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2018年11月11日日曜日

魔法瓶が降りてきた:小型回収カプセル(HSRC)

地上400Kmを回っている「国際宇宙ステーション(ISS)」と、「約6トンという世界最大の補給能力」を持つ、JAXAの宇宙ステーション補給機「こうのとり 7号(HTV7)」が、9/28に接続した。約41日間の係留後、11/8に分離、本日の11/11に大気圏再突入して使命を完了した。その際、同補給から「小型回収カプセル(HSRC)」が放たれ、南鳥島周辺の太平洋上に着水し回収されたという。

(本ブログ関連:”こうのとり 7号”)

小型回収カプセルは、タイガー魔法瓶が開発した真空二重容器で、まさに魔法瓶メーカーのお手の物だ。その詳細は、産経新聞(11/11)の記事に「カプセルはISSの日本実験棟『きぼう』で作成されたタンパク質の結晶と金属酸化物の試料計約1キロを収納した。円錐(えんすい)に近い形状で直径84センチ、高さ66センチ。試料の鮮度を維持するため、内部を4度に保つ保冷剤が入っている。」と記されている。

(本ブログ関連:”タイガー魔法瓶”)

また、再突入に当っては、「今回のカプセルはエンジンを噴射して姿勢を制御しながら減速し、試料への衝撃を和らげながら降下できる。」(11/11)とのこと。

カプセルというより魔法瓶がといった方が馴染みやすいのだが、それを前面に出したニュース記事タイトルは見当たらない*。でも、開発会社がタイガー魔法瓶と聞いて以来、なんだか空から魔法瓶が降りて来る気がしてならない。

(* )追記:おっとっと、ありました !!
FNN Primeの記事「“究極の魔法瓶”地球に帰還 米ロに続く3カ国目の技術」11/11に関連の動画像が掲載されている。

2018年11月10日土曜日

石川さゆり「津軽海峡・冬景色」

「流行歌」という言葉が隠れて久しい。昔、誰もが耳にした、小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」(作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃、1972年)の歌は、子どもから年寄りまで口ずさむことができた。私たちはそれを流行歌と呼んだ。

流行歌は、レコードやテレビから繰り返し聞こえ、歌詞カードや字幕なしに親しまれた。電化製品が「家電」から「個電」へと細分化された結果、音楽も共有するものから個人のものへと変わっていった。音楽はいつの間にか、ヘッドホン(或いはイヤホン)の中で響き、足の早い消費物へと変質したようだ。

時代は、二、三十年のサイクルで大きく変遷する気がする。時代の変化は、その後に継承されることもあれば、また振り出しに戻ることもあるようだ。時代(或いは世代)を表す重要なキーワードがいつのまにか消えうせ、実は旧態のままだったりする。さいころは何度も振り返されるようだ。伝わらぬ無念さをひしひしと感じることもある。

冬に思う歌といえば、誰もが口にした(歌いたくても難しい)流行歌がある。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」(作詞:阿久悠、作曲:三木たかし、1977年)だ。北へ帰る、演歌の定番とでもいうべきものだ。そして、津軽海峡の言葉から冬景色をはずすことができないほど、彼女の抜きんでた歌唱力は、この作品を別段に乗せた。

(本ブログ関連:”石川さゆり”)

当時、次のYoutubeを見れば、粗忽なファンは彼女のイメージを追ったかもしれない。けれど、彼女はそんな騒ぎを超えて、歌本流を昇っていった。歌謡界の大きな柱を担う存在として。


(Youtubeに登録のblue birdに感謝)

2018年11月9日金曜日

大江戸三文オペラ

イディッシュ語のクラスメイトに音楽家(歌手と演奏家)がいて、今晩、表記タイトル「大江戸三文オペラ」のコンサートに出演された。都会のイベントのため、帰宅したのが深夜の24時直前。今日の日付だけでも残しておきたいと慌てて、この出だしだけ記す・・・詳細は後で。

ひとまず、11月9日のタイムスタンプが付いて一安心。

戦前戦後を通じてドイツで活躍した劇作家の歌を、日本語歌詞で表現された。いつも教室で明るく活発な方だけに、ステージから伸びやかな歌声が会場に広がる。みなは、その声に合わせて体を揺らせ聞き入った。

