天気予報は、今日一日雪降りということだった。雨に負けたのだろうか、通り道には雪の気配がない。静かに終日氷雨が続いている。Twitterに、「降る降る詐欺」だといったジョークが賑わっているそうだ・・・なるほど、そんな気がしないでもない?。
でも、日常は何ごともなく過ぎる。この平凡であることのありがたさをつくづく思う。偶然の幸運が連鎖する日常に、感謝しなければと思うのだが。
ところで、イ・ソンヒには、自称ファンとして、女性を絶えず意識しなくてもいい気安さがある(ように思う)。街なかですれ違ったとしても、後でアッと気付くような普段さといっていいのかもしれない・・・安心感だ。だからこそ、Youtubeを見ながらも、彼女の歌に専念できる。
イ・ソンヒが「I have to say goodbye」を歌うステージ上の仕草をとらえたスクリーンショットのYoutube映像がある。瞼を伏せた物憂い女性像を選んだようで・・・おやっと気になるけれど、やがていつもの彼女らしい姿にもどってくれる。自称ファンとしては、ホッとする。以上、歌の内容とは関係なかったけれど。
(本ブログ関連:”I Have To Say Goodbye”)
「I Have To Say Goodbye」
あなたを愛したんじゃないわ、ただ酔ったのかしら
すれ違いはいやだったの、初めは本当にそうだった
電話を待ったりもしたわ、こっそり隠したときめき
あなたのその眼差しの中で、道に迷ってたわ
*
だけど、私には久しく一緒だった
人がいるって、知ってるじゃないの
私が全てである、彼をどうするの
しばらく(あなたと)一緒だった、時間を忘れて
now I have to say goodbye
互いを消さねばならなくて
うろたえさせないで
私の久しい彼を捨てられない
あなたを忘れたいの
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
2015年2月5日木曜日
2015年2月4日水曜日
立春2015
春の兆しを少しは感じながら・・・というわけにもいかぬ冬真っ最中、風の寒さを身にしみ健康体操に行く。今日は二十四節気の始まり「立春」である。季節のけじめ、少しは気合を入れたいと。
(本ブログ関連:”立春”)
だが、運動が終わると、まるで一仕事したかのように疲れる。熱心だったっからか・・・いや、この教室を頼りにして、他に何にも鍛錬していないからだ。体操の要所要所で、この運動を自宅で百回してください、なんていわれるたび床を向いてしまう。全くできの悪い受講者だと自覚している。
明日、また雪が降るという。帰り道、近所のDIYの店に寄ると、入り口に雪掻きスコップがずらりと並んでいた。さあ、やって来い雪よ、とっくに雪掻きスコップは用意済みだ。
(本ブログ関連:”立春”)
だが、運動が終わると、まるで一仕事したかのように疲れる。熱心だったっからか・・・いや、この教室を頼りにして、他に何にも鍛錬していないからだ。体操の要所要所で、この運動を自宅で百回してください、なんていわれるたび床を向いてしまう。全くできの悪い受講者だと自覚している。
明日、また雪が降るという。帰り道、近所のDIYの店に寄ると、入り口に雪掻きスコップがずらりと並んでいた。さあ、やって来い雪よ、とっくに雪掻きスコップは用意済みだ。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 広大ソリ
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第90回として、大道芸人「広大(광대≒ピエロ)」の歌「広大ソリ(광대소리)」(ソリ=声、音)、犬の辛さを歌う「犬の愚痴(개-넋두리)」、多様な楽器の自由演奏「ノルムマチ・シナウィ(노름-마치 시나위)」にまつわる話を紹介した。
(本ブログ関連:”広大”)
始めに、大道芸人「広大」の芸と、その身分について、次のように紹介された。
・伝統芸として仮面演劇・舞踏(탈춤)、綱渡り(줄타기)、パンソリなどで人々を楽しませた広大の身分は最も低かった(=賎民)。
・朝鮮時代、冬の終わり、ある仲の良い広大の夫婦がソウルを横切る漢江(한강)を渡っていた。当時、この季節の漢江は表面が凍った。夫の広大は仮面を被っていたずらし、妻はその姿を見て笑っていたところ、急に氷が割れて妻が穴に落ちた。夫は仮面を外すのも忘れ必死に助けようとしたが、妻は溺れてしまい、夫は泣き崩れた。通りがかりの人々は事情も知らず、広大の芸と思い腹を抱えて笑った。ある本に記録された心痛む話だ。
▼ 歌「広大ソリ、広大の歌」を聴く。曲の響きと異なって、存在を瑣末にすることへ、届かぬ異議申し立てのよう。
次に、朝鮮時代の広大の朴春載(박춘재、1881年~1948年)と歌「犬の愚痴」を次のように紹介された。
・人を笑わせる仕事ながら、自ら笑えないのが広大だ。朴春載は、一時、朝鮮の宮殿で王の寵愛を受けた人気ある広大だった。権力のない庶民や社会的弱者の話を演じる、広大の社会的な役割をよく知っていた。
・犬が愚痴をこぼす歌「犬の愚痴」がある。シャーマニズムを源流とする信仰「巫俗(무속)」を仕切る「巫堂(ムーダン、무당=シャーマン)」が「祭祀(クッ、굿)」を行うとき、よりによって犬の魂がムーダンの中に入ったという歌だ。
▼ 犬の辛さを歌う「犬の愚痴(개-넋두리)」を聴く。漫談のよう・・・次の(参考)を見ても笑いの要素が複雑で・・・。
(参考)大字報(壁新聞)の記事「伝統ギャグミュージカル『漫談ソリ』に耳を傾けてください」(2008年12月7日)
最後に、映画「王の男(왕의 남자)」に登場する広大について次のように解説された。
・朝鮮時代の広大は、支配階層と一般庶民の間で、ストーリーを演じる役割もした。社会の矛盾や庶民の悲しみを表すパンソリもその一例。その過程で、時には自分の命が危うくなることもあった。映画「王の男」は、朝鮮時代、王を風刺した広大が死罪に処せらる実話をもとにした作品だ。
▼ 演奏「ノルムマチ・シナウィ」を聴く。以前の放送で、ノルムマチとは、「ノルム(노름=遊び)と、マチ(마치=終える)の意が合わさり、『共に遊ぶ時間を終える人物』」と聞いた。東洋風味の今様である。
・シナウィとは、(巫俗儀礼を起源にする)一定の決まりの中で自由に演奏する音楽を指す。映画「王の男」には、多数のためなら自分の命も惜しまぬ広大が登場する。
(本ブログ関連:イ・ソンヒの「因縁(인연)」、この歌は、実際は映画「王の男」のOSTでないが関連して余りに有名)
(Youtubeに登録の권성범に感謝)
(本ブログ関連:”広大”)
始めに、大道芸人「広大」の芸と、その身分について、次のように紹介された。
・伝統芸として仮面演劇・舞踏(탈춤)、綱渡り(줄타기)、パンソリなどで人々を楽しませた広大の身分は最も低かった(=賎民)。
