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2019年12月12日木曜日

公園の日時計

大型の公園に秋の気配というか、紅葉の具合を確かめたく出かけてみた。平日の昼過ぎ、思った以上に人影は少ない。木々の葉は落ちて、紅葉を楽しむには時期を過ぎていたようだ。せっかく立ち寄ったのだから、公園ボランティアの会が発行している、樹木紹介の案内書に従って園内を巡ってみた。

案内書には、40種の樹木を図示していて、今回は1番から13番目までの樹木を見て周った。中でも「マテバシイ」(ブナ科)、「ネズミモチ」(モクセイ科)、「ハクウンボク」(エゴノキ科)は、素人目に見当がつかない。案内書の解説文を読んだ後、次の木を探しに歩いた瞬間、あっさりと揮発してしまう・・・それほど地味で見慣れない。暖かい気温のせいか、次第に汗ばんでくる。

途中、間違えて入った脇道で、ブログに紹介したこともある「日時計」と出会った。ちょうど午後1時8分のことだったが、日時計の影は  午後1時半くらいをさして見える。

(本ブログ関連:”日時計”)

紅茶とジャム

スーパーでカナダ産の<蜂蜜>を購入した(メープルシロップではない)。以前のブログ(9/6)に「ロシア式紅茶」について、イチゴジャムに蜂蜜を混ぜたものをスプーンに盛り、紅茶をすするときその都度舐めるらしいと記したが、本当にそうなのかいまだよく分からない。

ロシアの、果実のシロップ漬に近いという「ヴァレーニエ」とジャムの区別が混乱していて、どう違うのか、紅茶にどちらを使うのか、はっきりさせたい気がする。

(本ブログ関連:”紅茶”)

そこで、実際にロシアの慣習はどうなのか、Youtubeを探したところ、日本滞在のロシア女性の意見(あるいは紹介)を2例ほど見た。いずれも、紅茶にジャムを溶かし込み飲むという点で一致している。上記のような、舐めるといった味わい方の説明はない。

次の映像は、薔薇のジャムを例に語っているが、ジャム入りは冬の暖かい飲み物ととらえているようで、また、日本でいう「ロシアンティー」という表現はないとのこと。
また「ヴァレーニエ」とジャムを同義に語られていて、材料にイチゴやラズベリーが使われるという。紅茶に入れて飲めば、喉の炎症を抑える効果があるともいう*。日本でいえば、柚子(ゆず)か花梨(かりん)のシロップといったことのよう。

(*)日本のフランス文学者が、モスクワの空港のカフェで、ジュースを頼んだのに「ヴァレーニエ」らしきものが出されたという話を思い出す。もしかしたら、顔色の悪いアジア人の注文に、体調が悪いのではと気をきかした店員が「ヴァレーニエ」を出したのかも知れない・・・なんて。


(Youtubeに登録のBlinchik in Japanに感謝)

2019年12月11日水曜日

年賀状

令和2年の来年の「干支(えと)」は「(ね:ねずみ)」。「子年(ねどし)」の時の西暦年を12で割ると4余る。
    2020÷12=12×168+4
ちなみに、西暦年が4で割り切れる年は「閏年(うるうどし)」なので、
    2020÷4=4×505
来年は閏年となり、2月が例年と比べて1日長い29日間になる。この一日増えることは、けっこう有効なことで、プロジェクト管理上大変ありがたい。

ところで歳をとると、年賀状書きが億劫になってきている。といってもパソコン頼みで手書きではない。
手書き ⇒ プリントゴッコ ⇒ ワープロ専用機 ⇒ パソコン
これまでに手間が軽くなるよう変遷したかに見えるが、依然としてノルマ感がぬぐえない。

来年の年賀状裏のデザインに、(以前ブログでも触れたが)「子年」にちなんで「ミッキーマウス」の古いアニメから借用しようかと思っている。飛行機狂いのミッキーに、飛行機ファンの立場から妙に納得する。

(本ブログ関連:”ミッキーマウス”)


(Youtubeに登録のClaudiaCaffreyに感謝)

2019年12月10日火曜日

「テルアビブ・オン・ファイア」

昨日(12/9)受講した市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」で紹介された映画「テルアビブ・オン・ファイア」を見に渋谷まで出かけた。

映画のトーンはコメディーであり、舞台はイスラエル・エルサレム地区、パレスチナ(のラマッラーの街)にある放送局内、およびその途中にあるイスラエル軍管理の検問所だ。そして、上記舞台に生活するひとびとが、パレスチナで放送されるメロドラマ(脚本)作りに絡まっていくといったストーリー展開である。ある意味、現実世界の舞台とメロドラマの舞台が入れ子構造になっていくような気配すらする。
(コメディということについて、旧ロシア帝国末の作家チェーホフが、自身の作品を喜劇としてとらえたように・・・)

エルサレム在住のパレスチナ青年が(パレスチナ側に通う際)、検問所のイスラエル軍司令官(多分中東系のミズラヒームのよう)の発言から、メロドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の脚本作りに絡み合うことになる。結果、メロドラマの結末をどうするかで、イスラエル側、パレスチナ側(この場合は放送関係者)に立って意見が衝突することになる。主人公の青年が最終的に打った手は果たして・・・。また、舞台の小道具に、料理「フムス」が効果的(象徴的)に使われている。いつか食べてみたい気がする(味の程は予想できないけど)。

この映画は、次のような関係を承知しているのが前提(ベスト)かもしれないけど、それら理解が不十分な私でも楽しませてもらった。
・イスラエルとパレスチナ(およびアラブ)の政治的・地理的関係
・ユダヤ人とアラブ人の多様!な民族関係
・ヘブライ語とアラビア語の関係など

ところで、映画のプログラム(冊子)に、ユダヤ学者の根本豪氏が解説した「エルサレムとラマッラーの間に」があって、イスラエル人とパレスチナ人の関係について記述がある。興味を持った部分について次に抜書きさせていただく。
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・エルサレムに住んでいるパレスチナ人は基本的には東エルサレムのIDとヨルダンのパスポートを持ち、ラマッラーのあるヨルダン川西岸地区とイスラエルの間を、検問所を通り行き来できる。その一方で、西岸に本籍があるパレスチナ人は特別な許可を得なければイスラエル側に入ることはできない。
・ヘブライ語とアラビア語は言語系統が同じセム語であり、単語の構成要素である「語根」も五分の一が共通しているという。
・イスラエル人にとってアラビア語の響きは、古代のヘブライ語を想起させるものでもある。喉から絞り出すような音の響きは東欧のアシュケナジー系のユダヤ人が失った「本当の」ヘブライ語の発音に近い。逆にアシュケナジームに憧れるミズラヒームはわざわざそれを発音しないようにすることもある。
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なお、ネット(livedoorNEWS「映画ランドNEWS」)にも根本氏の解説*が掲載されている。
(*)解説: https://news.livedoor.com/article/detail/16881991/

(「東京映画祭」記者会見: 監督およびイスラエル軍司令官役の俳優)

(Youtubeに登録の東京国際映画祭に感謝)

2019年12月9日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-8

先週(12/2)休講だった市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」へ久し振りに出かけた。受講に遠出となるが、電車の心地よい <1/f> の揺れを体感できるよい機会でもある。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

きょうの講座は、東京外国語大学特任助教の細田和江氏から「現在のイスラエル② ―文化、文学、パレスチナとの関係を中心にー」について、イスラエルの文化(特に文学者や映画作品など)の紹介をいただいた。特に興味をひいた話題について次に記したい。

古い聖書の言葉(典礼語)の「ヘブライ語」を、現代イスラエルの口語として再生
・アイスクリーム(グリダー:גלידה) ← g-l-d(frost)アラム語
・映画(コルノア:קולנוע)← 声(コル:קול)+動作(ノア:נוֹעַ‎

イスラエルでヘブライ語定着のための文学潮流
・1920年代: 移民文学(ヨーロッパからパレスチナへの移民の寂しさ)
・(外国文学のヘブライ語翻訳出版も行なわれる)
・イスラエル建国(1948年)後、ヘブライ語の国語化のための政府助成
・1940-50年代: 社会派リアリズム、英雄譚(シオニズムでのユダヤ人の運命を誇る)
・1960年代以降: 私小説(中東戦争の恐怖から逃れて、私的な領域についての表現へ)
・1960年代以降: マアバラー文学(一時キャンプ文学)
                         ホロコーストを経験していない中東系出身のユダヤ人(ミズラヒーム)の文学
                         ヨーロッパ系ユダヤ人からの差別を受け、低い地位に置かれた
・1970年代: ホロコースト文学(ホロコースト経験者の子世代による文学)
                    イスラエルは教育に利用を始めた
・1980年代: パレスチナ人の文学、イスラエルへの移民2世の文学

イスラエル内の「アラブ」文学
ミズラヒームMizrahi_Jews、上掲)
・パレスチナ人: イスラエル人から見れば「スパイ」、アラブ人から見れば「裏切り者」
                        イスラエル建国時にパレスチナに移った人
・両者はともにヘブライ語、アラビア語の文学作品がある

イスラエル/パレスチナ映画
・ブレッカス映画: ミズラヒームの影響を受けたジャンクフード的(←ヨーロッパ目線だが)映画

ちなみに、
① ヨーロッパの啓蒙運動の時代(18C末~)に、イディッシュ語は一段低く見られていた。
② ホロコーストの生き残りに対して、戦前からイスラエル在住のユダヤ人は「それ見たことか」と言った冷淡さがあった。
一方、戦前のヨーロッパのユダヤ人は、イスラエル在住のユダヤ人を低く見ていた。
③ イスラエルの人口構成(2019.9発表)
                       人数            構成比
    -------------------------------------
    ユダヤ人   6,744,000人    74.2%  ← 内ミズラヒーム 2,655,800人(ユダヤ人の43.5%)
    アラブ人   1,907,000人    26.0%
        他           441,000人      4.8%
    (合計)   9,092,000人   100.0%
    -------------------------------------


(感想)
・ホロコースト文学の登場が時代を下ったこと、その執筆者がホロコースト経験者の子世代であったこと。
・イスラエルが国民国家として、多数の民族や多言語をどう調整していくのか興味深い。
・ブレッカス映画について、サイト「NOBODY」に次の記載がある。
  (出典) https://www.nobodymag.com/interview/hillamedalia/index1.html
   「ブレッカスというのは、チーズが入っている三角形のお菓子で、安くておいしいけれども身体に悪いものなんです。」

(ブレッカス映画として:コメディ映画「テルアビブ・オン・ファイア」予告編)

(Youtubeに登録のシネマトゥデイに感謝)

2019年12月8日日曜日

その違いが気になる

冬の部屋着に、昔風の「ちゃんちゃんこ」と似ているが、綿入れでなく、襟(えり)付きであるが、袖(そで)のないものを着用している。特に和室にしっくりして、落ちついた着心地がする。合わせてミカンでも食えばまさに冬気分だ。

先日、ホームセンターで貼り付け型のカイロを買った。この部屋着の首筋近くの内側に貼り付けたらどうなるかと試したところ、ポカポカして効果抜群。歳をとると背中が寒くなる残念さがあって、それに対するうってつけのアイデアで、大成功である。


