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2011年6月3日金曜日

(資料)霊山斎、奉元寺

AMAZONに発注した「韓国の梵唄 霊山斎 太古宗奉元寺」(VZCG-234)のCDが昨日届いた。レーベルは、ビクター伝統文化振興財団である。太古宗태고종)の本山奉元寺봉원사で催される霊山斎(齋)の仏教音楽を収録したもので、梵唄(ぼんばい:범패)を中心に構成されている。
先日(5/23)、奉元寺を訪れた際に、境内にある玉泉梵音大学と霊山斎保存会の名を記した建物で霊山斎の音楽についてたずねたところ、上記CDは当然ながらなくて、教育用のものがあり、1セット15枚程度と紹介された。知識も素養もないので、エッセンスだけでもと、結局AMAZONのものを求めることにした。

奉元寺の境内を出て、坂道を下る両側に、霊山斎の教室が数軒並んでいた。民家風の建物からして、奉元寺以外に、一般の信者向けの私塾のようなものかと想像したが不明。少なくとも、梵唄の教育機関に奉元寺のものと、私営のものと2種類あるようだが、調査が必要。
イ・ソンヒの父親が、梵唄の指導者だったことから、その関わり方にいくつかの場面が推定できそうだ。イ・ソンヒを知る者の言葉によれば、「(イ・ソンヒの父親は)仏教音楽『梵唄』の伝授者であった。父の身分が僧侶だったため、所属寺刹が変わる時ごとに、一家は引越し荷物を荷造りしなければならなかった。そうして彼女はやむを得ず国民学校だけで六つ転校した。」といわれている。

「法鼓舞」
さて、霊山斎の音楽であるが、このなかでも「法鼓舞」(ポプコム)は、吹打(チュイダ)の旋律を中心に打楽器との圧倒的な掛け合いをしていて、題名の通り鼓舞させる。舞台を見てみたい。(かつて、大阪と東京で演じられたとき、法鼓舞も演じられたのだろうか)
そういえば、チャルメラに似た音のする楽器の喇叭(ナパル)を使っているが、吹打は、打楽器的なリズムをとるそうだ。トランペットも時代を遡れば、オーケストラの中でリズム中心の楽器である。
次の(資料1)は、打楽器中心の舞として「法鼓舞」を説明していて、奉元寺のものと同じ所作かどうか確信ないが掲載させていただく。舞の意図を知ることができる。

資料1)[法鼓舞](出典: nunghwa>仏敎舞踊の韓国的受容と展開)
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・法鼓舞は衆生済度の思想を含んでいる踊りです。
お寺で打つ打楽器は各々意味がちがいます。皮で作った太鼓は地上の衆生の為に打ち、雲板は空中に棲んでいる動物の為に打ち、梵鐘は地下の生物の為に打ち、木で作った木魚は水中の生物の為に打つのです。仏様の慈悲は人にだけ恵まれるのでなく十方の萬物に恵まれるのだから、その功徳を讃えて色々の音を出すのであります。
済度は仏の教えによって人の迷いや苦しみを救うことであります。
法鼓舞は地上の生物の中でも特に人の為の踊りであり、つまり、愚かな衆生を悟らせて、仏の教えにしたがうようにして、苦界から救う誓願が踊りの動作に表れるのです。
法鼓舞だといって太鼓を打つだけでなく、色々な動作を取りながら踊ります。衆生を強く戒めるという意味で速く先進して強く太鼓を打つこともあり、衆生をなだめるように軽く身を揺すぶることもあり、しゃがんだり立ったりして衆生の精進を促すこともあり、太鼓ばちを高く持ち上げながら太鼓を目ざして衆生の誓願を促したりするのです。終わりに、軽くくるくる回りながら太鼓ばちを振り上げるのは衆生を済度した満足感を表すのであります。
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「和請、祝願和請」
霊山斎の「和請、祝願和請」については、次の(資料2)にある梵唄の解説の中でも特に注釈が設けられている。更に詳細な解説は、CDの解説から(資料3)として掲載させていただく。

