昔は、家の庭で焚き火をしたりした。あるときは庭の落ち葉を掻き集めて山盛りし、焚き火と一緒に焼き芋を作った。また、あるときは庭に穴を掘って、家庭の可燃ゴミを燃やしたこともある。子どもにとって日常のひとこまだった。
それが今では、発ガン物質が出るとかで、屋外で物を燃やすことは禁じられている。まして路上で、子どもがすれば、火遊びと誤解されかねない。当たり前だったことが、当り前でなくなった。
童謡「たきび」(1941年、作詞巽聖歌、作曲渡辺茂)は、日常の歌だった。歌詞にある<しもやけ(霜焼け)>もなつかしい。冬の寒さに冷えて炎症した手足の指先が無性に痒くなる、特にこどもは。しもやけは普通なことと思っていた。
何よりなつかしいのは、焚き火の<炎>だろう。子どものやることだから、燃え上がるような真似はしない。炎が小さく揺れる程度だったが、まわりを囲む子どもたちの顔がやがて赤らみ暖まる。まるで仲良しの印のようだった。
(Youtubeに登録のf3113663eeeに感謝)
2017年2月9日木曜日
2017年2月8日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 立春
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「立春(입춘)」に関連した3曲を紹介した。
始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。
▼ ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。
次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。
▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。
最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。
▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。
始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。
▼ ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。
次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。
▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。
最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。
▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。
2017年2月7日火曜日
(雑談)飛行機
中学生の頃、飛行機に興味を持ち始め、地元の小さな本屋へ行って、うろ覚えの航空雑誌をたずねた。「飛行ファン」といったところ、主人は怪訝な顔をして、「航空ファン」を紹介してくれた。中学の職業技術の時間に、教師が大戦中の日本の飛行機を黒板に書いてくれた。当時の少年雑誌には、今と違って、そんな航空機を題材にした熱血漫画が連載されたものだ。
(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)
お気に入りの飛行機は、海軍偵察機の「彩雲」だった。切れ長の胴体が美しく、特に逆光のシルエット写真にうっとりしたものだ。3人搭乗の長い風防もすがすがしい。
その頃、遠縁の大学生が「航空情報」を片手に持って、わが家へ遊びに来ていた。航空学科にいるから、そんな雑誌を読むのだと思った。「航空情報」は、マニア向け「航空ファン」より少し技術寄りだった。
社会人になり、会社の仲間の関係で、調布飛行場にある航空会社所有の「パイパーチェロキー」に、子どもと一緒に乗せてもらったことがある。都内上空を駆け足で飛んだが、旋回時に機体を斜めにしたのが怖かったのだろうか、子どもの関心を引き起こすことに成功しなかった。
ときどき、航空雑誌を購入したが、次に気に入ったのは米ノースロップ社の練習機「タロン」だ。ベースになったフリーダムファイター、タイガーもあるが、純白に塗装したNASAで使用の「タロン」は格別だ。まさに、空の女王だ。
子どもの手前、軍用機を避けて、主に旅客機に関心を向けた。レシプロエンジンの真髄というべき「DC3」は、鉄道マニアにおける蒸気機関車のようなもの。エンジン音・排気音に生命力を感じた。ハワイ上空の実況版カセットをウォークマンで聞きながら通勤した。
あるとき、千歳-女満別間のラストフライトの情報を聞きつけて、その一日前だが、「YS-11」に搭乗した。そのまま足を延ばして、知床硫黄山で硫黄を採集したりした。
子どもに気兼ねなくなってから、久し振りに美しい飛行機を探した。昔のソ連の飛行機は折り紙のようなデザインが多かったが、そんなとき、「Su-27」の機影にびっくりした。機首部分の曲線の何と優雅なこと。競争相手(設計局)の MiG機まで似てきているのだから。
ステルス機の極端なヒラメのようなデザイン以降、(新幹線700系の鼻先に似た)「ドルニエ228」ののんびりした小さな旅客機もいいものだと思うようになった。日帰りの飛行機旅に、ドルニエ228はいいと思うよ。
(本ブログ関連:”飛行機”、”飛行場”)
お気に入りの飛行機は、海軍偵察機の「彩雲」だった。切れ長の胴体が美しく、特に逆光のシルエット写真にうっとりしたものだ。3人搭乗の長い風防もすがすがしい。
その頃、遠縁の大学生が「航空情報」を片手に持って、わが家へ遊びに来ていた。航空学科にいるから、そんな雑誌を読むのだと思った。「航空情報」は、マニア向け「航空ファン」より少し技術寄りだった。
社会人になり、会社の仲間の関係で、調布飛行場にある航空会社所有の「パイパーチェロキー」に、子どもと一緒に乗せてもらったことがある。都内上空を駆け足で飛んだが、旋回時に機体を斜めにしたのが怖かったのだろうか、子どもの関心を引き起こすことに成功しなかった。
ときどき、航空雑誌を購入したが、次に気に入ったのは米ノースロップ社の練習機「タロン」だ。ベースになったフリーダムファイター、タイガーもあるが、純白に塗装したNASAで使用の「タロン」は格別だ。まさに、空の女王だ。
子どもの手前、軍用機を避けて、主に旅客機に関心を向けた。レシプロエンジンの真髄というべき「DC3」は、鉄道マニアにおける蒸気機関車のようなもの。エンジン音・排気音に生命力を感じた。ハワイ上空の実況版カセットをウォークマンで聞きながら通勤した。
