▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2014年11月18日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 清声濁声

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第80回として、国楽(伝統音楽)の音域を指す「清声濁声(청성탁성)」にまつわる話を紹介した。

始めに、国楽の音域、弦楽器「玄琴コムンゴ거문고)」と打弦の「匙(スルテ、술대)」について次のように紹介された。
・国楽の五つの音域で、中心となる音域を「中声(중성)」と言う。中声から1オクターブ高い音域を「清声(청성)」、1オクターブ低い音域を「濁声(탁성)」と言う。
・代表的な弦楽器「玄琴」は時々、打楽器ではと言われることもある。竹棒の「匙」で弦を叩いて演奏するためだ。弦を弾ませてきれいな音を出すのでなく、力いっぱい叩いて音を出すのが特徴。匙が弦を叩いて、筒の本体にぶつかる音も玄琴の音色を構成する。さらに、左手で弦をこすりつけて出すのもまた玄琴の音だ。バイオリンやハーフのような音色に慣れた人には、聞き慣れぬ音色かもしれないが、文化によってこのような違いもある。

▼ 玄琴散調から、国楽の拍子「チュンチュンモリ(중중모리)」を聴く。躍動感あって喜怒哀楽の部分に聞かれるとのこと。

次に、管楽器「大笒テグム대금)」の特徴であるリード部分の響きについて、次のよう解説された。
・「大笒」演奏の姿はフルートと似るが、その音色は全く違う。大笒の構造に、息を入れる吹き口の少し下方にもう一つ穴があって、<吹き口>と、音の高さを変えるためにおさえる<音孔>の間に位置し、これを「清孔(청공)」という。この清孔に、葦(あし)の茎内にある「ソクチョン(속청)」という白い薄膜(=リード)を張り付けて塞ぐ。息を吹くたびソクチョンに振動が伝わり、不思議な音がする。風になびく旗音に似た小さい音だ。フルートの音色に慣れた人には、練習不足で未熟な音に聞こえるかもしれないが、大笒演奏は、このソクチョンの見事な振動にかかっている。

▼ 振動の響きを重視した大笒演奏「清声曲(청성곡)」を聴く。この楽器は、音色も深く素晴らしいし演奏スタイルも格好いい。

最後に、白磁「月壺(달항아리)」の<破調>に似た造形から「奚琴ヘグム해금)」について、次のように説明された。
・月壺は、模様のない白磁の丸壺で、月のイメージから呼ばれた。しかし、完全な丸でなく、片方は丸く反対側はへこんだ形がほとんどだ。大きな月壺を作るとき、上下別々に作って貼り付けたため、窯の中で模様がつぶれたり、壺の形がへこんだ。丸い形を作れなかったのではない。優れた陶磁器は既によく知られていた。わざわざへこんだ形にしたのだ。
・中国の二胡に似た、二弦の擦弦楽器、「奚琴」にもそんな響きがあるようだ。

▼ 京畿民謡「臼引き打令(방아타령)」を奚琴演奏で聴く。中国風の響きがする。

2014年11月17日月曜日

イ・ソンヒの海外公演はあるか

イ・ソンヒは、昨日・一昨日の水原コンサートを終え、今年の全国ツアーを成功裡に終わらせた。にもかかわらず、ファンの要望は止まないようだ。スターニュースの記事「『27回、全回売り切れ』 イ・ソンヒ、海外・国内コンサート アンコールの要望殺到」(11/17、キル・ヘソン記者)によれば、アメリカ、オーストラリアの海外公演まで期待が高まっていると次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)”)

それなら、イ・ソンヒの日本公演はどうでしょうか・・・。コンサートが、2、3年に一回のペースなので、私としては旅の楽しみも含めて、ソウルでのコンサートの方がよいのだが。

(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」”)
------------------------------------------------
・「女性歌王」イ・ソンヒが、延々8ヶ月をかけた全国コンサート・ツアーを成功裡に終わらせた中、国内はもちろん海外までアンコール公演の要望が殺到している。

・イ・ソンヒは、去る15日と16日の二日間、各1回ずつ京畿水原市、水原室内体育館で歌手デビュー30周年、および今年3月正規(アルバム)15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念した、全国ツアーの最後の公演を持った。

・イ・ソンヒは先行のコンサートと同様、水原公演も二日合計6400席全てを完売させる底力を見せ、3時間の(コンサートの)間、ファンたちと泣いて笑って深くかかわった。特に、16日の公演にはトップスターでありフックエンターテインメントに共に所属する後輩のイ・ソジンとイ・スンギが直接現場を訪れ、イ・ソンヒはより一層の力を得た。

・水原公演を最後に、今年4月に始めた全国ツアーを全回売り切れのなか終わらせたイ・ソンヒに、現在、追加コンサートの要望も押し寄せている。

・フックエンターテインメント関係者は、17日のスターニュースに「全国ツアーを有する間にも、国内で公演した都市はもちろん、しなかった都市で年末コンサートなどアンコール公演を持つという提案を多数受けた」とし、「韓国を越えて、アメリカとオーストラリアなど海外でも単独コンサートをして欲しいという要望が殺到し、今も同じ」と伝えた。

・この関係者は、「3時間に渡ったイ・ソンヒの単独コンサートの最後はデビュー曲『Jへ』を観客と一緒に歌うもので、このように彼女の誠意のあるボーカルを感じることができて、老若男女の観客と息の合った公演なので、ありがたいことにアンコールの要望が多いようだ」と明らかにした。

・だが、イ・ソンヒが直ちにアンコール公演の要望に応じることは難しい見通しだ。

・この関係者は、「現在のイ・ソンヒは、最善を尽くして全国ツアーを終わらせた状態で、休息が必要な状況」としながら、「一定期間の休息後、自身に大きな愛を送ってくれたファンにより良い姿でごあいさつする予定」と伝えた。

・一方イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリ、および16~17日水原室内体育館など、全国13都市で合計27回にかけて全国ツアー公演を行った。

・イ・ソンヒは、13都市27回の公演を全て完売させ、合計7万余のファンと出会う大記録をたてた。

・「30年の女性歌王」 イ・ソンヒの底力を正しく知らせた全国ツアーであった。
------------------------------------------------

2014年11月16日日曜日

公園の秋

日向と日影の差に驚き、あるいは雲間に隠れた太陽を探して、暖かい陽のありがたさを思い知る。休日の昼過ぎ、近所の公園を久しぶり散策した。

(本ブログ関連:”公園1”、”公園2”、”公園3”)

木々は、すっかり葉を染め、また樹下に落ち葉を敷き詰めている。二十四節気の暦の上では冬に入っているものの、秋の景色がたっぷり残っていた。

健康体操教室で教えていただいた通り、公園は映画のような秋景色で迎えてくれた。公園の中央に北側へ通り抜ける路があって、見上げるように高いユリノキが一部片側に並んでいる。

何だかフランス映画に出てきそうな洒落た光景だ。といっても、フランスに行ったこともないけれど・・・多分そんな秋があるんじゃないかなと妄想する。左写真のユリノキの木立の隙間から、児連れ家族が三々五々遊んでいる、いこいの広場を見ることができる。左側から、キャッキャッという子どもたちの遊び声が聞こえてくるようだ。

ユリノキは、見上げるような高い木立だ。初夏にチューリップに似た大きな花を咲かせる(ボソッという感じで落ちてくるが)。秋には、葉を染めて周りを落葉で埋める。陽が傾いて、幹の長い影が伸びてくる。ところで、木立の周りに厚く積もった落ち葉を盛り集めているものがあった。焼き芋でも作るのかな・・・落ち葉が香りすることも忘れてはいけない。

陽が傾くのが速い。3時頃には、寒さが辺りをつつみ始めた。そそくさと帰り仕度する。これで秋の景色を見に行こうという思いを果たした。

2014年11月15日土曜日

イ・ソンヒと住民登録番号

韓国は国民一人ひとりに、「6桁(生年月日)-1桁(年代別性別)4桁(出生地コード)1桁(出生登録順)1桁(チェックデジット:誤検出用)」の数字で構成する、「住民登録番号」が付されている。重要な個人情報である。

(本ブログ関連:”住民登録番号”)

イ・ソンヒの初期アルバムに、何と彼女の住民登録番号が掲載されているという話題が、写真入りで以前からブログ*などであった。クッキーニュースの記事「【親切なクック(ぶすり)記者】 『イ・ソンヒのアルバムに住民番号が?』 杜撰だった個人情報管理、ネチズン『驚愕』」(11/13、ミン・スミ記者)は、その話題からセキュリティの重要性について次のように報じている。

    (*) ブログ:「킬크로그(killklog)」(本ブログ関連
------------------------------------------------
・好きな歌手のCDを買って聞くというのは、愛情がなければ難しいことです。ファンでもそうです。オンライン音源で音楽を聞く時代の今はもっとだと思います。国民歌手イ・ソンヒ(50)*のCDには、素晴らしい彼女の声以外にも特別なのが入っていますね。

    (*) 年齢:数え歳、満年齢なら現在49歳。

・最近、インターネット・コミュニティーに出まわっている写真*があります。1985年発売されたイ・ソンヒの1集と2集、全曲が含まれているアルバムを撮った写真です。イ・ソンヒのあどけない姿が印象的ですね。「Jへ」、「あ、昔よ」が含まれています。名曲でしょう。ジャケット写真の後ろを見ると驚くようなものが記されています。彼女の出生年月日、住民登録番号、本籍、現住所です。イ・ソンヒを紹介するために書いたようだが関心が高まっています。重要な個人情報であるためです。驚きと共に心配が押し寄せますね。特に住民登録番号は犯罪に悪用されることができます。

    (*) 写真:クッキーニュースの記事にも掲載されている。
    (本ブログ関連:イ・ソンヒの”本籍”)・・・ただし、番地は不記載

・イ・ソンヒのファンたちの間では、「アルバム中に記されている住民登録番号が本物だ、違う」を巡り舌戦が広がっています。しかし問題は、過去、個人情報に対する認識と管理がこのように粗末だったという点です。

・ネチズンも驚愕を禁じえなかったです。「何とまあ(そんな事があり得るかと驚きあきれる)」、「1、2枚売れたのではなかったのに」、「インターネットもない時で、重要だと考えていないよう」、「時代の違いでしょう。だが恐ろしいですね」 「住民登録番号持って何かをすることができる時代ではなかったんですよ」、「そもそも住民登録番号が何がすごくて、いろいろな重要行為の要求条件にするのか。それ自体が問題ですね」などの反応を見せました。

・一時、インターネットでは、ある小学校卒業アルバムが話題でした。卒業写真の下に名前と住民登録番号が一緒に描かれていたからです。ネチズンたち驚きましたよ。記事をモザイクにしあげた作成者は、「校長先生が、住所は変わっても住民登録番号は変わらないと、かように作られた」という説明を付け加えました。問題が深刻に見えます。

・去る6日、「カード3社の情報漏洩事件」の被害者が、地方自治体を相手に出した訴訟に敗訴したという報道がありました。被害者は、「住民登録番号を変更してほしい」と要請したが、裁判所は「個別的な住民登録番号の変更を認める場合、住民登録番号の個人識別機能が弱まって社会的混乱を招くようになる」と拒絶しました。

・続く情報流出事件と事実上一度もない後続対策に国民の懸念が増しています。イ・ソンヒのアルバムの写真を見て、ネチズンの肝を冷やしたのは無駄ではないですね。
------------------------------------------------

2014年11月14日金曜日

枯葉

本来シャンソンなのだが、耳に馴染んだのはナット・キング・コール(Nat King Cole)の英語版「枯葉(Autumn Leaves)」だった。イブ・モンタンの「枯葉(Les Feuilles mortes)」もラジオから流れていたが、この歌でしかイブ・モンタンを知らぬため、子どもの耳では距離感がつかめなかった。それに比して、アメリカンポップに慣れていたので、ナット・キング・コールの歌にはすぐに馴染んだ。都会的で、洒落た雰囲気に惹かれたのだろう。

(本ブログ関連:”ナット・キング・コール”、”枯葉”)

ナット・キング・コールの「枯葉(Autumn Leaves)」は、映画「枯葉(Autumn Leaves)」(1956年)の導入歌になっている。ただし日本未公開とのこと。内容は、Wikipediaに紹介されている。次のYoutubeは、Full movieだが、最初だけ聴くことにしよう。


(Youtubeに登録のdelacroix pepallに感謝)

2014年11月13日木曜日

アイドルからレジェンドへ 2014

2014年、イ・ソンヒは、デビュー30周年を記念して15番目のアルバムをリリースし、ソウルのコンサートを起点に全13ヶ所のツアーを展開した。昨年から続く歌謡界のベテラン歌手の復帰という話題もあり、彼女が音楽潮流の中でどのように語られるか関心あった。また、K-POPアイドルの脱アイドル化もいわれており、アイドルたちの超克がどうなっているのかも知りたいところだ。

ジョイ・ニュースの記事「【創刊10年】アイドル時代10年…新たな編成は2014K-POP / 10年ぶりにK-POPルネッサンス迎える転換点」(11/10、チョン・ピョングン記者)は、2004年のKポップが、多様な音楽の春秋戦国時代だったのに比して、2014年の今年について、「(3~4年程度の準備期間を経てデビューさせる)アイドルは、もはやK-POPの主人公ではない」と報じた。
合わせて、韓国アイドル界の歴史を知ることができるが、ここではイ・ソンヒについて触れている部分を抜き出す。

(本ブログ関連:”レジェンド”)
--------------------------------------------------
・2014年はちょっと違う。アイドルは、もはやK-POPの主人公ではない。一つのジャンルになった。代わりに、「レジェンドの帰還」と一緒に多様な音楽が共存して愛された。2004年、あの時のように2014年はK-POPの新しい転換期だ。

・2014年は、大型歌手のカムバックが特に多かった。フライ·トゥ·ザ·スカイ、godが、再び一つになったし、イ・ソンヒ、ソテジ、キム・ドンリュル、MC The Max、パク・ヒョシン、イ・ソラ、Bobby Kim、イム・チャンジョンなど、歌謡界のルネサンスを導いた多くの歌手が長い間の空白を破ってカムバックした。「クラスは永遠だ」という話のように、彼らの音楽はファンたちを失望させなかった。彼らがひしめいた2014年は、いつの時より豊かだった。
--------------------------------------------------

2014年11月12日水曜日

久し振りの健康体操

先月(10月)9日の夜道、転んで右膝を思いっきり痛打して以来、治りに一ヶ月ほどかかった。まだ、しゃがむと痛みが残っていて、それに足を急に捻ることもできないが、リハビリのために足を動かすことにした。

静養のため休んでいた健康体操教室に久し振りに行った。元来、体力維持のためだったが、ありがたいことにリハビリにも通じる無理ない運動なので、回復にもつながりそうだ。一ヶ月近い休みをとったためか、体操の最初、間違えたりしたが、それでも汗をかきながら遣り通した。

ああそれなのに、教室の帰り道、餃子店が目に入ってきたのだ。運動直後の食事は好ましくないと聴いたことがある。でも致し方ないこと・・・久し振りなんだから。

今度から節制するつもりだ。そして、鉱物採集で、しゃがんでハンマーを降りおろせるようにしなくては。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 改良楽器

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第79回として、改良された昔の楽器、「改良楽器(개량악기)」にまつわる話を紹介した。

始めに、伽耶琴カヤグム가야금)、玄琴コムンゴ거문고)、牙筝(アジェン、아쟁)などについて次のよう紹介された。
・時代変化と共に音楽や楽器は変わり、国楽も例外でない。昔の姿を保ちつつ改良が始まったのは、朝鮮後期からと記録される。数多くの楽器中、撥弦楽器の「伽耶琴」から改良が始まった。
・伽耶琴は十二弦、「玄琴」は六弦から成る。当たり前とされたが、最近は変わってきて、伽耶琴は十二弦よりも二十五弦が多く、玄琴も十弦まで増えた。「笛」も元々3種類だったが、今は数えきれないほど増えた。国楽を専攻者でも、その種類を把握しきれないほど改良楽器が多い。中でも、伽耶琴に似た擦弦楽器の「牙筝」は、弦の数、形も大きく変わっている。

▼ 淑明伽耶琴演奏団演奏「キサス・キサス・キサス」(1947年、キューバ)を聴く。懐かしい、蓄音機で聴くよう、今様である。

次に、伽耶琴の由来と曲調「伽椰琴散調(가야금산조)」と、楽器の改良の様々について次のように説明された。
・伽耶琴は、伽耶国の嘉実(가실)王と于勒(우륵)が作ったと記録されている。千年以上楽器の形状は変わらず継承されたが、朝鮮後期に改良され始めた。伽耶琴本体はコンパクトになり、弦の間隔も狭まった。音楽のテンポも速まり、それに合わせて改良されたのだろう。弦も細くなり、音色にも大きな変化が出た。この頃、登場した音楽の形式が「散調」だ。ゆっくり始まり次第に速くなるテンポ、リズムやメロディーの変化が激しいのが散調の特徴だ。
・さらに、金属弦から成る伽耶琴や、弦数を変えた多様な伽耶琴も登場した。最近は、二十五弦の伽耶琴が最も一般的だ。
・玄琴は大きく変わっていない。十本弦の玄琴もあるが、未だ広く演奏されていない。しかし、玄琴だけで演奏するグループ「コムンゴファクトリー」が活動を始め、玄琴の音色を色々な形で演奏を試みている。