・朝鮮時代、冬の終わり、ある仲の良い広大の夫婦がソウルを横切る漢江(한강)を渡っていた。当時、この季節の漢江は表面が凍った。夫の広大は仮面を被っていたずらし、妻はその姿を見て笑っていたところ、急に氷が割れて妻が穴に落ちた。夫は仮面を外すのも忘れ必死に助けようとしたが、妻は溺れてしまい、夫は泣き崩れた。通りがかりの人々は事情も知らず、広大の芸と思い腹を抱えて笑った。ある本に記録された心痛む話だ。
▼ 歌「広大ソリ、広大の歌」を聴く。曲の響きと異なって、存在を瑣末にすることへ、届かぬ異議申し立てのよう。
次に、朝鮮時代の広大の朴春載(박춘재、1881年~1948年)と歌「犬の愚痴」を次のように紹介された。
・人を笑わせる仕事ながら、自ら笑えないのが広大だ。朴春載は、一時、朝鮮の宮殿で王の寵愛を受けた人気ある広大だった。権力のない庶民や社会的弱者の話を演じる、広大の社会的な役割をよく知っていた。
・犬が愚痴をこぼす歌「犬の愚痴」がある。シャーマニズムを源流とする信仰「巫俗(무속)」を仕切る「巫堂(ムーダン、무당=シャーマン)」が「祭祀(クッ、굿)」を行うとき、よりによって犬の魂がムーダンの中に入ったという歌だ。
▼ 犬の辛さを歌う「犬の愚痴(개-넋두리)」を聴く。漫談のよう・・・次の(参考)を見ても笑いの要素が複雑で・・・。
(参考)大字報(壁新聞)の記事「伝統ギャグミュージカル『漫談ソリ』に耳を傾けてください」(2008年12月7日)
最後に、映画「王の男(왕의 남자)」に登場する広大について次のように解説された。
・朝鮮時代の広大は、支配階層と一般庶民の間で、ストーリーを演じる役割もした。社会の矛盾や庶民の悲しみを表すパンソリもその一例。その過程で、時には自分の命が危うくなることもあった。映画「王の男」は、朝鮮時代、王を風刺した広大が死罪に処せらる実話をもとにした作品だ。
▼ 演奏「ノルムマチ・シナウィ」を聴く。以前の放送で、ノルムマチとは、「ノルム(노름=遊び)と、マチ(마치=終える)の意が合わさり、『共に遊ぶ時間を終える人物』」と聞いた。東洋風味の今様である。
・シナウィとは、(巫俗儀礼を起源にする)一定の決まりの中で自由に演奏する音楽を指す。映画「王の男」には、多数のためなら自分の命も惜しまぬ広大が登場する。
(本ブログ関連:イ・ソンヒの「因縁(인연)」、この歌は、実際は映画「王の男」のOSTでないが関連して余りに有名)
(Youtubeに登録の권성범に感謝)
2015年2月3日火曜日
節分 2015
今日は二十四節気の始まり「立春」の前日、「節分」である。行事として、鬼払いが行なわれるが、「追儺」を起源にしていて、「鬼」はその先導者の名残りといわれるようだ。子ども時代に記憶をたどれば、戸を開けて煎り豆を外へ撒いて「鬼は外!」、内に撒いて「福は内!」と叫んだ楽しい思い出がよみがえる。
(本ブログ関連:”節分”)
鬼は日本特有のものという。モジャモジャ頭に二本の角を生やし、睨むように大きく鋭い目をして、牙を剥き出している。容貌だけでなく、上半身裸で筋肉隆々とした体躯に虎皮の褌(ふんどし)姿は、いやがうえにも恐怖を感じさせる・・・はずだった。
けれど、昼間の絵本の世界に引っ張り出された鬼は、桃太郎に征伐されていたし、節分の時期ともなれば豆を投げれると逃げ出す存在だった。江戸の黄表紙「桃太郎後日噺」(朋誠堂喜三二)には、鬼を連れてきた桃太郎一家のどたばた劇が描かれている。鬼はいつのまにか優(やさ)男に成り果てているのが悲しい。
(本ブログ関連:”桃太郎”)
ところで、鬼はどこから生まれたのだろう。ときに考えることがある。わたしたちが人類に進化した頃、恐竜は既にいなかったにもかかわらず、滅んだはずの彼らの姿に今も深い恐怖を覚えるのはなぜか。恐竜が存在していた時代、ネズミのようにして草陰で脅えていた記憶が、遺伝子に受け継がれているのではないかと・・・。そうだとしたら、鬼への恐怖も、わたしたちの祖先がこの世界で感じたいいしれぬ異型の恐怖という、何かがあったのでないかと空想してしまう。
(本ブログ関連:”節分”)
鬼は日本特有のものという。モジャモジャ頭に二本の角を生やし、睨むように大きく鋭い目をして、牙を剥き出している。容貌だけでなく、上半身裸で筋肉隆々とした体躯に虎皮の褌(ふんどし)姿は、いやがうえにも恐怖を感じさせる・・・はずだった。
けれど、昼間の絵本の世界に引っ張り出された鬼は、桃太郎に征伐されていたし、節分の時期ともなれば豆を投げれると逃げ出す存在だった。江戸の黄表紙「桃太郎後日噺」(朋誠堂喜三二)には、鬼を連れてきた桃太郎一家のどたばた劇が描かれている。鬼はいつのまにか優(やさ)男に成り果てているのが悲しい。
(本ブログ関連:”桃太郎”)
ところで、鬼はどこから生まれたのだろう。ときに考えることがある。わたしたちが人類に進化した頃、恐竜は既にいなかったにもかかわらず、滅んだはずの彼らの姿に今も深い恐怖を覚えるのはなぜか。恐竜が存在していた時代、ネズミのようにして草陰で脅えていた記憶が、遺伝子に受け継がれているのではないかと・・・。そうだとしたら、鬼への恐怖も、わたしたちの祖先がこの世界で感じたいいしれぬ異型の恐怖という、何かがあったのでないかと空想してしまう。
2015年2月2日月曜日
狐 葛
狐について、九尾狐から葛の葉までいろいろ採集しているが、寄せ集めのことゆえ何の深化もないけれど、こんな話しがある。
(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)
「日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。
「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)
「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。
そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。
「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)
(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)
「日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。
「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)
「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。
そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。
「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)
2015年2月1日日曜日
錫高野#20
またしても1年振りの錫高野へ鉱物採集に行く。昨年は1月26日の晴れ空だったが、今年は一昨日の雪がズリ一面を覆っていた。そういえば、2011年1月23日の残雪と同じ状況だ。
