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2017年5月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ノレカラク

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、京畿民謡「ノレカラク노랫가락)」他、京畿地方に関連した曲を紹介した。

始めに、元々巫女が歌った京畿民謡「ノレカラク」について次のように紹介された。
・国土に比べて山や渓谷が多く、他村への移動は容易でなかった。村ごとに独特な話し方と風習があり、民謡も地域差があった。半島南部の全羅道を中心に伝わる「南道民謡」は、太めの声で深い響きがあり、一方、北部に伝わる「西道民謡」は、鼻声が特徴。ソウル付近の京畿地方に「京畿民謡」があり、中央と人と物が往来しただけに、歌も明るい。
・京畿民謡「ノレカラク」は、歌の意で、「ノレ」は歌、「カラク」はメロディーを指す。ノレもカラクも同じかと思われるが、昔、階層によって呼び方が違った。支配階層が歌うのは「歌(ノレ、노래)」、民が歌うのは、「雑歌」から、「音(ソリ、소리)」、「カラク」などと呼ばれた。「ノレカラク」は、支配階層の楽しんだ歌詞を民が歌う意がある。元々、巫女が祭祀を捧げるときに歌ったものが民間に広まったものだ。

▼ <伴奏を聴くだけでも親しみが感じられる>という京畿民謡「歌調べ」を聴く。どこか大衆歌謡風で聞きやすい。

次に、京畿民謡の「京畿雑歌」の「フィモリ雑歌(휘모리잡가)」について次ように紹介された。
・京畿民謡は、誰もが簡単に歌えるものや、専門の歌い手でないと歌えないものがあった。そんなジャンルを「京畿雑歌」といい、長い歌をおとなしく座って歌ったり、立ちっぱなしで太鼓を叩きながら踊り歌ったりした。ユーモアのある歌詞を速いテンポで歌う、「フィモリ雑歌」という歌い方に、「蛙打令(맹꽁이타령)」がある。

▼ フィモリ雑歌で<強情な人を蛙に例えた>「蛙打令」で<都会人を蛙に例えた>ものを聴く。次々止まらない・・・

最後に、シャーマニズムの儀式「クッ(굿)」の「テカムノリ(대감놀이)」について次のように紹介された。
・シャーマニズムの儀式「クッ」は、巫女が供物を揃えて歌い踊る。かつて迷信といわれたが、最近、伝統的文化と捉えるようになった。神を最良にもてなす意で、巫女は着飾り優れた歌と踊りを披露する。儀式は、芸術的レベルと見られ、民間音楽にも影響を与えた。財運など縁起の良いと言われる「テカムノリ」がある。「テカム」は巫女が神を呼ぶときの呼び方で、「テカムノリ」は神を祀(まつ)る儀式を指す。

▼ <巫女が敷地神を祀り踊る(楽しく遊ぶ)厄払い>「テカムノリ」を聴く。掛け合いはないが次の映像も楽しい。

(ステージより民間での儀式を見る方が雰囲気が伝わる)

(Youtubeに登録の천승요に感謝)


(追記)
公園の帰り道、滅多に通ったことのない裏道の並木道で、急に目の前に何かが落ちてきた。怪しい気分になり、上着を脱いで見たところなんと、(ネットによれば)「返り襟」という、首からつながった襟の胸のあたりに、鳥のフンが白く! ・・・ 郷土館に駆け込んで水洗いしたが。シャーマニズムでは、鳥は魂を運ぶというが。記憶にある限り、人生で2度目のこと。

2014年6月10日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 珍島シッキムクッ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第59回として、亡くなった者の恨を晴らす儀式「珍島シッキムクッ(진도 씻김굿)」にまつわる話を紹介した。

(本ブログ関連:”巫俗音楽”)

まず、全羅南道の珍島に伝わるお払い「珍島シッキムクッ」の紹介から、次のように始まった。
・珍島は、毎年春に海が大きく割れることで知られ、昔ながらの素朴な風景が残る。4月の珍島沖事故で多数の犠牲が出たが、珍島には亡者を慰める儀式が古来伝わっている。
・命のあるものは、いつか亡くなる。死に対する儀式は、人間としての重要な基準のひとつだ。地域、文化ごと異なる儀式の一つに「祭儀(クッ、굿)」がある。「巫女/巫堂(ムーダン、무당))」が激しい歌舞の中で神にお告げを行う。珍島の「シッキムクッ」は、亡者の恨を晴らし、あの世への道が平穏であるよう願う。「洗い(シッキム、씻김)」は恨を水で洗い流す意だ。珍島シッキムクッは、音楽、踊り、歌が調和した、亡者のための儀式であり、生きる人々全ての命のために行う。

▼ 「珍島シッキムクッ」の中から「シッキム(씻김)」を聴く。巫女の声と太鼓の、人と自然の始原の響きを聞くよう。

次に、水と宗教の関係に見られるものが、シッキムクッにもあると、次のように説明された。
・水は、洗い流す意がある。朝早く家族の健康と幸せのため、水を汲みその前で祈る母親の姿を昔はよく見かけた。仏教や巫俗と同様、キリスト教も洗礼という水の重要な儀式がある。イスラム教は祈る前に、必ず顔と手足を水で洗う。水で体を洗うだけでなく、心と魂を清める。古い自分を捨て新しい存在へ生まれ変わる意があるのだろう。
・水は、新しい世界に進む意もある。東西の神話で、あの世は舟に乗って川を渡る所とされる。古代エジプトと同様、シッキムクッでは、亡者の姿を象徴する巫具「ヨンドン(영돈)」を、水でよく洗い流す。巫女があの世を象徴する細長い白布を敷き、「般若竜舟(バンヤヨンソン、반야용선)」という船を置き、あの世へ道案内する。また、あの世に進むための道を整える儀式「道磨き(キルダックム、길닦음)」もある。

▼ 「珍島シッキムクッ」の中から「キルダックム」を聴く。シッキムと比べて何となく習合の歴史を感じる・・・。

最後に、シッキムクッの存在の意義について、次のように解説された。
・情けを表す表現に、「憎い情、愛しい情」がある。愛しい人は言うまでもなく、嫌いな人も憎んでいるうちに情け深くなるのが人の心だという意だ。残された者の心を慰めることもシッキムクッの意義である。この儀式が行われる間、巫女は歌と踊りで人々の心を揺さぶる。巫女が亡くなった者に代わって話をすると、それを聞く者は涙を流しながら挨拶をし、お互いに恨を晴らすのだ。