▼ コムンゴファクトリー演奏「自由な鳥に(자유로운 새에게)」を聴く。青空に浮かぶか夕陽に漂うか羽音するよう、今様である。

・コムンゴファクトリーは、玄琴の大きさを普通の半分にしたり、チェロのように弓で演奏したりする。さらには、電子玄琴で違う音色を作ったりする。そのほか、「琵琶」やハープに似た「箜篌(くご)」などで演奏する方法も開発している。日本の笙とよく似た楽器「笙簧(センファン、생황)」のも、他の改良楽器と演奏をすることもある。

最後に、主に個人が楽器改良に対して、北朝鮮の改良楽器について次のように解説された。
・1960年代から国策で改良されたようだ。例えば、西洋にバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスのように、二弦の擦弦楽器の奚琴(ヘグム、해금)を4種類の楽器に改良して演奏を試みている。また、笛には、フルートやオーボエのようにキーを付けて、オクターブの切り替えなどしたようだ。

▼ 金剛山歌劇団演奏「フェヤンニルリリ(회양닐리리)」を聴く。なるほど異国西域の乾いた雰囲気のよう。今様である。

・日本で活動する歌劇団の演奏。聞き慣れた音色のようで、どこか異国的な雰囲気もする(とのこと)。

2014年11月11日火曜日

乙女の祈り、少女の祈り

子どものころ、初めて買ったクラシックのレコードは、演奏家も知らぬピアノ小品集だった。その「JOEL ROSEN PIANO ENCORES」のレコードについて、以前、本ブログでも記したが、レコードジャケットに次のような解説があった。

(本ブログ関連:”レコード盤”)

日本のコロンビアレコードが、このアルバムにバダルチェフスカの「乙女の祈り(A Maiden's Prayer)」(1856年)を加えて欲しいと希望したところ、彼(Joel Rosen)は承知しなかった。困った顔をして次のように断ったという。
----------------------------------------------
・日本ではたしかに有名な曲かもしれないが、この曲には芸術音楽としての価値が全然ない。この曲を録音するということは、真のピアノ愛好家の耳を穢すだけのことである。私は弾く気がしない・・・
-----------------------------------------------

Wikipediaに、「乙女の祈り」の評価を知る朝日新聞記事(「『乙女の祈り』を探して」、2007年10月23日)が引用されている。このピアノ曲は、日本では知られていたが(現在はどうだろうか)、世界的にも、作曲者の故国ポーランドでも、ポピュラーでないという理由を、ソース記事は次のように報じている。(抜粋)
-----------------------------------------------
・ピアノを習いたてのころ、だれもがあこがれる曲といえば「乙女の祈り」だろう。どこかはかなげな響きが胸にしみる。
・なぜポーランドで忘れられたのか。「その原因は、当時の評論家の偏見にあったと思う」とドロタ*。19世紀の音楽事典は「乙女」の作者をこう酷評していた。「浅薄な素人くささを超えられなかった」。音楽に高い精神性や芸術性を求めるあまり、音楽教育を受けていない少女の、独白のような小品を見下したのだろうか。
-----------------------------------------------
(*)ドロタ:来日中のポ-ランド女性で、「乙女の祈り」について調査した。

イ・ソンヒに、「少女の祈り(소녀의 기도)」(1985年、作詞ソン・スウク、作曲ソン・ジュホ)があって、風に舞い散る落ち葉の季節にひとり寂しさにふけりながら、春の訪れを待つ少女を歌っている。イ・ソンヒの清らかに澄んだ少女のような声が耳に残る。ところで韓国では、上記ピアノ曲「乙女の祈り」に、この題名と同じ「소녀의 기도」が使われているようだ。

2014年11月10日月曜日

イ・ソンヒに似ている?

街を歩けば、人混みに「他人の空似」を感じたことがある・・・それも昔のこと。今は、他人に関心が乏しくて、思いも及ばない。とはいえ人には、この世に、自身とソックリな人が3人いるという。どこかで巡り会っているかもしれない。

ネットに、知名の人物を二人あげて、ソックリかどうか投票するサイト「soKKuri」があって、田嶋陽子とイ・ソンヒがソックリかどうか○×投票している。何と、35%ほど同意があった。私は、「似てない~」の×ボタンを押したのだが。

イ・ソンヒの場合、メガネ姿が特徴なので、メガネをかけた人を見ると似通ったものを感じるのだろう。韓国のテレビコメディ番組「Manny」でシングルマザー役のチェ・ジョンユンもメガネ姿で、イ・ソンヒと似ているかなと思ったりした。仕事と子育てで主婦ぜんとしている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒに似ている”、”イ・ソンヒに似た議員”)

イ・ソンヒは、自身の詩に 「私はイ・ソンヒに似ているんですって?」があるが・・・この場合、本当の私は何かと自省することなのだろうけれど。

ところで、イ・ソンヒは、優れた才能の歌手でありながらも、容貌は童顔を残し、健全さと清潔さを合わせ持つ主婦的でもある。地下鉄に乗れば隣り合わせするような日常さがある。ファンにとって、そんな距離感がよくて、隔ての少ない存在といえるのだろう。

そういえば、日本でもイ・ソンヒに似ている人って、街なかに案外いるもんですよ。

2014年11月9日日曜日

DNS ルックアップでエラー

実は、昨日(11/8)の夜、帰宅してPCを立ち上げ、ウェブ上のいろいろなページにアクセスした後、本ブログを開けようとしたところ、灰色の四角の中に次のようなメッセージが表示された。

    「DNSルックアップでエラーが発生したため、このウェブページにアクセスできません」

上記表示は、トラブルを示しているわけで、ここから先へ進められない。つまり、自分のブログを見ることができない事態に陥ったのだ。慌てた・・・。スキルのない私には、事態が皆目見当がつかないのだ。どうしよう、どうしよう。

結局、このメッセージをそのママ使ってGoogle検索した。次に、Chrome環境で対処方法を説明しているウェブページを参照・試行して、「YAHOO知恵袋」のお世話になった。ここでクリア!したのだ。

「YAHOO知恵袋」の回答にある「ベストアンサー以外の回答」の中でも、「ID非公開さん (2014/4/214:48:07)」の説明通り実施したところ、本ブログ表示が復活できた。(感謝)

    主な対処ポイント
    ---------------------------------
    ◆DNSプリフェッチOFF

    ◆Google Public DNSの設定
    ---------------------------------

対処内容の意味について、繰り返しになるが、スキル不足のためサッパリ分からないけれど。書かれた通りに、チェックやDNSサーバーのアドレス設定をした・・・結果よければ全てよしではないか。

2014年11月8日土曜日

イ・ソンヒ、2014年全国コンサート・ツアー仕上げへ(チケット全回売り切れ)

今年のイ・ソンヒの全国ツアーは、今月末の水原コンサートを以って幕を閉じようとしている。スターニュース「”女性歌王”イ・ソンヒ、30周年ツアー 27回全回売り切れ 8ヶ月の大長征目前」(11/6、キル・ヘソン記者)は、これまでのコンサートを振り返って次のように報じている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原”、”コンサート”)
----------------------------------------------------
・「30年歌手」のイ・ソンヒが、もう一度「女性歌王」らしい面目を見せて、8ヶ月に及ぶ全国コンサート・ツアーの仕上げを目前にひかえた。

・イ・ソンヒは、来る15日と16日の二日間、毎日1回ずつ京畿水原市の水原室内体育館で、今年の全国ツアー最後の公演を持つ。今回の水原コンサートは、イ・ソンヒが歌手デビュー30周年および今年3月の正規15集「セレンディピティ(SERENDIPITY)」発売を記念して、4月ソウル世宗文化会館を始め突入した全国ツアーの最終公演だ。

・先立って、イ・ソンヒは、4月18~20日ソウル世宗文化会館/5月10~11日大邱エックスコ/5月24~25日蔚山室内体育館/6月7~8日光州コンベンションセンター/6月14~15日城南アートセンター/6月28~29日釜山KBSホール/7月12~13日富川室内体育館/8月30~31日全州ソリ文化の殿堂/9月13~14日安養室内体育館/10月4~5日大田正心華ホール/10月17~18日昌原城山アートホール/今月1~2日一山高揚アラムヌリなど全国12都市から合計25回にかけて全国ツアー公演を行った。

・6日現在、イ・ソンヒの所属会社「フックエンターテインメント」およびチケット販売業者によれば、該当の公演は全回売り切れて、もうすぐの水原公演も二日間合計の6400席全席チケットがすでに販売完了した。

・これでイ・ソンヒは、13都市27回公演で、デビュー30周年および15集発売記念の全国ツアーを全回ソールドアウトさせて、合計7万余のファンと会う大記録をたてることになった

・イ・ソンヒの底力をもう一度知るところだ。

・興行の成功だけでなく、イ・ソンヒは自身の名前に合うようにコンサート自体も「名品(プレミアム)公演」を作り出したという評価まで引き出している。

・イ・ソンヒは、有名作詞家キム・イナが歌詞を書いて、ヒット作曲家パク・クンテがメロディを作り音源チャート1位も記録した、15集タイトル曲「その中であなたに出会って」などの新曲から、去る30年間誕生させた多数のヒット曲など合計24曲ほどを毎回公演ごとに、2時間40分余りにかけてファンたちにプレゼントした。特に、彼女が、バラードのヒット曲である「因縁」と「その中であなたに出会って」を歌う時は、感性にぬれて涙を流す観客も多かった。ここに、40人組のオーケストラと12人組バンドも共に公演の質を一層高めた。

・観客の間では、イ・ソンヒの今回の全国ツアーに対して、「1部はオーケストラの旋律に合わせて楽しんで、2部はヒット曲について歌い、3部はロック・ステージで体に沿って動く」という話があるほど、多彩だったし楽しめるものも多かった。

・30年の音楽人生のイ・ソンヒなので、スター級の先後輩歌手の自発的なゲスト参加もまた続いた。

・イ・ソンヒの音楽弟子というほどのトップ歌手イ・スンギを始め、イム・チャンジョン、チョ・ソンモ、ペク・ジヨン、ホガク、ソ・ヨンウン、アリ、ウルラルラセション、パダ、シン・ヨンジェ、Gavy NJ、エディキム、ホン・テカン、ユ・スンホ、モーゼ バンなど後輩らと、チュ・ヒョンミおよび五本の指出身のイム・ヒョンスンなど同僚級歌手は、イ・ソンヒの今年全国ツアーにゲストで出て、コンサートをより一層輝かせた。

・国内最高の女性ボーカリストの1人に選ばれる、イ・ソンヒの今回の全国ツアーが量的および質的すべての面で、いわゆる「ベスト」だったとの評価を受けるもう一つの理由だ。

・一方、去る1984年満二十才のいきいきした大学生時代、「Jへ」で、「第5回MBC江辺歌謡祭」で大賞を獲得、症候群(シンドローム)を起こしたイ・ソンヒは、翌年の1985年、「あ、昔よ」をタイトル曲にした正規第1集を発表して直ちにトップ歌手の隊列に合流した。

・イ・ソンヒは、以後、去る30年間ずば抜けた歌唱力の中で、「秋の風」、「分かりたいです」、「ヨン(Young)」、「愛が散るこの場所」、「いつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、「私の街」、「思い出のページをめくれば」、「因縁」など数多くのヒット曲を誕生させた。
----------------------------------------------------

2014年11月7日金曜日

立冬2014

今日は二十四節気の「立冬」、冬の始まりだ。一方、気象庁の「」は、カレンダー上で定義していて、12月に始まり2月に終わる。この間、一ヶ月ほど間があるが、温暖化の進む今、カレンダーに合わせた方が案外実感に近いかもしれない。

(本ブログ関連:”立冬”)

立冬とはいえ、天気は穏やかで、窓越しに部屋を暖めている。こんな具合ならいいのだが。

でも油断してはいけない、寒さは後ろからやって来る。冬の陽は、春の陽の若芽、夏の陽に照る緑、秋の夕陽に映える黄金の穂といった、生命と直接関わるようにも思えない。冬の寒さは、生命を強靭にする、四季の一局面かもしれないけれど。

近頃、童謡「たきび(たき火)」のような冬の風物はない。枯葉で焼き芋作りの思い出も無理だろう。家々は頑丈で、ガラス窓は小さく、隙間風の心配はない。冬は、街並みから排除されている。
それでも変わらないのは、子どもたちの遊ぶ声だ。何でも遊びにしてしまう彼らの声はありがたい。

2014年11月6日木曜日

(訂正) 砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯

一昨日、本ブログの「マーマレードとザボン」の中で、「中学時代、国語の教科書に、エベレストを初登攀したニュージーランドの養蜂家出身のエドモンド・ヒラリー(Sir Edmund Percival Hillary)について次のように書かれた文章があった。山中、彼は体を暖めるため、熱い紅茶にマーマレードを溶かし入れて飲んだという(記憶に違いがあるかもしれないが)。」と記述したが、記憶の不確かさが気になり、図書館で確認した。

ヒラリー著「わがエヴェレスト」(松方三郎・島田巽訳、「世界ノンフィクション全集3」、1956年)を見ると、ヒラリーが口にしたのに次のようなものが書かれていた。上記「マーマーレード」について、記述を「砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯」と訂正する

エベレスト頂上へ登攀途上、高さ8,500メートルに張ったテント中、テンジンが作ってくれた(用意してくれた)のに次のものがあった。
   ・鶏肉とヌードルのスープ
   ・ビスケットとサーディン
   ・ナツメヤシの実
   ・砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯
   ・アンズの缶詰

後述に、「しかし、いちばん活動を与えてくれるのは、砂糖を山のように入れた熱いレモン湯だった」とある。ひと寝入りして、いよいよ頂上へと向かう。登頂の結果について、以降、わたしたちは、ヒラリーとテンジンとの固い友情を知ることになる。

上記の書籍が、中学時代の教科書に採用されたものとして、年代的に妥当と思う。図書館で見た本が年代を示すように古色蒼然としていたのに驚いた。紙質の悪い頃だったのだろうか。

中学時代、この全集で最初に読んだのは、「1914年7月」(エミール・ルードウィッヒ、「世界ノンフィクション全集13」)だった。いずれ・・・。

2014年11月5日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 天然痘(媽媽)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第78回として、天然痘を指す「媽媽(마마、マーマ)」にまつわる話を紹介した。

(参考) 韓国民間信仰の伝統的シャーマニズム「巫俗(무속)」で行なわれる祭儀を「クッ(굿)」という。地に根ざした姿をYoutube映像で知ることができる。

始めに、おそろしい感染症と民間信仰の儀式の関わりについて次のように紹介された。
・恐ろしいものを指して、「虎患媽媽(호환마마)よりも怖い」という。恐ろしい人や飲酒運転などのスローガンやタイトルとしても使われる。虎患媽媽の「虎患」は「虎に襲われる災い」を指す。韓国は山が多く、山奥の虎が村に下りてくることも少なくなかった。
・「媽媽」は「天然痘」を指す。昔は、世界的に最も脅威を与えた病のひとつだ。薬もない当時、世界中の死者の1割がこの病で亡くなった。神にお告げを行う「クッ」の儀式で、必ず天然痘を退ける順番があった。また、天然痘を客の意の「ソンニム(손님)」とも呼び、この儀式を「ソンニム・クッ(손님굿)」とも呼んだ。

▼ 東海岸地域の「東海岸別神(동해안 별신)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

次に、天然痘に敬称を付ける習わしについて次のように説明された。
・「憎い者にほど良きことをしてあげる」ということわざがある。災いを追い払う方法もこれに似て、災いをむちゃに退けるのでなく、心を込めてもてなすという。王や王妃につける最高の敬称「媽媽」を、最も恐ろしい天然痘にこの敬称を付けた。また、お客様を「ソンニム」とも言い、心を込めてもてなすが、召し上がった後は留まらずに去ってくださいの意があった。
・済州島でも面白い呼び方で「神夫人拝送(マヌラ・ペソン、마누라배송)」とした。現代韓国語で、マヌラは自分の妻を指し、家内とか女房の意だ。媽媽と表現したように、王族や官吏を指す言葉としてマヌラと言った。拝送は見送るの意で、早く去って欲しいことを指す。大切な客でも、早く帰って欲しい相手であった。

▼ 黄海道のクッ「マングデタク(만구대탁)クッ」の中から「ビョルサン・コリ(별상거리)」(ビョルサン:天然痘の神)の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

最後に、天然痘の予防接収と撲滅の歴史について次のように紹介された。
・朝鮮後期、天然痘予防の「種痘」という予防接種が伝わり、一部地域で実施されたが広く伝わらなかった。薬もない天然痘にかかると、迷信以外に頼るものがなかった。WHO(世界保健機関)は、1967年から天然痘の撲滅を推進して、ソマリアで発生した患者を最後に、1977年には天然痘の根絶を宣言した。

▼ 珍島地域のクッ「珍島シッキム(진도씻김)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。

2014年11月4日火曜日

マーマレードとザボン

ジャムにいろいろあれど、私の好みは「マーマレード」だ。とりわけ、鼻腔にツンと来るものがよい。近頃見当たらないが、一体どこへ消えたのだろう。このツンとくる香り、実は塗料の「ニス(ワニス)」に通じる気がする・・・なかなか説明しづらい。

中学時代、国語の教科書に、エベレストを初登攀したニュージーランドの養蜂家出身のエドモンド・ヒラリー(Sir Edmund Percival Hillary)について次のように書かれた文章があった。山中、彼は体を暖めるため、熱い紅茶にマーマレードを溶かし入れて飲んだという(記憶に違いがあるかもしれないが)。そこだけ妙に心に残って、以来真似している。