資料2)「NAVER百科事典」の「梵唄」(ぼんばい:범패)の解説
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・寺院で主に斎を上げる時歌う歌。
・1973年に重要無形文化財第50号に指定。
ボムウム梵音)、オサン魚山とも呼ばれている功徳賛美する歌で、「ボムペ(梵唄)」、インドの声という意味だ。荘重で厳粛で、화청(和請)を除いては声に意味が含まれていないことが特徴だ。
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(資料3)上記CD解説「奉元寺の霊山斎」>「和請、祝願和請」より(文:植村幸生)
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「和請」とは韓国語の歌詞で仏法をわかりやすく説く歌謡で、法会の終わりに僧侶が歌う。しばしば「回心曲(ホェシムゴク)」とも称されるが、厳密には和請のうち特定の歌詞を持つものだけを回心曲と呼ぶ。音楽的にも梵唄とは一線を画し、むしろ民謡に近い。途中からリズムがかわり、漢文歌詞による祝願和請(単に祝願ともいう)に移る。
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(本ブログ関連:”梵唄”、”霊山斎”)

2012年1月22日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 松庵和尚

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は先週水曜日(1/18)に、人物シリーズ11回目として仏教音楽(梵唄(범패))の伝承に力を尽くした、松庵(송암)和尚(1915年10月14日~2000年2月1日)を紹介した。

僧侶の父を持ち、分野は異なるが音楽の道に進んだ点で、イ・ソンヒの親子関係を思い出させる。イ・ソンヒにからめて、梵唄に興味があるだけに、松庵和尚についても知ることができた。感謝。
(本ブログ関連:"梵唄"、"ソウル4日目:奉元寺")

仏教が生活の一部とも言えた時代の紹介から始まった。

▼松庵和尚による「合掌偈(합장게)」を聴く。合掌以為花/身為供養具/誠心真実相/讃嘆香煙覆

梵唄について次の通り紹介された。
・「梵」とはインドの古代言語という意味を持ち、「唄」とは歌または声といった意味を持つ。
・梵唄の起源は遠くインドにあり、仏の功徳を賞賛する内容。
・霊山斎(亡くなって49日目に開かれる祭礼=法要)など、特別な儀式で聞くことができる。
・霊山斎後半に、韓国語で分かりやすく解説する歌「和請(화청)」がある。

▼松庵和尚による「和請」を聴く。以前も聴いたもので、声も張りがあって馴染みやすいものになっている。

次のように松庵和尚のプロフィールが紹介された。
・1915年 ソウル新村奉元寺にて誕生。
・1933年 奉元寺にて出家。
・梵唄一曲覚えるのに何ヶ月もかかるのが普通のところ、一日で覚えてしまうこともあったという。
太古宗태고종)の本山奉元寺봉원사に、「霊山斎保存会」を設立する一方、梵唄を専門的に勉強するための「(玉泉)梵音大学」まで開校するなど、梵唄伝承のための大きな土台を築く。

▼安翡翠による「悔心曲」(回心曲)を聴く。「和請のうち特定の歌詞を持つものだけを回心曲と呼ぶ」そうだが、ますます民謡風で聞きやすい。

最後に、梵唄は風流音楽や歌曲などに影響を与えたと語られた。

(参考1)
漢字名に、「松庵」とは別に「松岩(巖)」がある。また祖父が、朴泳孝박영효)という記述がある。
(ブログ「bluekayetgo」参照)

(参考2)
2005年度「韓国の宗教人口の分布」(KBS)によれば、国民人口の53.1%が宗教を持っている。宗教人口のうち、仏教徒が43.0%、キリスト教徒が55.1%(プロテスタント34.5%、カトリック20.6%)である。
(統計庁人口総調査による)