「ちゃんちゃんこ」、「はんてん」、「どてら」
ところで、いま着ている部屋着の名称は何かと・・・ふと思ってつまずいた。「ちゃんちゃんこ」なのか、「はんてん」なのか、それとも「どてら」だろうか。

この疑問についてネット検索したら、<幻の酒社>のサイトに解説*があった。
(*)解説: https://www.maboroshinosake.com/present/chanchan/chanchanko-hanten-dotera-chigai/

いま着ているものが、いずれにあてはまるか残念ながらはっきりしない。もしかしたら伝統からはずれた和洋折衷かもしれない。とりあえず着ていて差し障りないので、これ以上深入りする気はない・・・。


「ファスナー」、「チャック」、「ジッパー」
他に、布を付け合わせたり外したりできる、「(線)ファスナー」と「チャック」と「ジッパー」といった複数の呼称で呼ばれるツールがある。こちらは、業界代の表企業<YKK社>のサイトに解説**があった。
(**)解説: https://www.ykk.co.jp/japanese/ykk/mame/fas_01.html

結論からいえば、商標による違いだけのようだが、私の感覚では、「チャック」はズボンに、「ジッパー」は財布のような小間物に、「ファスナー」はそれ以外の衣服に装着するイメージである。とくに「チャック」の呼称は、最近あまり耳にしない気がする。

2019年12月7日土曜日

大雪 2019(大根焚き)

きょうは、二十四節気の「大雪(だいせつ)」。前回が「小雪(しょうせつ)」だったので、雪降りの程度を示すものだが、順に冬の深まりを感じさせてくれる。昨日の天気予報では盛んにきょうの東京に初雪を予測していたが、どうやら<みぞれ>を含めて初降りはなさそうだ。とはいえ、きょうも真冬並みの寒さだったことに違いはない。

(本ブログ関連:”大雪”)

寒いときには温かい「おでん」が一番。その中でも熱々ほくほくとつまむ、つゆ味の沁みた大根は欠かせない。おとなには、たまらない食感でもある。そういえば、子どものころ、おでんの大根におとなが頬を緩めているのに合点がいかなかったものだ。

ところで、京都の冬の行事に、寺院で大根を煮炊きしたものを振る舞う「大根焚き」の行事があるという。京都の年始行事(1/1)「をけら参り(白朮祭)」には出かけたことがあるが、「大根焚き」はネットの記事を見るまで知らなかった。

「大根焚き」では、よく煮込んだ輪切りの大根と油揚げがお椀に入ったものを、ふうふういいながら食すようだ。無病息災の縁起物ということになるのだろう。きょうの各テレビ局のニュースとも、京都の「千本釈迦堂(大報恩寺)」の行事(12/7-8)を報じている。

(ニュース映像なのでいつまで見られるか・・・)

(Youtubeに登録のANNnewsCHに感謝)

2019年12月6日金曜日

(雑談)寒い、地震、兄姉

きょうも寒かった。朝のテレビの天気予報では、あしたは「初雪」になるかもしれないと報じた・・・二十四節気の「大雪(たいせつ)」にあたるので、マスコミが盛りあがったのかもしれないが・・・雪の源になる雨雲が千葉県東岸にずれていきそうな気配。
外へ出かけるに、マフラーはしないが、防寒コートと手袋は着用した。外気は頬を刺すくらい冷たい。真冬の感覚だ。

ところで、関東北部(茨城県北部)の地震が継続している。次に、きのうのブログに写しもれた分・きょうの分(関東北部についてのみ)を追記した。きょうは、今のところ1回(震度1以上、22:25現在)だけ「地震情報」に記載されている。

気象庁「地震情報」(抜粋)
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地震検知日時                       震央地名   マグニチュード 最大震度    情報発表日時
2019年12月6日20時57分    茨城県北部   M3.3     震度2  12月6日21時00分
2019年12月5日22時35分    茨城県北部   M4.5     震度3  12月5日22時39分
2019年12月5日15時01分    茨城県北部   M3.9     震度2  12月5日15時04分
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きょうは、サイト「今日は何の日」*によると、漫画家の畑田国男氏が1992年(平成4年)に提唱したからというわけでないが、のりで定めたような、兄弟姉妹の記念日のなかの「姉の日」だそうだ。ちなみに、弟の日 は3月6日、兄の日は6月6日、妹の日は9月6日という。
(*)「今日は何の日」: https://www.nnh.to/12/06.html

バスク語で、親族名称(兄、姉)を、主語(私=Ni)が男・女のどちらかによって呼称が異なる。
  ・Ni(男): 兄(anaia)、 姉(arreba)
  ・Ni(女): 兄(anaia / neba)、姉(ahizpa)
韓国語も同様で、親族名称(兄、姉)を、主語(私=나)が男・女のどちらかによって呼称が異なる。
  ・나(男): 兄(형、尊敬형님)、姉(누나、尊敬누님)
  ・나(女): 兄(오빠、尊敬오라버니)、姉(언니、尊敬Ø)

2019年12月5日木曜日

(資料)関東北部の地震

最近、茨城県を中心に地震が頻発している。東京での体感はわずかだが、連続して発生しているのを知れば気持ちいいものでない。しかも、このタイミングにNHKは、12月1日〜12月8日にかけて「体感 首都直下地震ウイーク」*といった特番を放送している。
(*)特番: https://www.nhk.or.jp/taikan/

そこで、地震に関する新聞情報と気象庁の「地震情報」を次に転載した。「地震情報」については、関東北部および最近気になる沖縄方面の地震についても背景色をつけた。

産経新聞の記事「関東北部で地震相次ぐ 震度3以上、関連不明」(12/5 07:26)より抜粋。
https://www.sankei.com/affairs/news/191205/afr1912050008-n1.html
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 3日から4日にかけ、関東北部を震源とする震度3以上の地震が5回起き、このうち3回で震度4を観測した。気象庁によると、震源の位置は茨城、栃木両県内の主に3カ所に分かれるが、震源の深さや発生のメカニズムが異なる。連動して発生した地震であることを示す明確な根拠はなく、関連性は不明という。同庁は引き続き注意を呼び掛けている。
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気象庁の「地震情報」(12/5、12:00現在)
(背景色: 青=関東北部、黄=沖縄方面)
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地震検知日時                                         震央地名                マグニチュード   最大震度     情報発表日時
2019年12月 5日11時14分 沖縄本島近海 M3.0 震度1 12月 5日11時17分
2019年12月 5日11時04分 千島列島 M5.7 震度1 12月 5日11時08分
2019年12月 5日08時38分 茨城県北部 M3.9 震度2 12月 5日08時41分
2019年12月 5日08時36分 茨城県北部 M3.1 震度1 12月 5日08時39分
2019年12月 5日01時04分 宮古島近海 M4.2 震度1 12月 5日01時07分
2019年12月 4日19時35分 栃木県北部 M4.7 震度4 12月 4日19時39分
2019年12月 4日18時13分 茨城県南部 M4.0 震度3 12月 4日18時16分
2019年12月 4日17時57分 茨城県北部 M3.2 震度1 12月 4日18時00分
2019年12月 4日14時05分 瀬戸内海中部 M2.8 震度1 12月 4日14時08分
2019年12月 4日13時40分 瀬戸内海中部 M2.7 震度1 12月 4日13時43分
2019年12月 4日13時27分 栃木県北部 M3.7 震度3 12月 4日13時31分
2019年12月 4日12時01分 茨城県北部 M2.6 震度1 12月 4日12時04分
2019年12月 4日10時50分 茨城県北部 M3.5 震度2 12月 4日10時53分
2019年12月 4日10時38分 茨城県北部 M4.8 震度4 12月 4日10時42分
2019年12月 4日08時59分 沖縄本島近海 M2.7 震度1 12月 4日09時02分
2019年12月 4日06時28分 根室半島南東沖 M3.9 震度1 12月 4日06時31分
2019年12月 4日01時22分 奄美大島近海 M4.1 震度1 12月 4日01時26分
2019年12月 3日20時02分 千葉県北西部 M3.8 震度2 12月 3日20時05分
2019年12月 3日10時18分 茨城県南部 M4.7 震度4 12月 3日10時23分
2019年12月 3日08時25分 岩手県沖 M4.4 震度3 12月 3日08時29分
2019年12月 3日07時54分 西表島付近 M4.1 震度3 12月 3日07時57分
2019年12月 3日01時16分 長野県南部 M3.0 震度2 12月 3日01時19分
2019年12月 2日20時14分 茨城県南部 M3.2 震度1 12月 2日20時17分
2019年12月 2日14時26分 秋田県沖 M3.5 震度1 12月 2日14時29分
2019年12月 2日06時05分 岐阜県飛騨地方 M2.7 震度1 12月 2日06時08分
2019年12月 2日00時39分 岐阜県美濃東部 M2.2 震度1 12月 2日00時42分
2019年12月 1日15時00分 西表島付近 M3.5 震度1 12月 1日15時03分
2019年12月 1日07時35分 伊予灘 M3.4 震度1 12月 1日07時38分
2019年12月 1日02時59分 西表島付近 M3.5 震度1 12月 1日03時02分
2019年11月30日16時24分 千葉県北西部 M3.2 震度1 11月30日16時27分
2019年11月30日02時10分 宮古島近海 M4.0 震度1 11月30日02時13分
2019年11月29日23時57分 宮古島近海 M4.5 震度2 11月30日00時00分
2019年11月29日13時01分 三陸沖 M5.5 震度3 11月29日13時05分
2019年11月29日10時19分 茨城県南部 M3.4 震度1 11月29日10時23分
2019年11月29日04時32分 熊本県天草・芦北地方 M2.4 震度1 11月29日04時35分
2019年11月28日21時31分 東京都多摩東部 M3.6 震度1 11月28日21時34分
2019年11月28日18時23分 宮城県沖 M2.7 震度1 11月28日18時27分
2019年11月28日16時41分 釧路沖 M4.8 震度3 11月28日16時45分

2019年12月4日水曜日

ウェルカム

もし、宇宙の彼方から未知の物体(飛行体)が地球にやって来たら、そのときどうすべきかという話題がある。ある意味、一種の思考実験のようなテーマである。

高度な文明を持つ飛来者が、わざわざ地球への進路を選択したのには理由があるからだろう。ひとつに、コロンブスがアメリカ大陸に上陸したようなもの。あるいは、ウィルスのように地上の生命体と合体するようなもの。いずれにしても訳があるはずというのだ。

SF娯楽映画で特徴的なものに、飛来者の意図に気付かず<ウェルカム>する場面が急変して、侵略の序章となるものがある。<ウェルカム>を科学者が代表したり、善意のひとびとがしたりするのだが。

映画「マーズ・アタック!」(1996年、監督ティム・バートン)でも、<ウェルカム>を表示して向き合おうとするのだが。いかにも「パルプマガジン」風の宇宙人が「We come in Peace! 」だなんて可笑しいし、大物スターによくもこんな役を頼んだものというか、演じてくれたというか、実に壮大なSFコメディだ。