(追記)
上記「マーマーレード」の記述を「砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯」に訂正する (11/6)
図書館で、ヒラリー著「わがエヴェレスト」(松方三郎・島田巽訳、「世界ノンフィクション全集3」、1956年)を確認したところ、次のように書かれていた。エベレスト頂上へ登攀途上、高さ8,500メートルに張ったテント中、テンジンが作ってくれた(用意してくれた)ものに次のものがあった。
   ・鶏肉とヌードルのスープ
   ・ビスケットとサーディン
   ・ナツメヤシの実
   ・砂糖をいっぱい入れた熱いレモン湯
   ・アンズの缶詰
後述に、「しかし、いちばん活動を与えてくれるのは、砂糖を山のように入れた熱いレモン湯だった」とある。ひと寝入りして、いよいよ頂上へと向かう。登頂の結果について、以降、わたしたちは、ヒラリーとテンジンとの固い友情を知ることになる。


柑橘系の香りが好きなのかもしれない。「ザボン(ブンタン:文旦)」を砂糖水で煮漬け、砂糖をまぶして乾燥させた菓子「ザボン漬」がある。普段、砂糖をまぶしているような菓子を手にしないのに、こればかりは違う。砂糖が落ちないように、ゆっくり口にするのがおかしい。そして、甘いだけでなく、このときも同様に口中に柑橘類特有のツンとくる香りが広がる。

ザボン漬は子どもの頃よく食べた。長崎や熊本などの物産展やアンテナショップで見つけたとき、懐かしさも手伝って購入するくらい。家に帰ると、必ず他の品に一緒にくっついてきている。この菓子、皮肉だけで作るものもあれば、輪切りにしたものもある。どちらもいいが、できれば肉厚でネットリした重量感のものが最高。それなら、前者の方かな。

(追記)
Youtubeにマーマレードの作り方を探していたら、なんと「夏みかんピールの作り方」(登録者marronrecipe、感謝)があった。材料に「オレンジや文旦でも」とのこと・・・なるほど、ザボンの代わりに、夏みかんを使って、ザボン風の菓子ができるということのようだ。(映像では丁寧に作られていたけれそ)真似してみようかな。それにしても砂糖の量の凄いこと。

2014年11月3日月曜日

入間航空祭

西武池袋線の「稲荷山公園駅」そばにある入間基地に行ってきた。本日開催の「入間航空祭」で演じられるブルーインパルスのアクロバット飛行を見るためだ。飛行場といっても、地元の都営「調布飛行場」と違い、自衛隊基地のため、このような機会がなければ中に入ることはできない。幸い、航空祭は穏やかな天気に恵まれた、絶好のタイミングだった。
それに、右膝打撲の本格的リハビリテーションも兼ねて、いざ行かん・・・。

(本ブログ関連:”調布飛行場”)

T-4、C-1、YS-11FC
駅から大変な人混み様、流れに任せてたどり着いた滑走路前の(整備場前の)広場は、既に場所取りされていた。しかも、滑走路近くに至っては、左の写真のように、イベントの迫力を楽しもうと人垣ができ、更に集中した。
(写真: 左手に駐機するのはブルーインパルスのT-4、右手奥は輸送機C-1と点検機YS-11FC、手前で太鼓演奏が轟いた)

圧巻は、何といっても4+2のブルーインパルスの隊形だ。轟音とともに、ときに編隊で、ときに数機でひとびとの視線を青空に釘付けする。そのたび、地上に歓声と拍手が起こった。

歳とともに、パイロットひとりひとりの存在を重く感じるようになった。彼らの妙技に感嘆すると同時に、彼らを待つ家族も考えずにおられない。実は、会場に入るとき、基地内を横切る西武線の踏み切りで、客を誘導する若い隊員が手を挙げたとき、結婚指輪がキラッと輝いた。彼も家族を背負っているのだと思った。

ブルーインパルスの飛行を間近に見て、子どもの頃の夢が十分満たされた。パイロットになれなかったが、夢は忘れていない。大人になって、宮崎駿のアニメ「紅の豚」や「風立ちぬ」を一人秘かに見に行ったりした。

(追記)
そういえば、ニコラス・ケイジが、映画「ザ・ロック(The Rock)」のラストで、サンフランシスコ湾に浮かぶ監獄島アルカトラズを消滅させるため飛び立った空軍機に、間一髪で回避させる場面を思い出した。映画のように低空飛行ではないけれど、迫力十分だった。

2014年11月2日日曜日

イ・ソンヒの「リンゴの木の下で」

この時期、リンゴの話になる。それも輪切りして食ってしまった大きさを思い返して、一年を無為に徒食したと慨嘆する、ついついそんな例えにリンゴの実は都合がよい。

リンゴは花が咲き、実が実のり、その香りするときがよいけれど、物語のリンゴ畑には、アンビバレンツな要素が欠かせない。それに、どこか異国の風がするのはなぜだろう。Wikipediaによれば、「日本で栽培されているものは、明治時代以降に導入されたもの」との記述がある。

イ・ソンヒの13集「四春期」に所収の「リンゴの木の下で(사과나무 아래서)」(2005年)は、洒落た旋律に想いを深く重ねたよう。リンゴ畑には、本当は何もないのだが・・・。

(本ブログ関連:”リンゴの木の下で”)

ところで、最近は見かけなくなった印度リンゴが好きだったなあ。

(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年11月1日土曜日

11月のある日

いよよ残り2ヶ月。といえば日々忙しく振舞う言い草のよう。けれど、そうじゃない。いつのまにか、気付けば11月になっていた。一年を一個のリンゴに例えると、縦割りした実をとっくに、5/6も食ってしまったわけ。今は1/6しかない。

小さな頃、親父がリンゴを剥いて切ってくれたとき、何度も呼び寄せようと実を小さくしてくれた・・・何度も何度も戻っては頂だいをいって、口に入れてもらった記憶がある。小さなリンゴも悪くはない。

ところで、それぞれ年末の計画を教室で語り合ったけど、私には計画も予定もないとしか答えようがない。残りが少ないのに、まだある、まだあると考えていた。何もかも含めてそんなものだ。

今日、11月に入ったばかり。右膝が回復したら、薄紫の妖精(結晶)、セリウム・フローレンスに会いたい。そういえば、今月末、魚の干物巡りなんてことを計画していたのを思い出した。

今月にちなんだ、ギター曲「11月のある日(Un día de noviembre)」(1968年、レオ・ブローウェル(Leo Brouwer、1939年~))を聴いてみよう。キューバの作家とはいえ、ジュリアードで師事したような方だから、この曲に、11月にどんな思いを込めているのだろう。ハバナとニューヨークでは趣も感傷も誘い方が異なるだろうけれど(映画のサウンドトラックだったという噂もあるようだが)。さあ、年の瀬に浮かび流れていこうか・・・。


(Youtubeに登録のCecilio Pereraに感謝)

2014年10月31日金曜日

ハロウィン

毎年、この時期、「日本でハロウィンは・・・」とブツブツいっても始まらない。でも、一つだけ、いいたいことがある。あれって、まだ子どもたちに受け入られてないでしょ、だって彼らは、何とかウォッチに夢中だもん。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ファッション・娯楽イベント・食品・メディア業界 ⇒ 若い女性(⇒若い母親⇒子ども) ⇒ 周りの男性

流行の注入口が、バレンタインデーのように、日本オリジナルになってしまってないだろうか。バター風味がして、オレンジ色ばかりがが目立つ。

でもねえ、若い人たちへ、ブツブツいえるかどうか。高度成長時代、全員が謳歌したときは、もっと凄まじかった。この時期、遊びの名目(イベント)が足りないからと、若者たちが遊ぶ機会を作ったとしても、それをとやかくいうものじゃない。

おじさんは、そういって納得する。でもねえ、ケルトだ、キリスト教との習合だとか・・・いってもねえ。

2014年10月30日木曜日

紅葉(もみじ)

道で転んで、右膝小僧をすりむいたのが、ちょうど3週間前の夜。今も歩くに少々かばい気味。急なねじりや、しゃがんでハンマーを振り下ろす、山中の鉱物採集に出向くには、ちょっと時間が要りそう。どっぷり秋が深まったというに、身動きできないのは残念。

秋といえば、小学生の頃好きでよく口ずさんだ歌に「秋の夕日に 照る山紅葉(もみじ)」で始まる、「紅葉(もみじ)」(作詞 高野辰之(1876年~1947年)、作曲 岡野貞一(1878年~1941年))がある。紅葉の織り成す華やかさというよりは、夕暮れに薄まる山裾が処どころ陽を受けて、そこだけ彩る静かな情景を想像したりした。当時、子どもの耳に日常入ってくる音楽と比べて、上品さがよかった。


(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)

2014年10月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 煙草

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第77回として、「煙草(담배:tobaco)」にまつわる話を紹介した。

始めに、朝鮮王朝22代国王正祖(정조/이산、1752年~1800年)と煙草のまつわる話しを次のように紹介された。
・正祖の代、文化が大きく花開き、煙草が伝わったのもこの頃。正祖は愛煙家と知られ、国の高官選抜試験に煙草について出題したほどだ。
・学問に優れ、ハングル創生の世宗(세종、1397年~1450年)の如く学問好きの王と知られた。国政に情熱を注ぎ、疲れも人並み以上だったろう。そんな彼の唯一慰めが煙草だった。読書以外に趣味はなく、若い時から学問にだけ没頭し、疲れをに眠れぬ夜も多かった。王位に就いて以来、病がひどく薬も効かぬとき、(日本伝来の)南靈草(남령초=煙草)だけが症状を和らげた記録がある、彼は煙を吸うと胸がすっきりしてよく眠れたと話した。

▼ (童謡)民謡「辛い唐辛子食べてめーめm、煙草の煙吸ってめーめm(고추 먹고 맴맴 담배 먹고 맴맴)」を聴く。(「めーめm」:子どもたちがぐるぐるまわり遊びをしながら唱える掛け声)

次に、正祖が愛した煙草の起源と伝来について、次にように説明された。
・正祖は、煙草好きだが、健康への影響は考えなかったか。煙草に、肺を痛める可能性があると、伝来時に知られていた。煙草を止めなかったのは、公務のストレスのためと推測される。
・1616年、朝鮮に煙草が伝わった。その数年後の1622年、身分や老若男女を問わず煙草が広まった。アメリカのインディアンに始まったとされる煙草は、1550年代後半、ヨーロッパで栽培されるようになり、その約50年後、既にアジア、朝鮮まで伝わる。南米のジャガイモがヨーロッパに伝わるのに200年近くかかったのに比べて、煙草は速く世界に広まった。

▼ 煙草の打令(타령)の歌「煙草打令(담바귀타령)」を聴く。たたみ掛けるように、次へ次へと移る。

最後に、煙草の商品化、風俗化にまつわる話しを次のように紹介された。
・当時、煙草は食糧にも深刻な影響を与えた。農家が米よりも煙草栽培を優先したからだ。米を作るべき田が煙草栽培の畑に変わったのだ。
・また、煙草は人の関係にも影響した。正祖の臣下、蔡濟恭(채제공)は、煙草に関わる出来事で、官職を辞そうとしたことがある。あるとき、道端で、乱れた服装で煙草を吸う若者の一団に注意したところ、反発した若者を結局捕えたが、彼らの友人たちが押し寄せ徹夜して座り込んだため、結局、煙草のせいで恥をかいたという逸話がある。

▼ 「煙草の害悪(담배의 해악)」を聴く。・・・

2014年10月28日火曜日

イ・ソンヒの参加はなかった: MCモン6集

ニュースを見て、正直MCモンの音楽分野に関心が薄いせいもあって、そうだったのか・・・という感じだ。MKスポーツの記事「MCモン6集『Miss Me or Diss Me』(私を恋しいか、それとも、ののしるか)、イ・ソンヒの参加はなかった」(10/28、イ・チヨン インターン記者)は、MCモンの最新アルバムにイ・ソンヒが参加しなかったと次のように報じている。

関心の薄さについて断っておくと、MCモンだからではなく、今回のアルバムがどんなものかも知らないが、ヒップ・ホップの世界に寄っていく気力はないのです。おじさんとしては、既に「選択と集中」の時代に突入しているのですから・・・相済みません。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ、MCモンとコラボか”)
----------------------------------------------------
・MCモンのカムバックが目前に迫ってきた。MCモンは、11月3日、5年ぶりに正規アルバムを発表する。2009年に発表した正規5集以後、5年ぶりのカムバックである。MCモンの6集アルバムは、全13曲の収録曲で構成されており、9曲目(トラックリスト)の「0904」を除く12曲が、同僚歌手のフィーチャリングで飾られた歌だ。

・今月初めに、MCモン、イ・ソンヒ、ケリー、ペク・チョン、ホ・ガク、ヒョリン、エイーリーなど国内有名なミュージシャンがフューチャリングした音源を出すと予告した。しかし、公開されたトラックリストによれば、イ・ソンヒは、今回のアルバムに参加していなかった。

(以下略)
----------------------------------------------------

2014年10月27日月曜日

Chromeの管理(ブックマーク、タブなど)文字が”囗”になること

実は困ったことがあった。Chromeのバージョンが「38.0.2125.104 m」に上がって以来、Chromeの管理(ブックマーク、タブなど)文字のうち、ハングルだけが ”囗” 表示になってしまった。(漢字、かな、アルファベットは表示)
この現象をChromeのヘルプにある「問題報告」に通知したが・・・いつか改善されるだろうと。

ユーザーに解消策がないものか気になりネットに探してみると、次のYAHOO「知恵袋」で名案を見つけた。感謝。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12137179822

質問者の回答者に対するお礼コメントに述べられた通り実行(Chrome再起動も!)すると、ハングルが無事表示された。(「その他の返信」にある、書体は”Meiryo UI”に変更するのが見やすくていいですね)

2014年10月26日日曜日

和菓子「御栗林」

近所の駅のそばに小さな和菓子屋があって、地元伝統の(幕府献上品であった)栗の実を使った、新しい和菓子を知らせる幟(のぼり)を店頭に立てている。外出の折、寄ってみた。

(本ブログ関連:”栗林”)

栗の実を丸々使った洋菓子や和菓子は他にもいろいろある。この和菓子がどんな工夫をしているのか関心があったからだ。柔らかにした栗の実の周りを、ぼそぼそ乾いた餡でくるみ、全体を固めの皮で包み仕上げている。総じて甘みは抑えられている。年配者には、栗の実の食感の乏しさと、(ビニールパックしているが)乾燥気味なのが少々気になる。

観光地の土産品と似たものにならぬよう、地元の歴史を備えた栗の実を使っているゆえ、まだまだ工夫を加えてしっかりした銘菓になって欲しい。

2014年10月25日土曜日

遠近法(消失点)

遠近法の絵画に、全てが集中して消える先に一体何があるのだろうか。絵画を見るままに見るといった、共通な視座があるのだろうか。もしかしたら、そのように見慣れているだけではないだろうか。時代とともに、絵画は、制作する者、所有する者、見る者それぞれにとって、入り混じったものがあるのではないだろうか。

(本ブログ関連:”遠近法”)

今の時代、映像を見慣れているので、遠近法は不思議でない。しかし、日本画に遠近法が登場したのは随分と後のことだ。なぜなのだろう・・・結局、日本画は、「日本画」という言葉とは違った存在だったのかもしれない。「西洋画」に対置して東洋画とか日本画といった配置をするのは、何かを歪めているかもしれない。

西洋画の遠近法について妄想したい。残念ながら、日本画の空間認識について何も知らないので・・・。

現実の世界を大きな升目を持つ網目を通して覗き、それと同じ升目のある画布に升目ごと転写すると、リアルな世界が再構成される。升目は一律でなく遠景が空気の厚い層に薄まり、全体像は遠近法の世界に収斂する。絵画工房の画工が気づかぬはずはない。

北方ルネッサンス絵画は、空間を緻密に埋める。隙間があってはならないのだ。間隙が存在したりすると、見える世界が崩壊するとでも思っているのだろうか、一部の隙があってはならないのだ。究極、視座をおろそかにできなくなる。
ファン・アイク(1395年頃~1441年)の「アルノルフィーニ夫妻像」は、遠近法の奥に壁に掛けられた鏡があり、そこに画家本人が描かれている。この絵画は、ファン・アイクの視覚を通したものでもあることになる。まるで、市民社会という視覚でもあるようだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年~1519年)の初期作品「受胎告知」は、聖母マリアの右手の動きとは別に、精緻に描いた作品と評価される。この絵は、遠景に尖った峰を持つ白い山腹に視線が収斂する。けれど、その消失点を意識されることはないようだ。一点に集中する視座は、特に宗教画には好ましいのかもしれない。

遠近法を合理的な視点でとらえる道具に、ピンホール・カメラを原理にした、カメラ・オブスキュラがある。誰もが一度、ピンホールでできる上下さかさまの映像を見た経験があるだろう。まるで、手に取るように現実世界がすくい取れるような錯覚をする。

フェルメール(1632年~1675年)の絵画が特にアメリカで好まれるという。フェルメールの視座は、ファン・アイクのような自意識を感じられない。見たものを印画紙に落とした、対象化した世界のように見える。カメラ・オブスキュラの世界なのだ。多分、タイム・トリップして彼の時代を覗く即物的な感触が好まれるのだろう。

そして、シネマトグラフの動く映像に市民が驚嘆した時代、印象派の画家たちは格闘していた。当時、カメラ技術の進歩で、今は忘れ去られた写真家たちが絵画と対峙する世界を写し取っていた。画家が、視座を画家個人のものに取り戻そうとした時代、遠近法はどうやら重要ではなくなったようだ。

