KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/4)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第59回として、亡くなった者の恨を晴らす儀式「珍島シッキムクッ(진도 씻김굿)」にまつわる話を紹介した。
(本ブログ関連:”巫俗音楽”)
まず、全羅南道の珍島に伝わるお払い「珍島シッキムクッ」の紹介から、次のように始まった。
・珍島は、毎年春に海が大きく割れることで知られ、昔ながらの素朴な風景が残る。4月の珍島沖事故で多数の犠牲が出たが、珍島には亡者を慰める儀式が古来伝わっている。
・命のあるものは、いつか亡くなる。死に対する儀式は、人間としての重要な基準のひとつだ。地域、文化ごと異なる儀式の一つに「祭儀(クッ、굿)」がある。「巫女/巫堂(ムーダン、무당))」が激しい歌舞の中で神にお告げを行う。珍島の「シッキムクッ」は、亡者の恨を晴らし、あの世への道が平穏であるよう願う。「洗い(シッキム、씻김)」は恨を水で洗い流す意だ。珍島シッキムクッは、音楽、踊り、歌が調和した、亡者のための儀式であり、生きる人々全ての命のために行う。
▼ 「珍島シッキムクッ」の中から「シッキム(씻김)」を聴く。巫女の声と太鼓の、人と自然の始原の響きを聞くよう。
次に、水と宗教の関係に見られるものが、シッキムクッにもあると、次のように説明された。
・水は、洗い流す意がある。朝早く家族の健康と幸せのため、水を汲みその前で祈る母親の姿を昔はよく見かけた。仏教や巫俗と同様、キリスト教も洗礼という水の重要な儀式がある。イスラム教は祈る前に、必ず顔と手足を水で洗う。水で体を洗うだけでなく、心と魂を清める。古い自分を捨て新しい存在へ生まれ変わる意があるのだろう。
・水は、新しい世界に進む意もある。東西の神話で、あの世は舟に乗って川を渡る所とされる。古代エジプトと同様、シッキムクッでは、亡者の姿を象徴する巫具「ヨンドン(영돈)」を、水でよく洗い流す。巫女があの世を象徴する細長い白布を敷き、「般若竜舟(バンヤヨンソン、반야용선)」という船を置き、あの世へ道案内する。また、あの世に進むための道を整える儀式「道磨き(キルダックム、길닦음)」もある。
▼ 「珍島シッキムクッ」の中から「キルダックム」を聴く。シッキムと比べて何となく習合の歴史を感じる・・・。
最後に、シッキムクッの存在の意義について、次のように解説された。
・情けを表す表現に、「憎い情、愛しい情」がある。愛しい人は言うまでもなく、嫌いな人も憎んでいるうちに情け深くなるのが人の心だという意だ。残された者の心を慰めることもシッキムクッの意義である。この儀式が行われる間、巫女は歌と踊りで人々の心を揺さぶる。巫女が亡くなった者に代わって話をすると、それを聞く者は涙を流しながら挨拶をし、お互いに恨を晴らすのだ。
▼ 「魂のためのカデンツァ」(アンサンブル・シナウィ)を聴く。現代人の感性に合ったイメージなのだろう、たぶん・・・今様である。
2014年6月10日火曜日
2011年10月17日月曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 巫俗音楽
KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/12)に、「韓国のシャーマニズム、または民間信仰などといわれている巫俗(ふぞく:무속)で、お祓いをする際に演奏される(韓国各地に伝えられている)音楽、巫俗音楽」が紹介された。
韓国らしさを知るために、「巫俗」はある意味、文化人類学的な意味合いも含めて必須な知識かもしれない。韓国文化院で、実際に巫俗(済州島のケース)の儀式のひとこまを見る機会があった。今回の放送も加えて、膠着語が通底する古アジアの世界が少しでも理解できればと願っている。
・「巫俗」について、まさにシャーマニズムの要件でもある次の説明があった。
-現在では、多少否定的に使われることもあるが、古代から伝えられてきた、韓国固有の信仰
-天と地の間に存在するあらゆる物に神が宿っていると信じる
-二十四節気ごとに村の守護神や家の神を祀った霊廟で法事を行ったりする
-また体の調子が悪い時や、家によくないことが続く場合などは、巫俗をつかさどるムーダン(巫堂、무당、すなわち"シャーマン")を訪ねて、クッ(굿)といわれるお祓い(祭儀)を受けたりする
▼キム・デレによる<珍島>で亡くなった人の魂を讃えるシッキム・グッの中から「ホンマジ・シッキム・グッ(혼맞이 씻김굿 )」を聴く。亡者の想いを重ね解くように極楽往生を願い歌うように聞こえる。(1980年に重要無形文化財第72号に指定されているとのこと)
▼イ・サンスンによる、<ソウル>に伝わる巫俗音楽の、ソウル・クッの中から「マルミコリ(말미거리)」を聴く。珍島のものに比べると、明るく軽快で鈴の音が効果的に滲み入る。ところで、"バリ王女"の伝説を聞き、ふと浮かんだのはリア王のコーディリア・・・でも悲劇に終わることもなくて・・・。
