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2017年5月15日月曜日

ユダヤ・ジョークで?

イディッシュ語講習の配布教材に載っている小話がよく分からない。実は、「ユダヤ・ジョーク集」(ラビ・M・トケイヤー著)という文庫本をAmazonで入手したが、同様の内容があって、それでもどうして? という疑問のままなのだ。ちょっと抜書きしてみる。

(文庫本から)「人ちがい」
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水売りのアイザックが、水がめに水を入れてもどってくる途中、ひとりの男が、
「マイヤー、これ食らえ」
と言いながら、アイザックをしたたか殴った。アイザックは立ち上がり、ゲラゲラ笑った。
「マイヤー、何がおかしいんだ。気でも狂ったのか」
「バカなのは、おまえじゃないか、だいたい、おれはマイヤーではないのだ」
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これで、お終い・・・ムムム、今一つピンとこない。人ちがいして突然殴られた人物が、笑って済ませている。これでどうしてジョークなのか。文化特有の意味(粗忽さ、または鷹揚さ、教養、或いは取りつくろい)なのか、はたまた私の鈍感さなのか。私だったらいきり立つだろうけれど。イディッシュ語教材は、次のように場面設定は違うが・・・展開は同様。

(教材から)?װי הײסט איר
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אַ ייִד קומט צו אַ צװײטן ייִד אין הױז און פֿרעגט
?זײַט אַזױ גוט. זאָגט מיר ׃ איר הײסט שׂלמה גאָלדבערג
יאָ. זאָגט דער אַנדערער ייִד
דער ערשטער ייִד גיט אים אַ פּאַטש. אָבער דער צװײטער לאַכט
ה׳ גאָלדבערג. פֿאַר װאָס לאַכט איר?  פֿרעגט דער ערשטער
!װײַל איך הײס גאָרניט שלמח גאָלדבערג! איך הײס דוד שװאַרץ
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2017年5月14日日曜日

イ・ソンヒの「愛してます 母さん」

今日は「母の日」。母は唯一の確信なんですね。全ての始まりであり、帰着点なんですから。これほどに心一つになれる日はありません。母さんは私の自信の源泉です。

以前、母のイメージに関連したものを列記したことがある。2015年の「母の日」のこと。それ以降も関連した(例えば高齢問題にからめた映画「怪しい彼女」)ものがあるけれど、とりあえず、当時記したのは次の通り。
・イ・ソンヒ : アニメ「走れハニー」・「母をたずねて三千里」、イ・ソンヒのエピソード、イ・ソンヒの生誕
・アソール : 唄「Mama」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
・エセーニン : 詩「母への手紙」 ⇒ Youtube(<もっと見る>に英語訳歌詞あり)
・申京淑 : 小説「母をお願い」

では、イ・ソンヒのキャロルアルバム(1991年)所収の「愛してます 母さん(사랑해요 엄마)」(作詞キム・ミンジョン、作曲ソン・シヒョン、編曲ピョン・ソンリョン/ユ・チヨン)を聴いて、懐かしい想い出にひたってみたい。


愛してます 母さん、母さんのその微笑を
愛してます 母さん、母さんのそのすべてを
*
隠れたその笑顔の裏に 麗しい皺(しわ)の刻まれたその顔
私にくださった その愛で世界を愛します

愛してます 愛してます
母さんの顔だけ思い浮かべれば 私の心は平和です

(* 以下繰り返し)


(Youtubeに登録のKoreanMusicSubsに感謝)

2017年5月13日土曜日

BANANA LATTE 2

薬の服用で困るのは、3食後という指示だ。せっかく食事したのに、その直後に薬では興ざめもいいところ。何とかうまい方法がないものかと相談すれば、食前・食中でもよいそうだ。(私の薬の場合だけかもしれないが)

朝食の場合、面倒さがかさむ。このところ食べるのが億劫になってきているのに。(さいわい、息をするのまでは面倒になっていはないけれど)
この、やっかいな朝食にいい考えがある。バナナなら手間いらずで、簡単に朝食代わりになる。暖かい時期に、バナナとミルクで作ったバナナジュースは重宝する。(真冬はちょっと躊躇したが) そして、薬はバナナジュースと一緒に飲み下せばよい。

バナナが貴重品だった時代を経験した、私ら世代のバナナ信仰はいまだ止められない(と思う)。だから、バナナ廻りのものなら何でもよくて、店頭にバナナジュースや菓子があればすかさず購入する。今日もそうだった。病院帰りに寄ったコンビニの棚に「新製品」の札がついた 500ml紙パック入りの「BANANA LATTE」(森永乳業)を見つけた。

(本ブログ関連:"バナナ")

バナナ巡礼として、バナナ味を見つけてはブログに記している。この「BANANA LATTE」について、去年3月30日付けで記入していた・・・あれれ。何で「新製品」? パッケージが違うだけ? 味は前回同様、マイルドにして実に爽やか。バナナ味報告が重複してしまったが、バナナは全て許してくれると思う。(雨に濡れて帰ってきたのだから)

