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2012年7月14日土曜日

(資料)チョ・ソンジンの「イ・ソンヒの声量」

中央日報の(以前の)記事「[チョ・ソンジンの音痴不可] イ・ソンヒ…声楽家にも押されない声量 - 発音・音程 定規で測ったように正確 パワーと女性的華奢さを兼備え」(2006年5月24日、修正採集版:2006年7月10日)に、イ・ソンヒの強力な発声・声量について、月刊「ホットミュージック」の(第2代)編集長のチョ・ソンジン音楽評論家が次のように述べている。感謝。

・歌うときは色々な筋肉が使われる。腹筋、腰筋、声帯筋、胸筋などほとんど使わない部位がないので、歌自体も大きい運動であるわけだ。からだはそれ自体が一つの響筒である。歌が上手な人たちは響かせ、からだをより一層性能良くするために刻苦の努力をしたと見ることができる。

・最近、300年ほど古い名品のヴァイオリンのストラディバリウスが米楽器競売史上最高額の354万ドル(約33億ウォン)で売れたという。1984年「Jへ」で彗星のように登場したイ・ソンヒは、鋭い刃の繊細な美しさが連想される、ストラディバリウスのような名品の響筒の典型である。

・彼女は、(裏声に対置する)真声を主に使うが、状況によって頭声(裏声)をはじめとする色々な唱法を応用している。快い音色に途てつもない声量は、彼女の強みの一つだ。女性ロック ボーカリストのパット・ベネット(Pat Benett)やグループ「フォノンブロンズ(4 Non Blondes)」のボーカルで有名なリンダ・ペリー(Linda Perry)*の強力さに女性的な面が混在されている。それで、イ・ソンヒの歌では、眩しく強いながらも女性的な華奢さがにじみ出る。

(*補注)リンダ・ペリーの4 Non Blondesの「What's up」を、イ・ソンヒも歌っている。 (Youtube登録の4NonBlondesVEVO、526apolloに感謝)

・音楽界に初めて登場する当時、イ・ソンヒは強力で熱情的な唱法を駆使した。舌が比較的厚い方だとそれだけ声にパワーをよくのせて高音でも力があってさっぱりと伸びていく。完璧なほどすっきりしている高音処理以外に声帯と顎、胸式バイブレーションなどを等しく駆使する能力も優れる。

・それのみか. 合唱団や声楽家らと「マッチャン(1対1対面)」しても声量で少しも押されることがない。声量が大きいので声の共鳴もまた大きい。難しい曲でも一音を長引く長い息遣い、澄んだ力強い音色を維持する姿は十分に天下のイ・ソンヒらしい。発音と音程、リズムもまた、全部定規で測ったように正確だ。まさにこういう正確性で鋭いボイスの熱唱が時には聞き苦るしくするほどだ。他の見方をすれば初期のイ・ソンヒは、驚くべき歌唱力の所有者であるのに音の余裕がないように見えた。

・一つ時間が過ぎながら、イ・ソンヒの歌では「味」が感じられ始めた。歌う時に力もたくさん落ちて楽になった。それでも強く鋭く振る部分では、相変らず色あせない高出力パワーが輝く。歌う時、色々な筋肉を組織的によく使うのも知ることができる。ロックからポップ、バラード、国楽まで消化できないことがないのだから。

・イ・ソンヒは40代に入ったのに首(>喉)の管理をうまくして相変らず良いコンディションを見せている。それ自体が名品の響筒になって、単に「声を吐きだす」のではなく、「声を食べる」超絶頂段階にまでなった。

・いつかイ・ソンヒは、「技巧よりは歌で真正性を吹き込む態度が重要だ」と話したことがある。来月(2006年6月)17,18日世宗文化会館で開くイ・ソンヒの「因縁」(22周年)コンサートは、30人編成の弦楽器を動員して国楽と洋楽を行き来する舞台で飾るのだ。イ・ソンヒが直接タンゴのダンスまでリリースする予定という。絶えず生まれ変わって内面的により一層深くなるばかりであるイ・ソンヒ、 彼女が話す「歌の真正性」を今回の舞台で見たい。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒと高音"、"イ・ソンヒと高音 2nd")

