▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2017年5月18日木曜日

始めの6歩 イディッシュ語

イディッシュ語のようやく6歩目に達した。オンラインキーボードや辞書、翻訳ツールがなければとっくに挫折していたことだろう。まま、かろうじて冷や水飲みながら続けている。ネット時代に感謝。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

アポロ11号が月に到達した際、アームストロング船長が人類初の月面に第一歩を踏み出すときに発した言葉は、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」だった。一方、私のイディッシュ語学習は、「これは一人の私にとっては荷の大きな一歩だが、人類にとってはちっちゃくて些細なことである」ってことくらい 分かっている、

そんなわけで、今日も何とか出席した。教室を休んで米国でイディッシュ語研修を受けてきた若者が、本教室で参考にしているテキスト「COLLEGE YIDDISH」(URIEL WEINREICH、1996年版)を買ってきてくれたのだ。感謝。何とイディッシュ語専門書店に2冊しか残っていなかったという。あらためて感謝。
それに、先生へ、Yiddish daily Foward のイディッシュ語と英語の両「プリント版」をお土産にしていたが、大層立派な仕上がりに驚き、文化を継承する情熱に敬服する。

今日の先生推奨の入門書「レッスン5」は、歌あり小話ありで多彩。そんな中の一つを関西弁にしてみた。この関西弁というか大阪弁について、神戸出身の方に一応のOKをいただいたが・・・どうだろうか。


ער לעבט פֿון דעס
-----------------------------
?װי גײט אײַער געשעפֿט
.זײער שלעכט. איך פֿאַרליר געלט אַלע טאָג
?פֿאַר װאָס פֿאַרמאַכט איר ניט דאָס געשעפֿט
!װי קען איך?  איך לעב פֿון דעם


これで生きてまんねん
-----------------------------
もうかりまっか
あかん、ずっと金欠ですわ
ほな、なんで(仕事)止めませんのや?
どなんしてや? わし、これ(金欠)で生きてますんや

2017年5月17日水曜日

「韓国の俗信の世界」

韓国の若者の間で話題になるものに「血液型性格分類」がある。以前、日本でもマスコミが騒ぎ、家元争いに似た出版競争があった。これは学説を装った俗信(あるいは都市伝説)といえるだろう。占いなど含めたらきりがない。

何となくそう思わせる「俗信」は、一般に土着的な言い伝えもあるが、といって迷信のような深層の固陋さはない。それに、伝統文化へ昇華できるほどでもない。どちらかといえば、表層的でそれもそうだねと軽く受け流せるようなものだろう。

とはいえ、土地がらによる俗信もあるわけで、自分たちと対比しながら聞くのも楽しい。今晩、地下鉄の四谷三丁目駅の近くにある韓国文化院で開かれた、東海大学国際教育センター曺喜澈(チョ・ヒチョル)教授の「韓国の俗信の世界」の講演を聴講した。曺教授は、以前、NHKテレビのハングル講座の講師を担当された。

(俗信とは何かといった学問的な定義より、フールドワーク的情報に基づいた楽しい話題が中心)

事前に配布の講演レジメは、韓国の俗信(18個)について、それぞれ対応する事物を応えるよう選択肢クイズ形式になっていた。例えば、第1問に(他所の)「赤ちゃんを抱っこして言ってはいけないこと」は、次の「① かわいい、② 肌がきれい、③ 重い」のどれかという設問になっている。①の「かわいい」と、②の(栄養状態がよい)「重い」は、嫉妬から神が赤ちゃんをさらっていくので、言ってはいけない。

様々例示の俗信について、庶民生活も含めて解説いただいた。俗信は、当然ながら風土にもねざしているため、初めて聞くものばかりだったが、勘で選択したところ、当たらずとも遠からず半分ほど合った。庶民感覚で言えば、仮にドイツだろうとアメリカだろうと、それくらい互いに了解できるのかもしれない。俗信は、案外、庶民のプロトタイプかもしれない。

(おもしろビデオ : Weird Things Koreans Do

KBS WORLD「国楽の世界へ」 太平歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/10)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「太平歌」など関連した曲について紹介した。

始めに、「風流房(풍류방)」で歌われた男女二重唱の「太平歌(태평가)」について次のように紹介された。
・昔、音楽好きが集まり鑑賞する「風流房」があった。風流を楽しむ空間の意で、経済的余裕のある家に設けられた。一、二曲で終わらず、様々な音楽を続けた。歌曲가곡)では、男女の歌い手が一曲ずつ繰り返し歌い、最後に(伝統的声楽曲中、唯一男女が一緒に歌う)男女二重唱で、世の泰平を祈る歌詞の「太平歌」を歌った。
・「太平歌」は、静かな前奏中、歌い手が急に高いトーンで大きな声、叫ぶかのように歌い始めて、観客の注目を一気に引く。平和な世を望む気持ちの意だろう。

▼ 歌曲「太平歌」を聴く。あまりにゆるりと流れる響きに別の世界の感がする。

次に、李銀珠(이은주)が「朝鮮戦争」の避難生活中に作った新民謡「太平歌」について次のように紹介された。
・ソウル近郊、京畿民謡にも「太平歌」がある。<腹を立てることなく、楽しんで休もう>という歌詞で始まる。世の中には心痛むことがたくさんあるからだ。歌詞は、京畿民謡で知られる、李銀珠が「朝鮮戦争(韓国戦争)」の避難生活中に作った。避難生活のあまりに大変さに、平和な世を祈願して作ったという。人々に大変親しまれ、京畿民謡を代表する曲の一つになった。広く知られる「扇の舞(부채춤)」(1954年、金白峰による創作)の伴奏にも演奏する。

▼ 京畿民謡の「太平歌」を聴く。リフレーンが楽しい(起源についてはnamu.wiki参照)、今様に。

最後に、パンソリ「水宮歌(수궁가)」の「皐皐天邊(고고천변)」の曲について次のように紹介された。
・パンソリ「水宮歌」は、竜王の病を治すため、カメがウサギの肝を求めて陸地に出てくるという物語りだ。「皐皐天邊」の曲は、カメが陸地に出ることを表現し、<高き空の太陽が、山の峰を照らす>場面を表す歌詞で始まる。早朝の水平線に太陽が昇る。海以外の世界を初めて目にしたカメはにとって別世界だった。美しい歌詞と平和なメロディーの「皐皐天邊」は、短歌(단가)やカヤグムの弾き語りでよく歌われる。

▼ カヤグムの弾き語りの「皐皐天邊」を聴く。五線譜で聞く演歌というか浪曲っぽさに驚く。

2017年5月16日火曜日

6/3,4 幕張海浜公園上空にDC-3飛来

DC-3は身近なようで、本当は知らない。レシプロエンジンの回転音が懐かしいようで、本当は知らない。知っているのは、カセットテープに収められたハワイ上空を飛ぶ実況録音版だけなのだ。だから実物をいつか見たいと思っていた。

(本ブログ関連:”DC-3”、”飛行機”、”飛行場”)

レシプロエンジンの飛行機といえば、子どものころ、上空をのんびりとまるで停止しているかのように飛んでいた、双胴のC-119(C-one nineteen)輸送機が懐かしい。ブォーンという音を発しながら漂っていた。遠くの米軍基地*を拠点にしていたようだ。私が見上げた空に、すでに戦乱(朝鮮戦争)の臭いはなかった。

(* 米軍基地: 芦屋基地と思っていたが、もしかしたら板付基地だったのかもしれない)

ところで、DC-3について、近々本物と出会うことができるようだ。RedBull AIR RACEの案内に次のような情報がある。九州から順に巡ってきているようだ。
---------------------------------------------------
伝説の航空機「DC-3」が幕張の空を舞う
現在、世界1周飛行中の名機を間近に見られる絶好のチャンス

6月3日(土)、4日(日)に開催されるRed Bull Air Race World Championship 2017シーズンの第3戦、「レッドブル・エアレース千葉2017」。そのサイドアクトの一環で、伝説の航空機として世界中のファンを魅了する「DC-3」が、会場となる千葉県立幕張海浜公園の上空に登場する。

双発プロペラ機の「DC-3」はダグラス・エアクラフト社(現ボーイング社)が開発した旅客機・輸送機で1935年に初飛行。その丈夫さ、低燃費、長距離輸送力により、航空産業を支えた往年の名機として名高い。しかし、今や飛行できる機体は世界で約150機に限られる。そのうちの貴重な1機がまもなく日本上空にその姿を現すのだ。
---------------------------------------------------

(エンジンの始動に息遣いを感じる)

(Youtubeに登録のmatthiashaenniに感謝)

2017年5月15日月曜日

ユダヤ・ジョークで?

イディッシュ語講習の配布教材に載っている小話がよく分からない。実は、「ユダヤ・ジョーク集」(ラビ・M・トケイヤー著)という文庫本をAmazonで入手したが、同様の内容があって、それでもどうして? という疑問のままなのだ。ちょっと抜書きしてみる。

(文庫本から)「人ちがい」
--------------------------------------------------
水売りのアイザックが、水がめに水を入れてもどってくる途中、ひとりの男が、
「マイヤー、これ食らえ」
と言いながら、アイザックをしたたか殴った。アイザックは立ち上がり、ゲラゲラ笑った。
「マイヤー、何がおかしいんだ。気でも狂ったのか」
「バカなのは、おまえじゃないか、だいたい、おれはマイヤーではないのだ」
--------------------------------------------------

これで、お終い・・・ムムム、今一つピンとこない。人ちがいして突然殴られた人物が、笑って済ませている。これでどうしてジョークなのか。文化特有の意味(粗忽さ、または鷹揚さ、教養、或いは取りつくろい)なのか、はたまた私の鈍感さなのか。私だったらいきり立つだろうけれど。イディッシュ語教材は、次のように場面設定は違うが・・・展開は同様。

(教材から?װי הײסט איר
--------------------------------------------------
אַ ייִד קומט צו אַ צװײטן ייִד אין הױז און פֿרעגט
?זײַט אַזױ גוט. זאָגט מיר ׃ איר הײסט שׂלמה גאָלדבערג
יאָ. זאָגט דער אַנדערער ייִד
דער ערשטער ייִד גיט אים אַ פּאַטש. אָבער דער צװײטער לאַכט
ה׳ גאָלדבערג. פֿאַר װאָס לאַכט איר?  פֿרעגט דער ערשטער
!װײַל איך הײס גאָרניט שלמח גאָלדבערג! איך הײס דוד שװאַרץ
---------------------------------------------------

2017年5月14日日曜日

イ・ソンヒの「愛してます 母さん」

今日は「母の日」。母は唯一の確信なんですね。全ての始まりであり、帰着点なんですから。これほどに心一つになれる日はありません。母さんは私の自信の源泉です。

以前、母のイメージに関連したものを列記したことがある。2015年の「母の日」のこと。それ以降も関連した(例えば高齢問題にからめた映画「怪しい彼女」)ものがあるけれど、とりあえず、当時記したのは次の通り。
・イ・ソンヒ : アニメ「走れハニー」・「母をたずねて三千里」、イ・ソンヒのエピソードイ・ソンヒの生誕
・アソール : 唄「Mama」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
エセーニン : 詩「母への手紙」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
申京淑 : 小説「母をお願い」

では、イ・ソンヒのキャロルアルバム(1991年)所収の「愛してます 母さん(사랑해요 엄마)」(作詞キム・ミンジョン、作曲ソン・シヒョン、編曲ピョン・ソンリョン/ユ・チヨン)を聴いて、懐かしい想い出にひたってみたい。


愛してます 母さん、母さんのその微笑を
愛してます 母さん、母さんのそのすべてを
*
隠れたその笑顔の裏に 麗しい皺(しわ)の刻まれたその顔
私にくださった その愛で世界を愛します

愛してます 愛してます
母さんの顔だけ思い浮かべれば 私の心は平和です

(* 以下繰り返し)


(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)

2017年5月13日土曜日

BANANA LATTE 2

薬の服用で困るのは、3食後という指示だ。せっかく食事したのに、その直後に薬では興ざめもいいところ。何とかうまい方法がないものかと相談すれば、食前・食中でもよいそうだ。(私の薬の場合だけかもしれないが)

朝食の場合、面倒さがかさむ。このところ食べるのが億劫になってきているのに。(さいわい、息をするのまでは面倒になっていはないけれど)
この、やっかいな朝食にいい考えがある。バナナなら手間いらずで、簡単に朝食代わりになる。暖かい時期に、バナナとミルクで作ったバナナジュースは重宝する。(真冬はちょっと躊躇したが) そして、薬はバナナジュースと一緒に飲み下せばよい。

バナナが貴重品だった時代を経験した、私ら世代のバナナ信仰はいまだ止められない(と思う)。だから、バナナ廻りのものなら何でもよくて、店頭にバナナジュースや菓子があればすかさず購入する。今日もそうだった。病院帰りに寄ったコンビニの棚に「新製品」の札がついた 500ml紙パック入りの「BANANA LATTE」(森永乳業)を見つけた。

(本ブログ関連:"バナナ")

バナナ巡礼として、バナナ味を見つけてはブログに記している。この「BANANA LATTE」について、去年3月30日付けで記入していた・・・あれれ。何で「新製品」? パッケージが違うだけ? 味は前回同様、マイルドにして実に爽やか。バナナ味報告が重複してしまったが、バナナは全て許してくれると思う。(雨に濡れて帰ってきたのだから)

2017年5月12日金曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

最近、イ・ソンヒのファン(あるいはファンクラブ)秘蔵の映像がYoutubeにあふれている。よくぞ収集してこられたと感嘆する。それ以前、彼女の姿をしっかり撮っているなと感じたのは、「20周年コンサート」(2004年)のものだった気がする。その後、MBCの音楽番組「音楽旅行 ラララ」(2009年)が登録され、バックライトに彼女の髪の毛一本まで映っている鮮明な画質に驚いた。表情もしっかりアップされ、音楽も美しかった。

先日(5/6)、イ・ソンヒの初期曲にして代表曲である「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)の作者についての記事に触れた。MBC「音楽旅行 ラララ」の番組中に歌われたこの曲をじっくり、しっとり聴いてみたい。

庭に降りそそぐ月明かりをイメージして、青い光の中で歌う。ひとびとに、黄真伊の《漢詩的世界まで想起させてしまった》という幻想的な歌でもある。

(本ブログ関連:”音楽旅行 ラララ”、”分かりたいです”)


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2017年5月11日木曜日

始めの5歩 イディッシュ語

5月初のGWのため、教室も休みとなったが、怠け者はそれを有効に使わなかった。力が歯抜けした状態で、力不足そのまま通った次第。テレビだったかYoutubeだったか、「語学力の基本は記憶力だ」と身も蓋もないことを専門家が語られていたが、寅さんじゃないが「それをいっちゃあ、おしまいだよ」・・・でも、本当なんだな。(それに、電車に揺られて溺れる春眠の心地よさ)

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

今日は、前回配布された教材とオンライン教材をもとに盛りだくさんにすすめられた。
・先生推奨の入門書のレッスン4(די פֿרידמאַנס אין דער הײם)を輪読: 裕福で教養高いフリードマン家の人々の食事前の会話・・・といった内容。
・先生紹介のネット公開教材ソフトの「レベル1-3」(ס׳איז דאָ אײן עפּל)を元に、数詞、乾杯(לחיים、レハイム)など。あわせて、
- 安息日(שבת, シャベス)と食事のルール(כַּשְׁרוּת、カシュルート)について解説をいただいた。
- 「Bulbes」(ジャガイモ)の歌を歌った。先生のブログにこの歌と食事について解説が載っている。(そういえば、戦前の歌に「コロッケの唄」があって、「今日もコロッケ、明日もコロッケ」という歌詞がある)

(先生推奨の映像: 楽しい「Bulbes」(ジャガイモ)の歌)

(Youtubeに登録のYosiKidsに感謝)

2017年5月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 仏教的要素

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、国楽にある仏教的要素について関連した曲を紹介した。(未聴のため韓国語版解説を転記した)

始めに、パンソリに「僧侶打令(중타령)」があり、話の流れを反転させる役割について次のように紹介された。
・パンソリには「僧侶打令」があり、一つは、「沈清歌」の中で夢恩寺の化主僧が寺に帰る途中、沈清の父親(盲人)が水に落ちたのを引き上げて命を救ってくれる部分であり、もう一つは、「興甫歌」の中で貧困のために悲しみに陥った興甫夫婦に導師が現れ、家の敷地を探してくれる部分だ。
・ここで、僧侶は、話の流れを反転させる重要な役割をするが、パンソリでは、このような独特の人物が登場すると、通常は(ずれるように進める)「オンモリ(엇모리)長短」を使って注意を喚起させる。