絵画は、遠近法の奥にある消失点の先に、結局何も見出しえなかったようだ。シネマトグラフがそれを越えたのだから、絵画は画家の自我に直結するしかなくなったのだろう。現代絵画は空間さえ再構成しようとした。

2014年10月24日金曜日

ノート(筆記帳)サイズ、A4それともB5

仕事で文書作成にパソコンだけを使い、手書きの習慣からすっかり疎遠になって以来、あるとき驚いた。久し振りにノート帳に手書きすると、文字が恐ろしく汚いのだ。もともと綺麗な文字だったわけではないが、それにしても余りにまずい。

指先のコントロールがきかなくなったのか、すっきりした線が引けなくなっているのだ。もしかしたら歳のせいかと思い、文字を小さくすれば力も要らず小奇麗にまとまると思いきや、それも満足なものでなかった。どうやら、手書きの基本動作を忘れてしまったようだ。手書きの習慣の必要性を痛感した。

ノート(筆記帳)の場合、書道と違い、コンスタントに簡潔な文字を書き記した方が後で見やすい。指先を力まず、流れるように書ければベストだ。0.5mm、4B芯のシャープペンシルと、ノック式の消しゴムを使っている。どちらも力をコントロールしやすいからだ。

学生時代、授業内容を漏らさず記そうと、大判のA4サイズを使った。書き足し、補足、付記に便利だからだ。しかし、そんな余力もなく、何もかも書くことを止めてエッセンスだけ残せばよいという風に考えを改めると、ノートサイズは小型のB5サイズで十分と気付いた。

適時、適当な場所で見直すのに便利なノートサイズはB5だろう。一般書もB5サイズが多い。日本人の体形にあっているのかもしれない。もしA4サイズのノートを使うと、持ち運びにA4が入るバッグが必要になり、ついつい何でも入れてしまい重くなる。ノートを基準に、動作につながる物のサイズを考えるとよいのかもしれない。

最近は、A6のメモ帳を重宝している。思いつくものを何でも記入している。つまり、どんどん身軽になってきている。

2014年10月23日木曜日

イ・ソンヒがファッションコレクションを待つ写真

イ・ソンヒについて、実はよく語れないことがある。彼女の髪型とか服装のファッションなど、女性ならご存知だろうが、そのスタイル名についてだ。もともと、短髪にメガネとズボンスタイルという飾り気のないのがトレードマークのため、過去の新聞記事などで、彼女のファッションを詳しく触れているものをあまり見たことがない。

(日本の)女性ファンが、イ・ソンヒのファッションについて解説していただけると、Google画像検索で適度に検証できるのだが。

WOW韓国経済TVの記事「イ・ソンヒ 『私も、チ・ジュンヒのコレクションを見に来ました』」(10/23、キム・チユン記者、bntニュース配信)は、イ・ソンヒの写真を掲載して、次のように書いているが・・・上記のような分けでファッション関連についてよく分からない。(抜粋)
・「2015 S/Sソウル・ファッションウィーク」が22日午後、ソウル東大門区東大門デザインプラザで開かれた。チ・ジュンヒの「Miss Gee Collection」のコレクションで、歌手イ・ソンヒがショーを待っている。
(以下略)

今年の「Miss Gee Collection」について紹介しているブログ(Style N)を覗いてみたら、おじさんには全然無縁の世界のようで・・・。

これからも、イ・ソンヒについては、ファッション以外について記してみよう。それで十分だと思う。

2014年10月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 節気と贈り物

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第76回として、昔の「節気と贈り物」にまつわる話を紹介した。

まず、朝鮮後期の書家、秋史・金正喜김정희、1786年~1856年)と茶の関わりについて、つぎのように紹介された。
・節気は、1年を24等分して約15日毎に分けた季節。四季のある地域では、ここに春、夏、秋、冬など季節の名を付けた。季節に、人々はどんな風習を楽しみ、プレゼントをし合っただろうか。

(参考)日本の「二十四節気

・「秋史体(추사체)」の書体を生み出した、書家、金正喜(号は秋史)は、島流しの済州島で寂しく生活する中、茶をよく飲んだ。金正喜に茶を送ったのは、草衣禅師(초의선사、1786年~1866年)だ。全羅南道海南(해남)の大興寺(대흥사)に住み、茶文化を花咲かせた。金正喜が草衣禅師に送った手紙に、「茶の収穫の時期はまだですか。首を長くして待っています。茶を収穫したら壺にしっかりと包んで送ってください」といった内容がある。送って欲しい茶に細かく注文できるほど、親しい間柄を表している。

(本ブログ関連:”KBS WORLD「国楽の世界へ」 済州島”)

▼ ヘグム演奏「世の中で美しいもの(세상에서 아름다운 것들)」を聴く。情感あふれる穏やかで心地よい今様の音色だ。

次に、金正喜が草衣禅師に茶を願った手紙と一緒に扇子を贈った話しを、次のように紹介された。
・金正喜は、貴重な茶をねだる手紙と一緒に、贈り物として、彼の書体の入った扇子を送った。当時、扇子の価値は今と違ったはず。庶民にとっては、うちわであり、虫よけの道具でもある必要なものだ。上流階級のヤンバンにとっては、地位を表す手段であり、人前で表情を隠す道具でもある。また、自分を守る武器としても活用した。扇子を送るのは、今年もよろしくという意があるという。

▼ 演奏「贈り物(선물)」を聴く。これも映画音楽のような、情緒深い今様の旋律だ。

最後に、年間を通して、節気のいろいろな風習(行事)について、次のように解説された。
・冬至(12/21)は、一年で昼が最も短い日だ。この日から昼が長くなる。一年を締めくくり、新年を迎えるこの時期に、新しいカレンダーをプレゼントした。カレンダーには色々な節気が記される。
・釈迦の誕生を祝う「初八日(초파일)」に、家族の名を刻んだ提灯をつるす。また、日本の中元に当たる「百中(백중)」には、使いの物に新しい服を作ってやる。新穀を神に供える「上月(상달)」には、祭祀を捧げた餅を分け合う。餅にも色々な種類があった。

▼ 各月の節気を歌った雑歌「タルコリ(달거리)」を聴く。 月巡る中、大衆の交わりを歌う・・・民謡と違って。

2014年10月21日火曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

まだ秋が終わらないというに、ストーブは入れるし、厚着して、去年よりも早く冬に向けて身支度している。年々早まる(歳とともにそう感じるのだろうけれど)、冬の気配を恨み、暖かい春を待ち望んでいる。

ここ数年、雪の積もり方がおかしい。雪融けに、2階の屋根から塊りがドスンと落ちるついでに雨樋(あまどい)を2度も破砕している。また、玄関先を雪掻きしたばかりなのに、すぐに屋根から雪が落ちてうず高く積もる。そこで、雪国のものと思っていた雪止めの必要性を感じ、業者さんに取り付けてもらうことにした。温暖化といわれながら、雪の量が極端過ぎる。

気分一新、美しく澄んで輝き、やがて消える雪の結晶のような儚(はかな)い恋歌、イ・ソンヒの5集に所収の名曲「冬哀傷(겨울 애상)」(作詞:キム・ヨイル作曲:ソン・シヒョン、1989年)を聞いてみよう。この歌にハッとしてわれに返り、冬へのわだかまりも溶けるというもの。

(本ブログ関連:”冬哀傷”)

(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年10月20日月曜日

ブルーライト(再)

ノーベル物理学賞で話題の青色LEDだが、ちょっと前に、PCの液晶画面の青色成分(ブルーライト)が問題になっていた。PCを見続けると、目の奥に青色光が強く差し込むので、それを低減するためにいくつかの策が語られた。ひとつにブルーライト対応メガネ、もうひとつにディスプレイの青色成分の調整、最後に年齢に応じた対応だ。

(本ブログ関連:”PCのブルーライト”)

① 情報誌の付録についていた、ブルーライト対応メガネを装着する。PC画面全体に薄く赤味がさす。
② PCのデスクトップの色補正して、青色成分の明るさを抑える。PC画面全体から青味が減るような。
③ 年齢的には青色の感度が衰えているので、対応の必要なしとの情報を知る・・・ああ、そうですか。

年齢は別にして、対応メガネを装着し、ディスプレイの青色成分を減衰すると、両目の奥に四方から飛び込むようなインパクトが和らぎ、PC画面が穏やかになる・・・ちょっとモヤッとした感じで目に優しそう。そうすることで、眼精疲労に効果があるのか、正直よく分からないが、やらないよりはやった方がよいだろう。目に差すような青色光のエネルギーが弱まる気がする。長時間ディスプレイを見続ける場合、こんな対策もありだろう。

ところで、今年のクリスマスは以前に増して、街の何処かしこ青いLED照明に包まれることだろう。今まで以上に。

Youtubeの「ブルークリスマス」は、別の意味でブルーな若者たちのクリスマス。プレスリーの歌で聞いてみよう。

(本ブログ関連:”ブルークリスマス”)

(Youtubeに登録のElvisPresleyVEVO に感謝)

2014年10月19日日曜日

遠近法

子どもの頃、児童画といわれる、遠近法とは全く異なる表現が嫌だった。それは、子どもの時代に見られる独特なもので、(大人が忘れた)子どもらしい表現と絶賛されるものだ。でも、当時は見えるように描いてこそ絵ではないのかと思ったものだ。
(今の私には、児童画の伸びやかな表現が可愛らしくてたまらない・・・歳をとって気づいたが)

児童画は、運動会などを表現するとき、運動場を絵の中心に配置して、絵の上側に頭を上向きにした子どもたちを描くのに対して、絵の下側には頭を下向きにした子どもたちを描く。まるで、地球上の人々を宇宙遠くから眺めるようだ。

これは、視座が運動場の中心にあって、全て見るために頭(眼球)を回転させることからくるのだろう。つまり、視座が絵の中心に配置しながら、視線は固定しない。もし、遠くから俯瞰するように、つまり視座を鳥の目のように上空に置けば、登場人物たちの頭は、すべて上向きになるのだが。そこで、遠近法でない集団画の場合、地面を斜めにして、視座と登場人物とが等距離になるようする。一定の範囲内に、登場人物を集団に分けて配置すると、均等に描写することができる。

例えば、日本画で、屏風絵「洛中洛外図」は、集団を区分するのに雲のようなものを挟み込んでいる。また、好みの絵が多い、北方ルネッサンス絵画の場合、遠近法の表現はあるものの、説明的な要素が多いものがある。ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」に見られる宗教的な説諭、ピーター・ブリューゲルの「ネーデルラントの諺」に見られる世俗の風刺のように、解釈を一義にして見る目を動かすことになる。

(本ブログ関連:”ブリューゲル”、”北方ルネッサンス”)

これらの作品は、今でいう絵画というよりは、絵に語られる物語なのではないだろうか。作品を、見る側の立場も含めて理解しなければならないような気がする。作品には3つの立場があるように思う。作品の制作者という立場(所有者と見る者を意識する)、作品の所有者(見せる側)、見る者(見る側)。それぞれが別個であるとは限らない。また、今風の絵画鑑賞という見る側が大衆化してきた時代変遷は興味深い。・・・もしかしたら、遠近法の絵画技法は、世俗化と連動しているのかもしれないなんて考えてしまう。

絵画は最初から「絵画」ではなかったと思う。私は、仏像や仏画が美術や芸術作品として語られるのに、今も違和感を感じる。

2014年10月18日土曜日

超小型電気自動車に乗って

私の自動車免許証はゴールド(優良運転者免許証)だ。無事故、無違反の賜物である。というより、免許証はあれど、ずっと運転していないからだ。じゃあ、何のため免許証を持ち続けているのかといえば、これほど便利な身分証明証はない。そんなわけで、ずっと更新している。

鉱物採集に行くのに、いつもH氏の車に同乗させてもらっている。助手席に坐っているだけで、何のナヴィゲーターの役も務まっていない・・・何度も通った採集地への道、行きと同じ帰り道ですらよく覚えていない。やっぱり車の運転には不向きかもしれない。最初はそういって謙遜していたが、最近は確信している。

とはいえ、自動車に関心ないわけではない。安全な超小型電気自動車が身近になったら近所まわりに乗ってみたい・・・果たして何年先か。心配なのは運転の感を取り戻せるかということだ。近所の自動車教習所に通わなければならないだろう。

電気自動車について十数年ほど昔のこと。バスに乗っていたら、ある自動車メーカーの前のバス停から技術者らしき数人が乗ってきた。奥の座席で、ぼそぼそ話しているのが聞こえた。これからは電気の時代か・・・とため息をついていた。
電気自動車といわれても、素人には模型自動車に載せるマブチモーターのイメージしかない。技術者には大変な時代なんだなと思った。これから彼らが、どんな車を提供してくれるのか楽しみだ。

で、何のために超小型電気自動車に乗りたいのかって・・・、それは川べりに行って、自動車の中で、イ・ソンヒさんの歌を大声でカラオケしてみたいのダ。一人カラオケボックスとして。

2014年10月17日金曜日

膝小僧をすりむいて(続々)

先週の今日、転んでしまった右膝の痛みはゆるり治まってきているようだ・・・が。当初2日間つづけて貼った湿布にかぶれてしまい、痒みと痛さに悩まされている。ふくらはぎが、ちょっと突っ張った感じがして強張りがある。

どの程度リハビリすればよいか分からない。素人判断なので、むしろ運動不足かもしれない。まだまだ靴下を履くのも脱ぐのも難儀する(難しい)程度の回復状況なのだ。

ところで先日Y氏から、長野県茅野市にある金鶏鉱山の美味しい話をいただいた。クロム白雲母、苦土電気石、テルル蒼鉛鉱、セリウム・フローレンス石という・・・来月かな、よけいに夢(欲)が膨らむ。

セリウム・フローレンス石、何と美しい名だ。そして、薄紫色した可憐な結晶よ。一度、私と出会ってくれないだろうか・・・。もしよかったら、日本式双晶にもお会いしたい。正夢にならんことを。

(資料)世宗文化会館の歴史(続)

世宗文化会館の歴史について資料を探している。韓国Wikipediaの「世宗文化会館(세종문화회관)」の沿革の項に、同館着工時、何を念頭に置いたか、およびソウルの公演会場の変遷について、次のように記している。(抜粋)

(本ブログ関連:”(資料)世宗文化会館の歴史”、”世宗文化会館”)

ソウルの公演会場の変遷: 「京城府民館」 ⇒ 【「雩南会館 → 市民会館」 ⇒ 「世宗文化会館」】
--------------------------------------------------
日帝強占期(日本統治時代)には、現在のソウル市議会の建物として使用されている「京城府民館」が総合芸術施設として機能した。光復(独立)後、1961年11月(10月?)に竣工・オープンした「市民会館」がその後に続いたが、1972年に火災で焼失した。これソウル特別市で大規模な総合公演場を建設する計画を用意して、1974年 1月に着工した。

1978年4月14日に竣工(工事終了)と同時に開館され、南北統一時、会議場の使用を念頭に置いて建てた、3,800席以上の大劇場と、532議席の小劇場など、当時最大規模の施設を備えて話題になった。しかし、1980年代に「芸術の殿堂」など他の総合公演場が開館すると、立地が弱くなり始め、ソウル特別市側の安易な運営体系に問題点があるという指摘も絶えず続いた。

(以下略)
--------------------------------------------------

2014年10月16日木曜日

イ・ソンヒの「あなたに会う」

音楽を聞いて心が和むのは、そのとき、穏やかな春の陽に温もる風に包まれたような安堵があるからだろうけれど、それが何処から来るのかは、人生観や経験によるだろう。ときに、記憶のざらつきを埋め合わせてくれる心地よい風が吹く。

イ・ソンヒの15集に所収の「あなたに会う(너를 만나다)」(作曲イ・ソンヒ、作詞エピトンプロジェクト、編曲ミス・ケイ)は、そんな幸運な、そしてどこか懐かしい巡り会わせをさせてくれる。

Daumの”music daum”は、彼女の曲目紹介のなかで、この「あなたに会う」について、次のように解説している。
「無声白黒映画を見るような、クラシックで優雅な雰囲気の曲。ヒップホップ・ジャンルで主に使用されるサンプリングしたような表現技法は、あたかも80~90年代のLP盤で音楽を聞く感じを与える。 また、繊細ながらも多様な感性を表現するために、息一つまでも注意深くレコーディングして、イ・ソンヒ声の魅力を倍に感じることができる曲の一つだ」

昔、ラジオにそうしたように、耳をそばだてて聴きたい。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの15集”)


(Youtubeに登録のCoffee Letter Storyに感謝)

2014年10月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 尹善道

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第75回として、朝鮮中期の文臣兼詩人の「尹善道윤선도)」(1587年6月22日~1671年6月11日)」にまつわる話を紹介した。

始めに、尹善道が島流しの中にあって残した「漁夫四時詞(어부사시사)」について、次のように紹介された。
・尹善道は65歳で官職を退き、済州島へ向かう途中、全羅南道にある美しい風景の甫吉島(보길도)に出会い定住した。そこで風流を楽しみながら数々の傑作を残した。
・尹善道の傑作の一つに、「漁夫四時詞」がある。世俗を離れて、釣りを楽しむソンビの春、夏、秋、冬を表したものだ。

