朝方、久し振りに強い地震があった。はじめ、揺れるな、やって来るなという予感がした。気象庁の地震情報によれば、当地の震度は3とのこと。一瞬、それ以上大きなものになるのではと恐れた。震源は、思いのほか近傍の南の地とのこと。テレビの速報を見てさらに驚く。
気象庁発表(平成28年02月05日07時45分)
--------------------------------------------------------
05日07時41分頃地震がありました。
震源地は神奈川県東部(北緯35.6度、東経139.5度)で、
震源の深さは約30km、地震の規模(マグニチュード)は4.6と推定されます。
--------------------------------------------------------
2016年2月5日金曜日
2016年2月4日木曜日
立春 2016
ひごとに日照時間が延びる。昨年12月初旬(「冬至」より前に)、東京の最も早い「日の入り」時刻は16:28だった。それが今日は17:10までになった。夕方まで陽が残るのはありがたい。
今日は四季の始まり、春の初日「立春」だ。そう思うだけで少し温んだ気がしてくる。最高気温は、都心で9.5℃、地元で9.1℃。10℃未満だったけれどすでに春気分だ。
(本ブログ関連:”立春”)(本ブログ関連:立春”2010”、”2012”、”2013”、”2014”、”2015”)
そういえば、去年の立春は寒い一日だったし、一昨年の立春は雪降りで、バス利用を優先するほどだった。立春とは名ばかりなのだろうか。
そんな昼下がり、近くにある私鉄駅前の小さな広場で、保育園から遊びに来ていた幼児たちの声が響く。保育士さんのやさしい目が届き思う存分にはしゃぎまわっているのが見えた。陽を浴びた子どもたちの姿はなぜかホカホカさせてくれた。
今日は四季の始まり、春の初日「立春」だ。そう思うだけで少し温んだ気がしてくる。最高気温は、都心で9.5℃、地元で9.1℃。10℃未満だったけれどすでに春気分だ。
(本ブログ関連:”立春”)(本ブログ関連:立春”2010”、”2012”、”2013”、”2014”、”2015”)
そういえば、去年の立春は寒い一日だったし、一昨年の立春は雪降りで、バス利用を優先するほどだった。立春とは名ばかりなのだろうか。
そんな昼下がり、近くにある私鉄駅前の小さな広場で、保育園から遊びに来ていた幼児たちの声が響く。保育士さんのやさしい目が届き思う存分にはしゃぎまわっているのが見えた。陽を浴びた子どもたちの姿はなぜかホカホカさせてくれた。
2016年2月3日水曜日
節分 2016
(本ブログ関連:”節分”)
一年の暦の始まりである元旦前日の「大晦日」に、除夜の鐘を打って煩悩を祓うように、一年の季節の始まりの日である春分の日前日に、豆まきして悪気を追い払う。今日の節分は、一年の覚悟を示す節目かもしれない。
そういえば同じ節分に、「恵方巻き」という巨大な海苔巻きを食べる関西風の食行事がある。恵方巻きに予約が必要のようだが頼んだ覚えはない。ただ食べることしかないため、生活の中に居場所がなく馴染みにくい。家庭内の行事として、演技する家族があることを忘れている。
先日、テレビの誕生月占いで最下位のことがあったが、その日困ったことがなかった。悪気や悪鬼と出会うこともなかった。もしかしたら、鬼の方から逃げ出したのかもしれないが。そういえば、インフルエンザがいるな・・・。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 花
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、花に関連した3曲を紹介した。
始めに、冬に咲く梅の花、「臘月(ろうげつ)の梅」について次のように紹介された。
・冬真っただ中、春到来も先でない。雪の季節に咲く梅の花は、正月の後、春直前に咲き、ほんのり香りして親しまれる。稀に、陰暦12月(「臘月」)の冬真っ盛りに咲く梅もあり、「臘月の梅」ともいう。南地方の全羅南道の順天(순천)地域に、6本の臘月の梅がある。楽安(낙안)の城郭にあった臘月の梅が枯れかかると、その枝を順天に移し植え、それぞれ名札を付けて育ている。今年の順天の冬は暖かく、12月から花を咲かせている。
▼ 北方の黄海道地域の妓生「梅花(매화)」が作った歌「梅花歌(매화가)」を聴く。梅の香りの漂いに歳月が重なるよう。
・この歌は、「梅花よ」と呼びかけで始まる。梅花とは梅の花で、歳をとる物寂しい気持ちを込める。春に花を咲かせたい思いは、梅花も人も同じ。真冬だが、もうすぐ旧正月。その後訪ねてくる春を待ち望む。
次に、「寺堂牌(사당패)」を起源とする南地方(南道)の雑歌「花草四巨里(화초사거리)」について次のように紹介された。
・雑歌「花草四巨里」の花草四巨里は、花と草木を歌った曲だ。朝鮮時代、彷徨の芸能集団「寺堂牌」が歌った。花や木の歌詞から始まり、その後の詞には特に意味はない。まるで念仏を唱えるようにも聞こえ、「パン念仏(판염불)」とも言われた。
▼ 南道雜歌「花草四巨里」を聴く。いかにも庶民の間を巡った歌のよう、どこか楽天的さ(あるいは求めること)を感じる。
最後に、「沈清伝(심청전)」に語られる、「印塘水(인당수)」に咲いた花について次のように語られた。
・昔、花の中の花は人間の花といわれた。遊ぶ孫を見て、祖母が言ったものだ。中には、花より美しい人もいる。パンソリに歌われる沈淸(심청)のことで、パンソリ「沈清歌(심청가)」の「花草四巨里(화초사거리)」の歌だ。親孝行の沈淸は、父の目を治すため商人に売られる。航海の安全のために人身御供として、「印塘水」に身を投じて犠牲になるが、親孝行の彼女に感動した竜王に助けられる。一説に、印塘水に咲いた美しい花を、人々は王に捧げた。花から出た沈淸は王妃になった。
▼ 「沈清歌」から花と木の「花草打令(화초타령)」を聴く。パンソリだ。
・この歌には、人の心は、元々は花のようであるという、ひとつの教えがある。
キム・ボエさんの言葉、「まだ真冬ですが、お花に関連した歌を聞くと、暖かい春が待ち遠しくなります」。本当に、そうですね。
始めに、冬に咲く梅の花、「臘月(ろうげつ)の梅」について次のように紹介された。
・冬真っただ中、春到来も先でない。雪の季節に咲く梅の花は、正月の後、春直前に咲き、ほんのり香りして親しまれる。稀に、陰暦12月(「臘月」)の冬真っ盛りに咲く梅もあり、「臘月の梅」ともいう。南地方の全羅南道の順天(순천)地域に、6本の臘月の梅がある。楽安(낙안)の城郭にあった臘月の梅が枯れかかると、その枝を順天に移し植え、それぞれ名札を付けて育ている。今年の順天の冬は暖かく、12月から花を咲かせている。
▼ 北方の黄海道地域の妓生「梅花(매화)」が作った歌「梅花歌(매화가)」を聴く。梅の香りの漂いに歳月が重なるよう。
・この歌は、「梅花よ」と呼びかけで始まる。梅花とは梅の花で、歳をとる物寂しい気持ちを込める。春に花を咲かせたい思いは、梅花も人も同じ。真冬だが、もうすぐ旧正月。その後訪ねてくる春を待ち望む。
次に、「寺堂牌(사당패)」を起源とする南地方(南道)の雑歌「花草四巨里(화초사거리)」について次のように紹介された。
・雑歌「花草四巨里」の花草四巨里は、花と草木を歌った曲だ。朝鮮時代、彷徨の芸能集団「寺堂牌」が歌った。花や木の歌詞から始まり、その後の詞には特に意味はない。まるで念仏を唱えるようにも聞こえ、「パン念仏(판염불)」とも言われた。
▼ 南道雜歌「花草四巨里」を聴く。いかにも庶民の間を巡った歌のよう、どこか楽天的さ(あるいは求めること)を感じる。
最後に、「沈清伝(심청전)」に語られる、「印塘水(인당수)」に咲いた花について次のように語られた。