(ところで、「マルミコリ」について、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
・「江原道のコソンから釜山のトンネ地方に至る、太白(テベク)山脈(大幹)の東側にあたる地方に残る」、祭儀と別に共同体の祭事として「平安のために行われる」クッが紹介された。
▼キム・ソクチュルによる東海岸別神グッ(동해안별신굿)の中から「セジョン・クッ(세존굿)」を聴く。激しく転回するリズム、軽快に、そしてちょっと野生的に進む。
(「セジョン・クッ」についても、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
巫俗から、巫俗音楽だけを音楽として切り取って聴くものではなく、身近に庶民の生活を想うべきものだろう・・・けれど、地域や伝承によって多様であることを知った。初源的で一番魅力を感じる。
★★★★★ 孫娘が、赤い着物に赤い髪飾りして、優しい笑みを浮かべた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、それでも赤ちゃんの口元して、ゆっくりお休みしている写真も届いた ★★★★★
(明日は、孫たちに会う予定。)
韓国らしさを知るために、「巫俗」はある意味、文化人類学的な意味合いも含めて必須な知識かもしれない。韓国文化院で、実際に巫俗(済州島のケース)の儀式のひとこまを見る機会があった。今回の放送も加えて、膠着語が通底する古アジアの世界が少しでも理解できればと願っている。
・「巫俗」について、まさにシャーマニズムの要件でもある次の説明があった。
-現在では、多少否定的に使われることもあるが、古代から伝えられてきた、韓国固有の信仰
-天と地の間に存在するあらゆる物に神が宿っていると信じる
-二十四節気ごとに村の守護神や家の神を祀った霊廟で法事を行ったりする
-また体の調子が悪い時や、家によくないことが続く場合などは、巫俗をつかさどるムーダン(巫堂、무당、すなわち"シャーマン")を訪ねて、クッ(굿)といわれるお祓い(祭儀)を受けたりする
▼キム・デレによる<珍島>で亡くなった人の魂を讃えるシッキム・グッの中から「ホンマジ・シッキム・グッ(혼맞이 씻김굿 )」を聴く。亡者の想いを重ね解くように極楽往生を願い歌うように聞こえる。(1980年に重要無形文化財第72号に指定されているとのこと)
▼イ・サンスンによる、<ソウル>に伝わる巫俗音楽の、ソウル・クッの中から「マルミコリ(말미거리)」を聴く。珍島のものに比べると、明るく軽快で鈴の音が効果的に滲み入る。ところで、"バリ王女"の伝説を聞き、ふと浮かんだのはリア王のコーディリア・・・でも悲劇に終わることもなくて・・・。
(ところで、「マルミコリ」について、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
・「江原道のコソンから釜山のトンネ地方に至る、太白(テベク)山脈(大幹)の東側にあたる地方に残る」、祭儀と別に共同体の祭事として「平安のために行われる」クッが紹介された。
▼キム・ソクチュルによる東海岸別神グッ(동해안별신굿)の中から「セジョン・クッ(세존굿)」を聴く。激しく転回するリズム、軽快に、そしてちょっと野生的に進む。
(「セジョン・クッ」についても、インターネットによい資料が見当たらない・・・)
巫俗から、巫俗音楽だけを音楽として切り取って聴くものではなく、身近に庶民の生活を想うべきものだろう・・・けれど、地域や伝承によって多様であることを知った。初源的で一番魅力を感じる。
★★★★★ 孫娘が、赤い着物に赤い髪飾りして、優しい笑みを浮かべた写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、それでも赤ちゃんの口元して、ゆっくりお休みしている写真も届いた ★★★★★
(明日は、孫たちに会う予定。)
2012年12月4日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 金大禮
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/28)に、人物シリーズ56回目として、亡くなった人の魂を讃える珍島シッキムグッ(씻김굿)をとりおこなう巫堂(ムーダン、무당:"シャーマン")である、芸能保有者の金大禮(キム・デレ、김대례、1935年~2011年)を紹介した。
(本ブログ関連:"シッキムグッ")
まず、珍島シッキムグッの説明(復習)から始まった。
・珍島シッキムグッの「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、亡くなった人の怨恨をきれいに拭い去り、明るく安らかな気持ちで冥土に旅立てるように祈りながら行う「クッ」(グッ、굿:お祓い、祭儀)である。