2012年7月13日金曜日

梅雨の湿気

今日は一日中、高音と湿気に悩まされる。除湿機を全開させるるものの追いつかない。エアコンの除湿機能は昼間は有効だが、日が翳ってくると冷風が按配よくない。扇風機を加勢させてしのいでいるが、例年梅雨がこうだったかなと疑問になるほど鬱陶しい。

まるで台風災禍のような九州地方の集中豪雨。それに近ごろ竜巻も常態化したし、亜熱帯化が確実に進んでいるような気がする。

(参考) 気象庁の防災気象情報>アメダス(表形式)より
2012年07月13日 東京
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間湿度 気圧
時 ℃ mm 16方位  m/s   h % hPa
1 25.9  0.0 南  3.8 89 1003.8
2 25.4  2.5南  4.6 92 1003.8
3 25.1  9.0 南  3.3 94 1003.3
4 24.9  0.0 南南西  3.1 0.093 1003.4
5 24.8  0.0 南南西 2.6 0.090 1003.9
6 25.1  0.0 南南西  2.9 0.0 89 1004.2
7 25.9  0.0 南西  1.9 0.089 1004.6
8 27.7  0.0 南  2.9 0.883 1004.4
9 28.9  0.0 南南西  4.3 0.2 77 1004.4
10 30.1  0.0 南  4.5 0.7 68 1004.4
11 30.0  0.0 南南西 5.1 0.4 71 1004.1
12 29.6  0.0 南  5.0 0.171 1004.1
13 29.8  0.0 南  5.7 0.7 70 1003.6
14 28.7  0.0 南  5.7 0.0 75 1003.4
15 28.2  0.0 南  4.7 0.0 77 1003.3
16 28.5  0.0 南南西  5.0 0.076 1003.5
17 28.5  0.0 南南西 6.4 0.0 76 1003.5
18 27.8  0.0 南  3.5 0.0 79 1003.7
19 27.4  0.0 南  3.4 0.0 80 1004.1
20 27.2  0.0南  4.2 0.081 1004.5
21 26.9  0.0 南  5.0 81 1004.7
22 27.1  0.0南  4.6 80 1004.5
23
24

2012年7月12日木曜日

バナナ味清涼飲料水

さて今日も、バナナ味巡礼に行こう。先日、地元スーパー(イナゲヤ)で見つけた、ポケットサイズ(15×5×3.5cm)の小さな紙パックに入った清涼飲料水「明治オ・レ バナナ」(200ml)だ。冷蔵庫から取り出して飲んだ瞬間、ああ、これは懐かしい名糖バナナアイス(バー)を飲み物にしたような味具合と感じた。そう、あのバナナ甘味だ。

黄色いパッケージに「やさしい甘さ」と書かれて商品名を大書きしていて、デザインは今時としては全体にレトロかな。果汁2%もほどよい。だって、果汁100%のバナナ飲料なんて考えただけでも夢をなくしてしまう。やっぱり、あの独特な甘味のバナナ味でなければならない。

(本ブログ関連:"バナナ")

2012年7月11日水曜日

清雅なひと

力強い、そして澄んだ高音が魅了してやまないイ・ソンヒの丁寧な歌唱力にひかれる。デビュー当時の彼女に、ファンの少女たちが合わせ鏡に求めたものは、自分たちと距離を縮めて見ることのできる清潔で健康的な姿だったのだろう。そして彼女とともに時を経たファンにとって、アーティストとして大きなうねりを創りつづける彼女のなおも<清雅>な姿を、今もステージに見ることができるのは幸せなことに違いない。

我が日本の(身近な)アジュンマたちよ、早く彼女の本当の美しさに気付いて欲しいものだ。

久し振りに、イ・ソンヒの「秋の風(갈바람)」を聞こう。2004年にデビュー20周年を記念したコンサートが世宗文化会館大劇場で開かれた際の映像である。驚くことに、この美しい名曲は初期の2集アルバムに収録されていた。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「秋の風」"、"秋の風"、"秋の風"、"オギヨディオラ"、"(資料)イ・ヨンウ大衆音楽評論家「江辺歌謡祭とイ・ソンヒ」"、"イ・ソンヒのファン"、"イ・ソンヒの歌謡トップ10")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2012年7月10日火曜日

