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2012年12月6日木曜日

陶淵明-4

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第4回目に出席する。(今回を含めて)残すところ後2回、いよいよ最終にさしかかった。今回は幻想好きにとって楽しみな<桃源郷>について、陶淵明が記した散文を解説いただいた。

「桃花源の記」は、武陵の川漁師が渓谷を水源まで遡ったところ、山中に洞窟を見つけて、くぐりに抜けた先に桃源郷と出会う話だ。そこには、見たこともない人々が穏やかに暮らしていた。秦時の乱を避けて以来、漁師の時代(太元年間)までざっと見積もって、600年以上前からこの地に住み続けられたことになるのだろう。彼らから、もてなしを受けた後、去り際に他言無用と次のように口止めされる。

・不(レ)(下)(2)外人(1)(上)也   外人(がいじん)の為に道(い)うに足らざるなり
(訳) 外部の世間の人に話すほどのことではありません。

それでも漁師は、行政長の太守に喋っちゃうんだな。でも、いくら探しても、桃源郷は結局見つからなかった。この記は、後の時代の<物語>に通じるそうだ。

ところで「桃花源の記」は、山の岩間から雲が生まれるような仙境を語っているわけでも、碧眼の美女との遭遇を喜んでいるわけでもない。鶏が鳴き、犬が吠える、のんびりした素朴な光景が浮かんでくる。もしかすると。桃源郷はもっと身近にあって気付かないだけなのかもしれない。

ところで、現在の中国の若者たちが、自然のもとへ行こうと言うとき、この記に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うと解説があった。

今回の講義は、「桃花源の記」の前に、九尾の狐伝説などの原典といわれる「山海経」を題にした、「山海経を読む十三首 其の一」の解説があり、終わりには、陶淵明の洒落た自叙伝ともいうべき詩についても聞かせていただいた。

次回(最終回)のために、漢字教育の資料が配られた。宿題である。

2012年12月5日水曜日

(資料)ネット音楽料金の定額制から従量制へ

韓国はネット普及により、音楽購入の仕方がシフトして、CD販売がますます厳しくなっているようだ。しかも、ネット利用のため、売り上げに占める著作権の取り分が少ない状況といわれている。
来年から、アーティストにとって、どのように改善されるのか分からないが改正されるようだ。MoneyTodayの記事「著作権法変われば... "音楽の価格、市場原理に任せる"」(11/30、キム・ドンハ記者)は、次のように報じている。(抜粋)

・文化観光部体育観光部は、今年になって2008年2月作った音楽使用料徴収規定を4年ぶりに手直しを始めた。

・音楽が「定額」で取引されながら、ロエン(メロンMelOn)、KTミュージック、エムネット(CJ E&M)などと同じ音楽流通およびサービス事業者だけ利益を得て、音楽を作る制作者、実演者などの権利は疎外される「奇形的」生態系が形成されたという論議が拡大したためだ。

・国会国政監査の叱責も政府の改正の必要性を高めた。国会議員は、音源定額制が曲当たり60ウォンで、外国の25分の1の水準とし、ミュージシャンが創作する補償をまともに受けられずにいると主張した。

・すると政府は、今年6月に、韓国音楽著作権協会、韓国音楽実演者連合会、韓国音源製作者協会、韓国音楽コンテンツ産業協会などと徴収規定改正案を作って公開しており、今年10月に、国会を通過させた。

・過去の徴収規定は、流通業社が55%、著作権者が45%を持っていく構造だったとしたら、流通業社の持分は40%、(一方)著作権者などの持分は60%に増えた。

・改正案は、利用量に応じて料金を付す「従量制」商品の原則も一部導入した。新しい徴収規定が適用される初年度である、2013年には曲当たり価格は105ウォンになり、年度ごとにに引き上げられて2016年には曲当たり150ウォンになる。


(本部ログ関連:"韓国のオンライン・オフライン音楽市場規模"、"在韓の英国人が見た韓国音楽"、(資料)音楽アルバムのシステム

この結果、いずれいろいろなところに影響するだろう・・・。

2012年12月4日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金大禮

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/28)に、人物シリーズ56回目として、亡くなった人の魂を讃える珍島シッキムグッ(씻김굿)をとりおこなう巫堂(ムーダン、무당:"シャーマン")である、芸能保有者の金大禮(キム・デレ、김대례、1935年~2011年)を紹介した。

(本ブログ関連:"シッキムグッ")

まず、珍島シッキムグッの説明(復習)から始まった。
・珍島シッキムグッの「シッキム」は「洗い流す」の意を持ち、亡くなった人の怨恨をきれいに拭い去り、明るく安らかな気持ちで冥土に旅立てるように祈りながら行う「クッ」(グッ、굿:お祓い、祭儀)である。
・近年、各地方の様々な民間信仰やクッは<迷信>と虐げられ、その伝承が危ぶまれる時期があったが、珍島地方では今も、巫俗*音楽の伝統がしっかり守られ、家族に不幸があるとシッキムグッを行うことが多い。このようなグッを行う巫堂は、生涯、人々のために祈りを捧げる。神を喜ばせ、成仏できない魂を慰める歌や踊りを、長期に渡る厳しい修練の中で学ぶ。
(*)巫俗:巫女(みこ、ふじょ)の巫(ふ)と、俗世の俗の字を当てたシャーマニズム、または民間信仰を指す。

▼金大禮ほかによる「珍島シッキムグッ」の中から「招魂シッキムグッ(혼맞이 씻김굿)」を聴く。以前、番組で「巫俗音楽」紹介があったときのものか。招魂の願いが、次々沸き起こるように聞こえてくる。

・巫堂は、大きく次の二つに分類できる。
① 神が体に降臨し、特別なお祓いを受け巫堂となる降神巫(カンシンム、강신무)で、韓半島中部より北の地方に多い。
② 代々、家業として巫俗を司っている、世襲巫(セスプム、세습무)で、南部地方に多い。
珍島地方では世襲巫が多く、各村ごとに、その地域を担当する巫堂がいて、日常的に村の人々のためにグッを行い、その代わりに、麦や穀物などを謝礼として受け取るという関係にあった。

次のように金大禮のプロフィールが紹介された。
・1935年 羅南道珍島に生まれる。母親は、実家が巫俗(무속)を司った家系で、テグム・サンジョの創始者として名高いパク・ジョンギ名人の三女である。この地域で有名な巫堂だった影響もあり、歌や踊りを真似しながら遊んだという。
・11歳 普通学校2年のとき中退。巫堂の道に進み、母方のおばからグッの伝授を受ける。
・17歳 結婚。嫁ぎ先も巫俗家系のため、一生涯をかけてグッに従事することになる。

▼金大禮ほかによる「珍島輿歌(チンドサンヨソリ、진도상여소리)」を聴く。なぜか映画のように、白い喪服の人々が続く画面が想像される。

・1980年 珍島シッキムグッで重要無形文化財、第72号として認定される。
・2011年3月 没する。

▼金大禮による舞踊音楽「サルプリ(살풀이)を歌ったクウム口音、구음)を、厄払いの宗教学的理解はないが、Youtube映像と合わせて聴く。巫俗音楽は、演じられる場面こそ相応しいに違いない。
(Youtubeに登録のehyundamに感謝)

2012年12月3日月曜日

My Friend Lee Sun Hee

イ・ソンヒ(이선희)の名前は、漢字表記で"李仙姫"、アルファベット表記で"Lee Sunhee"(公式ホームページ)である。なおハングルおよび漢字の通りに、一文字ずつ対応させてアルファベット表記"Lee Sun Hee"に分かち書きしたものもある・・・こちらの方が多いような気がするが。

ところで、e-Bayの日本語版sekaimonで、"Lee Sun Hee"と検索したら、「My Friend Lee Sun Hee / Joy Of Life」というCDがあった。あれ、これ何だろう、見たことないなあ・・・ということで調べてみた。

INTERPARKに探したら、タイトル、ジャケット写真とも「내친구 이순희 - Joy Of Life 〔EP〕」とある。"Lee Sun Hee"は、実はイ・ソンヒ(イ・ソニ、이선희)ならぬ、イ・スンヒ(イ・スニ、이순희)のことだった。というわけで、イ・ソンヒとは関係ない・・・。

三人組のソング・ライターチーム「My Friend Lee Sun Hee (내친구 이순희 )」による、作品「Joy Of Life」(2010年)は全5曲で構成されている。彼らは作詞・作曲を担当という特性上、演奏はそれぞれ違うようだ。

ちなみに、この作品、Amazonでも購入できるそうだ。聴いてみたい気がする・・・。

あらら! Youtubeを探したらありましたよ。INTERPARK掲載の解説によれば、「一番目の曲である、"ずっと(한참을)"は素敵なベース・ループと格好よいブラスの間奏が引き立つ曲だ。ダンス音楽を作ろうとしていた意図が十分に反映されて、聞いてみるとかなり愉快になる。」 とのこと。どう?



(Youtubeに登録のkonjeongに感謝)

2012年12月2日日曜日

(資料)音楽アルバムのシステム

朝鮮日報のオピニオン記事「歯ブラシに付録で売る音楽アルバム」(11/9、チェ·スンヒョン大衆文化部放送·音楽チーム長)は、あるコンサート会場で自虐的に歯ブラシの付録としてアルバムが売られたことをもとに、アルバム販売の動向について寄稿したものだ。その中から関心のある部分だけを次に抜粋する。

・("歯ブラシの付録としてアルバム販売"は)たとえ誇張されたイベントだったが、この場面は、韓国大衆音楽市場で存在価値を失っているアルバムの哀れな現実をそっくりそのまま見せてくれたという点で、多くの人に訴える<苦笑>を抱かせた。

・音楽アルバムは、ミュージシャンの人生と世界に対する哲学を集約して見せるという点で最も芸術的な媒体だ。商業的考慮が先んじる歌と音楽のこだわりを込めた歌が共存するため、ミュージシャンの成長と音楽市場の多様化に重要な役割を果たしている。米国・日本・欧州ではまだアルバム市場が巨大に存在する理由だ。しかし、我が国(韓国)の音楽市場は、アルバムを捨ててしまって、すでに久しい。ファンシー商品として企画されたアイドル・グループのアルバムの数種を除けば、1万枚だけ売って「大当たり」という言葉が出てくるのが実情だ。

・その底には各種インターネット音楽サイトの無理な「定額制」がある。月3,000ウォンだけ出せば無制限にストリーミング(リアルタイム・リスニング)サービスを受けることができる環境で、大衆が適正価格を出してアルバムを買って聞いてミュージシャンに対して真剣な関心を持つようになることは難しい。反面、音楽先進国では、インターネットで音楽を聞いても、消費者が適正価格を支払わなければなら環境が整っている。例えばアップルのアイチューンズ・ストアでは、歌は一曲当たり1ドル前後、アルバムは一枚当たり15ドル前後を支払ってダウンロードすることができる。結局問題はシステムである。

(付記)
イ・ソンヒのアルバムを期待したが、来年にお預けのようだ。彼女のアルバム15集が登場して、あらためて国民歌手として多くのひとびとに購入され聴かれることを祈ります。

(本部ログ関連:"韓国のオンライン・オフライン音楽市場規模"、"在韓の英国人が見た韓国音楽")


(別付記)
先日観覧した「考動展」最終日の今日、気に入って頼んだ蕎麦猪口(そばちょこ)を求めて吉祥寺に行く。猪口の表が淡い灰色の直線でデザインされていて、2つ重ね合わせるのが妙味で洒落ている。早速、蕎麦を食うときに使いたいと思う。
同展会場のギャラリーmonoの近く、ビルの地下にある蕎麦屋「砂場」で、「とろろ蕎麦」を食う。冬のような寒さに厚着して出かけたが、やっぱり熱いものはありがたい。芯から温まり、次第に額に汗がにじむ。この店は、日本橋室町の「室町砂場」と縁があるそうだ。以前、荒川の「南千住砂場」に何度か蕎麦を食したことがあるが、そこから分岐した孫筋にあたるのだろう。
・・・蕎麦に絡めて、猪口と食を合わせた次第。

2012年12月1日土曜日

イ・ソンヒのアルバム枚数

イ・ソンヒの「アルバム」はどれくらいの枚数リリースされたのだろうか。DAUM掲示板の「歴代レコード最終版」(2011年7月12日)は、歌手(グループ)を選択して、そのうえで韓国音楽産業協会、音楽チャート、各歌手ファンクラブの情報を基にランクを記載している。感謝。
そのなかで、イ・ソンヒについて次のように計上されている。

・1988年度発売: 4集 - 63万枚 (代表曲「私はいつもあなたを」、「美しい江山」、「愛が散るこの場所」など)
・1990年度発売: 5集 - 68万枚 (代表曲「五月の陽差し」、「冬哀傷」、「私の街」など)

以上は、彼女が躍進を続けていた時代のアルバムだ。


(追記)
イ・ソンヒの公式ホームページによれば、今月23日(日)はイ・ソンヒの新暦誕生日だ。一般に、彼女の誕生日は、旧暦11月11日と記される。

同公式ホームページの「私だけの貴重な資料」コーナーに、どうやって入手したのでしょうかな、イ・ソンヒの幼少~女学生時代の写真が登録されている。本物なら、元気溌剌でころころした普通の女の子である。こちらは、写真「アルバム」といったところだ。

イ・ソンヒと政治(続)

イ・ソンヒが、1991年6月20日にソウル市会議員選挙に27才で麻浦地区から出馬(民自党)して入選したこと、後に民自党を離党したこと、そして金大中の民主党に入党したことについて触れた。民主党入党時期がわかったので記す。

MBCのニュース記事「民主、金大中候補、ソウル·仁川最後の遊説」(1992年12月17日、ソン・ドンギュ記者)は、大統領候補金大中の遊説中の1992年12月17日、次のように報告している。

記者: 今日(12/17)で遊説日程をすべて終えた金大中候補は、午後にソウル明洞と鐘路一帯で、今日、民主党に入党した歌手イ・ソンヒさんなどと一緒に市民にバラの花を配って投票参加キャンペーンをしました。

なお、彼女の公式ホームページに当時の写真が掲載され、「(金大中候補が)イ・ソンヒさんの手をあげて歓呼してます。」とキャプションを付している。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの話"、"イ・ソンヒと政治"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景"、"(資料)イ・ソンヒのソウル市議会議員選出馬の背景 (続き)")

2012年11月30日金曜日

パンク

60年代のサイケでなく、70年代のパンクでもなく、80年代のヘヴィメタでもない。自転車のタイヤがパンクしたのだ。

今日、自転車の前輪が突然泳いだ。音もなくパンクしたのだ。ハンドルをとられた感じがして、ペダルをこぎながら前かがみに車輪を覗くと、黒いタイヤが平べったく両側にはみ出しているのが見えた。みるみる空気が抜けていく。自転車店への道のり、やがて前輪がごとごとと跳ねだした。

この店で購入しただけに、何かと面倒見てもらっているオヤジが、タイヤとチューブを交換しながら、後5年はもちますよという。確かに、それはそれで良いが、野川公園散歩の坂道の上り下りが最近急にきつくなってきたので、電動アシスト付きもいいのでは・・・と思ったりする。

オヤジがいうには、一度電動アシスト付きに乗ると普通の自転車には戻れませんよとのこと。ただし、運動不足解消のサイクリングにつながらないかというと、そうでもないようだ。皇居まで往復した客がいるという。おじさんレベルに合った、長距離も楽しめるものかもしれない。

2012年11月29日木曜日

陶淵明-3

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第3回目に出席する。講師の著書をテキストにして、詩を通読、解説する合間に、楽しくめずらしい、例えば台湾訪問などの話も聞かせていただいた。

