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2016年8月13日土曜日

イ・ソンヒ、世宗文化会館公演(9/2~4) またソールドアウト

イ・ソンヒは、9月2日から4日まで、ソウルの世宗文化会館大劇場でコンサートを開催する。世宗文化会館は、格式のある舞台であり、彼女はこれまで何度もここでコンサートを開いている。

(本ブログ関連:”(資料)世宗文化会館の歴史”、”(資料)世宗文化会館の歴史(続)”)

CBSノーカットニュースの記事、「イ・ソンヒ、世宗文化会館公演が 『また』 完売」(8/12、キム・ヒョンシク記者)は、今回の世宗文化会館公演(9/2~4)が、全日全席売り切れになったと次のように報じている。しかも、同劇場での全席売り切れを、過去連続4回達成したことになるという。

今回、「四季」をテーマにしているとのこと。どのような舞台になるのか、9月4日を楽しみにしている。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

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・歌手イ・ソンヒが底力を見せつけた。

・12日、(イ・ソンヒの所属事務所)「フックエンターテインメント」によると、来る9月2日から4日まで開かれる、イ・ソンヒの全国ツアーの(起点である)ソウル「世宗文化会館」公演はすべて全回全席売り切れになった。

・世宗文化会館は、大衆歌手に簡単に許諾されない舞台として有名だ。イ・ソンヒは、「夢の舞台」と呼ばれているここで、1990年から先の2014年「30周年コンサート」まで、実に7回の公演を盛況裡に開催した。

・特に、イ・ソンヒは、(世宗文化会館にて公演した) 2006年「因縁(絆)コンサート」、2011年「五月の陽射しコンサート」、2014年「30周年コンサート」に続き、今年開かれる 「2016 The Great Concert イ・ソンヒ」 まで、4回連続全席売り切れという意味ある記録を達成し注目を集めている。

・所属事務所は、「イ・ソンヒは、今回のコンサートで新しくて完ぺきな舞台をプレゼントするために努力している。「四季」というテーマに合わせて、音楽と舞台が絶えず変化する姿、レジェンド・ミュージシャンとのコラボレーション舞台を見ることができること」といい、期待して欲しいと願った。

・イ・ソンヒは、(ソウル)世宗文化会館公演を始め、全州、釜山、大田など11(?)都市全国ツアーコンサートに突入する。
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(追記) 全国ツアー開催地(9ヶ所確認済) ・・・ 完売チケットの入手サイトでは高価に売られている

2016 コンサート ”The Great Concert”
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ソウル:16.09.02~04
大邱: 16.09.24~25
全州: 16.10.07~08
光州: 16.10.22
大田: 16.11.05~06
釜山: 16.11.19~20
仁川: 16.12.03
高陽: 16.12.17
昌原: 16.12.31

2016年8月12日金曜日

(お楽しみ)イディッシュ語でごあいさつ

イディッシュ語の挨拶を学ぶ教室風景の一部だろうか、Youtubeに、”Yiddish Book Center”の映像がある。プログラミングなら、”Hello”で始まるように、語学教室も挨拶と自己紹介から始まる。以下は板書されたものを記す。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

筆記体の板書に慣れないので・・・それに、イディッシュ語の書体(ヘブライ語書体)をPCでまだできないので、(ヘブライ語由来を除き)ラテン文字にそのまま置き換えて表記するとこんな具合だろう。(誤りにご容赦)

(注)イディッシュ語<ヘブライ文字>の活字体は、 ”chrome画面専用” で入力できる ⇒ Google入力ツール

<板書>

”vi heystu?”、”ikh heys ・・・”         「あなたのお名前は?」、「私は~と申します」

”zeyer ayngenem”                            「はじめまして(よろしく願います)」

”gut-morgn”、”gut-yor!”                  「おはようございます」、返信「おはようございます」:原意「よい年」

”vos makhstu?”、”gut, a dank ”       「お元気ですか?」、「いいですね、どうも」

”borekh hashem”                               「神の御恵みに感謝(おかげさまで)」(ヘブライ語由来)

”nish koshe”                                      「まあまあです」(ヘブライ語由来)

”nisht azoy ay-ay-ay”                       「全然だめで・・・」

”zay gezunt”                                     「じゃあね(ばいばい)」 = ”be well”


(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

2016年8月11日木曜日

山の日 2016

お盆の8月15日を中心に大人たちも夏休みだ。その入り口ともいえる今日は「山の日」で、今年から施行される祝日だ。山に対して海はといえば、「海の日」の祝日もちゃんとあり、7月の第3月曜日がそうで、1996年から施行されている。さまざまな祝日や記念日があるため、素直な名の「山の日」があっても不思議でない。今年から施行というのに返って驚く。

その「山の日」の今日、近くの公園を散歩した。さすがに暑さのせいか家族連れの姿は多くなく、広場の草原を走り回る子どもたちもない。気になったのは、散歩道で立ち止まってスマホをいじる大人たちだ。それも、けっこういる。

スマホを使わぬ身ゆえ、彼らが 「ポケモンGO」 をしているかどうか定かでないが、連れだっていても互いに会話もなく、それぞれ黙々とスマホをいじっているのは不気味という他ない。

そんなことより、うれしかったのは、朝のニュースで、リオ、オリンピックの日本選手が続々「金メダル」を獲得しているのを知ったことだ。そのなかでも、体操の内村航平選手が「男子個人総合」で優勝したのに驚いた。(体操については、いうも恥ずかしい、高校時代のクラブ活動でのわずかな経験から特に関心がある)

NHK NEWS WEB(8/11)は、内村選手の金メダルを次のように報じている。彼の精神力は素晴らしい。そして、インタビューで語られた、「うれしいより幸せ」との言葉が心に残る。
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・体操は、男子個人総合の決勝が行われ、日本のエース内村選手は、2位で迎えた最後の鉄棒で15.800の高得点を出し、ウクライナの選手を逆転して2連覇を達成しました。
・この種目の2連覇は44年ぶり、史上4人目の快挙で、内村選手は男子団体に続き、今大会2つ目の金メダル獲得です。
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2016年8月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 愛の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/03)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、愛の歌に関連した3曲を紹介した。

始めに、玄宗皇帝が楊貴妃を呼んだ「解語花(해어화)」と、妓生映画の題名「解語花」について次のように紹介された。
・唐の玄宗皇帝は、楊貴妃を深く寵愛し、国を混迷させた。玄宗は夏のある日、池に咲く白蓮に感嘆して、楊貴妃に「蓮の花がどんなに美しくても、解語の花には劣るだろう」と言った。楊貴妃を、言葉を理解できる花として「解語花」に例えた。美しく、物分かりの良さを強調するが、自分の意志で話さぬ控えめな女性を表すようだ。後に、芸者「妓生」を指す言葉にもなる。1940年代、妓生をストーリーにした映画「解語花」が作られ、俳優が一般に知られぬ歌を歌って話題となった。

▼ 愛は嘘だという意の歌、「愛、その嘘(사랑 거즛말이)」を聴く。愛の言葉も、夢のようというのもみんな嘘・・・今様に。


(Youtubeに登録のKMnetに感謝)

・この「愛、その嘘」は、女性歌手アンサンブル「SOULJIGI」が、女唱歌曲を新しく構成した。朝鮮時代の学者(ソンビ)、金尚容(김상용、1561年~1637年)の詩を基にしている。愛は嘘だといいながら、愛する人が戻ってこないことへの恋しさを表す。

次に、朝鮮時代の学者(ソンビ)、金尚容の人となりについて次のように紹介された。
・金尚容は700ほど詩作した。大変感受性に優れ、また人並み以上に積極的な面もあったという。清が朝鮮を侵入した戦いの「丙子の乱(병자호란、丙子胡乱)」では、王家の位牌と長男を連れて江華島に避難したが、陥落すると、火薬に火をつけて殉死した。正しいと思うことには情熱を惜しまないソンビの姿だった。

▼ 「愛、その嘘」を女唱歌曲の原曲で聴く。愛が夢に彷徨うよう、ゆたりと優雅に響く。

最後に、朝鮮時代中期の女流詩人の李玉峰(이옥봉)と、その夫の趙瑗(조원)の関係について次のように紹介された。
・「愛、その嘘」を聴くと、北方地域の民謡「愁心歌(수심가)」が浮かぶ。<夢の中の魂が痕跡を残せるものなら、毎晩愛する人を探して彷徨っただろう>という内容の歌詞で始まる。これは朝鮮時代中期の女流詩人「李玉峰」の詩から引用したもの。彼女は、家柄の良い両班の妾の娘だった。子どもの頃から立派な詩作しては人々を驚かせた。妾の子なので、両班の本妻にはなれず、そこで学識と人柄の良い「趙瑗」の妾になる。幸せな時も束の間、彼女が、悔しい目にあった民のため書いたものが官庁に影響を及ぼすと、趙瑗は、婦女がむやみに行動して世を騒がせたとし、二度と彼女を訪ねなかったという。李玉峰は、無情な夫を待ちながら、悲しい心を込めて詩作した。それを歌にしたのが「愁心歌」だ。

▼ 李玉峰の悲しみを歌った曲「愁心歌(수심가)」を聴く。人生を詠嘆するような、どこか寂しげである。

2016年8月9日火曜日

リオ、オリンピック体操男子団体”金”、そして今夏最高気温

リオデジャネイロで開催のオリンピックで、体操男子団体総合決勝で日本チームは「金メダル」を獲得した。例によって、朝のTVニュースで知った。実況を見ない方がいい結果につながるという、私なりの験担ぎだ。

日経新聞の記事(共同)、「体操男子、3大会ぶり団体金 リオ五輪」(8/9)は、3大会振りの金と次のように報じている。(抜粋)
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・リオデジャネイロ五輪の体操は男子団体総合決勝が行われ、予選4位の日本は合計274.094点で優勝し、2004年アテネ五輪以来3大会ぶり7度目の金メダルを獲得した。ロシアが271.453点で2位に入り、3位だった00年シドニー五輪以来の表彰台となった。予選1位の中国は271.122点の3位。
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結果は、日本は 274.094点、ロシアは 271.453点、中国は 271.122点の順で、飛び抜けた強さを見せたことになる。

テレビは興奮冷めやらず、体操各種目(6種目)を、各選手の演技を、何度も放送した。選手が無事着地するたび、完璧なこなしに思わず拍手する。他の競技と違って、曲りなりに思い入れする理由がある。高校時代、体操部があって、そこに少しの間だけ寄生!したことがある。部活ながら同好会のようなのりで過ごした。

鉄棒の大車輪をできるのは部長だけ、吊り輪は体育館の天井からぶら下がったまま、平行棒の上で回転はなく、跳馬は両手でまたぎ飛ぶだけ、鞍馬は5秒ともたない、そして床は縦長マットの上でバク転するくらい・・・。

オリンピック選手はおろか、子どもの体操選手にだって驚嘆する。床運動で、胸の高さで空転することさえできなかったのだから・・・(やったとはいえない恥ずかしさ)。


ところで、昨日と打って変わって、今日は暑い。

近在の街の最高気温を見ると、38.0℃、今年最高だった。

2016年8月8日月曜日

秋の風

昨日と比べて、今朝から陽が翳った。北からの強風と正面にぶつかると、思わず歩を止めてしまうほど。おかげで汗拭きの心配なく、久し振りに買物に出かけた。

夏休みの校庭は、それでも子どもたちが集まる。叫び声が風にのって散る。盆前のこと、まだまだ長期休みの序の口くらいだろう。遊びの種は尽きない。

オリンピックも、高校野球も始まったというに、話題が風に吹き消されたよう。昔から思うことだが、私がテレビで競技を見ると、勝たせたいと思う方が負けるかもしれないと験担ぎする。本当は、万分の一にもならぬこと。そうこうしているうちに勝敗が決まり、結果を後で知る。

一日中、風が巡った。風は決まった方向に吹くものでない。方位が刻々変わる。童話の挿絵の太陽に顔を描いても、風は難しい。風は出発点を持たない。地球の表面を包む大気の揺れだ。

そんな今日、天皇陛下の譲位(「生前退位」)のご意向がテレビを通じて国民に語られた。

2016年8月7日日曜日

立秋 2016

唱歌の「早春賦」は、「春は名のみの 風の寒さや」で始まる。それに例えれば、今日の「立秋」は、<秋は名のみの 日差しの暑さや>だ。夏の思い出も満喫していないのに、どうして秋が始まろうか。

(本ブログ関連:”立秋”)

とはいえ、この言葉をいったん覚えると、夕暮れどきの静けさに、秋につながるものを想ったりする。昨日、「暑気払い」したばかりだからだろうか。夏にけじめをつけ、秋を受け入れるや、人生で少し大人にったように、気候に寛容になる。

イ・ソンヒの2集に収録の「秋の風(カルパラム、갈바람)」(1985年、作詞チョン・ウニ、作曲ナム・クギン)は、突然に舞台が暗転して、別れの寂しさだけを残して去る秋の風を歌う。秋が深まれば、この歌への想いがきっと深まることでしょう、多分。