▼ 「興甫歌」から「導師が家の敷地を探してくれる場面」。

次に、パンソリの中に、仏教の教えが自然な生活の一部だったことを示す部分について次のように紹介された。
・昔、仏教は特定の宗教というより自然な生活の一部だった。朝鮮時代、政治的には仏教を抑圧して儒教を崇めたが、儒教は民百姓が生活の中で経験する生・老・病・死の苦しみを慰撫してやるのは難しく、人々はまだ仏教とシャーマニズム(巫俗)に依拠した。
・パンソリ「沈清歌」は、谷城の観音寺の緣起說話と関連のある歌で、沈清の父親(盲人)が目を明いたとき、すべての視覚障害者(盲人)が一緒に目を明ける部分は、仏さまが悟りを得ると衆生が一緒に悟るという、仏教の教えとも符合する物語である。

▼ 「万座盲人目を明ける(만좌맹인 눈을 뜬다)」。

最後に、「念仏ドドゥリ(염불도드리)」について次のように紹介された。
・「念仏ドドゥリ」は、本来9曲の組曲で構成された「霊山会相」の7番目の曲で、「念仏」という名から見て、元来仏教音楽だったのが「霊山会相」に挿入されたものとされるが、現在、仏教音楽の痕跡は残っていない。本日の念仏ドドゥリは、現行の念仏ドドゥリに仏教音楽の意味を生かし「南無阿弥陀仏」という念仏を入れて新たに構成した音楽である。

▼ 「念仏ドドゥリ」の歌。

2017年5月9日火曜日

(雑談)きれいに筆記すること

テレビにマニアックな人と対談する番組があって、今回、文字フォントのマニアが登場した(「マツコの知らない世界」33:45~)*。街の看板や掲示にあふれるさまざまな書体が目に飛び込んでくるらしく、すっかりはまっているようだ。彼の薀蓄を聞きながら、そういえば、きれいに筆記することの難しさにも思いいたった次第。

(* フォントについて対談は 33:45~。5/16の20時56分まで視聴可能とのこと)

歳をとると筆力というか指使いが下手になって、もともと悪筆なのに追い討ちをかける。ノートにメモをとるとき、できるだけ小さめの文字に書いて乱れを最小にしようとしている。ところが、早く語られる内容を追いかけ急いで書き写すとき、本来の悪筆が暴露されてしまう。まさに乱筆(乱調)。

復習かたがた、ごちゃごちゃ書き連ねたノートを見直すとき、(清書に手がまわらないため)ポイント部分を筆ペンで太字にしている。乱れをできるだけ修正したいからだ。だから、整った筆致で書く人がうらやましい。どんなに早く語られる内容も、丁寧に書き留めているのを見ると感心するばかり。

昔、感熱紙型のワープロ専用機が出たとき、例にもれず購入した。最初に驚いたのは、まるで書籍と同じような文字を使えることだった。ワープロというツールのおかげで、意のままに明朝体やゴシック体で表現できるのだから。なんだか、その気になってしまった。

明朝体やゴシック体の書体でできあがったものを見ての誤解は、書くときもそうだが、読むときもそうだった。でも直ぐに、第3者の編集(内容吟味と校正)の手が加わらないものは、素人の手書きに過ぎないのに気付く。当り前のことだが。

若い人は、こんな乖離をちらりと意識したことがあるだろうか。彼らはすでに、昔のように書籍に対する信仰、権威、ありがたさ**を感じない世代かもしれないけれど。

(** 今の書籍には、ずっと昔の植字による活版印刷の重厚さはないけれど)

2017年5月8日月曜日

タイムトンネル

昔、タイムトラベルをテーマにした、二人組みの主人公が渦巻状の筒を出入りして時間を横断するテレビ番組「タイムトンネル」があった。

(今日の時間が残り少ないので、ブログ記述の途中に一旦登録、日付のアリバイ作りする)

白黒だったような気がしたが、Youtubeにはカラー画面が多数登録されている・・・かように記憶は曖昧だ。

時間移動できるなんて、何と愉快なことだろうと思った。時間が有り余る頃のこと、とはいえ時空を制御する物理学上の関心なんてあるはずもなく、ただ空想だけ無限大だった。

時間を越えて、過去に痕跡を残しちゃダメなんて無理な話しだろうと思った。時空が枝分かれするという考えもあるそうだが・・・でも未来からの影響されてのことではないだろうに。

最近、病院に通ったことから、あれこれ診てもらうことにしたところ、多々歳のせいにされた。で、昔に戻って若さを取り戻したいかといえばそうでない。面倒くさいのだ。

時空の制御は永遠の課題かもしれないけれど、私にとっては、時間の流れに竿をさす元気はなさそう。


(Youtubeに登録のinfobellsに感謝)

2017年5月7日日曜日

シルヴィ・ヴァルタン 「アイドルを探せ」

イ・ソンヒが誕生して間もないころ、シルヴィ・ヴァルタンが来日した・・・1965年5月のこと。「フレンチ・ポップス」の代表であった彼女の歌は、押しの強いアメリカン・ポップスにすっかり漬かっていた当時の若者たちに、一種の清涼剤になった。どこかお人形さんめいた新鮮さがあった。

(本ブログ関連:"シルヴィ・ヴァルタン")

若者たちといっても、男性と女性では受け止め方が違っただろうけれど、当時、女性の側の関心の持ち方を聞く術もなかったし・・・まぁ、そんなところでしかなかったが。シルヴィ・ヴァルタンのデビュー当時の容貌が好みだった。彼女の母親がハンガリー人(父親はフランス籍のブルガリア人)ということから、どこか遠い彼方で通じるような親和を感じた。

もちろん歌は思いっきり、おしゃれなフレンチ・ポップス、ハスキーが魅力的で・・・。


(Youtubeに登録のSYLVISSIMA YOUTUBEに感謝、感謝!)

2017年5月6日土曜日

イ・ソンヒと作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦

毎日経済の記事「作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦の歌 … KBS『不朽の名曲』」(5/6)は、イ・ソンヒと彼女の代表曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(1986年)の作詞・作曲家夫婦とのちょっとしたエピソードを紹介している。
(イ・ソンヒに関わる部分のみ抜粋)

(本ブログ関連:”分かりたいです”)

------------------------------------------
・KBS 2TV の「不朽の名曲」は、数多くのヒット曲を生んだ作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦編を、6日と13日午後6時、2週に渡って放送する。
チョー・ヨンピルの「キリマンジャロのヒョウ」、「その冬の喫茶店」、イ・ソンヒの「分かりたいです」、イム・ジュリの「リップスティックを濃く塗って」、キム・ククァンの「タタタ」などは、キム・ヒガプ - ヤン・インジャ夫婦が共に誕生させたヒット曲である。

・これらは共に手をとりあって作った400余曲をはじめとして、今まで4千500余曲を発表した。

・キム・ヒガプ - ヤン・インジャは、「不朽の名曲」で歌手とヒット曲にまつわる隠されたエピソードを公開する。

・これに先立って行なわれた録画の際に、ヤン・インジャは、「イ・ソンヒが私たち夫婦の結婚式で祝歌を歌ってくれた」といって、「うっかりして、そのとき感謝の挨拶を伝えられなかった。忘れていたのを、放送のおかげで、今30年ぶりに思い出した」と笑った。

・ヤン・インジャは、続けて、イ・ソンヒに「必ず一度ご馳走する」と映像レターを出した。
------------------------------------------

2017年5月5日金曜日

「走れ、走って逃げろ」

イ・ソンヒが主題歌を歌ったTVアニメ「走れハニー(달려라 하니)」(1985年~1987年放送)は、幼い頃に母を病気で亡くした少女ハニーが、しかもその後、父親が女性タレントに心移りするといった辛い境遇にありながら、中学の陸上選手として成長するスポーツドラマだ。

(本ブログ関連:”走れハニー”)

体育教師との強い絆に見守れたハニーは、目標と心の支えを得たればこそ、自分を見つめ陸上選手として活躍することができたのだろう。ソウルオリンピックの前年まで放送されたという。

似た題名だが、児童書に「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)がある。体験に基づくもので、時代は遡り、第二次大戦中のポーランド国内の農村や森に逃げて生き延びたユダヤ少年の幸運な出会いを語っている。このGWに読んでみたらと、教室で先生から紹介されたものだ。

死者は語ることができないといった話を先生はされたと思う。主人公(スルリック、逃亡中「ユレク」と名乗る)は、8歳から12歳ころまでの間に生死を分けた、そして偶然といっていい出会いに救われる。幸いにも過去を語る側に立てたのだ。街角や森の奥に隠れ住むユダヤの少年たち、牛飼いのため雇ってくれたポーランドの農民家族、逃亡を見て見ぬ振りをしたドイツ兵、・・・、一個人で相対したとき、素の人間があらわれ、善人もいれば、恐怖の人間もいた。

私が子どもの時代でも、まだ戦後の余韻が残っていて、テレビは今では考えられないほど太平洋戦争の記録映画を放映したし、漫画雑誌に少年の戦闘機パイロット物語が連載された。だから、戦争経験者の体験記も文芸春秋の特集号として掲載された。子どもながらに読んだ印象は、銃弾の銃創の激痛であり、ひもじさであり、果てのない逃走の記録だった。生き残った人々の言葉は、直接的で、肉体的なものだった。彼らの言葉には、その後語られるような分析(俯瞰)はなかった。

「走れ、走って逃げろ」もそうだ。過去も明日もない、今日をどうやって生き抜くか、それが精一杯なのだから。もし、少年の回想に、死を身近にする場面があるとすれば、逃走の途中、偶然再会した瀕死の父の言葉かもしれない。生きるためにすべきこと、そして忘れてはならないことを、父親は早く逃げるようさとしながら語った。

結果、少年は生き抜いた。体験者(主人公)の話をもとに著された「走れ、走って逃げろ」は、似た経験を持つとはいえ、作家(著者)の手になるものだ。もし本人が体験記として書いたらどうなったか気になるところだ。

(本ブログ関連:”ひまわり ”、”シェルブールの雨傘”、”君の名は”)

(5/6追記)
今日(5/5)は、祝日「こどもの日」であり、春分と夏至の中間で夏の始まりを示す「立夏」だ。実際は、明日・明後日の土日の休日が残っており、GWがまだ続く。

2017年5月4日木曜日

みどりの日 2017

今日(5/4)は祝日「みどりの日」。「憲法記念日」(5/3)、「こどもの日」(5/5)と共にゴールデンウィークの連休を構成する。「みどりの日」は、本来あった4月29日が「昭和の日」となり、かわって5月初旬の休みに組み込まれたようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

近頃は、土日・祝日などが充実し、働き過ぎといわれた<猛烈サラリーマン時代>と比べて休日が多い。とはいえ、みなが同じ歩調をとる時代と違い、他方で長時間労働の問題もあったりするわけで、誰もがみな休んでいるわけではない。

昔、緑化運動の一環として、<緑の羽根>をつけたりしたが、「みどりの日」と<緑の羽根>を直接結びつける言葉がネット上で見つからない。緑の羽根は、「みどりの月間」(4/15~5/14)と重なるが、「みどりの日」と直接つながっていないようだ。つまり「みどりの日」は、緑化運動に限定したものでなく、<自然に親しむ日>ということになるようだ。

疲れ目を癒すため、公園を眼鏡なしで散歩したりすると、若葉の濃淡が混ざり合って、辺り一面が複雑な緑陰となり心地よい春を味わえる。このところ、連日、そんな遊びをしている。

2017年5月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ノレカラク

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、京畿民謡「ノレカラク노랫가락)」他、京畿地方に関連した曲を紹介した。

始めに、元々巫女が歌った京畿民謡「ノレカラク」について次のように紹介された。
・国土に比べて山や渓谷が多く、他村への移動は容易でなかった。村ごとに独特な話し方と風習があり、民謡も地域差があった。半島南部の全羅道を中心に伝わる「南道民謡」は、太めの声で深い響きがあり、一方、北部に伝わる「西道民謡」は、鼻声が特徴。ソウル付近の京畿地方に「京畿民謡」があり、中央と人と物が往来しただけに、歌も明るい。
・京畿民謡「ノレカラク」は、歌の意で、「ノレ」は歌、「カラク」はメロディーを指す。ノレもカラクも同じかと思われるが、昔、階層によって呼び方が違った。支配階層が歌うのは「歌(ノレ、노래)」、民が歌うのは、「雑歌」から、「音(ソリ、소리)」、「カラク」などと呼ばれた。「ノレカラク」は、支配階層の楽しんだ歌詞を民が歌う意がある。元々、巫女が祭祀を捧げるときに歌ったものが民間に広まったものだ。

▼ <伴奏を聴くだけでも親しみが感じられる>という京畿民謡「歌調べ」を聴く。どこか大衆歌謡風で聞きやすい。

次に、京畿民謡の「京畿雑歌」の「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」について次ように紹介された。
・京畿民謡は、誰もが簡単に歌えるものや、専門の歌い手でないと歌えないものがあった。そんなジャンルを「京畿雑歌」といい、長い歌をおとなしく座って歌ったり、立ちっぱなしで太鼓を叩きながら踊り歌ったりした。ユーモアのある歌詞を速いテンポで歌う、「フィモリ雑歌」という歌い方に、「蛙打令(맹꽁이타령)」がある。

▼ フィモリ雑歌で<強情な人を蛙に例えた>「蛙打令」で<都会人を蛙に例えた>ものを聴く。次々止まらない・・・

最後に、シャーマニズムの儀式「クッ(굿)」の「テカムノリ(대감놀이)」について次のように紹介された。
・シャーマニズムの儀式「クッ」は、巫女が供物を揃えて歌い踊る。かつて迷信といわれたが、最近、伝統的文化と捉えるようになった。神を最良にもてなす意で、巫女は着飾り優れた歌と踊りを披露する。儀式は、芸術的レベルと見られ、民間音楽にも影響を与えた。財運など縁起の良いと言われる「テカムノリ」がある。「テカム」は巫女が神を呼ぶときの呼び方で、「テカムノリ」は神を祀(まつ)る儀式を指す。

▼ <巫女が敷地神を祀り踊る(楽しく遊ぶ)厄払い>「テカムノリ」を聴く。掛け合いはないが次の映像も楽しい。

(ステージより民間での儀式を見る方が雰囲気が伝わる)

(Youtubeに登録の천승요に感謝)


(追記)
公園の帰り道、滅多に通ったことのない裏道の並木道で、急に目の前に何かが落ちてきた。怪しい気分になり、上着を脱いで見たところなんと、(ネットによれば)「返り襟」という、首からつながった襟の胸のあたりに、鳥のフンが白く! ・・・ 郷土館に駆け込んで水洗いしたが。シャーマニズムでは、鳥は魂を運ぶというが。記憶にある限り、人生で2度目のこと。

2017年5月2日火曜日

イ・ソンヒのLAコンサート

今月20日に予定されているイ・ソンヒの米LA単独公演について、コリアデイリー(LA中央日報)の記事「国民の歌姫イ・ソンヒ、R&Bの妖精パク・ジョンヒョンのLA単独コンサート 」(4/24、キム・ユンス記者)は、次のように報じている。(同記事は、別スケジュールだが、パク・ジョンヒョン(リナ・パーク)のLA単独コンサートについても触れているが、イ・ソンヒ部分について記す)

(本ブログ関連:”LAコンサート”、”ザ・グレートコンサート(The Great Concert)”)

----------------------------------------------------------
・今まさにカリフォルニアの春、5月に似合う二人の女性歌手の特別なコンサートが開かれる。まず、5月20日、国民の歌姫のイ・ソンヒの「ザ・グレート」*コンサートが、LA近郊に位置するパームスプリングスの「ファンタジー スプリングス カジノ リゾート」で開催される。

(*「ザ・グレート」: 昨年9月から今年4月初に開催された彼女の(韓国)国内ツアーのタイトル)

・デビューから30年も経ってしまった歳月も、心に響く繊細ながら切ない彼女の声は、ほのかな香りとなってLA在住韓国系の人々をしっとりと包むつもりである。少女でデビューし、国民の歌姫のタイトルの主人公となったイ・ソンヒの歌の実力は、昔も今も清らかで澄んだパワフルなボーカルが圧倒的である。聴衆をつかんだ爆発的な歌唱力は、あえて誰も侵犯できない、彼女だけの固有のトレードマークだ。

・甘美なバラードから軽快で活き活きした音楽まで、その上クラシカルな彼女の音楽性は、大韓民国のどんな歌謡ジャンルも思いのままできる最高の至尊(=王)女性歌手として遜色がない。その上、ドラマと映画の主題曲にももれなく、彼女の伝説は刻まれている。2015年に発表したイ・ソンヒの「因縁(인연)」は、1千万人の観客を動員した「王の男(왕의 남자)」に挿入され、国民的愛を受けた。