▼ 「魂のためのカデンツァ」(アンサンブル・シナウィ)を聴く。現代人の感性に合ったイメージなのだろう、たぶん・・・今様である。

2018年1月3日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」罷経

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2017/12/27)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、念仏(罷経(파경))に関連する曲を紹介した。(キム・ボエさんによる、昨年最後の放送から)

始めに、昔から人びとは、その風土の中で、神を身近に暮らしていたことを次のように紹介された。
・世に、多くの人々が信じるさまざまな宗教がある。インドに3億もの神があり、ネパールに今も少女の生神がいる。日韓にも多様な神々がいる。山に山の神、家に家を守る神、家の中にも、敷地を守る神、子供を守る神、台所、井戸、ひいては手洗いにも神がいた。昔は、生まれてから死ぬまで神と一緒と考え、伝統的な日や誕生日に、神々に祈った。
・昔、盲(めいし)の人(僧)が<門付>しながら、経を唱えた。家族の平安を祈って歌う「罷経」で、あらゆる悪鬼をなだめ、家から追い払う内容で、目的なく彷徨う神や、悔恨を残して死んだ魂をなだめる。祭祀後、食物を少し器に入れて、屋外に置き、悪鬼がそれを食べると出て行くと信じた。悪鬼を呪うかわりに、食べさせてなだめようとした。

▼ <悪鬼を追い出す内容の歌>「罷経」を聴く。鼓の響きと合わせて、シャーマニズムの香りがしてくる。

次に、昔の人々の、神々との独特な関わり方について次のように紹介された。
・神は、全知全能で人々を見守ったり、罰を与える存在と思いがち。昔、人々は、神も人間と似て、先に心を開けば、神も自分に良くすると信じた。最善を尽くしても神が関心を示さねば、仕える必要がないと考えた。船が難破の危機にさらされて、海で溺れかけた船乗りは、神を象徴するものから先に捨てた。船を守らぬ神は要らぬと、神前で振舞った心境が分かる。
・「クッ(祭祀を捧げる、祭儀:굿)」の歌に「大監ノリ(대감놀이)」がある。本来、ソウルとその近郊の京畿道、今の黄海道地域で祭祀を捧げるとき歌った。「大監」は、巫女が神を祭る尊称で、大監を喜ばせると良いことがあると信じた。京畿地域の歌い手は巫女でないがうまく披露した。

▼ 「大監ノリ」を聴く( ← ノリ:놀이には「遊ぶ」の意もある)。楽しく神との対話、憑依を感じるよう。

最後に、布施の念仏の曲「報念보렴)」について次のように紹介された。
・布施の念仏という意の曲「報念」がある。昔は、寺に住んで村を回りながら歌や踊りを披露した歌い手(寺堂牌(사당패))がいた。その時、人々を祝福するため歌った曲だ。

▼ <国の平安を祈り、全てのことが順調であることを祈る>から始まる「報念」を聴く。ありがたい言葉だろうな・・・。

2015年4月22日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 あの世の歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、死に関連する3曲を紹介した。

始めに、亡くなった人の魂を呼び込む「ペベンイ・グッ(배뱅이 굿)」について次のように紹介された。
・「ペベンイ・グッ」で有名な李殷官(이은관、1917年~2014年)名唱がいる。節句に、テレビから「ベベンイが来ました(배뱅이가 왔소이다)」の歌詞がよく聞こえてきた。ベベンイ(배뱅이)が何か分からなくても、「ベベンイ・グッ」の歌舞は広く知られた。巫堂(무당、巫女)が神にお告げする祭儀(クッ、굿)ではなく、これを素材にした伝統芸能(民俗劇)だ。パンソリと似るが、パンソリは南の地方中心である反面ペベンイ・グッは北側の黄海道中心だ
・ある名門の一人娘ペベンイが18歳の若さで亡くなる。老いた両親は、娘の魂に会いたく、国中の有名な巫堂を探してクッを行う。魂を呼び込むのは簡単でない。それを聞いた旅人が両親を騙し、魂が訪れきたように振る舞い、金を取って逃げてしまう。

▼ 「ペベンイ・グッ」から、「国中の巫堂がクッを行う場面(팔도 무당 굿하는데)」を聴く。随分賑やかな祭儀に聞こえる。

次に、「恨(ハン、한)」とクッの祭儀の関係について次のように説明された。
・人が死ぬとどうなるのか、昔から人が悩んだ問題だ。韓国では、死後、人の魂はあの世に行くと信じた。時々、子孫に会いに戻ってくるともいわれる。この世に名残惜しい人は、あの世に渡れず留まるとされ、「恨」と言う、一種の恨みがある。人を恨み、残念に思う気持、悔しさや悲しさ、これらが入れ混じった感情を指す。恨を持つ人は、自分も知らぬ内に人に害を与えることもあるため、クッを行って、恨を晴らすように誘導した。亡くなった人のための儀式だが、実は生きている人のためでもある。互いに憎しみや恨みを晴らすための装置ともいえる。

▼ 恨み、恨を歌った曲「バリアラリ(바리아라리)」を聴く。不思議な味がする演奏に載せて・・・味わい深い今様。

最後に、あの世の神「バリテギ(바리데기)」の話と「コプリ(고풀이)」の意味について次のように説明された。
・バリテギは、娘として生まれたため、王に捨てられてしまったが、王が重病にかかったとき、命がけで薬を見つけたのは、バリテギだった。薬を探しにあの世まで行ったのだ。そして、あの世を治める神となる。
・全羅道地域の「シッキム・グッ씻김굿)」儀式では、亡くなった人の恨を晴らす過程を「コプリ」という。白の長い布に、七つまたは十二の結び目をつくり、柱に固定させる。結び目は恨を意味するようで、巫女が歌を歌いながらゆっりと布を引っ張り、結び目を一つずつ解く。その様子を見ながら、その場にいる人々も恨を晴らす。

▼ 珍島の「コプリ」を聴く。始原的な響きがする・・・地元の人々の現地録音だろうか。

キム・ボエさんの言葉。明日(4/16)は、旅客船セウォル号が沈没して一年になる。「コプリ」が、わずかでも慰めになればと願う気持ちです・・・とのこと。

2018年6月12日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 「君のための歌」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、亡なった人への追想の儀式や歌についての話を紹介した。