年初の鉱物採集場所が、錫高野が恒例になっているのに気付く。栃木県や埼玉県の山中はまだ雪が深いだろうから、茨城県にしようと何となく決めている。
(本ブログ関連:”錫高野”)
今日も、始発電車をホーム待合室で待つことから始まった。空は暗く寒い。朝が明けたのは集合場所を出発してからのことだった。いつもお世話になるH氏の車に同乗して錫高野に近づくと、辺り一面、残雪が広がっているのに目が付く。ちょっと心配になる。
左写真のように、仏国寺山麓から斜面を越えて、錫高野へ至る林道を進む。まるで雪景色。薄く凍った雪面をズボッ、ズボッと音を立て、踏みしめながら進む。
陽射しに照らされた岩場やズリ斜面は雪が溶けているものの、少しでも陽陰になると雪は深く積もっていた。大丈夫かな・・・心配無用、H氏はどんどん先を進む。
いつもの採集場所を見ると、雪にすっぽり埋もれていた。そこで、沢筋にある地点Aに進み採集を開始した。沢を吹き降ろす風が冷たい。準備のビニール雨合羽に救われる。蒸れすぎて、ときどき換気が必要だったが。ところで、フードをかぶると音がこもって、誰かが後ろからついてくるような錯覚をする。あわてて辺りを見回したりする・・・そんなはずないのに。
次に、陽射しを正面から受ける巨大な岩場、蛍石の採れる地点Bに場所を移す。思いの他いろいろと収穫に恵まれる。そしていろいろいただきものをする。
以上、成果物を次に一覧する。
・地点A: 黄銅鉱、ブロシャン銅鉱、鉄マンガン重石
・地点B: 蛍石、孔雀石?、白雲母、鉄マンガン重石(豪華版をいただく)、硫砒鉄鉱、(自称)電気石
帰り道、乗換駅ホームにある、うどん屋で体を温める。熱いうどんに救われる。
年初の鉱物採集場所が、錫高野が恒例になっているのに気付く。栃木県や埼玉県の山中はまだ雪が深いだろうから、茨城県にしようと何となく決めている。
(本ブログ関連:”錫高野”)
今日も、始発電車をホーム待合室で待つことから始まった。空は暗く寒い。朝が明けたのは集合場所を出発してからのことだった。いつもお世話になるH氏の車に同乗して錫高野に近づくと、辺り一面、残雪が広がっているのに目が付く。ちょっと心配になる。
左写真のように、仏国寺山麓から斜面を越えて、錫高野へ至る林道を進む。まるで雪景色。薄く凍った雪面をズボッ、ズボッと音を立て、踏みしめながら進む。
陽射しに照らされた岩場やズリ斜面は雪が溶けているものの、少しでも陽陰になると雪は深く積もっていた。大丈夫かな・・・心配無用、H氏はどんどん先を進む。
いつもの採集場所を見ると、雪にすっぽり埋もれていた。そこで、沢筋にある地点Aに進み採集を開始した。沢を吹き降ろす風が冷たい。準備のビニール雨合羽に救われる。蒸れすぎて、ときどき換気が必要だったが。ところで、フードをかぶると音がこもって、誰かが後ろからついてくるような錯覚をする。あわてて辺りを見回したりする・・・そんなはずないのに。
次に、陽射しを正面から受ける巨大な岩場、蛍石の採れる地点Bに場所を移す。思いの他いろいろと収穫に恵まれる。そしていろいろいただきものをする。
以上、成果物を次に一覧する。
・地点A: 黄銅鉱、ブロシャン銅鉱、鉄マンガン重石
・地点B: 蛍石、孔雀石?、白雲母、鉄マンガン重石(豪華版をいただく)、硫砒鉄鉱、(自称)電気石
帰り道、乗換駅ホームにある、うどん屋で体を温める。熱いうどんに救われる。
2015年1月31日土曜日
イ・ソンヒの「小船」
イ・ソンヒがさまざまな試行を繰り返す中で、(伝統音楽の)国楽と(本格的に)取り組んだのが、1992年リリースした8集であった。アルバムのタイトル曲は、彼女のビッグショーを収めた次のYoutube映像で視聴できる「小船(조각배)」(作詞イ・チョルヨン、作曲キム・ヨンドン作曲)である。
(本ブログ関連:”小船(조각배)”)
彼女の、国楽との取り組みは、現在の成功とつながっている。8集の試行に対して当時さほど気付かれてはいなかったようだが、東洋的な回帰としてヒットさせた「因縁」の布石となっている・・・と考えたい。そして、彼女の音楽は東洋的展望を超えて「その中であなたに出会って」を登場させている。
韓国の音楽家には、山にこもって再生するという伝説があるが、国楽へのチャレンジもそのように見える気がする。
「小船」
怒涛の波に浮かぶ、か細い小船
わが悲しき身を乗せて、果てしなく行く女よ
春風、花風の囁(ささや)きも疎(うと)ましく
奥深い沼に空しく行くつもりか
驟雨(しゅうう)降りしきる深夜、葦(よし)の森
契(ちぎ)りなき人生行路、当てもなく行く女よ
お月様が寝覚めてニコリと笑うも疎ましく
運命に身をのせて空しく行くつもりか
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
(本ブログ関連:”小船(조각배)”)
彼女の、国楽との取り組みは、現在の成功とつながっている。8集の試行に対して当時さほど気付かれてはいなかったようだが、東洋的な回帰としてヒットさせた「因縁」の布石となっている・・・と考えたい。そして、彼女の音楽は東洋的展望を超えて「その中であなたに出会って」を登場させている。
韓国の音楽家には、山にこもって再生するという伝説があるが、国楽へのチャレンジもそのように見える気がする。
「小船」
怒涛の波に浮かぶ、か細い小船
わが悲しき身を乗せて、果てしなく行く女よ
春風、花風の囁(ささや)きも疎(うと)ましく
奥深い沼に空しく行くつもりか
驟雨(しゅうう)降りしきる深夜、葦(よし)の森
契(ちぎ)りなき人生行路、当てもなく行く女よ
お月様が寝覚めてニコリと笑うも疎ましく
運命に身をのせて空しく行くつもりか
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
2015年1月30日金曜日
雪2015
朝から、シーンとして音がない。どうやら降雪が街の音を吸い取ったようだ。それに、障子越しに庭雪が部屋の隅々まで明るく包む。雪は乱反射して影を作らない。・・・なにもかもソフトな感じがする。
雪の降る最中は暖かい。なぜかホッとする。子どもたちが浮き浮きするのも分かる気がする。・・・ここまでは、いい気分だが。
(本ブログ関連:”雪”)
次第に降り積もる雪が気になってくる。屋根からドサッと落ちるまではないけれど、通り道の積もり具合をそっと覗く。さほどでもない、一安心。夕方までに雪はすっかり止んだ。
夜分、雪がとけで始めて気付く。やっぱり寒い。これで冬が終わってくれればいいのに。何度もいうけど、冬は苦手だ!
雪の降る最中は暖かい。なぜかホッとする。子どもたちが浮き浮きするのも分かる気がする。・・・ここまでは、いい気分だが。
(本ブログ関連:”雪”)
次第に降り積もる雪が気になってくる。屋根からドサッと落ちるまではないけれど、通り道の積もり具合をそっと覗く。さほどでもない、一安心。夕方までに雪はすっかり止んだ。
夜分、雪がとけで始めて気付く。やっぱり寒い。これで冬が終わってくれればいいのに。何度もいうけど、冬は苦手だ!
