▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2012年7月29日日曜日

オリンピックの思い出

オリンピックの思い出といっても、ずっと遡って1964年東京オリンピックのことだが。

・東京大会の前回に当たるローマ大会閉会式で、「アリベデルチ  トキオ」*の言葉が電光掲示板に表示されたように記憶しているが、Youtubeにローマ大会の映画「LA GRANDE OLIMPIADE」の一部しか登録されてないので確認できないのが残念・・・。

(*) 実際は、"Arrivederci a Tokyo"と表示されたようです。

・千駄ヶ谷の体育館で、日本女子体操選手たちの公開練習を見学する機会があった。会場端の座席にいたため、池田選手たち中心選手を見たはずだが、記憶に残っているのは小野清子選手(体操の小野喬選手の奥さん)だ。彼女だけ光が当たっていた。

・全ての種目に観客が集まるというわけではないのだろう。地味な試合は、学校に入場券が割り当てられた。抽選で当たったのが、乗馬の障害馬術競技だ。霧雨の中、数人の仲間と馬事公苑に見物に行った。携帯のワンセグがあるわけでない時代のこと、試合内容は要領得ぬままだったが、オリンピック競技を観戦したというだけで満足だった。

・ブラスバンドの曲目に、「オリンピック・マーチ」(作曲:古関裕而)が加えられたのはいうまでもない。ブラバンメンバーは先を競ってものにした。

・ところで、東京オリンピックと同年の1964年に、イ・ソンヒが誕生している。また、1984年の今日(7月29日)、春川南怡島(춘천 남이섬)で開かれたMBC「第5回江辺歌謡祭」で、イ・ソンヒが「Jへ」で大賞を受賞した

(Youtubeに登録のorso110、yoshihoshi11に感謝)

2012年7月28日土曜日

オリンピック開会式・・・眠たい

今日の日付に変わった夜中に、TVの討論番組を見たのが運のつき、そのまま早朝のオリンピック開会式中継の視聴にずれ込んだ。
開会式会場の中央で繰り広げられる、イギリスの産業革命以降の歴史パノラマは大変よくできていて、大勢の出演者がたくみに次々と場面展開するのに驚嘆する。その後、アルファベット順に登場する各国のチームを眺めながら、疲れがぼちぼち出てきた。日本選手団が登場すると、ほっとして、そのまま寝込んでしまった。

おけげで、今日は一日中、眠い目をこすることになった。

今日のできごと。
・語学好きの親類宅を訪問したら、コルシカ語とエンリコ・マシアス(Enrico Macias)の「想い出のソレンツァラ(A Solenzara)」について、それから低地ドイツ語とオランダ語の関係、そのうえアイスランド語についてまでも聞かされた・・・頭がパンクする、した。
・地元図書館で借りた「お稲荷様って、神様?仏様?」(支倉清、伊藤時彦、築地書館)を読む。お稲荷さんの他についても記載があり、平易に分かりやすく解説している。先日、地元公民館で<小金井新田>について講演会があったとき、テーマの柱に大岡越前守忠相が据えられたが、彼の下屋敷に(武家屋敷の守り神として)祀つられていたお稲荷さんが、後に東京の代表的な稲荷のひとつである豊川稲荷となる・・・このお稲荷さんは、檀家を持たない祈祷専門の曹洞宗の寺院(愛知県の豊川稲荷の別院)として運営されている・・・など知る。

(本ブログ関連:"お稲荷さんと油揚げ")

2012年7月27日金曜日

土用の丑そして鰻の蒲焼

以前口にしたけど今では高騰してしまい、気安く食すものでなくなったのが鰻の蒲焼だろう。かといって、スーパーでパッケージして陳列されているものを見ると、どうせタレを効かせているのだろうと気乗りしない。しかも決していい値段ではないのだから。

今日は土用の丑。暑さに閉口している。江戸の博学奇才平賀源内(1728年~1780年)の名コピー「本日土用の丑の日、鰻食うべし」に誘われて、鰻の蒲焼でも・・・と思ったが、さて源内は「蒲焼」を推奨していたのだろうか。このこと江戸期の流行と時系列はどうなのだろうか。
キリン食文化研究所のホームページに、次のように解説している。感謝。

・江戸期においては、江戸の名物や名所を記したガイドブック『江戸鹿子(えどかのこ)』(藤田理兵衛著・1687年刊)内で鰻の蒲焼屋について触れていることから、この頃には鰻は蒲焼という形でも広く食されていたと考えられる。そして源内も、この鰻の蒲焼きをこよなく愛した。

ふむふむ、源内存命の頃には、すでに蒲焼はあったようだが、さて今と同じく開いて、甘醤油で味付けして焼いたのだろうか。

以前、TVで紹介されたロンドンの下町料理に「ウナギのゼリー寄せ」を見た。鰻をぶつ切りにした料理で、姿からしていまいちで・・・食わずにいうのは失礼だが。

インターネットに蒲焼について様々な文面を探すと、鰻のぶつ切りを串刺しして焼いたから、蒲浦(がまほ)に似て蒲焼だという説があったり、味付けは関東での濃い口醤油の発明・普及と関連されるなどと・・・研究者のきちんとした文献があればいわれが整理できるだろうけど。

ともあれ鰻の蒲焼、口にしなければ話にならない。

オリンピック男子サッカー初戦白星

中日新聞の記事「日本男子、スペイン破る」(7月27日 00時39分)は、日本の男子サッカーが、1次リーグD組スペイン戦(グラスゴー26日午後2時45分~(日本時間午後10時45分~))で、なでしこと同様に初戦を飾ったと次のように報じら。

・【ロンドン共同】27日に開幕が迫ったロンドン五輪は26日、サッカー男子(原則23歳以下)が始まり、1次リーグD組の日本は英国のグラスゴーで優勝候補のスペインと対戦し、前半30分すぎに大津が決めた得点を守り切り、1-0で勝った。

