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2022年10月26日水曜日

(資料)野田元首相の安倍晋三元首相に対する追悼演説 全文

昨日(10/25)、立憲民主党の野田佳彦元首相は、暴力に倒れた故安倍晋三元首相に対する追悼演説(産経新聞掲載掲載)をおこなった。以下全文を転載させていただく。感謝。
(テレ東BizのYoutube映像: https://www.youtube.com/watch?v=aWpTyWZWOwY )

(本ブログ関連:”安倍総理、安倍首相”)

産経新聞
「野田元首相の追悼演説全文」(2022/10/25 13:57)
ー 立憲民主党の「野田佳彦元首相」は25日の<衆院本会議>で、参院選の応援演説中に銃撃され、死去した自民党の「安倍晋三元首相」に対する<追悼演説>を行った。
https://www.sankei.com/article/20221025-EDM7VVDAVBJU5BYWHCGHBJHCLY/
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本院議員、安倍晋三元内閣総理大臣は、去る7月8日、参院選挙候補者の応援に訪れた奈良県内で、演説中に背後から銃撃されました。搬送先の病院で全力の救命措置が施され、日本中の回復を願う痛切な祈りもむなしく、あなたは不帰の客となられました。享年67歳。あまりにも突然の悲劇でした。

政治家としてやり残した仕事。次の世代へと伝えたかった思い。そして、いつか引退後に昭恵夫人とともに過ごすはずであった穏やかな日々。すべては、一瞬にして奪われました。

政治家の握るマイクは、単なる言葉を通す道具ではありません。人々の暮らしや命がかかっています。マイクを握り日本の未来について前を向いて訴えているときに、後ろから襲われる無念さはいかばかりであったか。改めて、この暴挙に対して激しい憤りを禁じ得ません。

私は、生前のあなたと、政治的な立場を同じくするものではありませんでした。しかしながら、私は、前任者として、あなたに内閣総理大臣のバトンを渡した当人であります。

わが国の憲政史には、101代64名の内閣総理大臣が名を連ねます。先人たちが味わってきた「重圧」と「孤独」をわが身に体したことのある一人として、あなたの非業の死を悼み、哀悼の誠をささげたい。

そうした一念のもとに、ここに、皆さまのご賛同を得て、議員一同を代表し、謹んで追悼の言葉を申し述べます。

安倍晋三さん。あなたは、昭和29年9月、後に外務大臣などを歴任された安倍晋太郎氏、洋子さまご夫妻の次男として、東京都に生まれました。

父方の祖父は衆議院議員、母方の祖父と大叔父は後の内閣総理大臣という政治家一族です。「幼い頃から身近に政治がある」という環境の下、公のために身を尽くす覚悟と気概を学んでこられたに違いありません。

成蹊大学法学部政治学科を卒業され、いったんは神戸製鋼所に勤務したあと、外務大臣に就任していた父君の秘書官を務めながら、政治への志を確かなものとされていきました。

そして、父、晋太郎氏の急逝後、平成5年、当時の山口1区から衆議院選挙に出馬し、見事に初陣を飾られました。38歳の青年政治家の誕生であります。

私も、同期当選です。初登院の日、国会議事堂の正面玄関には、あなたの周りを取り囲む、ひときわ大きな人垣ができていたのを鮮明に覚えています。

そこには、フラッシュの閃光(せんこう)を浴びながら、インタビューに答えるあなたの姿がありました。私には、その輝きがただ、まぶしく見えるばかりでした。

その後のあなたが政治家としての階段をまたたく間に駆け上がっていったのは、周知のごとくであります。

内閣官房副長官として北朝鮮による拉致問題の解決に向けて力を尽くされ、自由民主党幹事長、内閣官房長官といった要職を若くして歴任したのち、あなたは、平成18年9月、第90代の内閣総理大臣に就任されました。戦後生まれで初。齢52、最年少でした。

大きな期待を受けて船出した第1次安倍政権でしたが、翌年9月、あなたは、激務が続く中で持病を悪化させ、1年あまりで退陣を余儀なくされました。順風満帆の政治家人生を歩んでいたあなたにとっては、初めての大きな挫折でした。「もう二度と政治的に立ち上がれないのではないか」と思い詰めた日々が続いたことでしょう。

しかし、あなたは、そこで心折れ、諦めてしまうことはありませんでした。最愛の昭恵夫人に支えられて体調の回復に努め、思いを寄せる雨天の友たちや地元の皆さまの温かいご支援にも助けられながら、反省点を日々ノートに書きとめ、捲土(けんど)重来を期します。

挫折から学ぶ力とどん底からはい上がっていく執念で、あなたは、人間として、政治家として、より大きく成長を遂げていくのであります。

かつて「再チャレンジ」という言葉で、たとえ失敗しても何度でもやり直せる社会を提唱したあなたは、その言葉を自ら実践してみせました。ここに、あなたの政治家としての真骨頂があったのではないでしょうか。

あなたは、「諦めない」「失敗を恐れない」ということを説得力もって語れる政治家でした。若い人たちに伝えたいことがいっぱいあったはずです。その機会が奪われたことは誠に残念でなりません。

5年の雌伏を経て平成24年、再び自民党総裁に選ばれたあなたは、当時、内閣総理大臣の職にあった私と、以降、国会で対峙(たいじ)することとなります。最も鮮烈な印象を残すのは、平成24年11月14日の党首討論でした。

私は、議員定数と議員歳費の削減を条件に、衆議院の解散期日を明言しました。あなたの少し驚いたような表情。その後の丁々発止。それら一瞬一瞬を決して忘れることができません。それらは、与党と野党第一党の党首同士が、互いの持てるすべてを賭けた、火花散らす真剣勝負であったからです。

安倍さん。あなたは、いつの時も、手ごわい論敵でした。いや、私にとっては、仇(かたき)のような政敵でした。

攻守を代えて、第96代内閣総理大臣に返り咲いたあなたとの主戦場は、本会議場や予算委員会の第一委員室でした。

少しでも隙を見せれば、容赦なく切りつけられる。張り詰めた緊張感。激しくぶつかり合う言葉と言葉。それは、一対一の「果たし合い」の場でした。激論を交わした場面の数々が、ただ懐かしく思い起こされます。

残念ながら、再戦を挑むべき相手は、もうこの議場には現れません。

安倍さん。あなたは議場では「闘う政治家」でしたが、国会を離れ、ひとたびかぶとを脱ぐと、心優しい気遣いの人でもありました。

それは、忘れもしない、平成24年12月26日のことです。解散総選挙に敗れ敗軍の将となった私は、皇居で、あなたの親任式に、前総理として立ち会いました。

同じ党内での引き継ぎであれば談笑が絶えないであろう控え室は、勝者と敗者の2人だけが同室となれば、シーンと静まりかえって、気まずい沈黙だけが支配します。その重苦しい雰囲気を最初に変えようとしたのは、安倍さんの方でした。

あなたは私のすぐ隣に歩み寄り、「お疲れさまでした」と明るい声で話しかけてこられたのです。

「野田さんは安定感がありましたよ」

「あの『ねじれ国会』でよく頑張り抜きましたね」

「自分は5年で返り咲きました。あなたにも、いずれそういう日がやってきますよ」

温かい言葉を次々と口にしながら、総選挙の敗北に打ちのめされたままの私をひたすらに慰め、励まそうとしてくれるのです。

その場は、あたかも、傷ついた人を癒やすカウンセリングルームのようでした。

残念ながら、その時の私には、あなたの優しさを素直に受け止める心の余裕はありませんでした。でも、今なら分かる気がします。安倍さんのあの時の優しさが、どこから注ぎ込まれてきたのかを。

第1次政権の終わりに、失意の中であなたは、入院先の慶応病院から、傷ついた心と体にまさにむち打って、福田康夫新総理の親任式に駆けつけました。

わずか1年で辞任を余儀なくされたことは、誇り高い政治家にとって耐え難い屈辱であったはずです。あなたもまた、絶望に沈む心で、控室での苦しい待ち時間を過ごした経験があったのですね。

あなたの再チャレンジの力強さとそれを包む優しさは、思うに任せぬ人生の悲哀を味わい、どん底の惨めさを知り尽くせばこそであったのだと思うのです。

安倍さん。あなたには、謝らなければならないことがあります。

それは、平成24年暮れの選挙戦、私が大阪の寝屋川で遊説をしていた際の出来事です。

「総理大臣たるには胆力が必要だ。途中でおなかが痛くなってはダメだ」

私は、あろうことか、高揚した気持ちの勢いに任せるがまま、聴衆の前で、そんな言葉を口走ってしまいました。他人の身体的な特徴や病を抱えている苦しさを揶揄(やゆ)することは許されません。語るも恥ずかしい、大失言です。

謝罪の機会を持てぬまま、時が過ぎていったのは、永遠の後悔です。いま改めて、天上のあなたに、深く、深くおわびを申し上げます。

私からバトンを引き継いだあなたは、7年8カ月あまり、内閣総理大臣の職責を果たし続けました。

あなたの仕事がどれだけの激務であったか。私には、よく分かります。分刻みのスケジュール。海外出張の高速移動と時差で疲労は蓄積。その毎日は、政治責任を伴う果てなき決断の連続です。容赦ない批判の言葉の刃も投げつけられます。在任中、真の意味で心休まるときなどなかったはずです。

第1次政権から数え、通算在職日数3188日。延べ196の国や地域を訪れ、こなした首脳会談は1187回。最高責任者としての重圧と孤独に耐えながら、日本一のハードワークを誰よりも長く続けたあなたに、ただただ心からの敬意を表します。

首脳外交の主役として特筆すべきは、あなたが全くタイプの異なる2人の米国大統領と親密な関係を取り結んだことです。理知的なバラク・オバマ大統領を巧みに説得して広島にいざない、被爆者との対話を実現に導く。かたや、強烈な個性を放つドナルド・トランプ大統領の懐に飛び込んで、ファーストネームで呼び合う関係を築いてしまう。

あなたに日米同盟こそ日本外交の基軸であるという確信がなければ、こうした信頼関係は生まれなかったでしょう。ただ、それだけではなかった。あなたには、人と人との距離感を縮める天性の才があったことは間違いありません。

安倍さん。あなたが後任の内閣総理大臣となってから、一度だけ、総理公邸の一室で、ひそかにお会いしたことがありましたね。平成29年1月20日、通常国会が召集され政府四演説が行われた夜でした。

前年に、天皇陛下の象徴としてのお務めについて「おことば」が発せられ、あなたは野党との距離感を推し量ろうとされていたのでしょう。

二人きりで、陛下の生前退位に向けた環境整備について、1時間あまり、語らいました。お互いの立場は大きく異なりましたが、腹を割ったざっくばらんな議論は次第に真剣な熱を帯びました。