2015年1月29日木曜日
(資料)韓国の宗教人口
韓国の宗教人口について、1984年~2014年の間、韓国ギャラップが5回の調査を基にした「韓国人の宗教1984-2014(1)宗教の実態」報告(1/28)を、クリスチャン・トゥデイの記事「無宗教の人たちの選好する宗教、仏教・キリスト教(カトリック)・キリスト教(プロスタント)の順」(1/28、イ・デウン記者)は、次のように要約している。(抜粋)
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
--------------------------------------------------
韓国ギャラップ、30年間の変化の実態を発表・・・儀礼などの参加度はキリスト教が最も高く
・韓国ギャラップで、1984年から2014年までの30年間、韓国人の宗教と宗教意識の変化を比較した「韓国人の宗教の実態」調査結果を28日発表した。
・韓国ギャラップは、①1984年に初めて全国民を対象とした宗教関連の調査を開始した後、②1989年、③1997年、④2004年、⑤2014年の比較調査をそれぞれ実施した。2014年の調査では、4月17日から5月2日まで済州を除く全国満19歳以上の男女1500人を対象に実施された(信頼水準95%)。
・2014年現在、宗教分布は、仏教22%、キリスト教(プロテスタント)21%、キリスト教(カトリック)7%の順だった。ギャラップ側は、「仏教は、高齢者と我が国東側(慶南・北)で、プロテスタントは若年層と我が国西側(首都圏·全羅)で、相対的に強みを見せた」と明らかにした。調査結果だけで見れば、知られているものとは異なり、カトリックの教勢は大きく増えなかった。
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
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韓国ギャラップ、30年間の変化の実態を発表・・・儀礼などの参加度はキリスト教が最も高く
・韓国ギャラップで、1984年から2014年までの30年間、韓国人の宗教と宗教意識の変化を比較した「韓国人の宗教の実態」調査結果を28日発表した。
・韓国ギャラップは、①1984年に初めて全国民を対象とした宗教関連の調査を開始した後、②1989年、③1997年、④2004年、⑤2014年の比較調査をそれぞれ実施した。2014年の調査では、4月17日から5月2日まで済州を除く全国満19歳以上の男女1500人を対象に実施された(信頼水準95%)。
・2014年現在、宗教分布は、仏教22%、キリスト教(プロテスタント)21%、キリスト教(カトリック)7%の順だった。ギャラップ側は、「仏教は、高齢者と我が国東側(慶南・北)で、プロテスタントは若年層と我が国西側(首都圏·全羅)で、相対的に強みを見せた」と明らかにした。調査結果だけで見れば、知られているものとは異なり、カトリックの教勢は大きく増えなかった。
--------------------------------------------------
| 調査 | 事例数 | 韓国の宗教人口分布(%) | ||||||
| (年) | (人) | 仏教 | プロテスタント | カトリック | その他宗教 | 非宗教者 | ||
| 1984 | 1,946 |
19
|
17
|
6
|
3
|
56
|
||
| 1989 | 1,990 |
21
|
19
|
7
|
2
|
51
|
||
| 1997 | 1,613 |
18
|
20
|
7
|
1
|
53
|
||
| 2004 | 1,500 |
24
|
21
|
7
|
1
|
47
|
||
| 2014 | 1,500 |
22
|
21
|
7
|
0
|
50
|
||
【第5回 比較調査概要】
(注)仏教について、曹渓宗(조계종)、太古宗(태고종)などの宗派に分かれる。
⇒ ”妻帯僧”
⇒ 東京大学仏教青年会「第16回 朝鮮仏教史 5. 韓日併合期と独立後の仏教」
------------------------------------------
・明治時代に入ると日本仏教勢力が朝鮮に進出してきます。最初に江戸時代の朝鮮通信使とも繋がりのあった浄土真宗大谷派が、続いて日蓮宗、浄土真宗本願寺派、浄土宗と進出してきました。 そのような日本仏教の進出を受け、朝鮮仏教界も大きく動きます。日本を訪れ積極的に開化政策を進めようとする僧侶が出る一方で、それに反対し伝統仏教を回復しようとする鏡虚(きょんほ)らのグループも現れました。 日本が韓国を併合すると、朝鮮総督府が直接、朝鮮仏教の統率に乗り出し、寺刹令(じさつれい)を制定しました。 ・・・
・第二次世界大戦が終わり、日本から独立した韓国の仏教は、日本仏教の支配と影響を廃して、復興に向かいました。その第一歩として妻帯僧を追放し寺院の生活を正す浄化運動が起きます。 日本では明治時代に入って僧侶の妻帯が認められたこともあり、その支配下にあったときには妻帯する僧侶が韓国でも現れました。 それに対して戒律の遵守を求め妻帯を禁止する僧侶らと妻帯僧の間で紛争が起きました。その結果、曹渓宗から妻帯僧らが分派して太古宗が生まれました。 その他にも、新たに円仏教、真覚宗、元暁宗、法華宗、仏入宗といった宗派が誕生し、今に至っています。
------------------------------------------
(注)シャーマニズム的な巫俗(ふぞく:무속)は、宗教としてでなく精神の源泉として下部構造に位置づけられるようだ。
(注)儒教も宗教としてでなく、儒教>宗教>巫俗といった精神構造の道徳律的な最上位に位置づけられるようだ。
- 調査期間: 2014年4月17日~5月2日(3週間)
- 調査対象: 全国(済州除く)満19歳以上の男女1500人
- 標本誤差: ± 2.5%ポイント(95%の信頼水準)
- 標本抽出: ステップ2層別化集落地域無作為抽出
- 標本ポイント内の性/年齢別の割り当て抽出 →(参考)「韓国ギャラップ・オムニバス調査標本設計報告書」
- 応答方式: 面接調査員のインタビュー
- 依頼先: 韓国ギャラップ独自の調査過去の調査の概要
- 調査対象: 全国(済州除く)は、18歳以上の男女
調査期間/サンプルサイズ/標本誤差(95%の信頼水準)/すべての面接調査、韓国ギャラップ独自の調査
(注)仏教について、曹渓宗(조계종)、太古宗(태고종)などの宗派に分かれる。
⇒ ”妻帯僧”
⇒ 東京大学仏教青年会「第16回 朝鮮仏教史 5. 韓日併合期と独立後の仏教」
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・明治時代に入ると日本仏教勢力が朝鮮に進出してきます。最初に江戸時代の朝鮮通信使とも繋がりのあった浄土真宗大谷派が、続いて日蓮宗、浄土真宗本願寺派、浄土宗と進出してきました。 そのような日本仏教の進出を受け、朝鮮仏教界も大きく動きます。日本を訪れ積極的に開化政策を進めようとする僧侶が出る一方で、それに反対し伝統仏教を回復しようとする鏡虚(きょんほ)らのグループも現れました。 日本が韓国を併合すると、朝鮮総督府が直接、朝鮮仏教の統率に乗り出し、寺刹令(じさつれい)を制定しました。 ・・・
・第二次世界大戦が終わり、日本から独立した韓国の仏教は、日本仏教の支配と影響を廃して、復興に向かいました。その第一歩として妻帯僧を追放し寺院の生活を正す浄化運動が起きます。 日本では明治時代に入って僧侶の妻帯が認められたこともあり、その支配下にあったときには妻帯する僧侶が韓国でも現れました。 それに対して戒律の遵守を求め妻帯を禁止する僧侶らと妻帯僧の間で紛争が起きました。その結果、曹渓宗から妻帯僧らが分派して太古宗が生まれました。 その他にも、新たに円仏教、真覚宗、元暁宗、法華宗、仏入宗といった宗派が誕生し、今に至っています。
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(注)シャーマニズム的な巫俗(ふぞく:무속)は、宗教としてでなく精神の源泉として下部構造に位置づけられるようだ。
(注)儒教も宗教としてでなく、儒教>宗教>巫俗といった精神構造の道徳律的な最上位に位置づけられるようだ。