今回、陶淵明の詩に触れながら、次のような解説に関心を持った。
・陶淵明は自然詩人といわれるが、中国では「自然詩」といわず「山水詩」というそうだ。
・中国で仙人が大事にしたのは、松・竹・梅ではなく、松・竹・菊だ。ちなみに、遣唐使が日本に菊を持ち帰ったとき、「キク」と発音したことで音訓の区別なく「キク」と呼ばれる。
・陶淵明の「飲酒二十首 其の五」に、「菊を采(と)る、東蘺(とうり:東の垣根)の下(もと)」とあるが、菊の花を酒に浮かべて飲むためという。(そういえば、イ・ソンヒに「一輪菊(한송이 국화)」という恋の歌があった・・・関係ないけれど。)

講師は、漢文語法の紹介に連れて、なんと中国語で「何日君再来」を歌われた。
陶淵明の「雑詩十二種 其の一」にある、「盛年不重来(盛年 重ねては来たらず)」の説明で、部分・全部否定の語法について解説された。
<語法>
・部分否定:  好(2)ニハ(1)カ       よき花は常には開かず
・全部否定:  好(レ)カ              よき花は常に開かず
<歌>
「好花不常開/好景不常在」で始まる「何日君再来」を、テレサテンの歌で聴いてみよう。
(Youtubeに登録のcat012953に感謝)

2012年11月28日水曜日

シン・ジュンヒョンのコンサート

イ・ソンヒのコンサートに欠かすことができないものに、シン・ジュンヒョン(申重鉉、신중현)作詞・作曲による「美しい江山(아름다운 강산)」(1972年)がある。イ・ソンヒが、この歌をカバーしたことで、国民歌謡まで上りつめたといえる。(なお同歌はアルバム4集(1988年)に所収)

大統領選挙の12月に、シン・ジュンヒョンのコンサートが催されると、東亜日報の記事「シン·ジュンヒョン "30代のときは力で、70代のときは道(精神)で、演奏"」(11/8)は伝えている。2部構成のステージだが、シン・ジュンヒョンは、その第2部で演奏する「美しい江山」について次のように語っている。
・2部は奥深いサイケデリック・ロックだけをレパートリーに決めた。「ディスコ風に変わったイ・ソンヒのバージョンや、1980年代の『シン・ジュンヒョンとミュージックパワー』バージョンのほか、72年の『シン・ジュンヒョンとThe Men』バージョンの幻覚的な『美しい江山』をお聞かせしましょう。そのバージョンが本物でしたよ。大衆を考えず、自分なりのギターの音を正しく聞かせてさしあげるでしょう。」

この「美しい江山」成立のいきさつは、伝説になっているようだ。

ちなみに、シン・ジュンヒョンに代表される「サイケデリック・ロック」について、Ko-Wikipediaは次のように説明している。
・サイケデリック・ロック(Psychedelic rock)は、 ロック音楽の一種である。アシッド・ロック(Acid rock)、ドラッグ・ロック(Drug rock)、または単にサイケデリックとも呼ばれている。名前からわかるように、あたかも麻薬をした状態で演奏したような夢幻的でサイケデリックな雰囲気が特徴である。
・大韓民国の代表的なサイケデリック・アルバムは、シン・ジュンヒョンが作詞、作曲してキム・ジョンミが歌った1973年の「風」、「Now」のアルバムなどがある[出典必要]。
 しかし、1975年の緊急措置9号、大麻事件などで、これらのアルバムは禁止曲処分されたり、焼却され、(以下略)

(本ブログ関連:"シン・ジュンヒョン"、"キム・ジョンミ")

2012年11月27日火曜日

イ・ソンヒの「Because of You」(再)

イ・ソンヒのアルバム12集「My Life + Best」(2001年)CDは、インターネット上で日本の販売店の案内を一度だけ見たことがあるが、入手チャンスを逃してしまい後は知らない。それほど難易度が高い。一方、韓国のブログでも同様に入手の難しさに触れているのを知ったが、インターネットに探して見れば、チャンスはまだあるようだ。直接入手する良い方法はないだろうか。

この12集所収の「Because of You」を以前このブログにエンベッドしたが、Youtubeから削除されて大変残念な思いをした。最近、再び視聴が可能になった。
忘れようとしてできない残された悲しみを癒すように、イ・ソンヒの抑制したしっとりとした歌声で聴くことにしよう。

(本部ログ関連:"イ・ソンヒの「Because Of You」")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年11月26日月曜日

第63回 NHK紅白歌合戦出場歌手

ORICON STYLEの今日の記事(11/26)に、年末の「第63回 NHK紅白歌合戦出場歌手」一覧が掲載さているが、どれくらい歌手を知っているかチェックしたところ、わたしの認知度は次の通りでしかない。
ちなみに、【◎:歌を聞いたことがある、△:名前は聞いたことがある、×:全く知らない】で区別したところ、
・【紅組】 ◎:15、△:3、×:7
・【白組】 ◎:15、△:2、×:8
となった。両組似かよった認知割合になったが、平均的なおじさんなら、まあこんなものだろう。


【紅組】

【白組】
aiko、
嵐、
絢香、
五木ひろし、
いきものがかり、
× HY、
石川さゆり、
EXILE、
AKB48、
× NYC、
× SKE48、
関ジャニ∞、
きゃりーぱみゅぱみゅ、
北島三郎、
香西かおり、
郷ひろみ、
倖田來未、
× ゴールデンボンバー、
伍代夏子、
コブクロ、
坂本冬美、
× 斉藤和義、
天童よしみ、
× 三代目 J Soul Brothers、
中島美嘉、
SMAP、
× 西野カナ、
舘ひろし、
Perfume、
TOKIO、
浜崎あゆみ、
徳永英明、
藤あや子、
× AAA、
× プリンセス プリンセス、
× ナオト・インティライミ、
× 水樹奈々、
氷川きよし、
水森かおり、
× FUNKY MONKEY ABYS、
× ももいろクローバーZ、
福山雅治、
× YUI、
細川たかし、
× YUKI、
ポルノグラフィティ、
由紀さおり、
美輪明宏、
和田アキ子
森進一

KBS WORLD「国楽の世界へ」 劉智淑

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/21)に、人物シリーズ55回目として、西道(서도)民謡の名人(名唱)劉智淑(ユ・ジスク、유지숙、1963年5月23日【旧暦】~)を紹介した。
劉智淑は、先週紹介の崔慶萬(チェ・ギョンマン)の奥さんで、番組初めての夫婦での紹介になるという。

はじめに西道民謡(黄海道と平安道)について、南北の政情もからめて次のように語られた。
・半島北の無形文化財は、朝鮮戦争時に南に亡命した数少ない歌い手たちの努力により、今もその伝統が継承されているが、彼らが世を去るにつれ、その伝統の奥深さを把握して歌える人がほとんどいなくなっている。
・劉智淑は、忘れられつつある半島北の無形文化財を発掘し、復元に尽力している。

▼劉智淑の歌による「全甲心打令(ジョンガプソムタリョン、전갑섬타령*)」、「青紗灯籠(チョンサチョロン、청사초롱)」を聴く。歌の聞き出しから劉智淑の発声が今様北っぽいが、それよりも、あいのてが中国南方少数民族風でビックリ。南方に通じる沿海の気質があるのだろう・・・か。
(*)ブログ「コッヌリ国楽芸術団」に感謝。

・西道民謡は、黄海道と平安道一帯で歌われてきた民謡を指す。韓国で、名唱キム・ジョンヨン、オ・ポンニョたちにより多数伝承されているが、民謡の故郷では、今はほとんど忘れ去られたという。

次のように劉智淑のプロフィールが紹介された。
・1963年 江華道(仁川広域市)江華道郡両寺面に生まれる。(父は江華、母は黄海道生まれ)
・故郷は、海を越えれば黄海道で、昔は漁などを通じて交流があり、人々は西道民謡をよく歌った。父親とその兄弟が歌だけでなく踊りも上手かったこともあり、彼女は幼い頃から西道民謡を口ずさんだという。
・20代初め頃、運命の師オ・ポンニョ名唱との出会いをきっかけに、20代後半以来、歌に専念する。

▼劉智淑の歌による「延坪島難逢歌(ヨンミョンドナンボンガ、연평도 난봉가)」を聴く。題名と違いおおらかな海洋歌に聞こえてしまうけれど。

・平安道地方の、死者のハンを晴らすために行ったきたタリッグッや、農業をする際に人々が集まり、各自の話を歌にして歌うヒャンドゥゲノリなどを音楽劇として発表している。

▼劉智淑の歌による「船歌打令(スルビタリョン、술비타령**)」を聴く。晴天朗々とした海原、波頭を越える海の男たちのいさましくもからりとした力強さを感じる。歌、演奏は夫婦によるものだろうか。
(**)ブログ「キョンギ・ソリ」に感謝。

2012年11月25日日曜日

紅葉の高尾山

高尾山薬王院の紅葉
むかしの仕事仲間と紅葉の高尾山に行く。
京王線のガラリと空いた各駅停車で向かったため、人の混みように気付いたのは北野駅で乗り換えたときだった。車内の混雑は、そのまま終点の京王高尾山口駅を人々であふれさせた。それはすさまじいもので、登山口どころか、ずっと山頂まで続いたのだ。

想像できるだろうか、標高わずか599mの山とはいえ、まるで祭りの参道をゆるり歩くように山路をたどったのだから。山を登ることよりも、黙々と歩くひとの混み合いに疲れた。途中の高尾山薬王院は、隘路となり路がくねっているため、歩みが止まったりした。ただし、この場所は紅葉を楽しむに一番よい景観もあった。

さて、山頂広場での昼食は・・・期待どころでない。通り路以外、座り込んだ登山者の昼食場所になっていたのだ。登山口で買ったおにぎりを食うところがない・・・何とか売店の影で口にしたが。いわば立錐の余地もないといった観であった。早々に引き上げて下山する頃には、ようやく登山者も減り始めたためか、下山路にゆとりができ、気ぜわしさも減って下ることができた。

ミシュランの3つ星やテレビ局のこの時期の紹介はありがたいけれど、その分ひとびとに苦難を課したようだ。来年、紅葉を愛でに出かけるのは遠慮するだろう。でも、平日なら何とかなるかな・・・。

2012年11月24日土曜日

「考動」展

雨天の昨日と打って変わって快晴の今日、久し振りに吉祥寺に出かける。東急デパート北側の通りを2ブロックほど西に進むと、ギャラリー「mono」があって、小さな階段を上がると現在、<荻野克彦の「考動」展>が催されている。

親類から外出のヒントをもらって、出かけた次第である。芸術的関心が高いわけではないので、お邪魔したに過ぎないが、親類と懇意の荻野氏は気さくな方で・・・例えば、現在拠点にされている城下町の角館(かくのだて)の歴史から佐竹藩に話題が広がり、同藩の旧領地茨城(常陸)にあった金山などの雑談に応じてくれた。

そうそう、「考動」展は、荻野氏のデザインによる、南津軽の家具と木工と漆、および愛知県瀬戸の陶磁器を展示している。ギャラリーの2部屋に、木製「椅子」や「皿」や「猫」から、陶器の蕎麦の「猪口」まで洒落た作品が並んでいる。
1階入り口にあった同展案内のポスト・カードにある図柄を思い出して、わたしもアート気分に浸りたく、蕎麦の「猪口」の陶器を求めた。

帰り道、輸入食品店で、ドイツ製の菓子シュトーレンを購入。もうじきクリスマスだもんね。


(付記)
夕方、突然、3.11を思い出させるように家が揺れだした。気象庁の地震情報によれば次の通り。
・平成24年11月24日18時03分 気象庁発表
「24日17時59分頃地震がありました。震源地は千葉県北西部 ( 北緯35.6度、東経140.1度)で震源の深さは約80km、地震の規模(マグニチュード)は4.9と推定されます。」

なお当地は、<震度2>相当扱いだが、体感は<3+>の感じすらした。
PCの地震速報アプリは、マグニチュード<5.0以上>設定なので、地震速報を表示できなかったので、<4.0以上>に変更した。

2012年11月23日金曜日

イ・ソンヒの童謡「雨傘」

今日は足尾銅山へ鉱物採集に行く予定だったが、天気予報もあってぎりぎり結論を待ち、昨晩延期と決めた。それでよかったわけで、午前中の雨模様には驚いた。無理して行かなくて正解だった。

先週のTBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」で、森田正光氏が予報した通り、ザアザア降りになったわけで、いつもながら同氏の適中に感心する。例えば、今夏のロンドンオリンピック(7月27日~8月12日)での日本のメダル数を、例年に比べて暑い夏のため大いに期待できるとズバリ予想したのだから・・・これは天気予報と関係ないので予言?かな。

というわけで雨降る今日は、イ・ソンヒの歌う童謡「雨傘(우산)」を聴いてみよう。おでこを向かい合わせて歩く3つの傘が見えるようだ。学校に間に合ったかな。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの童謡"、"イ・ソンヒの童謡集"、"愛唱童謡集"、"童謡「島の赤んぼう」"、"イ・ソンヒの童謡「星を見ながら月を見ながら」"、"「春」")



(Youtubeに登録の성배 길に感謝)

2012年11月22日木曜日

小雪2012

今日は、二十四節気の「小雪(しょうせつ)」。あちこちに、そろそろ雪が降り始め、冬がもう間近なのを知る。なにしろ、次の節気は「大雪(たいせつ)」なのだから。

ところで「小雪(しょうせつ)」は、その名を「小雪(こゆき)」に読みかえると、どこか愛らしく、多分雪の持つ純白さと、あっ雪だ!と手に受けとめたときの、あっけなく消えてしまう華奢な様が重なって、人々に愛らしいイメージを与える。

今年の冬はだいぶ寒そうだ。

実は、「小雪」の名に最初に思い浮かんだのは、女優の小雪さんでしょうね。彼女が、柔らかな赤ん坊をあやす、moony(紙おむつ)のテレビコマーシャルは・・・ほんわり暖かくていいねえ。それに、赤ん坊は千両役者である。

(追記)野川公園を巡る

野川公園の黄葉

昼下がりの野川公園をのんびりと遊ぶ。

公園北側を流れる野川に沿って下流に歩むと、公園を南北に分ける東八道路をまたぐ陸橋に通じる緩やかな坂道があって、公園南側へ楽に行くことができる。野川は見通しがよいが、元々ゴルフ場だったこともあり、地表が微妙に起伏して、木立も所々に点在する。東八道路の南側の公園は、敷地も広く、木立が多いため、秋の紅葉を楽しむことができる。

公園南側にある散歩道のイチョウがすっかり黄葉していた。実はこの奥に広場があって、幼児を連れた数組の家族が緑の芝の上で戯れていた。

写真の公園は静かに見えるが、木立を揺する風音や、鳥たちのさえずりで結構うるさく、実はしんみりした風情ではない。秋はどうやら色彩を楽しむ季節のようだ。

2012年11月21日水曜日

韓国アイドルグループ歌手の今後の動向

イ・ソンヒがメンター(審査・指導者)として参加した、MBCのオーディション番組「偉大なる誕生」は第3ステージを迎え、歌唱力のある歌手の発掘に余念がない。エンターテインメントの世界は、次代をになう実力歌手の登場への期待がますます大きくなっているようだ。

中央日報は、エンタメ>芸能一般の欄に、グループ歌手の動向を分析して次のような観測記事を掲載した。

韓国アイドルグループ危機論?…「国内市場が飽和状態なら海外に」2012年11月16日14時43分
・K-POPのけん引役を果たしてきたアイドルグループが危機に直面している。今年1年はいつになく多くの新人アイドルグループがデビューしたが、ほとんどはこれといった成果を出せていない。現在のファン層を構築したアイドルグループも、今年はなかなかよい成果を残すことができなかった。「アイドルの流行は終焉した」という観測さえ出ている始末だ。
アイドル市場の飽和状態が挙げられる。アイドルファンは限定されているのに新生アイドルグループが切れ目なく出てきて市場に過負荷がかかった。
・ある大衆音楽評論家は「全般的にアイドルグループが自己複製の末に行き詰まり、アイドル音楽によってこれ以上の新鮮さを与えられなくなったのかもしれない」と説明した。
・アイドルグループが持つ"見せる"音楽そのものの競争力が落ちたという分析もある。1990年代の中盤から後半にかけて、"聞かせる"音楽に代わって"見せる"音楽が凄まじい勢いで成長した。さらに力強く、刺激的に成長した流れに歩調を合わせるなら、しっかりしたシステムを作り競争力のある原石を見つけ出して新しい舞台を見せるべきだったが、そうはできなかったというのだ。