・彼女は、直接作詞、作曲し、歌を歌って最高の歌手境地である「シンソンラ(シンガーソングライター)」の面目を見せてくれたりした。のみならず、先日、泰然として水木ドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」のOST「風花(바람꽃)」を歌い、各種音源チャートの上位圏をさらった。最近では、歌謡競演(コンテスト)芸能番組に出演、一般人と共に歌い、最高のタイトルを獲得する光栄を抱いたりもした。昨年。全国ツアーを終えたイ・ソンヒは、デビュー32周年を迎え、ワールドツアーの途上に上がる、その最初の舞台が、まさにここ天使の街ロサンゼルスだ。「ザ・グレートコンサート イ・ソンヒ」は、すでに国内で4千席の「世宗文化会館」の完売を記録した名品コンサートとして有名である。国民の歌姫の情熱と細心ながらもダイナミックな歌唱力とレパートリー、そして記憶に残る舞台演出は、LAの歌謡ファンたちの胸に末永く残るだろう。

・イ・ソンヒの「2017 ザ・グレート イソンヒ LA公演」は、来る5月20日午後7時LA近郊パームスプリングスのファンタジースプリングスカジノ リゾートで開かれる。コリアデイリードットコムの ”핫딜(Hot deal)”は、60ドルA席から200ドルVIP席チケットを販売する。
----------------------------------------------------------

(5/3追記)
今日(5/2)、「調布飛行場」をぐるり巡る。NCA(新中央航空)保有のドルニエ機(Do228/Do228NG:全6機)の内、なんと5基が整備中のためか駐機しており、やがてもう一機が北の空から着陸するのが見えた。飛行場フェンスに我らおじさんたちがぶらさがるように張り付いていた。

2017年5月1日月曜日

ブリューゲルの「バベルの塔」

今年の主要絵画展の一つに、P.ブリューゲルのものがある。彼の作品「バベルの塔」を展示会タイトルにしている。

ブリューゲルとの出会いは、ボッシュにつづく怪奇な絵柄に、いかにも中学生らしい好奇心から関心を持ったのが最初だ。印象派絵画がポピュラーだった時代、表に登場して大きく捉えられたりはしなかったが、彼の題材に農民の生活を描いたものがあって、「農民画家」と呼ばれたりした。いってみれば、ミレーの「落穂ひろい」に、知的な戦前・戦後世代が勝手に共感した想いに似たものだった。それに比べれば、私の興味は漫画的だったかもしれない。

(本ブログ関連:”ブリューゲル”、”北方ルネッサンス”)

ところで、ブリューゲルと彼の作品「バベルの塔」との間に、私にとっていまだに距離感がある。「バベルの塔」は、因習と諧謔の世界から、アルプス越えを機会に世界を広げた、宗教的な題材探しの時代のものだろう。ひとまわりして帰着した、その後の作品が農民の風景だったが、もちろん、それを(村を賞賛し、村に還った)人文主義的な共感として描いたとは思えない。人生に対する十分な皮肉と、十分な達観が混じっていた。

「バベルの塔」の絵画理解に建築学的に整合性があるといわれると、ブリューゲルは一体どこへ行ってしまったのかと戸惑うばかり。(北方ルネッサンス特有の空間恐怖的な)細部への執拗なこだわりに、正直、魅かれたことはない。どうして、あんな絵を描いてしまったのかという分析があるのなら、一度は聞いてもいいかなと思う次第*。

(*)Youtube: 山田五郎 オトナの教養講座
① 「【バベルの塔とは?】本当にあったの?神様が怒って壊した?なぜ?高くしすぎたから?ノアの方舟とも関係?そもそもどこに建っていた塔なの?」(2023.9.15)
https://www.youtube.com/watch?v=7APlp7wu_lw
- 当時のアントワルペンの画家たちが、こぞって同じテーマで描いた時代背景まで解説
② 「【超細密な大傑作!】虫メガネ必須級!?「バベルの塔」を細かく見ると掘削隊や鳶職人など建築関係者、なんと洗濯物まで描かれている??さらに遠くの街にも人が!?【バベルの塔・大バベル小バベル】」(2023.9.20)
- https://www.youtube.com/watch?v=p63ARp1Yae0&t=23s
③ 「付録付きテロップ改訂版【完全版!バベルの塔論考】山田五郎オトナの教養講座公認切り抜き【ピーテル・ブリューゲル1世/バベルの塔総集編】」(2024.2.26)
- https://www.youtube.com/watch?v=C3BaIwJWuHs


いまどきの、ブリューゲルへの関心が、主要絵画を見漁った結果、二番手、三番手の希少さを逆に誇るような風潮に遇したものでないことを祈るばかりだ。

2017年4月30日日曜日

今年も1/3食ってしまった

あっけない4ヶ月。歳をとると一年が早い。時間が年々軽くなる。何ごとも、身になる感覚が乏しいからかもしれない。

いつもながら、一年をリンゴの実にたとえて、1/3の大きさを実感する。そんなリンゴを今まで何個食ってきたことやら。

ゴールデンウィークということで、この一週間は教室が休講となった。この機会、体を診てもらえば心配ごとが増える。

リンゴを正直に縦割りして食えば、時の速さが目に付くばかり。ならば芋虫のごとく潜り込んでウネウネ食いたいもの。

そうすれば、いつまでもリンゴの中を這い回り、少なくとも一年を気にせずに過ごせるのではないかと妄想してしまう。

2017年4月29日土曜日

散歩のついでに「冷たいたぬき蕎麦」

薄曇りの空、近所の公園に出かける。いつもと違った道筋で、小さな蕎麦屋が公園前にあるのを見つけた。蕎麦屋然とした小洒落た店構えではない。蕎麦通でもないので、ままよと入り口のガラス戸を開けた。客は誰もおらず、主人と奥さんが客席でテレビの競馬中継に見入っていた。

入り口に目立つように手書きした品書きがあって、その中から「冷たいたぬき蕎麦」を頼む。なんともゆるい店内、蕎麦が出てくるまでの間、少々不安になる。いってみれば、完全に地元客専用の蕎麦屋といった風情で、慣れたもの同士だから許されるような雑然さなのだ。

冷たいたぬき蕎麦は、今までに見たこともない不思議なものだった。蕎麦に天かす(揚げ玉)と少しの添え物といったシンプルなものではない。さらに、「もやし」*をたっぶりかぶせ、その上に「きざみ海苔」を散らしていた。蕎麦もボリュームたっぷり。そして、あまり冷たくない。

(*もやし: ネットに「もやし」入りの「冷やしたぬき蕎麦」の情報があったが・・・)

脱力感あふれたまま公園に入る。今日は、何度か参加したことのある「ウオーキングフェスタ」の開催日で、ひとびとで賑わっていた。公園広場にはテントがいくつも並び、スポーツ関連企業も出店しているようだ。その中に、もしかしたらウオーキング用の靴があるかもしれないと思って見に行こうとしたが、体を養生する方が先と気付く。気持ちだけは元気のまま・・・。


(4/30 追記)
今日(4/29)は祝日「昭和の日」だった。2006年まで「みどりの日」だった記憶の方が、私たち世代にとって強いかもしれない。「昭和」の後をついだ今上天皇は2年後に譲位(退位)され、「平成」の元号も過ぎていくことになる。

2017年4月28日金曜日

イ・ソンヒの「一人になった愛」

イ・ソンヒは、デビューアルバム第1集を、澄んでいながらも圧倒的な高音で歌いあげた。それでもヒットの烽火をあげるため、韓国歌謡の唱法を守ったものがあるようだ。売り出したばかりの彼女にとって、選曲・独自性など主張できるはずもないことだったろう。

女性を前面に出さぬ、独特なボーイッシュなイメージが女高生たちに大いに迎え受け入れられたが、まるでそのまま、1990年に来韓した「モントリオール室内楽団」と次のYoutubeのように共演した。そのとき歌った1集所収の「一人になった愛(혼자된 사랑)」(1985年)を、アルバム当時と聞き比べると、本来そうであったかのような錯覚をしてしまうほど変化している。もはや彼女の泳ぎを妨げるのを知らず。

(本ブログ関連:”モントリオール室内楽団”)


風が雨を巻きあげて  さらっていった街に
捨てられた傘ひとつ  さびしく泣いていた
*
足もとには夕闇せまって  孤独な夜が深まれば
行く辺のないこの心 静寂(しじま)の中で明かした
しずむ 孤独だけが  切なくて

散らばる葉を集め  火をつけて
去った愛を探して  さびしい心 (Oh~)
そっと寄りそいみれば  それでも 暖かい、暖かい
ひとりいるより

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年4月27日木曜日

始めの4歩 イディッシュ語

4歩進むと、それなりに知恵が付いてくる。イディッシュ語能力が増したというわけではない。ただ、今日の学習部分を予習できるよう、事前にpdfファイルにしていただいたわけ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

事前に教材に目を通せればしめたもの。オンラインキーボードの「LEXILOGOS」で学習部分を入力し、そのリンク先の①「変換」でローマ字転写(LEXILOGOS版)し、②「Yiddsh辞書」のYiddsh-English翻訳ツール(Google版)を使って内容を吟味できる。そんなわけだが、息切れしそう・・・なにしろ、これがずっと続くのだから。

ところで、一緒に学んでいる(ある言語の研究者修業中の)若者から、次のような興味深い話を教えてもらった
① セム語系の聖典を学ぶ子どもたちがよく体を前後に揺らしているのは、特定の言葉(内容)に沿ってリズムをとっているからだそうだ。(そうか、おじさんが闇雲に体を揺らしてもしょうがないことを知る)
② ヘブライ文字の、例えば単語にある(ו ,ז ,-ן)は(-n, z, u)だが、それを見分けるのは大変だと言ったところ、ポーランド語などでは単語の頭と尻尾で検討をつけるそうだ。イディッシュ語でもそうじゃないかとのこと。(そうか、老眼の問題じゃないと知る)

今日の「イディッシュ語」は、事前の予習ができていたので遅ればせながら付いて行けた。
・先生推奨の入門書レッスン3(אין ניו־יאָרק אױף דער גאַס)を輪読: ニューヨークの移民街、ユダヤ人通り、新聞、そして子どもたちの遊びと学校・・・といった内容。

帰り道、吉祥寺のジュンク堂に寄って、先生に教えていただいた児童書「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)を入手。結末に、イスラエルに行くという独特の文学形式があるという。

2017年4月26日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 茶

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、韓国の茶で仏教文化に関連した緑茶の曲を紹介した。(演奏音源は英語放送を参考)

始めに、韓国の緑茶(녹차)の種類、特に新茶について次のように紹介された。
・明日(4/18)は二十四節気の「穀雨」で、穀物に必要な雨が降るという日だ。この時期から本格的な農作業に入る。この頃、韓国南部で緑茶の新芽が出始める。穀雨以前に採取した茶を「雨前茶(우천차)」、初摘み茶の意の「初もの茶(첫물차)」ともいう。茶は、採取する時期や作り方、入れ方によってさまざまな種類がある。食事と同様、好きな人々と楽しむ茶が一番よい茶だろう。

▼ 박경선の茶の二詩を歌にした「茶香二題(차향이제)」(1998年)のカヤグム演奏部分を聴く。古色に染めて・・・

次に、茶の伝説を持つ、朝鮮後期の「草衣禅師(초의선사)」(1786年~1866年)について次のように紹介された。
・緑茶は、沸騰して少し冷ませた湯に入れる。茶の話題に欠かせぬ人物に、朝鮮後期の「草衣禅師」がいる。「草衣」は号。彼は、茶道を詩で表現した「東茶頌(동다송)」を著した。茶に関する伝説や効果、茶の種類や品質、茶の入れ方など多様な構成だが、茶は一人で飲むのが一番で、二人で飲むのはその次とのこと。

▼ 「東茶頌」の曲(韓国創作音楽研究会の演奏)を聴く。新茶の香りして・・・

最後に、仏教全盛の高麗の歴史書「三国遺事」(1270~80年頃)にある茶の記載について次のように紹介された。
・茶が体に良いのはよく知られていて、最近の研究によると、認知症の予防にも効果があるという。忙しい中でも、毎日茶を一杯ずつ飲む余裕がストレスを減らすという解釈もある。茶は古くから親しまれ、歴史書「三国遺事」に、国のために功を立てた僧侶に、王が茶を捧げたという故事もある。仏教では茶を重視する。詩「茶偈(다게)」は、仏教の儀式で茶を供養するときに歌う。<今捧げるこの清い水が、甘い露のような茶に変わる>という内容の詩だ。また、韓国では今も節句に、多くの家庭で先祖に儀式を捧げる伝統があって、「茶礼(차례)」と呼ぶ。

▼ 「茶偈の歌(다게송)」の曲を聴く。さまざま音色に飾られた・・・今様、

2017年4月25日火曜日

日記帳

ブログを欠かさず続けている。イ・ソンヒさんのコンサートに行ったときは、ソウルのホテルのPCから書いたり、鉱物採集旅行のときは家に戻って穴埋めしたりした。苦労したのは、PCが故障して修理に数日分の空白が生じて、後日、帳じり合わせしたことだ。

いまだにスマホの身分じゃないので、外出先からアクセスして書くことはできない。そんなとき、小さな手帳に要点だけメモることにしている。どうも日本人は昔から手帳に書くことが好きなようだ。

ところで、太平洋戦争中のこと、日本は敵性語として英語を一般に避けていたが、アメリカでは特定の軍人に日本語を集中特訓した。彼らは、戦場で日本兵の手帳(日記)を収集し、解読した。小さな手帳にびっしり書き込まれたであろう、大方くずし字風のものをよく読んだものだと思う。

捕虜収容所では、日記帳をもとに尋問した。そんな中、興味深い話がある。NHKのドキュメントで語られたことだ。将校クラスになると口が堅く、手帳だけでは話が進展しないとき、尋問者は手帳にフランス語で書かれているものを見つけた。そして、おもむろにフランス語で語りかけた。呼応するかのように、将校は親しく話し始めたという。インテリの将校を懐柔するのに、あなたは他の兵隊たちと違うといった風に持ち込んだのだ。これは、多分今でも共通した心性かもしれない。

2017年4月24日月曜日

ハナミズキの花

華麗に咲き誇った桜の花は、惜しまれながら散った。春を知らせてあっさりと去る一瞬のできごと。何ごともなかったように、今は若葉を春の陽に輝かせている。

桜の後を襲うように、ハナミズキが白や薄紅の花を咲かせている。ハナミズキの並木通りはいかがだろうか。でも、桜の余韻が強すぎたせいか、ハナミズキに後釜といった風情がぬぐえないのはどうしてか。原産地のアメリカのイメージがして、桜に続かないのが惜しい。ハナミズキにしても居心地が悪いようだ。

春寒に咲いた桜が、その美しさを満開にした頃の暖さとべて、今晩はやけに寒い。街灯に照らされたハナミズキは夜風に揺れて、どこか分の悪さを感じる。

さっと散ることもできず、いつまでも花を咲き続ける、身の置きどころがないハナミズキに馴染むのに、だいぶ時間がかかりそうだ。

2017年4月23日日曜日

運が良けりゃ

ミュージカル映画「マイフェアレディ(My Fair Lady)」(1964年)の一部を通信の講習に使ったことがある。オードリー・ヘプバーンが演じる勝気な主人公イライザが、ヒギンズ教授に関心を持たれたのは、そのロンドン下町訛りだった。

ヒギンズ教授は、音声の矯正の専門家であって、この映画の中に少しだけだが矯正装置が登場する。その映像をもとに、電話の発明家アレクサンダー・グラハム・ベル(通称アレック)にまで話をつなげる工夫をしてみれば、グラハム・ベルの一族が聾唖の矯正にかかわりがあったことまで面白おかしく膨らませることができる。

通信の説明と関係ないが、このミュージカルに「運が良けりゃ(With A Little Bit Of Luck)」の歌がある。空耳でも日本語タイトルとどんぴしゃり。全く調子がよくて納得する。

「運が良けりゃ」、つくづくそう思うのは、先祖がつなぐ命を守ってくれたこと。運が良かったからこそ。そして、今日生きていて語っている。運が良かった。すべては「神様のおぼしめしでさあ」と聞こえてくる。

ところで、この映画が制作された1964年に、イ・ソンヒが誕生した。実に、運がいいなあ。


(Youtubeに登録のrosen88kavalierに感謝)

