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2014年5月29日木曜日

イ・ソンヒの「ヨン(Young)」

イ・ソンヒには、恋が若さの一幕に過ぎない特権を謳歌する、3集所収の歌「Young(영)」(1986年)がある。世宗文化会館での「デビュー22周年ライブコンサート」(2006年6月17日、18日)のYoutube映像に、デビュー2年目、22歳のときのこの歌を、40歳を越えてもなお初々しく歌うイ・ソンヒがいる。

Daumミュージックの「世界を変えた歌36弾 - イ・ソンヒ "Jへ"」(2012年1月20日、ユン・ホジュン)は、この「Young(ヨン)」から、イ・ソンヒが若い女子中高生たちのアバターとしてリードしたと次にように語っている。
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・イ・ソンヒは、「Jへ」から始まったイメージで、1980年代を生きたし、最高の人気を謳歌した。しおりにさしておいた色褪せたイチョウの葉を物語る「ヨン」が、少女たちだけの内密な世界を扱った歌が、人気歌謡の序列に上った時期はかつてなかった。レコードを発表するたびに、声がアップグレードされた彼女は、若い作曲家ソン・シヒョン(송시현)の歌を歌う時まで無敵だった。1990年代の入り口で「思い出のページをめくれば」を歌う時まで、イ・ソンヒは女子中高生たちのアバターであり、隠した欲望の代理人であった。
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Young しおりに挿した
Young イチョウの葉は色あせても

Young たまらなく会いたい Young うーん・・・
あなたは 今 どこに

Young わたしだけ 一人 寂しく
Young 残しておいてどこへ行ったの

Young 戻って来ることができないの  Young うーん・・・
私はあなたを愛してる

夕闇背負って  川岸に座って
花の指輪をさして  ささやいたその言葉

Young あなたは忘れてしまったの  もう忘れたの
帰ってきて  私はあなたを あなたを愛してる


(Youtubeに登録のd'abord musiqueに感謝)

2014年5月28日水曜日

(資料)韓国のネット音楽配信での歌手収入

韓国のネットによる音楽配信で、歌手の収入が厳しい現状にある。ソウル新聞の記事「音源サイト歌一曲の歌手持分として、0.36ウォンだけ…それで乗り出した、シン・テチョルの音源組合」(4/28、キム・ソラ記者)に、次のように厳しい状況が紹介されている。(抜粋、一部並べ替え)

ミュージシャンに少しでも多くの収益をもたらすため、音源流通のための協同組合が提案されたそうだが・・・とりあえず、ここでは現状のみ記す。

(本ブログ関連:”音楽市場”)
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・現在の音源市場は、歌手が音源収益の10%も持っていくことができない構造だ。文化体育観光部の「音楽伝送使用料徴収規定」によれば、メロンやバグスミュージックなど音源サイトで流通する音源は、全体収益を次のそれぞれが持つ。
⇒ 40%: 音源サイトを運営する業者
⇒ 44%: 歌手が所属した製作会社
⇒ 10%: 著作者(作曲・作詞・編曲者)
⇒   6%: 実演者(歌手・演奏者)
・月6,000ウォン程度を出して無制限にストリーミングできる、定額制でストリーミング1回当たり、実演者に落ちる持分は、1ウォンにならない。

・ミュージシャンは定額制を「ダンピング」と指摘して、従量制での転換を要求してきた。これに伴い、文体部は、昨年(2013年)5月、音源従量制を導入して、歌一曲が再生するたびに、次のように戻るようにした。
⇒ 0.60ウォン: 著作者(作曲・作詞・編曲者)
⇒ 0.36ウォン: 実演者(歌手・演奏者)
・しかし、ミュージシャンの持分が相変らず微小なうえに、消費者の選択権を理由に定額制と併行するようにして、従量制導入の意味が見るべきものがなかったという指摘が多い。音源市場の不均衡は、固定化されている。
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2014年5月27日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 麦

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第57回として、冬を越して夏に実る「麦(보리)」にまつわる話を紹介した。

始めに、食料が窮乏する「春窮期(ボリコゲ、보릿고개)」について逸話と伴に、次のように紹介された
・秋冬に備蓄の食糧を食べ尽くし、麦を収穫するまで、深刻な食糧難の時期を「春窮期」という。麦(보리)と峠(고개)の象徴的な意もあり、この時期を乗り越えるのを「ボリコゲを越えた」ともいった。
・朝鮮21代王「英祖(영조)」(1694年~1776年)は66歳のとき、15歳の新王妃「貞純王后(정순왕후)」を迎えた。王妃候補者へ「これまでに一番辛かった人生の峠は何か」との問に、彼女は「ボリコゲ」と答えて高く評価された。彼女が民を思ったか諸説あるが、当時、生活難に苦しむ人々の様子を表している。麦畑が黄金の色に染まる、今頃の時期が「ボリコゲ」にあたる。

▼ 「麦畑(보리밭)」を聴く。麦畑をかすめる風が見える・・・穏やかな、今様である。

次に、庶民の立場から「ボリコゲ」について、次のように説明された。
・米は秋、麦は夏頃収穫し、夏に麦飯を、冬に白米を食べた。寒い冬に米を食べて体力を補い、暑い夏に麦を食べて体の熱を冷まし、余裕がある時、白米は熱く、麦飯は冷たくして混ぜご飯にして食べた。収穫した米が底をつき、麦畑がまだ実らぬ時期、人々は何としても生きる道を探すしかない、そんな時代が50年前まであった。

    (*) 韓国の稲・麦の二毛作地域はどのようなのだろうか? ⇒ (本ブログ関連:””)

・「食事はされましたか(식사 하셨습니까?)」という挨拶は、「ボリコゲ」から生まれた表現だ。今では体に良い麦飯だが、昔は、命をつなぐ大事な主食であった。麦の収穫から脱穀の作業を「麦打ち(보리타작)」という。

▼ 「麦打ち歌(보리타작 소리)」を聴く。実際の麦打ち作業は、もっと揺ったりでは・・・まるで餅つきだ!

最後に、麦打ちの道具「トリケ(도리깨)」と、労働の歌「オンヘヤ(옹헤야)」について、次のように解説された。
・昔、麦の脱穀に「トリケ」と呼ぶ殻竿を用いた。長い殻竿の先に「フィチュリ(휘추리)」という棒を二つ程付けて、地面に干して置いた穀物を打った。この作業は、数人が一緒に互いに助け合い、楽しく働くために歌を歌いながらした。
・「トリケ」で穀物の穂を打つリズムに合わせて、一人が掛け声で歌い出し、残りの者がついて歌う形式だ。民謡「オンヘヤ」も、もとは麦の脱穀で歌ったものだ。民謡には稲作に関するものが多いが、麦も大事な食糧であり、たくさんの民謡がある。代表的な麦打ち歌「オンヘヤ」で、「オンヘヤ」というシンプルな歌詞には、「ボリコゲ」を無事に越して麦打ちをする人々の収穫の嬉しさが込められている。

▼ 「オンヘヤ」を聴く。調子のよさに、イ・パクサを思い出したよ・・・歌詞はママに、曲は今様である。

2014年5月26日月曜日

なでしこ アジア杯初V

結局、結果が確定したのは、今日の日付に変わった深夜零時過ぎだった。FIFA女子ワールドカップはすでに制したものの、いまだにAFC女子アジアカップの優勝のない「なでしこジャパン」が、ついに念願を果たしたのだ。
スポニチAnnexの記事「なでしこ アジア杯初V視聴率20.6%!瞬間最高25.9%」(5/26)によれば、深夜にもかかわらず高いテレビ視聴率だったと、次のように報じている。(抜粋)

サッカーをよく分からず何となく観戦する(「オフサイド」も分からぬ)にわかファンだが、今回はしっかり見ましたよ。気分としては、テレビ解説者松木安太郎氏の、おじさん口調で「よし!よし!」の語りにのって画面に叫んでました。

全力疾走で走り続ける女子選手たちが素晴らしい。きっと、来月の男子ワールドカップに、よい影響を与えることだろう。それにしても、川澄奈穂美選手の笑顔が、まぶしくて可愛らしいこと。

(本ブログ関連:”なでしこ”)
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・なでしこジャパンの「アジア杯」初優勝を伝えた25日のテレビ朝日「日本×オーストラリア」(後10:11~0:15)が、20.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の高視聴率を記録したことが26日、分かった。

・22日の準決勝・中国戦の18.5%を上回り、銀メダルを獲得した2012年のロンドン五輪以降、女子サッカー中継としては最高の数字となった。

・瞬間最高視聴率は午後10時57分の25.9%。前半41分、MF澤穂希(35)が相手選手と接触した場面だった。
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2014年5月25日日曜日

図書館はいっぱい

今日は久し振りに部屋を片付けたため外出が遅くなり、図書館に着いたのは午後2時過ぎ。スタディーコーナーは満席で、座席の確保が難しい。特に日曜の休日は。それでも、利用しようと人々が次々来ては、発券機の前に並ぶ。

スタディーコーナーのシステムは、決まった予約時間ごと、個人カードを使って発券機から座席レシートを得て利用する。合理的なのだが、実は、気になることがある。
例えば、予約時間より早く退席する場合、発券機に戻って終了手続きをすることになっているが、やらずに退出する人がいて、システム上は利用者がまだ存在することになる。予約時間終了まで、その席は誰も使えない。そんな座席が散見するようで、もったいない。

利用できない者は、同じフロアに設置された、会議用の開放テーブルを使う。こちらも混み合っていて気ぜわしい。当然ながら、テーブルには対向の間仕切りもない。でもいいか。

しばらく、こちらのテーブルを利用して、添削いただいた作文(イ・ソンヒコンサート訪問)を復習する。丁寧に赤字を入れてくださった韓国語教室の先生に感謝。

2014年5月24日土曜日

イ・ソンヒの「五月の陽射し」

今月の初旬、「子どもの日」の祝日を中心に、家族連れで賑わう楽しい連休があった。ところで、韓国のひとびとにとって、この5月は、一方で深い記憶に残る月でもある。

イ・ソンヒには、5集所収の「五月の陽射し(오월의 햇살)」(1989年、作詞:ユン・ハンギ/イ・ソンヒ、作曲:ユン・ハンギ)がある。ふっと吹き寄せる風に、記憶は呼び覚まされる。彼女は、メッセージを直裁でなく、かすめる、そして遠くに流れる風に託して歌う。

政治性を持ち続けたわけではない。むしろ、イ・ソンヒは、その振幅は大きかったといえる。乾いた五月の陽射しの中、こころに寄り添う風が吹く限り、この歌は歌い続くだろう。

(本ブログ関連:”五月の陽射し”)

(Youtubeに登録の라이브쓰리제이に感謝)

2014年5月23日金曜日

ペ・チョルスとイ・ソンヒ

以前、韓国経済の記事(2011年1月8日、キム・ミョンシン記者)に、KBS音楽番組「コンサート7080」のMCペ・チョルス(배철수、裵哲秀)が、”歌手として”事実上引退の可能性を示唆したという内容があった。

(本ブログ関連:”ペ・チョルス”)

ペ・チョルスは、いわゆる歌謡祭出身の歌手で、中央日報の記事「【噴水台】スーパースターK」(2010年10月24日、ソン・ウォンソプJES記者)が、スーパースターKなどオーディション番組隆盛時に、過去の同様のイベント(歌謡祭)紹介の中で次のように記している。
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・30余年前の「大学歌謡祭」を連想させる。77年に始まった「MBC大学歌謡祭」も盛り上がったのは2年目の78年だった。第1回大会の成功でレベルの高い参加者が数多く集まり、参加者のうちペ・チョルス、ノ・サヨン、イム・ベクチョン、シム・スボンらが80年代の大衆文化の主役に成長した。同じく78年に始まったTBC(東洋放送)「海辺歌謡祭」もワン・ヨンウン、チュ・ビョンジン、グ・チャンモ、イ・チヒョンらを輩出した。その後、さまざまな大学生歌謡祭が韓国放送・歌謡界の登龍門に定着した。
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K-Wikipediaによれば、ペ・チョルスのデビューは、1978年のTBC第1回「海辺歌謡祭」のようだ。
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・1978年に 東洋放送 TBC第1回「海辺歌謡祭」では、グループ滑走路(RUNWAY )の一員として出場し、「世間知らずで生きてきた」で人気賞を受け、同年MBC第2回「大学歌謡祭」にも出場、<仮面舞踊>で銀賞を獲得した。
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(ちなみに、イ・ソンヒは、1979年に開始した「MBC江辺歌謡祭」の第5回(1984年)で、「Jへ」により四幕五場のグループとして大賞受賞している)

そんな、ペ・チョルス(1953年8月18日~)が、最近、30周年記念コンサートをした、イ・ソンヒ(1964年12月14日~)とのデュエットの申し出を断ったという、おもしろい記事がある。アジア経済の記事「【ラジオスター】ペ・チョルス 『24年間のあいだ歌っていない、イ・ソンヒのデュエット拒絶』」(5/22)で、イ・ソンヒとの、年齢差と音楽経験の違いから、次のようなやりとりを述べている。
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・自分を置いて(出演した番組中の会話)争奪戦が広がるとすぐに、ペ・チョルスは、「イ・ソンヒさんから電話があった」と、「先だって、(15集)アルバムを出しながら、先輩とデュエットで歌いたいと言っていたよ」という事情を告白した。だが、ペ・チョルスは、「ソンヒさんよ、どうか、やらないでください」と、イ・ソンヒの提案を断った。
・ペ・チョルスは、「私は、24年の間(音楽を)していなかった」と話し、歌いにくいという立場を表わした。
・【ラジオスター】ペ・チョルスの音楽ネチズンは、「ペ・チョルスの声、また聞きたいけれど」、「ペ・チョルス、イ・ソンヒとデュエット想像するだけでも良いのに」など反応を見せた。
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2014年5月22日木曜日

【多摩の代官】関東十八代官

地元公民館で、江戸時代初めの多摩地区(武蔵)を治めた代官による自治機構を解説する、法政大学大学院の馬場憲一教授の第2回目講演「関東十八代官」を聴講した。(前回(5/8)のテーマは「代官頭大久保長安」)

(本ブログ関連:”多摩地区(武蔵)を治めた代官”)

天正18年(1590年)、徳川家康の関東入国にともない、江戸時代前期の「幕領」支配としての4つの代官領の一つである多摩地域の代官頭となった大久保長安は、配下に「関東十八代官」を従えた。その拠点となったのが、代官町を形成した八王子だ。当時の八王子は、宿場(流通経済)、千人同心(武力)、関東十八代官の集住(行政)のミニ城下町機能を持った。

・徳川の支配に、直接支配の「幕領」、間接支配の「私領」(知行権を与えられた:家臣旗本と大名)、「寺領」、「社領」がある。
・十八代官は、幕領支配を担った。
・十八代官は、在地性の強い世襲代官で、出自は圧倒的に旧武田家が多い。
・十八代官は、必ずしも十八家だけが担ったわけではない。代を経て、非役の小普請に落とされたり、切腹する者もいた。
・正徳5年(1715年)に小普請に落ちたケースがある・・・十八代官制度は、100年以上続いた?
・多摩川に沿った武蔵野台地を支配した十八代官のひとつ、(メインテーマである)、武田家出自の高室代官(4代70有余年)の各代について説明された。最後の代官となる四郎兵衛昌貞は、元禄2年(1689年)在職中に、「多分の貢金を私して其会計滞りしにより」、最終的に4月25日切腹を命ぜられる。

今回、興味深かったのは、十八代官の家督を継ぐのは大変なことだったようだ。ある意味、徳川の不正に対する厳しさを、武田家末裔を体制から削ぎ落とす(意図があったかどうかは分からぬが)怖さを感じた。

(追記)
興味深い話しに、江戸時代に石高が増えた理由として、新田開発だけでなく、傾斜地を開墾して段々畑にしたと説明された。今は草木に覆われて忘れられたかもしれないが、耕地に対する地道な努力がされていた。

2014年5月21日水曜日

桃太郎と母

青空文庫には、長谷川時雨の、桃と時代に洗練された姿の西王母について記した、掌のような短文「」が収められている。西王母や桃への優しい眼差しとは別に、少し視点を変えて、桃太郎の物語を眺めてみよう。

桃から生まれた、桃太郎の生い立ちは不思議だ。彼の母親とは一体誰だったのだろう。もし母親が、山海経の西山経に記された玉山に住む、三千年に一度咲くという仙郷の「桃」を与える西王母だったなら。ちなみに、玉山は西の方位にある。

桃太郎は、配下の猿(申)、雉(酉)、犬(戌)を引き連れて、西に棲む鬼を退治して、金銀財宝を奪い、育ての親である爺さんと婆さんに報いる。五行と十二支から、西は金であり、雉(鳥)を中心に猿と犬が位置する方位だ。物語は、果たして大団円なのだろうか。桃太郎は、なぜ母の住む西の世界から財宝を奪ったのか。なぜ母の元へ帰ろうとしなかったのか。

西王母が、刑罰(五残)を司ったことから、まさに地獄の使者たる鬼と結びつきがありそうな気がする。果たして、西王母と鬼との世界はどうだったのだろうか。

2014年5月20日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 瀟湘八景

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第56回として、八つの景勝地、「瀟湘(しょうしょう)八景(소상 팔경)」にまつわる話を紹介した。