(Youtubeに登録のIllustrated Fictionに感謝)

2019年12月3日火曜日

サンタクロースはもう準備しているだろうか

12月に入って、今日が「カレンダーの日」だとは。そろそろ来年のカレンダーを、今年のカレンダーの後ろに吊るさねば。町のあちこちには、クリスマスケーキの広告写真で飾られていて、子どもたちの目に目立つことだろう・・・、大人には「おせち料理」の予約受付も気になるが。

(本ブログ関連:”カレンダーの日”)

ところで、サンタさんはどうだろう。クリスマス・イブに間に合うよう準備に忙しいことだろう。遠い北国のことだから、もしかしたらトナカイの橇にのって滑り始めているかもしれない。


(Youtubeに登録のAP Archiveに感謝)

2019年12月2日月曜日

刑天(形天)

朝方、明るく晴れていたころ、都心では小雨が降っていた。雨雲レーダーを見ると、神奈川県との県境に南西から到達した雨雲が、するるとそこで消えてしまうのだ。しかし、昼になると急に薄暗くなり雨が降り始めた。天気予報では、今夕まで降水確率70%、その後も20%と報じた。

いつもなら、毎週月曜日に出かける市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」が休講になったため、空模様と相談しながら一日過ごすことにした。何かをせねばと探す内、何も見つからぬ凡人の定めか、結局一日が終わってしまった。

ところで、往生際の悪さからか身を変じても執拗にことを重ねる話がある。遊んで溺れ死んだ海に復讐するため、鳥に変じて小枝や石をくわえて海に落とし、埋め尽くそうとする「精衛」。あるいは、帝に頸を刎ねられた後も意思を変えず、乳を目に転じ、臍を口に変え、片手に斧、片手に盾を持ち上げて舞いつづける「刑天」。

山海経(せんがいきょう)」に、この精衛と刑天が記されていて、特に刑天の姿は興味深い。そのあまりに頓狂ないでたちに戸惑う。しかし、突然目の前に現れて、斧と盾を両手にして踊り続けられたらどうだろう。さぞかし気色悪いことに違いない。その無力ながら恨みを忘れない執念にたじろぐばかりだ。

(本ブログ関連:”山海経”)

陶淵明の詩「読山海経十三首」の其十に、彼自身のひそかな執念が詠まれていると解釈される。諦念というか悠然自若を見せても、その内のマグマは衰えないようだ。

(本ブログ関連:”陶淵明”)


(追記)
Wikipediaに、西洋の空想上の異形の人に「ブレムミュアエ」について、次のように紹介している。自分たちの文明を中心にすれば、その外界は異界であり、そこにふさわしい異形の人が自然に存在すると考えたのだろう。中国古代の刑天はある意味内包的な存在であり、故あっての異形いならざる得ない。
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ブレムミュアエ(Blemmyae)ないしブレムミュエス人(ブレムミュエスじん)とは、空想上の生物であり、古代ローマ時代にリビアの砂漠[3]や古代エチオピアに棲息していたとされる異形の人種。アケパロイとも呼ばれる。
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2019年12月1日日曜日

今年、木枯らし1号吹かず(2019年)

きょうから12月、今年もあっというまに終わりそう。それも年々加速する。

小学生4年生のとき、木造校舎の2階にある6年生の教室に用があって上がって行くのが怖かった。中学生のころ、甲子園で試合する高校野球選手がたくましく大人っぽく見えた。高校や大学ともなれば怖いもの知らずで世間知らず。社会人になって、TVタレントがようやく若く見えるようになった。今では、幼く思えたタレントたちがドラマで母親・父親役を演じている。あっという間に時間も時代も過ぎていく。

ところで、今年も「木枯らし1号」は吹かなかったようだ。
東京の木枯らし1号の定義は、「西高東低の冬型の気圧配置で、10月半ばから11月30日までの期間に、東京(千代田区北の丸公園)で北から西北西の風で毎秒8メートル以上」の風が吹くこと。

(本ブログ関連:”木枯らし”)

時事通信jiji.comの記事「木枯らし1号、東京では今年も吹かず 2年連続は記録上初」*(12/1、00:09)によると、<東京>では2年連続して木枯らし1号が吹かなかったことになる。(抜粋)
(*)記事: https://www.jiji.com/jc/article?k=2019113000415&g=soc
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 冬の訪れを知らせる「木枯らし1号」が、東京では30日まで吹かず、昨年に引き続き「発生せず」となった。2年連続で吹かなかったのは、気象庁が1951年に記録を取り始めて以来初めて
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このままでは、冬を象徴する<木枯らし1号>を体験することなく迎えることになる。

2019年11月30日土曜日

マユミの実

明日から12月、前日のきょう冷えびえして、外出に冬コートと手袋をはずせない。公園ベンチに座ってみれば、陽射しがまぶしく暖かさを増すものの、いったん立ち上がって歩き始めると寒さに身構えてしまう。

公園を横切る小川の水量に驚く。先日来の雨により、水源がそうなのか、崖線のたっぷりな湧水のせいか、あふれるように流れていた。水遊びするのはむつかしいほどだ。

冬の自然観察園は、さすがに草が枯れて殺風景な感がしないでもない。案内のリーフレットには、草花より樹木の実について多数紹介されていた。

頭上で、小高木の「マユミ」(ニシキギ科)が風に揺れているのが見えた。薄紅色の実がかすかに割れ始めているのに気付いたけれど、手元で観察できたわけでない。<>に特徴があって細かいギザギザがあるとか、割れた実の中に赤い種があるといったことについて、漠然と見上げただけなので、そこまで意識が回っていない。次回確認したい。


その他紹介があった、白い実の「シロミノコムラサキ」(クマツヅラ科)、紫色の実の「コムラサキ」(クマツヅラ科)、同じく紫色の実の「ムラサキシキブ」(シソ科)など特徴的な実を観察した。

ところで、草花のなかで、「コンギク」が木陰で独り気を吐いて、青紅紫色の花弁を広げていた。目が合うとじっと見入ってしまう。落ち着きのあるたたずまいが美しい。

2019年11月29日金曜日

真冬日、冬日

寒い日が続く。日本気象協会のtenki.jpの記事「今季最も低い最高気温 東京都心は10度に届かず」(11/29、15:55)は、きょうの東京都心の最高気温が9.7℃(13:46)だったと、次のように報じている。
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きょう29日(金)、日本付近にこの時期としては強い寒気が流れ込んでいます。午後3時までの最高気温は、東京都心 9度7分、今季最も低くなりました。東京都心は1月上旬並みの気温です。
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最高気温」について気象庁の用語に、「夏日」、「真夏日」、「猛暑日」の区分があって暑さの具合を示している。一方その対極ともいうべき、「最高気温が0度未満」の寒さを示す「真冬日」がある。

「天気予報等で用いる用語」*(気象庁)
(*)用語: https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kion.html
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<夏>  夏日:日最高気温が25度以上の日。
          真夏日:日最高気温が30度以上の日。
          猛暑日:日最高気温が35度以上の日。

<冬> 真冬日:日最高気温0度未満の日。
          冬日:日最低気温0度未満の日。
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真冬日
さすがに東京都心で、その日の「最高気温0度未満」の「真冬日」があっだろうかと思って調べてみると、過去に次の4つほど事例があるという。
「東京における晴天下の真冬日」**(藤部文昭、気象学会「天気」、2019年1月)
(**)記録: https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/2019/2019_01_0077.pdf
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1900/1/26  <-1.0℃>
1876/1/27  <-0.3℃>
1967/2/12  <-0.2℃>
1895/2/21  <-0.1℃>
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冬日
ちなみに東京都心の、その日の「最低気温0度未満」の「冬日」について調べてみると、ほぼ毎年「冬日」を経験している。(当り前のように経験して、当り前のように忘れているのに驚く・・・そうでなかった年が珍しい)
「東京の冬日の終日」***(気象庁天気相談所作成、2019年5月更新)によれば、今年(2019年)は、2月10日(=前季の冬に相当)に <-1.2℃> だった。
(***)記録: https://www.jma-net.go.jp/tokyo/sub_index/kiroku/kiroku/data/96.pdf

2019年11月28日木曜日

寒雨

薄暗い空、午後になって音ひとつない寒い雨が降り続く。そんな状態を過ごす。
底冷えするほどもない。着込めば鬱陶しい。動作も鈍くなる。

日も暮れた夕方、門扉越しに通りを見れば、あらゆるものが雨に濡れて、外灯にてかてかと輝いている。モノクロ無声映画よう、音もない。

ウェザーニュースの記事「日差し恋しい東京 今日28日(木)で一週間連続の雨」*(11/28 11:31)は、この雨について次のように報じている(抜粋)。
(*)記事: https://weathernews.jp/s/topics/201911/280095/
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東京都心など関東地方では先週22日(金)から毎日雨が降っていて、今日も午前中のうちに雨を観測し、一週間連続の降水となりました
11月1mm以上の雨が一週間続くのは1950年の10日連続以来69年ぶりのことです。
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道は舗装されていて、雨にぬかることはない。路の脇に傾斜をつけて雨水を排水溝に流しこむ。それでも、路にかすかな窪みがあると雨水が溜まるのを見つけて、子どもたちは飛びこみ水がはねるのを楽しむ。でも、こう長く降り続いては、飽きてきたことだろう。

明日はどうやら天気が回復する。ただし気温は今日よりも冷えるという。

ところで昔の芸能界に、若いタレントたちへの「ご意見番」役を果たした、淡谷のりこ(1907年~1999年)がいた。激動の時代を経験した彼女の発言に誰もが素直に聞き入れた。過去現在の互いの人生を重ね合いながら共にいる自覚ができた。当時の若者は、彼女が経験した時代を思い至ることのできる世代でもあった。そんな時代だったから、彼女の言葉を聞き流すそぶりを示す者はいなかった。もちろん微笑ましく受け入れたりもした。
雨のブルース」(作詞 野川香文・作曲 服部良一、1938年)の歌がある。


(Youtubeに登録のniponpolydorに感謝)

2019年11月27日水曜日

旧暦11月1日

きょうは旧暦の11月1日(今夜の月は月齢0.5の「新月」)、ただそれだけのこと。いつもと別段に違うことはない。

通いはじめた体操にも慣れて、心地よい疲労感から帰宅すると決まったように転寝する。そして目覚めてハッとする・・・多分、これからも繰り返すことだろう。

今月も残すところ3日間。来12月になれば、あっという間に一年が過ぎたことを思い知る。そして転寝から覚めたときのように、事態を飲み込めぬもどかしさに似て辺りをキョロキョロと見回すことだろう。

最近、むかしたずさわった仕事に関連した夢を見る。それもどこかの場所で話してくれと頼まれて、安請け合いしたものの期日が迫り慌てる夢だ。不思議なことにその後も、技術(アーキテクチャー)について思い出し整理しようと言葉を必死に紡いでいる。よほどに焦ったのだろう、夢に続編があるなんて思いもよらなんだ。