あるとき、千歳-女満別間のラストフライトの情報を聞きつけて、その一日前だが、「YS-11」に搭乗した。そのまま足を延ばして、知床硫黄山で硫黄を採集したりした。
子どもに気兼ねなくなってから、久し振りに美しい飛行機を探した。昔のソ連の飛行機は折り紙のようなデザインが多かったが、そんなとき、「Su-27」の機影にびっくりした。機首部分の曲線の何と優雅なこと。競争相手(設計局)の MiG機まで似てきているのだから。
ステルス機の極端なヒラメのようなデザイン以降、(新幹線700系の鼻先に似た)「ドルニエ228」ののんびりした小さな旅客機もいいものだと思うようになった。日帰りの飛行機旅に、ドルニエ228はいいと思うよ。
2017年2月6日月曜日
「青い海の伝説」CD到着
先日予約した、SBSドラマ 「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」のOSTのCD(ASIN: B01NAUERFB)が届いた。未視聴なドラマのOSTを先に求めたのは、イ・ソンヒがこの中で「風花(바람꽃)」を歌っているからだ。(ドラマ視聴については、DVDのレンタルが開始されたらゆっくり見させていただくつもり)
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
このアルバムは2CDセットだが、まるで<書籍スタイル>で、CDが付録のような構成だ。ドラマの主人公二人を中心にしたカラー写真と、OSTの歌詞の見開きページが大部を占めている。こんな形式のアルバムは初めてで、ちょっとした驚きだ。
次のOST一覧(Music Korea)の歌が、どんな場面で歌われたか不明だが、いずれレンタルDVDで確認することにしよう。
Disc1
1 : Sound Of Ocean - 吉俣 良
2 : どこかでいつか - ソン・シギョン
3 : あなたという世界 - ユン・ミレ
4 : きみに傾いて - チョン・ヨプ
5 : Love Story - LYn
6 : ときめく少年のように - ハ・ヒョヌ(GUCKKASTE)
7 : 風花 - イ・ソンヒ
8 : ばかだよ - ケン(VIXX)
9 : 万にひとつ - セジョン(Gugudan)
10 : 一日に一つずつ - パク・ユンナ
11 : ぼくはどうして - コーヒー少年
12 : Memories - 吉俣 良
13 : The Last Time - 吉俣 良
Disc2
1 : 隠された話(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
2 : 私の名前(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
3 : 次のこの時に - 二番目の月
4 : あなたを訪ねていく道 - 二番目の月
5 : 人魚の海1 - 二番目の月
6 : 人魚の海2 - 二番目の月
7 : 人魚の海3 - 二番目の月
8 : 消えた記憶(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
9 : 甘い待ち侘び - 二番目の月
10 : 一緒なのでよくて - 二番目の月
11 : あなたが立っているところ - 二番目の月
12 : 期待するよ! - 二番目の月
13 : 灯台 - 二番目の月
14 : 夢の中で(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
15 : 消えた記憶reprise - 二番目の月
16 : 心が見えて - 二番目の月
17 : 真珠の真心 - 二番目の月
18 : Agent Blue - 二番目の月
19 : 私が住んでいたところには、 - 二番目の月
20 : 私の名前reprise - 二番目の月
21 : また会うことができるだろうか - 二番目の月
(Youtubeに登録のVEMに感謝)
(本ブログ関連:”青い海の伝説”)
このアルバムは2CDセットだが、まるで<書籍スタイル>で、CDが付録のような構成だ。ドラマの主人公二人を中心にしたカラー写真と、OSTの歌詞の見開きページが大部を占めている。こんな形式のアルバムは初めてで、ちょっとした驚きだ。
次のOST一覧(Music Korea)の歌が、どんな場面で歌われたか不明だが、いずれレンタルDVDで確認することにしよう。
Disc1
1 : Sound Of Ocean - 吉俣 良
2 : どこかでいつか - ソン・シギョン
3 : あなたという世界 - ユン・ミレ
4 : きみに傾いて - チョン・ヨプ
5 : Love Story - LYn
6 : ときめく少年のように - ハ・ヒョヌ(GUCKKASTE)
7 : 風花 - イ・ソンヒ
8 : ばかだよ - ケン(VIXX)
9 : 万にひとつ - セジョン(Gugudan)
10 : 一日に一つずつ - パク・ユンナ
11 : ぼくはどうして - コーヒー少年
12 : Memories - 吉俣 良
13 : The Last Time - 吉俣 良
Disc2
1 : 隠された話(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
2 : 私の名前(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
3 : 次のこの時に - 二番目の月
4 : あなたを訪ねていく道 - 二番目の月
5 : 人魚の海1 - 二番目の月
6 : 人魚の海2 - 二番目の月
7 : 人魚の海3 - 二番目の月
8 : 消えた記憶(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
9 : 甘い待ち侘び - 二番目の月
10 : 一緒なのでよくて - 二番目の月
11 : あなたが立っているところ - 二番目の月
12 : 期待するよ! - 二番目の月
13 : 灯台 - 二番目の月
14 : 夢の中で(feat.ハン・アルム) - 二番目の月
15 : 消えた記憶reprise - 二番目の月
16 : 心が見えて - 二番目の月
17 : 真珠の真心 - 二番目の月
18 : Agent Blue - 二番目の月
19 : 私が住んでいたところには、 - 二番目の月
20 : 私の名前reprise - 二番目の月
21 : また会うことができるだろうか - 二番目の月
(Youtubeに登録のVEMに感謝)
2017年2月5日日曜日
「大変な結婚」