そして、「政争の具にしてはならない。国論を二分することのないよう、立法府の総意を作るべきだ」という点で意見が一致したのです。国論が大きく分かれる重要課題は、政府だけで決めきるのではなく、国会で各党が関与した形で協議を進める。それは、皇室典範特例法へと大きく流れが変わる潮目でした。

私が目の前で対峙(たいじ)した安倍晋三という政治家は、確固たる主義主張を持ちながらも、合意して前に進めていくためであれば、大きな構えで物事を捉え、飲み込むべきことは飲み込む。冷静沈着なリアリストとして、柔軟な一面を併せ持っておられました。

あなたとなら、国を背負った経験を持つ者同士、天下国家のありようを腹蔵なく論じあっていけるのではないか。立場の違いを乗り越え、どこかに一致点を見いだせるのではないか。

以来、私は、そうした期待をずっと胸に秘めてきました。

憲政の神様、尾崎咢堂は、当選同期で長年の盟友であった犬養木堂を五・一五事件の凶弾で喪いました。失意の中で、自らを鼓舞するかのような天啓を受け、かの名言を残しました。

「人生の本舞台は常に将来に向けて在り」

安倍さん。あなたの政治人生の本舞台は、まだまだ、これから先の将来に在ったはずではなかったのですか。

再びこの議場で、あなたと、言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合い、火花散るような真剣勝負を戦いたかった。

勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん。

耐え難き寂寞の念だけが胸を締め付けます。

この寂しさは、決して私だけのものではないはずです。どんなに政治的な立場や考えが違っていても、この時代を生きた日本人の心の中に、あなたの在りし日の存在感は、いま大きな空隙となって、とどまり続けています。

その上で、申し上げたい。

長く国家のかじ取りに力を尽くしたあなたは、歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない運命(さだめ)です。

安倍晋三とはいったい、何者であったのか。あなたがこの国に遺したものは何だったのか。そうした「問い」だけが、いまだ中ぶらりんの状態のまま、日本中をこだましています。

その「答え」は、長い時間をかけて、遠い未来の歴史の審判に委ねるしかないのかもしれません。

そうであったとしても、私はあなたのことを、問い続けたい。

国の宰相としてあなたが遺した事績をたどり、あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も、この議場に集う同僚議員たちとともに、言葉の限りを尽くして、問い続けたい。

問い続けなければならないのです。

なぜなら、あなたの命を理不尽に奪った暴力の狂気に打ち勝つ力は、言葉にのみ宿るからです。

暴力やテロに、民主主義が屈することは、絶対にあってはなりません。

あなたの無念に思いを致せばこそ、私たちは、言論の力を頼りに、不完全かもしれない民主主義を、少しでも、よりよきものへと鍛え続けていくしかないのです。

最後に、議員各位に訴えます。

政治家の握るマイクには、人々の暮らしや命がかかっています。

暴力に怯まず、臆さず、街頭に立つ勇気を持ち続けようではありませんか。

民主主義の基である、自由な言論を守り抜いていこうではありませんか。

真摯(しんし)な言葉で、建設的な議論を尽くし、民主主義をより健全で強靱(きょうじん)なものへと育てあげていこうではありませんか。

こうした誓いこそが、マイクを握りながら、不意の凶弾に斃(たお)れた故人へ、私たち国会議員がささげられる、何よりの追悼の誠である。私はそう信じます。

この国のために、「重圧」と「孤独」を長く背負い、人生の本舞台へ続く道の途上で天に召された、安倍晋三元内閣総理大臣。

闘い続けた心優しき一人の政治家の御霊に、この決意を届け、私の追悼の言葉に代えさせていただきます。

安倍さん、どうか安らかにお眠りください。
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2022年10月25日火曜日

(雑談)ウ〇チとクジラ、クジラとアニサキス、そしてサメ

昨晩(10/24)、テレビ朝日のトーク番組「激レアさんを連れてきた。」(出演:オードリーの若林正恭)は、あるサラリーマンを迎えて、彼がリモートワークしながら(ガイドとともに)南極点へ到達した話し*を紹介した。
(*) https://www.tv-asahi.co.jp/geki_rare/backnumber/#/

さまざまな苦難が語られたなか、興味深かったのは「ウ〇チ」の処置だ。人間はさまざまな雑菌やウィルスを体内に持つため、南極の雪面にそのまま放置することは環境保護の点から禁止されているという。踏破にあたっては、それを持ち帰ったという(途中、ある南極基地で引き取ってもらったそうだが)。

ウ〇チの話しで思い出したのは、以前ブログでも触れた、線虫「アニサキス」の発生だ。原因の一つに、「クジラ(鯨)」の保護による増加がある。クジラはアニサキスを持つサバなどを捕食して体内にため込み、大量のウ〇チを海中にマキ散らす。それが循環することになるというのだ。ウ〇チおそるべし。

(本ブログ関連:”アニサキス”、”クジラ”)

また、クジラを保護した結果、沿岸部にクジラが増え、連れてクジラを襲う「サメ」も増加したという説がある。しかもサメが増えれば、人と接する機会が増す。

Survival Labo
「【皮肉】頻発するサメ被害はクジラの過保護が原因?? (オーストラリア)」より抜粋
(2019/09/21、正木明 気象予報士/防災士)
https://bousai.press/shark-whale/
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(クジラが増えて)
・サメ: 人が保護したクジラやサンゴ礁に住む魚をエサにするサメが増える。
(サメが増えて)
・サメ: 興味本位で人を噛む(部分的な傷というが)。
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(付記)
カナダの博物館に寄ったことがある。そこに子どもたちがハガキ大の紙に手書きした、クジラの保護を訴える絵が十数枚ほど壁に貼り付けられていた。果たして子どもたちが自発的に描いただろうか・・・とは思ったけれど。それより私は、鉱物コーナーにある巨大な自然銅の標本を見たかっただけ。

2022年10月23日日曜日

霜降 2022

きょうは、二十四節気の「霜降(そうこう)」、霜の降り始めるころ。体感ではもう少し先のように思えるが。

(本ブログ関連:”霜降”)

晩秋の厳しい霜をきっかけに、広葉樹が緑から赤や黄へ彩あざやかに染まるようで、このときの葉を「霜葉」というそうだ。今年の高尾山の紅葉は、11月中旬~12月上旬が見ごろと案内されている。むかし、同山をケーブルカーに乗って上がったとき、車窓に真っ赤なイロハモミジがつづいた。

(本ブログ関連:”紅葉”)

ところで、霜降の語音から「糟糠(そうこう)の妻」を思い出す。Wikitionaryによれば、「糟」の本来の意は「もろみ」のようで、これを絞って酒を作ったという。また「糠」は「ぬか」であり普通に使われている。

霜降の「霜」の文字に銀色に伸びるさまを想い、白髪が浮かんでくる。そこから音つながりで「糟糠の妻」に移れば、(互いに)歳老いた妻へのいたわりが感じられてくる・・・気がする。
日本語の音読み(漢音)で、「霜・降」と「糟・糠」の発音が同じことからの連想に過ぎないけれど。Wikitionaryによれば、中国語(全く不案内だが)発音のアルファベット表記(ピンイン)を使って、「霜」は ”shuāng”・「降」は ”jiàng” であり、「糟」は ”zāo” ・「糠」は ”kāng” と記している・・・随分と違う。これでは、霜降から糟糠へとイメージが飛ばない。

2022年10月22日土曜日

野鳥観察(41)

薄曇りの朝(結局一日、雲間から青空が顔をのぞかせることはなかったが)、わたしとして41回目に当たる野鳥観察(探鳥会)へ出かけた。きのうより微妙に暖かく、風も穏やか。少々厚手して家を出た。

(本ブログ関連:”野鳥観察")

途中、ヒヨドリが住宅地の屋根をかすめて元気に通り抜ける・・・そういえば、早朝に野鳥を撮影して写真や動画を会員にメールしてくださるベテランの方のコメントに、最近ヒヨドリばかり目につくとあった。

今回、ひさしぶりに小さなお子さんたちが参加した。圧倒的に高齢のおじさん、おばさんが多い中、貴重な存在だ。しかも、かれらの吸収力はすごい。わたしとしたら、相変わらず初心者気分のまま進歩しないでいるが、次にベテランの方から解説いただいたり、自分の双眼鏡で覗くことができた野鳥を記す。(聞き間違いはご容赦)

・ヒヨドリ: 観察早々、木立に鳴き声がする。その後も多数飛ぶ姿が見られた。
・モズ: 林中で「高鳴き」しているのを教えていただいた。観察終了近くにも観察できた。
・シジュウカラ: ハナミズキの樹上にとまる姿を双眼鏡で観察。他所でも観察できた。
・アオサギ: 目の前を「ゲッ」と一声あげて、川下に向かって飛んでいった。
・カルガモ: 岸辺の草むらに3羽、小川に8羽、3羽と・・・つぎつぎと目撃する。
・コゲラ: 鳴き声がしたというが、耳にすらできない。

ベテランの方からの情報と解説
・オシドリ: 公園では見られないが、近くの池(複数)で観察できる・・・オスだけ1羽とのこと。
・モズの高鳴き: 肉食留鳥のモズは、越冬準備のため1羽となって、高鳴きしてナワバリ確保するとのこと。

植物
・「サンシュユ」木の赤い実をかじったが、まだまだスッパイ。
・「ミゾソバ」草が小川の水辺に「根元が白く先端が薄紅色」の小さな花を咲かせていた。

いつもの観察路そばにつづく木立。

公園の大きな原っぱに、自然を保つため駆除したはずの(外来種)コスモスが咲いていた。

2022年10月16日日曜日

自然観察(13)

薄曇りとはいえ明かりも十分、きょう久しぶりの「自然観察会」参加となった。前回、7月に参加したものの、以降、8月は朝に2度寝して遅れてしまい、9月は集合場所に到着したところ雨天となり中止になった。今回は心して家を出た。

(本ブログ関連:”自然観察会”)

好天に誘われて、いつもながら多数の方が参加されたのは、一週間ほど前、会長が催された玉川上水の自然観察会によって認知度アップされたこともあるだろう。会を運営される皆さんに感謝。わたしときたら膝と相談の結果、今回も途中で同行を断念してしまったが。

例によって、解説いただいた内容を記憶保持のため小型ノートに書き込み、カメラに残した。(聞き間違いがあるかもしれないが、その場合はご容赦を)
集中的に(聞ける範囲で)話題をいただいたのは次の通り。
・キク科の植物: 舌状花(コスモス:花びらが1枚)、管状花(アザミ:花びらが筒状)
・ドングリのおいしさ: シイ >マテバシイ > ・・・ > アカガシ(水にさらす)
・クリのイガ(毬)の形状: 一つのイガが、実は枝状に分枝しているのに驚く