2017年5月12日金曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

最近、イ・ソンヒのファン(あるいはファンクラブ)秘蔵の映像がYoutubeにあふれている。よくぞ収集してこられたと感嘆する。それ以前、彼女の姿をしっかり撮っているなと感じたのは、「20周年コンサート」(2004年)のものだった気がする。その後、MBCの音楽番組「音楽旅行 ラララ」(2009年)が登録され、バックライトに彼女の髪の毛一本まで映っている鮮明な画質に驚いた。表情もしっかりアップされ、音楽も美しかった。

先日(5/6)、イ・ソンヒの初期曲にして代表曲である「分かりたいです(알고 싶어요)」(作詞ヤン・インジャ、作曲キム・ヒガプ、1986年)の作者についての記事に触れた。MBC「音楽旅行 ラララ」の番組中に歌われたこの曲をじっくり、しっとり聴いてみたい。

庭に降りそそぐ月明かりをイメージして、青い光の中で歌う。ひとびとに、黄真伊の《漢詩的世界まで想起させてしまった》という幻想的な歌でもある。

(本ブログ関連:”音楽旅行 ラララ”、”分かりたいです”)


月明りの夜、あなたは、誰を想いますか
夢路で、あなたは、何を見ますか

深い夜、一人醒めて、涙流しませんか
時に日記に、私のことも、記しませんか

私と逢って幸せでしたか、私の愛を信じますか
あなたを想えば、全て気掛かりです
               ____

一日中、私の想い、どれほど重ねますか
私本当に、あなたの、心に入りますか

雀のように、騒いでも、今でもかわいいですか
忙しいとき、電話しても、私の声嬉しいですか

私はとても綺麗ですか、心から私を愛してますか
本当に分かりたいです、話ししてください


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2017年5月11日木曜日

始めの5歩 イディッシュ語

5月初のGWのため、教室も休みとなったが、怠け者はそれを有効に使わなかった。力が歯抜けした状態で、力不足そのまま通った次第。テレビだったかYoutubeだったか、「語学力の基本は記憶力だ」と身も蓋もないことを専門家が語られていたが、寅さんじゃないが「それをいっちゃあ、おしまいだよ」・・・でも、本当なんだな。(それに、電車に揺られて溺れる春眠の心地よさ)

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

今日は、前回配布された教材とオンライン教材をもとに盛りだくさんにすすめられた。
・先生推奨の入門書のレッスン4(די פֿרידמאַנס אין דער הײם)を輪読: 裕福で教養高いフリードマン家の人々の食事前の会話・・・といった内容。
・先生紹介のネット公開教材ソフトの「レベル1-3」(ס׳איז דאָ אײן עפּל)を元に、数詞、乾杯(לחיים、レハイム)など。あわせて、
- 安息日(שבת, シャベス)と食事のルール(כַּשְׁרוּת、カシュルート)について解説をいただいた。
- 「Bulbes」(ジャガイモ)の歌を歌った。先生のブログにこの歌と食事について解説が載っている。(そういえば、戦前の歌に「コロッケの唄」があって、「今日もコロッケ、明日もコロッケ」という歌詞がある)

(先生推奨の映像: 楽しい「Bulbes」(ジャガイモ)の歌)

(Youtubeに登録のYosiKidsに感謝)

2017年5月10日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 仏教的要素

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/3)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、国楽にある仏教的要素について関連した曲を紹介した。(未聴のため韓国語版解説を転記した)

始めに、パンソリに「僧侶打令(중타령)」があり、話の流れを反転させる役割について次のように紹介された。
・パンソリには「僧侶打令」があり、一つは、「沈清歌」の中で夢恩寺の化主僧が寺に帰る途中、沈清の父親(盲人)が水に落ちたのを引き上げて命を救ってくれる部分であり、もう一つは、「興甫歌」の中で貧困のために悲しみに陥った興甫夫婦に導師が現れ、家の敷地を探してくれる部分だ。
・ここで、僧侶は、話の流れを反転させる重要な役割をするが、パンソリでは、このような独特の人物が登場すると、通常は(ずれるように進める)「オンモリ(엇모리)長短」を使って注意を喚起させる。

▼ 「興甫歌」から「導師が家の敷地を探してくれる場面」。

次に、パンソリの中に、仏教の教えが自然な生活の一部だったことを示す部分について次のように紹介された。
・昔、仏教は特定の宗教というより自然な生活の一部だった。朝鮮時代、政治的には仏教を抑圧して儒教を崇めたが、儒教は民百姓が生活の中で経験する生・老・病・死の苦しみを慰撫してやるのは難しく、人々はまだ仏教とシャーマニズム(巫俗)に依拠した。
・パンソリ「沈清歌」は、谷城の観音寺の緣起說話と関連のある歌で、沈清の父親(盲人)が目を明いたとき、すべての視覚障害者(盲人)が一緒に目を明ける部分は、仏さまが悟りを得ると衆生が一緒に悟るという、仏教の教えとも符合する物語である。