・昔、花の中の花は人間の花といわれた。遊ぶ孫を見て、祖母が言ったものだ。中には、花より美しい人もいる。パンソリに歌われる沈淸(심청)のことで、パンソリ「沈清歌(심청가)」の「花草四巨里(화초사거리)」の歌だ。親孝行の沈淸は、父の目を治すため商人に売られる。航海の安全のために人身御供として、「印塘水」に身を投じて犠牲になるが、親孝行の彼女に感動した竜王に助けられる。一説に、印塘水に咲いた美しい花を、人々は王に捧げた。花から出た沈淸は王妃になった。
▼ 「沈清歌」から花と木の「花草打令(화초타령)」を聴く。パンソリだ。
・この歌には、人の心は、元々は花のようであるという、ひとつの教えがある。
キム・ボエさんの言葉、「まだ真冬ですが、お花に関連した歌を聞くと、暖かい春が待ち遠しくなります」。本当に、そうですね。
2016年2月2日火曜日
イ・ソンヒ「たぶん」
今年もあっというまに2月になってしまった。ひと月の早さと軽さをつくづく思い知る。それも歳とともに加速する。日めくりカレンダーをPC横に置いて2年目。一日が、紙一枚の重さしかない。あっけない。
考えてみれば、時間ほど確かなものはない。体内時計があって、DNAの複製回数が決められている。神様は、命のチケットを与えてくれたが有効期限つきだ。精一杯、旅をしなければならない。
イ・ソンヒの12集所収の「たぶん(아마...)」(2001年)は、たぶん人生で美しい情景を歌っているのかもしれない。成就の歓びでなくても、胸の痛みであったとしても、生きている実感に違いないからだ。若いときにしか経験できない貴重な一瞬だ。
(本ブログ関連:”「たぶん(아마...)」”)
その人の話し、しましょうか。 悲しい私の愛、聞き入れることができますか。
馬鹿でしょ、言葉ひとつできず、一人で胸を痛めるなんて。 私のそばにいても、
分かってください。 そんな気持ち、彼を見るたび、いいえ、私余計なこといい始めたようです。
*もう、その人には、命のような、そんな大事なものがあるのでしょう。
永遠に、私は堪えられない話をできないんです。 愛するという言葉は、たぶん・・・
なぜか、涙が止まりません。 つまらないでしょう。 私の気持ち分からなくて。
あなたがくれたハンカチに、涙とともに滲み出た言葉、それはあなたなのに。
本当に分からないのですか。 私のこんな気持ちを、いいえ、余計なこといい始めたようです。
*(2行繰り返し - 2度)
(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)
考えてみれば、時間ほど確かなものはない。体内時計があって、DNAの複製回数が決められている。神様は、命のチケットを与えてくれたが有効期限つきだ。精一杯、旅をしなければならない。
イ・ソンヒの12集所収の「たぶん(아마...)」(2001年)は、たぶん人生で美しい情景を歌っているのかもしれない。成就の歓びでなくても、胸の痛みであったとしても、生きている実感に違いないからだ。若いときにしか経験できない貴重な一瞬だ。
(本ブログ関連:”「たぶん(아마...)」”)
その人の話し、しましょうか。 悲しい私の愛、聞き入れることができますか。
馬鹿でしょ、言葉ひとつできず、一人で胸を痛めるなんて。 私のそばにいても、
分かってください。 そんな気持ち、彼を見るたび、いいえ、私余計なこといい始めたようです。
*もう、その人には、命のような、そんな大事なものがあるのでしょう。
永遠に、私は堪えられない話をできないんです。 愛するという言葉は、たぶん・・・
なぜか、涙が止まりません。 つまらないでしょう。 私の気持ち分からなくて。
あなたがくれたハンカチに、涙とともに滲み出た言葉、それはあなたなのに。
本当に分からないのですか。 私のこんな気持ちを、いいえ、余計なこといい始めたようです。
*(2行繰り返し - 2度)
(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)
2016年2月1日月曜日
イ・ソンヒはイ・スンギの入隊について・・・
韓国には徴兵制度があり、満18歳で徴兵検査を受け満19~29歳までに入隊(約2年間の兵役)するという。イ・ソンヒが発掘して育てた歌手イ・スンギ(李昇基、이승기、1987年1月13日~)が、今日入隊するとInnofile.netの記事「イ・スンギ、今日(1日)現役入隊」(2/1)は次のように伝えている。(抜粋)
----------------------------------------
・イ・スンギは1日午後、忠清南道論山陸軍訓練所を通じて入隊し、5週間の基礎軍事訓練後、部隊に配置されて陸軍現役として服務する。
----------------------------------------
イ・ソンヒは、以前経営していた劇場(彼女の歌ステージ)で演奏した高校生バンドの中からイ・スンギを発見し、いわゆる住み込みの弟子・師匠の徒弟関係を通じて育てた。現在、イ・スンギは、歌手として成長し、タレントや役者としても活躍している。イ・ソンヒのコンサートにイ・スンギが、イ・スンギのコンサートにはイ・ソンヒがゲスト出演するというのが習わしのようだ。
(本ブログ関連:”イ・スンギ”)
また、イ・ソンヒはイ・スンギの母親と同年代であることから母親代わりに面倒を見たという。それほどの関係だから、今回のイ・スンギの入隊について、イ・ソンヒがどのように思ったか知りたいところだが、ネットニュースにまだ見つけることができない。
今回、静かに入隊するというので、それを見守るイ・ソンヒも配慮したのかもしれない。とはいえ、いずれ彼女の心境を知ることができるかもしれない。
----------------------------------------
・イ・スンギは1日午後、忠清南道論山陸軍訓練所を通じて入隊し、5週間の基礎軍事訓練後、部隊に配置されて陸軍現役として服務する。
----------------------------------------
イ・ソンヒは、以前経営していた劇場(彼女の歌ステージ)で演奏した高校生バンドの中からイ・スンギを発見し、いわゆる住み込みの弟子・師匠の徒弟関係を通じて育てた。現在、イ・スンギは、歌手として成長し、タレントや役者としても活躍している。イ・ソンヒのコンサートにイ・スンギが、イ・スンギのコンサートにはイ・ソンヒがゲスト出演するというのが習わしのようだ。
(本ブログ関連:”イ・スンギ”)
また、イ・ソンヒはイ・スンギの母親と同年代であることから母親代わりに面倒を見たという。それほどの関係だから、今回のイ・スンギの入隊について、イ・ソンヒがどのように思ったか知りたいところだが、ネットニュースにまだ見つけることができない。
今回、静かに入隊するというので、それを見守るイ・ソンヒも配慮したのかもしれない。とはいえ、いずれ彼女の心境を知ることができるかもしれない。
2016年1月31日日曜日
U-23アジア選手権優勝
昨晩、深夜に放送された「男子サッカー U-23アジア選手権」決勝(カタール・ドーハ)の日韓戦で、日本チームが3-2で優勝した。試合そのものは、今日未明にかかる放送だったため、ついつい寝込んでしまい、勝利を知ったのは朝だった。
(本ブログ関連:”サッカー”)
すでに、今年のリオデジャネイロ五輪出場権(23歳未満)を獲得しているので、気楽に観戦できるはずだったが寝てしまうなんて勿体ないことをした。ジャガーポーズの浅野琢磨選手の活躍と、手倉森監督の采配など素晴らしいものだった。
ところで、雨男とか雨女があって、イベントに予期せぬ展開を招くことがある。常々思うことだが、私がテレビ観戦に熱中することで、果たして試合にどんな影響があるか考えてしまう。見た方がよいのか、見ない方がよいのか思案する。結局、寝てしまい、勝利が導びかれたのかもしれない・・・そんな気がする。私が見なかったのがよかったのだろう。
相変わらずサッカールールを理解できない。そんな、にわかファンならでは、画面に見入ってしまったのは、手倉森監督を見たとき、カンニング竹山に似ているなんて、勝利に喜ぶ笑顔を見てそう感じた。
ここまで、決勝まで勝ち続けてきた全ての選手の活躍に、乾杯!