2015年1月28日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 思い出
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第89回として、「傷ついた心を癒す切ないメロディー」の短歌(단가)「思い出(追憶、추억)」、雑歌(잡가)「フンタリョン(흥타령)」(南道民謡)、パンソリ「興甫歌(흥보가)」にまつわる話を紹介した。
始めに、林芳蔚(임방울、1904,5?年~1961年)の「思い出」の成立について次のように紹介された。
・歌い手、林芳蔚は、パンソリ「春香歌(춘향가)」から、獄中の春香の姿を「スクテモリ(쑥대머리)」の歌で表して一躍スターとなり、(朝鮮、日本、満州で)100万枚のレコードを売上げる。
・林芳蔚は、珊瑚珠(산호주)と恋に落ちて、2年間行方が分からなくなる。その間、彼は声を痛めて、愛する彼女を残して一人去る。彼女は彼を探して(智異山?)山中の洞窟にたどり着くが、会ってもらえず、結局、病気になってこの世を去る。彼は、そんな彼女を抱えて泣きながら歌ったのが「思い出」として伝わる曲だ。
▼ 短歌「思い出」を聴く。パンソリ風、即興曲・・・ところで山にこもって研鑽というのは、男の歌い手に共通する伝説だろうか。
(参考:ブログ「キム·ミョンゴンの世界の話」)
次に、朝鮮時代末活躍した宋興祿(송흥록、1801年~1863年)を次のように紹介された。
・歌の王と言われるほどの歌い手、宋興祿は、ある宴会で妓生の孟烈(맹렬)と恋に落ちた。彼の歌に皆が感動する中、彼女だけ気に入らぬ表情をしていた。歌は悪くないが、まだ未熟な面があるといわれ、プライドが傷ついた彼は帰郷して、歌の練習に励んだ。後日、再び彼の歌を聞いた彼女は、ようやく彼の歌を認めた。その後二人は一緒に住むことになる。ある日、喧嘩の末、彼女が家を出ようとしたのを、彼は、体は去っても心を残してくれと歌った。民謡「興打令(흥타령)」の中に今も伝わっている。
▼ 南道民謡「興打令」を聴く。歌い手(安淑善)の伸びやかな声ときれのあるリズム、イ・ソンヒの源流を見た気がする。
最後に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」にある人々の共感性について次のように説明された。
・昔の歌は生活の喜びや悲しみも表現するからこそ、深く共感できる。パンソリ「興甫歌」に、興甫(흥보)が鞭打ち刑を受ける場面がある。昔、罪ある者に鞭打ち刑を科したが、金持ちや権力者は罪を犯して鞭打ち刑を科せられても、金で人を雇うことができた。貧しい彼は、子どもたちのため、自ら鞭打ち刑を受ける。貧しい時代にそういうこともあった。パンソリには、彼らの心を察して歌い、悲しい歌に合わせて泣いたり笑ったりする中で、互いを理解しあえる力がある。
▼ パンソリ「興甫歌」から「興甫が鞭打ちに科せられる場面(흥보 매품 팔러 가는데)」を聴く。・・・切ない話しのよう。
始めに、林芳蔚(임방울、1904,5?年~1961年)の「思い出」の成立について次のように紹介された。
・歌い手、林芳蔚は、パンソリ「春香歌(춘향가)」から、獄中の春香の姿を「スクテモリ(쑥대머리)」の歌で表して一躍スターとなり、(朝鮮、日本、満州で)100万枚のレコードを売上げる。
・林芳蔚は、珊瑚珠(산호주)と恋に落ちて、2年間行方が分からなくなる。その間、彼は声を痛めて、愛する彼女を残して一人去る。彼女は彼を探して(智異山?)山中の洞窟にたどり着くが、会ってもらえず、結局、病気になってこの世を去る。彼は、そんな彼女を抱えて泣きながら歌ったのが「思い出」として伝わる曲だ。
▼ 短歌「思い出」を聴く。パンソリ風、即興曲・・・ところで山にこもって研鑽というのは、男の歌い手に共通する伝説だろうか。
(参考:ブログ「キム·ミョンゴンの世界の話」)
次に、朝鮮時代末活躍した宋興祿(송흥록、1801年~1863年)を次のように紹介された。
・歌の王と言われるほどの歌い手、宋興祿は、ある宴会で妓生の孟烈(맹렬)と恋に落ちた。彼の歌に皆が感動する中、彼女だけ気に入らぬ表情をしていた。歌は悪くないが、まだ未熟な面があるといわれ、プライドが傷ついた彼は帰郷して、歌の練習に励んだ。後日、再び彼の歌を聞いた彼女は、ようやく彼の歌を認めた。その後二人は一緒に住むことになる。ある日、喧嘩の末、彼女が家を出ようとしたのを、彼は、体は去っても心を残してくれと歌った。民謡「興打令(흥타령)」の中に今も伝わっている。
▼ 南道民謡「興打令」を聴く。歌い手(安淑善)の伸びやかな声ときれのあるリズム、イ・ソンヒの源流を見た気がする。
最後に、パンソリ「興甫歌(흥보가)」にある人々の共感性について次のように説明された。
・昔の歌は生活の喜びや悲しみも表現するからこそ、深く共感できる。パンソリ「興甫歌」に、興甫(흥보)が鞭打ち刑を受ける場面がある。昔、罪ある者に鞭打ち刑を科したが、金持ちや権力者は罪を犯して鞭打ち刑を科せられても、金で人を雇うことができた。貧しい彼は、子どもたちのため、自ら鞭打ち刑を受ける。貧しい時代にそういうこともあった。パンソリには、彼らの心を察して歌い、悲しい歌に合わせて泣いたり笑ったりする中で、互いを理解しあえる力がある。
▼ パンソリ「興甫歌」から「興甫が鞭打ちに科せられる場面(흥보 매품 팔러 가는데)」を聴く。・・・切ない話しのよう。
2015年1月27日火曜日
15.8℃(4月上旬並み)
今日、近隣の街の気温が、午後1時過ぎには、15.8℃という今年最高になり、4上旬並みの陽気だった。こんな穏やかな天気がずっと続けばよいが、明日からまた元の冬に戻るという。
(気象庁)本日の「日最高気温一覧表」・・・日毎更新
ホッとしたのも束の間、天気予報の通り、晩には北風が吹く音がして冷え込んできた。考えてみれば、こんなことは序の口、例年大雪は2月になってから。まだまだ油断できない。
旧暦では、まだ12月8日、年も越していない。
(気象庁)本日の「日最高気温一覧表」・・・日毎更新
ホッとしたのも束の間、天気予報の通り、晩には北風が吹く音がして冷え込んできた。考えてみれば、こんなことは序の口、例年大雪は2月になってから。まだまだ油断できない。
旧暦では、まだ12月8日、年も越していない。
2015年1月26日月曜日
イ・ソンヒの「Waterloo+Dancing Queen」(ABBA)
イ・ソンヒが、多分、2004年に20周年コンサートを世宗文化会館で公演したときと思われる映像があって、7080世代に人気のあった、ABBAの「恋のウォータールー(Waterloo)」と「ダンシング・クィーン(Dancing Queen)」をダンスチームを従えて歌い踊る珍しい姿をYoutubeで見ることができる。
(本ブログ関連:”2013:7080世代が最も好きな曲”)
80年代末~90年代のダンスブームの頃、イ・ソンヒは、ABBAの「Waterloo」(1974年)や「Dancing Queen」(1976年)を手がけただろうか。20周年コンサートの舞台では、ダンサーの振り付けや衣装をちょっと古めかしている。コンサートの年、彼女は40歳になろうとしていたが、初めて耳にした小学生当時に戻ったような溌剌としている。
ところで、日本でABBAがブームになった頃、私はその波に乗って楽しんだ記憶がない。なにしろ、南沙織や太田裕美の方に目と耳が向いていたような気がする。
(Youtubeに登録のToko5766に感謝)
(本ブログ関連:”2013:7080世代が最も好きな曲”)
80年代末~90年代のダンスブームの頃、イ・ソンヒは、ABBAの「Waterloo」(1974年)や「Dancing Queen」(1976年)を手がけただろうか。20周年コンサートの舞台では、ダンサーの振り付けや衣装をちょっと古めかしている。コンサートの年、彼女は40歳になろうとしていたが、初めて耳にした小学生当時に戻ったような溌剌としている。
ところで、日本でABBAがブームになった頃、私はその波に乗って楽しんだ記憶がない。なにしろ、南沙織や太田裕美の方に目と耳が向いていたような気がする。
(Youtubeに登録のToko5766に感謝)
2015年1月25日日曜日
イ・ソンヒの「姉さん部隊」
イ・ソンヒにはデビュー当時、女学生(中高生)を主軸にした熱烈なファン層が登場した。「姉さん部隊(언니부대)」という。彼女たちから見ればイ・ソンヒは「お姉さん(언니)」に当たる。そのファン集団・集まり(グループ)を「部隊(부대)」と呼んだ。