▼ 「漁夫四時詞」から歌「水国に秋が(수국에 가을이)」を聴く。秋に澄んだ海を、漁師船が軽やかに進むを眺めるよう。

次に、「漁夫四時詞」がどのように作られたのかについて、次のように解説された。
・漁夫には、魚労で生計の道をはかる漁師と、自然を楽しんで歳月を釣りする人もいて「漁夫四時詞」の中の漁夫はソンビを指す。
・漁夫を賛美する文学に、戦国時代の屈原の「漁夫辞」に遡る。高麗時代に「漁夫詞」の短歌があった。朝鮮初期、聾巖 李賢輔(농암 이현보)が高麗時代の「漁夫詞」を詩歌「漁夫詞」に改作し、後に尹善道が漢詩から韓国語で楽しめるよう「漁夫四時詞」とした。尹善道の「五友歌(오우가)」は、我が友と聞かれれば、水と石、松と竹、そして昇る月、それ以外に何があるのかと・・・。

▼ 尹善道の歌「五友歌」から「我が友は何人だろう(내 벗이 몇이냐)」を聴く。・・・う~ん、静かにソンビの諦観なのか。

最後に、尹善道とコムンゴ거문고、「玄琴」)の関わりについて、次のような説明された。
・尹善道は70歳を過ぎて、北方の地、咸鏡道北青(북청)の辺鄙な場所に流される。そこで持ち主のない1つのコムンゴを知った彼が探し見つけた
ところ、意外にも郷里全羅南道海南の時代、同僚に貸したものだった。その音は慰めになったことだろう。
・尹善道が実際に演奏したという孤山遺琴(고산유금)は、住んでいた家に保存されているという。

▼ 演奏「コムンゴを弾きながら(거문고를 타면서)」を聴く。新酒の香りがする軽快な曲。

(付記)
流れに掉さして無理するよりも、時に滄浪之水にまま漬かってみるのも必要ではと感じる次第。

2014年10月14日火曜日

(資料)世宗文化会館の歴史

歌手のステータスに、公演会場の格式がある。その意味で、会場の起源を知っておくのもいいかもしれない。

韓国の歌手の場合、音響、規模などで近代的なホールが各地に造られてはいるが、コンサートを開くべき象徴的な殿堂として、ソウルの光化門広場に面する世宗文化会館大劇場があげられるだろう。現在の建物は、火災事故後、朴正熙時代に再建したものだ。

現世宗文化会館の再建については、当時の朴正煕大統領の関わりから、東洋一の規模を狙う、「公演会場というよりも、朴正熙時代の権威主義を象徴する建築物であった」という話もあるが、まずは、この会館の成立から眺めてみたい。国家記録院のホームページにその起源について次のような紹介がある。(抜粋)

世宗文化会館:文化体育観光(部)「世宗文化会館 - 韓国現代史の生き証人」
--------------------------------------------------
世宗文化会館の起源

「雩南会館」
現在、世宗文化会館がある場所に会館を設立する計画を立てたのは1955年だった。「6.25」戦争(朝鮮戦争=韓国戦争)が終わった後、李承晩(1875年~1965年)誕生80周年を記念するスペースに、現在の世宗文化会館の場所に李承晩の雅号である雩南(우남)を冠した「雩南会館」の建設を計画したものである。当時、民主党は雩南会館建設の不必要性を主張し、予算執行を妨げたが、最終的に1958年上棟式を行った。

「市民会館」
しかし、設計段階から建設費総額の正確な計算をしていない状態で始まった工事は、最初からギクシャクとしていた。1950年代末、韓国の状況は、建設基礎資材を国内で生産する能力がなかったので、鉄筋からセメントまですべてを外国から輸入しなければならず、設計当時予想できなかったさまざまな施設費などがかかり、工事費は雪だるまのように増えた。この中で、1960年4月19日「4.19」革命が起こり、李承晩大統領がハワイに亡命し、1960年8月、ソウル市議会は建設中の「雩南会館」の名称を「市民会館」に変更した。

火災
市民会館は、1961年10月、延坪2,900坪、4階建の建物で完工された、当時の韓国最高・最大の規模であった​​。市民会館では、韓国初のミュージカル劇団「芸グリーン楽団」の創立公演をはじめ、演劇、ミュージカル、楽劇、演奏会など各種の大衆文化公演が開かれ、毎年年末にMBC-TVの「10代歌手青白戦」が開かれ話題を集めたりもした。しかし、この市民会館は1972年12月2日「10代歌手青白戦」公演中(終演後?)の舞台上、照明装置が爆発し、起きた火事で全焼して、歴史の表舞台から消えてしまった。この火災事件は、火が出た後、慌てた主催側で急いで降ろした舞台の幕に火が移り大火になっており、この事故で、当時の市民会館館長をはじめとする50人余が死亡する惨劇が起きた。

「世宗文化会館」
市民会館が燃えてなくなった2年後の1974年、ソウル市民のための文化空間の必要性が要求され、その地に戻って市民会館建物を着工した。以来、1978年2月の時点で芸術院院長だったバク・ジョンファと世宗記念事業会などの提案で、名称を「世宗文化会館」に確定した。「世宗文化会館」と命名したのは、建物が世宗路にある点と、世宗大王の業績の敬いなどを反映したものという。世宗文化会館は、着工から4年後の1978年4月14日に開館(朴正煕大統領出席)した。

(以下略)
--------------------------------------------------

2014年10月13日月曜日

2018年 小学校教科書の漢字併記案

韓国は、2018年に小学校教科書に漢字併記が考えられている。そのことも踏まえて、連合ニュースの記事「”漢字知らなくても不便はないと感じる国民増え”<(韓国)ギャラップ>」(10/7、ユン·ジョンソク記者)は、韓国民の漢字受容についての電話(インタビュー)調査(2002年対比)結果を、次のように報じている。

生活実感として漢字の有用性と、文化を見据えた漢字の有用性に違いがあるが、いろいろな面で漢字文化へのシフトが始まっているのだろう。今後、漢字はどのような字体が使われるのか、また、これから漢字を学ぶ世代と、漢字を排除されてきた世代との間にカルチャーギャップが生じるのか、もろもろ気になることがある。
-----------------------------------------------------------
・漢字を知らなくても生活に大きな不便がないと感じる国民が、12年間で多く増えたという世論調査結果が出た。

・7日、韓国ギャラップは「ハングルの日」(10/10)を控えて、最近、成人1,004人を相手に漢字に関するアンケート調査(「漢字使用の認識調査 - 2002/2014年の比較」)を行った結果、「漢字を知らなければ生活が不便」を問う質問に、回答者の54%が「不便である」と答えたと明らかにした。
・韓国ギャラップが2002年に行ったアンケート調査で、漢字を知らないと不便という回答が70%に達したという点で、12年の間に漢字を知らなくても大きく支障がないと考えている国民が増えた。

・「漢字が外国の文字と思うか」という質問には、回答者の47%は外国の文字48%は韓国の文字と答えた。
・2002年の調査でも、漢字が韓国の文字との回答が47%外国文字という答えは46%で、今年のアンケート結果と似ていた。

・漢字使用の項目では、57%は「ハングルと漢字を混ぜて使わなければならない」41%は「ハングルだけ使わなければならない」と答えた。
・2002年の調査では、55%が「漢字併用」33%が「ハングル専用」に応答して、12年前も今もハングルと漢字を組み合わせて使用​​すると見る世論が多かった。

・今年の調査内容を年齢別に見たとき、漢字を知らないと不便だという意見が20代から40代まで48~50%であったが、50代57%60歳以上は63%を記録した。

20代だけで漢字併用(50%)とハングル専用(49%)が二つに分かれたが、30代以上では「ハングルと漢字を一緒に使わなければならない」という意見が「ハングル専用」よりも優勢だった。
・漢字を混ぜて使わなければならないと答えた回答者(575人)を対象に、その理由を尋ねたところ、67%が「漢字を知らなければ意味を十分に伝えることができる」と答えた。

2018年小学校の教科書の漢字併用案について世論は賛成67%反対29%であった。
・文部科学省は先月、ドアと統合カリキュラム」の一環として、2018年から小学校3年生以上の教科書に漢字を併記する案を推進すると発表し、これに対してハングル学会と関連市民団体は反対の立場を明らかにした。
-----------------------------------------------------------

2014年10月12日日曜日

イ・ソンヒのテレビCF

若いイ・ソンヒが溌剌として登場するテレビCFがYoutubeなどに登録されている。現在はどうなのだろうか、企業提供コンサートなどに出演することもあるようだが。テレビCFに彼女の力は絶大に違いないけれど、思うにアーティストとして活動を選択しているかもしれない。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒのテレビCF”、”七星サイダー”)

次のCFは、コカコーラの歌(코카콜라)、七星サイダー(칠성사이다)、ラッキーの紙おむつ(젬제미)、Hwany MaxのASレンズ(AS렌즈)。共通するイメージは、はち切れる若さ、健康、透明感・・・、彼女の持つ健全さに集約される。


(Youtubeに登録のjunghee .Pに感謝)

2014年10月11日土曜日

生命の不思議なこと

常々生命について不思議に思うことがある。

細胞の核内にある、DNAの塩基配列(設計図)にしたがって、アミノ酸=タンパク質が作られる。
生命(生きている活動)っていうのは、物質やエネルギーを拡散でなく凝集する方向に向かわせる気がする。生命活動が終われば、大地(地球=宇宙の塵)に還る(同質化する)ことだろう。

では生命活動というのは、細胞の中でどのような動きをしていることなのだろうか。
------------------------------------------------
・発生や分化の過程で、生体を構成する特定のタンパク質を作るために発せられる指令は、どんなタイミング、つまり環境変化をどのように認識して発せられるのだろうか?

・細胞内のエネルギーや栄養を得るために、ダイナミックに動く代謝システム(=状態遷移)は、遺伝情報の一部なのか、それとも別次元のものか?

・生命って、完全に閉じた系(システム)ではないよね・・・だから、環境の変化を考慮(想定)しているのだろうけれど、その環境変化の幅(最大・最小)をどこかで決めて(決まって)いるのだろうか?
------------------------------------------------
どれもこれも、進化の中でできあがったことなのだろうけれど。

建築物に(人の)動線があるように、生命も単純に構造体としてだけでなく、ダイナミックなもの(濃度勾配のようなメカニズム)に影響されるのではないだろうか。それにしても、生体の低い体温中で、ダイナミックに化学合成するメカニズムを作ったとは、よくできている。

自然(生命)はどうして、乱雑さを好まないのだろうか・・・不思議は尽きないけれど、科学者よって、その解もいつか見出されるに違いない。科学は停止しない。

2014年10月10日金曜日

膝小僧をすりむいて(続)

昨晩、夜道でつまづいて右の膝小僧をすりむいた。自宅に戻って、傷口を消毒したが、その後痛みが増して、今朝になって膝が腫れ、痛くてきちんと曲がらない。椅子の立ち上がりに一苦労する。2階の上がり降りは更に厳しい。

夕方になって、痺れは少し治まったようだが、自由がきかない。良い方に考えるとはいえ、回復に時間がかかりそう。おろそかにしていた鉱山巡りもあっさり頓挫した。本当に悔しい気がする。

明日の教室は、足を引きずりながら近所のバス停まで行って、循環小型バスに乗るしかなさそう。このバスがなかったら、お手上げだったろう。

2014年10月9日木曜日

膝小僧をすりむいて

なんというか小学生だ・・・家路の途中つまづいて膝を打ち、すり傷をこしらえた。スボンを見れば、膝に小さな穴が開いている。そのとき感じなかった痛みが、家に着くとジワジワ出てくる。神様はよくしたもので、家に戻るまでの間、痛みを抑えてくれたようだ。

だいぶ前にも転んだことがある。錫高野に蛍石を採りに行ったとき、岩場!で思いっきり仰向けに引っくり返ったのだ。幸いリュックを背負っていたお陰で、脊椎は守られたが、帰りの車中、小さな振動にも激痛が走って大変だった。なのに、リュックいっぱいの採集鉱物を捨てようともしなかった。

子どものころは、足を怪我すると、赤チンキを塗ってもらった。空き地で遊ぶ腕白たちは、半ズボンの足先にあちこち赤い勲章を飾っていた。その赤チンキが有害とかで次第に使われなくなった。怪我自慢の証がなくなって、男の子はさぞ残念だったろう。

そう、子どもって、怪我したことを得意がった。特に骨折などして、腕に三角巾をしたりすると、晴れがましい。松葉杖など使えば最高だ。みなが寄り集まり、あれこれ尋ねると、まるで空を指差して高らかに歌うポスターのように高揚したものだ。

怪我自慢は、それだけではだめ。大事なことは、それにもめげず、みなと一緒に遊びまわらなければならない。これができてこそ、怪我は男の子の栄えある勲章なのだ。我が遊び声、ますます天に響き渡るようだった。

2014年10月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 建国神話(開天節)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第74回として、韓国で1909年1月15日に制定された、建国神話の記念日「開天節개천절)」にまつわる話を紹介した。

始めに、檀君(단군)神話にもとづく「開天節」の史録について、次のように紹介された。
・開天節は、古代朝鮮神話の檀君による建国を記念する日。開天は天が開く意だ。檀君神話は、高麗僧侶の一然(일연、1206年~1289年)が書いた史書「三国遺事(삼국유사)」(1280年代中頃)にある。
・10月3日は、建国記念日「開天節」で、檀君が建国した古代朝鮮の紀元前2333年10月3日にあたる。開天節の時期にもう一つ説があって、檀君が建国した124年前に桓雄(환웅)が降臨した日もある。檀君、桓雄ともに神話中の人物だ。韓国民は、檀君神話を思いを起こし団結する。昔、節句に近所の家を訪ね、願うの意を持つ「ビナリ」を歌い、平和を祈った。

▼ 歌「ビナリ(비나리)」を聴く。以前の回でも聴いたよう、サムルノリのにぎやかな金属打楽器に合わせて歌う。

次に、桓雄による地上の統治神話について、次のように説明された。
・天を統治した神、桓因(환인)の子に桓雄がいた。桓雄が人間世界を欲したことに気付いた父は天下を見下ろし、人間を幸せにするため桓雄を人間の世界へ送り治めさせた。桓雄は兵士3000人を率い、太伯山(태백산、妙香山)の山頂にある天地を繋ぐ神檀樹(신단수)の下に降りた。他民族にも「生命の木」をモチーフにする神話がある。人類の想像力は似る。桓雄は、風、雨、雲を統治する各々の神を率いてこの世を治めた。人間世界を、穀物、命、病など360余り各々の神に治めさせた。

▼ 「一千年の物語り」からコムンゴ演奏「希望を抱いて(희망을 품고서)」を聴く。古皮袋に揺れる新酒のよう。

最後に、檀君神話の独特な系統(シャーマニズム的起源)を示す熊女について、次のように説明された。
・桓雄の統治国が羨ましく、一頭の熊と虎が人間になりたいと訪ねてきた。桓雄は一握りのヨモギとニンニク20個を渡し、これを食べて100日間太陽光を避ければ人間になれると言った。それに成功したのは、虎ではなく熊だった。熊は熊女(웅녀)という女性になり、桓雄と結婚する。生まれた息子の檀君は、国を建て現在の平壌を都とし、2000年近く治めた後、神になった。

▼ 民謡「城主プリ(성주풀이)」を聴く。( ⇒ ここでは、イ・ソンヒの慶尚道民謡を聴きましょう・・・圧倒されます)

(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年10月7日火曜日

ノーベル物理学賞

照明やテレビなどで身近で当り前過ぎるLED・・・そう思っていたが、3原色の最後の牙城であった青色LEDを完成した研究者に大きな光があてられた。今年の「ノーベル物理学賞に赤崎勇・天野浩・中村修二の3氏」が受賞したと、朝日新聞は次のように報じている。(10/7、抜粋)
-----------------------------------------------------
・スウェーデン王立科学アカデミーは7日、今年のノーベル物理学賞を、赤崎勇・名城大教授(85)と天野浩・名古屋大教授(54)、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(60)の日本の3人に贈ると発表した。赤崎さんと天野さんは青色の発光ダイオード(LED)を初めて作り、中村さんが実用化につなげた。これにより光の3原色がそろう見通しが立ち、LEDで幅広い色が再現できる道筋をつけた。

・赤崎さんは名古屋大教授時代の1985年、天野さんとともに高輝度のLEDに欠かせない良質な結晶を作製。89年、窒化ガリウムの半導体青色に光るLEDを作ることに成功した。
中村さんは日亜化学工業(徳島県阿南市)の研究員時代の90年代前半に、製法を進化させた。
-----------------------------------------------------

青色LEDの結晶や製法を全く知らないが、あまりの普及に今回の受賞を納得してしまう。考えてみれば、他の赤色、青色LEDについても何も知らないのに・・・そこをすっとばした素人の強み、めでたいと思う気持ちは変わらない。

夕方、テレビのニュースで赤崎勇教授のノーベル賞受賞の記者会見を見た。記者から若い研究者への言葉を求められたとき、流行をやるのではなく、自分がやりたい研究を探せという印象的な回答があった。

2014年10月6日月曜日

マニア、CD

マニアやコレクターを辞書に探すと、熱狂者とか収集家があてはまる。江戸時代には奇人という言葉でくくられたようだ。奇人の系譜は、遠くに蘭学を見ながらも、後の博物学(本草学)に通じた。江戸諸藩に開いた独自の文化と経済交流という実学的なベースがあって、奇人が尊重される気風が醸成されたといえるだろう。奇人尊重の気風は英国においても同様だった。