(参考3)
松庵僧侶のCD「常住勸供(상주권공)」紹介に詳細な解説あり。

2012年2月11日土曜日

水晶

地中の奥深くポケットのなかに生まれた水晶の輝きは、どんな宝石にもまさる。氷の山に発見されたとき、雪の結晶に相似して表面を6面に囲まれたそれは、氷の化石と考えられた。

水晶のきらめきは、群れとなって一層ます。ドビッシーの「月の光」に、仰ぎ見る光ではなく、きらめく結晶の輝きをイメージする。夜に散乱する水晶の光は、しかし悲しい歴史を思い出させる。
(Youtubeに登録のkaburagi10に感謝)

釣りに例えて、鉱物採集を水晶に始まり水晶に終わるというけれど、美しい水晶は鮒ほどに身近ではない。サイズを有した透明な単結晶はおろか、群晶となれば更に見つけるのは難しい。
坑道の奥、カンテラに照らされた水晶の美しさはいかばかりだろう。反射して、その存在を高貴に知らす水晶は幻想するしかないのだろう。

ところで、韓国の飲み物で好物なのは、「スジョンガ(수정과)」だ。ko-wikiに「水正果」と記載されているが、この味を初めて知ったのは缶入りの「水晶果」だった。水晶の名にこだわって、ますます好きになってしまった。もしかしたら、<水正>の代わりに<水晶>の名をあてた商標なのだろうか。
ソウルの奉元寺を訪れたとき、干し柿の入ったスジョンガをいただいた思い出がある。

(本ブログ関連:"ソウル4日目:奉元寺"、"(資料)霊山斎、奉元寺")

2011年5月23日月曜日

ソウル4日目:奉元寺

最終日、時間はたっぷりあるし天気もよい。

午前中、韓国仏教の一宗派である太古宗태고종)の本山奉元寺봉원사)を訪ねる。同寺は、ソウルの西にあって延世大学校に隣接する。小高い山中にあり、辺りを松林に囲まれ、ハイキングコースの経路に位置する。
境内に玉泉梵音大学と霊山斎保存会の名を記した建物があり、ボランティアの方によるお茶室で水晶果をいただく。別に干し柿のサービスまで受ける。イ・ソンヒの父親との関係をたずねるが不明。確認するに当方の準備不足が否めず、傍証を固めて再訪できればと思う。あせりは禁物。
6月に同寺境内で霊山斎の行事があるとのこと。

奉元寺に程近い、延世大学にある語学堂をのぞいてみる。紹介冊子によれば、1959.4~2010.12.18までの履修生84,411人中、Japanese23,805人、American18,673人、Chinese11,023人、Korean-Japanese10,572人、以上で75.9%を占める。(学生たちは原則堂内母語禁止だが、昼休みのロビーに日本語がちらほらと聞こえる)

午後、昨日お会いしたK氏のご好意で車に乗せていただき、お土産品を韓国郵便局で荷造り別送を手伝っていただいたうえ、旅行者を空港まで送っていただいた。感謝。
一緒に動いていただいた韓国語教室の先生に、何から何までお世話になった。あらためて感謝。

東京駅始発の武蔵小金井行き最終電車に運よく間に合い、雨の中帰宅する。

(追記)
旅行中記したブログ文は深夜記したため、いささか乱れまじりで見直したい。

(付記)
羽田到着時に、携帯に若夫婦からのメール着信を確認。
こちらの旅と同じ頃、家族旅行した写真や、風呂の中で父子たちが温まっている写真、そしてお帰りと言ってくれる孫の動画をモノレールのなかで見る。早く孫たちに会ってお土産を渡したい。

2013年6月11日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 霊山斎

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/5)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第9回として、仏教儀式のひとつである「霊山斎(ヨンサンジェ、영산재)」について紹介された。今回は、待望の「霊山斎」だ!