▼ 「万座盲人目を明ける(만좌맹인 눈을 뜬다)」。

最後に、「念仏ドドゥリ(염불도드리)」について次のように紹介された。
・「念仏ドドゥリ」は、本来9曲の組曲で構成された「霊山会相」の7番目の曲で、「念仏」という名から見て、元来仏教音楽だったのが「霊山会相」に挿入されたものとされるが、現在、仏教音楽の痕跡は残っていない。本日の念仏ドドゥリは、現行の念仏ドドゥリに仏教音楽の意味を生かし「南無阿弥陀仏」という念仏を入れて新たに構成した音楽である。

▼ 「念仏ドドゥリ」の歌。

2017年5月9日火曜日

(雑談)きれいに筆記すること

テレビにマニアックな人と対談する番組があって、今回、文字フォントのマニアが登場した(「マツコの知らない世界」33:45~)*。街の看板や掲示にあふれるさまざまな書体が目に飛び込んでくるらしく、すっかりはまっているようだ。彼の薀蓄を聞きながら、そういえば、きれいに筆記することの難しさにも思いいたった次第。

(* フォントについて対談は 33:45~。5/16の20時56分まで視聴可能とのこと)

歳をとると筆力というか指使いが下手になって、もともと悪筆なのに追い討ちをかける。ノートにメモをとるとき、できるだけ小さめの文字に書いて乱れを最小にしようとしている。ところが、早く語られる内容を追いかけ急いで書き写すとき、本来の悪筆が暴露されてしまう。まさに乱筆(乱調)。

復習かたがた、ごちゃごちゃ書き連ねたノートを見直すとき、(清書に手がまわらないため)ポイント部分を筆ペンで太字にしている。乱れをできるだけ修正したいからだ。だから、整った筆致で書く人がうらやましい。どんなに早く語られる内容も、丁寧に書き留めているのを見ると感心するばかり。

昔、感熱紙型のワープロ専用機が出たとき、例にもれず購入した。最初に驚いたのは、まるで書籍と同じような文字を使えることだった。ワープロというツールのおかげで、意のままに明朝体やゴシック体で表現できるのだから。なんだか、その気になってしまった。

明朝体やゴシック体の書体でできあがったものを見ての誤解は、書くときもそうだが、読むときもそうだった。でも直ぐに、第3者の編集(内容吟味と校正)の手が加わらないものは、素人の手書きに過ぎないのに気付く。当り前のことだが。

若い人は、こんな乖離をちらりと意識したことがあるだろうか。彼らはすでに、昔のように書籍に対する信仰、権威、ありがたさ**を感じない世代かもしれないけれど。

(** 今の書籍には、ずっと昔の植字による活版印刷の重厚さはないけれど)

2017年5月8日月曜日

タイムトンネル

昔、タイムトラベルをテーマにした、二人組みの主人公が渦巻状の筒を出入りして時間を横断するテレビ番組「タイムトンネル」があった。

(今日の時間が残り少ないので、ブログ記述の途中に一旦登録、日付のアリバイ作りする)

白黒だったような気がしたが、Youtubeにはカラー画面が多数登録されている・・・かように記憶は曖昧だ。

時間移動できるなんて、何と愉快なことだろうと思った。時間が有り余る頃のこと、とはいえ時空を制御する物理学上の関心なんてあるはずもなく、ただ空想だけ無限大だった。

時間を越えて、過去に痕跡を残しちゃダメなんて無理な話しだろうと思った。時空が枝分かれするという考えもあるそうだが・・・でも未来からの影響されてのことではないだろうに。

最近、病院に通ったことから、あれこれ診てもらうことにしたところ、多々歳のせいにされた。で、昔に戻って若さを取り戻したいかといえばそうでない。面倒くさいのだ。

時空の制御は永遠の課題かもしれないけれど、私にとっては、時間の流れに竿をさす元気はなさそう。


(Youtubeに登録のinfobellsに感謝)

2017年5月7日日曜日

シルヴィ・ヴァルタン 「アイドルを探せ」

イ・ソンヒが誕生して間もないころ、シルヴィ・ヴァルタンが来日した・・・1965年5月のこと。「フレンチ・ポップス」の代表であった彼女の歌は、押しの強いアメリカン・ポップスにすっかり漬かっていた当時の若者たちに、一種の清涼剤になった。どこかお人形さんめいた新鮮さがあった。

(本ブログ関連:"シルヴィ・ヴァルタン")

若者たちといっても、男性と女性では受け止め方が違っただろうけれど、当時、女性の側の関心の持ち方を聞く術もなかったし・・・まぁ、そんなところでしかなかったが。シルヴィ・ヴァルタンのデビュー当時の容貌が好みだった。彼女の母親がハンガリー人(父親はフランス籍のブルガリア人)ということから、どこか遠い彼方で通じるような親和を感じた。

もちろん歌は思いっきり、おしゃれなフレンチ・ポップス、ハスキーが魅力的で・・・。


(Youtubeに登録のSYLVISSIMA YOUTUBEに感謝、感謝!)