(本ブログ関連:”サッカー”)
すでに、今年のリオデジャネイロ五輪出場権(23歳未満)を獲得しているので、気楽に観戦できるはずだったが寝てしまうなんて勿体ないことをした。ジャガーポーズの浅野琢磨選手の活躍と、手倉森監督の采配など素晴らしいものだった。
ところで、雨男とか雨女があって、イベントに予期せぬ展開を招くことがある。常々思うことだが、私がテレビ観戦に熱中することで、果たして試合にどんな影響があるか考えてしまう。見た方がよいのか、見ない方がよいのか思案する。結局、寝てしまい、勝利が導びかれたのかもしれない・・・そんな気がする。私が見なかったのがよかったのだろう。
相変わらずサッカールールを理解できない。そんな、にわかファンならでは、画面に見入ってしまったのは、手倉森監督を見たとき、カンニング竹山に似ているなんて、勝利に喜ぶ笑顔を見てそう感じた。
ここまで、決勝まで勝ち続けてきた全ての選手の活躍に、乾杯!
2016年1月30日土曜日
(雑談) マスク
寒いからといって、防寒マスクの話しではない。夜中、口を空けたまま寝て口中が乾くのを防ぐために、いわゆる衛生マスクをすればよいという話しがある。使い捨てマスクで十分で、気兼ねなく一晩で使いきるというわけだ。
実は、毎朝一番に気にしているのは、口腔がカラカラに乾わくことだった。テレビなどで、この渇きで雑菌が繁殖したりして、衛生上よろしくないという。若い人でも口を空けたまま寝ると渇くという。歳をとればなおさら。用心が必要、ただでさえ乾燥するというに。
ということで、マスクを着用しながら寝てみることにした。結果は、寝相が悪いからなのか、朝起きるとマスクの紐は耳に掛かっているが、マスク本体がアゴ下にずれ落ちているのだ。それも連日のこと。どうしたわけだろう。
この繰り返しで、朝一番、喉の乾きは相変わらずであるが。うがいから始めることも変わらないでいる。今晩もまたマスクを試してみよう。
実は、毎朝一番に気にしているのは、口腔がカラカラに乾わくことだった。テレビなどで、この渇きで雑菌が繁殖したりして、衛生上よろしくないという。若い人でも口を空けたまま寝ると渇くという。歳をとればなおさら。用心が必要、ただでさえ乾燥するというに。
ということで、マスクを着用しながら寝てみることにした。結果は、寝相が悪いからなのか、朝起きるとマスクの紐は耳に掛かっているが、マスク本体がアゴ下にずれ落ちているのだ。それも連日のこと。どうしたわけだろう。
この繰り返しで、朝一番、喉の乾きは相変わらずであるが。うがいから始めることも変わらないでいる。今晩もまたマスクを試してみよう。
2016年1月29日金曜日
氷雨
今夜、雨の後に雪の降る予報ある。外をのぞけば、氷雨に濡れた夜道が街燈に重く照らされている。思ったほどに寒くない。雨音に紛れて外は妙に明るいでいる。
氷雨に、以前見た映画、キム・ハヌル(김하늘)に翻弄される二人の男がカナダの雪山で遭難する「氷雨(빙우)」(2004年)を思い出す。氷雨というよりは、雪壁と滑落の印象が強いけれど。また、キム・ハヌルの姿に、男を虜にする奔放さというよりは、本来の健康なイメージしかないので戸惑った。彼女の26歳の映画だ。
(本ブログ関連:”氷雨”)
それに比べたら、20歳でデビューした年の1982年末にリリースした日野美歌の「氷雨」(元歌は、佳山明生の1977年のデビュー曲、競作)は、ぐっと大人っぽい。記憶にあるのは彼女の歌の方だ。印象深い素晴らしい曲だが、それにしても、20歳そこそこの女の子にこの曲を歌わせたとは・・・歌ったとは。
(Youtubeに登録のeboshi2008に感謝)
氷雨に、以前見た映画、キム・ハヌル(김하늘)に翻弄される二人の男がカナダの雪山で遭難する「氷雨(빙우)」(2004年)を思い出す。氷雨というよりは、雪壁と滑落の印象が強いけれど。また、キム・ハヌルの姿に、男を虜にする奔放さというよりは、本来の健康なイメージしかないので戸惑った。彼女の26歳の映画だ。
(本ブログ関連:”氷雨”)
それに比べたら、20歳でデビューした年の1982年末にリリースした日野美歌の「氷雨」(元歌は、佳山明生の1977年のデビュー曲、競作)は、ぐっと大人っぽい。記憶にあるのは彼女の歌の方だ。印象深い素晴らしい曲だが、それにしても、20歳そこそこの女の子にこの曲を歌わせたとは・・・歌ったとは。
(Youtubeに登録のeboshi2008に感謝)
2016年1月28日木曜日
イ・ソンヒの「さようなら」
きのうの健康体操教室で、今月はもう終わりですといわれて驚く。えっ、そうなんだ。つい先日、正月を迎えたばかりというに、早いものだ。このまま記憶が飛んでしまえば、すぐに年末だ。鬼も笑わない。私ときたら、コマ送りの映写フィルムのように、カタカタ音をたてて記憶が空回りする。
イ・ソンヒの4集に所収の「さようなら(안녕)」(1988年、作詞イ・ギョンエ、作曲キム・イラン)は、過ぎ去った思い出を懐かしむ。「さようなら」といえる若さは、時間の流れを刻々と惜しむことができるほど充実しているからに違いない。若さには過去を見ているようで、未来しかないのだから。人生が、演じる舞台のほんの一幕でしかない。うらやましい。
(本ブログ関連:”さようなら(안녕)”)
美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら
ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら
別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた
けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています
ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら
静かに、もう一度
さようなら、さようなら
(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)
イ・ソンヒの4集に所収の「さようなら(안녕)」(1988年、作詞イ・ギョンエ、作曲キム・イラン)は、過ぎ去った思い出を懐かしむ。「さようなら」といえる若さは、時間の流れを刻々と惜しむことができるほど充実しているからに違いない。若さには過去を見ているようで、未来しかないのだから。人生が、演じる舞台のほんの一幕でしかない。うらやましい。
(本ブログ関連:”さようなら(안녕)”)
美し過ぎた思い出にふけりながら
あなたの寝顔を見つめて
あなたの額に口づけして
静かにささやいたわ
さようなら
ドアを、ドアを開けしなに心残りして
もう一度、あなたを見つめて
遠くから聞こえる夜明けの鐘に
静かにもう一度
さようなら
別れは、本当につらい
愛とは、ただあなた
けれど、去らねばならない私を引き止めないで
ああ、引き止めないでください
愛しています
ドアの、ドアの外に出たら、冷たい夜は明け
コートの襟を上げて、口笛吹いて
白(しら)露なのか涙なのか、私の目もとに流れ
静かにささやいたわ
さようなら
静かに、もう一度
さようなら、さようなら
(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)
2016年1月27日水曜日
転寝(うたた寝)
最近、昼過ぎの健康体操教室が終わって帰宅すると、どうしたことか眠くなる。適度な運動と疲労がなせるせいか、いつのまにかまどろむのだ。そして寝入ったことにおどろいて目が覚める。以前は、こんなことはなかったけれど、まことに心地いい。
知り合いに、午後の転寝(うたた寝)は3時までと教えられた。それ以降だと、夜の睡眠に影響するという。確かに夕方頃ちょいと転寝すると、深夜まで頭がさえる、というか落ち着かない。らんらんと深夜にパソコンを触ることになる。
(本ブログ関連:”昼寝”)