以前、レンタル店で借りたことがある、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光(가문의 영광)」(2002年)の邦題版DVD「大変な結婚」を再び見た。というのも、レンタル店で償却済みとして売られていたのを先日入手したからだ。肩がこらず、小難しい問題意識も必要としない、気楽に鑑賞?できるもってこいの映画だ。必要なのは笑い声だけ。(時間[プロット]を行ったり来たりするような映画ではない)
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
ソウル大法学部卒業のエリート青年実業家と、暴力団の親分が溺愛する末っ子の一人娘とが、ディスコで飲んだ酒に酔いつぶれた後、結婚にいたるまでの喜劇だ。笑いの展開やツボは、いずこも同じ。ちょっと古くて、下品さも持ち合わせたギャグが連発する。
この映画で歌われる、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」について、先日(2/2)、このブログで触れたが、映画のYoutube映像を関連付けしなかった。そこで同日の記述に、Youtube映像を埋め込んだ。
暴力団親分の末っ子の娘役、女優キム・ジョンウンのかまとと振り(お嬢さん振り)が、中々どうにいって面白くて可笑しい。ありえない設定、ありえない展開、見知らぬ二人がゴールにいたる「大変な結婚」だ。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
ソウル大法学部卒業のエリート青年実業家と、暴力団の親分が溺愛する末っ子の一人娘とが、ディスコで飲んだ酒に酔いつぶれた後、結婚にいたるまでの喜劇だ。笑いの展開やツボは、いずこも同じ。ちょっと古くて、下品さも持ち合わせたギャグが連発する。
この映画で歌われる、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」について、先日(2/2)、このブログで触れたが、映画のYoutube映像を関連付けしなかった。そこで同日の記述に、Youtube映像を埋め込んだ。
暴力団親分の末っ子の娘役、女優キム・ジョンウンのかまとと振り(お嬢さん振り)が、中々どうにいって面白くて可笑しい。ありえない設定、ありえない展開、見知らぬ二人がゴールにいたる「大変な結婚」だ。
2017年2月4日土曜日
立春2017
今日は二十四節気の「立春」。春夏秋冬、春は1年の始まり。冬寒に耐えた木々が芽吹き、新しい命が育まれ、あるいは再生する。身近に春を感じるのは、日の出が少し早まり、空気が温んできたことかな。
(本ブログ関連:”立春”)
それに、春眠の朝寝坊だけでなく、最近は、図書館の窓辺の日なた席に座ったりすると、うつらうつらして実に心地よい。
それにしても、年年歳歳、一年が短くなり、季節の巡りが早まる。苦手な冬もこのまま終れば幸いというもの。
先日、調布飛行場に行ったとき、日帰りでもいい、ドルニエ228に乗って大島まで飛ぶ空想にふけった。遠くに富士山、眼下に相模湾をながめながら、宮城道雄の「春の海」の調べにふけってみたい。(ターボプロップのエンジン音に負けそうだが)
(Youtubeに登録のいいら伊豆に感謝)
(本ブログ関連:”立春”)
それに、春眠の朝寝坊だけでなく、最近は、図書館の窓辺の日なた席に座ったりすると、うつらうつらして実に心地よい。
それにしても、年年歳歳、一年が短くなり、季節の巡りが早まる。苦手な冬もこのまま終れば幸いというもの。
先日、調布飛行場に行ったとき、日帰りでもいい、ドルニエ228に乗って大島まで飛ぶ空想にふけった。遠くに富士山、眼下に相模湾をながめながら、宮城道雄の「春の海」の調べにふけってみたい。(ターボプロップのエンジン音に負けそうだが)
(Youtubeに登録のいいら伊豆に感謝)
2017年2月3日金曜日
小林信彦「60年代ポップ少年の嘘」
「週刊文春」に連載の小林信彦の「本音を申せば」は、あたかもタイムマシンで往来したように昔のさまざまな話題を引き出してくれる。記憶力の強靭さに驚くばかり。同誌の少し前の号に書かれたものだが、「60年代ポップ少年の嘘」(2016.11.17号)はおもしろい。
<記憶>を遡り、当り前のように繰り返し語るうちに、自身その気になってしまうことがある。その時よりも、今を優先することでやってしまう無自覚な嘘だ。しかも、共犯関係になろうとする。青春の饒舌には、そんな嘘が隠されていたりする。
さて本題、「60年代ポップ少年の嘘」の中に次のような話題がある。
-----------------------------------------------------
大滝(詠一)さんはよく言っていた。
「ビートルズをリアルタイムで聞いていたという奴は嘘つきです。舟木一夫を聞いていたのが、せいぜいですよ」
それは何かというと、ビートルズを持ち出す同世代者への批判だった。
「そうでしょう」
日本テレビで仕事をしていたぼくは、そういう(世代)というのがよくわかった。まったく同感といってよかった。
亀和田武さんの「60年代ポップ少年」(小学館)にも同じような台詞がある。
ビートルズの登場によって耳触りのよいアメリカとイギリスのポップスは一夜にして”懐メロ”と化した。三十代の半ばになって、「ねえ、カメちゃん。あのころはビートルズをよく聴いたよな。オレたち、やっぱりビートルズ世代なんだよね」
というまったくの歴史の捏造を口にする友人に対して、亀和田さんは
「オマエが休み時間に毎日、楽しそうに歌っていたのは、三田明の『美しい十代』と、舟木一夫の『高校三年生』じゃないか」
とひそかに言いかえす。
-----------------------------------------------------
<記憶>を遡り、当り前のように繰り返し語るうちに、自身その気になってしまうことがある。その時よりも、今を優先することでやってしまう無自覚な嘘だ。しかも、共犯関係になろうとする。青春の饒舌には、そんな嘘が隠されていたりする。
さて本題、「60年代ポップ少年の嘘」の中に次のような話題がある。
-----------------------------------------------------
大滝(詠一)さんはよく言っていた。
「ビートルズをリアルタイムで聞いていたという奴は嘘つきです。舟木一夫を聞いていたのが、せいぜいですよ」
それは何かというと、ビートルズを持ち出す同世代者への批判だった。
「そうでしょう」
日本テレビで仕事をしていたぼくは、そういう(世代)というのがよくわかった。まったく同感といってよかった。