2017年5月6日土曜日

イ・ソンヒと作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦

毎日経済の記事「作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦の歌 … KBS『不朽の名曲』」(5/6)は、イ・ソンヒと彼女の代表曲「分かりたいです(알고 싶어요)」(1986年)の作詞・作曲家夫婦とのちょっとしたエピソードを紹介している。
(イ・ソンヒに関わる部分のみ抜粋)

(本ブログ関連:”分かりたいです”)

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・KBS 2TV の「不朽の名曲」は、数多くのヒット曲を生んだ作曲家キム・ヒガプ - 作詞家ヤン・インジャ夫婦編を、6日と13日午後6時、2週に渡って放送する。
チョー・ヨンピルの「キリマンジャロのヒョウ」、「その冬の喫茶店」、イ・ソンヒの「分かりたいです」、イム・ジュリの「リップスティックを濃く塗って」、キム・ククァンの「タタタ」などは、キム・ヒガプ - ヤン・インジャ夫婦が共に誕生させたヒット曲である。

・これらは共に手をとりあって作った400余曲をはじめとして、今まで4千500余曲を発表した。

・キム・ヒガプ - ヤン・インジャは、「不朽の名曲」で歌手とヒット曲にまつわる隠されたエピソードを公開する。

・これに先立って行なわれた録画の際に、ヤン・インジャは、「イ・ソンヒが私たち夫婦の結婚式で祝歌を歌ってくれた」といって、「うっかりして、そのとき感謝の挨拶を伝えられなかった。忘れていたのを、放送のおかげで、今30年ぶりに思い出した」と笑った。

・ヤン・インジャは、続けて、イ・ソンヒに「必ず一度ご馳走する」と映像レターを出した。
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2017年5月5日金曜日

「走れ、走って逃げろ」

イ・ソンヒが主題歌を歌ったTVアニメ「走れハニー(달려라 하니)」(1985年~1987年放送)は、幼い頃に母を病気で亡くした少女ハニーが、しかもその後、父親が女性タレントに心移りするといった辛い境遇にありながら、中学の陸上選手として成長するスポーツドラマだ。

(本ブログ関連:”走れハニー”)

体育教師との強い絆に見守れたハニーは、目標と心の支えを得たればこそ、自分を見つめ陸上選手として活躍することができたのだろう。ソウルオリンピックの前年まで放送されたという。

似た題名だが、児童書に「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)がある。体験に基づくもので、時代は遡り、第二次大戦中のポーランド国内の農村や森に逃げて生き延びたユダヤ少年の幸運な出会いを語っている。このGWに読んでみたらと、教室で先生から紹介されたものだ。

死者は語ることができないといった話を先生はされたと思う。主人公(スルリック、逃亡中「ユレク」と名乗る)は、8歳から12歳ころまでの間に生死を分けた、そして偶然といっていい出会いに救われる。幸いにも過去を語る側に立てたのだ。街角や森の奥に隠れ住むユダヤの少年たち、牛飼いのため雇ってくれたポーランドの農民家族、逃亡を見て見ぬ振りをしたドイツ兵、・・・、一個人で相対したとき、素の人間があらわれ、善人もいれば、恐怖の人間もいた。

私が子どもの時代でも、まだ戦後の余韻が残っていて、テレビは今では考えられないほど太平洋戦争の記録映画を放映したし、漫画雑誌に少年の戦闘機パイロット物語が連載された。だから、戦争経験者の体験記も文芸春秋の特集号として掲載された。子どもながらに読んだ印象は、銃弾の銃創の激痛であり、ひもじさであり、果てのない逃走の記録だった。生き残った人々の言葉は、直接的で、肉体的なものだった。彼らの言葉には、その後語られるような分析(俯瞰)はなかった。

「走れ、走って逃げろ」もそうだ。過去も明日もない、今日をどうやって生き抜くか、それが精一杯なのだから。もし、少年の回想に、死を身近にする場面があるとすれば、逃走の途中、偶然再会した瀕死の父の言葉かもしれない。生きるためにすべきこと、そして忘れてはならないことを、父親は早く逃げるようさとしながら語った。

結果、少年は生き抜いた。体験者(主人公)の話をもとに著された「走れ、走って逃げろ」は、似た経験を持つとはいえ、作家(著者)の手になるものだ。もし本人が体験記として書いたらどうなったか気になるところだ。

(本ブログ関連:”ひまわり ①、②”、”シェルブールの雨傘”、”君の名は”)

(5/6追記)
今日(5/5)は、祝日「こどもの日」であり、春分と夏至の中間で夏の始まりを示す「立夏」だ。実際は、明日・明後日の土日の休日が残っており、GWがまだ続く。