(本ブログ関連:"霊山斎")

まず行事としての霊山斎について次の紹介から始まった。
・「6・25」と呼ぶ「朝鮮戦争」(1950年6月25日~1953年7月27日休戦)の厳しい困難を乗り越えて今があるのは、命をささげた人々のためとして、6月6日を記念日「顕忠日」としている。政府が記念式典を開き、国立墓地である顕忠院を参拝する。
・新村にある太古宗태고종)の本山奉元寺봉원사)は、伝統的仏教儀式のひとつである「霊山斎」を6月6日に行なう。霊山斎は、霊魂の冥福や極楽往生を祈願する儀式で、古く歴史を持ち、独特な音楽と踊りを持つ。2009年、ユネスコ無形文化遺産に登録された。

▼霊山斎の音楽を現代風にアレンジした一曲「香を焚く」を聴く。・・・今様で、軽快で。

霊山斎での梵唄の来歴について次の解説があった。
・霊山斎の「梵唄(ボムペ、범패)」は、釈迦と歴代高僧の言葉を歌詞とするため、歌というよりは念仏に聞こえる。1500年余り前、インド仏教音楽がシルクロードを経由して中国、韓国に伝えられた。梵唄は、インド伝来の歌の意がある。
・当初、梵唄は特別な人々の間で伝承されたが、統一新羅時代、真鑑(진감)禅師(774年~850年)が唐に留学して新しい形の梵唄を学んだ結果、広く歌われようになった。
・梵唄は、専門的に学んだ僧侶だけが歌えるもので、歌詞を長く伸ばすのが特徴。例えば、霊魂を明るい道へ引導し、「引路王菩薩(인로왕보살)」を呼び寄せるために「南無大聖  引路王菩薩(나무대성인로왕보살)」を歌うとき、この9文字の歌詞に一時間ほどかける。南無(나무)の二文字に15分くらいで、発音はもはや意味を成さず、「あぁ、えぇ」といい母音を長く伸ばす。これにメロディーと長短(リズム)を付けて長吟する。高度な集中力が必要なため、梵唄を歌う僧侶は、歌うこと自体ひとつの修練と考える。

▼「南無大聖 引路王菩薩」の中から一部を聴く。聞くというよりは、ことばの響きやうねりを自己に同一化することなのだろうか。

霊山斎での舞について次の紹介があった。
・仏教儀式の舞踊は「法鼓(법고)」と呼ばれ、4つの代表的踊りがある。
- 小さな太鼓をたたきながら踊る「法鼓舞」
- インド伝来の楽器の鈸羅(バラ)を持って踊る「鈸羅舞」
- 蝶のようにひらひら揺れる美しい服を着て踊る「胡蝶舞」
- 悟りを開くための道を示す「打柱舞」
霊山斎は本来、亡くなった人の冥福を祈るための儀式だが、それ以外にも、この世に彷徨う霊魂を始め、儀式の場に集まったすべての人々、そして動物や虫たちに至るまで、釈迦の言葉を聞いて悟りを開かせるという大きな意味を持つ。幼虫が殻を脱ぎ捨て蝶となるように、苦悩から抜け出し、解脱の境地に至るようにという、釈迦の慈悲そのものという。

▼霊山斎で踊られる鈸羅舞の際に演奏される「千手鈸羅(천수바라)」を聴く。

(参考)奉元寺の霊山斎での千手鈸羅


(Youtubeに登録のjajimalgobojiに感謝)

2012年4月7日土曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 李銀珠

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、今週水曜日(4/4)に、人物シリーズ22回目として「京畿民謡(경기민요)の名人、"銀のお盆の上で玉を転がすような声"という代名詞で呼ばれているほどの美声の持ち主の李銀珠(이은주、1922年~)」を紹介した。

(本ブログ関連:"民謡"、"民謡(続)")

▼李銀珠の歌による「離別歌(이별가)」を聴く。ソウルに近いからというわけではないが、どこかスマートで伸びやかさを感じる。・・・・内面的な理解までは。

次のように李銀珠プロフィールが紹介された。
・1922年 京畿道楊州に生まれる。(本名、李潤蘭(이윤란))
・14歳で京畿民謡大家の元慶兌(원경태)門下に入る。李銀珠の芸名を授かる。
・1942年 20歳で京城放送局と専属契約を結ぶ。
・李昌培(이창배)の下で後輩の指導にあたる一方で、積極的な音楽活動をする。
・1975年 京畿民謡の芸能保有者(重要無形文化財第57号)として選定される。