・日本は清武やオーバーエージ(OA)枠の吉田が先発した。 

・5大会連続9度目の出場となる日本は、1968年メキシコ五輪以来44年ぶりのメダル獲得を目指す。

(付記)
他用に没頭して、TVの試合中継を見損なった。日付の変わったばかりの深夜(7/27)、試合後に気付いたにわかファンは、録画映像の後付けだけでは感情移入が難しくなる・・・惜しいことをした。
それにしても、スペインという名はでっかい・・・それに勝ったのだから、上記の記事のように「メダル獲得を目指す」なんて舞い上がってしまう。でも分かる気がする、本当に嬉しくなる。

2012年7月26日木曜日

オリンピック初戦女子サッカー白星

ロンドンオリンピックの開会式は明日だというのに、日本の(先陣を切って)女子サッカー初戦が始まった。読売新聞の記事「川澄・宮間だ!前半2点、逃げ切って勝ち点3」(7月26日02時49分)は、なでしこチームの白星スタートを次のように報じている。(抜粋)

・ロンドン五輪の女子サッカーは25日、グループリーグがスタートし、(1次リーグ)F組の日本女子(なでしこジャパン)は同日午後(日本時間26日午前1時~)、英・コベントリーでカナダと対戦。

・前半に川澄、宮間のゴールで2点を入れた日本は後半失点を許したが、2―1で逃げ切り、白星発進し、勝ち点3を挙げた。スウェーデンとの第2戦は28日正午(日本時間午後8時)から行われる。

・33分、<沢>からのパスをゴール左で受けた<大野>がキープ、左サイドからえぐった<川澄>が<大野>のバックパスを受けて右足で蹴り込んだ。

・44分、<鮫島>の左クロスから(相手に囲まれた中で小柄の主将)<宮間>が頭(ヘディング)で決めた。

(付記)
今日の日付に変わった夜中、なでしこたちの見事なゴールのたびにTVに向かって拍手をしていた。最初の得点のとき、大野選手のバックパスを再生画像で見せられて、技の凄さにあっけにとられた。まさに以心伝心のチームプレイだ。
そして次の得点も再生画像で飲み込めた。背の高い相手選手たちに囲まれるなかで、宮間選手がヘディングしていたのだ。チャンスをものにするスポーツ選手の執念に驚き感心するばかりだ。
ところで、TV解説者が、33分、44分なら次は55分に期待しようといっていたが、それくらいの迫力があった。
今年の夏は暑く、そして熱い・・・にわかファンのおじさんにとっても。

2012年7月25日水曜日

イ・ソンヒのカバー「それだけが私の世界」

韓国、80年代ロックグループ(バンド)「トゥルグックァ(野菊、들국화)」のアルバム第1集(1985年)所収のバラード「それだけが私の世界(그것만이 내 세상)」を歌う、イ・ソンヒの姿をYoutubeの映像(MBCの「土曜日土曜日楽しく(토요일 토요일 즐거워)73回-チョン・·ヨンロク(전영록)、イ・ソンヒ ジョイントコンサート 」(1987年5月23日))で見ることができる。
イ・ソンヒの熱く燃える高音の歌声に、それを支えるようにチョン・ヨンロクが加わり熱唱する。まさに、この時期のイ・ソンヒは、歌謡界を席巻し数々の栄誉を手中に納め世界を味方にした。

ところで、アルバム2集後に解散したといわれるバンド野菊は、今年5月に再結成を宣言したそうだ。(WoW!Korea:2012年7月1日)

(本ブログ関連:"5大歌姫"、"イ・ソンヒの本歌取り"、"イ・ソンヒ 美しい江山"、"イ・ソンヒのカバー「熱愛」"、"イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」"、"イ・ソンヒのカバー「みなさん」"、"イ・ソンヒのカバー「あなたは遠いところに」")



(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2012年7月24日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 趙昌勲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/18)に、人物シリーズ37回目として横笛のテグムの演奏家、趙昌勲(チョ・チャンフン、조창훈)を紹介した。

始めに横笛の管楽器「テグム大笒대금)」の(伝説と楽器)紹介から始まった。
・歴史書「三国遺事」(1270年代後半~1280年代中頃)にある、新羅時代(約1500年前)の伝説的背景に作られた楽器であり効能があったため、万事の萬と波、息の笛として「萬波息笛(まんぱそくてき)」(만파식적)と知られている。学者たちはこの伝説の楽器が「テグム」と推測している、そうだ。
(付記) テグム(名称/楽器)成立は、文献上どれくらい歴史を遡行できるのだろうか。

▼趙昌勲のテグムによる「清声曲(チョンソンジャジンハンイプ、청성자진한잎)」を聴く。楽器の特性を強調しているようで・・・気が緩まない。
(参考)박용호演奏の映像がYoutubeにある・・・こちらは穏やかで。(登録者koartny80に感謝)

・(上記より続き) テグムは、フルートと同じ横笛である。フルートの高く澄んだ美しい音色に対して、テグムは奏者の荒い息遣いまでもが音色となって聞こえる。即ちテグムは高音の際に、何か破れるような荒い音がする、他の伝統楽器にない特徴がある。吹き口と指で押さえる穴の中間位置に、清孔(チョンゴン、청공)という特有の穴がひとつあり、ここを葦から取った薄い膜で塞ぐことで、息遣いにより膜が震えて独特な音色を作り出す。

▼趙昌勲のテグムによる「重光之曲(チュングァンジコク、중광지곡)」の中から「相靈山(サンリョンサン、상령산)」を聴く。清孔の響きを強調すると、どこか大陸的でホーミーを想わせる。国楽の習い事で人気のある楽器として、男性に一番というのも分かる気がする。

1970年代に、趙昌勲と朴正煕박정희)大統領との次のような逸話が紹介された。
・大統領に縦笛の短簫(タンソ:단소)を教えたことがある。しかし大統領が悲劇的な最期を迎えた後は、長い間、自らもソウルを離れ、地方で国楽団体を作り、細々と演奏活動を行っていた。

▼趙昌勲のタンソの演奏による「細靈山(セリョンサン、세령산)」を聴く。テグムに比べて、高音で明るい。素直な響きが、小中学校の音楽教材に使われているのが分かるような気がする。

