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2017年1月6日金曜日

(参考) イ・ソンヒ出演のTVコマーシャル企業の事件

昨年、イ・ソンヒが22年振りにTVコマーシャルに出演したとして新聞記事に採りあげられたが、その商品の発売元である健康食品企業、チョンホ食品が偽原料を使用したとして摘発された。

(本ブログ関連:”チョンホ(泉湖、천호)食品”)

①  朝鮮日報(日本語版)の記事
朝鮮日報(日本語版)の記事、「『中国産の偽紅参エキスを販売』 韓国健康食品メーカーが謝罪」(1/4、イ・スルビ記者)は、企業の責任問題として、次のように報じている。
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・韓国健康食品メーカーのチョンホ食品が3日、「中国産の偽の紅参(高麗人参を蒸して乾燥させたもの)」を原料にした紅参製品を販売していた事実を公表して謝罪*し、波紋を呼んでいる。

(*)謝罪文は、同社ホームページ > お客様センター > お知らせ に掲載

・同社は自社ホームページに載せた謝罪文で「韓国人参製品協会の会長と副会長が経営する企業が紅参濃縮液の原産地を偽り、色素を混ぜ込むなど不道徳な行為をしていたことが検察の捜査で判明した」とし「この企業から購入した原料を用いた本社の一部製品でも問題が見つかったため、原料をすぐに廃棄し、該当の商品を全量回収する措置を取った」と伝えた。

・問題となった同社の紅参製品は「6年根紅参エキス」など4商品。同社は該当商品の購入者に対し、全量交換および払い戻しを実施するとしている。

・これに先立ち、韓国人参製品協会の会長(73)を含む紅参製品メーカーの代表7人は昨年12月29日、中国産人参濃縮液に水あめやキャラメル色素などを混ぜ込み、「韓国産紅参100%」とうたって販売したとして検察に起訴された。被告らの納品先の中にチョンホ食品も含まれていた。

・これを受け、消費者の間ではチョンホ食品製品の不買運動が起きている。インターネット上では「『6年根紅参濃縮液と精製水のほかは何も加えていない』という広告を信じて買っていたのに、裏切られた」、「食べ物で悪さをするとは、二度と買わない」といった批判のコメントが書き込まれている。一方で、「チョンホ食品はわざと偽の原料を使用したわけではないのに、犯罪者扱いするのはよくない」、「チョンホ食品も被害者だ」と擁護する声もある。
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②  ハンギョレ新聞の記事
この件について、ハンギョレ新聞の記事、「チョンホ食品、『偽紅参エキス』の謝罪文掲載も議論拡散」(1/4、カン・ミンジン記者)は、同紙の特性もあって、思わぬところへ飛び火しそうな気配を暗示している。(抜粋)
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・・・
・チョンホ食品は、先に11月、(同社)キム・ヨンシク会長が、自身の運営するインターネット・カフェで、「キャンドルデモ(蝋燭示威)・デモ・昔のことを暴くマスコミなど、なぜこうなのか分からない。国政が揺れれば国が危険になる」として、キャンドル集会を非難する文と一緒に、保守団体が、「大規模集会を起こしたり、集会に加担した者は暴徒」という内容で製作した動画を上げて、世論の激しい非難を受けていた。
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③  済民日報の記事
また、今回のテレビ広告モデルとなったイ・ソンヒにも、クレームが及ぶ可能性が出てきた。済民日報の記事、「『泉湖(チョンホ)食品食品』謝罪文掲載、歌手イ・ソンヒに向かった飛び火 『イ・ソンヒも被害者だ』・・・なぜ?」(1/3、キム・ユジン記者)は、次のように報じている。(抜粋)
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・・・・
・このような、泉湖食品の悪行(蛮行)が明らかになって、一部では「泉湖食品」の広告モデルとして活動している歌手イ・ソンヒに向けても具合の悪い注意を引いている。

・あるインターネットユーザーは、「清潔なイメージのイ・ソンヒさんが、泉湖食品を広報するとは不快だ」と、「今からでも、イ・ソンヒさんのイメージのため、広告契約を解約すれば良い」と主張した。 他のインターネットユーザーは、「泉湖食品の悪行を思い出すと、イ・ソンヒさんに対するイメージも好転しないだろうと思っている」と指摘した。

・これを聞いたインターネットユーザーたちは、「広告モデルが何の罪か」、「イ・ソンヒも被害者だ」、「このようなごり押しがどこある」など多様な反応を見せている。

・一方、泉湖食品側が謝罪文を掲載したにもかかわらず、相変らず世論は冷たい反応を続けていて、不買運動の動きまで見せている。
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ネット時代、情報はいち早く拡散し、かつ半永久的に残る。しかも検索は容易。ネット情報は、1度のミスを閲覧者の手で、10倍にも100倍にも膨らますことができる時代だ。

2017年1月5日木曜日

小寒2017

寒い寒いと言っていたが、今日の寒さは本格的。防寒着の襟元ボタンまでしっかり留めるも、頬をよぎる風はことのほか冷たい。これで二十四節気の「小寒」というのなら、後の、寒さ甚だしい「大寒」はいかばかり。ここしばらく、この冬寒に難儀することだろう。何度もいうが寒いのは苦手だ。だが、何度いっても寒さは変わらない。冬真っ最中じゃ無理か。