始めに、平安な時代を追想し、いしずえになった人々を追悼する日について次のように紹介された。
・善良な王の治世に「尭舜の時代」(中国古代の帝王、尭と舜の時代)がある。聖人と言われた王の尭が、老人が次のよう歌うのを見た。< 太陽が昇ったら働き、沈んだら休むという平和な生活では、王が徳をもって国を治めることなど、自分とは関係のないこと >(「撃壤歌」) 。尭は、これこそ平和な時代と満足した。しかし、歴史には平和な時代があまりなかった。韓国近代史も、苦難の中にあった。今日(6/6)は、メモリアル・デイにあたる祝日「顕忠日」(戦没者追悼の日)である。

▼ 「シッキムクッ(씻김굿)」の歌詞から「君のための歌(그대를 위해 부르는 노래)」の歌を聴く。死出の旅遠く、今様に。

次に、この「シッキムクッ」の儀式と、その鎮魂の意味について次のように紹介された。
・「シッキムクッ」は、全羅道地方で、死者の魂をあの世に導く儀式に歌う。一生涯、悔いのない人生はないだろう。残された家族も名残惜しい。今生に対する未練や恨みを洗い流す意の「シッキム」と、巫女シャーマン)が行なう儀式の「クッ」から、儀式を「シッキムクッ」と言う。合わせて、残った家族の心も共に洗い流す意もある。

▼ 珍島「シッキムクッ」から「ヒソル(희설)」の歌を聴く。土着 →(土着+仏教)→ 仏教、・・・その混合か?

最後に、この土着的儀式の「ヒソル」と、仏教儀式の「霊山斎(영산재)」について次のように紹介された。
・「ヒソル」は、「シッキムクッ」の儀式の一つで、死者が問題を乗り越えて極楽へ行くことを祈願する歌だ。「シッキムクッ」の儀式は、全羅道全域で行われたが、今は、珍島や小諸島の村を中心に受け継がれている。巫女の歌と踊りなどに芸術性が認められ、国の無形文化財になっている。一方、仏教では、人が亡くなると「四十九日」の法事を行なう。この儀式に「霊山斎」(同じく国の無形文化財)がある。この儀式は3日間行われ、各地から優秀な僧侶が集まったという。

▼ 僧侶の歌で、仏教音楽「伏請偈(복청게)」を聴く。伏請大衆 同音昌和 神妙章句 大陀羅尼・・・長々と歌う。

・国の無形文化財は、年に一度、全ての過程を一般公開する。ソウルの新村にある、「奉元寺(봉원사)」では、毎年6月6日、「霊山斎」を行っている。

(本ブログ関連:”韓国仏教”)

2012年12月4日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金大禮

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/28)に、人物シリーズ56回目として、亡くなった人の魂を讃える珍島シッキムグッ(씻김굿)をとりおこなう巫堂(ムーダン、무당:"シャーマン")である、芸能保有者の金大禮(キム・デレ、김대례、1935年~2011年)を紹介した。

(本ブログ関連:"シッキムグッ")

まず、珍島シッキムグッの説明(復習)から始まった。
・珍島シッキムグッの「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、亡くなった人の怨恨をきれいに拭い去り、明るく安らかな気持ちで冥土に旅立てるように祈りながら行う「クッ」(グッ、굿:お祓い、祭儀)である。
・近年、各地方の様々な民間信仰やクッは<迷信>と虐げられ、その伝承が危ぶまれる時期があったが、珍島地方では今も、巫俗*音楽の伝統がしっかり守られ、家族に不幸があるとシッキムグッを行うことが多い。このようなグッを行う巫堂は、生涯、人々のために祈りを捧げる。神を喜ばせ、成仏できない魂を慰める歌や踊りを、長期に渡る厳しい修練の中で学ぶ。
(*)巫俗:巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てたシャーマニズム、または民間信仰を指す。

▼金大禮ほかによる「珍島シッキムグッ」の中から「招魂シッキムグッ(혼맞이 씻김굿)」を聴く。以前、番組で「巫俗音楽」紹介があったときのものか。招魂の願いが、次々沸き起こるように聞こえてくる。

・巫堂は、大きく次の二つに分類できる。
① 神が体に降臨し、特別なお祓いを受け巫堂となる降神巫(カンシンム、강신무)で、韓半島中部より北の地方に多い。
② 代々、家業として巫俗を司っている、世襲巫(セスプム、세습무)で、南部地方に多い。
珍島地方では世襲巫が多く、各村ごとに、その地域を担当する巫堂がいて、日常的に村の人々のためにグッを行い、その代わりに、麦や穀物などを謝礼として受け取るという関係にあった。

次のように金大禮のプロフィールが紹介された。
・1935年 羅南道珍島に生まれる。母親は、実家が巫俗(무속)を司った家系で、テグム・サンジョの創始者として名高いパク・ジョンギ名人の三女である。この地域で有名な巫堂だった影響もあり、歌や踊りを真似しながら遊んだという。
・11歳 普通学校2年のとき中退。巫堂の道に進み、母方のおばからグッの伝授を受ける。
・17歳 結婚。嫁ぎ先も巫俗家系のため、一生涯をかけてグッに従事することになる。

▼金大禮ほかによる「珍島輿歌(チンドサンヨソリ、진도상여소리)」を聴く。なぜか映画のように、白い喪服の人々が続く画面が想像される。

・1980年 珍島シッキムグッで重要無形文化財、第72号として認定される。
・2011年3月 没する。

▼金大禮による舞踊音楽「サルプリ(살풀이)を歌ったクウム口音、구음)を、厄払いの宗教学的理解はないが、Youtube映像と合わせて聴く。巫俗音楽は、演じられる場面こそ相応しいに違いない。
(Youtubeに登録のehyundamに感謝)

2015年10月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 祝福(祭祀)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、<祝福>(祭祀)にかかわる3曲を紹介した。