こんにゃくゼリー

しとしと降り続く長雨にうんざりしていたが、中休みの晴れの日のあいだ梅雨を忘れていた。ところが、天気予報は、明日からまた梅雨に戻るという。

先日、大きな血豆を口腔に作ってしまい傷口が痛くて、<こんにゃくゼリー>や<アイスクリーム>で過ごしている。ようやく昨日から、しっかり茹でて水に冷やした<うどん>と<素麺>も食している。
唾を飲み込むのにも一息入れているのに、いっそのこと<こんにゃくゼリー>で減量するのも悪くないな・・・と、考える余裕が出てきた。

2012年7月9日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 成昌順

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/4)に、人物シリーズ35回目としてパンソリの名人の成昌順(ソン・チャンスン、 성창순)(1934年~)を紹介した。

まずパンソリ(판소리)の復習から始まった。
・パンソリは、ひとつの物語をメロディーと身振り手振りを交えて歌うソリックン(소리꾼)と、太鼓(プク)を使ってリズム(長短(장단))を与える鼓手(コス、고수)の二人で構成される。
・昔、貴族は親しんだ音楽を歌(唄、ノレ(노래))といい、庶民が楽しんだ音楽を音の意のソリ(소리)と呼んだ。貴族階級(両班)は、庶民音楽を取るに足らぬ「雑歌」とも呼んだ。また庶民発祥のパンソリが、その正式名称で呼ばれ、音楽ジャンルを確立(300年~400年ほど前)してからそれほど経っていない。
・完成度が高まると貴族階級にも広まり、遂に王までもが鑑賞するようになったという。

(付記)
・パンソリの語源に、パン:場、ソリ:自然の音+声、という解説がある。(「パンソリ」申在孝、東洋文庫)
・Wikipediaによれば、「パンソリの父」申在孝(신재효、1812年~1884年)は、「広大(芸人)」から口承を聞き取り定本にし、両班階級にも通用する文学として体系化したとのこと。

(本ブログ関連:"パンソリ"、"長短")

▼成昌順の歌による「春香歌(춘향가)」の中から「恋歌(사랑가)」を聴く。伸びやかで抑揚のある。「高く澄んだ歌声」で自在に歌う。確かに、今まで聞いたパンソリの歌い手たちと声質が違う。
(この歌は、解説者の岸さんが大学の教養の授業でパンソリを学んだ際に、実技試験の課題曲だったそうだ)

(本ブログ関連:、"恋歌")

次のように成昌順のプロフィールが紹介された。
・1934年、光州で生まれる。
・16歳の時、唱劇団に参加して、カヤグム、コムンゴ、鉄ヒョングムなどの楽器を学んだ後、当代の実者、キム・ソヒ、チョン・ウンミン、パク・ロクジュといった師匠について本格的にパンソリを学ぶ。覚えの早い才能に、師匠たちから「歌泥棒」と呼ばれた逸話がある。
・1991年 重要無形文化財第5号、パンソリの芸能保有者として指定される。

▼成昌順の歌による「沈清歌(심청가)」の中から「泛(汎)彼中流(범피중류)」を聴く。平板な中で。鼓手(고수)とのかねあいが見えてくるようだ・・・。

(本ブログ関連:、"泛(汎)彼中流")

▼成昌順。全貞珉(전정민)の歌による「南島民謡」の「南原山城(남원산성)」を聴く。何だかトロットにつながるような・・・楽しそうに聞こえてくる。

2012年7月8日日曜日

四谷で鉱物の会 12-7-8

今月から行動半径を拡大。どれ位いかといえば、四谷まで出歩いて、久し振りに鉱物の会の例会に参加した。今回のメイントピックは、会員の中で自慢の収集品をお披露目するコンテストと、鉱物鑑定練習だ。