まず、パンソリ「沈清歌(심청가)」中の歌「泛彼中流(범피중류)」について、次のようにな解説から始まった。
・物語を歌い語るパンソリは、口承文芸のひとつで、12作品のうち、今伝わる5つの中に「沈清歌」がある。沈清歌の中でも「泛彼中流」の歌は、美しい景色をのんびりとしたリズムで歌う。泛彼中流は、舟が海の中を突き進む意だが、波中を行く舟の様子や島の近くでカモメが飛び交う景色など歌う。陽射しの心地よい、ある午後の平和な風景が目に浮かぶ。
・沈清歌は、父親の目を治す治療費のため舟に乗って売られていく、沈清の物語だ。この景色は二度と見ることができないと、彼女の目になんとも美しく映った。

▼ 「沈清歌」中の「泛彼中流」を聴く。茫々たる滄海に、蕩蕩たる波濤は逆巻く・・・漢詩の風景に漕ぎ出る。

・この泛彼中流の背景は、昔の詩人や画家がよく題材にした中国の洞庭湖の南、「瀟湘八景」と言われる、二つの流れが合流する大きな湖のあたり。この地名から、泛彼中流を瀟湘八景歌とも呼んだ。

次に、瀟湘八景の美しい景色を表す表現について、次のように紹介された。
・山あいの村にきれいな空気が漂う「山市(さんし)晴嵐」。夕陽に染まる漁村の「漁村夕照(せきしょう)」。また、遠く川の入り口から帆掛け船が入り来る「遠浦帰帆」。夜の瀟湘川に雨が降る「瀟湘夜雨」。さらに、洞庭湖に映った秋空の月を「洞庭秋月」と言い、哀愁を感じさせる言葉だ。
・ソウル近郊の京畿地域民謡「バンア打令(방아타령)」にも、瀟湘八景の一部を歌った歌詞がある。「バンア」は、穀物をつく器具などを指し、「バンア打令」は、もち米をつく音を真似て歌われたといわれる。

▼ 「バンア打令(방아타령)」を聴く。帆に風受け・・・どこか勇壮、足腰に力を入れて進む。自然に拍を打つ。

最後に、瀟湘の川辺に伝わる娥皇と女英(아왕、여영)の二人の悲伝について、次のような説明された。
・美しい場所には、悲伝が伝えられることも多い。その昔、堯王は舜を後継者に決めて、二人の娘(娥皇と女英)を嫁がせる。舜が王となり、歳月が流れたある日、南の地域を回って海岸沿いの蒼梧山で急に命を落とす。娥皇と女英はすぐに蒼梧山に向かうが思いのままにいかず、二人抱き合って泣いた場所が、瀟湘の川辺だ。結局二人は川に身を投げて舜王の後を追う。彼女たちが涙を拭いた手を川辺の竹やぶに振り払った、その涙が血涙となって竹の節についた。その後、この地域ではシミのある竹が生えるようになったという。

▼ 「横笛テグムの音(젓대 소리)」を聴く。古色に西洋の香りする・・・現代音楽風、今様である。

・この地域の竹を、瀟湘斑竹という。

2014年5月19日月曜日

見間違えのこと

え~、今日は時間が速い。日没は遅くなっているのに、気の回ることがあると、あっという間に夕暮れ、そして夜の9時だ。

イ・ソンヒの4月のコンサート会場である、世宗文化会館の建物入り口前に置かれた組み立て椅子にすわって、のんびり世宗大路(世宗広場)を眺めていたときのこと、アメリカ大使館横、右手奥に見える建物が気になった。実は、前回のコンサートのときにも気付きながら、確認しないままでいた。

建物の一番上の壁に取り付けられた”n9”という赤い文字が目に入った。”n9”って?・・・news9のことかな・・・とすると、ニュース専門チャンネルだろうか?・・・大手新聞社が系列のテレビチャンネルを持つことができるようになったから、そんな放送局でもあるのかな?

おじさんの好奇心はそこまで。歩いて建物を確認する気はなかった。都市の街並みは同じだ、なんて。

実は、news9放送局なんて無いのだ。あの建物は一体何だったのだろうと気になって、グーグルのストリートビューで探してみたら、何と”n9”は、”119”、すなわち、鍾路(종로)消防署の文字だったのだ。(ちなみに、世宗文化会館から見た光景

・・・そんなことがありました。そうそう、フックエンターテインメントの建物もストリートビューで見ちゃいました。

2014年5月18日日曜日

甲州 黄金沢金山

久し振りに四人揃って、甲州の黄金沢金山へ鉱物採集に行く。先週の渦の沢に続き、2週連続の採集は、おじさんに厳しい。とはいえ、先輩も同じこと故、言い訳にもならず。
今回の目標は意気高く、金山だから「自然金」を、そして当地で知られる「洋紅石」を、「ミメット鉱」を、「車骨鉱」を・・・と。

中央高速の利用もあって、珍しくJR中央線の駅に集合。いつもお世話になるH氏の車に、S氏と同乗して集合場所の甲州市市役所へ進む。今回の案内役を引き受けていただいたY氏と合流して、県道207号を北上、竹森川の上流にある黄金沢金山へ向かう。途中、ゲートがあり、そこで降りて、山林をくぐり、沢を渡って黄金沢金山のズリまで歩く。

(参考) 「鉱物ウォーキングガイド 関東甲信越版」(著:松原聰)に産地紹介あり。

天気晴朗、陽射しが強く、ズリに散らばる花崗岩や石英がキラキラと輝き、金属鉱物と間違えそう。ともあれ、コツコツと石を探しては、ハンマーでカンカン割り続ける・・・。残念ながら、志の高さに比べて、目標鉱物はもっと高すぎたのか見当たらず。
それでも、それなりに地味~に、次の鉱物を採集した。

・方鉛鉱、閃亜鉛鉱、硫砒鉄鉱、磁硫鉄鉱、黄鉄鉱、黄銅鉱、珪孔雀石

ところで、案内役のY氏から、当地の産出鉱物の種類から、秩父の大滝と状況が似ているとのこと。いろいろな情報を教えていただき、感謝。そして、採集地まで2人を同乗させていただいたH氏に感謝。

気心の知れた仲間との、ほっとしながらの採集は楽しい。せっかく、ここまで来たのだから、熱い夏は、砂金採りでもしようかという話になった。

2014年5月17日土曜日

調布飛行場

今日の陽射しは気持ちがよい。午前、近所の崖線下にある公園の木陰道をサイクリングする。風に揺れる木漏れ日が、まるで頬をなでるようだ。静かな緑陰とベンチを探して読書する・・・時間も、空気も、気ままに過ぎる。

小川沿いの道を、夫婦が、恋人たちが、赤ん坊をバギーに乗せた若い家族が散歩するのが見える。グラウンドから少年野球の声援も聞こえてくる。のんびりした時間だ。そうだ、隣りの公園の南に、東京都調布飛行場がある。せっかくのお天気だから、ちょっと遠乗りしてみようと、思いつくままに進めた。

プロペラカフェ隣接格納庫の駐機
飛行場につながる武蔵野森公園には、休日のせいか、緑の芝生で幼い子どもとの大切な時間を過ごす親子連れが目に付く。公園はどこも平和だ。

飛行場の旅客ターミナルを抜けると、飛行場の誘導路&滑走路に隣接する「プロペラカフェ」の店がある。当然ながら、入ってみれば、滑走路側の客席はすでに家族連れで埋まっている。この店は格納庫に連なっていて、ガラス窓越しに、写真のように駐機を観察することもできる。
さっそく、格納庫側に坐って、コーヒーとケーキ(ガトーショコラ、おじさんにはヘビー過ぎるが)をいただきながら眺める。駐機は次の2機以外にも小型機とヘリコプターが数機見えた・・・わが家の上空を飛んでみたいと、ふと空想する。
・(奥側)Piper PA-46-350P Malibu Mirage
・(手前)Liberty XL-2

お客が混んできたので、早々引き上げた帰り道、空港ターミナルを見ながら、何~んにも用事はないけれど、Dornier 228-212に乗って、ちょっと南の島(新島、大島、神津島、三宅島)に日帰り飛行でもしたい・・・そんな気がした。

(本ブログ関連:”調布飛行場”)

2014年5月16日金曜日

イ・ソンヒ 30周年記念コンサート(MBC)

イ・ソンヒは、30周年記念コンサートの舞台から、「わたしが出会った数多くの人々の中で、みなさんに出会ったこと! それ自体、奇跡です」と語り、15集アルバムのタイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」を歌った。MBCは、その姿を、昨日(5/15)放送した・・・コンサート映像がDVD版で製作されることを願う。

次のYoutubeは、コンサート2日目のもので、幸いにも私が目にした舞台でもある。美しいストリングの音に乗せて、イ・ソンヒは、いつもの伸びやかな、そして独特な力強い澄んだ高音で歌った。星数の人々の、その中で出会って、互いに知った奇跡の愛。たとえ、それが遠ざかり、永遠の時が経っても・・・。

(本ブログ関連:”30周年記念”)


(Youtubeに登録のPeter K.に感謝)

2014年5月15日木曜日

イ・ソンヒの「お姉ちゃん」

イ・ソンヒには、5集所収の「お姉ちゃん(누나야)」(作詞・作曲キム・チャンワン、1989年)という曲がある。まるで童謡のように懐かしく、恋しい思い出を歌う。子どもたちのために、童謡を、ミュージカルを、いくつも手がけた彼女ならではの、美しく、そしてちょっと切なくなる歌だ

(本ブログ関連:”「お姉ちゃん」”)

涙を流さないで、小さな路地の片隅の夢を忘れたと
涙を流さないで、雲のようにかすめて行った虚しいことを
なにも言わないで、その眼の輝きが消えるように私にささやくのですね
なにも言わないで、空の彼方が夕陽に染まるまで
悲しくても泣けない、タンポポの花の上に陽射しいっぱいなのに
見ても見えぬ、触れても採れないのですね
どこにいるの、お姉ちゃん

濡れた歌のように、あなたの小さな胸に雨が降ると
いつか言ったよ、うつろにただ歩きたくなる
私を呼ばないで、背を向ける姿に悲しみだけなのを
私を呼ばないで、そよぐ風が私の姿なのを
空の彼方、巡る鳥の羽ばたきだけ虚しいのに
聞いても聞こえず、探しても見つからないのですね
どこにいるの、お姉ちゃん


(Youtubeに登録のkang yeol jungに感謝)

2014年5月14日水曜日

若田 ISS船長 帰還

JAXAのお知らせ「おかえりなさい、若田宇宙飛行士! 無事地球に帰還」(5/14)によれば、宇宙での長期滞在188日の、国際宇宙ステーション(ISS)の船長を勤めた若田光一宇宙飛行士が無事帰還したと、次のように報じている。

(本ブログ関連:”若田宇宙飛行士”)
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(時刻はすべて日本標準時)
・5月14日(水)10時58分に、若田宇宙飛行士をはじめ3名のクルーが搭乗するソユーズ宇宙船(TMA-11M/37S)が、カザフスタン共和国の草原に無事着陸しました。
・若田宇宙飛行士は、2013年11月7日から第38次/第39次長期滞在クルーとして国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在を開始し、ISSの運用、「きぼう」日本実験棟を含むISS各施設のシステム運用、科学実験をはじめとする宇宙環境の利用に重点をおいた活動を行いました。
・滞在の後半となる第39次長期滞在ではアジア初のISS船長に就任し、3月9日から66日間にわたり指揮をとりました。
・約6ヶ月の応援、ありがとうございました。
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若田宇宙飛行士を、どれだけ若い目が追っただろう。国際宇宙ステーション(ISS)の船長という重責をこなされたことは、人の和をつなぐ素養も必要だと知らせてくれた。
宇宙が、開拓や冒険の世界から、連携と協調の世界になったと、子どもたちは学んだに違いない。これほど素晴らしい教育は他にない。子どもたち自身の目で見届けたのだから。

2014年5月13日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 鳳凰

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/7)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第55回として、めでたい鳥とされる「鳳凰(봉황)」にまつわる話を紹介した。
番組の進行役が岸加那子さんからキム・ボエ(金寶愛)さんに代わった。いずれ岸さんの吉報が報告されることでしょう。そして、ボエさん、こんにちは。

始めに、鳳凰と善政の関係について、次のように紹介され。
・雨上がりの夜、蝋燭を灯した部屋に座ると、窓に人影が映る。嬉しく急ぎ出ると、青桐の葉が風に揺れていた。ソンビは、「鳳凰が来たのか」と自ら慰める。学識と人柄を備えたソンビは、よく庭に桐を植えた。娘の嫁入りの箪笥作りのためもあるが、縁起の良い鳳凰が桐にだけ巣を作るからだ。荀子の哀公編に、生を好んで殺を忌み嫌う政治をする王のもとに鳳凰が留まるという。

▼ 男唱歌曲「言楽(언락)」を聴く。以前聞いたもの・・・男の照れ隠しか、のんびりした風情で。

次に、鳳凰の姿と泣き声について、次のように解説された。
・鳳凰の雄を鳳、雌を凰と言う。その姿は、鶏の頭にツバメの口ばし、蛇の首と龍の体、麒麟の羽と魚のしっぽを持つ。麒麟は、鳳凰のように縁起が良い想像の動物だ。この外見はそれぞれ意味があり、胸は慈しみの「仁」、羽は理にかなう「義」、背中は敬意の「礼」、頭は恵みの「徳」、そして腹は信頼の「信」を表す。
・鳳凰は、群れることも、粟などついばむこともない。竹の実を食し、生虫や草を害さぬ神聖な鳥だ。乱れた姿で飛んだり、人の張った網に掛かることもない。鳴き声は、まるで、に似た管楽器の笙簧(생황)の音色に似る。

▼ 「薯童謡(서동요)」を聴く。民謡から・・・百済と新羅のドラマもあるそうだが、今様である。

最後に、鳳凰にまつわる装飾や歌舞について、次のように説明された。
・鳳凰は縁起の良い鳥と言われ、貴族の品によく描かれた。王族の服や布団、枕だけでなく、鳳凰の形を掘った簪(かんざし)は、王妃や姫が使った最高の贅沢品だった。
・パンパイプ型の楽器「鳳簫(봉소)」は、長さが異なる竹管を平らに並べた形が鳳凰の羽に似ることから「鳳簫」と呼んだ。また、朝鮮王朝初期の歌に、文物制度を称えて、王家の平和を祈願した歌「鳳凰吟(봉황음)」もあった。他にも、世宗大王がハングル創生後に作った、王朝を称える歌「龍飛御天歌(용비어천가)」に合わせた、音楽と踊りを「鳳来儀(봉래의)」と呼んだ。

▼ 「天の川と鳳凰(은하수와 봉황새)」を聴く。古色に流れて・・・なぜか感興がわかない。

(放送電波に載せる、前回内容の岸さん”最後の放送”が、前々回のものだったという、お詫びが掲示されている・・・う~ん)

2014年5月12日月曜日

中島みゆきの「永遠の嘘をついてくれ」

考えてみれば、人生は永遠の放浪かもしれない。道どりなんて、あるようでない。だから、横丁で、あんちゃんが、人生は一度しかないのだからと、うそぶいているのもうなづける。楽しくなくっちゃ人生じゃない、楽しまなくっちゃ人生じゃない。

でもね、人生はもしかしたら、大きな廻り舞台かもしれない。皆がそれぞれ、自分自身だと思っている役割を演じているだけ。真っ暗な客席にざわめきはするけれど、一体誰が見ているのだろう。

人生に尋ねてみよう。中島みゆきの「永遠の嘘をついてくれ」を聴きながら、来し方を思い返し、行く末をそっと眺めてみる。そして、気付くのは、人生の羅針盤は、そこにある手鏡でしかないのだと。そう、自分を知るのは自身でしかないのだと。だから、人生よ、永遠の嘘をついてくれ。

(本ブログ関連:”中島みゆき”)


(Youtubeに登録の 翼を広げて舞い上がる に感謝)

2014年5月11日日曜日

秩父鉱山ウズノ沢(渦の沢)

【秩父鉱山大黒坑へと出かけてみたが】

中津川沿いに県道210号線を北上。出合トンネル入り口に達したとき、「全面進入禁止」、「落石注意」の看板が立っていた。ここに至る途中、道路の陽影急斜面にまだ残雪があって、防石金網の覆いを押し広げるように路面にずり落ちていた。トンネル入り口で停車して、秩父鉱山への走行をどうしようかと思案する横を、他の車がスイスイと走り抜け進入するが・・・万一を思い断念した。

【急遽、渦の沢へ場所を変える】

出合トンネルに入らず、そのまま道を直進。例によって、炭焼き小屋施設の上にある、渦の沢に入る。思った以上に冷える。急いで簡易ヤッケを着る。沢に入ると、何と!枯葉に守られた下に未だ雪が残っていた。・・・とはいえ、採集を始めると、暑くなって簡易ヤッケを脱ぐ。

さて、噂によれば?cm台のものが見つかったという燐灰石は全く見当たらない。今回の採集品は次の通り。(いただき物も含む)
・磁鉄鉱+灰鉄輝石、緑簾石(緑色透明針状)、黄鉄鉱、菱鉄鉱+[硫酸鉛鉱(or白鉛鉱)]?、閃亜鉛鉱+水晶、灰鉄輝石、孔雀石

(本ブログ関連:”「秩父鉱山ウズノ沢(渦の沢)」”)