教室の仲間も客席にいて、コンサートの最後に一緒に、”bravo”(【yshr-koyekh】ישר־כּוח)を叫ぼうと申し合わせたけど、日本語・ドイツ語・英語などと歌が続いた後では、さすがに気が引けた。イディッシュ語で声を出す必然性がないのだから。次回の教室で叫ぼう。

2018年11月8日木曜日

Yiddish語 2018秋-6

ネットで話題になったことだが、或る作家が、昔の農民(百姓)がどんなものを食べていたかを記した内容について、学校の歴史教師が批判したという。外野から見て気になったのは、その教師が、学校が在る地元の郷土史を普段参照しているのだろうかということだ。

私の記憶では、学校の歴史授業で郷土史を語ってくれた教師はいなかった。自分たちの先祖の生活に戻って過去の一端を探れば、歴史が身近になったのではと大変惜しまれる。その上で、歴史教育家たちの作った教科書に戻って語れば、歴史が具体的になった気がするのだが。

江戸時代に開発されたこの地は、乾いた台地上にあり、小麦、野菜くらいしか作れず、水田は台地の下を流れる小川を囲むわずかな場所にしかなかったという。そんなわけで、生活は苦しく、日常の食事は雑穀が主体だった(うどんはハレの日ぐらい)。それは、明治大正期ころまで及んだという。
当然、江戸の時代に、長男以外に土地は相続されず、次男三男は家付きのまま一生独身で過ごすか、江戸の町に出るしかない。才能のある者は、運がよければどこかの農家の養子になって跡を継ぐことができた。

(本ブログ関連:”小麦”)

私たちは運がいい、そんな過去から生まれ残ったものであり、今この世界の中で驚くほど豊に暮らしている。私たちが口にする正義が、どんなに運のよいものか。

おっとと、今日のイディッシュ語の授業について記すはずだったのに・・・前段が長過ぎたようで。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

授業の前半は、慎重な女性とお気楽な男性の会話。内容を噛み砕くように、ゆっくりイディッシュ語のみのスタイルで解説いただく。せっかくのストーリー、先生の筆力でユダヤジョークらしい風味が増しているというのに・・・その面白さに、直ぐに気付けぬ残念さ。

後半は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の中から、男の子が、我がまま半分に、お母さんへ食べ物ねだりするといった内容。登場する男の子と女の子、どちらが年上なのやら、教科書のあちこちの場面で、二転三転するのが面白い。

そんなわけで、頭の中は柔軟体操になってしまい、帰りの地下鉄で転寝し放題だった。

2018年11月7日水曜日

立冬 2018

今日、カレンダーでは二十四節気の「立冬」、<冬の気配が始まる>ころという。旧暦の9月がようやく終わり、明日から10月となって「冬」が始まる。ところが新暦の現代、(日常実感する季節の)「冬」と、「立冬」が連動しない。次の【月別の季節区分】のように、12月までおあずけといった方がよい。

【月別の季節区分】
・冬 : 新暦 12月~02月、 旧暦 10月~12月
・春 : 新暦 03月~05月、 旧暦 01月~03月
・夏 : 新暦 06月~08月、 旧暦 04月~06月
・秋 : 新暦 09月~11月、 旧暦 07月~09月

(本ブログ関連:”立冬”)

今日もそう、都心の最高気温は20℃で、テレビ各局の天気予報で「暖かい一日だった」と語られた。実際、例年の立冬はさほど寒くない。去年は少し冷えたが、それ以外の年は若干おだやかであることが、goo.net 天気の「東京の過去の天気 11月7日」を見ると、20℃超えが意外に多いのが分かる

とはいえ、日向と日陰の気温の落差は激しく、日沈があっけないほど早い立冬。冬が始まったといえばそのように思える。

2018年11月6日火曜日

イ・ソンヒ 「一輪菊」

この時期(先月中旬~今月にかけて)、東京のあちこちで「菊祭り」が開かれているという。花を愛でることが主眼で、栽培者の丹精込めた菊の花が陳列されているようだ。

子どものころ、親父に連れられて「菊人形」の祭りに行った記憶がある。菊の花を観賞するというより、その名の通り(昔の百貨店の和服売り場に立っていたような)人形の顔や手足、或いは衣服だけ残し、他を小さな菊の花で覆うといったもの。無表情で遠くを見るような眼差しが気味が悪くてしょうがなかった。正直、いまだに馴染めないでいる。

