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2012年5月15日火曜日

ヘイリー・ウェステンラ

先日、ファミリーレストランで机上鉱物採集をしたとき、(イタリアンポップ好きな)石仲間から推奨されたのが、ヘイリー・ウェステンラ(Hayley Westenra)だ。そういえば、テレビドラマで歌われた賛美歌の伸びやかな声質はとても印象深い。イ・ソンヒと同じく透明感のある高音の、彼女の名をあげてくれたのだろう。

ヘイリー・ウェステンラが歌う、カッチーニ(Caccini)の「アベマリア(Ave Maria)」をYoutubeで聴いてみた。澄んだ高音ながら、まろやかでほっとするような温もりと安堵がある。心に滲みてとても馴染みやすい。
疲れた心を真に癒してくれるのは、決して全的なものでなく、そのそばで優しく慈愛の眼差しで見つめ続けてくれる母に他ならない。

(Youtubeに登録のAquaredeに感謝)

2012年5月14日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 キム・ヒョヨン

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/9)に、人物シリーズ27回目として数少ない管楽器の笙簧(センファン、생황)演奏家の一人である、キム・ヒョヨン(金孝英:音訳、김효영)を紹介した。

まず、笙簧復習から始まった。
・大陸に由来する楽器で、日本の笙と似た構造をしている。
- 長さの異なる17本の竹管中に取り付けられた薄い鉄板に息が触れると、板がかすかに揺れ動き、絶妙な透き通るような金属音を奏で、鳳凰や竜の鳴き声に例えられたりもした。
- 底には、ひょうたんの実を乾かして作った共鳴箱があって、やかんの口のような吹き口で、息を吹き入れたり吸ったりして音を出す。
・伝統楽器の中では唯一、複数の音を同時に出すことのできる和音楽器である。

▼キム・ヒョヨンによる、水中の竜の鳴声の意味を持つ伝統宮廷音楽「水龍吟(수룡음)」を現代風にアレンジした「新(신)水龍吟」を聴く。旋律が浮き出てくるようで親和的なのは、現代化の結果なのだろうか。
Youtubeで笙簧と短簫(단소)の伝統宮廷音楽「水龍吟」を聴いてみる。登録のHyangAkに感謝。)

▼キム・ヒョヨンによるイタリアの舞曲「タランテラ」を聴く。ムムム、昨日チャイコフスキー交響曲6番「悲愴」の3楽章で聞いたばかりで・・・笙簧が奏でるべきことなのかなあ。まさに風琴だね。笙簧に限らず、現代化と伝統楽器の関係がよくわからない・・・。

次のようにキム・ヒョヨンのプロフィールが紹介された。
・管楽器ピリ(觱篥:피리)を専攻していたが、笙簧の可能性に懸け、今はピリから笙簧にメインを移している。
・音楽集団「サイ」を結成して活動している。

▼「サイ」の楽曲から「5月純粋な愛(5월 순순한 사랑)」を聴く。現代曲だよね・・・5月の風に揺れて踊ろうか。心地よいワルツ。

2012年5月13日日曜日

日本フィル杉並公会堂シリーズ

杉並公会堂で、アレクサンドル・ラザレフ(Александр Лазарев)指揮、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏によるコンサートに、韓国語学習の仲間から提供されたチケットで、何十年振りの鑑賞に行く。

曲目は、グラズノフのバレエ音楽「ライモンダ」よりと、チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」である。

コンサートの始めに、指揮者ラザレフがロシア語通訳を通じて、作曲家と曲目について柔和で気さくな雰囲気で、次のように語ってくれた*。それに、演奏後の挨拶でも楽しく会場を盛り上げた。
・グラズノフは、チャイコフスキーのバレエ音楽の後継者の一人といえると紹介した。
・「ライモンダ」からの美しい選曲に対して、チャイコフスキーの「悲愴」は、「静寂」の音楽であり、静寂に始まり静寂に終わる、静寂の中の音楽であり、静寂に耳をかたむけて欲しいと強調した。1楽章と4楽章を中心に聴くように語った。そして、ワーグナーとの関連性や、「悲愴」の構造上、シューベルトの「未完成」に似ていると紹介した**。更に彼の死因にまで言及した。
(*: プレトーク、Youtube登録のJapanphilMovieに感謝)
(**: 「Artes*Web連載」参照、感謝。)

バレエ音楽「ライモンダ」は、第3幕の曲目が話題になるようなので、事前にYoutubeで耳に入れたが、そうではなく各幕から選曲されたようだ。でも、美しい音色に溢れていたことに違いはない。

交響曲6番「悲愴」は、事前にYoutubeでも耳にしたが、素直に聴くことができた。何しろ何十年振りに目の前でオーケストラを聴いたわけで、「静寂」の音楽という紹介があったものの、本物の演奏の迫力に驚愕した。ヘッドフォンを通してPCでYoutubeを聴くのとはわけが違う。それにファゴットとクラリネットのソロの音がよく聞けて大満足。
・・・オーケストラのコンサートにはまりそうだ。

ところで、演奏を聴きながら、指揮者の腕の動きを真似て、膝上のスコアの上に置いた両手人差し指を振った。スコアは開きはしなかった・・・お守りのように携帯しただけだ。

2012年5月12日土曜日

スコア片手に聴く

日が暮れるとぐっと冷えてきた。風も冷たい。季節を間違えたようだ。家の中で音楽を聴いている分には関係ないけれど。

チャイコフスキーの交響曲6番「悲愴」を、スコア片手にYoutubeで聴いている。カラヤン指揮(ウィーンフィル演奏)とチョン・ミョンフン指揮(ソウルフィル演奏)のものだ。
Youtubeには、何とコンサートのフル演奏が登録されていて、そのうえPC上で演奏の一部を何度も聴き直しが容易なのでありがたい。

合わせて、スコアを見ながら聴けば、作曲家の壮大な構築力に感心するし、指揮者の繊細な解釈に驚く。おかげで、演奏のポイントをスコア上にマーキングすれば、視聴するたびにだんだんと指揮者気分になる。

ところで、学生時代にオケラにいたものにとっては、作曲家や指揮者とその演奏について容易に口を開くことはできません。批評や評価なんてとんでもない。とても畏れ多いことだ。
それは、イ・ソンヒを含めてにリードする全てアーティストに対して当然のことでしょう。

(Youtubeに登録のkamngaty、SuperTheseusに感謝)

2012年5月11日金曜日

机上鉱山道具採集

机上採集でお世話になっている石仲間のйосиба氏から、栃木県の西沢鉱山跡で(一昨年前頃に)見つけた、坩堝(るつぼ)のミニチュアのような、直径40mm・高さ30mmの円柱で、上部に8mm程度深く半球状の窪みが彫られた、ズッシリと重い道具をいただいた。説明では、採集鉱物の金属純度分析に使われたものではないか・・・とのこと。

高温にして金属を溶かし込む容器なのだろうか。底には、白色に変色した物質が様々な厚みをもって付着している。そう、高温炉の中で、溶けた金属を入れて真っ赤に輝いている容器が想像される。

2012年5月10日木曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

怪しい空模様から、夕方には強い陽射しが差し込んだ。そして静かに夕闇がせまってくるころに、PC上でチャイム音が突然鳴って、SignalNowExpress(M5≦を設定)が茨城県沖に震源とする地震速報を2度表示した。おまけに、遠方の暗い空から雷鳴が聞こえてくるし・・・。

イ・ソンヒの歌「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(アルバム9集所収、1994年)は、雨のなか暗くなるまで、確信のないままに待ち続ける姿を描いている。とはいえ(女性の心理は複雑?で)、合わせ鏡の中にいるような、そんな錯覚を覚える歌でもある。
単調な雨音にかえって静けさが強調されて、歌がしっとりと聞こえてくる名曲だが、イ・ソンヒの代表曲として採り上げられているのを見た記憶があまりない・・・。いや、わざわざ示すまでもないのだろうけれど。
(Youtubeに登録のkoreanballadsに感謝)

2012年5月9日水曜日

Cha Cha Cha d'Amour

五月の連休をはさんで「健康体操コース」に行く。重い体に息が切れ、ようやくの病み上がりには、体操のリズムに追いつくのが大変なんだ。完治95%といったところで、後の5%をクリヤできないでいるのが残念。

参加者全員の呼吸を合わせるために音楽CD使っている。どうやら、講師の方が選曲した自作CDのようで、いろいろな曲が流れてくる。そのなかでも、「Cha Cha Cha d'Amour」(Dean Martin、1962年)が聞こえてくると、頭の中で、この旋律が駆け巡り、講師の方のテンポをとる掛け声が次第に遠のいてしまう。・・・いけない、いけないと我に返る。

ディーン・マーチンとは違うが、Youtubeに登録のThe Lucky Duckiesのものを聴いてみよう。
(Youtubeに登録のaffortunatusに感謝)

2012年5月8日火曜日

小金井の新田開発(1)

江戸の西側、武蔵野に位置する地元の歴史を学ぶ市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)が始まった。大変な反響で、定員40名を大幅に超える80名に拡大した。そのうえ30名近くをお断りしたそうだ。

講師は、東京学芸大学の大石学教授で、テレビドラマなどの時代考証も担当されているという。ドラマの時代考証という関心ある話題をまじえて、第1回の今日は、主として江戸が当時「首都」であったという論説を紹介された。
また、江戸を視る目を、明治維新の主導側からでなく、江戸期の安定・平和が維持された点に向けるべきとして話を進められた。そのうえで、江戸と多摩を対立するものでなく、統合して考えるべきと熱く語られた。

ところで、江戸期に来訪した外国人の記録文言紹介の中で、朝鮮通信使に随行した申維翰(しんゆはん)の「海游録」の紹介があった。申維翰について楽しいアイデアまで披露されて・・・。

興味深い初めて知った江戸末期の話題があった。
・江戸近郊各地の水車を利用して爆薬製造が命じられたが、不慣れなために爆発事故が続出したという。
・江戸防衛のため軍事演習場(駒場、板橋など)の拡張計画に対して、百姓一揆(住民運動)にあい中止したという。

次回から、いよいよ新田開発の歴史について解説される。新田開発に関わった庶民の生活についても触れていただけたらと期待している。

2012年5月7日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 元長賢

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/2)に、人物シリーズ26回目として大笒(テグム대금)の名人、元長賢(ウォン・ジャンヒョン:원장현、1950年~) を紹介した。

まず、大笒の復習から始まった。
・長さ1メートルほどの竹で作られた横笛で、片一方の端を左肩に当て、水平に持って吹く。
・「萬波息笛(まんぱそくてき、만파식적)」の伝説から、大笒の原型と推測されている。

▼元長賢他の演奏による「瀟灑園(소쇄원)」を聴く。シンセサイザーとの合奏・・・この庭園の風景と重なれば、一層のイメージも湧くだろう。
Youtubeで視聴できる。登録者のslhy114に感謝)

この「瀟灑園」について、次の解説があった。
・全羅南道潭陽にある、人手を一切加えず自然本来の姿を残した、朝鮮時代からの伝統的庭園。

次のように元長賢のプロフィールが紹介された。
・1950年 全羅南道潭陽に生まれる。
・コムンゴ(거문고、「玄琴」表記あり)やテピョンソ(太平簫(태평소))の演奏家でもある。
・家族で国楽一家をなしている。

▼元長賢の演奏による「元長賢流大笒散調(대금산조)」を聴く。思いのほか高音中心に緊張感を持たせ、やがてゆっくりと引いていく。

▼元長賢と一家の演奏による「舞散調(춤산조)」を聴く。舞の姿と合わせて聴きたい。

ところで、元長賢の曲目はいつ頃成立したものだろう。

2012年5月6日日曜日

イ・ソンヒの「あなたが私を愛されるなら」

イ・ソンヒのアルバム7集収録曲に、追想のたびに揺れ動く心を歌う「あなたが私を愛されるなら(그대가 나를 사랑하신다면)」(歌詞、1991年)がある。初期の高音を押し出すようなパワフルな歌唱から、しっとりと余韻のあるものに脱却したとされる曲目のひとつにあげられている。
(いつもながらYoutube に集中的に登録しているKnightmareSMに感謝)

(本ブログ関連:"あなたが私を愛されるなら")

2012年5月5日土曜日

立夏2012

今日は祝日「子どもの日」であり、連日の雨模様から夏のような強い陽射しの晴天になった。まさに二十四節気の「立夏」でもある。

「小金井公園」内にある「江戸東京たてもの園」の「友の会」会員継続手続きに行く。緑まぶしい公園広場も、たてもの園の様々な施設(それに重機展示)も、子連れの家族で賑わっていた。しばらく散歩すると、久し振りの日光に顔が焼けたような気がする。いきなりの夏かと錯覚する。

イ・ソンヒがあふれる元気で歌った、アルバム1集(1985年)に所収の歌「光の子どもたち(빛의 자손들 )」(作詞:キム・ジビョン、作曲:ソン・ジュホ)を聞いてみよう。ある意味で、時代を背景にした健全な歌謡といったところだろうけれど、彼女の初期のティピカルで、はち切れんばかりのエネルギーが感じられる。

(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年5月4日金曜日

森林浴(みどりの日2012)

昨日は「憲法記念日」、今日は「みどりの日」、そして明日は「こどもの日」と祝日が続く。GW後半のここ連日、無情にも雨が降って子どもたちには残念だったろう。せめて明日は良い天気でありますように。

今日の「みどりの日」のイメージから、随分昔に流行った言葉であるが、森林を歩いて心身の回復を目指す「森林浴」ブームを思い出す。その効用物質として、「フィトンチッド」が話題になったりもした。Wikipediaによれば、30年ほど前のことだが。

いつしか「森林浴」の流行り言葉は忘れられて、現在の「エコ」ブームにつながっているように思う。

(本ブログ関連:”森林浴”)

2012年5月3日木曜日

遅咲きの花粉症?

