2017年3月6日月曜日
(童話)自分はどっち
(本ブログ関連:”イディッシュ語”)
貧しい農家を行商人が訪れた。農家の主婦が、無理して「鏡」を買ってしまうことから、家族だけでなく、飼い犬とネコまで巻き込んだ大騒ぎになる。そこで、題名の犬とネコの騒動にしぼる。
元々、犬とネコの2匹は、自分たち以外の動物を知らない。だから自分は互いに相手と同じ生き物だと思っている。犬はネコを見ていて、自分も同じ姿のネコだと思っているし、ネコは犬を見ていて、自分も同じ姿の犬だと思っている。そこに、「鏡」が置かれたのだ。
犬は「鏡」の中の犬の姿に驚き吠え、ネコは「鏡」の中のネコの姿に驚きつかみかかる。自分にとって見たことのない動物が突然現れたのだから。やがて興奮は高まり、収拾がつかなくなった犬とネコの2匹は、生まれて初めて飼い主も慌てるほどの本格的な取っ組み合いをする。
「鏡」に映った本当の姿を知ったとき、それを事実として受け止められない大混乱の結果、犬は屋外に、ネコは家の中に置かれた。一方、「鏡」は人間にも欲望を混乱させた・・・。結局、行商人に「鏡」を返すことになる。
考えてみれば、私も鏡無しに直接自分の姿を見たことはない。
(付記)
享保の改革で、郷土史で知られる川崎平右衛門(定孝)の武蔵野新田開発に焦点をあてた講演があった。武蔵野の名主の長男に生まれたが家督を弟に譲り、幕府の行政官として武蔵野新田開発だけでなく、後に、美濃の国の治水、石見銀山の鉱山経営に功績を残した。
2017年3月5日日曜日
啓蟄 2017
今日は二十四節気の「啓蟄」。陽気に誘われて穴から虫が這い出る時候だそうだ。確かに昼は暖かくなった。でも、風が吹けば少々肌寒いし、夜ともなれば冬の気分が抜けきれない。暑苦しさを感じながら、今もストーブを点けている・・・反省が足りない。
(本ブログ関連:”沈丁花”、”啓蟄”)
近隣の街の駅ビルにある書店に行く。結局めぼしい書籍と出会えなかったが・・・何しろ行き当たりばったりで。そんなわけで雑誌を購入。先月から求め始めたのが、旅客機専門の航空機雑誌「AIRLINE」(イカロス出版)だ。どうも、最近、気分が中学生に戻りつつある。
・先月号(3月号):「旅客機図鑑」 ← 787 vs A350
・今月号(4月号):「ターボプロップ入門」 ← ターボプロップ vs レシプロ、それにNCAのDo228
・来月号(5月号):「新・航空管制の世界」 ← (すぐに「品切れ」になるだろうな)
それから、大学生のわびしい心を慰めてくれた、城達也のスマートで清清しいナレーションで始まったFM-Tokyoの「ジェットストリーム(JET STREAM)」は、深夜、気分を一気に成層圏にまで運んでくれた。懐かしい。
(本ブログ関連:”ジェットストリーム”)
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2017年3月4日土曜日
ひな流し
「流し雛」を間近に経験したことはないが、それを大型にしたような行事を、NHKのテレビ番組で見た。今日の日付に変わった深夜、午前3:15~3:30に放送された「にっぽんカメラアイ『お人形とわたし』」(3/4)でのことだ。
番組に「人形供養で有名な和歌山・淡島神社。女性カメラマンの感性がとらえたのは…」という解説がある。いわゆる「雛壇」に飾られる本格的な雛人形を最後に預かることで知られる神社の行事で、人形のサイズから行事の規模も大きくなったのだろう、「雛流し」神事と呼んでいる。
(番組解説から抜粋)
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和歌山市にある淡嶋(あわしま)神社。人形供養を行うこの神社には一年間で約6000体ものひな人形が納められ、3月3日に行う「ひな流し」神事に向けて社殿の中に飾られる。
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雛人形を乗せた白木造りの小船3艘は、互いに綱につながれ、釣り船に先導されて海に出る。その後、小船は回収され、浜で「お焚き上げ」される。
瀬戸内海の淡路島の対岸、和歌山県淡嶋神社で行なわれる、この雛人形の魂を海に送る行事から、同じ和歌山県の南端、那智勝浦町大字浜にある「補陀洛山寺」へと空想が広がる。
学生時代に読んだ「火山列島の思想」(益田勝実著)で知った(衝撃を受けた)ことだが、箱の中に渡海者を密閉した船を大海に流す「補陀洛渡海」が想起される。南方の観音菩薩の住処「補陀洛」へ行き着くことを願った死出である。小説ならば、渡海者を現代人の心理に見立て、死への恐怖に迫るだろうが、それを見送った当時の人々はいかに。生と死の境界があいまいだった時代のことだ。(境界の曖昧さは、今までにも起ってきたことだが)
(参考)「補陀落 観音信仰と日本文学」(川村湊、新潮社)
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2017年3月3日金曜日
桃の節句に
数字合わせの代表で、ある意味季節を知らせる「節句」に心を動かす。伝統となれば、子どもたちの笑顔が浮かぶ、愛しむもの。桃の花、雛壇飾りなど賑やかな「桃の節句」は、その色彩の柔らかさから、春の気配を思わせる。
近所の公民館にこの時期に合わせてか、「つるし飾り」があった。きれいな色紙を折り合わせて作ったのだろう。小さな飾りを順に紐につなぎ、それらを天井からいくつも吊るしている。素朴なのに華やかさが漂い、桃の節句の「雛祭り」を気付かせる。
(本ブログ関連:”雛祭り(桃の節句)”)
祭りの日の終わりに、雛壇を直ぐに片付けるというのも、昭和の住宅事情からだろう。のんびり眺めたいもの。
それはそうと、桃の花だけが咲きほこる「桃源郷」に興味そそられる。そこへ行った幸運を無為にするような、後に官に説くためあちこち目印を付けて帰るなんて野暮はせず、私なら桃源郷にずっと住まわせてもらうよ。
(本ブログ関連:”桃源郷”)
(追記)
そういえば、桃源郷へは川をたどったわけで、私たちは遥か彼方を往来するに、水を介するのが納得できるようだ。
(付記)
桃の節句と関係ないが、近所のお握り飯店で、できたての暖かいオニギリを買う。ほくほくして美味かった。何だか、家族の懐かしいオニギリがよみがえった気がした。きょうだいで我先に頬張ったなあ。
2017年3月2日木曜日
ヤン・スギョンとイ・ソンヒの友情
<1980年後半にデビューし、1990年代に人気を博した歌手ヤン・スギョンは、2016年8月19日に、1999年以来17年ぶりに、ニューアルバムを発売した。(WowKorea)>
日刊スポーツ(中央日報系)は、SBSの「燃える青春(불타는 청춘)」に出演したヤン・スギョンとの電話インタビューで、彼女がイ・ソンヒの友情に感謝して語った内容を次のように紹介している。
日刊スポーツ掲載記事:「 [直撃インタビュー] '燃青(燃える青春)' ヤン・スギョン 『イ・ソンヒと30年友情、放送用(に話すのでは)ありません』」(3/1、イ・ミヒョン記者)より抜粋。
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・また、イ・ソンヒとの友情も誇示した。イ・ソンヒが、過去ヤン・スギョンが苦しかった時、何もいわずに通帳口座番号を知らせてくれと言ったという。これに、ヤン・スギョンは、イ・ソンヒについて「いつも心配してくれて、暖かい友」と説明した。
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2017年3月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 妓生と券(検)番
始めに、映画「解語花(해어화)」と妓生養成場の「券番」について次のように紹介された。
・唐代の美人楊貴妃を溺愛した皇帝玄宗は、彼女を愛するあまり国を危うくした。二人が散歩のとき、玄宗は庭に咲く蓮の花を見て、蓮の花が美しくとも、言葉を理解できるこの花には及ばないと楊貴妃を指して言った。そこから「解語花」の言葉が生まれた。また、詩歌に優れた妓生に使われたりした。昨年、妓生養成場の「券番」を舞台にした映画「解語花」が話題になった。
・朝鮮時代、妓生は職人の意「工人」(歌と踊り、楽器演奏する楽人の呼称)ともいわれ、最も身分の低い賤民とされたが、優れた妓生は無視できない存在だった。女性の読書、社会活動を禁じた時代、妓生は詩作や歌と踊りでソンビと接することができた。官に属す「官妓」、後に組合制、日本の影響を受けた「券番」を通じて活動した。券番は、今の芸能養成所のようなもので、若い娘を育て、妓生として送り出し、費用を集金する役割をした。
▼ 映画「解語花」で歌われた「愛、その嘘(사랑 거즛말이)」を聴く。愛の言葉も、夢のようというもみんな嘘・・・今様に。
次に、パンソリの名唱「金素姫(キム・ソヒ、김소희)」が登場したきっかけについて次のように紹介された。
・券番の妓生は、放送にもよく出演した。当時、放送局の国楽番組担当のプロデューサーだった李惠求(이혜구)博士は、金素姫の思い出を次のように語った。有名な妓生の出演には、放送局から迎えに行くのが慣行だったが、ある日、出演予定の妓生が来られず、その代わりに来た歌い手が、今では国楽で著名な、金素姫だったという。
▼ 戦もののパンソリ「赤壁歌(적벽가)」から「子龍が弓を射る場面(자룡 활 쏘는 대목)」を聴く。間断なく・・・軽快。
最後に、券番の教育と漢江氾濫のたび生じた川「ノドゥル江(노들강)」の曲について次のように紹介された。
・当時、女性の歌い手の多くは券番に所属した。国楽に大きく寄与した音楽家の多数も券番出身だ。券番の教育課程は厳しく、3年間様々な科目を学んだ。修業は一日6時間ほどで、歌曲と歌詞、時調(定型詩)、雑歌、楽器などを学び、詩作や、妓生としての身だしなみも習った。その過程を通じ、優れた妓生はプライドも高く、周りからも好遇された。
・券番の出身者には、映画「解語花」のように大衆歌手となり、国楽と大衆音楽の架け橋となるものもいた。
▼ 大衆音楽として作られ今は民謡になった「ノドゥル江辺(노들강변)」を聴く。えっ・・・ポンチャク? Web事故?