・十数人がお披露目した中に、いつもお世話になっているxаякава氏が茨城県の朝日トンネルで採集した柘榴石・電気石の標本がある。なんと3位に入られたのだ。ところで同時期に採集された素晴らしい緑柱石も出品されたなら、どんな結果になっただろうか。それも気になるところだ。
・鉱物鑑定では、全問正解の1位が2名であったのに対して、一問だけ不正解の2位は何と26名もいて多すぎるため、2位には恒例の標本プレゼントはお預けになった。(周りの方のご意見を盗み聞きして、26名の中に潜り込んだのだのだが・・・)

会場を見て感心したことに、会員に小学生(もちろん付き添いの親も)の姿がぐんと増えてきたことだ。未来の鉱物研究者にもなるかもしれない彼らのために、上記の鉱物鑑定の標本プレゼントが優先されたことはいうまでもない。子どもたちの存在は会場を和ませ、鉱物の会の永続性が期待できる気がする。大切で貴重な会の宝物だ。

5月末に予定していた河津鉱山の鉱物採集に体調不良のために行けなかったが、お誘いいただいたйосики氏に次の採集には是非ともとお願いをした。
とはいえ、帰宅するやごろりと転寝をしてしまった。鉱物採集までもう少し体力の回復が必要か?

2012年7月7日土曜日

七夕2012

ここ数年、七夕は星空に恵まれていない。2009年は曇天、2010年は小雨、そして去年の2011年は昼間の晴れにもかかわらず夕方に雲が垂れ込んだ。今年は残念ながら、朝から小雨が降り続いている。

多摩地区の6市共同で設立された科学博物館「多摩六都科学館」が隣の市にある。サイエンスカフェが催されていて、七夕の今日、「ダークマターの正体や宇宙の進化について」の講演がある。しかし事前申込制のため、それを怠っていたので諦めるしかない。今朝方事務局に、キャンセル待ちを期待して電話したがだめだった・・・。
(縁者がプラネタリウムのリニューアルに関わっていただけに出席したかったのだが)

国立天文台の七夕のイベント紹介を見ると、「七夕公開講演会『七夕の夜は宇宙を見上げて』」があった。なんと地元の法政大学小金井キャンパスで行なわれるというので出かけた。
次のような<楽しそうな>講演タイトルであるが、実際は素人にヘビーな内容だったけれど、動画や図版でわかりやすく工夫をされていた。

・「宇宙ってなんだか知っていますか?」(岡村定矩 法政大学・教授)
宇宙の大きさ(「宇宙図」や、Youtube映像「Voyage to the center of the Virgo cluster」などで)、宇宙の膨張(光円錐)などについて紹介された。
宇宙の観測は宇宙の過去につながる。宇宙は誕生から137億年たった今も膨張しているが、彼方にある129億年近く前の天体まで観測されてきているという、興味深い観測競争が行なわれているようだ。

・「宇宙の大きな謎にせまる」(土居守 東京大学・教授)
分光器やドップラー効果の原理をもとに赤方偏移の現象から、宇宙膨張を分かりやすく説明してくれた。ダークエネルギーの話しもあったが、正直、ダークエネルギー>ダークマター>ダースベイダーになってしまう素人には・・・難しい。

2012年7月6日金曜日

うるう秒

そうそう、2月1日のブログに今年が「うるう年」(2月が28日→29日になる)であり、おまけに7月1日には「うるう秒」が1秒追加されると記したが、本当にそうしたんですね。
msn産経ニュースの1日付け記事「『うるう秒』を実施 09年以来、情報通信機構」(7/1)に次のように解説されている。

・日本の標準時を管理する独立行政法人「情報通信研究機構」(東京都小金井市)は1日、標準時と地球の自転による時間のずれを調整するため、午前8時59分59秒と午前9時0分0秒との間に、8時59分60秒という「うるう秒」を挿入した。

(・・・08:59:59→08:59:60→09:00:00→09:00:01・・・)