2012年7月23日月曜日

USB LANアダプター

以前(~2010年8月)使用したノートPCは、CPUの熱で動作が不安定になり、とうとう停止した。当時、メーカーに修理依頼したところ買い替えを勧められたため、放置した。HDDは問題ないので、先日、同型の中古機をインターネットで探したところ、何とも信じられない値段になっていたので、早速購入した。
HDD交換は安定して問題ないが、(現在使用のPCに接続のLANケーブルで)LAN接続したができないのだ・・・。

・インターネットの販売業者に返送して確認してもらったところ、LAN接続できると送り返される。
・インターネットの接続(ケーブル)業者は、LANケーブルまでネットワーク上の問題はないという。
・市民パソコン相談に持っていくと、最初は接続できるが、LANケーブルを交換すると以後接続できない。
・地元PC修理店に相談すると、LANポート/ボード修理は、ノート型(マザーボード一体)のため費用がかかる。

どうしょうと思案して・・・USBでLAN接続できないかと・・・探せばあるじゃないか、それも超お安いものが。早速、吉祥寺の電器店で、USB LANアダプターを買い求め、LANケーブルとつないだところ、あっさりインターネット接続できたのだ。(ちょっと見た目がうるさいけど)
何のことはない、LANポート/ボードにこだわり過ぎたのだ。

2012年7月22日日曜日

机上鉱物採集:大暑 2012

大暑の今日、いつもお世話になっている石仲間のйосиба氏に、机上鉱物採集させていただいた。
体調は復活したつもりでいるが、脱力感が100%抜けきれたわけでなく、そんな機会のおすそ分けだけにありがたい。
机上鉱物採集などと言い訳せずに、素直に頂いたと言えばよいのに・・・そんなわけで、次の標本を頂いた。感謝。

・青森県赤根沢: ベンガラ(酸化第二鉄)
・秋田県亀山盛(きさもり)鉱山: 藍銅鉱、孔雀石、青鉛鉱
・岩手県沖田: コランダム(サファイア)
・長野県甲武信鉱山: 灰鉄石榴石*
・長野県御陵山林道: (菊花状)ベスブ石
・石川県恋路海岸: セラドン石*+沸石
・静岡県菖蒲沢: 自然金

(*: 再度いただいた鉱物)

(本ブログ関連:"机上鉱物採集")

(付記)
いつまでも机上ばかりでなく、本格的に実地採集に行かねばならないな・・・。

大暑2012

今日は旧暦二十四節気の「大暑」だ。数日前にヒンヤリした涼しさで、暑中に入るタイミングをはずしていたが、再び気温が上昇に転じて、これから暑さが日ごと増していくことだろう。それに、この大暑の季間には、土用の丑の日があって、季節を味わうように鰻の蒲焼を食べるわけで・・・ああ、鰻重がいいな。

さて、夜になって遠くから太鼓の連打音が聞こえてくる。そういえば昨晩も、武蔵小金井の市役所通りから、南の空に花火の閃光が花開き、轟き響く光景を見た。いよいよ夏の夜祭りが始まったようだ。そうか、もう夏休みなんだ。

2012年7月21日土曜日

こうのとり3号

日本経済新聞の記事「H2B打ち上げ成功 星出さんの宇宙基地に機材」(7/21)は、無人輸送機(HTV)「こうのとり3号」が打ち上げられたと次のように報じている。先日、「こうのとり」の実機がTVで放映されたが、「『こうのとり』は直径約4m、全長10m弱、観光バスが収まる大きさ」(JAXA)に驚いた。未来が楽しみだ。

・宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業は21日午前11時6分、種子島宇宙センター(鹿児島県)から国産大型ロケット「H2B」3号機を打ち上げた。国際宇宙ステーション(ISS)に実験機材や超小型衛星などを運ぶために搭載していた無人輸送機「HTV(愛称・こうのとり)」3号機を約15分後に予定の軌道に投入し、打ち上げは成功した。

・ISSでは7月中旬から星出彰彦さんらが長期滞在を始めており、27日夜にもロボットアームを操作して接近してきたHTVをつかむ。日本人飛行士が国産輸送機を宇宙で出迎えるのは初めて。

(付記)
ところで本当なら今日、日本未来科学館に行って、研究棟ツアー「細胞の中でまわる酵素~ATP合成制御プロジェクト」を聴いてみようかと思っていたが・・・行きそびれてしまった。内容は、科学技術振興機構がYoutubeに登録しているようなものだろうか。残念。

イ・ソンヒ 麗水万博「ポップフェス アンコール公演」

イ・ソンヒ公式HPより
イ・ソンヒの公式ホームページ(7/19)に、麗水万博で行なわれた「ポップフェスティバル」のアンコール公演の開催予定が次のように紹介されている。

イ・ソンヒの場合、先月(6/27)出演して以来のアンコールにあたる。

・日時: 8月9日(木)、19:00 ~
・場所: エキスポ特設舞台

(本ブログ関連:"麗水万博")

2012年7月20日金曜日

(資料)在韓の英国人が見た韓国音楽

中央日報の記事「【コラム】韓国が無視する韓国音楽(1)、(2)」(7/19)は、在韓の英国人(ダニエル・チューダー)による韓国音楽に対する興味深いコラムだ。
韓国の音楽ビジネス(消費者価格)と、韓国音楽への対面について次のように紹介し論じている。(抜粋)
------------------------------------
・韓国のインディーズバンドは自国で、こうした(来韓した西欧のバンドと同様の)待遇を受けられないという事実が悲しくはないだろうか。外国バンドを見るためには10万ウォンを惜しまずに出し、相当な実力を持つ韓国のバンドの公演には1万ウォンももったいないという心理はどういうものなのか。

・韓国人音楽家の曲のダウンロードも示唆する点が多い。1曲をダウンロードするのにわずか60ウォン(4円)だ。ほとんど無料だ。日本は1曲のダウンロードに2000ウォンほどかかる。国際的にも1曲当たり1000-1500ウォンが相場だ。

(参考)本ブログ関連:"韓国のオンライン・オフライン音楽市場規模"

韓国ロック音楽の父シン・ジュンヒョン(신중현)にインタビューをしたことがある。彼はインタビューで、韓国の若者がライブ舞台ではなく、MP3だけで音楽を聴くと嘆いていた。MP3で聴く音楽は軽い。バンドが演奏するライブ舞台を見て、レコード店を訪ねるのは貴重な経験だ60ウォンで1曲をダウンロードするのとは比較にならない響きを持つ経験だ