2019年11月26日火曜日

樹木観察会

先々月、近くの公園で開かれる「樹木観察会」の案内ハガキが届いた。公園の随所を巡り、そこに育つ様々な樹木を紹介してくれる。木の大きさ・枝ぶり、幹肌、木の実、葉の形状など直接見ながら観察する貴重な催しだ。(その気になれば、同じ場所に何度も訪れて観察できる。木はすぐに逃げ出さないし、ゆっくり変化していくのだから)

(本ブログ関連:”樹木観察会”)

今年に入って雑草の観察を再開したばかりで、樹木については遠い昔に観察会に参加しただけ。そんなレベルで、放蕩息子の帰還ではないが、許しをこいつつ晩秋のきょう出かけた次第。(春にも開催されたそうで、それと合わせて春秋の比較が考慮されたようだが、残念ながら春の会に参加してない)


公園サービスセンターと樹木の会の合同観察会で、一般参加者向けの資料(樹木地図など)も充実して、案内者の方の後をついて回るだけだったが・・・あっという間に2時間が過ぎた。

とりあえず、今回観察した木々のリストを次に記してみる。(貴重な解説コメントがあったが・・・この後、追記してみたい)

ケヤキ
サルスベリ
キンモクセイ
コブシ
トチノキ
マテバシイ
スダジイ
シラカシ
ニワトコ
ネグンドカエデ
センダン
ラクウショウ
オニグルミ
メタセコイア
ミツカエデ
イチョウ
エノキ
ムクノキ

それにしても、<ドングリ>の実がなる木の多いこと。そんな木々に特別な総称があるのかネット検索したところ、「茨城県自然博物館」のホームページに分かりやすい図表*で解説されている。次ぎに再掲させていただく。
(*)図表: https://www.nat.museum.ibk.ed.jp/assets/data/education/document/satoyama/donguri.pdf

2019年11月25日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-7

快調に歩けるようになった。健康体操教室のトレーニングの成果だろう・・・負荷の少ない地味なストレッチ運動中心のおかげか、歩きに疲労感がなくなったのだ。遠くの街で開かれている市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」へ通いながら実感した。
(ところで帰りの電車で、若者が席を譲ってくれた・・・最近、歳相応に感謝して座るようにしている)

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

今年前期の「ユダヤの歴史を学ぶ(第1部)」(7/8)で 、<アメリカへ渡ったユダヤ人>を解説をされた、東京大学准教授の鶴見太郎氏から「ソ連におけるユダヤ人の生き方」についてうかがった。

帝政ロシア・ソ連時代に、ユダヤ人がどのように生き抜いたかを次のように紹介された。

ポグロム: ロシア革命内戦期に発生したユダヤ人排斥の結果
・ユダヤ人はボリシェヴィキ支持へと傾倒していった
  - 1919年、キエフのチェーカー(秘密警察)の75%がユダヤ人だったという推計も
・一方、ユダヤ人に「シオニズム運動」を招くことになる

ソ連体制下: 民族政策の変転
・帝政時代の居住制限から、ソ連時代の当初、移動の自由があった
  - イディッシュ語(文化)の普及政策
    a.ボリシェヴィキのユダヤ人セクションにいた女性エステル・フルムキン(Esther Frumkin)は忠実に実施
      ⇒ 1940年、シベリアの収容所に送られ粛清される
    b.ユダヤ人自身は、ソ連社会との融和が難しいと判断して敬遠する傾向にあった
    c.ユダヤ自治州(州都ビロビジャン)に定着させる: 防衛上、農業定着
      ⇒ WWⅡ後、3万人に達したが、現在は2,000人程度
・WWⅡ
    a.「ホロコースト」(略)
    b.1942年、西側ユダヤ人に対し、ソ連支援のため「ユダヤ人反ファシスト委員会」を結成
・WWⅡ後
    a.スターリン時代
      ⇒ 上記ユダヤ人反ファシスト委員会関係者の暗殺・逮捕
      ⇒ 反ユダヤ主義の立場から、ユダヤ人の活動を「ブルジョワ民族主義」と呼んだ
    b.スターリン以降
      ⇒ イディッシュ語(文化)の名目上の復帰
・1967年「第3次中東戦争」、アラブ支持のソ連でイスラエル・シオニズム批判が起る
・海外(イスラエルおよび諸外国)への移住希望者が増大
    a.1989~98年、ソ連圏から120万人(内実質のユダヤ人は80万人)が出国
      ⇒ 1970~97年、ロシアから30万人が出国
      ⇒ 1970~97年、ウクライナから42万人が出国

(感想)
イスラエルにおける、ロシア語話者*のユダヤ人が多数いるという。
(*)Russia Beyond「さまざまな情報源によると、ソ連・ロシアからイスラエルに移住した人でロシア語を話すのは、25万〜50万人だ。米フォーブス誌の試算では、2017年時点でイスラエルのロシア語人口は150万だった(同国の総人口は約860万人)」(  https://jp.rbth.com/lifestyle/80162-sekai-no-roshiago-jinkou-wa-dono-kurai )
彼らがイスラヘル移住を決めた理由を知りたい。ソ連時代のロシア人だって大変な経験をしているのだから、ユダヤ人はもっと厳しい経験をしただろう。
東欧のポーランドの田舎町や村(シュテットル)にユダヤ人が多数いたことは、ポーランドやリトアニアの歴史から推察できるが、ロシアにどうして住むようになったのかも知りたい。

2019年11月24日日曜日

(雑談)お前は誰だ

昨日から続いた雨も昼ごろに止んで、午後は曇り空とはいえ路面もすっかり乾いた。おまけに、一昨日、昨日と寒い日が続いたが、きょうは少し気温が戻りおだやかに和む思いがした。
ちなみに、都心のここ数日の<最高気温>は次の通り。
・一昨日(11/22): 10.8℃  ← 今月中で一番寒かった
・昨日(11/23)   : 13.0℃
・きょう(11/24): 19.1℃(13:49)

そんなわけで、拍子抜けする話を探してみた。

先日(11/17)手にした「江戸奇談怪談集」(須永朝彦 編著、ちくま学芸文庫)の<怪談>編に、「狗張子(いぬはりこ)」に採録の「死して二人となる」の話がある。死者とウリ二つの男がたずねて来てひと騒動起すという、一口噺というか一息噺があって、落語に通じる可笑しさがある。要約すると次の通り。
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小田原城下の百姓村で、中間(ちゅうげん:侍の下、小者の上)が死んだ。村人が夜更けに埋葬しようとしていたとき、ある男が突然訪ねてきて、遺体のそばに座って啼き出した。すると、死んだはずの中間が起きあがり、二人は殴り合いを始めた。驚いた村人は逃げ出し、日暮れに部屋をふたたび覗き込んだところ、うり二つ(顔形から衣服まで)の二人が倒れていた。ひとびとは男たちを同じ棺に納めて塚を築いたという。
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二人の一方は既に死んでいるのだから、「ドッペルゲンガー」の逆バージョンというべきか。自分と自分の影とでもいうべき存在について、ヨーロッパ的な自我は意外と脆いのかもしれない。東洋というか日本には、そんな幻視はなかったのではないだろうか。ただ、視点のでんぐり返しを楽しんでいた節はあるようだ。

落語に、以前(2017/3/8)のブログで触れたように、自分の死体を引取りに行くという「粗忽長屋」がある。かつぐ当人が、自分がいったい誰だか分からなくなるという可笑しみがある。

(本ブログ関連:”粗忽長屋”)

2019年11月23日土曜日

勤労感謝の日 2019

きょうは、祝日の「勤労感謝の日」。土曜日(一般に休日)と重なって、日曜日だったら振替休日になったものをと、損したような気分になった子どもたちが多いのでは。おまけに、朝からあいにくの雨、降ったり止んだりして外出もできず、一日もやもやして過ごしたのではないだろうか。

(本ブログ関連:”勤労感謝の日”)

ちょいと耳を傾むければ、ぼそぼそと雨の気配して鬱陶しい思いをするが、ときに雨に遮断されるのも悪くない。気が散らず、気をめぐらすこともない充分な時間が感じられる。

「波止場しぐれが 降る夜は」で始まる石川さゆりの「波止場しぐれ」*(作詞吉岡治、作曲岡千秋、1985年)は、「時雨」の小豆島土庄港のネオン街が舞台。「とのしょう」(Wikipediaの「土庄町」でも「とのしょうちょう」)と歌っているが、地元出身者は「とのしょ」と呼んでいたような・・・。
(*)夕刊フジ「石川さゆり“転機”となった小豆島へ!恩師と波止場しぐれ」(2012.6.21)
       https://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120621/enn1206211541009-n1.htm

昔、小豆島へ行くのに九州方面からなら、岡山県宇野港発で大型の「宇高連絡船」に乗って香川県高松港行へ渡り、そこで中型船に乗換えて土庄港へ着いた。その後の学生時代に、神戸港から土庄港へ高速船で向かったこともある。

ところで、土庄港に「浮世小路」という飲み屋街があったなんて知らなかった。わたしにすれば、島の中にある処を訪ねるだけだったので。


(Youtubeに登録の歌チャンネルk17 heieに感謝)

2019年11月22日金曜日

小雪 2019

朝からの氷雨。きょうは、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。雨が雪となるほどでないが、傘をさしながら街を行くひとのなかに、余りの寒さに慌ててポケットから手袋を出すのを見た。歯科に通院途中の私は、手袋を持ち合わせてないのを後悔するばかり。

(本ブログ関連:”小雪”)

さて、歯科治療室に入ったとき、外の冷たい雨を「氷雨」のようと伝えた。先生もご存知で、そういえば演歌に「氷雨」がありますねと応えて、演歌世代同士の会話になってしまう。

演歌の「氷雨」(作詞・作曲 とまりれん)といえば、記憶にあるのはやっぱり「日野美歌」の歌だが、元は「佳山明生(かやま あきお)」の1977年のデビュー曲という。歌詞は女性の未練がこもった別れ歌で、まさに演歌の王道。だから後も森昌子が歌ってよし、石川さゆりが歌ってよしだった。


(Youtubeに登録のcoffee shopに感謝)

2019年11月21日木曜日

木枯らし1号はまだ吹いていない?