(本ブログ関連:”秋の風(カルパラム)”)

次のYoutube映像は、デビュー20周年記念(2004年)の世宗文化会館でのコンサートによる。


「秋の風(カルパラム)」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
去ったあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」

今も目元を巡る、あなたの暖かだったあのまなざし
こころ、何度も何度も、恋しい翼を広げさせるよ

ああ、あなたは 「カルパラム」、雲を作る 「カルパラム」
ああ、あなたは 「カルパラム」、こころ奪った 「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ寂しさ残して
消えたあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」
寂しさくれた 「カルパラム」

ああ、あなたは 「カルパラム」、雲を作る 「カルパラム」
ああ、あなたは 「カルパラム」、こころ奪った 「カルパラム」

小さな胸にこんなに、しみじみ恋しさ残して
行ったあなたは 風、寂しさくれた 「カルパラム」
寂しさくれた 「カルパラム」


(Youtubeに登録のDavid SJ Yunに感謝)


(付記)
昨日の「暑気払い」の帰り、皆してスーパーに寄った。ジャージャー麺を手に取る仲間が多かったように思う。私も、生麺とインスタントの両方を買った。ジャージャー麺は、ソース風だがそうでなない、ちょっとこげたような味具合がいい。昔、SKYのY大の学生食堂に連れて行ってもらったとき食ったがえらく辛かった記憶がある。さて、今晩、味比べした結果は次の通り。
・生麺の方が、そりゃあ美味いに決まっている。具の充実度も違うし。
・でも、インスタント麺もなかなかだった。意外や意外、麺がけっこういい・・・塩加減を要するが。

ところで、何で皆がジャージャー麺を買ったのだろう。ブラックデーでもないのにねえ。

2016年8月6日土曜日

暑気払い

図書館の読書室にいると、空調が効き過ぎて体が冷えに絶えられなくなる。きりを見つけて、建物の外に出ると、今度は熱射にたじろぐ。待ちかまえたように襲ってくるのだ。この暑さを何と表現しようか。そう、まるでイカの姿焼きの調理のよう、そんな思いがする。

電熱で温められたプレスに、上下から押しつぶされる生イカの焼かれる光景が想像される。高温で圧縮され、逃げ場を失い苦しんで悲鳴を上げる。けたたましい音とともに蒸気を吐き出す、まさに焼きイカになった気分。

今日は夏真っ盛り。なのに、明日は二十四節気の「立秋」という。このちぐはぐがうっとおしい。地元近在では、最高気温35.2℃に達する「猛暑日」だった。というわけで、「暑気払い」をした。

昔の教室の仲間たちとともに、近頃流行のチキン料理の店で「暑気払い」の晩餐をする。甘辛く揚げられたチキン料理を楽しむ。いつもなら、生ビールをジョッキ一杯が限度なのに、今晩は更に一杯すすめた。仲間の旅行話に耳を傾けたり、近況報告を聞いたりしたり・・・。おかげで、気分一新、リフレッシュできた。幹事さんに感謝。

先生が、最高峰の研究場所に進展されることになったとのこと。なによりめでたいことだ。

2016年8月5日金曜日

コンサートの前月

来月、9月2~4日の3日間、ソウルの世宗文化会館大劇場でイ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」が開かれる。最近では、2、3年おきにコンサートを実施している。今回のライブステージを楽しみにしている。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

マーケティング戦略でもあるだろうが、コンサート前に前哨戦として、彼女は多くのメディアに露出した。その最も代表的なものが、歌手とファンのペアが他ペアと競い勝ち抜く、「ファンタスティック・デュオ」での連覇だろう。イ・ソンヒの歌手としての実力と、師としての抱擁力を見せつけた。ますます彼女のコンサートへの期待が高まろうというもの。

(本ブログ関連:”ファンタスティック・デュオ”)

コンサート1ヶ月前の様子はなかなか公開されないものだが、前回(2014年)コンサートのときの、バック演奏者たちとの通し稽古(ゲネプロ)の珍しい映像がYoutubeに登録されている。ファンとしては、コンサート間近の緊張感を映像を通じて知りたいところだが。

(前回コンサートのゲネプロの様子、彼女の真髄というべき「Jへ」)
(Youtubeに登録のsea silverに感謝)

2016年8月4日木曜日

(お楽しみ)イディッシュ語でヨーロッパの国名と首都名を

イディッシュ語の入門で、最初に<筆記体>を習ったとき、正直抵抗があった。日本語のイディッシュ語テキストは限られているし、当然ながら<活字体>で表記されている。わずか3日間の講習だからこそ、後日の自学自習につなげるには、どうしても活字体で教えて欲しいと思った。

今にして、筆記体で学んだ効果をすぐに感じた。遅まきながら慌てて感謝です。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

Youtubeに、こんな楽しい授業が登録されていた。yiddish book centerが提供するものだ。
ホワイトボードへ生徒が手書きしたヨーロッパの国別地図(英字イニシャル付き)に、国ごとの国名と首都名を書き込んでいく、「A shmek yidish(A Taste of yiddish) — European Geography」だ。

面白いのは、カフカの国チェコが「チェハイ」で、首都のプラハが「プログ」という。その後の解説で言っている言葉が気になって知りたい。
「モルドバ」の首都「ウナシキ」を「キシェネヴ」(これは?)、「フランス」が「フランクライフ」。また小国については、特にバルト3国を挙げているのは、イディッシュ語で重要な国だからだろう。

コメントに、「ドイツ人にはイデッシュ語の内容が見当つくが、ヘブライ文字で書かれると・・・」というものがある。やっぱし、筆記体にも慣れなくては。


(Youtubeに登録のYiddish Book Centerに感謝)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 高麗の民の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、高麗時代(고려、918年~1392年)の歌謡曲(民の歌)に関連した3曲を紹介した。

始めに、高麗時代の首都「開京」の盛況と、外国人商人の餃子店「霜花店(상화점)」について次のように紹介された。
・高麗の首都「開京(개경)」(現「開成」)は国際的だったようだ。半島北部の中域に発する礼成江(예성강)下流の碧瀾渡(벽란도)は国際港として栄えた。世界から商人が訪れたが、貿易はほぼイスラム商人が担った。彼らが運んだ水銀や没薬のようなものがあり、珍しがられた。首都には、イスラム人たち固有な言語と衣装、文化を保って生活できる共同体もあった。高麗の歌謡曲に、餃子屋(饅頭屋)の「霜花店」という歌がある。霜花とは、窓ガラスにできた花模様の水蒸気に似たことで名付けられた。餃子を買いに行くと、イスラム人(または蒙古人、タタール人)の主人が自分の手首をつかんだ(誘った)という内容だ。

▼ 「霜花店」を童謡にした「おいしい霜花(맛있는 쌍화)」を聴く。子供合唱団の素直で愛らしい歌声で聴く。

・童謡「おいしい霜花」は、上記の「霜花店」*を子供たちに親しみやすく作ったものだが、本来の内容は子供向けでない。はじめに餃子屋の主人、その後は寺の僧侶、井戸の竜、飲み屋の主人など、色々な人物が登場する。しかも、どれも乱れた不倫の歌だ。高麗の忠列王(충렬、1236年~1308年)が、王のため公演団を作り、演劇だけでなく、このような歌を歌わせた記録がある。この「霜花店」を、支配階層の堕落した姿を風刺した歌と見ることもある。

(*)Yahoo知恵袋を参照。感謝。

次に、高麗の歌謡曲、孝行を歌う「相杵歌(상저가)」について次のように紹介された。
・歌を通じ、昔の多様な人々の暮らしや考えが読み取れる。高麗の歌謡曲に、「相杵歌」がある。穀物を搗(つ)く、「臼の歌」(杵と共に臼を使う)だ。穀物を搗いて両親のために飯を炊き、余ったら自分も食べるとの歌詞で、貧しくても心は豊かになるという。

▼ 「相杵歌」を新構成した「新相杵歌」を聴く。燻し銀のように歌う。今様である。

最後に、最も知られる離別の歌「青山別曲(청산별곡)」と「去りしや(가시리)」について次のように紹介された。
・高麗の支配階層は、主に漢文で歌を作った。景色の良い場所を遊歩することを楽しんだ。それに対し、歌謡曲は民の歌だ。彼らの暮らしを有りのまま盛り込んでいる。後に、これらはハングルの歌集に載せられたが、朝鮮時代の支配層の気に障って、多くの歌が散逸した。今はそのいくつかが残る。最も知られる高麗の歌謡曲は、「青山別曲」と「去りしや」だ。「去りしや」は、別れを痛ましく思う、その切ない気持ちを表現している心を打つ歌詞で、数多くの離別歌の中で一番とされる。

▼ 愛する人との別れの歌「去りしや」の歌を聴く。男性テノールは正調に、女性ソプラノは独特に歌う。今様である。

2016年8月3日水曜日

夏休み2016 イディッシュ語 3日目

あっという間に最終日。<挨拶会話>を中心にした講座だった。イディッシュ語に関心を持たせることに主眼を置かれたようだ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

最終日の今日、今度は<活字体>例文を使って、簡単な自己紹介練習をした。後々、自習できるための配慮だろう。

また、イディッシュ語復興に関わった人々の紹介を、先生の現地インタビューなどの成果を含めて紹介された。
スマフォを巧みに使って大型の液晶画面に、インターネット掲載のイディッシュ語のプロジェクトの紹介、Youtubeに登録のイディッシュ語研究者の発言などの紹介、イディッシュ語を母語とする作家の作品(バーナード・マラマッドの「天使レヴィーン」)の紹介、最後に、日本でのイディッシュ語の集い(イスラエル人による)の紹介など多様であった。

今後、イディッシュ語を深めるに、やる気さえあれば如何ようにもチャンスがあり、選択肢も多様であるという、先生の配慮である。

上記に紹介されたものは、基本的に英語を使って学ぶスタイルだ。イディッシュ語を本格的に学びたい若い人には大変有意義だろう。一方、楽しみだけで続けるとしたら、市販テキスト(日本人著書)でこつこつ進めるのが穏当だろうか・・・私の場合は。

2016年8月2日火曜日

夏休み2016 イディッシュ語 2日目

早朝の天気予報では、昼の快晴を伝えた。とはいえ、突然の土砂降りに注意怠りないようにとのこと。心構えして、イディッシュ語講座の2日目に出かけたが、全くの真夏、思わず日影を探したほど。

イディッシュ語で簡単な「挨拶表現」の復習と会話練習、イスラエルにおけるイデッシュ語の継承と普及の現況、映画「屋根の上のバイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」(1971年)から長女の結婚にまつわる場面を視聴した。受講者たちのさまざまな質問に、丁寧に対応いただいた。

講座の帰り道、道筋にある公園に寄って木陰で小休止。日向と違い、木立の隙間を通り抜ける風は気持ちよく、頬をかすめる・・・何~にも考えなくても、自然は受けとめてくれる、ありがたいことだ。

(Youtubeに登録のRazvan Lupescuに感謝)

2016年8月1日月曜日

夏休み2016 イディッシュ語 1日目

今日から8月。今年に入ってすでに7ヶ月経過したことになる。一年の半分以上を、しかも1ヶ月超。今年は、あと5ヶ月しか残っていないのだ。果たして、この5ヶ月で挽回できることとは・・・何?