▼李銀珠ほかの歌による「ノドル江辺(노들강변)」(1934年、パク・ブヨン(박부용))を聴く。新民謡なんだね明るいな、すいすいと前向きな、水辺の柳が春風に揺れて・・・。

▼李銀珠ほかの歌による「回心曲(회심곡)」(歌詞)を聴く。太古宗奉元寺の霊山斎(「和請」)のCDでも聞いたが、女性ながら太く芯のある声に驚く。経文ではなく民謡の要素が強いとのこと、人生を宗教的に省みて俯瞰することにつながるのかな・・・。

(歌詞:ブログ「花の世 国楽芸術団」より。感謝。)

(本ブログ関連:"(資料)霊山斎、奉元寺")


(余聞)
以前、地元駅そばにあった韓国家庭料理店の名前が「ンジュ(銀珠)」だった。今は、「明洞」の名になっているが・・・家庭料理店らしいメニューと雰囲気は変わらない。

(本ブログ関連:"昼さまざま"、"明洞")

2011年6月9日木曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 テピョンソ

一昨日の水曜日(6/8)放送の、KBS WORLD「国楽の世界へ」では、(ちゃるめらのような管楽器の)「太平簫(テピョンソ:태평소)」が紹介された。毎回楽しみに聞かせていただいている。感謝。

昔、地方官が赴任するときに、その隊列に취타대(チュイタデ)という(管楽器と打楽器を中心とした演奏集団の)鼓笛隊のような音楽を演奏する人々がついた、とのこと。「吹打隊」となるのだろう。
▼国立国楽院による「テチュイタ」を聴く。辺りを睥睨するかのような厳かな演奏がつづき、耳に残る。

楽器は一見金管のようだが、リードと、木管の胴と、先端がじょうご型の銅製になっている。響きは金管そのものといった感じがする。考えてみれば珍しい構造だ。
▼チョ・ガビョンによる「テピョンソとサムル」を聴く。農学のメロディの編曲とのこと。軽快なリズムに体が揺さぶられる。

現代には、太平簫(別名:セナプ(새납))を長尺に変化させた楽器のチャンセナプが登場することになった、とのこと。
▼チェ・ヨンドクによる「熱風」を聴く。音域を広げたチャンセナプは、木管楽器の音色そのものだ。限りなくオーボエに近づいているようだが、どこか哀愁がある。

(付記)
先日記した、奉元寺の霊山斎にある「法鼓舞」に使われる金属音の楽器を「吹打」(=旋律)としたが、喇叭(ナパル)の誤りだったので訂正した。
ところで、今回の太平簫と喇叭はどのような関係があるのだろうか知りたいところである。

(参考)
ブログ「あるびん・いむのピリ日記」に、吹打喇叭の紹介がある。感謝。

(本ブログ関連:”KBS WORLD「国楽の世界へ」”)

2013年8月1日木曜日

登山

高齢者の人口比が増大しているのは、日本だけではない。韓国の高齢化率は現在加速化して、2050年以降は日本を超えるといわれる。高齢者は寿命が延びて、その分元気だ。時間があれば、行動範囲も広がる。その結果、国内にとどまらず、外国まで足を伸ばすことになる。アウトドア志向なら、その傾向は一層強まるのかもしれない。

ソウルの街をバスの車窓から覗くと、アウトドア用品の洒落たショップが随所に見られた。テレビの情報では、「東大門登山用品通り」があるそうだ。まずは形から入るという、スポーツファッションに関心が強いのかもしれない。御茶ノ水界隈のスポーツ用品店の賑わいと比べてどうだろう。