・近年、各地方の様々な民間信仰やクッは<迷信>と虐げられ、その伝承が危ぶまれる時期があったが、珍島地方では今も、巫俗*音楽の伝統がしっかり守られ、家族に不幸があるとシッキムグッを行うことが多い。このようなグッを行う巫堂は、生涯、人々のために祈りを捧げる。神を喜ばせ、成仏できない魂を慰める歌や踊りを、長期に渡る厳しい修練の中で学ぶ。
(*)巫俗:巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てたシャーマニズム、または民間信仰を指す。
▼金大禮ほかによる「珍島シッキムグッ」の中から「招魂シッキムグッ(혼맞이 씻김굿)」を聴く。以前、番組で「巫俗音楽」紹介があったときのものか。招魂の願いが、次々沸き起こるように聞こえてくる。
・巫堂は、大きく次の二つに分類できる。
① 神が体に降臨し、特別なお祓いを受け巫堂となる降神巫(カンシンム、강신무)で、韓半島中部より北の地方に多い。
② 代々、家業として巫俗を司っている、世襲巫(セスプム、세습무)で、南部地方に多い。
珍島地方では世襲巫が多く、各村ごとに、その地域を担当する巫堂がいて、日常的に村の人々のためにグッを行い、その代わりに、麦や穀物などを謝礼として受け取るという関係にあった。
次のように金大禮のプロフィールが紹介された。
・1935年 羅南道珍島に生まれる。母親は、実家が巫俗(무속)を司った家系で、テグム・サンジョの創始者として名高いパク・ジョンギ名人の三女である。この地域で有名な巫堂だった影響もあり、歌や踊りを真似しながら遊んだという。
・11歳 普通学校2年のとき中退。巫堂の道に進み、母方のおばからグッの伝授を受ける。
・17歳 結婚。嫁ぎ先も巫俗家系のため、一生涯をかけてグッに従事することになる。
▼金大禮ほかによる「珍島喪輿歌(チンドサンヨソリ、진도상여소리)」を聴く。なぜか映画のように、白い喪服の人々が続く画面が想像される。
・1980年 珍島シッキムグッで重要無形文化財、第72号として認定される。
・2011年3月 没する。
▼金大禮による舞踊音楽「サルプリ(살풀이)を歌ったクウム(口音、구음)を、厄払いの宗教学的理解はないが、Youtube映像と合わせて聴く。巫俗音楽は、演じられる場面こそ相応しいに違いない。
(Youtubeに登録のehyundamに感謝)
(本ブログ関連:"シッキムグッ")
まず、珍島シッキムグッの説明(復習)から始まった。
・珍島シッキムグッの「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、亡くなった人の怨恨をきれいに拭い去り、明るく安らかな気持ちで冥土に旅立てるように祈りながら行う「クッ」(グッ、굿:お祓い、祭儀)である。
・近年、各地方の様々な民間信仰やクッは<迷信>と虐げられ、その伝承が危ぶまれる時期があったが、珍島地方では今も、巫俗*音楽の伝統がしっかり守られ、家族に不幸があるとシッキムグッを行うことが多い。このようなグッを行う巫堂は、生涯、人々のために祈りを捧げる。神を喜ばせ、成仏できない魂を慰める歌や踊りを、長期に渡る厳しい修練の中で学ぶ。
(*)巫俗:巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てたシャーマニズム、または民間信仰を指す。
▼金大禮ほかによる「珍島シッキムグッ」の中から「招魂シッキムグッ(혼맞이 씻김굿)」を聴く。以前、番組で「巫俗音楽」紹介があったときのものか。招魂の願いが、次々沸き起こるように聞こえてくる。
・巫堂は、大きく次の二つに分類できる。
① 神が体に降臨し、特別なお祓いを受け巫堂となる降神巫(カンシンム、강신무)で、韓半島中部より北の地方に多い。
② 代々、家業として巫俗を司っている、世襲巫(セスプム、세습무)で、南部地方に多い。
珍島地方では世襲巫が多く、各村ごとに、その地域を担当する巫堂がいて、日常的に村の人々のためにグッを行い、その代わりに、麦や穀物などを謝礼として受け取るという関係にあった。
次のように金大禮のプロフィールが紹介された。
・1935年 羅南道珍島に生まれる。母親は、実家が巫俗(무속)を司った家系で、テグム・サンジョの創始者として名高いパク・ジョンギ名人の三女である。この地域で有名な巫堂だった影響もあり、歌や踊りを真似しながら遊んだという。
・11歳 普通学校2年のとき中退。巫堂の道に進み、母方のおばからグッの伝授を受ける。
・17歳 結婚。嫁ぎ先も巫俗家系のため、一生涯をかけてグッに従事することになる。
▼金大禮ほかによる「珍島喪輿歌(チンドサンヨソリ、진도상여소리)」を聴く。なぜか映画のように、白い喪服の人々が続く画面が想像される。
・1980年 珍島シッキムグッで重要無形文化財、第72号として認定される。
・2011年3月 没する。