先日、花見の名所で知られる公園で、うっすらと緑色に変わったさくらの木々の下にあるベンチに座ってしばらくたたずんだ。のんびりと暖かい陽射しを受けて、のたりのたりと時間の経過を楽しんだわけだ。

さてそれではと切り上げようと席を立ったとき、急に顔中がもやもやした。そのとき以来、猛烈に目がかゆくなってしまった。どうやら花粉症になってしまったようだ。理由はよくわからないが、目元まで枝先が垂れていたさくらの木から何かが落ちてきたのではと推測する。

さくらの木は、民家では嫌われるという。それは、咲き散る花の見かけの美しさとは違って、その後に虫がわきポトポト落ちてくるからだ。薬剤散布して駆除することになる。

ふと考えた。全くの思いつきだが、春風にゆったり揺れるこの木々の枝々には、害虫駆除のため薬剤が散布されていたのではと・・・。 思い過ごしだろうが、見えない何かのせいではと、今頃になって突然の花粉症に戸惑っている。

2012年5月2日水曜日

イ・ソンヒ、「特に女学生ファンが多かった」

イ・ソンヒのデビュー当時のファン層についていくつかの認識があって、彼女自身については、スターNEWSの記事「イ・ソンヒ、"特に女学生ファンが多かった"と告白」(2011/4/26)で、次のように語っている。

・歌手イ・ソンヒが特に女子学生のファンが多かったと明らかにした。
・去る(昨年4月)25日放送されたMBC「遊びにおいで」には、イ・ソンヒ、チョンヨプ、イ・スンギが出演して語りあげた。
・この日の放送で、イ・ソンヒは男性ファンより女学生が多いがどう思うのかというMCの質問に、「初めてデビューした時びっくりした。他の先輩歌手が、女学生ファンたちが集まっていれば人気男性歌手のファンと錯覚するほどだった」と話した。
・続いて「チョ・ヨンピル兄さんや、チョン・ヨンノク兄さんが(ファンの前に)出てくる?」と、「みな不思議に思った」と明らかにして、女学生たちの永遠の姉さんであることを認められた。
・一方この日放送では、イ・ソンヒが若干の施術を受けて童顔(若々しさ)を維持するといいながら、「童顔の秘訣」の驚きの告白して目を引いた。

考えるに彼女のファンの世代は、現在の40代前半を構成していて、いろいろな面で変化を起していて、今後の大きな潮流を担っていくのだろう。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ ファン”) ← 画面右下の「前の投稿」も

2012年5月1日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李熙琓

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/25)に、素朴な京畿民謡の歌い手、李熙琓(イ・ヒワン:이희완、1938年~) を紹介した。(漢字名はインターネット上不明のため、KBS WORLD中国語より借用)

「民謡」については、本番組(民謡1、民謡2)で何度か紹介されていて、復習から始まった。
・地域ごとに特色や節回しなど独特の民謡を学び歌い継ぐ専門の歌手が多い。
・京畿民謡は、(一般的に)叙情的で、比較的ゆったりとした曲調が特徴。

▼李熙琓の歌による京畿民謡「ノレカラッ(노랫가락)」(歌詞)を聴く。観念の景色だろうか、朗々というよりは力のこもった思い入れ強い感じがする。
(歌詞:ブログ「流れ星(하늘이내린별)」に感謝)

これも復習だが、ノレ(唄、노래)、ソリ(音、소리)の言葉を、階層によって使い分け(ノレ>ソリ)ていたと説明された。
・庶民の歌(ソリ)は、雑歌とも呼ばれた。
・上記「ノレカラッ」の「カラッ(가락)」はメロディー(曲調)の意で、支配層の歌(ノレ)を庶民が借りて歌った歌といえる。

次のように李熙琓プロフィールが紹介された。
・1938年 京畿道の華城に生まれる。
朝鮮戦争のため視力を失ったことをきっかけに、独学で民謡の道へ進む。

▼李熙琓の歌による京畿民謡「靑春歌(청춘가)」(歌詞)を聴く。懐旧と諦念が繰り返して・・・しぶい!。
(歌詞:ブログ「MusicBox」に感謝)

李熙琓の歌声は、荒々しくも、粋な男性の歌を引き継いでいることが感じられる・・・とのこと。こうでなくては。

▼李熙琓の歌による京畿民謡「倡夫打令(창부타령)」(歌詞)を聴く。巫歌を源流に持つそうだが・・・力湧く。
(歌詞:「サウルのつるぎ」のブログに感謝。李熙琓のプロフィールも参考に。

2012年4月30日月曜日

バトルシップ

映画は何~ンにも考えずに楽しめるのが良い。そんな中でもSF物は大好きというわけで、休日の今日、息子と一緒に映画「バトルシップ(BATTLESHIP)」を立川に観に行った。同街での映画鑑賞は「劔岳」(2009年)以来である。

ハワイ沖で、アメリカを中心に環太平洋諸国他の海軍が合同演習を行なっているところに、突如宇宙人による襲来に直面する。この人類的な危機を、如何にして戦うかというSFアクションである。ストーリーの展開に追いつくのが大変で、ハラハラさせるが、結末は安心してよい・・・だろう。

宇宙に友好を求めて、安易に電波を発射してしまったことが全ての始まりだった。
すぐさま反応して、襲来した宇宙人部隊は、先遣の少数精鋭の通信部隊なのか。しかし偵察や擬似平和交渉もしないで、いきなり戦い始めるとはコロンブスよりも・・・無茶すぎる。それに、地球に何を求めに来たのだろう。

昔のSF映画「未知との遭遇」や「ET」などは、宇宙人との友好を漠然とイメージしたが、最近のSF映画は襲来物ばかり。高層ビルの屋上で無定見にウェルカムをするより、リアリティが多少なりとも感じられる・・・時代が変わったのかな。

ところで、その昔に、紙上に升目を書いて海戦ゲームBattleship (game))をして遊んだことがある。見えない敵艦船の存在を推定し攻撃するゲームだ。結構面白かった思い出がある。

2012年4月29日日曜日

イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」

イ・ソンヒが歌い続ける曲に「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」がある。1988年にリリースしたアルバム4集「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」(歌詞)におさめられていて、タイトル曲と同様に彼女の代表曲である。
戻ることのできない昔に、想いを自由に往来させてしまう少女特有のセンチメンタルな歌なんだけど・・・。

大衆音楽評論家のカンホンが、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)で、次のように作品上の位置付けしている。(本ブログ:2011/10/10紹介)
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・作詞作曲の名コンビであるヤン・インジャ - キム・ヒガプによって誕生した、(1986年のアルバム3集)「分かりたいです」という無駄のない簡潔な楽譜の行間で、幼い淑女が少女漫画のように抱いていた切ない感情をこのように切実に訴えるボーカルは、その前後(の時代)に見つけるのは難しいだろう。このパターンは、洗練された音楽のドラマツルギー(Dramaturgie、劇的構成法)を持つ「愛が散るこの場所」と「私はいつもあなたを」などの名曲を作曲したソン・シヒョンをともなって、絶頂の花を咲かせる。
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(本ブログ関連:"愛が散るこの場所")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2012年4月28日土曜日

ミュージアムトーク「小麦と武蔵野のくらし」

江戸東京たてもの園で開催中の「小麦と武蔵野のくらし - 人が集まればうどん -」展(4/21~7/8)に、学芸員によるミュージアムトークを聴きに行く。

展示室の個々の展示品について、親しみやすく解説(ミュージアムトーク)していただいた。民族植物学という分野を専攻されているそうだ。初めて聞いた学問分野だが、農耕民族の日本人にとって馴染みやすそうな気がする。
(インターネットで学術誌(概要)を見ると・・・研究者はやっぱりすごいなと感心するばかり。)

さて先日(4/21)のブログで、展示解説書によって触れたので、今回は追記だけにする。
・多摩川上水からの分流水は、飲料水などに使われたもので農耕用ではない。
 → ご近所にも、南北に続く幅2m程度の極端に狭い路地があって、これがどうやら水路跡のようだ。
・嫁入りで婿の家に入る際に、2本の麦藁をタイマツとして地面に押したて、その間を通り抜けるという民俗行事が清瀬市にあった。余談として、もし嫁が狐なら尻尾を出すだろうという言い伝えがあったそうだ。
 → 狐?ということで、「僕の彼女は九尾狐<クミホ>」を思い出した。
・麦藁は盆の迎え火にも使われ、人の人生と密接に関わっているとのこと。
・江戸時代からの貯穀という(大量の穀物の貯蔵)制度があって、特にその共同性を評価されていた。
 → 指摘されたように、最近の自然の驚異を目の当たりにすると十分に納得できる。
・昔、米は貴重品で、米>>>(うどん)>>麦・雑穀、の順のようたった。(聞いたイメージで!)

展示解説書を見ながらもう一度展示品を見てみようかな。

そうそう、展示室外の廊下に置かれたディスプレイで、麦打ちの記録映像が上映されていた。貴重な映像だけに、是非とも映像所有部門にてYoutubeなどに登録・公開していただければと願う。

(付記)
小金井公園に向かう道に、ハナミズキの並木道がある。白い花が春の暖かい陽射しをうけて華やいで見えた。途中に法政大学工学部小金井キャンパスがあって、通りから見える施設の2階にスエヒロののぼりが立っている。部外者でも食事できる。

2012年4月27日金曜日

金環日食を楽しもう

来月5/21に起こる金環日食の楽しみ方や仕組みについて、子ども向けに紹介している映像「日食を楽しもう」(制作:国立天文台科学文化形成ユニット、協力:2012年金環日食日本委員会)がYoutubeにあるので見よう。13分はちょっと長いけど、内容は次の通りだよ。
金環日食の観察では目に気をつけよう。おじさんも安全のために、日食めがね(遮光プレート)を準備したよ!

・日食のスケールを実感しよう ・・・ 太陽と月と地球の大きさと距離
・日食の見え方 ・・・ 金環日食、部分日食、東京は朝の東の空
・日食めがねの使い方 ・・・ 陽射しを直接見ない、日食めがねを使おう、(昔、すすガラスを使ったけどダメ!だよ)
・いろいろな楽しみ方 ・・・ ピンホール、木陰・木漏れ日の形
・もっとくわしく知りたい方へ ・・・ 太陽と月と地球の軌道と位置関係、金環日食・皆既日食の違い、ベイリービーズ
・大人の方へ ・・・ 子どもへの安全配慮の確認項目



(Youtubeに登録のashubunitに感謝)

(追記)
天気予報の通りにはならず、夕方もずっと小雨降り続くなか、旧来の韓国語学習グループとの会食に行く。割と行きつけの場所に、こんな店があるとはつゆ知らなかった。

2012年4月26日木曜日

スプライト

雲から地上に放電する雷(かみなり)とは反対に、宇宙に向かって放電する発光を「スプライト」というそうだ。今日の日付に変わった深夜に再放送されたNHKのドキュメント番組「宇宙の渚(The Cosmic Shore)」で初めて知った。

この発光を妖精に例えて「スプライト(Sprite)」と名づけられたという解説を聞いてまず思い出したのは、炭酸飲料水のサイダーと同系統といったところの、緑色イメージのビンに入った(最近は自動販売機の缶入りで飲んだりするが)例の「Sprite」だろう。製造会社のホームページに、命名の由来があって次のように記している。
・ブランド名の語源は、英語のSpirit(元気の意)とSprite(妖精)に由来し、炭酸が威勢よくはじける様子、さわやかな透明感などを表現しています。

ふむふむ、はじける!ね・・・なるほど、上空の「スプライト」の発光も、NHKの超高感度カメラで写された映像で見ると、はじかれたように光が飛び散っていた。
それに、妖精のティンカー・ベルは、光の粉をまき散らしながら空中を駆け巡っていたし。特にディズニーのアニメ「ピーター・パン」に登場するティンカー・ベルは、お茶目で焼もちやきで、それにキュートで・・・。

この「スプライト」は、上空を突き抜けてどこへ行くのだろうかといえば、うっすらと光って地球を覆っている宇宙との電気のバリヤに到達するそうだ。そこに「大気光」が観測されるという。

ISSの窓(キューポラ)からこの科学観測に関わった古川聡宇宙飛行士は、コロンビア号のラモーン宇宙飛行士の遺志を引き継いだ。感動的な話がこの番組に通底する。

そして、この科学現象を観測した科学者たちの、「スプライト」の光を見つける毎に、まるで子どものように歓喜して「Sprite!」と叫ぶ様子が楽しかった。その場に居合わせたような気がした。

(追記)
・Business Insider (Oct. 14. 2021, 07:00 PM TECH INSIDER)
「ISSの宇宙飛行士が珍しい発光現象『スプライト』を撮影」・・・ Red Sprite紹介あり
    https://www.businessinsider.jp/post-244039

2012年4月25日水曜日

今朝地震があった

今朝地震があった。ふと目覚めると、微妙な揺れが続く。来るなと思ったと同時に揺れが大きくなった。体感は震度3くらいを感じて、すぐにテレビで確認したが、地元震度は2程度のようだった。

気象庁の地震情報は次の通り。
・平成24年04月25日05時26分 気象庁発表:25日05時22分頃地震がありました。
・震源地は千葉県東方沖( 北緯35.7度、東経140.9度)で震源の深さは約60km、地震の規模(マグニチュード)は5.5と推定されます。

不思議なことに、大きな揺れの後も、小さな揺れがしばらく続いたことだ。早朝の朦朧とした意識の中でのことなので、地震の現象を正しく把握していたかどうかは怪しいけれど・・・。

ただ、ここ数日、震源が次第に、福島沖>茨城沖>千葉沖へと南下してきているような気がする。考え過ぎかもしれないが、荒唐無稽とするほど確信はない。素人の見当違いであって欲しい。

2012年4月24日火曜日

イ・ソンヒの「バラ」

イ・ソンヒには、伝統的なバラードやロックを主に、東洋回帰的な「因縁(인연)」の旋律の他に、ラテンにもつながるものがあって、その代表曲に「バラ(장미)」(作詞・作曲イ・ソンヒ、2005年)がある。うちに秘めた真紅の情熱がほとばしる曲だ。運命の棘に傷ついたとしても、しかし悔いのない凛とした姿が浮かんでくる。

大衆音楽評論家のカンホンが記した、東亜日報の記事「[カンホンの歌手列伝] <14>イ・ソンヒ」(2011/10/10)に次のような一節がある。
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イ・ソンヒという名前は、栄光と絶望が交差する韓国女性ミュージシャンの歴史の巨大な注釈点のようだ。1994年9集の興行惨敗は、彼女の音楽履歴で最も危機だったにもかかわらず、彼女は決して挫折しないで、「因縁」と「バラ」という傑作を作ったシンガーソングライターとして、そして、成熟した女性に衣替えした2005年の傑作「四春期」(13集)のアルバムを、私たちの手に抱かせてくれた。
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(本ブログ関連:"14集「愛よ...」を聴く"、"イ・ソンヒのドレス"、"デビュー22周年記念ライブコンサート(2006年)")



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)


(付記)
中央日報の記事「[作家シン・ギョンスク e-メールインタビュー] 私の代表作、まだ出てない」(4/24)によると、出版10ヶ月ぶりの2009年9月に100万部の国内販売した申京淑(シン·ギョンスク)の小説「母をよろしく」が、(今月)23日に、200万部を突破した・・・とのこと。