そうだ、今年最大の成果となるべく、9月にイ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」に行く。このことがなければ、あれよあれよという間に、一年が終わってしまう。歳とるように、歳月の経方が加速する。光陰矢のごとし。

ところで、もうひとつチャレンジしたいことがある。膠着語の世界に安住すると、頭が硬直するような気がしてくる(←駄洒落のつもり)。今日から3日間だが、「イディッシュ語(ייִדיש)」(講師、鴨志田聡子氏)の講習に出かけることにした。暑い夏、冷や汗をかくこと間違いないが、新鮮な言葉(の触りだけでも)を観察してみたいと思った次第。事前に、図書館でイディッシュ語テキストの頭部分にある、ヘブライ文字(活字体)とドイツ語に似た表現を、少しだけ齧(かじ)った。あたって砕けろのつもりで。

講義初日の洗礼は、ヘブライ文字の「筆記体」から始まった。「活字体」とは思いっきり違って見える・・・これは厳しいことになりそう。とはいえ、頭の硬直が少しでもほぐれればと期待している。残り2日間を大切に聴講しよう。

2016年7月31日日曜日

新宿「コリアプラザ」最終日

(「都知事選挙」の投票をした後、新大久保に出かけた)

残念だが、新宿職安通りにあった、韓国CD・書籍関連のショップ「コリアプラザ」が今日で閉店する。午前11時半ごろ、新大久保の町を歩いた。JR駅前の人だかりとは別に、大久保通りやその脇道が思いのほか閑散としているのに驚く。昼食前のせいかも知れないけれど、ちょっと異様な感じがした。

(本ブログ関連:”コリアプラザ”)

それでも、最終日と知って集まった客たちで、「コリアプラザ」店内は溢れていた。1階のCDは従来通り陳列されていたが、書籍中心の2階につながる階段は閉鎖されていて、語学教材などわずかを1階に移して並べていた。まさに店仕舞いの雰囲気だ。CDについては、今様のK-POP歌手たちの陳列の変化を感知できなかったが、歌謡曲(トロット)関連はすっかり売り切れたようだ。目ざとい中年おじさん・おばさんたちが襲ったのかもしれない。

何より気にしていたのがイ・ソンヒのCDだ。第2集アルバムのリマスター版が1枚だけ残っていた。このままにしておくわけにはいかないといった<妙な心理>が働いて、同じものを既に持っていながら購入してしまった。

今後は、韓国から直接購入する方法を考えねばならないだろう。9月のイ・ソンヒのコンサートに行く機会に、いろいろ(CD・書籍を)探したいと思案している。

2016年7月30日土曜日

イ・ソンヒの「Because Of You」

イ・ソンヒの12集所収の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク、2001年)は、忘れようとしても忘れられない心のうねりを描く。いつまでも耳に残る、ドラマチックで美しい響きが溢れる。ここで、物語の主人公の心象を解釈する必要はない・・・ただ曲に酔いしれればよい。

(本ブログ関連:”Because Of You”)

12集アルバムを手元に持ち合わせてないせいか、ついついこのアルバムに肩入れしがち。同アルバムには、「これよりもっと いいことはないでしょう(이 보다 더 좋을순 없죠)」の可愛らしい曲もある。「Because Of You」と同じく、作詞・作曲はユ・ヨンソクだ。

もっと、もっと広く受け入れられて欲しいと思う次第。


私の心なのに、思い通りにできない
過ぎたことは忘れるというけれど、何度も
涙ばかり流して

ばかみたいでしょ、つらい振りができないの
苦しめばもっと思い出す、あなたの
暖かだった微笑み

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが
私はばかみたい
                 _______

全てはみなそのままなのに、あなただけがいないのに
これ以上壊れることができないほど、
これほど悲しみに疲れ果てるのか

cause you only cause of you
もう懐かしさだけで

生きていかなければならないのに、本当にそうなのに

cause you only cause of you
私は何も考えられなくて

胸の中には説明できない悲しみだけが

cause you only cause of you

cause you only cause of you



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年7月29日金曜日

イ・ソンヒの「少女の祈り」

イ・ソンヒの初めてのアルバムに所収の、「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年)は、2011年の世宗文化会館のコンサートでも、彼女のイメージそのままに新鮮で、声質は少女のようで愛らしい。ちょっといい過ぎかも知れないけれど。特に、高音で醸し出す独特の雰囲気は、ファンにとって引き込まれる部分だろう。

(本ブログ関連:”少女の祈り”)

歌詞の舞台は秋のようだが、「梅雨明け」の暑い夏でも、夜とはなれば少しヒンヤリする。その気になって聴けば酔いしれるというもの。近々の彼女のコンサート(9月4日)で、きっと歌われるだろうことを期待する、美しい名曲だ。楽しみだ。


風吹けば散る、寂しい落葉が みな
おぼろな露のよう、揺らぎます
その声耳にして   空しく歩く うつろな心は

*離れた人 なつかしむ、切ない心だけれど
一人残り 守ればならぬ、 孤独なわたしを泣かすよ

引き留められぬ 未練さに
落葉の季節に わたしを埋めて
春がまた訪れを 祈ります、この夜が明けたら

(*以下繰り返し)

この夜が明けたら

(Youtubeに登録のKwiYeol Parkに感謝)

2016年7月28日木曜日

梅雨明け 2016

ついに「梅雨明け」した。日本経済新聞(7/28)によれば、「気象庁は28日、関東甲信地方が梅雨明けしたとみられると発表した。平年より7日、昨年より18日遅い。梅雨がない北海道を除き、梅雨明けしていないのは東北だけとなった」。今日の当地近在の最高気温は、26.6℃で、真夏日(30℃以上)には至らず、日向と日影の温度差を感じる。まだまだ、逃げ場がないほどでない。

とはいえ、暑いに違いなく、近所のスーパーで購入した素麺を涼しく食した。この時期は蕎麦よりも素麺にかぎる。ヒンヤリ、するりとして喉越しがいい。とうとう、鰻よりも素麺が美味い歳になった。

ちなみに、今年の「梅雨入り」は平年より3日早く、昨年より2日遅かった。

(本ブログ関連:”梅雨明け”、”梅雨入り”)










■  平成28年の梅雨明け

平成28年 平年差 昨年差 平年 昨年

沖縄 6月16日頃 7日早い 8日遅い 6月23日頃 6月 8日頃

奄美 6月18日頃 11日早い 18日早い 6月29日頃 7月 6日頃

九州南部 7月18日頃 4日遅い 4日遅い 7月14日頃 7月14日頃

九州北部 7月18日頃 1日早い 11日早い 7月19日頃 7月29日頃

四国 7月18日頃 同じ 6日早い 7月18日頃 7月24日頃

中国 7月18日頃 3日早い 6日早い 7月21日頃7月24日頃

近畿 7月18日頃 3日早い 6日早い 7月21日頃 7月24日頃

東海 7月18日頃 3日早い 6日早い 7月21日頃 7月24日頃

関東甲信 7月28日頃 7日遅い 18日遅い 7月21日頃 7月10日頃

北陸 7月22日頃 2日早い 3日早い 7月24日頃 7月25日頃

東北南部


7月25日頃 7月26日頃

東北北部


7月28日頃7月29日頃








2016年7月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 郷歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「郷歌(향가)」*に関連した3曲を紹介した。

(*)「古代朝鮮語解読のさわり」(趙義成 東京外国語大学大学院准教授): 「(現存20数種)数が圧倒的に少ないため、解読自体がままならないし、ここから判別される単語の数も微々たるものである。郷歌は全て漢字で表記されているが、表記法は漢字の音と訓を複雑に組み合わせている」・・・言葉の専門家が言語+漢文+歴史など総動員して・・・

始めに、古く歌われた固有の歌「郷歌」について次のように紹介された。
・朝鮮の民は、古い中国の記録に、何かにつけ歌と踊りを夜通し楽しんだとあるほどまでに好きだったようだ。昔の歌には、歴史に記録のない人々の多様な物語が盛り込まれている。「郷歌」は、統一新羅時代に歌われた。当時も外来の歌が入ってきたが、それとは違った、代々歌われた固有のものだ。

▼ 悪鬼を追い払う人物「処容(처용)」の郷歌「処容歌(처용가)」を聴く。雰囲気漂わせた今様の響きをする。

次に、郷歌の歴史と残存する数、例として「処容歌」、「献花(헌화가)」について次のように解説された。
・郷歌は一定の形式を有する歌だが、当時の民謡まで含んでいない。統一新羅時代の歌集に「三代目(삼대목)」がある。今残る郷歌は、高麗時代の11、新羅時代の14だけだ。リズムは忘れられたが、独特な歌詞は残っており、昔の音楽を感じることができる。上記「処容歌」では、龍王の息子「処容」は、自分の妻を奪おうとした疫病神を赦す広い心があり、かつ悪鬼を追い払う霊力ある存在だった。また、他の郷歌に「献花(헌화가)」がある。水路(수로)夫人が絶壁に咲くツツジの花を欲しがると、一人の年寄りが現れてその花を差し出したという内容だ。

▼ 「献花」の歌を童謡にした「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」を聴く。子どものたち声が愛らしい。今様である。

最後に、郷歌「薯童謡(서동요)」の薯童(서동)と善化(선화)姫の物語について次のように紹介された。
・人々は歌に特別な力を信じた。みなが心ひとつに歌うと、いつかそれが現実になるという力だ。そこで、その力を利用したのが、歌「薯童謡」を作った薯童だ。百済の貧しい青年薯童は、新羅の美しい善化姫の噂を聞き、彼女と結婚するため、歌を作り子どもたちに歌わせた。善化姫が毎晩薯童に会いに行くというのだ。この歌が広がると、二人の関係は大きく話題になり、嘘であっても、結局結婚することになった。薯童は姫と結婚した後、百済王となる。南部に彌勒寺(미륵사)を建立した百済第30代武王(무왕)だ。最近、この寺の石塔解体中に発見の資料から、武王の妻は善化姫でなく、他の女性と明らかになった。物語がどこまで真実なのか研究が期待される。

▼ 笙簧(センファン、생황)、短簫(タンソ、단소)、伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で「薯童謡」を聴く。古代をイメージした今様。

2016年7月26日火曜日

ナット・キング・コールの「夕陽に赤い帆」

夏の夕暮れになると、EPレコードで聞いたサキソフォーンの軽快な旋律で始まる、ビリー・ヴォーン オーケストラの「夕陽に赤い帆(Red Sails In The Sunset)」を思い出す。ビリー・ヴォーン(Billy Vaughn、1919年4月12日~1991年9月26日)は、既に亡くなっているというに、彼の名を冠したオーケストラが、ベンチャーズ(The Ventures) と同様に、しばしば来日している。去年もそうだったが、今年はどうだろう。

(本ブログ関連:”ビリー・ヴォーン”)

その「夕陽に赤い帆」を、ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919年3月17日~1965年2月15日)が歌うと、洒落ていて今なお美しさがくもることはない。ナット・キング・コールの歌は、誰もが素直に聞き入れる、かしこく中庸である。(彼に対して歌以上の思い入れをする者に、歌だけに思い留まらせようと優美に拒絶しているようだ)

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”)

彼の歌に、昔もそうだったが、いまなお同様に親和する。紅い夕陽が染める海面を見ながら、恋人を待ち続ける渚をちょっとだけ、さすらってみようか。

(Youtubeに登録のMir11Mirに感謝)

2016年7月25日月曜日

江戸時代の寺子屋

近隣の公共施設で、先週と今週の2回に分けて、江戸時代の寺子屋(ほぼ幼稚園から小学校に相当)について講演があった。「江戸時代の庶民教育と現代 - 『寺子屋の学び』から学ぶ -」のタイトルで、江戸東京博物館学芸員の市川寛明氏のお話しを聴講した。① 江戸時代に来訪した外国人を通して見た児童教育。② 史実としての寺子屋教育の実体。③ 寺子屋教育の考え方が、明治に入って継承されたかどうかという話題だ。以下、素人耳の理解である。

① 江戸時代に訪れた外国人の目に映った日本の児童教育のスタイルが、子どもを鞭で打って躾けるヨーロッパのスタイルと大いに違い、江戸庶民は子どもたちに対して厳しい体罰をしなかったと記している(C.P.シュンベリー)。多くの外国人の紀行文書に、日本人のあらゆる階級の男女、子どもまでもが読み書きできることに驚いている(ラナルド・マクドナルド)。

② 寺子屋でも同様で、基本的にマン・ツー・マン指導をしながら、他の子どもたちの行動は自由放任したようだ。一斉教育でない、子どもひとりひとりにカリキュラムを持った寺子屋教育は、朱子学的性善説(徳を磨く)に根ざしている。しかし、結果として教育の成果は、士農工商の範囲に留まり、それを突破するには明治時代の教育制度を待たねばならなかった。なお、寺子屋の数は、16,500ヵ所(その10~30倍との推計もある)、使用された教科書は、「往来物」で300~500版種あった。

③ 江戸時代の寺子屋は、階層を度外視した教育制度であるが、あくまで手習い所(読み書き主体)であった。それは近代化を支える教育の高さ、底力に通じた。しかしながら、国民国家となった明治期の教育は、寺子屋教育の緩さとは反対に、能力主義であり国民教育だった。

江戸時代の寺子屋教育と明治時代の国民教育が、それぞれの特性を左右に揺らしながら日本の教育制度を進展してきたように見える。江戸以来の庶民の子育てや教育観の層の厚さが、この揺れの支点となるだけの確かさを持ち合わせているようだ。日本人の教育観に、大袈裟にいえば、通底するするものがあるようだ。


(付記)
時代を解釈するのに、現在から見るのは当然だろうけれど、大きな節目や変転があったとき、それ以前を説明する或る意志が働いていることに、気付かずにいるかもしれない。江戸期を見るに、明治維新政府の意図が大いにあったろうし、明治から太平洋戦争までを見るに、戦後に投入勃興した解釈を無視できないだろう。だからこそ、時代の底を通じて流れるものを見つけるのも必要な気がする。

2016年7月24日日曜日

イ・ソンヒの「思い出の中を歩くよ」

イ・ソンヒの11集所収の「思い出の中を歩くよ(추억속을 걷네)」(1991年、作詞・作曲キム・ジンリョン)は、少々彼女らしからぬ喧騒がある。珠玉の名曲、「あなたが私を愛されるなら」、「恋文」の美しい旋律を産んだ同じ作曲家のものとは驚きだ。

イ・ソンヒは、< とり残された淋しさのために、私はひとり思い出の中を歩くよ >と歌う、それも思いっきりダンスミュージック風にして。もちろん、時代に合わせてのことだろう。ダンスミュージック・ブームの頃だ。そんな映像が残っている。