ソウルの背後に迫る山並みを見ると、行ってみようかなという軽い気分になりそうだ。その北漢山の峰々は標高799m~836mというから、高尾山の599mと近いようだ。

ところで、イ・ソンヒの若さと体力管理の秘訣は登山という。申京淑の短編にソウルの民家に接した山歩きがあったし、冬に岩肌を見せる北漢山に孤高を感じるという詩人の朗読を聞いたことがある。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの童顔の秘訣”、”詩と音楽の集い”)

花崗岩の多い韓国では樹木種が限定されているのだろうか。ハイキングコースではあったが、延世大学から奉元寺につづく山は松の木ばかりだった。韓国人の韓国語先生から聞いた話では、圧倒的に松が多いという。

花崗岩地質は山の高さにも影響するのだろうか。韓国の山は2,000mを越えるものはないが、日本は3,000mを越える山が(百名山中に)21山ある。

(本ブログ関連:”韓国の山”、”韓国の地質”、”(資料)韓国の鉱物資源”)

ちなみに、山登りは苦手である。ただし、鉱物採集のためなら多少はいとわない・・・鉱山跡で採集することは、鉱山の物流を考えれば元々高山ではないけれど。

2011年10月11日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 祭礼音楽

KBS WORLD放送の「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/5)に、「朝鮮時代から現在まで守り伝えられてきた音楽、(王室と庶民の)祭礼音楽」が紹介された。

<王室の祭礼音楽>
・ソウルの中心にある、朝鮮時代歴代の王と王妃の位牌が祀られている霊廟で、毎年5月の第一日曜日に大々的に開かれる祭礼の祭祀(제사)を宗廟祭礼(종묘 제례)、演奏される音楽を宗廟祭礼楽(종묘 제례악)という、とのこと。

▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から「保太平보태평)」を聴く。明るめな響きにおやっという感じがして、歌まで聞こえる。踊りもあるようなので、見てみたい気がする。
  (インターネットで宗廟の建造物、遺物の映像を見て、そうか儒教の景観なんだと気付く。)

・宗廟祭礼楽は、上記の保太平(歴代王たちの学問や徳を賛える)と、定大業(정대업:武功、つまり軍事に関する功績を賛える)の2つの楽章からなっている、とのこと。

▼国立国楽院、正楽団による宗廟祭礼楽の中から武功を賛える「定大業」を聴く。芯の太い重量感がする。

・(世宗大王の命による)宗廟祭礼楽は、韓国の伝統音楽の中でも最も重要な文化遺産で、1964年には、国の重要無形文化財、第1号に登録され、また、2001年には 宗廟祭礼と共にユネスコの世界無形遺産にも指定された、とのこと。

<庶民の祭礼音楽>
・庶民の祭礼として、亡くなった人を偲び、仏教にしたがい最後の日、49日目に開く祭礼を霊山斎(영산재)といい、仏教声楽曲の梵唄(범패)と楽器演奏、そして僧侶らの踊りで構成される盛大な儀式である、と紹介された。
・特に儀式の終盤、この内容を韓国語で簡単に歌う和唱(화청、和請)がある、と紹介された。

▼ソンアム僧侶による霊山斎で歌われる梵唄の中から「祝願和請(축원화청)」を聴く。庶民に身近にして耳に馴染む。

・霊山斎は、1973年に重要無形文化財の第50号に指定され、さらに2009年にはユネスコ人類にの無形遺産に登録されている、とのこと。


この霊山斎は、太古宗태고종)の仏教儀式としてとりおこなわれ、仏教音楽の梵唄については、イ・ソンヒの父親が指導者であったと知られている。太古宗本山の奉元寺봉원사)を訪ねたことがある。
ところで、曹渓宗조계종)も霊山斎に取り組むといったニュースを見たことがあるが・・・。


(本ブログ関連;"太古宗"、"梵唄")

2017年7月25日火曜日

水晶果

冷たい飲み物に多種多様ある。韓国の庶民の味で、好みは「バナナ牛乳」だが、日本の店頭で見かけたことがない。乳製品の性質上、輸入販売できないという・・・そんな理由を聞いたことがある。