2017年2月28日火曜日
(再)「人イヌにあう」から
飼いイヌ同士が吠えあう(行動する)とき、居るべき場所(明確な!テリトリー内)を前提にしているという例で、次のように紹介している。そして、この話とそっくりなYoutube映像と出あったので、ローレンツの記述と一緒に載せさせていただく。
(再掲:コンラート・ローレンツ著「人イヌにあう」より、元文に適宜段落付けした)
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・~私の年老いたブリイとその不倶戴天の敵、白いスピッツにかんするものである。このスピッツは緑に塗った木のかき根で仕切られ、村の通りにそって長くのびた幅の狭い庭のある家に住んでいた。この三十ヤードにわたるかき根にそって、二匹の英雄は、走って行ったりきたりしては激しく吠え、かき根の両端の折り返し点でちょっと止まっては、役にもたたない怒りのあらゆる動作と声をおたがいに投げつけるのであった。
・ある日やっかいな事態がもち上がった。かき根は修理中で、一部がそのためはずされたのだ。下手の半分がなくなっていた。さて、ブリイと私は家を出て丘を下り、川に向かった。スピッツはもちろん私たちに気づいて、庭でいちばん高い一角で、うなり、興奮のあまりふるえながら待ちかまえていた。最初に、おきまりの不動の姿勢でののしりあいがはじまった。それから二匹のイヌはそれぞれがかき根の両端で、前方に向かっていつもの早駆けをはじめた。
・ところがなんと、珍事勃発。彼らはかき根が取り払われている場所を駆け抜けてしまい、さらにののしり合戦が行なわれはずの庭の下手のはずれまできて、やっとおのれの失態に気づくしまつであった。彼らは毛を逆立て、恐ろしげにきばをむき出して、そこに立ち止まった---が、かき根はなかった。たちまち吠え声はやんだ。
・そこで、彼らはどうしただろうか? あたかも一心同体のごとく、彼らはくるりと向きを変え、横腹を接してまだ残っているかき根のところへとんでいった。そこで彼らは、まるで何ごとも起こらなかったかのように、ののしりを再会したのである。
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(Youtubeに登録のMarcus V. Jacobに感謝)
映画「ポエトリー アグネスの詩」
カレンダーに区切りが定まると、その日は思いのほか速く迫ってくる。人生がその最たるものだが、凡庸な学生時代もそうだった。準備不足のまま定期試験が近づくときの、焦りと慌てふためき。カレンダーには逃げ場がない。
久し振りに、四谷にある韓国文化院で開かれた映画上映会に出かけて、「ポエトリー アグネスの詩(原題 ”시”)」(イ・チャンドン監督、2010年)を鑑賞した。今までDVDや上映会で見たことのあるイ・チャンドンの作品には、「ペパーミント・キャンディー」(1999年)、「シークレット・サンシャイン」(2007年)がある。(「シークレット・サンシャイン」は、お気に入りの女優、チョン・ドヨンが主演したこともあって)
「ポエトリー アグネスの詩」は、訪問介護をしながら、中学生男子の孫と二人で暮らす60代半ばの女性の物語だ。生活は苦しいが、あるとき詩作や詩会を知って、人生を豊にしたいと思う。そんな矢先、孫の連座した事件と自身がアルツハイマーであることを知る。消える記憶ともがき苦しみながら、彼女は最後に、ある少女の名を冠した詩を一つ残す。
映画の率直な感想は、「もう一度、『ペパーミント・キャンディー』を見たような気がする」だ。象徴的な場面である、川の流れはよどみなくとどまることない。過去に戻ることのできぬ人生のように、でも、こんなことも考えてしまう。市井の多くは、美しい言葉より、時間を強引に止めたり、逆回ししてでも今の平安・欲望を望む。それが耐え切れぬほど穢れたことであっても。そうやって多くの時が過ぎてきた・・・とも。・・・だから、この作品が余計にしみるのかもしれない。
(Youtubeに登録のシネマトゥデイに感謝)
2017年2月27日月曜日
(雑談)ローカル誌に載った店
徐々に気温が上がるようで、今週後半から本格的な春の気配が寄せるという。来週には、地中から虫が顔を出す時期となる。
ところで、ローカル誌の記事に、地元のまさに身近なところに、ちょっとした食べもの屋があることを知った。こじんまりした町通りに、馴染客しか入らないような店構えして、うっかり寄った客に一見さんお断りといった風な冷たい視線が返ってくるんじゃないかと心配する。
今も勇気はないけれど、そんな店先に雑誌で知ったのだろうか若いお母さんたちがいた。そうか、恐れることもない。ちょっと行ってみようかな。それにしても、店のドア飾りが愛想ない。あれじゃ、田舎のおじさん、おばさんがたむろする、場末のカラオケ飲み屋にしか見えない。
いちど美味いものを食ってみようか。
2017年2月26日日曜日
アイザック・バシェヴィス・シンガー
イディッシュ語で作品を上梓して、ノーベル文学賞を受賞した作家アイザック・バシェヴィス・シンガー(1902年~1991年 יצחק באַשעװיס זינגער イサック・バシェビス・ズィンゲル)の短編集「不浄の血 アイザック・バシェヴィス・シンガー傑作選」(西 成彦訳、河出書房新社)を手にする。イディッシュ語作品が英訳されたことで、広く知られたようだ。巻末の解題にイディッシュ語について、および翻訳のいきさつについて解説がある。
(本ブログ関連:”イディッシュ語”)
短編集の表題作である「不浄の血」(田中壮泰、西成彦訳)は、実直不器用な老人が晩年こともあろうに評判の悪い女(リシェ)と結婚することから始まる。まさに、作品の書き出しの通り「血への情熱と肉欲」の顛末だ。毒婦であり、淫蕩な女は、男を連れ込み、ユダヤ教のカシュルート(コシェル:食事規定)を全く無視した商いをする。しまいに棄教に追い込まれ、山月記の悔恨に遠く及ばぬ獣そのままに最期を迎える。
「不浄の血」は、転がりながら物語を混沌、変質する。だから最後は、伝承のように子どもたちに次の歌をうたわせて終わる。最も最後の詞は、言葉がずれて回転する・・・「片輪車」のように炎に包まれて回り続けるのか。
リシェはひどいよ
馬を屠った
おかげで腐る
地のなかで
(略)
魔女なんて生かしちゃおけぬ
なんて生かしちゃおけぬ魔女
生かしちゃおけぬ魔女なんて
2017年2月25日土曜日
(資料)イ・ソンヒのソウル特別市議会議員選挙当時の写真集
出馬のいきさつ(与党側の思惑)、家族の対応と彼女の戸籍年齢、当選後の政治活動と所属政党の遍歴などについて、次の(本ブログ関連)のリンク先に情報を収集している。
(本ブログ関連:”市議会議員選挙”、"イ・ソンヒと政治"、”政治(全般)”)
イ・ソンヒがソウル特別市議会議員選挙に出馬した年に発表したアルバムは7集で、タイトル曲は「あなたが私を愛されるなら (그대가 나를 사랑하신다면)」だ。なお、次の映像中の曲は、彼女のアルバム14集収録の「あなたの道(너의길)」で、2009年に発表されたもの。
(Youtubeに登録のjung .Pに感謝)
2017年2月24日金曜日
(雑談)ちょっとした疑問
歴史の浅いアメリカの商人が好んだものは、伝統的美意識というより、ある意味せっかちで新規性に富んだもの、通俗性をベースにしているといっていいかもしれない。日本画家では、伊藤若冲、曾我蕭白が、今年は河鍋暁斎がピックアップされる。また、オランダ画家では、カメラ・オブスキュラの技術で徹底的に遠近法にこだわったフェルメールが好まれる。いってみれば、市民意識的な視覚といった(見る側の立場が欠けた)、見えるものへのこだわりを感じる。
さて偉そうな話はここまでにして、極東の私たちの美意識にちょっとした疑問がある。
・青い目の「歌舞伎」を見たことがあるだろうか。一方で、若い芸能タレントまでがシェイクスピアの(赤毛)芝居をありがたがる風潮がある。
・昔、N響だ、日本フィルだなどと知った振りをしたが、Youtubeを覗けば、アジア各都市に交響楽団がある。欧米人の目に、西洋楽器に没入する姿はどのように見えているのだろうか。
・学校教育で、美術の時間に日本画の時間がどれほどあったろうか。せいぜい美術史でくくった程度ではないか。同様に、音楽の時間に、和楽器(琵琶、琴、三味線、つづみ)の演奏、あるいは浄瑠璃、長唄のごときまで体験したことがあるだろうか。毎年、西洋主体の美術系・音楽系大学の卒業生が大量に出る。小中高の教職員が、彼らの受け入れ口になっている。
仏像を信仰対象というより、美術品として見る意識がある。細部を克明に撮った写真家もいた。現在の私たちは、信仰対象と美術品の間を揺れているように思うが、明治維新の廃仏毀釈で行なわれた惨状をとっくに忘れている。同じく、明治維新の結果、学校教育につながるべき江戸の絵画や音楽の血管が切られてしまったようだ。
2017年2月23日木曜日
山怪
イ・ソンヒの「狐の嫁入り」(OST)をきっかけに、キツネの話をしたらきりがない。稲荷神社から童話まで、キツネにまつわる奇談、伝承がたくさんある。それに、キツネは化けるとき、タヌキがちょっと間抜けで要領が悪いのに比べて、悪賢く、エロチックであったりする。キツネの化かしには、人間を上から目線でこけにしている節がある。その分、後で痛い目に会うが。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”狐”)
先に記した「キツネにかかわる伝承の分布」の中で、「山怪(さんかい)」(田中康弘著)について触れた。同書は、山に住む人々の<山にまつわる不思議な話や体験>が語られている。図書館で借りられるまで待とうと思っていたが、本屋で立ち読みしたらすぐに読みたくなって求めた。
(本ブログ関連:”山怪”)
「山怪」の一番最初の話「狐火があふれる地」(秋田県北部の村、マタギ発祥の地)に、なんとキツネが尻尾を振りながら光を発したのを目撃する体験が語られている。フィンランドの伝承、<キツネの尾には、雪原に触れたことから、火花を巻き上げてオーロラの明かりにする>を思わせる。
「狐火があふれる地」から(抜粋)
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ある日の夕方・・・庭先を抜けると家の裏山に向かう・・・(狐を、母親と一緒に見つける)・・・
狐は山の斜面に差しかかると、その尻尾を大きく振り出した。
「狐がぴょんと跳ぶのが凄いものなあ。そして尻尾をくるくる、くるくるって回すんだぁ。そしたらそのたびにペロペロペロペロって光るんだ。あれは見たもんでねえと分かんねぇ、見事なもんだったよ」
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キツネにかかわる伝承の分布
(本ブログ関連:”稲荷神社”)
欧米人にとって、てなづける対象でもないキツネたちを、日本で飼育している場所がある。東北、宮城県白石市の「宮城蔵王キツネ村」がそれだ。来日の欧米人観光客に、(キツネと親しむ)驚きと日本旅行の話題(思い出)となっている。(以前、同施設に興味・関心があって、私も一度行って見たいと思ったことがあるが・・・)
ロシアには、学術的な目的で、キツネの家畜化*を(オオカミからイヌが家畜化したのと対照して)研究している施設があるという。上記「キツネ村」は、放し飼いの観光施設といったところだろうけれど。
(*)家畜化:ナショナルジオグラフィック誌「特集:野生動物 ペットへの道」(2011年3月号)
ところで、中高年のおじさんたち中心に読まれている、<山にまつわる不思議な話や体験談を集めた>書籍「山怪(さんかい)」(田中康弘著、山と渓谷社)があり、ネットで書評をよく見かける。(図書館でも人気で、いつも貸し出し中である)
YOMIURI ONLINE(読売新聞)の記事、「日本の山には『何か』がいる! ・・・ 続く『山怪』ブーム」(2/17、伊藤譲治)は、著者とのインタビューを通じて、山での怪異を演じるキツネとタヌキの地理的分布(特性)を次のよう紹介している。
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・(著者が)日本各地を回って分かったのは、北に行けば行くほど、狐に関する話が多くなるということ。西に行くほど狐の影響が薄れる。なぜか四国はほとんどが狸の話で、狐は出てこないのだという。「山怪は、姿は確認できないが、音のみ、気配のみという場合が多い。目に見えないもの、何だか分からないものは身近なもののせいにしてきた。狐や狸は山では身近な存在だから、狐や狸のせいにしてきたのではないか」と推測。「山の怪異は、現象ではなく心象だと思う。脳内に浮かび上がる風景だと思うが、その風景を浮かび上がらせる何かが、間違いなく山にはある」と語る。
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「日本動物民俗誌」(中村禎理著、海鳴社、1987年)は、キツネの信仰の代表である「稲荷神社」の分布が東北日本に偏在していることを次のように解説している。
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・山の神に関連していえば、キツネは同じく山の神に帰属するサルと対抗するもので、稲荷神社は東北日本に多く、後者(サル)につながる日吉(日枝)神社は西南日本に多いという。