・1日の長さが24時間1秒になる、「うるう秒」の挿入は世界中で同時に実施。前回は2009年1月1日にあった。

・「うるう秒」が必要なのは、地球の自転速度が厳密には一定ではないため。世界共通の標準時は現在、数十万年に1秒しか狂わない高精度の原子時計に基づいて運用されており、数年に1度「うるう秒」を入れることで、自転とのずれを解消している。

・1972年から行われており今回が25回目。同機構のシステムからの信号により、放送局の時刻運用システムなどの多くは自動調整される。ただ事業者によっては影響が出ないように対応が必要となることなどから、将来的には廃止も議論されている。


(付記)
7月1日のブログで月日の経つ早さを慨嘆したが、当日1秒遅くれたのだからおあいこか・・・そいうわけはないが、近在の情報通信機構(NICT)で午前9時を境に1秒のずらしを入れるイベントがあったそうだ。それに気付かず残念なことをした。
ところでイベントに出かけていたら、7月1日のブログはどのようになっていただろうか。

2012年7月5日木曜日

(資料)ユン・ホジュン「世界を変えた歌36弾-イ・ソンヒ"Jへ"」

Daumミュージックに掲載のユン・ホジュン(윤호준)の「世界を変えた歌36弾 - イ・ソンヒ "Jへ"」(1/20)は、1984年の江辺歌謡祭に登場した後デビューを果たした、イ・ソンヒの姿を次(一部抜粋)のように記している。感謝。

・(「Jへ」受賞当時の)イ・ソンヒは小さな体躯で、大きな眼鏡をかけた平凡な容貌であったし、ズボン(スタイル)に固執した。(「Jへ」序奏部の)バース(verse、節(ふし))の低音域帯を歌う時、彼女は外見と一致した。もろくて細く震える声であり、純粋に見えた。しかしコーラス(chorus、リフレーン)が始まれば、立体的で圧倒的な声量で歌を強打した。どんなものも、彼女の前を遮れなかった。歌はあっという間に彼女に征服された。ズボンだけ着る少女の暴風のような内面、イ・ソンヒのキャラクターはそのように形成されたし、一瞬のうちに10代少女たちの心をとらえた。あえて荒い男性ロッカーを探す必要がなかった。妖艶な女性ソウル・ボーカルも必要なかった。彼女は、危険な男性と派手でけばけばしい女性という単純な設定を跳び越える領域を保有していた。少女たちは、平凡なイ・ソンヒの外見を自分たちといくらでも一致させることができた。そして、その次の過程は、イ・ソンヒに預けた。それにより、イ・ソンヒの途方もない声を祈るように、大胆になり熱くなることができた。彼女が「私は愛に落ちました」と、「燃えるような私の愛避けられなくて」と張り上げるたびに、ピリッとした戦慄が押し寄せてきた。

・イ・ソンヒは、「Jへ」から始まったイメージで、1980年代を生きたし、最高の人気を謳歌した。しおりにさしておいた色褪せたイチョウの葉を物語る「ヨン」が、少女たちだけの内密な世界を扱った歌が、人気歌謡の序列に上った時期はかつてなかった。レコードを発表するたびに、声がアップグレードされた彼女は、若い作曲家ソン・シヒョン(송시현)の歌を歌う時まで無敵だった。1990年代の入り口で「思い出のページをめくれば」を歌う時まで、イ・ソンヒは女子中高生たちのアバターであり、隠した欲望の代理人であった。

(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

(付記)
本日、上野動物園のジャイアントパンダのシンシンが無事出産した。更に数時間から一日以内に、半分の確率で、双子の第2子を期待できるかもしれないそうだ。

2012年7月4日水曜日

イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」 (続)

現在、イ・ソンヒ公式ホームページ(⇒画面右下のON-AIRアイコンをクリック)から、全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会の「万博ポップフェスティバル」(6/27)のステージで歌った彼女の映像(収録時間26分43秒)を見ることができる。
(映像撮影/編集:イ・ヘワン)

(曲目)
・「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
・「因縁(인연)」
・「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
・「美しい江山(아름다운 강산)」
・アンコール「Jへ(J에게)」 ← 先日、Youtubeの別映像で紹介