・音楽がこのように冷遇される状況は、音楽を使い捨てとする結果をもたらす。2年前の曲は"旧式"になって聴く価値がなくなる。このためシン・ジュンヒョンの音楽がどれほどすごいかを韓国人の友人に話しても、友人は私をおかしな人と考える。「シン・ジュンヒョンは昔の音楽」という言葉も返ってくる。私がキム・チュジャ(김추자)パク・インス(박인수)キム・ジョンミ(김정미)のような歌手が好きだと言うと、友人は私を狂った人間と見る。しかしこの歌手たちはみんな偉大な音楽家だ。

・~しかしなぜ韓国人は韓国の音楽をもっと尊重しないのだろうか。
------------------------------------

(付記)
むかし日本のロック歌手が海外(英国)のフェスティバルに呼ばれ、溢れんばかりの聴衆で埋まる大会場のステージで歌う光景をNHKが放送したことがある。内容は、日本のロック歌手がついに海外のロック歌手の仲に加わったようなものだった。ある著名な外国人ロック歌手にインタビューしたとき、「(日本人歌手について)彼は○○○によく似ている」と笑いながら応えていたのを見て、わかったことだが・・・彼らからみればそういうものか・・・という感がした。
上記コラムについても、在韓の英国人の感想としては自然だろう。彼がもし日本にいたとしても、音楽の接し方について多分同じような感想を述べただろうと容易に想像できる・・・気がする。

2012年7月19日木曜日

夏休み

最近、ご近所に新築して来られた数軒の家族に小学生の子どもたちがいて、午後になると下校した彼らの元気で賑やかな遊び声が家の前の通りから聞こえてくる。住宅地に入りこんだ道なので、車の心配はほとんどない安全な遊び場所だ。

子どもたちが遊び疲れて静かになった路面に、チョークで描かれたらしい可愛い絵が残っていることがある。きっと、幼い仕切りを描いて、そのうえを飛び跳ねたのだろう。かれらの夢がまだあるような気がして、その脇をそっと通ることになる。

昨日、近在の小学校から下校する子どもたちが、荷物をいっぱい抱えていた。なかには荷物を地面におろして一休憩している子もいる。そうか、夏休みに入るため、学校に置いてあるそれぞれの学用品を持ち帰らされているのかなと気付く。その小学校の行事予定をインターネットで見ると、終業式は明日20日とのこと。

子どもたちにとって長い夏休みがいよいよ始まる。

2012年7月18日水曜日

イ・ソンヒのカバー「あなたは遠いところに」

イ・ソンヒの韓国歌謡のカバーをYoutubeに探して今回、キム・チュジャ(김추자)の歌「あなたは遠いところに(님은 먼 곳에)」(1970年)を聴いてみたい。まさに若さ溢れる押し出すような高音のカバーである。

ところで、Ko-Wikipediaによれば、この曲は「1970年に東洋TVで放映された同名のドラマ主題歌に作られ、また(最近の)2008年に公開された同名の映画で使用された。」とのこと。この際、届かぬ愛の歌そのものを中心に据えた方がよいのかな・・・つまり、イ・ソンヒがまだ子どもだった1970年ころの歌として。

(本ブログ関連:"5大歌姫"、"イ・ソンヒの本歌取り"、"イ・ソンヒ 美しい江山"、"イ・ソンヒのカバー「熱愛」"、"イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」"、"イ・ソンヒのカバー「みなさん」")



(Youtubeに登録のfrce68、526apolloに感謝)

2012年7月17日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 崔允瑛

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/11)に、人物シリーズ36回目として民謡歌手、崔允瑛(チェ・ユニョン、최윤영)を紹介した。

まず、韓国の(4つの種類に分けられる)民謡の復習から始まった。
・京畿民謡: アリランのメロディーが代表的な、ソウル中心の地域に伝わる民謡。他の地域の民謡に比べ、澄んだきれいな声で歌われ、軽快なリズムが特徴。
・南島民謡: 南の地方で歌われてきた民謡。京畿道地方の民謡に比べ、その歌う声は太く低く、心の底に響くような印象を与える。この地域は歌のふるさととしても有名で、今でも多くの民謡が歌い継がれている。
・東部民謡: 韓半島を縦断する太白山脈の東側に位置する咸鏡道、江原道、慶尚道地方で歌われてきた民謡。この地方の民謡は比較的、強弱やメロディー変化が激しく、どこか物悲しい印象を受けるのが特徴。
・西道民謡: 黄海道と平安道地方に伝わる民謡。鼻にかかった声で歌われ、長短(チャンダン:リズム)が一定ではなく、不規則に変化するのが特徴。
(本ブログと具関連:"民謡")

▼崔允瑛の歌による西道民謡をアレンジした「桃花、君を描いて(도화 널 그리며)」(ギター伴奏)を聴く。民謡というかフォークソングの方がふさわしいような・・・。

崔允瑛について次のように紹介された。
・国楽と無縁の普通の会社員から、ある日民謡のレッスンに通うになり、本格的に京畿民謡を学ぶ。
・現在、自宅のある慶尚道地方(嶺南地方)で忘れ去られつつある民謡を発掘する仕事に従事しているという。

▼崔允瑛の歌による「秋江(チュガンイ、추강이)」を聴く。唱法も旋律もフォークソングになっているような・・・。

▼崔允瑛の歌による「アブレスナ(トムソソリ)(아부레이수나, 돔소소리)」を聴く。一番民謡風に聞こえた・・・伝統に帰るような。

(付記)
伝統音楽(宮廷音楽や民謡)を国楽と呼ぶとき、その現代化(西洋音楽化やいわゆるコラボレーション)が進むと、ジャンルをどう引き分けるのだろうと気になる。おじさんには、聴く最初に、そんな疑問が浮かんでしまうと、どうも・・・。