(本ブログ関連:"申京淑")

2012年4月23日月曜日

思い出の場所へ

以前、某ハウスメーカーのCM映像が印象的で、そこに流れる歌を誰が歌っているのだろうかと調べたところ、村上ゆきだった。穏やかでカジュアルな雰囲気がした。また、ラジオ番組で聞いた彼女の語りは心地よかった。ゆったりして優しく、構えを感じさせない落ち着いた声が自然に耳に入ってくるのを感じた。

彼女の雰囲気とどこか共通した歌手に大貫妙子がいて、この二人が作詞と作曲を分担したものがあるという。某鉄道会社の車両のCMソングで、「私を連れて帰ろう」(作詞:大貫妙子、作曲:村上ゆき)という曲だ。
そう、そっと後押しされて、自然と心優しくなっていくような気がしませんか。

(Youtubeに登録のsayaema、YoonSiYoon1987に感謝)

(本ブログ関連:"楽園へのあゆみ"、"大貫妙子")

2012年4月22日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹允錫

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/18)に、牙筝(아쟁:アジェン)という楽器で自らの名前の入った散調산조:サンジョ)を作り出した尹允錫(ユン・ユンソク:윤윤석、1939年~2006年)を紹介した。

まず、牙筝の復習・解説から始まった。
・韓国の弦楽器は、奏法により、指で弦を弾いて音を出す伽耶琴(カヤグム:가야금)やコムンゴ거문고、「玄琴」)などと、弦を弓で擦って音を出す奚琴해금:ヘグム)など2種類あるが、牙筝は後者の擦弦楽器である。

・牙筝はとても大きく、また国楽の楽器の中で最も低い音を出す。

▼尹允錫の演奏による「牙筝シナウイ(아쟁시나위)」を聴く。低音の独特の深い響きにひかれる。やがて高音まで演奏を展開する・・・。独奏楽器として成立したのはいつ頃のことだろうか。
(「シナウイ」について本ブログ関連:"韓国の風景")

次のように尹允錫プロフィールが紹介された。
・1939年 全羅北道益山の礪山に生まれる。
・1960年代 牙筝散調を学び始める。
・1980年代 自らの名を付した牙筝散調を発表。
および楽器牙筝の改良につとめる。
・2005年 没する。

▼尹允錫の演奏による「鉄牙筝散調」を聴く。牙筝の絹糸弦を鉄弦に変えて手で弾くと、確かに別の楽器の音色がする。では・・・打弦では、どんな風に聞こえるのだろうか。

▼尹允錫の演奏による「尹允錫流牙筝散調」を聴く。尹允錫「流」の意味するところを理解できる余裕もないのが残念だ。

2012年4月21日土曜日

(資料)小麦と武蔵野のくらし

小金井公園にある「江戸たてもの園」で、開園20周年記念特別展として「小麦と武蔵野のくらし」展が今日から始まった。水利の乏しい武蔵野台地で、新田開発した人々の糧でもあった小麦が、どのように栽培され、食されたかが紹介される。昭和期以降の展示が中心で、写真や農機具を通して人々の生活がうかがえる。

以前、地元公民館主催の郷土の歴史散歩シリーズに参加して、江戸期以来の人々の暮らし振りを聞いたことがある。昔の人々が、決して豊かとはいえない、(現在と比べれば)むしろ粗食と思える食事をしていたことを知った。

「小麦と武蔵野のくらし」展では、日常の食事について、次のように記している。

・水が乏しかった武蔵野台地の中央部では、乾燥した畑で栽培ができる麦と雑穀、そしてサツマイモが作物の中心であった。天候にあまり左右されずに収穫できるこれらの作物と、陸稲、根菜類が合わせて栽培された。 人々は季節に応じて、耕地を空かすことなく輪作を行った。

・収穫された小麦で作った手打ちうどんは、ご馳走として、家々の年中行事や冠婚葬祭の席にかかせないものでした。皆で一緒にうどんを打ち、食べることで家族や地域のつながりを深めていったのです。
→(実は、うどんを常食していた時代があったと誤解したことがある・・・ハレの食べ物だったのだ。)

・麦飯
石臼で大麦をこまかく砕いたひき割り麦や、押し麦にウルチの陸稲をまぜたメシと味噌汁、漬物、煮物が日常食であった

・北多摩の作物と食べ方
武蔵野台地では、かつて大麦・小麦・雑穀・陸稲・サツマイモを主食とした。大麦をほぼ毎食食べ、陸稲のウルチマイを混ぜて炊飯した。大正時代までは雑穀のウルチアワをメシにして食べることもあった。
陸稲のモチゴメはモチにし、雑穀のモチ性のものと混ぜてついた。家によっては正月にモチを一石くらいつき、切ってから水をはった樽に保存し、初夏頃までチャガシにしたり、麦作で忙しい時の昼飯にした。小麦はうどん、まんじゅうにし、寒い夜などは汁にいれてスイトンにして食べた。自家用の醤油のもろみにもした。

・昭和20年代頃は朝・昼・晩に大麦に陸稲のウルチマイをまぜたメシ、10時と15時にはサツマイモや正月についてモチを水に漬けて保存した水モチなどをチャガシとして食した。
→(昭和20年代とは戦後の食料事情の悪い頃のことか? 農村と都市部では大差があったと聞くが・・・)

(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井雑記"、"小金井の今昔")

2012年4月20日金曜日

穀雨2012

天気予報サービス会社の今日の予報は、「曇り」で「折りたたみ傘があると安心」という。また雨かとうんざりする。しかし、二十四節気の「穀雨」だといわれると、恵みの雨と納得してしまう。

さて、この雨、どんな風景に合っているのだろうか。春雨にけむる畑に農夫が一人いる墨絵のような世界を空想するのは勝手というものだろう。穀雨を観念に閉じ込めては申しわけない。農作業の中での実感を知りたい。

「穀雨の終わりごろ(立夏(5/5)直前)に八十八夜(5/1)がある。」(Wikipedia)とのこと。カレンダーで季節を知るより、日毎の寒暖、天候の様変わる実感に信を置くようになった。ようやく自然の存在である自分に気付いたということでしょうね。

2012年4月19日木曜日

巡検

地質・地理関係の研究者が、野外実地踏査を「巡検」というが、自分たちアマチュアの鉱物採集に使ったことはない。鉱物の会の席上でも、ベテランが口にするのを聞いたことがない。
巡検の言葉に格式張ったところがあるからなのか、民間が使うには独特の匂いがするからなのか。

自分たちが普段使う言葉は、「鉱物採集(に行く)」が主だが、「石採り(に行く)」、「採集(に行く)」といった程度である・・・まあ、そんなところだ。

ところで、韓国のテレビ番組に「別巡検(별슨검)」という時代物がある。内容は、朝鮮時代末の科学捜査の物語である。警務庁に新設された捜査官で、「別」の文字に調査分析の特別の意を込められているのだろう。Gyaoで、その第1作を見た。
Wikipediaの「巡検」には、「1894年から1907年まで使われた李氏朝鮮(大韓帝国)警察官の階級の1つ。のちに巡査に改称した。」という説明がある。

2012年4月18日水曜日

イ・ソンヒの「Because Of You」

イ・ソンヒのアルバム12集CD「MY LIFE」(2001年)は入手困難だが、韓国のTwitter に奇跡のように求めたと喜びを記されたものがあって本当にうらやましい。
このアルバムに収録の「Because Of You」(作詞・作曲ユ・ヨンソク)は、悲しみの深さを歌っているのに、彼女の抑制した歌声とバックコーラスが重なり繰り返されるうちに、旋律の美しさが抜きんでて印象に残る不思議な曲だ。

-- 残念ながら現在、Youtubeに登録の「Because Of You」の映像は削除されている --

2012年4月17日火曜日

雨上がりの夜の公園

夜桜気分も終わったこの時期、雨上がりの夜の公園を利用する人はいない。韓国語教室の帰り、自動車がときたま走る道に併行した公園の小道を、街燈の灯りを頼りに進むと何かが香る。雨に濡れた地面の枯松葉が、辺りに香りを漂わせていたのだ。

ひんやりした空気に、松脂様の独特の香りがして、なぜか緑陰の夏の高原を思い出した。春の暗闇と夏の緑の世界が、この香りで一瞬でつながった。公園の夜道が自然に穏やかになった気がした。ほんの僅かな時間であるが香りを楽しんだ。
そういえば、山深く歩く「森林浴」という言葉があったことを思い出した。

陸橋を渡ればすぐに、公園の端に着く。また人家のつづく街に戻る。

2012年4月16日月曜日

神野美伽の「夜桜善哉」

桜の花びらが散って、界隈の景色は先をいそいでいる。満開の桜花の艶やかな光景などなかったかのようだ。自然の移ろいに、眺める方が追いつかない。時間の過ぎ去りをますます早く感じるようになった。

今年は、夜桜見物をしなかった。体調不良の身には、この花冷えが出歩くことを億劫にさせた。

せめて、春の夜のほんわりしたひと時を感じたくて、神野美伽の「夜桜善哉」(歌詞)を聴いてみよう。夜桜がほどよい舞台装置になって、そうそう与謝野晶子の歌にありましたね。

清水へ 祇園をよぎる 桜月夜 こよひ逢ふ人 みな美しき

・・・なんちゃって。

2012年4月15日日曜日

新鉱物の発見

子どもたちが成りたいものに、まぶしいほどのヒーロー、プロ野球選手がいる。もしかしたら夢の中で見た、グラウンド上のあの絶妙なプレーが現実になるかもしれないと、また夢を見る。やがて、子どもたちは夢を見なくなる。

今日、四谷で開かれた鉱物の会に出かけた。なのに体調が思わしくない。長引いた風邪は沈静化したものの今月いっぱい用心と思っていたところ、一昨日から腹をくだしているのだ。会場までの中央線車中、フラフラしているのに気付く。

鉱物の会では、総会および例会の後に、関西の若手研究者による「新鉱物発見の実際」というテーマで、国内で発見した2種の新鉱物を事例に講演があった。
図解や写真を多用して、新鉱物であることについて分かりやすく語られた。さらに、発見した鉱物の化学組成や結晶構造などをいろいろな観点で分析するための装置も紹介された・・・、何だかその気にさせていただいたのがうれしい。
新鉱物発見の夢は、子どもがプロ野球選手になる夢を見るようなものなんだろうな、実現するのは大変なことだ。

今回の集まりに、小学生の子どもを連れた親子が数組参加されていた。この子どもたちの中から、つぎの新鉱物発見者が生まれることを楽しみにしたい。彼らは鉱物の会の宝物だ。

(追記)
新鉱物の発見場所って、日曜ミネラルハンターお決まりの採集場所である「ズリ」でもいいのかなあと気になって、隣席の筑波の研究者にうかがったところ、「ダメ」との回答。講演事例の通り、採集場所は坑内、つまり確定した場所、産状でなければならない。いやあ、ズリでとんでもない夢を見るところだった

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

イ・ソンヒのアルバム10集「First Love」(1996年)所収の「ライラックが散るとき(라일락이 질때 )」(作詞・作曲イ・ソンヒ)は、彼女がシンガーソングライターとして、本格的に自身の作品を発表した最初ものである。
想い出を美しく情熱的に歌う、この曲をYoutubeで聴いてみよう。(登録のKnightmareSMに感謝)

作品発表について、アジア経済紙と彼女のロングインタビュー「イ・ソンヒ『まだ自分自身について分かりたいです』-2」(2011/6/16)で、次のように述べている。
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実は、私は最初のアルバムから、いつも曲を書いていたけれど、当時、シンガーソングライターという概念がそれほど良く考えられないし、女性が曲を書くといえば、評価がそんなに豊かでない時期で、「私も曲を書いたが、入れてみたい」というと、いろいろな理由で反対されて。
私の曲をのせてもよくなったのは、「ライラックが散るとき」(10集)の時からです。私が作った曲をやってもよいだろうと思ったし、少しずつ比重を増やしました。そうするうちに「因縁(인연)」を発表して、そのアルバムが予想外にうまくいって。
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(本ブログ関連:"ライラック")

2012年4月14日土曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 コムンゴファクトリー

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、今週水曜日(4/11)に、人物シリーズ23回目として初めてのグループである、「2006年、20代の若いメンバーで結成されたコムンゴファクトリー(거문고 팩토리、Geomungo Factory)」を紹介した。

まず、(伝統的)弦楽器コムンゴ거문고、「玄琴」表記あり)の復習・解説から始まった。
伽耶琴(カヤグム、가야금)とよく似た形をしているが、
- コムンゴは弦の数が伽耶琴の半分の6本
- 胴体の厚みは伽耶琴の二倍ほどで、ずっしりとした形状
- 伽耶琴に比べ、その音色は重く低い(伽耶琴は女性らしく、コムンゴは男性的ともいわれる)
・演奏方法も、弦を指で弾くのではなく、
- 《右手》に持った匙(スルテ、술대)という短い木の棒でで叩いたり、すくったりして音を出す。
- 《左手》では弦を(胴体の上に置く16個の木の板)フレット(fret)である固定の「クェ(괘)」の上で押したり揺さぶったりしていろいろな表現をする。
・コムンゴは、テンポが速く、変化の激しい曲を演奏するのは難しいとされ、現代創作音楽では除外されることが多かった。

▼コムンゴファクトリーによる「コムンゴ&タンゴ」を聴く。むむむ、新しい楽器の登場といった方がよいような・・・これも、総合化・統合化の流れなのでしょうか。
Youtubeの「Geomungo&Tango」も参考にして。

次のようにコムンゴファクトリープロフィールが紹介された。
・2006年 20代の若い女性3人、男性1人でグループを結成。
・数々のバリエーションを持ったコムンゴ楽器を創作。・・・改良楽器を演奏することに対して、韓国でも賛否両論がある。

▼コムンゴファクトリーによる「自由な鳥へ(자유로운 새에게)」を聴く。演奏会の雰囲気を知りたいような、分かるような・・・。
Youtubeの「Fly to the Sky」も参考にして。

▼コムンゴファクトリーによる「ピョルクムジャ(별금자)」を聴く。月夜に星がきらめくような雰囲気で・・・。
Youtubeの「The Starry Night」も参考にして。

(Youtubeに登録のTheGeomungofactory、kindheartedgeomungoに感謝)


彼らの存在は、どれくらいの潮流というかムーブメントとなっているのでしょうか。解説の岸さんが「チャレンジ」という言葉で後押ししているのがわかります。時代を変えるのも創造するのも、結局若い人たちなんですからね。