(本ブログ関連:”小寒”)

近所にある読書室の窓辺で、ガラス戸越しに陽に当たりながら読書した。ぽかぽかして心地よい。そんなとき、巨大な温室を作って日がな一日ぼんやり暖まったらなんて空想したりする。それに溜め込んだ鉱物標本を小さく割ってみたいし・・・。

以前、ビニール温室の作り方をYoutubeで見たことがある。農家が使う規模になると、とても一人でできるものでない。かといって、趣味の園芸用のものは小さすぎる。

読書室が冷え始める頃、街通りの冷気を潜り抜けて帰宅する。寒暖の差は、やっぱり体にきついようだ。部屋の暖気にまた咳き込んだ。

2017年1月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 山々

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2016年12月28日)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、山々に関連した3曲を紹介した。

始めに、朝鮮時代の王座の後ろに置かれた屏風絵の「日月五峰図(일월오봉도)」について次のように紹介された。
・宮廷の王座の背後に屏風があり、青い空のもとに緑山の五つの峰が並ぶ。峰の合間に、白い月と赤い太陽が浮んでいる。この屏風絵を、太陽と月と五峰の意から「日月五峰図」といいい、王を象徴した。五峰は、「金剛(금강)山」、「白頭(백두)山」、「智異(지리)山」、「妙香(묘향)」、「三角(삼각)山」などを指す。昔から、山神に祭祀を捧げた五山であり、国土を象徴的に表したものといえる。

▼ 五峰山での楽しい一日、「五峰山打令(오봉산타령)」をカヤグムの演奏で聴く。今様な、軽くステップを踏みたくなる。

次に、「檀君神話」や仏教の信仰で、神聖な場所としての山について次のように紹介された。
・昔、山は地形的な意味だけでなく、山中に神が棲むとされ、神聖な場所だった。「太白(태백)山」は、「檀君神話」の背景となっている。神話中の「桓雄(환웅)」は、天から太白山の「神壇樹(신단 수)」の樹下に降りた。ここを「神市(신시)」と呼ぶ。桓雄の息子が檀君である。檀君は、民族の始祖であり、最初の山神である。山神は、山を守るだけでなく、国を守る役割もした。後に仏教が伝来すると、歴史を持つ山に、仏と菩薩が住むと信じられた。金剛山を始め、山や峰の名は、仏教由来が多くある。ある伝によると、地形が美しい金剛山は、何人でも一度は見てみたくなるほどの山だった。

▼ 金剛山の美しさを歌う、「金剛山打令(금강산타령)」を聴く。仏教版観光ガイドのようで、素朴な繰り返しが耳に馴染む。

最後に、初日の出を迎える場所として「雪嶽(설악)山」が有名と、次のように紹介された。
・あと数日で(12/28放送)、2017年の新年を迎える。初日の出に出かける人も多いだろう。韓国でも、「雪嶽山」など有名な場所に、初日の出を迎えるため多くの人々が集まる。早朝から並んで登らなければならないほどだ。海でも陽が昇るのを見られるが、山に出かける人が多いようだ。登山のためでもあるが、新年を迎え、山の良い気運をもらうためでもあるようだ。

▼ 雪景色が美しい山、「德裕山(덕유산)で」を聴く。標高1614m、真っ白な雪山は魅力的。今様の旋律に色付けされて。

キム・ボエさんのことば。「世事、様々な出来事で慌ただしい様子です。でも、2016年もあと数日で終わりなので、気持ちを切り替えなければと思います。みなさんも、より健康で明るい2017年をお迎えください。」 とのこと。今年も、番組の拝聴を楽しみしています。

(德裕山の雪景色)

(Youtubeに登録の김선호に感謝)

2017年1月3日火曜日

正月三が日

冬の寒さは、日向も日影も寒い。東京の(平均最高・最低)気温は1月が一番低く、反転してこれから徐々に暖かさを取り戻す。そう思えば、外出の足も軽くなる。(そうそう、夏は日向も日影も暑いもの)

隣り町にある、割合大きな境内を持つ神社に参拝する。参道には、拝殿までの長蛇の列ができていた。今年の初詣はこれで3社目になる。みなの平安と健康を祈った分、「お守り袋」が増えてしまったが。

今日で「正月三が日」はおしまい。それを惜しんでか街にけっこうな人出。驚いたことに、以前、家族連れから離反されたファストフード店でも、レジ前に客が大勢並んでいた。

明日から世間は日常に戻る。

2017年1月2日月曜日

(資料) ”文化の黄金期” 1980年代

イ・ソンヒがデビューした1984年は、いわゆる「386世代」に代表される激動の1980年代に置かれる。その状況で、彼女も大きな振幅を経験することになる。1980年代の音楽文化について、様々な大衆歌謡の評論家が寄稿した新聞記事を、拾い読みしては、本ブログに抜粋・掲載した。

(本ブログ関連:”386世代”、”1980年代”、”イ・ソンヒと政治”)

昨年末の記事であるが、京郷新聞<オピニオン>欄に掲載の 「【文化批評】 ”文化の黄金期” 1980年代」(2016年12月27日、イ・ドンヨン|韓国芸術総合学校教授)は、1980年代の韓国の<青春文化>について次のように記している。(抜粋、段落内改行)