そのせいか、今も菊人形のイメージが重なって、菊祭りに足が進まない。もちろん、たたずむ一輪の菊の花に、凛としたおもいを感じるのだが。

ところで、イ・ソンヒの歌に、9集収録の「一輪菊(한송이 국화)」(作詞チェ・ユジョン、作曲ヤン・ムンソン、1994年)がある。この歌の軽快さは一体どこからくるのだろう。韓国の代表的「KY(クムヨン)カラオケ」のリストにもある由し。

一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
華やかな姿なくとも  素朴な香りに染まるように
小さな花瓶の中で一輪の菊  この世の憂いを洗ってくれる
黄色い花びら差し出した顔  ささやくように愛を語るよ
一輪の野菊見やれば、貴方の姿を見るよう
華やかな姿なくとも  素朴な香りに染まるように
あ~

(本ブログ関連:”一輪菊”)


(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2018年11月5日月曜日

(雑談)タコ焼 - 続

今日も、韓国語会話教室の帰り道、路肩にポツンと立つタコ焼屋に寄って、ひとパック購入した。夜の空気は思ったほど冷え込んじゃいないけど、前回(購入)のときの反省から帰宅して電子レンジで温めた。あちっちと息を吹きかけ、冷ましながら食べる。それでも熱くて、上歯茎の裏を火傷する。

(本ブログ関連:”タコ焼屋”)

今回もマヨネーズを遠慮し、なおかつ青海苔も断った。するとタコ焼屋の主人は、ソースを塗った上に鰹節をふわりとかけたのだ。
「実は、鰹節もいらないんだけど。あれもこれもいらないというと変な客扱いされても・・・」と語ったところ、
主人に「青海苔よりも、鰹節の方が香りが強いんですけどね」といわれた。

本当は、何もない方がお気に入りで(更にいえばソースもいらない)、タコだけで十分だ。

次は、「ネギ焼」にチャレンジしたい(これは、完全に祭りの屋台の出し物)。ちなみに、生地は薄く、ネギはほどほど。ネットを探したところ、いろいろと盛り合わせしているが、あっさり、すっきりが肝要。自分で作るしかない。

2018年11月4日日曜日

映画「新しき世界」

無料で映画を見られる、動画サイト「GYAO」はありがたい。どれにするか選択する前に、趣向の合わないものを避けたくて、まずはユーザーレビュー(ネタばれしないもの)をつい参照してしまう。評判よいものに間違いはないと信じている。

そこで選んだのが、韓国映画新しき世界신세계)」(2013年)だ。日本タイトルは、わざわざ「新しき世界」と銘打っているが、原題は「新世界」。当然ながら、百貨店の名前ではではない。

ヤクザの内部抗争の兆しを嗅ぎ付けた警察幹部の一部は、ヤクザ世界を一掃しようと、「新世界プロジェクト(신세계 프로젝트)」と名付けた作戦を開始する。ヤクザ組織に潜入した警察官を、駒のように扱い、窮地に追い込むことを厭わない非情な警察上司、一方で、潜入者の正体を知りながらもなぜか許容するヤクザの「兄貴」、華僑人脈などさまざまな人間模様が描かれる。卓上に並べられたトランプカードが、次々とあっけなく裏返しされるように変転する。

韓国映画独特の殺伐とした暴力シーンもないではないが、それを前面に押し出すこともなく、微妙な人のつながりを描く。映画の柱でもある、気のいい「兄貴」と潜入者との間に通じる信頼に興味が引かれる。カードの裏になるのは誰かも分からない、先行きの読めない展開に時間を忘れて見入ってしまう。久し振りに映画を堪能した。

監督・脚本
パク・フンジョン
出演者
・イ・ジャソン(潜入者:警察官): イ・ジョンジェ
・カン・ヒョンチョル(上司:課長): チェ・ミンシク
・チョン・チョン(兄貴): ファン・ジョンミン