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2017年2月22日水曜日
イ・ソンヒ 5月LA・9月シドニー、ワールドツアー
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・歌手イ・ソンヒがワールドツアーに出る。
・(イ・ソンヒの)所属事務所「フックエンターテインメント」サイド関係者は、21日、エクスポーツニュースに「イ・ソンヒが来る5月に米国のLA、9月にオーストラリアのシドニーでコンサートを進める。以後、他国も検討中だが、イ・ソンヒのコンディションおよび日程などを調整してみなければならない」と公式立場を明らかにした。
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ちなみに、イ・ソンヒは、昨年9月に開始した国内ツアー ”The Great Concert” を、次の通り、来月4、5日の慶州慶山でのコンサートを以って終了する。しばらく休憩を取り、ワールドツアーに向けて準備するという。
2016-17 コンサ-ト ”The Great Concert” (9/2-4)
・ソウル09.02-04:「世宗文化会館」 ★9月4日レポート
・大邱 09.24-25:「EXCO5階コンベンションホール」
・全州 10.07-08:「韓国音(ソリ)文化の殿堂」野外音楽堂
・光州 10.22:「光州女子大学」ユニバーシアード体育館
・大田 11.05-06:「大田貿易展示館」
・釜山 11.19-20:「KBS 釜山ホール」
・仁川 12.03:「仁川 南洞体育館」
・高陽 12.17:「一山 KINTEX」第1展示場3Aホール
・昌原 12.31:「昌原コンベンションセンター(CECO)」
・水原 '17.01.21-22:「水原 室内体育館」
・議政府 '17.02.04-05:「議政府 室内体育館」
・清州 ’17.02.18-19:「清州大学 石隅文化体育館」
・慶山 ’17.03.04-05:「慶山 室内体育館」
KBS WORLD「国楽の世界へ」 春香の歌
始めに、パンソリ「春香歌(춘향가)」の物語と、それと異なる逸話について次のように紹介された。
・民族芸能のパンソリは、「興夫歌(흥보가)」、「沈清歌(심청가)」、「春香歌」、「赤壁歌(적벽가)」、「水宮歌(수궁가)」の五つが伝わる。歴史を素材にした「赤壁歌」以外は、伝説をまとめたもので、「春香歌」は妓生の娘の春香と御曹司の李夢龍(이몽룡)の愛の物語。春香は美しい娘、李夢龍は科挙に合格の高官として登場する。ところで、従来と一風変わった説話では、春香を不細工、李夢龍も頭の芳しくない親の財で遊び歩く暇人という。ある日、李夢龍はブランコ(그네)に乗った春香を見て、両親の反対を押して結婚する。いざ結婚をしてみると、見初めたときの春香でなく違いに驚く。李夢龍は家を出て戻らず、春香は自ら命を絶つ。村人が、そんな春香の霊を慰めるため作ったのが、パンソリ<春香の物語>という。
(Daumに登録の유박사に感謝)
▼ <アニメとパンソリが融合した>作品から「余りにも不細工な春香(너무도 못생긴 춘향)」を聴く。既視感が・・・。
次に、パンソリ「春香歌」の春香の悲恋の背景、現代に置き換える想像について次のように解説された。
・パンソリ「春香歌」では、春香は美しく学問にも素養のある意志の強い人物で、李夢龍が科挙試験に去った後、後任の地方官の誘いに応じなかった。その後、李夢龍が「民情を探るために密かに地方を巡り、民をいじめる者を罰する」勅命を奉じて、わざと乞食姿で現れる。春香の母は、春香の辛い境遇を嘆き李夢龍を諌める。そんな母を春香は引き留めたが、気持ちはいかばかりだったろう。自分が死ぬ羽目になっても、乞食姿の李夢龍のため節義を守りたかったのか。妓生の娘と両班の御曹司の結婚事体、当時の常識とは合わなかった。仮に物語りが現代としたら、春香はどうなったろうか。
▼ 春香の物語りが現代としたらと歌った曲「李夢龍」(プロジェクトロック)を聴く。今様の元気良さ。
最後に、「沈清歌」の主人公「沈清」の想いについて次のように紹介された。
・「春香歌」は節義、「赤壁歌」と「水宮歌」は国への忠誠、「興夫歌」は兄弟愛、「沈清歌」は親孝行を強調する。パンソリに人々の情動が自然でないことがある。最近、そんなパンソリの主人公をモダンに斟酌した曲が多い。
・「沈清」は、盲の父の目を治すため、自らを犠牲にした物語だ。父のために船に乗って去った彼女の思いは複雑だったはず。親孝行な娘だったが、なぜこんな目に合わねばならなぬのかという、恨みもあったかもしれない。そんな想いを表現した。
▼ 沈清の複雑な想いを表現した「清、海になる(청 바다가 되다)」を聴く。悲しみの海は黒く、浪は深い・・・今様で。
2017年2月21日火曜日
オーロラとキツネ
この寒い時期だからか、「フィンランド政府観光局公式ホームページ」の「気になる話題(人気記事)」に、「オーロラ キツネが飛び散らせる火花?」がある。
フィンランドの北部(ラップランドなど)に住むサーミ(Sápmi)の人々の伝説に、オーロラ(極光)は「キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって現れる」という。洋の東西を問わず、キツネと光(あるいは火)は馴染みやすい民間伝承のようだ(例えば、日本では「狐火」があるように・・・、そういえばブラウザに”Firefox”があったりして)。
(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”稲荷”)不思議な力がある。
キツネの尾が雪原に触れて、火花を巻き上げ、オーロラの明かりになるには、自然の条件も必要のようだ。余りに寒い極北の地ラップランドでは、雪は乾いてパウダー状になるという。雪を巻き上げながら、夜行性のキツネがオーロラの夜を走り回るのも合点が行く。
ところで、日本の場合は、雪に湿気があって積もることが多い。
2017年2月20日月曜日
イ・ソンヒの「離別小曲」
(本ブログ関連:”離別小曲”)
アルバムの発行年に従って、別れの場面も変わってくるようで、対象化から孤独までさまざま。初期の、のりしろの大きな別れに比べれば、年とともに味わいは深くなる・・・。この後、より大きな世界観を示すことになる、15集タイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)が登場する。
生きていくことが、とても辛いです
そばにはあなたが いたのに
あなたなしに生きるなんて、一人になるなんて
思ってみたことないのに
残った人はそれでも 生きられるという
その言葉が、さらに苦しめます
こんなに会いたいのに 忘れることができないのに
残った私には 苦しい重荷なだけです
私に待てといわれるなら ただこう生きろといわれるなら
それはとても残酷じゃないの
あまりにも会いたいのに こんな私を置いて行かれたのですか
愛してる 待てと いっておいて
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
______
一生いきていっても、遂げられぬ恋なのに
なぜ私には時間をくれなかったのですか
残ったものはもうありません
戻せるのなら、以前のように一緒にできるのなら
生きていくことが つらいのです
私に残ったあなたの 名残りだけで・・・
生きていく痛ましさ もういいわ
わたしも 今 あなたのそばに 行きます
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)
2017年2月19日日曜日
(雑談)調布飛行場を巡る
日曜の昼、今日が最終日の「梅まつり」を見に、北にある公園へ行こうと家を出たものの、位置が間逆の「調布飛行場」へ足を向けることにした。ほんの気紛れ、実は、真っ青な空に<飛行機雲>が走っているのが見えたからだ。それも、白く細長い雲の筋を残して天空を西へ横切っていた。
(本ブログ関連:”調布飛行場”)
調布飛行場へ行く途中にある公園のベンチでしばらく日向ぼっこする。陽射しが穏やかで、風も爽やか、余りに気持ちよくて一瞬まどろみかけた。そうもいかず、公園を貫く小川に沿って下流へ向かう。橋を渡って、隣接する別の公園に入り、小道を南に抜ける。
公園を出て少し進むと、調布飛行場の滑走路が現れる。「ドルニエ228」の3機が駐機していた。そのうち1機が目の前を北にタキシングし、滑走路に入るやすぐに南へ滑走、離陸した。その後も南の空へ機体が飛び立った。(Youtube映像で、いったん北へ離陸し、南に反転するものもあるが・・・)
日曜日に、こんなに続けてドルニエ機が離陸する様子を見たことがない。多分、時間帯によるのだろうけれど。
飛行場南側には、スポーツ競技場が何面も整備されている。競技場は広く、野球場、サッカー場、テニスコートなど多様である。野球やサッカーは主に少年(小学生くらい)たちが試合をしていた。女子(中高生くらい)サッカーの試合もあった。
(少年の試合には、母親たちが多数応援に来ていて・・・微笑ましくあり可笑しな思いがした)
調布飛行場の周遊(周辺巡り)の終盤、Uターンした道で、「味の素スタジアム」に出くわした。本格的サッカー競技場を間近に見たのは初めて。脇を通りながら巨大施設の全体を目にすることはできない。サッカー競技場がこんなに大きなものとは知らなかった。
帰り道、再び、西に飛翔する飛行機雲を見た。何だかとても懐かしい思いをした。
荒井由美(松任谷由美)の「ひこうき雲」(1973年)には、しみじみとします。
(Youtubeに登録のhigh_note Music Loungeに感謝)
2017年2月18日土曜日
suomen kieli
以下は、わたしが関心のあった内容。その他に、地誌(地勢)、自然(四季、気象)、国民性(宗教、平和で平等意識が強い)、学制、および現在の社会的課題(社会福祉、格差)などについて語られたが・・・詳細は別の機会に記したい。
フィンランド史
「スウェーデン時代(1150年~1809年)」*、「ロシア時代(1809年~1917年)」**、「フィンランド時代(1917年12月6日~)」の3分類されるという。(実は、スウェーデン時代以前の宗教、言語について知りたかったが・・・)
(*)1155年:スウェーデンによる北方十字軍の支配下になる
(**)1917年:ロシア革命に乗じてロシアより独立
海に囲まれた日本人の国境感覚と違って、国家が地続きで隣接する場合、国境は川や丘の向こうにある。シルック氏の父方の故郷である「カレリア」***地方は、フィンランドとロアシア・ソ連との間で割譲が繰り返された。同地の争いを含めて、次のような戦が続く。「冬戦争(1939年~1940年:対露)」、「接続戦争(1941年~1944年:対露)」、「ラップランド戦争(1944年~1945年:対独)」
(***)カレリア:スプートニクス(The Spotnicks)の「霧のカレリア(karelia)」(1965)を思い出す。
(ブログ「澎湖島のニガウリ日誌」に感謝)
フィンランド語
フィンランド語は、1922年に第2母国語となったが、現在の話者は、フィンランド語:90%、スウェーデン語:5%、サーミ語:数パーセントとのこと。
Suomi kieli : フィンランドのことば(名詞+名詞)
suomen kieli : フィンランド語(形容詞+名詞)
フィンランド語の簡単な挨拶について、15語ほど紹介された。その中で日本人に好まれている言葉として、「kiitos」が紹介された。確かに街中で見たことがありますね。
(実は、フィンランド語の膠着語らしさについて聞いてみたかったが・・・。現在、「フィンランド語のしくみ」(吉田欣吾)を読んでいるものの、まだ Tuo on sinun kirjasi. の段階で、膠着語がどうだこうだを知るレベルで全く!無くて・・・)
フィンランド人の好み
・コーヒー
・アイスクリーム
・キャンドル(蝋燭)
ちなみに、数駅先の町にあるベーカリーに、シルック氏推奨の(フィンランド風)ライ麦パンがあるという。このパンは、まるで日本人にとって米のようなものらしい。近々食してみたい。
2017年2月17日金曜日
春一番 2017
(本ブログ関連:”春一番”)
朝日新聞(デジタル)の記事「関東と北陸で春一番 各地で気温上昇、強風に注意」(2/17、10時48分」は、春一番の模様を次のように報告している。(抜粋)
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気象庁は(本日)17日、北陸と関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。・・・関東、北陸の昨年の春一番は2月14日だった。(本日)17日午前10時までの最大瞬間風速は東京都心で18.0メートル・・・各地で気温も上昇し、東京都心や横浜市では17日午前9時現在で16度となった。
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ちなみに、気象庁の「風向に関する用語」で、「春一番」について次のように解説している。(風速の基準はいかに?)