テレビで、幼稚園児の昼寝に効果があるという絵本が紹介されていた。絵本「おやすみ、ロジャー - 魔法のぐっすり絵本」を読み聞かせるというのだ。ゆっくり読む部分が文字で強調(ゴシック体、色付け)されていたり、子どもの名前を挿入する部分を示したり、いろいろ工夫されているようだ。
(Amazonにある同絵本の<なか見!検索>で、「本書の読み方の手引き」を見ることができる)
でも、おじさんが自身に、この絵本を読んで聞かせる=読むわけにもいかないし・・・結局、自然にうつらうつらして、ハッと目が覚める繰り返しだ。
知り合いに、午後の転寝(うたた寝)は3時までと教えられた。それ以降だと、夜の睡眠に影響するという。確かに夕方頃ちょいと転寝すると、深夜まで頭がさえる、というか落ち着かない。らんらんと深夜にパソコンを触ることになる。
(本ブログ関連:”昼寝”)
テレビで、幼稚園児の昼寝に効果があるという絵本が紹介されていた。絵本「おやすみ、ロジャー - 魔法のぐっすり絵本」を読み聞かせるというのだ。ゆっくり読む部分が文字で強調(ゴシック体、色付け)されていたり、子どもの名前を挿入する部分を示したり、いろいろ工夫されているようだ。
(Amazonにある同絵本の<なか見!検索>で、「本書の読み方の手引き」を見ることができる)
でも、おじさんが自身に、この絵本を読んで聞かせる=読むわけにもいかないし・・・結局、自然にうつらうつらして、ハッと目が覚める繰り返しだ。
KBS WORLD「国楽の世界へ」 北方に伝わる歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、北方に伝わる歌に関連した3曲を紹介した。
最初に、平安道の妙香山(묘향산)の地勢と西山大師(서산대사)について次のように紹介された。
・妙香山(太白山ともいう)は、北の平安道に位置する。東に金剛山、西に九月山、そして南に智異山といわれ、妙香山も含めて4大名山と評する。最高峰は1,909m、周囲は128Kmある。山中の滝は1万に及ぶという。神話の熊と虎が人となり得て、熊女が「檀君」を懐妊した檀君洞窟があり、民族のシンボルともいえる、小さな寺が360ある。西山大師(休靜、1520年3月26日~1604年1月23日)が、秀吉の朝鮮出兵に対し僧兵を結成した場所でもある。
▼ 妙香山の風景を表現した歌「香山遊覧歌(향산유람가)」を聴く。経を唱えるようにリフレインする。
・この曲は、作者未詳の作品を歌にしたもので、妙香山の山脈を説明して旅立ち、その麓から頂上に至る過程をゆっくり歌う。歌詞中、檀君の洞窟や僧侶の西山大師の話と共に、国の平安を祈る部分がある。この歌で風景を想像できる。
次に、平安道の西道民謡の愁える心の歌「愁心歌(수심가)」について次のように紹介された。
・平安道を代表する歌に「愁心歌」がある。山川の草木は若返り、人の青春は歳老いていく、それを考えると悲痛で仕方ないという歌詞に、物寂しいリズムが加わり曲名になったという。黄海道と平安道の北地域の民謡を西道民謡という。
▼ 心配事のかたまり、一度聴くと長く記憶に残るという歌「愁心歌」を聴く。ビブラートの効いたモンゴル風の香りがする。
最後に、西道地域の歌の歴史性について次のように紹介された。
・西道地域の歌が悲しいのは、朝鮮の差別政策のためという説もある。朝鮮時代に、今の平安道と咸鏡道地域を差別することがあった。この地の人々が官職につくのを制限する差別だ。辺境の地を差別した。勉強しても官職につけるわけでなく、挑戦もできなかった。同民族として待遇をしない意に思える。
▼ 平壌の妓生が戦を案ずる詩にリズムを付した「詩唱、關山戎馬(관산융마)」を聴く。長く続く抑揚、声質は北風。
・内容は、いつになったら北の地域の戦いは終わるのだろうか、關山の戦争を心配する歌詞だ。この曲が、辺境地の平安道地域の人々に特別に感じられたようだ。
最初に、平安道の妙香山(묘향산)の地勢と西山大師(서산대사)について次のように紹介された。
・妙香山(太白山ともいう)は、北の平安道に位置する。東に金剛山、西に九月山、そして南に智異山といわれ、妙香山も含めて4大名山と評する。最高峰は1,909m、周囲は128Kmある。山中の滝は1万に及ぶという。神話の熊と虎が人となり得て、熊女が「檀君」を懐妊した檀君洞窟があり、民族のシンボルともいえる、小さな寺が360ある。西山大師(休靜、1520年3月26日~1604年1月23日)が、秀吉の朝鮮出兵に対し僧兵を結成した場所でもある。
▼ 妙香山の風景を表現した歌「香山遊覧歌(향산유람가)」を聴く。経を唱えるようにリフレインする。
・この曲は、作者未詳の作品を歌にしたもので、妙香山の山脈を説明して旅立ち、その麓から頂上に至る過程をゆっくり歌う。歌詞中、檀君の洞窟や僧侶の西山大師の話と共に、国の平安を祈る部分がある。この歌で風景を想像できる。
次に、平安道の西道民謡の愁える心の歌「愁心歌(수심가)」について次のように紹介された。
・平安道を代表する歌に「愁心歌」がある。山川の草木は若返り、人の青春は歳老いていく、それを考えると悲痛で仕方ないという歌詞に、物寂しいリズムが加わり曲名になったという。黄海道と平安道の北地域の民謡を西道民謡という。
▼ 心配事のかたまり、一度聴くと長く記憶に残るという歌「愁心歌」を聴く。ビブラートの効いたモンゴル風の香りがする。
最後に、西道地域の歌の歴史性について次のように紹介された。
・西道地域の歌が悲しいのは、朝鮮の差別政策のためという説もある。朝鮮時代に、今の平安道と咸鏡道地域を差別することがあった。この地の人々が官職につくのを制限する差別だ。辺境の地を差別した。勉強しても官職につけるわけでなく、挑戦もできなかった。同民族として待遇をしない意に思える。
▼ 平壌の妓生が戦を案ずる詩にリズムを付した「詩唱、關山戎馬(관산융마)」を聴く。長く続く抑揚、声質は北風。
・内容は、いつになったら北の地域の戦いは終わるのだろうか、關山の戦争を心配する歌詞だ。この曲が、辺境地の平安道地域の人々に特別に感じられたようだ。
2016年1月26日火曜日
ストリーミング・サービスで80年代曲の1位、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」
最近、テレビのドラマや音楽番組の影響で、レトロ(復古)音楽に関心が増え、ストリーミング・サービス(Genie)で90年代の音源が増加し、去年と一昨年に聞かれた80年代曲の1位に、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」がランクされたと、聨合通信の記事(1/25、イ・ウンジョン記者)は次のように伝えている。
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
記事: 「『応答せよ1988(응팔)』・『土曜日!土曜日は歌手だ(토토가)』の影響?…音楽サービスのGenie、90年代音源ストリーミング57%増加」
(本ブログ関連:”40代に吹く「レトロブーム(復古熱風)」”)
-------------------------------------------------------------------
・チョー・ヨンピルの「釜山港に帰れ」、イム・チャンジョンの「焼酎一杯」 3年連続1位
・tvNドラマ「応答せよ1988」と、MBC TV「無限挑戦」の「土曜日!土曜日は歌手だ」など放送番組の影響で、レトロ(復古)音楽に関心が増加して、1990年代音楽のストリーミング件数が大きく増加した。
・音楽サービスGenieは、時代別音楽コーナーで紹介した過去の興行音源ストリーミングの動向を調べた結果、昨年Genieで1990年代の音源ストリーミング件数は、5千361万件で、前年度(2014年)対比57%増加したと、25日明らかにした。
・また、同じ期間、2000年代の音源が37%、1980年代の音源が23%、1970年代の音源が3%の増加傾向を見せた。