亀和田武さんの「60年代ポップ少年」(小学館)にも同じような台詞がある。
ビートルズの登場によって耳触りのよいアメリカとイギリスのポップスは一夜にして”懐メロ”と化した。三十代の半ばになって、「ねえ、カメちゃん。あのころはビートルズをよく聴いたよな。オレたち、やっぱりビートルズ世代なんだよね」
というまったくの歴史の捏造を口にする友人に対して、亀和田さんは
「オマエが休み時間に毎日、楽しそうに歌っていたのは、三田明の『美しい十代』と、舟木一夫の『高校三年生』じゃないか」
とひそかに言いかえす。
-----------------------------------------------------
□ Youtube削除される
(Youtubeに登録の8823 terminalに感謝)
ビートルズの神話性に、軽やかに乗っかってしまう初期世代に、相容れない違和感を感じることがある。後の世代に秘匿して、なぜそんなに時代を脚色したがるのかと。私の場合、ラジオから流れるエルヴィス・プレスリーが主で、映画は「ブルーハワイ」だったが、もしかするとそれも記憶を違った色に塗り重ねただけかもしれない・・・自信がなくなる。
(本ブログ関連:”ビートルズ”、”エルヴィス・プレスリー”)
ビートルズの神話性に、軽やかに乗っかってしまう初期世代に、相容れない違和感を感じることがある。後の世代に秘匿して、なぜそんなに時代を脚色したがるのかと。私の場合、ラジオから流れるエルヴィス・プレスリーが主で、映画は「ブルーハワイ」だったが、もしかするとそれも記憶を違った色に塗り重ねただけかもしれない・・・自信がなくなる。
(本ブログ関連:”ビートルズ”、”エルヴィス・プレスリー”)
2017年2月2日木曜日
イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
イ・ソンヒの4集所収の「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」(1988年、キム・ミンジョン作詞、ソン・シヒョン作曲)は、私のカラオケ曲のひとつであるが、カラオケの編曲が演歌調でイメージが少しずれてしまう。
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
とはいえ、この歌は、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光」(2002年)で、女優キム・ジョンウンによって歌われていて、彼女の役柄が暴力団の親分の大事な末っ子であり、とびっきりうぶな娘ときて、まんざら演歌と無縁でもなさそうな・・・。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
先日、DVDレンタル店で、償却済みの「家門の栄光」が売られていた。邦題「大変な結婚」と書かれていて、若い女性を意識してかピンク色したパッケージが少々照れくさかったが、購入したのはいうまでもない。キム・ジョンウンがピアノを弾きながら、「私はいつもあなたを」を歌う場面が楽しみだ。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~~)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のpops8090、pariah1200に感謝)
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
とはいえ、この歌は、映画「家門シリーズ」の第1作「家門の栄光」(2002年)で、女優キム・ジョンウンによって歌われていて、彼女の役柄が暴力団の親分の大事な末っ子であり、とびっきりうぶな娘ときて、まんざら演歌と無縁でもなさそうな・・・。
(本ブログ関連:”家門シリーズ”)
先日、DVDレンタル店で、償却済みの「家門の栄光」が売られていた。邦題「大変な結婚」と書かれていて、若い女性を意識してかピンク色したパッケージが少々照れくさかったが、購入したのはいうまでもない。キム・ジョンウンがピアノを弾きながら、「私はいつもあなたを」を歌う場面が楽しみだ。
いつもあなたを、慕っているのに
思うようにはいけない
今日も、セピア色した写真の中に
あなたの姿しのぶわ
*
いつもあなたに、会いたいのに
あなたは何処へ立ったの
優しいその姿、涙で染めるわ
あなた、私に戻ってよ
戻ってきて、私のところへ
すべて、あなただけなのよ(Oh~~)
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(*以下繰り返し)
(戻ってきて・・・)
あなた、戻ってきてよ
すべて、あなただけなのよ
燃える私の愛、避けられないのよ
あなた、私に(Oh~~)戻ってよ
(Youtubeに登録のpops8090、pariah1200に感謝)
2017年2月1日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 梅
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、梅(매화)に関連した3曲を紹介した。
始めに、朝鮮時代を代表する学者の一人、退渓李滉(이황、1501年~1570年)と梅について次のように紹介された。
・南部の地は、もう梅が咲き始める頃。朝鮮時代の儒学者、李滉は、千ウォン紙幣に描かれていて、その中央に花を咲かせた梅の枝が見える。彼が大事にした梅だ。遺言も「梅に水をやってくれ」だった。それには特別な逸話がある。彼が丹陽郡主に赴任したとき、官庁所属の妓生、杜香(두향)と出会う。李滉48歳、杜香18歳のときだ。彼が妻と息子を相次いで亡くした後のこと。詩才のあった杜香は、彼の心を慰め、梅の木を贈った。以来、彼は梅を大事にしたという。丹陽を去る時も梅の木を携え、後日、書院に植え替えたという。
・李滉が丹陽で別れて以来、69歳でこの世を去るまで、二人は二度と会うことはなかったという。杜香がくれた梅に花が咲くたび、李滉の枯れた心にも愛が咲いたことだろう。
▼ 歌辞(가사)という詩歌「梅歌(매화가)」を聴く。人生いかであれ、決まって春季は梅に訪れ来るもの。
次に、李滉亡き後、杜香のその後について次のように紹介された。
・李滉の訃報を聞いた杜香は、4日間彷徨し、安東の地まで行ったという。そして、丹陽に戻り、川に身を投じた。
▼ 恋人を懐かしむ想いを明るく演奏した「梅が良いな(좋구나 매화로다)」を聴く。どこか西域アジアの香りする。
最後に、梅の花を一番最初に咲かす巨濟島の舊助羅(구조라)小学校(廃校)について次のように紹介された。