11月に入って、東京都心の日々の最高気温で、きのうはそれまでで一番低く 15.9℃だったが、きょうは 15.7℃(13:17)となり、さらに下回ったようだ。寒さがますますつのるけど、まだまだ冬の序の口のようなもの。

ところで、冬を示す「木枯らし1号」はどうなったのだろう。Yahooニュースの記事「東京でも『木枯らし1号』の発表か  そのあとは暖気のち再び寒気」*(11/20、饒村曜 気象予報士)は、木枯らし1号の発表基準を次のように紹介している。
(*)記事: https://news.yahoo.co.jp/byline/nyomurayo/20191120-00150742/
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西高東低の冬型の気圧配置と・・・、「10月半ばから11月30日までの期間」、「東京(千代田区)で北から西北西の風で毎秒8メートル以上」というのが発表基準です。
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今晩21:00までの、気象庁発表の東京の「最大瞬間風速(m/s)、(風向(16方位))」によれば、「9.7(西北西)、12:15」となっている。「西北西の風で毎秒8メートル以上」なので基準をクリアしているように見える。ただし、日本気象協会tenki.jpの天気図**を見ると、いわゆる「西高東低の冬型の気圧配置」になっていない。今夕 18:00に高気圧が真上に陣取っている。
(**)天気図: https://tenki.jp/guide/chart/

実況天気図

そのせいか、ネットに「木枯らし1号」の話題が見つからない。ブログに記載しているこの時間(22:30ころ)までに発表されてない。

2019年11月20日水曜日

健康体操教室

運動不足とは、他に用があって運動するひまがないときにいうものだ。ところが、今はじゅうぶん時間があるのだから、少しくらい体に負荷をかけることでもやればいいのに。

寒いのが苦手なせいか、気合を入れないとなかなか行動に移せないけれど、週一回とはいえ「健康体操教室」のおかげで体が少し軽くなってきている・・・。

(本ブログ関連:”健康体操教室”)

教室通いを再開して以来、きょうで3回目。再開した初日は力が入っていたのだろう、何となくこなしたが、2回目、3回目と慣れてくると別の面が出てきたようだ。

思った以上にきついというか、体の動きが鈍いのに気付く。それなりに頑張って終了しても、帰宅すると気が緩んでグダグダになり、ストーブの温もり誘われて転寝してしまう。
数回通った程度で万端なはずもない。教室の合間に自主トレーニング?でもしてみようかと思う。

(付記)
睡魔に襲われる心地を、Youtubeに探したら、面白い動画が見つかった。
「ハプニング!民謡教室のアイドルvs睡魔!」(登録者菊地秀一氏)*
(*)https://www.youtube.com/watch?v=zdUvtUQe-ds
民謡教室に通う小さな双子姉妹の一人が、歌の練習中に見事に睡魔に襲われる、微笑ましい動画だ。

2019年11月19日火曜日

庚申

日めくりカレンダーを見れば、今日のしるしに「庚申(こうしん)」とある。例によって、Wikipediaをたずねれば、以下のような説明がある。

陰陽五行」の5種類と、「干支(えと)」の12種類を組み合わせて、毎日を分類すると、5×12=60通りの日にちが設定できる。その中でも、一番めでたい組み合わせが「庚申」となる。
・陰陽五行: 十干(じっかん)中の「庚(かのえ)」は、陽の金
・干支:十二支中の「申(さる)」は、陽の金

庚申が、一年に何回あるかといえば、365日÷60日 ≒ 6、つまり6回ある。めでたい日ということで、昔のひとは一晩酔いあかしたらしい。本当は、人間関係や労働からの気分転換だったかもしれないけど、仏教と結び付けて「庚申信仰」と呼んだようだ。

庶民の側にすれば、民間信仰として「庚申待」の行事をした。世の中、なにかしら理屈が必要なようで、人間の体に棲む「三尸(さんし)の虫」が、庚申の夜に「天帝」または「閻魔大王」に、その人間の日頃の行ないを報告に行くという。寿命とその先のための勤務評定のようなこと。それを阻止しようと、ひとびとは集まり寝ずに夜宴することになる。

そろそろ年末に開かれる<忘年会>もいってみれば「庚申待」のようなものだが、こちらは年一回だけ。ところで、わたしには「三尸の虫」も見限ったのか気配すらしない。でも忘年会は楽しみにしておこう。

2019年11月18日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-6

今月に入って日ごとの最高気温が大きく変動している。東京都心の最高気温を見ると、一番高いのは 23.9℃(11/1)、一番低いのは 16.1℃(11/13)。きょうの最高気温は 21.4℃(14:11)、少し緩んだ好天気でさしずめ「小春日和(インディアン・サマー)」といったところだろう。

遠くの街で開催される市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」へ出向く途中の電車の中で、窓から差し込む暖かい日差しに眠気を誘われた。実に心地よかった。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

イスラエル建国後、イスラム世界との摩擦(中東戦争)に焦点をあてた「イスラエル国家の建設、数次の中東戦争とイスラエルの膨張」について、東洋英和女学院大学学長の池田明史氏から解説を受けた。

ところでお話は、中東戦争の空爆戦術とか戦車の防御構造とか、戦争談義に飛んだ気がする。さらには「六日間戦争」に勝利したことから、「六日間」を聖書的解釈に結びつける話題まで出てきた。そうなると、話を聞くほどに疑問が生じた。

(いつものような講義内容の要点記述を今回省略する)

① 疑問: イスラエル建国にいたる歴史的な経過を、具体的な<史実>で知りたい
  ・中東戦争を起点にしてしまうと、イスラエル国家ありきで始まるため
    - 初期シオニズム運動から、どのようにしてイスラエルの土地を入手できたのか
    - その当時のパレスチナ先住者たちとユダヤ人入植者との関係はどうだったのか

② 疑問: イスラエル国民、ユダヤ教徒、民族の定義を知りたい
  ・ヨーロッパのユダヤ人は民族か、イスラエルのユダヤ人は民族か
  ・イスラエル建国の後押しをした西欧の役割とその後の責任は

(感想)
シビアなテーマだけに、焦点の当て方に気配りされたのだろうけれど、歴史上のユダヤ人とイスラエルのユダヤ人がうまく結びつかない。ユダヤ教としてのユダヤ人、イスラエル国家としてユダヤ人について整理できないでいる。

2019年11月17日日曜日

雲根志

近隣の駅ビルにある文具店へ蛍光ペンを買い求めに出かけた。先日、同店で購入したSTAEDTLERの蛍光ペン(黄色)はユニークで、一般の水溶性インキの蛍光ペンと違い、インクが固形ゲルでできている。書籍にマーキングしたとき、裏面に滲みることがない。筆圧とか書籍の紙質と関係なく印(しるし)を付けられるため、読み返したとき不都合を感じることはない。そこで他色のペンも揃えたく、橙色、緑色、水色を買い足した。

同駅ビルに大型書店があり、面白い本はないものかとふらりと寄った。好みの<鉱物関連>の書棚を見に行く。アマチュア向けの美しいし紹介本がつぎつぎと出版されている。素晴らしいことで、多分近隣国では見られない状況だろう。
ただ、どの本も息長く続くかというと、この分野では難しそうだ。先日、アマチュアの鉱物趣味団体の長老が亡くなられたが、その方の著書の<鉱物図鑑>が書店の棚から次第に見かけなくなってきている。(多分どの分野でもそうだろうが、同好者の年齢構成に偏りがある)

(本ブログ関連:””)・・・ 検索したページの最下段にある「次の投稿」で続く

文庫本のコーナーで、「江戸奇談怪談集」(須永朝彦 編著、ちくま学芸文庫)を見つけて求めた。本来奇談集は、短い話を取り留めなく集めたものが多い。それらの書の中から、編者の好みで集めたアンソロジーといったところだ。江戸の奇談として代表的な「耳嚢(耳袋)」から、石の話の「雲根志」(木内石亭)まである。(怪談は苦手なので後回し)

「雲根志」については、その中から二十話ほど採録されている。博物学の源流という評価と違い、あくまでも奇談に徹している。特に私の興味から、石の中に<世界>を見るような、一種マトリョーシカの入れ子構造的な面白さに関心がある。
石の中から水が流れ出るとか、虫が這い出るとか、しまいには少女のような姿が見えるといった、古人の好奇心や想像力には尽きることがない。

(本ブログ関連:”雲根志”)

ところで同店には、ネットで売れ行きランキング上位にある本が置いてなかった(店頭の電子検索でも在庫なしという)。人気が凄くて売り切れなのか、あるいは別の要因からか知らないが、書店ビジネスを考えると信じられないことだ。

2019年11月16日土曜日

(雑談)スポンサー

とあるラジオ局のトップが新しくなり、番組編成が変わったという。どのように方針が変わったかは別にして、そのなかに若者感覚をメインにしたような番組があって、今晩それを聞いていて面白いことに気付いた。

同番組スポンサーのひとつに、高齢者向け薬品を通信販売している会社があって、放送中にコマーシャルが流れたのだ。このことから、表向き <若者の軟弱さ(ギャグ)> を売りにしている番組だが、実際の聴取者に高齢者が多いということが明らかになってしまう。何のことはない、スポンサー企業の特性から、番組の実態が漏れ出たようなものだ。
放送局の営業にとって、番組の方針と聴取者・視聴者の実態のどちらを優先するか決めるのは、今の時代しんどいことなのだろう。(週刊誌のサブ特集に<健康ネタ>が多いのも然り)

ちなみに、この番組のパーソナリティは、あるお笑いコンビのひとりではないかと思うほどよく似ている。番組パーソナリティ自身は、ネットで調べたところ50代半で、顔写真も全くイメージと違って決して若くないのだ。

放送界のなりふり構わぬ状況が透けて見えたような気がした。

2019年11月15日金曜日

2019年 第70回「NHK紅白歌合戦」出場歌手

年末の催事が明らかになり、年末を強く意識する。大晦日の定番、NHK「紅白歌合戦」もそうだ。ところで、近年とんと視聴することがない。演歌の出番もわずかとなり、新人歌手も若すぎて。なにより、楽曲に合わせて歌詞が作られるような風潮に馴染めないでいる。そして英語(カタカナ)の多様に鼻白む思いがする。

とはいえ、出場歌手に興味がないわけでない。石川さゆりや五木ひろしの出場にホッとする。出場歌手をどれだけ知って、どれだけ知らないかにも興味がある。自身の感度を確認する意味でも。

(本ブログ関連:”紅白歌合戦”)

ということで、11/14に発表された次の「第70回NHK紅白歌合戦」出場歌手リスト*で、知っている(聞いたことのある)歌手に「○」印を、名前だけ知っている歌手に「△」印を勝手ながら付けさせていただいた。
(*)NHKニュース: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191114/k10012177321000.html

    紅組                                         白組
    ----------------------                   ----------------------
○ aiko(14)                             ○ 嵐(11)
△ いきものがかり(11)               ○ 五木ひろし(49)
○ 石川さゆり(42)                         Official髭男dism(初)
○ AKB48(12)                     ○ 関ジャニ∞(8)
    丘みどり(3)                        △ Kis-My-Ft2(初)
△ 欅坂46(4)                             King & Prince(2)
○ 坂本冬美(31)                           King Gnu(初)
○ 椎名林檎(7)                        ○ 郷ひろみ(32)
    島津亜矢(6)                            GENERATIONS(初)
    Superfly(4)                        △ 純烈(2)
○ 天童よしみ(24)                         菅田将暉(初)
△ TWICE(3)                          △ DA PUMP(7)
△ 乃木坂46(5)                      ○ 氷川きよし(20)
○ Perfume(12)                       ○ 福山雅治(12)
    日向坂46(初)                      △ Hey! Say! JUMP(3)
    Foorin(初)                              星野源(5)
○ 松田聖子(23)                           三浦大知(3)
△ MISIA(4)                               三山ひろし(5)
○ 水森かおり(17)                         山内惠介(5)
    LiSA(初)                             △ ゆず(10)
    Little Glee Monster(3)
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2019年11月14日木曜日