最初に説明されたのは、公園の原っぱらにヒョッコリ顔を出した「キツネノタイマツ」(Google写真)だ。人だかりして、毒があるかどうか話題になったが、ネット情報によれば不明との記述が多い。
キツネには「狐火」もあり、火との関連が興味深い。フィンランドでは、「キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって現れる」という言い伝えがある。

(本ブログ関連:”キツネ 光”)


春と秋、年に二度咲くという「コブクザクラ」の樹の白い花を数輪見た。何種かのサクラの雑種で、雌しべが2,3本あってヒョウタン形のサクランボができると紹介された。


今はまだ緑色の実だが、やがて(ネズミの糞のように)黒くなるという「トウネズミモチ」の樹を見た。葉脈が透けて見えるのが特徴と解説いただいた。次の写真は木の下側から撮ったもので・・・葉脈が透けて見えるだろうか。


遠くから赤い実がはっきり見える「イイギリ」の樹を観察した。葉の柄(葉柄)に蜜腺があり、それをエサにするアリと共生(害虫防除)関係にあると紹介された。実を割ると中から黒い種が多数出てきた。


野鳥
・「エゾビタキ」: 遠くの樹上で、飛んではとまりを繰り返していた。
・「ヤマガラ」: 「エゴ」?の実をつまんでいた。

2022年10月15日土曜日

観察園の散歩

きのうまで3日間、平均気温が20℃をくだり肌寒い思いをした。反転、きょうは日射しもキラキラして、そんな陽気に誘われて昼過ぎ、公園に併設の「自然観察園」へ出かけた。園内は人影もまばら、ひっそりしていた。

膝と相談しながら歩むうち、風速も1m/s前後しかなく、額に汗がにじんできた。例によって、観察園入口で配布されている「観察園の花だより」を手掛かりに、入門者なりに花(樹)を推測してみた。

入口の掲示板裏に、低木の「サンショウ」があって赤い実を実らせていた。実は「秋に赤く熟し、裂開して中から黒い光沢が持った球形の種子が出てくる」(Wikipedia)の通り、黒い種子も顔をのぞかせている。(サンショウの葉を一枚取って匂いを嗅いでみたが、香りを特に感じなかった・・・)


園内の湿地に、紅紫色の花をした「ツリフネソウ」が意外なほどあちこち群生していた。花弁の姿をよく見ると、素人目にはランを想起してしまうが縁はないようだ。


帰り道、隣りの公園に寄ってみた。春に、桜のあとをにぎわせてくれる「ハナミズキ」の並木があって、今の秋に赤い実をつけている。


2022年10月8日土曜日

寒露 2022

きょうは、二十四節気の「寒露(かんろ)」。Wikipediaによれば、「露が冷気によって凍りそうになるころ」とある。夏の朝、原っぱの野草の葉先に露が連なって、朝陽に輝いているのを見ると清々しい気分になる。この「朝露」、実は秋の季語に分類されるという・・・ちょっと意外な気がする。

(本ブログ関連:”寒露”)

本日は、旧暦の 9月13日にあたり、旧暦でいう秋の区分は7~9月となるので、晩秋に当たる。一方、気象庁の季節の区分では。秋は新暦の9~11月となる。この辺り、季節の扱いにいつもとまどう。ここ数日の気温の落差から、寒露を晩秋とするのには納得しそう。

以前、本ブログでも触れたが、寒露(かんろ)の音から、甘露 → カンロ飴 につながり、甘いイメージがしてくる。飴には、のど飴、缶入りドロップ、口さみしいときの飴などさまざま。もし「寒露飴」があるなら、それは仙人の口に入りそう。

最近、「グミ」というクチャクチャした飴(固めのゼリー)菓子があって、若者に流行っているそうだ。飴は口中で溶かすのに対して、グミは噛むといったところだろうか。ハロウィンといい、グミといい、いずれも子どもがするもの。日本では若い男女が楽しんでいる。

2022年10月7日金曜日

冷たい秋雨がつづく(2022.10.6~7)

きのう(10/6)の夜は冷えて、厚手の部屋着に衣替えした。おまけにストーブまで引き出して部屋を暖めた。きょうも変わらない。テレビの情報番組の気象コーナーで、きのうは11月中旬なみ、きょうは12月初旬なみの寒さという。

気象庁の「過去気象データ」を見ると、東京(北の丸公園場)の月単位の平均気温(1991~2020年)は、11月16.7℃、12月12.0℃ だったのに対して、この地の最高気温は、きのう(10/6)14.2℃、きょう(10/7)12.5℃ だった。平均気温に対する最高気温の差が、きのうの方が大きい分・・・それだけ冷え方が急だったことがうなづける。

ところで、観光会社からツアーの案内が届く。紅葉巡りが圧倒的に多い。コロナ明け、観光事業回復のため、公的な旅割というかキャンペーンがにぎわっている。行ってみたい気もするが、紅葉の樹々をめでるには徒歩が必要であり、膝のことを考えると難しい。むしろ、美味いものツアーのページに目が向く。

雨はいつまで続くだろうか。秋の長雨を表した言葉に「秋霖(しゅうりん)」がある。きのうも、きょうもそうだったが、ぱらぱらと間断なく降りつづく様に、すきまなく並ぶ雨の木立が浮かんでくる。「雨」と「林」の絶妙な組み合わせだ。

2022年10月6日木曜日

(資料)若田光一氏搭乗のクルードラゴン

きょうの日付にかわった深夜午前1時、米国ケネディ宇宙センターから打ち上げられた宇宙船「クルードラゴン(Crew-5) ”エンデュランス”」(「ファルコン9」ロケットに搭載)が、国際宇宙ステーション(ISS)へ向かうため、地球周回軌道に投入された。そのとき、私はまさに爆睡して、ロケット発射の映像を見ることができなかった・・・。

搭乗員は4名で、JAXAの若田光一氏は日本人最多の5回目の宇宙飛行となり、ほか3名(米国2人、ロシア1人)は初めてとのこと。若田氏のリーダシップが発揮されるだろう。それにしても、ロケットも宇宙船も宇宙服もデザインがとてもスマート。

(本ブログ関連:”若田光一氏”)

今回、「スペースX」社(CEO イーロン・マスク)が打ち上げ、民間による宇宙開発の第2ステップというべき時代を迎えた。米国の宇宙開発事業が本格的に民営化されるのを目の当たりにしたわけだが、日本で民間による宇宙開発(管制を含めて)はどうなるのだろうか。

読売新聞オンライン
「若田光一さん搭乗のクルードラゴン打ち上げ成功…『この調子で頑張ります』」(2022/10/06 11:37、冨山優介)
https://www.yomiuri.co.jp/science/20221006-OYT1T50060/
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・【ケネディ宇宙センター(米フロリダ州)】宇宙航空研究開発機構(JAXA)の若田光一・宇宙飛行士(59)ら4人を乗せた米スペースX社の宇宙船クルードラゴンが5日正午(日本時間6日午前1時)、米フロリダ州ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。クルードラゴンは予定の軌道に入り、打ち上げは成功した。

・若田さんの宇宙飛行は5回目。若田さんは動画中継を通じ「非常にスムーズな打ち上げでした。この調子でチームワークを持って頑張ります」と日本語で話した。

・・・・ISS滞在中、若田さんらは日本実験棟「きぼう」で、月面探査車に使う潤滑剤の性質を調べる実験などに取り組む。
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(追記)
JAXA:「【録画】【Crew-5】若田宇宙飛行士 ISS到着生中継」(2022/10/07、Youtube)
・ファルコンロケットの第1段は、再利用目的から海上の船に逆着陸した。
・クルードラゴンは、打ち上げ約29時間後、日本時間の6時1分、ISSとドッキングした。


なんと、月面を走る日本製の車(友人与圧ローバ)のエンブレム部分に、”TOYOTA”の文字がある。

2022年10月1日土曜日

野鳥観察(40)

きょうの 10月1日、わたしにとって40回目の「野鳥観察(探鳥会)」参加という、実にキリのよい数字になった。しかしながら、40回も参加して、いまだに初心者気分から抜け出せないでいる。ある意味いつまでも新鮮・・・これからもそうだろう。

(本ブログ関連:”野鳥観察")

10月から、春・夏と比べて集合時刻が30分遅くなった(7時に変更)。公園の樹々葉はまだまだ青く繁っているが、これから落葉とともに、いろいろな鳥たちが戻ってくるだろう・・・楽しみだ。

野鳥観察にいつも手帳を携えている。しかし今回、筆記具(ボールペン)を忘れてしまった。ベテランの方から、野鳥や野草について貴重な解説をいただくのに記録できないという事態に陥った。記憶に自信がないので、帰宅するや思い出せる範囲で並べた。

例によって、公園で見たもの、聞こえたものを記す。

野鳥
・ヒヨドリ: 林間に鳴き声しきり、飛翔も見たが・・・
・モズ: 原っぱの樹上に一羽たたずんでいた(双眼鏡で観察)、鳴き声数種を聞く
・シジュウカラ: 双眼鏡で木陰にいるのを観察していたら、こちらに向かって飛んで来た
・カルガモ: 葦の隙間に見える小川に水紋が広がった・・・ひょいとカルガモ一羽が見えた

植物
・カリガネソウ: 昨日(9/30)見たのと違い、花柱・雄蘂(おしべ)が通常通り上を向いていた

・キバナコスモス: コスモスの園芸種だそうだ

・キンモクセイ: 観察路に濃いい香りが漂っていた
(本ブログ関連:”キンモクセイ”)

・オシロイバナ:(帰宅途中) 普通に見られる紅や白色の他に、次の赤紫と黄色の花を見つけた
 (本ブログ関連:”オシロイバナ”)

2022年9月30日金曜日

コムラサキ,カリガネソウ

日の暮れるのが早くなった9月もきょうで終い。今年はあと3か月しか残っていない・・・。さりとて追い込んで仕上げるべきものもない。来年のカレンダーはすでに用意しているが。

晴天のきょう、陽射しが温い昼下がり、公園に併設の「自然観察園」へ出かけた。年配者の一団とすれ違う。平日だもんなあ。

観察路をふさぐように、腰の低い白い「ユウガギク」の花がつづく。以前、本ブログに「観察園の随所に目立つ」と記述したことがある。


次は、いわゆる「カリガネソウ」だが、きょうの按配はよくなかったのか、本来、花弁の上側に伸びる花柱と雄蘂(おしべ)が逆転して下側にある。(昆虫を全く不案内だが)チョウや大型のハチがたくさん飛んで来たせいで(あるいは萎れて)、位置が逆転したのかもしれない・・・と想像する。(写真は、カメラが天地逆さまになったわけではありません)