2018年11月3日土曜日

文化の日 2018

あまりに代表的な祝日のため、ブログの11月3日に、「文化の日」についてしっかり記したのは、わずか2回しかなかったのに驚く。なにしろ、文化の日にふさわしい「文化勲章」に触れるほどつまびらかでない・・・文化に疎い、文化的でないからといった方がよいかもしれない。

(本ブログ関連:”文化の日:20152016”)

今日、皇居で行なわれた文化勲章の親授式で、天皇陛下から勲章が授与されたのは次の方々という。(日経新聞記事(11/3)より)
・劇作家で評論家 山崎正和氏(84)
・作曲家 一柳慧氏(85)
・京大名誉教授で情報工学 長尾真氏(82)
・陶芸家 今井政之氏(87)
・東大名誉教授で租税法学 金子宏氏(87)

このなかで、山崎正和氏の「室町記」を遠い昔に読んだ記憶があるぐらいで、一柳慧氏は現代音楽家として名前だけ、他の方々は皆目存じあげない。そんな程度では、文化の日についてブログに記せるわけもない。

Googleニースのトップニュースに、文化勲章の親授式があげられてなかった。新聞大手紙のネットのindexページにも見当たらない。実際の紙面を見てないので何ともいえないが、いろいろと気になることである。

2018年11月2日金曜日

カレンダー

今朝になって、月表示のカレンダーを11月にした。日めくりカレンダーは、毎日替えているため、日ごと薄くなってゆらゆら揺れる。月表示カレンダーも、最近、新しいのに替えると、左右に揺れるようになった。年の瀬のあわただしさを予感する。

(本ブログ関連:”カレンダー”)

「平成」最後の年末、残り2ヶ月しかない。和暦は不思議なもの。昭和、平成と生きて、人生の区切りを知らされるようだ。もちろん短い元号もあったけど、次に記したように、3代生き続けるのは難しい。
明治(1868年~1911年)・・・ 44年
大正(1912年~1925年)・・・ 14年
昭和(1926年~1988年)・・・ 63年
平成(1989年~2018年)・・・ 30年

語学教室の開始ぎりぎりに着席するのがせわしくて、いつも早めに行く。昨日もそうだった。ところが腕時計を見間違えて、早く到着した。事務局の方の特別のはからいで、教室に入らせていただいた。
日頃、時間(数字)に縛られるのはいやだと言っていたはず。時計の数字に惑わせられ、カレンダーの数字に圧迫される。数字なしの生活をしてみたいと想像するが、実は家中にカレンダーがある。

カレンダーを語るたび、ニール・セダカ(Neil Sedaka, 1939年3月13日~)の「カレンダー・ガール(Calendar Girl)」(1960年)にいつも頼ってしまう。明るくはち切れんばかりのオールディーズを耳にしたい。
ところで、ニール・セダカとは、イディッシュ語を少しかじったことで旧交を温めた感じだ。彼には、イディッシュ語の歌もある。

(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)


(Youtubeに登録のAK47banditに感謝)

2018年11月1日木曜日

Yiddish語 2018秋-5

数の数え方(数詞)は、その文化を示すもの。位い取りや、更にいえば何進法を基準にするかといった微妙な違いまである。やっかいなのは、発音がリエゾンしたりすると皆目分からなくなる。今日のイディッシュ語教室は、まずは位い取りの基本について教えていただいた。

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

先週、ユダヤ人作家(小説家、詩人)、ジャーナリスト、画家といった著名人のリストが渡され、彼らの生没年とその地名、業績分野などを調べる宿題があった。この宿題、じつはみんなに大変好評だった。ネットで調べるうち、リストにあげられた人々の人生が見えてきたからだ・・・国境を軽く超えたこと・・・もちろん、それには大きな理由があったのだけど。

今日の授業は、宿題の成果をもとにして、チームを組み、各自、調べた人物紹介をロールプレイした。もちろん、あらかじめ先生からチャット例を解説いただいた上でのことだが。