缶入り飲み物では、「水晶果*(수정과)」が喉ごしがいい。自販機から取り出して飲むと、冷たくて、シナモンの香りが広がり美味い。この作り方を、Youtubeにいくつも紹介がある。驚いたのは、材料の「シナモン」すなわち「ニッキ」/「桂皮」が、乾燥した皮であり、そのまま使用していることだ。てっきり粉末状にしたものと思っていたからだ。
(* 水晶果: 正式には「水生果」のようだ。鉱物趣味にとっては、「水晶果」の方がいいのだが)

① シナモンの皮を水で煮込むと茶色の液体になる。
② 別途、生姜のスライスを水煮する。
③ これら、①と②を混ぜ合わせ、(無漂白)砂糖を加えれば煮汁ができあがる。
④ 最後に、柔らかな干し柿をカップに置き、上記③の煮汁を足して冷やせば完成。

以前、ソウルの延世大学の近くにある「奉元寺」(太古宗: もしかして、イ・ソンヒの父親と縁があるのではないかと思い)を訪れたとき、< 境内に「玉泉梵音大学と霊山斎保存会」の名を記した建物があり、茶室でボランティアの方に水晶果をいただき、干し柿のサービスを受けた > ことがある。

暑い夏に、甘い香りなのに、きりりと引き締める、冷たく冷やした「水晶果」はかかせない。

2012年1月7日土曜日

イ・ソンヒ、父との葛藤

スポーツソウルの記事「イ・ソンヒ "歌手反対の父に数限りなくぶつかった" 驚きの告白」(1/7)は、イ・ソンヒの歌手誕生の際の、父親とのいきさつを記している。彼女自身の言葉で語られた貴重な記録でもある。

・自身の話を告白したイ・ソンヒの一言は、多くの意味をこめていた。

・イ・ソンヒは、(昨日)1月6日に放送されたMBC 「スターオーディション"偉大なる誕生2"」(以下:偉誕2)で、指導者(メンター)として弟子を教える前に、彼らメンティ(受講者)たちの周辺の人や家族に先に会った。
(Youtubeに登録のにlys2187感謝)
(メンティたちの家庭訪問省略)

・イ・ソンヒは、最後にメンティのチャン・イジョンの両親と食事の席を持った。そしてチャン・イジョンの父は「私も絵を描いて(歌手も)難しい道だということを知っていたので反対した」と話した。
・イ・ソンヒは、「私もうちの父が(歌手を)とても反対して、歌を歌うという理由で数えきれない程ぶつかったが、それでも、やりたいことは止めることができなかったですよ。私もそうだった(のです)」と落ち着いて理解を求めた。
(メンティのチャン・イジョンの家庭訪問後半を省略)

・メンティたちの家族と直接会って話を聞いたイ・ソンヒは、「訪ねて行ってよかったと思う。家族がとても不安のなかで、さまざまな衝突が有り得ると思い、そのような点を少しでも安定させてこそ、メンティたちがしようと思う夢に、さらに心酔して熱心にすることができるのではないだろうかと思う」と話した。

・メンティたちを理論的に教えるのに先立ち、(彼らの)抱えている悩みと内部事情を理解したイ・ソンヒこそ、「偉誕2」のみに存在するメンター制の最大の利点であり、なぜメンティたちが最も望んだメンター順位1位がイ・ソンヒなのかをもう一度確認させた。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの生誕"、"(資料)霊山斎、奉元寺")

2012年3月10日土曜日

(資料)太古宗

イ・ソンヒの父親が、韓国(朝鮮)仏教太古宗태고종)*に所属していた(他のブログなどによる)ことを、このブログで何度か触れた。ただし、その確証となる記事はまだ得ていないが。
(*)イ・ソンヒは、自伝で、父親が所属した宗派を「一乗宗」としている。

(本ブログ関連:"太古宗"、”一乗宗”)
    
