昨夜の豪雨は、今朝になって煙り雨に変わった。そんななか、隣町に買物に出かけた帰りのこと。学校が終わったランドセルの一団と出会った。時間帯からいって小学2年生だろうか、校門近くにできた水溜りに群がっていた。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
一人が泥水に足をつけた。すると競うように、別の一人がボクもできると飛び込んだ。そばを通り過ぎながら見ると、5、6人の男の子の中に、女の子が一人混じっていた。この時期の女の子は、精神年齢が勝っているようで、男の子たちを相手にしていられないのか輪から抜け出た。
あわてて一人の男の子が女の子を追いかけた。すると、更に後ろから、もう一人の男の子が傘の柄を突き出して、前を行く男の子のランドセルを引っ掛けるようにして追いついた。女の子は、もう彼らを完全に無視して先を進んでいる。
子どもたち一団と別れるように、道角を曲がった私の背後で、男の子が叫んでいるのが聞こえた。「さよなら、ユーリ君!」、「ユーリ君、ゆうれいだ~」とね。
幼い子どもは泥水の感触が好きだ。どろどろになるまで、濡れても汚れても平気で遊ぶ。言葉使いについても同様なものがあるのかもしれない。教えられ、操れるようになった言葉同士が、オーバラップするという不思議さに気付いたのだろう。言葉遊びに、泥水遊びと似た感蝕があるのに気付いたようだ。
そんな、感蝕に留まっている小さな男の子たちの世界は、どこかとぼけた阿呆振りが可笑しくてしょうがない。自分も通った道だけに。
彼らの時代は、泥水につかる感触がまだまだ楽しい。泥水の汚れとか、乾くのに手間取るという予測と無縁で、特に男の子は幼さから抜けきれないようだ。本当の意味で幼さを抜けきるには、中学2年の夏休みを過ぎてから、その頃になると、女の子もようやく認るようだ。
2016年7月15日金曜日
2011年4月29日金曜日
ちいさな男の子は阿呆である
ちいさな男の子は大方阿呆である。そうであるし、そうでなければならない。人のしないことをするのが男の子である。本人はそんなつもりじゃないけれど。
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
あっはっはと笑いながら、さて次に何やろうかとたくらむ。こころの中が、いつも青空なんだ。そんな今が、なつかしい思い出を作っている最中だなんて、これっぽっち思っちゃいない。目をきらきらと輝かせ、学校の帰り道に腹ばいになって、路肩のカマキリを見たり、一列になって後ろ向きに歩いてみたり、やることがいっぱいあるのだ。
わたしの昔もそうだったよ。チャンバラで誰がうまく切られるかと熱中したり、小学校の木造の階段を上手に平行に転げ落ちることを競ったりしたものだ。ちいさな男の子は阿呆なことにいつでも向上心が湧いてくる。
書店で梅佳代の写真集「男子」(2007年)を見て、毎日が楽しくてわくわくしていた頃の懐かしさを覚えた。ちいさな男の子なら経験する、平気で転げ廻った地面やアスファルトの感触を。そうそう、ちいさな隙間も好きだったな、自分たちだけの秘密の通路にしていたこともよみがえってきた。
さて、この写真集には作家の次のような言葉があるようだ。適確で温かい。
男子は
ばかで
無敵で
かっこいいです。(うめ)
ところで、阿呆な男の子から卒業していた頃、創刊されて間もない雑誌「太陽」(1964年7月:創刊一周年記念号)に、第1回太陽賞を受賞した写真家荒木経惟の「さっちん」を見た。当時としてはグラフィカルで洒落た大きなサイズの雑誌に、いつでもどこでも走って転んで遊び廻る子どもたちの世界がそのままに載せられていた。写真には、ぼくらの原風景がおさまっていた。モノクロ写真は、どろだらけの子どもにぴったりに思える。色彩がなくても、みな元気な時代だった。
新潮社版の最後に、作家が次のように語っている。
「これは三河島の戦前からあった古い団地アパートなんだけど、(略) 荒川線を途中で降りて、ぶらぶら歩いて撮りだしたの。そこで出会ったのが「さっちん」(当時小学4年生)。」
2026年8月13日木曜日
(Gemini)母親が男の子を育てること
ここ数日、うっとうしい雨天のため外出を控えている。
きょうも午後3時半の前後に雷雨となり、雷鳴がしばらく続いた。(先日 8/9 のように)近くで落雷が轟くまでには至らなかったが。
一日家にこもっていて、たまたま面白い Youtubeショートと巡り会った。小さな男の子の(女の子と違った)行動を紹介している・・・それも飛び切りの阿呆ぶりがよいのだ。
■ Youtube(登録: Lilly Natalia)
「You are a boy mom」(2026年8月11日)
ー https://www.youtube.com/shorts/dvYu1rvHEws
母親はどう思っているんだろう・・・男兄弟がいなかった女性の場合、男の秘密を知ってしまうんではないだろうかと、Gemini に訊いてみた。
■ Gemini
Q.ちょっと知りたいことに、女性は育児を通して人を見続けるわけで、特に男の子を育てたとき、(女性に男兄弟がいなかった場合)、男のちょろさを知ってしまうのではないかと不安です・・・半分冗談ですけど。
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A.その「半分冗談、でも半分本気」な視点、とても鋭くて面白いですね!