ダンス曲風に編曲を加えてのこと、イ・ソンヒは一生懸命に体を動かし歌っている。でも、ダンサーの身のこなしとはだいぶ違うよう。最近だって、彼女は、ワンダーガールの真似ごとをコンサートステージ上でやったことがある・・・そのときに似て、健康そのもの、体操授業の中でやっているような感じなのだ。

それがイ・ソンヒらしくて、なんとも安心してしまうのはどうしてだろう。(昔の映像だが、音量を落として聴いてみよう)

(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)

2016年7月23日土曜日

エルヴィス・プレスリー「好きにならずにいられない」

イ・ソンヒは、2006年、「22周年コンサート」(世宗文化会館)のステージで、愛弟子イ・スンギと「好きにならずにいられない」をデュエットした。イ・ソンヒらしい清澄な声質は、バラードの美しさを引き出し、聴くものを美しい思い出に引き込む。(もしかしたら、記憶のロンダリングの誘惑にかられるかもしれないけれど)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの「好きにならずにいられない」”)

原曲は、エルヴィス・プレスリーの「好きにならずにいられない(Can't Help Falling In Love)」(1961年)だ。ロック歌手の作品であるが、やはり思い出に残るのはバラードになる。当時の親世代のイメージしたであろうものと違って、ぐっと声太で男らしい。そのギャップがいい。ハワイの(元祖)若大将はちょっと違う。(さらに原曲は、フランスの”Plaisir d'amour”とのこと・・・シュヴァルツコップの歌で)

イ・ソンヒのデュエットをもとに、この曲をブログに何度か記したが、今日は原曲を聴いてみよう。私が、ロックを、エルヴィス・プレスリーまでで止まってしまっているのがお分かりだろう。

(Youtubeに登録のElvisPresleyVEVO、In Fernem Landに感謝)

2016年7月22日金曜日

大暑2016、ところで・・・

二十四節気の「大暑」だとは。受け入れ難い梅雨冷えだ。今日の最高気温は、都心で22.7℃、近在で21.9℃だった。湿気と小雨の気配で、関東外縁に点在する渇水のダム湖を潤してくれるといいのだが。

(本ブログ関連:”大暑”)

といいながらも、平野部の梅雨明けを知りたがる。そろそろいい頃合じゃないかと。WeatherNewsの週間天気予報では、「雲が広がりやすく、スッキリしない天気が続きます。大気の状態が不安定で、急な雨や雷雨に注意が必要。ムシッと感じる日が多くなりそうです」とのこと。からりと晴れた夏はもう少し待つようだ。

天気の先行きはいかがだろう。AccuWeatherによれば、9月初旬のソウルは晴れのようだ(9/4: Max.29℃、Min.18℃)。イ・ソンヒの”THE GREAT CONCERT”が開催される、9月2日~4日の天気は心配はないようだ。

(本ブログ関連:”THE GREAT CONCERT”)

9月から年末まで開催の、このコンサート(ツアー)を成功に導くにあたって、イ・ソンヒは、① 4月開始したSBS「ファンタスティック・デュオ」で連勝して、歌唱力とよき指導者であることを再認識させた。② 彼女の社会性、特に慈善行為を、セブランス病院への寄付を通じて表出した。彼女の歌の力と人柄をアピールしたことになる。③として、9月までに期待するのは、新曲発表だろうか。もし発表されるなら、8月にリリースして欲しい・・・コンサート会場でCDを入手できればと妄想が膨らむ。

2016年7月21日木曜日

イ・ソンヒの所属事務所と寄付行為

イ・ソンヒ、イ・ソジン、イ・スンギが所属する事務所「フックエンターテインメント」が、セブランス病院に5千万ウォン(X0.09=450万円)を寄付したと、MBN(毎日放送)ニュースの記事、「イ・ソンヒ、イ・スンギの所属事務所代表、セブランス リハビリ病院に5,000万ウォン寄付」(7/20、シン・チャンオク記者)は、以下のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”セブランス病院”)

イ・ソンヒの社会性について、ネット情報でフォローしているのが、その先頭には常に慈善行為がある。彼女と縁の深い所属事務所が、歴史ある病院への昨年の慈善コンサトーにつづき、今回寄付をした。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒと慈善行為”)

収益の一つの柱でもあるイ・スンギが軍務についている現在、同事務所は慈善活動を継続している。基金の捻出を、「(9月から始まる)イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定」したという。彼女のコンサートへの意気込みも分かるというもの。

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・クォン・ジンヨン「フックエンターテインメント」代表が、20日、セブランス リハビリ病院の発展基金として5千万ウォンを寄付した。クォン代表は、「国内最高のリハビリ医療を提供するセブランス リハビリ病院の発展を期待して、シン・ジチョル院長とリハビリ病院すべての医療スタッフに感謝の気持ちを伝える」と述べた。
フックエンターテインメントは、歌手イ・ソンヒとイ・スンギ、俳優イ・ソジンなどが所属する企画会社(芸能事務所)で、クォン代表は、昨年にも、セブランス リハビリ病院と子供病院に寄付したことがある。
今回の寄付金は、9月2日から4日まで、世宗文化会館大劇場で予定されるフックエンターテインメント所属の歌手イ・ソンヒのコンサート収益金の一部として策定された。

・所属事務所を代表して、この日の伝達式に共に参加したイ・ソンヒは、「9月2日の世宗文化会館大劇場を始め、全国ツアーコンサートを控えて意義深い席に参加できてうれしい」として、「リハビリ病院の発展と厳しいリハビリ治療を受ける患者の方々が一日も早く健康を取り戻すことを望む」と述べた。
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2016年7月20日水曜日

地震が連続すること

この数日、地震が続いている。今朝(7時25分頃)も揺れた。当地の震度は2だったが、頻発するといやなものだ。一昨昨日(17日)のときは震度3に終わったが、地震動がさらに続くのではと慌てさせた。

今朝も横揺れが続いた。東日本大震災以降、揺れの続き具合が気になる。さらに、震源が近いことも気になる。ここ一週間、「茨城県南部」を震源とするケースが多いようだ。茨城県南部の地を震源にした場合、多少離れているはずの当地でも揺れが大きい気がしてならない。果たして地下の構造、プレート、地震の巣の関係はどうなっているのだろうか。

(本ブログ関連:”茨城県南部の地震”)


【7月の地震: 東京近辺を震源とするケース】

     検知日時             震央地名        マグニチュード 最大震度
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20日21時10分頃   茨城県南部        M2.8      震度1
20日11時38分頃   茨城県南部        M3.5      震度2
20日10時29分頃   茨城県南部        M3.0      震度2
20日08時16分頃 茨城県南部        M3.0     震度1
20日07時25分頃 茨城県南部        M5.0     震度4
19日23時55分頃 茨城県南部        M3.6 震度2
19日16時28分頃 茨城県沖           M4.1 震度3
19日12時57分頃 千葉県東方沖     M5.2 震度4
17日13時24分頃 茨城県南部        M5.0  震度4
16日17時40分頃 茨城県沖           M3.8 震度1
14日19時13分頃 千葉県北東部     M2.9 震度1
13日19時45分頃 栃木県北部        M2.8 震度1

KBS WORLD「国楽の世界へ」 大監ノリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、儀式「大監ノリ(대감놀이)」ほか関連した3曲を紹介した。

始めに、巫堂(무당)の儀式「クッ(グッ、굿)」から、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」について次のように紹介された。
・巫堂(巫女、即ち”シャーマン”)が神に祈りを捧げる儀式を「クッ」と言う。この儀式には、歌や楽器演奏、踊りもある。時には神の能力を示す不思議な見せ物を披露する。テレビや映画のない昔、静かな田舎で行われた儀式は最高の見せ物で、人々が集まる一種の祭りのようなものだった。一時、迷信と言われ、なくすべきものとされたが、今は民族の貴重な文化遺産とされる。色々な神々の中でも、家の敷地を管掌する神を「大監」と呼び、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」がある。

▼ ソウル地域のクッの「大監ノリ」の歌を聴く。掛け合いも楽しく、元気溌剌の明るさを感じる。

次に、クッの儀式に歌われた民謡「倡夫打令(창부타령)」について次のように紹介された。
・クッの儀式に、村人は心ひとつに参加する。その過程でそれぞれの恨みも晴らし、疎遠な関係とも互いに心を確認する。特別な神が人々の間で力を発揮するわけではないが、クッはそれなりの役割をした。儀式の日に、濁酒(マッコリ)と一緒に、歌を披露する年寄りも目立つ。代表的な歌に、京畿地域の民謡「倡夫打令」がある。「倡夫」とは、儀式で演奏する楽師を指す。彼らを見守る神を「倡夫神」と言う。クッには色々手順があるが、中に倡夫神をもてなす順がある。このとき巫堂が歌ったものが、人々の合間に広まった「倡夫打令」だ。

▼ 歌い手が洗練された形に直した「倡夫打令」の歌を聴く。繰り返し納得するように聞かせ歌う。

最後に、パンソリ「水宮歌(수궁가)」から宴会の様子について次尿に紹介された。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」は、カメが、竜王の薬として、ウサギの肝を入手しようと孤軍奮闘する。またウサギも生き残るため、あらゆる知恵を働かせる。カメが初めて上陸したとき、山では動物たちが集まって宴会を開いていた。誰が上座に座るかで争う場面がある。宴会かと思ったら、動物たちが喧嘩をしていたのだ。また、やっとウサギと出会い、竜王のところに連れてきたときも宴会が開かれる。薬を探したカメのために開いた宴会ではなく、ウサギに騙された竜王が、ウサギを陸地に見送る前に開いた宴会だった。カメとしては悔しいことだ。この宴会にも音楽は欠かせない。中国の有名な楽師の名をあげる歌詞が続く。

▼ 「水宮歌」から海中の王宮での宴で、風流の様子を歌う「水宮風流(수궁풍류)」を聴く。パンソリの語りで風流音楽ではない。

2016年7月19日火曜日

夏土用入り 2016

「夏土用入り」を迎えて、鰻料理の話題が増えてきた。「土用の丑の日」(7月30日)まで、あと10日あるというに、鰻丼、鰻重、ひつまぶし、吸い物・・・すぐに浮かんでくる。

以前、下町にいた頃、通りに面した店先を大きく開けた鰻屋があった。焼いて売るだけの店で、食を楽しむ場所はない。いかにも合理的、焼きに徹した店だった。煙と一緒に、鰻の焼ける香りが、風通しのよい歩道辺りに充満する。歩む体が思わず店側に重心を傾けそうになる。それほど食欲を誘った。

近頃、隣り町にあった鰻屋を訪れたが見当たらない。結構繁盛していたのにどうしたことだろう。街角を幾度も往来したがだめだった。記憶力が心配になる。見つからないと思う心と焦りに、食欲が増す。

どうしたわけか、牛丼屋でも鰻丼を出すようになった。大量廉価販売のファストフードのメニューに、絶滅危惧種といわれる鰻の料理が載るなんて、どんなカラクリがあるのだろう。不思議でならない。スーパーでもパック詰めのものが売られているが、どうしても手が出ない。鰻は鰻屋で食うに限るようだ。

とはいえ、このところ鰻はさっぱりだ。昼食にひつまむしを食った後、半日胃がもたれたことがある。以来、美味そうだから食う段階は過ぎたようだ。今では食って美味しいものに限る。歳とともに食が細るに通じるようで、ちょっと淋しい気もする。

2016年7月18日月曜日

海の日2016

今日は、祝日「海の日」だが、海と関係ない一日を過ごした。近隣の公共施設で「江戸時代の寺子屋」について講演があり聴講した。次回につづくため、感想はこの後にしたい。

(本ブログ関連:”海の日”)

考えてみれば、このところずっと海から離れている。海そのものを楽しむ機会がなくなったようだ。とはいえ、海の思い出はある。子どものころ、親父と一緒に乗った船で、地元の湾を出て沖合いで釣りをしたこと。富津の臨海学校で溺れそうになったこと。夏休みに、仲間たちと神津島まで東海汽船のフェリーに乗ったこと。三崎の浜で海浜生物採集の合宿をしたこと。職場の同僚と相模湾で沖釣りしたこと。まだまだあるけれど。

ところで、石採りが趣味で山に向かうことが多いが、海岸線での鉱物採集がないでもない。静岡県河津町浜の、石ころだらけの「菖蒲沢海岸」で自然金を、同じく垂直の岩肌を見せる崖の「やんだ」で沸石を採集したことはある。他に、鉱物採集へ向かう道すがら、海の家に寄って飯を食い一風呂浴びたこともあるけれど、総じて石採りと海は似つかわしくない。

今となっては、海は唱歌の「海」(作詞:林柳波作詞、作曲井上武士、1941年)のように、なつかしい思い出にあるようだ。


(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)