さて現代の奇人は、高度に専門化して研究者に吸収される一方、市井で趣味人として生き残って、大方はのんびりと趣味世界にいる。オタクは時代とぎりぎり磨りあって、固有の指向を確立した新しい芽だ。奇人の大樹は、枝を伸ばし、芽を吹いている。

そんなとき、ふと思うのは韓国の書店で、鉱物採集マニア向けの(韓国産)鉱物図鑑が見つからないことだ。なぜ鉱物趣味が広がらないのだろうか。石(鉱物)という見える物に価値を知り、価値を付けるマニア的な世界がないのだろうか。

(本ブログ関連:”鉱物図鑑”)

このことは、音楽趣味が物(CDなど)を経るかどうかといったことでも、日本と韓国の音楽ファンの傾向がうかがわれる気がする。私は、イ・ソンヒのCDやLPを収集したくなる。重複したものがあれば、日頃、イ・ソンヒファンの心理を黙って聴いてくれた人たちにプレゼントしたりするのだが・・・間違ってないよね。

(本ブログ関連:”第15集「SERENDIPITY」を3つ”)

朝鮮日報(日本)の記事「多くの国で姿消すCD、日本では今なお人気」(10/5、ヤン・モドゥム記者)は、韓国と比べて圧倒的にCD購入者が多い日本の状況について、韓国側の視点から次のように紹介している。(抜粋)
---------------------------------------------------
・スマートフォン(多機能携帯電話端末)やMP3プレーヤーの普及により、音源の世界市場ではデジタル音源が席巻している。楽曲をダウンロードしたり、インターネットを通じてリアルタイムで鑑賞したりする「ストリーミング」の世界シェアは60%(売上基準)に達している。ところが、日本市場の「王」は依然としてコンパクトディスク(CD)で、音源のシェアの80%を占めている。韓国では10年余り前に消滅した「ミリオンセラー(売上げが100万枚以上)」が今年二つも出た。日本人はなぜ、1枚当たりの価格が2500-3000円もするCDを好むのだろうか。

・これは日本人特有の「収集癖」と「ファンダム(特定の人や物に対する熱狂的な支持)」が結び付いた現象だという見方が出ている。ある歌手の歌を聴くだけにとどまらず、そのCDなど関連商品を所有することを好むというわけだ。ヒット曲を集めたCDも、関連商品を収集する人たちの間で人気が高い。
---------------------------------------------------
韓国の音楽消費パターンは、圧倒的にストリーミング・サービスが多い。CDが少ないのに加えて、歌手の以前の歌を再編成したCDに歌詞カードがないこともある。この辺に、物(CD)を介さない音楽購入の理由があるような気がする。

(本ブログ関連:”歌詞カード”、”ストリーミング”)


上記記事が前提にしていると思われる、朝鮮日報(韓国)の記事「IT強国日本の変わらぬ音楽CD愛」(9/18、イ・ヨンソン記者)は、ニューヨークタイムズの情報で日米対比しながら、日本のCD売上げが多いことを次のように紹介している。(抜粋)
---------------------------------------------------
・音楽を聞くプラットホームがモバイルに変わって、関連産業もダウンロードとストリーミング中心に再編されている。だがIT関連技術力にあって、世界最高を自負する日本は例外だ。

・16日(現地時間)、ニューヨークタイムズによれば、日本の音楽市場で一番である消費方式は相変らずコンパクトディスク(CD)購買で、全音楽市場売上の85%を占めるストリーミング・サービスの比重が90%に達する我が国(韓国)や、ダウンロードとストリーミングを合わせた比重が60%を越えるアメリカとは対照的だ。

・世界最大の音楽市場であるアメリカの場合、レッド・ツェッペリンとジェイスン・ムラーズ(Jason Mraz )などの所属会社で有名なアトランティック・ レコードのデジタル音源販売収入は、すでに6年前のCD販売収入を越えた。一時、全世界レコード流通市場を牛耳ったタワーレコードは、デジタル音源市場の急成長による実績不振に、2006年の一年間、アメリカだけで89の売り場を閉鎖した

・これとは対照的に、日本の最大移動通信社NTTドコモが運営を受け持っているタワーレコード日本の場合、東京、渋谷の地下1階、地上8階規模の単独売り場が盛業中であることをはじめとして、日本国内85の売り場を運営している。年売上げは、5億ドル(約5200億ウォン)に達する。

ニューヨークタイムズは、伝統のIT強国日本の格別なCD愛が、収集好きな日本人の独特の気質と関連があると分析した。我が国(韓国)でも一時流行した、特定アーティストの「ヒット曲選集(Greatest hits)」アルバムが日本で特に人気が高いのもこのような指向と関係がなくはないという。

・これに加えて、過度に慎重かつ几帳面な日本のビジネス慣行も、もうひとつの原因(=音源ダウンロード販売普及の遅れ)とされた。アップルがアイチューンズ・ストアの日本サービスを最初に始めたのは2005年だが、7年後である2012年に達して日本最大レコード会社ソニーミュージック・エンターテインメント所属のアーティストの音源を供給できたと、ニューヨークタイムズは伝えた。
---------------------------------------------------

2014年10月5日日曜日

雨の日曜日に

台風18号は、北上して九州の南の海で急旋回、日本列島に沿うように太平洋沿岸を東に進んでいる。天気予報は、関東地方について、今日は雨というだけで、むしろ明日月曜の台風襲来に焦点を合わせていた。

淡々と今日は雨という予報に、少し外出する余裕でもあるかと思ったが、そうはいかなかった。雨は一日中降り続き、外出はままならない。雨脚は結構強く、傘があまり役立ちそうもない感じだ。ズボンは間違いなく濡れるだろう・・・。出かけるあてもないので、家の中でじっと過ごしたが。

深夜の天気予報は、これから関東地方にも風が吹きだし、明日朝方(9時頃)に直撃のようだ。勢力が、過去10年で最大級という。一体どんな準備をすればいいというのか・・・。雨戸だけはしっかり閉めておこう。

昔のコマーシャル・ソングにあった、「雨が降ってる日曜日、坊や泥んこなぜ泣くの、あそこのかどで転んだの、・・・」というわけにもいかぬ日曜日だった。

(本ブログ関連;”雨が降ってる日曜日”)

2014年10月4日土曜日

イ・ソンヒ全国ツアーコンサート 水原

イ・ソンヒの公式サイトのスケジュール情報によれば、来月後半にもデビュー30周年記念のイ・ソンヒ全国ツアーコンサートが京畿道水原(수원)市で催される予定。詳細は、次のインターパーク「チケット公知」より。

- 公演名: イ・ソンヒ 30周年記念コンサート - 水原公演
- 公演日時: 2014年11月15日(土)、7pm ~ 11月16日(日)、5pm
- 公演場所: 水原室内体育館
- チケット価格: VIP席 132,000₩ / R席 121,000₩/ S席 110,000₩ / A席 99,000₩
- 観覧時間: 120分
- 観覧等級: 未就学児童入場不可

イ・ソンヒのここ3回の(韓国)国内ツアー都市を一覧して見ると、ソウル公演を含めて過去10都市ずつだったのに対して、今年は13番目の都市まで予定されている。彼女を愛するファンに応え、風の吹く範囲を超えず、ファンとの距離を大切にしていることが分かる。それは、彼女とファンとの強いつながりであり、ファンの心にいつまでもありつづける歌手としての証左でもある。
-----------------------------------------------------
2014 コンサート”歌うイ・ソンヒ”
・ソウル4.18-20:「世宗文化会館」 ★4.19レポート
・大邱5.10-11:「大邱エックスコ・コンベンションホール」
・蔚山5.24-25:「蔚山東川体育館」
・光州6.7-8:「金大中コンベンションセンター」
・城南6.14-15:「城南アートセンターオペラハウス」
・釜山6.28-29:「KBSホール」
・富川7.12-13:「富川室内体育館」
・全州8.30-31:「韓国ソリ文化の殿堂 モアク堂」
・安養9.13-14:「安養室内体育館」
・大田10.4-5:「忠南大正心華国際文化会館正心華ホール」
・昌原10.17-18:「昌原城山アートホール大劇場」(予)
・高揚11.1-2:「高揚アラムヌリ アラム劇場」(予)
・水原11.15-16:「水原室内体育館」(予)

2011 コンサート”5月の陽ざし”
(海外)
・ニューヨーク2.3(木):「カーネギーホール(Stern/Perelman)」
(国内)
・ソウル5.21(土)-22(日):「世宗文化会館」 ★5.21レポート
・水原7.2(土)-3(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽7.9(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田7.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山9.3(土)-4(日):KBS釜山ホール
・全州9.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川10.8(土):サムサン・ワールド体育館
・光州11.5(土)-6(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館

2009 コンサート”招待”
・ソウル(서울)4.1-5:「COEXオーディトリウム」 ★4.2レポート
・仁川(인천)5.16(土):「仁川サムサンワールド体育館」
・全州(전주)6.27(土):「韓国音文化の殿堂モアクダン」
・清州(청주)7.5(日):「清州芸術の殿堂大公演会場」
・水原(수원)7.11(土):「京畿道文化の殿堂大ホール」
・城南(성남)8.15(土):「城南アートセンターオペラハウス」
・高揚(고양)9.5(土):「高揚アラムヌリ アラム劇場」
・大邱(대구)9.12(土):「大邱市民会館大劇場」
・釜山(부산)10.24(土):「KBS釜山ホール」
・大田(대전)11.1(日):「忠南大 チョンシムファホール」
-----------------------------------------------------

2014年10月3日金曜日

「人イヌにあう」から

子どもが水溜りで、無邪気に遊んでいる姿は可愛らしい。水の感触もそうだが、意のままにならぬ形質も楽しくてたまならないのだろう。泥水だらけになって、しまいにその場に座り込んでも気にしない。水は、子どもが外の世界で最初に出会う、感性に直結する不思議なものかもしれない。

そんな水の面に水滴を垂らすと、初め輪郭をしっかりした輪ができて広がり、次第に薄れて無かったように水に吸収される。水紋を見ていると、まるで人の言葉のように思うことがある。水紋は、その輪があってこそ意味を持つ。水がなければ水紋がないように、人がいなければ言葉はない。水はいつまでも澄んで欲しい。水紋は美しい円弧を描いて欲しい。

動物行動の世界で、飼いイヌを通して愉快なイヌの行動を教えてくれた、動物行動学者のコンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz、1903年~1989年)の著書に、「人イヌにあう」(小原秀雄訳、至誠堂選書)がある。この本の中で、飼いイヌ同士が吠えあうとき、居るべき場所を前提にしているという面白い例を、次のように紹介している。(元文に適宜段落付けした)
----------------------------------------------------
・~私の年老いたブリイとその不倶戴天の敵、白いスピッツにかんするものである。このスピッツは緑に塗った木のかき根で仕切られ、村の通りにそって長くのびた幅の狭い庭のある家に住んでいた。この三十ヤードにわたるかき根にそって、二匹の英雄は、走って行ったりきたりしては激しく吠え、かき根の両端の折り返し点でちょっと止まっては、役にもたたない怒りのあらゆる動作と声をおたがいに投げつけるのであった。

・ある日やっかいな事態がもち上がった。かき根は修理中で、一部がそのためはずされたのだ。下手の半分がなくなっていた。さて、ブリイと私は家を出て丘を下り、川に向かった。スピッツはもちろん私たちに気づいて、庭でいちばん高い一角で、うなり、興奮のあまりふるえながら待ちかまえていた。最初に、おきまりの不動の姿勢でののしりあいがはじまった。それから二匹のイヌはそれぞれがかき根の両端で、前方に向かっていつもの早駆けをはじめた。

・ところがなんと、珍事勃発。彼らはかき根が取り払われている場所を駆け抜けてしまい、さらにののしり合戦が行なわれはずの庭の下手のはずれまできて、やっとおのれの失態に気づくしまつであった。彼らは毛を逆立て、恐ろしげにきばをむき出して、そこに立ち止まった---が、かき根はなかった。たちまち吠え声はやんだ。

・そこで、彼らはどうしただろうか? あたかも一心同体のごとく、彼らはくるりと向きを変え、横腹を接してまだ残っているかき根のところへとんでいった。そこで彼らは、まるで何ごとも起こらなかったかのように、ののしりを再会したのである。
----------------------------------------------------

鉱物採集などで地方に出かけると、農家の庭先に用心のため番犬役をしっかり果たしている飼い犬がいる。一方、住宅街を飼い主に連れられて散歩する小型犬は吠えないし、番犬イメージも薄い。屋内で飼う愛玩犬が中心になっているようだ。
愛玩犬の場合、家の前を通り過ぎる他のイヌに対して、どんな反応を示しているのだろうか。

2014年10月2日木曜日

イ・ソンヒ、MCモンとコラボか

Tonga.A掲載のニュースエンの記事「イ・ソンヒ側『MCモンのコラボ提案1次固辞、新曲待っているところ』」(10/1)は、「イ・ソンヒ側がMCモン側のコラボレーション提案に対して口を開いた」と、イ・ソンヒとMCモンによる新曲が展開されるか次のように報じている。

MCモン・・・ヒップホップ・・・ヒップホップねえ。どういったらいいか、おじさんの世界観から言えば、自然の棲み分け風に、近くにいても見えども見えず。

イ・ソンヒが、今回どのように関わるのか。もちろん最近のアルバムでも、チャレンジしており、見事にこなすのは間違いない。

(本ブログ関連:”ヒップホップ”)

ところで、ヒップホップ(ミュージック)って・・・。
--------------------------------------------------
・イ・ソンヒ側関係者は、10月1日ニュースエンに「最近MCモンが、イ・ソンヒにコラボレーション提案をした。だが、曲がイ・ソンヒの音色に合わないと判断、丁重に固辞した。MCモンのアルバムに役に立たなければなければならないと考えたため」と明らかにした。

・これに対しMCモン側は、また他の曲をイ・ソンヒに伝えたいという旨を表明した。イ・ソンヒ側関係者は、「イ・ソンヒもこれを受け入れて、現在MCモンの曲を再び待っている。まだその曲を聞くことができなかった」と付け加えた。

・MCモン側も、同日ニュースエンに、「最近イ・ソンヒにコラボレーションの提案をしたし、イ・ソンヒ側もこれを肯定的に検討中だ」と明らかにした。だが、MCモンとイ・ソンヒが歌う歌は、現在まで決まっておらず、当然録音も入っていなかったというのがMCモン側の説明だ。

・今回のMCモンの新しいアルバムには、リサンケリー(리쌍개리)、ホガク(허각)、ペク・チヨン(백지영)などが一つになって、フィーチャリング援護射撃する予定とより一層期待感が高まっている。

・一方、MCモンは、来る11月、4年ぶりの新しいアルバムを持って歌謡界に復帰する。MCモンの歌は、その間、多くの歌手とコラボレーションを通じて大衆の多くの愛(支持)を受けたところ。それゆえ、MCモンとイ・ソンヒの組み合わせにも関心が集中している。
--------------------------------------------------

2014年10月1日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」済州島

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第73回として、朝鮮半島南部に位置する火山島、「済州島제주도)」にまつわる話を紹介した。

まず、済州島の地理と伝統的な信仰について、次のように紹介をされた。
・半島の南に韓国最大の島、済州島がある。温暖な美しい自然のリゾートアイランド。中央に位置する漢拏山(標高1,950m、한라산)は10万年前にできた火山、牧場や農園などの地でもある。
・美しい島であるだけでなく、ユネスコ人類無形遺産に登録されたシャーマニズム信仰である巫俗(무속)のお祓い「クッ(굿)」の「済州チルモリ堂燃燈グッ제주칠머리당영등굿)」が、毎年2月に行なわれる。
・漢拏山の他に、10万年前に海底噴火でできた「城山日出峰성산 일출봉)」火山も有名。列を成した溶岩洞窟の「拒文オルム溶岩洞窟거문오름용암동굴)」もユネスコ世界遺産に登録されている。透き通った海、島中央の山とが調和した島には、半島と遠く離れて独特の文化が残っている。外国語のような方言、石積みの壁。半島と異なる風景をあらわした歌「瀛州十景영주십경)」*がある。
(*) 「瀛州十景」は、後述の朝鮮後期の金正喜に師事した李漢雨(이한우、1823年~1881年)の作。

▼ 済州島を代表する風景10ヵ所を歌った「瀛州十景」を聴く。民謡と別の起源を持っている。

次に、済州島の神(神話)について、次のように説明された。
・済州島には、1万8千もの神がいる。今でも祭祀を捧げる場所が400ヵ所も残っていて、土着の信仰を守っている。この世の地形を作った「麻姑婆さん(마고할머니)」や、宇宙を支配するとされる「天地王(천지왕)」などは済州島固有の神だ。
・済州島の歴史(「高麗史古記」)では、「三姓穴(삼성혈)」に古代の耽羅(탐라)国を建国した良乙那(양을나)、高乙那(고을나)、夫乙那(부을나)の3人の誕生から始まる。3人は碧浪国(벽랑국)から3人の姫を迎え、この時、牛馬と五穀の種が済州島に伝わった。4、5世紀頃のことで、その時農耕生活が始まったという。

▼ 「済州の海(제주바다)」という歌を聴く。イメージとしては都会人のあこがれのような・・・今様である。

最後に、流刑地としての側面について、次のように解説された。
・観光地の島だが、昔は罪を犯した臣下の島流しの場所とされた。険しい海を渡ると、いつ戻れるか分からない所だ。秋史・金正喜(추사 김정희、1786年~1856年)先生の絵「歳寒図(세한도)」は、その寂しい暮らしを表した作品だ。済州島の文化が今に至るのも、地理的に海があったからだ。済州島では、今も最も寒い大寒から立春の時期に引越しする。神が天に昇り、新しい任務を受ける過渡期で、引越しに無難な時期と信じられている。実際、済州島で唯一気温が5度以下になる時期で、慣れぬ地引越ししても病になりにくいという。