教室では、別に、イディッシュ語交流のためのちょっとした作業があった。アーティストがクラスメイトにいるという幸運に恵まれて、素晴らしいものになった。

2018年10月31日水曜日

ハロウィンの夜に

今日(10/31)の「ハロウィン」の夜に、悪霊(死霊)がやって来るそうだ。日本なら、仏教行事の盆の夜、祖霊を迎え入れるのだが。キリスト教以前に起源を持つ、精神の古層に沈殿したハロウィンを、キリスト教は拭い去ることができないため、子どもたちの祭りに融合したのだろう。宗教の常套であるが。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

ふだんの生活にないものが、ときどきやってきた。大人は、旅芸人、吟遊詩人、瞽女などを迎え入れ、子どもはサーカスの一団に興奮する。サーカスやハロウィンは、SFファンタジーの巨匠レイ・ブラッドベリの舞台である。(ところで、最近の映画は、なぜかピエロが恐怖をもたらすようだが)

(本ブログ関連:”レイ・ブラッドベリ”)

何かがやってくる。そんな予感は、現実世界でも気付く。逃げ足の速い、嗅覚の鋭いひとがいる。誰よりも巧みに逃げる。ファンタジーとは違う世界の話しだが、多分、広く情報収集能力があり、行動に移せる越境のネットワークがあるのだろう。

(本ブログ関連:”逃げる”)

何かがやってくる不安は、アメ粒一つで追い返せるわけではない。だから、逃げることも重要だ。ところで、年寄りは人生で上手に逃げる。どうやってかって、それは生きている誰よりも早くあちらに逃げるのだ。(こんな軽口をたたける歳になった)

2018年10月30日火曜日

何? 温室効果ガス観測技術衛星

ネットにいろいろ情報があるけれど、素人にとって直感的に理解が難しいものがいっぱいある。

昨日(10/29)*、種子島宇宙センターから、午後1時8分にH2Aロケット40号機で打ち上げられた「温室効果ガス観測技術衛星2号『いぶき2号』(GOSAT-2)」って、一体何なのだろう。
(* 産経新聞記事「『いぶき2号』打ち上げ成功 宇宙から地球温暖化を監視」)

(本ブログ関連:”観測衛星”)

空気中の、二酸化炭素排出量を観測するという。温暖化と炭酸ガスの関係がよく語られるが、結局のところ素人には、温暖化をどのように理解(心配)すればいいのか分からない。

そもそも、温暖化は驚異なのかそうでないのか、そして現在が「間氷期」といわれ、これから気温が下がっていこうというのに、温暖化はそれを打ち負かすほど緊急の驚異なのか ・・・ タイムスケールがわからなくて、実感もないのが本音だ。

長期スパンと別に、短期的に「台風」の性質が大型・強力化しているといった驚異からなのだろうか。

2018年10月29日月曜日

(雑談)スポーツ

スポーツ競技に国境が見えることがある。サッカーの試合などで、素人(にわかファン)にも顕著に見える。自国の応援は妙に盛り上がるものだ。サッカーは、むしろそれを前提(あるいはベース)にしているのかも知れない・・・と思うことがある。

(本ブログ関連:”サッカー”)

サッカーについて経験が乏しい。あえて記憶をたどれば、中学時代、休み時間に大勢で魚の群れのようにサッカーボールを追い、運動場を右往左往したことぐらいだ。現在のサッカーがこんなに隆盛を迎えたのは、私が体験したときよりずっと後のことだ。だから、思い入れが少ないのは致し方ない。

今晩、テレビで放送の「体操・世界選手権」(ドーハで開催)を横目で見ている。体操競技について、いうも恥ずかしいが、高校時代に体操部に少し寄らせてもらって、真似ごとをした経験がある。当時、他校へ、見学に近い合同練習に参加したとき、余りのレベルの差に圧倒されたことがある。その程度の実力であった。そんな経験しかないが、テレビで体操競技を見るとき、他のスポーツと違った感覚がある。

(本ブログ関連:”体操競技”)

不思議なことに、体操競技は(もしかしたら、体操競技独特の価値観かもしれないが)、サッカーなどと比べて国境が見えないのだ。いずれの国の選手であれ、演技の美しさ・端正さ・力強さに素直に賛美を惜しまないでいる。私の場合、全く手が届かなかった世界だからかもしれないが、選手一人ひとりを見てしまう。この感覚は、体操競技だけにしかないことだけど。