(追記) この時期、虫が湧くのか、虻(アブ)が周りを飛び廻りうるさい・・・中には、メガネを越えて目の中に飛び込んでくるものまでいる。虫除けが必要だ。

2014年5月10日土曜日

謎の金銅製馬具

深夜、NHKテレビのETV特集「発見!謎の金銅製馬具~古代日本と朝鮮半島の交流史~」(23:00~24:00)を見た。福岡県の古賀市船原古墳遺物埋納坑で発掘された、古墳時代後期(6世紀頃)の新羅の金銅製馬具(例:歩揺付き金具)などの話題から、当時の新羅・百済・倭(磐井/ヤマト)の外交戦略を検討紹介した。

出土した金銅製馬具装飾品(福岡県古賀市船原古墳)や倭系甲冑(韓国全羅南道の沿岸部)、および前方後円墳(韓国西南部)発掘などから、当時、各国が互いにどのような外交上の交流がおこなわれたかを討論し、推定した・・・研究者は真摯で冷静な態度で、現在の国際区分からではなく、当時の地政から見る必要があると語られた。

同番組は、今週末5月17日(土)午前0時00分~(16日金曜、深夜)にも再放送される。

ところで、考古学素人として感心したのは、発掘技術の進歩だ。
① 発掘時に対象が明確でない(土中で見えない・繊細な部品など)場合、出土品の周りの土も含めて取り出す。
CTスキャナーで、取り出した全体を3Dグラフィック化し検討する。
③ 3D情報を元に、土の中から出土物を3Dプリンターで形にし、再構成する。

まさに、見えないものを見えるようにして、そこから形あるものだけを取り出すのだから驚きだ。
泥の中に埋もれていた、「金銅製馬具」の部品を形にして、馬が歩くたびに揺れる「歩揺付き金具」を見事に再現した。
一見地味な考古学研究で、3Dプリンターがすでに活躍していたとは・・・。

(資料)
西日本新聞「「出土例ない」華麗な意匠の飾り 福岡・船原古墳の金銅製馬具」(2013年11月24日

2014年5月9日金曜日

イ・ソンヒ 30周年記念コンサート実況 5/15放送 MBC

マイデイリーの記事「イ・ソンヒ 30周年記念コンサート実況 編成される  5/15放送」(5/8、シン・ソウォン記者)は、タイトルの通り、MBCテレビの編成表によれば、4/18~4/20に世宗文化会館で開催されたイ・ソンヒの30周年記念コンサート「歌う イ・ソンヒ」の実況を5月15日(木)午後11時15分から放送すると報じた。

今回、同時間帯の番組編成が未確定だったため、この放送が実現したようだ。

そういえば、4/19(土)のコンサート2日目の会場で、MBCがTVカメラなど配置して動いているのを見た。2009年のコンサートも同様、2日目の模様が撮影されているので、コンサート2日目は、歌手にとって一番好調なのかもしれない・・・コンサートは、2日目が狙いかも。

2014年5月8日木曜日

【多摩の代官】代官頭大久保長安

地元の公民館で、江戸時代の多摩地区(武蔵)を治めた代官による自治機構を解説するシリーズ講演会が始まった。朝方に届いたメールに気をとられ、返信などしているうちに・・・はっと気付けば遅刻してしまった。わずかな聴講であったが、興味深く話をうかがうことができた。

講師は法政大学大学の馬場憲一教授で、飄々と話され、かつ要所要所で気分をほぐらせてくれた。

(本ブログ関連:”多摩地区(武蔵)を治めた代官”)

第一回目は、代官頭大久保長安(1545~1613年)だ。(多数の金山を抱え甲州金で知られる)甲州武田家で、蔵前衆として金穀(金銭と穀物)をつかさどっていたが、同家滅亡後に徳川家康に仕え、八王子の代官や、金銀山(石見、伊豆、佐渡、南部)の開発とその金山奉行を勤めた。死後、疑獄が起こり一族は処罰される。

終わりに近かったが、お話を聞くことができたのは、古文書資料などの解説も含めて次のテーマだった。
①代官領「八王子町」について、その町立て、八王子千人同心の成立、代官屋敷の配置など、ミニ城下町の機能を持たせた。
②交通網の整備として、八王寺町に沿う「甲州街道」を開設し、江戸城改修のため御用石灰(消石灰<石灰岩:現青梅市、昔の武州多摩郡上成木村、北小曾木村から、多摩川上流の山の根からの)輸送のために、「青梅街道」を開設した。
③高尾山、御岳山など修験道につながる宗教拠点へ対応(融和)した。

ところで、金山に関わった大久保長安の死後一族は死罪になったが、関東で多数の金山を持った常陸の佐竹氏も1602年に秋田へ転封(てんぽう)されている。他にも、金山、銀山に関わった重責者たちの、その後がどうなったかをそれぞれについて調べてみるのも面白そうだ。

(追記)
国立科学博物館で「企画展 石の世界と宮沢賢治」展(4/19~6/15)が開催されている。

2014年5月7日水曜日

(資料) イ・ソンヒ 伝説を超える

「舞台に上がった彼女が歌い始めると、辺りの空気は一瞬息を止める。胸の最も奥深いところに届く澄んだ清らかな声。その3分45秒間の歌(「Jへ」)が終わって、今年デビュー30周年を迎えた歌手ははにかむように笑った。」という書き出しから始まる、女性誌<レディ京郷>の記事「歌手イ・ソンヒ、伝説を超える」(5月号(4/28)、ノ・ジョンヨン記者)は、この4月にコンサートを無事成功させたイ・ソンヒの音楽に対する言葉を、次のように報じている。

イ・ソンヒの語り口には、独特なものがあるという話を聞いたことがあるが、今回その面を感じる。

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震えて、昨晩一睡もできませんでした。
柔らかいおかっぱの、白いジャケットに黒いスーツのズボンを履いて、少女のような微笑を見せる彼女を見たら、本当に昔のままだと思う。2009年発表した「愛よ...(사랑아...)」のアルバム以後5年振りだ。デビュー30周年を記念する、15番目の正規アルバム「セレンディピティ(Serendipity)」をもって帰ってきた彼女が久しぶりに大衆の前に立った。

悩みが本当に多かったアルバムです。30年目の歌手として、どのように位置づけなければならないだろうか、どんな曲をどのように歌わなければならないだろうか、色々な考えを整理するのに、音楽を作る2年間は一人だけの時間を過ごしました。そうするうちに、アルバムが出る頃になると、ちらほら周りで待ってくださる方々や、助けてくださる方々ができましたよ。私一人だけの音楽ではない、多くの人たちと一緒に作ったアルバムだと思います。

1984年の江辺歌謡祭で、「Jへ」で突風を起こしていつのまにか30年。ちっちゃな体躯で、爆発的な歌唱力を噴出した「小さな巨人」は、もう韓国歌謡界の歌姫として、色々な後輩歌手のメンター(指導者・相談相手)として、絶えず努力するミュージシャンとして、大衆と向きあっている。歌手としても変わらず良い歌を聞かせるというのは、歌っている人にもまた、聞く人にも本当に幸せなことだ。特に、しばらくアイドルと電子音楽に飲み込まれていた歌謡界に、陶磁器をこねるように一曲一曲真心を込めた彼女の歌は、贈り物のようにうれしい。

振り返ってみると、いつも遠くのものを眺めてうらやみ、それを追い求めようとしていたようです。近くにあったんですね。ある瞬間、私が探したそのすべてのことが、すぐ私のそばにあったということを知るようになりました。音楽もそのうちの一つです。30年間、歌を歌いましたが、どんな感興(想いや関心)があろうかと思われるでしょうが、感動がありましたよ。初めてデビューした時、とても大きな愛を受けたし、頂上に立ってみたりもしましたし、降りてきてみたりもしました。その時その時感じた幸福と感謝するということは様々ですが、今感じる幸福がその時より小さいとは考えません。むしろ、今より多くの感謝の気持ちを込めなければならない、という思いで作りました。

今回のアルバムには、彼女が過去2年間書いては消すことを繰り返した百余曲の歌のうち、選択された11曲の歌が盛り込まれた。このうち、イ・ソンヒは合計9曲を作曲して、7曲の歌詞を書いた。シンガーソング・ライターとしての面目躍如の作品だ。タイトル曲(「その中であなたに出会って(그 중에그대를 만나)」)を書いたパク・グンテをはじめとして、イダンヨプチャギ(ダブル・キック)、ソン・ウジョンなど若いミュージシャンとの作業も目につく。

今回のアルバムに参加した彼らは、みな若い仲間たちです。生活パターンがみな違ったんですよ。私は早く寝て早く起きるスタイルで、その仲間たちは、午後5時に起きて明け方ずっと仕事をして、朝に退勤するフクロウ型(夜型人間)でした。妥協をしようとして、午後4時に始めることに合意を見たんですが、苦しがりましたよ。フクロウたちを連れて作業したため、ちょっと一苦労しましたよ(笑い)。アルバム作業で記憶に残るエピソードです。

一つ明らかなのは、彼女が伝説に留まるというより、前に進むのを選んだということ。「セレンディピティ」は、30年目の歌手の内省と同時に、彼女の挑戦精神がうかがえるアルバムでもある。

昔のヒット曲だけ歌って留まっている歌手で残るより、自らを鞭打って発展していく姿をお見せしたかったです。今まで、私を好きになってくださり、愛してくださった(ファンの)心を考えても、そのようにしなければならないと考えましたし。今回のアルバムは、『これまで、私に送ってくださった応援と愛、その時の記憶と暖かい心が力になって、私が今このようにしています』というメッセージが込められたアルバムです。それが長い時間、私を愛された方々に本当に報いる道だと思います。

果てしない青春の名で

今春、歌謡界は、とりわけカムバックの便りでいっぱいだ。イ・ソンヒをはじめとして、イ・スンファン、イ・ソラなど「歌王」たちの帰還が続いている中、トレンドを越えてオーラを見せるミュージシャンのカムバックは、日ごとに変化する歌謡界に新しい活力を吹き込んでいる。イ・ソンヒも、全世代を貫いて「通じる」歌を誕生させた。とても多くの音に埋もれて暮らして、淋しくても孤独だとは知らない人々のための音楽だ。

大衆音楽をする人間として、人々が自然に聞いて感性に浸ることができる音楽を基本とするけれども、日常の音、人々の声が音楽に自然に埋めたら良いという気持ちで、様々な音楽的実験をたくさんしました。私は音楽が多様でなければならないと思います。音楽には年輩(歳頃)がありません。先輩にも習う点が多く、とても若い仲間にも私が学ぶ点があります。先輩、後輩と一緒に舞台に上がるほど良いものがあるでしょうか?一緒に舞台で交わってみようとする、緊張とときめきと期待しているところです。

実際に、「最近の音楽をやっている仲間たちはどんな音楽をするか」という好奇心に、音楽放送モニタリングはもちろん、弘大のインディーズバンド公演も尋ね廻ったと。歌謡界の大先輩イ・ソンヒが見る最近のアイドル歌手はどんな姿であろうか?

女性歌手は、ボーカリストや音楽的多様性より、見せる面に集中しているようです。一律的にセクシーコードが多い反面、男性アイドルはもっと多様になりました。メタル・サウンドからロック、ダンス、ヒップホップまで多様なジャンルを消化しましたよ。個人的に名前はよく分からないが、注意深く見ています。

時間は、彼女だけ避けたようだ。アイドルの後輩たちの名前をいくつか覚えておけばよかったと、子どものように笑う彼女から、とうてい歳月の痕跡を探し見ることはできない。食傷ぎみである質問だが、童顔の秘訣を尋ねないわけにはいかなかった。

冗談で、そんな質問受けるたびに、『少し施術しました』といいます(笑い)。どうして変わらないのでしょう。詳しく見れば、時間の跡は明らかです。それでも、その変化が大きくないと考えられるのは、私が持つ明確なイメージのいくらかが、まだ変わらなかったからのようです。もし、今、私がアップスタイルに髪を上げて、ドレスを着れば、明らかに歳月の跡を探して見ることができるでしょう。相変らず、おかっぱの髪とズボンを守ることが、変わらないように感じられるようにするのじゃないのかと思います。

30周年という数字は、明らかに大きな意味を持つ。しかし、振り返ってみれば、彼女には一年一年が意味深い時間だった。もちろん、いつも良かったときだけがあったわけではない。今よりはるかに大いなる関心と熱い拍手の中にいた時もあったし、一人で孤独な時間を過ごした時もあった。それでも彼女が今この場所に立っているのは、留まらなかったからではないか?

昔のヒット曲だけ歌う歌手だったら、多分私はこの場所にいなかったでしょう。なじんだものを捨てて、新しいものを取って努力してきたから可能なのでした。もちろん、そういう努力が皆成功したのではなかったです。失敗した時もあったが、それを恐れないで何か絶えず試みたことが、今日の私を作った力ではないのかと思います。今後も継続して、自らに質問を投げかけて挑戦するつもりです。一つ明らかなことは、失敗したとして、私の努力しただけ成果が現れないといって、恐れをなしたり萎縮したり、あるいはマイクを置くことはないということです。その一歩一歩を進んでみるならば、また再び良い年がくるのだと信じます。
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2014年5月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 燃灯祭

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/30)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第54回として、「燃灯(연등、蓮の花の提灯)」にまつわる話を紹介した。

始めに、この時期の行事「燃灯祭」の仏教的な意味について、次のよう説明された。
・ソウルをはじめ各地で、蓮の提灯の意を持つ「燃灯祭」が開かれる。祭りでは、様々な形の提灯を掲げ、人々の歩く暗い夜に花のように美しい。同時に様々なイベントも行われ、外国人にも知られる。
・今年は、セウォル号沈没犠牲者を追悼し、燃灯祭自粛も多く、ソウルでは犠牲が天国へ旅立てるよう、白地の提灯など簡略化が見られた。仏教では、提灯を持って歩くと、光が世の暗部や自身の心を照らし、人々が幸せに生きられるとの意を持つ。

▼ 「蓮花臺舞(연화대무)」を聴く。蓮の花から表れる少女・・・梵唄から宮廷音楽へと洗練されたような。

次に、燃灯(祭)の歴史について、次のように解説された。
・三国史記に、新羅の景文경문)王(846年 – 875年)は、西暦866年、陰暦1月15日、皇龍寺(黄龍寺、황룡사)に行幸、看燈した。古く、正月を「燈節(등절)」といって提灯を照らし夜を明かした。なた陰暦1月15日に松明(たいまつ)を手に高所に登って月見する風習があった。
・高麗時代、燃灯祭は国家的行事となり、仏教に、長い戦に疲れた民衆が、心を休め、和合をもたらすよう祈願した。燃灯祭は、城壁や大路に沿って提灯を飾り、宮殿前の仮設舞台で仮面劇など催した。また王は臣下と寺に行幸したり、王宮の楼台に立ち明るく灯された提灯を見た。

▼ 「念仏ドドゥリ(염불도드리)」を聴く。「霊山会相」中の七番目の曲・・・換骨奪胎の編曲で、今様である。

最後に、燃灯と関連する昔話「貧者一灯(빈자일등)」を、次のように紹介された。
・「昔、とても貧しい一人の女性がお釈迦様に供え物をしたいと願っていましたが、彼女が持っているものは何一つありませんでした。女性は道端で物乞いをし、なんとか一文のお金を手にして、これで油を買い、お釈迦様に提灯をあげたと言います。その日の夜、貴族や裕福な人が掲げた提灯は、全て消えてしまったのですが、この女性が捧げた提灯だけは、明け方まで明るくその火を灯していたといいます。」

▼ 「蓮の花が咲きほこる(연꽃 피어오르리)」を聴く。そよ風に蓮の花が揺れる光景が浮かぶ・・・大衆歌。

2014年5月5日月曜日

こどもの日、地震

こどもの日の早朝、寝床でうつらうつらしていたところに、いきなりの地震で目が覚めた。大きな揺れの前に、ズズズと微動も感じて、こんなこともあるさと思った矢先のことだ。
今日の揺れには、久し振りに恐怖を感じた。まずいな、まずいなと思いながら、結局揺れ時間がさほどでなかったため、寝床から起き上がろうとしなかった。振動がおさまると、また眠気にさ迷ってしまうという呑気さに、われながら呆れる。

気象庁の発表は次の通りで、最初のゆるい揺れと、次の大きな揺れとは時間差もあり、震源も異なる。
最初の揺れは、震源がいつもの方面で、震度は当地について「震度1」にも該当していないようだが・・・揺れは感じた。
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平成26年5月5日5時6分 気象庁発表
5日5時2分頃地震がありました
震源地は茨城県南部(北緯36.2度、東経139.9度)で、震源の深さは約50km、地震の規模Mは4.2と推定されます。
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次の揺れは、震源が珍しく相模灘の南(伊豆大島近海)で、震度は当地について「震度3」になっているが、寝ぼけ眼であったものの「震度4」くらいに感じた。
(追記) 最大震度だが、千代田区で「震度5弱」を観測したという。まさに眠りを覚ました。
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平成26年5月5日5時31分 気象庁発表(2nd発表)
5日5時18分頃地震がありました
震源地は伊豆大島近海(北緯35.0度、東経139.4度)で、震源の深さは約160km地震の規模Mは6.2と推定されます。
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さて、これから「こどもの日」が始まる。子どもたちに、うんと楽しい一日であって欲しい。

2014年5月4日日曜日

イ・ソンヒのスナップショット

4月に開かれたイ・ソンヒのコンサート会場で入手した、サイン入りCDに付属の彼女の「ポートレイトはがき」は、ファンを自称するものとしてペーパーによる唯一公式な資料・・・というより収集品、すなわちお宝である。普段、彼女の姿を目にするのは、CDケースやLPジャケットの写真と、Youtubeで見る映像といった具合である。