(少々重々しい表現が多いが)
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・私に1980年代の青年文化は、学生運動圏(参加者)の文化、デモ文化、理念の文化に深く刻印されている。いわゆる、運動圏が支配した時代であった。大学キャンパスで、デモは日常的であったし、催涙弾とペッパーフォグの臭いは消えなかった。デモ隊のスローガンと「民衆歌謡」は、キャンパスのサウンドを支配した。
歌バンド、農楽隊、社会科学研究会、校誌編集会が大学サークルの主軸を成して、祭りのときに、一般学友がミーティングして酒を飲み自分勝手に遊ぶのが虫が好かず、有名大衆歌手の学内コンサートを物理力に取り潰して、私たちはお前らと違うという意識で集会を開いた運動圏の文化は、1980年代の大学文化の後日談の郷愁を刺激する。

・しかし、果たして、1980年代の青年文化を全て運動圏の文化に一瞥することができるだろうか? とても皮肉にも、1980年代は大学街の運動圏の文化に同一視するには、大衆文化の環境と文化産業の市場の変化が、非常に躍動的な時代であった。

⇒ 1980年代の青年文化には、学生運動などの文化だけでなく、多様な大衆文化も存在した。

特に1980年代は、韓国大衆音楽史において、音楽的力量と産業的発展が最も優れたていた。1980年代は、チョー・ヨンピル、ユ・ジェハ、キム・ヒョンシク、イ・ムンセ、ピョン・ジンソプ、イ・ソンヒ、ユン・シネ、ハン・ヨンエなど大型ボーカル型のミュージシャンだけでなく、「野菊」、「分かれてまた一緒に(따로또같이)」、「春夏秋冬」、「新村ブルース」、「シナウィ」、「隼」、「ブラックホール」などのフォークからロックまでバンドも最高の全盛期を謳歌した時代であった。ソラボル・レコード、シンチョン・ミュージック、東亜企画などの企業型レコード・レーベル会社が産業体系を整え始めた。2007年8月、「京郷新聞」と音楽専門ウェブマガジンのガズムネットワークが共同で企画した「韓国大衆音楽100名盤」には、1980年代に発売されたレコードが31枚も選ばれて、時代別で最も多かった。1位は1985年製作された「野菊」の1集「行進」だった。

・1980年代の韓国映画産業には、ハイティーン映画と性愛映画があふれ出たが、これは単に検閲と統制に対する反応にのみ見ることができない大衆文化の消費欲望を表象するものでもある。
第5共和国は、言論統廃合、報道指針、「国風81」のような統制的、管制的文化政策を露骨に遂行したが、一方でプロスポーツの全面化、カラーTVの早期普及など、文化的な自由化措置を積極的に断行した。韓国の大衆文化産業の新自由主義化が逆説的にも、第5共和国の文化の自由化措置から始まったわけだ。

・1980年代は、理念的に見ようとするなら、文化的解放と弾圧が衝突した時代だと見ることができるが、社会文化的には文化産業の量的な膨張、「3低(ドル安・原油安・低金利)好況」にともなう経済成長の頂点に立っていた時代であった。
青年世代の消費文化を刺激させたアメリカの新保守主義文化と帝国主義文化を軽べつした運動圏の文化が非常に内密に交差した時期だった。

・1980年代の大学文化、あるいは青年文化を運動圏の文化で代表して言うことができるが、それでも当時の大衆文化の多様な欲望と差が、個人の立場を揺さぶった跡を消すことはできないだろう。自分でも、私が体得したほぼすべての文化的感受性は、1980年代の大衆文化から出たということができる。私は、1980年代のポップとロック歌謡を聞いて、エロ映画とプロスポーツを楽しんで文化的感受性を育ててきた。意識化された青年時期には、そういう感受性を革命のために捨てるべきであるとしばらく考えたことがあったが、今はそう思わない。

・・・・
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2017年1月1日日曜日

2017年 あけましておめでとうございます

2017年、あけましておめでとうございます

早朝のテレビで、富士山上空の雲海に浮かぶ「御来光」の様子が生中継され、

「初日の出」を目にすることができました ・・・ まずは縁起が良いこと!

それでは初詣に、地元の神社に参拝しましょう

今年が良い年でありますように


(本ブログ関連:”あけましておめでとうございます”)

2016年12月31日土曜日

イ・ソンヒの「Jへ」

2016年はどんな年だったろうか。1年の階段を一段昇り切ったか、それとも一歩転げ落ちたか。私にしたら、日常の延長のまま師走を走り、大晦日に至った感じだが。それでも、ちゃんと過ごしたか自問する。

本年9月4日、イ・ソンヒのコンサート「The Great Concert」(世宗文化会館)にも行き、ファンとしての勤めも無事果たしたと思う。彼女が、それ以前にさまざまなテレビ番組に出演したこと、それ以後にテレビドラマのOSTを歌ったこともブログに記した。

今年も今日で最後。イ・ソンヒのコンサートの最後には、デビュー曲である 「Jへ」(1984年)が歌われる。彼女が高校時代に音楽教室に通ったこと、そこで 「Jへ」の作詞・作曲家と幸運に出会ったこと、大学時代に音楽バンド 「四幕五場」に参加したこと、そして音楽コンクール 「江辺歌謡祭」に出場して「Jへ」を歌い大賞を受賞したこと。天賦の才を元にして、いろいろな出会いを重ねてイ・ソンヒは歌謡界に解き放された。以降、30年余、「国民歌手」としてそのトップを走っている。