(追記)
毎日jpの記事「梅雨明け:四国、中国、近畿、東海、関東甲信で」(7/17)は、この地の梅雨明けを次のように報じた。
気象庁は17日午前、四国、中国、近畿、東海、関東甲信地方でそれぞれ梅雨明けしたとみられると発表した。平年より1〜4日早い。太平洋高気圧が強まり、日本海に停滞している梅雨前線が南下しないと予想されるという。【田中龍士】

2012年7月16日月曜日

多摩六都科学館

西東京市の新青梅街道沿いにある、多摩六都科学館のプラネタリウム(サイエンスエッグ)に行く。ランドマークとしてスカイタワー西東京(旧:田無タワー)が隣接するのでアクセスに便利である。
同館ホームページの解説によれば、プラネタリウムは今月7日リニューアルオープンしたばかりで、「世界最大級、直径27.5mのプラネタリウムドームに、世界最多1億4000万個の星を投影」するという。昨晩、地元ローカルテレビでも、天の川がひとつひとつ星として投影されていると紹介していた。(それに、NHKで2度ほど紹介された・・・そうだ)

(本ブログ関連:"七夕2012")

プラネタリウム:
・太陽の直射を避けようと午前早々、プラネタリウムの本日投影「瞳の大冒険 ~宇宙・そして・・・を見る~」(10:30~、45分)の第1回目に合わせて行く。どっこい陽射しは夏そのものだった。開館の9:30に遅れること15分、にもかかわらず玄関前広場には長蛇の列、家族連れで大盛況である。ようやく入館受付にたどり着く10人ほど先で、10:30からの投影は満席になってしまった。仕方ない、次回の13:10まで待つことにした。
そこで地学系の展示(関東ローム層、武蔵野台地など、姶良火山灰にはビックリ)を中心にじっくり見てまわり、何とか時間を費やして、ようやく午後一番のプラネタリウム投影を観覧することができた。
・科学館当地を基準に今晩の夜空を投影てし、惑星(火星、土星)、夏の大三角(琴座ベガ、鷲座アルタイル、白鳥座デネブ:共にα星)、天の川銀河を紹介した。夏休みも近く、家族連れが観覧することを考慮してか、投影設備(恒星投影機(ケイロンⅡ)と惑星投影機、4台の4K高精細プロジェクター)の性能を満喫する時間は正直足りなかった・・・気がする。
・次に、<レンズちゃん>という虫眼鏡キャラクターが世界の観測設備を巡るお話で、ハワイすばる望遠鏡、チリ超大型望遠鏡(VLT)、衛星ハッブル望遠鏡、国際宇宙ステーション(ISS)などの観測写真や映像が投影された。

大型映像:
・プラネタリウム観覧の後、プラネタリウムドームを使った大型映像「ダーウィンミステリー ~生命進化の謎を追う~」も視聴する。こちらは、フルCGでダーウィンの「進化論」を紹介する映画だ。ヨーロッパの作品のようで、見せるということに重点があって楽しめた。案内をつとめるダーウィンのCG像にちょっと感動した。
・この映像を見ながら、ヴィクトリア時代の博物学を土台にした、絵解きとしての分かりやすさ(見やすさ>分類)を究めた博物図鑑だけでなく、「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」のようなものまで含めて、 そのような伝統が今だにヨーロッパに残っているように感じた。
・自然選択から突然変異を通じて環境適応としての進化、それを細胞内で基礎作るDNAの紹介まで見やすくまとめられていて感心した。


(付記)
朝の明かりに目を覚ましウトウトしていたとき、地震に襲われた。微動から揺れが次第に激しくなる、いやな予感がしたが幸い震度2でおさまった。寝ぼけまなこの状態だったが、体感は震度3くらいに感じた。

気象庁の地震情報は次の通り。
・平成24年07月16日04時41分 気象庁発表
16日04時31分頃地震がありました。震源地は茨城県南部 (北緯36.2度、東経139.8度)で震源の深さは約50km、地震の規模(マグニチュード)は4.8と推定されます。

何と震源が東北新幹線から4kmほどの所だったことに驚く。

ところで気象庁の地震情報を見ると、先日(7/12)に杉並区西荻駅の南を震源にした地震があったようだ。不思議なことに、神奈川県下だけ震度1を表示している。

2012年7月15日日曜日

験担ぎ

考えてみれば験担ぎに似た行動をとっていない。天運に委ねるような局面に出会わないと、そんな思いがしないのかもしれない。鉱物採集だって十分に運任せなところがあるのに・・・そんなことだから思いがけない鉱物結晶との幸運な巡りあわせがないのだろう。

ところで、時事ドットコムの記事「搭乗前、多くの験担ぎ=ガガーリンに献花、映画鑑賞も-星出さん「楽しみ」 」(7/14) に、ロシアの宇宙飛行士の験担ぎについて、ソユーズに搭乗(15日、日本時間同)する星出彰彦宇宙飛行士を通じて次のように紹介している。

・飛行士は、ガガーリン(Гагарин)宇宙飛行士訓練センターがあるモスクワ郊外の「星の町」の博物館を訪れ、再現されたガガーリンの執務室で卓上のサイン帳に署名する。その後モスクワ中心部のクレムリンそばの赤の広場、ガガーリンらが眠る墓にカーネーションをささげる。星出さんも6月下旬に献花した。

・打ち上げ2日前
飛行士はバイコヌール宇宙基地(カザフスタン)近くのコスモノートホテルで記者会見。続いて旧ソ連のコメディー風アクション映画「砂漠の白い太陽(Белое Солнче Пустыни*)」を観賞する。約40年前からの伝統だ。

(*参考)
- Youtube: 「Demo-clip」、フルバージョン (登録のvideodedUA、mosfilmに感謝)
- 解説: ブログ「RUSSIAN DVD」、感謝。
- なるほど、こんな映画を事前に見ているわけか。やる気にさせるため、活を入れているのかな。

 ・打ち上げ当日
飛行士は本番の約6時間前に同ホテルのドアに再び記念のサイン。ロシア正教会の聖職者による祝福を受けた後、旧ソ連時代の1980年代の音楽を背に、発射台に向かうバスに乗る。
バスは発射台の約1キロ手前に停車。男性飛行士はバスの右後輪におしっこをする。宇宙服のため動きにくいが、ガガーリン以来の行事だ。
宇宙航空研究開発機構によると、女性の場合どうするかは不明。(事例については記事参照)