そんなわけで、先日のコンサート翌日に、東大門の清渓川沿い「平和市場古本屋街」を巡ったが、ペーパー資料(書籍や雑誌)を手に入れることができなかった。次回訪問時には、用意周到、事前準備を怠らずにしたい。

そんなところに、次のYoutubeで、15集所収の「Someday」の彼女の歌をバックに、例えばスタジオ収録時のものや、写真撮影時のものなどの彼女のスナップショットを見ることができる。彼女について、ある写真家がいっていた、「地下鉄に乗っているような」という、飾らぬ素の表情がうかがえてほっとする。


(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2014年5月3日土曜日

ゴールデンウィーク

もしかしたら、ゴールデンウィークは今日からかも知れない。今年のカレンダーが按配よくないのか、ゴールデンウィーク前半にあたる今週は、先月4月からまたがっていて、「昭和の日」(29日)の祝日が、週の初めの火曜日だった。これが木曜日だったらベストだったろうに。

今月5月の祝日「憲法記念日」が今日(3日)なのだが、土曜にあたってしまい、祝日というより通常の土曜休日といった方がよいだろう。以後、ゴールデンウィーク後半となる、祝日「緑の日」(4日)が日曜日と続くため、土日に連休がダブってしまっている。明後日(5日)の月曜日が祝日「こどもの日」となり、結果として、火曜日が振り替え休日となるが、きょうから4連休でしかない。

子どもにとっては何だか損したような、消費税アップ後の一般家庭にとっては家計に無理のない、そして疲れ気味のお父さんにとっては程々の連休だろう。

それでも町には、のんびりした休日の気配がする。隣り町の図書館に開館と同時に入り、読書室で午前中を過ごす。

実は、図書館で借りた本を放ったらかしにして、返却が間近に迫っているからだ。化学者が翻訳した一般科学書だが、読んでいると読み返しが必要な文脈の乱れた箇所がいくつか出てくる。何より訳が固い・・・専門書の翻訳書は、正確を期すために科学者が訳すのはわかるが、一般向けの場合は、言葉のこなれた文系の翻訳者と共訳または監訳で関わった方がよいのでは・・・と思う。

おまけに、原著も化学者で、科学史の概念を説明なしに出したり引っ込めたりで恣意的・・・。原著と翻訳の負の相乗効果といった感じだが、後半に何かよいものでもあるのではと期待して・・・正直、時間の無駄かも知れない。

2014年5月2日金曜日

イ・ソンヒの「神がまた許すなら」

イ・ソンヒの念願のCDアルバム、11集「Dream of Ruby」(1998年)がようやく届いた。収録曲は次の通りだが、その中でも「神がまた許すなら」は、透明感のある美しい旋律が残る。
過去が一瞬でもよみがえり、それが最後としても・・・。(う~ん、愛は、渇望は時空を超越するようだ)

ちなみに、ムン・ジョンホの「レジェンド・プロファイル16弾-イ・ソンヒ」(2011年12月8日)に、11集「Dream of Ruby」について、次のような評価がある。
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1990年代(音楽)語法を受け入れ始めた「Dream of Ruby」(1998年、11集)などは、以前と差別される内容で面白味を与えた。微弱なチャート成績により大きく注目をあびられなかったが、イ・ソンヒそれなりに、絶えず新しさを追求して変化を模索したのだ。これはボーカリストを越えた音楽家としての可能性である。
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1.私が望むものは 내가 바라는 건 (作詞・作曲:김형석)
2.あなたに届くなら 너에게 가면 (作詞・作曲:신대철)
3.見知らぬ海辺で 낯선 바닷가에서 (独り旅혼자 떠난 여행) (作詞:이재경、作曲:박세준)
4.後悔はもうあなたの番です 후회는 이제 너의 몫입니다 (作詞・作曲:김형석)
5.神がまた許すなら 신이 다시 허락한다면 (作詞・作曲:정영아)
6.Morning Coffee (作詞:이재경、作曲:박세준)
7.私の別れ 나의 이별 (作詞:조은희 作曲:조장혁)
8.白雨 (백우) (作詞:이재경、作曲:박세준)
9.その頃には 그때 쯤엔 (作詞・作曲:정영아)
10.共存 공존 (作詞:조은희、作曲:イ・ソンヒ)
11.うるわしい悲嘆 아름다운 슬픔 (作詞・作曲:イ・ソンヒ)
12.あなたが私を愛されるなら 그대가 나를 사랑하신다면 (作詞:김미선、作曲:김진룡)
13.見知らぬ海辺で 낯선 바닷가에서 (Saxophone Version) (作詞:이재경、作曲:박세준)

(本ブログ関連:”11集”、”神がまた許すなら”)

---- 現在、Youtube 「この動画は存在しません」表示 ---
(Youtubeに登録のRuby Kangに感謝)

2014年5月1日木曜日

公園のツツジ

昨夜の強雨と打って変わって、昼には見事に晴れ渡った。近在の公園に出かけて見れば、幼い子どもたちが、原っぱでたむろして遊んだり走ったりしている。あるいは、引率者の保母さん、先生、母親などに引き連れられていく一団もいる。

どの子も、おとなの腰ほどの背丈、キャッキャと声が弾む。もしかしたら、働く父親、母親が知らぬひとときかも知れない。こんな時代があったのだなと懐かしむと同時に、大切にして欲しい一瞬だとも思う。

緑の木かげをまわって、公園にある施設受付で、”友の会”の継続手続きをする。このを機会に、紛失してしまった会員カードを再発行してもらいに来たのだ。

さて、公園の中に小さく盛った丘の斜面に、ツツジが咲いているのが見えた。紅色の濃い花弁がかたまって、緑の葉がはっきりしない。花はかたまり、丘の上まで駆けあがっていく。何という種類なのか、素人には全くわからないが、ネットの写真だけで判断して、もしかしたら「キリシマツツジ」だろうか。実は、他のツツジはまだ花を一部しか咲かせていないのに、このツツジだけは全力で今咲いている。

2014年4月30日水曜日

遠い

春になろうという間近に寝込んでから、9割ほど近く回復した体を健康体操教室に行って慣らしている。今日も適度な疲労感が心地よい・・・しかし、いまだにストーブから逃れられず、帰宅後もその前に坐っていると、いつの間にやら転寝してしまう。

暖かいストーブの炎にあたっていると、幼い子どもに戻ったように、おふくろが夕餉の準備して台所から聞こえる、まな板のトントントンという音を聞きながら、畳の上で寝入ったときのように、心地よい睡魔に襲われる。

それは、「遠い」思い出か・・・

そう、「遠い」という言葉が気になるテレビコマーシャルがある。(今年の)消臭剤の宣伝で、わが子の初恋を見守る両親が気遣うストーリーだが、青春の汗臭さにかけて次のようなテロップが最後に流れる。想う相手の少女に「しらとり」と呼びかけるが・・・これも。
「恋をして、臭いに気づく。
恋と○○○○○○は、遠いようで、近い。」(○は商品名)

そのテレビコマーシャルに対して、古典に近い(1994年)、ウィスキーのコピーで、若者がどうやら人妻へ片想いする、ちょっと危険で、ちょっとキュートなストーリーだが、やはり最後に次のようなテロップが映る。
「恋は、遠い日の花火ではない。」

何もかも包み込んでくれる、遠い思い出は良いけれど、どうやら「恋」は、それをワープしてしまうらしい。

2014年4月29日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 イシモチ(=キグチ)取り唄

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/23)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第53回として、「ジョギ(조기)」と総称される魚の「イシモチ取り唄(조기잡이 소리)」にまつわる話を紹介した。

(注) この回の「イシモチ(참조기)」は、K-Wikipediaによれば、学名Larimichthys polyactisと呼ばれる魚で、日本の水産総合研究センターの「水産生物情報データベース」では、魚名「キグチ」として「東シナ海に多い魚である」と図解している。

まず始めに、イシモチと漁民の関係を季節を通じて、次のように紹介された。
・今は、春夏秋冬中で最もよい季節かもしれない。きれいな花が咲き、木々も新緑を芽吹かせて美しい。こうした時期、農村、漁村も人手が足りない。特に、黄海道から全羅道に至る西海岸では、4月をイシモチの季節といい、「イシモチ」が大量に獲れる。
・全羅道七山の沿岸では、毎年、アンズの古木に花が咲くと、イシモチが来ると言う。また、イシモチを天日干しした「クルビ(굴비)」で有名な全羅南道霊光地方では、法聖浦(법성포)の入江の向かいの九岫山(구수산)にツツジが咲き出したら、イシモチ漁を始めた。済州島南西の暖かい海で冬を過ごしたイシモチは、春に北上を始め、3、4月頃に全羅道地方に至り、さらに4、5月には、黄海道延坪島(연평도)まで到達する。そのため漁民たちは、この季節が最も忙しい。

▼ 黄海道の「櫓を漕ぐ唄(노젓는 소리)」を聴く。勢いがあって力強い漁労歌・・・ああ海が眩しい。

次に、イシモチの習性と、ひとびとの伝承や生活への関わりについて、次のように解説された。
・イシモチは古来、高級魚として愛された。イシモチの漢字名「宗魚(종어)」は、宗家の「宗」と、「魚」を当て、魚中最上のものとされる。イシモチは、一般的に腹部が金色を帯びた「キグチ」を指し、干物を「クルビ」といい、祭祀の供えに欠かせない。
・古くイシモチに、4つの徳があるとされ、①移動する時期が正確にわかるという「禮」、②塩漬けしても曲がらないという「義」、③廉恥と恥じらいあるという「廉」、④汚らわしい所には行かないという「恥」というもの。チェサに供える理由に、後裔にこうした徳について学ばせる意もあった。
・イシモチは、産卵時期、独特な鳴き声をあげる。産卵場所に入ると、オスとメスが互いに自分の位置を知らせる求婚の信号と言われる。移動経路の、全羅道霊光の七山沿岸では、産卵時期に、イシモチの鳴き声で、村人夜、寝付けぬほど多かったという。

▼ 西道民謡「ペチギ(배치기)」を聴く。大漁歌もちょっと様式化されて表現・・・港の匂いが欲しい。

最後に、経済的な価値のあったイシモチ漁の盛衰について、次のように説明された。
・船を魚一杯にして大漁を祝う(上記)「ペチギ」唄を、船上でプンムル(=楽器の総称)を叩きながら歌った。漁師にとって、魚はまさに金だった。船一杯積んだイシモチに心弾んだろう。当時、網を投げれば、面白いほど獲れたイシモチ漁も、今や昔となった。様々な機械が開発され、海底をすっかりさらったため、漁をしながら歌う暇はない。
・名節の時期、中国産イシモチが韓国産と並んで高額で売られ、庶民たちに手が出ない高級魚となった。イシモチ漁の唄が失われたとき、漁村文化も同時に失われたと言える。

▼ 「延坪島難逢歌(연평도난봉가)」を聴く。以前も聴いた(劉智淑)が、今度(アリス)は物語風かな・・・。

2014年4月28日月曜日

イ・ソンヒ公式ホームページ再開

先日まで、イ・ソンヒの公式ホームページは、「システム点検中」としばらく表示していたが、4/22から「イ・ソンヒドットコムの個人情報と関連してお知らせします。」と、次のように運用再開のメッセージを表示している。

今般の事情もあり、無事再開を期待した。平常に戻って一安心、杞憂に終わったようだ。
・・・再開を、4/22としているが、きょう気付いた。

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こんにちは。 홈지기(ホーム番人=管理者?)です。

いきなり、システム点検中という画面が現れて、とても慌てられたでしょう?
事前公示なしに、突然システムを点検したので・・・広い心で理解してください。

去る4月17日、韓国インターネット振興院(KISA)から個人情報と関連した住民登録番号の収集および保有に関する公文書を伝達されました。

これに対し、イ・ソンヒ ドットコムは、2012年3月再オープン以後の住民登録番号を一切収集したり保有していなくて・・・
既存ホームページのデータベースは破棄処理したことを知らせしました。

会員データベースの側を検討したので、ホームページをしばらく閉じておいたと・・・言い訳でない言い訳をしてみます。

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もう、一つ・・・

自由掲示板およびファンレター掲示板のいくつかの掲示物は、会員加入約款に基づいて、運営スタッフ判断の下に、事前通報なしに削除処理したことをお知らせします。

ありがとうございます。
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2014年4月27日日曜日

地質標本館

茨城県のつくば市にある、(経済産業省下の)独立行政法人「産総研(産業技術総合研究所)」に、統合された旧地質調査所の「地質標本館」がある。鉱物採集の空き時間を利用して、ときどき寄ったりする。

地質標本館は、鉱物だけでなく、岩石や化石、地層など地学の総合的な標本館である。ここの鉱物標本は、サイズが大きく、展示室以外にも館内随所に見つけて楽しむことができる。特に、地元の茨城県筑波一帯を意識した展示は素晴らしい。

ところで、2月と3月に風邪で寝込んでしまい、3月の体操教室を全休するほど、すっかり体力が落ちているなか、何と今日、鉱物採集(観察に等しい)に出かけたが、くたくたになって早めに切り上げ、足をよろつかせながら同標本館に寄ったというわけだ。(言い訳、4/19-20、イ・ソンヒのソウルコンサートに行ったときは、高揚してさほどに疲れなかった。)
日曜日でもあり、家族連れ、若い男女、外国人研究者、それに、おじさんたちも・・・。

同行いただいた、鉱物採集でいつもお世話になっているH氏に、ソウル土産を渡したが、そのついで?に、イ・ソンヒのコンサートの思い出話を延々としたことはいうまでもない。鉱物採集(観察)のときに、それ以外の趣味を語るのは野暮というものだが。

2014年4月26日土曜日

イ・ソンヒの「Someday」

今月(4月)、イ・ソンヒのコンサートで、新しい15集アルバム「Serendipity」(2014年3月)から歌われたのは、タイトル曲の「その中であなたと出会って」と、アルバムの最初の曲「Someday」(썸데이:作詞・作曲イ・ソンヒ、編曲ミスケイ)であった。

Daumミュージックに、アルバムの曲目ごと解説があり、「Someday」については、次のように音楽評している。
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私たちにおなじみの映画音楽のような、Britishポップ・スタイルの編曲で、歌の導入部から独白するように口ずさむボイスと、繊細なギターの音が耳をひきつけるビンテージな感じのバラード。
孤独で寂しく始まる前半とは対照的に、リフレーン部で抑制しながらも、感情が爆発する悲しみを込めた曲で、歌詞に込められている意味と音楽のムードを加えるために新しく試みた、イ・ソンヒの独特のボイスが見事に合った曲だ。
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つながりを求めても、もう愛はない二人、いつか、このすべてが一時の風であった​​と、笑えるのだろうか・・・と。イ・ソンヒの、ときに少女のような声を挟む、しっとりした歌声を聴いてみよう。

 

(Youtubeに登録のspoofkoreaに感謝)

2014年4月25日金曜日

イ・ソンヒ ヒットチャートの順位を逆送

朝鮮.comの記事「セウォル号 政局、音源チャートにはどのような変化? 楽童(악동)独走-アイドル ミュージック失踪」(4/22、イ・ジョンヒョク記者)は、セウォル号事故の影響もふまえて、過去1週間の音源チャートの変化を報じているが、ここではイ・ソンヒの曲「その中であなたに出会って」関係を抜粋する。

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・ベテラン歌手の底力をしっかりと証明した歌手イ・ソンヒ。イ・ソンヒは、時間が経つにつれ、むしろランクが上がるチャート逆走を見せて人気を継続している

・先月(3月)25日、5年ぶりに15集「Serendipity」を発表したイ・ソンヒは、タイトル曲「その中であなたに出会って」で、主要チャート7位にランクされている。特にこの曲は、すでに発表された一ヶ月近く過ぎたのにかえって順位が逆走して、少しずつ上がっており、イ・ソンヒバラードの底力をしっかりと見せてくれているという評価だ。「その中であなたに出会って」は、一度聞けば忘れられない(耳に残る)中毒性の強いメロディーが、イ・ソンヒだけの深い響きで伝えられウェルメイド(上質)なポップバラード曲だ。

・ある歌謡関係者は、「(セウォル号事故犠牲者に対する)社会全体的な哀悼の雰囲気によって、ダンス曲に対する需要が顕著に減った。ここにEXO(엑소)の新曲発表が延期になって、しばらくアイドル歌手の歌は、チャート上位圏で見つけるのは難しいようだ」と展望した。
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(本ブログ関連)
2014年3月27日木曜日 「(速報)イ・ソンヒ「その中であなたに出会って」Bugs!、Soribada、NAVER MUSICで1位」
2014年4月1日火曜日 「(速報)イ・ソンヒ「30周年記念コンサート」、18日追加決定」
2014年4月5日土曜日 「イ・ソンヒ 「Korea K-POP Hot 100」(米ビルボード)1位」

2014年4月24日木曜日

年年歳歳

久し振りのイ・ソンヒコンサート、熱気と興奮もようやく落ち着いた。歳をとると、精神も肉体も機敏でなくなるが、その分、余韻も残る。いいことかどうか良く分からぬが。

ソウルをタクシーで回ったとき、東京の都心と錯覚する。変哲のない、人と自動車の機能的な都市なのだ。むしろ、わたしにとっては気楽である。

子どものころ旅行の思い出に、父のカメラを借りて風景写真を撮ったとき、画面に人の気配を排した。自然の美しさだけを捉えたいと思ったからだ。

景色を焼き付けようとしたが、いざ振り返って自分が見たのは、果たして目で見たものか、それともカメラのファインダーのものかと不安になった。

旅人の、思い出の景色は、何よりも目で見たものではないか。そして、記憶を補うためにカメラを使うなら、その光景で出会った、同じ時間を共有したひとびとの姿も大切にしたいと思うようになった。