(本ブログ関連:”Jへ”)


J 撫でる風に、J あなた想えば
今日も静かに、あなた 偲ぶわ

J きのうの夢に、J 出会った面影
わたしの胸に、染まっているのよ

*J きれいな夏の日、遠く消えたとしても
J わたしの愛は、今も変わらない

J あなたを永久(とわ)に
J あなたを愛して
J ともに歩いた、J 思い出の道

わたしは今宵も、寂しく歩くのね

(*以下繰り返し)

寂しく歩くのね

(1984年 「江辺歌謡祭」)

(Youtubeに登録の사사구통に感謝)

2016年12月30日金曜日

2017年の年賀状

年賀状作りは決まって年末ぎりぎり。たいてい、12月30日または31日(早くても28日以降)になってしまう。そんなわけで、今年も今日、年賀状を作成して投函した。

来年の十二支は酉(とり)。年賀状の文面側のデザインを、鳥にからめて「卵」にした。以前、Google起動時のトップ画面で、「イースターエッグ」(Google文字が隠れている)が表示された。本来、「イースター(復活祭)」は春の宗教行事だが、絵柄の美しさから借用させていただくことにした。(ハロウィンなど西欧行事を真似する昨今だが、まさか復活祭までとはと思うが・・・)

ちなみに、Googleトップ画面に表示された 「イースターエッグ」は、ロシアの宝石商ピーター カール ファベルジェ(1846年5月30日~1920年9月24日)の生誕166周年を記念したもの。

(年賀状の絵柄 ⇒ 「走るオンダー」に感謝)

ところで、Googleのトップ画面(=検索画面)には、「イースターエッグ」という隠しコマンドがある。例えば、検索ボックスに ”一回転”と入力してエンターすると、あら不思議! 画面が一回転する。この検索ボックスには、この他いろいろな仕掛け(隠しコマンド)があるという。
(「浦下com」、「Appgiga!!」に感謝)


(Youtubeに登録のtechjoに感謝)

2016年12月29日木曜日

(映画) 来年に持ち越しそう

今日だって、ちょいと外出しようとつくろったが、まだ力が入らず断念した。この調子じゃ、正月にも外出が無理かもしれない。(先日、風邪気味を承知で、「東京クリスマスマーケット」に出かけて、すっかりこじらせてしまった)

そんなわけで年末に、映画鑑賞は映画館で見るに限るといいながら来年に持ち越しそう。今までチャンスはあったのに惜しいことをした。今回の風邪をいい訳にして、正月開けにでも見よう。その一番が、映画 「シンゴジラ」だ。事態に対処する行動の定義や決定の責任について、キャッチボールがやりとりされる面白さがあるという・・・。

ところで、来年(日本)公開される楽しみな映画
Youtubeで、”2017 trailer”と検索すれば、来年公開映画の予告編が花盛り。おお、「ブレードランナー(Blade Runner)2049」(2017年)に会える。予告編で、主人公らしき男が入る建物に「행운(幸運)」の文字がある。舞台はどこか。

(本ブログ関連:”ブレードランナー”)

ちなみに、作品「ブレードランナー 2049」の監督は、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(1967年~)とのこと。

2016年12月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 冬至

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「冬至」に関連した3曲を紹介した。

始めに、「冬至」の意義と悪鬼払いの習慣について次のように紹介された。
・人は、過ぎ去ってその価値を悟る。人との関係だけでなく、時間や自然においても同じだ。暑い日が続く夏、太陽のありがたさを忘れることもあるが、冬になれば、昼間の日差しのありがたさに気付く。日当たりの良い日に、窓辺で陽光を浴びるのも心地よい。一年の中で昼が最も短い日が冬至だ。昔、冬至を正月のように思ったりした。悪鬼を追い払う意の習慣で、小豆粥を食べ、近所の人と一緒に分け合ったりした。小豆の色に悪鬼を追い払う効果があると信じたからだ。冬至が過ぎると、次の日から昼が長くなる。

▼ 冬至にふさわしい曲、「ひまわり(해바라기)」を聴く。観光宣伝映画のメロディで聞いたかな、今様に軽快。

次に、妓生の娘「春香(춘향)」と官吏の息子「李夢龍(이몽룡)」の愛を語るパンソリ「春香歌」について次のように紹介された。
・パンソリ「春香歌」は、春香と李夢龍の身分を乗り越えた愛の物語だ。春香歌に、太陽の消息(落陽を待つ)の意の曲、「ヘソシク(해소식)」がある。李夢龍(イ・モンリョン)は、楼閣でブランコに乗る春香を見て、一目惚れする。春香の家へ訪問が許され、デートをすることになる。李夢龍が、勉強せず、妓生の家に出入りするという噂が立たぬため、夜の方が良かった。初デートの日、李夢龍も胸をわくわくさせ、早く起きて夜になるのを待ち望んだ。使用人に、いつになったら日が沈むのかと確認したという。普段は昼が短く感じるのに、今日に限って昼がなんと長く退屈なのかと嘆いた。李夢龍が16歳の頃、その気持ちも理解できそうだ。