2012年4月13日金曜日

ベサメ・ムーチョ

中学生の頃、精一杯大人の振りをしたくて冒険するものだ。ある街の駅の裏通りにあった薄暗い喫茶店に仲間と一緒に行って、すっかり緊張したが、翌日教室で自慢げに話したものだ。もちろん、それを聞く周りは、大きくうなづき感心していた。

アメリカのフォークソングを歌っても、歌詞の意味を深く考えなかった。まして、トリオロス・パンチョス(Trío los Panchos)の歌に至っては、旋律の美しさにひかれただけかもしれない。スペイン語の歌詞は、その内容よりも発音のしやすさに関心があった。
特に、トリオ・ロス・パンチョスの「ベサメ・ムーチョBésame mucho)」は、仲間と一緒に何度も歌った。

ところで、この「ベサメ・ムーチョ」の作詞者コンスエロ・ベラスケス(Consuelo Velázquez)が、16歳の少女で誕生日前に作ったと、Wikipediaで知った。作詞当時、彼女はキスをしたこともなかったという。そう、彼女も歌詞の中で精一杯大人になっていたのだろう。日本でこれを歌っていた、中学生の子どもたちも同様に。

(Youtubeに登録のgu7196に感謝)


(追記)
今日は、福島沖でM5以上の地震が何度も発生している。

2012年4月12日木曜日

ファンについて

思い違いがあるかもしれないが、記憶に浮ぶまま綴ってみる。随分以前、あるテレビ番組で、著名な日本人現役野球選手が、米国の敬愛する元バスケットボール選手を訪れた。TVカメラをはずして二人だけで談話したとき、野球選手は元バスケットボール選手から、ファンについてあるアドバイスを得たという。それは、慎重にして冷徹な、ファンの存在と関わりについての分析であった。

さて、イ・ソンヒはファンについてどう語っているのだろうか。
以前、アジア経済紙が彼女とロングインタビューをしたときの記事から抜き出してみよう。彼女は、冷静な自己分析と同時に、ファンについてそのあるところを次のように承知していた。

再掲
アジア経済「イ・ソンヒ『まだ自分自身について分かりたいです』-2」(2011/6/16)より
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(大衆性について)
・私が大衆的な人だと(笑い)、いつも宿題のように残っている部分です。大衆の心はいつも動きます。変わらないのは、容赦なくて、また冷たく評価しますから。

(大衆が願うことと、したいことのバランスについて)
・評価の前にいつも悩んでいる自分がいます。初めにハードロックをしたので、まだその精神が残っていて(笑い)。ところで、アルバムは作曲者がいて、その人の意図を充実しようとしますが、ライブの時は、本当にハードに歌います。その時そのように感じて、私がそのように生きてきた、ありのまま表現します。
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ファンにもお国柄があって一般化できないけれど、それでもファンは、ファンなりに自身を省みる必要があるでしょう。

2012年4月11日水曜日

【詩朗誦】 「私はイ・ソンヒに似ているんですって?」

曇天に、思い返したように小雨がパラつき、追い討ちをかけるように風が吹く。おかげで、桜の花びらを辺りに散らし、濡れたアスファルトの路面に張り付かせる。春雨の無粋な仕業だ。

今朝、病院で風邪の回復のお墨付きをいただき、久し振りに地元公園にある健康運動センターの健康体操コースに出席する。病み上がりを考慮して、まずは体慣らしから。
そのコースへ通う道すがら、珍しい光景に出あった。春風が吹いてくる方向に桜の木が見えないのに、十字路に花吹雪が舞っていたのだ。まるで、お天気雨のような、そこだけ不思議な空間になっていた。

ところで、イ・ソンヒの詩「私はイ・ソンヒに似ているんですって?(내가 이선희를 닮았다구요?)」は、詩集「去る者だけが愛を夢見ることができる(떠나는 자만이 사랑을 꿈꿀 수 있다)」(1990年4月1日)に収められている。この詩集が出版された同年6月には、朗誦版のアルバムがリリースされる。

上記の詩は、25歳のイ・ソンヒの内省を物語っている。歌手として存在の意味と、行く末に対する不安が交錯する。彼女は音楽のために在るのか、ファンのために在るのか、いや自分のために在るのか・・・。
当時の彼女は、歌手として音楽活動において、数々の大賞を得ていたし、絶頂期でもあった。音楽評論家の冷徹な目でみると、実はこの1990年にリリースした、彼女の第6集アルバムがピークであり、変換点でもあったといえる。それを、彼女は予期していたのだろうか。(もちろん数々の試行の結果、現在の彼女が、揺るぎない大きな存在であることはいうまでもない。)

詩の最後は次のように結ばれている。

・・・・・・・・・・・

そうだ、私は、
イ・ソンヒに似たもので 、
イ・ソンヒではないかも知れない。
それなら、
イ・ソンヒは、どこに行ってしまったのだろうか。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの詩"、"イ・ソンヒの変換点")
(本ブログ関連:"「カンホンの歌手列伝」 イ・ソンヒ"、"イ・ソンヒの「分かりたいです」、そして漢詩")
(本ブログ関連:"イ・ソンヒの詩「マックス・ミュラーの『ドイツ人の愛』を読んで」")
(本ブログ関連:"1986~2009韓国女性歌手の好感度")

(音源)
ブログ「AESTHETICA」で、(ドラマチックな音楽の流れる)この詩を聴くことができる。感謝。

2012年4月10日火曜日

満開の桜を探しに行く

東八道路を三鷹方面に見る
気分を変えて、今日は野川方面に満開の桜を探しに行く。

南北に走る西武多摩川線の新小金井駅と多磨駅の間に、武蔵野公園野川公園が東西に連なり、広い園内を国分寺崖線の斜面からの湧水を得た野川が流れている。その南側を、野川と並行して、写真のように東八道路が西武多摩川線を横切っている。

(本ブログ関連:"野川の桜"、"はけの道(小金井市)")

線路そばの陸橋から東八道路を三鷹方面に眺めると、切り通しのような両側が見事な桜並木になっている。この道路を走る自動車から、やや視覚が上になるが、美しい満開の桜にどれくらい気付くだろうか。

線路に沿って南下する。住宅街に囲まれてアメリカンスクールの横を通り更に進むと、東京外国語大学の広大な府中キャンパスが現れる。
春の陽射しを受けて、のんびり散歩を楽しんだ。帰り道、野川公園の桜が、少しずつ散り始めていた。

2012年4月9日月曜日

春のぬくもりにさそわれて

小金井公園の満開の桜
春のぬくもりにさそわれて、ふたたび小金井公園に行く。
4/6(金)~4/8(日)の3日間つづいた「桜まつり」は終わったものの、今日も公園の桜は満開で、平日とはいえ家族連れも含めて人の波は絶えない。

園内の「江戸東京たてもの園」前の広場を囲む桜の木立は、春の陽をうけて薄紅の白色の花をしっかりと咲かせ、眩しいほどだ。先日(4/6)たずねたときの人出と変わらない。いや、それ以上かもしれない。

かすかに咳きが残っていて多少不安があるものの、これくらい暖かいと、もう一度遠出してみるのもよい。晴れた広い空から降りそそぐ春の陽射しに満足した。今日の都心の気温は、23.5℃で、5月下旬並の気温だったそうだ。

(本ブログ関連:"桜まつり")

2012年4月8日日曜日

本当なら今日は石採りに

本当なら今日は石採りだった。栃木県の石仲間に加わって、日光市小百(こびゃく)にある大井沢鉱山に鉱物採集を予定していたのだ。(同会の今年最初の採集会になる!)

先日、お世話になっているXa氏から、出欠確認の電話があった。2月半ばに寝込んで以来長引いた風邪が不調だったため欠席とお願いした。ここ数日、回復の兆しがあるものの、遠出して山中に採集に行くまで自信がない。残念!。

同鉱山は、方鉛鉱、自然蒼鉛、輝蒼鉛鉱、閃亜鉛鉱、鉄重石、リリアン鉱、硫酸鉛鉱などが採れるという。
成果はいかがだろうか。

体力の完全回復まであと少しなのに・・・。

パティ・キムの引退

パティ・キム(74)が54年の歌手生活から引退すると、2/15に発表(リリース)した。
・・・完全に記事をスルーしていた。遅れての情報入手だが次に綴る。

中央日報の記事「“韓国歌謡界最高の歌姫” パティ・キム、54年の歌手生活に終止符」(2/15)によれば、韓国歌謡史で「初めて」が付く彼女の業績を次のように記している。
・1960年 NHKに出演。
・1962年 韓国初となるリサイタルコンサートを開く。
・1963年 米国進出し、米国地上波NBCの番組に8回に渡り出演。
・1978年 大衆歌謡1号として、世宗文化会館に入城(公演)。
・1989年 ニューヨークのカーネギーホール公演。

また、KBS WORLDによれば、ラストコンサート「GLOBAL TOUR CONCERT」を、6月2日(土)19:00、 オリンピック公園・体操競技場で実施するとのこと。

パティ・キムのCDを初めて聞いたときの驚きは今でも忘れられない。それがきっかけで、韓国歌謡を聞くようになった。彼女の代表曲「離別(이별)」(作詞・作曲:吉屋潤(길옥윤))は、彼女の手を越えて、もはや韓国歌謡の大きな礎となっている。

(本ブログ関連:"パティ・キムの「Jへ」")

(本ブログ関連:"パティ・キム(패티김)は凄い!"、"国民歌手"、"カラオケ"、"テネシーワルツ"、"イ・ソンヒのカーネギーホール公演と全国ツアー"、"イ・ソンヒの「2011コンサート」")

2012年4月7日土曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李銀珠

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、今週水曜日(4/4)に、人物シリーズ22回目として「京畿民謡(경기민요)の名人、"銀のお盆の上で玉を転がすような声"という代名詞で呼ばれているほどの美声の持ち主の李銀珠(이은주、1922年~)」を紹介した。

(本ブログ関連:"民謡"、"民謡(続)")

▼李銀珠の歌による「離別歌(이별가)」を聴く。ソウルに近いからというわけではないが、どこかスマートで伸びやかさを感じる。・・・・内面的な理解までは。

次のように李銀珠プロフィールが紹介された。
・1922年 京畿道楊州に生まれる。(本名、李潤蘭(이윤란))
・14歳で京畿民謡大家の元慶兌(원경태)門下に入る。李銀珠の芸名を授かる。
・1942年 20歳で京城放送局と専属契約を結ぶ。
・李昌培(이창배)の下で後輩の指導にあたる一方で、積極的な音楽活動をする。
・1975年 京畿民謡の芸能保有者(重要無形文化財第57号)として選定される。

▼李銀珠ほかの歌による「ノドル江辺(노들강변)」(1934年、パク・ブヨン(박부용))を聴く。新民謡なんだね明るいな、すいすいと前向きな、水辺の柳が春風に揺れて・・・。

▼李銀珠ほかの歌による「回心曲(회심곡)」(歌詞)を聴く。太古宗奉元寺の霊山斎(「和請」)のCDでも聞いたが、女性ながら太く芯のある声に驚く。経文ではなく民謡の要素が強いとのこと、人生を宗教的に省みて俯瞰することにつながるのかな・・・。

(歌詞:ブログ「花の世 国楽芸術団」より。感謝。)

(本ブログ関連:"(資料)霊山斎、奉元寺")


(余聞)
以前、地元駅そばにあった韓国家庭料理店の名前が「ンジュ(銀珠)」だった。今は、「明洞」の名になっているが・・・家庭料理店らしいメニューと雰囲気は変わらない。

(本ブログ関連:"昼さまざま"、"明洞")

2012年4月6日金曜日

桜まつり

今年は、2月半ばに風邪で寝込んで以来回復が遅れ、寒さに耐えて咲く梅の花や、華やかに舞う桜の花吹雪も見ずに終わりそうだった。しかし、ここ2、3日の暖かさのおかげか、咳き込みが消え体調も一気によくなった。そこで念のため厚着して、小金井公園に観桜に出かけた。

小金井公園では、今日(4/6)から明後日(4/8)まで「小金井桜まつり」が開催される。園内の「江戸東京たてもの園」前広場では、特設の野外ステージにアマチュアの歌や踊りが演じられ、通り道には食べ物主体の屋台が並び、たくさんの人々であふれていた。

広場を囲む桜木立はほぼ満開に近く桜色に染まり、低く垂れた花のひかりを愛でるように、人々はその下で宴を楽しんでいた。他方、別の場所の桜の木々はまだ芽を膨らませているといった具合である。公園の桜が 一斉に咲き誇るまでの暖かさに至っていないのだろうか。

今日は、小金井市の小学校の入学式と新学期であり、そのせいか平日金曜日の午後ながら、親子連れが多い。とりわけ、春の初々しさを象徴するように、幼い子どもたちのはしゃぐ声や姿が微笑ましい。待望の春である。

(付記)
小金井市はゴミ問題で世間を騒がせたせいか、公園のあちこちにゴミを持ち帰るよう、看板などが設けられて少々うるさい・・・カメラの視野にかならず入ってくるのだから。

2012年4月5日木曜日

Ci Sara

石好き(鉱物マニア)だからといって、それだけに専念するわけでない。同好の士にイタリアンPOPのファンがいる(人物そのものイタリア気風の方で・・・)。お気に入りは、ジリオラ・チンクエッティ(Gigliola Cinquetti)だそうだが、カーステレオで聞いた(聞かされた)ものに、タイロン・パワー(Tyrone Power)の娘と結婚した歌手のデュエット曲があった。

さて、その歌手が誰だったのか記憶が曖昧なためインターネットで調べてみたところ、アル・バーノ(Al Bano)であり、 タイロン・パワーの娘とはロミナ・パワー(Romina Power)のようだ。早速、Youtubeに彼らのデユエット曲を探したところ、1984年にサンレモ音楽祭で大賞を受賞した「Ci sarà」(邦題:愛の架け橋)があった。まさに世界を二人のものにした、明るく高らかな讃歌といったところでしょうか。

(参考)アル・バーノについて「POP!ITALIANO」サイトに詳しい紹介がある。感謝。

ちなみに、サンレモ音楽祭大賞と、イ・ソンヒの年代と合わせていえば次のようになる。
・1964年 ジリオラ・チンクエッティが「夢みる想い(non ho l'età)」で受賞。この年、イ・ソンヒが誕生。
・1984年 アル・バーノと タイロン・パワーが「愛の架け橋(Ci sarà)」で受賞。イ・ソンヒが江辺歌謡祭で「Jへ」で大賞してデビューを果たす。

(Youtubeに登録のseradimusicaに感謝)