(本ブログ関連:”カリガネソウ”)


枝が垂れるようにして、紫色の「コムラサキ」の実が生っていた。コムラサキはシソ科の樹で、実がビッシリ詰まっている(他方、「ムサキシキブ」の場合、実がまばらとのこと)。

(本ブログ関連:”コムラサキ”)


「コムラサキ」の隣りに、「ガマズミ」の樹の実が生っていた(自然観察園の「花だより」に位置など明示されてないので、あくまで素人判断だが)。ともに小さな実のため、赤と紫がにぎわうまでにいたらないけれど、陽が射して艶やな光沢が揺れるのを見るのはいいものだ。

(本ブログ関連:”ガマズミ”)

2022年9月27日火曜日

安倍元総理国葬儀の一般献花

本日(9月27日)、北の丸公園の日本武道館で午後2時より、元総理大臣の故安倍晋三氏の国葬儀がとり行われた。わたしたち一般の献花は、会場の外、靖国通りに沿った九段坂公園に張られたテントで受け付けられた。
(国葬の参列者4183人、一般献花者2万5889人 政府発表)

(本ブログ関連:”安倍総理、安倍首相”)

昼すぎ、献花に出かけた。膝痛を気にしつつ、一歩一歩気を付けながら電車を乗り継いだ。大変な混みようで、実際、半蔵門駅から人の流れが続き、内堀通りを南下し、半蔵門交差点で折り返して九段坂公園の献花台へたどり着いた。わたしには少々きつい道のりだったが・・・汗だらけになった。

途中の駅で求めた献花を、献花台に供えることができた。

献花台付近の写真撮影は禁じられていたので、帰り道、九段下駅近くの坂道から武道館を背に「故安倍晋三国葬儀場」の案内が見える光景を撮った。


夕方、家に着いたとき、膝の調子に変化がなかった。ふだん、遠出をひかえていたのに、今回ばかり随分と気張ったせいだろうか。とにかく、一仕事したような安堵感がある。

(資料)
TBSテレビ
「『総理、あなたの判断はいつも正しかった』安倍元総理国葬 “友人代表” 菅義偉前総理の追悼の辞【弔辞全文】」(2022年9月27日(火) 15:07)
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/164404?display=1

“友人代表” 菅義偉前総理の弔辞
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七月の、八日でした。

信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい、同じ空間で、同じ空気を共にしたい。

その一心で、現地に向かい、そして、あなたならではの、あたたかな、ほほえみに、最後の一瞬、接することができました。

あの、運命の日から、八十日が経ってしまいました。

あれからも、朝は来て、日は、暮れていきます。やかましかったセミは、いつのまにか鳴りをひそめ、高い空には、秋の雲がたなびくようになりました。

季節は、歩みを進めます。あなたという人がいないのに、時は過ぎる。無情にも過ぎていくことに、私は、いまだに、許せないものを覚えます。

天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から、生命を、召し上げてしまったのか。

悔しくてなりません。哀しみと、怒りを、交互に感じながら、今日の、この日を、迎えました。

しかし、安倍総理…と、お呼びしますが、ご覧になれますか。

ここ、武道館の周りには、花をささげよう、国葬儀に立ちあおうと、たくさんの人が集まってくれています。

二十代、三十代の人たちが、少なくないようです。明日を担う若者たちが、大勢、あなたを慕い、あなたを見送りに来ています。

総理、あなたは、今日よりも、明日の方が良くなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたいという、強い信念を持ち、毎日、毎日、国民に語りかけておられた。

そして、日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲きほこれ。―― これが、あなたの口癖でした。

次の時代を担う人々が、未来を明るく思い描いて、初めて、経済も成長するのだと。

いま、あなたを惜しむ若い人たちがこんなにもたくさんいるということは、歩みをともにした者として、これ以上に嬉しいことはありません。報われた思いであります。

平成十二年、日本政府は、北朝鮮にコメを送ろうとしておりました。

私は、当選まだ二回の議員でしたが、「草の根の国民に届くのならよいが、その保証がない限り、軍部を肥やすようなことはすべきでない」と言って、自民党総務会で、大反対の意見をぶちましたところ、これが、新聞に載りました。

すると、記事を見たあなたは、「会いたい」と、電話をかけてくれました。

「菅さんの言っていることは正しい。北朝鮮が拉致した日本人を取り戻すため、一緒に行動してくれれば嬉しい」と、そういうお話でした。

信念と迫力に満ちた、あの時のあなたの言葉は、その後の私自身の、政治活動の糧となりました。

その、まっすぐな目、信念を貫こうとする姿勢に打たれ、私は、直感いたしました。この人こそは、いつか総理になる人、ならねばならない人なのだと、確信をしたのであります。

私が、生涯誇りとするのは、この確信において、一度として、揺らがなかったことであります。

総理、あなたは一度、持病が悪くなって、総理の座をしりぞきました。そのことを負い目に思って、二度目の自民党総裁選 出馬を、ずいぶんと迷っておられました。

最後には、二人で、銀座の焼鳥屋に行き、私は、一生懸命、あなたを口説きました。それが、使命だと思ったからです。

三時間後には、ようやく、首をタテに振ってくれた。私はこのことを、菅義偉 生涯最大の達成として、いつまでも、誇らしく思うであろうと思います。

総理が官邸にいるときは、欠かさず、一日に一度、気兼ねのない話をしました。いまでも、ふと、ひとりになると、そうした日々の様子が、まざまざと、よみがえってまいります。

TPP交渉に入るのを、私は、できれば時間をかけたほうがいいという立場でした。総理は、「タイミングを失してはならない。やるなら早いほうがいい」という意見で、どちらが正しかったかは、もはや歴史が証明済みです。

一歩後退すると、勢いを失う。前進してこそ、活路が開けると思っていたのでしょう。総理、あなたの判断はいつも正しかった。

安倍総理。日本国は、あなたという歴史上かけがえのないリーダーをいただいたからこそ、特定秘密保護法、一連の平和安全法制、改正組織犯罪処罰法など、難しかった法案を、すべて成立させることができました。

どのひとつを欠いても、我が国の安全は、確固たるものにはならない。あなたの信念、そして決意に、私たちは、とこしえの感謝をささげるものであります。

国難を突破し、強い日本を創る。そして、真の平和国家 日本を希求し、日本を、あらゆる分野で世界に貢献できる国にする。

そんな、覚悟と、決断の毎日が続く中にあっても、総理、あなたは、常に笑顔を絶やさなかった。いつも、まわりの人たちに心を配り、優しさを降り注いだ。

総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした七年八か月。私は本当に幸せでした。

私だけではなく、すべてのスタッフたちが、あの厳しい日々の中で、明るく、生き生きと働いていたことを思い起こします。何度でも申し上げます。安倍総理、あなたは、我が国日本にとっての、真のリーダーでした。

衆議院 第一議員会館、千二百十二号室の、あなたの机には、読みかけの本が一冊、ありました。岡 義武 著『山県有朋』です。

ここまで読んだ、という、最後のページは、端を折ってありました。そしてそのページには、マーカーペンで、線を引いたところがありました。

しるしをつけた箇所にあったのは、いみじくも、山県有朋が、長年の盟友、伊藤博文に先立たれ、故人を偲んで詠んだ歌でありました。

総理、いま、この歌くらい、私自身の思いをよく詠んだ一首はありません。


かたりあひて 尽し丶人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ

かたりあひて 尽し丶人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ


深い哀しみと、寂しさを覚えます。総理、本当に、ありがとうございました。

どうか安らかに、お休みください。

令和四年九月二十七日 前 内閣総理大臣、友人代表 菅義偉
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朝日新聞Digital(抜粋)
「国葬の参列者4183人、一般献花者2万3千人 政府発表」(2022年9月27日 20時00分)
https://www.asahi.com/articles/ASQ9Q5J5PQ9QDIFI009.html
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19:10 国葬の参列者4183人、一般献花者2万3千人 政府発表
政府の「国葬儀事務局」は国葬の参列者が4183人、一般献花者が約2万3千人(午後6時時点)と発表した。いずれも速報値。
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(一般献花者数は、次の「時事ドットコムニュース」の通り更新)


時事ドットコムニュース
「安倍氏国葬、2万5889人が献花 政府」(2022年09月28日12時02分)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022092800509&g=pol
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磯崎仁彦官房副長官は28日の記者会見で、安倍晋三元首相の27日の国葬をめぐり、一般献花に2万5889人が訪れたと発表した。献花台は、国葬会場の日本武道館に近い九段坂公園に設置され、午前9時半から午後7時ごろまで受け付けた。
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NHK NEWS WEB(抜粋)
「安倍元首相「国葬」一般向け献花 午後7時半ごろに終わる」(2022年9月27日 21時10分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220927/k10013838811000.html
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四ツ谷駅近くまで長い列 “献花まで3時間以上”
午後2時半の時点で、列の最後尾は献花台からおよそ3キロ離れた東京 新宿区の四ツ谷駅の近くまで続いていました。
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2022年9月24日土曜日

秋分の日 2022

きょうは、二十四節気の「秋分(しゅうぶん)」で、国民の祝日「秋分の日」でもある。
・秋分:「春分」と同じく、一日の昼夜の長さが等しくなる。実際はともに「昼が夜より平均14分長い」とのこと。
・秋分の日: 「敬老の日」と土・日の休日とを組み合わせ、更に「国民の休日」を挟んだりして3連休、5連休が可能とのこと。

(本ブログ関連:”秋分の日”)

午前中、明るさがあったものの、昼過ぎには曇りが増し、どんよりした空から霧雨~小雨がぱらついた。これでは秋分の昼夜の長さがどうかは関係ない。今夜は雨が降り続くようだ*。

(*)東京都の雨雲レーダー(予報): 日本気象協会 tenki.jp
        https://tenki.jp/radar/3/16/rainmesh.html


(余談)
ところで、きょうの昼間に近隣の街へ出かけた。雨降りになる前にと家族連れでにぎわっていた。本屋を巡ったが、以前のように衝動買いする意気がない。むしろ息切れする。
或る商業施設のロビーに、100円硬貨を入れると10分間、脚(ふくらはぎ)をマッサージする機器があって試してみた。エアクッションによる、圧迫と解放を強弱繰り返す。実に心地よい・・・膝痛部分にも響いてくるがおかまいなし。