実際に息子の母親になった女性たち(特に男兄弟がなく「男性=ちょっとミステリアスな異性」として育った人)からは、まさに同じような感想がよく聞かれます。
育児を通して女性が「男のちょろさ」や「単純さ」に気づいていくプロセスには、いくつか典型的なパターンがあります。
1. 「単純な構造」が白日の下に晒される
異性のきょうだいがいないと、どうしても「男性」という存在にどこか神秘性や威厳を感じがちです。しかし、息子をゼロから育てると、その仮面が完全に剥がれ落ちます。
◎ 感情と行動の直結ぶり: お腹が減ったら不機嫌になり、褒められたらあからさまに調子に乗り、好きなものには驚くほどの集中力を見せるけれど興味のないものは視界にすら入らない。
◎ おだてに対する弱さ: 「かっこいい!」「すごい!」の一言で、さっきまで渋っていたお手伝いをドヤ顔でやり始める。
こうした姿を日々見ていると、「男性って、根本的な駆動原理(モーター)がものすごくシンプルなのでは……?」という確信に変わっていきます。
2. 「夫や職場の男性」の取扱説明書が手に入る
息子を育てることで、これまで謎だった「大人の男性の言動」の解像度が爆発的に上がることがあります。
◎「夫がなぜ一度に一つのことしかできないのか」
◎「なぜ男性はいくつになっても少年のままのような収集癖やこだわりを持つのか」
◎「なぜ指摘されたときに妙なプライドで頑なになるのか」
これらがすべて「あ、息子の進化系(あるいはそのまま)か」と納得できるようになり、結果として男性全体に対する手のひらの転がし方(扱い方)をマスターしてしまうという現象が起きます。まさに「ちょろさ」を見抜いた状態です。
3. 「ちょろさ」は「愛おしさ」と背中合わせ
「ちょろい」というと少し悪く聞こえるかもしれませんが、多くの母親にとってそれは「扱いやすさ」であり「可愛げ」でもあります。
裏表がなく、単純で、分かりやすい。女性同士のような複雑な駆け引きや裏の読み合いが不要な分、「男の子は単純で本当にかわいい」という着地点になることがほとんどです。
したがって、「男のちょろさを知ってしまうのではないか」というご不安(?)は、ほぼ間違いなくその通りになります、とお答えできます。
ただ、それは男性を見下すというよりは、「なんだ、男ってこんなに単純で愛すべき生き物だったのか」という一種の開眼に近い感覚です。男性側からすれば、手の内をすべて握られてしまうような恐怖(笑)はあるかもしれませんが、女性にとっては非常に生きやすくなる知見かもしれません。
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2014年2月14日金曜日
あいつ、今頃鼻血ブーだぜ
バレンタインデーなんて、誰が考えたのでしょうね。日本の場合、チョコレートメーカーのキャンペーンから始まったという。一般に知られたのは1960年で、チョコレートを女性から男性にプレゼントするという習慣が本格的に定着したのが1970年代後半だそうだ。既に、にきび面の少年時代を過ぎていたので、この日にチョコレートを渇望する経験はなかった・・・。
バレンタインデーにチョコレートを貰った、貰わない、いろいろあるだろうけれど、こんな話がある。
バレンタインデーの日、学校も終わった小学5年生の男の子たちが、友人の家に集まった。一人が学校でチョコレートを一杯貰ったクラスの男子の名をあげて、「あいつ、今頃鼻血ブーだぜ」といって、他の仲間も一緒に「ヒヒヒ・・・」と笑ったそうだ。
そう、チョコレートを貰えない意味を、まだ十分に分かってない、けれど、どこかちょっと残念な気分もある。こんな時代の男の子は、最高で、お馬鹿である。それもいいな。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
2023年12月12日火曜日
子どもの風景
昼、家を出るとき、朝方止んだ雨の湿りがまだ路面に残っているのに気づいた。それでも、きょうは晴れて思いのほか暖かく、最高気温は 17.8℃(13:51)だった。
街の飯屋で昼食を済ませたあとの帰り道、愉快な光景と出合った。下校時の小学低学年の子どもたちが、いろいろなグループになって、はしゃぎながら帰っていたのだ。
女の子たちは、互いの顔を見合わせて楽し気に会話をしながら歩いている。一方、男の子たちは例によって、てんでバラバラだ・・・、そんな中に、二人の男の子が、今朝雨だったので持参した透明のビニール傘を広げて、遊び道具にしていた。歩道にしゃがみこんで、街路樹の根元にある土をつまんでは、互いに相手の傘にかけ合っていたのだ。
透明なビニール傘の中から、かけられた泥がずり落ちる様を見るのがたまらないらしい。こんな喜びを、女の子は気付くことはないだろう。
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
2019年8月20日火曜日
子どもの好きなもの
以前(夏休み直前のころ)、帰宅する私の前を小学低学年の男の子たち3人が歩いていた。小学時代のこどもは真っ直ぐ歩けない。じゃれあって、横に広がったり、留まったりで、見ていてハラハラする。やがて、その中のひとりの男の子が、みんなと分かれて、私と同じ横道を曲がってどんどん先を進んだ。
そのとき、遠くで、ご近所のお婆ちゃんが路地に出て孫の帰宅を待っているのが見えた。
「お孫さんですか」とたずねた。たしか、3世代同居を始めたと聞いていたからだ。
「そうなんですよ、ちょっと帰りが心配で」と、孫を見つめながら応えた。
大人の会話の雰囲気を察したらしく、坊やは気安く話をできる相手と判断したのだろう、私にいきなり訊ねてきたのだ。
「おしり探偵知ってる」といって、なにやら「おしり探偵」の歌らしきものを歌いだした。実は良く知らないので、ネットで調べてみるからと返事するのが精一杯だった。突然、腕白目線の世界へ引き込まれてしまった。
子ども、とりわけ男の子は、お尻とか、ウンチ(うんこ)といった根源的下ネタが大好きだ。天真爛漫さは持ち上げすぎかもしれないが、かのモーツァルトも手紙にしたためたという。それが公認されたからという訳ではないだろうが、最近、書店で小学生向けの学習ドリルを見て驚いたというか、ニンマリしたことがある。素材(用語)に「うんこ」を多用する「うんこドリル」といったシリーズで、小学全学年に対応しているというのだ。