アイドルグループの低迷はここにも…視聴率が物語るその現状2012年11月16日17時27分
・過去数年間、アイドルグループの人気によってスタートした番組すべてが視聴率低調に悩まされている。

音源チャートからアイドルグループ失踪…バブル崩壊か2012年11月15日17時07分
・韓国大手芸能事務所YGエンターテインメントのヤン・ヒョンソク代表は、最近、韓国日刊スポーツの取材で歌謡界の「5年周期論」を取り出した。ヤン代表は「歌謡界ではパターンが繰り返される。5年周期で市場の流れが変わる」とし「アイドル市場の流行はすでに終わった。だから私たちから出す新人のカラーはこれまでのアイドルグループとは違ったものにする」と市場を予測した。
・もう一つ興味深いのは、(略)アイドルグループのファン層の絶対数を占める10代より20~40代のファンの支持が、音源チャートにおいてははるかに重要な役目を果たしていることを示している。

こういう時期だからこそ、先導力、指導力を持ったイ・ソンヒのような実力歌手の重要性が増すだろう。すなわち、マスプロダクトされた商品性の高い存在であるよりも、時代を共存できるアーティストをファンは本質的に望んでいるかもしれない。
なお、断っておきますが、K-POPアイドルグループに対して云々あるわけではないですよ・・・イ・ソンヒのような実力派歌手がもっといいだけですが。

(本ブログ関連:"オーディション"、"昨年のトップ5の歌手(グループ):2011.12.26 Gallup Korea発表"、"韓国ギャラップ調査")

2012年11月20日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 崔慶萬

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/14)に、人物シリーズ54回目として、日本の篳篥(ヒチリキ)に似た2枚リードの木管楽器のピリ(觱篥:피리)の名人、崔慶萬(チェ・ギョンマン、최경만)(1947年~)を紹介した。

始めに、「ピリ」について次のように語られた。
・先史時代の遺跡から、一定間隔に13個の穴が開けられた鳥骨の一片の化石が発見され(1961年)、笛の一種と推測されている。現在伝えられる「ピリ」とは、大きさ、形、音を出す原理など違うが、韓国では口で吹いて音を出す楽器を総称してピリという。
・ピリは長い歴史を持ち、宮中の厳かな儀式音楽から、一般芸人たちの大道芸の伴奏音楽まで、常に<主旋律>を担当してきた。

▼崔慶萬のピリ他による「歌声(ノレッカラッㇰ、노랫가락)」、「青春歌(チョンチュンガ、청춘가)」を聴く。思いのほかシンプルでのどかな響きがする。

次のように崔慶萬のプロフィールが紹介された。
・1947年 ソウルの君子洞に生まれる。
・1963年 国楽芸術高等学校入学。京畿地域の巫俗音楽家出身のチ・ヨンヒに師事する。ピリと、チャルメラのような響きの管楽器テピョンソ(太平簫、태평소)を学んだ後、ソウル市立国楽管弦楽団員として活動を始める。
・1977年 米国に移住。音楽と別に生計を立てつつ音楽活動を継続して、ファーストアルバム「崔慶萬、ピリ演奏曲集」をリリースする。
・1997年 帰国後、国立国楽院の民俗楽団員として活動を始める。
・現役ピリ奏者中、最も演奏に長けているとの評価がある。演奏は、師匠の整えた軽やかなメロディーに、自らの線の太いメロディーを取り入れ、興のあるうちにもずっしりと重みのある音が特徴である。

▼崔慶萬のテピョンソによる、行進曲に使う「ヌンゲ(능게)」を聴く。テピョンソの辺りに撒き散らすような金管の音に思わず寄ってしまう・・・カラッとしてにぎやかで楽しい。

(プロフィールの続き)
・師匠のチ・ヨンヒの指導は、ピリを直接奏するよりメロディーを歌って教える、クウム口音、구음)という方法を多く使った。最近、崔慶萬は、京畿道や西道地方のメロディーを歌ったアルバムを発表、珍しさから注目が集まった。

▼崔慶萬の歌による、「愁心歌(スシムガ、수심가)、「ヨックム愁心歌(엮음수심가)」を聴く。人生の空しさを嘆く・・・淡々とリズムを打つように歌う。
参考)ユルイネ音楽教室の楽譜と解説に感謝。

2012年11月19日月曜日

来年の干支

本屋では年賀状デザインソフトのCD付きムックが平積みされ、郵便局では色刷りの年賀状が売られている。これらは、干支のデザインを用意してくれているので楽ちんである。

でも、自分なりにオリジナリティを持ったものが欲しいなど考えると、干支によって難易度の差が出てくるので大変だ。

「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の干支の内、今年は辰(龍・竜)であり、来年は巳(蛇)である。

今年の年賀状は、ピーター・ポール&マリー(PPM)の歌「パフPuff, the magic dragon)」(1961年)から、歌詞に登場する竜の「パフ」をヒントにしたが、来年の年賀状はどうしよう。蛇の洒落たデザインが思いつかないのだ。

「巳」の文字をヘビに変えても、口先に舌を付けたりすると一瞬で冷めてしまう。哺乳類である人間が先天的に記憶する、恐竜や爬虫類の太古の恐怖から逃れることができないのだろう。蛇はどう考えてもヘビでしかなく、残念ながら可笑しくも可愛くもない。
そこで、日本初のカラー長編アニメ映画「白蛇伝」(1958年)のヒロインを考えたりしたが・・・。いいものはないだろうか。


(付記)
読売オンラインの記事「星出さん、カザフに帰還…船外活動日本人で最長」(2012年11月19日12時33分)によれば、まるで宇宙の申し子のようなお名前の星出彰彦(ほしで あきひこ)宇宙飛行士が、ISSから無事帰還したことを次のように報じている。
・【アルカリク近郊(カザフスタン)=大山博之】星出彰彦さん(43)ら日米露の宇宙飛行士3人が19日(日本時間10時56分)、約4か月にわたる国際宇宙ステーション(ISS)での滞在を終え、ロシアのソユーズ宇宙船で、カザフスタン中部にあるアルカリク近郊の雪原に無事帰還した。
・滞在中に行った星出さんの船外活動は計21時間を超え、日本人宇宙飛行士で最長となった。

宇宙飛行士の活動の驚きが当たり前になり、ニュース記事の取り扱いもだんだん地味になってきている。でも、子どもたちにとっては、相変わらずヒーローであり、次の宇宙飛行士の先導者なのだから。

(付記)
昨日の鉱物採集の疲労で、今日足腰は筋肉痛に極み、とりわけふくらはぎのこりようは尋常じゃない。

2012年11月18日日曜日

小来川鉱山・久良沢鉱山、初雪も

鉱物の会で栃木県日光市にある小来川(おころがわ)、久良沢(きゅうらさわ)の両鉱山に鉱物採集に行く。前者は銅鉱山でラング石などの二次鉱物を、後者はマンガン鉱山でマンガンパイロスマライトをターゲットにする。
早朝、JR目白駅前に集合して大型バスで出発。雨天決行の話もあったが、現地は快晴に恵まれ、かつ紅葉を愛でるチャンスまであったのは幸いだった。そして、なんと初雪まで経験したのだ。

(小来川鉱山)
最初の訪問地の小来川鉱山は、2006年、2007年にも訪れたことがある。そのときは、ズリを這い上がり、山の尾根まで登った。とはいえ、成果は孔雀石程度で悔しい思いをしている。今回、それを挽回したく参加した。
小学校低学年の子どもを含む会員は、20分ほど沢を伝って、低位置にあるズリ(錆びたトロッコが2台横転のまま放置された場所)まで順調に歩をこなしたが、わたしは、岩場に足をもつれさせながらどん尻を拝した。しかも、帰り道も足腰をふらつかせて最後尾だったのだ。幹事の方にフォローいただき感謝。
果たしてこんなことで・・・と落ち込んだことはいうまでもない。体力の衰えを嫌というほど感じた。今後も続けられるだろうか不安だ。

ラング石に会うことはできなかったが、成果は次の通り。
・黄鉄鉱(等軸晶系)、水晶、方解石(三方晶系)、孔雀石・・・種類を膨らましても、こんな感じ。

(久良沢鉱山)
小来川鉱山の上り下りですっかり自信をなくしたのに、大型のバスのため現地横付けが難しく、登りの道路を小一時間歩くことになった・・・またしても最後尾に。ついに腰にはりを感じ始めた。鉱物仲間のY氏に同道していただき感謝。

何度も道端で休憩をとりながら現地に到着すると、川を挟んで道路反対側にあるズリ斜面に会員が張り付くようにして採集を開始していた。
採集に夢中になっているとき、なにか白いものがそばを舞い落ちた。まるで、焚き火の白い小さな灰かと思えるほどのふんわりしたものだ。今年経験する初雪だったのだ。その分、風も吹き込んできた。防寒ヤッケを更に着込んだのはいうまでもない。

幸い目的の鉱物も手にした、結果は次の通り。
・バラ輝石、柘榴石、磁硫鉄鉱、マンガンパイロスマライト
(採集終了後に幹事さんからいただいたマンガンパイロスマライトの方が良品であったが・・・)

繰り返しになるが、今回体力を大いに消耗した。帰宅して湯につかり十分暖めてみたが、足首、膝、腰の疲労は癒えない・・・本当に疲れてしまった。

2012年11月17日土曜日

イ・ソンヒの「クデヨ」 (再)

一日、雨が降りやまず身動きできない。といって、実りあることをするでもなく過ごしている。雨風の音も次第に強くなってきた。

傷心のまま雨降る街をさ迷い、少女は待ちつづけ、問いつづける。イ・ソンヒの歌う、5集所収の「クデヨ(貴方よ、그대여)」(キム・ポムニョン作詞/作曲、1989年)は、熱い情熱を冷めずいて、それながら静謐さえ感じさせる。再び同じ映像・音源であるが視聴してみよう。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「クデヨ」")



(Youtubeに登録のkoreanballdsに感謝)

2012年11月16日金曜日

(資料)「母をお願い」の中で母がうたう歌 (続)

先日登録した「(資料)『母をお願い』の中で母がうたう歌」の続編として次の歌を記す。
申京淑著「母をお願い」(安宇植訳、集英社文庫)の三章で、妻について何一つ思い遣りをかけなかった夫(「あんた」)が、やがて妻が「愛とは何かと訊かれたら」で始まるうたを歌っていたことを思い出す。
ソン・テグァン(宋大琯、송대관)の歌に「愛とは何かと訊かれたら(사랑이 무어냐)」(作詞:ソン・テグァン作曲:チェ・チョンファン)があるようだが、このことだろうか。ただしYoutubeで聞くことができないのが残念。

(本ブログ関連:"(資料)「母をお願い」の中で母がうたう歌")


さて今晩、韓国文化院で、韓国文学翻訳院「東京フォーラム」が催され、「母をお願い」の著者申京淑(シン・ギョンスク、신경숙)と日本側の作家島田雅彦の両氏による対談があった。フォーラムの最後に、この作品の成立について著者が次のように語っていたので記す。
・2年越しに、新しい作品を書きながら手をつけた、300ページ程度の作品だった。
・ただし、機が熟してないと感じていたとき、出だしの「お母さん(オンマ)の行方がわからなくなって一週間目だ」が浮かんだ。こうすることで、いろいろな可能性を棄て、同時に展開と整理ができた。

この作品の「作者あとがき」に、「連載を終えてからも苦心の末に、オンマを生き返らせるためにエピローグ『バラのロザリオ』編を書き上げた」と記している。「連載」とはエピローグ以前の一章から四章を指しているのだろう。

作品は、北京オリンピック前年(2007年)の夏の土曜日に、地下鉄ソウル駅で夫とはぐれた母親に密接な肉親をそれぞれの章において語る。作者は、一章では作家の長女を「あなた」といい、二章では長兄を「彼」といい、三章では夫を「あんた」 といい、四章では母親自身を「あたし」、次女を「あんた」という。しかも同じ四章で貧しい頃に母親が出会った「あんた」までもが登場する。

しかも、四章で母親が学生時代の次女と行動を共にしたり、土俗的世界が混在したりするあたりから、エピローグでバチカンにあるピエタ像に母親を重ねるまでの表現は難解だ・・・文学はやっぱり難しい。

(本ブログ関連:"申京淑")

2012年11月15日木曜日

陶淵明-2

陶淵明の詩についての市民講座の2回目を聴く。「帰去来の辞」につづいて、今回は「田園の居に帰る五首」中の、其の一、三、四と、「斜川(しゃせん)に遊ぶ 并(なら)びに序」について解説された。

「田園の居に帰る五首」中の、其の一の詩中にある次の対句に興味があった。
狗吠深巷中   【狗(いぬ)は吠ゆ 深巷(しんこう)の中(うち)】   犬が奥まった路地で吠えていたり
鶏鳴桑樹顛   【鶏(にわとり)は鳴く 桑樹(そうじゅ)の顛(いただき)】   桑の木のてっぺんで鶏が鳴いている

この対句について、老子の描く理想郷に通じるとのこと。そういえば、使用のテキスト後半にある有名な「桃花源の記」に「鶏犬相聞」もあって、犬や鳥ののんびりした鳴き声は、桃源郷のひとつのシンボルのようだ。

現世は、自宅で鶏を飼う人はいないし、流行の小型犬は鳴き声をあげないものが多いようで、桃源郷とは反対の世界だ。

また、漢字の特性について次のような説明があった。
表意文字である漢字は、名詞にも動詞にも形容詞にもなり得る。例えば、「種(たね)を種(う)える」というふうに同じ漢字を名詞と動詞に使うことができる。なるほど・・・言葉(文字)をきちんと見つめていない者としては、客観的に気付かされました。

ところで、気になる点がある。陶淵明の詩中で使われる「自然」という言葉だ。この「自然」を、時代に分けて解釈したらどうなのだろうか。例えば、陶淵明の1600年前の東晋時代、あるいは蘭学以前の江戸時代、そして現在において、「自然」という言葉の理解や認識の差によって、詩の解釈も違ってくるような気がするけれど・・・どうだろうか。

2012年11月14日水曜日

(資料)「母をお願い」の中で母がうたう歌

申京淑(シン・ギョンスク、신경숙)の小説「母をお願い」(安宇植訳、集英社文庫)の中で、長兄をソウルに送り出した後、切ない思いをする母親(オンマ)について触れるところがある。庭先に並べた容器の甕(かめ)をこすりながら、遠くの息子に心通わせようと母親が口ずさむ。

(第一の)主人公である娘は、母親の心境と涙に気付いていたろうに、その後ろ姿に「オンマ!」と呼びかける・・・。

そのとき、母親の口からトロットの一節を聞いている。ナムジン(南珍、남진)の「カスマプゲ(痛心、가슴아프게)」(1967年)の出だしの「わたしとあなたの間にあの海がなかったら/辛い別離だけはなかったろうに・・・・・・」や、ナフナ(羅勲児、나훈아)の「愛は涙の種(사랑은 눈물의 씨앗)」(1968年)の「・・・・・・いつかあなたは/わたしを棄てたりなさらないでしょう」だ。

(Youtubeに登録のmomo86ist、sclctradingに感謝)

(本ブログ関連:"申京淑")