(本ブログ関連:”姉さん部隊”)
SBSスポーツの記事「ヒーリング(キャンプ)、イ・ソンヒ『姉さん部隊』のために先輩女性歌手に怒られて」(2014年4月7日)によれば、この「姉さん部隊」という存在について、実はイ・ソンヒが初めて率いたと次のように記している。
---------------------------------------
・イ・ソンヒは、大韓民国最初の「姉さん部隊」創始者であり、数多くの女性ファンを保有していた。コンサートの列が全部女子学生なので、チョー・ヨンピルのコンサートと勘違いするほどであった。
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当時の「姉さん部隊」層の中心を満年齢で15歳とすれば、現在45±4、5歳になっているのでは。ちなみに、イ・ソンヒは現在、満年齢で50歳である。
この「部隊」という表現、今ではちょっと古いようだ。では、最近のアイドルグループのファン層を何と呼んでいるのだろうか。複数メンバーで構成されるグループを対象にした場合、ファンは何を拠り所に集まるのだろうか。
私には、この「部隊」から、「プデチゲ(部隊鍋)」のイメージが浮かんでしようがない・・・。
(本ブログ関連:”姉さん部隊”)
SBSスポーツの記事「ヒーリング(キャンプ)、イ・ソンヒ『姉さん部隊』のために先輩女性歌手に怒られて」(2014年4月7日)によれば、この「姉さん部隊」という存在について、実はイ・ソンヒが初めて率いたと次のように記している。
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・イ・ソンヒは、大韓民国最初の「姉さん部隊」創始者であり、数多くの女性ファンを保有していた。コンサートの列が全部女子学生なので、チョー・ヨンピルのコンサートと勘違いするほどであった。
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当時の「姉さん部隊」層の中心を満年齢で15歳とすれば、現在45±4、5歳になっているのでは。ちなみに、イ・ソンヒは現在、満年齢で50歳である。
この「部隊」という表現、今ではちょっと古いようだ。では、最近のアイドルグループのファン層を何と呼んでいるのだろうか。複数メンバーで構成されるグループを対象にした場合、ファンは何を拠り所に集まるのだろうか。
私には、この「部隊」から、「プデチゲ(部隊鍋)」のイメージが浮かんでしようがない・・・。
2015年1月24日土曜日
豆、恵方巻、チョコレート
図書館の帰り道、スーパーがあって、入り口に季節に応じた食べ物が陳列されている。来月4日「立春」(節分)の前日に撒く、煎り豆の入った菓子袋がずらり並んでいると思ったら、今度はコンビニ店頭に、のぼり旗が立って、節分に食べる「恵方巻」の予約をうながしている。
節分の時期を、豆や恵方巻の商品で代替して知るような気がして妙な感じだ。ファッションに先取りという価値があるように、食べ物までもが先取り情報を持つている。年末から、予約、予約とせきたてられている気がしてならない。
とうとう、チョコレートまで加わった。テレビで、チョコレートフェアの催事と外国ブランドの高級チョコが押し寄せてきていることを放送していた。美味そうだな・・・と見ていたが、考えてみれば、2月14日の「バレンタインデー」に合わせてのことではないか。
いささか早過ぎないかと思うけれど、事(ビジネス)はどんどん運ぶ。スーパーに隣り合う商業ビル内も改装という名の店舗の入れ替えが進んでいる。何ごとも絶えず入れ変わっている。
季節は天候の変化よりも、ビジネスのカレンダーで早まる。1月なのに、もう2月だ。
節分の時期を、豆や恵方巻の商品で代替して知るような気がして妙な感じだ。ファッションに先取りという価値があるように、食べ物までもが先取り情報を持つている。年末から、予約、予約とせきたてられている気がしてならない。
とうとう、チョコレートまで加わった。テレビで、チョコレートフェアの催事と外国ブランドの高級チョコが押し寄せてきていることを放送していた。美味そうだな・・・と見ていたが、考えてみれば、2月14日の「バレンタインデー」に合わせてのことではないか。
いささか早過ぎないかと思うけれど、事(ビジネス)はどんどん運ぶ。スーパーに隣り合う商業ビル内も改装という名の店舗の入れ替えが進んでいる。何ごとも絶えず入れ変わっている。
季節は天候の変化よりも、ビジネスのカレンダーで早まる。1月なのに、もう2月だ。
2015年1月23日金曜日
石を愛でる人
昔、大学受験生は、それぞれの大学独自の試験を受けた。それが、受験資格試験に相当するような「共通1次試験(大学共通第1次学力試験)」が加わって、今は「大学入試センター試験」と呼ぶそうだが・・・その仕組みがさっぱりわからない。
大量受験者を採点するのに、マーク式(OMR)が使われているが、記述式(OCR)の方は(技術的にも難度が高く)一般化しなかったようだ。マーク式の場合、選択肢式となるわけで、いろいろ批判があったようだけど(つまり正解が露出している)、やがて慣れたからか信頼性が高いからか、今は当り前になっている。
今年のセンター試験の「国語」(第2問)に、小池昌代の小説「石を愛でる人」全文から出題されているというので読んでみた。(問題の解答をチャレンジしたわけではない)
内容は、「水石」の愛好家(アイセキカ)であるテレビのプロデューサーらしき人物(山形さん)と主人公(わたし)のちょっとした付き合いが語られている。随筆、散文、スケッチといった筆致だ。仕事上の付き合いがきっかけで、水石の展示会への案内(呼び出し)、鑑賞後の居酒屋への誘いなどと話しが続く。
展示アトリエの入り口に置かれたパンフレット「水石の魅力」に次のように書かれている。
「水石は、趣味のなかでも、もっとも深淵で奥の深いものだといわれています。盆栽などとあわせて鑑賞されることも多いのです。/庭石のような大きなものでなく、片手で持てるような小さな鑑賞石をいいます。あなたも、水石の世界に、どうぞひととき、お遊びください」
水石鑑賞には、入れ子のような視点があって、小さな石の形状に巨大な山姿を空想する。石の隙間から雲が湧き出るといった幻想の世界へと誘うようだ。本当の水石好きの方には独自の世界観があるのだろうけれど、私には小さな石の奥、水が滲む先に桃源郷があるように幻視する。
(本ブログ関連:”石”)
大量受験者を採点するのに、マーク式(OMR)が使われているが、記述式(OCR)の方は(技術的にも難度が高く)一般化しなかったようだ。マーク式の場合、選択肢式となるわけで、いろいろ批判があったようだけど(つまり正解が露出している)、やがて慣れたからか信頼性が高いからか、今は当り前になっている。
今年のセンター試験の「国語」(第2問)に、小池昌代の小説「石を愛でる人」全文から出題されているというので読んでみた。(問題の解答をチャレンジしたわけではない)
内容は、「水石」の愛好家(アイセキカ)であるテレビのプロデューサーらしき人物(山形さん)と主人公(わたし)のちょっとした付き合いが語られている。随筆、散文、スケッチといった筆致だ。仕事上の付き合いがきっかけで、水石の展示会への案内(呼び出し)、鑑賞後の居酒屋への誘いなどと話しが続く。
展示アトリエの入り口に置かれたパンフレット「水石の魅力」に次のように書かれている。
「水石は、趣味のなかでも、もっとも深淵で奥の深いものだといわれています。盆栽などとあわせて鑑賞されることも多いのです。/庭石のような大きなものでなく、片手で持てるような小さな鑑賞石をいいます。あなたも、水石の世界に、どうぞひととき、お遊びください」
水石鑑賞には、入れ子のような視点があって、小さな石の形状に巨大な山姿を空想する。石の隙間から雲が湧き出るといった幻想の世界へと誘うようだ。本当の水石好きの方には独自の世界観があるのだろうけれど、私には小さな石の奥、水が滲む先に桃源郷があるように幻視する。
(本ブログ関連:”石”)
2015年1月22日木曜日
イ・ソンヒ「30th Anniversary Lee SunHee Live」、「1集-Remastered」
昨夕、待望のイ・ソンヒのアルバム「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」と「1集(REMASTERING ALBUM)」が入荷したとCDショップから電話があった。けれど、寒雨を撥ね退けて出かけるのに躊躇して、「明日行きますから」と答えた・・・。