あの坊やは、見たところ一年生ぐらいだったか、「お尻」や「うんこ」への関心が絶頂期のころ。まして、できたばかりの友だちと話せば、これ以上愉快なものはないだろう。
そのとき、遠くで、ご近所のお婆ちゃんが路地に出て孫の帰宅を待っているのが見えた。
「お孫さんですか」とたずねた。たしか、3世代同居を始めたと聞いていたからだ。
「そうなんですよ、ちょっと帰りが心配で」と、孫を見つめながら応えた。
大人の会話の雰囲気を察したらしく、坊やは気安く話をできる相手と判断したのだろう、私にいきなり訊ねてきたのだ。
「おしり探偵知ってる」といって、なにやら「おしり探偵」の歌らしきものを歌いだした。実は良く知らないので、ネットで調べてみるからと返事するのが精一杯だった。突然、腕白目線の世界へ引き込まれてしまった。
子ども、とりわけ男の子は、お尻とか、ウンチ(うんこ)といった根源的下ネタが大好きだ。天真爛漫さは持ち上げすぎかもしれないが、かのモーツァルトも手紙にしたためたという。それが公認されたからという訳ではないだろうが、最近、書店で小学生向けの学習ドリルを見て驚いたというか、ニンマリしたことがある。素材(用語)に「うんこ」を多用する「うんこドリル」といったシリーズで、小学全学年に対応しているというのだ。
あの坊やは、見たところ一年生ぐらいだったか、「お尻」や「うんこ」への関心が絶頂期のころ。まして、できたばかりの友だちと話せば、これ以上愉快なものはないだろう。
2018年11月8日木曜日
Yiddish語 2018秋-6
ネットで話題になったことだが、或る作家が、昔の農民(百姓)がどんなものを食べていたかを記した内容について、学校の歴史教師が批判したという。外野から見て気になったのは、その教師が、学校が在る地元の郷土史を普段参照しているのだろうかということだ。
私の記憶では、学校の歴史授業で郷土史を語ってくれた教師はいなかった。自分たちの先祖の生活に戻って過去の一端を探れば、歴史が身近になったのではと大変惜しまれる。その上で、歴史教育家たちの作った教科書に戻って語れば、歴史が具体的になった気がするのだが。
江戸時代に開発されたこの地は、乾いた台地上にあり、小麦、野菜くらいしか作れず、水田は台地の下を流れる小川を囲むわずかな場所にしかなかったという。そんなわけで、生活は苦しく、日常の食事は雑穀が主体だった(うどんはハレの日ぐらい)。それは、明治大正期ころまで及んだという。
当然、江戸の時代に、長男以外に土地は相続されず、次男三男は家付きのまま一生独身で過ごすか、江戸の町に出るしかない。才能のある者は、運がよければどこかの農家の養子になって跡を継ぐことができた。
(本ブログ関連:”小麦”)
私たちは運がいい、そんな過去から生まれ残ったものであり、今この世界の中で驚くほど豊に暮らしている。私たちが口にする正義が、どんなに運のよいものか。
おっとと、今日のイディッシュ語の授業について記すはずだったのに・・・前段が長過ぎたようで。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業の前半は、慎重な女性とお気楽な男性の会話。内容を噛み砕くように、ゆっくりイディッシュ語のみのスタイルで解説いただく。せっかくのストーリー、先生の筆力でユダヤジョークらしい風味が増しているというのに・・・その面白さに、直ぐに気付けぬ残念さ。
後半は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の中から、男の子が、我がまま半分に、お母さんへ食べ物ねだりするといった内容。登場する男の子と女の子、どちらが年上なのやら、教科書のあちこちの場面で、二転三転するのが面白い。
そんなわけで、頭の中は柔軟体操になってしまい、帰りの地下鉄で転寝し放題だった。
私の記憶では、学校の歴史授業で郷土史を語ってくれた教師はいなかった。自分たちの先祖の生活に戻って過去の一端を探れば、歴史が身近になったのではと大変惜しまれる。その上で、歴史教育家たちの作った教科書に戻って語れば、歴史が具体的になった気がするのだが。
江戸時代に開発されたこの地は、乾いた台地上にあり、小麦、野菜くらいしか作れず、水田は台地の下を流れる小川を囲むわずかな場所にしかなかったという。そんなわけで、生活は苦しく、日常の食事は雑穀が主体だった(うどんはハレの日ぐらい)。それは、明治大正期ころまで及んだという。
当然、江戸の時代に、長男以外に土地は相続されず、次男三男は家付きのまま一生独身で過ごすか、江戸の町に出るしかない。才能のある者は、運がよければどこかの農家の養子になって跡を継ぐことができた。
(本ブログ関連:”小麦”)
私たちは運がいい、そんな過去から生まれ残ったものであり、今この世界の中で驚くほど豊に暮らしている。私たちが口にする正義が、どんなに運のよいものか。
おっとと、今日のイディッシュ語の授業について記すはずだったのに・・・前段が長過ぎたようで。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業の前半は、慎重な女性とお気楽な男性の会話。内容を噛み砕くように、ゆっくりイディッシュ語のみのスタイルで解説いただく。せっかくのストーリー、先生の筆力でユダヤジョークらしい風味が増しているというのに・・・その面白さに、直ぐに気付けぬ残念さ。
後半は、児童向け教材「דער אָנהײבער(The Beginner)」の中から、男の子が、我がまま半分に、お母さんへ食べ物ねだりするといった内容。登場する男の子と女の子、どちらが年上なのやら、教科書のあちこちの場面で、二転三転するのが面白い。
そんなわけで、頭の中は柔軟体操になってしまい、帰りの地下鉄で転寝し放題だった。
2014年10月9日木曜日
膝小僧をすりむいて