(本ブログ関連:"ジリオラ・チンクエッティ 「雨」")

2012年4月4日水曜日

イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」

イ・ソンヒの「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」は、何度聴いても心地よい。2004年に音楽活動20周年を記念して世宗文化会館の大劇場ステージで歌う彼女の透きとおるような高音の美しさとパワーに圧倒される。彼女の姿は清潔で美しい。
それに、映画「家門の栄光」シリーズに巧みに使われているのも楽しい。もしかしたら、この曲が大衆性を持ちあわせて、いつまでも人気あるのに寄与した一因かもしれない。
そうそう、この歌は、恐縮ながらカラオケで数少ないわたしの持ち歌の一つである。

(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”、”「家門の栄光」”)


(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2012年4月3日火曜日

「偉大なる誕生」1と2の似たところ

スポーツ韓国の記事「[TV拡大鏡] "偉大なる誕生"1・2の勝者似た形である理由」(4/3)は、MBC「偉大なる誕生」のステージ1、2の優勝者に共通するところを次のように挙げている。
(アン・チンヨン記者)

・それぞれのステージで、最終決戦に残った二人のメンティーが、特定のメンターのもとにあったこと。
・優勝者が、かたや国境を越えてきたものであり、かたや栄光と挫折を経たもので、背水の陣で共に夢を実現したこと。

勝者への惜しみない賛辞が語られた文面であるが、イ・ソンヒについて触れている部分を次に写させていただきたい。

・「偉誕2」のイ・ソンヒは、「ママ・メンター」と位置づいた。特有の多情多感な語り口で、自身のメンティたちを含む全ての出演陣を暖かくかばい、直接料理をして励ました。(MBC)関係者は、「ク・チャミョンとペ・スジョンにも危機はあった。だが、生放送に突入後、回を繰り返すほどより一層安定した実力を見せて支持を受けた。ここには、イ・ソンヒのメンター指導とともに、イ・ソンヒの指導を支持するファンたちの応援まで加わったと見られる」と付け加えた。

(付記)「春の嵐」
これはどう考えても台風だ。空といわず地上のすべてを巻き上げるように唸り、息を吐くように家を揺する。今年の春風はおとなしくない。そういえば一昨年の春分の日も強風に見舞われて、公園の木が倒れたりしていた。
穏やかな桜日和が待ち遠しい。それに、咳も早く治まって欲しい。

2012年4月2日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 コッピョル

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/28)に、人物シリーズ21回目として「ヘグム奚琴해금)の演奏家のコッピョル((李)花星(이)꽃별・Ccotbyel、1980年~)を紹介した。

まず、へグムの復習から始まった。
・ヘグムは、弓で弦をこすって音を出す擦弦楽器で、大きめの小槌(こずち)を逆さに持つような形で、中国の二胡と似ている。
・絹糸をより合わせた二本の弦の内側に、馬の尾の毛で作った弓を挟み入れて、弦とこすり合わせて音を出す。弦を持つ位置や、引っ張る力の強さによって音程が変わる。

▼コッピョルの演奏による「コリアンビター(Korean Bitter)」を聴く。今風の響きはとても親和力がある・・・ただし、どうしても西洋楽器のように対象化してしまうよ。(cf.DaumのTVポッド版)

次のようにコッピョルプロフィールが紹介された。
・1980年8月23日 ソウルに生まれる。
・国立国楽中学・高校、韓国芸術総合学校、伝統芸術院でヘグムを学ぶ。
・2001年 大学2年生のとき日本巡回公演に参加、その後日本で正式に音楽活動を始める。

▼コッピョルの演奏による「Small flowers Near by the railroad」を聴く。現代曲演奏として、同心円が広がっていくようです。確かに心地よいのですが・・・。

▼コッピョルの演奏による「トラジ(桔梗、도라지)」を聴く。現代風でも、これは良いね。楽器がのびやかに歌っていますよ。

(付記)
演奏家コッピョル(花星)の名は、ロマンチックだ。それも本名(李花星)のようだ。親の愛が感じられる。国楽ということもあって、アーティストの名前に漢字名をさがしたが、花星もよいが「コッピョル」の響きもよい。

(付記)
韓国ジャズ歌手の珠玉、ウンサン(웅산)との協演がYoutube(「Yesterday」)にあります。追憶にひたりながらも、どこか凛とした東洋的な強い女性像が浮かびます。
(Youtubeに登録のjinurockに感謝)

2012年4月1日日曜日

昭陽江の乙女

トロットも含めて、イ・ソンヒの守備範囲の広さについては以前触れた。Youtubeに、キム・テヒ(김태희)が鼻音をきかせて歌った「昭陽江の乙女(소양강 처녀)」(1969年)を、イ・ソンヒが大衆歌謡の心情を損ねることなくステージで巧みに客席と一体となって歌い継いでいるものがある。

東亜日報の記事「[オピニオン]昭陽江の乙女」(3/28)は、このタイトルと同名の「昭陽江の乙女」(作詞:バン・ヤウォル(半夜月、반야월)、作曲:イ・ホ(이호))の歌の成立とその後について記している。
まず春川の衣岩(의암)湖に立つ「昭陽江の乙女像」のいわれから始まり、先日亡くなった作詞家のバン・ヤウォル(1917年8月1日~2012年3月26日)の追悼の意を込めて、「時代」とともにあった巨木として、思い出深く淡々と綴っている。

(Youtubeに登録のmomo86ist、yokosuka30に感謝)

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの水準"、"イ・ソンヒとトロット"、"イ・ソンヒのトロット・メドレー"、"金裕貞")

2012年3月31日土曜日

エアコンつけてマスクする

確かに今朝の暖かさは群を抜いて、ようやく春本来の気配を感じた。自然と動きが楽になる。
とはいえ、風が恐ろしいほど吹いていて、ご近所の新築工事現場の覆いカバーが激しく音を立てる。昼過ぎになると雨まじりになって予定も立たぬ。

風のせいか肌寒くなりエアコンを入れれば、強風で撒き散らされた花粉が気がかりで、室内でもマスクをしてしまう。長丁場の咳も相変わらず治まりよくない。屋上屋を重ね(架し)ながら、せっかくの土曜日せんかたなく過ごす。


(追記)
昨晩の、MBC「偉大なる誕生2」は、ク・チャミョン(歌:キム・ゴンモの「ミアネヨ」から)が栄誉を手にした。番組の最後になって予期せぬできごと(労組ストライキ、Twitter事件)が続けて発生したものの無事終了したことになる。

デイリアンの記事「幕を下ろした"偉誕2"、イ・ソンヒだけ残して寂しい退場」(3/31、キム・ミョンシン記者)によれば、文脈は違うが「真の優勝者は、イ・ソンヒという意見も」あるとか、「7ヶ月間進行された<偉大なる誕生2>は、そのようにイ・ソンヒだけを残したまま惜しくも終わった。」というわけだ。
ファイナルにもかかわらず視聴率は、<偉大なる誕生1>の20%に対して12.1%(AGBニールセン)と芳しくなかったとも伝えている。

2012年3月30日金曜日

イ・ソンヒ「偉大なる誕生2」に自作曲プレゼント

東亜日報のdongA.comの記事「"偉誕2" キム・テウォンに続きイ・ソンヒも自作曲プレゼントする」(3/30)によれば、MBC「偉大なる誕生2」でメンター(指導者、師匠)として参加のイ・ソンヒが、最終オーディションに残った二人の直接のメンティー(弟子)たちに自作曲を提供すると次のように報じている。
[ニュースエン]

・(昨年の「偉大なる誕生1」における)キム・テウォンに続き、イ・ソンヒも自身のメンティーたちに自作曲をプレゼントする。

・3月30日放送されるMBC 「スターオーディション-偉大なる誕生2」では、共に決勝に上ってきたメンティーのペ・スジョン、ク・チャミョンのために、イ・ソンヒが直接自作曲をプレゼントする。

・イ・ソンヒは、サッカー選手時代を過ごしたク・チャミョンに、「グラウンド上の選手たちに力になることができる歌」を与えたかったといいながら曲に対するヒントを伝えた。ペ・スジョンには、イ・ソンヒが自身のアルバム*に収録しようと準備していた曲を惜しみなく渡してくれた。イ・ソンヒの母のようなメンターの面貌を見せくれわけだ

(*: 昨年末に、イ・ソンヒは新しいアルバムを今年出したいと語っている)

・特に、この自作曲は、イ・ソンヒが直接メンティーたちのために、作曲および編曲に参加したと伝えられている。

・「偉大なる誕生1」でもキム・テウォンは、決勝に進出した自身のペク・チョンガン、イ・テグォンのために、本人が直接作詞・作曲した曲をプレゼントした。2011年5月当時、キム・テウォンはペク・チョンガンに「別れが星になるようで」、イ・テグォンには「白黒写真」という名曲をプレゼントして立派な舞台をリリースした。

・一方、ペ・スジョン、ク・チャミョンのTOP2待望のグランドファイナルは、(本日)3月30日生放送される。 午後9時55分放送。

スターダスト

スターダストを漢字に表せば「星屑」だけど、どこか幻想的です。宇宙の彼方に浮かぶ無数の小さな星々。太陽のエネルギーに煽られて尻尾のようにガスや塵を噴出する彗星。地表の大気に高熱に裂かれながら突入する隕石。それとも、地球にようやく帰還してカプセルを無事分離した後、わが身をきらめく光に化身した「はやぶさ」の姿でしょうか。

スターダストは、自分の存在を光にして見せます。宇宙を漂う物質から生まれた僕たちの、初源の意識が想起させるからでしょうか、その光に再生を感じるのです。スターダストがその役割を終えて、光絶えたとしても、たとえ無に還ったとしても、宇宙の揺らぎに目覚め、やがて再生することを希求するのです。

ナット・キング・コール(Nat King Cole)が歌う「スターダスト(Stardust)」 の旋律は、真空で無音の暗闇の世界にも美しく響くことでしょう。

(Youtubeに登録のcto10121に感謝)

(本ブログ:"レイジー・リバー"、"ナット・キング・コール")

2012年3月29日木曜日

「偉大なる誕生2」を襲った雨風のその後

MBCニュースの記事「イ・ソンヒ側 『イ・スンファン、メンターとファンの皆さん方に』 ...謝罪」(3/28)によれば、「偉大なる誕生2」を襲った雨風はどうやら沈静に向いたようで、新しい展開を次のように報じている。
(ソウル=ニューシス)

・MBC TV「スターオーディション-偉大なる誕生2」にメンターとして出演中の歌手イ・ソンヒ(48)とイ・スンファン(47)の(間に投じられた)葛藤が結末を迎える見通しだ。

・イ・ソンヒの(所属する)マネジメント社「フックエンターテインメント」のクォン・ジンヨン代表は、28日新しく作ったTwitterのアカウントで、「去る23日、(わたし)個人のSNSを通じて熟考が足りぬままの表現でイ・スンファン、メンター各位とファンの皆さん方に心配をおかけして、不快にしました点を深く謝罪申しあげる」と書いた。

・「今回のことで、私の軽率さと愚さに対する反省と自責をずっと抱き続けて行く」として、「このことで、これ以上番組とその関係者の方々に迷惑をかけないことを切に望む」と残した。

・合わせて「去る8ヶ月の間激しかったが、美しい競争を繰り広げてきたメンティーたちと彼らを導いてくれたメンターの方々と、そして制作スタッフにも心より申し訳ない気持ちを伝える」と付け加えた。

・さかのぼって、クォン代表は23日「偉大なる誕生2」の放送が終わった後、自身のTwitterに、「イ・ソンヒ女史のメンティーたちを減らすためのイ・スンファン歌手の8.7という点数破壊だ、本当に!本人はすごく恥をかいて照れるのだろうか? 我慢の限界だ」などの文を残して、「イ・スンファン diss」論議を触発した。言い争いが起きるとすぐにTwitterのアカウントを削除したが、すでにリツイート文が広がり波紋が大きくなった。

・すると、イ・スンファンのマネジメント社ドリームファクトリーは、27日公的にクォン代表の謝罪を要求してきた。「クォン代表のSNSを通したとんでもない公的誹謗で大きな傷を負ったイ・スンファン氏と彼のファンたち、尊重されて信頼を受けなければならないメンターの点数を、否定することによって権威を失墜させた点、全情熱を傾けた制作スタッフ、他のメンーの方々など複合的対象に対して公的な謝罪が必要だ」と声を高めた。

・一方、「偉大なる誕生2」は、30日ク・チャミョン(22)とペ・スジョン(26)が正面対立するファイナル舞台を送りだす。二人は皆イ・ソンヒのメンティーだ。


(付記)
アーティストが連綿と作りあげてきた世界に尊敬の念を持って、ステークホルダーは言葉を慎重に選択するだろう。これから輝き増す才能ある若者たちが安心して羽ばたける基盤(インフラ)を作ってこそ、マネジメントの役割があり、そこにファン以上に重要な存在意義があるのでしょう。

2012年3月28日水曜日

「偉大なる誕生2」に降る雨

アジア経済の記事「イ・スンファン、イ・ソンヒの所属会社代表に公式謝罪要求」(3/27)は、突然の雨風に関係者が心痛めるであろうことが容易に想像できる。
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イ・スンファン(이승환)、MBC「偉大なる誕生2」に一緒に(メンターとして)出演中であるイ・ソンヒの所属会社代表に公式謝罪要求。
イ・スンファンの所属会社ドリーム・ファクトリーは、27日公式ホームページを通じて、「フック エンターテインメントの代表理事クォン・ジンヨン(권진영)氏のSNSを通したとんでもない公の誹謗により、大きな傷を負った所属アーティストのイ・スンファン氏と彼のファンたち、(および)尊重され信頼を受けなければならないメンターの点数を、否定することによって権威を失墜させたと、『偉大なる誕生2』に情熱と誠意すべてもって臨む制作スタッフと他のメンターの方々の複合的対象に対し公的謝罪が必要だと考える立場であり、これにともなうクォン氏の公的謝罪を促す」と明らかにした。
これは、クォン代表が去る23日自身のツイッターに、イ・スンファンがイ・ソンヒのメンティーたちにわざわざ低い点数を与えたという旨の非難文を載せたことに対しての反応で、以後論議が起きるとすぐにクォン代表はツイッターのアカウントを削除した。

ホームページ
産苦に苦しめられる偉大なる誕生
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この記事の最後に記されたコメントは象徴的だ。偉大なる歌手の大義の歌を借りて、雨降って土固まることを願うしかない。
チョー・ヨンピルの「ソウル1987年」に耳を傾けよう。

(Youtubeに登録のnishinagoに感謝)