始めに、旧暦10月の儀式と、崔南善최남선)の著「朝鮮常識問答(조선상식문답)」について次のよう紹介された。
・旧暦10月を、一年で最も優れた上の月の意で「上月(상 달)」と言う。今年の旧暦は、一年13ヶ月で閏月がある。今、旧暦9月だが、いつもなら10月が始まる頃。新年を迎える正月でもないのに、10月をなぜ上月と言うのか、崔南善(1890年4月26日~1957年10月10日)の著「朝鮮常識問答」に記載がある。この時期、一年の農作業が終わり、新しい穀物や果物を収穫したことを、天と先祖に感謝の儀式を捧げる。10月は神と人間が共に楽しむ月、最も良い月とされた。高句麗の儀式「東盟(동맹)」や半島南部の部族馬韓の祭天儀式も全て10月に行われた。

▼ 「パン」=ある場面、「ノリ」=遊びの意による、演奏「パンノリ(판노리)」を聴く。賑やかな味付けした今様である。

次に、民間レベルでの村祭り「洞祭(동제)」や、家ごとの祭祀「告祀(고사)」の風習について次のように紹介された。
・朝鮮時代、収穫の秋に国家レベルの祭天儀式はなかったが、民間レベルで「洞祭」と呼ぶ村祭りがあった。これ以外に、家ごとに「告祀」と呼ぶ祭祀があり、面白い風習もあった。告祀を行った夜中、子供たちが温かい小豆をのせた餅「蒸し餅(시루떡)」を籠に入れ家々を訪ねた。餅の種類も多種多様で、そば粉やもち米で作った餅、かぼちゃを入れた餅もあり、食べ比べる楽しみもあった。告祀の祭祀は、先祖に捧げる「祭祀(제사)」や、巫女の巫堂(무당)が捧げる「クッ(굿)」の祭祀と少し違う。告祀はその他の神々に捧げるものだ。また、クッと目的が似ているが規模が違う。クッは、巫堂が演奏に合わせて大規模に歌い踊る。半面、告祀は家族単位で捧げ、時に経を唱える盲人や僧侶を招くこともあり、比較的こじんまりしたものだ。

▼ 告祀の祭祀で行なう、祝福を願う経の意の歌「祝願経(축원경)」を聴く。のりの良い四方めでたい曲。いつ頃の作品だろう。

最後に、告祀の祭祀で、家に関わる(八百万の神のような)神々について次のように紹介された。
・告祀の祭祀を行うとき、「祝願経」や、家庭の平安を祈る「安宅経(안택경)」などを唱える。また、様々な悪鬼を追い払う「罷経(파경)」のようなものもある。神にはそれぞれレベルがあり、待遇の仕方が少し違った。家の敷地を守る土主神(터주신)、家の守護神(성주신)があり、主に台所を守る神(조왕신)には、供え物と共に礼をする。また、庭を意味する庭神(마당신)、門を守る門神(문신)、お手洗いを守る神(측신)は、場所ごとに留まり、不運が入らぬように守る神だ。これらの神には礼をせず、ただ供え物を用意した。告祀の祭祀は、家を守るため、家を持たぬ人はできなかった。

▼ バラジ=若い8人による「バラジ(바라지)の祝願」の演奏を聴く。珍島をオリジナルにした響きだそうだ。今様な洗練した音色だ。

2017年2月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 立春

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「立春(입춘)」に関連した3曲を紹介した。

始めに、陰暦の昔に、太陽の動きに合わせた「二十四節気」の登場について次のように紹介された。
・昔の暦は、現在の「陽暦」と違って、「陰暦」を使った。太陽でなく、月の動きを基準にした、一年十二月を見図った。それなり長所はあったが、太陽の動きに合わせて種撒きし、刈り取りする農作業で、適切な時期に合わせるのが難しかった。その短所を補ったのが「二十四節気」だ。一年を24等分し、四季を予測できるようにした。二十四節気は、春の「立春」に始まる(今年は陽暦の2/4)。長い冬もそろそろ終わりに近づいた。

ビバルディ「四季」から、第1楽章「春」を撥弦楽器の伽耶琴(カヤグム、가야금)演奏で聴く。ツィターを想わせる。

次に、立春を一年の始まりとして、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習について次のように紹介された。
・昔の冬は、今より寒いものだった。現代のような暖房設備もなく、良い素材の服もなかった。人々は、全身で寒さに打ち勝たねばならなかった。食糧は十分でなく、心も荒れただろう。そんな中でも、やがて春が訪れると思えば、嬉しかっただろう。春に種を撒き、その後穀物を収穫できるからだ。立春は、一年の始め、まさに春の始まりを知らせる日でもあった。今年の干支は酉。韓国では、立春に一年が始まる。この時、「立春大吉」の札を門に貼り付ける風習がある。文字を書けない人も能筆者に頼み貼り付けた。また、立春に、巫女が捧げる儀式より、札を貼る方が効能あるという。その年に悪災があれば、立春の札がまずかったという。他の風習が消えても、今だに立春に札を貼り付ける人が多い。

▼ 演奏「Spring Dance」(그림)を聴く。なんだか、観光招致のような明るくて元気な春・・・今様で。

最後に、立春に新鮮な野菜料理をしたり、豊作の占いをする風習について次のように紹介された。
・立春に、昔の宮中では「五辛飯(오신반)」*を食べた。野菜をからしで和えた料理だ。冬に新鮮な野菜が乏しく、ビタミンを補うためのもの。一般は、雪下に生える青菜を和えた「細生菜(세생채)」を食べた。今年の立春(2/4)に食べたい。
(*)五辛飯:「韓国民族文化大百科事典」によれば、「東国歳時記」(1849年)の頃にすでに定着したと推測される。
・また、五穀の種を窯で炒め、最も先に飛び出た穀物が豊作という風習もある。この占いを迷信とするより、昔の人々がそれだけ豊作を切に願ったことに心を寄せたい。

▼ 竹笛の短簫(タンソ、단소)などの演奏、「哨所の春(초소의 봄)」(1965年)を聴く。今様の軽快さ。

2014年12月2日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 告祀

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/26)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第82回として、家族の加護を祈る儀式「告祀(고사)」にまつわる話を紹介した。

始めに、陰暦10月(「上月(상달)」)に行なわれた祭祀「告祀」について次のように紹介された。
・昔、陰暦10月を「上月」と呼び、家族の平和を祈る祭祀「告祀」を行った。居住敷地を守る神、家や台所、家族を守る神などに挨拶する儀式だ
・上月は収穫の時期に、刈り取った穀物を神に捧げ、心を込めて告祀の祭祀を行った。家族の平和を祈る儀式では、祭壇に餅(「告祀餅(고사떡)」)を供え、近所で分け合った。きょうの餅はカボチャが入って美味いとか、味が薄いなどといって話もした。告祀は、巫女(巫堂、무당)が行なうクッ(儀式、굿)と違い、主に女性が中心に日取りを決め、門に金の縄を引き、人が往来できぬようにした後、黄土を振りかけて厄払いした。そして、心を込めて財物を捧げ、それぞれの神に祈った。