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」")

2012年7月3日火曜日

イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート (続)

先月末の6/30(土)、雨の中、蔚山文殊ワールドカップ競技場、湖畔広場で開かれた「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」(午後7時30分~)に出演したイ・ソンヒのステージ写真が、ブログ「イ・サンボムの夢」(7/3)に多数掲載されている。(ちなみに登録者イ・サンボム氏は、主催の自動車会社に所属とのこと)

会場全体が真っ白に埋め尽くされている。写真も解説も雨脚の激しさを物語っているが、レインコートを被ったアジュンマの熱気は止まない。そして、イ・ソンヒは雨に濡れながらも情熱的に歌い上げる。臨場感がそのまま伝わる写真が並ぶ。感謝。

このコンサート、7月7日(土)にも再演されるが、二度ともに出演はイ・ソンヒのみとのこと。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート")

2012年7月2日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 梁邦彦

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/27)に、人物シリーズ34回目として国楽の枠を越え、幅広いシーンで音楽を制作している、梁邦彦(りょうくにひこ、ヤン・バンオン、양방언、1960年1月1日~)を紹介した。

まず、済州島(제주도)の紹介から始まった。
・朝鮮半島の南に位置する島で、自然景観に富み、ユネスコの生物圏保全地域、世界自然遺産、世界地質公園(ジオパーク)に指定されている。
・島中央に、火山噴火てできた韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン、한라산、1,950 m)がある。

▼梁邦彦作曲による「済州の王子」を聴く。伝統音楽の味付けしたライトミュージックといった感じで親しみやすい。

次のように梁邦彦のプロフィールが紹介された。
・1960年 東京で生まれ、日本で育つ。(父親は済州島。母親は新義州出身)
・最近では活動の場を韓国に移す。
・2005年、2009年 世宗文化会館でライブを行なう。

▼梁邦彦による「フロンティア」を聴く。伝統音楽の風を受けて、総合化のような・・・楽しい音楽。

▼梁邦彦による「Flowers of K」を聴く。きっと、伝統へ回帰していくのだろう・・・。

(TVのどこかでこの方の音楽を聞いているはず。Youtubeで聴いてみよう。)

2012年7月1日日曜日

かくて半年が過ぎ

早いねえ、今年も半分過ぎてしまったよ。この梅雨が明ければ、暑い夏が来て涼しい秋風が吹けば体を丸める冬になる。毎日の変化の中にいると季節に幕があるわけでないので、残り半年後にも、おんなじことをいっているだろう。

今日は、二十四節気ではないが、季節の移り変わりを表す雑節の「半夏生(はんげしょう)」とのこと。Wikipediaによれば、「半夏(烏柄杓)」という薬草が生えるころだそうだ。また、生薬の半夏と関係ないが同じ時期に、ドクダミ科の「ハンゲショウ(カタシログサ)」という草が、名前の通り葉を半分白く化粧するようになるともいわれているとのこと。

正直、漢方薬剤となるカラスビシャクも、半化粧の駄洒落につながるカタシログサも見た記憶がない。今日は小雨だし、別の機会に見てみよう。

(参考)
都立薬草園についての個人ホームページ(都立薬用植物園の妖精達)に、「ハンゲショウ(カタシログサ)」の紹介がある。この時期、白くなるこの草の様子を「半端な化粧」に見えるという観察も含めて、古来日本の化粧の歴史について解説している。感謝。

(付記)
ドクダミ科の草といえば、手入れをしない我が家の庭にドクダミが茂っている。除草剤など薬品を散布しないので、例年、ご近所の方に提供したりしている。

あっ、6/21が夏至だったことをブログに書き忘れていた!