2012年11月13日火曜日

深まる秋

小金井公園をぐるりと廻りながら、今晩韓国語教室のまとめテストに向けて、ICレコーダー*に収めた会話を聴く。
(*)CD収録の会話をMP3に変換して携帯デジタルプレイヤーに収めればよいのだが、面倒なのでパソコンで再生した音を、ICレコーダー直付け録音した。やってることはアナログである。

公園の木々は、赤・黄色に染まって秋を演じている。手入れの届かない公園奥の木立の下には、枯葉が積もっていた。
太陽が雲に隠れると急に辺りがヒンヤリとしてくる。客もまばらな公園売店前にあるテーブルで、熱々のおでんを食う・・・温まるねえ。まあ、こんなわけだから語学の勉強もはかどらない。

当地は野川崖線がぬっているため当然坂道が随所にあって、教室の往復に利用する。西武多摩川線をはさんだ「二枚橋の坂」は、旧坂の方が傾斜が急であり、帰りに少々しんどい。おまけに、今晩は秋の風も吹き抜けて寒いのだ。そんな坂道を上がっていたら、腰ほどの木立の中から子猫の泣き声がする。この冷え冷えした夜、何かを求めて呼んでいるような気がした。けれど、芭蕉の「野ざらし紀行」にある、あのいたたまれぬ句を想起しながら坂道を上りきってしまった。

ところで、テスト結果は・・・轟沈でした。

2012年11月12日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 情歌楽会

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(11/7)に、人物シリーズ53回目として、国楽室内楽団「情歌楽会(チョンガアク会、정가악회」(2000年~)を紹介した。

始めに、「情歌楽会」の活動の趣旨について次のように語られた。
・芸術の分野では、自分だけの色、つまり個性を出すことができて初めて認められる。国楽界では、フュージョン音楽を追求する若者が増え、大衆の関心もこういった新しい音楽に向いている。
・情歌楽会は現在より、過去・未来に目を向けた活動を行っていて、伝統音楽をより深く、創作音楽はより広く、そして国楽をあまり耳にしない人々をも巻き込んで音楽を作っている。

▼情歌楽会による、慶州良洞村(?)で見つかったという「女唱歌曲(여창가곡)」から 「編数大葉(편수대엽)」を聴く。このゆるりとした感じ・・・とても舞踏的な気がするけれど。

伝統音楽は、韓屋の室内構造、規模に合ってこそ響きを際立たせる。情歌楽会は、韓屋でレコーディングした二つのアルバムを含めて、3枚のCDをリリースした。

次のように情歌楽会のプロフィールが紹介された。
・2000年 情歌楽会創立。伝統音楽の中でも正楽(昔のソンビの風流音楽)に注目して活動を始め、メロディーを再構成し、新しい楽曲を作り出した。
・現在、情歌楽会は音楽団体というより、音楽家たちがその構成員となる企業の形をとっている。

▼情歌楽会による、「情念(정념)」の中から「人間(인간)」(ユン・ヘジン作曲)を聴く。現代曲風リズムと始原的な音色が重なり合う。

・情歌楽会の音楽は、一般的なフュージョン音楽と違い、また昔の音楽家とは少し違う方法で、自分たちの世界を構築している。新しい道へ導く、国楽界の新たな光のような役割を果たしているのではないだろうか。

▼情歌楽会による、「ジュル(弦)風流(줄풍류)」の中から、「細霊山(세령산)」を聴く。上品な汎東洋的な香りがする。

(追記)
情歌楽会は、確かに今様なスタイルをとっていない。伝統的な音色を大切にしているようだ。こんな継承があるのだとはじめて知った・・・ちょっと気になる。

2012年11月11日日曜日

漢字

夕方降り始めた雨は、深夜を境に明朝には静まるようだ。

今晩放送のNHKスペシャル「中国文明の謎 第2集『漢字誕生 王朝交代の秘密』」はおもしろい。漢字の起源(甲骨文字による占い)と特徴を紹介した。三千年前の殷時代に登場した漢字の歴史の裏表(恐怖政治)は少々気が滅入るが、その後歴史に受け継がれる表意文字の漢字は、時代を超えて意味を持ちつづけ、空間の広がりで意味を拡大した。

表意文字の漢字の重みと柔軟性にあらためて気づかされる。他方、表音文字カタカナの蔓延に言葉の理解の仕方も変わっていくのではと気掛かりだ。

・・・夜分、雨音が急に止んだと思っていると、またしとしと雨音がしてくる。やっぱり一晩中降るようだ。

2012年11月10日土曜日

イ・ソンヒの「恋文」

美しい序奏で始まる、イ・ソンヒのアルバム7集(1991年)に所収の「恋文(연서)」は、彼女が持つ少女のような一面をあらわしている珠玉の一品だ。

ぽっかりと空いた少女の心を埋めるのは、置かれた写真からの視線ではない、思い出の言葉でないのだと、切ない心の恋文を送る。・・・かわいらしいね。それにしても美しい曲だ。
Youtubeのイ・ソンヒの写真に、彼女の少女時代の面影が見えませんか。素晴らしい選定だ。

(本ブログ関連:"7集")



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2012年11月9日金曜日

小金井公園秋逍遥


公園東側散歩道
昼下がり、小金井公園東側にある、テニスコート脇の散歩道は木々の一部が紅葉して秋の気配を感じる。 とはいえ、落ち葉が風に吹かれたり、枯葉が重なるほどではない。深まる秋を楽しみたい。

公園中央「いこいの広場」のユリノキは、洒落た木立で全体に黄葉が進んでいる。秋のロマンチックな気分に浸りたいならここがよいかもしれない。

「こどもの広場」に小学校の低学年らしい集団がいて、帰り支度をする様子をしばらく見た。22名の生徒を、4、5人の先生方が引率している。さて、一列に前並びして、順に番号を言わせるのが面白い。ひとりひとり番号を口にしながら回れ右するのだが、女の子は何事も静かでゆっくり声を出し回転するが、男の子ときたら、例えば、「ななっ(七)!番~ん」てな具合で、元気よく大声を出しながら飛び上がって回転する。22番目まで言わせるのは大変だ、先生方お疲れさまです。そんなことも知らず、低学年の小学生一団は、元気よく手を振りながら一列になって帰っていった。楽しい眺めだった。

(本ブログ関連:"ちいさな男の子は阿呆である")

2012年11月8日木曜日

今日の記事:イ・ソンヒ(李善熙)

Google検索で、「期間指定」を24時間以内にして、「이선희」(イ・ソンヒ)を調べると、上位記事に歌手イ・ソンヒ(李仙姫)について見られず、三星ライオンズ所属のスカウターであるイ・ソンヒ(李善熙)が、ハンファ・イーグルスにコーチとして迎え入れられた・・・ということばかりだった。

歌手イ・ソンヒが検索のトップ(2ページに渡って)に上がらないなんて、こんなことは珍しい。ハングル氏名では男女の区別ができないことがある。

ちなみに、李善熙の経歴は次の通り。(Daumスポーツ掲載のxportsニュース記事(11/8))
・慶北高校を卒業した、李善熙(現コーチ)は、プロ元年の1982年~1987年まで三星ライオンズとMBC青龍を経て6年間通算133試合に出場し、28勝36敗3セーブ、防御率3.35の成績を残した。
・以降、1994年~2000年までハンファのコーチを歴任し、2000年~2007年までは古巣チーム三星のコーチを務めた。2008年からは三星のスカウターを歴任した。そして(今回)、2000年代初頭一緒だったキム・ウンリョン監督が率いるハンファのコーチ生活を始めることになった。このコーチの職務は今後決定され、投手パートを引き受けるものと見られる。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

2012年11月7日水曜日

立冬2012

今日は、立春から数えて19番目の節気「立冬」である。「」の始まりなのに、最高気温はなんと20℃(立川市、Weathernews)になった。平年7日の最高気温は、18.3℃(府中市、1981年~2010年)なのだから随分と暖かい。とはいっても寒がりなので、先月中旬からガス・ストーブを使っている。

健康体操教室で汗をかいて帰り道、マクドナルドに寄って窓際の暖かい席に座ると、ガラス窓越しの陽射しを浴びてうつらうつらしてくる。文庫本の同じページを何度も読み直す。

本格的な納得できる冬はいつ来るのだろうか・・・気付いたときが冬というわけだろうけど。立春(来年の2月4日)になっても、まだ寒い寒いといっているだろう。

2012年11月6日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴松熙

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/31)に、人物シリーズ52回目として、パンソリの歌い手(ソリックン、소리꾼)で、今年85歳になる朴松熙(パク・ソンヒ、박송희、1927年~)を紹介した。
解説の岸さんの熱い語りにいつも感銘を受けます。

まず、「口伝授心」の説明から始まった。
・弟子は「師匠の影は踏んでもならぬ」という、常に師匠に対する尊敬の念を持つ意を込めた言葉がある。伝統音楽の国楽も、口伝えて心を授ける「口伝授心(구전심수)」という、師匠と膝を向かい合わせて、一節一節、聞き取って、師匠の歌をひたむきに守ることを通して確立された。
師匠の存在が格別な存在であったことも分かる。

師匠の教えを守ったパンソリの歌い手、朴松熙の歌を聴く。
▼朴松熙による「興夫歌(흥보가)」の中から、<ノルブ(놀부)の二つ目の瓜から大道芸人たちが出てくる場面>を聴く。こぶとり爺さん、舌切り雀、あるいは金の斧か・・・とにかく元気で威勢がよい。

(本ブログ関連:"興夫歌"、"甫歌")
 
次のように朴松熙のプロフィールが紹介された。
・1927年 全羅南道和順に生まれる。
・10代前半の頃から複数の師匠に師事しパンソリのみならず歌や舞を学ぶ。
・結婚して田舎で農業を営みながら村人に公演などしていたが、夫の死後、ソウルで朴綠珠(パク・ロクジュ、박록주)名唱と出会い、「春香歌(춘향가)」、「興夫歌」、今は忘れ去られた幻のパンソリ「淑英娘子傳숙영낭자전)」など学ぶ。
・また朴鳳述(パク・ボンスル、박봉술)名唱から「赤壁歌」の伝承を受ける。

▼朴松熙による「赤壁歌(적벽가)」の中から、「軍士点考(군사점고)」を聴く。歌というより語り・・・。
・中国三国志に由来する赤壁歌だが、歌中に韓国固有の情緒が(空想により)込められている。

・2002年、パンソリ、フンボガの芸能保有者として指定され、伝承が絶えたといわれている「淑英娘子傳」などを音源として残した。

▼朴松熙による「淑英娘子傳」の中から、<仙君(선군)が淑英(숙영)を恋い慕う題>を聴く。夢と現実が交流し・・・現実に救われる不思議な話。物語伝承として聴きたい。

2012年11月5日月曜日

イ・ソンヒの「分かりたいです」

イ・ソンヒが2009年5月のコンサートに向けてメディアに登場したひとつに、MBCの番組「音楽の旅 ラララ」(2009年3月26日)がある。その中で、彼女の代表曲「分かりたいです(알고싶어요)」を歌っているのをYoutubeで聴こう。。
忍び入る月光のような青い明かりを背に受けて、かわらぬ高趣ただよう彼女の姿を見ることができる。全画面、画質を上げて視聴したい。

(本部ログ関連:"分かりたいです")



(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2012年11月4日日曜日

四谷で鉱物の会 12-11-4

四谷へ鉱物の会の例会に行く。この時期、プログラムのメインは夏休み報告で、会場は大盛況、会員であふれていた。
基本的に夏を中心に、鉱物採集した産地、採集物、地元状況などの成果について、会員がひとりひとり報告する。なかでも、秋田県(A鉱山)と愛知県(T鉱山)の採集報告が重なった。多数の会員が同一鉱山におもむいたようだ。それから最近の傾向だが、親子連れの新入会員が増え、子どもたちの自己紹介がほほえましかった。
また、会員有志による群馬県沼田周辺のミニ鉱物採集会の丁寧な報告があった。

ちなみに私の報告は、8月末に栃木県西沢鉱山へ行ったこと。10月初めに秩父鉱山大黒坑でブーランジェ鉱を手に入れた(いただいた)こと。10月末に東京都埋蔵文化財センターの見学会で滑石を使って勾玉作りを・・・まず砥石で大きく削り取り、鉄ヤスリ、サンドペーパー、水ペーパーなどで整形し、最終的に感熱型のレシートで磨くと光沢が増して綺麗に仕上がる・・・ことを。

ところで、いつもお世話になっている筑波の研究者S氏から、鉱物の学会で催された巡検に参加して採集した標本をいくつか分けていただいた。
・桜石(京都府亀岡): インド石を核に菫青石が周りを囲むように成長。断面が花弁に見えて美しい。
・正長石(大阪府能勢町): がっつり組み合ってカルルスバット式双晶がわかる。
・高温型石英(大阪府能勢町): しっかり両錘状だ。
・コーク石(兵庫県猪名川町): 希少鉱物だそうだ・・・黄土色皮膜の地味な鉱物。

また、毎回会員が提供する鉱物標本をいただいた。
・水晶(秋田県大仙市A鉱山)
・緑水晶(秋田県大仙市A鉱山)
・黄鉄鉱(岩手県北上市S鉱山)
・赤鉄鉱(岩手県北上市S鉱山)
・砂(モロッコ、サハラ砂漠)

2012年11月3日土曜日

標本の整理

鉱物標本の置き場に困り、仮置きしたつもりの応接間も埋まってしまった、どうしよう。

むかし採集しながら、ラベル紛失など整理不十分で産地不明になってしまったものの、綺麗というだけで残していた石を、とうとう玄関先の窪みに置いて(というより捨てて)しまった。他に持っていく処はないのだから。

横を通るたび、光をうけてキラリと輝く水晶の群晶、鮮緑色が美しい孔雀石、ピンクに染まったバラ輝石・・・色は混じり光が散乱している。半分楽しみ、半分心苦しく思っている。

まだまだ、未整理品がいっぱいある、どうしょう。

2012年11月2日金曜日

カマキリ

昼の日向、外出しようと鉄製の門を見ると、暖かい陽射しに鮮黄緑の色を透かした体長10cm程のカマキリが動かずにいた。ぬくい、むしろ熱いくらいの門にじっと佇み温まっているのだろうか。

この時期に?とWikipediaを見れば、「野生下においては、関東以西では雄個体は10月中~下旬頃、雌個体は11月上~下旬まで見られる」とのこと。はたして、今日見たカマキリは雄だったのか、それとも雌だったのか。美しい体色から想像するに雌だったのでは・・・。この時期はカマキリの産卵期でもあるそうだから。

ところで、子どものころ平気だったカマキリの手づかみを今はできない。その理由がないからだ。じゃあ逆に、子どもは何で平気で虫に手を出すのだろうって考えてしまう。とにかく触りたいという燃えるような好奇心をすっかり忘れちゃったみたいだ。

カマキリの名を漢字で「蟷螂」とあらわすが凄みが感じられない。虫偏に「當」と「郎」に一体どんな意味があるのだろうか。むしろ、和名の通り「鎌斬り」とでもすれば、あの前足で身構える姿に通じてピッタリするのだが。
・・・それに、韓国語でカマキリと疣(いぼ)が何で同じ「サマギィ(사마귀)」なんでしょうね。しかも英語では「祈る(praying)カマキリ(mantis)」だし。

さて、家を出て振り返って見ると、門にカマキリの姿はなかった。どうやら邪魔しただけのようだ。

2012年11月1日木曜日

陶淵明-1

中国朝時代の詩人陶淵明(365年~427年)の描いた世界について、市民講座があり出かけた。今日は講義の初回で、全5回を予定している。

漢詩・漢文は、高校時代の授業が最後で素養もないにもかかわらず、今回受講した目的は、先日ブログに記した通り、イ・ソンヒの歌「分かりたいです(알고싶어요)」に付された漢詩について知りたいからだ。
(この漢詩の由来は承知のうえで・・・)

さて、地元公民館の教室は、多数の聴講者が集まり埋まっていた。講師は、入門書「MY古典 陶淵明のことば」(斯文会)をテキストに同著者の田部井文雄氏が解説された。(以下同書より)

初回講義は、「帰りなんいざ、田園 将(まさ)にあれなんとす・・・」で有名な「帰去来の辞」だ。詩四段の書き下し文、語句について順に解釈された。陶淵明が職を辞して帰郷するという意気盛んなイメージがあったが、人生の有限を嘆じていることまで含まれていたとは知らなかった(忘れていた)。
すなわち、「已(や)んぬるかな/形を宇内(うだい)に寓すること復た幾時ぞ」(ああ、もう終わりなのだなあ/この身をこの世に生き続けさせるのも、これからどれほどの間のことであろうか。)とうたいながらも最後に、天命にまかせて疑いを持たず生きようとする。けれど・・・。

それはそうと、これからイ・ソンヒの「分かりたいです」の漢詩(蕭寥月夜思何事 ~)を調べてみようかな。

2012年10月31日水曜日

サンフランシスコに行くなら夏がよい

本屋に行けば、来年のカレンダー、手帳、年賀状のソフトCD付ムックがずらりと並んでいるし、スーパーなどでは、おせち料理の予約が始まっている。押せ押せムードで、消費を押しまくっている。

今日はハロウィン(祭り)で、舶来品の臭いがして少々異論があるが若者たちの馬鹿騒ぎならともかく、先日多摩センター駅前で若い親たちが子どもに揃って魔法使いの衣装を着させているのを見たとき、力が抜けてしまった。まだ風習になっていないだろうに、その気持ち超早くない?