・Genieを運営するKTミュージック関係者は、「これまで利用者が2000年代の過去の音楽を主に聞いたが『応答せよ1988』と『無限挑戦 - 土曜日!土曜日は歌手だ』などを通して記憶から忘れていた1990年代の音楽に接し、この時代の音楽ストリーミングが大きく増加した」と説明した。
・実際、昨年音源ストリーミング件数が最も多かった過去の音源は、2000年代の音源で1億6千31万件を記録し、1990年代の音源ストリーミング数の3倍に達した。
・Genieは、この3年(2013~2015年)間、時代別曲中の利用者が最も多く聞いた1位曲を調査した結果、1970年代曲ではチョー・ヨンピルの「釜山港へ帰れ」が3年連続1位を占めたと明らかにした。
・1980年代曲中にはユ・ジェハの「愛してるから」(2013年)と、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」(2014、2015年)が、1990年代曲中にはイ・ムンセの「昔の恋」(2013年)と、キム・ヨンウの「いまでもきれいかい」(2014年)、Coolの「哀傷」(2015年)が1位を占めた。
・2000年代曲ではイム・チャンジョンの「焼酎一杯」が3年連続1位に上がって、定番(steady seller)曲としての面目を見せた。
・【2013年~2015年 Genie利用者が最も多く聞いたストリーミング1位のレトロ(復古)音楽】
- 発売年度別/曲名・歌手名、(ストリーミング1位の年)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1970年代 「釜山港に帰れ」 チョ・ヨンピル 1位 (2013年、2014年、2015年)
1980年代 「私はいつもあなたを」 イ・ソンヒ 1位 (2014年、2015年)
「愛してるから(사랑하기때문에)」 ユ・ジェハ 1位 (2013年)
1990年代 「哀傷」Cool 1位 (2015年)
「いまでもきれいかい」 キム・ヨンウ 1位 (2014年)
「昔の恋」 イ・ムンセ 1位 (2013年)
2000年代 「焼酎一杯」 イム・チャンジョン 1位 (2013年、2014年、2015年)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
-------------------------------------------------------------------
(本ブログ関連:”私はいつもあなたを”)
記事: 「『応答せよ1988(응팔)』・『土曜日!土曜日は歌手だ(토토가)』の影響?…音楽サービスのGenie、90年代音源ストリーミング57%増加」
(本ブログ関連:”40代に吹く「レトロブーム(復古熱風)」”)
-------------------------------------------------------------------
・チョー・ヨンピルの「釜山港に帰れ」、イム・チャンジョンの「焼酎一杯」 3年連続1位
・tvNドラマ「応答せよ1988」と、MBC TV「無限挑戦」の「土曜日!土曜日は歌手だ」など放送番組の影響で、レトロ(復古)音楽に関心が増加して、1990年代音楽のストリーミング件数が大きく増加した。
・音楽サービスGenieは、時代別音楽コーナーで紹介した過去の興行音源ストリーミングの動向を調べた結果、昨年Genieで1990年代の音源ストリーミング件数は、5千361万件で、前年度(2014年)対比57%増加したと、25日明らかにした。
・また、同じ期間、2000年代の音源が37%、1980年代の音源が23%、1970年代の音源が3%の増加傾向を見せた。
・Genieを運営するKTミュージック関係者は、「これまで利用者が2000年代の過去の音楽を主に聞いたが『応答せよ1988』と『無限挑戦 - 土曜日!土曜日は歌手だ』などを通して記憶から忘れていた1990年代の音楽に接し、この時代の音楽ストリーミングが大きく増加した」と説明した。
・実際、昨年音源ストリーミング件数が最も多かった過去の音源は、2000年代の音源で1億6千31万件を記録し、1990年代の音源ストリーミング数の3倍に達した。
・Genieは、この3年(2013~2015年)間、時代別曲中の利用者が最も多く聞いた1位曲を調査した結果、1970年代曲ではチョー・ヨンピルの「釜山港へ帰れ」が3年連続1位を占めたと明らかにした。
・1980年代曲中にはユ・ジェハの「愛してるから」(2013年)と、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」(2014、2015年)が、1990年代曲中にはイ・ムンセの「昔の恋」(2013年)と、キム・ヨンウの「いまでもきれいかい」(2014年)、Coolの「哀傷」(2015年)が1位を占めた。
・2000年代曲ではイム・チャンジョンの「焼酎一杯」が3年連続1位に上がって、定番(steady seller)曲としての面目を見せた。
・【2013年~2015年 Genie利用者が最も多く聞いたストリーミング1位のレトロ(復古)音楽】
- 発売年度別/曲名・歌手名、(ストリーミング1位の年)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
1970年代 「釜山港に帰れ」 チョ・ヨンピル 1位 (2013年、2014年、2015年)
1980年代 「私はいつもあなたを」 イ・ソンヒ 1位 (2014年、2015年)
「愛してるから(사랑하기때문에)」 ユ・ジェハ 1位 (2013年)
1990年代 「哀傷」Cool 1位 (2015年)
「いまでもきれいかい」 キム・ヨンウ 1位 (2014年)
「昔の恋」 イ・ムンセ 1位 (2013年)
2000年代 「焼酎一杯」 イム・チャンジョン 1位 (2013年、2014年、2015年)
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
-------------------------------------------------------------------
2016年1月25日月曜日
寒い朝
ここ数日、寒気が西日本を覆い、昨日(1/24)、奄美大島に115年ぶりの 降雪があったという。もちろん、当地の冷え込みも厳しい。今朝、温水蛇口がゴホゴホと咳き込んだかと思うと、茶色の水を吐き出した。落ち着くまで、しばらく出しっぱなしにしたほどだ。
台所外の温水器が、昨夜の冷気で凍りついたのかもしれない。それを、温水を流そうとしたとき、凍った塊りが水道管の内壁をこすり、溶けながら通ったのだろう。おかげで、管内掃除をしたようなものだ。一瞬あせったけれど。
寒い朝だった。吉永小百合(1945年~)の歌に「寒い朝」(1962年)がある。おじさんのカラオケの定番で、カラオケの最後に心を浄化する儀式のように歌ったものだ。
この曲は、吉永小百合と<和田弘とマヒナスターズ>による歌だが、彼女はあくまで清純にすがすがしく歌う。それをバックコーラスで健康的に歌い合わせたのが、当時ムード歌謡で知られた和田弘とマヒナスターズだったのだ。彼らは、まるでダークダックスのように正統に歌い聞かせた。映画「赤い蕾と白い花」(制作時タイトルが「寒い朝」だった)の主題歌として歌われた。(吉永小百合の相手役の浜田光夫は、当時の観客側のわたしにとって、邪魔でしかなかった。容赦)
吉永小百合は、いわゆる青春映画スターである。いまだに、その気風が抜けきっていないかもしれない。かつての映画ファンがそさせないだけかもしれない。韓国の青春映画スターといえば、イム・イェジン(林藝眞、임예진、1960年~)があたる気がするが、どうだろうか。