公園で、桜の花を見て、「年年歳歳花相似  歳歳年年人不同」と気付いたのは、カメラを通してではなかった。今年の桜に、その想いが一瞬したのは、桜の風が吹いたときだった。

2014年4月23日水曜日

コンサートのタイミングについて

4月18日~20日の3晩、世宗文化会館大劇場で開かれたイ・ソンヒのコンサートについて、東亜日報の記事「【わいわい、がやがや】 “この状況でコンサートだなんて”、“大型公演取り消しすると、また他に被害”」(4月21日、ク・カイン記者)は、痛ましい事故のあった当時の状況をふまえて、次のように報じている。なお、同記事には、読者からのコメントが寄せられている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒコンサート 追慕形式で”)
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イ・ソンヒ30周年公演の物議

・「このような状況で、コンサートってどうなんでしょう?」、「歌手は公演が生業です。悲しみのためにすべての仕事を中断することにはならないでしょう。」

・(今月の)18~20日、ソウル世宗文化会館で開かれた、歌手イ・ソンヒの30周年記念公演を巡って、インターネットでは甲論乙駁が盛んに行なわれている。
- 公演に反対するインターネットユーザーは、「(16日朝、珍島近海で多数の高校生を巻きぞえにした)セウォル号沈没事故で全国民が悲しみに陥った時期に、国民的に愛される芸能人として無責任な行動」と主張した。
- 公演を支持する側では、「芸能人にだけ過剰な犠牲を強要する。歌手が歌うのは、自分の仕事に忠実なこと」という反論が出た。
- 「胸が痛いが、理性的な態度を維持することが重要だ。他人に過度に悲しみを強要するのは、また他の違った暴力」という指摘も提起された。

・イ・ソンヒの所属事務所であるフックエンターテインメントは、ホームページを通じて、「世宗文化会館は1年前日程が決まって、公演日の変更が不可能で、大型公演であるためキャンセルすれば公演協力業者の被害が生じる可能性がある」と、コンサートを予定通りに進めることになった背景を説明した。
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2014年4月22日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 飛天

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/16)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第52回として、「飛天(비천)」にまつわる話を紹介した。

まず、上院寺の釣鐘に描かれた飛天が奏する楽器について、次のような紹介から始まった。
・江原道平昌郡、五台山に位置する「上院寺(상원사)」は、釈迦の真身舎利(遺骨)が納められた寂滅寶宮がある。上院寺には有名な、一度は見ておかねばという、古く伝わる釣鐘がある。韓国の鐘は、形と音が独特で美しく“韓国鐘”の名で呼ばれる。
・上院寺の釣鐘は、新羅時代のものとされ、韓国で最も古く美しいと評価され、重要無形文化財に指定された。鐘の表面に、日本の「」に似た楽器の「笙簧생황)」や、ハープに似た楽器の「箜篌(くご、공후)」を奏する飛天が描かれている。

▼ 「上院寺の朝(상원사의 아침)」を聴く。朝の清んだ空気、陽の気配、生き物の動きを感じさせる・・・今様である。

次に、アジア一帯で広く奏された楽器の箜篌や笙簧と、飛天について、次のように解説された。
・箜篌は、韓国でその奏法は絶えているが、古朝鮮時代に、 女人の麗玉(여옥)が箜篌を奏でながら歌った「箜篌引(공후인)」の歌詞が伝わっている。他国の奏法を参考に、韓国も奏法復元に取り組んでいる。
・笙簧は、中国で人を創造させた神ヨワが、人の生活を豊かにする楽器という伝説がある。今も中国の少数民族の祭りなどで、様々な形態の笙簧が奏される。
・笙簧と箜篌を奏する飛天も、インド起源とされる。高句麗の古墳の壁画、百済の武寧王陵にも飛天の姿が描かれているが、その後は、主に仏教と関連して登場することが多い。飛天が奏する楽器も、「大笒(대금)」、「小笒(소금)」に似た管楽器を吹くもの、琵琶などを奏する姿も見られる。さらに、香を焚き、茶を入れてもてなし、花を撒いて飾る飛天の姿もある。

▼ 「花道(꽃길)」を聴く。陽射しする花畑を、おだやかに見晴らしながら・・・今様である。

・飛天は、字意から、西洋の天使の姿が思い浮かぶが、韓国の飛天に羽はない。飛天は、雲に乗り、自身よりも何倍も長い服の裾をなびかせて、自由に空を往来する。飛天の姿の多くは、その裾が天に向かってなびくことから、天に昇るのではなく、天から降りてきた姿のように感じる。幸運を伝える使者なのか。
なお、ソウルの光化門にある世宗文化会館の大講堂に、この飛天の姿が描かれている。

▼ 「青い鳥(파랑새)」を聴く。ほんの触りだけで・・・今様である。

2014年4月21日月曜日

気になること

イ・ソンヒの「公式ホームページ」のindexページに、「システム点検の関係で当分接続が不可です。了解願います。コンサートのファンクラブ座席に関連しては、別途案内する予定です。」の表示がある。
この状況をかんがみて、システムが再び安定的に使用されるよう期待する。

2014年4月20日日曜日

探してきました! イ・ソンヒ LPレコード(ソウル2日)

わが地元の韓国語教室で、先生にお願いして、今回のイ・ソンヒ30周年記念コンサート・チケットをインターパークを通じて求めていただいた。更に、ソウル市内の中古LP店と中古書店を巡って、イ・ソンヒに関わるものを探したく、道案内してくださる方をお願いした・・・ところ。

(若く見えて)10歳も見間違えたのだが、お話を聞くうち、何と気鋭の言語学者と知って大変恐縮した。失礼このうえなくて、あらためて深謝と感謝。

【LPレコード】
前回(2009年)と同様に、新世界百貨店近くにある「会賢(회현)地下商店街」を訪れる。今回は、イ・ソンヒのLPレコードを6枚も次の通り収集した。
なお、この中で最高のお宝は、1984年にイ・ソンヒがデビューした「江辺歌謡祭」のLPだ。

・「第5回 MBC 江辺歌謡祭(강변가요제)」 1984-08-25  Jigu (JLS-1201894)
・「1集 あ!昔よ/少女の祈り(아! 옛날이여/소녀의 기도)  1985-01-25  Jigu (JLS-1201926)
・「4集 愛が散るこの場所(사랑이 지는 이자리)」  1988-02-01 서울음반 (SPDR-105)
・「冬のものがたり(겨울날의 이야기)」  1988-11-20 서울음반 (SPGR-099)
・「6集 なぜわたしだけ(왜 나만)」 1990-08-20 서울음반 (SPDR-232)
・「私たちの物語(우리들의 이야기)」  1991-11-00 서울음반 (SPDR-280)

また、イ・ソンヒ関連の中古CDおよびDVDは、残念ながら見つからなかった・・・店情報によれば、難しいようだ。

次の古書店巡りの前に、ホルモン寄せ鍋(곱창 전골)の店に入る。ここで、おじさんと、ちょっとおじさんの二人連れは英気を養う。

【書籍】
東大門の清渓川沿いにある「平和市場古本屋街(헌책방거리)」で、イ・ソンヒ関連の記事がある雑誌や広報誌を探せなかった。日曜日のためか休業しているところもあり、また雑誌は扱っていないというのが共通の反応のようだった。

穏やかな天気にかかわらず、歩き詰めたためか、汗が止まらない。昨日の興奮もあり、しんどくなって、早めに断念することにした。体力の衰えをひしひしと感じる。いつかチャレンジしたい場所だ。

ソウル市内を駆け足し願った先生にあらためて感謝して、ソウル2日目を終わらせた。

そして、今晩、羽田に戻った。


(追記)
TONG記事(イ・ソヨン舞鶴女子高3記者)
・「古本屋で宝物を見つけてください」 清渓川古本屋街 ① (2016年2月26日
・「清渓川からきたラッキーボックス『わくわくする(설레어함)』」清渓川の古本屋街 ② (2016年2月27日
설레어함은 ‘빛나라 지식의 별’, ‘새벽 2시 보다 짙은 감성’, ‘영화를 보는듯한 긴박감’ 등 다양한 테마의 책 랜덤 박스를 판매 중이다.

2014年4月19日土曜日

行ってきました! イ・ソンヒ コンサート(ソウル1日)

イ・ソンヒのデビュー30周年記念「歌う イ・ソンヒ」コンサートに行ってきました!

開演3時間前のロビー
昼前、金浦空港に着き、光化門駅を降りてすぐに世宗文化会館の前を行ったり来たりした。すでに同館の大劇場が開いているわけではないのだが・・・玄関前に並んだベンチに、おじさん、おばさんが坐っていて、違和感なく同席していると、目の前を若い人たちがチェックを受けて入館しているのが見えた。そう、彼らは、今回のコンサートを支えた管弦楽オーケストラのメンバー達のようだ。

開演(19:00)の3時間前には、写真の通り、観客が次々と大劇場に入り、ロビーは混み合い始めた。目ざとく、イ・ソンヒのサイン入り15集アルバム「Serendipity」を見つけて早速求める。
会場入場できるまで、玄関口に近い場所に立っていたら、年配の係の方に、受付横にある椅子(彼らの椅子)に坐るよう勧められた。感謝しつつ丁重に遠慮したが、やっぱり、そんな風?に見られたわけで・・・。

テレビで繰り返し報道される悲報もあり、今回のコンサートはそれを十分配慮した”追慕形式”で実施されることになった。観客は、おばさんと少しのおじさんがメインだが、若い男女も多い。それに、親子らしい観客もあって、デビュー30周年記念に相応しい。

コンサート開演。イ・ソンヒのデビュー30周年を語るように、オーボエの響きに合わせてクラシックスタイルの管弦楽オーケストラの演奏から始まった。
やがてステージに、オーケストラを従えるように、イ・ソンヒが「Jへ」を歌いながら登場する。彼女の出発点であり、かの国で知らぬ人のない名曲「Jへ」に、会場は最初のどよめきをする。

 続いて代表曲、「少女の祈り」、「愛が散るこの場所で」、「分かりたいです」、「思い出のページをめくれば」、「あなたが私を愛されるなら」、「私はいつもあなたを」、「ひとしきり笑いで」、(「走れハニー」)、「狐の嫁入り」、「因縁」を、そして、今回の15集アルバム「Serendipity」のタイトル曲「その中であなたに出会って」がMVを背景に歌われた。

ゲストに2人の男女歌手が登場。女性は、元SESの方だろう・・・エネルギッシュにJazzアレンジの「私はいつもあなたを」、男性は・・・えぇっと、ごめんなさい?

ビデオで関係者が、イ・ソンヒについて語るコーナーがあり、何度も記事を拝見している大衆音楽評論家カンホン氏の映像が・・・大衆的風貌で一安心。

その後、イ・ソンヒは、米の女性歌手WH、Mの代表曲を圧倒的な変わらぬ迫力で歌いきる。

新作アルバム「Serendipity」からイ・ソンヒが作詞・作曲した「Someday」を、引き込まれるような不思議な映像を背景に聴かせる。次にラストに向けて、代表曲を歌い継いだ。
「ライラックが散るとき」、「私の街」、「ケンチャナ」、「葛藤」、「ああ昔よ」、そして「美しい江山」(これはかの国の人々にとって母国歌に近い)に会場は総立ちでライトペンが揺れる・・・いつもながら、この熱気に圧倒される。

アンコールは、イ・ソンヒがまさに幼さ全開のスタイルで登場した、1984年の江辺歌謡祭で大賞受賞したときの映像を背景に、「Jへ」を観客をいざないながら唱和した。

この雰囲気を作り出し、演出したイ・ソンヒは、3時間を全力で歌いきったのだ。これを3日間連続のコンサートで演じる、30周年ながらのイ・ソンヒに驚嘆する。

コンサートの終りには、会場の迫力もあって、私はへとへとになった。でも、イ・ソンヒがこのままの勢いで次回のコンサートするときは、また訪れてみたい。

2014年4月18日金曜日

イ・ソンヒコンサート 追慕形式で

私は、道すがら、慈愛の眼差しで赤ん坊に語り抱えながら通り過ぎる母親の姿を見て、これほど美しいものはないと思う。歳を重ねるにつれ、その思いが増す。母親がいなければ赤ん坊は育たない。赤ん坊がいなければ未来につながらない。

ヘラルド経済の記事「イ・ソンヒ、30周年記念コンサート予定通り開催・・・『追慕の雰囲気で進行』」(4/18、キム・ハジン記者)は、今回の珍島沖の沈没事故にあたり、イ・ソンヒのコンサートが追慕形式で開かれることを次のように報じている。

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・歌手イ・ソンヒがデビュー30周年記念コンサートを予定通りに進める計画だ。

・イ・ソンヒの所属事務所(Hook entertainment)側は、18日公式ホームページ*を通じて、「イ・ソンヒ30周年記念公演を延期しようと思ったが、1年前に日程が決まる世宗文化会館の特性上、日時変更が不可である。1万人以上の観客とスタッフが投入された大型公演であり、また他の公演協力業者の被害が発生する可能性がある」と明らかにした。

    (*)イ・ソンヒの所属事務所(Hool entertainment)の公式ホームページ未見だが・・・

・続いて、「30周年記念公演は今日(18日)から進行されることや、公演はセウォル号沈没事故の追慕の性格を持つものであり、イ・ソンヒもそれに合わせて静かに準備中」と付け加えた。

・所属事務所は「ファンの方々にしていただくことは、互いの痛みを抱えあげて、何よりも難しい状況で舞台に上がったイ・ソンヒに真心に充ちた拍手を送って、力を加えていただくこと」と頼み、「胸が痛い公演になると予想されるので、ファンたちの声援が何より必要だ」と伝えた。

・最後に、「もう一度、さらに頭を下げ、セウォル号沈没事故の死亡者の冥福と失踪者の無事救助を祈ります」と繰り返し哀悼の意を表わした。

・イ・ソンヒは、18日を始め、来る19日と20日合計3日間、ソウル世宗文化会館大講堂(大劇場)で30周年記念コンサートを開催する。
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2014年4月17日木曜日

お稲荷さん

図書館の帰り、隣接のこじんまりとしたお稲荷さんを見ると、八重桜が淡い西陽を受けて艶やかに輝いていた。これも機会と、ちょっと寄ってみることにした。

染井吉野の桜木は、すでに薄いピンクの花を散らせて、今は若い新芽に変わり、次のステップに進んでいる。そんなとき、より紅の濃い八重桜花は、花弁が集まって連なり、枝々賑わしている。

立ち並ぶ朱色の鳥居の上に、西陽を受けてくっきり浮かんでいる八重桜は、初夏というには早過ぎる、まだまだ春だとばかりに咲き誇っているようでもある。

鳥居をくぐると、奥に小さな社がある。古びた造りだが、廻りを丁寧に掃き清められていて、近在の人々に大事に守られているのがわかる。近くにこんなお稲荷さんがあるのは、よりどころが増えたようでうれしくなる。今回の小旅行の無事を祈ったりした。

(本ブログ関連:”稲荷”)

2014年4月16日水曜日

イ・ソンヒの思い出(政界進出、安全地帯の作曲)

マネートゥデイの記事「イ・ソンヒ、市会議員挑戦・・・『所属事務所によって出馬』」(4/15、スターニュース:ラ・ヒョジン記者)は、SBS「ヒーリングキャンプ  楽しいじゃないか」(4/14)に出演したイ・ソンヒが、1991年6月20日にソウル市会議員選挙に27才で麻浦地区から出馬(民自党)して当選した当時のいきさつ、および日本進出について次のように語った。

次の初耳がある。
① 市会議員選挙出馬に、彼女の「すでに、所属事務所が相談せずに市会議員候補者に登録を完了した状態だった」ということだ。出馬政党の選挙参謀の思い出によれば、最終的に父親の説得を必要としていた・・・というが。

(本ブログ関連:”市会議員”)

② 当時、「海外進出を目前にして」いて、「日本では安全地帯안전지대が曲を書いたアルバムの作業が完成された時であった」というのは驚きだ。彼女には、1993年5月21日発売の「小型CDに収録の『空がくれたもの』、『見せたいけしき』の2曲(作詞:夏目純、作曲:都志見隆、編曲:萩田光雄)」があるのを知っていたが、安全地帯の曲とは、一体どんなものだったのだろうか。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの過去の日本公演と日本語曲”)

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・歌手イ・ソンヒが27才で突然政界に飛び込んだ理由を公開した。

・イ・ソンヒは、14日午後放送されたSBS「ヒーリングキャンプ  楽しいじゃないか」に出演し、最年少ソウル市議員として活動した過去を思い出させた。

・イ・ソンヒは、「当時、マイケル・ジャクソンの両親がアメリカ進出のラブコールをしたし、日本では安全地帯(안전지대)が曲を書いたアルバムの作業が完成された時であった」として、海外進出を目前にして、市会議員に出馬することになったことを明らかにした。

・イ・ソンヒは、「すでに、所属事務所が相談せずに市会議員候補者に登録を完了した状態だった」として、「市会議員になれば、これまで感じた不条理なものを変えられるという純粋な考えを持っていた」と告白した。

・イ・ソンヒは、「学生時代、(子どもが家庭を支える)少年少女家長の友人が体験する切ないことを社会的イシュー(論点)にしたかった」として、「また、市会議員をやらないといってしまえば、色々な人が大変になる状況だから、『するほかはない』と考えた」と説明した。