2017年4月22日土曜日

(雑談)鉱物採集が上手な人

骨董商がわが子の教育に、優れた作品だけ徹底的に見せるそうだ。いい悪いの比較ではなく、跳びぬけた作品を通して、自然と眼力を養成するのだろう。

初期の月着陸映像がテレビ放送されたとき、地質学者が画面を指差して、あれを!と思わず口にしたという。どこかで聞いた話しだが、専門的に集中した人に見えるべくして見えたのだろう。

こんなことがあった。鉱物採集会の帰り道、その路上に当日最高の鉱物を超ベテランが偶然見つけたという。一方、ぐでぐで歩きながら、帰宅途中の駅にある温かい《うどん屋》しか浮ばぬ者には及びも付かない。もし同じ視界を経験したとして、素通りするのがせいぜい。

一緒に鉱物採集する仲間でもそうだ。年季の入ったベテランは、ほぼ同じ場所で採集しているにもかかわらず、驚くような美しい緑柱石を見つけてしまう。一尺四方の岩を砕いて、結晶を取り出すのだからかなわない。そんなとき謙遜されると、こちらはますます余裕がなくなる。

さて、これは鉱物採集に限ったことでないだろう・・・それを承知すると、凡人には居場所が無くなってしまうことになる。

2017年4月21日金曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

イ・ソンヒのデビュー曲である「Jへ」を初めて聞いたのは、ミン・へギョンだったか、ケイ・ウンスクだったか、K-POPのずっと以前のこと。当時、(日本で聞く)韓国歌謡にはなぜかアルコールの匂いがしていたとき、異質といっていい自然な旋律、曲調だった。というのも、韓国歌手のカバー曲はオリジナルを尊重し、自分の色を強調することが少なかった(最近まではそうだったと思う)。後に、彼女の透明感あふれる声を聞き、驚きが増したのはいうまでもない。

イ・ソンヒの凄さは、高音、透明な声質だけでなく、選曲があたかも彼女に生まれるべくして生まれたように、6集所収の「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、作詞・作曲ソン・シヒョン)を聞けば、いかに調和しているか分かる。

(本ブログ関連:”思い出のページをめくれば”)

イ・ソンヒ礼賛は、彼女の歌を聞くたび深まり、尽きることはありません。


ゆらぐる、思い出のページをめくれば
ああ、遂に果たせなかった悔しさと侘しい贖罪が

*むかしのことのように、ぼんやりとかすむ窓枠の塵(ちり)のように
ああ、胸に積もるよ、今は遠ざかったあなたの微笑みのように

雨風がなくても春は来て夏は行く
ああ、あなたよ・・・涙がなくても、花は咲き葉はやがて散る

ああ、あ~、わたしに残った懐かしい歳月を浮かべて、眠りにつくよ、夢を見るよ

(* 以下繰り返し)

眠りにつくよ、夢を・・・見るよ・・・


(Youtubeに登録の김현진に感謝)

2017年4月20日木曜日

始めの3歩 イディッシュ語

3歩踏み出したら思いっきり転げた。「石の上にも3年」、「三つ子の魂、百までも」、何ごとにも重要な出だしの<3>なのに・・・。

転げると本屋で衝動買いする癖があって、今回は御茶ノ水神保町の書泉グランテへ行く。ここは書店員さんの心意気が昔のまま。一方、いろいろな意味で、間口の広いS堂書店のレイアウト変更に驚く。何となく書籍購読者が減少したのが分かる気がする。久し振りの古書店街(本当に何年振りのこと)様子が変わり、あちこち古本屋が飲食店に衣がえしていた。

今日の「イディッシュ語」は、いきなりの単語の渦に全滅する。目が泳ぐ・・・眼球がヘラヘラして、頭の中で小さな花火が次々破裂する。宿題にするしかないと腹をくくる。
・前回紹介されたネット公開教材ソフトの「レベル1-2」(לאָמיר עסן אײַזקרעם)、
   定冠詞(男性・女性・中性)、勧誘 לאָמיר
・先生推奨の入門書レッスン2(דער לערער און די תּלמידים אין קלאַס)を輪読: 世界で話されているイディッシュ語について、教室で先生と生徒の対話・・・といった内容。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

2017年4月19日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 漁父四時詞

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/12)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「漁父四時詞(어부사시사)」など関連した曲を紹介した。

始めに、朝鮮中期の文人尹善道(윤선도、1587年~1671年)の隠遁生活と詩作について次のように紹介された。
・農作は農夫、魚釣りは漁師だが、漁師には更に二つの分類がある。生活のための職業と、学者ソンビが隠遁生活に風流として楽しむ場合だ。ソンビは、科挙試験に合格して名を知らしめることを義務としたが、一方で世の中から離れた隠遁生活を理想とも考えた。実際、若い時からの隠遁生活は稀で、歳をとって政界から引退して、または、島流しの場合だ。朝鮮中期の文人尹善道(号は孤山)は、全羅南道南岸の小島、甫吉(보길)島に隠遁し、漁師の四季を定型詩「漁父四時詞」に、季節ごと10編に計40篇であらわした。

▼ <静かで平和な漁村の風景を表現した>尹善道の詩を軽快に編曲した「漁父四時詞」を聴く。<曲中の「チクックチョン(지국총)」は櫓を漕ぐときの音>を指すとのこと。今様である。

次に、中国の故事、戦国時代の屈原の「漁夫之辞」を元にした「漁師辞(어부사)」について次のように紹介された。
・ソンビが漁師の生活などを歌った詩を一般に、「漁師辞」といい、中国の戦国時代の屈原に由来する。反対派に朝廷から追放された屈源は、川辺で漁師と出会う。なぜここで彷徨っているのかと尋ねられた彼は、世がみな濁っている中、一人正しく生きようとして追放されたと応えた。すると、漁師は笑って、清い人は物事にこだわらず、世間と共に移り変わるものといい、川の流れに合わせて生きると歌った。これを記録したのが、屈原の「漁夫之辞(漁父辞)」だ。その後、多くのソンビがこの詩を書いて歌った。

▼ 本来<(リード木管の)笛ピリのシンプルな伴奏で歌う>「漁師辞」を聴く。ピアノも加わって、今様に。

最後に、漁師辞に登場する白髪の老人の生き方を次のように紹介された。
・漁師辞には、川辺に暮らす白髪の老人りが出てくる。山で生活するより水の近くで生活する方が良いという。川辺の楽しい生活を表した曲である。

▼ <国楽とヒップホップを組み合わせた>「漁師辞」を聴く。何でもありの編曲で、今様に・・・う~ん。

2017年4月18日火曜日

忘れた言葉を話すこと

不思議な話しに、全く経験のないはずの外国語を、催眠状態で話せる人がいるという。正直なところ、どんなに学術的な体裁で報告されたとしても、にわかに信じがたいし、都市伝説にうっちゃった方が健全な気もするが・・・。

むしろ、事故で脳障害を起した患者が、言語能力に目覚め堪能になるといった話しの方が納得できる気がする。小さい頃、遊んで頭をぶつけた時、直ぐに足し算や引き算の暗算をして、頭がおかしくなってないか確認した・・・そう考えること自体、重症でない証拠だが。頭の怪我で語学の才能に目覚めるという、そんな幸運に巡り合っていたならなあとつくづく思うが、危ない賭けで・・・。

ずっと根拠ある事例に、言葉の呼び戻しという、そんな場面に遭遇した話しがある。「現代イスラエルにおけるイディッシュ語個人出版と言語学習活動」(鴨志田聡子著)に、イスラエルのイディッシュ語の集いに参加した高齢者が、幼少期にわずかに経験した忘れたはずのイディッシュ語を突然理解できるようになるという。その補注(p.150 #80)に、次のような紹介がある。
---------------------------------------------------------
彼らはイディッシュ語を幼少期に家庭で聞いて育ち、それ以降は聞く機会があまりなく、自分でも話すことはおろか、聞いても理解できないと思い込んでいるような人たちである。こういった人が何かのきっかけでイディッシュ語を聞いてみると、彼ら自身ですら驚くほど理解できる。筆者は初級のクラスで一緒に語学を学んだ高齢者が、読み書きや話すのは難しいのに、聞いたイデッシュ語はすべて理解し英語(彼女の第一言語)に同時通訳していたのを見たことがある。
---------------------------------------------------------

幼少期の経験、特に言葉は、使えばますます磨かれるが、使わなくてもいずれ出番を待っている。人間ってすごいな、素晴らしいなと感動してしまう。同書には、イスラエルで使用頻度の少なくなったイディッシュ語を家庭内で使っている家族があり、その理由を新聞に語る親の言葉を紹介している。
---------------------------------------------------------
なぜ私たちは子どもをイディッシュ語で育てているのでしょうか。・・・ イデッシュ語は私たちと先祖を直接つなぐので、子どもが歴史的視野と確かな文化的背景を基盤に自我を形成するのを助けます。・・・
---------------------------------------------------------

そう、自分たちの言葉は、自分の過去をつなぐばかりか、自分たちの先祖とも直接つながっている。時間をまたぐ文化の架け橋でもある。言葉は忘れてはならないものだ。

2017年4月17日月曜日

気になること

子どものころ、ずっと昔のことだが、親の語りに「欠食児童」という言葉があった。食事にがつがつするのを、たしなめる意味で使ったりした。戦中・戦後のひもじい時代の子どもたちを見てきたからこその言葉だろう。

でも、口にできるものがあった子どもはよかった。「戦災孤児」と呼ばれて、親の庇護を失った子どもたちが大勢いた。そんな子どもたちが、上野駅の通路に身を寄せていたと語ったが、それ以上くわしい話しはなかった。

3.11の直後、マスコミは沈黙した。両親を亡くした子どもたちがいたのに。直後のテレビの被災報道を見ながら、伝わらないもどかしさを感じた。

ようやく最近になって、テレビのドキュメント番組でも語られるようになったようだ。震災から5年近くかかった。

2017年4月16日日曜日

今年初めての夏日

暑かった。今年初めての夏日。午後2時半頃、都心の最高気温は26.1℃に達し、夏日の基準である25℃を超えたのだ。夜の廊下に冷気がわずかしかないのに驚かされる。

(本ブログ関連:”夏日”)

そういえば、夕方訪れた(一昨日のブログに掲載の)満開の桜並木は、小さな若葉が薄紅の花弁と入れかわり、力強い枝並みに変貌していた。もはや春でないといわんばかり。

思いのほか早く登場した夏日について、日本経済新聞の記事「東京都心で今年初の夏日 平年より11日早く」(4/16)は、次のように報じている。(抜粋)
----------------------------------------------
日本列島は16日、広く高気圧に覆われた影響で、鹿児島県など一部を除き全国的に晴れて気温が上がった。東京都心では日中の最高気温が26.1度まで上がり、今年初めて25度以上の夏日となった平年より11日前年と比べても2日早かった
----------------------------------------------

(参考)夏日、真夏日、猛暑日、熱帯夜など気象庁の用語
            ------------------------------------------
            夏日   :日最高気温が25℃以上の日。
            真夏日:日最高気温が30℃以上の日。
            猛暑日:日最高気温が35℃以上の日。
            熱帯夜:夜間の最低気温が25℃以上のこと。(気象庁の統計種目にはない)
            ------------------------------------------

2017年4月15日土曜日

イ・ソンヒ所属事務所「フックエンターテインメント」2016年業績

イ・ソンヒが初期の経営に関わった所属事務所「フックエンターテインメント(후크엔터테인먼트、Hook Entertainment)」の昨年2016年度業績を、マネートゥデイの記事、「イ・スンギ空白でも《フックエンター》実績に上機嫌 …『イ・ソジン、イ・ソンヒの力』」(4/11、キム・コンウ記者)は、以下のように報じている。
昨年、<看板スター イ・スンギの軍入隊の空白にもかかわらず>、一昨年と比べて業績を大幅に改善している。

(本ブログ関連: ”フックエンターテインメント”)

(参考1)最近のフックエンターテインメントの業績推移
                           売上高(百万ウォン)
            2016年    11,113
            2015年      9,585
            2014年    15,935
            2013年      9,844
            2012年      9,353

(参考2)イ・ソンヒは、今年に入っても、昨年来の国内ツアーを1~3月まで延長、5月米LAと9月豪シドニーのワールドツアーなど目白押しである。

---------------------------------------------------------------
フックエンターテインメントの2016年売上げ111億ウォン、営業利益7.8億ウォン

フックエンターテインメントが、看板スター イ・スンギ(이승기)の軍入隊の空白にもかかわらず、イ・ソジン(이서진)、イ・ソンヒの活動に支えられて、昨年実績が大幅に改善されたことが分かった。

11日、金融監督院によればフックエンターテインメント(以下 フックエンター)は、2016年の売上額が 111億1,300万ウォンで、前年対比15.6%増加した。営業利益は7億8,100万ウォンで同じ期間26.5%増えた。

2002年設立されたフックエンターは、歌手イ・ソンヒのマネジャー出身であるクォン・ジンヨン代表が持分100%を保有している。所属アーティストは、イ・スンギ、イ・ソジン、イ・ソンヒ、ヤン・テオ(양태오)、ユン・ヨジョン(윤여정)などがいる。

フックエンターは、昨年2月、看板スターであるイ・スンギが軍に入隊して、実績が減少するものと予想された。だが、イ・ソジン、イ・ソンヒの活発な活動のおかげで、ㅡㅡむしろ急激な成長の勢いを見せたという分析だ。

イ・ソジンは「三試三食漁村編 3」、「ユン食堂」など芸能番組で、「天然ぶり」で人気を得ている。DGB生命保険、スピーキングマックス、メディトクスなど(企業)広告に出演して、第2の全盛期を享受している。

フックエンターは、来る10月、イ・スンギが除隊して芸能界に復帰したら、今年史上最大の売上げを記録するものと期待している。フックエンターは、2015年、159億ウォンの売上げを記録したことがある。

フックエンターは、マネジメント(役務)収入 104億の中で、84億ウォンを手数料で支給した会社(事務所)とアーティストの収益配分率が 2対8 と推定される

フックエンターは、(ソウル市江南区)清潭洞に建物2棟を保有する、最重要な芸能事務所で有名だ。これら建物と土地の帳簿価額だけで240億ウォンに達する。それだけでなく、会員券も21億ウォン以上保有している。
---------------------------------------------------------------

2017年4月14日金曜日

桜を見上げる

近所の薬局で、苦い苦いと強調された薬を飲んだところ、濃いコーヒー味がした。おまけに甘い。こういう場合、どういえばいいのだろう。舌が幼稚すぎるのだろうか、鈍感なのだろうか。いや、感性が純粋だからということにしよう。まあ、これは薬局から帰って来ての話しだが。

薬局を出て帰り道のこと、ちょっと遠回りしてある路地に寄った。普段は地味な生活道路だが、この時期に見事な桜並木に変身する。先日来たとき、辺りに桜餅のような香りが満ちていた。今日はどんな具合だろう。

花はかすかに散り始め、路肩に桜色の吹き溜まりができていた。車が滅多に来ないところだけに、見物の人たちは気ままに路の真ん中で、満開の花模様を見上げる。

まるで桜の花に包まれたような優雅な気分になる。明るい空の下、桜の花弁は、意外に白っぽいが、左の写真のように幾重も重なると淡い紅色になる。空気が変わるのだ。

桜の陽だまり、桜の香気、誰にも教えたくない贅沢な場所。老夫婦、幼子を連れた母子、普段なら賑やかだろう主婦の一団、みなが同じ感性でひたれる場所だ。

2017年4月13日木曜日

始めの2歩 イディッシュ語

今月に入って、現在までの最高気温21.6℃を(7日と昨日の)2回経験している。その間、思いっきり冬に逆戻りしたりした。おじさんの身にはこたえるのだ。今日の最高気温は、17.6℃と春らしい落ち着きに戻ったようだが。

寒暖差に、電車の睡魔がますます誘惑してくる。(私にとって一番心地よい乗り物揺れはバスだが、それはさておき)おかげで地下鉄を一駅乗り過ごしてしまった。少し余裕を持って出かけたので、遅刻にはならなかったが。今日は、イディッシュ語の本気モード2歩目だ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

他の出席の方々が、本来的意味で本気なので、足を引っ張りはしないか気掛かりだ。今日から参加された方も、(分野は異なるのに)こともなげにヘブライ文字筆記体で板書するのに驚く。

先生の著書「現代イスラエルにおけるイディッシュ語個人出版と言語学習活動」(鴨志田聡子著、三元社)を今日から拝読させていただく。

・前回紹介されたネット公開教材ソフトを元に: 代名詞 / ”זײַן” 動詞 / 名詞(単・複) / 自己紹介の表現練習
・単語: פֿאָראערין 研究者、סטודענט / תּלמידים 学生、לערער・לערערין 教師(f・m)、
         אוױף פּענסיע 年金生活者(on pension)/ פּענסי 年金(pension)
・単語: יאָ / נישט  No/Yes、בוך