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冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。
(備考)気象庁では立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風としている。
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「春一番」といえば、キャンディーズの「もうすぐ春ですね 恋をしてみませんか」の歌詞が浮かんでくる。春風に押し出される恋の芽吹きというものか、1975/6年の《ちょっと気取ってみませんか》と呼びかける可愛らしい歌だ。
2017年2月16日木曜日
観梅
今年は「梅まつり」単独の開催でなく、「四季の花まつり<冬>」との併催のようで、それも18(土)、19(日)に開かれるという。だが、梅林の方はすでに9割方花開き、一部の梅花は萎れ始めている。公園併設の建物園前の広場には、それを見越してだろうか、早々に屋台テントが並んでいるのだが・・・。
梅の賑やかさに押されるように、梅林の縁にひっそりと「蝋梅」が美しい黄金色の花を咲かせている。微風のせいで薄まった、ほどよい香りがあたりに漂う。例年、観梅に合わせて蝋梅の花に近寄って、その香気を確かめている。
2017年2月15日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 島歌
始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。
▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。
次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。
▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。
最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。
▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。
2017年2月14日火曜日
イ・ソンヒの「さようなら」
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”、”さようなら”)
とはいえ、次のYoutube映像のイ・ソンヒときたら、まるで風呂上りのような風貌で、力強く歌う。1990年に訪れた、モントリオール室内楽団と共演した一場面で、26歳のときの頃、どこか未分化なボーイッシュな風情すらする。
(本ブログ関連:”モントリオール室内楽団”)
美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら
ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら
別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた
けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています
ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら
静かに、もう一度
さようなら、さようなら
(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)
2017年2月13日月曜日
イ・ソンヒの「恋人のなみだ」
(本ブログ関連:”恋人のなみだ”)
そのとき、目の前のティーカップを黙って見つめるだけ・・・。静かな別れの場面にティーカップはいいかもしれない。日本のペドロ&カプリシャスの「別れの朝」(1971年)もそうだったし。ガラスコップでは修羅場の跡のようで様にならない・・・。それにしても、二人がティーカップを見つめる場面は、韓国の歌によく見かける。
ここでは、イ・ソンヒの澄みわたる歌唱力に酔いしれたい。
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)
2017年2月12日日曜日
(資料) 韓国の宗教人口 :「2015人口住宅総調査」 より
今回の2015年調査は、2005年までの全数調査に対して、<宗教分野>の調査は次のような標本/直接調査の2種で構成されている。
・インターネット調査 : 2015年10月24日~10月31日(8日間)
・本調査(訪問面接調査): 2015年11月1日~11月15日(15日間)
苦難の歴史的背景を持ち、檀家制度のない韓国仏教は独特な位置にある。また、キリスト教人口は日本と比べて極端に多い。特にプロテスタントについては、韓国特有の宗教ベースの事情が語られることがある。
ちなみに、イ・ソンヒ(家族)と仏教の深い関係については、本ブログで何度も触れている。
(本ブログ関連:韓国の”宗教人口”、”仏教宗派”)
朝鮮日報(日本語版)「韓国の信徒数1位はプロテスタント19.7%、無宗教は56%」(2016年12月30日、金翰秀(キム・ハンス宗教専門記者 , ソン・ジンソク記者)は、次のように報じている。(改行随時、抜粋)
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10年に1度ずつ統計庁が実施する宗教分布調査で、2015年の信徒数が最も多かった宗教団体はプロテスタントであることが分かった。(2016年12月)19日に統計庁が発表した「2015人口住宅総調査」によると、
・韓国国民のうち宗教に入っている国民は43.9%、入っていない国民(無宗教)は56.1%だった。1995年から10年周期で実施された同調査で無宗教と答えた人の割合が初めて半数を超えた。全回答者のうち、
・プロテスタントを信じる人が19.7%(967万人)で、
・仏教を信じる人が15.5%(761万人)だった。
・カトリックは7.9%(389万人)だった。
宗教に入っていると答えた国民の実に98.3%がこの3団体の一つに属していることが分かった。円仏教、儒教、天道教などがこれに続いた。
注目すべきことは、1995年と2005年の調査で
・常に1位を守ってきた仏教が2位に落ちて、
・これまで2位だったプロテスタントが1位にのし上がったことだ。
仏教は全回答者のうち1995年に23.2%、2005年に22.8%と、95年に19.4%、05年に18.2%だったプロテスタントよりも信徒数が多かったが、今回の調査で順位が入れ替わった。
無宗教と答えた人の割合は、若者の間で高かった。20代は64.9%、10代は62%が無宗教と回答したが、年齢の高まりとともに宗教に入っている人の割合が高まり、60代は57.7%、70代以上は58.2%が宗教に入っていると答えた。地域別には、慶尚道は仏教、全羅道はプロテスタントの信徒が相対的に多かった。
今回の調査をめぐり、信頼性に問題があるとの指摘もある。最近はどの宗教団体であろうが、信徒数が減少する傾向にあるという点では同意するものの、わずか10年で仏教信徒とカトリック信徒の減少幅が非常に大きくなったのに対し、プロテスタントだけが特に増加したという点は、一般の感覚とは開きがあるというのだ。
(2)
また今年は統計調査の方法が変更された点を問題として指摘する人もいる。5年周期で実施される人口住宅総調査(宗教は10年ごとに調査)は、2010年までは「全数調査」だったが、15年の調査では宗教分布の場合、「標本調査」に変更された。宗教分布の調査標本は1000万人だった。直接訪問が51.4%、ネット上のアンケートが48.6%だった。
こうした(統計調査)方法について、
・(仏教の)曹渓宗の関係者は「インターネットに慣れていない高齢者信徒が多い仏教の立場からすれば、こうした調査方法は不合理と思われる。・・・
・カトリック司教会の関係者も「カトリックは毎年末司教会のレベルで全国の信徒数を厳密に調査しているが、・・・統計庁の数値(389万人)との開きが大き過ぎる」と話す。
・プロテスタント界の世論調査統計の専門家・・・は「プロテスタントの信徒が他の宗教団体の信徒に比べて宗教的なアイデンティティーがより強かったため、積極的に回答したものと思われる」とコメントした。
このような指摘について、統計庁の関係者は「通常2万-3万人の標本でも国家統計を作成することを思えば、(今回の宗教調査は)標本が1000万人に上る大規模な調査であるだけに正確と判断できるほか、統計的にも全く問題がない」と説明している。
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(参考)「仏教新聞」は仏教徒人口の割合の減少について警鐘している。
2017年2月11日土曜日
カンテレ
(本ブログ関連:”建国記念の日”)
近隣の公民館で、フィンランドを知るイベントがあって、3回に分けて、①民俗楽器の演奏、②歴史・文化と言語の紹介、さらに ③料理作りまであるというので申し込んでみた。少し早めに出かけて、公民館の横にある文化財センターで歴史資料を見学。名勝の桜についての絵巻冊子を入手。貴重な古文書や絵葉書の写真が満載。
さて、フィンランドを知るイベントの第1回は、フィンランド民族撥弦楽器「カンテレ(kantele)」について、北海道在住の音楽家あらひろこ氏が、その起源をフィンランド民族叙事詩「カレワラ」に描写の部分を朗読・解説して、実際に演奏された。カンテレは、木製の底の空いた胴に5弦が張られたものが基本形で、小型ながら美しく共鳴する。カンテレを複数台用意していただき、参加者全員に順に触らせ、簡単な演奏を試させてくれた。演奏を聴き、楽器にチャレンジするという、貴重な経験をしたことになる。感謝。
カンテレ演奏の真似ごとをした曲は、「Rykälinnun laulu(鳥の歌)」で、白樺林の奥でゆったりと鳴く鳥のような指使いになったが、ネットで確認したところ、結構早いテンポで演奏していた。もしかしたら、ぴょんぴょん飛び回る小鳥のさえずりといったところだろうか。素人演奏は指が追いつかない。
次回は、フィンランドの歴史・文化と言語の紹介で、テレビで拝見したことのある坂根シルック氏(東京農工大特任准教授)のお話しという。実は、今日の最初に挨拶があり、日本語とフィンランド語、ハンガリー語との縁(膠着語)について語られたりした。
2017年2月10日金曜日
雪降り
子どもは雪が大好きだ。初めての雪にはしゃぐさまに、懐かしい驚きと興奮を呼び覚ませてくれる。そんな純粋な振る舞いの数々を、Youtubeで見ることができる。よちよち歩きの幼子が、ふっくら積もった雪に、ころり転ぶのに笑ってしまう。
帰り道にも、楽しい場面に遭遇した。ある医院から母親に付いて出てきた小学生の男の子が、空からの雪によろこび、口を大きく開けて感蝕を確かめようとしていた。はたして満足できるほど口に入ったのか。母親は、それをたしなめるでなく、帰りの自転車の準備に忙しそう。
また、小学校の脇道を、傘を広げた低学年のランドセルが横並びしてふさいでいた。雪降りが止んだといっては大騒ぎ、小降りになったといっては傘を振り回す。集団を通り抜けた背後から、「雪だ!」、「雪だ!」と言い合っているのが聞こえてきた。一体、真っ直ぐ家に帰る気はあるのだろうか。
2017年2月9日木曜日
童謡「たきび」
それが今では、発ガン物質が出るとかで、屋外で物を燃やすことは禁じられている。まして路上で、子どもがすれば、火遊びと誤解されかねない。当たり前だったことが、当り前でなくなった。
童謡「たきび」(1941年、作詞巽聖歌、作曲渡辺茂)は、日常の歌だった。歌詞にある<しもやけ(霜焼け)>もなつかしい。冬の寒さに冷えて炎症した手足の指先が無性に痒くなる、特にこどもは。しもやけは普通なことと思っていた。
何よりなつかしいのは、焚き火の<炎>だろう。子どものやることだから、燃え上がるような真似はしない。炎が小さく揺れる程度だったが、まわりを囲む子どもたちの顔がやがて赤らみ暖まる。まるで仲良しの印のようだった。
(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)
2017年2月8日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 立春
始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。
▼ ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。
次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。
▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。
最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。
▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。
2017年2月7日火曜日
(雑談)飛行機
(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)
お気に入りの飛行機は、海軍偵察機の「彩雲」だった。切れ長の胴体が美しく、特に逆光のシルエット写真にうっとりしたものだ。3人搭乗の長い風防もすがすがしい。
その頃、遠縁の大学生が「航空情報」を片手に持って、わが家へ遊びに来ていた。航空学科にいるから、そんな雑誌を読むのだと思った。「航空情報」は、マニア向け「航空ファン」より少し技術寄りだった。
社会人になり、会社の仲間の関係で、調布飛行場にある航空会社所有の「パイパーチェロキー」に、子どもと一緒に乗せてもらったことがある。都内上空を駆け足で飛んだが、旋回時に機体を斜めにしたのが怖かったのだろうか、子どもの関心を引き起こすことに成功しなかった。
ときどき、航空雑誌を購入したが、次に気に入ったのは米ノースロップ社の練習機「タロン」だ。ベースになったフリーダムファイター、タイガーもあるが、純白に塗装したNASAで使用の「タロン」は格別だ。まさに、空の女王だ。
子どもの手前、軍用機を避けて、主に旅客機に関心を向けた。レシプロエンジンの真髄というべき「DC3」は、鉄道マニアにおける蒸気機関車のようなもの。エンジン音・排気音に生命力を感じた。ハワイ上空の実況版カセットをウォークマンで聞きながら通勤した。
あるとき、千歳-女満別間のラストフライトの情報を聞きつけて、その一日前だが、「YS-11」に搭乗した。そのまま足を延ばして、知床硫黄山で硫黄を採集したりした。
子どもに気兼ねなくなってから、久し振りに美しい飛行機を探した。昔のソ連の飛行機は折り紙のようなデザインが多かったが、そんなとき、「Su-27」の機影にびっくりした。機首部分の曲線の何と優雅なこと。競争相手(設計局)の MiG機まで似てきているのだから。
ステルス機の極端なヒラメのようなデザイン以降、(新幹線700系の鼻先に似た)「ドルニエ228」ののんびりした小さな旅客機もいいものだと思うようになった。日帰りの飛行機旅に、ドルニエ228はいいと思うよ。
2017年2月6日月曜日
「青い海の伝説」CD到着
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
このアルバムは2CDセットだが、まるで<書籍スタイル>で、CDが付録のような構成だ。ドラマの主人公二人を中心にしたカラー写真と、OSTの歌詞の見開きページが大部を占めている。こんな形式のアルバムは初めてで、ちょっとした驚きだ。
次のOST一覧(Music Korea)の歌が、どんな場面で歌われたか不明だが、いずれレンタルDVDで確認することにしよう。
Disc1
1 : Sound Of Ocean - 吉俣 良
2 : どこかでいつか - ソン・シギョン
3 : あなたという世界 - ユン・ミレ
4 : きみに傾いて - チョン・ヨプ
5 : Love Story - LYn
6 : ときめく少年のように - ハ・ヒョヌ(GUCKKASTE)
7 : 風花 - イ・ソンヒ
8 : ばかだよ - ケン(VIXX)
9 : 万にひとつ - セジョン(Gugudan)
10 : 一日に一つずつ - パク・ユンナ
11 : ぼくはどうして - コーヒー少年
12 : Memories - 吉俣 良
13 : The Last Time - 吉俣 良
Disc2
1 : 隠された話(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
2 : 私の名前(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
3 : 次のこの時に - 二番目の月
4 : あなたを訪ねていく道 - 二番目の月
5 : 人魚の海1 - 二番目の月
6 : 人魚の海2 - 二番目の月
7 : 人魚の海3 - 二番目の月
8 : 消えた記憶(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
9 : 甘い待ち侘び - 二番目の月
10 : 一緒なのでよくて - 二番目の月
11 : あなたが立っているところ - 二番目の月
12 : 期待するよ! - 二番目の月
13 : 灯台 - 二番目の月
14 : 夢の中で(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
15 : 消えた記憶reprise - 二番目の月
16 : 心が見えて - 二番目の月
17 : 真珠の真心 - 二番目の月
18 : Agent Blue - 二番目の月
19 : 私が住んでいたところには、 - 二番目の月
20 : 私の名前reprise - 二番目の月
21 : また会うことができるだろうか - 二番目の月
(Youtubeに登録のVEMに感謝)
2017年2月5日日曜日
「大変な結婚」
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
ソウル大法学部卒業のエリート青年実業家と、暴力団の親分が溺愛する末っ子の一人娘とが、ディスコで飲んだ酒に酔いつぶれた後、結婚にいたるまでの喜劇だ。笑いの展開やツボは、いずこも同じ。ちょっと古くて、下品さも持ち合わせたギャグが連発する。