(付記)
以上の記事を書いた記者の知りたがりがうれしい。各国の宇宙飛行(訓練、基地、発射、食料など)について、験担ぎという人間臭い逸話をもっと知りたいな。それに、国民の宇宙飛行士に対する捉え方もちがうだろう・・・日本なら理系万能エリートの感じだが、ロシアやアメリカは軍人が多いので冒険野郎といった感じなのだろうか、そんなことも知りたい。

(追記)
時事ドットコムの記事「星出さん、再び宇宙へ=4カ月滞在、宇宙遊泳も-ソユーズ打ち上げ・カザフ」(7/15-11:57)は、打ち上げの様子が次のように報じている。

・国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在に臨む星出彰彦さん(43)ら3人を乗せたロシアのソユーズ宇宙船が15日午前8時40分(日本時間同11時40分)、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられた。約9分後に高度約200キロの地球周回軌道に入り、打ち上げは成功した。日本時間17日午後にISSにドッキングする。

・星出さんは2008年6月に米スペースシャトルに搭乗し、今回が2回目の宇宙飛行。長期滞在は若田光一さん(48)や野口聡一さん(47)、古川聡さん(48)に続き4人目。4カ月余り滞在し、自身が08年に設置した日本実験棟きぼうの実験室でメダカの飼育実験を担当するほか、小型衛星の放出も行う。

2012年7月14日土曜日

(資料)チョ・ソンジンの「イ・ソンヒの声量」

中央日報の(以前の)記事「[チョ・ソンジンの音痴不可] イ・ソンヒ…声楽家にも押されない声量 - 発音・音程 定規で測ったように正確 パワーと女性的華奢さを兼備え」(2006年5月24日、修正採集版:2006年7月10日)に、イ・ソンヒの強力な発声・声量について、月刊「ホットミュージック」の(第2代)編集長のチョ・ソンジン音楽評論家が次のように述べている。感謝。

・歌うときは色々な筋肉が使われる。腹筋、腰筋、声帯筋、胸筋などほとんど使わない部位がないので、歌自体も大きい運動であるわけだ。からだはそれ自体が一つの響筒である。歌が上手な人たちは響かせ、からだをより一層性能良くするために刻苦の努力をしたと見ることができる。

・最近、300年ほど古い名品のヴァイオリンのストラディバリウスが米楽器競売史上最高額の354万ドル(約33億ウォン)で売れたという。1984年「Jへ」で彗星のように登場したイ・ソンヒは、鋭い刃の繊細な美しさが連想される、ストラディバリウスのような名品の響筒の典型である。

・彼女は、(裏声に対置する)真声を主に使うが、状況によって頭声(裏声)をはじめとする色々な唱法を応用している。快い音色に途てつもない声量は、彼女の強みの一つだ。女性ロック ボーカリストのパット・ベネット(Pat Benett)やグループ「フォノンブロンズ(4 Non Blondes)」のボーカルで有名なリンダ・ペリー(Linda Perry)*の強力さに女性的な面が混在されている。それで、イ・ソンヒの歌では、眩しく強いながらも女性的な華奢さがにじみ出る。

(*補注)リンダ・ペリーの4 Non Blondesの「What's up」を、イ・ソンヒも歌っている。 (Youtube登録の4NonBlondesVEVO、526apolloに感謝)

・音楽界に初めて登場する当時、イ・ソンヒは強力で熱情的な唱法を駆使した。舌が比較的厚い方だとそれだけ声にパワーをよくのせて高音でも力があってさっぱりと伸びていく。完璧なほどすっきりしている高音処理以外に声帯と顎、バイブレーションなどを等しく駆使する能力も優れる。

・それのみか. 合唱団や声楽家らと「マッチャン(1対1対面)」しても声量で少しも押されることがない。声量が大きいので声の共鳴もまた大きい。難しい曲でも一音を長引く長い息遣い、澄んだ力強い音色を維持する姿は十分に天下のイ・ソンヒらしい。発音と音程、リズムもまた、全部定規で測ったように正確だ。まさにこういう正確性で鋭いボイスの熱唱が時には聞き苦るしくするほどだ。他の見方をすれば初期のイ・ソンヒは、驚くべき歌唱力の所有者であるのに音の余裕がないように見えた。

・一つ時間が過ぎながら、イ・ソンヒの歌では「味」が感じられ始めた。歌う時に力もたくさん落ちて楽になった。それでも強く鋭く振る部分では、相変らず色あせない高出力パワーが輝く。歌う時、色々な筋肉を組織的によく使うのも知ることができる。ロックからポップ、バラード、国楽まで消化できないことがないのだから。

・イ・ソンヒは40代に入ったのに首(>喉)の管理をうまくして相変らず良いコンディションを見せている。それ自体が名品の響筒になって、単に「声を吐きだす」のではなく、「声を食べる」超絶頂段階にまでなった。

・いつかイ・ソンヒは、「技巧よりは歌で真正性を吹き込む態度が重要だ」と話したことがある。来月(2006年6月)17,18日世宗文化会館で開くイ・ソンヒの「因縁」(22周年)コンサートは、30人編成の弦楽器を動員して国楽と洋楽を行き来する舞台で飾るのだ。イ・ソンヒが直接タンゴのダンスまでリリースする予定という。絶えず生まれ変わって内面的により一層深くなるばかりであるイ・ソンヒ、 彼女が話す「歌の真正性」を今回の舞台で見たい。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒと高音"、"イ・ソンヒと高音 2nd")

2012年7月13日金曜日

梅雨の湿気

今日は一日中、高音と湿気に悩まされる。除湿機を全開させるるものの追いつかない。エアコンの除湿機能は昼間は有効だが、日が翳ってくると冷風が按配よくない。扇風機を加勢させてしのいでいるが、例年梅雨がこうだったかなと疑問になるほど鬱陶しい。