台所外の温水器が、昨夜の冷気で凍りついたのかもしれない。それを、温水を流そうとしたとき、凍った塊りが水道管の内壁をこすり、溶けながら通ったのだろう。おかげで、管内掃除をしたようなものだ。一瞬あせったけれど。
寒い朝だった。吉永小百合(1945年~)の歌に「寒い朝」(1962年)がある。おじさんのカラオケの定番で、カラオケの最後に心を浄化する儀式のように歌ったものだ。
この曲は、吉永小百合と<和田弘とマヒナスターズ>による歌だが、彼女はあくまで清純にすがすがしく歌う。それをバックコーラスで健康的に歌い合わせたのが、当時ムード歌謡で知られた和田弘とマヒナスターズだったのだ。彼らは、まるでダークダックスのように正統に歌い聞かせた。映画「赤い蕾と白い花」(制作時タイトルが「寒い朝」だった)の主題歌として歌われた。(吉永小百合の相手役の浜田光夫は、当時の観客側のわたしにとって、邪魔でしかなかった。容赦)
吉永小百合は、いわゆる青春映画スターである。いまだに、その気風が抜けきっていないかもしれない。かつての映画ファンがそさせないだけかもしれない。韓国の青春映画スターといえば、イム・イェジン(林藝眞、임예진、1960年~)があたる気がするが、どうだろうか。
2016年1月24日日曜日
イ・ソンヒのカバー「ハル(いちにち)」
イ・ソンヒがカバーした、キム・ボムス(김범수)の2集収録の「ハル(하루)」は、独特のしっとりとした仕上がりになっている。この歌がすでに持っていた、時や地理性を超え、あたかもイ・ソンヒの世界に独自の香りをして再生したようだ。それに似た驚きを、シム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑 밖에 난 몰라)」のカバーにも感じた。
(本ブログ関連:”「ハル」”、”「愛しか私はわからない」”、”カバー”)
イ・ソンヒは、同じ組成を持ちながらもきらめく独自の結晶へ導くようにカバーする。味わい深くひきつける共鳴力を持ちながら。
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
(本ブログ関連:”「ハル」”、”「愛しか私はわからない」”、”カバー”)
イ・ソンヒは、同じ組成を持ちながらもきらめく独自の結晶へ導くようにカバーする。味わい深くひきつける共鳴力を持ちながら。
(Youtubeに登録のlys2187に感謝)
2016年1月23日土曜日
(資料) 騙す狢(むじな)
「同じ穴のむじな(狢)」というけれど、さて考えてみると、ムジナという獣の記憶がない。どうやら、ムジナとは、「アナグマ」のようだが、果たして子どものころ動物園でいかに見たか覚束ない。写真の姿は、警戒心の強いインパクトに欠けた小動物に見える。
とはいえ、「同じ穴のむじな(狢)」とは、騙すという似た輩のわけで、アナグマ、タヌキ、テンなどをまとめて指すようだ。アナグマが騙すという由縁を考えると、<擬死>にあるような気がする・・・つまり死んだ振りだ。人間の目から見れば、そんなことより逃げればいいのにと思い、タヌキと似た滑稽さを感じる。アナグマにしてみれば、ただ小心なだけなのかもしれないけど。
タヌキ同様に騙すという習性から、小泉八雲の「狢」では<のっぺら坊>の、お女中になったり、屋台の蕎麦売りになったりする。でも、この話し少し変だ。というのも<のっぺら坊>の、お女中は泣き声をあげるし、屋台の蕎麦売りは「こんなものだったか?」といって自分の顔を見せてダメ押しする。口がない筈なのに。
闇夜に遠く、狢の声が聞こえるという、芥川龍之介の「狢」は物語というより、採話に近い内容だ。狢の話しの古い記録について次のように書き出している。
----------------------------------------------------
書紀によると、日本では、推古天皇の三十五年春二月、陸奥で始めて、貉が人に化けた。尤もこれは、一本によると、化レ人(ヒトニナリテ)でなくて、比レ人(ヒトニマジリテ)とあるが、両方ともその後に歌之(ウタウ)と書いてあるから、人に化けたにしろ、人に比ったにしろ、人並に唄を歌った事だけは事実らしい。
それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲(みかそ)と云う人の犬が、貉を噛み食(ころ)したら、腹の中に八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)があったと書いてある。この曲玉は馬琴ばきんが、八犬伝の中で、八百比丘尼妙椿(やおびくにみょうちん)を出すのに借用した。が、垂仁朝の貉は、ただ肚裡(とり)に明珠(めいしゆ)を蔵しただけで、後世の貉の如く変化自在を極きわめた訳ではない。すると、貉の化けたのは、やはり推古天皇の三十五年春二月が始めなのであろう。
----------------------------------------------------
最初から化かす存在ではなかったようだが、腹の中に曲玉を蔵したことに、化かすことが合わさって、狐と似た具合にもなる。狐は、「腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利」、「額にありたる白玉」、「尾の先にありたる二つの針」が存在したとされる。
(本ブログ関連;”(資料) 那須野の殺生石”)
人を騙す程度の悪知恵しかないのなら、身の内に、身のほど知らずの余りいいものを持つべきではないようだ。
とはいえ、「同じ穴のむじな(狢)」とは、騙すという似た輩のわけで、アナグマ、タヌキ、テンなどをまとめて指すようだ。アナグマが騙すという由縁を考えると、<擬死>にあるような気がする・・・つまり死んだ振りだ。人間の目から見れば、そんなことより逃げればいいのにと思い、タヌキと似た滑稽さを感じる。アナグマにしてみれば、ただ小心なだけなのかもしれないけど。
タヌキ同様に騙すという習性から、小泉八雲の「狢」では<のっぺら坊>の、お女中になったり、屋台の蕎麦売りになったりする。でも、この話し少し変だ。というのも<のっぺら坊>の、お女中は泣き声をあげるし、屋台の蕎麦売りは「こんなものだったか?」といって自分の顔を見せてダメ押しする。口がない筈なのに。
闇夜に遠く、狢の声が聞こえるという、芥川龍之介の「狢」は物語というより、採話に近い内容だ。狢の話しの古い記録について次のように書き出している。
----------------------------------------------------
書紀によると、日本では、推古天皇の三十五年春二月、陸奥で始めて、貉が人に化けた。尤もこれは、一本によると、化レ人(ヒトニナリテ)でなくて、比レ人(ヒトニマジリテ)とあるが、両方ともその後に歌之(ウタウ)と書いてあるから、人に化けたにしろ、人に比ったにしろ、人並に唄を歌った事だけは事実らしい。
それより以前にも、垂仁紀を見ると、八十七年、丹波の国の甕襲(みかそ)と云う人の犬が、貉を噛み食(ころ)したら、腹の中に八尺瓊曲玉(やさかにのまがたま)があったと書いてある。この曲玉は馬琴ばきんが、八犬伝の中で、八百比丘尼妙椿(やおびくにみょうちん)を出すのに借用した。が、垂仁朝の貉は、ただ肚裡(とり)に明珠(めいしゆ)を蔵しただけで、後世の貉の如く変化自在を極きわめた訳ではない。すると、貉の化けたのは、やはり推古天皇の三十五年春二月が始めなのであろう。
----------------------------------------------------
最初から化かす存在ではなかったようだが、腹の中に曲玉を蔵したことに、化かすことが合わさって、狐と似た具合にもなる。狐は、「腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利」、「額にありたる白玉」、「尾の先にありたる二つの針」が存在したとされる。