ところで、健康体操教室の若き指導者が、イタリアのベネチアに旅したばかりなのに、今度はサンフランシスコに行きたいなどと、楽しいことを言っている・・・元気な人はいいねえ。

そのむかし、フラワー・チャイルドなどといったヒッピーの住む街、サンフランシスコに行くのなら、こんな歌はどうだろうか。スコット・マッケンジー(Scott McKenzie、1939年1月10日~2012年8月18日)の「花のサンフランシスコ(San Francisco)」(1967年)が懐かしい。(・・・財津和夫の声質を思い出す)
まだ若者たちが異議申し立てできた(していた)時代の歌だ。当時、日本の大学構内では、ジーンズを穿いているかどうかで、思想信条の違いまで色分けされたときがあった。



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2012年10月30日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 バイナログ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/24)に、人物シリーズ51回目として、若手フュージョン国楽グループの先頭に立って活動しているグループの「バイナログ(vinalog바이날로그)」を紹介した。
解説の岸さんの熱い語りが、とても印象的でした。若いひとはそうなんだろうな。 

まず、「フュージョン国楽」の解説から始まった。
芸術家にとって、伝統は引き継ぐだけでなく、その枠を超えて時代の変化を取り入れ、自らの個性をも表現したとき、ようやくその価値を見出すといわれる
・昔、歌い手は他人の歌を真似て歌うことを「写真歌(사진소리)」といって嫌った。伝統を背景に目まぐるしく変化する現代、「フュージョン国楽」という国楽発祥のフュージョンがあって、大衆に合う音楽を作ろうと活動する音楽家たちがいる。活躍するグループに「バイナログ」がいる。

▼バイナログによる「chicken run」を聴く。・・・ケーナ(Quena)に似て明るく、まさにワールドミュージックの響きだ。

次のようにバイナログのプロフィールが紹介された。
・バイナログの名は、レコード盤を表す「バイナル(vinyl、米俗)」と「アナログ(analog、米)」を合わせた、豊で温かい質感のある音を追求する意を込めている。
・メンバーは、打楽器と歌、管楽器のソグムタンソなど、作曲とピアノ、そしてギターを担当する4人である。
・2003(2004?)年 結成。感覚的なメロディーとリズムで、若い世代を中心に大きな反響が寄せられた。

▼バイナログによる「君と僕(영나영)」を聴く。・・・これも、ワールドミュージックというんだろうね。

・2012年9月 全州の音楽祭でフュージョン国楽グループがパフォーマンスを競い大賞を受賞。

▼バイナログによる「Land of Morning Calm」(朝鮮?)を聴く。これは地の香りがする・・・いいよ。

2012年10月29日月曜日

イ・ソンヒの「冬哀傷」

冬の夜中、熱々のインスタントラーメンがうまくなる。できあがるのに3分間というけれど、茹でたりして調理すれば5、6分間はかかるだろう。そんな短時間に友人が作った歌詞を受けて後、作曲家が作り上げたのが、何とイ・ソンヒの「冬哀傷(겨울애상)」(歌詞、1989年、5集:作詞キム・ヨイル(김요일)、作曲ソン・シヒョン(송시현))だ。

冬の夜、青い月の光を受けて、凍える心・・・イ・ソンヒの澄んだ声が冷たい冬の空気に共鳴するようだ。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「冬哀傷」を作詞した場面"、"アルバム紹介:イ・ソンヒ 4集+5集(All That Masterpiece)")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年10月28日日曜日

勾玉作り

小雨降るなか、午前・午後の半日をかけて、多摩センターにある「東京都埋蔵文化財センター」の見学会に行く。主催は、地元小金井公園に併設の「江戸東京たてもの園」(友の会)である。ちなみに、同園で開催中の「武蔵野の歴史と考古学展」は同センターと連携している。
今回、センターの収蔵庫をのぞいたり、勾玉作りをしたり貴重な経験をさせていただき、関係者に感謝です。

午前は、最初にDVD(フジテレビの放送映像)による、縄文時代のクッキー(パン)作りの紹介を見る。マテバシイ(ブナ科の常緑高木)のドングリの実を使ったもので、手近な材料であらためて真似したくなる。縄文の食事は、温暖化による広葉樹林のおかげである。
同センターは、本年度の企画展示として、「縄文人の食事」をテーマに縄文時代の人々の食生活を紹介している。多摩センター地域は内陸地のため、縄文人の食材はもっぱら木の実、獣、川魚などが中心で、海産物を食べた痕跡はないそうだ。
次に、展示室と遺跡庭園の竪穴住居(再現)を巡る。展示室の縄文土器が新しくなるとともに大きくなることについて、貯蔵が目的だったのではという解説があった。時代とともに、食料の生産力も上がってきたことがうかがえる。遺跡庭園で驚いたのは竪穴住居が、内部で火を焚くと意外に暖かいのだ・・・とはいえ、室内は暗く、煙通しが天井にあるが、さぞ煙たかったことだろう。この生活を、私たち先祖は生まれてから死ぬまで何代と過ごしたことになる。
庭園は、北側に川を望む丘地にあり、崖下に湧水を得られる、実際に縄文人たちが生活した場所である。
縄文時代(前13000年~前2400年頃)は、集落の規模も小さく、互いに争いをした形跡は残されていない平和な時代だったようだ。残念ながら、当時の子どもたちの世界を垣間見ることのできる遺物(たとえば玩具のようなもの)は、まだ発見されていないようだ。

午後は、勾玉作りだ。実は参加者に子どもたちが多ければ席を譲ろうと思っていたが、真反対の世代ばかりのため、安心して製作に励む。勾玉の石材といえば、糸魚川の翡翠を思うけれど、今回は超柔らかい硬度1の滑石(チョークの材料)を使って指導を受けた。結果は左写真の通り・・・まんざらでもない。
直方体の滑石の石片に、勾玉の図柄を描き、砥石で削り取ることから始まる。順次、鉄ヤスリ、サンドペーパー、水ペーパーなどを使って整形する。ところで、指導の方から、感熱型のレシートはさらに細かい仕上げに使える・・・とのことで使ってみれば、なるほど艶がでてきたから驚き。

2012年10月27日土曜日

パスワード設定

「パスワード設定に気を付けて」といわれて久しいけれど、いまだに安直なものが多いそうだ。
IPA(情報処理推進機構)の「1.4.1 類推しやすいパスワード例」を次のように例示している・・・一度はやらかしたことがあるものばかりだ。

・ユーザ名と同一
・姓名または姓名の片方(yamadaやtaro)
・ユーザ名に数字を加えたもの(yamada01)
・製品名や商標名(WindowsやUNIX)
・名詞(bookやpencil)
・地名(tokyo)
・組織の略語(ipa)
・規則のある数字や英字(777やabcde)
・キーボードの配列(qwert)


ところで、中央日報の記事「米国 '今年最悪のパスワード'...'password'」(10/27、連合)は、パスワード設定について孫・孫引きで話題を報じている・・・こちらの方が、よりリアリティがある。

・'password'、'123456'、'12345678'、'abc123'、'qwerty'・・・
・パスワード管理アプリケーション「スプラッシュ・データ(Splash Data)」が選定した、今年の"最悪のパスワード"リストだ。

26日(現地時間)CNNインターネット版によると、スプラッシュデータは、ハッカーがオンラインサイトで盗み出して公開したパスワードを集計して「最悪のパスワード」を選定した。
・特に 'password'、'123456 'と'12345678'は、昨年にも最悪のパスワードに選ばれた。
'monkey'、'letmein'、'dragon'、'111111'、'baseball'なども10位圏内に入った。
このほか、 'iloveyou’、'welcome'、'123123 '、'jesus'、'password1'なども25位内に選ばれた。

くわばら、くわばら・・・である。

2012年10月26日金曜日

イ・ソンヒの「思い出のページをめくれば」

ひとは夏の終わりに過ぎ去った物語に気付き、葉の落ちる秋にようやく思い出のページをめくるようになる。
イ・ソンヒは、2003年のインタビューの中で、自身の曲から40代が記憶する「Jへ」(1984年)と、30代が(記憶する)「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、6集)を最も印象的な歌に選んだという。後者はファンが「最もイ・ソンヒらしい曲」と感じるという説明を付け加えたそうだ。

この「思い出のページをめくれば」こそ、彼女の音楽家として大きな変曲点となった作品である。

(本ブログ関連:"思い出のページをめくれば")



(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2012年10月25日木曜日

ハロウィンのイメージ

ハロウィンを知ったのは、だいぶたってのこと。高校時代に、レイ・ブラッドベリ好きがいて、作品を紹介されたのがきっかけだ。

最初に読んだ、ブラッドベリの短編集「10月はたそがれの国」(創元SF文庫)の表紙に、ジョーセフ・ムグナーニ(Joseph Mugnaini)による、捻じ曲げられたように古びた陰気な家屋が描かれていたのを記憶している。ファンタジー・マニア好みのイラストである。

ブラッドベリの作品に、ハロウィンを題材にした物語がいくつもあるが、そこには邪悪なものが漂うマジカルな印象が共通する。見えないものが見えてしまう子どもたちの恐れをハロウィンは抱えている。ハロウィンの夜、だが重く塗り込められた暗闇に対する子どもたちの視点をブラッドベリは忘れていない。

そんな印象があってか、今流行の「ハロウィン」にはちょっと違って、若者たちのお祭りのようなものを感じる。ファッション・ショーなどのイベントで、「ハロウィン」舞台に立つ子役たちが怪しい衣装を着ても、実際ご近所を夜な夜な菓子もらいに巡る彼らと会うことはないだろうし・・・今のところ。

闇にうごめく邪悪なものを感じさせないハロウィンは、子どもたちの心に残るだろうか。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

2012年10月24日水曜日

(資料)レジェンド・プロファイル16弾-イ・ソンヒ

Daumミュージックに掲載のスペシャル企画連載「レジェンド・プロファイル16弾-イ・ソンヒ」(ムン・ジョンホ、2011年12月8日)に、イ・ソンヒのデビュー(1984年)から2000年に至るアーティスト(音楽家)としての変遷を、1990年代の変換に焦点をあて相当辛口ながら次のように記している。感謝。

(1980年代)
・イ・ソンヒといえば、常に少年のような顔とズボンだけに固執する特有の衣装スタイル、小さな体躯にもかかわらず客席の規模を問わず聴衆を圧倒させるすっきりした歌唱力などが思い浮かぶ。これは、ほとんど1980年代に確立され、今日まで続いているものである。俗に言うイ・ソンヒの黄金時代も1980年代に集中している。
1984年、第5回MBC「江辺歌謡祭」で大賞を受賞し、彗星のように登場したイ・ソンヒは、文字通り時代を代表するに不足ない活動を示した。特にヒット・ソングを量産して送り出す能力だけ見れば、同時代にイ・ソンヒより優位を占めることができる名前はほとんどない。いちいち羅列するのが難しい(音楽)チャートの成績や受賞歴がこれを代弁する。その中のいくつかは単発のヒットにとどまらず、時間と世代を超えた国民歌謡の位相さえ獲得した。
大衆にはじめてイ・ソンヒを刻印させた「Jへ」が代表的だ。「あ! 昔よ」と「ヨン」、「私はいつもあなたを」なども美しい曲だ。TVアニメ「走れハニー」の主題歌も欠かすことができない。真にすべて、時代が要求する健全さの標本であったし、イ・ソンヒもまたそのような役割を厭わず、国民の自負心を鼓吹させる歌もよく歌った
今でこそ「美しい江山」を聞いて、果たしてこれが原作者の意図を十分に反映した再解釈か疑問を持つが、当時国民学校低学年子供の胸まで食い込んだ痛快さを、熱心でなかった感情で片付けたくない。思い出をちょっと美化したいのに、窮屈にしてるんじゃないではないかと?

(1990年代)
・2000年代を生きていくということがちょっとうんざりされる頃、1990年代の音楽は豊かさに満ちていた時代の産物と格上げされた。しかし、1990年代に全盛期を享受した音楽家たちの大部分は、2000年代に入ってネームバリューのみ残しただけで、実質的に影響力を行使できなかった。
イ・ソンヒには1990年代がそれにあたる。1990年代がとうてい理解できないラップとダンス音楽であふれるロマンも何もない時代と呼ばれた時、イ・ソンヒは1980年代に全盛期を送った昔の人というだけだった。発表するに従い、誰でも歌える流行歌で作った1980年代のイ・ソンヒは最早存在していなかった。
しかし1990年代は、イ・ソンヒが最も意欲的に正規アルバムを作業していた時期でもある。当時、発表された結果を見れば、いかなる意味では1980年代よりさらに興味深い内奥がある。事実イ・ソンヒが1980年代に発表したアルバムは、流行歌の歌集としては優秀かも知れないが作品としての満足感はとても低い方だ。しかし1990年代のアルバムは、作品単位で何か残そうとする意志が強くうかがえる。例えば、本格的に国楽を試みた「小船(조각배)」(1992年、8集)と、はじめて自作曲で満たした「First Love」(1996年、10集)、はじめて1990年代(音楽)語法を受け入れ始めた「Dream of Ruby」(1998年、11集)などは、以前と差別される内容で面白味を与えた。微弱なチャート成績により大きく注目をあびられなかったが、イ・ソンヒそれなりに、絶えず新しさを追求して変化を模索したのだ。 これはボーカリストを越えた音楽家としての可能性である

(1990年代から2000年代へ)
・もちろん、そのような試みが完全に優れた結果を残したわけではない。「小船」での国楽の導入はボーカリストとしての地位が再確認させてくれただけで継続的な成果につながれなかったし、「First Love」は、唱法の変化と多様なジャンルの選択(権)を提示したが、開始段階以上ではなかった。メガネをはずし撮ったジャケット写真が印象的な「Dream of Ruby」は、1990年代に流行した作法とラップを導入するなど、視覚的な部分で予告されたように、非常に破格的な変身を込めたがあまり似合わなかった。
1990年代にイ・ソンヒが残した成果の中で最も素晴らしいアルバムは1980年代の方法論をより一層完成度あるように実現した「思い出のページをめくれば(추억의 책장을 넘기면)」(1990年、6集)である。クラシックの旋律を加味して気品を高めることに肯定的な影響を及ぼした 「思い出のページをめくれば」とブルースを試みた「懐かしさは去って」、イ・ソンヒ特有の迫力を感じることができる「懐かしい国」などが入れられた「思い​​出のページをめくれば」は1990年代だけでなく、全体の結果を見てみても断然引き立って見える。