▼ 済州島女性民謡「シンアウェ(신아외기)」を聴く。次第に合いの手につられて口ずさんでいる・・・今様に歌う。

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「文化というものは暮らしの中で身につけた知恵の集まりだと思います」。本当にそうですね、生活に根ざしたものこそが、子孫に受け継がれるというものですね。

2014年9月30日火曜日

今年も3/4食べてしまった

9月最後の日。今日を過ぎれば、今年も残すところ1/4しかない。リンゴの実を中心に立て切りしたものをイメージすると、残りの少なさに驚く。そんなに早食いしてしまったのかと。

(本ブログ関連:”リンゴの実”、”林檎”)

小川の心地よい流れに足をつけて笹舟遊びしていたら、みるみる遠くに流れて行ってしまうのを見て慌てるよう。だらけていたわけでなく、貪ったわけでない・・・指折り数えてやっと気付くのだ、時の刹那さが身にしみる。

思いより早く、時が追い越していく。巾着田の真っ赤な彼岸花(曼珠沙華)の見物でもと思っていたら、すでに盛りを過ぎたとネットで知る。せめて秋、垣根越しに金木犀(キンモクセイ)の香りを楽しもう。沈丁花もそうだった、子どもの頃に馴染めぬ香りだった。歳を重ねるうちに親しむような、まるで秋刀魚の苦味。まんざら悪くない。

(本ブログ関連:”キンモクセイ”、”彼岸花”)

秋の深まりは負い打ちをかける。何と文具店の店頭に、来年のカレンダーや手帳が並んでいる。来年のことまでは頭がまわらない。

(本ブログ関連:”カレンダー”)

2014年9月29日月曜日

御嶽山噴火(続)

先週末(9/27)の御嶽山噴火は、犠牲者が多数になるかもしれない。まだ、山頂付近に心肺停止状態のまま救出されずいる方があるようだ。当日、行楽日だったため、行方不明者の中に家族連れが含まれるかもしれない。

(本ブログ関連:”御嶽山”、”火山”)

ところで、今回の噴火の成因について、水とマグマ性の熱による「水蒸気爆発(噴火)」であって、マグマそのもの(噴出)による「マグマ噴火」ではないようだ。ただし、この「水蒸気爆発(噴火)」後、「マグマ噴火」に遷移するかもしれないとのこと。

テレビで知って驚いた情報がある。
① 現在、地震研究と比べて、火山研究の体制(研究者)と資金(研究費)がともに極めて不足しているという。この時代、地道に自然に対する研究を尊ぶ気風を忘れているようで残念だ。火山(災害)研究の国家的支援の是非を、機会損失的な切り口で論じると、とんでもないしっぺ返しを受けるかもしれない。
② 今のところ、「水蒸気爆発(噴火)」について科学的な予知が難しいということも聞いた。

2014年9月28日日曜日

イ・ソンヒ ペク・チヨンのコンサートに出演

10アジアの記事「ペク・チヨンのコンサート、イ・ソンヒ、キム・ジェドン、イ・スンギ、FlyToTheSkyなど華麗な人脈いっぱい」(9/23、チェ・ジンシル記者)は、歌手ペク・チヨン(백지영)のコンサートに、イ・ソンヒがゲスト出演というサプライズを次のように報じている。(抜粋)
ペク・チヨンは、イ・ソンヒと一緒に写ったYoutube映像でしか見たことがないので、つい若手かと思ったが、1999年デビュー以来芸歴を積んだ歌手だった。イ・ソンヒが、同じ事務所ではない後輩歌手のコンサートに出演するのは珍しいことなのだろう。

(本ブログ関連:”ペク・チヨン”)
------------------------------------------------
・歌手ペク・チヨンのコンサートに、華麗な歌謡界の先輩、後輩が共演した。

・去る(9月)20日、ソウル・オリンピック公園オリンピック・ホールで、「2014ペク・チヨン ショー-その女性」が開催された。この日、公演は一日2回進行された。この日の公演ゲストに、イ・ソンヒ、キム・ジェドン、イ・スンギ、FlyToTheSkyが出演して、・・・、ペク・チヨンの夫であるチョン・ソグォンまで公演会場にサプライズ登場して皆を驚かせたりもした。

・特にこの日、ゲスト公演の白眉は、FlyToTheSkyに続き登場したペク・チヨンのメンター(=指導者的)先輩歌手のイ・ソンヒの舞台であった。観客は、イ・ソンヒがメイン舞台に登場するとすぐに大きな叫び声と拍手を送り熱烈に歓迎した。

・イ・ソンヒは、映画「王の男」のOSTで多くの愛(=支持)を受けた「因縁(인연)」(の歌)で舞台の幕を開けた。イ・ソンヒは、特有の清らかで澄んだ声で「因縁」を歌った。特に、(歌の)折り返しでは爆発的な歌唱力でソフトなカリスマ性を披露した。

・イ・ソンヒは、始めてすぐ「チヨンさんの歌に癒された。公演会場に早く到着して、チヨンさんの歌を聞いて順番を待っていた」と、後輩ペク・チヨンに対する変わりない愛情を誇示したりもした。

・イ・ソンヒは、最後の曲で、今年発表して多くの愛を受けた15集タイトル曲「その中であなたに出会って」を舞台披露した。

・イ・ソンヒとペク・チヨンは、この間、SBS「ヒーリング・キャンプ」、JTBC「HIDDEN SINGER」などの番組に一緒に出演して、お互いの友情を確認した。イ・ソンヒは、「ペク・チヨンの歌は、演技を没入させてくれる」として賞賛を惜しまず、後輩ペク・チヨンの胸いっぱいにさせたりもした。

・ペク・チヨンは、来る10月4日釜山公演に続き、10月18日大邱、11月1日天安公演を控えている。
------------------------------------------------

チゲパックを4つ

朝のTVニュースで、日比谷公園で昨日・今日開催の「日韓交流おまつり」を知って出かけた。
初めてのイベントなので例年と比較できないが、規模は思ったより小さ目だが、人出は天気もよくてまずまずのよう。

入り口で購入した食べ物クーポン券を片手に、まず海苔巻きを求めた。家族連れが、会場で買った食べ物で昼食している日陰に混じって食べる。この海苔巻き、いかにもアジュンマの手造り感がしてよい。

その後、食品会社のテントを巡って、チゲの素のスープ・パック(日本語表記のパック)を4つ購入(3+1おまけ)する。帰宅して、パックの「ご注意」表示を読むと、一昨々日、本ブログに記載(「スンドゥブチゲの季節(簡略版)」)したものとソックリ・・・つまり、そそっかしい人向けに、「こぼさぬように」、「火傷せぬように」というもの。私と同様なことをする客がいるというわけ。

明日にでも、スンドゥブ・チゲにして食してみよう。

ところで、このイベントでは、書籍関連の話題もあったが、展示書籍は韓国文化院の一般蔵書のようで・・・。書籍販売を期待したが、これも書店で見る語学書だけで・・・とはいえ、一冊求めた。

2014年9月27日土曜日

御嶽山噴火

帰宅して、夕方のNHKテレビニュースを見て驚いた。長野県と岐阜県の境にある、御嶽山(3,067m)が噴火したのだ。

山頂付近に人影があって、その背後を噴煙がモクモク吹きあがっている。解説によれば、山頂付近の登山者から犠牲者が出るかもしれないという。また、麓で撮影していたテレビクルーを、かつて雲仙普賢岳で発生して犠牲者を巻き込んだあの火砕流(1991年)を思わせる噴煙が山肌を滑り落ちて襲ってくるのに、息をのむような恐怖を感じた。クルーは幸い無事だった。

(本ブログ関連:”火山”)

気象庁の噴火警報「火山名  御嶽山  噴火警報(火口周辺)」(平成26年9月27日12時36分  気象庁地震火山部)は、次のように発表している。(抜粋)
---------------------------------------------------------------------
<御嶽山に火口周辺警報(噴火警戒レベル3、入山規制)を発表>
・火口から4キロメートル程度の範囲に影響を及ぼす噴火が発生すると予想。
<噴火警戒レベルを1(平常)から3(入山規制)に引上げ>
(本文)
1.火山活動の状況及び予報警報事項
  ・本日(27日)11時53分頃、御嶽山で噴火が発生しました。
 ・南側斜面を噴煙が流れ下り、3キロメートルを超えるのを観測しました。
 ・山頂火口から4キロメートル程度の範囲では、噴火に伴う大きな噴石の飛散等に警戒してください。
---------------------------------------------------------------------

そういえば、浅間山噴火のときも噴石危険のため、<山頂火口から4キロメートル程度の範囲>を進入禁止にしたことを思い返す。(ある集まりで、航空写真測量の方が、当時の浅間山頂の写真(約1x1㎡)を見せてくれて、2tクラスの噴石が軽々と飛んだ後が分かるものだった)

地震は、震源が見えないから次の発生を恐れる。火山噴火は、見えるだけに衰えぬ噴煙に恐怖が続く。

2014年9月26日金曜日

彼岸明け

「秋分の日」(9/23)を中日として前後3日ずつ挟んで、今日は後半3日目の「彼岸明け」だ。

(本ブログ関連:”彼岸”)

彼岸だからといって、急にこの期間、仏教的な心の経験をしたわけでない。精神は日常のまま、いつも通り生活した。何にも変わりなかった、というわけだ。

地上に、宗教が色濃く反映する世界もあれば、「宗教」とはいささか無縁な世界もある。
私は、生活を緩やかに囲む自然に感応する、太陽が昇れば陽光に神々しさを感じるといった意味で、神道的な世界にいるのだろう。自然の変化とともに過ごすのに、経典や教典などまとまった導きの書を見たことはない。すべては、日々習俗として身に着けてきたものだ。

みんな生きている。熱帯雨林の熱気に蒸せるジャングルの中でも、針葉樹林の凍てつくタイガの中でも、みんな生きている、そして生きてきた。自然を知り、調和して生きていく方法を学んだのが、ある意味宗教的だと思うが。

密閉した人間の中に宗教を見いだそうとすれば、何かを見誤まるかもしれない。

2014年9月25日木曜日

スンドゥブチゲの季節(簡略版)

スンドゥブチゲをよく食う。地元駅そばにある韓国家庭料理店の料理と、スーパー店頭などで売っているパック入りスープの2通りだ。料理店で出されるスンドゥブチゲはプロ仕様の調理品なので、ここでは簡単に家庭でできる丸大の「スンドゥブ」スープ・パックについて、おじさんの観点から一言?述べる。
(願わくば、この「スンドゥブ」パックのコク味や色付けが変化しないことを!)

(本ブログ関連:”スンドゥブチゲ”)

スンドゥブ(純豆腐、순두부)は、おぼろ豆腐様の柔かい豆腐だそうだが、絹豆腐が口当たりよい。市販の簡易おぼろ豆腐を使ったものを食したことがあるが・・・食感が物足りなかった。
チゲ(煮込み、찌개)は名の通り、料理店ではいろいろな食材を入れるが、家庭では次のように簡略する。ちなみに、私は、アサリの香りと味覚が好きなので、この食べ物に卵を入れたことがない。

1.用意するもの(declare)
 ① 丸大の「スンドゥブ」パック (常温保存一袋、絶対に「辛口」がお勧め!)
 ② 絹豆腐(パック入り一丁、開封して一応洗っておく。大匙でこさぎ切る=包丁はいらない)
 ③ あさり(小型缶詰一缶、プルタブ式=缶切りはいらない)

2.調理手順(process)
 ① 「スンドゥブ」パックの封を手で切る。力いっぱいすると、内容物がプチッと服に飛び散るので注意。
 ② 小鍋に、①をゆっくり入れる。勢い余って外にこぼさぬように注意。(私の場合、小鍋まで引っくり返したことがあるが)
 ③ 暖め始める。これからの時期、①のパックに辛味の塊りがどうしても残るので、小鍋の熱(火傷せぬように)を利用して、パックの開いた口を逆さに、小鍋に斜めに傾けて溶かし出す。ここが大事なポイントだ!
 ④ スープが熱くなったら、パックに入れた「絹豆腐」を大匙で縦横に切り、(上下2層のつもりで)すくって小鍋に入れる。
 ⑤ ぐつぐつ煮えてきたら、缶詰の「あさり」を一缶全部入れる。最後に煮立ったらOK。

3、できあがり(IPO)
白いご飯に、スンドゥブ・チゲの豆腐、アサリを載せ、スープをたらしてフーフーいいながら食べるのが一番。

これから、熱いスンドゥブ・チゲが似合う季節がやって来る。

2014年9月24日水曜日

イ・ソンヒの「恋文」

イ・ソンヒの7集所収の「恋文(연서)」(1991年、作詞イ・ナムギ、作曲キム・ジンリョン)は、彼女の歌唱力と、その旋律の美しさ、優しさ、そして可愛らしさから、同じYoutube映像を何度もこのブログに載せている。

(本ブログ関連:”恋文”)

この曲に魅了されるのは、歌のなじみやすさもあるが、実は、映像にあるように登録者が採りあげた写真がいいのだ。ファンの心情、その根底にある共同性としてのイ・ソンヒ像を巧みに厳選したといっていい。彼女の持つ天性の爽やかさと清雅さ、そして童顔と形容される若々しさ。ファンの一人として、何度も聴き、何度も見入る。

「恋文(연서)」(歌詞

あなたを愛したから、心にあなたがとどまる
空の部屋を用意して、ロウソクを灯したわ

あなたへ笑顔を、部屋の壁に描いて
その懐に眠入りながら、夢を見ます

*冷たい風 空の果て、届くのを待ち疲れても
空の部屋 置かれた あなたの写真
私を じっと、見つめるのね

愛してます、言葉の代わりに、あなたの笑顔見たいのです

(*以降繰り返し)

愛してます、あなたのその言葉を、もう一度聞きたいのです

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

KBS WORLD「国楽の世界へ」漢江

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第72回として、ソウルの街を東西に横切る川、「漢江(한강)」にまつわる話を紹介した。

始めに、ソウル市街を横切り黄海に注ぐ漢江の地理的な位置とその象徴性について、次のように紹介された。
・漢江は、江原道から始まり、約500キロメートルの長さを誇り、ソウル市内の南部と北部を繋ぐ橋がかかり、観光名所としても知られる。文明の発祥地や世界的都市には、世に知られる川がある。川は人々の心を捉え、地域の人々のプライドにつながる。済発展を指した「漢江の奇跡」に象徴される漢江は、ソウルだけでなく韓国民を代表する。

▼ 漢江を歌った「漢江水打令(한강수타령)」を聴く。遊戯謡。陽を受け、川舟を漕ぐ櫓のさばきと合わせて歌ったか。

次に、漢江にまつわる風俗や交通史について、次のように解説された。
・昔、漢江で舟遊びした。景色を楽しむのでなく、楽器を演奏したり、歌う者や妓生を乗せて、音楽を聴きながら詩作などして遊び、金をかけた。現在の漢江は、遊覧船が往来し、川辺には市民公園、高層ビルやマンションが並び昔の風雅な情景と違う。
・昔、漢江は重要な交通路だった。舟遊びをする舟だけでなく、色々な船が往来した。人を運ぶ渡し船、地方から税として取り立てた米や物を運ぶ船、魚や生活用品を運ぶ商船など、渡し場に入ると一時的に市場になった。騒がしい風景が想像される。

▼ 舟歌「紫船舟歌(시선뱃노래)」を聴く。こちらは、海よりの漁獲船の歌か・・・洗練された歌い方で。

最後に、朝鮮時代の筏運搬に漢江の水路利用について、次のように説明された。
・朝鮮時代には大きな道路や荷車が発達していなかったので、物を運ぶ時は主に水路を使った。漢江は、江原道に始まち、忠清道を通って、ソウルまでつながった。仁川の海に近く、全国所々へ最も早くたどり着く便利な川だった。
・漢江でソウルに運ばれる物に、江原道の木材もあった。大きな家の建築に、丈夫な木材が必要だった。江原道は木材が豊富だが、ソウル(旧:漢陽(한양))まで運搬が問題だった。これを漢江に浮かばせ、漢陽まで筏にして運び、材木として売った。

▼ 江原道地方、春川の筏歌「春川筏歌(춘천 뗏목노래)」を聴く。川の流れに、峠行くアリランとは・・・民謡の合体?