2017年4月12日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 祭奠

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、西道地域の雑歌 「祭奠(さいてん)」など関連した曲を紹介した。

始めに、「寒食」の風習と、食文化を垣間見られる北方西道地域の雑歌「祭奠」について次のようの紹介された。
・韓国の今日4月5日は植樹祭の「植木日(식목일)」。昨日4月4日は、二十四節気の「清明」だった。万物陽気になる日で、清明に地に適当な棒を植えても、新芽が出る諺もある生命力豊かな時期だ。昔、王が直に畑を耕す風習もあったため、この時期に木を植える「植木日」を定めた。人々は、季節が明らかな変化するとき、先祖に祭祀を捧げた。今日は「寒食(한식)」(墓参りの日)であり、その祭祀の西道地域の歌「祭奠」がある。

寒食に、夫の墓に供える食物の名を並べて嘆く妻の雑歌「祭奠제전)」を聴く。碧梧桐風、節日に訪ね・・・。

次に、寒食に冷たい食事をとる風習について次のように紹介された。
・冬至から105日目の寒食の日に、冷たい食事をとる風習がある。昔、女性は、かまどの火を消さないのが重要な義務とされたが、寒食の日に古い火を消した。国が新しい火を分けたという。全に命があるという考えから、春を迎え、新しい火に変えたのだ。寒食は、その過渡期、一度火を断って冷えた食事をする儀式であった。

▼ <青葉の陰、緑陰が花より美しい季節>の意の「緑陰芳草녹음방초)」を聴く。漢字混じりの歌で・・・。

最後に、太陽の陽射しいっぱい春に期待をこめて次のように語られた。
・昔、万物が生き返る春に戦も中断した。春は命が育つ時期だからだ。どんなに権力に目がくらんだ者でも、この時期、農作をした。そうでないと、戦に勝っても生き残る民がいないことをよく知っていたからだろう。春は、田畑をならす本格的農作業が始まる。天気が良ければ豊作になると信じたし、海辺の漁師も魚種が増えると信じた。欠かせないのは、太陽の陽射しだった。農村も漁村も生き生きとした気運が溢れる季節。鮮やかな花も緑も美しい春から始まって、今年も豊かで満ち足りた一年になればと思う。

▼ 「太陽がいっぱい(태양은 가득히)」の演奏を聴く。ラテンのような軽快さで、春の陽を浴びる、今様で。

2017年4月11日火曜日

イ・ソンヒの「雨降る街に立って」

今日は春を忘れたよう。しとしと雨に冬の寒さ。片付けてしまったストーブをもう一度お出ましさせる。それも今日一日だけのこと。明日から春らしい暖かさに戻るという。おかげでこもって、年寄りの冷や水ながら習いごとの準備がはかどる・・・ああ、やっぱり冷えるに変わりない。

雨もようやく夜半におさまり、雨音もすっかり消えてしまった。あっけない静けさだ。これまで、雨に包まれ圧縮された気分がしたが、止んでしまえば開放され緩い我に返るようだ。

イ・ソンヒの9集所収の「雨降る街に立って(비오는 거리에 서서)」(1994年、作詞・作曲イ・スンジン)には、雨降る夜の街に立ち、雨音の中で孤独をかみしめる主人公がいる。イ・ソンヒの歌声なれば、それも美しい透き通った思い出になるのでしょう。(中島みゆきの歌だったら、こうはいかないけれど)

(本ブログ関連:”雨降る街に立って”)


雨降る街に立って、あなたを待っているのね
行き交うたくさんの人たちの中で、私は立ち続けるのね
降る雨の中で、たたずんであなたを待っているけれど
どこにも見つからないあなたは、雨に濡れた私の心が分かるの

* 雨降る街に立って、あなたを思っているけれど
みすぼらしい私の姿は、私にも、どうしょうもできないの
消えていく、あなたの悲しい後ろ姿のように一人でここに

雨降る街に立って、あなたを待っているのね
暗い夜は更けていくのに、あなたは見えないのね

(*以下繰り返し)

(注: このYoutubeの女性はイ・ソンヒさんではありません)

(Youtubeに登録の길성배に感謝)

2017年4月10日月曜日

神野美伽「夜桜善哉」

昼の都心の最高気温は、気象庁の観測で 15.9℃と十分暖かだった。近在の観測点でも、14.5℃とまあまあの温みだったが、どんより空に春の元気はない。この春、桜の花は、夜分の風や雨に一部散ったようだが、舞い散るまでにいたってない。

しかし、午後が深まると、いっきに冷え込んだ。今日から、もう一つの教室が始まった。夜の授業のため、準備を公民館の読書室でした。日が落ちて外に出て驚く。昼に合わせた軽装の誤りに気付いたが、もう遅い。冬に逆戻りして、夜風が身にしみながら教室へ向かった。

帰り道にもっと後悔した。温かい防寒着にしておけばよかったと。天気予報では、明日は更に冷え、おまけに雨降りという。(明後日から、春が復活のようだが)

愚痴を重ねて、おまけに夜桜見物のチャンスを逸したかもしれない。こんなとき、神野美伽の「夜桜善哉」(作詞:荒木とよひさ、作曲:金賢奎、編曲:南郷達也、1999年)を聞いてほっこり埋め合わせしよう。

(本ブログ関連:”神野美伽”)


(Youtubeに登録のkece3に感謝)

2017年4月9日日曜日

(雑談)うどん

最近、うどんに凝っている。少し前に、病院へ行くほどでもない胃を痛めて以来のこと。スーパーの太めの生うどんをゆでるだけ。汁は作るのが面倒なので、うどんスープの粉末を使用している。

① うどんをゆでる
・うどんを沸騰した鍋に入れ、うどんが膨らむくらいなるよう、湯が泡立つまでゆでる。
・箸で、鍋の湯の中のうどんを素早く何度もかき回す。次に湯を捨て、冷たい水道水を鍋に加えて、またかき回すこと更に2回。うどんのぬめりを徹底的に取るのがポイント。

② うどんスープの粉末と一緒にゆでる
・食べるのに適量な湯と、①のうどん、およびうどんスープの粉末を一緒に鍋に戻す。
・軽く沸騰したらどんぶりにうつして食べる。沸騰させることで粉末スープの味がまるく広がる。

スーパーの生うどんも馬鹿にならない、食感がつるりとしてうまいのだ。我ながら感心しているが、もしかしたら、誰もがやっている当り前のことかな?

2017年4月8日土曜日

イ・ソンヒが高校2年の時か、3年の時か

ネット巡りして気になることがあった。イ・ソンヒが、高校時代に通った「チャン・ウクチョ(장욱조)音楽室」で、その後大デビュー曲となる「Jへ(J에게)」と幸運にも巡り遇った時期についてだ。彼女が高校何年生の時かだ。

以前、このブログで、イ・ソンヒが「高校3年」の時と何度か記したことがある。今から3年前の今日のこと、韓国各紙は、前日のテレビ番組(SBS「ヒーリング・キャンプ」)で、の口から「高校2年」の時に巡り会ったと、報じていた
ブログの修正をしたか、念のため見直したところ、「高校3年」の記載のままが2件あり、急いで赤字修正した。

一体どうして、彼女が高校3年の時と判断したのだろうか。もしかしたら、韓国のイ・ソンヒファンのブログ情報を流し読みして、勝手に判断してしまったのかもしれない。大学1年の音楽祭で初めて歌った曲だから、そんなに長く(2年も!)寝かせていたはずがないと、これまた勝手に判断したのかもしれない。

デビューとなる「江辺音楽祭」で大賞受賞後、イ・ソンヒはその版権を作者(作詞・作曲者)のイ・セゴン(이세건)に全て返したのはいうまでもない。まさに、彼女らしくスマートである。

そして、その偶然の出会いとは、同じ音楽室で、作者のイ・セゴンが、自らの作品「Jへ」を世に受け入れられないからとゴミ箱に捨るところに、イ・ソンヒが登場してもらい受けたのだ。後々考えれば、本当に劇的な場面だった。

2017年4月7日金曜日

オンラインキーボードLEXILOGOS

インターネットは、以前に考えられなかった、知識や情報を自由に公開していることだ。何気なくつかみようもない思い出も、なにかしらトリガーというかキーワードがあれば、それらを幾重にネット検索してみれば、いずれかが網にかかるもの。情報に信頼とか質を問う話もあるが、そんな以前の立場のゆえ大変便利でありがたいと思っている。これから何かをしようとする場合もそうだ。便利なツールが待っていてくれる。

少し本気に始めたイディッシュ語(ヘブライ文字)のキーボードについてネットにいいツールがあった。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”、”キーボード”)

・以前、Googleの入力ツールのChrome版イディッシュ語(ヘブライ文字)入力ツールをセットしたが、ネットの一時ファイル削除の都合上、Chromeをリセットすることが多く、設定が都度消えていた。
・今回、画面上のキーボード使用で充分と判断して、「LEXILOGOS」のオンラインキーボードに変えた。
   ① 画面の文字をクリックすると、編集欄にイディッシュ語(ヘブライ文字)表示する。
   ② 便利なのは、<変換(conversion)>で、ラテン文字転写(表記)にしてくれる。
   ③ また、Google翻訳へリンクしてくれるので、入門レベルなので英語も日本語もよし。


(追記)
先生のブログに、「イディッシュ語キーボード」ツールがご紹介されている。4/8
・まずは、上記(超簡易ツールである)独自キーボード画面の「LEXILOGOS」に慣れてきたら、次に、手元キーボード対応ツールを使ってみたい。
・ご紹介の(お試し版)「Google 入力ツールをオンラインで試す」は、実際のキーボードと連係しているので、キータッチの模擬練習できる。(以前、Googleの入力ツールでChrome版をダウンロードし、キーボード打ったが、そのとき超初心者で不慣れだったため・・・今度は頑張ろう!)

2017年4月6日木曜日

はじめの1歩、イディッシュ語

去年の夏、市民向け講座「イディッシュ語入門」を聴講した。センスの乏しさを承知しながら、好奇心のまま無鉄砲にもチャレンジしたわけ。主に東欧系ユダヤ人を中心に語られた言語で、ドイツ語風の発音と文法、ヘブライ文字の使用というユニークさがある。参加して、世界が少し広がったような気がした。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

講座聴講後、イディッシュ語の入門書を図書館で借りたり、ビギナー向けYoutube映像を見た。Youtubeには、実際のクラスを写したものや、文字と発音だけのものなどある。特に教室スタイルの映像で、いきなり筆記体で板書したのに面食らった。

いよいよ今日から、<使ってみよう!>イディッシュ語の春期間講座が始まる。早速、受講申込みして、本気モードで、始めの一歩をスタートした。こうやって自ら退路を絶ったのだが・・・はじめの一歩の閾(しきい)値が何と大きかったことか。

昨年夏の講座と同じ先生の下、超少人数の受講者で講義が始まった。
・始めにフリートークで、現在のレベルや関心を伝えた。(達者なレベルの受講者もいらして・・・)
先生のブログで紹介されている教材ソフトの「レベル1」の「自己紹介(~ איך ה״ס )」を視聴。
・文法書、辞書の紹介。先生推奨の入門書のレッスン1を素読。チンプン・カンプン。(達者な方がホワイトボードにロ-マ字転写して、サポートしていただく)

というわけで、これから何をすべきか自覚する・・・宿題の種は尽きず。

帰り道、頭がクラクラして、新宿の紀伊国屋書店で発作/衝動買いしてしまった。

2017年4月5日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」赤い花、赤い心

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「赤い花、赤い心(붉은 꽃 붉은 마음)」など関連した曲を紹介した。

始めに、新羅の純貞公(순정공)の妻水路夫人수로부인)に捧げられた花と歌について次のように紹介された。
・新羅の純貞公が江原道江陵地域の地方官となり、首都慶州から江陵へ向かう道筋は、南から北へ、左に山、右に海の広がる美しい道と知られる。途中、海辺で昼食時、絶壁に咲く赤い花が、彼の妻の水路夫人の目に入る。だが絶壁に花を取りに行く者はない。その時、牛を引いた老人が通りがかり、軽々と絶壁を登り、花を摘み取って婦人に捧げて歌った。<自分のことが恥ずかしくなければ、花を折って捧げます>という内容。歌の名は「献花歌(헌화가)」だが、今はリズムが消え歌詞だけ伝わる。

▼ 新羅の「献花歌」を童謡にした「赤い花、赤い心」を聴く。子どもたちのかわいい歌声を今様に。

次に、済州民謡の「山川草木(산천초목)」について次のように紹介された。
・春が訪れて、故郷の春といえば、春を代表するツツジやレンギョウなどの花が先に浮かぶ。来週、ソウルも桜が満開になるだろうう。これからひと月、所々に花が咲き、世界が鮮やかになる。そして、花に劣らず美しいのが新芽。済州民謡に、花と緑の景色を表現した歌「山川草木」がある。

▼ <春を迎えてワクワクする恋人たちの想いを表した>「山川草木」を聴く。霞晴れて草木に露が煌めくよう、今様に。

最後に、パンソリ「沈清歌(심청가)」の沈清(심청)と歌「花草打令(화초타령)」について次のように紹介された。
・パンソリ「沈清歌」は、孝行娘の沈清が、盲目の父の治療のため犠牲になる物語だ。彼女は船乗りに売られ、供え物となって海に沈められる。或る船乗りが、沈清が沈んだ海で、美しい花が浮んでいるのを見つけ、不思議に思って花を植えた。その頃、宮廷で皇后が亡くなり皇帝が悲しみに耽っていた。皇帝は、船乗りが植えた花を見て慰めたという。パンソリ「沈清歌」に、色々な花を歌にした「花草打令」があり、蓮、梅、桃など鮮やかな春の花が歌われる。帝に捧げられた花の中から沈淸が登場するという、春らしい設定になっている。彼女は皇帝と出会い、皇后になる。

▼ パンソリ「沈清歌」から「花草打令」をカヤグム演奏と歌で聴く。次々と花の名があげられる。

2017年4月4日火曜日

清明 2017

今日は二十四節気の「清明」。過去の本ブログに清明を記したのは、2015年だけ。春の光を知らせる「春分」が余りに大き過ぎて、次に来る清明を取り逃がしてしまったようだ。

(本ブログ関連:”清明”)

一昨日の地元公園の「桜まつり」は、賑わいに比べて花の勢いが今ひとつだった。再度、公園に出かけて桜の咲き具合を観察してきた。満開目前だった。

本当に春らしい陽射しだった。そして、驚くほどの人出。桜まつりが今も続いているよう。今日が休日かと見まごうばかり。桜の木立の下に、ビニールシートを敷き詰めて、花見客グループが飲食と会話を楽しんでいる。

隣りの原っぱでは、明るい陽を浴びながら、子どもたちがはしゃぎ廻っていた。子どもの齢に合わせてか、一緒に遊ぶ親、見守る親さまざまだ。

花見客の渦に巻き込まれながら写真を数枚撮り始めたところ、カメラが動かなくなった。どうやら、メモリー表示とバッテリー表示を見間違えたようだ・・・何たることよ。カメラ店に行けば、充電式のバッテリーといわれ、何にも知らないのがバレた・・・何たることよ。

とりあえず、撮り始めた時の写真を載せる。盛況振りが分かるといいが。

2017年4月3日月曜日

イ・ソンヒの「龍角散」テレビCF

昔の親父のイメージは、酒と煙草・・・ここまでは普通、それに「仁丹」と「龍角散」。中学の英語の男性教師も、親父に近い世代だったか、授業中に仁丹を口に補給していた。今はあまり見かけなくなったが、昔の親父世代には案外マナーというか、必需品だった記憶がある。

試しに、私も仁丹と龍角散を飲んだことがある。仁丹は苦くて、龍角散は上手に喉に含まないと咳き込んでしまう。飲み慣れれば、口中がスッキリするだろうと想像した。龍角散は、漢方の薬効があるようで、今も龍角散ノド飴を舐めることがある。

龍角散のルーツは、秋田藩久保田藩、藩主佐竹氏)の時代に作られた家伝薬という。本草学に強い同藩らしい産物。佐竹氏には、江戸幕府より常陸から秋田へ転封を命じられたとき、常陸時代に財政を潤した多数の金山を埋め戻したとか、常陸から美人を引き連れて来たので秋田に美人が多いとか興味深い話がある。また、秋田蘭画平賀源内とのゆかりもあって、山師だった源内の流れから、秋田大学の鉱山学科が、鉱物マニアにすぐ浮かんでくる。(龍角散の現社長のフルート愛好はつとに有名。元々音楽家なのだ!)

