昨日、近所のスーパーで、七草粥用の「春の七草」が売られていた。一つは、生(野菜)のかたちで透明なラップにパッケージされたもの。もう一つは、乾燥(フリーズドライ)したのだろうか、印刷して中身の見えない袋にパッケージされたものだった。
(本ブログ関連:”七草粥”)
そのとき、ああ七草粥かと合点しながら、実は今日それを食することを気付いていなかった。テレビのニュースで、七草粥にして朝に食べる風習を紹介しているのを見て気付いたわけ。
目の前に事実が並んでいても、何となく風景のまま見過ごしてしまうことって多い。ブログに、後付けして書き足すのもいい訳じみて戸惑う。かといって、何から何まで風習に合わせて生活するわけにもいかない、しんどいものだ。
七草粥にして食して始めて身につくのかもしれないが、春の七草 <セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ>を、この時期何度も復唱し、忘れてきた。そして、今日も忘れていたよ。