なんというか小学生だ・・・家路の途中つまづいて膝を打ち、すり傷をこしらえた。スボンを見れば、膝に小さな穴が開いている。そのとき感じなかった痛みが、家に着くとジワジワ出てくる。神様はよくしたもので、家に戻るまでの間、痛みを抑えてくれたようだ。
だいぶ前にも転んだことがある。錫高野に蛍石を採りに行ったとき、岩場!で思いっきり仰向けに引っくり返ったのだ。幸いリュックを背負っていたお陰で、脊椎は守られたが、帰りの車中、小さな振動にも激痛が走って大変だった。なのに、リュックいっぱいの採集鉱物を捨てようともしなかった。
子どものころは、足を怪我すると、赤チンキを塗ってもらった。空き地で遊ぶ腕白たちは、半ズボンの足先にあちこち赤い勲章を飾っていた。その赤チンキが有害とかで次第に使われなくなった。怪我自慢の証がなくなって、男の子はさぞ残念だったろう。
そう、子どもって、怪我したことを得意がった。特に骨折などして、腕に三角巾をしたりすると、晴れがましい。松葉杖など使えば最高だ。みなが寄り集まり、あれこれ尋ねると、まるで空を指差して高らかに歌うポスターのように高揚したものだ。
怪我自慢は、それだけではだめ。大事なことは、それにもめげず、みなと一緒に遊びまわらなければならない。これができてこそ、怪我は男の子の栄えある勲章なのだ。我が遊び声、ますます天に響き渡るようだった。
だいぶ前にも転んだことがある。錫高野に蛍石を採りに行ったとき、岩場!で思いっきり仰向けに引っくり返ったのだ。幸いリュックを背負っていたお陰で、脊椎は守られたが、帰りの車中、小さな振動にも激痛が走って大変だった。なのに、リュックいっぱいの採集鉱物を捨てようともしなかった。
子どものころは、足を怪我すると、赤チンキを塗ってもらった。空き地で遊ぶ腕白たちは、半ズボンの足先にあちこち赤い勲章を飾っていた。その赤チンキが有害とかで次第に使われなくなった。怪我自慢の証がなくなって、男の子はさぞ残念だったろう。
そう、子どもって、怪我したことを得意がった。特に骨折などして、腕に三角巾をしたりすると、晴れがましい。松葉杖など使えば最高だ。みなが寄り集まり、あれこれ尋ねると、まるで空を指差して高らかに歌うポスターのように高揚したものだ。
怪我自慢は、それだけではだめ。大事なことは、それにもめげず、みなと一緒に遊びまわらなければならない。これができてこそ、怪我は男の子の栄えある勲章なのだ。我が遊び声、ますます天に響き渡るようだった。
2017年10月31日火曜日
ハロウィン 2017
隣り町からの帰り道、ハロウィンの夜、辻に小さな妖精が湧いた。ほとんど女の子、ディズニーのお姫様かとまごうばかり、可愛い衣裳のおちびさんたちが、それもお母さんに囲まれて。
(本ブログ関連:”ハロウィン”)
一夜限りの楽しさに、母親が思いを込めて縫ったろう、無理ない仕立てが好ましい。妖精の姿を見るたび、何度微笑んだことだろう。
ところで、男の子の姿をほとんど見かけない。ハロウィン行事が完全に定着しきってないためか、照れくささのためか。近所で菓子を配るようになれば、男の子も化け物に、吸血鬼になるだろう。
今夜も都心で、若者たちが貧欲にハロウィン熱に浮かれている。昔、クリスマスに、父親たちが三角帽子をかぶって街を飲み歩いたことがあった。そんなバカ騒ぎも廃れ、今や家族で楽しむ日本独自の年末行事になっている。渋谷交差点が、ハロウィンの夜、平静に人々が行き交う時代がいずれ来るだろう。
(本ブログ関連:”ハロウィン”)
一夜限りの楽しさに、母親が思いを込めて縫ったろう、無理ない仕立てが好ましい。妖精の姿を見るたび、何度微笑んだことだろう。
ところで、男の子の姿をほとんど見かけない。ハロウィン行事が完全に定着しきってないためか、照れくささのためか。近所で菓子を配るようになれば、男の子も化け物に、吸血鬼になるだろう。
今夜も都心で、若者たちが貧欲にハロウィン熱に浮かれている。昔、クリスマスに、父親たちが三角帽子をかぶって街を飲み歩いたことがあった。そんなバカ騒ぎも廃れ、今や家族で楽しむ日本独自の年末行事になっている。渋谷交差点が、ハロウィンの夜、平静に人々が行き交う時代がいずれ来るだろう。
2011年6月11日土曜日
立川断層帯
YOMIURI ONLINEの記事「立川や福島原発近くの断層、地震の確率高まる」(6/9)によれば、立川断層帯の地震の確率が高まったと次のように報じている。
・政府の「地震調査委員会」は9日、東日本大震災に伴う地殻変動によって、国内の主要活断層で地震発生確率が高まった可能性があると公表した。同委員会では「発生確率がどのくらい上がったかはまだ不明だが、警戒が必要だ」としている。
・これまでの長期評価(30年以内の地震発生確率)
「立川断層帯(飯能-立川-府中)」:M7・4程度の地震が0・5~2% ⇒【メモ:80%なら、2%(30年)×40≒1200年】
「双葉断層(宮城県、福島県)」、M6・8~7・5の地震が「ほぼ0%」
「糸魚川―静岡構造線活断層系の中部付近(長野県、山梨県)」:M8程度の地震が14%
以前、地元の市民講座で立川断層の地震について、発生した場合、M7で震度6強ということだったので、どの程度の影響があるか気になる。
ところで、断層帯についてWkipediaは次のように説明している。
・(同じ応力によって生じた隣接する断層である)共役断層のうち、複数の大きな断層が帯状に連なるものを断層帯と呼ぶ。
(追記)
断層帯の帯のとらえ方がよくわからない。中心になる断層に、線方向に断続してつながる断層、あるいはその左右に並列して隣接する断層などがあるだろうけれど、どういう範囲(根拠)でまとまりを持たせているのだろうか。
(写真はすごい。孫娘の一瞬の表情に、孫(お兄ちゃん)にも似ていることを教えてくれる)
★★★★★ 孫娘が、横になって指しゃぶりしながら、レンズを見ている写真が届いた ★★★★★
(男の子はなぜか、カメラに向かって白目をむいたりして照れ隠しするものだ⇒”梅佳代”)
★★★★★ 孫は、男の子らしい照れで、顔を指で《ひょっとこ》にしている写真が届いた ★★★★★
・政府の「地震調査委員会」は9日、東日本大震災に伴う地殻変動によって、国内の主要活断層で地震発生確率が高まった可能性があると公表した。同委員会では「発生確率がどのくらい上がったかはまだ不明だが、警戒が必要だ」としている。