2012年6月30日土曜日

イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」

イ・ソンヒが、全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会の特設舞台で催された「万博ポップフェスティバル」(6/27、19:00~)で、観客とともに「Jへ(J에게)」を歌う映像がYoutubeに登録されている。映像右上に「麗水万博TV」と表示されている。(登録者Expo2012YeosuKoreaに感謝)

コンサートステージ下からの彼女の映像は珍しい。野外会場のため夜風に髪をなびかせ、楽しみながら歌う姿に臨場感があって良い。そして何より素晴らしいのは、彼女の持つ清潔で健康的な、そしていつまでも若々しい映像を 見ることができるからだ。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演")



2012年6月29日金曜日

お稲荷さんと油揚げ

SBSが放送した「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り(여우비)」をイ・ソンヒが歌ったこともあって、狐にからめていろいろと気にかけている。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

最近、地元の笠森稲荷神社にある赤い鳥居が続く光景を、携帯の待ち受け画面にしたりしている。
以前聞いた郷土史の解説で、この神社、皮膚病に効能があるとのこと、江戸期に遠く川崎の宿場町から女たちが訪れたという。

ところで、韓国語教室の宿題に、愛知県の豊川稲荷について記されていたので調べてみると、こちらは神社ではなく、曹洞宗の寺院である。インターネットの豊川稲荷略縁起は次のように記している。
・一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・(とよかわだきにしんてん)です。が稲穂を荷(にな)い、白い狐に跨(またが)っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。

そういえば、日曜登山で知られる高尾山にある真言宗智山派の髙尾山薬王院の、髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)も白狐の上に姿を見せている。こちらも神道とは別で仏教である。

(本ブログ関連:”お稲荷さん”)

さて、宿題の豊川稲荷の話題には、油揚げが名産というので、狐との関係を調べてみると、古いインドの信仰につながるそうだ。それはそれで良いが、中身は知らぬ方がよかったかもしれない・・・。

2012年6月28日木曜日

チャン・ユンジョンの日本進出

朝鮮日報の記事「チャン・ユンジョン、10月日本進出」(6/26。STARNEWS/朝鮮日報日本語版)によれば、韓国のトロットを引き継ぐチャン・ユンジョン(장윤정)の日本進出を次のように報じている。

・「トロット(韓国演歌)界のクイーン」チャン・ユンジョンが、日本の大手レコード会社クラウンレコードと契約を結び、10月から日本進出する。
・チャン・ユンジョンは2007年に東京、名古屋、京都など日本6都市を回り、コンサートを行ったことがあるが、新曲をリリースし、正式に日本の音楽界に進出するのは今回が初めて。
・現在、チャン・ユンジョンは新曲(?)「招魂」のミュージックビデオが地上波放送不可判定を受けるなど波紋を呼んだが、各種音楽配信サイトのトロット部門で1位を獲得し、人気を博している。

解説されている「招魂(초혼)」(2010年6月)は、イ・ソンヒの「因縁(인연)」(2005年)に連なる東洋回帰のうねりに位置づけられる。またYoutubeに登録されている同曲に、古来シャーマン的儀式の巫俗(무속)をイメージした映像があって興味深い。(参考:スポーツ京鄕、6/25)

(本ブログ関連:"巫俗")



(Youtubeに登録のMrLamilazに感謝)

(付記)
TBS NEWSiの記事「中国の有人宇宙船『神舟9号』帰還」(6/2913:27)に、「中国初の女性宇宙飛行士(劉洋)ら(3人)を乗せた宇宙船「神舟9号」が14日間の任務を終え、無事帰還」したと次のように報じた。
・中国としては初めてとなる宇宙実験室「天宮1号」とのドッキング実験に成功。
・「(宇宙実験室)天宮は宇宙にある家で、暖かくて居心地が良かったです。・・・」(女性宇宙飛行士劉洋さん)

2012年6月27日水曜日

「小金井の新田開発」(5)

昨日(6/26)、透き通るような陽射しの午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第5回最終講義を聴きに行く。最後まで講義室は聴講者で満員の盛況だった。

(これまで、鷹場、街道、玉川上水、新田創設という切り口で、江戸との一体化について解説された)

今回も、東京学芸大学の大石学教授から、江戸時代に武蔵野新田に植樹された、松、栗、竹、そして桜の記録資料について、いつものように丁寧な解説と興味深いお話を聴かせていただいた。