健康診査

市役所から住民に、健康診査の案内が来たのはだいぶ前のこと。年末までに受診するよう記されていたが、億劫できょうまでずるずると延ばしていた。この歳になると(家族のために健康を維持して働かねばならぬとういう義務は終えているので)、気楽なはずなのに、健診で怪しいものでも見つかるのが嫌で後回しにしたい気持ちでいた。例年のこととはいえ(観念して?)、病院へ行くことにした。

これまで何も変わりなかったのだから、今回も変わりはないはず。一通り検査項目をこなして、最後に医師の軽い問診のとき、全ての検査結果は(データとなって)今月末にあらためて聞くというに、妙に元気を装ってしまう。

病院を出ても尾を引いているのだろうか、もしかしたら何か見つかるかもしれないと杞憂する。そんな気分を知らず、街はクリスマス準備のためだろう落ち着いている。本屋には、来年のカレンダーが吊るされ、年賀状デザインの書籍が山積みされている。健診のことなんか「関係ない!」のだ。

来年は子年(ねどし)なので年賀状デザインは、古いミッキーマウスの動画から探してみようかな。


(Youtubeに登録のBig Takataに感謝)

2019年11月13日水曜日

さよならリュウグウ

平成26年(2014年)に地球を出発した、小惑星探査機「はやぶさ2」(初代「はやぶさ」の後継機)は、本日、地球近傍小惑星 「リュウグウ」を離れ、いよいよ地球に向かって帰還の旅についた。

(本ブログ関連:”はやぶさ、はやぶさ2”)

日本人はロボットに対して親和的である。「はやぶさ」帰還のときもそうだった。あの時に見た感動を、今回も見ることになるのだろうか。「はやぶさ2」にいろいろな思いを託したくなる。
今回、離れる「リュウグウ」に対しても、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「はやぶさ2」プロジェクトは、「〝さよならリュウグウ〟キャンペーン」*を次のように催すようだ。そうそう、この感じ・・・いいな。きっと、子どもたちから小惑星へたくさんの「さようならメッセージ」が寄せられるだろう。
(*)キャンペーン: http://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20191113_SAYONARA_Ryugu/
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2019年11月13日、10:05(機上、日本時間)、「はやぶさ2」探査機がリュウグウから出発し、地球への帰途につきました。11月18〜19日までは、探査機に搭載されたカメラで遠ざかっていくリュウグウを撮影することができます(画像はこちら)。その後、探査機はイオンエンジン運転姿勢へと姿勢制御を行いますので、リュウグウは撮影できなくなります。

そこで、リュウグウ出発から11月19日まで、〝さよならリュウグウ〟キャンペーンとして皆さんからリュウグウや「はやぶさ2」についてのメッセージを募集したいと思います。・・・
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産経新聞の記事「はやぶさ2、小惑星を出発 来年末に地球帰還へ」**(11/13 10:37)は、「はやぶさ2」の「リュウグウ」出発後について、次のように解説している。<約8億キロを飛行して来年末、6年ぶりに地球へ戻る>のが待ち遠しい。そして、研究者は、立ち去る「リュウグウ」に対して挨拶(「さよならリュウグウ、ありがとうリュウグウ」)を忘れていない。
(**)記事: https://www.sankei.com/life/news/191113/lif1911130015-n1.html
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 探査機「はやぶさ2」が13日午前10時5分、地球への帰還に向け小惑星「リュウグウ」を出発したと、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が発表した。約8億キロを飛行して来年末(12月ごろ)、6年ぶりに地球へ戻る

 <はやぶさ2>は地上から送った信号に従い姿勢制御用のエンジンを噴射し、高度20キロの通常位置から秒速9.2センチで上昇を開始した。機体は正常という。

 来月3日以降、機体を加速するためのイオンエンジンの連続運転を開始し、帰還に向けた本格運用に入る。地球の上空に到達すると、採取したリュウグウの物質を納めたカプセルが切り離されオーストラリアの砂漠に落下する。

 統括する津田雄一プロジェクトマネージャは「貴重なお土産と、夢中なひとときをくれたリュウグウをついに出発しますあなたのおかげで地球人はよい年をとることができました」とのコメントを発表した。

 <はやぶさ2>は初代<はやぶさ>の後継機で、平成26年(2014年)に地球を出発し、約32億キロを飛行して昨年6月にリュウグウに到着。太陽系の歴史や生命の起源を探るため2回の着地に成功し、地表と地下の物質を採取したもようだ
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2019年11月12日火曜日

(訂正)アワコガネギク(キクタニギク)

先日(11/10)、「自然観察園」で見た黄色のキク科植物を <「アブラギク」の仲間と、しろうと判断してみた>が、本日、同園の「自然観察センター」にて次のように教示いただいた。(やっぱり、しろうと判断だった)

次の赤字訂正は、11/10付けブログに(訂正(11/12追記))として追記している。
・11/10に添付した写真は「キクタニギク(別名アワコガネギク*)」の花である。
(*)外来種もあるようで、国立環境研究所「侵入生物データベース」に掲載されている。
       http://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/80500.html



ちなみに、「シロバナアブラギク」は、同園出入口付近の外部仕切りの金網越しに群生している(次の写真)

2019年11月11日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)-5

毎週月曜日開催の市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ(第2部)」へ出かけた。天気予報の通り、昼は晴れ・夕方は雨となって、帰宅時にしっかり濡れた。この時期の雨は冷える。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

先週日曜日は「文化の日」の祝日だったため、月曜日が振替休日となり、市民講座は<休講>となった。したがって2週間振りの聴講になる。今回も重い内容で、WWⅡ後にホロコーストがコミュニティの中でどのように語られたかを、特に<犠牲者>側の語りについて、「ホロコーストを巡る戦後の言論と記憶 -想起のかたち-」のタイトルで、先週に引き続き学習院女子大学教授の武井彩佳氏から説明された。ホロコースト理解を多面的に切り分けて見せてくれた。

歴史の語りは、時代(世代)・政治体制・メディア(芸術表現)によって違いが出る
・時代経過のごとに、語りの主題や内容が変わってくる
  - 個人の記憶 ⇒ 政治利用 ⇒ 被害者の子ども世代が関心を持つ ⇒ 集合(文化)的記憶
・小説:「ホロコースト小説」といったジャンルがある
  - ホルヘ・センプルン(スペイン人)、エリ・ヴィーゼル(ハンガリー出身ユダヤ人)
  - ホロコースト小説は、イスラエル以外の世界から発表されることが多い
・映画: ホロコーストを象徴化・アイコン化(ビジュアル化)しやすい多様な表現
  - 刺青(囚人番号)、星マーク、列車(収容所へ搬送)、ガス室、被害者の人格崩壊

犠牲者のユダヤ人内部での語り
・ナチスドイツとの関係
  - シオニスト: 武装抵抗した意識
  - ユダヤ人評議会(Judenrat): 対独強力した富裕層(「裏切り者」と呼ばれる)
・性的役割(語られないこと)
  - 男性: 守るべきものを守るという男的役割・存在を果たせなかった矛盾
  - 女性: 生き延びるため身を手段にする(あるいは嬰児の処置)
・仲間割れの話については当然忌避される(語られないこと)

シオニスト(イスラエル在住)から見たホロコーストの解釈
・イスラエル以外のユダヤ人(ディアスポラ)に対して
  - イスラエルに移動しなかったこと、現地での共生化を試みたことの失敗など批判

宗教(ユダヤ教)的立場から見たホロコーストの解釈
・神学テーマ
  - 正統派: 神の罰(神に見捨てられた)
  - 神の不在:「あなた(神)はその時どこにいたのか」
  - 生存者(Sh'erit ha-Pletahשארית הפליטה)を神は見捨てたのではない解釈もある
・世俗派は、西欧世界での<共生>という幻想が破綻したことを知る

共産主義体制から見たホロコーストの解釈
・社会主義では、民族よりもファシストと闘った民衆に力点が置かれた
  - ファシストと闘った共産主義者 > 苦しんだ一般民衆 > 抵抗せず殺されたユダヤ人
・ホロコースト記念碑も、ファシズムへの抵抗を誇示するようデザインされる

アメリカに移住したユダヤ人から見たホロコーストの解釈
・アメリカ移住で生き残ったという理解
  - アメリカンドリーム: 困難からのがれる ⇒ 一生懸命働く ⇒ 裕福になる
・(ホロコーストのなかった)アメリカに多数のホロコースト博物館・記念碑がある
  - 体験者でないため、当初は逆にリアルな表現を求めたが、現在は抽象的になっている
  - 犠牲者の「無名性」を乗り越える作業として、生き残ったひとびとの体験を聞く


(感想)
<体験>は、生き残ったひとの言葉でしか伝わらない。死者の言葉ではない。<歴史>が体験をくるむとき、言葉は整理される(第3者の手で整理されてしまう)。時間が遠くなるほど、距離が遠くなるほど、言葉は純化される。メディア(あるいは思想)というプリズムをかけると、容易に角度を変えてしまう危険性がある。

(資料)天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」、「祝賀御列の儀」

一昨日の11月9日に皇居前広場で行なわれた「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」での天皇陛下のお言葉、および昨日の11月10日に行なわれた「祝賀御列の儀」について次に記す。

民間主催による「天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典」での天皇陛下のお言葉*
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さきに、「即位礼正殿の儀」を行い、即位を内外に宣明しました。そして、今日ここに集まられた皆さんからお祝いいただくことに感謝します。

即位から約半年、多くの方々から寄せられる気持ちを嬉しく思いながら過ごしています。また、この間、様々な機会に、国民の皆さんと直接接し、皆さんの幸せを願う思いを私たち二人であらたにしてきました。

その中にあって、先月の台風19号をはじめ、最近の大雨などによる大きな被害に深く心を痛めています。亡くなられた方々に哀悼の意を表しますとともに、ご遺族、被災された方々にお見舞いを申し上げます。 

寒さがつのる中、避難を余儀なくされ、生活再建が容易でない方が数多くおられることを案じています。 

復旧が進み、被災された方々が安心できる生活が、1日も早く戻ることを心から願っています。 

ここに、改めて、国民の幸せを祈るとともに、我が国の一層の発展と世界の平和を願います。

今日は寒い中にも関わらず、このように大勢の皆さんが集まり、即位をお祝いいただくことに、深く感謝いたします。
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(*)ハフィントンポストの記事「国民祭典、天皇陛下がお言葉『みなさんの幸せを願う思いを、私たち二人で新たにしてきました』(おことば全文)」(11/9)より。


国事行為の「祝賀御列の儀」について、産経新聞の記事「『祝賀御列の儀』沿道は11万9千人 皇位継承式典事務局が発表」(11/10 18:46)は、次のように報じている。
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 政府の皇位継承式典事務局は10日、同日行われた天皇陛下のご即位に伴うパレード「祝賀御列(おんれつ)の儀」の沿道の奉祝者数が約11万9千人だったと発表した。平成2年11月の前回パレードは約11万7千人だった。
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2019年11月10日日曜日