▼ 「祈願(기원)」の歌と演奏を聴く。平和、豊作、愛を歌う・・・古皮に新酒、不思議な雰囲気を醸し出す今様である。

次に、儒教で基本となる道徳指針の「三綱五倫(삼강오륜)」について次のように説明された。
・「三綱五倫」の基準に従って生きると、国中が安らかになり、国民も平和になると、毎年豊作になるという。告祀は家族の平和のための祭祀だが、まず宇宙と自然、人類の調和を祈った。自分や家族が大切でも、世を一人で生きられぬからだ。本格的に告祀を行うとき、経を唱える専門の人を招くこともあった。昔は目が不自由な人がその役割を担った。農作や特別な技術を身に付けられぬ不自由な人が、自分の能力で生きられるための意味があった。

(参考)三綱五倫
  君爲臣綱/父爲子綱/夫爲婦綱
  父子有親/君臣有義/夫婦有別/長幼有序/朋友有信

▼ 「盲人德談経(맹인덕담경)」 の歌を聴く。読経に似て繰り返し淡々と進む、何処となく明るい。

最後に、今に告祀が引き継がれていることについて次のように解説された。
・10月の上月に告祀を行うが、それ以外に重要なときにも告祀を行った。海近くの地域で新船を買ったとき、あるいは節句に告祀を行った。今でも、新しいビジネスを始めたり、店舗をオープンするとき、映画の撮影を始めるときなどに告祀が引き継がれている。食べ物を並べる膳に豚の頭を供えてお辞儀をする。

▼ 厄払いの歌「エクメギ(액맥이)」の歌を聴く。土の香りをして軽快に歌い続ける今様である。

2016年4月27日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 笛(ピリ、觱篥)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/20)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、オーボエに似た楽器「ピリ(觱篥:피리)」に関連した3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”ピリ”)

始めに、笛の総称「ピリ(피리)」の中で、狭義の楽器「ピリ(觱篥:피리)」について次のように紹介された。
・笛といえば、西洋楽器のフルートやリコーダーを思い浮かべるが、韓国伝統楽器に、「タンソ(短簫:단소)」や「トゥンソ(洞箫、퉁소)」がある。笛の総称を「ピリ(피리)」という。昔、柳や草で音を出し、「柳笛(버들피리)」や「草笛(풀피리)」がある。専門的意味での「觱篥」は、指ほどの太さで、長さ約20~30cmくらいの竹管で、八つの穴があり、2枚リードの「キョプソ(舌、겹서)」をはめて振動させて縦方向に吹く。小さくとも大きなしっかりした音を出す。宮中音楽から民謡、仮面劇(タルチュム、탈춤)に至るまで、多様なジャンルのメロディーを担当する。

▼ 朝鮮後期、宮中の宴で奏した8曲構成の「平調会相(평조회상)」の最初の曲「上霊山(상령산)」を觱篥独奏で聴く。朗々。

次に、子どもが玩具に作った柳笛、麦わらの茎で作った「麦笛(보리 피리)」について次のように紹介された。
・柳がみずみずしい頃、昔の子どもは柳笛を作った。水分たっぷり含んだ太めの枝を切り、軽くねじると皮と芯が分離する。枝の片方の端を削り、吹き口を作る。適当な大きさで穴を開けると、簡単な民謡くらいは演奏できた。竹で作った笛と、ある程度似た音が出た。また、麦が実る春頃、麦わらの茎で笛を作ったりした。「麦笛」という。大した玩具のなかった昔、子どもにとって、春に楽しむ立派な玩具だった。春と笛の音はよく似合うようだ。

▼ 觱篥と様々な楽器演奏で、京畿民謡の「倡夫打令(창부타령)」(倡夫は、巫女ムーダンの夫ながら楽器演奏者を指す)を聴く。浮き立つような軽快な響きがする。

最後に、「郷觱篥(향피리)」、「唐觱篥(당피리)」、「細觱篥(세피리)」の3種の觱篥について次のように紹介された。
・郷觱篥は、宮中音楽からソンビの風流音楽、民族音楽に至るまで、韓国固有の音楽で演奏された笛だ。
・唐觱篥は、唐の笛の意で、本来は中国伝来の音楽演奏に使われたが、韓国の宮中音楽で演奏したりした。
・細觱篥は、音が小さく、上流階層が演奏を楽しむ風流房(풍류방)と呼ぶ処で弦楽器中心に演奏 の際に使った。
・最近は、楽器ごとに、演奏者の個性を生かして、一般に親しまれる音楽が多い。觱篥は、もともと多様な形で演奏された楽器で、創作音楽で演奏されることは多くなかったが、今後が期待できるだろう。

▼ 創作音楽の觱篥演奏、「カエルへ(개구리에게)」を聴く。子どもも喜ぶ愉快な音楽、今様である。

2016年7月20日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 大監ノリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/13)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、儀式「大監ノリ(대감놀이)」ほか関連した3曲を紹介した。

始めに、巫堂(무당)の儀式「クッ(グッ、굿)」から、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」について次のように紹介された。
・巫堂(巫女、即ち”シャーマン”)が神に祈りを捧げる儀式を「クッ」と言う。この儀式には、歌や楽器演奏、踊りもある。時には神の能力を示す不思議な見せ物を披露する。テレビや映画のない昔、静かな田舎で行われた儀式は最高の見せ物で、人々が集まる一種の祭りのようなものだった。一時、迷信と言われ、なくすべきものとされたが、今は民族の貴重な文化遺産とされる。色々な神々の中でも、家の敷地を管掌する神を「大監」と呼び、家の敷地を守る儀式「大監ノリ」がある。