(本ブログ関連:"思い出のページをめくれば")

しかし、イ・ソンヒが1990年代に果敢に試みていた、残りの方法論が無意味に終わったわけではない。 これは、イ・ソンヒが再び成長する過程であった2000年代を準備する心強い足場となった。出発はやや揺れた。2000年代に入ってはじめて発表した「My Life + Best」(2001年、12集)は、「Dream of Ruby」の延長でユ・ヨンソクとパク・チニョンなどの曲を受けゴスペル的な要素とアフリカのリズムを取り入れたいくつかの試みはユニークたが、アルバムを主導した催涙性(感傷的な)バラードとの出会いは確かにぎこちなかった。

(2000年代)
結実が現れたのは「四春期(사춘기)」(2005年、13集)だ。 「First Love」から久し振りに自作曲で満たした「四春期」は、1990年代に試みとしてとどまっていた部分が最終的に自分の枠組みの中で成果を収めたことを証明する結果である。結局、整理と補完だ。
因縁(縁)」から漂う東洋的な色彩は、国楽に没頭した「小船」時期を連想させるアプローチの違いを見せ、(さらに)「なぜ?」という初期から試みたロック的な要素をもっとモダンに整えた曲だ。「First Love」が、他人の曲を受けたときよりも、直接曲を書いたときに魅力的にアピールすることができるかも知れないという余地を残したアルバムだったとしたら、「四春期」は、これを実現させたという点で意味を付与することができる。「ひまわり」と 「あなたの街」が収録された(現在の最新アルバムである)「愛よ...(사랑아...)」(2009年、14集)では、安定圏に入った作法とは別に依然として新しいスタイルに対する好奇心が感じられる。歌の感情線もさらに深まった。

(これから)
・イ・ソンヒを言うとき、高音と声量を根拠に、1980年代から今日まで何の変化なしに一貫した歩みを繰り返した歌手と規定することは適切ではない。特定の結果の達成に代弁されていないため、アルバム単位のアクセスを基本とする評価対象には退屈だが、流行歌をはき出した1980年代はもちろん、様々な変化を模索していた1990年代試行に伴う結実を収めた2000年代、どの時代を振り返ってみても歌手らしい歌手として残るための努力を怠らなかった時がない。他人の歌で歌手としての能力の検証を受けることも重要だが、私にはイ・ソンヒの道がより貴重にせまる。

2012年10月23日火曜日

霜降 2012

今日は二十四節気の「霜降(そうこう)」で、霜が降り始める候だ。それほど寒くはないが、十分秋冷えしてきているのも事実。今晩から明朝、この秋一番の冷え込みという。

今日の天気予報では、午前中雨降りで、午後に晴れてくるということだったが、晩も小雨は止まない。そのため、傘をさしながら韓国語教室に通うことになったし、のみ込みの悪さは、この雨のせいに・・・違いない。

寝冷えに用心しよう。

2012年10月22日月曜日

Sunny サニー 永遠の仲間たち

ついに見ましたよ、韓国文化院で開かれた「コリアン・シネマ・ウィーク2012」の一つに上映された「Sunny サニー 永遠の仲間たち」だ。

サニーは明るい陽射しのイメージがして健康的に聞こえる。だから、この映画も、1980年代の女子高校生グループに「サニー」の名をあてたのだろう・・・といって、彼女たち少々手荒いグループであるが。

イ・ソンヒが中学生時代につけられた愛称は、”サニー(써니)”だ。名前のアルファベット綴りが”Lee Sun Hee”なので、Sunnyに通じたのだろう。おかげで、今でもファンクラブで「サニー」と呼ばれている。

映画は、平凡ながら幸せも得て家庭の主婦におさまった40代の主人公が、ふとしたきっかけから、女子高校生時代のグループリーダーが癌で余命いくばくもないことを知り、昔のグループメンバーと再会したいという願いをかなえるため奔走する。そのなかで、女子高生時代の少女グループ間の対立、家族内の葛藤、街頭の騒動などの記憶と、現在直面する超え難い問題とが、対比、錯綜して描かれる。

過去はいずれ傷口も癒え、やがて懐かしく美しいものになるだろう。けれど現在の痛手は拭いきれない。それを、軽いタッチで随所にギャグを入れて笑い飛ばしていく。
リーダーは最後に、特に悲しみの深い友に、新しい人生をプレゼントした。まるで御伽噺のように。

ところで、主人公の名前はイム・ナミ。当時の歌手に、ナミ(나미)がいて「くるくる(빙글빙글)」(1984年)を歌った。ただし、イ・ソンヒの歌が聞こえなかったのは残念である。

(本ブログ関連:"サニー"、"絆そして縁")

2012年10月21日日曜日

調布飛行場まつり

午前中、通いなれた野川公園を縦断して、第17回「調布飛行場まつり」に行く。
飛行場に近づけば近づくほどに、家族連れで歩道があふれていた。会場(飛行場)は強い陽射しの、まさに炎天下のお祭りだった。小さな子どもたちにとって良い思い出になることだろう。

会場の内外にテント張りの屋台が続く。子どもたちには、美味しい屋台、手にしたい小間物の屋台があり、一般には整備工場で飛行機部品の販売までしていた。何かいいものはないかなと探したが、荷物になるので・・・遠慮した。

ところで、会場と隣接した滑走路側に次の機種が展示されていた。
・JA9840:アエロスパシアル、AS350B、東邦航空 ・・・ ヘリ
・JA21ME:三菱重工、MH2000A、JAXA(SF風!:SAVERH、ヘッドマウントディスプレイ) ・・・ ヘリ
・JA34CA:ドルニエ、228、新中央航空 ・・・ 双発
・JA315G:セスナ、208B、国土地理院(測量用航空機くにかぜⅢ) ・・・ 単発

その他(整備場内にエンジンをはずして展示)
・JA889A:セスナ、208、共立航空撮影 ・・・ 単発

昼飯時になったので、会場を出て飛行場付設のプロペラカフェに行ってみた。何と同店は会場側をオープンして、いつもの店頭出入り口を閉ざしていたのだ。せっかく暑い道を歩いてきたのに、残念。ということで、帰り道、野川公園にある売店で「たこ焼き」セットを頬張った。

(本ブログ関連:"調布飛行場")

(追記)
今晩、東の空に浮かぶオリオン座から流星群を見ることができる・・・ということで、深夜11時に眺めてみることにしようとしたのだが、午前中の調布飛行場まつりに出かけてすっかり疲れたのだろう、一眠りのつもりが爆睡してしまった。

2012年10月20日土曜日

遠雷それとも花火

夕方、あっという間に陽が落ちる。コンビニに入ってほんの数分(7、8分?)だったと思うが、外に出れば薄暗闇になっていた。帰り道は、ますます暗くなる。

帰宅して、PCを起動すると、どこからかドドドッと音がして空気を響かす。どうやら花火のようだが、今時どこで?と思っているところに、今度はPC(SignalNowExpress)が、17:58と18:02の2度、茨城県北部を震源とする地震警報音を鳴らしたのだ。最近、千葉県、茨城県で地震が多いような・・・気になる。

さて、花火は「第30回 調布市花火大会」(17:50~19:00)で、多摩川べりで、12,000発近く打ち上げるそうだ。朝晩冷え込むこの季節、秋のひんやりした空気の中で見る花火はいかがだろう。

2012年10月19日金曜日

イ・ソンヒの「一人になった愛」

イ・ソンヒのアルバム1集に所収の「一人になった愛(혼자된 사랑)」(1985年)は、まさにデビュー時のスタイルそのままで力強く押し出すような歌い方だったが、5年後にモントリオール室内楽団との協演に至って、抑制のきいたトーンに変わった。

モントリオール室内楽団との協演をきっかけに、或いはその頃から、彼女の音楽は変換点を迎えたともいわれている。それにしても、なんと初々しい映像なことだろう。

(本ブログ関連:"モントリオール")



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2012年10月18日木曜日

白鯨

今日のGoogle検索の初期画面は、Google文字を織り込んだ<「モビーディック」出版107周年>を示す絵を表示している。

親父と映画「白鯨Moby Dick)」(1956年、原作ハーマン・メルヴィル)を見たのはいつ頃のことだろう。
洋画は子どもには苦手だった。なにしろ字幕があるのだから。茶褐色の暗い画面に滅入りながら、字幕を読むのが億劫だったにもかかわらず、印象は強烈だった。

映画のラスト、エイハブ船長は荒々しい捕鯨のなかで、激しくもがく白鯨のモービーディックにしがみつき一人死闘を繰りひろげ、白鯨と共に水中に消える。やがて海面に、捕鯨のロープをからめたモービーディックが姿を現わす。そこには、ロープに挟まれたまま、手招きするように揺れる船長の亡骸があった・・・のを覚えている。それに、棺桶が浮かんでいた場面も。

後になって、この映画の脚本執筆にSFファンタジー作家のレイ・ブラッドベリ(およびジョン・ヒューストン)が参加したことを知った。レイ・ブラッドベリがインタビューなどでこの作品に関わったことを何度か語っているのを読んだことがある。正直、彼の小説のイメージにつながらなかったけれど、思い入れは通じた。でも映画の思い出はずーっと昔のことだった・・・のだから。

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2012年10月17日水曜日

漢詩

下手な横好きというか、考え無しに何にでも手を出してしまう。いまさら身につくわけではないが、楽しめればそれでいいじゃないか・・・といって、すぐではないが、陶淵明の詩について連続講座があるそうなので出かけてみよう。

本音をいえば、イ・ソンヒの代表曲である「分かりたいです(알고싶어요)」の歌詞について知りたいことがある。

彼女のこの歌には原詩があって、<黄真伊(ファン・ジニ:황진이)が蘇世讓(ソ・セヤン:소세양)を誘惑するために書いた漢詩>という伝説(誤解)がある。今でも(韓国の)ブログにそう記しているものがあるようだ。
実は、この「分かりたいです」の作曲家がオリジナルに作った詞を、作詞家の妻が修正してできあがった歌詞に、ある作家が了解を得て漢詩を付したことから「秘話」が誕生してしまったというわけだ。その漢詩というのが、次の七言詩だ・・・陶淵明以降のスタイルだけど。

蕭寥月夜思何事
寢宵轉輾夢似樣
問君有時錄忘言
此世緣分果信良
悠悠憶君疑未盡
日日念我幾許量
忙中要顧煩或喜
喧喧如雀情如常

さて、この解釈やいかに。機会があれば、講師の方に聞いてみようかな。

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2012年10月16日火曜日

イ・ソンヒの「慎ましい告白」

イ・ソンヒはかつてMBCのテレビドラマ「ギブス家族」(2000年)に、自分の名前をパロディ化した患者役<イ・ソンフィ(이선휘)>で出演したことがある。劇中、病院のホール、患者たちの前で彼女が歌う「慎ましい告白(수줍은고백)」を、ブログ「愛、悲しみ..そして懐かしさ(사랑,슬픔..그리고 그리움)」で聴くことができる。感謝。
同ブログには、いつか彼女のアルバムで聞きたいという添え書きがある。

イ・ソンヒの公式ホームページにも同様に、この歌をアルバムに収録して欲しいというファンからのコメントが寄せられている。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒのドラマ出演")

2012年10月15日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 チョン・スニョン

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/10)に、人物シリーズ49回目として、中国の二胡に似た、二弦の擦弦楽器の奚琴해금:ヘグム)奏者、チョン・スニョン(정수년)を紹介した。 

まずヘグムの紹介から始まった。
・昔、楽器を二種に大別し、弦楽器を「糸」、管楽器を「竹」と表現した。弦楽器中心の小規模室内楽を「ジュル(弦)風流(줄풍류)」、管楽器中心の場合は管楽器材料の竹(テナム、대나무)のテをとって「テ風流(대풍류)」と呼んだ。
・ヘグムは「ジュル風流」・「テ風流」共に使用されたが、ヘグムを糸でも竹でもない(弦楽器・管楽器のどちらにも属さぬ楽器)の意「非糸非竹(비사비죽)」と呼ばれた。
伝統的な弦楽器は、カヤグム(伽耶琴가야금)」やコムンゴ거문고)のように、爪弾いたり撥(スルテ)で音を出すものが中心だったため、弓で弦を擦(こす)るヘグムは弦楽器とみなされなかった。しかも竹製であるが、息を吹き込み音を出す管楽器でもないという訳だ。
・両方の楽器と共に演奏可能なヘグムについて、若干否定的な見方をされて来たが、現代では多くの人々に注目されている。

▼チョン・スニョンによる「その夜から明け方が来るまで(그 저녁무렵부터 새벽이 오기까지)」を聴く。ゆったりとした空気と時間が流れていく、そんな異国趣味?の漂う・・・どこまでも感傷的な美しい曲だ。



(チョ・へリョン演奏による:Youtubeに登録のSuperTheseusに感謝)

(ヘグム紹介の続き)
・この「その夜から明け方が来るまで」は、国楽室内楽団スルギドゥンのアルバムに収録された。雪が降り積もったソラク山で夜を過ごし、明け方を迎える、その美しい情景を曲の中に描いた。元々、舞踊曲だったが、その後テレビドラマの挿入歌がきっかけで話題となり、一般にヘグムが認識されるようになった。
・チョン・スニョンは、スルギドゥンで「その夜から明け方が来るまで」のヘグム演奏を担当した。
この後、ソロアルバム「공(空)」を発表。当時、国楽家たちにヘグムに対する偏見と、独奏楽器にすることへ抵抗感が少なくなかった。彼女の奏でる音色はそれまでの荒く騒がしいヘグムのイメージと違い、すっきりと落ち着いていて人々の心を揺るがす不思議な力があった。

▼チョン・スニョンによる「この世で美しいものたち(세상에서 아름다운 것들)」を聴く。新国楽というカテゴリーがあれば、その名がふさわしいだろう・・・古い皮に入った葡萄酒の香りは妖しい気がする。

・アルバム「공(空)」は、多くのヘグム奏者に影響を与え、そのことで彼女は「国楽界にヘグム革命」をもたらしたと評価されたそうだ。

次のようにチョン・スニョンプロフィールが紹介された。
・1964年 忠清北道永同に生まれる。(イ・ソンヒと同年代)
・中学時代からヘグムを学ぶ。国立国楽高等学校、ソウル大学に進学。大学卒業後、KBS国楽管弦楽団で活動し、現在は、韓国芸術総合学校伝統芸術院で教授を務め、夫のポ・ソンジェ(パンソリ一家に生まれた国楽家)と共に国楽の伝承と普及に尽力している。

▼チョン・スニョン他による民謡「晋州遊戯(チンジュユヒ、진주유희)」をアレンジした曲を聴く。のびやかな陽射しを受けて、軽やかに歩を進む・・・そんなゆったりした気分にさせる。


(感想)
国楽人口が、大学でも多数養成されれば、かれらの行き場は拡大する。革命とか新天地(フュージョン、コラボ)が登場するかもしれないが、それも国楽のカテゴリーなのだろうか・・・もっと自由のような気がするが。

2012年10月14日日曜日

薬用酒

むかし付き合い程度に酒は飲んだが、強い方ではなかった。自宅で晩酌の習慣もない。
実は酒飲みの気持ちが分からないでいる。まして、酔っ払って、何も覚えていないという経験もない。ただ酒粕を砂糖と一緒に湯に温めて飲んだとき、ふむふむ・・・こんなものかなあと想像することもある・・・確かに気分が軽くなる。

先日、薬局で買い物していたとき、薬用酒の「養命酒」を見つけて購入した。パッケージ付属のプラスティック製の小さなカップで、おちょぼのようにして飲む。約20mlの少量だが、すぐに体が熱くなる。アルコール分、14vol%の説明がある。ビールの3倍以上、紹興酒とほぼ同等の並みの濃度である。20mlは、一口ないし二口で飲めてしまう。それだけで、すっかり酔ってしまった。