2017年5月4日木曜日

みどりの日 2017

今日(5/4)は祝日「みどりの日」。「憲法記念日」(5/3)、「こどもの日」(5/5)と共にゴールデンウィークの連休を構成する。「みどりの日」は、本来あった4月29日が「昭和の日」となり、かわって5月初旬の休みに組み込まれたようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

近頃は、土日・祝日などが充実し、働き過ぎといわれた<猛烈サラリーマン時代>と比べて休日が多い。とはいえ、みなが同じ歩調をとる時代と違い、他方で長時間労働の問題もあったりするわけで、誰もがみな休んでいるわけではない。

昔、緑化運動の一環として、<緑の羽根>をつけたりしたが、「みどりの日」と<緑の羽根>を直接結びつける言葉がネット上で見つからない。緑の羽根は、「みどりの月間」(4/15~5/14)と重なるが、「みどりの日」と直接つながっていないようだ。つまり「みどりの日」は、緑化運動に限定したものでなく、<自然に親しむ日>ということになるようだ。

疲れ目を癒すため、公園を眼鏡なしで散歩したりすると、若葉の濃淡が混ざり合って、辺り一面が複雑な緑陰となり心地よい春を味わえる。このところ、連日、そんな遊びをしている。

2017年5月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ノレカラク

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、京畿民謡「ノレカラク(노랫가락)」他、京畿地方に関連した曲を紹介した。

始めに、元々巫女が歌った京畿民謡「ノレカラク」について次のように紹介された。
・国土に比べて山や渓谷が多く、他村への移動は容易でなかった。村ごとに独特な話し方と風習があり、民謡も地域差があった。半島南部の全羅道を中心に伝わる「南道民謡」は、太めの声で深い響きがあり、一方、北部に伝わる「西道民謡」は、鼻声が特徴。ソウル付近の京畿地方に「京畿民謡」があり、中央と人と物が往来しただけに、歌も明るい。
・京畿民謡「ノレカラク」は、歌の意で、「ノレ」は歌、「カラク」はメロディーを指す。ノレもカラクも同じかと思われるが、昔、階層によって呼び方が違った。支配階層が歌うのは「歌(ノレ、노래)」、民が歌うのは、「雑歌」から、「音(ソリ、소리)」、「カラク」などと呼ばれた。「ノレカラク」は、支配階層の楽しんだ歌詞を民が歌う意がある。元々、巫女が祭祀を捧げるときに歌ったものが民間に広まったものだ。

▼ <伴奏を聴くだけでも親しみが感じられる>という京畿民謡「歌調べ」を聴く。どこか大衆歌謡風で聞きやすい。

次に、京畿民謡の「京畿雑歌」の「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」について次ように紹介された。
・京畿民謡は、誰もが簡単に歌えるものや、専門の歌い手でないと歌えないものがあった。そんなジャンルを「京畿雑歌」といい、長い歌をおとなしく座って歌ったり、立ちっぱなしで太鼓を叩きながら踊り歌ったりした。ユーモアのある歌詞を速いテンポで歌う、「フィモリ雑歌」という歌い方に、「蛙打令(맹꽁이타령)」がある。

▼ フィモリ雑歌で<強情な人を蛙に例えた>「蛙打令」で<都会人を蛙に例えた>ものを聴く。次々止まらない・・・

最後に、シャーマニズムの儀式「クッ(굿)」の「テカムノリ(대감놀이)」について次のように紹介された。
・シャーマニズムの儀式「クッ」は、巫女が供物を揃えて歌い踊る。かつて迷信といわれたが、最近、伝統的文化と捉えるようになった。神を最良にもてなす意で、巫女は着飾り優れた歌と踊りを披露する。儀式は、芸術的レベルと見られ、民間音楽にも影響を与えた。財運など縁起の良いと言われる「テカムノリ」がある。「テカム」は巫女が神を呼ぶときの呼び方で、「テカムノリ」は神を祀(まつ)る儀式を指す。

▼ <巫女が敷地神を祀り踊る(楽しく遊ぶ)厄払い>「テカムノリ」を聴く。掛け合いはないが次の映像も楽しい。

(ステージより民間での儀式を見る方が雰囲気が伝わる)

(Youtubeに登録の천승요に感謝)


(追記)
公園の帰り道、滅多に通ったことのない裏道の並木道で、急に目の前に何かが落ちてきた。怪しい気分になり、上着を脱いで見たところなんと、(ネットによれば)「返り襟」という、首からつながった襟の胸のあたりに、鳥のフンが白く! ・・・ 郷土館に駆け込んで水洗いしたが。シャーマニズムでは、鳥は魂を運ぶというが。記憶にある限り、人生で2度目のこと。

2017年5月2日火曜日

イ・ソンヒのLAコンサート

今月20日に予定されているイ・ソンヒの米LA単独公演について、コリアデイリー(LA中央日報)の記事「国民の歌姫イ・ソンヒ、R&Bの妖精パク・ジョンヒョンのLA単独コンサート 」(4/24、キム・ユンス記者)は、次のように報じている。(同記事は、別スケジュールだが、パク・ジョンヒョン(リナ・パーク)のLA単独コンサートについても触れているが、イ・ソンヒ部分について記す)