ススキの原

久し振りに「自然観察園」へ出かけた。そして同園の脇を流れる小川を見て驚いた。台風(15、19号)と、その後の降雨で水量が増したことは以前のブログに記したが、きょうも流勢に変わりがない。そればかりか、川幅も少し広がったように感じた。武蔵野台地が吸収する水量の豊かさに感心するばかり。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

晩秋の穏やかな陽射しがする日曜日、自然観察園には観察者の姿があちらこちに見えた。扉を開けて入った瞬間、なんとなく草枯れのイメージがして、一体何が見られるのか心配になった。そこで、秋に実のなる落葉低木に注目した。すぐに、小さな赤い実をつけた「ガマズミ」に気づく。実を酒に漬ければ<果実酒>になるというが、それほど豊富にはない。すぐ隣りに、名前が小粋な、紫色したこれも小さな実をつけた「コムラサキ」がいる。<シソ科>ゆえの紫色が可愛らしい。こちらも<果実酒>ができるというがどんな風味だろう。

観察園と外部を仕切る金網があって、園の内側隅にいかにも居候のように<キク科>の花が1.5mほどの丈で群生していた。咲きっぷりは、決して三杯目をそっと出すような謙虚さはない。ネット情報などもとに勘案して、「アブラギク」*(次の写真)の仲間と、しろうと判断してみたが「アブラギク」そのものは関西以西に咲くとのこと。
ちなみに、今月の観察園発行の「花だより」には「シロバナアブラギク」の名があるが、写真の方は見ての通り黄色であって白くはない・・・(見当はずれだったら訂正したい)。



(訂正(11/12追記))
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上記写真のキク科植物について、11/12に自然観察園センターで次の教示をいただいた。
上記写真は「キクタニギク(別名アワコガネギク)」の花である。
・ちなみに「シロバナアブラギク」は、同園出入口付近の外部仕切りの金網越しに群生している(次の写真)。

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ところで、東西に広がる公園東側にある「調整池」広場には、小川から溢れた水あるいは崖の湧水のためか、湿地のように水が溜まっていた。そこを囲むように「ススキ」の原ができていて、白い穂を風に揺らしていた。近づいて高くにある穂を見上げれば、秋が通り過ぎていくのを実感する。

2019年11月9日土曜日

(雑談)みかん

寒い季節に暖かい部屋にずっといると乾燥して、ひんやりしたみかんを食べたくなる。とりわけ炬燵で食うみかんは最高だった。少々酸味のきいた甘い香りは口元をスッキリさせる。なにより水分だけでなく、ビタミンCの補給にもぴったりだ。このごろ、みかん販売の案内メールが来るが、配送時期は今月中旬からという。

例年、駅近くの果物屋で箱詰めのみかんを購入する。ぎっしり詰まっているので、自宅に持ち帰ると直ぐに取り出す。押し合いへしあいの状態のままにして置くと傷つきやすいからだ。それらを茶箪笥の隙間にあちこち並べる。少しずつ減っていくのを確認しながら口にするのは面白い。

昔のみかんは酸っぱかった。だから、缶詰のみかんは(実はシロップのおかげだが)格別に甘く、子どもにとって美味かった。最近は品種も増え、適度に甘くジューシィで、いろいろな味覚を楽しめるようになった。

そうなると酸っぱいみかんを懐かしく思い、果物屋に並んだ中から実の固めのものを選ぼうとするが・・・。昔は早出しだったのだろうか、実の固いものは酸っぱかったと記憶する。結局、実の柔らかそうなものを選んでしまうことになる。
今は見かけなくなったが「インドりんご」があった。実がさくさくする感蝕がして適度に甘味があり、酸味と固さはなかった。そんな記憶が重なり合っているからかもしれない。

ところがYoutubeに、みかんのプロらしい方が美味いみかんの探し方を紹介していて、皮がぴったりはりついている方がよいというのだ。それでも合点がいかず、比較して口にしようという気もない・・・頑固なのか億劫なのか。

2019年11月8日金曜日

立冬 2019

昨日、ガスの検針員の方から、先月使用量が去年同月と比べて随分増えているが・・・と、問うように聞かされた。別に思い当たる節はないけど、寒さが苦手で早めにストーブを出したせいかもしれないと応えた。最近寒さがつのる。

まさに今日、二十四節気の「立冬」で、いよいよ冬の始まりだ。気象庁の四季区分では冬は <12月~2月> 、むしろ11月初旬の<立冬>の方が体感に当てはまる気がする。

(本ブログ関連:”立冬”)

温い部屋にこもっていると、静けさが妙に身に沁みてくるもの。昔、聞いた「モーガン・フィッシャー(Morgan Fisher)」の「都市生活者のための音楽(Peace in the heart of the city)」 (1988) で心を安らがせたくなる。その中から次の一曲を聴いてみよう。

ところで、モーガン・フィッシャーについてWikipediaは <ヒーリングミュージックの作家> としているが、この曲を初めて聞いたころそのような紹介があっただろうか?
ヒーリングという言葉は、いつのまにか内部深く共生するウィルスのような側面があって、ちょっと危なっかしい気がする。鉱物趣味の世界でも同様。


(Youtubeに登録のsanatanolaboに感謝)

2019年11月7日木曜日

アイドル

若い歌手が「アイドル」と名指しされるようになったのは、いつごろのことだろう。ネットを探すと1970年代を中心にして語られ始めているようだ。もう少し私の世代に近い歌手はいないものかと検索したところ、次のような<論説>があった。

「アイドル 150年 ─アイドル・ブームと長期波動─」(平山朝治、筑波大学『経済学論集』第70号、2018年3 月)*
(*)論説: https://tsukuba.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=45571&item_no=1&attribute_id=17&file_no=1

同レポートの「はじめに」に、「日本ではシルヴィ・ヴァルタンの歌った La plus belle pour aller danser をカバーした安井かずみ作詞『アイドルを探せ』*が,1946 年生まれの中尾ミエと 1941年生まれの双子姉妹ザ・ピーナッツによって 1965 年にあいついで競作発売された」とある。
(*)アイドルを探せ: (原題)「踊りに行く一番の美人」の邦題(1964年)

(本ブログ関連:”シルヴィ・ヴァルタン”、”中尾ミエ”、”ザ・ピーナッツ”

彼女たちはテレビ・ラジオでよく知った歌手だが、今でいう「タレント」のイメージとはちがった。シルヴィ・バルタンは、アメリカンポップの向こうをはったフレンチポップの旗手でもあったし、そんな中、アメリカンポップのカバーを中心に、日本の白黒のテレビの娯楽番組で活躍したのが中尾ミエであり、ザ・ピーナッツの歌手たちだった。

1960年代からずっと後、1980年代の「アイドル」に、今般高級官僚との結婚で話題になった「菊池桃子」がいる。当然ながら、当時のテレビで見ることはあっても時代を共有した感はない。彼女の結婚相手の官僚と近しい関係だった某元役人の評論家が悔しんでいるのはご愛嬌。

タレントは、若者の心にそれほど喰い込んでいたようだ。私にしたら、<桃>の字つながりで思い出すのは、「桃井かおり」かはたまた「河内桃子」の方かもしれない。

2019年11月6日水曜日

健康体操教室

きょうから再び「健康体操教室」へ通うことになった。3年ほどブランクの末の出戻りである。もともと年配者向けの教室なので、無理のないストレッチ体操が中心であるが、汗をかくほどの運動量はある。

(本ブログ関連:”健康体操教室”)

以前、体操教室と他の趣味との時間が調整できず、つい教室を休んでしまった。その後しばらくして気付いたことだが、次第に体がなまってきたのだ。歳相応なのだろうが、姿勢がよくないこともあり、今年後半から時間の余裕もできて教室を復活させた次第。

無理のないストレッチとはいえ、一人でできるならこしたことはないけど、家で体を伸ばしたりねじったりするのは長続きしない。すぐに飽きてしまう。やはり、みなと一緒に、先生の指導を受けながら続けるのがよい。今回は体力の続く限り通いたいと思う。

教室の運動量は、私にとってそれなりの負荷がある。帰宅後、解放されたせいかつい転寝してしまった。以前もそうだったし今回もそう。実に心地よい居眠りなのだ。

そうそう、体操の途中で水分補給が必要だ。自販機でペットボトルの飲料を用意しておこう。

2019年11月5日火曜日

(雑談)趣味的なこと

定年後にやってみたいことのアンケートに、本気度は別にして昔のおじさんたちが思い浮かべたものは、<喫茶店>とか<古本屋>だった。のんびりした時代、まんざらでもない夢だった。

冷徹なコンサルタントは、これからの時代、客待ちの仕事なんて経営として成立しませんよといった。実際、個人営業で<喫茶店>や<古本屋>を成功したという話を聞かない。定年後に、趣味的にやっていけるほど甘い仕事ではないようだ。

趣味に限定すればやれることはある。受動的な趣味ならばさらに大丈夫だ。映画は作れなくても、しろうと映画評は誰にでもできる。絵画を描けなくても、美術展を巡ることは誰にでもできる。趣味的であるというのは、対象と適当な距離にいるということなのだ。

なにより趣味的なことは、いつでも始められるし、いつでも止められる。そのタイミングに人生をかける決意も必要ない。また関心が冷めても人生に挫折することもない。趣味的なことは、その意味で楽しみ気楽なものだ。

あしたから、健康体操教室を復活させようと思っている。この場合、趣味的というより体力維持の方かもしれないが。

(本ブログ関連:”健康体操教室”)

2019年11月4日月曜日

日なたと日かげの温度

寒い季節に街に出るとき、できるだけ日なたを探して歩く。日かげに入ると急に冷えるからだ。そんなとき、<月面>の日なたと日かげの温度差を想起してしまう。(毎週通う、きょうの市民講座は振替休日のため休講)

JAXA(宇宙航空研究開発機構)の月探査月周衛星「かぐや」の説明で、「月の環境」*について次のように説明している。
(*)JAXA: http://www.jaxa.jp/countdown/f13/special/moon_j.html
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月の重力は地球の約6分の1。ほとんど大気がないため、昼夜の温度差が非常に大きくなります。月の赤道付近の観測では、昼は110℃夜は-170℃と、その差は200℃以上もあります。
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これって、月の昼夜を分けて月面温度差を説明しているが、昼間の同時刻について岩かげがある場合、日なたと岩かげの温度差は一体どうなるんだろう。大気が薄いので当然対流はないから、日なたが110℃で、岩かげは-170℃ということになるのだろうか。

宇宙服(船外活動用)が1000万ドルと聞いたが、月面用の場合もっと高価だったのだろうか。地上の日常生活では、季節の衣替えはあるが、日々について幸いなことに空気の対流のおかげで、同日の日なた用・日かげ用の区別なんてない。

ところで、<砂漠>についてWikipediaを見ると、季節の特徴として次のように説明している。こうなると、耐性の強い昆虫にでもなるしかないようだ。
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・最高気温は夏にはおおむね30℃を上回る地域が多く、40℃を超す地域も珍しくない。50℃を超えるような高温が観測される地点は、そのほとんどが砂漠気候である。
・一方冬の最低気温はサハラ砂漠でも氷点下にまで下がるときもあり、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠などの比較的高緯度の地域では、-20℃以下の酷寒となる。
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やっぱり寒いものは寒い。わたしは寒いのが苦手である。