(本ブログ関連;”(資料) 那須野の殺生石”)
人を騙す程度の悪知恵しかないのなら、身の内に、身のほど知らずの余りいいものを持つべきではないようだ。
2016年1月22日金曜日
(雑談) 早口
以前、SNSのFacebookがどのように発生して、どのようにのし上がったかをドラマ仕立てにした映画を見た。その主人公が、Facebook創設者といわれるザッカーバーグ同様に恐ろしく早口だった。
(本ブログ関連:”ソーシャル・ネットワーク”)
早口といっても、アナウンサーの練習ことばではない。いってみれば、TEDのスピーカーがとめどなく言葉をあふれ出すように、自分の言葉で造った自身の世界を語っているのだから。その際、言葉は自身を表現する道具にすぎない。聞こうとする人がいるなら、説得するための専用インターフェースは必要ないのだ。
情報を探し五官に届けるのに、デジタル技術は急速に発展した。インプット技術について、これからもそうだろう。だが、いったん脳内の処理はどうにもならない。どんなに技術が進んでも、人間としての判断は高速化できない。
語りをどうして急ぐのか。他者に聞かせようとするなら、発する言葉に自分の言葉だけではすまないものがあるはずだ。言葉は意味にあらゆる構造体を持っている。パラメーターの加減で機能が変化する。思いついたまま、口先で早口に条件反射するものではないだろう。
アホウドリも船乗りに捕まれば、さきほどまで悠々と海原の上空を浮かび睥睨したときと違い、その無様な姿をさらすだけなのだから。詩人も然り、さらにいえば、ぼくらは全然詩人じゃないのだから。
(本ブログ関連:”ソーシャル・ネットワーク”)
早口といっても、アナウンサーの練習ことばではない。いってみれば、TEDのスピーカーがとめどなく言葉をあふれ出すように、自分の言葉で造った自身の世界を語っているのだから。その際、言葉は自身を表現する道具にすぎない。聞こうとする人がいるなら、説得するための専用インターフェースは必要ないのだ。
情報を探し五官に届けるのに、デジタル技術は急速に発展した。インプット技術について、これからもそうだろう。だが、いったん脳内の処理はどうにもならない。どんなに技術が進んでも、人間としての判断は高速化できない。
語りをどうして急ぐのか。他者に聞かせようとするなら、発する言葉に自分の言葉だけではすまないものがあるはずだ。言葉は意味にあらゆる構造体を持っている。パラメーターの加減で機能が変化する。思いついたまま、口先で早口に条件反射するものではないだろう。
アホウドリも船乗りに捕まれば、さきほどまで悠々と海原の上空を浮かび睥睨したときと違い、その無様な姿をさらすだけなのだから。詩人も然り、さらにいえば、ぼくらは全然詩人じゃないのだから。
2016年1月21日木曜日
イ・ソンヒ、韓国人が最も愛する「国民歌手」...チョー・ヨンピル、キム・ゴンモが続く
順位好きは韓国の国民性だろうけれど、イ・ソンヒについてうれしい順位記事があるたび目移りして、ついつい探し読んでしまう。最近の韓国ギャラップ調査でも、見事にカムバックして上位にランクされている。
(本ブログ関連:ギャラップ調査 ”2015年”、”2014年”)
昨年末、ジョイ・ニュースの記事、「イ・ソンヒ、韓国人が愛する”国民歌手”…チョー・ヨンピル、キム・ゴンモの順」(2015年12月31日、キム・ヤンス記者)は、FM番組のアンケート調査結果で、彼女が一番愛されていると次のように報じている。(彼女のファン・グループも頑張っただろう)
---------------------------------------------------------
- 「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」で行なわれたアンケート調査の結果
・歌手イ・ソンヒが韓国人が愛する国民歌手1位に上った。
・(2015年12月)31日KBS 2ラジオ ハッピーFM(首都圏FM 106.1MHz)の、「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」が、「我が心の国民歌手ベスト20」の選定結果を発表した。リスナーの熱い反響の中で行なわれた投票結果、1位は合計370票を得票した歌手イ・ソンヒが占めた。
・1984年江辺歌謡祭でデビューしたイ・ソンヒは、小さい体躯から出る完ぺきな歌唱力で、「Jへ」、「いつもあなたを」、「思い出のページをめくれば」など数多くのヒット曲を残したし、最近にも「因縁(絆)」、「その中であなたに出会って」などの歌で安定した愛(支持)を受けている。
・その他にも、80年代に兄さん部隊(=歳下の女性ファン・グループ)*を導き、今は歌王と呼ばれる歌手チョー・ヨンピルが合計334票を得て2位に選ばれ、3位キム・ゴンモ(317票)。4位キム・グァンソク(260票)、5位イ・ムンセ(231票)が後に続いた。
(* ちなみに、イ・ソンヒには「姉さん部隊」と呼ばれる女子中高生のファン・グループがいた)
・番組を制作するパク・ヨンフンPDは、「老若男女を問わず、今日私たち国民の愛を受ける大衆歌謡の地勢をよく示す意味ある調査結果」と評価した。
・今回の調査は、制作スタッフが事前選定した合計50人の歌手候補のうち、自身が考える国民歌手を最大5人まで選択する方式で行なわれ、去る(2015年)12月1日から23日まで総投票数5,599票を記録した。
・「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」の年末年始特集、「我が心の国民歌手ベスト20」は、名曲とその歌手にまつわる思い出を分かちあい、深い感動と余韻を残す時間として作られてリスナーの大きな反響を得ている。
---------------------------------------------------------
(本ブログ関連:ギャラップ調査 ”2015年”、”2014年”)
昨年末、ジョイ・ニュースの記事、「イ・ソンヒ、韓国人が愛する”国民歌手”…チョー・ヨンピル、キム・ゴンモの順」(2015年12月31日、キム・ヤンス記者)は、FM番組のアンケート調査結果で、彼女が一番愛されていると次のように報じている。(彼女のファン・グループも頑張っただろう)
---------------------------------------------------------
- 「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」で行なわれたアンケート調査の結果
・歌手イ・ソンヒが韓国人が愛する国民歌手1位に上った。
・(2015年12月)31日KBS 2ラジオ ハッピーFM(首都圏FM 106.1MHz)の、「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」が、「我が心の国民歌手ベスト20」の選定結果を発表した。リスナーの熱い反響の中で行なわれた投票結果、1位は合計370票を得票した歌手イ・ソンヒが占めた。
・1984年江辺歌謡祭でデビューしたイ・ソンヒは、小さい体躯から出る完ぺきな歌唱力で、「Jへ」、「いつもあなたを」、「思い出のページをめくれば」など数多くのヒット曲を残したし、最近にも「因縁(絆)」、「その中であなたに出会って」などの歌で安定した愛(支持)を受けている。
・その他にも、80年代に兄さん部隊(=歳下の女性ファン・グループ)*を導き、今は歌王と呼ばれる歌手チョー・ヨンピルが合計334票を得て2位に選ばれ、3位キム・ゴンモ(317票)。4位キム・グァンソク(260票)、5位イ・ムンセ(231票)が後に続いた。
(* ちなみに、イ・ソンヒには「姉さん部隊」と呼ばれる女子中高生のファン・グループがいた)
・番組を制作するパク・ヨンフンPDは、「老若男女を問わず、今日私たち国民の愛を受ける大衆歌謡の地勢をよく示す意味ある調査結果」と評価した。