(本ブログ関連:”LAコンサート”、”ザ・グレートコンサート(The Great Concert)”)

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・今まさにカリフォルニアの春、5月に似合う二人の女性歌手の特別なコンサートが開かれる。まず、5月20日、国民の歌姫のイ・ソンヒの「ザ・グレート」*コンサートが、LA近郊に位置するパームスプリングスの「ファンタジー スプリングス カジノ リゾート」で開催される。

(*「ザ・グレート」: 昨年9月から今年4月初に開催された彼女の(韓国)国内ツアーのタイトル)

・デビューから30年も経ってしまった歳月も、心に響く繊細ながら切ない彼女の声は、ほのかな香りとなってLA在住韓国系の人々をしっとりと包むつもりである。少女でデビューし、国民の歌姫のタイトルの主人公となったイ・ソンヒの歌の実力は、昔も今も清らかで澄んだパワフルなボーカルが圧倒的である。聴衆をつかんだ爆発的な歌唱力は、あえて誰も侵犯できない、彼女だけの固有のトレードマークだ。

・甘美なバラードから軽快で活き活きした音楽まで、その上クラシカルな彼女の音楽性は、大韓民国のどんな歌謡ジャンルも思いのままできる最高の至尊(=王)女性歌手として遜色がない。その上、ドラマと映画の主題曲にももれなく、彼女の伝説は刻まれている。2015年に発表したイ・ソンヒの「因縁(인연)」は、1千万人の観客を動員した「王の男(왕의 남자)」に挿入され、国民的愛を受けた。

・彼女は、直接作詞、作曲し、歌を歌って最高の歌手境地である「シンソンラ(シンガーソングライター)」の面目を見せてくれたりした。のみならず、先日、泰然として水木ドラマ「青い海の伝説(푸른 바다의 전설)」のOST「風花(바람꽃)」を歌い、各種音源チャートの上位圏をさらった。最近では、歌謡競演(コンテスト)芸能番組に出演、一般人と共に歌い、最高のタイトルを獲得する光栄を抱いたりもした。昨年。全国ツアーを終えたイ・ソンヒは、デビュー32周年を迎え、ワールドツアーの途上に上がる、その最初の舞台が、まさにここ天使の街ロサンゼルスだ。「ザ・グレートコンサート イ・ソンヒ」は、すでに国内で4千席の「世宗文化会館」の完売を記録した名品コンサートとして有名である。国民の歌姫の情熱と細心ながらもダイナミックな歌唱力とレパートリー、そして記憶に残る舞台演出は、LAの歌謡ファンたちの胸に末永く残るだろう。

・イ・ソンヒの「2017 ザ・グレート イソンヒ LA公演」は、来る5月20日午後7時LA近郊パームスプリングスのファンタジースプリングスカジノ リゾートで開かれる。コリアデイリードットコムの ”핫딜(Hot deal)”は、60ドルA席から200ドルVIP席チケットを販売する。
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(5/3追記)
今日(5/2)、「調布飛行場」をぐるり巡る。NCA(新中央航空)保有のドルニエ機(Do228/Do228NG:全6機)の内、なんと5基が整備中のためか駐機しており、やがてもう一機が北の空から着陸するのが見えた。飛行場フェンスに我らおじさんたちがぶらさがるように張り付いていた。

2017年5月1日月曜日

ブリューゲルの「バベルの塔」

今年の主要絵画展の一つに、P.ブリューゲルのものがある。彼の作品「バベルの塔」を展示会タイトルにしている。

ブリューゲルとの出会いは、ボッシュにつづく怪奇な絵柄に、いかにも中学生らしい好奇心から関心を持ったのが最初だ。印象派絵画がポピュラーだった時代、表に登場して大きく捉えられたりはしなかったが、彼の題材に農民の生活を描いたものがあって、「農民画家」と呼ばれたりした。いってみれば、ミレーの「落穂ひろい」に、知的な戦前・戦後世代が勝手に共感した想いに似たものだった。それに比べれば、私の興味は漫画的だったかもしれない。

(本ブログ関連:”ブリューゲル”、”北方ルネッサンス”)

ところで、ブリューゲルと彼の作品「バベルの塔」との間に、私にとっていまだに距離感がある。「バベルの塔」は、因習と諧謔の世界から、アルプス越えを機会に世界を広げた、宗教的な題材探しの時代のものだろう。ひとまわりして帰着した、その後の作品が農民の風景だったが、もちろん、それを(村を賞賛し、村に還った)人文主義的な共感として描いたとは思えない。人生に対する十分な皮肉と、十分な達観が混じっていた。

「バベルの塔」の絵画理解に建築学的に整合性があるといわれると、ブリューゲルは一体どこへ行ってしまったのかと戸惑うばかり。(北方ルネッサンス特有の空間恐怖的な)細部への執拗なこだわりに、正直、魅かれたことはない。どうして、あんな絵を描いてしまったのかという分析があるのなら、一度は聞いてもいいかなと思う次第*。