ところで、龍角散は韓国でも販売されていて、広く親しまれているようだ。ブログに、韓国人と互いに、龍角散が自国の製品と思っていたという話がある。韓国でも日常的に使われている証かもしれない。(ブログ「アンニョンはんいる」に感謝)

昔の韓国の龍角散TVコマーシャルに、イ・ソンヒが登場するものがある。以前このブログで何度か記した。韓国のブログに、彼女がいつも澄んだ声のため龍角散を飲んで、喉や声帯を保護していると語らしめるCF映像(1985年のデビュー頃という)など紹介しているものがある。(ブログ「はにかみの記憶補助空間」に感謝)

(本ブログ関連:”龍角散”)


(Youtubeに登録のkcanariに感謝)

2017年4月2日日曜日

バナナ(豆乳飲料)

バナナ味した飲料や菓子類を見つけては味見している。一昨日に続き、本日の「桜まつり」の帰り道、スーパーで「バナナ 豆乳飲料」(330ml)と出会い飲んでみることにした。Su社の製品で、果汁4%、豆乳とバナナの合体である。飲み口の蓋(ふた)の内部形状がとてもユニーク。始めた見たデザインで、開封後の液漏れ防止を意図しているのだろうか。

(本ブログ関連:”バナナ”)

実は、バナナアレルギーだ。それでどうして、バナナ味巡礼するのかといえば、症状がさほどでないからだ。喉が軽くイガイガする程度だ。ところが、豆乳アレルギーの方は、反応がもっと強い。

それでも早速、口にした。まさに実況中継。喉にイガイガが始まり、耳の奥まで進む。次第に、喉がヒリヒリして、耳の奥がやたら痒くなる。4口目飲んであきらめることにした・・・食道にイガイガがおりてきそうになる。今回のギブアップは、豆乳アレルギーのせいであって、いい大人しての自己責任

バナナ味した飲食物に、豆乳ベースのものは他にもある。以前、試したことがあるが、私の負けだった。今度も負けた。(以前、豆乳だけ飲んで大失敗したことがある・・・不思議なことに、成人になってからアレルギーが分かったが。昔、そうではなかったのに!)

(付記)
私は、Youtubeで「子猫」の可愛い姿を見るのが楽しみにしているが、猫アレルギーなのだ。電車で隣りの客が猫を飼っているのが分かるときがある。すぐ、モワァーとした感じに覆われる。

桜まつり

地元公園の、今日の「桜まつり」の人出は、ほどほどだろうと思っていた、連日の花冷えのため、昨日の桜の開花状況は、ソメイヨシノが開花したものの、他種は未開花。祭りは昨日と今日しかない。それで期待が低くなってしまったのだ。ところが、出かけてみれば、「桜まつり」は驚くほどの大盛況だった。

だが近隣市の今日の最高気温は、12.9℃に過ぎない。気温はほどほどでしかないのに、公園の散歩道を大勢の人が行きかい、祭り会場広場を埋めつくすほどの賑わいだった。広場の南北でイベントが同時進行して、南側ステージではタレントが歌とダンスを披露していたし、北側では地元のお囃子集団が演奏とひょっとこ踊りを演じていた。

広場通路に屋台が立ち、並ぶ客があふれて完全にお祭り気分。広場や桜の木立の下で、ビニールシートを敷いた家族連れが、いつものスタイルで花見をしていた。子どもたちの遊び声が飛び交い、迷子の呼び出しが場内放送されて、いよいよ祭り気分が増す。

で、肝心の桜の開花状況といえば、花弁がほどよく開いている木が2割方だろうか、それ以外は薄紅色の芽を膨らませているだけ。それでも、広場を囲む桜の木立全体にうっすらとピンクに翳って見えた。

2017年4月1日土曜日

4月1日

昨日で、今年の1/4(3ヶ月)が終わってしまった。1/4は大きい。リンゴの実を4等分してみれば分かること。一口では食えない大きさだ。そんなわけで、3ヶ月を無駄食いしていたかもしれない。(若ければ)惜しいような、(若くないので)惜しくもないような。

ラジオで高齢なパーソナリティーが、月日の経つ早さについて言った。こんなに早いのならアッというまに20年過ぎて百歳を越えてしまうと。確かに光陰は百代の過客だが、平均年齢50歳に満たぬ時代だった頃のこと・・・ところが昨年の百歳以上人口は6.5万人いる。ならば、百歳越えラジオパーソナリティーもおかしくない。

時間はあっというまに過ぎるし、終いもあっというまに来るはず。でもターミナルに近づくのに無数の思いが生まれ、時間と無限の追いかけっこしている錯覚をする。都心で、行き先の超高層ビルが見えるのに、なかなか近づかない感覚だ。たどり着かなかったことはない。

一般に年度変わりの4月1日、気分一新したいけど、昼頃になって雨がようやく止み、気温は花冷えのまま少し上がり始めた。近所の公園の「桜まつり」は今日と明日。お天道様はねずみ色のまま、出かけるのは明日にしようかな。
⇒ 桜の開花状況はいかがと「都内の桜情報」を見れば、ヤマザクラ:未開花、ソメイヨシノ:開花、サトザクラ:未開花、カスミザクラ:未開花とのこと。ソメイヨシノの開花も咲いたばかりの話し。観桜はもうちょっと先でいいようだ。

そんなわけで、今日はどんな「エイプリルフール」が話題になったか楽しみにするぐらい。

2017年3月31日金曜日

バナナオーレ

スーパーで、新しいバナナ乳飲料を見つけた。バナナ味するなら、飲み物、菓子などかまわず購入してブログに記している。最近、スーパーやコンビニで、バナナ味の新製品を見かけなかった。バナナ本体が低価格になってしまい、バナナ風味の人甘味は人気が少なくなっているのかもしれない。

(本ブログ関連:”バナナ”)

ひさし振りに入手したのは、トモヱ乳業の「スィートなおいしさ バナナオーレ」(1000ml)だ。パッケージの商品説明を見ると、果汁成分表示がないのだ。つまり、バナナ0%の人味ということになる。でも、あっさり・こってりして妙な後味が残らない。私には満足な味覚で美味い。

バナナが高級品だった頃、その味覚と風味を真似た飲み物や菓子が登場した。そんな時代に育ったためか、バナナ本体が安価になった今も、人甘味のバナナ味を見離すわけにいかない。バナナ風の人味の記憶は、今でも舌や口腔にある。バナナ風味は永遠だ。

2017年3月30日木曜日

イ・ソンヒの「共存」

イ・ソンヒの11集所収の「共存(공존)」(チョ・ウンヒ作詞、イ・ソンヒ作曲、1998年)は、このブログで、なぜか毎年一回だけ話題にしている。言葉にして分かったつもりでも、心の奥にはかすかな火が尽きることなく点っている・・・そんな感じかな。だから、しんみりひたって、大切に聴き続けたい。

美しい思い出があってもなくても、激しい熱情を経験してもしなくても、特に何~にもなかったとしても、この曲は過去を美しく昇華してくれる。一年に一回、そんなひとときを与えてくれる。たまにはいいではないか。

(本ブログ関連:”共存(공존)”)

旅は終わったの、私たちの愛も
戻るには、あまりにも遠い 道に旅立ったわ
夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の、愛は過ぎても 思い出は残って

*私のそばに止まった風、私の中にあふれた陽射し
いつか、傍(そば)を通り過ぎていくでしょう
永遠(とは)に私は見れなくとも

一つになれなかった、世界が嫌(いや)になっても
恋しい、私の心の根は
いつも貴方に向いて深いから

(*)以下繰り返し

夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の愛は過ぎても、思い出は残ったわ
う~ん


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年3月29日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」青山裏

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/22)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、黄真伊(ファンジニ、황진이)の詩「青山裏(청산리)」など関連した曲を紹介した。

始めに、朝鮮時代の妓生「黄真伊」が王族の「碧渓守(벽계수)」に詩を聞かせたときの話を次のように紹介された。
・朝鮮時代最高の妓生と言われた黄真伊が活発に活動していた頃、彼女に会いたいと念願する者も多く、惚れ込んだソンビも多数いた。王族の碧渓守は、彼女に誘惑されない自信があると断言した。その噂を聞き、黄真伊は、月の明るい夜を眺めている彼を訪ねて、<水が一度海に流れたら戻って来れないから、月が明るい内に休んで行ってください(この私と楽しみましょう)>と詩を謳った。その詩を聞いた碧渓守は断言も忘れ、彼女に見とれてしまう。
    青山裏碧溪水
    莫誇易移去
    一到滄海不復還
    明月滿空山
    暫休且去奈何

▼ (教科書で学ぶ)定型詩(平時調:평시조)の「青山裏」から「青山裏」を聴く。月下に冴え渡る。

次に、西道民謡「愁心歌(수심가)」と女性詩人李玉峰(イ・オクボン、이옥봉)について次のように紹介された。
・西道地域の民謡「愁心歌」の詞は、悲しみに満ちた歌の意だ。朝鮮時代、中国にも知られた女性詩人李玉峰は、両班の妾の娘のため、学者趙瑗(조원)の本妻になれず妾となる。趙瑗は、彼女の詩を好んだが、世に知られるのを喜ばなかった。そんな中、玉峰が貧しい女性に書いた詩が社会的問題となり、実家に戻して二度と会わなかった。玉峰は薄情な夫を想い詩を書いた。<最近はどう過ごされていますか>に始まり、後半によく知られる、<仮に夢の中の魂が痕跡を残すなら、あなたの家の前の砂利が半分は砂になったでしょう>という、夫を恋しく想いを描いた。
    近來安否問如何
    月到紗窓妾恨多
    若使夢魂行有跡
    門前石路半成沙

▼ 「愁心歌」を聴く。石が砂になるほどの想いに、熱烈というより諦めるような気がして・・・。

最後に、パンソリ「春香歌(춘향가)」の李夢龍とソンビの「成以性(ソン・イソン、성이성)」が紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍(이몽룡)の愛の物語だ。李夢龍は、王の勅命を受け、浮浪者姿をして密かに地方を巡行し、身分を隠して地方官の宴で詩を謳い、民を苦しめながら裕福に暮らす地方官を批判する。春香歌の詩は、実在の学者ソンビの成以性が書いた説もある。彼の父が南原地域の長官で、李夢龍も南原の出だからだ。
    金樽美酒千人血
    玉盤佳肴万姓膏
    燭涙落時民涙落
    歌声高処怨声高

▼ パンソリ「春香歌」から、浮浪者姿の「勅使出頭(어사 출도)」を聴く。はらわたを吐き出すよう。

2017年3月28日火曜日

春の季節

今日は旧暦の3月1日。いまだに旧暦と新暦の季節の捉え方に混乱する。例えば「春」について、

・新暦の「春」は、(新暦)3月~5月の間で、春は始まって一ヶ月しか経っていない。
・旧暦の「春」は、(旧暦)1月~3月の間で、春は始まって残り一ヶ月しかない。

気温でいえば、3月末の今日になって落ち着き始めて、本格的に春らしくなった。

体調でいえば、季節の変わり目のせいか、うつらうつら眠気が増している。

カレンダーでは、学生にとって大きな区切り、最後となる「卒業式」がさかんだ。

柏原芳恵が歌う「春なのに」(作詞・作曲 中島みゆき、1983年)を聞くと、時代がわずかしか過ぎてないのに、こんなにもいいい時代があったのかと気付かせる。皇太子が彼女のファンだったというのもうなづかせる、だれにも愛される、ほんわりした雰囲気が懐かしい。


(Youtubeに登録のrokumaru sirakawaに感謝)

2017年3月27日月曜日

ク・チャミョンのイ・ソンヒへの感謝

今の自分が在ることを(私が)感謝するべき相手がいるだろうか。「あなたのおかげです」という言葉は、なかなか難しい。私にしたらもっと難しい。いわれた相手が迷惑するとも限らないからだ。(自分には期待以上だったとしても、他者か見れば期待以下かもしれない)

桜は桜に咲くように、才能ある人は自身と同等の、あるいはそれ以上の目指すべき才能ある人へ感謝することができる。そんな感謝の言葉を聞くと素晴らしく、そして羨ましく思う。朝鮮日報の記事、「『覆面歌王』ク・チャミョン、『私のターニングポイントは、イ・ソンヒ・・・音楽的にたくさん導いてくれて』」(3/27)は、若い歌手ク・チャミョンがイ・ソンヒに対して音楽的な感謝を次のように伝えている。(抜粋)

イ・ソンヒは50歳代に入り、後進の育成を意識したようで、昨年、オーディション番組で審査・指導したり、実力歌手の競技番組に大いに関心を持っているようだ。

(本ブログ関連:”覆面歌王”、”偉大なる誕生”、”ファンタスティック・デュオ”)

-----------------------------------------------------------
26日放送された、MBCの「覆面歌王(복면가왕)」で、ク・チャミョン(구자명)は、「歌の天才キム・タック」の仮面をかぶって舞台に上がり、「長靴を履いて歌うネコ(コヤン)」と歌王戦まで繰り広げた。結局、歌王の席を1票差で許してしまったが、彼の活躍にネチズンの関心が熱い。

前に、ク・チャミョンは、去る23日、ある媒体とのインタビューで、「偉大なる誕生(위대한 탄생)2」に参加することになったきっかけに、「友達の間で歌がうまい方と評判になったんで、友人が『偉大なる誕生』のオーディション募集に出てみろと薦めた」と明らかにした。

続けて彼は、「正直、歌を正式に習ったことがない。理論的に音楽をやる友達より自信がなかった。ところが、先生たちが私の中にあった音楽性を目覚ませてくださった」と、感謝を伝えたりもした。

ク・チャミョンは、自身のターニングポイントに、「メンター(指導者)でいらしゃったイ・ソヒ先生にお目にかかるまでも運があったようだ。先生は、音楽について内面的に、外面的に多くの教えをくださった。歌をよく分からなかった自分自身を、音楽的にたくさん導いてくださった方がイ・ソンヒ先生でいらっしゃる」と語った。
-----------------------------------------------------------

2017年3月26日日曜日

黄色いシャツの男

K-POPといわれる以前のこと、1961年にヒットしたトロットの「黄色いシャツの男(노란 샤쓰의 사나이)」は、(発表された)だいぶ後に、日本のおじさんたちにも歌われた。ハイテンションな歌で、演歌とトロットの境界なんて意識もいらない。歌詞の主人公は、黄色いシャツを着た男を気に入る若い女性のようだ。

それがどうして、おじさんたちにも安心して歌われたかというと、歌詞に「なぜか」気になるという表現に、韓国語の「オッチョンジ(어쩐지)」がそのまま使われた。この「オッチョンジ」は、空耳ながら「おっちゃん」に通じる。すると、主人公に気に入られた男が、オッチョンジ>おっちゃん=おじさん、と身近な存在になる。歌がぐっと親和してくるというもの。おじさんでもいいのだ。

ところで、図書館で、ときどき読まれることのない書籍を、自由に持ち帰ってくださいと並べることがある。あるとき、韓国の(K-POP以前の)歌を紹介した本が置かれていた。だいぶ前の発行ながら、貸し出されて汚れた跡もなく、惜しんで持ち帰った。

同書には、民謡、童謡、歌曲、流行歌などいろいろなジャンルの解説と楽譜が収められている。そのなかで、1961年にハン・ミョンスク(한명숙、韓明淑)によって歌われた「黄色いシャツ」の紹介ページだけは、黄色という色彩の明るさ、アメリカンな曲風が語られ、解説に歴史と結びつけた言葉のモザイクがないため、普通な大衆音楽の解説になっている。

( 音量注意!  これがオリジナルなら、アメリカンフォークを意識した編曲だ・・・)

(Youtubeに登録のsoundphenomenに感謝)

2017年3月25日土曜日

(雑談)子どものとき見たゴジラの夢

先日、映画「シン・ゴジラ」を楽しんできた。民家の上を巨大な尻尾をよぎらせながら進むゴジラを見て、昔、初めて見た初期のゴジラ映画を思い出した。暗い夜、画面いっぱいに映し出されたゴジラの足から、巨大な全身を想像して、恐怖に落ち込んだまま、座席で息を殺して見ていた。

それ以来、怪獣の夢には無力感がつきものだった。最初のゴジラ映画は、視覚効果を狙ってだろう、夜の破壊シーンが鮮烈だった。当時の大人には空襲や戦場の記憶につながったかもしれないが、子どもにとっては破壊の凄まじさだけだった。だから夢に直結した。