10分間は、時間がある。目をつぶっていると、なんだかいろいろの光景が浮かんできた。

2022年9月21日水曜日

ヒガンバナ 九分咲き

先週、公園の管理センターに自然観察園の「ヒガンバナ(彼岸花)」の開花状況を問い合わせたところ、今は周辺から咲き始めていて、満開はこれからだろうとのことだった。台風(14号)が過ぎて日射しも回復したきょう、頃合いかもしれないと自然観察園へ出かけてみた。

(本ブログ関連:”ヒガンバナ”)

台風の影響か、観察園に向かうに道筋に、樹々から落下した小枝や葉が散らばっていた。観察園を仕切る金網越しに、ヒガンバナの群生地に赤い花が広がっているのを確認する。
園内には、平日にもかかわらず、暖かい日射しに誘われてか多くの人びとで賑わっていた。


この時期、真っ赤な花が咲くヒガンバナには葉がない。花と茎だけである。その後について、牧野富太郎の小冊子「植物知識」は次のように記している。
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花が済むとまもなく数条の長い緑葉が出て、それが冬を越し翌年の三月ごろに枯死(こし)する。そしてその秋、また地中の鱗茎(りんけい)から花茎が出て花が咲き、毎年毎年これを繰り返している。かく花の時は葉がなく、葉の時は花がないので、それでハミズハナミズ(葉見ず花見ず)の名がある。
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ところで私見だが、群生地の開花状況は、九分咲きといったところ・・・、残り一分はこれから(数日後)と思うが、台風で茎が横倒しになったものがあるので心配。ぜひ、群生地一面を真っ赤な花で咲き誇るように敷き詰めて欲しい。

2022年9月20日火曜日

PCが急回復、それとなくパッチが届く

先月ごろからPCの調子が悪く、起動時、Windowsやアプリの動作が超低速となり、通信もまるでモデム経由したころのパソコン通信並みといった状態が続いた。正直我慢した、そしてPCの買い替えもやむなしと、新しいPCをネット上で探した。

そういえば、最新の「Windowsアップデート(品質更新プログラム)」をするとパフォーマンスが落ちるといった情報が、Web上のIT関連ニュースで報告されたことがあった。今までそんなトラブルに会ったことがないので、気にもかけず手動更新したところ・・・上記のような最悪の状態におちいった。

ここ一週間ばかりに、マイクロソフトやPCメーカーから、いろいろなパッチがそれとなく送られてきて、あれよあれよというまにPCが急回復した・・・嘘のように滑らかに動作している。

先日のブログに「PC交換の時期がきたようだ」と記したが、取り越し苦労に終わった。多分。

2022年9月18日日曜日

自然観察(雨天中止)

月一開催の「自然観察会」へ出かけた。一見雨上がりの空模様だったが、念のため雨合羽を用意した。以前、早朝に雨音を聞いて勝手に判断し、観察会を休んだところ開催されたことがあった。そこで、今回は準備万端の出立ちにした。

(本ブログ関連:”自然観察会”)

集合場所で、ベテランの方からスマホの天気予報を見ながら、やっぱり雨になりそうと教えてもらった。それでも、いつものように何人もの方々が集まった。次第に霧雨は雨滴に変化した。
到着した幹事さんから、天気予報によると雨天のため、(集会の少し前に)観察会中止を会員あてにメールしたと知らされた。(そういえば、私は天気予報もメールも確認してこなかった)

雨粒は大きくなり、いそいで雨合羽を着用したものの、結局観察会の中止が決断された。(もし開催されていれば、私が参加した13回目の観察会に当たるはずだったのだが・・・)

帰宅途中、雨脚はさらに強くになり、家に着いたときは全身がずぶ濡れだった。

2022年9月13日火曜日

この花 なんの花 気になる花

夕方、帰宅途中の道筋に畑地があって、これ見よがしに薄紫の花が咲いていた。一つの太い茎から枝を伸ばし、人の背丈ほどに高く広がっている。大きな葉の緑と対比するように、小さな花が集まった穂状花序の房がいくつも垂れている。

いつもの通り道なのに見落としていた、この花がなんの花なのか気になり寄ってみた。小さな花は未だ蕾(つぼみ)だろう。植物の名を知らない。家に帰って、Google画像で検索してみようと、カメラにおさめた。


画像検索の結果、”butterfly bush”(フジウツギ属:ゴマノハグサ科の植物の属)とのこと。しかし葉の形が全然違う。これまで、画像検索で一発で当たったためしはない。

そこで、携帯版の小型植物図鑑をめくってみた。何となく似た感じのするものがあった・・・。「オオケタデ」という。だが図鑑やGoogle画像検索の一覧にある花色と比べて、淡い感じがする。見極める根拠がないのだから確信はない。

ということで、これから畑地の脇を通るたび、農家の方がいないか気にして、もしいたら花の名前を教えてもらおうと思っている・・・。それでダメなら、公園の自然観察員(あるいはサポーター)の方に相談してみようかとも思っている。

2022年9月10日土曜日

十五夜、満月 2022

今夜は「十五夜」(旧暦8月15日)で、「満月」(18時59分ころ、月齢13.8)とのこと。十五夜が必ずしも満月とは限らないそうだが、中秋の今夜、名月と愛でる習わしは古来より続いている。

(本ブログ関連:”十五夜”)

そこで、今晩9時過ぎに、天空を見晴らせる空き地へ出かけ、夜空に浮かぶ満月を月見してきた。この時期、煌々と照る月に随伴するように惑星が次々近づいてくるとのこと・・・、不案内な私には、月のそばに光る星の正体が分からないのが残念。


ウェザーニュース(weathernews)・・・ とても参考になります、感謝。
「今日9月10日は十五夜「中秋の名月」今年は満月 中秋と仲秋の違いは?」(2022/09/10 05:48)、ほぼ抜粋。
https://weathernews.jp/s/topics/202209/080225/
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十五夜・中秋の名月とは 中秋と仲秋の違いは?
・十五夜とは、月の満ち欠けをもとに1か月の日付を決める太陽太陰暦(旧暦)における毎月15日の夜のことです。
・中秋の名月とは、同様に旧暦における8月15日の夜に見える月のことです。月見をするのは中秋の名月となる8月の十五夜のことが多いため、「十五夜の月」と「中秋の名月」はほぼ同義で使われます。
・「ちゅうしゅう」という音を表現するのには「中秋」「仲秋」の2通りの書き方があります。中秋は旧暦8月15日を、仲秋は旧暦の8月をさすことが多いようです。
・もともと旧暦では1年を3か月ごとに分けて、1月〜3月を春、4月〜6月を夏、7月~9月を秋、10月〜12月を冬としていて、旧暦8月は真ん中の秋なので「仲秋」と呼ばれました。昔は「中秋」と書いても意味は同じだったのですが、次第に中秋は、そのさらに真ん中の旧暦8月15日をさすようになったといわれます。

中秋の名月=満月とは限らない
・暦は月の満ち欠けをもとに日付が決まるので、中秋の名月・十五夜の日は満月と同日になりそうですが、実はそうとは限りません。むしろ満月とは同日にならない年が多数を占めます。
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2022年9月8日木曜日

白露2022、芋の露連山影を正しうす(蛇笏)

きょうは、二十四節気の「白露(はくろ)」。秋気が結集して露になるころとのこと。

(本ブログ関連:”白露”)

先日(9/3)の早朝、野鳥観察(探鳥会)の終盤、スタート地点に戻る道筋に、淡紫色をした野草「ツルボ」の穂状花序の花が咲いて、その周りに伸びた線形の葉の上に、丸く膨らんだ朝露が並んでいたのを思いだした。

「露」は秋の季語で、「日々の歳時記」(広瀬一朗著)の「白露」の項を見ると、俳人「飯田蛇笏(いいだ だこつ)」(1885年(明治18年)~1962年(昭和37年))の代表句をあげ、「格調の高い句」と絶賛している。

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芋の露連山影を正しうす                    (蛇笏)
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そういえば、私のような素人でさえも、むかし学校の教室で聞いたような気がする。

目の前の柔らかな芋(サトイモ)の葉の上に朝露が集まっている、そんな(作者が住んだ土地の)背景には連山がでんと座っている・・・、連山、それも東西南北の四方を山並みに囲われているわけで。

2022年9月6日火曜日

アカメヤナギとヤブラン

何日ぶりだろうか、暑い日射しのもと公園に併設する「自然観察園」へ出かけた。薮蚊に狙われるかもしれないと用心して、長袖シャツを着たところ大汗をかいてしまい閉口した。まだまだ暑い。残暑が厳しい。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

観察園に入ると入口に、折りたたみ式の小さな看板が置かれていた。看板には園内の一部通路を赤い色で太く表示して、「通行止め 9/6(水) ナラ枯れ伐採作業のため上記の場所を通行止めにしています。・・・」と説明されていた。

「カシノナガキクイムシ」が媒介する菌によって、「ナラ」の木が立枯れが拡大するのを防ぐためのようだ。キクイムシは同様に、「ニレ立枯病(オランダニレ病:Dutch* elm disease)」の原因にもなっている。
(*)Dutch: 1934年にかけて、ようやく病気の原因を究明したのが、オランダの7人の女性研究者だったことによる。
  ・・・ 「キューガーデンの植物誌」(キャシイ・ウイリス他著、川口建夫訳)

さて、観察園の門をくぐったものの暑さに負けて、全周する根性もなく一部を散策した。
「ヤブラン」が、園内の随所で今を盛りと「穂状花序を形成して、多数の淡紫色の小さな花を密につけて咲かせ」(Wikipedia)ているのが見えた。


ヤブランの花は、一見地味なのに四方に広がって咲く光景は見事である。それが、ディズニーのアニメーションに出てきそうな巨大な幹をした「アカメヤナギ(マルバヤナギ)」の木の裾を埋めていた。
ヤナギは水辺に育つ。観察園のアカメヤナギは、まさに湿地の中で幹を太らせている。その幹から、樹皮をねじらせながら枝が伸びている姿は力強く圧巻である。


「Jへ」ビール、来年40周年記念コンサート予定

イ・ソンヒが1984年に「江辺歌謡祭」で歌った、デビュー曲である「Jへ(J에게)」の曲名を冠した缶ビール2種(ラガー、ピーチ・エール)が 7月13日に発売され、初期販売量40万個を完売したそうだ。

(本ブログ関連:”Jへ”、”江辺歌謡祭”)

写真は、韓国のSqueeze Brewery(스퀴즈 브루어리)社より7月13日に発売された「Jへ ビール」2種(左:ピーチ・エール、右:ラガー)。
http://squeezebrewery.com/news/?q=YToxOntzOjEyOiJrZXl3b3JkX3R5cGUiO3M6MzoiYWxsIjt9&bmode=view&idx=12107375&t=board


