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2017年5月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 仏教的要素

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、国楽にある仏教的要素について関連した曲を紹介した。(未聴のため韓国語版解説を転記した)

始めに、パンソリに「僧侶打令(중타령)」があり、話の流れを反転させる役割について次のように紹介された。
・パンソリには「僧侶打令」があり、一つは、「沈清歌」の中で夢恩寺の化主僧が寺に帰る途中、沈清の父親(盲人)が水に落ちたのを引き上げて命を救ってくれる部分であり、もう一つは、「興甫歌」の中で貧困のために悲しみに陥った興甫夫婦に導師が現れ、家の敷地を探してくれる部分だ。
・ここで、僧侶は、話の流れを反転させる重要な役割をするが、パンソリでは、このような独特の人物が登場すると、通常は(ずれるように進める)「オンモリ(엇모리)長短」を使って注意を喚起させる。

▼ 「興甫歌」から「導師が家の敷地を探してくれる場面」。

次に、パンソリの中に、仏教の教えが自然な生活の一部だったことを示す部分について次のように紹介された。
・昔、仏教は特定の宗教というより自然な生活の一部だった。朝鮮時代、政治的には仏教を抑圧して儒教を崇めたが、儒教は民百姓が生活の中で経験する生・老・病・死の苦しみを慰撫してやるのは難しく、人々はまだ仏教とシャーマニズム(巫俗)に依拠した。
・パンソリ「沈清歌」は、谷城の観音寺の緣起說話と関連のある歌で、沈清の父親(盲人)が目を明いたとき、すべての視覚障害者(盲人)が一緒に目を明ける部分は、仏さまが悟りを得ると衆生が一緒に悟るという、仏教の教えとも符合する物語である。

▼ 「万座盲人目を明ける(만좌맹인 눈을 뜬다)」。

最後に、「念仏ドドゥリ(염불도드리)」について次のように紹介された。
・「念仏ドドゥリ」は、本来9曲の組曲で構成された「霊山会相」の7番目の曲で、「念仏」という名から見て、元来仏教音楽だったのが「霊山会相」に挿入されたものとされるが、現在、仏教音楽の痕跡は残っていない。本日の念仏ドドゥリは、現行の念仏ドドゥリに仏教音楽の意味を生かし「南無阿弥陀仏」という念仏を入れて新たに構成した音楽である。

▼ 「念仏ドドゥリ」の歌。