ゴジラ映画は、夢に影響を与えたようだ。登場する怪獣や宇宙人は、圧倒的な力で襲いかかり、逃げるしかなかった。今の子どもはどうだろう。ぼくらは、映画で初めての恐怖を経験したかもしれない。いつも見られるものではない。だから怖さも深かった。

また、上空を様々な隊形した飛行編隊が迫ってくる夢を見た。編隊の数は増え、やがて空いっぱいに真っ黒な宇宙船が覆い浮かんでいるのが見えた。すると、船体から真っ黒な着陸艇が地上に次々と降りて、黒い防備服の大量の宇宙人兵士が隊列を組んで街に侵入を開始したのだ。もう、どうすることもできない。「宇宙戦争」を彷彿させるが、隠れても見つかってしまう・・・。

夢が前向きでなくなったようだ。空を飛ぶ夢を見ても、始めは優雅に羽を舞い飛行したが、すぐに失速を始める。あれっ、戸惑いながら何とか持ちこたえたが、上昇と下降を繰り返しながら墜落してしまう。「イカロスの墜落」ように・・・。

2017年3月24日金曜日

イ・ソンヒのLAコンサート(2003、2006)

イ・ソンヒは、今年5月、米ロスアンゼルスで《単独コンサート》を行なう。米国での《単独コンサート》としては、すでに2011年に、ニューヨークの「カーネギーホール」、メイン公演会場の「アイザック・スターン オディトリアム」で実績がある。

(本ブログ関連:”カーネギーホール”)

イ・ソンヒは、他方で、《単独コンサート》でないが、ロスアンゼルスで例年行なわれている韓国人歌手たちによる「Korean Music Festival(KMF)」の2003年「第1回」、および2006年「第4回」に参加している。
会場は、LPジャケットでよく目にした、半ドーム舞台の「ハリウッド・ボウル」で、音楽フェスティバル地にロスアンゼルスが選定された理由として、韓国から海外移民した最大の人口密集居住地だからといった話がある。

・2003年の主な出演歌手、シン・スンフン、パティ・キム、ボア、テ・ジナ、チュ・ヒョンミ、イ・ソンヒなど
・2006年の主な出演歌手、シン・スンフン、イ・​​ヒョリ、テ・ジナ、イ・ウンミ、イ・ソンヒ、イ・スンギなど

ちなみに、 今年5月20日のロスアンゼルス《単独コンサート》は、同近郊のパーム スプリングスに位置した「ファンタジー・スプリングス リゾート」で、夕方7時に開かれる。

なおイ・ソンヒのプライベートだが、2006年に米国で大きな出来事(再婚)があった。では最後に、2006年ロスアンゼルスの Korean Music Festival で、イ・ソンヒが歌った「因縁(인연)」の熱唱を聞いてみよう。


(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2017年3月23日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 広大(辻芸人)の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、綱渡りなどした辻芸人(広大)の「広大歌(광대가)」に関連した曲を紹介した。(未聴のためYoutube参照した)

始めに、最高の歌い手と評された宋萬甲(ソン・マンカブ、1866年〜1939年)について次のように紹介された。
・宋萬甲は、曽祖父宋興祿(송흥록)、父宋雨龍(송우룡)に続く、朝鮮末から活動した当代最高の歌い手だった。有名な家柄に生まれ、大きな祝福と共に、一方で受け継がれた伝統を守る負担もあったろうが、それに拘束されず、多様な歌を学び、より大衆的な歌を歌った。父は、そんな息子を恥として、毒殺まで考えた。宋萬甲は、歌い手は商人と同じで、客が絹を求めたら絹を、綿を求めたら綿を出さねばならないように、人のために歌が存在するのだから、聴きたがる歌でなければならないと主張した。

▼ 「広代歌」の歌と演奏を聴く。賑やかに力いっぱい歌いまくる、今様に(⇒ Youtube

次に、今年1月に亡くなったパンソリ指導者、成昌順(ソン・チャンスン、성창순)について次のように語った。
・成昌順は、光州出身で、父成元睦(성원목)は、太鼓と歌に優れ、弟子も多くいた。そんな家柄で自然と歌を学んだ彼女は、また、母と一緒に観覧した演劇にも心奪われ、16歳のとき、内緒で劇団に入り歌い手となる。そこから、有名な指導者の下で歌と、カヤグムやコムンゴなどの演奏も学んだ。また、書道に通じて、音の意味を深く理解し、心を穏やかに保とうと努力した。80の歳になっても舞台に上がり、新しい音楽に挑戦した。

▼ 「沈淸歌」から、父の目を治すため沈淸が海に向かう「泛彼中流(범피중류)」を聴く。(⇒ 国立国楽院版

最後に、今年2月に亡くなったパンソリ指導者、朴松熙(パク・ソンヒ、박송희)について次のように語った。
・朴松熙は、いつも笑顔で小柄な、まるで母親のようなイメージの歌い手だった。1927年に生まれ、今年、数え年でちょうど90歳となる。10代から始めた歌と、70年以上一緒に歳月を過ごした。幼い頃から学んだパンソリ、歌曲、踊りなどで活動し、結婚後、田舎で農作業の生活をした時期もある。そんな中、歌が恋しくなると、ソウルでこっそり公演したこともある。夫と姑が世を去ってから、本格的に歌の活動を始めた。

▼ 善人な弟興甫と意地悪な兄ノルボの話「興甫歌」から「ツバメ路程記(제비노정기)」を聴く。(⇒ Youtube

・「興甫歌」は、ツバメが運んだふくべに、興甫には宝物が、ノルボには災害が入っていたという教訓を語る。

2017年3月22日水曜日

シン・ゴジラ

映画「シン・ゴジラ」を見てきた。封切りが去年の夏(2016年7月29日)の映画を、およそ8ヶ月後に鑑賞したことになる。関心を持ちながら、ずるずる過ごしてしまい、これ以上はまずいと自覚して、川崎の映画館へ出かけたわけ。

ようやく映画館で見る目標は達成した。それに、映画とシンクロして、座席が揺れる「MX4D」を初めて経験した。今回は、2D映像のままだったが、それでも充分楽しめた。おじさんには、うつらうつらする余裕を与えない効果がある。

物語は、あたかも幼生期のゴジラのような怪物が、東京湾から上陸したことに始まる。いったん退避したかに見えたそれは、更に強力な破壊力を進化させ再登場する。対抗する国家側官僚たちの人間模様が織り込まれる。役人の面子と互いの腹の探りあいから、国家間の駆け引きまで・・・。

話題となった、即断が必要なゴジラ対策の段取りについて、法の不備を突くような場面もあった。結局、やるっきゃないのだから。圧倒的な力を持ったゴジラに、知恵を駆使して人間が挑むことになる。
最近のCG映画の凄まじさは、まるで破壊現場を目の当たりにしたように、細部にいたるまでリアリティがある。以前のゴジラ映画のような、あうんの理解と鑑賞眼が必要ない。ただ見たままに圧倒感、恐怖感にさらされる。

私が子ども時代に見た、初めてのゴジラ映画は暗い白黒画面だった。ゴジラが夜の街を破壊するシーンは、いっそう想像力をかきたて、恐怖心を最高にした。いまだに忘れられないのは、ゴジラの全身の姿より、破壊の一瞬現れるゴジラの足だった。まるで人間に踏み潰されるアリのような無力感すらした。そう、この映画には、それがまさに再現されている。シン・ゴジラは、今回も子どもたちに一生忘れられない(映画の楽しみという)恐怖を残したことだろう。

映画館で購入したパンフレットに、見終わるまで開かぬようにと帯封がしてあった。

(最後まで引っ張っていく人がいて、はじめて作品が完成することをつくづく実感します)

(Youtubeに登録のjambo reeに感謝)

2017年3月21日火曜日

「開花宣言」

一日中雨というに、気象庁は今日、東京に「開花宣言」をした。桜の春、冷え込みが残って、なんとなくストーブを点けっぱなしでいる。それでも開花宣言と聞けば、急に気持だけ先に暖まる、不思議なものだ。
(夕方の天気予報で、東京の雨量は今年一番だそうだが・・・今日がまだ終わってないのに?)

(本ブログ関連:”開花”)

NHKニュース記事 「東京でサクラが開花 全国で最も早く」(3/21、17時47分)は、次のように報じている。(抜粋)
------------------------------------------------------
・東京・・・雨が降り気温が下がりましたが、20日までの暖かさでソメイヨシノの開花準備が急速に進み、気象庁は21日午前、全国で最も早く「東京でサクラが開花した」と発表しました。
・気象庁によりますと、・・・千代田区の靖国神社では、21日午前、気象庁の担当者がサクラの開花の目安にしているソメイヨシノに5輪の花が咲いているのを確認・・・。
・東京のサクラの開花は、去年と同じで、平年より5日早くなっています。また、全国で最も早く開花するのは平成20年以来、9年ぶりです。
今後1週間から10日程度で満開になる見込みです。
------------------------------------------------------

私は、桜の花の下にも、樹の下にも関心はない。淡いピンクの光に包まれて、満開のサクラ花を見上げたときの幸福感が忘れられない。幼い子どもたちが、そんな体験をするだろう、お花見が待ち遠しい。

(今日の「開花」映像 寒い雨が降っている中で)

(Youtubeに登録のTHE PAGE(ザ・ページ)に感謝)

ところで、4月から、二つのことに取り組む。一つは、既に始めて幾星霜、十分我が身に重いのに、もう一つとは。開花宣言なんて、運よくお花畑に行ったとして、そこで見られるか難しい、えらいことを始めてしまったようだ。

2017年3月20日月曜日

イディッシュ・ダンス・セッション

子どものころ、盆踊りの賑やかさにはしゃいだが、踊りの輪に加わったことはない。最近、小学校でもダンスの時間があって、普通に経験するようだ。

私の経験といえば、中学時代に、昼休みの校庭で行なわれた「フォークダンス」を思い出すくらい。これには参加した! 理由は簡単、男女共学の男子中学生ならいわずもがな。それ以降、踊りやダンスと縁が全くなかった。本ブログで「ダンス」について触れたとすれば、イ・ソンヒの背後に迫った、(80~90年代の美少女歌手たちによる)「ダンスブーム」のことぐらいだろう。

(本ブログ関連:”ダンス”)

とはいえ、伝統をつなぐ民俗舞踊を見るのは好きだ。だから、鑑賞の機会があれば出かけるようにしている。「春分の日」の今晩、両国駅近くにある「シアターX(カイ)」で催された、「イディッシュ・ダンス・セッション」へ行った。言葉(イディッシュ語)を知りたければ、できるだけその民族文化に接すればよいわけで、わたしなりに、見て感じることができる、その第一歩、入門にしたいと思って・・・。(イディッシュ音楽・舞踏について、全く暗い、今回初めての見聞になる)

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

イディッシュ・ダンスの学術的意義については、昨日、明治学院大学で講演があったようだ。一般向けの楽しいイベント(イディッシュ・ダンス・セッション)が、今晩行なわれたことになる。(シアターX(カイ)では、例年、同様のイベントを実施しているようだ)

ミュージシャン樋上千寿氏の司会(演奏)で、音楽ユニット「ジンタらムータ」によるイディッシュ音楽の演奏が・・・、実はそれだけでなく、客席の大半を舞台に上げて一緒にイディッシュ・ダンスを経験する面白い取り組みがされた。そこへ、イディッシュ音楽の演奏家・研究の第一人者ゼフ・フェルトマン氏も参加されて、客を踊りの輪に取り込まれた。
(フェルトマン氏は、まるでイディッシュ童話の挿絵から出てきたような大らかな方と拝見した)

(本ブログ関連:”素敵なあなた”)

イベント内容は、イディッシュ・ダンスの曲目として、「ホラ」 (「フレイラッハ」)、「コーシドル」、「ブルガール」などが演奏された。かつ、「コーシドル」はフェルトマン氏のソロで、「ホラ」と「ブルガール」はフェルトマン氏を中心に客と一緒に踊られた。腰が痛い(いつから?)のを言い訳に、後方の客席から見学させていただいた。

最後になるが、イディッシュ語研究者のご家族が参加されていた。幼いお子さんたちは舞台で一番光っていたかもしれない。語り聞かされて、きっといい思い出になることだろう。

(参考:フェルトマン氏を先頭に踊る「ブルガール」、2015年夏ワイマール)

(Youtubeに登録のyiddishsummerweimarに感謝)

(付記)
上記のイベントが始まる前、シアターX(カイ)の横にある「回向院」へ参った。寺内に、黄表紙作家の山東京伝の墓が、一族の墓を整理した場所に置かれていた。

2017年3月19日日曜日

(雑談)新幹線

鉄道オタクではない。それでも、黒煙、白煙を吐きながら牽引する漆黒の蒸気機関車は、煤煙のススの経験も懐かしく気になる存在だ。まるで生き物のように唸り走る姿を、日常で見ることはできない。書籍や映画の映像を通してしか知るしかない。私にしてみたら、機関車の車輪数で、C型だ、D型だという区別くらいしかできず、遠くから言い当てるほどじゃない。

1964年の東京オリンピックの年に開通した新幹線も、「夢の超特急」といわれながら、特に関心が深かったわけではない。むしろオリンピックへの期待の方が勝っていた。だから、鉄道に対する今様なオタクを周囲に感じたことはなかった。こんなに細分化された大勢のオタクたちはいなかったのではと思うのだが。

とはいえ、新幹線に「500系」が登場したとき、飛行機好きにマッチした先頭車両のスタイルが特別に気に入り、大阪出張の際には、わざわざ早朝の東京駅始発に乗ったものだ。最高時速300k/mを実現した車両であり、パンタグラフのデザインが自然の特性を取り入れたユニークなものだったし、そして何より今だに他を寄せつけぬ、車体の美しさ*があったからだ。

(本ブログ関連:”500系”)

(*)500系の美しさ:Youtube映像

おとなを夢中にさせた流線型の曲線美は、子どもにとっても人気があったわけで、今も玩具売り場から消えることのない車両のひとつだ。

ところで、今日、新幹線初の「0系」について講演会があったが、出かけようと思いながら、家の用事で参加できず惜しいことをした。

2017年3月18日土曜日

(雑談)ことば

イ・ソンヒの歌を、歌詞の主人公の心象を想定し、日本語風に女性表現を付したものを、教室の先生に見ていただいたところ、首をかしげられたことがある。女性の語尾表現の「~だわ」、「~のよ」、「~なの」、「~のね」などがしっくりしないという。韓国語には、男女の区別がないからだそうだ。

日本映画に韓国語字幕を付ける字幕翻訳家が新聞に紹介されていた。中央日報(日本語版)の記事、「『Love Letter』『君の名は。』など韓国でヒットした日本映画の翻訳家は誰?」(3/17)は、字幕翻訳家カン・ミンハ(강민하)とのインタビューで、次のような話を伝えている。(抜粋)
-------------------------------------------------------
・・・『君の名は。』は男女主人公の身に起きた「入れ替わり」によるハプニングが登場する。東京に住む少年の瀧の身に入れ替わった田舎少女の三葉が女性語と方言を一緒に使うことを周りの人が不思議に思う部分がある。カンさんはこのような部分を訳すことにかなり苦労したという。韓国語には日本語のように男性語・女性語がないためだ
-------------------------------------------------------

ところで、日本で活動する男性K-POP歌手が、日本語を喋るとき、なよっとした口調になることがある。音楽事務所の特訓に語学研修があるそうで、もしかしたら指導者が女性だったのではないかと思ったりする。男性語・女性語のない世界にいれば、指導者の口調に一致してしまうのは自然なことかもしれない。

昔、駐留軍のGIたちが日本語を使うとき、女性言葉を使うものがいたという。頑張って日本語で話そうとしているのだろうが、それを学んだ先が女性だった。

ちなみに先日、BBCの放送で、釜山大学ロバート・ケリー准教授が朝鮮半島の政情について報告していた画面に彼の幼子たちが意気揚々と次々乱入し、かつ慌てながらも収拾した妻の活躍ぶりが話題になった。彼の妻は韓国人である。
ハンギョレ(日本語版)によれば、彼のプロフィール紹介に、「(当り前だが!)英語以外にドイツ語、フランス語、ロシア語、ラテン語、古代ギリシャ語を駆使するという。」とある。韓国語も多分、そう(駆使する)だろう。

2017年3月17日金曜日

彼岸の入り 2017

今日は春の「彼岸の入り」。おかげさまの暖かさで、都心の最高気温は午後3時前に15.2℃になった。日なたを散歩すると、額にうっすら汗がにじむ。3月下旬並み、順調に春が近づいている。20日の「春分の日」を含む連休も、この陽気が続くようだ。