【松】
・元禄7年(1694年)の文書に、玉川上水の両岸に植えて、橋の建材に使用したという記録がある。江戸の早い段階から植林が始まっている。その後、新田の囲いとして植えたてられることになる。

【栗】
(栗林を今も散見できる)
・将軍家へ栗を献上するため、栗林を仕立てる経緯が、「大岡越前守忠相日記」の元文2年(1737年)以降に克明に記されている。
・栗林は、小金井を中心に作られた。(下小金井新田、関野新田、梶野新田、井口新田、野崎新田、大沢新田、境新田、関前新田、上保谷新田、田無新田)
・栗林の下草を刈り取り、畑の肥料などに使われたが、管理は厳重に行なわれた。
・払い下げの栗老木を売った代金について、周辺村々と争いも生じたりした。
・献上を通じて、将軍家との一体化の意識が生まれる。栗林については行政(幕府)が支援し、地域は自分(農民)たちで管理するという関係が成立する。

(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"春の兆し")

【竹】
・栗林とセットで育成された。これも同様に、「大岡越前守忠相日記」の元文3年(1738年)以降に記されている。

【桜】
(「小金井桜」として名をなしている)
・桜の植樹について、その時期を知る一次資料が見つかっていない。寛永年間(1624年~1644年)、寛文10年(1670年)、享保年間(1716年~1736年)、元文年間(1736年~1741年)、寛延年間(1748年~1751年)などの諸説がある。しかも、桜の苗木産地(和州吉野、常州桜川など)といわれている所にも記録がない。
・植え付けの理由に次の3説がある。
 ① 地域振興のため:飢饉など経験から政策のひとつとして。
 ② 上水の浄化のため:桜は水毒を消すという。
 ③ 玉川上水の堤が崩れぬため
・桜木の払い下げについて幕府最古の資料が明和年(1772年)にある。

小金井桜
・文政2年(1829年)の資料に、すでに「小金井桜」の名が見える。
・当初知られなかった小金井桜も、江戸後半には遠くても江戸からの花見客で賑わうようになり、泊りがけ(小金井橋ほとりの柏屋)で見物に来るようになったりもした。当時のガイドブック「小金井道しるへ」なども発行される。
・天保15年(1844年)、将軍になる前の徳川家定も観楼に来た。

(本ブログ関連:"小金井公園のさくら"、"春のぬくもりにさそわれて")

以上、江戸時代を通じて、小金井地域の村々は(首都)江戸との関係のなかで、首都圏として成長・発展した・・・という、終わりの言葉をいただいた。


(付記)
郷土の歴史を知りたいことから、ついつい身近に目が行くが、今回のような大きな切り口(鷹場、街道、玉川上水、新田創設、そして桜)を通じて時代の流れを俯瞰する意義も知った。

(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")

(資料)「関東甲信地方 3か月予報」(7月~9月)

6月25日、気象庁から関東甲信地方の予想される向こう3か月(7月~9月)の天候見通しが次のように発表された。
・7月 前半は、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。後半は、平年と同様に晴れの日が多い見込みです。
・8月 平年と同様に晴れの日が多いでしょう。
・9月 天気は数日の周期で変わり、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。

<上記の解説資料より>
海面水温の予想に不確定性はあるものの、大気全体が暖められているという傾向は採用する。このことから、関東甲信地方は、3か月平均気温はやや高温傾向とした。東日本への太平洋高気圧の張り出しは概ね平年程度と予想されるため、3か月降水量は平年並とした。

2012年6月26日火曜日

イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート

連合ニュースの記事「現代自動車、’蔚山市民と楽しむコンサート’開く」(6/24)は、イ・ソンヒが同コンサートに次のように参加すると報じた。(チャン・ヨンウン記者)

・今月30日と7月7日(午後7時30分から3時間ほど)に、蔚山の文殊ワールドカップ競技場の湖畔広場で開かれる、「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」に、人気歌手イ・ソンヒさんをはじめとしてチャ・ウリム、パク・ミギョン、パク・サンミン、キム・チャンフンなど実力派歌手たちも大挙出演する。