(*)Youtube: 山田五郎 オトナの教養講座
① 「【バベルの塔とは?】本当にあったの?神様が怒って壊した?なぜ?高くしすぎたから?ノアの方舟とも関係?そもそもどこに建っていた塔なの?」(2023.9.15)
https://www.youtube.com/watch?v=7APlp7wu_lw
- 当時のアントワルペンの画家たちが、こぞって同じテーマで描いた時代背景まで解説
② 「【超細密な大傑作!】虫メガネ必須級!?「バベルの塔」を細かく見ると掘削隊や鳶職人など建築関係者、なんと洗濯物まで描かれている??さらに遠くの街にも人が!?【バベルの塔・大バベル小バベル】」(2023.9.20)
- https://www.youtube.com/watch?v=p63ARp1Yae0&t=23s
③ 「付録付きテロップ改訂版【完全版!バベルの塔論考】山田五郎オトナの教養講座公認切り抜き【ピーテル・ブリューゲル1世/バベルの塔総集編】」(2024.2.26)
- https://www.youtube.com/watch?v=C3BaIwJWuHs


いまどきの、ブリューゲルへの関心が、主要絵画を見漁った結果、二番手、三番手の希少さを逆に誇るような風潮に遇したものでないことを祈るばかりだ。

2017年4月30日日曜日

今年も1/3食ってしまった

あっけない4ヶ月。歳をとると一年が早い。時間が年々軽くなる。何ごとも、身になる感覚が乏しいからかもしれない。

いつもながら、一年をリンゴの実にたとえて、1/3の大きさを実感する。そんなリンゴを今まで何個食ってきたことやら。

ゴールデンウィークということで、この一週間は教室が休講となった。この機会、体を診てもらえば心配ごとが増える。

リンゴを正直に縦割りして食えば、時の速さが目に付くばかり。ならば芋虫のごとく潜り込んでウネウネ食いたいもの。

そうすれば、いつまでもリンゴの中を這い回り、少なくとも一年を気にせずに過ごせるのではないかと妄想してしまう。

2017年4月29日土曜日

散歩のついでに「冷たいたぬき蕎麦」

薄曇りの空、近所の公園に出かける。いつもと違った道筋で、小さな蕎麦屋が公園前にあるのを見つけた。蕎麦屋然とした小洒落た店構えではない。蕎麦通でもないので、ままよと入り口のガラス戸を開けた。客は誰もおらず、主人と奥さんが客席でテレビの競馬中継に見入っていた。

入り口に目立つように手書きした品書きがあって、その中から「冷たいたぬき蕎麦」を頼む。なんともゆるい店内、蕎麦が出てくるまでの間、少々不安になる。いってみれば、完全に地元客専用の蕎麦屋といった風情で、慣れたもの同士だから許されるような雑然さなのだ。

冷たいたぬき蕎麦は、今までに見たこともない不思議なものだった。蕎麦に天かす(揚げ玉)と少しの添え物といったシンプルなものではない。さらに、「もやし」*をたっぶりかぶせ、その上に「きざみ海苔」を散らしていた。蕎麦もボリュームたっぷり。そして、あまり冷たくない。

(*もやし: ネットに「もやし」入りの「冷やしたぬき蕎麦」の情報があったが・・・)

脱力感あふれたまま公園に入る。今日は、何度か参加したことのある「ウオーキングフェスタ」の開催日で、ひとびとで賑わっていた。公園広場にはテントがいくつも並び、スポーツ関連企業も出店しているようだ。その中に、もしかしたらウオーキング用の靴があるかもしれないと思って見に行こうとしたが、体を養生する方が先と気付く。気持ちだけは元気のまま・・・。


(4/30 追記)
今日(4/29)は祝日「昭和の日」だった。2006年まで「みどりの日」だった記憶の方が、私たち世代にとって強いかもしれない。「昭和」の後をついだ今上天皇は2年後に譲位(退位)され、「平成」の元号も過ぎていくことになる。

2017年4月28日金曜日

イ・ソンヒの「一人になった愛」

イ・ソンヒは、デビューアルバム第1集を、澄んでいながらも圧倒的な高音で歌いあげた。それでもヒットの烽火をあげるため、韓国歌謡の唱法を守ったものがあるようだ。売り出したばかりの彼女にとって、選曲・独自性など主張できるはずもないことだったろう。

女性を前面に出さぬ、独特なボーイッシュなイメージが女高生たちに大いに迎え受け入れられたが、まるでそのまま、1990年に来韓した「モントリオール室内楽団」と次のYoutubeのように共演した。そのとき歌った1集所収の「一人になった愛(혼자된 사랑)」(1985年)を、アルバム当時と聞き比べると、本来そうであったかのような錯覚をしてしまうほど変化している。もはや彼女の泳ぎを妨げるのを知らず。