・イ・ソンヒは、「市会議員をしながら、生まれて初めて冷たい視線を受けた。社会を知るようになった最も意義ある経験だった」と伝えたりもした。
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2014年4月15日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 竹

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/9)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第51回として、楽器に使われる「竹(대나무)」にまつわる話を紹介した。

まず、楽器の材料の話から、竹を使った楽器の紹介へと、次のように始まった。
・朝鮮半島最古のものとして、平壌の博物館所蔵の青銅器時代(紀元前8世紀~末期)に鳥の足骨で作られた楽器「骨笛(뼈 피리)」のがある。古く、楽器に鉄、石、糸、竹、夕顔の実、土、皮、そして木の8材料が使われ、「八音(팔음)」と呼んだ。鉄で作られた「鐘」。石の「編磬(편경)」(宮中音楽演奏に使用)。土は壷形の「ブ(부)」(主に祭礼音楽に使用)。八音中、一般に広く使われたのは竹で、主に横笛の「大琴(대금)」や二枚リードの「觱篥(피리)」などの管楽器がある。そのため、管楽器中心の音楽を「竹風流(대풍류)」と呼ぶ。

▼ 「竹風流」を聴く。どこか煌びやかで陽気な気分がする。

・「奚琴(해금)」は胴に太い竹を使う。また伴奏を担う楽器「杖鼓(장구)」は竹の撥(ばち)を使い、弦楽器を代表する「コムンゴ(거문고)」の弦を叩く撥(술대)は竹から作られる。
・竹は、中空だが幹が強く、しなやかにしなる性質があり加工しやすい。竹は南道地方に多く手に入りやすく、年間、青々として、まっすぐに育つことから、ソンビに好まれた。それで竹の楽器に、音楽同様、常に澄んだ音色の響きが期待された。
・古代史の記録の「三国遺事」(撰述:1270年代後半~1280年代中頃)に、統一新羅時代に竹を使った楽器「萬波息笛(만파식적)」の記載がある。萬波息笛は、旱魃や洪水を治め、敵軍を追い払い、さらに疫病も治したとされる。

▼ 「清声曲(청성자진한잎)」を聴く。以前聞いた奏者・・・こちらは、ゆるりとした時の流れを感じる。

・竹で作られた楽器には神秘な音色を響かせる「笙簧(생황)」もある。笙簧は「パク()」と呼ぶ丸い実を乾燥したものに、長さの違う細い竹を何本も突刺さしたもので、口で吹き音を出す。昔、この笙簧の音色を、想像上の動物の鳳凰の鳴き声に例え、仙人たちが演奏する楽器と考えた。中国では、人間を創生したとされる女カ여와)が、人間たちが楽しく過ごせるようにと与えた楽器が、この笙簧だったとも言われる。

▼ 「Oblivion」を聴く。これも以前聴いた奏者で・・・笙簧をアコーデオンに似せてセンチメンタルな・・・。


(Youtubeに登録のMCDuCheneに感謝)

2014年4月14日月曜日

イ・ミジャ、イ・ソンヒに見る「良い先輩」

10(ten)アジアの記事「チェ・ジェウクの大人子供の文化探求、『事理に疎いこと』 イ・ミジャ(李美子)、イ・ソンヒ、キム・ジョンソ、果たして『良い先輩』というのは何でしょう?」(4/14、大衆文化評論家チェ・ジェウク)は、歌謡界を例にして、良い「先輩後輩」関係について次のように考察している。ここでは主に、イ・ミジャとイ・ソンヒに関連する先輩像についての記述を見る。(抜粋)

以前、三中堂で入手したVHS版の「国民歌手 李美子 歌謡40年」ビデオを見て、ステージに彼女を迎える後輩歌手たちの敬愛を感じたことがある。そういえば、「李美子 歌謡生活40年」のCDを教保文庫で、「李美子 デビュー45周年記念アルバム」のCDを新宿コリアプラザで・・・。私にとっては、パティ・キムを継ぐべき人だと思っている。

実力者だからこその振る舞いは、市井の凡人にとって、自律する意味合いから、なるほどと理解できる。特に、おじさんの軽率な口出しは、若者に疎んじられる・・・。
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(写真)歌手イ・ソンヒが「不朽の名曲」に出演して、相変わらず情熱的に後輩を感動させた。

現代社会で急変化する「先輩後輩」関係、互いに尊重して通じあう方法はないのだろうか。

・この世で最も難しいことの一つは、「良い先輩」になることだ。 ・・・

・こうした中、最近KBS2「不朽の名曲 - 伝説を歌う」を見て、「良い先輩」とは何かもう一度考えてみることになった。去る3月15日と3月22日放送された、「エレジーの女王 - イ・ミジャ特集」と、3月29日と4月5日に放送された「私はいつもあなたを - イ・ソンヒ特集」は、先輩後輩間の情が何であるか感じられて感動を伝えた。

(写真)伝説のイ・ミジャは、厳格な助言で最高級(トップクラス)の後輩たちを緊張させた。

・歌手経歴55年のイ・ミジャと歌手経歴30年のイ・ソンヒは、後輩の歌を聞いて異なる方法で愛情を表わして目を引いた。イ・ミジャは、後輩の歌に賛辞だけ乱発していた以前の伝説とは別に、厳格な助言をいとわず、後輩を緊張させた。現在の歌謡界で最高評価の(歌手たち)に伝える非常に率直な感想で、55年間歌手として積み重ねた自負心が強く感じられた。現在、頂上の位置に立っている後輩は、初めには慌てたが久しぶりに聞いてみる苦言に感謝する姿を見せて感動を加えた。先輩は、やはり仕事に関連しては決定的な瞬間がきた時、後輩に言うべきことは言わなければならない。

・イ・ソンヒは、厳格な先生であるより親しい(弟や妹から見るような)姉さんの感じが強かった。まだ現役で旺盛な活動を広げる歌手らしく、後輩の公演をつくづくと見て勉強して刺激を受ける感じがして、より一層新鮮だった。(デビュー)30年目だが、歌手としてあらゆることを成し遂げたのでなく、相変らず「腹を空かした」現在進行形という気がした。後輩の献呈(トリビュート)公演に、やみくもに感激するより、新しい精気をもらう姿勢だった。やはり人生は、絶え間ない学習の連続。自身があらゆることを分かったと自負する瞬間、退歩の開始だ。真の先輩は、後輩からも習う点を探さなければならない。

・・・
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2014年4月13日日曜日

技術の発達

技術の発達はめざましい。経験の範囲でいえば、以前こんなこともあった。

① 昔、通信技術研修を担当した当時、センターにある大型コンピューター(アプリ+通信ソフト)と通信制御装置(制御ソフト)から専用線で結んだネットワーク上の端末を使う垂直型の時代だった。無線技術が話題になったとき、歩きながらコンピュータを使う時代が来るでしょうねと語ったが、まさに今がそうだ。

ところで、その後に登場した通信プロトコル標準化の「OSI参照モデル」が完成したのは、イ・ソンヒが江辺歌謡祭で「Jへ」を歌って大賞受賞した、あの1984年のことだったが・・・ああ、時代は見る間に変わり、TCP/IPの世界へ移っていった。全てのメーカーは後追いした。

② あるとき、コンピューターメーカーによる将来技術講演会があり、解説者がデモをした。壇上で関係者と握手をしたら、名刺情報が一瞬にして互いに伝わるという、皮膚接触型の情報交換を実演した。

③ 上記から後、それも10年ほど前のこと、インターネット上で買い物のやりとりする予測がビジネスフェアで演じられた。「ピアノを買いたい」という問い合わせたを受けた先のネットショップに現れたのが、人工知能を持った人間の姿をしたCG店員で、自然な声で対応し、商品説明、売買処理を画面上で済ませられるといった紹介がされた。これこそ、究極のセールス・フォース・オートメーション(SFA)と自賛していた。


そういえば、親類から紹介されながらも行けなかった「バイオミメティクス」の展示会、「4億年、昆虫との手紙展。バイオミメティクス - いきものに学ぶイノベーション」(3/20-4/6)があったが・・・。技術は、自然に近づこうとしている。

映画「ブレードランナー」のシーンに、人工のヘビの鱗(うろこ)から、レプリカントの追跡が始まる。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)


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2014年4月12日土曜日

歌姫

熱気に浮かれたとき、頭を冷やしてくれる曲がある。今度だって、イ・ソンヒの最新15集アルバム「Serendipity」を聴くのだとか、ソウルでの30周年記念コンサートに行くのだとか、いささかオーバーヒート気味しているそんな時、ちょっと自分に戻るきっかけが欲しいものだ。

中島みゆきの「歌姫」を聞いていると、いつのまにか人生を照らし合わせるようにして、懐旧と悔恨が寄せて来る気がする。旋律と詞の合間に、忘れていたものが、はっとするように浮かんでは遠ざかる。人生は、そんなに悪いもんじゃないよ、この歌は、そんな後押ししてくれる。

(本ブログ関連:”歌姫”)


(Youtubeに登録のhitonomichiayamaruに感謝)

ところで、イ・ソンヒの15集アルバムの名である「Serendipity」について、その語源を紹介しているものがある。Srendipityの造語のもとになったSerendibに由来しているというのだ。

「寓話 セレンディッポの三人の王子」(クリストフォロ・アルメーノ、徳橋曜 監訳)の巻末にある「『セレンディピティ』誕生とその後の展開」(澤泉重一)の解説によれば、1909年に初めて「セレンディピティ」の語を掲載した辞書(The Century Dictionary and Cyclopedia)に、次のように記載されているようだ。
「Serendipity【名詞】:セイロンの元の名前のserendibから、serendipと変化させて、-ityで名詞化した引喩されたユーモラスな造語。サンスクリット語でSimhaはライオンの意味で、dipは島の意味であるがこれが変化したもの。欧州語としては、Seilian、Zeilon、Ceylonと変化した。」

なお、「寓話 セレンディッポの三人の王子」の作者クリストフォロ・アルメーノとは、アルメニ人のクリストフォロという意味だそうだ。

(本ブログ関連:”セレンディピティ”)

ああ、やっぱり頭の中はまだ「Serendipity」のまま・・・。

2014年4月11日金曜日

イ・ソンヒの音楽の年輪 「Serendipity」、「その中であなたに出会って」

そろそろ、イ・ソンヒの15集アルバム「Serendipity」を機会に、彼女の音楽史上の位置づけについて求めたくなったところ、音楽評論家イム・ジンモを主軸に運営されている大衆音楽のウェブマガジン「IZM」(2014年4月、投稿者ソ・スングン)に、次のようにクールな論説が掲載されているのを知った。(IZM>ALBUM>K-POP)
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 イ・ソンヒ 「Serendipity」

・”思いがけない喜び”という題名がイ・ソンヒの音楽のキャリアを象徴する。1984年に、「MBC江辺歌謡祭」で始まった彼女の歌手活動は、突然訪れた喜びであり、人生の転換点であったし、彼女は1990年代初めまで、大韓民国を代表する女性歌手として登板して、大衆音楽の歴史の中心に立った。イ・ソンヒの15枚目のアルバム「Serendipity」は、デビュー30年を記念して祝う作品で、年輪と経験で、多様な音楽形式を解きほぐして抱きしめ、新しい試みへの不安をぬぐい去った。

・ロック、ブリティッシュ・ポップ、ラテン、ジャズ、ヒップホップ、R&B、バラードなど、色々なスタイルで組まれた「Serendipity」は、「最もイ・ソンヒらしくない」作品だ。好き嫌いが分かれた特有の過度のバイブレーションは薄められたが、むしろ強弱の調節を通じた配分と調整でアルバムを平板に、均等にアイロンがけした。マライア・キャリーが、2005年に公開した「Emancipation Of Mimi」で誇示のためボーカルを抑制したように、イ・ソンヒも「Serendipity」は、内に静めて、時には噴出して、アルバムをもの柔らかく調子よく丸く整えた。古木に成長したイ・ソンヒは、様々なスタイルを観照して包容し、自身の歌の中に抱え込んだのだ。

・プロディジーとエイミー・ワインハウスなどのアルバムをマスタリングした、スチュアート・ホークスは、イ・ソンヒの声と楽器の音を融和させ、透き通る美しい声を込めた。
- タンゴとフォーク、そしてジャズのスキャットが似合う「街の眺め(거리 구경)」で披露している各楽器の音の黄金率は、今回のアルバムに多くの真心と努力が入り込んでいることをのぞかせる重要なトラックだ。
- 英国のモダン・ロックバンド スタイルの「Someday」から変化は始める。
- イダンヨプチャギ(ダブル・キック)が作曲して、ヒップホップグループ・トロイのメンバーのカントが参加したR&Bナンバー「町をひと巡り(동네 한바퀴)」と、パク・グンテが作った「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」を通じて、イ・ソンヒは”今”という現在性を確保したし、
- エレクトリックその他が直線的なボーカルを補佐する「夢(꿈)」は、ケリー・クラークソンとユナの中間地点に位置するロックンロール・トラックで、溌刺とした「綿菓子(솜사탕)」と共に懐かしかった時代を追憶して、成功した30年を祝っている。
- 想念を刺激する、夕焼けが浮ぶ「自分への手紙(나에게 주는 편지)」はブラシ・ドラムとトランペット演奏が曲の雰囲気と歌詞の内容を感情移入させて、アルバムの中心トラックに正座する。
- 反面、奇跡の歌がオーバーラップされる「私は行く(나는 간다)」の後半部に爆発する歌唱は、相変らずイ・ソンヒだ。

全11曲が入ったアルバムのうちで、9曲を作曲したイ・ソンヒは「Serendipity」を通じて、単なる歌手から、曲を作って歌を歌うシンガーソングライターの名刺を明確に印刷した30年という物理的な時間は、彼女を作家主義アーティストに導いた熟成と発酵の期間だった

・相変わらず短い髪と丸いメガネのイ・ソンヒが作った音楽の年輪には、彼女が国を代表する女性歌手と記憶され得る数多くの過程と選択が溶け合っている。そして、その選択はいつも、イ・ソンヒを最高の席に導いた。15枚目のアルバム「Serendipity」、やはりイ・ソンヒに音楽人生という方程式で最高の変数として作用するだろう。

- 収録曲 -
1.Someday
2.동네 한바퀴 (꽃다운나이..(Feat.カント))
3.너를 만나다
4.그 중에 그대를 만나   ← アルバムのタイトル曲
5.거리 구경
6.꿈
7.이제야
8.나에게 주는 편지
9.이뻐 이뻐
10. 솜사탕
11. 나는 간다
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(追記)
同じく、ウェブマガジン「IZM」には、イ・ソンヒのタイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」についての論評(投稿イ・ジョンミン、2014年4月)がある。
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新譜11曲中、9曲を直接作曲したにもかかわらず、タイトル曲の座を他に譲ったのは、それだけ大衆性をあきらめないという意図と解釈される。さらに、この重い責任をヒットメーカーのパク・グンテ(作曲)とキム・イナ(作詞)に任せたのだから、聞く前から新たな感動への期待が膨らむ。

・チョー・ヨンピル、イ・スンチョル、ナミなど復帰した歌手の共通点は、トレンドを広げて出すということだったとすれば、彼女は驚くほど過去へ回帰した。音楽作業中の歌手の声を聞いて、スタイルを完成していくパク・グンテの方式を思い出してみると、イ・ソンヒという歌手には大勢よりは正統がもっと似合うと判断したものだ。

・アプローチは良い。少し古く聞こえる唱法に映る可能性があるが、皆が電子音楽とグループに執着した時期に、このような登場はさわやかだ。しかし、歌がチャートに登ることができないのは、曲の重みが代表に立てるには不足だからだ。収録曲に相応しい歌が、タイトルに出てきた。
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2014年4月10日木曜日

イ・ソンヒの「Jへ」(SBS「ヒーリングキャンプ」)

イ・ソンヒが、SBSの番組「ヒーリングキャンプ」(4/7、pm11:15~)で、彼女の代表曲「Jへ」(1984年)を暖かい眼差しで、ペク・ジョン(백지영)、イ・スンギと共に歌う映像がYoutubeにある。
今年、音楽人生30年を迎える歌姫の味わい深い歌唱力と、変わらぬ清雅さを視聴できる。今月の世宗文化会館大劇場のコンサートステージが楽しみだ。

4/19に到着して、夜にコンサートを見たら、翌日4/20は市内のLP、CD(中古)ショップ巡り。できれば、イ・ソンヒの記事が掲載された(中古)書籍・雑誌も探したい。何かお宝が見つかれば幸いだ。そして、夜には戻ってくる・・・。

(本ブログ関連:”Jへ”)

 
(Youtubeに登録のSBSNOWに感謝)

2014年4月9日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 清明、寒食

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第50回として、二十四節気の「清明(청명)」と、同じ時期の「寒食한식)」にまつわる話を紹介した。

まず、同時期の清明、寒食の語義、および植樹について、次のような紹介から始まった。
・諺に「清明に死のうが、寒食に死のうが(청명에 죽으나 한식에 죽으나)」がある。二十四節気の一つの「清明」(陽暦4月5、6日)から花冷えも収まり、気温も暖かくなる。一方、「寒食」は、冬至から105日目を指し、伝統的名節で、先祖の祭祀(제사.)をしたり、墓参りに行く。この日は火を使わず、冷たい料理を食べる。清明とほぼ同じ、陽暦4月5、6日になることから、上記の諺は、「これも、あれもたいした差はない」の意で使われる。また、毎年4月5日は、山に植樹する日でもある。朝鮮時代の成宗(성종)王が世子や臣下を連れ、農作業の神を祭る先農壇(선농단)で祭祀を行った。