2012年3月27日火曜日

ヤマビルのこと

朝鮮日報の記事に「吸血ヤマビル、韓国国内で初めて確認」(3/27)と、次のように報じている。

登山客の足に吸い付いたヤマビル。
/写真提供=国立生物資源館
発見場所は、珍島の西南西9.5Kmほど沖合いにある、全羅南道新安郡可居島の犢實山(トゥクシル山、海抜639m)中だそうだ。
(KONEST韓国地図 感謝)

・「トゥクシルヤマヒル」と命名されたこのヤマビルは、円筒形の体を持ち、体長は約3cm。現在までに韓国国内で発見された16種類のヒルは、いずれも水中に住んでいるが、トゥクシルヤマヒルは地上にだけ生息する

・専門家らは、東南アジアや日本の内陸地方に広範囲に分布していたこのヒルが、このところの気候の変化で温度が上昇したのに伴い、韓国国内に流入したものとみている。ソ・ホンリョル研究官は「韓国国内の生息範囲も、温度が相対的に高い地方を中心に徐々に拡大する可能性がある」と語った。

そうだったのか、韓国にヤマビルがいなかったことを初めて知った。

ヤマビルは、その姿や動作が見るからに気味悪く、知らずに血を吸って身を丸く太らせる。この悪びれない態度が気に入らない。彼らのいる山道は、長靴がよいとのこと、ズボンもしっかり絞って防御しても、それでも進入してくる。シャツの襟ボタンをしめて、タオルで首筋をしっかり覆っても入ってくる。やられたら、広い砂利道でパンツ一つになって全身を確認するしかない・・・おじさんだから互いにできることだが。それでも、家に帰って、ふくらはぎに張り付いている奴(ヒル)を見つけたことがある。
ヤマビルは、本当に迷惑な存在だ。

(本ブログ関連:"天上沢鉱山"、"野州鉱山"、"天上沢鉱山 2010年")

「偉大なる誕生2」さまざま

イ・ソンヒがメンター(指導者)として参加するMBC「偉大なる誕生2」について、さまざまな話題がある。

ひとつは、イ・ソンヒが所属するフックエンターテインメントの代表が、同番組でイ・ソンヒが指導しているメンティーたちに、他のメンターが低い評価を与えたと、Twitter上で批評したとか・・・そんなことが。

ふたつめは、同番組を放送するMBCがストライキ中のため、30日予定の決勝戦の放送が危ぶまれている問題だ。こちらの方は、スターニュースの記事「"偉誕(ウィタン)2" 決勝戦危うい(ウィテ)? "通常の放送問題ない"」(3/26)が、次のように報じている。
・26日、MBC芸能局関係者によれば、ストライキに参加しているPDたちの代りに演出に参加した芸能局職務部長たちが異動で辞任したが、「偉大なる誕生2」の演出は継続することにした。職務辞任の意思を明らかにしたある芸能局幹部は「平PDに戻って番組製作するという立場を打ち明けた」と伝えた。
・これに伴い、来る30日には「偉大なる誕生2」の決勝戦が予定通りに行われる。現在、イ・ソンヒの二人の(教えを受けている)メンティーであるク・チャミョンとペ・スジョンが決勝に上がる最後の舞台を控えている。サッカー選手出身のク・チャミョンと英国から来た羨望の娘(엄친딸)であるペ・スジョンは、序盤から優れた舞台を繰り広げて期待を一身に受けた主人公だ。

2012年3月26日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 安香連

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/21)に、人物シリーズ20回目として「1970年代にパンソリ界で多くの人気を集め(確かな実力と美貌を備えた)パンソリ歌手、安香連(안향연、1944年-1981年)」を紹介した。

(ところで、KBS WORLD日本語放送のために常に工夫されている解説者の岸さんは、14日の同局「玄界灘立つ虹」にピンチヒッターとして出演し・・・中枝さんのリードで山野内さんの代役の任を無事果たした。「」の話は美味そうだった!)

まず「美人薄命」の語義について、次のように始まった。
・日本語の「美人薄命」の漢字にあたる「미인박명」が韓国語に在る。人間が得られる福は一定なため、美しさに多くの福が費やされると、他に使われる福が相対的に減ると考えられてきた。
・安香連は、美人薄命に例えて、1970年代に絶大な人気を得てテレビや舞台、レコードなどで華やかに活躍したが、1981年その短い人生を終えた。

▼安香連の歌による、パンソリ「興甫歌(흥보가)」の中から「トスンチプトチャバジュヌン題目(도승이 집터 잡아 주는 대목)」を聴く。解説に無理のない発声・唱法とのこと・・・でも、結構パワフルでヘビィな・・・。
(参考)Youtube登録の「안숙선 - 흥보가 3.mov」(歌詞付き解説、hyoukranに感謝)

次のように安香連プロフィールが紹介された。
・1944年 全羅南道光山に誕生する。
・本「人物シリーズ」第一回で紹介のパンソリ名人(名唱(명창))、金素姫(김소희)の弟子となる。
・1981年 トップスターの注目の中、若くして自ら人生を終える。

▼安香連の歌による、「沈清歌(심청가)」の中から「泛(汎)彼中流(범피중류)」(歌詞:운림's Blogに感謝)を聴く。漢詩を駆使して・・・むごい展開の始まりに・・・朗々と歌う。

▼安香連他による、「珍島アリラン」を聴く。やっぱり、こっちの方がいいな。大地から湧くような自然なリズムが心地よいよ。

2012年3月25日日曜日

忘れられた季節

韓国のテレビドラマで、朝の混んだバスの中に、ある曲が流れた。イ・ヨン(이용)の「忘れられた季節(잊혀진 계절)」(1982年)である。乗客の二人の女子高生が、(運転手の)おじさんはこの曲が好きなんだねと、くすっと笑う場面があった。このバラード、今どきの彼女たちだって一度聴くと耳に残っているのだろう。

イ・ソンヒが1984年に登場したとき同じく、一部の歌手たちに共通した髪型、眼鏡のスタイルがあった。MBC歌手王に輝いたイ・ヨンもそうだった。

(Youtubeに登録のchfhrskfkに感謝)

(本ブログ参照:"スタイル"、"7080世代の好きな曲")

2012年3月24日土曜日

イ・ソンヒの「私は恋に落ちました」を歌うク・チャミョン

インクルート掲載の記事「『偉大なる誕生2』 ク・チャミョン、メンターのイ・ソンヒの曲『私は恋に落ちました』を熱唱」(3/23)は、MBC同番組でTOP3に残った中で唯一男性のク・チャミョンが、メンター(指導者)であるイ・ソンヒの最初(1985年)のアルバム所収曲「私は恋に落ちました(나는 사랑에 빠졌어요)」を歌ったと次のように報じている。
[毎経ドットコム  チェ・ギョンヒ記者]



・「偉誕2(偉大なる誕生2)」の有力優勝候補に選ばれたク・チャミョンが、愛に陥った男に変身して熱情的な舞台を繰り広げた。

・23日放送されたMBC「偉大なる誕生2」の七回目の生放送舞台でTOP3(ク・チャミョン、ペ・スジョン、チョン・ウンジン)は、「私の英雄(My hero)」というテーマで、心の中での英雄と関連した歌に挑戦した。

・この日、メンターのイ・ソンヒの歌「私は恋に落ちました」を選曲したク・チャミョンは、「イ・ソンヒ先生は私の救世主だ。先生が教えた全てのものを込めてこの歌を捧げ(ました)」といって、イ・ソンヒに対する無限の愛を表わした。

・すっきりしたブラック・スーツ姿で舞台に上がったク・チャミョンは、パワフルながらも甘美な声に優れた歌唱力を誇示した。彼は、多少緊張した姿を見せてすぐ自信あふれる姿で熱唱した。

・舞台から降りたク・チャミョンは、「イ・ソンヒ先生は、喉がかれるくらいに教えてくださる。先生の歌をこの日歌うことができて胸が詰まった」という所感を伝えた。

・ク・チャミョンの舞台に、審査委員ユン・イルサンは、「感情表出に努力をたくさんしたのが見えた。だが、最後まで音程が不安で少し減点された」と評して、9.1点を与えた。

・パク・チョンヒョンとイ・スンファンもまた、同じように「今日の舞台は残念なことに音程と呼吸が初めから最後まで不安だった」、「悲壮な感じで、初めから最後まで感動を与えるには不十分ではないかと思う」という惜しい評と共に、8.8点、8.7点をくだした。

・ユン・サンは、「メンターに対して感謝するということが盛られた選曲だった。歌詞伝達で思いがぎこちなかった。だが、眼差し(アイ・コンタクト)だけはメンターと同じ交感をしたようで温みを感じた」という評で、9.0の点数を与えた。

・メンターのイ・ソンヒは、「易しくない歌をしっかり歌ってくれた。今日の舞台は緊張するだろう。その感じを沈着に静めて、没頭して有難かった」と暖かい笑顔を見せた。

・これまでク・チャミョンは、二度のゴールデン・チケットの主人公に選ばれて、有力な優勝候補に注目されてきた。

(Youtubeに登録のangelofpuri、KnightmareSMに感謝)

<コンサート7080>デジタル音源発売

UP(ユニオンプレス)ニュースの記事「イ・ソンヒ、チョー・ヨンピル、ソン・チャンシク... <コンサート7080>デジタル音源で帰ってくる!」(3/22)は、イ・ソンヒの歌を含めて<コンサート7080>のデジタル音源が23日発売されると、次のように報じている。
[ユニオンプレス=キム・ヒス インターン記者]

・思い出と郷愁がいっぱいの元祖青春の感性が音楽に乗って<コンサート7080>デジタル音源で帰ってきた。

・最近、様々な音楽番組で、70、80年代の名曲のリメイクがブームの中で、KBS 1TV<コンサート7080>のデジタル音源が、23日(金)に発売される。

・今回お目見えするデジタル音源は、イ・ソンヒの「Jへ」、チョー・ヨンピルの「キリマンジャロの豹(ひょう)」、ソン・チャンシクの「日(푸르른 날)」、ノ・サヨンの「出会い」など全38曲余りで、70、80年代の名曲を中心に厳選された。

・特に今回の<コンサート7080>に収録された名曲は、KBS 2TV<不朽の名曲50選>を使用して10、20代にも人気を得たので、中・壮年層だけでなく、若い世代の共感も形成することができることに意義がある。

・中・壮年層には思い出と郷愁を、若い世代には濃い青春の感性を伝える<コンサート7080>は、さまざまなオンライン音楽サイトとCDショップで会うことができる。

・一方、KBS 1TV<コンサート7080>は、70、80年代の名曲を中心に始め、現在ではソン・シギョン、ホガクなど、さまざまな世代が好むジャンルの音楽まで広がり、視聴者の安定した愛を受けている。

2012年3月23日金曜日

音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩

国際新聞の記事「音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩<49>"メンター" イ・ソンヒ」(3/20)は、サブタイトルに「30年間ひたむきに座を守った彼女に敬意を」として、MBCのオーディション番組「偉大なる誕生2」に参加しているイ・ソンヒを、音楽評論家カンホン(강헌)が次のように評している。感謝。

・MBCのオーディション番組「偉大なる誕生2」がいよいよトップ3に絞られた。生存者はペ・スジョン(배수정、女性)、ク・チャミョン(구자명、男性)、そしてチョン・ウンジン(전은진、女性)で、女性が二人だ。

・今までのオーディション番組で、女性はただ一人も優勝できなかった。二人の女性候補中、ペ・スジョンが半歩ほど有力に見えるが、初めての女性優勝者を出すためには二人とも、ク・チャミョンという強力なパワーボーカルの壁を越えなければならない。

・三人とも個性的なボーカルの突出した美しさを持っている点が興味深い。今シーズンの「偉大なる誕生」は、ボーカルの真剣勝負のような感じを与える。考えてみれば、大衆音楽の核心こそボーカルではないだろうか。

・人間が作ったすべての楽器は、人間の声を指向する。舞台の中心に人間の声が位置しているのは決して偶然でない。自分の声を持つことができなければ、偉大な音楽家になることができてもスターにはならない。大衆音楽史は魅力的なボーカリストの歴史なのだ。

・もちろん、立派な声の資質だけでは、優れたボーカリストになれない。自身のボーカルを極大化できる曲を作ることができるとか、そんな作曲家をパートナーとすることができる幸運がなければならない。何よりも、骨を削る継続的な訓練が伴わなければならない。そして、素晴らしい資質を土台に多様な表現を駆使できる能力を揃えなければ生命力を保存しにくい。それにもかかわらず、私たちが最も普遍的に容易に魅了されるボーカルは、やはり「熱唱派」と称する激情的なボーカル(歌手)たちだ。

・この熱唱派の頂点には、1980年代韓国大衆音楽史を支配して、まだ相変らず堂々と王座の栄誉を守っているチョー・ヨンピルとイ・ソンヒが位置している。「国民歌手」あるいは「歌王」と遇されるチョー・ヨンピルだからこそとしても、相対的に生命が短い女性音楽家たちの限界を考えると、イ・ソンヒが30年近く自身の座を守っていることに対して、脱帽して敬意を表わしても決して過言ではないと考える。 

・1980年代に、主にTVを中心に活躍したイ・ソンヒの場合、「ミス・ダイナマイト」(?)という愛称を持った米国の女性ロッカーのパット・ベネター(Pat Benatar、1953年~)に決して引けを取らないパワーを誇り、10代の少年だけでなく少女ファンたちの視線を集結させた。彼女は、「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」や「いつもあなたを(나 항상 그대를)」のようなヒットナンバーでも分かるように、パワーの裏に隠れた繊細な感受性を表現している途方もない威力を発揮した。それが、当時のハイ・ティーンには、これ以上望むことがない贈り物だったわけだ。不惑の峠を越えても、イ・ソンヒは2005年の意欲的なアルバム「因縁(인연)」(13集所収)が見せたように、昨日の力に人生の「五欲七情(오욕칠정:人間本来持つ情と欲)」を包摂する円熟味まで加え、第2の全盛期を開く万全の体制を整えた。

・まさにこのイ・ソンヒがメンター(指導者)制を採用している「偉大なる誕生2」で、トップ3中の二人、ペ・スジョンとク・チャミョンのメンターであるという事実は真に興味深い。もし、今週に広がるトップ3のバトルで、チョン・ウジンが脱落するならば(この間の点数を見るならばとても有力な状況だ)、メンターの二人の弟子が優勝を決める珍しい風景を私たちは視聴することになるだろう。 