この映画で歌われる、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」について、先日(2/2)、このブログで触れたが、映画のYoutube映像を関連付けしなかった。そこで同日の記述に、Youtube映像を埋め込んだ。
暴力団親分の末っ子の娘役、女優キム・ジョンウンのかまとと振り(お嬢さん振り)が、中々どうにいって面白くて可笑しい。ありえない設定、ありえない展開、見知らぬ二人がゴールにいたる「大変な結婚」だ。
2017年2月4日土曜日
立春2017
(本ブログ関連:”立春”)
それに、春眠の朝寝坊だけでなく、最近は、図書館の窓辺の日なた席に座ったりすると、うつらうつらして実に心地よい。
それにしても、年年歳歳、一年が短くなり、季節の巡りが早まる。苦手な冬もこのまま終れば幸いというもの。
先日、調布飛行場に行ったとき、日帰りでもいい、ドルニエ228に乗って大島まで飛ぶ空想にふけった。遠くに富士山、眼下に相模湾をながめながら、宮城道雄の「春の海」の調べにふけってみたい。(ターボプロップのエンジン音に負けそうだが)
(Youtubeに登録のいいら伊豆に感謝)
2017年2月3日金曜日
小林信彦「60年代ポップ少年の嘘」
<記憶>を遡り、当り前のように繰り返し語るうちに、自身その気になってしまうことがある。その時よりも、今を優先することでやってしまう無自覚な嘘だ。しかも、共犯関係になろうとする。青春の饒舌には、そんな嘘が隠されていたりする。
さて本題、「60年代ポップ少年の嘘」の中に次のような話題がある。
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大滝(詠一)さんはよく言っていた。
「ビートルズをリアルタイムで聞いていたという奴は嘘つきです。舟木一夫を聞いていたのが、せいぜいですよ」
それは何かというと、ビートルズを持ち出す同世代者への批判だった。
「そうでしょう」
日本テレビで仕事をしていたぼくは、そういう(世代)というのがよくわかった。まったく同感といってよかった。
亀和田武さんの「60年代ポップ少年」(小学館)にも同じような台詞がある。
ビートルズの登場によって耳触りのよいアメリカとイギリスのポップスは一夜にして”懐メロ”と化した。三十代の半ばになって、「ねえ、カメちゃん。あのころはビートルズをよく聴いたよな。オレたち、やっぱりビートルズ世代なんだよね」
というまったくの歴史の捏造を口にする友人に対して、亀和田さんは
「オマエが休み時間に毎日、楽しそうに歌っていたのは、三田明の『美しい十代』と、舟木一夫の『高校三年生』じゃないか」
とひそかに言いかえす。
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ビートルズの神話性に、軽やかに乗っかってしまう初期世代に、相容れない違和感を感じることがある。後の世代に秘匿して、なぜそんなに時代を脚色したがるのかと。私の場合、ラジオから流れるエルヴィス・プレスリーが主で、映画は「ブルーハワイ」だったが、もしかするとそれも記憶を違った色に塗り重ねただけかもしれない・・・自信がなくなる。
(本ブログ関連:”ビートルズ”、”エルヴィス・プレスリー”)
2017年2月2日木曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
とはいえ、この歌は、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光」(2002年)で、女優キム・ジョンウンによって歌われていて、彼女の役柄が暴力団の親分の大事な末っ子であり、とびっきりうぶな娘ときて、まんざら演歌と無縁でもなさそうな・・・。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
先日、DVDレンタル店で、償却済みの「家門の栄光」が売られていた。邦題「大変な結婚」と書かれていて、若い女性を意識してかピンク色したパッケージが少々照れくさかったが、購入したのはいうまでもない。キム・ジョンウンがピアノを弾きながら、「私はいつもあなたを」を歌う場面が楽しみだ。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~~)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のpops8090、pariah1200に感謝)
2017年2月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 梅
始めに、朝鮮時代を代表する学者の一人、退渓李滉(이황、1501年~1570年)と梅について次のように紹介された。
・南部の地は、もう梅が咲き始める頃。朝鮮時代の儒学者、李滉は、千ウォン紙幣に描かれていて、その中央に花を咲かせた梅の枝が見える。彼が大事にした梅だ。遺言も「梅に水をやってくれ」だった。それには特別な逸話がある。彼が丹陽郡主に赴任したとき、官庁所属の妓生、杜香(두향)と出会う。李滉48歳、杜香18歳のときだ。彼が妻と息子を相次いで亡くした後のこと。詩才のあった杜香は、彼の心を慰め、梅の木を贈った。以来、彼は梅を大事にしたという。丹陽を去る時も梅の木を携え、後日、書院に植え替えたという。
・李滉が丹陽で別れて以来、69歳でこの世を去るまで、二人は二度と会うことはなかったという。杜香がくれた梅に花が咲くたび、李滉の枯れた心にも愛が咲いたことだろう。
▼ 歌辞(가사)という詩歌「梅歌(매화가)」を聴く。人生いかであれ、決まって春季は梅に訪れ来るもの。
次に、李滉亡き後、杜香のその後について次のように紹介された。
・李滉の訃報を聞いた杜香は、4日間彷徨し、安東の地まで行ったという。そして、丹陽に戻り、川に身を投じた。
▼ 恋人を懐かしむ想いを明るく演奏した「梅が良いな(좋구나 매화로다)」を聴く。どこか西域アジアの香りする。
最後に、梅の花を一番最初に咲かす巨濟島の舊助羅(구조라)小学校(廃校)について次のように紹介された。
・冬は終わる頃、梅の花を咲かせる。冷たい風と雪にもかかわらず、華やかに花を開き、ほのかな香りを漂わす。学者ソンビは、梅を「四君子(사군자)」の一つとして大事にした。ところで、普通の梅より早く、旧正月前の旧暦12月に花開く梅がある。2月初めから中旬に咲く、慶尚南道の南海岸にある巨濟島、舊助羅小学校にある白梅のことだ。また、その次に花を咲かす梅は、全羅南道の紅梅で、もともと違う場所にあったが枯れかかり、枝を植え替えたという。
▼ 京畿民謡の「梅打令(매화타령)」を聴く。<男女間の切ない愛の物語を楽しく歌う歌>という。
キム・ボエさんの声とともに穏やかな春風が吹いてきます。
2017年1月31日火曜日
公園の梅
(本ブログ関連:”梅林”)
梅林の梅と合わせて確認するものがある。ロウバイ(蝋梅)の木は初々しい黄金色の花を咲かせ、甘い香気を漂わせていたし、ミツマタの枝には白く小さな花弁が密集した花を咲かす一歩手前だった。両者は梅林の端にあって、何だか日陰に咲く花。
お互いさまに気の早い者たちが集い、梅林を巡っていた。梅の木々にはそれぞれ風流な名が付けられている(園芸品種名か?)。梅林の約一割ほどが花を咲かせていた。白梅もあれば紅梅もある。早咲きだろうか、来月後半の梅祭りにも観梅できるだろうか気掛かりだ。
全て見たわけでないが、早咲きの梅は次の通り。(ところで都心の最高気温、昨日19.5℃、今日10.0℃)
・紅色:紅千鳥
・薄紅色:鴛鴦(えんおう)
・薄桃色:曙(あけぼの)
・白色:古城の春に似る、八重冬至
2017年1月30日月曜日
ちょいと隣町へ
近くの公民館で、フィンランドの紹介イベントがあって、そのひとこまにフィンランド語の話題があるという。そこで入門書はないかと探しに出かけた次第。(先日、図書館で語学書のはじめの数章をコピーしたが・・・)
ショッピングセンターにある書店に行く。エスカレーターで上がると、リニューアル中の案内があちこちにあって、数々の店が入れ替わるようだ。年度の代わりもあってか、ファッション業界の店舗は維持継続が大変のようだ。
書店で目移りして、結局、地学コーナーに足が向いてしまう。「採集ロマン物語 少年Aの採集記」(ペンネーム:夢の又三郎)という小冊子を入手。京都にある益富地学館の館報に掲載された、昔(昭和30-40年代)の鉱物採集の思い出を綴ったもの。”娯楽短編小説”とのことで、面白おかしくされているようだが、鉱山が生き生きした時代、美しい結晶をざくざく手にした時代、そんな夢幻のごとき醍醐味を活字で賞味してみたい。ああ、うらやましい。
2017年1月29日日曜日
調布飛行場
さえない天気のせいか、街は日曜日らしい活気もない。気を取り直すべく(空を見ようと?)「調布飛行場」へ遠出した。飛行場の隅で、ドルニエ228がエンジン整備のためか思いっきりターボプロップエンジンを吹かせていた。飛び立つことはなかったが、飛行場端の土手の上からたくさんの家族連れが眺めていた。
(本ブログ関連:”調布飛行場”)
さて、飛行機の傍にもっと寄ってみたい。飛行場南側にある「プロペラカフェ」で、隣接の格納庫にある飛行機とヘリコプターを見ながらお茶をする。客でたいそう混んでいたが、ガラス窓越しに眺めることのできる席に幸い座ることができた。
格納庫には単発機2機とヘリコプター1機が駐機していた。
・単発:JA72XL / Liberty_XL2 (US、クルー1人、乗客1人)
・単発:JA4187 / Socata TB-9 Tampico (FR、クルー1人、乗客3人)
・ヘリ:JA9664 / Agusta A109A Mk2 (IT、クルー1-2人、乗客6-7人)
帰り道、小一時間ほどの飛行機鑑賞のおかげ、心がすっかり落ち着いているのに気付いた。私にとって飛行機は、どうやら精神安定剤のようで、中学時代に戻らせてくれる。
2017年1月28日土曜日
(資料)旧正月
今日は旧暦1月1日、「旧正月」だ。といって、普通の土曜日。近隣の図書館に併設の読書室で、眠気に誘われて長居できず退散してしまった。街の様子も平凡、旧正月の気配はない。
(本ブログ関連:”旧正月”)
ところで「旧正月」の呼称について、J-Wikipediaを参照すると、中国文化圏の各国で次のように紹介されている(含む英語呼称)。(抜粋)
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・日本語 - 旧正月
・中国語 - 春節、新年、新春、大年、農暦年、農暦新年、旧暦年、元旦
・朝鮮語 - ソルラル(설날)、ソル(설)、クジョン(旧正、구정)
・ベトナム語 - テト(Tết、漢字では節)、テトグェンダン(Tết Nguyên Đán、節元旦)
・英語 - Chinese New Year、Lunar New Year、Chinese Lunar New Year、Spring Festival
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韓国のソルラル(설날)について、K-Wikipediaに次のような説明(出典:新聞記事)がある。(抜粋)・・・できたてほやほやのようだ。(ソルラル(설날)の「날(ナル)」は「日」)
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「ソル(설)」は、「半熟である(설다)」、「見慣れない(낯설다)」、「慣れない(익숙하지 못하다)」、「謹(つつし)む(삼가다)」などの意味に由来したものと推測される。
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2017年1月27日金曜日
「Google Chrome」最新安定版「56.0.2924.76」
・ウェブページのリロード(再読み込み)速度が28%高速化。
それより、結果、このBloggerの書体が変わってしまった。「等倍角」になって、まるでマニュアルでも読んでいるよう。なんだかサバサバして味気ない。慣れればいいのかもしれないが・・・いや、やっぱり何とかして欲しい。
⇒ 「Blogger テンプレート デザイナー」で、フォントを少し手直ししたが
2017年1月26日木曜日
少し温んだような
それはさておき、「大寒」(1/20)を過ぎて、気温が反転したのだろう、少し温んできたような気がする。検診に出かけるときもそうだった。完全防寒のはずが、隙間から入る風がいつもと違っていたのだ。
今日の都心の最高気温は 10.7℃で、10℃超えしている。我流の寒気の境界は、10℃前後のようだ。天気予報を見ると、土曜日を除いて、これから一週間 10℃超えらしい。
ようやく、春へ舵を切ったのだろう。ただし、小学校の生垣にある沈丁花は、赤い蕾を膨らませているが、まだ香りを漂わせていない。寒い夜道を負かすような、少し重げな、あの香気が待ち遠しい。
2017年1月25日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 林芳蔚
(参考) ブログ「キム・ミョンゴンの世界の話」に、林芳蔚について詳細な話題がある。感謝。
始めに、1925年9月、毎日新報社主催の「朝鮮名唱コンサート」でデビューした 「林芳蔚」について次のように紹介された。
・1925年、新聞社主催の演奏会が開かれ、当時、最高の歌い手が出演した。そんな中、一人の見知らぬ男が舞台に上がった。背は低く、デコボコな皮膚の若い男で、服装も田舎風だった。そんな姿を見てあざ笑ったり、休み時間と思って立ち上がる観客もいた。しかし、その青年が歌いだすと、雰囲気は一変する。罪なくて投獄された女性の悔しさを歌に表現した「春香歌(춘향가)」が終わると人々は熱狂した。青年は、この日以来、最高の歌い手となる 「林芳蔚」だ。彼の歌を録音したレコードは、コロンビアレコードやビクターレコードなどから100万枚以上売れたという。
▼ 獄中の春香が恋人を恋しく想う「スクテモリ(쑥대머리、髪が乱れた様子を指す)」(歌林芳蔚)を聴く。悲しみに暮れる・・・。
次に、林芳蔚と妓生の「金珊瑚珠(김산호주)」とのラブストーリーについて次のように紹介された。
・春香の絶望感を鋭く歌った林芳蔚は、パンソリ界で最高のロマンチストでもあった。林芳蔚と妓生の金珊瑚珠にはラブストーリーがある。二人は出会った瞬間から恋に落ち、林芳蔚は歌うことを止めて、彼女の家で過ごした。毎日練習せねばならぬのに、何年間も無為に過ごした結果、彼は喉を傷め、きれいな声を出せなくなる。彼はふと気を取り戻し、山中に入った。彼女に何も言わず、山中で歌にまい進した。その間、彼女は彼を捜し歩いて病になり、亡くなってしまう。その知らせを聞き山を下りた林芳蔚は、彼女の亡骸を抱いて歌を歌った。それは、時間を取り戻すことのできない、残念な気持ちが表れた曲 「思い出(추억)」だった。
▼ 短歌 「思い出」(歌林芳蔚)を聴く。己が空しさを嘆くが、珊瑚珠への直接の言葉は・・・。
最後に、林芳蔚が庶民の友として長く記憶されることについて次のように紹介された。
・林芳蔚は、当時最高の歌い手と言われたが、貧しく力のない人々のそばにいつもいた。後に、彼がこの世を去ると、葬儀に本当にたくさんの人々が参列したという。長蛇の列の最後には、100人以上の乞食もいて注目を浴びた。林芳蔚が、公演を無料で観覧できるようにしたという。そこで彼らは、その心に報いる気持ちで、葬列に加わった。林芳蔚は、歌で人々の悲しい心を慰めた。今も庶民の友として記憶されている。
▼ 林芳蔚作曲 「八道遊覽歌(팔도유람가)」を、コムンゴ演奏と歌で聴く。朝鮮八道、全国遊覧・・・
2017年1月24日火曜日
2017年1月23日月曜日
イ・ソンヒの「この歌をかりて」
若者は積み重ねて塔を作ることができる。おじさんは、積んでは崩す鬼のため少しも上達しない。それでもあきらめないのが、おじさんのいいところ。
イ・ソンヒのアルバム12集に所収の 「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年、作詞カン・ウンギョン、作曲ユ・ヨンソク)は、実話に基づく内容で、投稿サイトの 「トゥデイ・ユーモア」 によれば、「この歌は、・・・聴覚障害のある方が障害のために、愛する人を去り、別れるしかなかった痛みを表現した」ものという。
若者は積み重ねて塔を作ることができる。何としても成就してほしい。
分かってよ、多分私もそうしたわ
私に反対の家族は もう許してくれたの
あなたもおそらく親になれば、その心分かるわ
あなたを惜しんで そういうのを
幸せでなければならない、私の掌(てのひら)に書かいて
走って行ったあなたに 電話しようとしたの
そんなにも あなたのために練習した言葉
あなたを愛してる、私の声で
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
私は祈って、またこの世に来るなら
その時は このようにどうか生まれないように
誰かをただ愛することさえ
罪にならねばならぬ自分が嫌いです
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
*
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
(*以下繰り返し)
2017年1月22日日曜日
試合
卓球の日本選手権、女子シングルス決勝戦で、石川佳純選手が平野美宇選手に敗れた。石川選手がニュース番組に登場するたび、「あっ、佳純ちゃんだ」と思いながら見ていたが、平野選手は史上最年少(16歳)のチャンピオンになるという。こんなに幼い子が優勝するとは感心するばかり。
次々と若者が躍進する。スポーツはそれを見せてくれる。
それに、昔、誰が想像したろうか。大リーグで活躍する(鈴木)イチロー選手。テニスの世界でトップに限りなく近い錦織圭選手。私の世代にとって、彼らは全く新しい超人だ。そして、次の世代のお手本になり、すぐそばに見える乗り越えるべきマイルストーンだ。
2017年1月21日土曜日
(資料) トランプ大統領就任演説全文 (英文)
トランプ大統領の就任演説
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Chief Justice Roberts, President Carter, President Clinton, President Bush, President Obama, fellow Americans, and people of the world:
thank you.