▼ 「花柳東風(화류동풍)」を聴く。きらびやかな春の香りする・・・今様である。

次に、寒食と墓薙の風習について、次のように説明された。
・寒食の伝統はほぼ失われたが、旧正月(설날)、秋夕(추석、旧暦8月15日)、5月の端午の節句と並び、4大名節とされた。昔は、火の使用に手間取り、家々で火種を消さぬよう用心した。万物は、命を宿すと考えられ、火も古びると生命力が落ち、人に悪影響を与えると信じられた。新春を迎える時、古い火を消し、新しい火を点す作業が寒食だ。朝鮮時代、寒食の4日間、火の使用を禁じ、冷たい飯を食べた。宮中では柳の木で焚いた火を、官庁や臣下に分け与えた。
・植樹のころ、墓の草むしりの「墓薙(벌초)」や、補修したりする慣習だけは、今も残っている。
・次の曲目「西道雜歌」中の「祭奠」は、寒食に夫の墓前で、祭祀を行う女性を歌った曲だ。準備の供え物を一つ一つ並べ、心をこめて捧げ、先立った夫を偲んで歎き悲しむ。曲冒頭、祭祀の前に、墓前に幾重も紙を敷き、供え物を乗せる場所を作る様を歌う。

▼ 「西道雜歌(서도 잡가)」の中の「祭奠(チェジョン、제전)」を聴く。少ない音と震える声で悲しみを表現して・・・。

最後に、鄭澈(정철、1536年12月18日~1594年2月7日)の歌について、次のように解説された。
・この時期、祭祀でなく、花見に山を訪れる人が少なくない。こうした風流を楽しむ様子を描いた歌に、朝鮮時代の歌辞(가사)文学の大家、号を松江(송강)、鄭澈の歌に「勧酒歌」がある。「この身は死んだ後、むしろで包まれ、きらびやかな輿に乗せられ山まで運ばれるのだろう。麻の服を着た人たちが歎き悲しみながら付いてくるだろうが、わびしい墓の中では誰も酒を勧めてくれることもない。せめて生きている間だけでも、心から楽しもう」という内容だ。

▼ 「勧酒歌(권주가)」を聴く。不老酒の効用をまず朗詠して・・・ゆるり酔ってみよう。

2014年4月8日火曜日

イ・ソンヒ 「Jへ」にまつわるビハインド・ストーリー

韓国経済の記事「イ・ソンヒ、イ・セゴン作曲家と『Jへ(J에게)』にまつわるビハインド・ストーリー公開」(4/8、ペ・ソニョン記者)に、イ・ソンヒが、デビュー曲「Jへ」との出会いについて、TV番組のインタビューで「裏話」を語ったと、次のように報じている。
すでに本ブログで、経緯を記しているが、彼女自身の言葉としては初めてのことなのだろうか。

ところで少し気になることがある。著作権について、そのあたりは初耳だ・・・下記の追記の中で氷解。

(本ブログ関連:”イ・セゴン李世建、이세건)”)
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SBS「ヒーリング・キャンプ」放送画面
・歌手イ・ソンヒが「江辺歌謡祭」大賞を与えられた歌「Jへ」にまつわるビハインド・ストーリーを公開した。
・イ・ソンヒは、7日午後放送されたSBS「ヒーリング・キャンプ 楽しいじゃないか」に出演した。
・この日、イ・ソンヒは「高等学校2年の時、歌を歌いたくてチャン・ウクチョ(장욱조)音楽室を訪れ、その方面に無名の作曲家が楽譜をゴミ箱に捨てる姿を見た」と話した。当時、(私も)ついその楽譜を取って、「この曲、私が歌ってもかまいませんか?」と尋ねたというイ・ソンヒ、まさにその曲が「Jへ」であった。
・イ・ソンヒは、「楽譜というものが、私をときめかせた。楽譜は、音楽を知ることができるようにする通路であった。絶対にあの楽譜を捨ててはいけないという考えだけだった」と話した。
・イ・ソンヒは、「Jへ」で、「江辺歌謡祭」で大賞を受賞した。そうして国民歌手イ・ソンヒが誕生することができた。また、「Jへ」を作った無名の作曲家であるイ・セゴン作曲家に、著作権をすべて返したとも付け加えた。
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(追記)
news1の記事「『ヒーリングキャンプ』 イ・ソンヒ、「父が帯妻僧」告白・・・帯妻僧とは?」(4/9)に、父親について、次のように触れている記述がある。(抜粋)
これについても、本ブログで繰り返し、韓国仏教と照らし合わせて記している。

(本ブログ関連:”妻帯僧”・・・韓国では”帯妻僧”)
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・この日放送で、イ・ソンヒは自身の幼い時を言及して、父が帯妻僧であったことを明らかにした。 彼女は、「(父は)祈祷をとても多くしていたし、私は市内の学校に通いながら、森の中に住んだ」と明らかにした。
・続いて、「自然に、山寺で僧侶が経をとなえる声を真似たりした」と付け加えた。
・イ・ソンヒが言及した、帯妻僧は男僧侶のうち、結婚して妻と家庭を設けた特定の僧侶を示す言葉だ。火宅僧とも呼ぶ。
・イ・ソンヒの父の情報に接したインターネットユーザーは、「イ・ソンヒの父、帯妻僧、そうですか」、「イ・ソンヒの父、帯妻僧、自然に自然と近かったのですね」、「イ・ソンヒの父、帯妻僧、この頃も帯妻僧はたくさんいらっしゃるのでしょうか?」などの反応を見せた。
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(追記)4/9
釜山comの記事「イ・ソンヒの父 帯妻僧の事実公開へ 『家族写真』注目・・・」(4/8)は、番組「ヒーリングキャンプ」の中でイ・ソンヒが語った家族のことについて、次のように報じた。(抜粋)
これについても、本ブログで繰り返し、彼女のプロフィールに照らして記している。

(本ブログ関連:”資料:이선희 Profile (自伝~1991年、27歳まで)”)
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・イ・ソンヒの父 帯妻僧
・この日放送(SBS「ヒーリング・キャンプ 楽しいじゃないか」)で、イ・ソンヒは「祖父は歌唱をしたが、私もその影響が大きいようだ」とか、「父も声が良かった。帯妻僧で祈祷をたくさんした」と話した。
・続いて、「父のために、幼年時代を森の中で暮らした。学校は、都心に通って、放課後には外と遮断された山寺で暮らした」とか、「とても大きな寺なので、数多くの僧侶と一緒に暮らした。その中にあって、常に僧侶が経を唱える時、私も知らずに真似したりした」と説明した。
・ひるがえって、イ・ソンヒは、去る2012年放送されたMBC「黄金漁場-膝打ち導師」に出演して、「父が宗教家だが帯妻僧だ。小学校6学年の時まで寺で暮らした」と、特異な家庭環境について明らかにしたことがある。
・当時、放送では、イ・ソンヒの帯妻僧だった父とともにとった家族の写真が公開されたりもした。
・イ・ソンヒの父が帯妻僧に、ネチズンは、「イ・ソンヒの父、帯妻僧、以前にも公開された話だな」、「イ・ソンヒの父、帯妻僧、お経で鍛練された歌の実力?」、・・・などの反応を見せた。
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(追記)4/9
マネートゥデーの記事「イ・ソンヒの”Jへ”、作曲家のイ・セゴン 誰? 『ヒット曲製造機』」(4/8、キム・ポヨン記者)は、彼女の代表曲「Jへ」の作者イ・セゴンとの関係について、次のように報じている。(抜粋)
「Jへ」の著作権について、納得した。
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・イ・ソンヒは、「(『Jへ』を捨てようとした)その方(イ・セゴン)が勝手に歌えと言ったよ」として、「3年間大事に保管した『Jへ』を持って江辺歌謡祭に出場した」と話して驚きを誘った。
・続いて、イ・ソンヒは、その作曲家が「イ・セゴンだった」として、「著作権は、大会を契機にイ・セゴンに返した」と話して注目を引いた。
・イ・セゴンは、「Jへ」'をはじめとして、歌手イム・チャンジョンの「すでに僕に(이미 나에게로)」、「嘘のような真実」と、ミン・へギョンの「恋はもうやだ(사랑은 이제 그만)」などの曲を書いた実力派作曲家だ。特に「恋はもうやだ」はミン・へギョンの代表曲に数えられる曲で、彼女の全盛期スタートを切った曲で知らされている。
・これに接したインターネットユーザーは、「イ・ソンヒの『Jへ』の作曲家イ・セゴン。(ミン・へギョンの)『恋はもうやだ』も作曲したよ」、「イ・ソンヒの『Jへ』。 歌、本当に良い」、「イ・ソンヒの『Jへ』。 なぜ他の人(歌手)は拒絶した(受け入れなかった)のだろうか」、「イ・ソンヒの『Jへ』。イ・セゴンとの縁、珍しいね」などの反応を見せた。
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2014年4月7日月曜日

花粉症

春になる前、風邪を繰り返し、春になれば、ここ数年、縁遠かった筈の花粉症。毎日、鼻水とくしゃみに悩む。鼻にティッシュで詮をして鼻水を抑えても、くしゃみは止まらず腹筋が痛む。

やがて、目がかゆくなり、掻けば掻くほど心地よく、次第にヒリヒリしてきて、最後は、おきまりの結膜炎なんてことに・・・しょっちゅうなっていた。

花粉症の原因に杉花粉があげられるが、その例でいうと、以前、韓国語の先生に韓国には花粉症がないと聞かされたことがある。理由は、花崗岩土壌なので杉林はなくて、もっぱら松の木立が多いからだそうだ。

日本語Wikipediaに「花粉症」の説明はあるが、韓国Wikipediaへのリンクはない。やっぱり、韓国ではポピュラーではないようだ。ネットのDaum辞書では、花粉症を「화분증」として記していて、漢方でいう「乾草熱(건초열)」に当たるようだ。

今日は、くしゃみが辛い・・・くしゃみで腹筋が痛むってことは、もしかしてウェストを絞る運動になのではと納得することにした。今まで、そんな風にうまくいったことはないけれど。

2014年4月6日日曜日

La Violetera

TVコマーシャル(ダイハツ軽トラックの「くらしの真ん中で~」シリーズ)から流れてくる曲を聴きながら、ああ、そういえば以前、このブログで美しい曲だと記した、同じくTVコマーシャル(JR東日本)だが、大貫妙子が歌う「美しい人よ」(1994年)を思い出した。彼女の日本語歌詞で、穏やかなアレンジして歌う雰囲気が心地よくていつまでも残っている。美しい曲だ。

原曲は、「La Violetera(すみれの花売り娘)」(1914年)で、スペインのホセ・パディヤ・サンチェス(Jose Padilla Sanchez、1889年5月23日~1960年10月25日)の作曲と、エドゥアルド・モンテシーノ・ロペス(Eduardo Montesinos Lopez)の作詞によるとのこと。

何とこの曲、チャールズ・チャプリンが、映画「街の灯(City Lights)」(1931年、本来サイレント)のサウンド版で使用したのだが・・・何だか、あの強烈な映像の方に目を奪われ過ぎたのかもしれない。随分と感傷的だ。

ところで、「日曜はだめよ」でおなじみ、「めがね」姿のギリシャ歌手ナナ・ムスクーリ( Νάνα Μούσχουρη, Nana Mouskouri、1934年10月13日~)がスペイン語で透明感あふれる声で歌っているのもいい。Youtubeで聴いてみよう。それに、映像も春らしくて作られていていい。

(参考)ブログ「續 more register movement」は、La Violeteraについて詳細に解説されている。感謝。


(Youtubeに登録のAbe Seimeiに感謝)

2014年4月5日土曜日

イ・ソンヒ 「Korea K-POP Hot 100」(米ビルボード)1位

昨日の陽射しと比べれば、今日はひんやりした。寒さが戻って冷え込む「花冷え」というのだろうか。一昨日の雨は、思った以上に花を散らせたようで、桜並木の道に花びらが散って重なっている。残念だ。

Wikipediaによれば、「その前後の日と比べて偶然とは思われない程の高い確率で、特定の気象状態(天気、気温、日照時間など)が現れる日」を「特異日」といって、例えば、東京の4月6日が「花冷え」の特異日に当たるという。実は、ここ数日、わが家ではガスストーブが復活している。

こんなときだから、いい話が欲しい。

東亜comの記事「イ・ソンヒ 米 ビルボードK-POPチャート1位に登場、女王の帰還」(4/3)によれば、米国のチャート情報「ビルボード」の「米 ビルボードK-POPチャート」のわくで1位を冠したそうだ。カウントの対象が、米国内だけなのかよくわからないが、いい話だ。もし、国のみだとしたら、イ・ソンヒは韓国内コンサート・ツアーだけでなく、ニューヨークもありかも知れない・・・。

(米)ビルボードのホームページを見ると、「Korea K-POP Hot 100」に、1位に「During That Meet Your(その中であなたに出会って) / Lee Sun Hee」が表示されている。
(Billboard>International>Korea K-POP Hot 100 : ビルボードの国別のヒットチャート・カテゴリー)

2014年4月4日金曜日

イ・ソンヒ 15集「SERENDIPITY」CD

イ・ソンヒの15集、30周年記念アルバム「SERENDIPITY」CDをついにというか、やっと手元に置くことができた。

アルバム入手に、次のような手間が少々かかった。先週水曜日(3/26)に、新宿職安通りにあるコリアプラザに問い合わせたところ、当日(3/26)または翌週水曜日(4/2)に、ソウルからCDを運んで来ているという。入荷次第、連絡するとのことだったが、当日はなかった。そこで、翌週水曜日(4/2)に、もう一度電話したところ、当夜遅くになりそうだという。じゃあ、翌日(4/3)に(つまり昨日だが)でもと思ったところ、朝から雨。そんなわけで、快晴の本日、新宿へ出かけた次第・・・。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒ 15集「SERENDIPITY」のCDを手にしたくて”)


アルバムの縦長CDケースに、ちょっと俯き加減でやや見返り姿のイ・ソンヒを見ることができる。女性らしい柔らかな視線で・・・でも、彼女の清雅さは少しも変わらない。
CDの解説に使われているものを含めて、写真すべてが、女性誌に載ってもいいような、そんなイメージがする。デビュー30年の自信を見せてくれているような。
(おじさんの目から見ると、イ・ソンヒはいつまでも美しくて可愛らしい)

曲目は次の通り。今日はアルバムを、一日繰り返し何度も聴きたい。

1.Someday
2.동네 한바퀴 (꽃다운나이..(Feat. 칸토)
3.너를 만나다
4.그 중에 그대를 만나   ← アルバムのタイトル曲
5.거리 구경
6.꿈
7.이제야
8.나에게 주는 편지
9.이뻐 이뻐
10. 솜사탕
11. 나는 간다

(本ブログ関連:”30周年記念")

ファンは、アルバムのどの曲が好きかというよりも、どの曲にもイ・ソンヒらしさを探し出しシンクロしようとするものだ。今回のアルバムに、彼女の音楽の振り子を意識するが、「Jへ(J에게)」で新しい道筋を作ったように、デビュー30周年に当たって、ポップスの試みをいろいろと展開していくのだろう。彼女のファンはロイヤリティがとても高い。

2014年4月3日木曜日

新鉱物

主成分が「ランタン」の2種の新鉱物が発見された。毎日新聞の記事「新鉱物:レアアース含む2種類…山口大などのグループ発見」(4/3、柴山雄太記者)は、次のように報じている。(抜粋)
アマチュアの入門をひたすら停滞する私には、理解ままならないニュースだが、「新鉱物」という響きに耳だてる。
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・山口大、東京大、愛媛大などの共同研究グループは2日、三重県伊勢市(矢持町にある秩父帯に属する地質で,小規模な鉄マンガン鉱床)の廃鉱から、レアアース(希土類)を含む2種類の新鉱物が見つかったと発表した。レアアースの分布や蓄積過程の解明につながるという。
・山口大によると、鉱物は2011年4月、三重県の鉱物研究家が採集し、共同研究グループが分析。国際鉱物学連合が今年2月、新種と認定した。レアアースの「ランタン」が主成分で「ランタンフェリ赤坂石」、「ランタンフェリアンドロス石」と名付けた。
・同じ資料からは、山口大が13年3月「ランタンバナジウム褐簾(かつれん)石」と名付けた新鉱物が見つかっている。
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詳細は、山口大学、愛媛大学、東京大学共同のプレスリリース「レアアースを主成分に持つ二種類の新鉱物を発見 」(4/2)に解説されている。(抜粋)
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柱状結晶:新鉱物2種の顕微鏡写真
・山口大学大学院理工学研究科の永嶌真理子准教授,東京大学物性研究所の浜根大輔技術職員,愛媛大学大学院理工学研究科の皆川鉄雄教授と冨田宣光(博士前期課程),稲葉幸郎(鉱物研究家)らのグループが共同で・・・発見しました
・「ランタンフェリ赤坂石」・・・は、緑簾石族鉱物の結晶化学の解明へ大きく貢献してきた,島根大学の赤坂正秀教授にちなんで命名されました。
・今回の「ランタンフェリ赤坂石」・「ランタンフェリアンドロス石」の発見によって,伊勢市山中の鉄マンガン鉱床からは合計4種*ものレアアース・レアメタルを主成分とする新鉱物が見いだされたことになります。