・これまでの長期評価(30年以内の地震発生確率)
「立川断層帯(飯能-立川-府中)」:M7・4程度の地震が0・5~2% ⇒【メモ:80%なら、2%(30年)×40≒1200年】
「双葉断層(宮城県、福島県)」、M6・8~7・5の地震が「ほぼ0%」
「糸魚川―静岡構造線活断層系の中部付近(長野県、山梨県)」:M8程度の地震が14%
以前、地元の市民講座で立川断層の地震について、発生した場合、M7で震度6強ということだったので、どの程度の影響があるか気になる。
ところで、断層帯についてWkipediaは次のように説明している。
・(同じ応力によって生じた隣接する断層である)共役断層のうち、複数の大きな断層が帯状に連なるものを断層帯と呼ぶ。
(追記)
断層帯の帯のとらえ方がよくわからない。中心になる断層に、線方向に断続してつながる断層、あるいはその左右に並列して隣接する断層などがあるだろうけれど、どういう範囲(根拠)でまとまりを持たせているのだろうか。
(写真はすごい。孫娘の一瞬の表情に、孫(お兄ちゃん)にも似ていることを教えてくれる)
★★★★★ 孫娘が、横になって指しゃぶりしながら、レンズを見ている写真が届いた ★★★★★
(男の子はなぜか、カメラに向かって白目をむいたりして照れ隠しするものだ⇒”梅佳代”)
★★★★★ 孫は、男の子らしい照れで、顔を指で《ひょっとこ》にしている写真が届いた ★★★★★
2014年3月11日火曜日
まあ、見てください
男の子なんだよね、こんなことになるのは。まあ、Youtubeを見てください。ギャグの教科書です。
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=98LoiMZ59Jw
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=98LoiMZ59Jw
(本ブログ関連:”ちいさな男の子は阿呆である”)
2012年11月9日金曜日
小金井公園秋逍遥
![]() |
| 公園東側散歩道 |
公園中央「いこいの広場」のユリノキは、洒落た木立で全体に黄葉が進んでいる。秋のロマンチックな気分に浸りたいならここがよいかもしれない。
「こどもの広場」に小学校の低学年らしい集団がいて、帰り支度をする様子をしばらく見た。22名の生徒を、4、5人の先生方が引率している。さて、一列に前並びして、順に番号を言わせるのが面白い。ひとりひとり番号を口にしながら回れ右するのだが、女の子は何事も静かでゆっくり声を出し回転するが、男の子ときたら、例えば、「ななっ(七)!番~ん」てな具合で、元気よく大声を出しながら飛び上がって回転する。22番目まで言わせるのは大変だ、先生方お疲れさまです。そんなことも知らず、低学年の小学生一団は、元気よく手を振りながら一列になって帰っていった。楽しい眺めだった。
(本ブログ関連:"ちいさな男の子は阿呆である")
2011年3月3日木曜日
雛祭り
孫の呼称について、女の子の孫は孫娘という言葉があるが、男の子の孫の場合はどうだろうか。孫息子というものがあるようだが、普段耳にすることはない。これから、誕生する女の子の孫は「孫娘」、二歳になろうとしている男の子の孫は「孫」と呼ぶことにする。
さて、雛(ひな)祭りの今日、孫娘の出産間近なお嫁さんの実家にお邪魔した。すでに、雛人形が準備されていて、赤い毛氈のひな壇に飾られている雛人形を間近に見ると、孫娘がますます実感できるようになった。もちろん、走り回る孫から十分ガードされていることはいうまでもない。
色鮮やかに盛られたちらし寿司、ハマグリの吸い物などをいただき、みなで元気な孫娘を想い語り合った。
ところで、いつもはもう一人の息子と有楽町で映画を見る前の腹ごしらえのため、ナイルレストランでカレーを食べる以外に銀座に用はないが、今日、GAPフラグシップ銀座がオープンしたとのことで、行って見た。GAPの日本最大の旗艦店だそうで、4フロアのうちの4階がキッズ&ベビー売り場になっていて、孫と孫娘の服を探した。幸い可愛いものを求めて、電車で帰宅中、孫が遊んでいる動画メールが届いたのをきっかけ(口実)に、お嫁さんの実家にお邪魔した次第である。
(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)
★★★★★ 孫が、休暇の父親と一緒に公園で、空高くに凧揚げしている動画が届いた ★★★★★
さて、雛(ひな)祭りの今日、孫娘の出産間近なお嫁さんの実家にお邪魔した。すでに、雛人形が準備されていて、赤い毛氈のひな壇に飾られている雛人形を間近に見ると、孫娘がますます実感できるようになった。もちろん、走り回る孫から十分ガードされていることはいうまでもない。
色鮮やかに盛られたちらし寿司、ハマグリの吸い物などをいただき、みなで元気な孫娘を想い語り合った。
ところで、いつもはもう一人の息子と有楽町で映画を見る前の腹ごしらえのため、ナイルレストランでカレーを食べる以外に銀座に用はないが、今日、GAPフラグシップ銀座がオープンしたとのことで、行って見た。GAPの日本最大の旗艦店だそうで、4フロアのうちの4階がキッズ&ベビー売り場になっていて、孫と孫娘の服を探した。幸い可愛いものを求めて、電車で帰宅中、孫が遊んでいる動画メールが届いたのをきっかけ(口実)に、お嫁さんの実家にお邪魔した次第である。
(Youtubeに登録のdoushiyokaに感謝)
★★★★★ 孫が、休暇の父親と一緒に公園で、空高くに凧揚げしている動画が届いた ★★★★★
2011年11月17日木曜日
炬燵と便り
まごうかたなき冬。とうとう、炬燵のスイッチを入れてしまった。エアコンの暖風はせわしい。押し付けがましいのだ。それに比べて、じんわりと足元を温めてくれる炬燵はよい。落ち着いてほっとさせてくれる。炬燵の上で、ブログの作成はもっとよい。
先ほどメールを受信した。お嫁さんから、結婚記念日の一昨日、家族でディズニーランドに泊まったという。添付の写真がうれしい。