・偉大なボーカリストたちはいつも、既存の芸術史を形成してきた多くの境界のスケールを革新的に越えてきた。そして私たちは、その中で人生の驚異と癒しを与えられる。

2012年3月22日木曜日

シェルブールの雨傘

今日から旧暦の弥生3月が始まる。昼と朝夜の気温の差が激しくて、穏やかな春を感じるに至っていない。幸い天気は良いようだ。

親類から借りていた「シェルブールの雨傘Les Parapluies de Cherbourg)」(1964年)を観賞する。デジタルリマスター版の綺麗な画質だ。フランス版ミュージカル(音楽:ミシェル・ルグラン)で、流れるような歌い方に耳が自然になじむ。そして、とても女性的な映画である。

ちなみに、この映画が公開された1964年は、イ・ソンヒの誕生した年でもある。

場面を見ながら ト書き風に以下に記してみた。無粋な感想はひかえるが、堅実に生きてきたマドレーヌのギイに対する想いが好きだな。そして、最後のギイの振る舞いはよかった。守るべき家族があるのは幸せなことだ。

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(出発)
1957年11月
母親の傘店を手伝う娘ジュヌヴィエーブ16歳
自動車修理工場で働く青年ギイ20歳
黒服の若い宝石商カサールは、傘店の経営の苦境を知り支援を申し出る
2年間という兵役の召集令状を受けたギイ、戸惑うジュヌヴィエーブ
[ここで二人は、この映画を代表する歌を歌う]
そしてシェルブール駅でのギイとの別れ

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(不在)
1958年1月
ギイの子を妊娠したと母に告げる
宝石商カサールを自宅に招く
カサールは母親に、ジュヌヴィエーブとの結婚の意志を告げる

1958年2月
戦地から愛を確かめるギイの手紙が届く
カサールへ手紙を書くジュヌヴィエーブ・・・

1958年3月
カーニバル
お腹が大きくなるジュヌヴィエーブ、孫を想像する母親
カサールから絵葉書が届いたと伝える母親

1958年4月
カサールから贈られた指輪を渡す母親
ジュヌヴィエーブと港を散策して、子どもを僕らの子にしようと申し出るカサール

そして、カサールとジュヌヴィエーブの結婚式

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(帰還)
1959年3月
雨のシェルルブール駅を降りたギイは、持ち主のかわってしまった傘店を覗く
ギイは、育てのおばから、ジュヌヴィエーブは結婚式の晩に出発したと事情を聞く
寝たきりのおばを看病してくれているマドレーヌとギイは再会する

1959年4月
荒んだギイは、復職した自動車修理工場をケンカしてやめて街をさまよう
その晩に、おばが亡くなったことを、翌日マドレーヌから知らされる
一人残されたギイは、去ろうとするマドレーヌの存在の大きさに気づく
マドレーヌは、ジュヌヴィエーブへの想いを引きずり労働の意欲を失ったギイをたしなめる
ギイは、マドレーヌの出立を引き止める

1959年6月
現実に戻ったギイは、おばの遺産を元手に、念願のガソリンスタンドを手に入れる
そして、ギイは正式にマドレーヌに求婚する
それでも、ギイの心にジュヌヴィエーブの姿がないか不安がるマドレーヌ

1963年12月
ガソリンスタンドにクリスマスの飾り付けをするギイとマドレーヌ
そのそばに、太鼓を打って遊ぶ小さな男の子フランソワ
クリスマスのおもちゃをせがんだフランソワと、マドレーヌは一緒に雪の中を出かける

直後、一台の車がガソリンスタンドに給油に寄る
車には、ジュヌヴィエーブと娘フランソワーズが乗っている
ギイは、給油中、ジュヌヴィエーブをオフィスに招き入れる
母を亡くし、シェルブールに結婚以来初めて戻ったというジュヌヴィエーブ
車中に待つ娘に会うかと問われたギイは、それを断り、早く立ち去るよう促す
別れに、「あなた 幸せ?」と問うジュヌヴィエーブに、ギイは「ああ、幸せだよ」と応える
車が去った後に、戻ってきた母子を迎えるギイ、じゃれて雪の上で戯れるフランソワ
夜のガソリンスタンドの上に雪が静かに降りつづく


(Youtubeに登録のRicardo Leitnerに感謝)

2012年3月21日水曜日

春一番ならず

asahi.comの記事「春一番、関東で12年ぶり吹かず 近畿や東海でもなし」(3月20日23時58分)によれば、東京の今年の春に、春一番の条件を満たす風がなかったと、次のように記している。

・関東地方では、立春から春分までの間に、気象庁が設けた条件を満たす南風が記録されなかったため、2000年以来、12年ぶりに春一番は吹かずじまいとなった。
・気象庁によると、関東地方の春一番は、立春から春分までの期間に
(1)日本海に低気圧があり
(2)そこに向けて、強い南風(目安は風速8.0メートル以上)が吹き
(3)前日より気温が上がる
という条件を満たす必要がある。

この時期、北風のイメージは後ろから背を押すように吹く冷たい冬風だし、南風は顔面を覆うように暖かく吹きつける、さしずめ春一番だろうけれど。今年は、花も風も本格的に春を連れて来るのが遅い。

ところで、イ・ソンヒの「風の中で(바람 속에서)」に吹く風は、いつ頃の風か。アルバム2集「秋の風(갈바람)」(1985年、歌詞)に所収から、秋頃なのだろうけれど・・・それにしても、彼女の初期の作品は、詞とは裏腹にどうしてこうも元気なんだろう。まるで春の頃の風のようだ。

(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

(付記)
いまだ咳き込みがおさままらず、今月の健康体操教室(水曜日)は、全てお休みだ。

2012年3月20日火曜日

春分の日2012

今日は、春分の日、祝日である。二十四節気の四番目の春分だ。昼夜の長さが同じといわれるが、Wikipediaによれば、大気の屈折、太陽の視角、視差、そして春分のタイミングなどにより、「平均すれば昼が夜よりも約14分長い」そうだ。でも意識したことはないけれど。

今朝は、寒気が南下したため、昨日と比べてぐっと冷え込んだ。それが、日中は+8℃近くアップするというが、未だ寒い・・・春なのに寒気に振り回されている。
通り道に面して他家の庭先に、枝に花を飾る梅を見るにつけ、小金井公園に観梅したく思いながら、まだ訪れていないのが残念だ。
(本ブログ関連:"春分の日")

それにしても、先月から続く咳がおさまならい。
昨晩、鉱物採集のお誘いをいただいたが、体調が完全でないので、来月には是非とも同行させていただければと思っている。

2012年3月19日月曜日

もっと暖かさを

今朝は、少し風が強いものの、久し振りに陽射しを感じて穏やかな気分になる。冬の雨も寒さも苦手である。早く、本格的な春よ来い。

そういえば、イ・ソンヒの中学生時代につけられたあだ名がサニーだった。元気一杯で、陽が射すようにまわりを明るくさせたのだろう。なにしろサニーと名づけたのが教師なのだから間違いない。それに、女子サッカー選手のように、陽に焼けていたのかもしれないな。

(本ブログ関連;"サニー")

イ・ソンヒが中学生時代のころ、ドイツに集結した多国籍メンバーによるボニーM(Boney M)の「サニーSunny)」(1976年)が流行った。この曲のような軽快な面が、彼女にあったのだろう。昔聞いたイメージでは、もっとシャウトがきいていたような気がしたが、今Youtubeをのぞいてみれば、何とメロディックなこと。

(Youtubeに登録のss228comに感謝)

2012年3月18日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 申快童

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/14)に、人物シリーズ19回目として「幼い頃から風流音楽に親しんだという、(弦楽器コムンゴによる)コムンゴ散調(거문고산조)の大家、申快童(신쾌동:1910年~1977年)」を紹介した。

弦楽器コムンゴ(거문고)について、次のような紹介から始まった。
・(風流を楽しむ)ソンビたちに好まれ、長さ約1m50cm程で、細く短いバチを使い演奏する弦楽器。
・楽器胴体上に「クェ(괘)」といわれる木の板(フレット(fret))が取り付けられているのが特徴。

(参考)
イ・ソンヒが奏する「下絃還入コムンゴ」がYoutubeにある。(若き奏者は、歌手のイ・ソンヒではありません)
(Youtubeに登録のkoartny80に感謝)

申快童の演奏で、コムンゴによる散調の中からチュンジュンモリ(중중모리)」を聴く。弦の一連の、高音の速い奏でから低音に締めくくられる繰り返しに、リズムだけが次第に残る。

ここで、散調(サンジョ:산조)について復習があった。
・庶民の音楽である。
・テンポが、チニャンジョ<チュンモリ<チュンジュンモリ<チャジンモリ、とアップする。
・オンモリ、クッコリ、フィモリなどの、リズムの長短(チャンダン:장단)を加えることがある。

何々流という流派の考え方から、音楽作品について次のような興味深い話が語られた。
・散調は、そのメロディーを誰が作り出したのかによって、何々流という風に作曲家の名前が入る。
・西洋音楽は、作曲家がいて著作権が発生するため、他人がそのメロディーを無断使用できない。
・日本の場合も、伝統音楽は師匠の流派をそのまま受継ぎ、その形を守ることを目標とする。
・(韓国の)国楽の場合は、師匠のメロディーを基本としつつ、自らの新しい音楽観を具現することがその師匠の名を引き立たせることになる、と考えられる。

この辺りから芸術作品に対する、個別化と総合化のとらえ方の相違が見えるような気がする。

申快童の演奏と歌による、コムンゴ並唱(병창:弾き語り)で「八道遊覽歌(팔도 유람가)」を聴く。風流を解して、名所図会、はたまた三十六景・・・を眺めるごとくだろうか。

申快童の演奏による、「農夫歌(농부가*)」を聴く。風景画のように、遠くに農夫の動きを視るような印象がする・・・どうなのだろうか。
(*)Naver百科事典より

申快童プロフィール
・1910年 全羅北道 益山に生まれる。
・白樂俊(백낙준)からコムンゴ散調を学び高弟となる。
・1938年 朝鮮声楽研究会で弟子を教える。
・1977年 没す。

2012年3月17日土曜日

イ・ソンヒ&ペ・スジョン&ク・チャミョン 偉誕2

イ・ソンヒに見い出されることは、歌の才能を秘めた原石であるわけだが、(チョ・ジョンリンのケースもあるが)イ・スンギのように成功をおさめることになる。

イ・ソンヒがメンター(指導者・師匠)として登場するMBCのオーディション番組「偉大なる誕生2」(="偉誕2")で、メンティー(受講者・弟子)たちと一緒に、その成果を誇るように「いつもあなたを(나 항상 그대를)」を歌う場面がYoutubeに登録されている。
(Youtubeに登録のherrcoolguyに感謝)

STOO.COMの記事「"偉誕2"のイ・ソンヒ、弟子たちと"幻想的"な合同公演.."自然に拍手が"」(3/16)に、その様子を報じている。
・16日午後放送されたMBC「スターオーディション-"偉大なる誕生2"」で、「視聴者推薦曲に挑戦しよう」というミッションを消化するTOP 4の姿が電波に乗った。
・(「メンターとのスペシャル公演Ⅱ」で)イ・ソンヒの「いつもあなたを」を選曲した三人(イ・ソンヒ、ペ・スジョン、ク・チャミョン )は、幻想的なハーモニーを披露し、観客たちの拍手を浴びた。

というわけで、とても洒落たステージだった。なにより、ペ・スジョン、ク・チャミョンの洗練された歌唱を見上げる小柄なイ・ソンヒの眼差しは暖かく優しかった。そう、イ・スンギと「Jへ」をデュエットした場面を思い出す。
途中から、彼らをさらに磨き上げるように一緒に歌を楽しむ姿に感動した。彼女は素晴らしい原石を見出した。そして、ペ・スジョン、ク・チャミョンは、素晴らしい幸運に巡り合った。

(付記)
昨日の韓国語教室で、講師がお持ちのスマートフォンは、日本語、韓国語、英語モードに対応させていて、MBC番組もアプリ購入で見られるそうだ。・・・これにも驚いたけど。

2012年3月16日金曜日

(資料)40代の変化-2

朝鮮日報のchosun Onlineのコラム「『40代になったら保守的に』は昔の話?」(3/14)は、韓国40代の従来の保守化傾向から「20-30代と同調化、進歩化」について、季刊学術誌「時代精神」(春号)より、次のように報告している。
[全炳根(チョン・ビョングン)記者]

・40代は20-30代と共に「進歩」の声を上げた。これらの世代は、全て合わせると有権者の5分の3を超える。

・尹平重(ユン・ピョンジュン)韓神大学教授は、「わずか十数年前まで、韓国政治の形を決定付ける主な要因は“地域”だったが、最近は世代問題が急浮上している。
20-30代が進歩、
50-60代が保守に傾いている中、
40代は今年の選挙で“中心世代”として機能するだろう」との見解を示した。

・朴載昌(パク・ジェチャン)淑明女子大教授は、「今の
40代は、既存の秩序に対する抵抗と断絶を通じてアイデンティティーを模索する“怒りの時代”を生きてきた。これに対し
20-30代は、理念的な枠組みや外部の抑圧、秩序に拘束されず、自分だけの道徳的感情を噴出させることをためらわない世代。
50-60代が、産業化の時代に雇用と成長が同時進行するという恩恵を享受して生きてきたとするなら、
20-40代は、情報化・グローバル化時代を迎えて、成長と雇用の伸びが比例しないという社会の苦痛を共有し、連帯するようになった」と分析している。

(注)
昨年10月26日のソウル市長選挙で、結果に大きな影響を与えた40代の投票傾向は従来と異なるものだそうだ。その理由について、現象的に彼らがデジタル世代であることが強調されたが、当然分析は精神史や生活実感等々の多面に渡るわけで・・・。

(本ブログ関連:"(資料)ソウル市長選挙に見る世代別背景"、"(資料)40代の変化"、"40代")

2012年3月15日木曜日

春、あなたの香り

イ・ソンヒの曲に、春を場面に、季節の移ろいと相手への想いを重ねて歌うものがあるが、春そのものを歌うものはどうだろうか・・・。
アルバム14集「愛よ...(사랑아...)」(歌詞)所収の最初の曲「あなたの香り(그대 향기)」は、春の陽射しのなかで伸びやかに、春の風に想いをこめた、暖かく淡い夢と期待を感じさせる。彼女の声は、未来を旅する少女のようだ。
そして、Youtubeに選ばれた彼女の清潔で上品な写真はいずれも素晴らしい。感謝。