▼ ソウル地域のクッの「大監ノリ」の歌を聴く。掛け合いも楽しく、元気溌剌の明るさを感じる。

次に、クッの儀式に歌われた民謡「倡夫打令(창부타령)」について次のように紹介された。
・クッの儀式に、村人は心ひとつに参加する。その過程でそれぞれの恨みも晴らし、疎遠な関係とも互いに心を確認する。特別な神が人々の間で力を発揮するわけではないが、クッはそれなりの役割をした。儀式の日に、濁酒(マッコリ)と一緒に、歌を披露する年寄りも目立つ。代表的な歌に、京畿地域の民謡「倡夫打令」がある。「倡夫」とは、儀式で演奏する楽師を指す。彼らを見守る神を「倡夫神」と言う。クッには色々手順があるが、中に倡夫神をもてなす順がある。このとき巫堂が歌ったものが、人々の合間に広まった「倡夫打令」だ。

▼ 歌い手が洗練された形に直した「倡夫打令」の歌を聴く。繰り返し納得するように聞かせ歌う。

最後に、パンソリ「水宮歌(수궁가)」から宴会の様子について次尿に紹介された。
・パンソリ「水宮歌(수궁가)」は、カメが、竜王の薬として、ウサギの肝を入手しようと孤軍奮闘する。またウサギも生き残るため、あらゆる知恵を働かせる。カメが初めて上陸したとき、山では動物たちが集まって宴会を開いていた。誰が上座に座るかで争う場面がある。宴会かと思ったら、動物たちが喧嘩をしていたのだ。また、やっとウサギと出会い、竜王のところに連れてきたときも宴会が開かれる。薬を探したカメのために開いた宴会ではなく、ウサギに騙された竜王が、ウサギを陸地に見送る前に開いた宴会だった。カメとしては悔しいことだ。この宴会にも音楽は欠かせない。中国の有名な楽師の名をあげる歌詞が続く。

▼ 「水宮歌」から海中の王宮での宴で、風流の様子を歌う「水宮風流(수궁풍류)」を聴く。パンソリの語りで風流音楽ではない。

2014年2月11日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 馬

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/5)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第42回として、「馬(말)」にまつわる話を紹介した。

まず始めに、馬にまつわる逸話の紹介から次のように始まった。
・新羅の昔、没落した王朝の末裔に一人の青年がいた。両親は再興を期待して、幼くから厳しく躾けた。
・しかしながら成長した彼は、身分の低い娘と恋に落ちる。それを知った母は強く叱り、二度と娘の元へ行かぬよう誓わせたが、或るとき、酒に酔い乗馬して家に帰る彼の前に、娘の迎える姿があった。彼を思いやった馬が、娘の元へ導いたのだ。母との誓いを守る彼は、その馬の首をはねて家に戻った。娘は彼を恨めしく思い「怨詞(원사)」を歌った。三国統一に最大級貢献した新羅の将軍金庾信(김유신、595年~673年)の若い頃の逸話だ。(「破閑集」)

▼ 玄琴(コムンゴ)演奏による「新羅幻想曲」を聴く。御簾越しに流れるような・・・今様である。

次に、この逸話に触れた、李公升の詩について次のように説明された。
・金庾信に捨てられた娘は天官女(천관녀)といい、後年(三国統一後)、金庾信が彼女のために建てた天官寺(천관사)の名から付けられたようだ。天官女には、妓生(기생)あるいは巫女(무녀)とする説などある。
・天官女の歌「怨詞」は忘れられたが、高麗時代、慶州に赴任した李公升(이공승、1099年~1183年)が、天官寺の前を通りかかり、金庾信と天官女に関連してしたためた詩が伝えられている。その要約は、「青年と哀れな女性の愛の話も心痛む・・・が、最も気の毒なのは、忠誠を誓ったという罪だけで、かわいそうに命を落とした金庾信の馬であったのではないか」というものだ。*

    (*)ブログ「タルマル(달마루、天と地?)」に踏査情報がある。感謝。

▼ 大琴(대금)による「河臨城(하림성)」を聴く。笛の大きさに比して高音澄明な響き・・・今様である。

・「河臨城」は、伽耶琴(カヤグム)楽師の于勒(우륵)を受け入れた新羅王真興(진흥、534年~576年)の宮殿の名という。

最後に、建国神話での馬との関わりについて次のように解説された。
・新羅建国の赫居世居西干の出生にまつわる神話に、ある日、蘿井(나정)という井戸端で白馬がいななきながら天へ登った。そこに大きな卵が落ちていて、中から生まれたのが赫居世居西干だ。また、高句麗建国の東明聖王(朱蒙)も幼い頃、馬の面倒を見る仕事をしたと伝えられている。

▼ 男唱歌曲(界楽)「鐵驄馬に乗って(철총마 타고)」を聴く。雉狩りに行こうとするに、悠然としながらも心ははやる、馬は胴震いする、そんな感じかな。

・終わりに、岸さんから「ひとと深い関係を持った馬のように、どんなシーンでも心温まる関係を築けるような一年にしたいものですね」とのこと。まさに、おっしゃる通りです。

2017年2月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 島歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(2/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、島歌に関連した3曲を紹介した。

始めに、全羅道地域の島「可居島(가거도)」の歌を楽しむ「山台(산다이)」について次のように紹介された。
・三面海に囲まれた国土は島が多く、概ね3,000ほどある。西海岸と南海岸、中でも、全羅道地域に集中する。全羅道の莞島、麗水地域の清青色の海辺に、まるで田畑のように、海産物の海苔やカキの養殖場が広がる。その合間に並ぶ島々は、野に立つ山にも見える。島嶼と陸とは往来が難しく、島ならではの文化が伝承した。そのひとつに、「山台」という島民が集い歌う楽しみがある。語源は不明だが、仮面をつけて踊る「山台」遊びに由来する説もある。
・西南海岸地方の島遊びの「山台」は、主に節句や葬儀に、魚市場で行われた。子供たちが山に行って遊ぶ「山遊び山台」などへ進展した。「可居島山台」は、みなで繰り返すのではなく、一人ずつ歌うのが特徴。

▼ 可居島地域の歌「可居島山台」を聴く。可居島の生活に根ざした歌か、素朴なフレーズを次々手渡して歌う。

次に、全羅南道の「巨文島(거문도)」の「舟歌(뱃노래)」について次のように紹介された。
・人々は、昔から歌がとても好きで、仕事にも歌は欠かせなかった。農作はもちろん、漁労にも歌は必須だった。海の仕事も一人でできることは余りなく、みなで力を合わせ、呼吸を合わせるのに歌は最も適していた。櫓を漕ぐ音(歌)、網を引く声(歌)、魚を釣り揚げるとき出す声(歌)など、多様な声(歌)が伝わっている。海の男が海に対して歌う声は、力強いのが特徴。