▼金大禮による舞踊音楽「サルプリ(살풀이)を歌ったクウム(口音、구음)を、厄払いの宗教学的理解はないが、Youtube映像と合わせて聴く。巫俗音楽は、演じられる場面こそ相応しいに違いない。
(Youtubeに登録のehyundamに感謝)
2014年11月5日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 天然痘(媽媽)
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/29)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第78回として、天然痘を指す「媽媽(마마、マーマ)」にまつわる話を紹介した。
(参考) 韓国民間信仰の伝統的シャーマニズム「巫俗(무속)」で行なわれる祭儀を「クッ(굿)」という。地に根ざした姿をYoutube映像で知ることができる。
始めに、おそろしい感染症と民間信仰の儀式の関わりについて次のように紹介された。
・恐ろしいものを指して、「虎患媽媽(호환마마)よりも怖い」という。恐ろしい人や飲酒運転などのスローガンやタイトルとしても使われる。虎患媽媽の「虎患」は「虎に襲われる災い」を指す。韓国は山が多く、山奥の虎が村に下りてくることも少なくなかった。
・「媽媽」は「天然痘」を指す。昔は、世界的に最も脅威を与えた病のひとつだ。薬もない当時、世界中の死者の1割がこの病で亡くなった。神にお告げを行う「クッ」の儀式で、必ず天然痘を退ける順番があった。また、天然痘を客の意の「ソンニム(손님)」とも呼び、この儀式を「ソンニム・クッ(손님굿)」とも呼んだ。
▼ 東海岸地域の「東海岸別神(동해안 별신)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
次に、天然痘に敬称を付ける習わしについて次のように説明された。
・「憎い者にほど良きことをしてあげる」ということわざがある。災いを追い払う方法もこれに似て、災いをむちゃに退けるのでなく、心を込めてもてなすという。王や王妃につける最高の敬称「媽媽」を、最も恐ろしい天然痘にこの敬称を付けた。また、お客様を「ソンニム」とも言い、心を込めてもてなすが、召し上がった後は留まらずに去ってくださいの意があった。
・済州島でも面白い呼び方で「神夫人拝送(マヌラ・ペソン、마누라배송)」とした。現代韓国語で、マヌラは自分の妻を指し、家内とか女房の意だ。媽媽と表現したように、王族や官吏を指す言葉としてマヌラと言った。拝送は見送るの意で、早く去って欲しいことを指す。大切な客でも、早く帰って欲しい相手であった。
▼ 黄海道のクッ「マングデタク(만구대탁)クッ」の中から「ビョルサン・コリ(별상거리)」(ビョルサン:天然痘の神)の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
最後に、天然痘の予防接収と撲滅の歴史について次のように紹介された。
・朝鮮後期、天然痘予防の「種痘」という予防接種が伝わり、一部地域で実施されたが広く伝わらなかった。薬もない天然痘にかかると、迷信以外に頼るものがなかった。WHO(世界保健機関)は、1967年から天然痘の撲滅を推進して、ソマリアで発生した患者を最後に、1977年には天然痘の根絶を宣言した。
▼ 珍島地域のクッ「珍島シッキム(진도씻김)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
(参考) 韓国民間信仰の伝統的シャーマニズム「巫俗(무속)」で行なわれる祭儀を「クッ(굿)」という。地に根ざした姿をYoutube映像で知ることができる。
始めに、おそろしい感染症と民間信仰の儀式の関わりについて次のように紹介された。
・恐ろしいものを指して、「虎患媽媽(호환마마)よりも怖い」という。恐ろしい人や飲酒運転などのスローガンやタイトルとしても使われる。虎患媽媽の「虎患」は「虎に襲われる災い」を指す。韓国は山が多く、山奥の虎が村に下りてくることも少なくなかった。
・「媽媽」は「天然痘」を指す。昔は、世界的に最も脅威を与えた病のひとつだ。薬もない当時、世界中の死者の1割がこの病で亡くなった。神にお告げを行う「クッ」の儀式で、必ず天然痘を退ける順番があった。また、天然痘を客の意の「ソンニム(손님)」とも呼び、この儀式を「ソンニム・クッ(손님굿)」とも呼んだ。
▼ 東海岸地域の「東海岸別神(동해안 별신)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
次に、天然痘に敬称を付ける習わしについて次のように説明された。
・「憎い者にほど良きことをしてあげる」ということわざがある。災いを追い払う方法もこれに似て、災いをむちゃに退けるのでなく、心を込めてもてなすという。王や王妃につける最高の敬称「媽媽」を、最も恐ろしい天然痘にこの敬称を付けた。また、お客様を「ソンニム」とも言い、心を込めてもてなすが、召し上がった後は留まらずに去ってくださいの意があった。