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2012年3月14日水曜日

花粉症2012

昼間は落ち着いた咳も、夜になると止まらない。それでもここ二、三日、少し楽になってきている。
今日、隣り街にある地域医療支援病院で一週間ぶりの診察を受ける・・・今年の風邪はしつこい。診断結果は、咳は長引くが、順調に回復しているとのこと。次回診察は、4週後の来月11日になった。

次に、その足で確定申告に行く。明日が締め切り日のため、会場には駆けつけた人々(わたしもその一人だが)であふれていた。

更に足を返して、地元公園の健康運動センターに行く。参加している健康体操コースの継続手続きをするためだ。受付に、同コースのトレーナーの方もいらしたので、ここ数回の欠席を言い訳する。今月は無理だろうが、4月から心機一転頑張っていきたい。

ところで昨日あたりから、エアコンの吹き出す空気に違和感を感じる。埃っぽくて乾いたような臭気がすると思うや、やがて鼻水が出る・・・どうやら花粉症が始まったみたいだ。マスクをすると少し治まる。
風邪が治癒していないのに、花粉症だなんていい迷惑だ。外出にマスクは必須だ。

(本ブログ関連:"花粉症")

(付記)
21時05分頃、銚子沖(千葉県東方沖 (北緯35.8度、東経141.1度)で震源の深さは約10km)で地震の規模M6.1の地震発生。最大震度5強は、茨城県南部、千葉県北東部。当地の東京都多摩東部は、震度3とのこと。
実感は、震度3が長く続いた感じがする。なにしろ、SignalNowExpressサービスの速報がPCに表示されて3秒程度で揺れが始まった。直下地震だったら、このサービスを確認する間もなく家屋が大揺れすることだろう。震源が確実に迫ってきている・・・。

2012年3月13日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鄭旻娥

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/7)に、人物シリーズ18回目として「若者の街、弘大(ホンデ、홍대)で活躍する異色の国楽人(伽耶琴(カヤグム:가야금)奏者でシンガーソングライター)の鄭旻娥(チョン・ミナ、정민아:1979年~)」を紹介した。

ソウル北西に位置する弘大の街について、次のような紹介から始まった。
・芸術系大学の最高峰として有名な弘益大学校홍익대학교)を中心に広がった、アートな雰囲気が漂う街。
鄭旻娥は、若者の街である弘大で、韓国の伝統楽器の伽耶琴演奏に果敢に挑んだ

鄭旻娥による、「ミナタンゴ」の演奏を聴く。軽いタッチで伽耶琴の余韻を響かせる・・・楽しむ音楽だ。

次のように鄭旻娥プロフィールが紹介された。
・1979年 ソウルに生まれる。
・小学校1年生から4年生まで韓国舞踊を学ぶも足を痛め辞める。
・中学2年生のとき、家にあった伽椰琴で、町内教習所に通う。
・国費支援のある国立国楽高等学校を卒業し、漢陽大学の国楽科を経て、淑明女子大大学院に進学するが経済的面で断念。4年間のアルバイト生活のなか、インディーズ音楽への関心を持ち続けた。
・2004年 インディのライブクラブを中心に公演を行う。
・2005年 ミニアルバム「愛花」でデビューする。
・2007年 ジャズとクラシック音楽と流行歌と自作曲が一緒に盛られている正規1集「相思夢」を発表。

(参考)
TistoryのThe Story of ART掲載の「伽椰琴を演奏して歌を歌う鄭旻娥の3集アルバム「オアシス(Oasis)」」に感謝。

鄭旻娥の歌と演奏による「おむすび(주먹밥)」を聴く。・・・おにぎり作れば何かが変わるかもしれないと。ラテンののりで明るいな。

(参考)
eTorrentに掲載の「『国内推薦アルバム』モダン琴奏者の鄭旻娥 - おにぎり[歌謡]」に感謝。

鄭旻娥の演奏による「残像(잔상)」を聴く。ひとつの音楽と楽器が・・・誕生したようだ。

2012年3月12日月曜日

ミス・ハヴィシャム

Mnetのオーディション番組「Superstar K3」に登場した、9ヶ月のプレママであるチョン・ソンジンさんが歌う「ミス・ハヴィシャムのワルツ(하비샴의 왈츠)」は、古風な旋律のする曲だ。どこか、あがた森魚の「赤色エレジー」に通じる、とてもアナログな感触がする。

インターネットで調べてみると、この歌は、パク・チョンヒョン(박정현、Lena Park)の「ミス・ハヴィシャムのワルツ(Miss Havisham's Waltz)」(2005年)だ。
the Acroの「廣場」の自由掲示板によれば、この歌についてディケンズの小説「大いなる遺産」に登場する老婦人ミス・ハヴィシャムに題材を採っているという解説があった。
もちろん、この小説を読んだことはないけれど・・・。

ディケンズ・フェロウシップ日本支部のホームページに、「大いなる遺産」のミス・ハヴィシャムについて、次のように人物紹介している。感謝。
「なかば気の変な老婦人。満足荘(Satis House)で隠遁生活を送り、(略)。若いとき彼女は美人で、親の遺してくれた豊かな財産があった。(紳士の仮面をかぶった悪党)コンペイソンと婚約していたが、結婚式当日の朝、コンペイソンから婚約破棄の手紙を受け取り、以後頭がおかしくなった。その手紙の来た九時二十分前に家中の時計を止め、すべての窓を閉ざし、花嫁衣裳を着たままで暗い部屋に住んでいる。(略)」

ともあれ、チャレンジャーのチョン・ソンジンさんは、無事女の子を出産したことだろう。

(Youtubeに登録のMnet、yosh95wilde、LenaParkMusicに感謝)

2012年3月11日日曜日

国分寺の書店へ

国立劇場で催された、天皇、皇后両陛下ご出席の「東日本大震災1周年追悼式」の模様をテレビで見る。式場の黙祷に合わせて、地元の防災スピーカーからも同様の案内が流れた。

昼過ぎの暖かい陽射しを待って、国分寺駅ビルにある紀伊国屋書店に出かける。インターネットで知った韓国語参考書を探したが見つからなかった。探し物が見当たらないとき、いつもなら書店内をふらふら巡って、たとえ"積ん読"になったとしても面白そうな読み物を手にしたものだが、今回は違った。さっぱり興味がわかないのだ。

東日本大震災の経験は、自分にとって真に必要なものの選択を迫ったようだ。それは、財だけでなく智についても同様だ。無駄に生きることを反省しなくてはならない。生きることを許されたならば、それを充実しなければならない。

2012年3月10日土曜日

(資料)太古宗

イ・ソンヒの父親が、韓国(朝鮮)仏教太古宗태고종)*に所属していた(他のブログなどによる)ことを、このブログで何度か触れた。ただし、その確証となる記事はまだ得ていないが。
(*)イ・ソンヒは、自伝で、父親が所属した宗派を「一乗宗」としている。

(本ブログ関連:"太古宗"、”一乗宗”)
    
彼女の美しい声質が天性のものとしても、父親が関わったといわれる太古宗における仏教音楽の梵唄(범패)が、彼女の音楽環境の重要な要素だったと考えたい。彼女の清雅でエネルギッシュな伸びやかな高音と、宗教音楽の独特な長音に共通したものを感じる。
ちなみに太古宗の総本山である奉元寺봉원사)で、梵唄などを含めた霊山斎(영산재)の年間定期公演が、毎年6月第1週に開始される。

しばしば太古宗は、韓国仏教の最大宗派の曹渓宗조계종と比丘(出家僧)について対比される。父親の宗教活動は、彼女の子ども時代に生命観、友人関係、および転居など生活に大きな影響を与えたようだ。
韓国語の教室で聞いたが、イ・ソンヒはしばらくして父親についてようやく話題にしたそうだが、いつ頃のことだろうか。

(参考)「韓国寺院の盂蘭盆斎」(野村伸一
「一方、曹渓宗の僧侶たちは、音楽や歌舞、あるいは仏画の内容などには多くは無関心、冷淡で、そのようなことは仏教の本質とはかかわりのないことという反応がしばしばである。」

(本ブログ関連:"仏教") ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。

2012年3月9日金曜日

敬虔なる人

TED Talksに、ストーリーテリングの名手マルコム・グラッドウェル(Malcolm Gladwell)による「ノルデン爆撃照準器の奇妙な話」が登録されている。

日常敬虔なる人の、その仕事における倫理(行為)と技術(精度)の乖離を語っている。
正義をうたい正当化、いや合理化された、一人の技術者から生まれた贈り物は、物理学者たちが更にその姿を変えて強力にした。

(付録)
彼の「パスタソースと幸せ」も、思い込みを気付かせる興味深いお話だ。

2012年3月8日木曜日

イ・ソンヒの「因縁」

MBCの第280回「ミュージックキャンプ(음악캠프)」(2005年6月11日、汝矣島公園生放送)の野外ステージで、イ・ソンヒが、13集アルバム「四春期(사춘기)」所収の「因縁(인연)」を歌う映像がYoutubeに登録(MBCkpop)されている。

chosun.comの「女性朝鮮(여성조선)」(2008年2月18日)によれば、「2006年7月、所属事務所(フックエンターテインメント)に突然別れを通知し、米国に出国したイ・ソンヒは、同年11月に秘密裏に帰国して結婚し、またアメリカに行った。」

そして、2009年に正式に帰国後、14集アルバム「愛よ...(사랑아...)」をリリースし、ソウルを起点に全国コンサートを行なった。
これも、イ・ソンヒの因縁であり、絆である。

(本ブログ関連:"開かれた音楽会"、"イ・ソンヒの韓服写真"、"両親の日")
(本ブログ関連:"因縁" 絆、縁、인연) ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。

2012年3月7日水曜日

春よこい

暖かいとはこんなにありがたいことかと思わせる朝だった。考えてみれば、微妙な温度差の中で、寒いだの暑いだのいっているわけで、ちょっと春の兆しがあれば喜び、冬の寒さがつづけばがっかりする。
朝の廊下、朝の水道水・・・生垣の沈丁花、そして、通り道を遊び場に変える子供たちの声に、確かに春を感じる。

春よこい」(作詞: 相馬 御風、作曲:弘田 龍太郎、1923年(大正12年)作曲)はいいな。幼い子どもには、大人が感覚することでしか理解できない春を、まるで呼びかければ応えてくれる愛すべきもののように歌っている。子どもたちは、きっと春風ともおはなしができるのだろう。うらやましいものだ。

(Youtubeに登録の99970097に感謝)

2012年3月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴緑珠

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/27)に、人物シリーズ17回目として「現在のパンソリ(판소리)界の育ての親とも言える女性パンソリ歌手、朴緑珠(박록주、1905年2月28日~1979年5月26日)」紹介した。

朴緑珠の経歴から、妓生(きしょう、기생、キーセン)についての紹介から始まった。
・見目形の美しい花草(화초)妓生と、音楽や踊りに優れた芸事を披露する藝妓(예기)の2種類があった。朴緑珠は藝妓であった。
・小説家金裕貞の朴緑珠に対する逸話が紹介された。(何だかなあ、宮沢賢治のような、あるいは「伊豆の踊り子」のような・・・)

▼朴緑珠による、短歌(단가:短い歌)の「大觀江山(대관강산)」(風月江山の別名)を聴く。めりはりと鋭さがある。悠々自適に生きたいものである。

次のように朴緑珠プロフィールが紹介された。
・1905年 慶尚北道の善山郡に生まれる。
・朴基洪(박기홍)、金昌煥(김창환)の指導を受ける。
・女性国劇の発展に寄与し、パンソリの建て直しにつくした。
・1979年5月26日 没す。

▼朴緑珠による、パンソリ「興甫歌(흥보가)」から「燕路程記(제비노정기)」を聴く。とても通る洗練された声だ。

▼朴緑珠による、パンソリ「興甫歌(흥보가)」から「ノルボがひょうたんを割る題目(놀보 박타는 대목)」を聴く。(「舌切り雀」の爺さん=興甫フンボ、婆さん=ノルボの役回り)


(追記)
隣り街にある地域医療支援病院で診察を受けた後、久し振りに銀座に行く。リヤドロで「さわやかな少女」像をもとめる。髪を風になびかせながら、両手に花々を抱える幼い少女像である。
ところで、男の子向けTV番組「海賊戦隊ゴーカイジャー」は終了して、その後を「特命戦隊ゴーバスターズ」がつないでいるという。吉祥寺のヨドバシのおもちゃ売り場に探す。この種のものは、銀座のデパートは無縁のようだ。

2012年3月5日月曜日

啓蟄2012

昼過ぎまで冷たい雨降りの今日、二十四節気の三番目、「啓蟄」である。春を待ち続けた虫たちが穴から出てくる時期だ。ああ、暖かい春の陽が待ち遠しい。

でも、出てくるのは咳だけ・・・いつまでも。というわけで、強雨の午前中に通った医院で、地域医療支援病院を紹介されてしまったよ。しつこいねえ、風邪よ、いい加減にしなさい!

ところで、最近生放送のMBC「スターオーディション"偉大なる誕生2"」での、イ・ソンヒの発言について韓国のブログにいろいろ書かれていますが・・・。メンター(指導者、師匠)として、イ・スンギの<実績>があるのだから今更心配ありません。

(追記)
今日は、しみじみと、小田和正(オフコース)の「言葉にできない」(1982年2月1日)をYoutubeで聴こう。
(Youtubeに登録のkyk717に感謝)

2012年3月4日日曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

風邪もどうやら治まった。起きているときはそうでもないが、横になり咳き込むと止まらないのはいかなることか。

イ・ソンヒの「Jへ(J에게)」を聴いて、元気を取り戻したい。彼女の「"Jへ" 20周年記念コンサート」(世宗文化会館大劇場、2004年8月26日~28日)で歌われたものだ。始まりも「Jへ」で、そしてこれはアンコールに応えてのものだろうか。
感動的な場面である。



(Youtubeに幅広い登録のyokosuka30に感謝)

2012年3月3日土曜日

風邪5

風邪はようやく棲家を変えてくれ、まずは一段落したようだ。それでも、咳こみが多少残る。首筋、肩の筋肉痛も。
外出以前での状態で、家の中をフラフラしている。本当に今回の風邪には参った。

厚着して、エアコンの温風を浴び、炬燵で暖まったまま・・・うたた寝したこと3,4回。こんなところに原因があるのか。
明日から、少しずつ本格始動しよう。

2012年3月2日金曜日

風邪4

どうやら峠は越えたようだが、咳きは相変わらずおさまらない。こんなに風邪が長引くなんて、何年ぶりだ。
とりあえず、今日もこの2行記す。

2012年3月1日木曜日

風邪3

咳き込んで熱が出てフラフラする。完全に轟沈している。
とりあえず、今日はこの2行記した。