先月の今日、2月17日、都心の今年の最高気温20.6℃を記録している。ここまで暖かいものをとはいわないが、そろそろ最高気温15℃以上が欲しい。それに、最低気温を10℃以上でどうだろうか。深夜、早朝の冷え込みからそろそろ卒業したい。

ところで、「春分の日」(3/20)を中心にはさんで、その前後3日、合計一週間を「彼岸」と呼ぶ。今日は、その入り口の「彼岸の入り」だ。彼岸の言葉から、<秋>の彼岸の方が馴染みやすいかもしれないが、ブログに記したのは、なんと<春>の彼岸の入りの方が多いのだ・・・。

(本ブログ関連:”彼岸の入り”)

(付記)
今年は、イディッシュ語についても関心を深めたい・・・と思って講座に申込んだところ、参加希望者数の関係で、開講できるかどうか未確定だった。今日、通知があって、どうやら実施の運びになった。ホッと一息。

2017年3月16日木曜日

イ・ソンヒの5月、米ロスアンゼルス公演

中央日報のLA版の記事、「国民のディーバ(歌姫)イ・ソンヒ『The Great Concert』LAコンサート開催」(3/13)は、昨年9月にソウル*を起点にして、その後、全国12都市**で開催されたイ・ソンヒの「The Great Concert」を、米国ロスアンゼルス***で単独公演すると次のように記している。

(*) 昨年9月にソウルで開催した「The Great Concert」: コンサート・レポート
(**) 記事入力が3月13日となっているが、本文最後に、「The Great Concert」の国内最終日(慶山:3月4、5日)をこれからのように記しているので、記事はそれ以前に作成されたものと考えられる 。
(***)「The Great Concert」は、米ロスアンゼルスに次いで、9月に豪シドニーでも単独公演を予定している。

(本ブログ関連:”The Great Concert”)

ところで、3年前のことだが、コンサート(「歌う イ・ソンヒ」)の全国ツアーを終えたばかりの頃、スターニュース記事(2014年11月17日)は、「(イ・ソンヒの所属事務所の)フックエンターテインメント関係者は、17日のスターニュースに『全国ツアーを有する間にも、国内で公演した都市はもちろん、しなかった都市で年末コンサートなどアンコール公演を持つという提案を多数受けた』とし、『韓国を越えて、アメリカとオーストラリアなど海外でも単独コンサートをして欲しいという要望が殺到し、今も同じ』と伝えた。」と伝えている。
もしかしたら、今回の米・豪コンサートは、このような流れの中で計画、実現の運びになったのかもしれない。

------------------------------------------------------
・「J 撫でる風に..J あなた想えば..」 そのとき、ラジオから流れ出た繊細ながらも切なかったその声。清く澄んでいるが心の琴線に響く声。このような修飾語を、一度にすべて持つことができる歌手は、大韓民国でイ・ソンヒしかいない。

(参考)イ・ソンヒのデビュー曲 「Jへ(J에게)」

(Youtubeに登録のjustine kellyに感謝)

・いよいよイ・ソンヒの声をLAで来る5月20日初めて直接聞くことができるようになった。デビューから30年を過ぎたイ・ソンヒだが、既成世代(社会の中心世代)には、いまだに彼女の初デビュー舞台がずっと鮮やかなままである。奇妙なギャザースカートに、やぼったかったポグルパーマ。顔の半分を覆ってしまうサングラスまで。歌唱力同様に、彼女のファッションは大衆に新鮮な衝撃を与えた。心地よいながら切ない声で聴衆の心をひたらせてしまったイ・ソンヒは、結局、1984年のMBC「辺歌謡祭」で優勝を射止めた。

・そんな風にデビューしたイ・ソンヒは、歌謡界で新しいパラダイム(規範)を引き起こし始めた。正規(公式)アルバム*ただ一枚なくて、歌謡祭の出場曲だった「JへJ에게)」一曲で、その年の新人賞、人気歌謡賞などを含むすべての賞をさらった。保守的だった当時の放送界では、他放送会社でデビューした歌手に、その他の放送会社の活動を許諾しなかったにもかかわらず、MBC出身であるイ・ソンヒがKBSの新人賞を受賞する奇跡に近い歴史を記録した。

(*)彼女の正式アルバム第1集は、1984年のMBC「江辺歌謡祭」の翌年にリリースされた。

・のみならず、「女性歌手には男性ファンが多い」という偏見を打ち破ることで、チョー・ヨンピル(조용필)の「兄さん部隊」に次ぐ、イ・ソンヒの(女子学生だけのファンフループ)「姉さん部隊(언니부대)」を誕生させた。彼女のマスコットであった丸いメガネと、(ショート)カット・ヘヤスタイルは女子学生たちの間でとんでもない人気とともに、「イ・ソンヒ症候群(シンドローム)」を引き起こした。イ・ソンヒらしいボーイッシュな魅力で、彼女は男性ファンだけでなく、トムボーイ(Tomboy、おてんば娘)ファンたちを引き連れて全盛期を享受した。

・今とは違って、リップ・シンク(くちパク)が存在しなかったその時期、イ・ソンヒは澄んで力ある声で、多くの名曲を誕生させた。「Jへ」、「分かりたいです(알고 싶어요)」、「私いつもあなたを(나 항상 그대를)」、「秋の風(갈바람)」、「ヤング(영)」など、今聞いても全く野暮ったくない名曲は、いまも多くの愛(支持)を受けている。そのうちの1集に収録されている、はやいビートの曲である「あ! 昔よ(아 옛날이여)」を完ぺきに消化して、ジャンルがない(こだわらない)歌手であることを証明した。その他にも、シン・ジュンヒョン(신중현)の「美しい江山(아름다운 강산)」をリメークしてパワフルなボーカルを披露した。

・彼女の伝説は今なお書きつがれている。世界的な歌手たちにだけ与えられる栄光を、イ・ソンヒは、2011年、ニューヨークのカーネギーホールのメイン公演会場「アイザック・スターン オディトリアム」で享受した*。

(*)2011年2月3日夜、ニューヨークのカーネギー・ホールの全席完売している。

・イ・ソンヒは、2014年、(アルバム14集以来)5年という空白を破って、正規アルバム15集を発表した。デビュー30周年を記念するスペシャル アルバムでもって、イ・ソンヒはファンたちに「歌を聞く楽しみ」*を分かつために、5年の間、アルバムを準備したと明らかにした。そのうちの、タイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」は、曲は楽器配列(編成)を最小化して、イ・ソンヒのアピール力の濃厚な音色をそのままに再現した。

(*)2014年のコンサートタイトルは、「歌うイ・ソンヒ」だった。

・甘美なバラードから軽快でパワフルな音楽まで問題なく消化するイ・ソンヒならばこそ、ドラマと映画のO.S.Tでももれなく名をあげている。イ・ソンヒの初O.S.Tの開始点は、ドラマでも映画でもない、アニメ主題曲だった。80年代の老若男女漏れなく好きだった、国民漫画「走れハニー(달려라 하니)」の主題曲は、彼女の澄んで軽快な声で全国路地にこだました。

・2005年度に発表したイ・ソンヒの「因縁(인연)」という曲は、一千万の観客を動員した(映画)「王の男」に挿入され、多くの愛(支持)を受けた。彼女が直接作詞、作曲をした曲を以って、歌だけうまく歌う歌手ではない、シンガーソングライターの面目を見せたりもした。

・のみならず、視聴率21.0%(ニールセンコリア提供)で、盛況裡に放映を終えたSBSの水木ドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」 (イ・ミンホ、チョン・ジヒョン主演)のO.S.T 「風花(바람꽃)」を歌って各種音源チャート上位圏に進入した。ドラマと映画に出てくる主人公たちの感情を視聴者に伝達して「O.S.Tの女王」というタイトルを再度確実にした。

・最近では、芸能を通じてもファンとコミュニケートしている。(SBSの)サバイバル音楽番組「ファンタスティック・デュオ」に出演したイ・ソンヒは、一般人「朗朗18歳 イェジンお嬢さん」と共に舞台を作り上げて、5連勝を達成して名誉の卒業をした。最高の賛辞を受けたイ・ソンヒとイェジン嬢さんの(歌う)「私はいつもあなたを」、「美しい江山」と、「思い出のページをめくれば」は、いまだ番組のレジェンド舞台として残っている。

・小さい体格にもかかわらず、パワフルな歌唱力のために、「小さな巨人」というニックネームを持っているイ・ソンヒは、本人自らも彼女の声は「天がくださった贈り物」と表現した。そんな夢のようなイ・ソンヒの声を、目前で聞くことができる機会がついに来たのだ。

・イ・ソンヒは、昨年9月、ソウルを始め大邱、全州、光州、(大田 )、釜山、仁川、高陽、昌原、水原、議政府、清州など、6ヶ月を経た全国ツアーを持っており、来る3月慶北(慶尚北道)の慶山を最後に国内公演を盛況裡に終了した。全国ツアーを終えたイ・ソンヒは、デビュー32周年をむかえて、(米国)LAの公演を始め、9月には豪州シドニーのオペラハウスでも公演を繰り広げ、本格ワールドツアーを上がる予定だ。

・現在、国内ツアー中の「The Great Concert 」(を含めて)イ・ソンヒは、2006年、(2009年)、2011年、2014年の公演で、4千席余の(ソウル)「世宗文化会館」が全回売り切れる記録的な名品コンサートの記録を立てた。音楽はもちろん、ファンに最高の舞台を見せようとするティーバ(歌姫)の情熱と細心ながらもダイナミックである舞台と演出は観客の胸に長らく残るだろう。そのお目見えが、来る5月20日の夕方7時、LA近郊のパーム スプリングスに位置したファンタジー・スプリングス リゾートで開かれる

・イ・ソンヒは、「2017 The Great Concert イ・ソンヒ」 LA公演で、「分かりたいです」、「私たちは」*をはじめとして、「因縁」、「思い出のページをめくれば」、「美しい江山」などの珠玉のようなヒット曲を聞かせて、LAの米州韓人に思い出の旅行をプレゼントする予定だ。

(*)「私たちは(우리는)」(1986年)は、ソン・チャンシクの代表曲である。
------------------------------------------------------

2017年3月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 つつじの花

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「つつじの花(진달래꽃)」に関連した曲を紹介した。

始めに、詩人金素月(김소월、1902年~1934年)の「つつじの花」の詩について次のように紹介された。
・詩にさほど興味がなくても、だれもが知る作品がある。金素月の詩「つつじの花」もそうだ。韓国人が好きな詩のトップを争うこの詩を、始めから終わりまで謳える人も多い。「私が嫌いになって/去って行かれるなら/何も言わずに行かせて差し上げます」に始まり、後半を「つつじの花を//その道筋にまき散らし//自分は絶対涙など見せない」と語る、易しい表現の短詩だが心に響く。多くの作曲家が、この詩に曲を付けている。

▼ 「つつじの花」の歌を聴く。金素月の詩を、古い西の彼方の民謡のように素朴に歌う。

次に、金素月の「つつじの花」の詩を収めた、唯一の詩集「つつじの花」について次のように紹介された。
・金素月の唯一の詩集「つつじの花」に載る「つつじの花」の詩は、高麗の歌謡曲「帰乎曲(가시리)」、および「アリラン」と共に代表的な別れの歌だ。1922年発表の「つつじの花」の詩は、3年後発行の詩集で一部表現が変わる。詩中、「寧邊に薬山/つつじの花」とある「寧邊」は、北部の平安道の地名で、「薬山」は同地の山名だ。薬草が多く、体に良い水が湧くことで薬山と呼ばれる。山が険しく、「平安道で外敵を防御できるところはここしかない」という記録もある。その景色は美しく、春には赤いつつじが薬山を覆い、燃えているような壮観さという。

▼寧邊の歌「寧邊歌(영변가)」を聴く。薬山東台の美しい景色と人生の無常を・・・賑やかに歌っている。

最後に、「寧邊の薬山」の意と、金素月の詩集「つつじの花」初版本の文化財登録について次のように紹介された。
・「寧邊歌」は、1節が「寧邊の薬山」と始まるため「寧邊歌」と名付けられた。薬山のつつじの花を知る人なら、その一区切りだけで風流と別れの歌と気付くはず。それを現代風にしたのが詩人金素月だ。彼の詩集「つつじの花」は、1925年の初版が4点が現存し、文化財に登録されている。美しいだけでなく、子供たちのおやつ(花煎、화전)になる花でもある。

▼  擦弦楽器ヘグム演奏による「つつじ」を聴く。ヘグムはビオラに似て深く掴み入るよう・・・今様に。

2017年3月14日火曜日

春よ、来い

民家の庭先にそびえる「ハクモクレン」の木が、まるで蝋燭立てを飾るよう白い花を咲かせている。始めは小さかったものが、花弁を膨らませ包むようにして、次第に花先を天空に向けて咲き誇る。こうなると壮観で、毎年この時期が楽しみである。

花の固まり具合と上向き加減からハクモクレンと思っている。そこの主が、長い庭木バサミで枝を切り取っているのと出会うことがあるので、正式な樹木名を聞いてみたい気もするが、なんとなく面倒になり通り過ぎてしまう。

ネットで確認したところ、モクレン、ハクモクレン、コブシについて違いを解説しているブログがあって、自分の解釈通りハクモクレンで正解のようだ。

今日は雨模様の一日だったが、ようやく落ち着いた。それでも、明日まで気温は冷え切って、例年通りの春に成るには時間が要るようだ。先日聞いた天気予報では、3月いっぱいかかるという。三寒四温の陽射しにその気になるが春はまだ遠い。

松任谷由実作詞、作曲の歌「春よ、来い」(1994年)を聴く。おっと、沈丁花の花に始まり、ハクモクレンについてなにもないけれど、春を待つ気持ちなんだから・・・いいではないか。


(Youtubeに登録のhigh_note Music Loungeに感謝)

2017年3月13日月曜日

サンシュユ、ハナモモ

空からの鈍い明りしかない冷えびえとした公園に、われながら物好きと思いつつ散歩に出かけた。もちろん人影はまばらだった。

先月中旬に「梅まつり」を終えた梅林を訪ねてみた。閑散とした光景を想像していたが、なんと7割方の木々に紅梅、白梅を残していた。花はいかばかりと寄ってみなければ、こんな景色を知ることはなかったろう。盛りを過ぎているが、それでも梅林に入ると花の香りを一瞬感じたりした。

ところで梅林の外縁には、以前、「ロウバイ(蝋梅)」、「ミツマタ(三椏)」が咲いていたが、今回は「サンシュユ山茱萸)」、「ハナモモ(花桃)」に代わっていた。
特に、サンシュユの木の全体を、黄色の小さな塊りが覆っているのが目に付く。そう思って見回すと、あちこちに黄色の花したサンシュユの木があるのに気付いた。

地面から幹を二つに分けてスッと伸びたハナモモの木は、名前から連想する桃色とは違い、白色の花が全体を飾っていた。その落ち着いた色振りが、かえって愛らしさを増していた。今回、ハナモモの木を一つだけ目にした。サンシュユと合わせて、この時期に来なければ、今まで同様に気付かずに終わっていたかもしれない。

(本ブログ関連:”蝋梅”、”ミツマタ”、”サンシュユ”)

2017年3月12日日曜日

お水取り

この時期、気になるのが、奈良「東大寺」で3月1日から2週間行なわれる「修二会(しゅにえ)」*の中の「お水取り」の行事だ。今晩、庶民にとっては一番のクライマックスだが、関西のことゆえなかなか聞こえてこない。

(*)修二会:1250有余年の歴史を持つという。関わった僧侶たちの顔々を想像すると歴史の重みが増してくる。

「お水取り」には、庶民に春を知らせ健康安全を分ける「お松明(たいまつ)」がある。長い竹竿の先に火を灯した松明を、「童子」**が「二月堂」の(バルコニー風の)舞台を小走りしながら欄干の先で揺すって火の粉を撒く。人びとは、二月堂の下に群がり、火の粉を求める(高い舞台から落ちるので、燃えかすになっていて火傷の心配はない・・・直に浴びることもない)。

(**)童子: 童子といっても子どもではない。

これまで、「お水取り」に3度ばかり行ったことがある。1度目は仕事を早めに終わらせて新幹線で駆けつけた。2度目はそれが間に合わず、夜の奈良公園の屋台で、生姜風味の効いた甘酒を飲んだ。3度目は、無理せずツアーに参加してゆっくり楽しんだ(これは実に楽ちんだった)。

今年こそはと思いながら、間際になって気付き残念がる、そんなことを繰り返してきた。今年はだめだったが、来年はきっと行こう・・・と。来年、どうしようか。

(本ブログ関連:”お水取り”)


(Youtubeに登録の朝日新聞に感謝)