・済州島でも面白い呼び方で「神夫人拝送(マヌラ・ペソン、마누라배송)」とした。現代韓国語で、マヌラは自分の妻を指し、家内とか女房の意だ。媽媽と表現したように、王族や官吏を指す言葉としてマヌラと言った。拝送は見送るの意で、早く去って欲しいことを指す。大切な客でも、早く帰って欲しい相手であった。
▼ 黄海道のクッ「マングデタク(만구대탁)クッ」の中から「ビョルサン・コリ(별상거리)」(ビョルサン:天然痘の神)の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
最後に、天然痘の予防接収と撲滅の歴史について次のように紹介された。
・朝鮮後期、天然痘予防の「種痘」という予防接種が伝わり、一部地域で実施されたが広く伝わらなかった。薬もない天然痘にかかると、迷信以外に頼るものがなかった。WHO(世界保健機関)は、1967年から天然痘の撲滅を推進して、ソマリアで発生した患者を最後に、1977年には天然痘の根絶を宣言した。
▼ 珍島地域のクッ「珍島シッキム(진도씻김)クッ」の中から「ソンニム・クッ」の雰囲気を、近似のYoutube映像と合わせて聴く。
2011年12月4日日曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴秉千
KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/30)に、人物シリーズ4回目として珍島シッキムグッ(씻김굿)という「巫俗音楽」の芸能保有者の朴秉千(パク・ビョンチョン、박병천、1932~2007)が紹介された。
まず、「巫俗(フゾク)」についての復習から始まった。
・「巫俗」とは、巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てた韓国のシャーマニズム、または民間信仰を指す。
・巫俗音楽は、この巫俗でお祓いする際に演奏される音楽。
「シッキムグッ」について、次の説明があった。
・巫俗を司る巫堂(ムーダン、무당)という占い師が行うお祓いを「クッ/グッ(굿)」という。
・「珍島シッキムグッ」は、珍島地方に古来伝わる「グッ」で、「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、死んだ人の魂の不净をきれいに洗い流し、安らかにあの世に旅立てることを祈るお祓い。
▼朴秉千ほかによる、珍島シッキムグッの中から「成造経(성주경)」を聴く。リズミカルで明るく音楽的だ。ある意味、モノホニーで展開か・・・。
「巫堂」について次の通り解説が加えられた。
・巫堂は、大きく二つに分類できる。
① 神が人間の体に降臨し、神を宿した状態で巫堂となる降神巫(강신무)で、これは一般人がある日突然、神病(신병)に罹り、これを契機に巫俗界に入るというもの。韓半島中部より北の地方に多い。
② 巫俗を司る家系に生まれ、代々家業を継ぐ世襲巫(세습무)という形式のもの。南部地方に多い。また、世襲のため芸術性が高く評価される。
なるほど、シャーマニズムの源流との地理的な関係(精神的な濃度勾配といえるか)からいえば、北部に降神巫が多く、南部に世襲巫が多くなるというのもうなづける気がする。ただし巫堂の創出背景が異なったまま、ずっと時代を経たということに興味を持つ。
次のように朴秉千のプロフィールが紹介された。
・1932年、全羅南道の珍島の巫堂の家系(9代目)に生まれる。
・巫俗に対する偏見を超えて、巫俗音楽を一般に広めた。
▼朴秉千による「生きる者のための祝願徳談(축원덕담)」を聴く。(先日放送(11/16)の、イ・ガンスの「祝願徳談」と比べて)随分と洗練されていて語り聞かせる感じがする。
▼朴秉千の息子パク・ファニョン(박환영)による、朴鍾基(박종기、1880-1947年)流、テグム散調(대금산조)の中から「クッコリ(국거리)」を聴く。透明な横笛の音が駆けるように響く。
(参考1) 慶應義塾アジア基層文化研究会に、「II.シッキムクッ -Japanese Edition-」の詳細な解説がある。
(参考2) Youtubeに、珍島シッキムグッの映像(①、②)が登録されている。(登録者vibahogunに感謝)
(参考3) 本部ログ関連:”金秀男写真展”(韓国文化院で済州島のクッの公演)
まず、「巫俗(フゾク)」についての復習から始まった。
・「巫俗」とは、巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てた韓国のシャーマニズム、または民間信仰を指す。
・巫俗音楽は、この巫俗でお祓いする際に演奏される音楽。
「シッキムグッ」について、次の説明があった。
・巫俗を司る巫堂(ムーダン、무당)という占い師が行うお祓いを「クッ/グッ(굿)」という。