(本ブログ関連:”春香伝”)

▼ 「春香歌」から、「ヘソシク」を聴く。会いたさに、早く落陽(日が落ちる)の知らせを待ったのだろう。

最後に、冬至の小豆粥から慈善について次のように紹介された。
・悪霊は赤色を嫌う。ために、小豆粥を食べると悪鬼を追い払うと信じた。冬至に小豆粥を作って、部屋や庭の片隅を置き場とする醬油や味噌の甕(かめ)付近にも置いた。悪鬼を追い払うためのものだが、冷ました味も一品。近隣に小豆粥を配り、困っている人があれば助けるのも、冬至にすべきこと。現代も慈善活動を冬に行うのは、冬至の影響だという。

▼ 管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)演奏による 「一千の太陽(천 개의 태양)」を聴く。中東の響きする、今様。

キム・ボエさんのことば。「まだ寒い冬ではありますが、これからもっと明るく、温かい太陽が昇ることを期待します。また、寒い天気の中でも、心だけはいつに増して温かい季節であればと思います。」 いつも、おだやかで優しい声に和みます。

2016年12月27日火曜日

(雑談) 師走に絶不調

喉の痛みが、9割方治まったというに、入れ替わるように咳込み始めた。長引きそうな予感がする。
医師の処方で咳薬をもらう。帰り道、街を巡ろうかと揚々としたが次第に力が抜けた。
このまま、絶不調の師走になるやもしれない。

こうなったら、本気でイ・ソンヒの子守歌、愛唱童謡集(1993年)に収録の 「島の赤ん坊(섬집아기)」を聴きましょう。島影に、牡蠣採り行った母さんを赤ちゃんがひとり待ってます。
きっと、ひとりごとする赤ちゃんの瞳に、海辺で牡蠣採りする母さんの優しい眼差しが浮かんでいることでしょう。

(本ブログ関連:”島の赤ん坊”)


(Youtubeに登録のKim Dong-Hoに感謝)

2016年12月26日月曜日

今日もお休み

昔の子どもたちは、風邪を引いて鼻水を垂らしても遊んだ。中には、鼻水が透明から黄ばみ、いつの間にか上唇あたりにこびりつかせる子がいた。そんな時代もあっという間に過ぎ、今は、そんな子育て(子ども任せ)は通用しないだろう。

あの時代に戻りたいと思わないけど、あの頃、子どもたちは、好奇心にあふれ、楽しみを見つけて遊びを発明した。その点は、今の子どもだってきっと同じに違いない。

一日中、安静にした。薬が利いて、喉の痛みが治まりかけているが、それにスライドするように、咳が出始めた。ここ数年、年初に咳き込むことが多い。用心するに越したことはない。

明日、今年最後の診察日なので、医院に行こうかと思う。

こんなとき、囁きかけるように歌う、ちあきなおみのカバーで、「そっとおやすみ」(1970年、作詞:クニ河内・なかにし礼、作曲:クニ河内、唄:布施明)を聴いてみよう。柔らかく包まれるような癒しを感じる。なんとも心地よい、おじさんのララバイだ。


(Youtubeに登録のTheNekozuna22に感謝)

2016年12月25日日曜日

イ・ソンヒの「涙に咲く花」

昨日、喉の痛みに診察を受けた。処方薬に鎮咳剤もあって、「眠くなるこがあるので・・・」という注意書きがあった。飲めば、体を休めろとばかりに直ぐに眠くなる。とうとう風邪にノックアウトされたわけで今日、明日、無理せず過ごすことにしよう。

これも神のおぼし召し、ゆっくり休む。治癒や体力の回復に一心で、懐旧する余裕はない。呼応するように、家の前を、「火の用心」の拍子木を打ちながら通り過ぎる音がした。響くのはそんな音ぐらい。

イ・ソンヒの「涙に咲く花(눈물속에 피는 꽃)」は、初アルバムと同年(1985年)にリリースされた第2集所収の曲だ。人気沸騰、デビュー時の彼女が、こんなにも情感を込めて歌うのに驚いたろうし、多彩な彼女の歌唱力に目を見張るばかりだっただろう。この歌が響いてくれるといいのだが。

(本ブログ関連:”涙に咲く花”)


“愛は 別れに、なおいっそう輝くでしょう
一人で寂しさを感じたとき、なおいっそう美しいでしょう”

あなたの目に映った 私の姿は
そんなに悲しい顔で 泣いていたのですか
思わず流れた 私のこの涙は
そんなにもあなたの心を 苦しめましたか

遠い空 見つめながら悲しみを消し去ろうと
気づかうあなたの姿は、むしろ私の心に
石を投げているのですね 涙に咲く花よ

“孤独が訪ねてくれば、こらえてしまうでしょう
こらえ続けて寂しくなれば、それだけで泣いてしまうでしょう”

こんなにつらい別れを 始めなければならないのは
もしかしたらあなたと私の 試練ではないでしょうか
私たちの目に宿る 涙に咲く花よ


(Youtubeに登録の김현진に感謝)