▼ 全羅南道無形文化財の舟歌「巨文島舟歌(거문도 뱃노래)」を聴く。波頭を漕ぎ分け進む男たちが勇壮に歌うよう。

最後に、済州島民謡「ソウジェソリ(서우제소리)」について次のように紹介された。
・済州島は、石と風と女性の三つが多い「三多島」と呼ばれる。男が海で亡くなることが多く、比較的女性が多いからだろう。一方、社会活動する女性が多いという意味でもある。済州島では、女性が今も家計を管理をする場合が多い。田がなく畑仕事を中心にする。また、海の仕事で家族の生活を担った伝統がある。海女が海の中で歌った曲も伝わる。
・巫女がクッ(굿、祭祀)を行うとき歌った歌から始まり、海女が安全と裕福を祈った歌「ソウジェソリ」は、その後人々が遊ぶ時にも歌う民謡となったという。

▼ 人々が遊ぶ時にも歌う済州島の民謡「ソウジェソリ」を聴く。洗練された響きになって・・・。

2011年12月4日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴秉千

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/30)に、人物シリーズ4回目として珍島シッキムグッ(씻김굿)という「巫俗音楽」の芸能保有者の朴秉千(パク・ビョンチョン、박병천、1932~2007)が紹介された。

まず、「巫俗(フゾク)」についての復習から始まった。
・「巫俗」とは、巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てた韓国のシャーマニズム、または民間信仰を指す。
・巫俗音楽は、この巫俗でお祓いする際に演奏される音楽。

「シッキムグッ」について、次の説明があった。
・巫俗を司る巫堂(ムーダン、무당)という占い師が行うお祓いを「クッ/グッ(굿)」という。
・「珍島シッキムグッ」は、珍島地方に古来伝わる「グッ」で、「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、死んだ人の魂の不净をきれいに洗い流し、安らかにあの世に旅立てることを祈るお祓い。

▼朴秉千ほかによる、珍島シッキムグッの中から「成造経(성주경)」を聴く。リズミカルで明るく音楽的だ。ある意味、モノホニーで展開か・・・。

「巫堂」について次の通り解説が加えられた。
・巫堂は、大きく二つに分類できる。
① 神が人間の体に降臨し、神を宿した状態で巫堂となる降神巫(강신무)で、これは一般人がある日突然、神病(신병)に罹り、これを契機に巫俗界に入るというもの。韓半島中部より北の地方に多い
② 巫俗を司る家系に生まれ、代々家業を継ぐ世襲巫(세습무)という形式のもの。南部地方に多い。また、世襲のため芸術性が高く評価される。

なるほど、シャーマニズムの源流との地理的な関係(精神的な濃度勾配といえるか)からいえば、北部に降神巫が多く、南部に世襲巫が多くなるというのもうなづける気がする。ただし巫堂の創出背景が異なったまま、ずっと時代を経たということに興味を持つ。

次のように朴秉千のプロフィールが紹介された。
・1932年、全羅南道の珍島の巫堂の家系(9代目)に生まれる。
・巫俗に対する偏見を超えて、巫俗音楽を一般に広めた。

▼朴秉千による「生きる者のための祝願徳談(축원덕담)」を聴く。(先日放送(11/16)の、イ・ガンスの「祝願徳談」と比べて)随分と洗練されていて語り聞かせる感じがする。

▼朴秉千の息子パク・ファニョン(박환영)による、朴鍾基(박종기、1880-1947年)流、テグム散調(대금산조)の中から「クッコリ(국거리)」を聴く。透明な横笛の音が駆けるように響く。

(参考1) 慶應義塾アジア基層文化研究会に、「II.シッキムクッ -Japanese Edition-」の詳細な解説がある。
(参考2) Youtubeに、珍島シッキムグッの映像()が登録されている。(登録者vibahogunに感謝)
(参考3) 本部ログ関連:”金秀男写真展”(韓国文化院で済州島のクッの公演)

2015年9月23日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/16)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、民族芸能のひとつで、物語りに節をつけて歌う「パンソリ(판소리)」にかかわる3曲を紹介した。今回は、意地悪い人物に焦点をあてる。

 (本ブログ関連:”パンソリ”)

始めに、パンソリ「興甫歌흥보가)」に登場する意地悪な人物、兄ノルボ(놀보)について次のように紹介された。
・漢方では、人の内臓すべて合わせて「五臓六腑」といい、五臓(肝臓・心臓・脾臓・肺臓・腎臓の内臓)、六腑(大腸・小腸・胆・胃・三焦・膀胱)を指す。また、心の中を指す表現でもある。物語に、五臓六腑に意地悪が加わった、五臓七腑の者が登場する。パンソリ「興甫歌」の、善良な弟興甫に対する兄ノルボ*である。「興甫歌」は、ノルボの人物説明から始まる。火に油を注ぐのはもちろん、独り身の未亡人をいじめ、医師から針を盗み、美しい絹織物に水鉄砲で水をかける。乗馬して畑を横切り、泣く赤坊をいじめ、盲人を川に導くという悪者である。
・「興甫歌」の観客は、ノルボに似た人を思い浮かべ笑っただろう。意地悪い人物が、反省してまともになるストーリーである。

 (*)ノルボの漢字表記:ノル=”奴”の下に”乙”、ボ=甫 ・・・ (「パンソリ」申在孝、平凡社東洋文庫)

▼ 「興甫歌」から、「ノルボの意地悪(놀보심술)」を聴く。いつの世も身内の欲深さと善良さ。「興甫歌」の始まり。

次に、パンソリ「沈清歌(심청가)」に登場する継母となったペンドについて次のように紹介された。
・パンソリに、ノルボ以外にも意地悪な人物がいる。「沈清歌」に登場する淫女ペンドもそうだ。孝行娘の沈清は、盲目の父の目を治すため船乗りに身を売る。その金を目当てにペンドは、沈清の父に接近して妻となり、財産を酒やたばこに使い果たす。村人は彼女の悪口をいう一方で、悪口を楽しんだ。
・ペンドはノルボほど大罪でないかもしれないが、当時の女性への視線から、ノルボ以上に非難を受けたかもしれない。