2016年7月17日日曜日

歌手ブランド7月調査 イ・ソンヒ14位

最近よく耳にする<ビッグデータ>を使った、歌手のブランド評価が発表された。

韓国企業評判研究所(한국기업평판연구소)は、2016年6月16日~2016年7月17日までの、歌手のブランド・ビッグデータ 94,953,290個を分析した結果を発表した。消費者の行動分析をして、「参加指数」、「メディア指数」、「疎通(コミュニケーション)指数」を加味した、「ブランド評判指数」により、歌手の順位付けをした。

ビッグデータの単位、および各指数の算出方法についてよく理解できていないが・・・。そして、なぜ「ブランド」を使うのかも。

同所のリリース記事、「【ブランド評判】 歌手ブランド・ビッグデータ 7月調査。1位 ワンダーガールズ、2位 テヨン」(7/17)によれば、若手が競う音楽業界のランクのなかで、イ・ソンヒは14位をキープしている。彼女の場合、「参加指数」が特に高い傾向にあるようだ。


(追記) 地震発生

昼過ぎ、携帯電話にメールを打ち込んでいたとき、突然小刻みの揺れが始まり、次第に振幅を増した。家がダダダッと揺れる。なんとも嫌な予感がした。これ以上の振動がくるのかと思ったら急に止んだ。体感は震度<3+>といったところだ。気象庁の地震情報では、当地の震度は3だった。またしても、震源が「茨城県南部」だった。

気象庁の「地震情報」(平成28年07月17日13時28分 発表)
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17日13時24分頃地震がありました。
震源地は茨城県南部(北緯36.1度、東経139.9度)で、震源の深さは約40km、地震の規模(マグニチュード)は5.0と推定されます。
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2016年7月16日土曜日

キム・ワンソン、 カン・スジ

一昨日、OBS NEWSの連続記事 「伝説のスター イ・ソンヒ、キム・ワンソン」から、イ・ソンヒを中心にブログに記したが、タイトルにある「キム・ワンソン(金元萱、김완선)」(1969年 5月16日~)については、本ブログ内のリンクにとどめた。

1980年代のステージを、イ・ソンヒ、カン・スジを交えて3人で競ったキム・ワンソンの射すくめるような目つきは強烈だ。(正直言うと、当時の私の頭の中には、「カン・スジ(姜修智、강수지)」(1967年5月20日~)すなわち、スージー・カンが占めていた・・・ごめんなさい)

イ・ソンヒがバラードで躍進した後を襲ったのが、ダンス・ミュージックだった。キム・ワンソンはその流れを進めたといわれている。そんな彼女の珍しい、NHKの番組(「歌謡パレード」1988年*5月31日放送?)で、ダンスを交えて歌った(「リズムの中のその踊りを(리듬속의 그 춤을)」1987年)映像がある。
(* ソウルオリンピックの年)

放送当時、次週にチョー・ヨンピルが出演することが不思議ではなかった。

(Youtubeに登録の证贤真に感謝)

やっぱり、スージー・カンの映像も合わせて見たいものだ。彼女の日本でビューは1995年である。

(Youtubeに登録のseptember0421に感謝)

2016年7月15日金曜日

ちいさな男の子はやっぱり阿呆がよい

昨夜の豪雨は、今朝になって煙り雨に変わった。そんななか、隣町に買物に出かけた帰りのこと。学校が終わったランドセルの一団と出会った。時間帯からいって小学2年生だろうか、校門近くにできた水溜りに群がっていた。

(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)

一人が泥水に足をつけた。すると競うように、別の一人がボクもできると飛び込んだ。そばを通り過ぎながら見ると、5、6人の男の子の中に、女の子が一人混じっていた。この時期の女の子は、精神年齢が勝っているようで、男の子たちを相手にしていられないのか輪から抜け出た。
あわてて一人の男の子が女の子を追いかけた。すると、更に後ろから、もう一人の男の子が傘の柄を突き出して、前を行く男の子のランドセルを引っ掛けるようにして追いついた。女の子は、もう彼らを完全に無視して先を進んでいる。

子どもたち一団と別れるように、道角を曲がった私の背後で、男の子が叫んでいるのが聞こえた。「さよなら、ユーリ君!」、「ユーリ君、ゆうれいだ~」とね。

幼い子どもは泥水の感触が好きだ。どろどろになるまで、濡れても汚れても平気で遊ぶ。言葉使いについても同様なものがあるのかもしれない。教えられ、操れるようになった言葉同士が、オーバラップするという不思議さに気付いたのだろう。言葉遊びに、泥水遊びと似た感蝕があるのに気付いたようだ。
そんな、感蝕に留まっている小さな男の子たちの世界は、どこかとぼけた阿呆振りが可笑しくてしょうがない。自分も通った道だけに。

彼らの時代は、泥水につかる感触がまだまだ楽しい。泥水の汚れとか、乾くのに手間取るという予測と無縁で、特に男の子は幼さから抜けきれないようだ。本当の意味で幼さを抜けきるには、中学2年の夏休みを過ぎてから、その頃になると、女の子もようやく認るようだ。

2016年7月14日木曜日

「伝説のスター イ・ソンヒ、キム・ワンソン」

OBS NEWSの演芸ニュース記事に、「伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン」のシリーズがある。<OBS京仁(경인)TV> の番組(『独特の演芸ニュース(독특한 연예뉴스)』)のようだが・・・。放送内容なのか未確認。

ちなみに、この演芸ニュースの「【伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン④】 イ・ソンヒ 『因縁? 世界で最も美しい人』」(7/13、チョ・ヨンス記者)を見ると、イ・ソンヒの人生における最大の悲劇的なできごとと、その後の再生について次のように紹介している。ところで、彼女の言葉は、波紋のような揺らぎを感じる。もしかしたら、彼女の縁の一つである仏教的な世界観からなのだろうか。

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・歌手イ・ソンヒが新しい愛に無事に移り着いた。

・OBSの「独特の演芸ニュース」(演出ユン・ギョンチョル、作家パク・ウンギョン、キム・ヒョン)は、1980年代のオーディオとビデオ市場を二分して、新しいファン層を量産した二人の女性ミュージシャン イ・ソンヒとキム・ワンソンの多事多難(いろいろ経験した)の歌手人生を顧みた。

・前夫の死の7年後、再び愛を始めたイ・ソンヒは新しい家庭を設けた。

・あるショーケースで、イ・ソンヒは、「多くのひとびと中で私が会ったその人が私との縁であって、その縁である相手の方が招いてくださる私が花である可能性もあり、この世で一番美しい人」と、表現した。

・だが、結婚した夫に対する過去の再婚説と各種デマなどに再び苦しめられたりもした。

・イ・ソンヒは、「その年齢になってもまったく同じだった。同じように痛いことは痛くて、また、答がわからなくて迷う」と、打ち明けた。
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<参考> 上記OBS NEWSの「演芸ニュース記事」は次のようなシリーズ記事になっている。

【伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン①】 イ・ソンヒ、「Jへ」でスターダム・・・姉さん部隊の元祖
【伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン②】 キム・ワンソン、独自のダンス・強烈な目つき・・・見る音楽の時代開く
【伝説のスター - イ・ソンヒ、キム・ワンソン③】 イ・ソンヒ、最初の縁と胸が痛む別離
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2016年7月13日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 赤城歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、パンソリ「春香歌」の「赤城歌(적성가)」に関連した3曲を紹介した。

始めに、楼閣(누각)、東屋(정자)、茅亭(모정)、および「春香歌」の「広寒楼(광한루)」について次のように紹介された。
・風通しの良い、景色を鑑賞できる建物に、「楼閣」や「東屋」がある。楼閣は、高い丘や、石や土で高く積み上げた上に築いた建物で、東屋は、楼閣より小さく親しみある建物だ。ここで、上流階層が、詞や絵、音楽など風流を楽しんだ。時に、師が弟子を教える場所にも使った。今も、有名な楼閣や東屋の痕跡が残っている。似たものに、「茅亭」があり、名勝の地でもない田畑のそばに建つ素朴な建物で、誰もが仕事の合間に休める場所だ。
・パンソリ「春香歌」に、李夢龍(이몽룡)が勉強に没頭していたある日、南原地域の楼閣「広寒楼」に登って見た見事な景色を歌う場面がある。

▼ パンソリ「春香歌」で李夢龍が「広寒楼」で歌った「赤城歌」を聴く。力強くはりのある声で朗々と語る。

・この曲名にある「赤城(적성)」は、「赤城山(적성산)」の山名だ。頂上の岩が、まるで本を積み重ねたようで、本(책)の意を付して「冊如山(책여산)」とも呼ばれた。それほど高くないものの、平野地帯に位置する険しい山だ。

次に、農作業の「草取り(キムメギ、김매기)」から江原道江陵の「オドクテギ(오독떼기)」について次のように紹介された。
・広寒楼に登ると、赤城山は霧深く、花が満開している。ヤナギの枝が風に揺れる様子を見れば、自ずと歌が浮かぶ。ソンビが東屋で風流を楽しむ頃、真夏の農家は忙しく草刈りをした。この草刈り作業を、「キムメギ」と言う。秋の収穫までに三回ほど行なわねばならず、みなで作業をするため歌は欠かせない。キムメギするときの歌に、江原道地域江陵(강릉)の「オドクテギ」があり、田の草刈りの歌の意だ。

▼ キムメギのときの歌「江陵オドクテギ」を聴く。農作業の歌は、人の動きと調和を自然に聞かせてくれる。

最後に、今年も農家の人たちが暑い中、農作業をしている。そんなとき、<にわか雨の音を聞くだけでも涼しくなる>。
・キムメギは、稲の苗がある程度育った真夏に行なう。日差しの強い季節も田で作業する。地熱と湿気で、額に汗が流れ、長く歌うのは大変なため、前半を短く歌うと、残りの人々が後半をつぐ。仕事は難儀でも、歌を歌うのは、誰かが一緒にいるのを歌いながら確認し、また力をつけたはず。そんなとき、暑い中、にわか雨はとてもありがたい存在だった。

▼ 「にわか雨(소나기)」の演奏を聴く。雷鳴、雨滴、随分と音響的であり、光景が見えてくるよう。今様である。

2016年7月12日火曜日

イ・ソンヒの音楽態度

音楽に対するイ・ソンヒの考え方について、ネットで紹介される彼女の新聞記事や情報を通じて知ることができる。そのたび、頂点を極めた彼女なればこその態度に感心するばかり。

歌謡界の歴史、人脈、未来について、一貫した視座を持つ評論家と違い、そこはファンなもので、彼女の言葉に全て納得することになる。彼女が15集アルバム(2014年)を出すにあたって、代表曲の「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」を初めてお目見え(ショーケース)をした際の、記者懇談で語った言葉が、スポーツQの記事、「【インタビュー】 イ・ソンヒ『まあまあの歌手として記憶されたくない』」(2014年3月25日)にある。(抜粋)

(20歳直前の1984年にデビューして)デビュー30周年にあたる年のインタビューだっただけに、そのやりとりは、彼女の音楽人生も含めての発言といえる。歌い手(ボーカリスト)としての強い自覚、声質の自覚、進取気鋭の自覚、そして大衆音楽家としての自覚だ。彼女は、「国民歌手」と敬称される歌手である。

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・5年間、何と100曲を越す構想をした末、10曲を完成させて(第15集)アルバムに盛り込んだイ・ソンヒは、大衆にシンガーソングライターと認識されるよりは、ボーカリストとして記憶されたいという希望を伝えた。

・自身の感情を言葉より歌で、さらに良く表現すると自負した彼女は、曲を書く理由について、「他の作曲家たちは自身の考えるイ・ソンヒについて重点を置き曲を作るため、私を表現しきるのに限界がある。ただ、私の声を私がもっとよく分かっているので、専門的な作曲家が表現しきることのできない部分を、私が解決するべきだと素朴な考えで、曲作りを始めた」と説明した。

・これまでのアルバムに作詞、作曲だけで参加したイ・ソンヒは、今回のアルバムでは、編曲、若い作曲家との共同作業など多くの試みをした。彼女は、「新譜に実験的な音楽を試みたが、私は大衆音楽をする人なので、不必要な説明よりは音楽を鑑賞し、すぐに感情に浸ることができる曲を盛り込んだ」と伝えて、心血を注いだ作品であることを感じられるようにした。
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2016年7月11日月曜日

(雑談) 忘れ物

いやいや、大したことじゃないけれど、図書館で読書室の席に座ったときのこと、メガネがないのに気付いた。ここに来る途中、昼飯を食った店に置き忘れたのだろうか、一瞬焦った。店に戻ってみなければならないのかと気持ちが滅入る。そのとき、机上のカバンの陰にメガネが見えた。

考えてみりゃ、分かりそうなこと。メガネなしに来るはずがないじゃないか。しかし慌てると、そうはいかない。頭の中で記憶をグルグル巻き戻すも、答えが簡単に見つかるはずもなかったが。偶然に、ふと見つかって安心した。メガネを頭の上に置いて気付かなかったよりは、少しましと納得する。