合わせて新聞報道によれば、来年*、イ・ソンヒの「40周年記念コンサート」開催が予定されているとのこと。来年に彼女は(数え歳で)還暦を迎える。
コンサートに行ってみたい気がするが・・・、膝と相談せねばならないし。
(*)来年は 2023年、1984年にデビューした「江辺歌謡祭」から正確には 39年目になる・・・。

韓国経済新聞
「イ・ソンヒの力 ・・・ 『Jへ ビール』の初期物量40万個が売り切れになった」(チョ·アラ韓経ドットコム記者、2022.09.02)より抜粋
https://www.hankyung.com/finance/article/2022090279747
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歌手イ・ソンヒのヒット・デビュー曲のタイトル(「Jへ」)を採った、「Jへ ビール」の初期物量40万個が完売した。

「Jへ ビール」は、風に髪が揺れるイ・ソンヒの(歌「Jへ」の歌詞)イメージを製品に込めて、「Jへ」の歌を記憶する中高年層とレトロ感性を好む MZ世代**をすべて攻略したと、所属事務所(フックエンターテインメント)は説明した。フックエンターテインメントは「イ・ソンヒは、来年行われる40周年記念コンサートの準備を始めている」と付け加えた。
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(**)MZ世代: 1981年~2010年生まれの広範な世代(10代~40代)を指す。(デジタル文化を浴びて価値観が多様化(なんでもあり)した若手消費者世代に見える)

(本ブログ関連:”フックエンターテインメント”)

2022年9月5日月曜日

「梅雨明け」時期の変更

気象庁は関東甲信地方の今年の「梅雨明け」について、当初、「平年より22日早く、昨年より19日早い」6月下旬(6月27日)とした。

(本ブログ関連: 今年の ”関東・甲信 梅雨明け 2022”、”梅雨入り”)

当初発表日以降、暑い日がつづいたものの、7月中旬を中心に上空の寒気や前線、低気圧の影響で曇りや雨の日が多くなった。9月1日になって、関東甲信地方の梅雨明けの確定値が「7月下旬(7月23日)」に変更された。


(資料)気象庁
①「夏(6~8月)の天候」
https://www.jma.go.jp/jma/press/2209/01b/tenko220608.html
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九州から関東甲信地方の梅雨明けの確定値は、7月中旬を中心に上空の寒気や前線、低気圧の影響で曇りや雨の日が多かったため、7月下旬となりました。一方、東北北部・南部と北陸地方では、8月上・中旬も前線や湿った空気の影響を受けやすく、曇りや雨の日が多かったため梅雨明けが特定できませんでした。
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② 「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」
https://www.data.jma.go.jp/cpd/baiu/kako_baiu09.html
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年            梅雨入り        梅雨明け
2022年 6月6日ごろ    7月23日ごろ
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2022年9月3日土曜日

野鳥観察(39)、森と水のつながり

月2回開催の野鳥観察(探鳥会)に久しぶりに参加した。先月(8月)、膝の調子がおもわしくなく、2回とも欠席してしまった。さすがにこのままズルズル休むのは気が引けて、頑張って出かけた次第。

(本ブログ関連:”野鳥観察")

台風11号の変則的な進路の余波を受け、きのう、おとつい、それなりに雨が降った。今朝、曇り空で湿気があるものの、探鳥会に影響はないと判断できた。集合場所に着いたとき上着がっしっとり湿っていた。幹事さんがいうに、きょうは参加者が多いとのこと。

例によって、見えたもの、聞こえたものを次に記す。なお「野草の花が咲く時期」については、会長から解説いただいた。

野鳥
・エナガ:3羽が樹上にとまっているのを双眼鏡で見る。なぜか腹が薄茶色に感じた。
(他の方はメジロ、シジュウカラ、コゲラの姿を目撃したが・・・)
・カワラバト(ドバト): 頭上、ムクノキの木陰に多数のシルエットを目視。
・カルガモ: 小川に3羽浮かぶ・・・。

樹木・野草
・ホオノキ: 赤い実の塊り(集合果)が葉陰に見えた。
・トチノキ: 少し大きめの茶色で球形の実が見えた。
・エノキ: 小さな球形の実(赤色→褐色→熟して黄色?はうっすら甘い)

野草の花が咲く時刻
・ツユクサ: 天気のよいとき、午前中に咲く。
  - 雄しべ:長い2本は偽物、短い4本が本物。
・オシロイバナ: 夜中の3,4時ころ咲き始め~朝にしぼむ。
  - 一株に紅・黄・白色の花が咲く。一輪でも「キメラ現象」がある(モモの花も同様)。


森と水のつながり
探鳥会ののち、午後に公民館で開催された講演会「なぜ、アツい!? 農学の今と未来」に出席した。全3回のうち、初回の「森と木のつながりを考える: 流域の中の森林」(五味高志 東京農工大学教授)を聴講した。
おもに、森林の水の生産と消費について話題にされたが、水辺を好むニレノキについても触れていただいた。

2022年8月31日水曜日

PC交換の時期がきたようだ

残念ながらPCの調子がよくない。

交換の時期がきたようだ。

(資料)アルテミス計画

1967年7月に人類が月面に初着陸した「アポロ計画」(1961年~1972年)につづき、第二の月着陸プロジェクト「アルテミス計画」が、わたしたちの目にできる形で発進する。

アポロ計画の打ち上げ機は「サターンロケット」、宇宙船は「司令船・機械船」と「月着陸船(アポロ11号のとき:イーグル)」に分かれていて、地球の帰還には司令船が使われた。アルテミス計画の <最初> の打ち上げ機は「SLSロケット」、宇宙船「オリオン」は「乗員モジュール (CM) と、推進装置などからなるサービスモジュール (SM) の二つのモジュールから構成」される。

アルテミス計画の<最初> の打ち上げ(8/29予定)が延期され、早ければ 9月2日(現地時間)に実施される。

■ 三菱電機
「月から「地球見」する日—アルテミス計画って? 日本の役割は?」
(林公代、2021年10月15日)
    ー https://www.mitsubishielectric.co.jp/me/dspace/column/c2110_1.html

2024 周回
2025 着陸
2028 GW経由 月着陸
(2030年代 火星着陸)

■ Wikipedia
「アルテミス計画」
    ー https://ja.wikipedia.org/wiki/アルテミス計画
「アルテミス」
    ー https://ja.wikipedia.org/wiki/アルテミス

■ 朝日新聞DIGITAL
「「再び月へ」アルテミス計画第1弾、無人飛行試験へロケット打ち上げ」(玉木祥子、2022年8月28日 18時00分)
    ー https://www.asahi.com/articles/ASQ8W6QBFQ8WUHBI00K.html

2022年8月23日火曜日

処暑 2022

きょうは、二十四節気の「処暑(しょしょ)」。夏の <暑さが後退し始めるころ> とのこと。確かにここ数日、昼間に雲も多く、夜の空気に秋の気配が漂うのを気づかされる。

(本ブログ関連:”処暑”)

きょうの日中の陽射しはまるで焼き付けるようだった。・・・でも、よく考えてみれば、今月中旬以降の平均気温は下る傾向にある。そんなとき、たまたま最高気温が 33.0℃ になったことで、暑さを強く感じたのだろう。体感もそのときそのとき変わるものかもしれない。

ところで、Youtubeを巡り歩いていると、中学生の音楽教科書に掲載されたという合唱曲「夏の日の贈りもの」(作詞高木あきこ、作曲加賀清孝、1989年)と出会った。若者らしい、過ぎ行く夏の自然に対する感性を表現した歌詞、みなとともに歌う柔らかな旋律に、いささか感動した。爽やかな風の吹く高原、美しい夏の日を思い出す。

(Youtube登録:「合唱100曲」より、音源不明)

きょう、「処暑」を意識して、この曲を聞いて、遠い昔のことを気付かされた。Youtubeに、中学生たちが歌う、コンクール、校内クラス対抗の映像が多々ある。思い出を重ね合わせて視聴すると懐かしさがこみあげてくる。

2022年8月22日月曜日

日めくりカレンダーの交代

おとつい、街の百円ショップを覗いて驚いた。なんと、来年(2023年、令和5年)度の各種サイズの「カレンダー」が売られていたのだ。今年を後4か月も残すというに。とはいえ、あっという間に半年を経過し、今月も後わずか。それが過ぎれば、今年の 2/3 を終わってしまうことになる。(この一年何をしたのか・・・反省はないけれど)

(本ブログ関連:”カレンダー”)

時間の記憶は鈍いけど、時の経過には敏感、そんな歳になってしまった。正確に時間認識できるか不安で、PCデスクに紙印刷の「日めくりカレンダー」(博文館新社)を吊るしてきた。使い続けるうちに、見るポイントも変わってきた。
また、曜日に縛られない生活を送っていると、出先で書類に日付など記入するとき、年月日や曜日が怪しかったり、思い出せないことがある。そんなとき気が滅入る。

見やすく覚えやすいツールはないものかと探した結果、次の交代・交替をした。

① 紙製の日めくりカレンダーを、日めくり型デジタル時計に交代
以前、PCデスク上に紙製の日めくりカレンダーを吊るして使用していたが、正直なところ毎日破り取るのが面倒になってきた。
そこで、Amazonの消費者コメントで、子が年とった親にプレゼントして高評価だった時計を探したところ、まさに(親側と同じ立場の私の)現状にフィットしたものが見つかった。アデッソ(ADESSO)製のもので、<日にち・曜日> 表示がこれでもかと目立つ・・・(既に、部屋に大判のカレンダーと大きめの掛け時計があるので、これで十分)。

② デジタル腕時計の新旧交替
西暦 <年表示> がある、カシオ(CASIO)製の腕時計を以前使用したものの、数年使ったところ、<年月日表示> がいつのまにか工場設定値にリセットする不具合を繰り返した。最近、新版が出たようなので、再チャレンジしてみることにした。<年表示> は外出先でいつも必用ないが、心の支えになる。

(本ブログ関連:”腕時計”)


(付記)
最近、(ビール風味の)ノンアルコール飲料を飲んでいる。アルコールはあまり得意でないので、ギンギンに冷やしたノンアルコール飲料で喉を潤している。ところで、スーパーの商品棚に並ぶ缶のパッケージは一見すると、アルコールとノンアルコールの見分けが難しい。
そんなわけで、きょうやってしまった。スーパーで買ったものを、1/3ほど飲んで、アルコール4%のリキュール(発泡性)と缶に記されているのに気づいた。飲んだ途中で気付くとは、案外アルコールが苦手でないのかもしれない。