まるで台風災禍のような九州地方の集中豪雨。それに近ごろ竜巻も常態化したし、亜熱帯化が確実に進んでいるような気がする。

(参考) 気象庁の防災気象情報>アメダス(表形式)より
2012年07月13日 東京
時刻 気温 降水量 風向 風速 日照時間湿度 気圧
mm 16方位  m/s   h % hPa
1 25.9  0.0  3.8 89 1003.8
2 25.4  2.5  4.6 92 1003.8
3 25.1  9.0  3.3 94 1003.3
4 24.9  0.0 南南西  3.1 0.093 1003.4
5 24.8  0.0 南南西 2.6 0.090 1003.9
6 25.1  0.0 南南西  2.9 0.0 89 1004.2
7 25.9  0.0 南西  1.9 0.089 1004.6
8 27.7  0.0  2.9 0.883 1004.4
9 28.9  0.0 南南西  4.3 0.2 77 1004.4
10 30.1  0.0  4.5 0.7 68 1004.4
11 30.0  0.0 南南西 5.1 0.4 71 1004.1
12 29.6  0.0  5.0 0.171 1004.1
13 29.8  0.0  5.7 0.7 70 1003.6
14 28.7  0.0  5.7 0.0 75 1003.4
15 28.2  0.0  4.7 0.0 77 1003.3
16 28.5  0.0 南南西  5.0 0.076 1003.5
17 28.5  0.0 南南西 6.4 0.0 76 1003.5
18 27.8  0.0  3.5 0.0 79 1003.7
19 27.4  0.0  3.4 0.0 80 1004.1
20 27.2  0.0  4.2 0.081 1004.5
21 26.9  0.0  5.0 81 1004.7
22 27.1  0.0  4.6 80 1004.5
23
24

2012年7月12日木曜日

バナナ味清涼飲料水

さて今日も、バナナ味巡礼に行こう。先日、地元スーパー(イナゲヤ)で見つけた、ポケットサイズ(15×5×3.5cm)の小さな紙パックに入った清涼飲料水「明治オ・レ バナナ」(200ml)だ。冷蔵庫から取り出して飲んだ瞬間、ああ、これは懐かしい名糖バナナアイス(バー)を飲み物にしたような味具合と感じた。そう、あのバナナ甘味だ。

黄色いパッケージに「やさしい甘さ」と書かれて商品名を大書きしていて、デザインは今時としては全体にレトロかな。果汁2%もほどよい。だって、果汁100%のバナナ飲料なんて考えただけでも夢をなくしてしまう。やっぱり、あの独特な甘味のバナナ味でなければならない。

(本ブログ関連:"バナナ")

2012年7月11日水曜日

清雅なひと

力強い、そして澄んだ高音が魅了してやまないイ・ソンヒの丁寧な歌唱力にひかれる。デビュー当時の彼女に、ファンの少女たちが合わせ鏡に求めたものは、自分たちと距離を縮めて見ることのできる清潔で健康的な姿だったのだろう。そして彼女とともに時を経たファンにとって、アーティストとして大きなうねりを創りつづける彼女のなおも<清雅>な姿を、今もステージに見ることができるのは幸せなことに違いない。

我が日本の(身近な)アジュンマたちよ、早く彼女の本当の美しさに気付いて欲しいものだ。

久し振りに、イ・ソンヒの「秋の風(갈바람)」を聞こう。2004年にデビュー20周年を記念したコンサートが世宗文化会館大劇場で開かれた際の映像である。驚くことに、この美しい名曲は初期の2集アルバムに収録されていた。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「秋の風」"、"秋の風"、"秋の風"、"オギヨディオラ"、"(資料)イ・ヨンウ大衆音楽評論家「江辺歌謡祭とイ・ソンヒ」"、"イ・ソンヒのファン"、"イ・ソンヒの歌謡トップ10")



(Youtubeに登録のpops8090に感謝)

2012年7月10日火曜日

こんにゃくゼリー

しとしと降り続く長雨にうんざりしていたが、中休みの晴れの日のあいだ梅雨を忘れていた。ところが、天気予報は、明日からまた梅雨に戻るという。

先日、大きな血豆を口腔に作ってしまい傷口が痛くて、<こんにゃくゼリー>や<アイスクリーム>で過ごしている。ようやく昨日から、しっかり茹でて水に冷やした<うどん>と<素麺>も食している。
唾を飲み込むのにも一息入れているのに、いっそのこと<こんにゃくゼリー>で減量するのも悪くないな・・・と、考える余裕が出てきた。

2012年7月9日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 成昌順

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/4)に、人物シリーズ35回目としてパンソリの名人の成昌順(ソン・チャンスン、 성창순)(1934年~)を紹介した。

まずパンソリ판소리)の復習から始まった。
・パンソリは、ひとつの物語をメロディーと身振り手振りを交えて歌うソリックン(소리꾼)と、太鼓(プク)を使ってリズム(長短(장단))を与える鼓手(コス、고수)の二人で構成される。
・昔、貴族は親しんだ音楽を歌(唄、ノレ(노래))といい、庶民が楽しんだ音楽を音の意のソリ(소리)と呼んだ。貴族階級(両班)は、庶民音楽を取るに足らぬ「雑歌」とも呼んだ。また庶民発祥のパンソリが、その正式名称で呼ばれ、音楽ジャンルを確立(300年~400年ほど前)してからそれほど経っていない。
・完成度が高まると貴族階級にも広まり、遂に王までもが鑑賞するようになったという。

(付記)
・パンソリの語源に、パン:場、ソリ:自然の音+声、という解説がある。(「パンソリ」申在孝、東洋文庫)
Wikipediaによれば、「パンソリの父」申在孝(신재효、1812年~1884年)は、「広大(芸人)」から口承を聞き取り定本にし、両班階級にも通用する文学として体系化したとのこと。

(本ブログ関連:"パンソリ"、"長短")

▼成昌順の歌による「春香歌(춘향가)」の中から「恋歌(사랑가)」を聴く。伸びやかで抑揚のある。「高く澄んだ歌声」で自在に歌う。確かに、今まで聞いたパンソリの歌い手たちと声質が違う。
(この歌は、解説者の岸さんが大学の教養の授業でパンソリを学んだ際に、実技試験の課題曲だったそうだ)

(本ブログ関連:、"恋歌")