自身のことは自己責任。原因が手元よりも遠くにあるよう解釈すると大間違いをする。まずは、1cmから、一歩から、辺りを謙虚に見回す。自身の行動と結果だけなら、こんな按配でだいたい解決できる。

ところが、他人を介した場合は厄介だ。自身の記憶が、他人の行動でぷっつり切れるからだ。他人と自身が繫がる局面で、しっかり相互確認するしかない。日常では、そんな引継ぎ確認をすることはまずない。だから、ややこしいことになる。

ビジネスでは、社内のワークフローが電子化され、ドキュメントにして記録が残る。だから、うっかりミスは判別される。したのか・しなかったのか、確認したのか・しなかったのか。そんなとき、電子化は便利だ。ワークフロ-の繋ぎ目は、社内で公開もできる。

インフォーマルなレベルのやり取りも公知できる。会社の中だけならそれでもよいが、インターネットでは衆知になり記録が永く残ってしまう。どれくらい意識されているのか大変気になる。

2016年7月10日日曜日

中宮寺の弥勒菩薩、半跏思惟像

東京国立博物館で催された特別展「ほほえみの御仏  二つの半跏思惟像(はんかしゅいぞう)」に行ってきた。実は、この特別展、今日で終了するのため、混み合いを恐れて、開館9時半前の行列に並んだ。朝から日差しがぎらぎらとしてきつかった。

入館待ちの行列は最終日のせいだろうか、この時点で、チケット事前所有者の列と、購入待ちの列があり、それぞれ横2人並びで20m位いの長さだった。とはいえ、照明を落とした展示室はそこそこ混んでいたが、眺めるに不都合はなかった・・・まだ朝方だったからか。

今回は、日韓国交正常化50周年記念ということで、二つの半跏思惟像、すなわち、日本側は中宮寺所蔵のもの、韓国側は中央博物館所蔵のものが展示された。中宮寺の弥勒菩薩は、尼寺にふさわしい穏やかな眼差しをして、つつみこむような慈愛を感じさせる。中央博物館の像は、金属鋳造の強さと穏やかさを共存させていた。

中宮寺の像は、従来「弥勒菩薩」としてなじんできたが、今回の展示が「半跏思惟像」という造形に焦点を当てたためだろうか、「弥勒菩薩」の言葉があまり聞こえてこない。また、西洋美術への対抗的表現の印象がある「アルカイック・スマイル」という懐かしい言葉もあるが、口元の造形について、中宮寺像は控え目であり、中央博物館像はやや明示的である。

中宮寺の像は、日本で一番親しまれている弥勒菩薩像だろう。寄木のためか曲線に温かみがある。柔和で伏目がちな尊顔は、見る者の心をそっと受け入れる慈愛に満ちている。(見る者に鋭く反問する、あるいは自省を促す鋭さを見せない)
インド、ガンダーラの仏教の造形が、歴史を通じて日本に結実したように思えてくる。(芸術、鑑賞という言葉・視点が当てはまらない態度で)久し振りに心清まる参拝をした気分だった。

(Youtubeに登録のPygmalion0314に感謝)

2016年7月9日土曜日

ソユーズ宇宙船(47S/MS-01)到着

一昨日(7/7)、国際宇宙ステーション(ISS)の第48/49次ミッションのため、バイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から打ち上げられた、ロシアのソユーズ宇宙船(47S/MS-01)が、本日無事ドッキングしハッチオープンした。ソユーズ側の大西卓哉宇宙飛行士を含む3名の搭乗員と、ISS側の3名が揃った映像が届いた。

それにしても、ソユーズの安定性の素晴らしいこと。素人からすれば、行ってらっしゃいと安心して見送れたし、関心ごとながら、ドッキングも当り前だ。今後(日本側の)活動では、<一般に理解しやすい成果>が期待される段階に入ったようだ。アピールも、研究内容の紹介に重点が置かれることになるだろう。

JAXAのお知らせ、「大西宇宙飛行士、国際宇宙ステーションに到着!」(7/9)は、ソユーズ宇宙船が無事に国際宇宙ステーション(ISS)に到着したことを次のよう伝えている。
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7月9日(土)、ソユーズ宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に到着した大西宇宙飛行士は、同日3時53分にISSへ入室し、第48次/第49次長期滞在クルーとしての滞在を開始しました。
大西宇宙飛行士は10月30日頃まで約4か月ISSに滞在し、創薬につながると期待される高品質タンパク質結晶生成実験や、初の小動物長期飼育など、様々な任務に取り組みます。
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(本ブログ関連:”大西卓哉宇宙飛行士”)

(Youtubeに登録のRuptly TVに感謝)

2016年7月8日金曜日

(雑談) プリンターが回復した理由?

新宿に出て、大形書店内を巡り、カレーを食って帰る。駅への途中、大型電気店があったので、地下に降りてプリンターを探す。先日来、わが家のプリンターの調子が悪く、あれこれブログに書いた。

緊急事態にプリンターを使用するようなことはないが、ふだん直ぐに使えないのも困る。そろそろ、あきらめ時かと思っていたからだ。電気店の店員さんに商品説明を聞いたりしたが、新製品のランニング・コスト(インク代)を考えると、購入を少し待つことにした。

そんなわけで、帰宅後、ふと気になって調子の悪いプリンターをリトライしてみた。1回目は不調。電源を切って、再度トライしたところ、今度は順調に動いている。

もしかしたら、わたしの意が通じたのかもしれない。取り替えられると案じて、もう一働きしようと頑張っているのだろうか。

イ・ソンヒと「大学歌謡祭、江辺歌謡祭」

「タジン日報(딴지일보)」掲載の【サンハのコラム】の投稿記事 「伝説、『大学歌謡祭』略史3編: イ・ヨンとイ・ソンヒ、若者たちの歌謡祭」(7/4)は、1980~90年代の世相と連動して、大衆歌謡における若者たちの中心部にいた「大学歌謡祭(MBC 대학가요제)」の位置づけと、その盛衰を語っている。さらに、「大学歌謡祭」とは別に、若者たち同世代に支持された「江辺歌謡祭(MBC 강변가요제)」もあり、そこにデュエット(男女)で登場したイ・ソンヒについて記されている部分だけ抜粋し、次に掲載させてだく。感謝。

- 「大学歌謡祭」放送期間: 1977年~2012年
- 「江辺歌謡祭」放送期間: 1979年~2001年

投稿記事は、イ・ソンヒのファンが、男子高校生にまで及んでいたことを伝えている。しかも、相当なオバカ振りに笑ってしまう。

(本ブログ関連:”大学歌謡祭と江辺歌謡祭”)

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(略)

・1984年の「江辺歌謡祭」で、韓国の歌謡史に残る大型女性歌手イ・ソンヒは、「4幕5場」というちょっと曖昧な名前のデュエットで彗星のように現れた。「J」のイニシャルを持つ人々は、彼らの歌<Jへ>を聞いて、あたかもその歌が自身のための歌であるように喜んでいた。

・デュエットの(相手)男性が軍隊に行ってしまった後、イ・ソンヒはソロに転向し、大型ヒット曲を出しながら、一躍スターダムに上がる。その人気がどれくらい優れていたのか、私が通った学校で起った惨事で充分に立証することができる。イ・ソンヒが公演のため釜山を訪問した時、真っ黒な高校生が「姉(누나:弟から見た姉さん)」を見に行くのだと、2階教室から数十人ずつ花壇に飛び降りてそのうちの一人の脚が折れたのだ。

(略)

<大学歌謡祭>は、90年代以後次第に衰退期に入り込む。
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「前は、『江辺(大学)歌謡祭』が新人の登竜門でした。しかし、今の新人は放送局主催のコンテストじゃなくてもいくらでもデビューすることができるようになりました。インディーもあり、すぐにアルバムを出す機会も多いのです。」
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<わが大衆音楽の巨星たち(우리 대중음악의 큰 별들)、イ・ソンヒ編> - 著:イム・ジンモ、発行:ミンメディア

・(この)イ・ソンヒの言葉が最も大きな理由になるだろう。大学の門戸も入らなかったソテジが、大衆の偶像として登板したのが90年代初頭ではなかったか。主観的に一つ付け足すなら、大学歌謡祭の隆盛期は韓国の大学生がその現代史で最も躍動的で重要な役割を遂行した70年代末と80年代を貫いている。90年代以後の社会的変化により、大学生集団がその影響力と独自性を急激に喪失しながら、大学歌謡祭自体の活力もまた、比例してだんだん少なくなったのではなかったかも。

・大学歌謡祭も江辺歌謡祭もすでに後が絶えた。大学歌謡祭で優勝した人が、その後、ニュースや放送で紹介された記憶の流れも数年間、すっかり干上がった。だが、今後さらに年月が経って、大学歌謡祭自体が歴史の中に埋められても、私は大学歌謡祭、そして江辺歌謡祭とともにした歌を口ずさむことで、その歌を伝えた若い、いや、若かった歌の名前をときめく心に数えるだろう。

・一度、指折り数えてみよう。サンドペブルス(Sand Pebbles)、ペ・チョルス、ノ・サヨン、シム・スボン、ホン・ソボム、チョン・オチャ、チョ・ハムン、イ・ソンヒ、ウ・スンシル、ノ・サヨン、チョ・チョンヒ(スズメとカカシ)、ユヨル、シン・ヘチョル、イ・サンウン、イ・サンウ、パク・ミギョン、チュ・ヒョンミ、キム・キョンホ、キム・ドンリュル、そして<オモナ>のチャン・ユンジョンまで。あらまし挙げても両手が足りない。(略)

(略)
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2016年7月7日木曜日

七夕(小暑) 2016 、そして大西卓哉宇宙飛行士

今日は「七夕」の日だ。昔、夏休みに、臨海学校や林間学校へ行ったとき、子どもたちに夜空を見上げさせて、教師が「星空を薄い雲が流れるように見えるのが、天の川だ」と教えてくれた。霞むように見える星々の流れを見て、まさに”milky way”と合点した。年に一度、この川を渡って、牽牛と織女が出会う日だ。

それに、二十四節気「小暑」でもあるが、ここ数日、「猛暑日」を経験しているのでさほどでない。蝉の鳴き声も耳にしていない。

(本ブログ関連:”小暑・七夕”)

七夕の宇宙つながりでいえば、今日のJAXA発表によれば、「大西卓哉宇宙飛行士が搭乗するソユーズ宇宙船(47S/MS-01)が、7月7日(木)、10:36(日本時間)にバイコヌール宇宙基地(カザフスタン共和国)から打ち上げられました。/今後、ソユーズ宇宙船は7月9日(土)に国際宇宙ステーション(ISS)に結合予定です。」とのこと。

(本ブログ関連:”宇宙飛行士”)

日本人宇宙飛行士である大西宇宙飛行士は、国際宇宙ステーションの第48/49次 長期滞在クルーとして約4ヶ月滞在し、10月末頃、ソユーズ宇宙船(47S/MS-01)で帰還する予定という。

出発前、地上のインタビューで、「七夕の日」に打上げという幸運を語っていたのが、何ともいい巡り合わせだとうれしくなった。

ちなみに、大西卓哉宇宙飛行士は全日空のパイロット出身であり、彼の前任の油井亀美也宇宙飛行士は航空自衛隊のテストパイロット出身である。

(Youtubeに登録のJAXAに感謝)

2016年7月6日水曜日

(参考) 韓国南東の蔚山沖でM5.0の地震発生

昨晩(7/5)、韓国南部の東岸沖でマグニチュード(M)5.0クラスの地震が発生したと、中央日報/中央日報日本語版の記事、「韓国南東の蔚山沖で5.0の地震発生…原発地帯、不安隠せず」(7/6)は、次のように報じている。(抜粋)

韓国の原子力発電所は東岸に3ヶ所、西岸に1ヵ所ある。今回は、古里原発(5+2+3基: 釜山広域市 機張郡)と月城原発(4+2基: 慶尚北道 慶州市)を南北にした、蔚山市東区沖の東52Kmの海域で発生したことになる。地震、津波に対してどのような態勢になっているのだろうか、偏西風の影響ももあり気掛かりである。

(本ブログ関連;”韓国の地震  ①、②”)

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地震の発生地点 [地図]

  蔚山(ウルサン)近海でマグニチュード(M)5.0の強震が発生した。韓国気象庁は5日午後8時33分、蔚山市東区(ウルサンシ・トング)の東52キロの海域で、M5.0の地震が発生したと明らかにした。M5.0以上の地震が発生したのは2014年4月以降、2年ぶりだ。M5.0以上は強震に分類される。

  この日、午後9時24分には蔚山市東区から41キロ離れた海域でM2.6の余震が感知された。室内で人々が感じるM3.0以上の地震は2000年以降、年平均8.9回発生している。この日、地震に伴う大きな被害はなかった。蔚山119総合状況室によると、午後10時現在まで被害状況は届けられていない。しかし、建物の揺れを感じるほどの地震が感知されて申告電話が殺到した。地震は釜山(プサン)や慶南(キョンナム)、昌原(チャンウォン)・大邱(テグ)でも感じられた。(略)

