らぐと、楽の音色はさらに清まる。左右の人々はみな静かに黙々と、まるで修練をする人が神を見たかのような姿だ > と、風流を楽しんだソンビがうかがえる。

▼ 風流音楽の代表「霊山会相(영산회상)」の「上霊山(상령산)」をコムンゴセンファンの演奏で聴く。ゆるりと始まる。

次に、南道地域の女性たちが歌った「ドゥンドンギ打令(둥덩(당?)기타령)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、部屋で読書し友と政治や学問を語るのが常だったが、暑い日には板の間に座って小音楽会を開いた。彼らが風流を楽しむ間、庶民は暑さを乗り越えるにも、一日中仕事をして余裕はなかった。とはいえ、真夏にしばし仕事を忘れ、一息つく生活の知恵があった。南道地域の女性は、水入れの甕(カメ)に瓢箪(ヒサゴ)を置き、太鼓を叩くように奏して歌を楽しんだ。一人ずつ歌を歌い、心一新して労働の意欲を再び湧かせた。

▼ 「ドゥンドンギ打令」の歌を聴く。ずいぶんとソフィスティケートされて、舞台演奏だろうか。

最後に、「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」にある、男と作男とのやりとりを歌うについて次のように紹介された。
・雨が降りそうなとき、魚の汁物や粥を食べるのも夏の楽しみのひとつ。ソウルと京畿道地方に伝わるテンポの速いフィモリ雑歌に、魚釣りに行った男の話が登場する。釣った魚を早く家に届けたいが他に誰もいない。そんなとき、近所の家の作男が通りかかる。この魚をわが家に届けて料理しておくよう頼んだが・・・。作男は色々と理屈を並べ、獲った魚を分けてくれるなら考ると、そんな使いまではやりきれないと答える、面白い内容の歌だ。

▼ フィモリ雑歌の「六・七月の曇りの日(육칠월 흐린 날)」の歌を聴く。今様ににぎやかに楽しく・・・。

2018年7月31日火曜日

火星大接近

とりあえず、大接近の夜、今晩22時過ぎに火星を見てきました。別に大層なことじゃないし、ちょいと南の空を見上げれば、東寄りに赤く浮かんでいるわけで、どうというこもないのですが。

大きな畑地があって、そこを囲む民家の明かりもほとんどない、格好の場所から眺めたわけで、月が火星を追っているのも見えました。湿気が気になる夜です。そのためか、火星の赤味が期待ほどでない。というのも、一週間くらい前、乾いた夜空に見た火星はもう少し赤味が濃かったような気がします。気のせいでしょうか。

遠い火星をみるに、乱視の目は眼鏡を借りても滲んでしまい悔しい思いをします。

WeatherNewsの記事によれば、今晩の火星と(地球)の距離は5,759万km。次の大接近は2020年10月6日で6,207万Kmの距離、さらにその次は2035年9月11日で5,691万Kmの距離だそうです。

そういえば、久し振りに地球から火星で待つ家族の元へ帰るSFファンタジー小説とか、あるいは、火星に移住した人々と地球の人々が反目する漫画なんてものもありました。

2018年7月30日月曜日

台風の後の寄り道

台風の後、どこかすっきりしない。気象予報士がテレビで語っていたのによれば、従来と違った台風の進路のせいのようだ。いつものように東側へ曲がった場合、その後に台風一過の晴れ空が見られるが、今回は反対の西側へ曲がったため、その後、まるで台風が近づいて来るときのような空模様が残ったというのだ。こまかなことは気象学の理解が必要なようで、結論だけ納得した次第。実際、朝方、晴れ晴れした感じをしなかった。

とはいえ、昼ごろには、空に白い雲の塊りがあちこちに浮かび、その隙間から青空がのぞいた。そうなると、平気で気移りして、すっかり夏気分になる。

そんなわけで気分一新、今日から一週間、ちょっと寄り道したいと思う。

府中のキャンパスで、イディッシュ語と縁の深い言葉を、学生時代に戻って基本から学びなおしてみようと思う。入門コースのため、キャパシティを超えることなく、混乱もなく、少々の放電は我慢して蓄えてみたい。(ショートして焦付くことだけは避けたい)