・冬は終わる頃、梅の花を咲かせる。冷たい風と雪にもかかわらず、華やかに花を開き、ほのかな香りを漂わす。学者ソンビは、梅を「四君子(사군자)」の一つとして大事にした。ところで、普通の梅より早く、旧正月前の旧暦12月に花開く梅がある。2月初めから中旬に咲く、慶尚南道の南海岸にある巨濟島、舊助羅小学校にある白梅のことだ。また、その次に花を咲かす梅は、全羅南道の紅梅で、もともと違う場所にあったが枯れかかり、枝を植え替えたという。
▼ 京畿民謡の「梅打令(매화타령)」を聴く。<男女間の切ない愛の物語を楽しく歌う歌>という。
キム・ボエさんの声とともに穏やかな春風が吹いてきます。
始めに、朝鮮時代を代表する学者の一人、退渓李滉(이황、1501年~1570年)と梅について次のように紹介された。
・南部の地は、もう梅が咲き始める頃。朝鮮時代の儒学者、李滉は、千ウォン紙幣に描かれていて、その中央に花を咲かせた梅の枝が見える。彼が大事にした梅だ。遺言も「梅に水をやってくれ」だった。それには特別な逸話がある。彼が丹陽郡主に赴任したとき、官庁所属の妓生、杜香(두향)と出会う。李滉48歳、杜香18歳のときだ。彼が妻と息子を相次いで亡くした後のこと。詩才のあった杜香は、彼の心を慰め、梅の木を贈った。以来、彼は梅を大事にしたという。丹陽を去る時も梅の木を携え、後日、書院に植え替えたという。
・李滉が丹陽で別れて以来、69歳でこの世を去るまで、二人は二度と会うことはなかったという。杜香がくれた梅に花が咲くたび、李滉の枯れた心にも愛が咲いたことだろう。
▼ 歌辞(가사)という詩歌「梅歌(매화가)」を聴く。人生いかであれ、決まって春季は梅に訪れ来るもの。
次に、李滉亡き後、杜香のその後について次のように紹介された。
・李滉の訃報を聞いた杜香は、4日間彷徨し、安東の地まで行ったという。そして、丹陽に戻り、川に身を投じた。
▼ 恋人を懐かしむ想いを明るく演奏した「梅が良いな(좋구나 매화로다)」を聴く。どこか西域アジアの香りする。
最後に、梅の花を一番最初に咲かす巨濟島の舊助羅(구조라)小学校(廃校)について次のように紹介された。
・冬は終わる頃、梅の花を咲かせる。冷たい風と雪にもかかわらず、華やかに花を開き、ほのかな香りを漂わす。学者ソンビは、梅を「四君子(사군자)」の一つとして大事にした。ところで、普通の梅より早く、旧正月前の旧暦12月に花開く梅がある。2月初めから中旬に咲く、慶尚南道の南海岸にある巨濟島、舊助羅小学校にある白梅のことだ。また、その次に花を咲かす梅は、全羅南道の紅梅で、もともと違う場所にあったが枯れかかり、枝を植え替えたという。
▼ 京畿民謡の「梅打令(매화타령)」を聴く。<男女間の切ない愛の物語を楽しく歌う歌>という。
キム・ボエさんの声とともに穏やかな春風が吹いてきます。
2017年1月31日火曜日
公園の梅
近くの公園に梅林があって、例年2月に「梅祭り」が開かれる。その賑わいとともに本格的な春を予感する。今年は、2月18日(土)~19日(日)開催なので先のこと、少々早いが下見に行ってきた。
(本ブログ関連:”梅林”)
梅林の梅と合わせて確認するものがある。ロウバイ(蝋梅)の木は初々しい黄金色の花を咲かせ、甘い香気を漂わせていたし、ミツマタの枝には白く小さな花弁が密集した花を咲かす一歩手前だった。両者は梅林の端にあって、何だか日陰に咲く花。
お互いさまに気の早い者たちが集い、梅林を巡っていた。梅の木々にはそれぞれ風流な名が付けられている(園芸品種名か?)。梅林の約一割ほどが花を咲かせていた。白梅もあれば紅梅もある。早咲きだろうか、来月後半の梅祭りにも観梅できるだろうか気掛かりだ。
全て見たわけでないが、早咲きの梅は次の通り。(ところで都心の最高気温、昨日19.5℃、今日10.0℃)
・紅色:紅千鳥
・薄紅色:鴛鴦(えんおう)
・薄桃色:曙(あけぼの)
・白色:古城の春に似る、八重冬至
(本ブログ関連:”梅林”)
梅林の梅と合わせて確認するものがある。ロウバイ(蝋梅)の木は初々しい黄金色の花を咲かせ、甘い香気を漂わせていたし、ミツマタの枝には白く小さな花弁が密集した花を咲かす一歩手前だった。両者は梅林の端にあって、何だか日陰に咲く花。
お互いさまに気の早い者たちが集い、梅林を巡っていた。梅の木々にはそれぞれ風流な名が付けられている(園芸品種名か?)。梅林の約一割ほどが花を咲かせていた。白梅もあれば紅梅もある。早咲きだろうか、来月後半の梅祭りにも観梅できるだろうか気掛かりだ。
全て見たわけでないが、早咲きの梅は次の通り。(ところで都心の最高気温、昨日19.5℃、今日10.0℃)
・紅色:紅千鳥
・薄紅色:鴛鴦(えんおう)
・薄桃色:曙(あけぼの)
・白色:古城の春に似る、八重冬至
2017年1月30日月曜日
ちょいと隣町へ
今朝方、テレビの天気予報で、今日の都心の最高気温を20℃位いといっていたが、昼前に今年最高の19.5℃になった。天気もよく、きらきらした陽射しに誘われてちょいと隣町へ出かけた。
近くの公民館で、フィンランドの紹介イベントがあって、そのひとこまにフィンランド語の話題があるという。そこで入門書はないかと探しに出かけた次第。(先日、図書館で語学書のはじめの数章をコピーしたが・・・)
ショッピングセンターにある書店に行く。エスカレーターで上がると、リニューアル中の案内があちこちにあって、数々の店が入れ替わるようだ。年度の代わりもあってか、ファッション業界の店舗は維持継続が大変のようだ。
書店で目移りして、結局、地学コーナーに足が向いてしまう。「採集ロマン物語 少年Aの採集記」(ペンネーム:夢の又三郎)という小冊子を入手。京都にある益富地学館の館報に掲載された、昔(昭和30-40年代)の鉱物採集の思い出を綴ったもの。”娯楽短編小説”とのことで、面白おかしくされているようだが、鉱山が生き生きした時代、美しい結晶をざくざく手にした時代、そんな夢幻のごとき醍醐味を活字で賞味してみたい。ああ、うらやましい。
近くの公民館で、フィンランドの紹介イベントがあって、そのひとこまにフィンランド語の話題があるという。そこで入門書はないかと探しに出かけた次第。(先日、図書館で語学書のはじめの数章をコピーしたが・・・)
ショッピングセンターにある書店に行く。エスカレーターで上がると、リニューアル中の案内があちこちにあって、数々の店が入れ替わるようだ。年度の代わりもあってか、ファッション業界の店舗は維持継続が大変のようだ。
書店で目移りして、結局、地学コーナーに足が向いてしまう。「採集ロマン物語 少年Aの採集記」(ペンネーム:夢の又三郎)という小冊子を入手。京都にある益富地学館の館報に掲載された、昔(昭和30-40年代)の鉱物採集の思い出を綴ったもの。”娯楽短編小説”とのことで、面白おかしくされているようだが、鉱山が生き生きした時代、美しい結晶をざくざく手にした時代、そんな夢幻のごとき醍醐味を活字で賞味してみたい。ああ、うらやましい。