  キム・ヒョングン蔚山環境運動連合事務局長は「原子力発電所に近い海で地震が発生したという点で非常に不安だ」とし「新古里(シンゴリ)原発3、4号機と今回の地震の震央地との距離はわずか60キロしか離れていないが、今後も余震が続くのではないかと懸念される」と述べた。

  古里原発のソン・ミファ広報チーム課長は「現在、釜山市機張郡と蔚山市蔚州郡(ウルチュグン)の原発は正常に稼働している」とし「だが、万一の事態に備えて非常勤務をしている」とした。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 操り人形

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「操り人形(コクドュガクシ、꼭두각시)」に関連した3曲を紹介した。

始めに、「操り人形踊り(꼭두각시춤)」について、朝鮮末期の「男寺党牌(ナムサダンペ)」の演目から次のように紹介された。
・低学年の子どもたちがよく踊る「操り人形踊り」がある。保育園の発表会でも目にする。男女1組になりニコニコして顔を合わせながら踊る。床に座り込んで足を転がせる姿が可愛い。この踊りは、朝鮮末期の放浪芸人集団「男寺党牌(남사당패)」の人形劇、「操り人形遊び(꼭두각시놀음)」に登場する人物で、木製の胴にひもを繫げて操ることから、操り人形の意味で使われる。
・この人形劇に出てくる人物「操り人形(コクドュガクシ)」の夫、朴僉知(박첨지)が妾を作ったことで喧嘩をし、結局、金剛山に出家してしまう。「操り人形」は、目鼻や口がねじれ、顔にしわやそばかすがたくさんある。夫のせいで、どれだけ気苦労をしたかわかる。朴僉知と「操り人形」は、それほど仲の良い夫婦ではなかったが、子どもたちの舞踊で知られ、今も多くに記憶される。悔しい想いをした「操り人形」も、少しは恨みを晴らしたかもしれない。

▼ 「操り人形踊り」で二弦の擦弦楽器「奚琴(ヘグム、해금)」演奏、「操り人形」を聴く。今様に、おどけて可愛い響き。

次に、男寺党牌の「風物(풍물)」と女性リーダー「バウドクイ(바우덕이)」(1848年~1870年)について次のように紹介された。
・男寺党牌は、朝鮮時代末期に、放浪しながら公演して生計を営んだ、放浪芸人集団だ。村から、公演の許諾を得ると、歌と踊りの農楽、「風物」の出し物で人々を集めた。皿回しや綱渡りなど、六種類の代表的な芸がある。無形文化財に指定され、ユネスコ人類無形遺産に登録された。

▼ 演劇「男寺党の空」のための曲「男寺党の歌」の演奏と歌を聴く。シンフォニーと合唱が重々しく映画音楽のよう、今様である。

・男寺党牌は、本来男たちの集団だが、安城地域で活動した集団に、初の女性リーダーとなった伝説的な「バウドクイ」をテーマにしたのがこの作品だ。バウドクイは、特に綱渡りが達者だったと知られる。しかし朝鮮戦争後には男寺党牌は途絶える。

最後に、男寺党牌を受け継ぐ、1978年登場の「サムルノリ(사물놀이)」について次のように紹介された。
・昔のリズムを生かし、現代の若者にも親しまれる音楽を作り出したのが、サムルノリと呼ばれるもので、古くから伝わる農楽、つまり、「風物」を舞台音楽に再構成したもの。伝統音楽を現代風にアレンジして人気を博した。伝統を継承した良い例と言える。

▼ 湖南地域の農楽のリズム「農楽加楽(농악가락)」を聴く。新酒の香ばしさするリズム。

2016年7月5日火曜日

(雑談) プリンターが変?

最近、長年使ってきたプリンターの様子がおかしい。もう取り替え時期かもしれない。それほど使い込んだのだから。それでも、もうちょっとという欲がある。

経年劣化かもしれないが、奇妙に思い当たる節がある。以前、ブログに「ドナドナ」の元歌について記載した、それもイディッシュ文字をコピーペーストした頃からだった。

イディッシュ文字は、セム語族のならい、右から左へ読む。画面上でコピーペーストしたとき、キー操作が怪しくなった。思い通りにバック・スペースが使えない。文字配列のせいだろうと漠然と考えていたが、プリントまで変なのだ。

昨日、イディッシュのミュージカル曲「素敵なあなた」についてブログに記載してから、ますます怪しくなった。印刷できず、プリンターのアラームランプが点滅する。電源をいったん落として、再度入れると、印刷を開始したりすることがある。イディッシュ文字という、手に負えない文字を触ったせいか。このごろ悩んでいる。

2016年7月4日月曜日

「素敵なあなた」

浅田真央が復帰後、2015-2016年のショートプログラム曲に選んだのが「素敵なあなた」だった。Wikipediaによれば、原曲は、「1932年にイディッシュ語のミュージカル」曲で、イディッシュ語で ”ביי מיר ביסטו שיין”(Bei Mir Bistu Shein)、ドイツ語で ”Bei mir bist du schön”だ。

ヘブライ文字を使った(右→左読みの)イディッシュ語だが、(ドイツ語圏の影響のため)極めてドイツ語風。なにより、ユダヤ系のミュージカル曲だったというのが驚き。てっきりジャズの本場アメリカ生まれで、いかにもベニー・グッドマンのジャズバンド編成に相応しいと思っていた。本当に。

浅田真央には、10年の経歴を背に、3度目の五輪となる2018年平昌五輪でぜひとも活躍していただきたい。ひたむきに継続する姿は素晴らしい。


(Youtube登録者コメントにイディッシュ語のラテン文字表示あり)


(Youtubeに登録のTAKAHARU50、Alif Lunaに感謝)

2016年7月3日日曜日

猛暑日

暑かった。東京都内各地、気温が軒並み「今年最高」を示し、(奥多摩や海沿い・島嶼を除けば)「猛暑日」となった。もちろん、当地近傍も然り、36.7℃を示した。ダムの貯水が心配になる。

(参考) 気温に関する用語: 気象庁
  ・夏日: 日最高気温が 25℃以上の日
  ・真夏日: 日最高気温が 30℃以上の日
  ・猛暑日: 日最高気温が 35℃以上の日

(本ブログ関連:”猛暑日”)

日向と日影の気温差が激しい。(冬の寒い日も、逆の意味で同様だったが)日向を歩くと、まるで熱く焼いた土鍋の中にいるようで、熱射に全身が覆われた。だから、住宅街では塀の影に逃げ込むが、歩けばそれも続かない。日影に隠れる場所がないとき、いっそう汗だらけになる。

わたしにすれば、猛暑の熱風に苦しんだのだから、せめて減量につながればと思うが、テレビで医者が語ったのによれば、汗をかいても減量にはつながらないとのこと、残念。帰宅して、エアコンをつけっぱなしにするのは今年初めて。

ところで、東京の「熱帯夜」はまだ。今夜、そうなるかも知れぬ・・・。こんな日は一日が長い。

(参考) 気温に関する用語: 気象庁
 ・熱帯夜: 夜間の最低気温が 25℃以上のこと。(備考: 気象庁の統計種目にはない)

2016年7月2日土曜日

(雑談) 2m四方の感覚

良寛の五合庵、千利休の茶室もそうだ、狭い空間に居れば精神も感覚も研ぎ澄まされるだろう。孤高であれ、俗世であれ大人(たいじん)になり得る。同様の狭い空間にいても、凡人のわたしには、そうはいかない。だから、身の丈に合った理解で済ましている。(本当は、列仙伝や聊斎志異の<仙人>の世界に憧れているのだが)

日常を超越するのは難しい。理解を身の回りに探すことと合点しているが、うっかり言葉が滑ってしまわぬよう、ちょっとだけ気を付けている。会話のときのように言葉が消えていくのは、2m四方の世界だけなのだから。

このあいだ、不思議な場面に出くわした。大した話しでないが、読書ルームでのこと。無地のベージュの野球帽、白いTシャツ、ズボンもベージュだったか。全くといっていいほど、同じスタイルのおじさんが二人、並んで書き物をしていた。アリスの物語に出てくる、「トゥイードルダム と トゥイードルディー」のマザーグースの童謡が浮かんだ。(片方の御仁はよく目にしている)

そのとき思ったのは、余りに似たもの同士、険悪になりはしないか・・・いや、むしろ少々気まずい思いをしていたかもしれない。引くにひかれぬ。Twitterだけじゃない、或るファッション・モードにも引きずられていないか気を付けないと。

(本ブログ関連:”「人イヌにあう」から”、”スカッシュ”)


(Youtubeに登録のdavidに感謝)

2016年7月1日金曜日

(資料) 平成27年 国勢調査 速報

総務省発表の「平成27年(2015年) 国勢調査 抽出速報集計結果」の「要約」が、先月6月29日に発表された。人口がピークに達した後、反転しているが、一方で高齢化が留まることないようだ。(抜粋、改行などしました)

韓国の高齢化(①、②)も同様である。テーマに「痴呆」がとりあげられ、先日、映画「チャンス商会 ~初恋を探して~」を見てきたばかり。そういえば、以前見たテレビドラマ「ありがとうございます(고맙습니다)」で、近所にチョコパイを配る痴呆老人の姿が印象的だった。

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○ 我が国の人口は、1億 2711万人(平成 27年10月1日現在)
  ・前回(平成22年)と比べると,人口は 94万7千人の減少
  ・総人口を男女別にみると,
   - 男性: 6182万9千人(総人口の48.6%),
   - 女性: 6528万1千人(同51.4%),女性の方が 345万2千人多い
○ 大正9年の調査開始以来,初めての減少(平成22年から 0.7%減,年平均 0.15%減)

○ 総人口に占める(世代別構成)
  ・15歳未満人口: 1586万4千人(総人口の 12.7%),
  ・15~64歳人口: 7591万8千人(同 60.6%),
  ・65歳以上人口: 3342万2千人(前回(平成22年)の23.0%から、26.7%に上昇、調査開始以来最高)

○ 65歳以上人口の割合は世界で最も高い水準
  ・我が国(26.7%)はイタリア(22.4%)及びドイツ(21.2%)よりも高く,世界で最も高い水準

65 歳以上人口の割合の推移



























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(付記)
今日は二十四節気の「半夏生(はんげしょう)」。田植えの区切りだそうだが、近所に水田もなく風物として身近にない。節気の名と同じハンゲショウに似た、ドクダミが例年の如くわが庭に広がっている。

(本ブログ関連:”半夏生”)

2016年6月30日木曜日

地震(震源都区内)

今晩、11時少し前、ゴトゴトという振動が始まりすぐに高まった。一瞬ドンと来て、あっというまに止んだ。震源が都区内(杉並区西荻窪駅南側?)という珍しいケースのうえ、しかもそこから飛び地のようなわが地元が、震度2だった。これも珍しい。

気象庁の「地震情報」(平成28年06月30日22時57分 発表)
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30日22時54分頃地震がありました。震源地は
・東京都23区(北緯35.7度、東経139.6度)で、
・震源の深さは約30km、
・地震の規模(マグニチュード)は3.4 と推定されます。
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イ・ソンヒの「リンゴの木の下で」

今日で今年の前半が終わった(旧暦では5月26日だが)。リンゴの実に例えれば、半分食ってしまったことになる。美味かったか、腹にたまったか。けれど、味合うこともなくアッという間に半分が消えてしまった。このところずっとそうだ、時が過ぎるのをこんな感じで受けとめている。

リンゴの花の香り、実を包む紅色の外皮、甘酸っぱい味覚。初々しくて清々しい一瞬。リンゴとなれば、毎年繰り返すことになるが、人生に置き換えると二度とない。おじさんには、そんな美しい光景を見たことが一度もなかったけど。

イ・ソンヒの13集所収の「リンゴの木の下で(사과나무 아래서)」(2005年)は、リンゴの花咲く季節(5月)、思い出を癒すように歌う。この曲は、彼女の他の曲と比べて想いが濃く感じる。きっと、初恋には特別の意味があるに違いない。

(本ブログ関連:”リンゴの木の下で”)

このブログでは、季節の変わり目をリンゴの実の食べ具合に数々例えている。情念ほとばしる、せっかくの曲に申し訳ない気がするが、即物的理解が似合うおじさんにはピッタリのようだ。

(Youtubeに登録のJung kang yeol 쪼알に感謝)

2016年6月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 笛

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「笛」(大笒(テグム)、洞箫(トゥンソ))」に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”大笒(テグム、대금)”、”洞箫(トゥンソ、퉁소)”)

始めに、文武(문무)王と金庾信(김유신)将軍に関わる楽器「万波息笛(만파식적)」について次のように紹介された。
・統一新羅時代の楽器「万波息笛」は、一万種の波も鎮められる管楽器の意を持つ。これを吹くと、敵が退き、病が治り、干ばつには雨が降って、梅雨には雨が止む。風や波までも穏やかになる。国のあらゆる悩みを解決する笛だった。伝説に、ある日、海に浮かんだ不思議な島に竹があり、昼は二つに、夜は一つとなる。三国統一の立役者といわれる文武王と金庾信将軍は、死後、海の竜隣り、その竜が未来を懸念して送ったのが竹で作った楽器万波息笛だ。大笒の祖と伝説もある。