We, the citizens of America, are now joined in a great national effort to rebuild our country and to restore its promise for all of our people.
Together, we will determine the course of America and the world for years to come.
We will face challenges. We will confront hardships. But we will get the job done.Every four years, we gather on these steps to carry out the orderly and peaceful transfer of power, and we are grateful to President Obama and First Lady Michelle Obama for their gracious aid throughout this transition. They have been magnificent.
Today's ceremony, however, has very special meaning. Because today we are not merely transferring power from one Administration to another,or from one party to another - but we are transferring power from Washington, D.C. and giving it back to you, the American People.
For too long, a small group in our nation's Capital has reaped the rewards of government while the people have borne the cost.
Washington flourished-but the people did not share in its wealth.Politicians prospered - but the jobs left, and the factories closed.The establishment protected itself, but not the citizens of our country.
Their victories have not been your victories; their triumphs have notbeen your triumphs; and while they celebrated in our nation's Capital,there was little to celebrate for struggling families all across our land.
That all changes - starting right here, and right now, because this moment is your moment: it belongs to you.
It belongs to everyone gathered here today and everyone watching all across America.This is your day. This is your celebration.
And this, the United States of America, is your country. What truly matters is not which party controls our government, but whether our government is controlled by the people.
January 20th 2017, will be remembered as the day the people became the rulers of this nation again.The forgotten men and women of our country will be forgotten no longer.
Everyone is listening to you now.You came by the tens of millions to become part of a historic movement the likes of which the world has never seen before. At the center of this movement is a crucial conviction: that a nation exists to serve its citizens.
Americans want great schools for their children, safe neighborhoods for their families, and good jobs for themselves.These are the just and reasonable demands of a righteous public.
But for too many of our citizens, a different reality exists: Mothers and children trapped in poverty in our inner cities; rusted-out factories scattered like tombstones across the landscape of our nation; an education system, flush with cash, but which leaves our young and beautiful students deprived of knowledge; and the crime and gangs and drugs that have stolen too many lives and robbed our country of so much unrealized potential.
This American carnage stops right here and stops right now. We are one nation - and their pain is our pain. Their dreams are our dreams; and their success will be our success. We share one heart,one home, and one glorious destiny.
The oath of office I take today is an oath of allegiance to all Americans. For many decades, we've enriched foreign industry at the expense of American industry; Subsidized the armies of other countries while allowing for the very sad depletion of our military; We've defended other nation's borders while refusing to defend our own; And spent trillions of dollars overseas while America's infrastructure has fallen into disrepair and decay.
We've made other countries rich while the wealth, strength, and confidence of our country has disappeared over the horizon. One by one, the factories shuttered and left our shores, with not even a thought about the millions upon millions of American workers left behind.
The wealth of our middle class has been ripped from their homes and then redistributed across the entire world. But that is the past. And now we are looking only to the future. We assembled here today are issuing a new decree to be heard in every city, in every foreign capital, and in every hall of power. From this day forward, a new vision will govern our land.
From this moment on, it's going to be America First. Every decision on trade, on taxes, on immigration, on foreign affairs, will be made to benefit American workers and American families.We must protect our borders from the ravages of other countries making our products, stealing our companies, and destroying our jobs. Protection will lead to great prosperity and strength. I will fight for you with every breath in my body - and I will never,ever let you down.
America will start winning again, winning like never before.We will bring back our jobs. We will bring back our borders. We will bring back our wealth. And we will bring back our dreams.We will build new roads, and highways, and bridges, and airports, and tunnels, and railways all across our wonderful nation.
We will get our people off of welfare and back to work - rebuilding our country with American hands and American labor. We will follow two simple rules: Buy American and Hire American.We will seek friendship and goodwill with the nations of the world -but we do so with the understanding that it is the right of all nations to put their own interests first.
We do not seek to impose our way of life on anyone, but rather to let it shine as an example for everyone to follow.
We will reinforce old alliances and form new ones - and unite the civilized world against Radical Islamic Terrorism, which we will eradicate completely from the face of the Earth.
At the bedrock of our politics will be a total allegiance to the United States of America, and through our loyalty to our country, we will rediscover our loyalty to each other. When you open your heart to patriotism, there is no room for prejudice.
The Bible tells us, “how good and pleasant it is when God's people
live together in unity." We must speak our minds openly, debate our disagreements honestly, but always pursue solidarity. When America is united, America is totally unstoppable.
There should be no fear - we are protected, and we will always be protected. We will be protected by the great men and women of our military and law enforcement and, most importantly, we are protected by God.
Finally, we must think big and dream even bigger. In America, we understand that a nation is only living as long as it is striving. We will no longer accept politicians who are all talk and no action -constantly complaining but never doing anything about it. The time for empty talk is over.
Now arrives the hour of action. Do not let anyone tell you it cannot be done. No challenge can match the heart and fight and spirit of America. We will not fail. Our country will thrive and prosper again.We stand at the birth of a new millennium, ready to unlock the mysteries of space, to free the Earth from the miseries of disease,and to harness the energies, industries and technologies of tomorrow. A new national pride will stir our souls, lift our sights, and heal our divisions.
It is time to remember that old wisdom our soldiers will never forget: that whether we are black or brown or white, we all bleed the same red blood of patriots, we all enjoy the same glorious freedoms, and we all salute the same great American Flag.And whether a child is born in the urban sprawl of Detroit or the windswept plains of Nebraska, they look up at the same night sky, they fill their heart with the same dreams, and they are infused with the breath of life by the same almighty Creator.
So to all Americans, in every city near and far, small and large, from mountain to mountain, and from ocean to ocean, hear these words: You will never be ignored again.Your voice, your hopes, and your dreams, will define our American destiny. And your courage and goodness and love will forever guide us along the way.
Together, We Will Make America Strong Again.We Will Make America Wealthy Again.We Will Make America Proud Again.We Will Make America Safe Again. And, Yes, Together, We Will Make America Great Again. Thank you, God Bless You, And God Bless America.