2016年12月24日土曜日

イ・ソンヒの「ラスト・クリスマス」

風邪だろうか、一昨日、昨日と喉が強烈に痛んだ。トローチなど市販薬を舐めたが芳しくない。クリスマスイブの今日、地元の医院で診てもらうことにした。インフルエンザの予防注射は既に打っているのだが・・・。「喉が痛いという患者さんが、最近多いんですよ」という医師の回答があった。とんだクリスマスプレゼントだ。

この時期になると、イ・ソンヒのカバー「ラスト・クリスマス(Last Christmas)」を聴く。今年もそうしよう。原曲は、英国の音楽グループ 「ワム!(Wham!)」 が1984年にリリースしたシングル。イ・ソンヒが歌謡界にデビュー(「江辺音楽祭」で大賞受賞)したのと同じ1984年だ。このカバー曲は、彼女のアルバム「冬の日のものがたり(겨울날의 이야기)」(1988年)に収録されている。

(本ブログ関連:”ラスト・クリスマス”)

ああ、それにしても喉が痛い。美味いものが食べられないクリスマスイブとは・・・・。


(Youtubeに登録のMusic maniaに感謝)


(追記)
朝日新聞DIGITAL記事、「ジョージ・マイケルさん死去 53歳、元『ワム!』」(12/26、渡辺志帆記者)、抜粋・加工。
<1980年代にヒット曲「ラスト・クリスマス」や「クラブ・トロピカーナ」などを生んだポップデュオ「ワム!」の一人としても活躍した、英国のシンガー・ソングライター、ジョージ・マイケルさんが死去した。53歳だった。マイケルさんの広報担当者が25日、「自宅で安らかに息を引き取った」>と発表した>

2016年12月23日金曜日

東京クリスマスマーケット2016

「天皇誕生日」の朝、昨夜の雨から一転してきらきら輝き、澄んだ青空に真白な雲を浮かべていた。気分爽やか、日比谷公園で開催中の「東京クリスマスマーケット2016」(12/16~25)に出かけることにした。都心の最高気温は19.6℃(何と01:45)、13:00頃でも17.5℃だった。

(本ブログ関連:”東京クリスマス・マーケット”)

昼頃到着したせいもあって、会場は大変な混みよう。ソーセージなど肉料理とワインやビールを中心にしたドイツ料理の売店テントが多数あり、どこも客たちの長蛇の列が続いた。そのほかクリスマスを飾る小間物や飾り物も売られていた・・・。昨年見たのと同じ、高さ14m、6層の「クリスマスピラミッド」の頂で、水平の羽根がゆるり回転していた。

人混みに圧倒されたわけでない。昨日から喉がヒリヒリして、唾を飲み込むのも痛いため、美味しい香りにもかかわらず、絶好の賞味の機会を逸した。本当に惜しいことをした。

ところで、夕方、テレビを見ていたら、NHKで「世界で一番美しい瞬間(とき)クリスマス・スペシャル ▽ 天使が舞い降りるときドイツ」が放送された。ドイツ・ロマンチック街道上にある、南ドイツの(カトリック信者が多数を占める)都市アウクスブルク(Augsburg)のクリスマスマーケットが紹介された。大きなクリスマスツリーの飾りのそばにクリスマスピラミッドが立っていた。クリスマスマーケットの話題の中心は、市庁舎(ラートハウス)の窓に可愛らしい天使たちが現れる「エンゲーレスシュピール(Engelesspiel)」だ。WWⅡから復興したシンボルでもある天使は、街の子どもたちにとって守護天使でもある。エンゲーレスシュピールを通して、天子役の子どもと家族の愛あふれる関係も紹介された。

2016年12月22日木曜日

10月下旬並みの暖かさと風雨

今日は、いっとき土砂降りがあったが、暖かな一日だった。なにしろ陽が傾くほどに、都心の気温が上昇して、日没後 18:25に最高気温の 19.8℃となった。10月下旬並みという。道理でストーブが暖か過ぎるわけ。

今週末の土曜日から一転、冬の寒さがぶり返すという。何回もいうが、寒いのが苦手だが、来年初はどうなるのだろう。FNNの記事、「気象庁、1~3月の予報発表 3月は全国的に気温は高めの予想」(12/22)によれば、来年1月~3月の東日本の気温は、「気温は平年並みか高くなる見込み」という。(抜粋)
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気象庁によると、1月から3月にかけて・・・東日本でも、気温は平年並みか高くなる見込み。
3月は、全国的に気温は高めの予想で、春の訪れは早くなる可能性がある。
地球温暖化などによる影響で、2016年の日本の平均気温は、1981年から2010年までの30年間の「平均値」を0.88度上回り、1898年の統計開始以来、過去最高となる速報値を発表した。
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結局、天気予報の通り、”夜雨”となった。しかも”強風”だ。それも深夜までのことだが。

明日までこの暖かさは続くという。幸い朝から晴れるので、日比谷公園で開催中の「東京クリスマスマーケット2016」(12/16~25)に行こうかな。

(本ブログ関連:”東京クリスマス・マーケット 2015”)

2016年12月21日水曜日

冬至 2016

今日は二十四節気の「冬至」。久し振りに暖かい週(本日都内の最高気温は17.0℃)だが、土曜日になると冬に舞い戻るという。この後、「小寒」、「大寒」を経てようやく 「立春」を迎える。まだまだ、苦手な寒さが続く。