▼ 大笒演奏で「清声曲(청성・자진한잎)」を聴く。大笒の響きには円やかさがあるようだ。Fl.とPicc.の違いに似て。

・夏の暑い日、風通しの良い縁に横になり聴けば、あらゆる心配事が無くなりそう。清い声(청성)は、伝統音楽で音域を指し、特に高音の意だ。”자진한잎”は、元々詩を歌詞にして歌う歌曲を指す。この「清声曲(청성・자진한잎)」は、「太平歌(태평가)」の曲の音域を上げて演奏する音楽だ。竹笛「タンソ(短簫:단소)」の独奏もあるが、大笒独奏の方が、楽器の特徴をよく表し、特有の音色、清い響きをよく際立たせる。

次に、管楽器「大笒」にある「清孔(청공)」について次のように紹介された。
・大笒には、吹き口と指孔以外に、清い孔の意の「清孔」がある。ここに、葦から採取した内皮を貼り付け、これが清(청)という。息を吹き入れたとき、この清が響き、大笒ならではの音を出す。

▼ 大笒演奏で、大笒散調から「チャジンモリ(자진모리)」のリズムを聴く。優雅にかつすばやく空を舞うよう。

最後に、大笒と共通した清孔を持つ「洞箫」に関わる話題や構造について次のように紹介された。
・大笒と似た楽器に、洞箫がある。この楽器に関する面白い表現がある。一人のときは偉そうにするものの、いざ人前では何も言えない人を、「部屋の中の洞箫」と言う。部屋の中でひっそりと演奏するような大衆的な楽器だった。最近では、北の咸鏡道地域の仮面舞踊「獅子遊び(사자놀이)」以外に、洞箫の音色を聴くことはほとんどない。また、洞箫は大笒と同じほどの大きさで、清孔もある構造で似るが、大笒は肩の上に横に載せて吹き、洞箫は縦にして吹く違いがある。

▼ 洞箫演奏「獅子遊び」から「獅子の踊り(사자춤)」で宴会が終わる時の曲「罷宴曲(파연곡)」を聴く。洞箫をよく知らない。

(資料) 「統計でみる韓国女性(cf.男性)の人生」

イ・ソンヒは20歳でデビューして以来、一昨年、30周年記念のコンサートを開いた。国民歌手と呼ばれ、指導者として音楽界で活躍する彼女の力量をいろいろな場面で見ることができる。女性の人生に沿って歌い続ける様に、人生の一局面にとどまらぬ力強さを見るようだ。

韓国の女性の現在を紹介する、「女性家族部」と「統計庁」発表の「2016統計で見る女性の人生(2016 통계로 보는 여성의 삶)」(6/28発表)を通じて、中央日報(日本語版)の記事、「統計でみる韓国女性の人生」(6/29)は、次のように伝えている。(改行など加工しています。容赦)

(本ブログ関連:”人口”)

いずこも同じ、<高齢化>に伴う女性人口の増加、初婚・出産の高齢化に伴う<少子化>といった課題があるようだ。
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  韓国の「女性人口100人あたりの男性の数」を意味する「性比」が初めて100を下回った。女性の<平均寿命>の延びなどの影響で、こうした「女超現象」はますます明確になる展望だ。

「女性家族部」と「統計庁」が28日に発表した「2016統計で見る女性の人生(2016 통계로 보는 여성의 삶)」によれば、

今年の女性人口は、
  ・女性人口  2542万1253人 (男性人口を4万人以上上回った)
  ・男性人口  2538万152人
昨年に続き2年連続上回り、性比は
  ・昨年100.0 (男女差1万人余りに過ぎず)
  ・今年  99.8 (初めて100を下回った)
  今後さらに激しく進むと展望され、
  ・2020年  99.4、
  ・2030年  98.6
統計庁の関係者は、「<男子選好>思想からある程度脱却した上に、人口の<高齢化>で男性よりも寿命が長い女性の人口が増加した影響と解説される」と話した。

年齢別では
  ・50代まで   男性
  ・60代以上  女性の方が多かった。
特に女性人口は、90年より
  ・50~60代  約2倍
  ・70代以上  約3倍 (高齢層に行くほど増加幅が大きかった)
年齢帯別の女性人口は次ぎの順だった。
  ・40代  16.3%
  ・50代  16.1%
  ・30代  14.4%

女性の平均初婚年齢も初めて30代に進入した。
  ・1990年  24.8歳から着実に上がる
  ・昨年        30.0歳 (cf. 男性32.6歳)
出産率は次の順だった。 (該当年齢女性人口1000人あたり)
  ・30~34歳  116.8人 (平均初婚年齢以後)
  ・25~29歳  63.1人
  ・35~39歳  48.3人

結婚しなければならないとの(13才以上)の考え
  ・女性  52.3%
  ・男性  61.5%
2008年(61.6%)から着実に減少している傾向だ。

女性雇用率は
  ・2012年 48.4%
  ・昨年       49.9%
雇用率が相対的に高かった (68.6%)2つの年代。(⇒ 結婚・出産などでキャリア断絶発生)
  ・30代前後(25~29歳)
  ・40代
非正規職労働者
  ・女性  40.3%
  ・男性  25.5%
女性就職の障害要因として「育児負担」が1位(50.5%)
  ・30代  65.4%

期待寿命(2014年)
  ・女性  85.5歳 (男性より6.5年さらに長く生きる)
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2016年6月28日火曜日

(雑談) 石の身の振り方

石に意志があるわけはない。だから自身の身の振り方、行く末を知らないだろう。応接間の床に、産地ごと袋に入れられた採集鉱物が並んでいる。いずれ、実体顕微鏡でも手元に置いて、のんびり観察するときがくるなんて考えていたが。どうしたことか整理もままならぬまま過ぎた。相変わらず、採集したものがつぎつぎ溜まっている。

変えることのできない記憶のように、採集袋が溜まる。いっときは2階の部屋に置いたこともあるが、重さが心配になって移動した。ときどき想像するのは、庭に小屋を建て、その中で一日中、石を割っていたい。

石仲間で賢明な方は、集まりがあるとき、ダンボール数箱に鉱物標本を詰めて持ってくる。そして、欲しい人に分け与える。賢明でない人は、いつまでも自宅に溜め込む。もちろん、他のマニアが欲するような珍しい石を持っていれば、私だってと言い訳できるのだが。

どうしよう、わが家の中途半端な鉱物袋。このままになるのだろうか。もしかしたら、庭の奥に・・・。もう少し、気を入れて考えねばならない。石に悪い気がしている。

2016年6月27日月曜日

(雑談) 映画「マーズ・アタック」の続編を見てみたい

いや、別に理由はありません。古い漫画というか少年雑誌の読み物の挿絵のような臭いがする、映画「マーズ・アタック(Mars Attacks!)」の続編を見てみたい。

(本ブログ関連:”マーズ・アタック”)

高尚な振りをしない、その気もないのが素晴らしい。面白ければそれでいいというのが好きですね。それに大金をかけて、たいそうに制作しているところが凄い。

今度は、火星人は頭が破裂するようなヘマはやらないだろう。どんな防御をするのか興味がある。でも、第一話の米軍は、まるでWWⅡ並みの装備にしか見えなかった。

有名スターを惜し気もなく使う、おバカ映画も悪くない。きっと、次回作にも喜んで参加するスターたちがいるに違いない。それにしても、メキシコのマリアッチスタイルで米国歌を奏でているのだから・・・。妙に感心したりする。

(Youtubeに登録のPucchi Movieに感謝)

2016年6月26日日曜日

イ・ソンヒの「恋文」

イ・ソンヒの7集所収の「恋文(연서)」(1991年、作詞イ・ナムギ、作曲キム・ジンリョン)は、耳に心地よく、このブログで何度もとりあげた。次のYoutube映像と合わせて聴くと、歌の想いとは違って、心和んでくる。永遠の歌姫のフィルターにかかると、どんな恋だろうと懐かしむ心の部屋が純化されていくようで。・・・うらやましいことです。

(本ブログ関連:”恋文”)


あなたを愛したから、心にあなたがとどまる
空の部屋を用意して、ロウソクを灯したわ

あなたへ笑顔を、部屋の壁に描いて
その懐に眠入りながら、夢を見ます

*冷たい風 空の果て、届くのを待ち疲れても
空の部屋 置かれた あなたの写真
私を じっと、見つめるのね

愛してます、言葉の代わりに、あなたの笑顔見たいのです

(*以降繰り返し)

愛してます、あなたのその言葉を、もう一度聞きたいのです

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2016年6月25日土曜日

「応答せよ1988」 イ・ソンヒの挿入歌

「ナム・ウィキ(namu.wiki)」は、ケーブルテレビ「tvN」の番組「応答せよ」シリーズで、19.6%の最高視聴率を獲得した「応答せよ1988」(2015.11.06~2016.01.16、全20話)に挿入された曲目とその場面を合わせて紹介している。その中から、特にイ・ソンヒについて、曲だけリストアップしてみた。感謝。
なお、1988年はソウルオリンピックが開催された年であり、その前年には大衆運動にともない大統領の直接選挙が実施されている。

(本ブログ関連:”「応答せよ」”)

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2話 - 「ヤング(영)」(作詞:クォン・ヒョクシク、作曲:ナム・ククイン、イソンヒ3集 - 「なくしてしまった約束」(1986))

3話 -「私は恋に落ちました(나는 사랑에 빠졌어요)」(作詞:ソン・ジュホ、作曲:ソン・ジュホ、イソンヒ1集 - 「ああ!昔よ/少女の祈り」(1985))

5話 - 「走れ、ハニー(달려라 하니)」O.S.T。<(勝気な)ドクソンがTVを見ながら「バナナ味牛乳」を飲む場面で出てくる>

8話 - 「ひとしきり笑いで(한바탕 웃음으로)」作詞:ソン・シヒョン、作曲:ソン・シヒョン、イソンヒ5集 - 「ひとしきり笑いで」(1989))

9話 - 「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(作詞:キム・ミンジョン、作曲:ソン・シヒョン、イソンヒ4集 -「愛が散る場所」(1988)) ・・・ 2つの場面で流れる。

10話 - ① 「葛藤(갈등)」(作詞:ユン・ヒジュン、作曲:ソン・ジュホ、イソンヒ1集 - 「ああ!昔よ/少女の祈り」(1985))、
② 「私はいつもあなたを」(作詞:キム・ミンジョン、作曲:ソン・シヒョン、イソンヒ4集 - 「愛が散る場所」(1988))

19話 - 「私はいつもあなたを」(作詞:キム・ミンジョン、作曲:ソン・シヒョン、イソンヒ4集 - 「愛が散る場所」(1988))
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「応答せよ」シリーズは未見である。この1988版でもと思うが・・・全20話は長いな。

2016年6月24日金曜日

高麗神社

昨晩(6/23)の事前講演に続いて、今日の昼に、埼玉県日高市にある「高麗神社」を訪問した。四谷の韓国文化院主催の今回のイベント「道端の人文学」に応募して、このチャンスを得たわけだ。参加者は、同院前から2台のバスに分乗して現地に向かった。この訪問は、明日も同様に行なわれる。

高麗神社は、以前晴れた日に何度か訪れたことがあるが、今回は小雨に煙る木々の葉がしっとりと濡れ、静かに落ち着いた風情だった。高麗神社の宮司高麗文康氏(高麗郡初代郡司「若光」から60代目の子孫)は、高麗神社の歴史とそれに伴う高麗郡建郡1300年記念事業のいきさつについて(父君の遺志にも触れて)軽妙に説明された。

合わせて、昨晩の続きとして、高橋一夫氏(高麗浪漫学会会長)から、高麗神社の環境について次のようなヒントに富む話題を語られた。① 神社には自然に溶け込む神道のスタイルがあり、例えば葉の落ちることのない照葉樹林の中に置かれる。初期の神社は社殿があるわけではなかった。② 寺には、敷地が広く平らな規模の大きい官寺と、山中・山裾におかれる氏寺がある。
また、同神社に隣接する勝楽寺を巡ったとき、③ この寺に、若光の墓とされる「高麗王廟」があるが、律令制の当時、(高齢な)若光はもしかしたら都で亡くなっていたかもしれない。また、④ 高麗郡の役所跡について、遺跡出土が不明だが(太平洋戦争前に平地のため飛行場が設けられたほど広大な)高萩地区が考えられる(⇒ 遺跡が見つからない理由は、戦後に開拓が入り、礎石など掘り起こしたからかもしれない)、とのこと

史跡の訪問と詳細な解説を一度にかなえる幸運な機会に廻りあえたのは幸いだった。いろいろサポートをくださった韓国文化院スタッフの方々に感謝します。