2017年1月29日日曜日
調布飛行場
寒さが少し緩んだと思ったのに、今日の陽射しはどんよりして、風のせいもあってか思いの他寒々しい。都内の最高気温は、12℃だった。私の寒暖の境界である10℃を超えているので、穏やかなはずだが・・・。
さえない天気のせいか、街は日曜日らしい活気もない。気を取り直すべく(空を見ようと?)「調布飛行場」へ遠出した。飛行場の隅で、ドルニエ228がエンジン整備のためか思いっきりターボプロップエンジンを吹かせていた。飛び立つことはなかったが、飛行場端の土手の上からたくさんの家族連れが眺めていた。
(本ブログ関連:”調布飛行場”)
さて、飛行機の傍にもっと寄ってみたい。飛行場南側にある「プロペラカフェ」で、隣接の格納庫にある飛行機とヘリコプターを見ながらお茶をする。客でたいそう混んでいたが、ガラス窓越しに眺めることのできる席に幸い座ることができた。
格納庫には単発機2機とヘリコプター1機が駐機していた。
・単発:JA72XL / Liberty_XL2 (US、クルー1人、乗客1人)
・単発:JA4187 / Socata TB-9 Tampico (FR、クルー1人、乗客3人)
・ヘリ:JA9664 / Agusta A109A Mk2 (IT、クルー1-2人、乗客6-7人)
帰り道、小一時間ほどの飛行機鑑賞のおかげ、心がすっかり落ち着いているのに気付いた。私にとって飛行機は、どうやら精神安定剤のようで、中学時代に戻らせてくれる。
さえない天気のせいか、街は日曜日らしい活気もない。気を取り直すべく(空を見ようと?)「調布飛行場」へ遠出した。飛行場の隅で、ドルニエ228がエンジン整備のためか思いっきりターボプロップエンジンを吹かせていた。飛び立つことはなかったが、飛行場端の土手の上からたくさんの家族連れが眺めていた。
(本ブログ関連:”調布飛行場”)
さて、飛行機の傍にもっと寄ってみたい。飛行場南側にある「プロペラカフェ」で、隣接の格納庫にある飛行機とヘリコプターを見ながらお茶をする。客でたいそう混んでいたが、ガラス窓越しに眺めることのできる席に幸い座ることができた。
格納庫には単発機2機とヘリコプター1機が駐機していた。
・単発:JA72XL / Liberty_XL2 (US、クルー1人、乗客1人)
・単発:JA4187 / Socata TB-9 Tampico (FR、クルー1人、乗客3人)
・ヘリ:JA9664 / Agusta A109A Mk2 (IT、クルー1-2人、乗客6-7人)
帰り道、小一時間ほどの飛行機鑑賞のおかげ、心がすっかり落ち着いているのに気付いた。私にとって飛行機は、どうやら精神安定剤のようで、中学時代に戻らせてくれる。
2017年1月28日土曜日
(資料)旧正月
先日の天気予報で、今日の都心の最高気温は10℃をきると聞いていたが、穏やかな陽射しの12.59℃で、10℃の境界を超えた。気持ちは冬でも、体感は春の兆しだ。
今日は旧暦1月1日、「旧正月」だ。といって、普通の土曜日。近隣の図書館に併設の読書室で、眠気に誘われて長居できず退散してしまった。街の様子も平凡、旧正月の気配はない。
(本ブログ関連:”旧正月”)
ところで「旧正月」の呼称について、J-Wikipediaを参照すると、中国文化圏の各国で次のように紹介されている(含む英語呼称)。(抜粋)
---------------------------------------------------
・日本語 - 旧正月
・中国語 - 春節、新年、新春、大年、農暦年、農暦新年、旧暦年、元旦
・朝鮮語 - ソルラル(설날)、ソル(설)、クジョン(旧正、구정)
・ベトナム語 - テト(Tết、漢字では節)、テトグェンダン(Tết Nguyên Đán、節元旦)
・英語 - Chinese New Year、Lunar New Year、Chinese Lunar New Year、Spring Festival
---------------------------------------------------
韓国のソルラル(설날)について、K-Wikipediaに次のような説明(出典:新聞記事)がある。(抜粋)・・・できたてほやほやのようだ。(ソルラル(설날)の「날(ナル)」は「日」)
---------------------------------------------------
「ソル(설)」は、「半熟である(설다)」、「見慣れない(낯설다)」、「慣れない(익숙하지 못하다)」、「謹(つつし)む(삼가다)」などの意味に由来したものと推測される。
---------------------------------------------------
今日は旧暦1月1日、「旧正月」だ。といって、普通の土曜日。近隣の図書館に併設の読書室で、眠気に誘われて長居できず退散してしまった。街の様子も平凡、旧正月の気配はない。
(本ブログ関連:”旧正月”)
ところで「旧正月」の呼称について、J-Wikipediaを参照すると、中国文化圏の各国で次のように紹介されている(含む英語呼称)。(抜粋)
---------------------------------------------------
・日本語 - 旧正月
・中国語 - 春節、新年、新春、大年、農暦年、農暦新年、旧暦年、元旦
・朝鮮語 - ソルラル(설날)、ソル(설)、クジョン(旧正、구정)
・ベトナム語 - テト(Tết、漢字では節)、テトグェンダン(Tết Nguyên Đán、節元旦)
・英語 - Chinese New Year、Lunar New Year、Chinese Lunar New Year、Spring Festival
---------------------------------------------------
韓国のソルラル(설날)について、K-Wikipediaに次のような説明(出典:新聞記事)がある。(抜粋)・・・できたてほやほやのようだ。(ソルラル(설날)の「날(ナル)」は「日」)
---------------------------------------------------
「ソル(설)」は、「半熟である(설다)」、「見慣れない(낯설다)」、「慣れない(익숙하지 못하다)」、「謹(つつし)む(삼가다)」などの意味に由来したものと推測される。
---------------------------------------------------