孫(お兄ちゃん)が、梅佳代の写真集にあるように、上を向いてとぼけた顔を見せてくれる。ちいさな男の子の一種の照れ隠しなのだろう。そのポーズがとても似合っているからたまらない。
孫娘(妹)は、父親と一緒に大きな花飾りのそばにいる。屋内展示場所なので薄暗いが、よく目をこらして見ると、ベビーカーに孫(お兄ちゃん)も一緒に乗り込んでいるように見えて・・・。
幼児はとどまることを知らない。
(本ブログ関連:"みかん"、"美しい調べ"、"ちいさな男の子は阿呆である")
先ほどメールを受信した。お嫁さんから、結婚記念日の一昨日、家族でディズニーランドに泊まったという。添付の写真がうれしい。
孫(お兄ちゃん)が、梅佳代の写真集にあるように、上を向いてとぼけた顔を見せてくれる。ちいさな男の子の一種の照れ隠しなのだろう。そのポーズがとても似合っているからたまらない。
孫娘(妹)は、父親と一緒に大きな花飾りのそばにいる。屋内展示場所なので薄暗いが、よく目をこらして見ると、ベビーカーに孫(お兄ちゃん)も一緒に乗り込んでいるように見えて・・・。
幼児はとどまることを知らない。
(本ブログ関連:"みかん"、"美しい調べ"、"ちいさな男の子は阿呆である")
2026年7月7日火曜日
小暑 2026、七夕
きょうは二十四節季の「小暑」で、暑さが本格的になり始めるころ。次の「大暑」(7/23)までの間には「梅雨明け」*になるだろう。
(*)梅雨明け: 平年7月19日ころに梅雨が明ける。
七夕
合わせて、きょうは「七夕の節句」である。「織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が、一年に一度のこの日、天の川に架かる橋**を渡って(橋上で)再会する」という伝説がある。
(**)天の川に架かる橋は、背が黒く腹が白いカラス科の「カササギ」たちが翼を繋いで、天の川に大きな橋を作ってくれたものという。
■ Gemini
五節句の一覧表
| 日付 | 正式名称 (節句名) | 別名・呼び名 | 行事食・代表的な植物 | 意味・願うこと |
| 1月7日 | 人日 (じんじつ) | 七草の節句 | 七草粥(ななくさがゆ) | 無病息災、邪気払い |
| 3月3日 | 上巳 (じょうし) | 桃の節句・ひな祭り | 桃花酒、菱餅、ひなあられ、白酒 | 女の子の健やかな成長と厄除け |
| 5月5日 | 端午 (たんご) | 菖蒲(しょうぶ)の節句 | 菖蒲湯、ちまき、柏餅 | 男の子の成長、身を清め厄を払う |
| 7月7日 | 七夕 (しちせき) | たなばた・笹の節句 | そうめん、サトイモの葉の露 | 芸事の上達、願い事の成就(笹飾り) |
| 9月9日 | 重陽 (ちょうよう) | 菊の節句 | 菊酒、栗ご飯、茄子 | 不老長寿、繁栄(五節句の締めくくり) |
カササギ
織姫と彦星のために架け橋となる、「カササギ」(「カシャ・カシャ・カシャ・カシャ」と鳴く)は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に登場する。日本の伝説には、同じくカラスの仲間が出てくる・・・日本サッカー協会のシンボルマークも。三本足の「ヤタガラス(八咫烏)」だし。
■ 青空文庫
「銀河鉄道の夜」(宮沢賢治)
「銀河鉄道の夜」の中で、女の子のかおるがカラスと呼んだものは、カササギだった。
ー https://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html
ー「まったく河原(かわら)の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光(びこう)を受けているのでした。」
ー この場面は、旧暦の七夕(新暦の8/19)のころのようだ。ちなみに、「七夕祭り」を旧暦に行なう地域もある。
2024年4月8日月曜日
小学校の入学式
朝、ラジオを聴いていたら、きょうは小学校の入学式の日だという。幼稚園や保育園で年長さんだった子どもたちが小学生になるわけだが、小学生では一番下になる。そこにギャップを感じたりするらしい。でも、それはほんの一瞬で些細なことのように感じる・・・大人の考え過ぎだろう。
昼めしを食いに商店街へ行ったところ、入学式を終わったらしい家族連れ(おもに母子連れ)の集団がレストランや食堂を探しているのが目についた。回転寿司店に入ったところ、入口が順番待ちで混雑しているのを見て断念した。
これから、新一年生の通学姿を見ることになる。遠目に、大きくて重いランドセルだけが揺れながら歩いている、そんな可愛らしく目になごむ光景と出会えるのが楽しみだ。
ちなみに中学校の入学式は、明日9日(火曜日)とのこと。中学生になると、女の子の大方はすでに女性らしい大人の感性を持っているが、男の子はだいぶ遅れていて、中学2年の夏を過ぎてやっと男らしくなるようだ。むかし若いころに、中学生の塾の手伝いをした経験からいえることだが。
ミロのヴィーナス
1820年のきょう4月8日に、エーゲ海のミロス島(現ギリシャ領)で農民によって「ミロのヴィーナス」が発見されたそうだ。断片が見つかって、それらを組み合わせて西洋的美がよみがえったわけだが、いつ誰がそれをそれを語った(主導した)のか興味ある。
ミロのヴィーナスは、次のように4月8日と縁があるようだ。
現在、パリのルーブル美術館に展示されているが、「ルーヴルを出て海外へ渡ったことはただ1度、1964年(昭和39年)4月~6月*、日本の東京都(国立西洋美術館)および京都府(京都市美術館)で行われた特別展示のみである。」(Wikipedeia)とのこと。まさに同年、身体を競う「東京オリンピック」の大イベントに合わせて(対置して)、「ミロのヴィーナス展」がアートの大イベントとして開催されたことになる。
(*)国立西洋美術館 会期:1964年4月8日~5月15日 / 京都市美術館 会期: 1964年5月21日~6月25日
日本で「ミロのヴィーナス展」に多くひとびとが熱狂した(東京と京都会場の入場者数は約172万人)ようだが、当時の反響についてあまり記憶がないのは・・・どうして?