今日も雨は止まずおまけに寒い。それでもファン心理というのか押されるように新大久保に行き、ショップの2階でイ・ソンヒアルバム2つを受け取る。この時点でお天道様への不満を忘れ、早く聞きたいという気持ちにせかされる。
「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」は、しっかりした外箱入りのハードカバー書籍のような装丁で、白色を基調にした上品な仕上がりだ。ライブ版にふさわしく、コンサート会場の雰囲気を思い出させる「Overture」から始まる。舞台背景まで浮かんでくるような荘重な臨場感があってうれしい。歌詞集に掲載の彼女の写真は、30周年記念に相応しい気品と風格を感じさせる。
それにしても、韓国発売が昨年12月22日だったので、1ヶ月してようやく手元に届いたことになる。
(本ブログ関連:”30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE”)
「1集(REMASTERING ALBUM)」は、いわゆるプラスチックケースではなく、厚手の紙箱に入っている。ふっくらした、まさに童顔そのものの若きイ・ソンヒの姿がケースを飾っている。「あ!昔よ」に始まる・・・高音がびしびし飛んでくるよう、元気いっぱいさだ。
先日記載した、大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソによる、このリマスター版についての「アルバム紹介」が、歌詞集の最初に載っている。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”)
CD版は、LP版と違って手元に馴染むのがありがたい。
子どもは、おいしいおかずを後回しにする。今回、2つのアルバムを一気に聞いてしまうのが惜しくて、ゆっくり聴いていこうと思う。それもファン心理というものかな。
今日も雨は止まずおまけに寒い。それでもファン心理というのか押されるように新大久保に行き、ショップの2階でイ・ソンヒアルバム2つを受け取る。この時点でお天道様への不満を忘れ、早く聞きたいという気持ちにせかされる。
「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」は、しっかりした外箱入りのハードカバー書籍のような装丁で、白色を基調にした上品な仕上がりだ。ライブ版にふさわしく、コンサート会場の雰囲気を思い出させる「Overture」から始まる。舞台背景まで浮かんでくるような荘重な臨場感があってうれしい。歌詞集に掲載の彼女の写真は、30周年記念に相応しい気品と風格を感じさせる。
それにしても、韓国発売が昨年12月22日だったので、1ヶ月してようやく手元に届いたことになる。
(本ブログ関連:”30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE”)
「1集(REMASTERING ALBUM)」は、いわゆるプラスチックケースではなく、厚手の紙箱に入っている。ふっくらした、まさに童顔そのものの若きイ・ソンヒの姿がケースを飾っている。「あ!昔よ」に始まる・・・高音がびしびし飛んでくるよう、元気いっぱいさだ。
先日記載した、大衆音楽評論家・ジャーナリストのパク・ソンソによる、このリマスター版についての「アルバム紹介」が、歌詞集の最初に載っている。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒ「1集(REMASTERING ALBUM)」の紹介”)
CD版は、LP版と違って手元に馴染むのがありがたい。
子どもは、おいしいおかずを後回しにする。今回、2つのアルバムを一気に聞いてしまうのが惜しくて、ゆっくり聴いていこうと思う。それもファン心理というものかな。
2015年1月21日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 梅花歌
年初のKBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第88回として、齢を重ねることを梅の花に例えた歌「梅花歌(매화가)」他にまつわる話を紹介した。
始めに、儒学者、退渓李滉(이황、1501年~1570年)が梅の花を好んだ話しを、次のように紹介された。
・冬の寒さが続く。昔、冬至が過ぎると既に春が始まったとされた。冬至を境に昼が長くなるからだ。学者(ソンビ、선비)は、この頃、ある花を待ち望んだ。「四君子(사군자)」すなわち「蘭菊竹梅(란국죽매)」の一つ、梅の花だ。気品に満ちて風格あることから、4種の植物を君子と称えた。朝鮮時代を代表する儒学者の退渓李滉は、梅花を大事にして、亡くなる最後の遺言が「あの梅の花に水をやってくれ」だった。
・梅の花の歌「梅花歌」は、歳をとることを嘆きながら、梅の花に例えて歌ったもの。
▼ 歌「梅花歌(매화가)」を聴く。自然の輪廻を高らかに歌っているようにも。(参考:Youtube映像、歌詞解説あり)
次に、約100年前の朝鮮後期に作られた独奏曲形式「散調(산조)」について、次のように説明された。
・冬のある日、窓際に梅花を一株植えた植木鉢とその反対側に火鉢が置いてある部屋で、風流を好むソンビは詩を作り、妓生が演奏する撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」を楽しんだことだろう。
・散調は、パンソリや祭儀の時に演奏したリズムやテンポを基に、ひとつの楽器で演奏できるように構成したものだ。散調のテンポは、穏やかな「チニャンジョ(진양조)」<「チュンモリ(중모리)」<「チュンヂュンモリ(중중모리)」<「チャジンモリ(자진모리)」の順に速くなる。ゆっくりした出だしは、恨を抱くかのようにも聞こえ、次第に速く最後は恨を晴らして羽ばたく印象を与える。チャジンモリで奏した後、最も早いテンポの「フィモリ(휘모리)」に移り変わって奏する。
(参考)以前の放送内容: テンポ「長短(チャンダン、장단)」の取り方
▼ 伽耶琴散調の「フィモリ」演奏を聴く。軽快に撥ねるよう・・・風景にも心情にもいろいろ描けるのだろう。
(参考)以前の放送内容: フィモリの「フィ(휘)」は、動詞「吹き荒ぶ」(휘몰아치다)」から、「モリ(모리)」は、「音楽を思った方向に進めていく」という意味を持つ・・・とのこと。
最後に、画家の生涯を描いた映画「酔画仙(취화선)」(2002年)の中で、日本の笙とよく似た楽器笙簧(センファン、생황)と縦笛楽器の短簫(タンソ、단소)による二重奏が紹介された。
・詩作、書画をするソンビの文人画は、落ち着いた描き方が特徴で、単純な色彩で余白を生かしながら、しっかりと表現するソンビだけに通じた文化でもあった。
・数奇な運命をたどった朝鮮後期の天才画家、張承業(장승업、1843年~1897年?)の生涯を描いた映画「酔画仙(취화선)」で、張承業が妓生メヒャン(매향)と一緒に笙簧と短簫を演奏する。
▼ 笙簧と短簫の二重奏(笙蕭並奏(생소병주))による「水龍吟(수룡음)」を聴く。冷たい水を潜るような透明感がある。
(付記)
今夕、CDショップの電話があった。イ・ソンヒの「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」と、「1集(REMASTERING ALBUM)」アルバムが入荷したそうだ。でもねえ、この寒雨を撥ね退けて出かけるには躊躇したよ・・・「明日行きますから」と。
始めに、儒学者、退渓李滉(이황、1501年~1570年)が梅の花を好んだ話しを、次のように紹介された。
・冬の寒さが続く。昔、冬至が過ぎると既に春が始まったとされた。冬至を境に昼が長くなるからだ。学者(ソンビ、선비)は、この頃、ある花を待ち望んだ。「四君子(사군자)」すなわち「蘭菊竹梅(란국죽매)」の一つ、梅の花だ。気品に満ちて風格あることから、4種の植物を君子と称えた。朝鮮時代を代表する儒学者の退渓李滉は、梅花を大事にして、亡くなる最後の遺言が「あの梅の花に水をやってくれ」だった。
・梅の花の歌「梅花歌」は、歳をとることを嘆きながら、梅の花に例えて歌ったもの。
▼ 歌「梅花歌(매화가)」を聴く。自然の輪廻を高らかに歌っているようにも。(参考:Youtube映像、歌詞解説あり)