彼女の美しい声質が天性のものとしても、父親が関わったといわれる太古宗における仏教音楽の梵唄(범패)が、彼女の音楽環境の重要な要素だったと考えたい。彼女の清雅でエネルギッシュな伸びやかな高音と、宗教音楽の独特な長音に共通したものを感じる。
ちなみに太古宗の総本山である奉元寺봉원사)で、梵唄などを含めた霊山斎(영산재)の年間定期公演が、毎年6月第1週に開始される。

しばしば太古宗は、韓国仏教の最大宗派の曹渓宗조계종と比丘(出家僧)について対比される。父親の宗教活動は、彼女の子ども時代に生命観、友人関係、および転居など生活に大きな影響を与えたようだ。
韓国語の教室で聞いたが、イ・ソンヒはしばらくして父親についてようやく話題にしたそうだが、いつ頃のことだろうか。

(参考)「韓国寺院の盂蘭盆斎」(野村伸一
「一方、曹渓宗の僧侶たちは、音楽や歌舞、あるいは仏画の内容などには多くは無関心、冷淡で、そのようなことは仏教の本質とはかかわりのないことという反応がしばしばである。」

(本ブログ関連:"仏教") ← 表示後、画面右下の”前の投稿”で継続参照します。

2018年6月12日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 「君のための歌」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、亡なった人への追想の儀式や歌についての話を紹介した。

始めに、平安な時代を追想し、いしずえになった人々を追悼する日について次のように紹介された。
・善良な王の治世に「尭舜の時代」(中国古代の帝王、尭と舜の時代)がある。聖人と言われた王の尭が、老人が次のよう歌うのを見た。< 太陽が昇ったら働き、沈んだら休むという平和な生活では、王が徳をもって国を治めることなど、自分とは関係のないこと >(「撃壤歌」) 。尭は、これこそ平和な時代と満足した。しかし、歴史には平和な時代があまりなかった。韓国近代史も、苦難の中にあった。今日(6/6)は、メモリアル・デイにあたる祝日「顕忠日」(戦没者追悼の日)である。

▼ 「シッキムクッ(씻김굿)」の歌詞から「君のための歌(그대를 위해 부르는 노래)」の歌を聴く。死出の旅遠く、今様に。

次に、この「シッキムクッ」の儀式と、その鎮魂の意味について次のように紹介された。
・「シッキムクッ」は、全羅道地方で、死者の魂をあの世に導く儀式に歌う。一生涯、悔いのない人生はないだろう。残された家族も名残惜しい。今生に対する未練や恨みを洗い流す意の「シッキム」と、巫女シャーマン)が行なう儀式の「クッ」から、儀式を「シッキムクッ」と言う。合わせて、残った家族の心も共に洗い流す意もある。

▼ 珍島「シッキムクッ」から「ヒソル(희설)」の歌を聴く。土着 →(土着+仏教)→ 仏教、・・・その混合か?

最後に、この土着的儀式の「ヒソル」と、仏教儀式の「霊山斎(영산재)」について次のように紹介された。
・「ヒソル」は、「シッキムクッ」の儀式の一つで、死者が問題を乗り越えて極楽へ行くことを祈願する歌だ。「シッキムクッ」の儀式は、全羅道全域で行われたが、今は、珍島や小諸島の村を中心に受け継がれている。巫女の歌と踊りなどに芸術性が認められ、国の無形文化財になっている。一方、仏教では、人が亡くなると「四十九日」の法事を行なう。この儀式に「霊山斎」(同じく国の無形文化財)がある。この儀式は3日間行われ、各地から優秀な僧侶が集まったという。

▼ 僧侶の歌で、仏教音楽「伏請偈(복청게)」を聴く。伏請大衆 同音昌和 神妙章句 大陀羅尼・・・長々と歌う。

・国の無形文化財は、年に一度、全ての過程を一般公開する。ソウルの新村にある、「奉元寺(봉원사)」では、毎年6月6日、「霊山斎」を行っている。

(本ブログ関連:”韓国仏教”)