2018年10月28日日曜日

(再)韓国の山

(韓国で発行の日本語版)韓国語教材に、「韓国」で一番高い山を紹介する部分があってって、地図を示さないと誤解するかもしれないので、以前触れたが改めて再掲する。

(本ブログ関連:”韓国の山”)

語学教材に、火山の「白頭山」(백두산:2,744m)を <韓国で一番高い山として> 紹介しているが、朝鮮半島全体で見た場合の話であり、実際は「中国」と「北朝鮮」の国境に存在する。

朝鮮半島南側の「韓国」全域で見れば、「済州島」の中央にそびえる火山の「漢拏山」(한라산:1,950m)が最高峰になる。

さらに、「韓国」半島部に限定すると、全羅北道、慶尚南道にまたがる花崗岩質の「智異山」(지리산:天王峯1,915m)が一番高い。(「韓国」として見れば、「漢拏山」>「智異山」>「雪岳山」の峰が有名)

「韓国」内に、2,000mを越える山はない(ちなみに日本は、3,000mを越える山が21山ある)。そのため、山歩きがポピュラーで、中高年に人気であり、そのつもりで日本の高山に挑んで遭難するケースがあった。冬山には危険が潜んでいる。
( ⇒ Google検索「韓国人 日本の山で遭難」)
また、山歩きファッションの中高年一団が、欧米旅行に出かけるといったことがあったようだ。

2018年10月27日土曜日

(独り言)ハロウィン

私用で出かけた先にある駅ビル入り口のたまり場に、「ハロウィン」衣装をした小さな子どもたちグループがいて、そのまわりを母親が取り囲み記念撮影していた。いってみれば、(若い気分を保ちたい)母親が見つけた今時なイベントかもしれない。子どもたちは、別段気にする風もなく、楽しければそれでいいとはしゃぎながらエレベーターで上階へと上がっていった。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

例年見慣れた光景だが、外来のしかもキリスト教以前に起源を持つイベントだけに、「行事」といった伝統は感じられず、根っこにつながりが乏しくて、いまだに違和感を禁じえない。若者たちの浮かれ振りを見るにつけ、昔のクリスマスに三角帽子を被って夜の街で酔い騒いでいた親父さんたちの姿とダブってしょうがない。

「ハロウィン」を「ハロウィーン」と呼ぶのが正しいと、若者がテレビで主張していた。テレビは、若者主導のイベントに追従しやすく、今後「ハロウィーン」と呼ぶようになるかもしれない。私にすれば、「ハロウィン」で押し通すつもりだけど。

ハロウィンは、本来、今月末(10/31)のイベントだが、今年は平日水曜日のため、今日・明日の土・日に、早めに街が騒がしくなるかもしれない。

若者たちがいずれ家庭を持つようになれば、いつかクリスマスのように家庭内の、あるいは地域の行事になるかもしれない。時間がかかるが、待つことも悪くない。

さて、訪問先は私より高齢のご夫妻。ハロウィンにちなんだものでなく、健康重視の蜂蜜セットにした。ハロウィンに戸惑うこのごろ。

2018年10月26日金曜日

山怪 [参]

いつも興味しんしんに読んでいる、山に住む人々に伝わる不思議な話を集めた「山怪」シリーズの第3弾がついに発行された(初版 2018.9.25)・・・今日、近くの書店を巡っていて見つけたのだが。

(本ブログ関連:”山怪”)

山岳関連の出版社「山と渓谷社」は、山の奇談について黒色の装丁をした一連の書籍を出版をしている。ユニークなことだが、それが継続しているのは、私のように山の怪異話に興味ある読者の支持があるからだろう。(特に登山に熱心とはいえない者にも受け入れられているようだ)

久し振りの「山怪 [参]」(田中康弘著)に、挨拶と待ちわびたことを伝えたい。山人の特別な話であるが、その意味を考えさせてくれる。山の自然と調和する中で育まれた(人の)共同性を母胎にした伝承だからだ。山と離れた私たちにも響く不思議さがある。時代の波に削られて、やがて消えていくかもしれないが、いずれかの形で残るだろう。