イ・ソンヒには龍角散のCFがあるが、養命酒のものはないだろう。彼女がデビューした1984年当時の養命酒のCFがYoutubeにある・・・イ・ソンヒに関係ないけれど。

(Youtubeに登録のvioletcm01に感謝)

2012年10月13日土曜日

竜飛岬

先日(10/8)の秩父鉱山大黒坑の鉱物採集に一緒に行けなかった石仲間から、同時期に東北青森・秋田方面の旅行より帰京した知らせが届いた。ご夫婦二人旅だが、しっかり鉱山巡りも組み込まれていた。採集の成果を、後日教えていただくことになった。

その旅程で、津軽半島最北端の竜飛崎(岬)にも行かれたようだ。ここは、石川さゆりの1977年の歌「津軽海峡冬景色」(作詞阿久悠、作曲・編曲は三木たかし)に出てくる、知らぬ人のいない場所だ。冬の日本海、波しぶきの吹き抜ける荒々しい光景がイメージされる。

ところで、今晩のテレビ東京の「知られざる国道(酷道)歩きの旅」という、国道とは名ばかりの道を紹介する番組で、竜飛岬に至る国道339号線先端のレンガ道を安田大サーカスの 団長安田が歩いて見せた。終点は、演歌のイメージとは違って妙に明るい岬で、「津軽海峡冬景色」を記念した大きな石碑の赤いボタンを押すと、この歌が流れてくるという極めて健康的な観光地でもあった。

鉱物採集の結果と合わせて、竜飛岬の様子も聞かせていただくことにしよう。

(Youtubeに登録のDURAL0610に感謝)

2012年10月12日金曜日

イ・ソンヒの「本当に悪い」

恋の痛手を拭うように雨に濡れて立ちつづける、そんな歌が女性の曲には多い気がするが、男性の場合はどうだろう・・・雨音を聞きながら、傷心からもう次のことを考えている・・・そんな前向きというか、懲りないのか。実際は、どうだろうか。

イ・ソンヒの14集アルバム所収曲の、とても優しい旋律と穏やかな声質の「本当に悪い(참 나쁘다)」は、失恋も恋の一幕って感じているようなどこか少女っぽい響きがする。イ・ソンヒのこの変わらぬ清潔感がいいのだ。

(本ブログ関連:"14集「愛よ...」を聴く")



(Youtubeに登録のYuan-Chen Yangに感謝)

2012年10月11日木曜日

秋の夜は冷え込みます

中途半端なお天気で、暑いのやら寒いのやら。厚着すれば熱がこもってうっとうしくなり、薄着してストーブで部屋を温めれば暑過ぎる。一日の気温の変化に追いつかない。

やっぱり、寒いのは苦手です。

そこで、今年の電力消費を抑えるためエアコンを止めて、ガスストーブをAmazonに求めた。すこしでも電力を使わない(代替エネルギー使用の)エコ志向のつもりだ。ガスストーブはファンを使用しないものにした。だが対流があるので天井に熱が溜まるだろう・・・そのときは扇風機でも使おう・・・って、電気使ってるじゃない!

この頃、日当たりと日陰の温度差に驚く。サニー、太陽の陽射しが懐かしい。
ボニーMで知られる「サニー」って、作詞家ボビー・ヘブの着想に哀悼の意があるそうだ。(TOMOYO HARADA氏の「Sunny」の解説に感謝)

そういえば、これから見たいと思っている映画「Sunny サニー 永遠の仲間たち」のラストで、この曲が使われるのもうなづける・・・Youtubeで小出し映像を拾い見しながら考えたが・・・まずは、見なくちゃ始まらない。

(本ブログ関連:"サニー")

2012年10月10日水曜日

イ・ソンヒの「なぜ私だけ」

LPからCDへ、小劇場所有など、イ・ソンヒの音楽発表の媒体に変遷があるわけだが、その時期を正しく把握、整理できていない。
例えば、アルバム1集はLP版以外に、その後CD版もリリースされたと聞いているがその存在をつかんでいない。また手持ちのLP版アルバムは7集が一番新しいものだが、CD版のみになったのはいつのアルバムからだろうか。

イ・ソンヒのアルバム6集(1990年)所収の冒頭曲「なぜ私だけ(왜 나만)」(作詞・作曲チョ・ハムン)が、LPソースのもので、Youtubeに登録されている。レコード傷特有の、ちょっとしたノイズが聞こえて妙に味わいがある。もしかしたら、イ・ソンヒの初期唱法の究極かもしれないこの歌を聴いてみよう。悲しみ深い曲であるが。

(本ブログ関連:"なぜ私だけ")



(Youtubeに登録のcarcass1178に感謝)

2012年10月9日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ユ・ギョンファ

 KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(10/3)に、人物シリーズ48回目として鉄弦琴(チョルヒョングム、철현금)の演奏者ユ・ギョンファ(劉京和?、유경화)を紹介した。 

まずチョルヒョングムの紹介から始まった。
・韓国伝統の弦楽器は、ほとんど絹糸弦を使用するが、鉄線(ワイヤー)弦使用の打絃楽器が二つある。
 ① 西洋から入った「洋琴/楊琴(ヤングム:양금で、朝鮮時代後期に中国を経て伝えられたという。ヤングムは、漢字で西洋の「洋」に「琴」と書く。本体に引かれた細い鉄線弦を、竹を薄く削って作ったチェ(채)という細い撥で弦を叩いて演奏する。
 ② 1940年代、ハワイアンギターを改造して作ったといわれる、新しい楽器「チョルヒョングム」(鉄弦を張ったコムンゴ(거문고)の意)が登場する。当初、唱劇の伴奏によく使われたが、テレビ普及により唱劇は姿を消し、チョルヒョングムも自然と忘れられた。1990年代、「晚霞(ノウル、노을:Sky At Sunset)」(作曲キム・ヨンドン、チョルヒョングム演奏ユ・ギョンファ)がきっかけで話題となった。

▼ユ・ギョンファ他による「晚霞」を聴く。ビブラートの効いた、どこか古都を想わせる感傷的な音色・・・鉄弦の響きを知る。

(チョルヒョングムの紹介の続き)
・チョルヒョングムは、竿の短いギターを横に寝かせたような形をしていて、右手に持つ短く細い撥のスルテ(술대)で打弦し、左手に持つ丸い形の石のようなノンオク(농옥)で擦弦して音に変化を与える。演奏道具は少し違うが、奏法はほぼコムンゴに同じ。

次のようにユ・ギョンファプロフィールが紹介された。
・4歳から舞踊を習い国楽にも親しむ。
・国立国楽高等学校でコムンゴを専攻。
・ソウル大学を卒業し、打楽器の演奏家として主に活動。
・1996年 チョルヒョングムに初めて出会う。現在、主にチョルヒョングムの演奏家として活躍。

▼ユ・ギョンファによる「金永哲(キム・ヨンチョル、강영철)流チョルヒョングム・サンジョ(散調)」中の「チュンジュンモリ(중중모리)」を聴く。軽快ながら、どこかアジア的なにおいがしてくる。

プロフィール紹介の続き)
・国立国楽高等学校時代の同級生と共に、国楽と現代音楽の融和を図るアンサンブル「サンサン(상상)」を結成する。さらに、民俗信仰のクッ(굿)に興味を持ち、これらの音楽のアレンジにも積極的にチャレンジしている。またインド音楽との関係も深めている。

▼ユ・ギョンファ他による「東海岸舞楽-話題(トンヘアンムアク-ファドゥ、동해안 무악-화두)」を聴く。即興だそうだが・・・落ち着いた感じがする。

朝バナナ

今朝もバナナ味を楽しむ。一昨日、農工大前のスーパーいなげやで見つけたミニッツメイド(日本コカコーラ)のヨーグルト風味ゼリー飲料「朝バナナ」(容量180g、果汁2%)を食す。

吸引口からゼリーのやわらかな塊りを吸い込むごとに、舌触りがバナナに似ていることに気付く。それも、ぐーっとやわらくなってしまった、グニャリととろける寸前のバナナの食感だ。なるほどなるほど、ちょっと可笑しくなる。
くどくない味具合。かすかにすっぱいヨーグルト風味も加わってまろやかになっているのだろう・・・バナナとミルクを一緒にミキサーにかけるとうまいのに通じる。

連休も終わって静かな曇り空の朝、ひんやりした朝バナナが秋の深まりを教えてくれるとは・・・。

まだまだ続くよ、バナナ味巡礼。

(本ブログ関連:"バナナ味")

2012年10月8日月曜日

秩父鉱山大黒坑

念願の産地、秩父鉱山大黒坑にようやく鉱物採集に出かけた。超!有名なこの場所へ行きたいと思いながら、おもむくには人頼りのためなかなかチャンスに恵まれず延び延びになっていたが、今日ようやく実現した。(当初6日に予定したが、7日に、そして8日の今日に延びた)
自然金にする?、それとも車骨鉱にする?・・・ああ、煩悩がとけない。

採集場所が秩父方面だからといって、いつものように地元駅始発電車に乗らずに済むかといえば、そうでもない。その分、仲間との集合時刻が繰り上がってしまったのだ。結局始発電車に乗ることになる・・・眠気も同じだ。

道路は順調で、出合トンネルを抜けた先にあるトンネル出口の右手広場に8時半に着く。早速、河原に 降りて採集を開始する。黄鉄鉱・黄鉄鉱・・・磁鉄鉱・磁鉄鉱・・・と辺りに散らばっている。河原を遡行して橋をくぐれば坑口が見えるが、今回の採集はもっぱら橋より下流でおこなう。

今回の成果は次の通り。
・黄鉄鉱、磁鉄鉱(葉片状)、白鉄鉱?、磁硫鉄鉱、方解石、灰鉄柘榴石、閃亜鉛鉱
・方鉛鉱+硫黄?+車骨鉱?
・ブーランジェ鉱+菱マンガン鉱、バビントン鉱+方解石

いつもの通り、名のある石は・・・そう、いただき物ばかりである。

ところで同地に、小学校低学年の坊やと幼稚園ぐらいの女の子を連れた若い夫婦が採集に来られていた。興味と驚きと感激を同時に経験することができる子どもたちと、それを見守る両親の眼差しがとてもよかった。

ノーベル医学生理学賞

<京都、滋賀を中心に発行されている>という京都新聞の記事「山中京大教授にノーベル賞 iPS細胞で医学生理学賞」(10/8)によれば、関西出身の京都大学山中伸弥教授がノーベル医学生理学賞を受賞したと次のように報じている。(抜粋)
地元紙の報道だけに、詳細な記事も見たいものだ。また、Newton誌がどんな特集を組むのか楽しみだ。

・スウェーデン王立カロリンスカ研究所は8日、2012年のノーベル医学生理学賞を、京都大iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授(50)に贈ると発表した。受賞理由は「細胞の初期化」。英ケンブリッジ大のジョン・ガードナー博士と共同受賞。

・日本人のノーベル賞受賞は2010年の鈴木章氏、根岸英一氏に続き19人目。医学生理学賞は1987年の利根川進・米マサチューセッツ工科大教授に次ぎ2人目。これまでの受賞者18人のうち、湯川秀樹博士をはじめ10人が京都にゆかりがある

研究の内容の何が凄いのか?・・・ムムムッ、次のNewton誌で勉強します!

その前に、Youtubeに登録の<高校生特別授業「京都賞 高校フォーラム 」- 人間万事塞翁が馬 ->(2010年11月16日、1h20m47s)で、山中教授の講演を高校生たちと一緒の気持ちになって拝聴しよう。大阪弁をまじえた講演は、山中教授の若き研究者時代やES細胞・iPS細胞研究について知ることができると同時に、若者たちにどれほど大きな人生の、未来への指針を与えたことだろう。そのうえ、部下研究者への思い遣りを忘れないお話しにも敬服する。

(Youtubeに登録のKyoDaiOcwに感謝、感謝)

2012年10月7日日曜日

鉱物採集の延期・延期

朝一番の電車に乗って鉱物採集に出かけるため、今日の日付にかわった深夜をずっと起きていた。テレビで放送の映画「ニュースの天才(Shattered Glass)」(感情移入に注意!)を見ていたところ、今回お世話になる方から電話がかかってきて、「こちらは今雨降りだが、そちらはどう?」という。

あわてて外を見れば、暗闇に音も無くしとしとと雨が降っている。インターネットの天気予報も午前半ばまで雨天のようだ・・・ということで、秩父大黒抗の河原に降りての採集は増水を危ぶみ、明日に延ばすことになった。実は、当初6日に予定していたものが、今日7日になり、明日8日に延期したことになる。

ところで、別のテレビチャンネルで、リメーク版の映画「イルマーレ」を放送していた・・・こちらは、おじさん向きではないようなので、朝寝することにしよう。

2012年10月6日土曜日

マクドナルドで・・・

今日も昼過ぎは暑い。小金井公園近くにあるマクドナルド店で過ごそうと出かける。この店の2階は広く、スペースを開けて座席が並んでいて、休日の今日も混んでいない。そんなわけで、コーヒーを飲みながら図書館で借りた本をのんびり読んだりした。

西側の窓辺で読書していると、陽が落ちるのが早く、先ほどブラインドで日除けしたのに、ヒンヤリしてみるみる冷えてくる。明日は、秩父鉱山の大黒抗に鉱物採集に行く・・・体力温存が必要だ。

2012年10月5日金曜日

イ・ソンヒの「因縁」

イ・ソンヒが、今の時代の若者たちに最も知られる曲をあげるとすれば、「因縁(인연)」と「狐の嫁入り(여우비)」になるだろう。

「因縁」については、映画「王の男(왕의 남자)」(2005年)のOSTといわれているが(未見)、MBCのインタビュー番組「黄金漁場-膝打ち道士」(2009年)で、イ・ソンヒは、MBCテレビドラマ「チェオクの剣다모:茶母)」(2003年)の、主人公チャン・チェオク(ハ・ジウォン、하지원)と、主人公の彼女が仕えるファンボ・ユン(イ・ソジン、이서진)との関係からインスピレーションを得たと語っている。
また、「狐の嫁入り」は、SBSテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐(내 여자친구는 구미호)」(2010年)のOSTとして歌われた。

(本ブログ関連:"因縁"、"狐の嫁入り")

次の映像は多分、麗水万博会場の「ポップフェス アンコール公演」(8/9)のときに、ファンがハンディ・ビデオカメラで手振れもなく、実に丁寧に撮影されたものだ。彼女の気品と清雅さを、ファンの視線を借りて見ることができる。
撮影者のそばで、舞台のイ・ソンヒに合わせて一緒に歌う声が入っていない。(昨年ソウルの彼女のコンサート会場で、隣の席の男性がずっと歌っていた。韓国のコンサートでは「普通」のことなのかもしれない・・・)



(Youtubeに登録のemt kimに感謝)

2012年10月4日木曜日

おばさん(アジュンマ)とお嬢さん(アガシ)

イ・ソンヒの高校生時代の雰囲気を知るには良いかもしれない映画「Sunny サニー 永遠の仲間たち」が、10/21(日)-22(月)に四谷の韓国文化院で、東京国際映画祭提携企画「コリアン・シネマ・ウィーク2012」の一つとして上映される。

ちなみに、サニーはイ・ソンヒの愛称でもある。映画タイトルのヒントになったのでは・・・と思ってしまう。サニーは生き生きと輝く若さそのものだ。

'70~'80年代の洋楽を含めてヒット曲が流れるという。主人公が2011年に42歳というから、イ・ソンヒより5つほど年下の世代で、1986年の高校生時代のお嬢さん(アガシ)からおばさん(アジュンマ)になっても、変わらぬ友情を確かめ合う物語のようだ。

さて、おばさんとお嬢さん(아줌마와 아가씨)については、インターネット上にいろいろとユーモアたっぷりに対比した書き込みがある。この映画が、それをどう表現しているのやら。
ともあれ、見なくては始まらない。

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(付記)
ところで、10月にといわれていたチャン・ユンジョンの日本進出はどうなるのだろう・・・気の毒なことだ。

2012年10月3日水曜日

“アジュンマ”パワー

「この世にアジュンマの子どもでない人はいない!」と豪語する、韓国最強のアジュンマについて、「中央SUNDAY」(第290号)のコラム「韓国"アジュンマ"パワー」(趙煥復)を中央日報(10/2-(1)(2))が掲載しているので、次に抜粋する。

・アジュンマは一般的にもじゃもじゃのパーマ頭にトレパンを履き、利害関係に目が利き、周辺を意識しない行動派という印象を与える。そのため世の中には男性と女性そしてアジュンマがいるという笑い話がある。

・いまやアジュンマたちが家庭の砦から次第に国の柱になりつつある。韓国の歴史でも国難の時期にアジュンマの役割が輝いた事例は数えきれないほど多い。女は弱いが母は強いというが、アジュンマはさらに強い。アジュンマは外国語で1文字2文字では簡単に翻訳できない韓国だけの単語だ。

(本ブログ関連:"アジュンマ" ←画面右下の「前の投稿」もクリックを!)