2022年8月16日火曜日

カルガモ2羽

おとつい(8/14)の本ブログに記した、都立武蔵野公園にある超低山「くじら山」について、その「高さ」や「造成」の情報を補足的に調べて、結果を同文に追記した。今回知ったのは、「高さは、5,6メートル」、「造成は、小学校を建てた時の残土」までである。

(本ブログ関連:”くじら山”)

上記の確認のため、図書館へ出かけた途中、体操教室の建物横にある小池を覗いたところ、カルガモの若鳥らしい2羽が泳いでいた。先日(7/27)見た、ヒナ(3羽)が成長した?ものか(もしそうなら、親とヒナ1羽が減ったのか?)、それとも別に飛来したものか・・・見極める眼力はない。かれらは随分と人懐っこい、するすると足元まで泳ぎきたのだ。


そう、今朝も朝寝(2度寝)してしまい、体操教室を欠席してしまった。

2022年8月14日日曜日

台風?一過、超低山くじら山

子どものころの台風といえば、木製の雨戸が吹き飛ばされないようつなぎとめるため、父が木板をそえて釘を打ち込んでいた記憶がある。部屋の中は当然暗くなり不安が増す。深夜ともなれば、雨戸の揺れる音に恐ろしさが深まる。そんなとき、箪笥の上に置かれた緑色に光るマジックランプのラジオから流れるお笑い番組「お父さんはお人好し」などを聞きながら、台風が過ぎていくのを待った。
その後、東京に来て身近に理解できた最大のものは、転校生から聞いた「伊勢湾台風」のことだ。小学生だったとはいえ、その子に興味本位な質問を誰もが発するのが苦しいほどだった。未だに台風の恐れを忘れていない。

(本ブログ関連:”台風”)

今年初めての、関東地方直撃が予想された台風「第8号」が、あっけない終わり方をした。昨晩いっとき激しい通り雨があったが、今朝は陽射しがまぶしくまさに盛夏の気配。伊豆半島の付け根、三浦半島、東京湾、千葉県北部、そして茨城県南部を通り抜けて太平洋に去った。なんともないえぬ、あっけなさだった。

ところで、先日(8/11)のNHK深夜ラジオ番組「ラジオ深夜便」*のなかで、超低山登山家(加藤浩二氏)のインタビューがあって、国内の標高50m以下の山々を <踏破> する話題が紹介された。(芸能タレントの加藤浩次氏ではない!)
(*)https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=0324_03_3802317
今の私の膝の調子なら、何とかクリヤできそう・・・なんて想いたち、きょうの昼すぎに都立武蔵野公園にある芝に覆われた「くじら山」をチャレンジしてみた。

くじら山について、ネット**に近隣の「小学校のプールを建設したときの残土」で造営されたという由来が紹介されている。
(**)マロン通信: https://koganei-kanko.jp/maron/archives/18957
また、私の聞き間違いかもしれないが、公園を東西に横断する「野川」の河川改修した際に出た泥を積んだという話もある・・・が。どちらにしろ、くじら山は写真の通り、山の名を冠しているものの小丘というか古墳跡というか、苦も無くて<登攀>できた。
さらに、「くじら」の標高、名付けについて、ちょっと探ってみたい。




(追記)
「くじら山」の高さ、造成について
① 武蔵野公園管理事務所に電話して、ご担当者から丁寧に教えていただいた。(8/16)
  高さ: 正式にはわからないが、10m以上、20mにはならない程度だろう。
  造成: 事務所内で伝わっているのは、近隣の「小学校造成時の残土」というところまで。

② 図書館で、「くじら山」に関するガイド本・絵本を確認した。(8/16)
・「東京まちなか超低山」(中村みつお、ぺりかん社)
  高さ: 「見ため5、6メートル」、「山名を示すプレート(に)・・・(標高)53メートル」とある。
  造成: (造成について未記述)
  特徴: 都内全域の標高100メートル以下、高さ50メートル未満の超低山(23以上の山々)

・「はらっぱらっぱくじら山」(ちむら ひろこ、新聞編集センター)
  高さ: (高さについて未記述)
  造成: 近くの「小学校をたてるとき あまった土を集めておいたら山の形になりました」
  特徴: 絵本。他にも絵手紙のような月ごとの風物を描いた絵本もある。

2022年8月12日金曜日

台風8号(今年、関東地方初直撃)の前日、カルガモ7羽

今年に入って台風の直撃は、7月5~6日にかけて西日本を横断した「第7号」以来、今回(明日)の東海・関東の直撃が予想される「第8号」で2度目になる。台風の襲来を前にして、空は鈍色の雲におおわれ、吹きつける風に緊張感が高まっている。

ちなみに、気象庁の年度別「台風経路図」*を参照すれば、台風の日本接近・直撃を図上で確認できる。(現在のところ、台風第7号について未登録だが)
(*)経路図: https://www.data.jma.go.jp/fcd/yoho/typhoon/route_map/index.html

そんななか、体操教室のそばにある小池に出かけた。かわいらしいカルガモの母子連れを見かけなかったが、いつものように成鳥のカルガモたちが池の岸辺に羽を休めているのを観察することができた。泳いでいたり、寄り添っていたりして全部で7羽。以前確認して以来、総数は変わらない。

写真で判別できるよう、1羽単独、2羽かたまりについて○印をつけた。(最近、南方面にある公園を流れる小川であまり見かけないと思ったら、ここの小池は棲み心地がよいのかもしれない・・・なんて思ったりする)


台風に遭遇したときカルガモたちは、いかに過ごすのだろうか、これも気になるところ。

2022年8月7日日曜日

立秋 2022

きょうは、二十四節気の「立秋(りっしゅう)」。暑さが続くとはいえ、秋の気配(風に涼しさ)が感じられるころ。子どもたちにとっては夏休みの最中、まだまだ夏は長い。

(本ブログ関連:”立秋”)

空は雲に覆われていた。きのうより気温は上向いているのに、なぜかヒンヤリした気分になるのはなぜだろう。雲にところどころ灰色の部分があったからだろうか。空模様、見た目で印象が変わるようだ。

それでも公園を流れる小川は家族連れで盛況。いつもは <生きもの採集> でにぎわうのだが、きょうは水遊びの場にもなっているようだ。小川の岸辺の木立を抜けて、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。公園全体がいっきに若返る気がする。いいものだ。

ところで公園の樹間に入ると、幾本もの細い幹が群がる低木があって、一見草のようにも見えた。3cmほどの葉が茂る枝先に、1.5cmほどの漏斗状の白色花が重なって咲いている。鼻を近づけると、「キンモクセイ」の花に似た香りがうっすらする。

写真に撮って、Googleの画像検索したところ、全体像の検索では「ジャズミン」との回答があり、トリミング(花を拡大)したもので再度検索したところ「タニウツギ属」と回答された。(公園の管理センターで教えてもらいところだが、園内に植えている木から花を摘むのは気が引けるし・・・)

とりあえず、トリミング版で見た花はこんな感じだ・・・。

2022年8月6日土曜日

野鳥観察(探鳥会)の欠席、映画「天地明察」

野鳥観察(探鳥会)を欠席した。二度寝、三度寝の誘惑に負けてしまったのだ。

最近、睡眠時間の単位が短くなっているようだ。昨夜、今朝早朝の野鳥観察のため早寝したところ、きょうの日付になった深夜、午前3時半過ぎに目覚めてしまった。再び寝入ったところ、目が覚めたのは観察会の集合時刻を遠に過ぎたころだった。あきらめから、三度寝(朝寝)に落ちた次第。あかん!


ケーブルテレビで、映画「天地明察」(滝田洋二郎監督、2012年)を見た。

暦法家(天文暦学者)であり囲碁棋士であった江戸前期の人、安井算哲(後の「渋川春海」)により、「暦」研究のため天体観測と文献(中国・西洋?)比較から、日本人の手による独自の暦「大和暦」(後に「貞享暦(じょうきょうれき)」*)が編纂され、朝廷に採用されるまでの物語だ。映画ならではの、きら星のごとき歴史上の人物との交流と夫婦愛が描かれる。
(*)貞享の改暦: 貞享元年10月29日(1684年12月5日)採用、以降70年間使用された。

映画の主人公である算哲役を演じたのは、ジャニーズ所属タレントの岡田准一氏で、妻役の宮崎あおいさんは実際に岡田氏と結婚したそう・・・そんなわけで、若者向けといえるかもしれない。
映画では、中国の暦法を比較検討した結果、経度の違いに気づく展開ではあるが、「日食」をどのように予知したかまでの紹介はない・・・そんなことをしたら、話がややこしっくなるに違いない。

2022年8月3日水曜日

自然観察園の花観察(自信がない編)

例によって、「猛暑日」(最高気温 35℃以上)が月末~月初とつづいている。6月末~7月初、7月末~8月初と。8月については、8/1(35.5℃)、8/2(38.4℃)、8/3(37.8℃)といった具合。

(本ブログ関連:”猛暑日”)

きのうとうって変わって、きょうの空は9割がた白雲で占められた。雲が密集しているとはいえ、雨を予兆させる気配はない。元気な雲の合間に、水色の天空が抜けて見えた。一方、地上といえば、猛暑に閉じ込められ、うだるような暑さだった。自動販売機を探しては、冷たい飲料水を求め飲み干す。

久し振りに公園併設の「自然観察園」を巡る・・・といっても、入口からわずかな範囲を歩いただけなのだが。観察園入口に配置している「8月自然観察園の花だより」(野草の名称と観察園内の所在場所を印刷)を参考に野草を観察した。(せっかくの資料を誤読していたらご容赦を)

(本ブログ関連:”自然観察園”)

観察園入口そばに、「ミズタマソウ」?が群がっていた。蕾がまさに開こうとしている。開けば白色の花が顔を出すという。黒色球状のものが見えたりして・・・少々自信がない。


上記のミズタマ?同様、小さな花を柱状に咲かせる。柔らかい日射しの下で、花弁はどちらかといえば薄紅色に見えた。


葉の一部を白色に変じる様は、半化粧を想わせる・・・6月末に見た白色は鮮明だった。きょうは、白色が間延びというか伸び切って見える。・・・少々自信がない。

(資料)酷暑日(こくしょび)、超熱帯夜(ちょうねったいや)

暑い夏の日を、最高気温(℃)に基づいて名称がつけられている。政府機関の気象庁が使う用語として、「夏日」、「真夏日」、「猛暑日」はすっかりなじみになっている。そこに、さらに高温化することを想定して、新たな「酷暑日」などの表記が一般財団法人「日本気象協会」から昨日(8/2)発表された。

(本ブログ関連:”猛暑日”)