・今回の調査は、制作スタッフが事前選定した合計50人の歌手候補のうち、自身が考える国民歌手を最大5人まで選択する方式で行なわれ、去る(2015年)12月1日から23日まで総投票数5,599票を記録した。
・「ホ・スギョンのハッピータイム 4時」の年末年始特集、「我が心の国民歌手ベスト20」は、名曲とその歌手にまつわる思い出を分かちあい、深い感動と余韻を残す時間として作られてリスナーの大きな反響を得ている。
---------------------------------------------------------
大寒2016
今日は、二十四節気の最後、「大寒」だ。新しい一年の始まり「立春」(2/4)まで、14日間を残す。一昨昨日(1/18)の降雪もあり、このところ冬らしさを増している。今週土曜日に再び雪が降るという天気予報もある。
(本ブログ関連:”大寒”)
ところで、大寒をなんと発音するのか、「だいかん」か、それとも「たいかん」か。わたしとしては、「たいかん」と呼びたい。「だいかん」と濁音にすることで、「大仏」の「だい」につながる量的な大らかさが加わり、冬寒の質的な厳しさにつながらないような気がする。「だいかん」では間延びした感がする。
ネットを参照すると、「大寒」の読み方について、「だいかん」か「たいかん」かといったQAがあり、「たいかん」に組する感想も記されている。(特に、ブログ「井上教室(広島市)」のご意見に納得です。感謝。)
そういうわたしは、今、ストーブを全開してぬくぬくと「大寒」を語っている。われながら、自分のいい加減さを気付き、自覚することになる。もともと「寒いのは苦手だ」、「冬よりは夏の方がまだよい」と言っていたくせに。立春が待ち遠しい。
(本ブログ関連:”大寒”)
ところで、大寒をなんと発音するのか、「だいかん」か、それとも「たいかん」か。わたしとしては、「たいかん」と呼びたい。「だいかん」と濁音にすることで、「大仏」の「だい」につながる量的な大らかさが加わり、冬寒の質的な厳しさにつながらないような気がする。「だいかん」では間延びした感がする。
ネットを参照すると、「大寒」の読み方について、「だいかん」か「たいかん」かといったQAがあり、「たいかん」に組する感想も記されている。(特に、ブログ「井上教室(広島市)」のご意見に納得です。感謝。)
そういうわたしは、今、ストーブを全開してぬくぬくと「大寒」を語っている。われながら、自分のいい加減さを気付き、自覚することになる。もともと「寒いのは苦手だ」、「冬よりは夏の方がまだよい」と言っていたくせに。立春が待ち遠しい。
2016年1月20日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 犬
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(1/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、身近な動物「犬」に関連した3曲を紹介した。
始めに、京畿民謡「ヌンシル打令(는실타령)」と女性芸人団「寺堂牌(사당패)」について次のように紹介された。
・ソウル近辺の京畿地域の民謡は、他と比べて明るく派手なものが多い。人生、愛や別れを歌うときもそうで、恨みや悲しみより楽しく華やかに歌う。中に、「ヌンシルヌンシル」と繰り返す「ヌンシル打令」がある。特に意味はないが、動物の鳴き声を表した歌で、身近な鶏や犬から、鳳凰の鳴き声まである。あちこち彷徨った女性芸人団「寺堂牌(サダンペ)」が歌ったことに由来する。道端で疲れて歌ったろうが、リズムは依然愉快。
(本ブログ関連:”打令”)
▼ 「ヌンシル打令」の歌を聴く。歌謡の原点のよう、明るく楽しませる・・・流浪の歌だったのだろうか。
次に、現在伝わる動物をテーマにした「犬打令(개타령)」の統営(トンヨン)地域のものについて次のように紹介された。
・伝統音楽に時々動物が登場するが、主人公となる歌は少ない。動物でも、人と身近な犬は民謡にふさわしいテーマだ。「犬打令(ケタリョン)」は釜山近辺の統営、北方の西道(ソド)地域に二種伝わる。最近は犬をかわいがるが、昔は違う目的で飼った。泥棒よけの実用的な理由だ。いざ泥棒が入っても吠えず、そうでないとき吠える犬がある。昔の詩に、そんな犬について、歓迎しない相手にしっぽを振り、喜ばしい人には吠える。夜こっそり訪ねきた恋人に吠える犬のなんと憎たらしいことだろう。
▼ 統営地域の「犬打令」を聴く。夜、遠吠えを重ねる犬のよう。今様(アレンジ)である。
最後に、西道(ソド)地域の犬打令について次のように紹介された。
・統営地域と違い、西道地域の犬打令は犬を脅かす。犬の方言カイで歌う「カイヤ、カイヤ」で始まる。夜の人(密かに訪ねる恋人)が来たら吠えるな。吠えたら土葬すると脅かす。犬が理解したか分からない。犬から始まるので「犬打令」と呼ぶが、その後、木の下で遊ぶヒヨコの話に移る。一羽はトビがさらって行き、もう一羽は姑にばれぬよう二人で仲良く食べようという、少し恐ろしい恋愛の話だ。二人以上の歌い手が漫才のように掛け合うため、漫才の意の「ゼダムソリ(재담소리)」に分類されることもある。
▼ 犬を脅かす内容の西道地域の歌「犬打令」を聴く。掛け合いに抑揚を付けた素朴な感じがする。
・犬に頼んだり脅したり、吠えてはならぬという切実な気持ちが伝わる。ともに恋人の話が登場するのがおもしろい。
始めに、京畿民謡「ヌンシル打令(는실타령)」と女性芸人団「寺堂牌(사당패)」について次のように紹介された。
・ソウル近辺の京畿地域の民謡は、他と比べて明るく派手なものが多い。人生、愛や別れを歌うときもそうで、恨みや悲しみより楽しく華やかに歌う。中に、「ヌンシルヌンシル」と繰り返す「ヌンシル打令」がある。特に意味はないが、動物の鳴き声を表した歌で、身近な鶏や犬から、鳳凰の鳴き声まである。あちこち彷徨った女性芸人団「寺堂牌(サダンペ)」が歌ったことに由来する。道端で疲れて歌ったろうが、リズムは依然愉快。
(本ブログ関連:”打令”)
▼ 「ヌンシル打令」の歌を聴く。歌謡の原点のよう、明るく楽しませる・・・流浪の歌だったのだろうか。
次に、現在伝わる動物をテーマにした「犬打令(개타령)」の統営(トンヨン)地域のものについて次のように紹介された。
・伝統音楽に時々動物が登場するが、主人公となる歌は少ない。動物でも、人と身近な犬は民謡にふさわしいテーマだ。「犬打令(ケタリョン)」は釜山近辺の統営、北方の西道(ソド)地域に二種伝わる。最近は犬をかわいがるが、昔は違う目的で飼った。泥棒よけの実用的な理由だ。いざ泥棒が入っても吠えず、そうでないとき吠える犬がある。昔の詩に、そんな犬について、歓迎しない相手にしっぽを振り、喜ばしい人には吠える。夜こっそり訪ねきた恋人に吠える犬のなんと憎たらしいことだろう。
▼ 統営地域の「犬打令」を聴く。夜、遠吠えを重ねる犬のよう。今様(アレンジ)である。
最後に、西道(ソド)地域の犬打令について次のように紹介された。
・統営地域と違い、西道地域の犬打令は犬を脅かす。犬の方言カイで歌う「カイヤ、カイヤ」で始まる。夜の人(密かに訪ねる恋人)が来たら吠えるな。吠えたら土葬すると脅かす。犬が理解したか分からない。犬から始まるので「犬打令」と呼ぶが、その後、木の下で遊ぶヒヨコの話に移る。一羽はトビがさらって行き、もう一羽は姑にばれぬよう二人で仲良く食べようという、少し恐ろしい恋愛の話だ。二人以上の歌い手が漫才のように掛け合うため、漫才の意の「ゼダムソリ(재담소리)」に分類されることもある。
▼ 犬を脅かす内容の西道地域の歌「犬打令」を聴く。掛け合いに抑揚を付けた素朴な感じがする。
・犬に頼んだり脅したり、吠えてはならぬという切実な気持ちが伝わる。ともに恋人の話が登場するのがおもしろい。
登録:
投稿 (Atom)