・「珍島シッキムグッ」は、珍島地方に古来伝わる「グッ」で、「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、死んだ人の魂の不净をきれいに洗い流し、安らかにあの世に旅立てることを祈るお祓い。
▼朴秉千ほかによる、珍島シッキムグッの中から「成造経(성주경)」を聴く。リズミカルで明るく音楽的だ。ある意味、モノホニーで展開か・・・。
「巫堂」について次の通り解説が加えられた。
・巫堂は、大きく二つに分類できる。
① 神が人間の体に降臨し、神を宿した状態で巫堂となる降神巫(강신무)で、これは一般人がある日突然、神病(신병)に罹り、これを契機に巫俗界に入るというもの。韓半島中部より北の地方に多い。
② 巫俗を司る家系に生まれ、代々家業を継ぐ世襲巫(세습무)という形式のもの。南部地方に多い。また、世襲のため芸術性が高く評価される。
なるほど、シャーマニズムの源流との地理的な関係(精神的な濃度勾配といえるか)からいえば、北部に降神巫が多く、南部に世襲巫が多くなるというのもうなづける気がする。ただし巫堂の創出背景が異なったまま、ずっと時代を経たということに興味を持つ。
次のように朴秉千のプロフィールが紹介された。
・1932年、全羅南道の珍島の巫堂の家系(9代目)に生まれる。
・巫俗に対する偏見を超えて、巫俗音楽を一般に広めた。
▼朴秉千による「生きる者のための祝願徳談(축원덕담)」を聴く。(先日放送(11/16)の、イ・ガンスの「祝願徳談」と比べて)随分と洗練されていて語り聞かせる感じがする。
▼朴秉千の息子パク・ファニョン(박환영)による、朴鍾基(박종기、1880-1947年)流、テグム散調(대금산조)の中から「クッコリ(국거리)」を聴く。透明な横笛の音が駆けるように響く。
(参考1) 慶應義塾アジア基層文化研究会に、「II.シッキムクッ -Japanese Edition-」の詳細な解説がある。
(参考2) Youtubeに、珍島シッキムグッの映像(①、②)が登録されている。(登録者vibahogunに感謝)
(参考3) 本部ログ関連:”金秀男写真展”(韓国文化院で済州島のクッの公演)
2015年4月22日水曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 あの世の歌
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/15)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、死に関連する3曲を紹介した。
始めに、亡くなった人の魂を呼び込む「ペベンイ・グッ(배뱅이 굿)」について次のように紹介された。
・「ペベンイ・グッ」で有名な李殷官(이은관、1917年~2014年)名唱がいる。節句に、テレビから「ベベンイが来ました(배뱅이가 왔소이다)」の歌詞がよく聞こえてきた。ベベンイ(배뱅이)が何か分からなくても、「ベベンイ・グッ」の歌舞は広く知られた。巫堂(무당、巫女)が神にお告げする祭儀(クッ、굿)ではなく、これを素材にした伝統芸能(民俗劇)だ。パンソリと似るが、パンソリは南の地方中心である反面、ペベンイ・グッは北側の黄海道中心だ。
・ある名門の一人娘ペベンイが18歳の若さで亡くなる。老いた両親は、娘の魂に会いたく、国中の有名な巫堂を探してクッを行う。魂を呼び込むのは簡単でない。それを聞いた旅人が両親を騙し、魂が訪れきたように振る舞い、金を取って逃げてしまう。
▼ 「ペベンイ・グッ」から、「国中の巫堂がクッを行う場面(팔도 무당 굿하는데)」を聴く。随分賑やかな祭儀に聞こえる。
次に、「恨(ハン、한)」とクッの祭儀の関係について次のように説明された。
・人が死ぬとどうなるのか、昔から人が悩んだ問題だ。韓国では、死後、人の魂はあの世に行くと信じた。時々、子孫に会いに戻ってくるともいわれる。この世に名残惜しい人は、あの世に渡れず留まるとされ、「恨」と言う、一種の恨みがある。人を恨み、残念に思う気持、悔しさや悲しさ、これらが入れ混じった感情を指す。恨を持つ人は、自分も知らぬ内に人に害を与えることもあるため、クッを行って、恨を晴らすように誘導した。亡くなった人のための儀式だが、実は生きている人のためでもある。互いに憎しみや恨みを晴らすための装置ともいえる。
▼ 恨み、恨を歌った曲「バリアラリ(바리아라리)」を聴く。不思議な味がする演奏に載せて・・・味わい深い今様。
最後に、あの世の神「バリテギ(바리데기)」の話と「コプリ(고풀이)」の意味について次のように説明された。
・バリテギは、娘として生まれたため、王に捨てられてしまったが、王が重病にかかったとき、命がけで薬を見つけたのは、バリテギだった。薬を探しにあの世まで行ったのだ。そして、あの世を治める神となる。