(Youtubeに登録のC-SPANに感謝)
2017年1月20日金曜日
大寒2017
都心の最高気温は、3.7℃だそうで、地元は 2.7℃位いか。この寒さに、外出の意欲もなく部屋にこもったまま。
(本ブログ関連:”大寒”)
ところで、イ・ソンヒが参加した、SBSドラマ「青い海の伝説」のOST全曲(イ・ソンヒの「風花」を含めて全35曲)が、「来る24日には、アルバムとして発売され、全国の売り場で出会うことができる」との報道(ソウル経済、1/20)がある。何とか入手できる方法を考えなければ・・・。
(本ブログ関連:”青い海の伝説”、”風花”)
2017年1月19日木曜日
雪の風花
そこで、雪が風に舞う光景をYoutubeに探したところ、次のような映像があった。音楽「風花」は日本のミュージシャン・ユニット「姫神(星吉昭)」のアルバム 「雪譜」に所収のようだ。おもしろいことに、この動画を提供しているのは、中国の「姫神ファンクラブ」だそうで、日本語の字義通り、雪が風に舞う様子を撮っている。
風花は、中国語でも同様の意かと思い、ネット辞書 「weblio」 に探したところ、「雪花(北風が吹きすさび、雪が飛び舞う)」の言葉が近いよう・・・確信ないが。
ところで、シンセサイザーが魔法のような時代、作曲家冨田勲は最大の先駆者だった。私のような凡人、素人でも知るくらいの金字塔だった。シンセサイザーが普及すると、作曲家喜多郎のNHK特集「シルクロード」のテーマ曲でだいぶ身近になった。その意味で、姫神の作品は身近で聞こえた。
(Youtubeに登録の姬神中国后援会に感謝)
2017年1月18日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 雪
始めに、雪原に残す足跡にも、後から来る人への気配りをするという言い伝えについて、次のように紹介された。
・冬といえば、雪景色が浮かぶ。白い積雪の朝、まだ誰も踏まぬ雪面に足跡を残せば、不思議と胸がわくわくして雪原を走り回りたくなる。昔、西山大師(서산대사、1520年~1604年)の詩に、雪が積もった野原を走り回るなということばがある。野原の足跡が、後から来る人に道しるべにもなり得る(踏雪野中去/不須胡亂行/今日我行跡/遂作後人程)からだ。足跡ひとつが、他の人を正しい道に導くことも、迷わせることもある。さりげない普段の行為を考え直すきっかけになる詩だ。
▼ カヤグム演奏の「春雪」から、第2楽章「平和に」を聴く。雪面に陽光が反射する穏やかさ。今様に。
次に、<雪だるま>も、その始めは小さな塊りから、物事の成就も同様と次のように紹介された。
・雪が降ると渋滞を心配することもある。だが、冬といえば<ぼたん雪>。子供たちにとって<雪だるま>作りは、冬の宿題のようなもの。人の大きさの雪だるまも、始めは小さな塊りだ。こぶし大から始まり、人の大きさまでにする。小さい塊をどれだけ長く、心を込めて転がすかによって、雪だるまの大きさが変わる。私たちの世も同じ。どんなに大きなことも、その始まりは小さい。それがいつか大きな塊になって戻ってくる。
▼ 南道(全羅道を中心に慶尚道と忠淸道の一部)地域の民謡 「雪だるま(눈사람)」を聴く。積極的な雪だるまの雰囲気する。
最後に、雪と麦の生育の関係を、「雪は麦の布団」や肥料の役割などについて次のように紹介された。
・雪がたくさん降れば、豊作になるという。「雪は麦の布団」という言葉もある。麦は、晩秋に種を植えて、芽が出した状態で冬を迎える。地面が凍ったり融けたり繰り返す内、麦は根っこが浮きやすくなる。冬の農村では、麦踏みを行なう。今も、南部地域では麦の農作業することが多い。白い雪の上に緑の小さい新芽が育つ風景は、いつ見ても不思議だ。冷たい風が吹く原で、麦も耐えるのは簡単でないはず。そんなとき、雪が降ってその上を覆うと、雪が布団の役をする。また、雪には、大気から吸収した窒素の化合物が混じっている。雪が肥料の役割をする。雪がたくさん降ることは、田畑に肥料を撒くのと同じ効果がある。今年の冬も雪のおかげで豊作になることを祈願する。
▼ 演奏曲 「Snow(雪)」を聴く。おしゃれに雪が降るよう。今様ののり。
2017年1月17日火曜日
冬の土用入りと咳薬
咳薬を服用後、ストーブの前でのんびり暖まりまどろんでいたら、まさに転寝してしまった。風邪を呼び込むような無用心、なんということだ。それにしても、薬は眠気を誘う。
冬が終われば、普段に戻るわけで、春が待ち遠しい。今日は、「大寒」の3日前、「立春」の18日前である。ますます寒くなる 1/20の「大寒」に雪が降るという気象予報士のはなしがあった。先日の1/14に見た、寒風に舞う一粒二粒の雪粒とは異なる、本降りになるかもしれない。
同時に、暦の春の始まりである 2/4の「立春」に近づく冬の「土用入り」でもある。ところで、夏の「土用入り」の場合、鰻を食うが、冬の「土用入り」には何を? とまあ言ってみたものの、「節句」に「春の七草粥」を食べたわけでなく、「小正月」に「小豆粥」を食べたわけでもなかった。気にするも野暮かもしれない。
2017年1月16日月曜日
イ・ソンヒの日本語曲
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒの日本語曲「空がくれたもの」、「見せたいけしき」”、”見せたいけしき”、”スージー・カン”)
もうひとつ話題がある。イ・ソンヒがソウル市議会議員(1991年~1994年)に在職するにあたって、「イ・ソンヒは、『当時、マイケル・ジャクソンの両親がアメリカ進出のラブコールをした(受けた)し、日本では安全地帯(안전지대)が曲を書いたアルバムの作業が完成された時であった』として、海外進出を目前にして、市会議員に出馬することになったことを明らかにした。」という情報がある。「当時」がいつなのか不明なので、上記の「空がくれたもの」、「見せたいけしき」と重なるのかどうか不明。
(本ブログ関連:”イ・ソンヒの思い出(政界進出、安全地帯の作曲)”)
当初から、アイドル路線にいなかったイ・ソンヒを、「空がくれたもの」、「見せたいけしき」を聴いての通り無理やり合わせようとしたのではなかったか気になってしょうがない。とはいえ、イ・ソンヒは1990年の「大阪花博覧会」(5月22日開催の「韓国の日記念行事」に出演)、1999年のチャリティショー「韓国大衆文化芸能祭@1999」(その中の5月28日・29日に出演)のため来日している。
(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒの過去の日本公演と日本語曲”)
いずれ、イ・ソンヒのままに歌い聞かせるため、来日されんことを待ち望んでいる。
(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)
2017年1月15日日曜日
小正月 2017
わが家の門前に門松を飾ったことはない。むしろ、商業ビルの入り口に目にすることが多い。竹を斜めに切って束ね、松の枝を添え、足元を藁で縛り包む。建物入り口の両側に置く。正月に、緑が眩しい。
この1月15日は、「小正月」とも呼ばれる。昔の正月は、女性、特に主婦に負担が掛かった。師走からおせち料理、大掃除など準備し、かつ正月の来客へ馳走をもてなしたりした。だからだろう、正月の真の終わりに、ねぎらう意味から「女正月」という。
小正月に、「小豆粥」を食べるそうだが、私にしてみれば、先日の「七草粥」同様忘れてしまった。とはいえ、先人たちが伝えた習慣、けじめを今更ながら大切なことと思う。
ところで今日は寒すぎた。南関東側は雪の影響はないけれど、それでも外出を躊躇した。つまり、家にこもってしまったのだ。これから一週間、最高気温は10℃±、最低気温は0℃±と続く。
2017年1月14日土曜日
もしかしたら初雪
南の空は明けわたり、太陽光がまぶしく降り注いだ。一方、北の空は鈍色の雲が空を覆い、寒風を溜め込んでいた。昨日と同じ空模様だが、今日はいっそう厳しい。
玄関先で、一瞬、斜めに漂う白いものに気付いた。まるで、たきび(焚き火)に舞う小さなススのようだが、ひとつだけ吹かれていたのだ。目を凝らしてしばし歩くと、またして気付く。初雪だなと、それなり自信を持った。
近所の栗林で、栗の木が次々切り倒されているのを見た。栗の実が熟した時、枯れ枝を数多く目にしていた。害虫か病気のせいだったのだろうか。枝を切り落とされ幹だけ残した姿を見ると切ない気がした。
2017年1月13日金曜日
イ・ソンヒ ”美熱狂ボーカル” SBSドラマOST熱
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
Dispatch掲載の「TVリポート」の記事、「”美熱狂(美친)ボーカル”・・・イ・ソンヒからキム・セジョンまで、SBSドラマOST 熱戦」(1/13、イ・ウイン記者)は、SBS平日ドラマのOSTに参加した歌手たちを紹介している。本ブログは、特にイ・ソンヒに関連した部分のみ次のように抜粋した。
(釈明) イ・ソンヒ以外の歌手たちの活躍も触れられているので、関心ある方は<記事本文>を参照ください。
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イ・ソンヒからキム・セジョンまで、SBS人気ドラマ満たした美熱狂ボーカルたち
・SBS平日ドラマの人気の先頭に立った二頭立て馬車、「浪漫ドクターキム・サブ(낭만닥터 김사부 )」と「青い海の伝説」が、合わせて視聴率 40%(ニールセン・コリア基準)を超える強力な記録を見せるように、平日ドラマ市場を完全に掌握したといっても過言ない。それぞれ、20回以上という長い互いの息も合って、月曜日から木曜日まで隙を与えず、鉄壁の守備で人気の王座を強固に守っている状況。2016年の終わりを閉じ、2017年の初めを開き、SBSドラマの全盛時代を導くヒット作品になった。
・・・
・(色々な歌手に加えて) 女性ボーカリストの最強者といえるイ・ソンヒまでが、「青い海の伝説」の OSTに合流して目を引いた。全国ツアーで忙しい毎日を送るイ・ソンヒは、ドラマの作品性と歌の完成度に魅せられて「風花」を歌唱した。チョン・ジヒョンとイ・ミンホの切ない場面に重ねられて、逸品ボーカリストであることを立証した。 ・・・
・「青い海の伝説」のOST制作会社側は、「国内最高の作家、演出、そしてトップ俳優との出会いという点で、OSTが何より重要だった。名場面の繊細さを歌で生かすために、実力を持つボーカリストの キャスティングに精魂を込め、おかげで視聴者とリスナー全てに満足した結果が出せたようだ」と説明した。
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2017年1月12日木曜日
イ・ソンヒの「風花」
(本ブログ関連:”風花”)
ファンとしては、歌があって、ドラマがあってという逆立ちだが、必ずや念願を果したいと思っている。今年最初の、イ・ソンヒの歌う「風花」を再び楽しんでみよう。これを聴けば、もうドラマを見てしまったような気になるから不思議だ。
ちなみに、「風花」についてWikipediaによれば、「風花(かざはな、かざばな)は、晴天時に雪が風に舞うようにちらちらと降ること。あるいは山などに降り積もった雪が風によって飛ばされ、小雪がちらつく現象のこと。」とのこと。
まだ、夢を見るのです
夜空に霞んだ月明りのように
まばゆい思い出の中で、その人は
ぼんやりと浮かんできます
風に舞う花びらに
暖かいあなたの香りを感じて
過ぎ去ったような
わずかだった因縁は、もう
私の全てなのに
同じ空の下あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いのです
青い海水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ
___
空に彩る星明かりに
暖かいあなたの息遣い感じて
運命のようにあなたと
このままそんな風に、残って
息することができるなら
*同じ空の下あなたと
一緒にいるということを
掻き消されるのじゃないか恐いのです
青い海水平線まで
歩けるなら
あなたの 手を離したくないのよ
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録のKpop Music _に感謝)
2017年1月11日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 酒
⇒ キム・ボエさんの解説が登録されましたので、[ ] で追記しました。
始めに、朝鮮中期の官吏「盧禛(노진、1518年~1578年)」と王宣祖(선조)にまつわる詩について次のように紹介された。
・朝鮮中期に清廉潔白な官吏だった盧禛が、高齢な母のため都を去ったとき、王宣祖は失望し詩に表わした[御製歌(어제가)]。また、盧禛の定型詞調 「平時調 万寿山(평시조 만수산)」には、王の長寿へ願いを込めた献杯に、王への心からの忠誠心を見ることができる。
▼ 平時調 「万寿山」を聴く。厳かにそして高貴に歌う。
・この「万寿山」を作詞した詩人は、慶尚道咸陽から来た盧禛に他ならない。その地には、2つの詩碑がある。ひとつは盧禛への宣祖の詩であり、もうひとつは盧禛の「万寿山」の詩である。酒は王への忠誠心を示すといわれる。
次に、若い頃に人生を楽しむことを奨める「四季歌(단가 사철가)」について次のように紹介された。
・人生は束の間である、若いときに人生を楽しめと奨めることから、短歌の「四季歌」はインスピレーションを得た。生きて飲む酒は死後の祝祭で飲むよりもっとよい。
▼ 「短歌 四季歌」を聴く。こちらは地の声がしてたくましい。
最後に、朝鮮中期の学者「鄭澈(정철、1536年~1594年)」の「将進酒辞(장진주사)」について次のように紹介された。
・昔、旧正月の後に、薬草で作られた「屠蘇酒(도소주)」を飲み、年初に悪鬼払いして、家族全員の健康と幸せを願った。朝鮮中期の学者「鄭澈」が書いた「将進酒辞」がある。
▼ 鄭澈の辭說時調「将進酒辞」にもとづいた「将進酒(장진주)」を聴く。長々と伸びる言葉に酔う?