ちなみに、KSB WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」のなかでも月曜に放送される、こちらも最強タッグを組むお二人(マルコメのお母さん、ソウルのアリスさん)のトークは楽しい。特に「アジュンマの井戸端会議」のコーナーは、世相をアジュンマの新鮮な視点で知らせてくれる。

でもねえ、結局は、アジュンマは韓国の暖かい懐(ふところ)に違いない。

2012年10月2日火曜日

キム・ドンリュル

今日から韓国語教室の後期授業が始まった。新たな受講者も加わり、受講者ひとりひとり自己紹介して、韓国語学習の受講動機や期間(経験)、そして得意不得意分野について述べた。当然ながらわたしは、イ・ソンヒのファンであることも付け加えた。

さて、韓国語の講師はお若いにもかかわらず、イ・ソンヒを子どものころからご存知だったようだ。けれど、受講者のみなさんは誰一人知らなかったのだ・・・それがとても残念。
講師の言葉を借りれば、イ・ソンヒについて、どこか少年のようなところがあった、若いときから変わらぬ容貌、古風で懐かしい顔立ち、家庭教師のような真面目な雰囲気と表現された。

講師から、イ・ソンヒのイメージにつながるという、(作詞・作曲家でありバラード)歌手キム・ドンリュル(김동률、1974年)が紹介されたので、インターネットで調べてみた。(参照: Ko-Wikipedia、他より)
・イ・ソンヒより10年後の1974年に誕生している。
・延世大学校在学中、ソ・ドンウクと一緒に作った2人組のデュエット・グループ「展覧会」で、1993年MBC「大学歌謡祭(대학가요제)」に参加して、「夢の中で(꿈 속에서)」で大賞と特別賞を受賞して本格的な活動を開始した。
・Youtubeに登録の曲から、未来しか存在しない若者の軽快な「出発(출발)」(アルバム:5集 Monologue2008年)を選んでみた。

(Youtubeに登録のMBCfestival、HopeOfLetterに感謝)う

彼岸花

せっかくの10月、景色は黄昏ているわけではないけれど、街の文具店にもう来年の手帳が並べられているのを見ると、年の残りを追いやられ、まるでショートカットされているような気がする。

この秋訪れたい場所に、西武池袋線高麗駅そばにあって、辺り一面に彼岸花(ヒガンバナ、曼珠沙華)が群生する巾着田がある。林の下に咲き乱れる紅い花弁は、まるで絨毯のよう・・・そんな記憶をまた確かめたいと思う。

(本ブログ関連:”彼岸”)

球根に毒性があり、「彼岸」の名を持ち、しかも紅い極彩色で辺りを威圧するかのような強さと妖しさを漂わせる。この花に、引き付けては恐れさせる魔性を感じる。決して気を許すことのできない花だ。

むかし、仕事の研修で伊豆に行ったとき、夕陽を受けて山間を走る列車の線路わきを、彼岸花の紅い塊りがいくつも車窓を流れていくのが見えた。黄昏時にもかかわらず、彼岸花は薄闇に混じることはなかった。その存在を強く意識つける紅い色に一瞬恐怖を感じた。

そのとき、石川さゆりの「天城越え」(作詞:吉岡治、作曲:弦哲也、1986年)を思い出した。「浄蓮の滝」の言葉から「情恋」を、「山が燃える」から彼岸花の紅い炎を想起した。まるで、情恋に身を燃やす「道行き物」のようだと、列車の振動に揺られながら感じた。

(Youtubeに登録のgaeajapenに感謝)

2012年10月1日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 スルギドゥン

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(9/26)に、人物シリーズ47回目としてフュージョン国楽演奏集団スルギドゥン(슬기둥)を紹介した。
ところで番組ホームページにあるリンク先音源は「人物シリーズ」#46のもののようだが・・・

はじめに、スルギドゥン誕生の経緯について次のような紹介があった。
・1980年代 民主化運動盛んな中、大学では民衆運動の一環として、人々の記憶の端に追いやられていた国楽に注目が集まるようになった。
・1978年 初めて登場した<サムルノリ사물놀이)>が瞬く間に人気を集め、国楽家の間で新しい音楽を作ろうという動きが活発化した。
・1985年 スルギドゥンが結成され、「コップンネヤ(꽃분네야)」、「サンジュモシムギ(상주모심기)」、「サントッケビ(산도깨비)」などふるさとの匂いを感じさせる国楽歌謡で注目を浴びた。以来、国楽の魅力を伝え続ける、まさにフュージョン国楽の歴史と言っても過言ではない。

▼スルギドゥン(カン・ホジュンの歌)による「コップンネヤ(꽃분네야)」を聴く。まさに民謡のゆるやかな素朴な響きそのものである・・・発声、演奏ともにメディアの流れに沿っているようで。

次のようにスルギドゥンのプロフィールが紹介された。
・1985年6月 ある放送局主催の青少年音楽会で、歌を担当した青年カン・ホジュンが歌った「コップンネヤ」が話題となり、これをきっかけに国楽室内楽団スルギドゥンが正式誕生する。
・結成当時のメンバー(8人)は、 KBS国楽管弦楽団員を中心に、テグムとソグムはイ・ジュノ、ピリと歌はカン・ホジュン、カヤグムはミン・イシク、ピリはムン・ジョンイル、カヤグムとヤングムはノ・ブヨン、ヘグムはチョン・スニョン、アジェンはオギョンヒ、そしてシンセサイザーをジョ・グァンジェが担当した。

(参考)ハンギョレニュース「国楽整形術師 "スルギドゥン" 25年の內功(内的進化?)を見て」(2010年2月17日、チョン・サンヨウン記者

(スルギドゥンのプロフィール続き
・伝統楽器にシンセサイザーが加わり、現代的な雰囲気を醸し出すと同時に表現の幅を広げた。当時の社会を反映した曲を多数発表し、国楽は昔の音楽ではなく、現代まで続く伝統文化と強調した。

▼スルギドゥン(カン・ホジュンの歌)による「君のために歌う歌(그대를 위해 부르는 노래)」を聴く。のんびりと漂うような旋律は、古い皮袋に入れたまだ新しい葡萄酒のようで・・・。

 (スルギドゥンのプロフィール続き
・スルギドゥンの曲で、「サントッケビ」や「ケグリソリ」は小学校教科書に載り話題となった。創作国楽が音楽のひとつのジャンルとして受け入れられたのでは・・・。この音楽団体が結成されて、すでに30年近く経ち、初期メンバーは中堅演奏者、指揮者や大学の教授などになりグループを去った。
・現在のメンバーには、KBS国楽管弦楽団の常任指揮者である初期メンバーのイ・ジュノが団長として残り、新しい若い後輩たちと活動を続けている。

▼スルギドゥン演奏による「新船歌(シンペンノリ신뱃놀이)」を聴く。東洋的叙情を西洋的編曲で覆うとこうなるのだろうか・・・。

2012年9月30日日曜日

台風17号

今夜の台風は、紀伊半島東岸に沿って北上し、東海地方の愛知県に上陸して本州を縦断、北海道を抜けるようだ。テレビは、きめこまかく台風情報を流している。満潮とのタイミングも不安だが、上陸後の強風も恐れる。このところ、自然災害におののかされている気がする。

夕方、地元図書館を出たとき、かすかに雨を感じて急いで帰宅した。一雨あったものの、まだ本格的な台風襲来をうけていない。深夜のようだ。

雨戸を閉めるなど準備を済ませている。子どものころ、九州にいたときは、木製の雨戸を父親が釘で打ち付けていたことを思い出す。最近まで、なんとなく台風をやり過ごしてきたが、今回はいやな予感がする。

室内の湿気が相変わらずうっとおしい。強風の気配はまだない。

Wheathernewsの地元の気象予報によれば次の通り。(18:10現在)
・台風17号の直撃で、今夜は雨風が強まる一方。特に夜9時頃~深夜0時頃は猛烈な風が吹き、外出危険な暴風雨になります。屋外は危険なので外出は控えて下さい。
・(風速はかえって今の時刻が12m/sで、0時は10m/sと減速していくようだ)

2012年9月29日土曜日

小金井お月見のつどい

昨日記したサンレモ音楽祭ではないが、地元にも小さな祭りがあって、「お月見のつどい」が小金井公園の江戸東京たてもの園前広場で開かれた。今年で第45回目になるという、この町にしっかり根付いた祭りになっている。

広場のステージでは、地元関係者がいろいろな演目を発表していた。例えば、学生たちが会場の幼児と一緒に遊戯劇をしたり、草笛のグループが童謡を吹いたりした。野天会場の座席に腰をかけて聴いたのは、地元音楽教室のフルートとクラリネット講師によるアンサンブルだった。二人の奏者は楽しそうに、童謡やポップを聴かせてくれた。
彼女たちの演奏時間が余ったらしく、司会者がアンコールに会場の誰かがメモ書きして渡したというジャズナンバー曲からいきなり、打ち合わせもなく壇上の彼女たちに伝えたのだ・・・奏者たちは譜面がないので・・・ということで、ディズニー映画「ピノキオ」の「星に願いを」をフルート独奏した。

ところで、ステージの司会者がアンコール曲を希望した当人を壇上から探し求めたが見当たらないのだ・・・どうしたことだろう、こんなことってありかなあ。

夕方、の空を見れば、墨を流したような雲の中に月が薄赤く色づいて浮かんでいた。月齢13、満月は明晩である。

2012年9月28日金曜日

サンレモ音楽祭

考えてみれば、イタリア好きな方が身近にいるもので、毎週通う健康体操クラスで唯一若いインストラクターはイタリア語を学んでいるという。来週イタリア旅行されるとのこと、何処を巡るのかを知らないけれどサンレモ音楽祭の街、サンレーモはどうなのだろう。
それから、鉱物仲間にも外面は日本人だが中身はイタリア人という人物がいて、イタリアの歌の話になると歌手の名前が次々挙がってくるけれどさっぱり記憶に残らない。

イ・ソンヒとからめて、彼女の誕生した1964年についてサンレモ音楽祭(冬季シーズン)を調べてみると、大賞は ジリオラ・チンクェッティ(Gigliola Cinquetti)とパトリシア・カルリ(Patricia Carli)の「Non ho l'età(夢みる想い)」だった。「ノノリター」の歌いだしの方が、題名よりも印象に残っている。

そうそう、同じく入賞者に「ほほにかかる涙(Una Lacrima Sul Viso)」を歌ったボビー・ソロ(Bobby Solo)、フランキー・レイン(Frankie Laine)がいる。ボビー・ソロの歌声が懐かしい。当時の日本では、ヨーロピアン・ポップが普通に流行っていたものだ。

(Youtubeに登録のyougakumusic1に感謝)

ところで、なぜ2人受賞なのだろうと同音楽祭の受賞者のリストを見れば、例年2人受賞が並んでいる。イタリア人と外国人歌手の組み合わせという*。

(*)参考:ブログ「cnz27hrio」、ブログ「日本盤ジャケット(ドーナツ盤)にみる Pops の歴史」に感謝。

(本ブログ関連:"イタリア")

2012年9月27日木曜日

イ・ソンヒの「秋の風」

イ・ソンヒがステージで名曲「秋の風(갈바람)」)」(歌詞ブログ「heesuna nada」《heesun_i》に感謝を歌う映像は、Youtubeにpops8090が登録された2004年の世宗文化会館のものでしか見ることができない。
本ブログには過去に3回も同じ映像を載せているが、今回も繰り返す。

彼女がデビュー2年後にリリースしたアルバム2集(1986年)に所収されたもので、初期に作られたことに驚く。しみじみと秋の風の、心にしみるさびしさと、せつなさを歌い上げる名曲である。

(本ブログ関連:"秋の風")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2012年9月26日水曜日

バナナ味Gokuri

バナナ味巡礼の続き。先日、農工大(工学部)前にあるスーパーいなげやで、サントリーのバナナ味の飲料「Gokuri」(容量400mg、果汁15%)を見つけた。全体が黄色で、栓付きの高さ約165mmの缶入りである。

うたい文句は「食べごろバナナの甘くやさしい味わいと爽やかな飲み心地。」・・・つまり、バナナイメージのトロリとした食感はなく、香料の効いたサラサラした味わいで後にひくことはない。いってみれば、あっさりしたバナナジュースだ。となると(ここ数日の涼しさでは)、一気に飲むには400mgの量は多いかな・・・今日、飲んで気付いた。

まだまだ、バナナ味巡礼は続けるよ。

(本ブログ関連:"バナナ味")

2012年9月25日火曜日

メンターにしたい男女芸能人1位は?

将来の歌手を発掘するオーディション番組の人気は衰えることがない。番組審査員であると同時に指導も行なうメンター制度という韓国のオーディション番組独特なスタイルから、期待されるメンターを男女芸能人から選ぶアンケートが行なわれたりする。ACROFANの記事「メンターにしたい男女芸能人1位は?」(9月21日)は、アンケート結果を次のように報じている。(抜粋)

・俳優キム・ナムジュ(女性)と国民MCユ・ジェソク(男性)が、「メンターにしたい男女芸能人」の1位に上った。(株)エデュウィル(eduwillが文化公演イベントに参加した会員1,079人を対象にアンケート調査を実施した結果。

・「メンターにしたい女性芸能人」は、①俳優キム・ナムジュが23.8%(257人)で1位に上がり、②21.9%(237人)を得た俳優キム・ヘスが続いた。③歌手イ・ソンヒは19.4%(209人)を、④俳優コ・ヒョンジョンは18.4%(198人)、⑤俳優パク・ミソンが16.5%(178人)の順だった。

・「メンターにしたい男性芸能人」は、①MCユ・ジェソクが43.1%(465人)の支持を得て1位を占めた。②俳優キム・ピョンマンは18.4%(198人)で2位に上がったし、③俳優アン・ソンギが17.5%(189人)の順だった。④プロデューサー・歌手パク・チニョンは12.8%(138人)、⑤歌手・作曲家キム・テウォン8.2%(89人)となった。

・回答者の46.8%(505人)は「周りにメンターにしたい人が<いる>」と答えた。<ない>は35.8%(386人)、<よく分からない>17.4%(188人)の順だった。

・「メンターが必要だと感じる<とき>」についての質問には、41.2%(445人)が<社会生活に必要な助言を聞きたいとき>と答えており、<心中の話を交わしたいと思うとき>は29.4%(317人)だった。<頼れる人が必要なとき>は19.3%(208人)、<硬い人脈を構築したいとき>4.6%(50人)、 <その他の意見>は5.5%(59人)となった。


(本ブログ関連:"イ・ソンヒ、人生のメンターに選ばれる"、"イ・ソンヒ「一緒に働きたい職場の上司」"、"メンター")