▼ 「沈清歌」から、「ペンドばばあの行ない(뺑덕어멈의 행실)」を聴く。飯、肉、酒、滅多にしないこと。食うだけの楽しみ。

最後に、歌詞だけが伝わるパンソリ「ピョンガンセ打令(변강쇠타령)」の男女について次のように紹介された。
・当時、非難を受けた二人の男女が登場するパンソリ「ピョンガンセ打令」は、歌詞だけ伝わる。男ピョンガンセは怠け者で、博打にも手を出す。さらに、夫を次々亡くした哀れな女オンニョがいる。
・ピョンガンセ打令は、最も貧しい人々の暮らしを描いたもので、語り手が太鼓に合わせて物語りを歌う。

▼ 「ピョンガンセ打令」を聴く。歌詞だけ・・・巫女の歌のリズムを借りてパンソリにしているという解説がある。

2009年10月16日金曜日

金秀男写真展

韓国文化院で開かれている、「金秀男(김수남)写真展」に行く。金秀男(1949~2006)は、延世大学で地質学を専攻した後、東亜日報などでマスコミ記者として活躍した。その後、写真家として韓国の巫女(ムーダン)による祭祀(クッ)を記録した。その活動範囲は、日本、東南アジア、インドまで及んだ。
会場には、彼の故郷済州島からソウルに至るクッの状景写真が展示された。特に、亡くなった遠洋漁船員の服を着せた藁人形を背負い、磯辺で死者の名を呼ぶシンバン(ムーダンの済州島での呼称)の姿に万感に迫るものがある。また、慶尚北道のある漁村における、水死した未婚男性を慰霊するため死後結婚させるクッで、祭壇の新郎新婦の藁人形をじっと静止したように見つめる家族の写真からそれでも癒し難い悲しみが伝わってくる。
写真展のガイドブックにある慶応大学教授の野村伸一氏の寄稿文の中に、「霊を招き、霊と交わり、抱擁する、あるいは依頼者みずからが踊る。こうした現場を金秀男は『宝石』と表現した。」という記述がある。金秀男が地質学を専攻したことを思った。例えば鉱物採集時に、石榴石(ガーネット)が自然のまま12面体や24面体の美しい等軸晶系の結晶形で産出されるのを見ることができる。それは人の手の加わらない「宝石」である。彼は、庶民の長い営みのなかから想いが結晶した祭祀(クッ)を「宝石」として見たのかもしれない。

今日は、韓国文化院のハンマダンホールで、金秀男の三周忌を含めて、済州島から招かれたシンバンによる、クッの公演があった。クッの最後には、金秀男を旅立たせるために、シンバンとともに会場にこられた人々が壇上で踊り舞った。
宗教者が生者と死者を教理で分かつならば、シャーマン(ムーダン)は、人の心の奥底にある生と死を分化できない生き残った者たちの自然な悲しみを担い、媒介者として死者との分かれを時間をかけて導くのだろうか。

(追記)昔の新聞記事であるが、ネアンデタール人が埋葬を行ったであろう証拠として、幼児の遺骨の周りに数種類の花粉の化石が残っていたとうい記述を読んだとき熱い思いをしたことがある。死者への深い悲しみと、安らかであれという願いはヒト属として原初的なことだろう。

2016年8月24日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、花に関連した3曲を紹介した。

始めに、新羅(神文王)時代、薛聡설총、658年~?)が王に語った「花王戒(화왕계)」について次のように紹介された。
・薛聡は、名僧元暁(원효)の息子で知られる一方、優れた学者でもあった。ある日、王から薛聡に、気分転換の話を求められて、「花王戒」(戒花王、계화왕)の話しをした。<或る日、花の王に、バラとオキナグサが、自分を臣下にして欲しいと訪れた。バラは妖艶で美しい姿を、オキナグサは浩然の気を掲げ、王を元気にして毒を除去すると主張したが、王の心は、既にバラへ傾いていた。オキナグサは、王は正直者を近くに置き、邪悪な者を遠避けなければならぬのに、そんな王は滅多にいないと嘆いた。それを聞き、王は心を正した。>と語った。薛聡は、王の本分を花の世界に例えて悟らせた。この物語りから思い浮かぶのに、牡丹の花の歌がある。

▼ 朝鮮後期の女唱歌曲(가곡)「牡丹の花は(모란은)」を聴く。色々な花をいろいろにたとえ、洗練して歌う。

・上記「牡丹の花は」は、様々な花を擬人化して歌う。<赤い色彩が目を引く牡丹の花は富を象徴して花の王という。また、太陽だけを見つめるヒマワリは忠誠な臣下。泥中で育つのに泥に染まらぬ蓮の花は君子。あんずの花は小人。菊の花は隠れて暮らす学者ソンビ。梅の花は意思の強いソンビ。ユウガオは老人。小さいセキチクは少年。タチアオイは巫女(巫堂)。ハマナスは遊女。梨の花は詩人。そして、桃の花は風流をたしなむ男。>を指す。

次に、夏を盛りに咲くヒマワリ(向日葵)について次のように紹介している。
・この時期のヒマワリは、一日中太陽を見つめ、見た目も太陽に似る。広い場所にぎっしりと咲く様は、実に美しい。

▼ ワールドミュージックグループ「共鳴」の曲、「ヒマワリ(해바라기)」を聴く。軽快に今様に奏でる。

最後に、江原道太白市の「九臥牛(구와우)村」で栽培される、ヒマワリやキキョウ(桔梗)について次のように紹介された。
・東部、江原道太白市の咸白山に、九匹の牛が横たわる意の九臥牛村がある。この地域では、毎年、太白ヒマワリ祭りが開催され、丘がヒマワリでいっぱいになる。その数、何と100万に至るという。まるで、ゴッホの絵の中にいるよう。ヒマワリは花よりも、種を作るため栽培する。種は健康食品として、またサラダオイルやアイスクリーム、菓子などに活用される。他に、美しい花を咲かす農作物、キキョウの花がある。おかずや薬になり、特に喉に良いとされる。

▼ ソウル近郊の京畿民謡「桔梗打令(도라지 타령)」をカヤグム演奏で聴く。ギター曲のように爽やかに今様に編曲して。

・「桔梗打令」は、国楽演奏の若手ミュージシャンもよく編曲して演奏する。キキョウは、紫や白の花を咲かせるが、本当にキキョウかと思うほど上品だ。この花は民謡によく登場する。