(本ブログ関連:”冬至”)

「冬至」は昼の時間が一番短いことになっているが、天文では暫定選択のようなもので、「秋分」と「春分」の真ん中(頃)ということでしかない。本当に昼が一番短くなるのは、もっと後(半月後)のことだ。

カレンダーを見れば、今日の「冬至」の日付は黒文字で、祝日じゃない。みな同じことを考えるようで、ネットの<Q&A>に、そのわけを丁寧に解説している。要は、太陽の<南中高度>や<日照時間>の観測精度が高くなかったからという。

とはいえ、「冬至」に何か祝祭があってもよさそうな気がする。でも、せわしい年末に、これ以上何を?ということだろう。そもそも、「クリスマス」の古語 「ユール(yule)」が、ヨーロッパ北側で行なわれた祭りを起源に持つそうだから、もう充分なのだろう。(そうそう、先々月末の「ハロウィン」だって古代の祭りの余韻があるのだから)

KBS WORLD「国楽の世界へ」 織物

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(12/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「織物」に関連した3曲を紹介した。

始めに、パンソリ「興甫歌(흥보가)」の中で、ツバメが運んだ「ふくべ(瓢箪)」の中身について次のように紹介された。
・パンソリの「興甫歌」は、興甫(フンボ、흥보)という善人を歌ったもので、怪我をしたツバメの足を治した興甫が、急に金持になる話だ。ツバメの傷を治した翌春、興甫は、ツバメが持ってきた「ふくべ」を垣根付近に植えた。貧しい興甫は、秋になっても食物がなく、ふくべを思い出す。興甫はふくべを割ろうと、近所からのこぎりを借りた。すると、ふくべの中から出てきたものは、一つ目の瓢箪から金と米が、二つ目は絹の織物、三つ目は大工で、あっという間に立派な家を建てた。衣・食・住が出てきたわけで、人が生活をする上で必要なものだ。

▼ 「興甫歌」から「絹織物がたくさん出てくる場面(비단이 많이 나오는 대목)」を聴く。何色か?(ブログ「国楽の香気を」に感謝)

次に、昔の女性が家の中でする作業に、機織り、裁縫など服作りしたことについて次のように説明された。
・絹織物がたくさんあれば、興甫は新しい服を作ったことだろう。それら絹織物を直接測り、裁断、裁縫したのは、彼の妻だろう。昔の女性は、家族の服を作り、洗濯すれば服の縫い糸をほどいた。女性にとって縫い物は、まるで料理のように生活の一部だった。裁縫だけでなく、布地も女性らが作った。綿や麻を採取し、それで糸を撚り、織機を使って布作りした。一日の仕事が終わり、家族が寝床につくと、女性は糸車を回したり、裁縫、機織りなど本格的に作業をした。大変な仕事に歌は欠かせない。嫁入り暮らしを嘆いたり、愛と別れについて歌った。

▼ 女性たちの歌う、「糸車打令(물레타령)」を聴く。(次の映像の歌に北の風味を感じるが、舞う女性の美しさに目が奪われる)


(Youtubeに登録のにchojiro22感謝)

最後に、女性に必要な小間物の「房物(방물)」と、それにまつわる「房物歌(방물가)」について次のように紹介された。
・学者ソンビは、詩を読み作ることを重視した。反面、女性は、裁縫、機織りできるかどうかが、判断の基準だった。女性は、常に針作業をした。針と糸、はさみ、使い残した布を集めた箱は、女性にとって宝物の様なものだった。よく使う品を合わせて「房物」といい、女性に必要な化粧品や日用品などの小間物の意だ。京畿地域の<雑歌>に 「房物歌」がある。ある男が別れを告げると、女性はしがみつく。男は、化粧品や鏡、家具に至るまで、貴重なものを贈ると言ってなだめるが、女性は、どんなに良いものをくれるといっても、男性の心と引き換えないと断る。
華やかな品物より、人情や愛の方が重要だった。昔の女性が、絶えず働くなかで取得した知恵だったと思う・・・そうだ。

▼ 「房物歌」を聴く。なぜ、悲痛な想いの女性の心を男が歌うのだろう・・・なんて考えてしまう。

2016年12月20日火曜日

(資料) 2016年、今年を輝かせた歌手と歌謡

韓国ギャラップによる、毎年末恒例の大規模面接調査 「今年を輝かせた~」から、歌手(&アイドル)部門の結果が報告された。発表資料、「2016年、今年を輝かせた歌手と歌謡 - 最近 10年間の推移を含む、アイドル選好度」(12/20)によれば、イ・ソンヒは第6位の支持を獲得している。

(本ブログ関連:”今年を輝かせた歌手”)

上位に支持を受けた歌手について、下記のように解説している。イ・ソンヒについてのコメントだけ抜き出す。(今回の調査に間に合わなかったが、SBS「青い海の伝説」のOST「風花」の人気も加わったら、5位になっていたかもしれない・・・と妄想する)