(本ブログ関連:”モントリオール室内楽団”)


風が雨を巻きあげて  さらっていった街に
捨てられた傘ひとつ  さびしく泣いていた
*
足もとには夕闇せまって  孤独な夜が深まれば
行く辺のないこの心 静寂(しじま)の中で明かした
しずむ 孤独だけが  切なくて

散らばる葉を集め  火をつけて
去った愛を探して  さびしい心 (Oh~)
そっと寄りそいみれば  それでも 暖かい、暖かい
ひとりいるより

(*以下繰り返し)


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2017年4月27日木曜日

始めの4歩 イディッシュ語

4歩進むと、それなりに知恵が付いてくる。イディッシュ語能力が増したというわけではない。ただ、今日の学習部分を予習できるよう、事前にpdfファイルにしていただいたわけ。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

事前に教材に目を通せればしめたもの。オンラインキーボードの「LEXILOGOS」で学習部分を入力し、そのリンク先の①「変換」でローマ字転写(LEXILOGOS版)し、②「Yiddsh辞書」のYiddsh-English翻訳ツール(Google版)を使って内容を吟味できる。そんなわけだが、息切れしそう・・・なにしろ、これがずっと続くのだから。

ところで、一緒に学んでいる(ある言語の研究者修業中の)若者から、次のような興味深い話を教えてもらった
① セム語系の聖典を学ぶ子どもたちがよく体を前後に揺らしているのは、特定の言葉(内容)に沿ってリズムをとっているからだそうだ。(そうか、おじさんが闇雲に体を揺らしてもしょうがないことを知る)
② ヘブライ文字の、例えば単語にある(ו ,ז ,-ן)は(-n, z, u)だが、それを見分けるのは大変だと言ったところ、ポーランド語などでは単語の頭と尻尾で検討をつけるそうだ。イディッシュ語でもそうじゃないかとのこと。(そうか、老眼の問題じゃないと知る)

今日の「イディッシュ語」は、事前の予習ができていたので遅ればせながら付いて行けた。
・先生推奨の入門書レッスン3(אין ניו־יאָרק אױף דער גאַס)を輪読: ニューヨークの移民街、ユダヤ人通り、新聞、そして子どもたちの遊びと学校・・・といった内容。

帰り道、吉祥寺のジュンク堂に寄って、先生に教えていただいた児童書「走れ、走って逃げろ」(U. オルレヴ、母袋夏生訳、岩波少年文庫)を入手。結末に、イスラエルに行くという独特の文学形式があるという。

2017年4月26日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 茶

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/19)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、韓国の茶で仏教文化に関連した緑茶の曲を紹介した。(演奏音源は英語放送を参考)

始めに、韓国の緑茶(녹차)の種類、特に新茶について次のように紹介された。
・明日(4/18)は二十四節気の「穀雨」で、穀物に必要な雨が降るという日だ。この時期から本格的な農作業に入る。この頃、韓国南部で緑茶の新芽が出始める。穀雨以前に採取した茶を「雨前茶(우천차)」、初摘み茶の意の「初もの茶(첫물차)」ともいう。茶は、採取する時期や作り方、入れ方によってさまざまな種類がある。食事と同様、好きな人々と楽しむ茶が一番よい茶だろう。

▼ 박경선の茶の二詩を歌にした「茶香二題(차향이제)」(1998年)のカヤグム演奏部分を聴く。古色に染めて・・・

次に、茶の伝説を持つ、朝鮮後期の「草衣禅師(초의선사)」(1786年~1866年)について次のように紹介された。
・緑茶は、沸騰して少し冷ませた湯に入れる。茶の話題に欠かせぬ人物に、朝鮮後期の「草衣禅師」がいる。「草衣」は号。彼は、茶道を詩で表現した「東茶頌(동다송)」を著した。茶に関する伝説や効果、茶の種類や品質、茶の入れ方など多様な構成だが、茶は一人で飲むのが一番で、二人で飲むのはその次とのこと。

▼ 「東茶頌」の曲(韓国創作音楽研究会の演奏)を聴く。新茶の香りして・・・

最後に、仏教全盛の高麗の歴史書「三国遺事」(1270~80年頃)にある茶の記載について次のように紹介された。
・茶が体に良いのはよく知られていて、最近の研究によると、認知症の予防にも効果があるという。忙しい中でも、毎日茶を一杯ずつ飲む余裕がストレスを減らすという解釈もある。茶は古くから親しまれ、歴史書「三国遺事」に、国のために功を立てた僧侶に、王が茶を捧げたという故事もある。仏教では茶を重視する。詩「茶偈(다게)」は、仏教の儀式で茶を供養するときに歌う。<今捧げるこの清い水が、甘い露のような茶に変わる>という内容の詩だ。また、韓国では今も節句に、多くの家庭で先祖に儀式を捧げる伝統があって、「茶礼(차례)」と呼ぶ。

▼ 「茶偈の歌(다게송)」の曲を聴く。さまざま音色に飾られた・・・今様、