次に、約100年前の朝鮮後期に作られた独奏曲形式「散調(산조)」について、次のように説明された。
・冬のある日、窓際に梅花を一株植えた植木鉢とその反対側に火鉢が置いてある部屋で、風流を好むソンビは詩を作り、妓生が演奏する撥弦楽器「伽耶琴(カヤグム、가야금)」を楽しんだことだろう。
・散調は、パンソリや祭儀の時に演奏したリズムやテンポを基に、ひとつの楽器で演奏できるように構成したものだ。散調のテンポは、穏やかな「チニャンジョ(진양조)」<「チュンモリ(중모리)」<「チュンヂュンモリ(중중모리)」<「チャジンモリ(자진모리)」の順に速くなる。ゆっくりした出だしは、恨を抱くかのようにも聞こえ、次第に速く最後は恨を晴らして羽ばたく印象を与える。チャジンモリで奏した後、最も早いテンポの「フィモリ(휘모리)」に移り変わって奏する。
(参考)以前の放送内容: テンポ「長短(チャンダン、장단)」の取り方
▼ 伽耶琴散調の「フィモリ」演奏を聴く。軽快に撥ねるよう・・・風景にも心情にもいろいろ描けるのだろう。
(参考)以前の放送内容: フィモリの「フィ(휘)」は、動詞「吹き荒ぶ」(휘몰아치다)」から、「モリ(모리)」は、「音楽を思った方向に進めていく」という意味を持つ・・・とのこと。
最後に、画家の生涯を描いた映画「酔画仙(취화선)」(2002年)の中で、日本の笙とよく似た楽器笙簧(センファン、생황)と縦笛楽器の短簫(タンソ、단소)による二重奏が紹介された。
・詩作、書画をするソンビの文人画は、落ち着いた描き方が特徴で、単純な色彩で余白を生かしながら、しっかりと表現するソンビだけに通じた文化でもあった。
・数奇な運命をたどった朝鮮後期の天才画家、張承業(장승업、1843年~1897年?)の生涯を描いた映画「酔画仙(취화선)」で、張承業が妓生メヒャン(매향)と一緒に笙簧と短簫を演奏する。
▼ 笙簧と短簫の二重奏(笙蕭並奏(생소병주))による「水龍吟(수룡음)」を聴く。冷たい水を潜るような透明感がある。
(付記)
今夕、CDショップの電話があった。イ・ソンヒの「30TH ANNIVERSARY LEE SUNHEE LIVE」と、「1集(REMASTERING ALBUM)」アルバムが入荷したそうだ。でもねえ、この寒雨を撥ね退けて出かけるには躊躇したよ・・・「明日行きますから」と。
2015年1月20日火曜日
大寒2015
今日は二十四節気の二十四番目、「大寒(だいかん)」。節気の最後、寒さの最も厳しい時期で、東京1月の平均気温は、一年で一番低い5.2℃(統計期間:1981~2010年)。10℃を超えるには4月を待たねばならない。春は未だ遠い。
(本ブログ関連:”大寒”)
とはいえ、一日ずつ日が伸びており、気持ちの上で峠を越えたと思いたいけれど、例年当地の大雪は2月が厳しい。まさか雪掻きするなんて・・・このところ何度も経験している。
この冷たい季節に聴く、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」は澄み切った空気まで感じる美しい曲だ。ちょっと気になることがある。彼女の若い頃の記述で自伝(이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで))に近い中で、この曲に直接触れている箇所がない。同曲の収まったアルバム5集(1989年)は、彼女のアルバム中、最大の売り上げ数だったのではないだろうか。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒのアルバム枚数”)
昨日よりちょっと冷える。やっぱり大寒か、寒いのは苦手だ・・・何べん言ったことだろう。
(本ブログ関連:”大寒”)
とはいえ、一日ずつ日が伸びており、気持ちの上で峠を越えたと思いたいけれど、例年当地の大雪は2月が厳しい。まさか雪掻きするなんて・・・このところ何度も経験している。
この冷たい季節に聴く、イ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」は澄み切った空気まで感じる美しい曲だ。ちょっと気になることがある。彼女の若い頃の記述で自伝(이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで))に近い中で、この曲に直接触れている箇所がない。同曲の収まったアルバム5集(1989年)は、彼女のアルバム中、最大の売り上げ数だったのではないだろうか。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒのアルバム枚数”)
昨日よりちょっと冷える。やっぱり大寒か、寒いのは苦手だ・・・何べん言ったことだろう。
2015年1月19日月曜日
イ・ソンヒの「神がまた許すなら」
今晩聴く、イ・ソンヒの11集所収の「神がまた許すなら(신이 다시 허락한다면)」(1998年)は、年に一度ここに感想を記していたことに気づいた。
きっと、年一回だけでも心を清めなさいということかな・・・それほどにこの曲は美しい。神様は多分何も応えてはくださらないだろうから、いっそうこの曲に耳を傾けよう。晶系の複雑な結晶面にきらめく光に似て、透明な澄んだ歌声が響くよ。
11集「Dream of Ruby」は、彼女にとって音楽的試行を重ねた時期のアルバムといわれるが、この曲はやはり彼女そのものだ。
(本ブログ関連:”神がまた許すなら”)
(Youtubeに登録のwallace6813に感謝)
イ・ソンヒの公式ホームページで、アルバム紹介が次の12集以降しかないのが残念。
きっと、年一回だけでも心を清めなさいということかな・・・それほどにこの曲は美しい。神様は多分何も応えてはくださらないだろうから、いっそうこの曲に耳を傾けよう。晶系の複雑な結晶面にきらめく光に似て、透明な澄んだ歌声が響くよ。
11集「Dream of Ruby」は、彼女にとって音楽的試行を重ねた時期のアルバムといわれるが、この曲はやはり彼女そのものだ。
(本ブログ関連:”神がまた許すなら”)
(Youtubeに登録のwallace6813に感謝)
イ・ソンヒの公式ホームページで、アルバム紹介が次の12集以降しかないのが残念。
2015年1月18日日曜日
顔の識別(2)
世の中に自分とそっくりな人が3人いるというけれど、今までに出会ったことはない。きっとどこかにいるのだろうが、考えてみれば、身近な者と似た人物にも遭遇したことがないのだ。つまり、しっかりと違いを識別する能力が高いという証拠だが・・・。
それでも随分昔、顔の識別が怪しくなったと気づいたのは、女優の「原田知世」と「石田ひかり」の区別がおぼろになったことだ。しょっちゅうテレビにかじりついて見ているわけでもなく、名前だけ知っているに過ぎないのだが。つまり、二人の容貌を思い出すトリガーの方が先におぼろになったわけ。
(本ブログ関連:”顔の識別”)
最近では、AKBなど3文字の少女アイドルグループのメンバーが話題になっても付いていけない。というより、関心というか知ろうという意欲が湧かない。メンバーの多さもあって、容貌の識別だけでなく、名前すら怪しい。
またしても驚いたことに、芸能ニュースに出てくる「綾瀬はるか」と「新垣結衣」の名前が入れ替わっていたことに気付いた。彼女たちが、私の頭の中でモーフィングし続けている。可愛い女優の識別が難しくなるなんて、大変残念なことだ。
それでも随分昔、顔の識別が怪しくなったと気づいたのは、女優の「原田知世」と「石田ひかり」の区別がおぼろになったことだ。しょっちゅうテレビにかじりついて見ているわけでもなく、名前だけ知っているに過ぎないのだが。つまり、二人の容貌を思い出すトリガーの方が先におぼろになったわけ。
(本ブログ関連:”顔の識別”)
最近では、AKBなど3文字の少女アイドルグループのメンバーが話題になっても付いていけない。というより、関心というか知ろうという意欲が湧かない。メンバーの多さもあって、容貌の識別だけでなく、名前すら怪しい。
またしても驚いたことに、芸能ニュースに出てくる「綾瀬はるか」と「新垣結衣」の名前が入れ替わっていたことに気付いた。彼女たちが、私の頭の中でモーフィングし続けている。可愛い女優の識別が難しくなるなんて、大変残念なことだ。
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