ー オリンピックについては、体操部に所属した特典で日本の女子体操チームの練習風景を東京都体育館で見学、また校内の抽選で小雨のなか馬事公苑で乗馬試合を観覧することができた思い出がある。
2026年7月21日火曜日
「こんにちは お母さん、こんにちは お父さん(キャンプからの手紙)」
先日(7/17)、ジリジリ暑い中を外出したとき、ランドセルを揺らしながら帰宅する小学生の一団とすれ違った。彼らは、両手に大きな荷物を持っていた。中には、更に透明のプラスティックの円筒に<長い穂>を伸ばした植物栽培(稲穂か?)の観察途中のようなものまで抱えた子もいた。なぜか、みなとても浮き浮き顔に見えた。
そうか、夏休みに入ったのだと! 家族との楽しい夏休みを思い描いているのだろう。
ところで、Youtubeに沼っていると、どこかで聞いたことのある曲と巡り合うことがある。たしかに、耳に残っているのだが、はたしてどこで、いつごろ聞いたやら・・・思い出せない。
そんな曲と、久し振りに巡り合い、懐かしく聴いた結果、タイトルとか歌詞情報を知って驚くことになる。合わせて、原典が由緒ある曲だったと知ることにもなるのだが。
それは、「ハロー・マダー、ハロー・ファダー(キャンプからの手紙)」(Hello Muddah, Hello Fadduh! (A Letter from Camp))*だ。そして、歌詞が何より傑作・・・そんな歌詞だったなんて知る由もなかった。それは、きっと、子どもの成長のため、両親からキャンプに放り込まれたのだろうけれど、苦痛でしょうがない少年の感想というか、ドタバタ劇のような展開をうまくまとめられないとぼけた表現で手紙文が構成されている。結局、男の子の、典型的な阿呆さを見事に描いている。
(*)Muddah、Fadduh: ニューヨークの特に東欧系ユダヤ人(イディッシュ語話者)の英語訛り(Google Labs)→ פאטער מוטער
(本ブログ関連:”イディッシュ語”)
■ 歌詞(登録: For Ever Young 洋楽ロック(ロックて何だろう?))
「Hello Muddah, Hello Fadduh / Allan Sherman 和訳」(2025年01月26日)
ー https://rockhistory.blog.jp/archives/26135053.html
■ Youtube(登録: The Allan Sherman Show)
「Hello Muddah, Hello Fadduh (Camp Granada Song) with Lyrics Sing-Along, Allan Sherman, 1963, updated」(2019/09/07)
ー https://www.youtube.com/watch?v=4yFTOvO0utY
原曲
■ Youtube(登録:MARIEKANA 〜piano duo Lumiere〜)
「[ピアノ連弾] 時の踊り/ポンキエッリ/ピアノデュオ ルミエール/La Danza Delle Ore/Ponchielli/4hands piano」(2023/10/20)
ー https://www.youtube.com/watch?v=UJzTzC5b8hs
付録
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歌詞は、Youtubeの「文字起こし機能」+ Chromeの「翻訳機能」を使ってください。
■ Youtube(登録: Melody Of Emem LoBus)
「YESTERDAY WHEN I WAS YOUNG - Shirley Bassey (Lyrics)」(2019/07/24)
ー https://www.youtube.com/watch?v=xLcBNJnckHs
■ Youtube(登録: Café des Chansons by Velorith) ← AIで生成された仏語オールディーズ
「Je t’ai perdu dans la nuit — Emotional French Song | Night Vibes & Deep Feelings」(2026/04/11)
ー https://www.youtube.com/watch?v=mGgltQTQpdU
2011年10月28日金曜日
孫の変身
孫が変身したという知らせが届いた。朝から強い子になったのだ。
毎朝、保育園に通うのに「行きたくない」と泣いたりしていたのが、オオカミになってから、平気になったらしい。先日、吉祥寺で求めたオオカミ帽子をかぶって変身したのだ。
今朝は寒い。防寒の厚着をしてもらい、頭にオオカミ顔の帽子をかぶり、保育園に出で立つ元気な孫が可愛い。男の子は変身が大切だ。それを見守る母親の眼差しを感じる写真が届いた。
変身できる孫がうらやましい。頑張れ!
毎朝、保育園に通うのに「行きたくない」と泣いたりしていたのが、オオカミになってから、平気になったらしい。先日、吉祥寺で求めたオオカミ帽子をかぶって変身したのだ。
今朝は寒い。防寒の厚着をしてもらい、頭にオオカミ顔の帽子をかぶり、保育園に出で立つ元気な孫が可愛い。男の子は変身が大切だ。それを見守る母親の眼差しを感じる写真が届いた。
変身できる孫がうらやましい。頑張れ!
2019年10月31日木曜日
ハロウィンの街めぐり、NTT技術史料館(電信・電話)
NTT技術史料館
5年ほど前に訪れたことのある「NTT技術史料館」*へ出かけた。「西南の役」(明治10年:1877年)に使用された東京-熊本間の電信(モールス信号による通信技術)について、素人レベルながら教えてもらいたく願ったからだ。今回、デジタル交換機の初期開発にたずさわった方に館内を廻りながら説明いただき恐縮した。
(*)史料館: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/
(本ブログ関連:”NTT技術史料館”)
電信機の発明者「モールス」(1791年~1872年)の電信機(模型)で、アルファベット別文字板(谷形に切り込みが入ったもの)があって、それで文章を組み立て、連続した文字板の凸凹を電気信号に変えて送信し、受信側は電圧の変化をもとに電磁石によってペン先を上下させて電信記号を表記するといった仕組みを知った。文字単位に板を設けるという発想が面白い。(電鍵は後で考えられたようだ)
「ペリー」が2度目の来航時(嘉永七年:1854年)に土産として献上された電信機は、「送信側の電信機上の電鍵でモールス符号を打つと、受信側の電信機の紙テープにエンボス(凹凸の傷がつく)されて、信号を送ることができ」る**というものだったそうだ。昔のコンピュータの「紙テープ」を思い出す。
(**)郵政博物館: https://www.postalmuseum.jp/column/collection/post_7.html
なお、当時の電池についてどんなものか知りたかったが、資料が不明なため、(また、遠距離の伝送路途中で増幅といったことがされたのかについても同様)別の機会に譲りたい。