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「筏に乗って長い旅をする人にとっては、船は退屈でときには危険なことも多かったと思います。そんなときにも、慰めになったのはやはり歌であったようです」

2014年9月23日火曜日

秋分の日2014

春と秋に、昼夜をほぼ二等分する日がある。今日は秋のその日、「秋分の日」だ。また、彼岸の中日でもある。といって、とりたてて何もない祝日だったが。

(本ブログ関連:”秋分の日”、”彼岸”)

そういえば、バナナ趣味の私としては、落としてはいけないビッグニュースがあったんだっけ。(人工)バナナ味にもっぱら関心持つ身としては、ちょっと趣旨が違うけれど、まるで漫画のバナナ皮ですってんころりんする物理的な課題について・・・だが。

(本ブログ関連:”バナナ”)

日経新聞の記事「『バナナは滑る』証明 イグ・ノーベル賞に北里大・馬渕教授ら」(9/19)は、ゴジラがバナナの皮に滑ってころんでいる絵を掲げて受賞スピーチした、日本人研究者を次のように紹介している。(抜粋)
----------------------------------------------------------
・ユーモアで笑わせた後、なるほどと考えさせる研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の2014年授賞式が18日、米マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大で開かれ、物理学賞にバナナの皮の摩擦係数を測定して実際に滑りやすいと証明した北里大の馬渕清資教授ら4人を選んだ。

・日本人のイグ・ノーベル賞受賞は8年連続

・人工関節の研究をしている馬渕さんは「痛みのもとになる摩擦を減らす仕組みはバナナの滑りやすさと同じだが、実際に滑りやすさを測定した学術的なデータはなかった」と研究の動機を語った。授賞式でも実際にバナナや人工関節の模型を掲げ、研究内容を歌いながら説明し笑いを誘った。

・馬渕さんによると、バナナの皮の内側は粘液が詰まったつぶがたくさんあり、足で踏むとつぶれて滑る原因になる。バナナの皮の上を歩いた時の摩擦係数は通常と比べて6分の1しかないという。ほか3人の受賞者は北里大の酒井利奈准教授ら研究チームのメンバー。
----------------------------------------------------------

この先生、スピーチ時間(たった1分間)をオーバーして、例によって登場する少女に制止(「もうやめて、私は退屈なの(Please stop. I'm bored.)」)させられるのだが・・・、いいなあ、何から何までジョークが効いている。しかも、受賞の賞金はないし、飛行機代から宿泊費用までみんな自前というのも、本当に洒落ている。
ここでは、「和を以て貴しとなす」じゃなくて、「奇を以て貴しとなす」だ。

2014年9月22日月曜日

セミの羽

玄関先の蟻(アリ)の行列が消えたよう。もう店仕舞いでもしたのだろうか。

いつもの隊列とは離れた場所で、別働のアリが群がっていたアブラゼミのむくろも見えなくなった。だいぶ前のことだ。今は、羽だけがポツンと取り残されている。
ネットの情報では、セミの羽に殺菌作用があるという。清潔過ぎて、アリたちは敬遠したのだろうか。

置き去りにされたセミの透明な羽に、葉っぱの脈のような羽脈が走っている。それが、地面の風に揺れて、微かに光を反射するのを見ると寂しいものだ。

今年、玄関先で、アブラゼミが最後を迎えるのを二度見た。鳴き声(音)をあげるでなく、ただ羽をせわしく打ち震わせていた。地上に出て一週間、命を終えると聞いている。かれらは、全うしたのだろう。

アリはセミの命を自分たちの巣に戻して、次の命に与えた。玄関先の一隅で、命は次の命に受け継がれる。そこには、見えない生命の大きな流れがある。歳をとると、まるで背中に風音を聞くように、そんな生命の流れを一瞬ふと見たような気がする。

2014年9月21日日曜日

日曜日の新大久保

新大久保には、人混みする日曜日を避けて、暇に任せて適当な曜日に出かけていた。久し振りの日曜日に、街の様子を訪ねてみることにした。噂に人出が減っていると聞いて、どの程度なのかも関心があった。

(本ブログ関連:”新大久保”)

確かに、旧来の職安通りも、それに対して後発登場した新大久保駅前からつづく大久保通りを挟んだコリアンタウンも、最盛期ほどの混み合いではない。総じて、若い女性が減った分、おばさんたちの姿が再び目立つようになったということか。

以前は、混雑する歩道で追い越しが不可能なほど人の流れが密着し、車道にはみ出るような時期もあったが、さすがにそれは見られない。歩道で追い越しできるほどの余裕が生まれた・・・。以前の盛況を知っているだけに、街の微妙なこの変化に、何か兆しているような気もする。

シャッターを降ろした店舗は見かけない。韓流ショップも必死で、路に出て呼び込みする姿が増えたように見える。また、街角の要所要所に、コリアンタウンのマップを、(多分)無料配置するようになったのが印象的だ。
いわれることだが、看板の文字がハングルから漢字にかわりつつある気配もする。(もしかしたら、目先のきく商人はもうとっくに、ここにいないのかもしれない)

ところ、職安通りの韓国CD・書籍ショップ(「コリアプラザ」)への途中、韓国菓子の屋台から流れる音楽に、イ・ソンヒの「その中であなたに出会って」が聞こえたりした。

(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)

書店には、申京淑(신경숙)の長編小説「深い悲しみ(깊은 슬픔)」(1994年)があった。初期の頃の作品だが、着実に版を重ねているようだ。

(本ブログ関連:”申京淑”)

街をぐるぐる歩いて、大久保駅そばにある韓国伝統楽器関係の物品店(「韓路」)で「韓国古典音楽選集(한국 고전 음악 선집)」(=歌詞集)を求める。韓国の民謡がどんなものか、文字が大きいのでゆっくり訪ねてみようかな。

2014年9月20日土曜日

彼岸の入り

今日は「彼岸の入り」だ。Wikipediaによれば、雑節の一つである秋の「彼岸」は、「秋分(=「秋分の日」の今月23日)」を中日とし、前後各3日ずつを合わせた計7日間ということで、今日がその前半部の初日となる。

(本ブログ関連:”彼岸”)

そんな仏教的な時節ながら、いかな境地に達する気配もない。深まる秋の寒さを心配して、昨晩なんかそろそろストーブでも出そうかと思案するのが精一杯。凡俗をきわめるには自信がある。

お話しかわって、今晩のNHKスペシャル「巨大災害(MEGA DISASTER)-地球大変動の衝撃」の第3集「巨大地震-見えてきた脅威のメカニズム」は、ちょっと刺激的で見入った。箇条書きにすれば、こんなことだろうか。
・プレートは、発生して移動する間に次第に厚さを増す。その重みで相手プレートの下に滑り込む。太平洋プレートの場合、海山の巨大な出っ張りを巻き込みながら滑り込む。
・滑り込むプレートに伴った出っ張りに抗して、上側の地中から大量の水が発生する。それがプレート境界面に流れ出て、プレートの滑り込みを容易にさせる。結果、地震が発生する。
・プレートの滑り込む進入角度が浅いと、摩擦面が多くなり、地震が巨大化する。その例として、チリの地震、日本の東海・南海沖地震につながるプレート面があげられる。
・これらのメカニズムの解明に大きく寄与した技術が、「地震波トモグラフィー」である。地震波を元に、3次元的に地球内部の構造をコンピュータを使って解析する技術だ。

明晩の第4集では、「火山大噴火」がテーマだそうだ。何だかタモリはうれしそう。

(本ブログ関連:”タモリの「三浦半島断層群を行く」”)

2014年9月19日金曜日

自分の声をPCで聞くと

昔、オープン・リール型のテープレコーダーが出たとき、録音された自分の声を初めて聞いた。思った以上に甲高い声に、重みのない気がして、少々落胆したものだ。

普段、自分の声だと思っているのは、口蓋や頭蓋の振動が加味されたもので、その分低目に聞こえるのだと、どこかで読んだような気がする。声の軽さを承知した後、自分の声を聞く機会もないまま過ぎた。

ランゲージ・ラボラトリー(LL)という、語学用機材を揃えた教室が学校にあった。今はどうなのだろう・・・当り前なのかな。そんな目新しさもあって、語学の発音練習用に、自分の声を聞く専用のマイク付きヘッドフォンというものが、市販されていた記憶がある。それを思い出したのだ。

専用ではなく、手頃にできないかと思い、ネット電話で使う安価なマイク付きヘッドフォンを調べたところ、PC上でイヤホンとマイクの両方を同時に使えると知った。

早速、近所のスーパーに出かけて、ネット電話用のマイク付きヘッドフォンを購入した。PC上で、Windowsのコントロールパネのサウンド設定を少し変えて試してみた。確かに、ネットの動画音声を聞きながら、自分の声をかぶせて聴くことができたのだ・・・が。


PCのサウンド機能を介して、自分の声も耳に入ってくるのだが、残念ながら発音と聴取に微妙な遅延が生じる。この遅延のために、Youtubeでイ・ソンヒさんの歌声を聞きながら一緒に歌うことができない。同時に歌ったつもりでも、自分の声が遅れる。問題はそれだけではない・・・とんでもないことに、凄い音痴さに気付いたのだ。他人に言われるよりも辛い・・・。

また、ネット上の語学教育用の動画に合わせて発音すると、遅延のため追いつかない。そこで自嘲するのだが、そのときの自分の照れ笑いが、本当に情けない。われながら不遜に聞こえてくるのだ。日頃のちょっとした物言い(照れや薄笑い)は、脳内で自動的に無視しているのだろうけれど、イヤフォンを通して、それがはっきりと聞こえる。

マイク付きヘッドフォンは、もしかしたら鏡に映る自分を見るように、自分の声質やしゃべり方まであからさまにするようだ。

後ひとつ、ヘッドフォンを長時間耳に当てていると、締め付けられるような気がしてくる。

(追記)
サウンド設定は、使用後元に戻したほうがよさそう。(ヘッドフォンを抜いた後、1回だけの現象なので何ともいえないが)PC再起動時に強烈なハウリング音がして、Windowsをセーフモードでリカバリーした。

(追記)
この遅延現象は、SpeechJammerに通じるようなものかな。

2014年9月18日木曜日

やっぱり秋だ

ほのぼの天気に誘われて、長袖から半袖姿に戻したが、夕方になってあわてた。風の寒さが、涼しさから程遠いのだ。街行く人の服装を見れば、ほとんど(9割方)長袖なのだ。気候の狭間に合った衣服の選択ができないのは、歳のせいだろうか。

先日、(おじさん、おばさん向けの)健康体操教室で、こんなことがあった。指導者から、体操室の空調の按配を聞かれたとき、生徒たちが答えに窮していると、「暑いのか寒いのか分からないのですね」といわれて、生徒全員が吹き出してしまった。まさに、図星だったような。

図書館の花壇の彼岸花
秋の風は身にしみる。自然はしっかり秋らしい装いをする。近所の栗林の栗の実は、近年に珍しい見事な毬をふくらませている。小学校の垣根には、咲き繫がるまでに至ってないが、彼岸花(ヒガンバナ、曼珠沙華)の花が咲き始めた。

(本ブログ関連:”彼岸花”)

夕方、図書館から帰りがけ、そこの花壇に少し植えられた彼岸花が夕陽を受けて、花茎の上に赤い花びらを載せて風に揺れていた。枝や葉のない、ある意味で直截ないでたちをした、彼岸花の花弁の華やかさに気押しされる。

彼岸花の別名、曼珠沙華から、野に咲く花というより、どこか夢幻を飾るもののように見える。妖艶さと引き込む魔性のようなものさえ感じる。
彼岸花には、怪しい異名もあって、あの世に通じる気配さえ感じる。引き気味で見ていたこの花に、歳のせいか違和感が次第に薄くなってきた。

そういえば、久しく行きそびれている、西武池袋線の高麗駅近くを流れる高麗川沿いにある巾着田に、真っ赤に咲き繁る万寿沙華の群生を見に行ってみたい。合わせて、巾着田につづく、コスモス花が広がる光景も眺めてみたい。これこそ、歳に相応しい散策かもしれない。

2014年9月17日水曜日

イ・ソンヒの「愛が散るこの場所」

イ・ソンヒの4集CD版を探していたところ、新たに出た「4集+5集 All That Masterpiece」を手に入れたのは、2011年末のことだった。
KBSラジオのPDチョン・イルソによる、この合同アルバムの解説に、4集に収録された「愛が散るこの場所(사랑이 지는 이 자리)」(1988年、作詞・作曲:ソン・シヒョン)について、イ・ソンヒと作者ソン・シヒョンの成果を次のように語っている。(抜粋)

(本ブログ関連:”愛が散るこの場所”、”ソン・シヒョン”)
-------------------------------------------------
・・・1988年2月に出された4集は、イ・ソンヒのディスコグラフィーでかなり重要な位置を占める。ここから、彼女の音楽が意味ある変曲点を迎えたためだ。

ところで、その変化の端緒を説明する名前の一人がいる。まさに、ソン・シヒョン(송시현)だ。
1987年、「夢みるような世界(꿈결같은 세상)」のヒットで、名前を知られたシンガーソングライターのソン・シヒョンは、この時からイ・ソンヒのアルバム作業に参加し始めたが、4集LPのA面タイトル曲の「愛が散るこの場所」と、B面タイトル曲「私はいつもあなたを」を含めて、全4曲が彼の作品だ。 二人の出会いは成功だった。ソン・シヒョン特有の感受性と叙情性は、イ・ソンヒの声とよく調和したし、以後も一時期、イ・ソンヒと一緒にすることになる。
-------------------------------------------------

「愛が散るこの場所」(原歌詞

花びら舞い散るとき、あなた目覚めないで
あれほど美しかった、花びらだったじゃない

愛が遠のくとき、あなた黙って去るのですか
あれほど愛した思い出が、壊れるのか恐わくて

*愛が散るこの場所、思い出だけ悲しくて
あなた目覚めないで、涙見せたくないのよ

私が恋しいとき、あなた帰ってきてもいいわよ
あれほど愛した昔に、戻りたいです

(*以下繰り返し)

 (Youtubeに登録のcellan boに感謝)

2014年9月16日火曜日

地震、震源は茨城県南部

昼過ぎ、久し振りにグラッときた。揺れだした瞬間、いつもとちょっと違うなという嫌な予感がする。さてどうしようと考えているうちに揺れが増してくる。体感震度3くらいかなと思って、ある意味覚悟を決めた矢先、早々に治まってしまった。この程度でよかったと、一息つく。

気象庁の地震速報(平成26年09月16日12時33分 発表)は次の通り。
------------------------------------------------
16日12時28分頃地震がありました。震源地は茨城県南部(北緯36.1度、東経139.9度)で、震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は5.6と推定されます。
------------------------------------------------

気象庁の発表の通り、当地の震度は3だった。気になるのは、震源が「茨城県南部」(北緯36度、東経140度辺り)ということだ。いつも、ここを震源とした揺れが大きいのだ。

(本ブログ関連:”茨城県南部”)

最近、「栃木県北部」震源について要注意という週刊誌情報もあるが・・・そろそろということかもしれない。気になるばかりだ。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 秋

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/10*)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第71回として、「秋(가을)」にまつわる話を紹介した。
(*)先々週(9/3)の「国楽の世界へ」は、特別企画「メディカル韓流」のためお休み。

始めに、秋が来たことで、旧暦を元にした節句の伝統行事を次のように紹介された。
・収穫、読書など色々な修飾語が付く秋は、肌寒くなり、若干寂しさを感じる季節でもある。家族のありがたさを感じ、節句に村中を訪ねて家族や友人、お互いの幸せを祈る風習があった。
・陰暦に、月に一度節句があった。1月: 「正月(설날)」があり、また満月になる15日は一年の中で最も月が大きく見える「テボルム(대보름)」の日だ。/2月: 先祖の墓参りで、冷や飯を食べる「寒食(한식)」の日になることが多い。/3月3日: 日本の「桃の節句」に当たる「サムジンナル(삼짇날)」、またはツバメが戻る日ともいう。/4月: 釈迦の誕生を祝う「初八日(초파일)」。/5月: 「端午(단오)の節句」。/6月: 東方に流れる川水で髪を洗う「流頭(유두)」の日。/7月: お中元に当たる「百中(백중)」。/8月: お盆に当たる「秋夕(추석)」。/9月: 菊酒を飲む「重陽(중양)」。/10月: 新穀を神に供える「上月(상달)」。/11月: 昼が最も短い「冬至(동지)」があり、この日小豆粥を食べる。秋が来た、収穫の時期を知らせる。

▼ 「祝願德談(축원덕담)」の歌を聴く。村中を訪ねて幸せを祈る・・・活を入れられるようなマーチングだ。

次に、「農楽(のうがく、농악)」)などの風習を通じて、心のつながりを次のように説明された。
・節句に、笛や太鼓などに合わせて踊る「農楽」の音が広がる。村中を訪ねて幸せを祈る風習だ。現代も必要だろうし、不幸の多い年にはなお更だ。久々の故郷も親しく一時を終えれば別れが来る。音楽と共にあれば、思い出は長く残るだろう。
・パンソリ「沈清歌」は、王妃になった沈清が秋空の月を眺めながら、故郷の父を思う場面がある。

▼ パンソリ「沈清歌」から「秋月満庭(추월만정)」の歌を聴く。こころ振り絞るようにして切なく親を思う場面だろう。

最後に、秋の空を飛ぶ雁に思う歌を次のように紹介された。
・雁は、懐かしい人の消息をもたらす使いとされてきた。沈清も父親に手紙を書いて、それを雁に伝えて欲しいと願う。今年のお盆、秋夕に色んな事情で両親と時間を過ごせなかった方もいらっしゃるでしょう。父を恋しく思い涙を流して手紙を書いた沈清の気持ちも、同じように寂しかったことだろう。
・高麗時代の学者ソンビ、權思復(권사복)には、空を自由に飛び交えるのに危険な田に降りた雁についての名詞「放雁」がある。田に落ちた雁を助ける時に作った詩のようだ。
雲漢猶堪任意飛
稻田胡自蹈危機 ・・・

▼ 竹笛タンソ(短簫、단소)の演奏「野原で(들판에서)」を聴く。風音、草葉の揺れに、野原も次第に息づいてくる。

金寶愛(キム・ボエ)さんの言葉、「今年の秋にも穀物は実を成しています。秋の収穫があるから、わたしたちは今日も感謝の中で生活できるのだと思います。今年の秋も実りの多い豊作になることを祈ります」