(*)4種の鉱物: 「ランタンフェリ赤坂石」、「ランタンフェリアンドロス石」、「ランタンバナジウム褐簾石」と「伊勢鉱」
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ところで上記研究グループのメンバーに、「鉱物研究家」が加わっているが、普通、鉱物マニアと呼ばれるアマチュアだろうけれど・・・ただのアマチュアではない。その最高峰には、自ら「アマチャ」と呼び、料理店の主人であり続けた、桜井欣一博士がいらっしゃる。

桜井欣一博士のアマチャ精神については、ブログ「石さまざま」(こいぬさん)に紹介されている、著書「蟇石庵塵語」で楽しく知ることができる。その中で、「アマチュアの欠点」の一つに、「独占欲が強すぎる人がある」というのは笑ってしまう。(感謝)

(本ブログ関連:”薄田泣菫「石を愛するもの」”)

2014年4月2日水曜日

(緊急)イ・ソンヒ 各都市ツアー計画

イ・ソンヒの公式ホームページ掲示板に、「[緊急]世宗コンサート...そして、大邱、蔚山、光州...」(4/1、キム・ヨンスク)として、(韓国内)全国コンサートツアー計画が次のように紹介されている。

(概要)
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・企画会社(フックエンターテインメント)は、既に19日、20日両日の世宗文化会館での公演を、18日(追加)、19日、20日まで3日をかけて実施すると決定した。
・また、世宗文化会館公演を始め、全国ツアー公演をするという。全国ツアーは5月10日、11日大邱(テグ)公演を筆頭に、続いて24日、25日蔚山(ウルサン)、6月7日、8日光州(クァンジュ)につながるだろう。その後も他地域を計画中。
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ちなみに、前回(2011年)、前々回(2009年)のコンサート状況は次の通り。

【2011年】
(海外)
・ニューヨーク2.3(木):カーネギーホール(Stern/Perelman)
(韓国)
・ソウル5.21(土)-22(日):世宗文化会館  ★レポート
・水原7.2(土)-3(日):文化の殿堂 幸せ劇場
・高陽7.9(土)-10(日):高陽アラムヌリ アラム劇場
・大田7.16(土)-17(日):忠南大 チョンシムファホール
・釜山9.3(土)-4(日):KBS釜山ホール
・全州9.17(土)-18(日):全北大 三星文化会館
・仁川10.8(土):サムサン・ワールド体育館
・光州11.5(土)-6(日):光州文化芸術会館 大劇場
・大邱11.12(土)-13(日):大邱EXCO本館 5階
・晋州11.19(土)-20(日):慶南文化芸術会館

【2009年】
・ソウル(서울)4.1-5:COEXオーディトリウム ★レポート
・仁川(인천)5.16(土):仁川サムサンワールド体育館
・全州(전주)6.27(土):韓国音文化の殿堂モアクダン
・清州(청주)7.5(日):清州芸術の殿堂大公演会場
・水原(수원)7.11(土):京畿道文化の殿堂大ホール
・城南(성남)8.15(土):城南アートセンターオペラハウス
・高揚(고양)9.5(土):高揚アラムヌリ アラム劇場
・大邱(대구)9.12(土):大邱市民会館大劇場
・釜山(부산)10.24(土):KBS釜山ホール
・大田(대전)11.1(日):忠南大 チョンシムファホール

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金弘道

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第49回として、風俗画家の「金弘道」(キム・ホンド、김홍도、1745年~没年不詳)にまつわる話を紹介した。

    (本ブログ関連:”金弘道”)

まず、朝鮮王朝後期の風俗画家として有名な金弘道の紹介から、次のように始まった。
・金弘道の代表作「書堂(서당)」は、登場の人物をそれぞれ生き生きと描いている。書堂は塾のような所で、先生に叱られて泣く子、それを興味津々と眺める子、どこか申し訳なさそうな先生、こうした瞬間を捉えた「書堂」は、彼の作品中、最も知られている一枚だ。
・その他の作品の、「相撲(씨름)」は、組み合う二人を息を呑んで見つめる観衆、ひとり飴売りする少年などの姿を描いている。また、「舞童(무동)」は、楽器ピリ、テグム、ヘグム、プク、チャングなど奏する丸座の傍らで、長い袖をひらめかして踊る子供の姿を描いている。金弘道は、風俗画だけでなく、宮中画、仙人図、仏教画、ソンビ画、細密画など様々な作品を残した。

▼ 竹風流(대풍류)の中の「念仏打令(염불타령)」を聴く。随分とソフィスティケートされた演奏。

次に、金弘道の人物と音楽に対する造詣について、次のように説明している。
・金弘道は、1745年(朝鮮王朝の英祖(영조)の代)、ヤンバンと庶民の中間の中人身分に生まれた。7歳頃から、文人であり画家、評論家として知られた姜世晃(강세황)の元で絵を学ぶ。その後、師の推薦を受け、絵画担当の官庁、図画署(도화서)で画家として働く。実力を伸ばし、才を認められ、王の公式肖像画「御真(어진)」を任せられ、20代の若さで、当時の王「英祖(영조)」と、後年「正祖(정조)」となる王子(世子)の御真を描いた。
・金弘道は、絵だけでなく人格も高く評価された。当時の記録に、「彼は風采が美しく、心が広く、些細なことは気にもとめなかったので、人々は彼を仙人のような人だと言った」、さらに「彼を見た人たちはみな、高尚で世俗離れしていて、平凡な人とは何か違うということを、一目で見極めることができた」と記されている。
・また、1784年の作品「檀園図단원도)」には、旅行家の鄭瀾(정란)先生、同僚画家の姜熙彦(강희언)を交えて、コムンゴで風流音楽を奏する自身を描いている。

▼ 霊山会相の中の「中霊山(중령산)」を聴く。ゆたりとして、霞湧く山中奥深く、コムンゴ、テグムの調べを楽しむよう。

・また、自画像とされる作品「布衣風流図(포의풍류도)」は、中央に琵琶を演奏しながら座る人物の着衣が、華やかな色彩の絹でなく、素朴な麻のところから、官職につかぬソンビを連想させる。周りに、刀、巻物、ひょうたん、そして楽器のセンファンが置かれている。絵の人物が奏している琵琶は、コムンゴ同様、ソンビの楽器とされた。また、センファンは、仙人が演奏する楽器として頻繁に登場する。素朴ながら知性溢れる姿は、金弘道を連想させる。

▼ 霊山会相の中の「打令(타령)」を聴く。素朴な楽器が、奏者の手にかかると味わいのある響きする。

2014年4月1日火曜日

(速報)イ・ソンヒ「30周年記念コンサート」、18日追加決定

エイプリルフールではない。エッと驚くことに、イ・ソンヒが世宗文化会館で開く、当初4月19-20日予定の「30周年記念コンサート」に、4月18日の追加が決まったというのだ。初日ステージを見たいと、4月19日のチケットを手配いただきやっと入手したというに、その前日分が追加され、つまりそちらが初日になってしまった。もちろん、盛況であることが何よりである・・・。

スポーツ朝鮮の記事「イ・ソンヒ、ソウルコンサート1回追加電撃決定。合計3日にかけて3回開かれ」(4/1、イ・ジョンヒョク記者)は、コンサートの反響の大きさを次のように報じている。(抜粋)

(本ブログ関連:”30周年記念コンサート”)
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歌手イ・ソンヒは、格の違いをチケット・パワーで立証した。

来る4月19日と20日(2日間)、ソウル世宗文化会館の大劇場で繰り広げられる、イ・ソンヒのデビュー30周年記念コンサート「歌うイ・ソンヒ」は、早期前売りの完売に伴い、4月18日午後8時公演を追加で進めることになった。これによって、今回のコンサートは、合計3日にかけて3回開かれる。

特に、今回の公演は、チケット前売りオープンと同時に、インターパークの前売率の日間、週間1位を占領して、すぐに売り切れるという気炎を吐いた。有名な様々な公演の中でも、イ・ソンヒのコンサートが断然「歌謡界の伝説」としてパワーを立証する、驚くべき前売率を見せた。 合計3000席余りの座席を持つ世宗文化会館の大劇場を、二回もいっぱい埋めても溢れ出るファンの声援が電撃的な追加公演の決定につながって、熱いファンの心を表わしたわけだ。

そうかと思えば、ファンたちの爆発的な声援が多様に現れて、イ・ソンヒのよどみない歩みに大きな力を与えている。先月25日に公開された15集タイトル曲「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」が発表直後から各種音源チャートの1位を席巻して、突風を起こしたのが代表的。変わりないパワフルなボーカルと洗練された感性が調和して、世代をまとめる名曲が誕生したという評価が溢れた。

また、先月29日放映されたKBS2の「不朽の名曲」イ・ソンヒ編は、イム・チャンジョン、パク・ジョンヒョン、パダ、ホン・ギョンミンなど蒼々たる後輩歌手の出演で話題を集め、視聴率13.4%(ニールセンコリア、全国基準)を記録し、同時間帯視聴率1位を記録した。イ・ソンヒの宝石のようなヒット曲と、彼女を敬愛する後輩の熱唱が、そのどの時より感動的であったという視聴者たちの意見が列をなした。

イ・ソンヒの所属会社(フックエンターテインメント)側は、「すべてのファンにみな会えなくて残念な気がするが、一日の追加公演でファンの爆発的で驚くべき声援に、ささやかだけれど報いることができるようになって感謝し、うれしい」と、「公演に対する期待が大きいだけ、さらに熱心に入念に準備して、素敵な公演をお見せしたい」と伝えた。
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2014年3月31日月曜日

近所の桜

桜の花が開いた。小学校の校庭を囲んで、あるいは住宅街の並木道を覆って咲き誇るが、まだ満開という絢爛さにとぼしく、散り行く風情もない。

昨日の雨風のどんよりした空模様と打って変わり、春めいた今日の陽射しはしみる。陽気に誘われて、近在の桜の様子を見に巡った。全開の勢いはあるが、花弁に固さが残っている。花見に出かけるには、すこし早いかもしれない。

まぶしく桜花を見上げていると、しみじみ昔のひとの気持ちが理解できるような気がしてくる・・・そんな境地とはほど遠い別の世界に住んでいるのに、桜の花は、一瞬ひとを酔わせてくれる。

ところで、今日で3月も終わり。一年をリンゴに例えると、その実の4分の1を食ってしまったことになる。時がたつのが早いというより、あっけなさを痛切に感じるようになった。だから、これからの観桜を大事にしたいと思う。

2014年3月30日日曜日

雨、風、地震

昼過ぎには雨に代わって、風が強くなった。それは、昼(12時23分頃)のこと、雨混じりの強風のせいで、家が一瞬たじろいだかと思ったとき、怪しく揺れが加わった。そんなに強い風だったかといぶかしむ。もしやとテレビをつけたが、地震速報は流れない・・・。

そんなものか、暫く放っていたが、気になって気象庁の地震情報を見ると、当地も震度2の範囲内だった。震源は、いつもの、千葉県北西部(M4.1)だ。ゴルフ場や大学施設があるエリアだ。

夜になると、風音が一段と増した。ちょっとヒンヤリした気分になり部屋を暖める。いつのまにかやって来る春は気分屋で、気を許すとすぐにいなくなる。答えは吹く風の中にあるようだ。おかげで、咳も落ち着かない。

2014年3月29日土曜日

(MV)イ・ソンヒ「その中であなたに出会って」

イ・ソンヒの15集「SERENDIPITY」所収のタイトル曲、「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」のミュージック・ビデオ(MV)が、Youtubeに登録されている。

(本ブログ関連:”その中であなたに出会って”)

OSTのように既存の物語り映像と組み合わせたり、野外で彼女が歌う姿の映像を編集したりしたものとは違って、曲そのもののイメージを膨らませて映像化した、その意味で(今様ではあるが)、本格的なMVかもしれない。・・・例えば、未見の「見知らぬ海辺で」のようなMVもあるが。

(本ブログ関連:”ミュージック・ビデオ”)

私たちの出会いと別れは、人生の局面でしかないかもしれないけれど、それは星の数のように多くの人々との、その中で出会った奇跡の結果だった。そのとき、命の永劫を信じ、出会いの奇跡の再来を願う。

本日、旅行会社からe-チケットが送られてきた。コンサートまで残り3週間、十分養生しよう。

(本ブログ関連:”SERENDIPITY”)


(Youtubeに登録の1theKに感謝)

2014年3月28日金曜日

沈丁花の香り

残すところ数日、4月になれば消費税が現在の5%から8%に上がる。テレビでは、消費者の増税対策をニュース番組でも、煽るように報じている。高級、耐久消費財から、今は長期保存食料品に至るまで購買対象が拡大している。
以前の消費税時のように、消費者心理から要不要は別として、トイレットペーパー漁りで一部に品薄が見られるという。前回のような大騒ぎではないが。

ニュースを見て、私もスーパーに買い物に出かけてみようとしたが、体調は平常時の80%くらいだろうか。完璧でないと感じたのは、小学校の垣根に沈丁花の花が咲き並んでいるのに、以前のように香りを感じないのだ。匂いが薄いというのか、鼻が病んでいるのか。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

一昨年と同じく、2月後半から3月初旬にかけて、風邪で寝込んでしまった。風の症状以外に異様に感じたことがある。嗅覚の変化だろうか、ネコを飼っているわけではないのに、家の中にまるでネコの独特な尿のような臭いを感じた・・・それは今も続いていて、一昨年と同様の現象(症状?)だ。これが治まらない限り、全快とは覚束ない。

そんなわけで、買い物に行く途中、通り道の垣根越しに咲くハクモクレンの白い花を見ても、春を満喫する気になれない。途中、コンビニに寄って、菓子をいくつか見繕い帰宅した。

空咳は、相変わらずだ。4月19日のイ・ソンヒ30周年記念コンサートまでには何としても完治したいと願っている。

歌姫イ・ソンヒの音楽人生

イ・ソンヒの音楽観について、最近のネット記事に、イ・ソンヒ自身、さらに音楽評論家の言葉を探してみた。
MK証券の記事「国民の歌姫イ・ソンヒ・・・ 『音楽人生もう30年ですね』」(3/25、イ・ギチャン記者)に、次のように紹介している。(抜粋)

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(2012年にメディアとのインタビューの中で次のように話した)「これまでの音楽的関心と好みが、ずっと変わってきましたよ。幼かった時は、音楽の海が無尽蔵だということをまだ知らなかった。だが、デビュー以後、私が手にしたのが全てではないということを悟りましたよ。意地をちょっと張るけれども、心を開いて受け入れる方法も分かります。他の人がこの音楽いいよ、あなたのものにしてみなさい、そのように薦めれば迷わず受け入れました。」

大衆音楽評論家カンホンは、「イ・ソンヒ以前の女性歌手たちは、草花や花のような若い受動的なイメージを持っており、殺伐としたエンターテインメント産業で、ミュージシャンとしてしっかりとした待遇を受けるのが難しかった」ところ、「イ・ソンヒは、女性ミュージシャンが弱者にならざるをえなかった歌謡界で、堂々と自身の両足で歴史を自ら作った最初人物」と絶賛した。
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(本ブログ関連)
・「2012年にメディアとのインタビュー」については、直接的な記事を未見だが、同様の趣旨を本ブログ「イ・ソンヒの分かりたいこと」の中で見ることができる。
・大衆音楽評論家カンホンのコメントは、今回の30周年記念コンサートに当たって述べられたもので、同様の趣旨を本ブログ「イ・ソンヒ15集タイトルは『セレンディピティ(세렌디피티)」の中で見ることができる。

2014年3月27日木曜日

(速報)イ・ソンヒ「その中であなたに出会って」Bugs!、Soribada、NAVER MUSICで1位

Kstyleの記事「SISTAR ソユ&チョンギゴのデュエット曲『Some』新曲の相次ぐ登場にも1位をキープ」(3/26、パク・ヒョンミン記者)によれば・・・3/25リリースされたイ・ソンヒの新曲「その中であなたに出会って」によれば、Bugs!、Soribada、NAVER MUSICの3ヶ所(の音楽配信サイト)で1位となったとのこと。

他に音楽配信サイトは、MelOn、Olle Music、genie、Daum Music、Monkey3などがある。こちらのチャートも気になるところ・・・と、知った振り。

2014年3月26日水曜日

イ・ソンヒ 15集「SERENDIPITY」のCDを手にしたくて

昨日(3/25)、韓国で発売されたイ・ソンヒの新しいアルバム15集「SERENDIPITY」のCDを手にしたくて、私の知る限りでしかないが、CDショップに問い合わせたところ、ソウルから本日または来週(水曜日に)入荷とのこと。
到着次第、連絡いただくことになっているが、今日のところは残念だったようだ。つまり、来週まで待つしかない。もしかしたら、幻の別便があって、もっと早く入手できるのではないかと淡い期待、妄想をしている・・・。

(本ブログ関連:”セレンディピティ”)

アルバムが発売されたこれから、4月19日・20日の30周年記念コンサートにいたるまで、さまざまなPR活動が行なわれ、記事が溢れることだろう。
もし可能なら、アルバムやコンサートの広報とは別に、彼女の音楽的な背景やご自身の音楽観、つまり時代の音楽の潮流のなかで如何に取り組まれたのか教えて欲しい。新聞にそのような記事が組まれるとか、雑誌などに特集が掲載されるのを期待している。

ともあれ、イ・ソンヒの15集ショーケースにおける、タイトル曲(星のように数多くの人々の)「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」をYoutubeで視聴しよう。

 
(Youtubeに登録のseongyoung kimに感謝)