新たな表記は、日本気象協会が独自でつけた名称で、気象庁が定義しているものではない。とはいえ、日本気象協会はかつて政府と縁が深かったこともあり、いずれ気象庁の用語となるかもしれない。当面この用語の使用にあたって、商標など権限があるのか気になる。


気象庁
「予報用語」(気温に関する用語:夏の暑さについて気温(℃)を基準に分類)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kion.html
------------------------
・夏日: 日最高気温が25℃以上の日
・真夏日: 日最高気温が30℃以上の日
・猛暑日: 日最高気温が35℃以上の日
・熱帯夜: 夜間の最低気温が25度以上のこと。(気象庁の統計種目にはない)
------------------------


日本気象協会
「最高気温 40℃以上は『酷暑日』、夜間の最低気温 30℃以上は『超熱帯夜』に 」(2022年8月2日)より抜粋
- 所属する気象予報士のうち 130 名に対してアンケートを実施した結果。
https://www.jwa.or.jp/wp-content/uploads/2022/08/e52b3480504bf807a28565c8697742f2.pdf
------------------------
・今回、この 2 つの名称についてアンケート調査を実施し、「最高気温が 40℃以上の日」 には「酷暑日」が、夜間の「最低気温が 30℃以上の夜」には「超熱帯夜」が選ばれました。
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(感想)
後知恵で、単なる感想に過ぎないが・・・。
・「酷暑日」について、「酷」の文字は大げさに感じる。気象庁の「夏日」は、夏日 → 真~ → 猛~ とレベル上げしている。現在最大である接頭辞「猛」の上位として、「激」はどうだろうか。「激暑」の言葉もあるので、「激暑日」でもよかったのでは。
ー (参考)Webサイト「!スッキリ」に、暑さの程度を表す表現として、「猛暑」 → 「酷暑」 → 「激暑」 → 「炎暑」を解説している(ただし、猛暑以外に「日」を付すことはないとのこと)。
https://gimon-sukkiri.jp/mosho-kokusho-gekisho-ensho/

・「熱帯夜」について、同様にレベル分けするなら、「熱帯夜」に、熱帯夜 →  真~ → 猛~の接頭辞を付すのはどうだろうか。熱帯夜の上位ランクとして「真熱帯夜(しんねったいや)」なんて、映画のタイトルにも使えそうだし。

2022年8月1日月曜日

カルガモのヒナ、ヒマワリの花

暑い日が繰り返される。「猛暑日(35.0℃以上)」が、先々月(6月)末の 6/26(35.4℃)、6/27(35.8℃)、6/28(35.0℃)、6/29(36.0℃)、6/30(36.9℃)、そして先月の7/1(37.1℃)へと連続した。7月が深まった 7/23(35.2℃)にもあったが、月末の 7/31(36.5℃)、今月初の 8/1(35.5℃)と再び猛暑日が続いている。
今夏(6~8月)は、月末と翌月初をまたいで猛暑日が繰り返されているように見える・・・カレンダー上の偶然に過ぎないけれど。

そんな暑い日のきょう、体操教室の横にある小さな池を覗いた。生垣で囲われているため、池に棲むカルガモたちに刺激を与えず観察できる・・・と思っていたが、どうやら近くの住民がエサを与えているのを目撃した。そうか、思った以上に彼らの警戒心が薄く見えるわけを納得した。

この池でおなじみの、母と3羽のカルガモ親子が、他の成鳥たちと混じってのんびり泳いでいた。エサ場となった階段状の水場で、子ガモが成鳥の食事を真似をするよう、ミズゴケをせっせと食(は)んでいた。生垣越し、私の足元といった近い距離で見守る・・・まことに可愛い。(子ガモを一羽だけ写真にすると、大人びて見えるが)


帰宅の途中、畑に植えられた小振りの「ヒマワリ(向日葵、ひまわり)」を見つける。4,5日前からつぎつぎに花を咲かせている。みな顔を東に向けている。
ところで、ヒマワリは太陽に合わせて動くというが、Wikipediaによれば「つぼみが大きくなり花が開く頃には生長が止まるため動かなくなる」、「完全に開いた花は基本的に東を向いたままほとんど動かない」という。大きな顔をしたヒマワリの花は、さんさんと降り注ぐ熱射にあらがわず健気である。

(本ブログ関連:”ひまわり”)


(付記)
暑い夏の時期、太陽熱にかかわる「熱中症」、「熱射病」、「日射病」といった障害があるが、私がこどものころ親から注意されたのは 日射病だった。最近、日射病といった言葉をテレビで聞かない(というかテレビを見てないだけかもしれないが)。
小中学校で、子どもたちに「熱中症」、「熱射病」、「日射病」のどれに気をつけるよう指導しているのだろうか。

2022年7月31日日曜日

朝食バナナカステラ バナナ入りあん

きょうで7月が終わる。カレンダーを見ると、最終日31日は日曜日となり、今月は6週をまたいでいることになる。カレンダー上、今年に6週をまたぐ月は3つあって、1月、7月、10月がそれにあたる。日本では、週の始めは日曜日だが、ヨーロッパのように週の始めが月曜日の場合はどうだろう・・・今年はやはり3回、1月、5月、10月が6週をまたぐ。

(本ブログ関連:”週の始めの曜日”)

ひと月に6週あるとなんだか得したような気になるが、一般にプロジェクトの進捗上、週の意味は休日がどうあるかでしかなく、週の数はほとんど関係ない。あたりまえだが、ひと月の日数の方が重要だ。

最近、日暮れが早くなった。玄関の明かりを点けるたび気付く。東京(経度139.7度、緯度35.7度)の、先月末~今月初の「日の入り」が 19:01 だったのに比べて、今月末には 18:47 と14分も早くなっている。

ところで夕方、コンビニへ行ったところ、商品棚にバナナ菓子「朝食バナナカステラ バナナ入りあん」(リマ社製)があったので記す。3口で食する小さなバナナ形のカステラに、バナナ風味の(人工)甘味が効いたアン(餡)が入っている。2本入りの、どちらかといえば駄菓子風である。もしかしたら夏休みに入っての子どもたち向けだったのかもしれない。

バナナ味を探しているものにとって、今回は少々期待にそぐわなかったものの、バナナ味の巡礼はつづく。

(本ブログ関連:”バナナ”)

2022年7月27日水曜日

カルガモのヒナ、夏の雲と百日紅

コロナウィルス変異株(オミクロン株)の亜種BA5が蔓延している・・・子どもたちへの感染が問題視されているのだが、マスコミの報道に対して大衆の反応はいまいちだ。わたしにしても、以前あれほど恐れて外出を極力控えていたのに、近ごろは散歩・外食に躊躇ない。

きょうも、体操教室の横にある小池を観察したり、別の公園に樹木を眺めたりした。ついでに、人混みのなか、買物や食事までした。暑さで緊張がゆるんでいる。

野鳥観察会の野鳥撮影のベテランの方が、ほぼ連日配信されているメール(7/25付け)に、上記小池にいるカルガモの母とヒナ3羽の写真が掲載されていた。2日遅れになるが、きょうわたしも観察に出かけた。幸運にも彼らと出会うことができた。母子同時の写真を撮ることができなかったが、たしかに親子一緒にいた。もちろん、母カルガモはわたしを警戒するように見えたし、ヒナたちはトント気にする気配はなかったけれど。他にも、成長したカルガモたちが多数いた。

(本ブログ関連:”カルガモ”)


このあと、小川の流れる公園へ出かける。夏の青い空と白い雲の対比が美しい。高層雲が巻き毛のように高く浮かんでいる。それを見上げる「サルスベリ(百日紅)」が、薄紅の花を咲かせ身を飾っていた。


飛翔につながる繊細な雲の姿を見ると、中学生のころ、(当時)米国の会社だった「レベル(Revell)」製のプラモデルパッケージ(箱)を思い出す。現在の「タミヤ(田宮)」製のように精密なものが国産になかった時代、高価だが外国の「レベル」、「エアフィックス」、「モノグラム」などの製品にあこがれた。
「レベル」のパッケージ(紙製)は少し硬めだった。上ぶたに描かれた、飛行機だけでなく雲海など含めた絵(デザイン)は一級品だった。飛行機体の金属光沢・反射、雲の色彩変化などの巧みな表現に引き込まれた。当時の画家を今も探している。

(本ブログ関連:”レベル(Revell)”)

2022年7月23日土曜日

大暑 2022、野鳥観察(38)

きょうは二十四節気の「大暑(たいしょ)」で、気温が上がり続ける真夏のころ。夏休みがまさに破裂せんばかり。とはいえ、次の二十四節気は「立秋(りっしゅう)」で、ひしと迫ってくるわけで、大人は夏ばてにあえいでばかりいられない。

(本ブログ関連:”大暑”、”野鳥観察")

野鳥観察(探鳥会)のきょうは暑かった。しっかり夏支度して出かけたが、観察を始めてすぐに汗ばんで・・・しまいにゃ、全身汗だらけ。大暑の公園で緑陰に聞こえるのはセミの声ばかり。野鳥は小休止してか姿を見せない。(そうそう、熱射を避けてかきょうの参加者は少数だった)

観察手帳は1ページも満たなかった、それも1行空きに記したのに。そんなわけで、ベテランの方々からの解説を得てメモしたのだが。
・コジュケイ: 鳴き声がしたそうだ (相変わらずの初心者の耳には届かない)
・メジロ: 木立のなかを飛んだそうだ (私には小さな点が枝を揺らしただけに見えた)
・シジュウカラ: 木立のなかに飛んだそうだ (枝の隙間を何かが飛び抜けただけに見えた)
・カルガモ: 岸辺の葦の隙間に1羽だけ見えた(川の斜面の草は刈り込まれている)
・(?): 遠く段丘上の民家のアンテナにとまる、猛禽類かと(ベテランはハトと認定)。
・伝書バト: 数十羽の伝書バトが、2群に分けて遠くを飛んだ。

(植物)
・ハルシャギク: 気になった茶黄色の花、小川の土手に群生していた(刈取られ今わずか)
・トウカエデ: 3裂の葉先、2枚の羽根を持つ実・・・飛ぶ?落ちる様子を見てみたい。
・サルスベリ: 何と太い幹、大木になってしまった。見上げても花を見ることはできない。


何も見つからない。とどまって観察する機会がなく、歩行のピッチはあがる。膝痛の余韻が残る私には少々の苦行に・・・。早く秋になって、野鳥たちが戻ってきてくれるとありがたいのだが。

探鳥会の帰り道、いつものように体操教室の建物横にある、生垣に囲われた小池を覗く。「カルガモ」が1羽、岸を上がって日向ぼっこしていた。池の周を巡ると、写真のように6羽が泳いでいた。最終的に7羽は合流した。ここはノンビリしていてよい。