2017年1月10日火曜日
それでも春よ来い
近所を探せば、小学校の生垣におさまっている沈丁花が、小さな赤い芽を膨らませ始めているし、民家の庭先の白木蓮は枝先にあちこち白い芽を見せて揺れている。
(本ブログ関連:”沈丁花”、”白木蓮”)
新しい経験をひとつひとつするたび、幼子は喜びを満面の笑みにあらわす。そのはしゃぎ声は、遠くに置き忘れたものを呼び覚ましてくれる。童謡「春よ来い」(1923年、作詞相馬御風、作曲弘田龍太郎)の「みいちゃん」の期待に共鳴し心躍る。
「唱歌・童謡ものがたり」(岩波現代文庫、読売新聞文化部)の「春よこい」の項目には、作詞者相馬御風についてこんな一節が書かれている。
「(郷里)糸魚川に戻った御風は良寛の研究に没頭した。『大愚』と号し、一切の欲を捨てて村の子供らと無心に交わった希代の思想家・芸術家。今では知らぬ人のいない良寛さんだが、その足跡を発掘して世に紹介した最大の功労者が、ほかならぬ御風である。
『春よこい』では 『じょじょ』 『おんも』など、当時の童謡としては珍しく幼児語が使われた。雪深い越後の遅い春を待つ幼子の心が伝わってくるのは、言葉の技巧ゆえではなく、作者自身が子どもになりきっているからだろう。あの良寛さんのように。」
(Youtubeに登録のキッズボンボンに感謝)
2017年1月9日月曜日
成人式
(本ブログ関連:”成人式”)
日曜日と祝日がだぶらぬようにした「ハッピーマンデー制度」は、休日を増やすいいアイデアだが、カレンダーの赤文字(休日)があちこち動いて少々とまどう。とはいえ、今年の成人の日は、土曜日を含めて3連休にしてくれた。
ところで、成人への通過儀礼である「元服」は、15歳で行なうことから、「成人の日」を1月15日にしていたと思う。それが、今年のように9日になると、本来の意味合いがどう捉えられるか杞憂する。
私の場合、学生時代のこと、単純に儀式に対する抵抗感だけで、地元の公会堂で行なわれる「成人式」に出かけようなんて思いもよらなかった。まして、先祖たちが「元服」で促した大人の覚悟を理解すらしていなかった。若さとは、そんな薄っぺらいものでもあるよ。
2017年1月8日日曜日
イ・ソンヒの「悲しい愛」
EPレコード盤のA面・B面は、位置付けがはっきりしていて、A面には流行らせたいタイトル曲が入っていた。LPレコード盤になると、それまでの作品の総集編の意味合いもあり、聴く側に位置づけを任されたようだ。カセットテープは、LPレコード盤と同様にテープに収録させた。少し安価にして、たやすく聴きたい若者向けだったといえる。ウォークマンで聴くためでもある。
B面で、おやっと思わせる作品を見つけたとき、珠玉に巡りあったような幸運を感じるものだ。イ・ソンヒの9集所収の 「悲しい愛(슬픈 사랑)」(1994年、作詞・作曲ヤン・ムンスン)を、YoutubeのカセットテープB面映像で聴くことができる。レコード店か、それとも屋台に並んだのだろうか想像したくなる。
ジョージ・ウィンストン風の出だしから(編曲の妙味か)一転して、イ・ソンヒは柔らかく歌い聞かせる。彼女らしい発声を響かせながらも、いろいろな味わいする洒落た雰囲気がいい。
(本ブログ関連:”悲しい愛 ①、②”)
ひとたび去った 愛の束の間は 二度と 戻らなくて
街に 雨降るように、私の心に 涙降る
*あちらこちら さまよい ながら 歩いても
見えない あなたの姿、あらゆることが 夢だったのか
ひとり野辺に 咲く花のように、私いつも ここにいるけれど
なぜ 暗い思い出の中に 遠ざかって行くのですか
わたしの悲しい 愛よ
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録の이원호に感謝)
2017年1月7日土曜日
七草粥
(本ブログ関連:”七草粥”)
そのとき、ああ七草粥かと合点しながら、実は今日それを食することを気付いていなかった。テレビのニュースで、七草粥にして朝に食べる風習を紹介しているのを見て気付いたわけ。
目の前に事実が並んでいても、何となく風景のまま見過ごしてしまうことって多い。ブログに、後付けして書き足すのもいい訳じみて戸惑う。かといって、何から何まで風習に合わせて生活するわけにもいかない、しんどいものだ。
七草粥にして食して始めて身につくのかもしれないが、春の七草 <セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ>を、この時期何度も復唱し、忘れてきた。そして、今日も忘れていたよ。
2017年1月6日金曜日
(参考) イ・ソンヒ出演のTVコマーシャル企業の事件
(本ブログ関連:”チョンホ(泉湖、천호)食品”)
① 朝鮮日報(日本語版)の記事
朝鮮日報(日本語版)の記事、「『中国産の偽紅参エキスを販売』 韓国健康食品メーカーが謝罪」(1/4、イ・スルビ記者)は、企業の責任問題として、次のように報じている。
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・韓国健康食品メーカーのチョンホ食品が3日、「中国産の偽の紅参(高麗人参を蒸して乾燥させたもの)」を原料にした紅参製品を販売していた事実を公表して謝罪*し、波紋を呼んでいる。
(*)謝罪文は、同社ホームページ > お客様センター > お知らせ に掲載
・同社は自社ホームページに載せた謝罪文で「韓国人参製品協会の会長と副会長が経営する企業が紅参濃縮液の原産地を偽り、色素を混ぜ込むなど不道徳な行為をしていたことが検察の捜査で判明した」とし「この企業から購入した原料を用いた本社の一部製品でも問題が見つかったため、原料をすぐに廃棄し、該当の商品を全量回収する措置を取った」と伝えた。
・問題となった同社の紅参製品は「6年根紅参エキス」など4商品。同社は該当商品の購入者に対し、全量交換および払い戻しを実施するとしている。
・これに先立ち、韓国人参製品協会の会長(73)を含む紅参製品メーカーの代表7人は昨年12月29日、中国産人参濃縮液に水あめやキャラメル色素などを混ぜ込み、「韓国産紅参100%」とうたって販売したとして検察に起訴された。被告らの納品先の中にチョンホ食品も含まれていた。
・これを受け、消費者の間ではチョンホ食品製品の不買運動が起きている。インターネット上では「『6年根紅参濃縮液と精製水のほかは何も加えていない』という広告を信じて買っていたのに、裏切られた」、「食べ物で悪さをするとは、二度と買わない」といった批判のコメントが書き込まれている。一方で、「チョンホ食品はわざと偽の原料を使用したわけではないのに、犯罪者扱いするのはよくない」、「チョンホ食品も被害者だ」と擁護する声もある。
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② ハンギョレ新聞の記事
この件について、ハンギョレ新聞の記事、「チョンホ食品、『偽紅参エキス』の謝罪文掲載も議論拡散」(1/4、カン・ミンジン記者)は、同紙の特性もあって、思わぬところへ飛び火しそうな気配を暗示している。(抜粋)
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・チョンホ食品は、先に11月、(同社)キム・ヨンシク会長が、自身の運営するインターネット・カフェで、「キャンドルデモ(蝋燭示威)・デモ・昔のことを暴くマスコミなど、なぜこうなのか分からない。国政が揺れれば国が危険になる」として、キャンドル集会を非難する文と一緒に、保守団体が、「大規模集会を起こしたり、集会に加担した者は暴徒」という内容で製作した動画を上げて、世論の激しい非難を受けていた。
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③ 済民日報の記事
また、今回のテレビ広告モデルとなったイ・ソンヒにも、クレームが及ぶ可能性が出てきた。済民日報の記事、「『泉湖(チョンホ)食品食品』謝罪文掲載、歌手イ・ソンヒに向かった飛び火 『イ・ソンヒも被害者だ』・・・なぜ?」(1/3、キム・ユジン記者)は、次のように報じている。(抜粋)
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・このような、泉湖食品の悪行(蛮行)が明らかになって、一部では「泉湖食品」の広告モデルとして活動している歌手イ・ソンヒに向けても具合の悪い注意を引いている。
・あるインターネットユーザーは、「清潔なイメージのイ・ソンヒさんが、泉湖食品を広報するとは不快だ」と、「今からでも、イ・ソンヒさんのイメージのため、広告契約を解約すれば良い」と主張した。 他のインターネットユーザーは、「泉湖食品の悪行を思い出すと、イ・ソンヒさんに対するイメージも好転しないだろうと思っている」と指摘した。
・これを聞いたインターネットユーザーたちは、「広告モデルが何の罪か」、「イ・ソンヒも被害者だ」、「このようなごり押しがどこある」など多様な反応を見せている。
・一方、泉湖食品側が謝罪文を掲載したにもかかわらず、相変らず世論は冷たい反応を続けていて、不買運動の動きまで見せている。
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ネット時代、情報はいち早く拡散し、かつ半永久的に残る。しかも検索は容易。ネット情報は、1度のミスを閲覧者の手で、10倍にも100倍にも膨らますことができる時代だ。
2017年1月5日木曜日
小寒2017
(本ブログ関連:”小寒”)
近所にある読書室の窓辺で、ガラス戸越しに陽に当たりながら読書した。ぽかぽかして心地よい。そんなとき、巨大な温室を作って日がな一日ぼんやり暖まったらなんて空想したりする。それに溜め込んだ鉱物標本を小さく割ってみたいし・・・。
以前、ビニール温室の作り方をYoutubeで見たことがある。農家が使う規模になると、とても一人でできるものでない。かといって、趣味の園芸用のものは小さすぎる。
読書室が冷え始める頃、街通りの冷気を潜り抜けて帰宅する。寒暖の差は、やっぱり体にきついようだ。部屋の暖気にまた咳き込んだ。
2017年1月4日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 山々
始めに、朝鮮時代の王座の後ろに置かれた屏風絵の「日月五峰図(일월오봉도)」について次のように紹介された。
・宮廷の王座の背後に屏風があり、青い空のもとに緑山の五つの峰が並ぶ。峰の合間に、白い月と赤い太陽が浮んでいる。この屏風絵を、太陽と月と五峰の意から「日月五峰図」といいい、王を象徴した。五峰は、「金剛(금강)山」、「白頭(백두)山」、「智異(지리)山」、「妙香(묘향)」、「三角(삼각)山」などを指す。昔から、山神に祭祀を捧げた五山であり、国土を象徴的に表したものといえる。
▼ 五峰山での楽しい一日、「五峰山打令(오봉산타령)」をカヤグムの演奏で聴く。今様な、軽くステップを踏みたくなる。
次に、「檀君神話」や仏教の信仰で、神聖な場所としての山について次のように紹介された。
・昔、山は地形的な意味だけでなく、山中に神が棲むとされ、神聖な場所だった。「太白(태백)山」は、「檀君神話」の背景となっている。神話中の「桓雄(환웅)」は、天から太白山の「神壇樹(신단 수)」の樹下に降りた。ここを「神市(신시)」と呼ぶ。桓雄の息子が檀君である。檀君は、民族の始祖であり、最初の山神である。山神は、山を守るだけでなく、国を守る役割もした。後に仏教が伝来すると、歴史を持つ山に、仏と菩薩が住むと信じられた。金剛山を始め、山や峰の名は、仏教由来が多くある。ある伝によると、地形が美しい金剛山は、何人でも一度は見てみたくなるほどの山だった。
▼ 金剛山の美しさを歌う、「金剛山打令(금강산타령)」を聴く。仏教版観光ガイドのようで、素朴な繰り返しが耳に馴染む。
最後に、初日の出を迎える場所として「雪嶽(설악)山」が有名と、次のように紹介された。
・あと数日で(12/28放送)、2017年の新年を迎える。初日の出に出かける人も多いだろう。韓国でも、「雪嶽山」など有名な場所に、初日の出を迎えるため多くの人々が集まる。早朝から並んで登らなければならないほどだ。海でも陽が昇るのを見られるが、山に出かける人が多いようだ。登山のためでもあるが、新年を迎え、山の良い気運をもらうためでもあるようだ。
▼ 雪景色が美しい山、「德裕山(덕유산)で」を聴く。標高1614m、真っ白な雪山は魅力的。今様の旋律に色付けされて。
キム・ボエさんのことば。「世事、様々な出来事で慌ただしい様子です。でも、2016年もあと数日で終わりなので、気持ちを切り替えなければと思います。みなさんも、より健康で明るい2017年をお迎えください。」 とのこと。今年も、番組の拝聴を楽しみしています。
(德裕山の雪景色)
(Youtubeに登録の김선호に感謝)