2019年11月3日日曜日

文化の日 2019

11月3日は祝日「文化の日」であり、日本の文化の発展に寄与したひとびとへ「文化勲章」が授与される日でもある。そんな祝日に、私といえば文化と関わりない生活をしているので、のんびりだらりと日永送った。

(本ブログ関連:”文化の日 201820162015”)

きょうの新聞各紙は、文化勲章受賞した次の各氏と業績分野を報じた。
・吉野彰氏(71):ノーベル化学賞受賞者、旭化成名誉フェロー(同時に文化功労賞)
・野村萬氏(本名 野村太良)(89):狂言
・甘利俊一氏(83):数理工学者
・坂口志文氏(68):免疫学者
・佐々木毅氏(77):政治学者
・田沼武能氏(90):写真家

ノーベル賞受賞の吉野氏については、その受賞報道で業績を知った。狂言の野村氏は狂言がテレビなどで話題になるとき名前を知ったような・・・。このお二人しか見当がつかない。ともあれ、庶民が知らなくても日本文化が蓄積していくわけで、1937年以来のすばらしい伝統が続いているわけ。

2019年11月2日土曜日

吉祥寺

JR「吉祥寺駅」の北側に、中央線に平行して東西に走る「五日市街道」の筋がある。昼過ぎのんびり歩いてると、街道に面して寺院の標札をつぎつぎ目にする。

この地は古くからの寺町といわれるが、江戸時代の「明暦の大火」(明暦3年、1657年)の結果、江戸本郷の門前町が移り住んできたもので、さらに「関東大震災」(大正12年、1923年)後に、都心からひとびとが流入して発展したといわれる。

大手書店や古本屋を目当てにたびたび訪れる。しかし、それも最近きつくなってきた。

そういえば、駅南口の「井の頭通り(水道道路)」の南側に広がる「井の頭恩賜公園」にいたっては、最近全く足を伸ばしていない。行動範囲が狭まるばかり。


(追記)
吉祥寺の町にある武蔵野大学で開かれた市民向け連続公開講座「大乗経典の魅力を語る」の第5回「『華厳経』はどのような作品か」(堀伸一郎氏、国際仏教学大学院大学 国際仏教学研究所 副所長)に出かけた。

前半は、堀氏の研究課題であるサンスクリット語による「華厳経」の文献学的な解釈で・・・内容理解に至らなかったが、後半は、華厳経典中の「入法界品」について、少年スダナ(善財)が54人のひとや神・菩薩などを訪ねて法を求めるといった、次のようなトピックを語っていただきしろうとながら興味持てた。
・スダナが会った54人中、2人は同じ場所だったので、53ヶ所での展開となる。このことから、「東海道五十三次」の53につながるのではと語られた。
・スダナが訪ねた地に、「補陀落(サンスクリット語のポータラカ)」があった。補陀落の名前に「補陀落渡海」信仰が浮かんでくる。若いときにずいぶん興味・関心を持った。

(本ブログ関連:”補陀落渡海”)

2019年11月1日金曜日

コスモス畑

先月の半ば(10/15)に見た公園の「コスモス畑」へ再び出かけて驚いた。前回の咲き具合と違って、畑一面がコスモスの花で埋めつくされていたからだ。盛りは遠に過ぎたのではと案じながら寄ったところ、暖かい陽射しに照らされてまぶしいほど輝いて見えた。それは思い描いたようなみごとな花畑だった。

(本ブログ関連:”コスモス”)

コスモスについて、Wikipediaによれば「熱帯アメリカ原産。メキシコからスペインに渡り・・・コスモスと名づけられた。日本には1879年(明治12年)に渡来」とのこと。
きのう(10/31)のブログに記した、「西南の役」(1877年)の翌々年でしかない。きわめて新しい外来植物なのだ。その可憐な美しさに魅かれて人気があるが、「在来の自然植生の攪乱(かくらん)」という面もあるという。この花、すっかり受け入れていたが、トラップにでもひっかかってしまったのだろうか。

太陽の光に照らされて、そよ風に揺れる姿がよく似合うコスモスは、キク科植物といわれるまで気付かない。野草に混じって咲く野菊とその点でちょっと違う気がする。


きょうの公園広場には、めずらしいことに小学生の集団が複数いて、賑やかにはしゃぎ声をあげていた。それも、いろいろな学校から来たようで、車体デザインの違う観光バスが駐車場にずらり並んでいた。また、公園内にある、民家などの建造物を並べた博物園に、観光気分と違った雰囲気の外国人一団が訪れていた。どれもあまり見かけない光景だ。

2019年10月31日木曜日

ハロウィンの街めぐり、NTT技術史料館(電信・電話)

NTT技術史料館
5年ほど前に訪れたことのある「NTT技術史料館」*へ出かけた。「西南の役」(明治10年:1877年)に使用された東京-熊本間の電信(モールス信号による通信技術)について、素人レベルながら教えてもらいたく願ったからだ。今回、デジタル交換機の初期開発にたずさわった方に館内を廻りながら説明いただき恐縮した。
(*)史料館: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/

(本ブログ関連:”NTT技術史料館”)

電信機の発明者「モールス」(1791年~1872年)の電信機(模型)で、アルファベット別文字板(谷形に切り込みが入ったもの)があって、それで文章を組み立て、連続した文字板の凸凹を電気信号に変えて送信し、受信側は電圧の変化をもとに電磁石によってペン先を上下させて電信記号を表記するといった仕組みを知った。文字単位に板を設けるという発想が面白い。(電鍵は後で考えられたようだ)

「ペリー」が2度目の来航時(嘉永七年:1854年)に土産として献上された電信機は、「送信側の電信機上の電鍵でモールス符号を打つと、受信側の電信機の紙テープにエンボス(凹凸の傷がつく)されて、信号を送ることができ」る**というものだったそうだ。昔のコンピュータの「紙テープ」を思い出す。
(**)郵政博物館: https://www.postalmuseum.jp/column/collection/post_7.html

なお、当時の電池についてどんなものか知りたかったが、資料が不明なため、(また、遠距離の伝送路途中で増幅といったことがされたのかについても同様)別の機会に譲りたい。

西南の役以前、すでに国内の電信伝送路は相当発展していて、「錦絵」で知るようなやっとこどっこいの江戸情緒が残った風情ではなく、(輸入品に頼ったろうけれど)通信技術は相当充実したものだったようだ。何しろ普段目にする電柱を「電信柱」と今も呼んでいるくらい当り前なのだから。(西南の役当時の伝送路には、鉄線が使われていたという)

(参考)年表***
・1869年:東京~横浜間で電信(公衆電報)業務開始
・1871年:東京~京都間に電信ケーブルが引かれる
・1872年:京都~大阪間が開通
・1873年:神戸~長崎間が開通(東京~長崎の全線が結ばれる)
(***1)「北九州イノベーションギャラリー」: http://kigs.jp/db/history.php?nid=2462&PHPSESSID=8ab6d96e143c47cdec3a2f9f7
(***2)ITUジャーナル(Vol. 46 No. 7、2016.7): https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2016/07/2016_07-07-spotMakuake1.pdf


ハロウィン
町をめぐると、小さな男の子とすれ違った。なにやら背に黒い羽が生えている。ハロウィンにふさわしく蝙蝠の翼のようだ。後ろのお母さんを確かめながら、坊やは飛ぶように走り抜けていった。

鉄道模型風にアレンジした遊び場があって、幼児たちを連れた家族が集まる。きょうは、魔法の棒を持ってきれいに着飾ったお姫さまたちが、小さな箱のような遊具の中で語り合っているのが見えた。そこはきっと童話にある夢の国なんだろう・・・ママチャリのお母さんたちに見守られながら。

2019年10月30日水曜日

シロヨメナ

きのう(10/29)は寒かった。今月に入って、東京都心の日ごとの最高気温で一番低かったのではないかと思ったが、実は10/25と同じ 16.3℃ だったのだ。ならば、翌日との気温差はきょうの方が大きいのではと思ってみれば逆だった。
・10/25: 最高気温 16.3℃  ⇒  翌日10/26: 最高気温 24.5℃(気温差 8.2℃)
・10/29: 最高気温 16.3℃  ⇒  翌日10/30: 最高気温 22.7℃(気温差 6.4℃)

陽射しは結構きつくて(きょうの方が暖かいと思うことにして)、久し振りに自然観察園へ出かけた。観察園の脇に沿った小川は、きのうの雨で水かさを増し、流れも今まで見たことのないほど速く感じた。そこへ崖線からの湧水が激しく噴出して小川に注ぎ込んでいた。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

観察園の中心部分は湿地があって板橋が巡っている。普段、乾燥した地面に、湿った柔らかさを想像するだけだったが、今回は辺りがすっかり水没して、その澄んだ水の下に野草が見えるといった幻想的な光景になっていた。(それを写真に上手くおさめられないのが残念)

ところで、今日観察した野草はキク科の花ばかり。どれも姿が似て見れば見るほど混乱してくる。じっと目を近づけて見比べるばかり。写真は「シロヨメナ」で、観察園の入り口に置かれたリーフレット(地図と名前を記す)で見当をつけたのだが、手元の初心者用<野草図鑑>には載ってない。ネットを参照して確認することになる*。中心の管状花が膨らんでいるのが特徴的。とはいえ、白く小さく咲く様は地味である。
(*)自然観察センターで配布の色刷りリーフレット「公園で見られる野菊」がある。

シロヨメナ
他にもキク科の仲間がいて、観察園の随所に目立つのが「ユウガギク」だろう。花は白色から薄青紫色まで、群がったり、ぽつんと咲いている。薄青紫色に小さく咲くのを見ると気が引かれるものだ。また、もう少し紫色を強調した「コンギク」がある。こちらは少々主張が強いよう。一輪でも美しさを見せる、そんな花・・・あくまで感想だが。

野草の花は見るほどに美しい、もっと知りたいと、なぜかこの歳になって気付いた。

2019年10月29日火曜日

The Rain Song

雨は詩情をかき立てるようで、Googleで「The Rain Song」の言葉を検索すると、洋の東西を問わずいろいろな曲が見つかる。雨は歌の情景であったり、追憶の装置であったり・・・。

ただ、このところの雨には、台風がらみでいい思いがしない。今日も一日雨が降りつづき、冷えびえとしてストーブをつければ暖まり過ぎるしで気は冴えない。

気分転換にいい曲はないものか。以前チーズケーキ作りにチャレンジして失敗し、落ち込んでいたときに聴いたことがある、レトロソウルのバンド “The Olympians“ が演奏する「The Rain Song」に出会った。止まぬ雨の街に似合いそう。

(本ブログ関連:”The Olympians”)

Youtubeの解説によれば、どうやら初版は2010年とのこと。そのときの録音装置Tascam 388は、ネットに当時でも骨董品扱いだったよう・・・レトロに徹した音作りだったのだろうか。


(Youtubeに登録のAndrew MusicOdysseyに感謝)