以下、アイドルについての情報は微かですが・・・歳のせいです。

【調査の概要】
- 調査期間: (1次)2016年7月8日~29日、(2次)9月8日~10月7日、(3次)11月4日~25日
- 標本抽出: 2段階層化コロニー地域無作為抽出 - 標本ポイント内の性/年齢別割当て
- 応答方式: 面接調査員インタビュー
- 調査対象: 全国(済州除く)、満13~59歳の男女4,200人 / アイドルは満13~29歳の1,500人
- 標本誤差: ±1.5%ポイント(95%の信頼水準) / アイドルは±2.5%ポイント(95%信頼水準)
- 回 答 率:  39%(総接触10,765人のうち4,200人の応答完了)
- 依 頼 先:  韓国ギャラップ独自の調査

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6位は、爆発的な歌唱力のシンガーソングライター、イ・ソンヒ(6.4%)で、この4月から放送されたSBS「日曜日がいい-ファンタスティック・デュオ(ファン・デュ)」で、第1代「ファン・デュ」で5連勝記録を残している。

順位 支持%      歌手名
1位 11.5% イム・チャンジョン ・・・ 代表曲 自作曲「私が犯した愛」
2位  9.9% TWICE
3位  8.7% チャン・ユンジョン ・・・ 代表曲 「招魂」、「愛してます」(「吹け、微風よ」OST)
4位  7.7% EXO
5位  6.9% 少女時代
6位  6.4% イ・ソンヒ ・・・ 代表曲 「因縁」、「その中であなたと出会って」
7位  5.5% GUMMY
8位  4.9% BIGBANG
                GFRIEND
10位 4.7% 防弾少年団
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2016年12月19日月曜日

(資料) 韓国の少子高齢化

人口予測は、いわゆる歴史・政治の現在の延長線上で将来を語るのと違って、長期に外(はず)れることはない。そのひとつに、日韓ともに 「少子高齢化」の課題がある。確実に押し寄せる浪であり、うすうす気付いている。それにもかかわらず実感できないといっても、直近の孫世代のこと、母数の問題だ。

(本ブログ関連:”少子高齢化”)

(資料) 韓国統計庁プレスリリース「将来の人口推計: 2015~2065年計」(12/8)

朝鮮日報(日本語版)の記事、「【萬物相】巨額を投じても食い止められない韓国の少子化」(12/18、アン・ソクペ論説委員)は、韓国の少子化傾向が止まらぬことについて次のように論じている。(抜粋)

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 人口統計を取り始めた1925年以降、出生児数が最も多かった年は71年(102万4773人)だった。70年と60年もそれぞれ100万人を少し上回った。・・・ 80年を過ぎると出生児数は急減した。にもかかわらず、政府は産児制限策を取った。ついに今年、出生児数が41万3000人と過去最低を記録する見通しだ。

 韓国は他国に比べ、【少子高齢化】が短期間にハイペースで進んでいる。・・・ 人口学者らは、2002年以降に生まれた「年間出生児40万人世代」が結婚適齢期になる30年以降は年間出生児数が20万人ほどに減ると予測している。60年で5分の1に落ち込むということだ。ぞっとする。

 韓国社会の【生産年齢人口(15-64歳)】は、今年の3763万人をピークに来年から減り始める。20年以降は毎年30万人ずつ急減する。これは社会の生産力と成長力の低下を意味している。・・・

 韓国政府が少子化の解消に本腰を入れるようになったのは2006年だ。この10年間に81兆ウォン(約8兆円)を投じたが、出生率はさらに下がった。・・・若者の雇用、住宅、私教育費 の問題を解決しなければ、少子化を食い止めることはできない。だが、この3つの問題は改善に向かうどころか逆に悪化している。・・・
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(追記)
旧記事だが、中央日報【社説】、「急速に老いゆく大韓民国、手をこまねいて見ているのか」(12/9)を追記する。(抜粋、段落改変)
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・韓国統計庁が昨日(12/8)、「将来の人口推計: 2015~2065年計」を出した。2011年以来5年ぶりに出た大韓民国の人口に関する総合報告書だ。「5年前より悪化した」というのが結論だ。

低出産・高齢化の傾向が予想より早く進行している。

低出産
- 2011年の調査で2035年と2050年の合計出産率は1.42人と予想されていた。
- 今回の調査では2035年1.35人、2050年1.38人とさらに低くなった。
- 現在は年間43万人の出生者数が2065年には26万人に急減する。

高齢化
- 一方、期待寿命の増加により高齢人口比重は過去予想よりさらに急速に高まるものと予想された。人口がピークを迎える時期が2030年から2031年に1年遅れたのも高齢化の憂うつな側面だ。

・これに伴う社会的負担はより大きく、早く降りかかってくるほかない。15~64歳の生産年齢人口は来年から直ちに減少する。
- 2020年代初めには徴兵対象者を全て集めても今の兵力規模を維持できなくなる。
- 2059年には生産年齢人口1人が老人1人を扶養しなければならない。国民年金など各種年基金が枯渇する時期も前倒しになる。潜在成長率と産業競争力の下落も避けられない。

・これまでの数多くの低出産克服対策がなぜ効果がなかったのか知りたい。過去10年間でそこに使われたお金は80兆ウォン(約7兆8400億円)だ。今後も毎年20兆ウォンほどが投入される。
- もう低出産政策と予算の規模と方法を総体的に再点検し、暗鬱な傾向を戻すテコとしなければならない。
- 軍構造や年金政策など、問題が起こらざるをえない分野をあらかじめ整備しておくのも必須だ。
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