2017年1月27日金曜日
「Google Chrome」最新安定版「56.0.2924.76」
今日から「Google Chrome」が、最新安定版「56.0.2924.76」に更新された。
・HTML5のデフォルト化。
・ウェブページのリロード(再読み込み)速度が28%高速化。
それより、結果、このBloggerの書体が変わってしまった。「等倍角」になって、まるでマニュアルでも読んでいるよう。なんだかサバサバして味気ない。慣れればいいのかもしれないが・・・いや、やっぱり何とかして欲しい。
⇒ 「Blogger テンプレート デザイナー」で、フォントを少し手直ししたが
・ウェブページのリロード(再読み込み)速度が28%高速化。
それより、結果、このBloggerの書体が変わってしまった。「等倍角」になって、まるでマニュアルでも読んでいるよう。なんだかサバサバして味気ない。慣れればいいのかもしれないが・・・いや、やっぱり何とかして欲しい。
⇒ 「Blogger テンプレート デザイナー」で、フォントを少し手直ししたが
2017年1月26日木曜日
少し温んだような
今朝、検診に出かけた。バリウムを飲んでぐるぐる回るやつだ。何度やっても体がもたつく。力がないのか、重過ぎるのか自由がきかない。
それはさておき、「大寒」(1/20)を過ぎて、気温が反転したのだろう、少し温んできたような気がする。検診に出かけるときもそうだった。完全防寒のはずが、隙間から入る風がいつもと違っていたのだ。
今日の都心の最高気温は 10.7℃で、10℃超えしている。我流の寒気の境界は、10℃前後のようだ。天気予報を見ると、土曜日を除いて、これから一週間 10℃超えらしい。
ようやく、春へ舵を切ったのだろう。ただし、小学校の生垣にある沈丁花は、赤い蕾を膨らませているが、まだ香りを漂わせていない。寒い夜道を負かすような、少し重げな、あの香気が待ち遠しい。
それはさておき、「大寒」(1/20)を過ぎて、気温が反転したのだろう、少し温んできたような気がする。検診に出かけるときもそうだった。完全防寒のはずが、隙間から入る風がいつもと違っていたのだ。
今日の都心の最高気温は 10.7℃で、10℃超えしている。我流の寒気の境界は、10℃前後のようだ。天気予報を見ると、土曜日を除いて、これから一週間 10℃超えらしい。
ようやく、春へ舵を切ったのだろう。ただし、小学校の生垣にある沈丁花は、赤い蕾を膨らませているが、まだ香りを漂わせていない。寒い夜道を負かすような、少し重げな、あの香気が待ち遠しい。
2017年1月25日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 林芳蔚
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/18)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、西便制のパンソリ名唱/作詞・作曲家であった林芳蔚(임방울、1904年~1961年)に関連した3曲を紹介した。
(参考) ブログ「キム・ミョンゴンの世界の話」に、林芳蔚について詳細な話題がある。感謝。
始めに、1925年9月、毎日新報社主催の「朝鮮名唱コンサート」でデビューした 「林芳蔚」について次のように紹介された。
・1925年、新聞社主催の演奏会が開かれ、当時、最高の歌い手が出演した。そんな中、一人の見知らぬ男が舞台に上がった。背は低く、デコボコな皮膚の若い男で、服装も田舎風だった。そんな姿を見てあざ笑ったり、休み時間と思って立ち上がる観客もいた。しかし、その青年が歌いだすと、雰囲気は一変する。罪なくて投獄された女性の悔しさを歌に表現した「春香歌(춘향가)」が終わると人々は熱狂した。青年は、この日以来、最高の歌い手となる 「林芳蔚」だ。彼の歌を録音したレコードは、コロンビアレコードやビクターレコードなどから100万枚以上売れたという。
▼ 獄中の春香が恋人を恋しく想う「スクテモリ(쑥대머리、髪が乱れた様子を指す)」(歌林芳蔚)を聴く。悲しみに暮れる・・・。
次に、林芳蔚と妓生の「金珊瑚珠(김산호주)」とのラブストーリーについて次のように紹介された。
・春香の絶望感を鋭く歌った林芳蔚は、パンソリ界で最高のロマンチストでもあった。林芳蔚と妓生の金珊瑚珠にはラブストーリーがある。二人は出会った瞬間から恋に落ち、林芳蔚は歌うことを止めて、彼女の家で過ごした。毎日練習せねばならぬのに、何年間も無為に過ごした結果、彼は喉を傷め、きれいな声を出せなくなる。彼はふと気を取り戻し、山中に入った。彼女に何も言わず、山中で歌にまい進した。その間、彼女は彼を捜し歩いて病になり、亡くなってしまう。その知らせを聞き山を下りた林芳蔚は、彼女の亡骸を抱いて歌を歌った。それは、時間を取り戻すことのできない、残念な気持ちが表れた曲 「思い出(추억)」だった。
▼ 短歌 「思い出」(歌林芳蔚)を聴く。己が空しさを嘆くが、珊瑚珠への直接の言葉は・・・。
最後に、林芳蔚が庶民の友として長く記憶されることについて次のように紹介された。
・林芳蔚は、当時最高の歌い手と言われたが、貧しく力のない人々のそばにいつもいた。後に、彼がこの世を去ると、葬儀に本当にたくさんの人々が参列したという。長蛇の列の最後には、100人以上の乞食もいて注目を浴びた。林芳蔚が、公演を無料で観覧できるようにしたという。そこで彼らは、その心に報いる気持ちで、葬列に加わった。林芳蔚は、歌で人々の悲しい心を慰めた。今も庶民の友として記憶されている。
▼ 林芳蔚作曲 「八道遊覽歌(팔도유람가)」を、コムンゴ演奏と歌で聴く。朝鮮八道、全国遊覧・・・
(参考) ブログ「キム・ミョンゴンの世界の話」に、林芳蔚について詳細な話題がある。感謝。
始めに、1925年9月、毎日新報社主催の「朝鮮名唱コンサート」でデビューした 「林芳蔚」について次のように紹介された。
・1925年、新聞社主催の演奏会が開かれ、当時、最高の歌い手が出演した。そんな中、一人の見知らぬ男が舞台に上がった。背は低く、デコボコな皮膚の若い男で、服装も田舎風だった。そんな姿を見てあざ笑ったり、休み時間と思って立ち上がる観客もいた。しかし、その青年が歌いだすと、雰囲気は一変する。罪なくて投獄された女性の悔しさを歌に表現した「春香歌(춘향가)」が終わると人々は熱狂した。青年は、この日以来、最高の歌い手となる 「林芳蔚」だ。彼の歌を録音したレコードは、コロンビアレコードやビクターレコードなどから100万枚以上売れたという。
▼ 獄中の春香が恋人を恋しく想う「スクテモリ(쑥대머리、髪が乱れた様子を指す)」(歌林芳蔚)を聴く。悲しみに暮れる・・・。