・全羅道地域の「シッキム・グッ(씻김굿)」儀式では、亡くなった人の恨を晴らす過程を「コプリ」という。白の長い布に、七つまたは十二の結び目をつくり、柱に固定させる。結び目は恨を意味するようで、巫女が歌を歌いながらゆっりと布を引っ張り、結び目を一つずつ解く。その様子を見ながら、その場にいる人々も恨を晴らす。
▼ 珍島の「コプリ」を聴く。始原的な響きがする・・・地元の人々の現地録音だろうか。
キム・ボエさんの言葉。明日(4/16)は、旅客船セウォル号が沈没して一年になる。「コプリ」が、わずかでも慰めになればと願う気持ちです・・・とのこと。
始めに、亡くなった人の魂を呼び込む「ペベンイ・グッ(배뱅이 굿)」について次のように紹介された。
・「ペベンイ・グッ」で有名な李殷官(이은관、1917年~2014年)名唱がいる。節句に、テレビから「ベベンイが来ました(배뱅이가 왔소이다)」の歌詞がよく聞こえてきた。ベベンイ(배뱅이)が何か分からなくても、「ベベンイ・グッ」の歌舞は広く知られた。巫堂(무당、巫女)が神にお告げする祭儀(クッ、굿)ではなく、これを素材にした伝統芸能(民俗劇)だ。パンソリと似るが、パンソリは南の地方中心である反面、ペベンイ・グッは北側の黄海道中心だ。
・ある名門の一人娘ペベンイが18歳の若さで亡くなる。老いた両親は、娘の魂に会いたく、国中の有名な巫堂を探してクッを行う。魂を呼び込むのは簡単でない。それを聞いた旅人が両親を騙し、魂が訪れきたように振る舞い、金を取って逃げてしまう。
▼ 「ペベンイ・グッ」から、「国中の巫堂がクッを行う場面(팔도 무당 굿하는데)」を聴く。随分賑やかな祭儀に聞こえる。
次に、「恨(ハン、한)」とクッの祭儀の関係について次のように説明された。
・人が死ぬとどうなるのか、昔から人が悩んだ問題だ。韓国では、死後、人の魂はあの世に行くと信じた。時々、子孫に会いに戻ってくるともいわれる。この世に名残惜しい人は、あの世に渡れず留まるとされ、「恨」と言う、一種の恨みがある。人を恨み、残念に思う気持、悔しさや悲しさ、これらが入れ混じった感情を指す。恨を持つ人は、自分も知らぬ内に人に害を与えることもあるため、クッを行って、恨を晴らすように誘導した。亡くなった人のための儀式だが、実は生きている人のためでもある。互いに憎しみや恨みを晴らすための装置ともいえる。
▼ 恨み、恨を歌った曲「バリアラリ(바리아라리)」を聴く。不思議な味がする演奏に載せて・・・味わい深い今様。
最後に、あの世の神「バリテギ(바리데기)」の話と「コプリ(고풀이)」の意味について次のように説明された。
・バリテギは、娘として生まれたため、王に捨てられてしまったが、王が重病にかかったとき、命がけで薬を見つけたのは、バリテギだった。薬を探しにあの世まで行ったのだ。そして、あの世を治める神となる。
・全羅道地域の「シッキム・グッ(씻김굿)」儀式では、亡くなった人の恨を晴らす過程を「コプリ」という。白の長い布に、七つまたは十二の結び目をつくり、柱に固定させる。結び目は恨を意味するようで、巫女が歌を歌いながらゆっりと布を引っ張り、結び目を一つずつ解く。その様子を見ながら、その場にいる人々も恨を晴らす。
▼ 珍島の「コプリ」を聴く。始原的な響きがする・・・地元の人々の現地録音だろうか。
キム・ボエさんの言葉。明日(4/16)は、旅客船セウォル号が沈没して一年になる。「コプリ」が、わずかでも慰めになればと願う気持ちです・・・とのこと。
2018年6月12日火曜日
KBS WORLD「国楽の世界へ」 「君のための歌」ほか
KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、亡なった人への追想の儀式や歌についての話を紹介した。
始めに、平安な時代を追想し、いしずえになった人々を追悼する日について次のように紹介された。
・善良な王の治世に「尭舜の時代」(中国古代の帝王、尭と舜の時代)がある。聖人と言われた王の尭が、老人が次のよう歌うのを見た。< 太陽が昇ったら働き、沈んだら休むという平和な生活では、王が徳をもって国を治めることなど、自分とは関係のないこと >(「撃壤歌」) 。尭は、これこそ平和な時代と満足した。しかし、歴史には平和な時代があまりなかった。韓国近代史も、苦難の中にあった。今日(6/6)は、メモリアル・デイにあたる祝日「顕忠日」(戦没者追悼の日)である。
▼ 「シッキムクッ(씻김굿)」の歌詞から「君のための歌(그대를 위해 부르는 노래)」の歌を聴く。死出の旅遠く、今様に。
次に、この「シッキムクッ」の儀式と、その鎮魂の意味について次のように紹介された。
・「シッキムクッ」は、全羅道地方で、死者の魂をあの世に導く儀式に歌う。一生涯、悔いのない人生はないだろう。残された家族も名残惜しい。今生に対する未練や恨みを洗い流す意の「シッキム」と、巫女(シャーマン)が行なう儀式の「クッ」から、儀式を「シッキムクッ」と言う。合わせて、残った家族の心も共に洗い流す意もある。
▼ 珍島「シッキムクッ」から「ヒソル(희설)」の歌を聴く。土着 →(土着+仏教)→ 仏教、・・・その混合か?