西南の役以前、すでに国内の電信伝送路は相当発展していて、「錦絵」で知るようなやっとこどっこいの江戸情緒が残った風情ではなく、(輸入品に頼ったろうけれど)通信技術は相当充実したものだったようだ。何しろ普段目にする電柱を「電信柱」と今も呼んでいるくらい当り前なのだから。(西南の役当時の伝送路には、鉄線が使われていたという)
(参考)年表***
・1869年:東京~横浜間で電信(公衆電報)業務開始
・1871年:東京~京都間に電信ケーブルが引かれる
・1872年:京都~大阪間が開通
・1873年:神戸~長崎間が開通(東京~長崎の全線が結ばれる)
(***1)「北九州イノベーションギャラリー」: http://kigs.jp/db/history.php?nid=2462&PHPSESSID=8ab6d96e143c47cdec3a2f9f7
(***2)ITUジャーナル(Vol. 46 No. 7、2016.7): https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2016/07/2016_07-07-spotMakuake1.pdf
ハロウィン
町をめぐると、小さな男の子とすれ違った。なにやら背に黒い羽が生えている。ハロウィンにふさわしく蝙蝠の翼のようだ。後ろのお母さんを確かめながら、坊やは飛ぶように走り抜けていった。
鉄道模型風にアレンジした遊び場があって、幼児たちを連れた家族が集まる。きょうは、魔法の棒を持ってきれいに着飾ったお姫さまたちが、小さな箱のような遊具の中で語り合っているのが見えた。そこはきっと童話にある夢の国なんだろう・・・ママチャリのお母さんたちに見守られながら。
5年ほど前に訪れたことのある「NTT技術史料館」*へ出かけた。「西南の役」(明治10年:1877年)に使用された東京-熊本間の電信(モールス信号による通信技術)について、素人レベルながら教えてもらいたく願ったからだ。今回、デジタル交換機の初期開発にたずさわった方に館内を廻りながら説明いただき恐縮した。
(*)史料館: http://www.hct.ecl.ntt.co.jp/
(本ブログ関連:”NTT技術史料館”)
電信機の発明者「モールス」(1791年~1872年)の電信機(模型)で、アルファベット別文字板(谷形に切り込みが入ったもの)があって、それで文章を組み立て、連続した文字板の凸凹を電気信号に変えて送信し、受信側は電圧の変化をもとに電磁石によってペン先を上下させて電信記号を表記するといった仕組みを知った。文字単位に板を設けるという発想が面白い。(電鍵は後で考えられたようだ)
「ペリー」が2度目の来航時(嘉永七年:1854年)に土産として献上された電信機は、「送信側の電信機上の電鍵でモールス符号を打つと、受信側の電信機の紙テープにエンボス(凹凸の傷がつく)されて、信号を送ることができ」る**というものだったそうだ。昔のコンピュータの「紙テープ」を思い出す。
(**)郵政博物館: https://www.postalmuseum.jp/column/collection/post_7.html
なお、当時の電池についてどんなものか知りたかったが、資料が不明なため、(また、遠距離の伝送路途中で増幅といったことがされたのかについても同様)別の機会に譲りたい。
西南の役以前、すでに国内の電信伝送路は相当発展していて、「錦絵」で知るようなやっとこどっこいの江戸情緒が残った風情ではなく、(輸入品に頼ったろうけれど)通信技術は相当充実したものだったようだ。何しろ普段目にする電柱を「電信柱」と今も呼んでいるくらい当り前なのだから。(西南の役当時の伝送路には、鉄線が使われていたという)
(参考)年表***
・1869年:東京~横浜間で電信(公衆電報)業務開始
・1871年:東京~京都間に電信ケーブルが引かれる
・1872年:京都~大阪間が開通
・1873年:神戸~長崎間が開通(東京~長崎の全線が結ばれる)
(***1)「北九州イノベーションギャラリー」: http://kigs.jp/db/history.php?nid=2462&PHPSESSID=8ab6d96e143c47cdec3a2f9f7
(***2)ITUジャーナル(Vol. 46 No. 7、2016.7): https://www.ituaj.jp/wp-content/uploads/2016/07/2016_07-07-spotMakuake1.pdf
ハロウィン
町をめぐると、小さな男の子とすれ違った。なにやら背に黒い羽が生えている。ハロウィンにふさわしく蝙蝠の翼のようだ。後ろのお母さんを確かめながら、坊やは飛ぶように走り抜けていった。
鉄道模型風にアレンジした遊び場があって、幼児たちを連れた家族が集まる。きょうは、魔法の棒を持ってきれいに着飾ったお姫さまたちが、小さな箱のような遊具の中で語り合っているのが見えた。そこはきっと童話にある夢の国なんだろう・・・ママチャリのお母さんたちに見守られながら。
2025年7月5日土曜日
野鳥観察(84)
早朝6時過ぎ、野鳥観察(探鳥会)参加のため家を出た。前回(6/28)、寝坊して欠席したので挽回すべくしっかり準備してのことだ。玄関前の路地が一部黒く濡れているのが目に入った。昨晩9時前後に小雨が降ったようだ。(今晩も8時過ぎ、雷鳴がして雨になった)
(本ブログ関連:”野鳥観察”)
晴れ空なのに鬱陶しい(湿度80%)のなか、フィールドへ向かう。露が輝く公園広場にポツンとたたずむ「トウカエデ」の樹下の集合場所に着く。会員のお孫さんである小学生の男の子がひとり祖母を待っていた・・・直ぐに到着。子どもが加わると、探鳥会にエネルギーが与えられ活気が出る!
会長から、次のような解説をいただいた。
① <セキレイ> の仲間の鳴き声
・セグロセキレイ: ジジィ ジジィ
・ハクセキレイ: チュチュン、チュチュン
・キセキレイ: チチンチン
② 鳥の<歩き方>
・スズメ: ホッピング
・カラス: ホッピングとウォーキングの両方
開始早々、公園の樹間は(「ガビチョウ」を除いて)静かだった。結論からいうと、観察種数は乏しく、何と(参加者数ー1)となった。とはいえ、私にしたら順路を巡るだけで汗が止まらない、貴重な運動にもなった。
今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものを次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・ガビチョウ:「ヒョイヒーギュルル」という鳴き声がうるさいほど(図鑑にも無視される)
・シジュウカラ: 群れが木立に集まり、一羽一羽縫うように素早く飛翔する(写真を撮れず)
・ウグイス: ベテランの方は「ホーホケキョ」の声を聞いている
---------------
・カルガモ: 小川の水門に2羽が休んでいた
---------------
・チュウゴクアミガサハゴロモ: 葉裏に隠れた黒い<蛾>
カルガモ
観察会に出かけて何にも記録を残せないのは残念と、小川の水門のコンクリートに休んでいた2羽(「カルガモ」の番(つが)い?)をカメラにおさめた。
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