次に、林芳蔚と妓生の「金珊瑚珠(김산호주)」とのラブストーリーについて次のように紹介された。
・春香の絶望感を鋭く歌った林芳蔚は、パンソリ界で最高のロマンチストでもあった。林芳蔚と妓生の金珊瑚珠にはラブストーリーがある。二人は出会った瞬間から恋に落ち、林芳蔚は歌うことを止めて、彼女の家で過ごした。毎日練習せねばならぬのに、何年間も無為に過ごした結果、彼は喉を傷め、きれいな声を出せなくなる。彼はふと気を取り戻し、山中に入った。彼女に何も言わず、山中で歌にまい進した。その間、彼女は彼を捜し歩いて病になり、亡くなってしまう。その知らせを聞き山を下りた林芳蔚は、彼女の亡骸を抱いて歌を歌った。それは、時間を取り戻すことのできない、残念な気持ちが表れた曲 「思い出(추억)」だった。
▼ 短歌 「思い出」(歌林芳蔚)を聴く。己が空しさを嘆くが、珊瑚珠への直接の言葉は・・・。
最後に、林芳蔚が庶民の友として長く記憶されることについて次のように紹介された。
・林芳蔚は、当時最高の歌い手と言われたが、貧しく力のない人々のそばにいつもいた。後に、彼がこの世を去ると、葬儀に本当にたくさんの人々が参列したという。長蛇の列の最後には、100人以上の乞食もいて注目を浴びた。林芳蔚が、公演を無料で観覧できるようにしたという。そこで彼らは、その心に報いる気持ちで、葬列に加わった。林芳蔚は、歌で人々の悲しい心を慰めた。今も庶民の友として記憶されている。
▼ 林芳蔚作曲 「八道遊覽歌(팔도유람가)」を、コムンゴ演奏と歌で聴く。朝鮮八道、全国遊覧・・・
2017年1月24日火曜日
2017年1月23日月曜日
イ・ソンヒの「この歌をかりて」
今日で、平成28年度の教室の終りとなる。夜道を行くとその寒さに驚く。防寒着の襟首を締め、マスクまでしても、顔が強張り何と涙目になる。咳込みも完治しておらず厳しい外出になった。暖かい交通手段を利用すればよかったと後悔しきり、なかなか思い通りにいかないものだ。
若者は積み重ねて塔を作ることができる。おじさんは、積んでは崩す鬼のため少しも上達しない。それでもあきらめないのが、おじさんのいいところ。
イ・ソンヒのアルバム12集に所収の 「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年、作詞カン・ウンギョン、作曲ユ・ヨンソク)は、実話に基づく内容で、投稿サイトの 「トゥデイ・ユーモア」 によれば、「この歌は、・・・聴覚障害のある方が障害のために、愛する人を去り、別れるしかなかった痛みを表現した」ものという。
若者は積み重ねて塔を作ることができる。何としても成就してほしい。
(本ブログ関連:”この歌をかりて”)
分かってよ、多分私もそうしたわ
私に反対の家族は もう許してくれたの
あなたもおそらく親になれば、その心分かるわ
あなたを惜しんで そういうのを
幸せでなければならない、私の掌(てのひら)に書かいて
走って行ったあなたに 電話しようとしたの
そんなにも あなたのために練習した言葉
あなたを愛してる、私の声で
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
私は祈って、またこの世に来るなら
その時は このようにどうか生まれないように
誰かをただ愛することさえ
罪にならねばならぬ自分が嫌いです
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
*
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
(*以下繰り返し)
若者は積み重ねて塔を作ることができる。おじさんは、積んでは崩す鬼のため少しも上達しない。それでもあきらめないのが、おじさんのいいところ。
イ・ソンヒのアルバム12集に所収の 「この歌をかりて(이 노래를 빌려서)」(2001年、作詞カン・ウンギョン、作曲ユ・ヨンソク)は、実話に基づく内容で、投稿サイトの 「トゥデイ・ユーモア」 によれば、「この歌は、・・・聴覚障害のある方が障害のために、愛する人を去り、別れるしかなかった痛みを表現した」ものという。
若者は積み重ねて塔を作ることができる。何としても成就してほしい。
分かってよ、多分私もそうしたわ
私に反対の家族は もう許してくれたの
あなたもおそらく親になれば、その心分かるわ
あなたを惜しんで そういうのを
幸せでなければならない、私の掌(てのひら)に書かいて
走って行ったあなたに 電話しようとしたの
そんなにも あなたのために練習した言葉
あなたを愛してる、私の声で
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
私は祈って、またこの世に来るなら
その時は このようにどうか生まれないように
誰かをただ愛することさえ
罪にならねばならぬ自分が嫌いです
この歌をかりて、ほかの人をかりて
こんなにも あなたに 伝えたいひとこと
*
この歌を聞いたら、いつか聞いたら
あなたを愛していた心を分かってよ
(*以下繰り返し)
(Youtubeに登録のwallace6813に感謝)
2017年1月22日日曜日
試合
大相撲千秋楽の今日、大関稀勢の里は、横綱白鵬を土俵際で「掬い投げ」して優勝を飾った。稀勢の里は、北の海に似て無愛想ながら重量感を感じる。横綱への期待があふれる。
卓球の日本選手権、女子シングルス決勝戦で、石川佳純選手が平野美宇選手に敗れた。石川選手がニュース番組に登場するたび、「あっ、佳純ちゃんだ」と思いながら見ていたが、平野選手は史上最年少(16歳)のチャンピオンになるという。こんなに幼い子が優勝するとは感心するばかり。
次々と若者が躍進する。スポーツはそれを見せてくれる。
それに、昔、誰が想像したろうか。大リーグで活躍する(鈴木)イチロー選手。テニスの世界でトップに限りなく近い錦織圭選手。私の世代にとって、彼らは全く新しい超人だ。そして、次の世代のお手本になり、すぐそばに見える乗り越えるべきマイルストーンだ。
卓球の日本選手権、女子シングルス決勝戦で、石川佳純選手が平野美宇選手に敗れた。石川選手がニュース番組に登場するたび、「あっ、佳純ちゃんだ」と思いながら見ていたが、平野選手は史上最年少(16歳)のチャンピオンになるという。こんなに幼い子が優勝するとは感心するばかり。
次々と若者が躍進する。スポーツはそれを見せてくれる。
それに、昔、誰が想像したろうか。大リーグで活躍する(鈴木)イチロー選手。テニスの世界でトップに限りなく近い錦織圭選手。私の世代にとって、彼らは全く新しい超人だ。そして、次の世代のお手本になり、すぐそばに見える乗り越えるべきマイルストーンだ。
登録:
投稿 (Atom)