最後に、この土着的儀式の「ヒソル」と、仏教儀式の「霊山斎(영산재)」について次のように紹介された。
・「ヒソル」は、「シッキムクッ」の儀式の一つで、死者が問題を乗り越えて極楽へ行くことを祈願する歌だ。「シッキムクッ」の儀式は、全羅道全域で行われたが、今は、珍島や小諸島の村を中心に受け継がれている。巫女の歌と踊りなどに芸術性が認められ、国の無形文化財になっている。一方、仏教では、人が亡くなると「四十九日」の法事を行なう。この儀式に「霊山斎」(同じく国の無形文化財)がある。この儀式は3日間行われ、各地から優秀な僧侶が集まったという。
▼ 僧侶の歌で、仏教音楽「伏請偈(복청게)」を聴く。伏請大衆 同音昌和 神妙章句 大陀羅尼・・・長々と歌う。
・国の無形文化財は、年に一度、全ての過程を一般公開する。ソウルの新村にある、「奉元寺(봉원사)」では、毎年6月6日、「霊山斎」を行っている。
(本ブログ関連:”韓国仏教”)
始めに、平安な時代を追想し、いしずえになった人々を追悼する日について次のように紹介された。
・善良な王の治世に「尭舜の時代」(中国古代の帝王、尭と舜の時代)がある。聖人と言われた王の尭が、老人が次のよう歌うのを見た。< 太陽が昇ったら働き、沈んだら休むという平和な生活では、王が徳をもって国を治めることなど、自分とは関係のないこと >(「撃壤歌」) 。尭は、これこそ平和な時代と満足した。しかし、歴史には平和な時代があまりなかった。韓国近代史も、苦難の中にあった。今日(6/6)は、メモリアル・デイにあたる祝日「顕忠日」(戦没者追悼の日)である。
▼ 「シッキムクッ(씻김굿)」の歌詞から「君のための歌(그대를 위해 부르는 노래)」の歌を聴く。死出の旅遠く、今様に。
次に、この「シッキムクッ」の儀式と、その鎮魂の意味について次のように紹介された。
・「シッキムクッ」は、全羅道地方で、死者の魂をあの世に導く儀式に歌う。一生涯、悔いのない人生はないだろう。残された家族も名残惜しい。今生に対する未練や恨みを洗い流す意の「シッキム」と、巫女(シャーマン)が行なう儀式の「クッ」から、儀式を「シッキムクッ」と言う。合わせて、残った家族の心も共に洗い流す意もある。
▼ 珍島「シッキムクッ」から「ヒソル(희설)」の歌を聴く。土着 →(土着+仏教)→ 仏教、・・・その混合か?
最後に、この土着的儀式の「ヒソル」と、仏教儀式の「霊山斎(영산재)」について次のように紹介された。
・「ヒソル」は、「シッキムクッ」の儀式の一つで、死者が問題を乗り越えて極楽へ行くことを祈願する歌だ。「シッキムクッ」の儀式は、全羅道全域で行われたが、今は、珍島や小諸島の村を中心に受け継がれている。巫女の歌と踊りなどに芸術性が認められ、国の無形文化財になっている。一方、仏教では、人が亡くなると「四十九日」の法事を行なう。この儀式に「霊山斎」(同じく国の無形文化財)がある。この儀式は3日間行われ、各地から優秀な僧侶が集まったという。
▼ 僧侶の歌で、仏教音楽「伏請偈(복청게)」を聴く。伏請大衆 同音昌和 神妙章句 大陀羅尼・・・長々と歌う。
・国の無形文化財は、年に一度、全ての過程を一般公開する。ソウルの新村にある、「奉元寺(봉원사)」では、毎年6月6日、「霊山斎」を行っている。
(本ブログ関連:”韓国仏教”)
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