第1話「優しい狐と幻の椿」に、次のような山人の言葉がある。
「山さ入る時はかならず山神様に手を合わせて入るんだ。いつも猟さ行く時、途中さ祠(ほこら)があるんだよ、山神様のな。そこを超えたらもう山言葉しか使ってはいけねぇのさ」
「その祠から上で赤い椿の花さ見たら山下りねばなんねぇんだ。・・・」

「里言葉」と違った「山言葉」とは一体どんなものなのだろう。そして、「赤い椿の花」が、モノクロ写真のなかに唯一赤色に浮かんで見えるようだ。椿には美しさと怖さがある、五瓣の椿のように。

2018年10月25日木曜日

Yiddish語 2018秋-4

今秋期のイディッシュ語教室は、イディッシュ語だけで進める講義スタイルに一新され、正直、前回まで戸惑っていた。今回、不思議なことに少し慣れてきたような気がした。たまたま今回だけがそうだったのか、それとも一歩前進したのか・・・。
(先生がそのためいろいろと工夫されていたことを、このブログを書くとき、はたと気付くのであります)

(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)

今日も《נאָר אין ייִדיש (only in Yiddish)》、二つのダイアログを元に、クラスメイトが互いに学習「言語名」や出身「国名」をリストから適宜選んでロ-ルプレイ(対話練習)した。
① どんな外国語を学んでいますか?
② 出身はどちらの国ですか?

宿題に、イディッシュ文化に関わる小説家、画家などのリストが与えられ、それらの人物について調べるという課題が課せられたが、けっこう大変そうだ。例えば、誕生した場所(国)と没した場所(国)・・・時代によって領土や国名が、現在のものと必ずしも一致しないこともあって・・・。

新鮮な気分で一歩を進めよう。

2018年10月24日水曜日

イ・ソンヒ「(映画)『完璧な他人』を見てきました」

イ・ソンヒが、23日午後、映画「完璧な他人(완벽한 타인)」のVIP試写会で写真撮影に応じたと、中央日報掲載の日刊スポーツの記事「イ・ソンヒ『完璧な他人を見てきました』」(10/23、パク・セワン記者)は、写真と共に次のように報じている。

なお、同映画には、イ・ソンヒと同じ事務所「フックエンターテインメント」所属の俳優イ・ソジンが出演しているとのこと。

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”、”イ・ソジン”)

Link:韓国「日刊スポーツ」より
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歌手イ・ソンヒが、23日午後、ソウル松坡区新川洞のロッテ・シネマワールドタワー店で開かれた映画「完璧な他人」のVIP試写会に参加してフォトタイム*を持っている。

(*フォトタイム:韓国では「フォトウォールの前に立つ」と呼んだりする)

映画「完璧な他人」は、完璧に見えるカップルの集まりで、限られた時間中に携帯電話に来る電話、メール、カカオトークを強制的に公開しなければならないゲームのせいで起こる予期できない話を描く。来る10月31日に公開。
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ところで、「完璧(완벽)」という言葉は、日本語より語感の幅が広いようだ。例えば、「完璧に見えるカップル」なんていったら、道徳的にもしっかりしたように思われるが。「本物に見えるカップル」と置き換えられるかもしれない。映画ではどんなカップルなのだろう。

街の人混みですれ違っても、なかなか気付きにくいイ・ソンヒの普通さらしさがうかがえる、彼女らしいファッションだ。

2018年10月23日火曜日

霜降 2018

夜道の空を見上げれば、うっすらと白い雲が浮かんでいるのが見える。雲間から深い群青色の天空が覗き、雲に隠れた月齢14.0の月のせいか夜空が妙に明るい。昼の雨跡はすっかり乾いて路面に痕跡はないが、民家の塀の下にわずかに湿りが残るくらい。

今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」だが、雨曇りのおかげで<霜>も<木枯らし>も気配がない。かえって、夜になって暖まっている・・・15℃+α だが。(それ以上になるかもしれない)

(本ブログ関連:”霜降”)

このまま行けば、明早朝に最低気温になるだろう。

先々週と先週のイディッシュ語教室の板書情報をクラスメイトからいただいたのを読み直している。授業時にしっかり(?)聞いていたつもりだったのに・・・と反省しきり。