次のように成昌順のプロフィールが紹介された。
・1934年、光州で生まれる。
・16歳の時、唱劇団に参加して、カヤグム、コムンゴ、鉄ヒョングムなどの楽器を学んだ後、当代の実者、キム・ソヒ、チョン・ウンミン、パク・ロクジュといった師匠について本格的にパンソリを学ぶ。覚えの早い才能に、師匠たちから「歌泥棒」と呼ばれた逸話がある。
・1991年 重要無形文化財第5号、パンソリの芸能保有者として指定される。

▼成昌順の歌による「沈清歌(심청가)」の中から「泛(汎)彼中流(범피중류)」を聴く。平板な中で。鼓手(고수)とのかねあいが見えてくるようだ・・・。

(本ブログ関連:、"泛(汎)彼中流")

▼成昌順。全貞珉(전정민)の歌による「南島民謡」の「南原山城(남원산성)」を聴く。何だかトロットにつながるような・・・楽しそうに聞こえてくる。

2012年7月8日日曜日

四谷で鉱物の会 12-7-8

今月から行動半径を拡大。どれ位いかといえば、四谷まで出歩いて、久し振りに鉱物の会の例会に参加した。今回のメイントピックは、会員の中で自慢の収集品をお披露目するコンテストと、鉱物鑑定練習だ。

・十数人がお披露目した中に、いつもお世話になっているxаякава氏が茨城県の朝日トンネルで採集した柘榴石・電気石の標本がある。なんと3位に入られたのだ。ところで同時期に採集された素晴らしい緑柱石も出品されたなら、どんな結果になっただろうか。それも気になるところだ。
・鉱物鑑定では、全問正解の1位が2名であったのに対して、一問だけ不正解の2位は何と26名もいて多すぎるため、2位には恒例の標本プレゼントはお預けになった。(周りの方のご意見を盗み聞きして、26名の中に潜り込んだのだのだが・・・)

会場を見て感心したことに、会員に小学生(もちろん付き添いの親も)の姿がぐんと増えてきたことだ。未来の鉱物研究者にもなるかもしれない彼らのために、上記の鉱物鑑定の標本プレゼントが優先されたことはいうまでもない。子どもたちの存在は会場を和ませ、鉱物の会の永続性が期待できる気がする。大切で貴重な会の宝物だ。

5月末に予定していた河津鉱山の鉱物採集に体調不良のために行けなかったが、お誘いいただいたйосики氏に次の採集には是非ともとお願いをした。
とはいえ、帰宅するやごろりと転寝をしてしまった。鉱物採集までもう少し体力の回復が必要か?

2012年7月7日土曜日

七夕2012

ここ数年、七夕は星空に恵まれていない。2009年は曇天、2010年は小雨、そして去年の2011年は昼間の晴れにもかかわらず夕方に雲が垂れ込んだ。今年は残念ながら、朝から小雨が降り続いている。

多摩地区の6市共同で設立された科学博物館「多摩六都科学館」が隣の市にある。サイエンスカフェが催されていて、七夕の今日、「ダークマターの正体や宇宙の進化について」の講演がある。しかし事前申込制のため、それを怠っていたので諦めるしかない。今朝方事務局に、キャンセル待ちを期待して電話したがだめだった・・・。
(縁者がプラネタリウムのリニューアルに関わっていただけに出席したかったのだが)

国立天文台の七夕のイベント紹介を見ると、「七夕公開講演会『七夕の夜は宇宙を見上げて』」があった。なんと地元の法政大学小金井キャンパスで行なわれるというので出かけた。
次のような<楽しそうな>講演タイトルであるが、実際は素人にヘビーな内容だったけれど、動画や図版でわかりやすく工夫をされていた。

・「宇宙ってなんだか知っていますか?」(岡村定矩 法政大学・教授)
宇宙の大きさ(「宇宙図」や、Youtube映像「Voyage to the center of the Virgo cluster」などで)、宇宙の膨張(光円錐)などについて紹介された。
宇宙の観測は宇宙の過去につながる。宇宙は誕生から137億年たった今も膨張しているが、彼方にある129億年近く前の天体まで観測されてきているという、興味深い観測競争が行なわれているようだ。

・「宇宙の大きな謎にせまる」(土居守 東京大学・教授)
分光器やドップラー効果の原理をもとに赤方偏移の現象から、宇宙膨張を分かりやすく説明してくれた。ダークエネルギーの話しもあったが、正直、ダークエネルギー>ダークマター>ダースベイダーになってしまう素人には・・・難しい。

2012年7月6日金曜日

うるう秒

そうそう、2月1日のブログに今年が「うるう年」(2月が28日→29日になる)であり、おまけに7月1日には「うるう秒」が1秒追加されると記したが、本当にそうしたんですね。
msn産経ニュースの1日付け記事「『うるう秒』を実施 09年以来、情報通信機構」(7/1)に次のように解説されている。

・日本の標準時を管理する独立行政法人「情報通信研究機構」(東京都小金井市)は1日、標準時と地球の自転による時間のずれを調整するため、午前8時59分59秒と午前9時0分0秒との間に、8時59分60秒という「うるう秒」を挿入した。

(・・・08:59:59→08:59:60→09:00:00→09:00:01・・・)

・1日の長さが24時間1秒になる、「うるう秒」の挿入は世界中で同時に実施。前回は2009年1月1日にあった。

・「うるう秒」が必要なのは、地球の自転速度が厳密には一定ではないため。世界共通の標準時は現在、数十万年に1秒しか狂わない高精度の原子時計に基づいて運用されており、数年に1度「うるう秒」を入れることで、自転とのずれを解消している。

・1972年から行われており今回が25回目。同機構のシステムからの信号により、放送局の時刻運用システムなどの多くは自動調整される。ただ事業者によっては影響が出ないように対応が必要となることなどから、将来的には廃止も議論されている。


(付記)
7月1日のブログで月日の経つ早さを慨嘆したが、当日1秒遅くれたのだからおあいこか・・・そいうわけはないが、近在の情報通信機構(NICT)で午前9時を境に1秒のずらしを入れるイベントがあったそうだ。それに気付かず残念なことをした。
ところでイベントに出かけていたら、7月1日のブログはどのようになっていただろうか。

2012年7月5日木曜日

(資料)ユン・ホジュン「世界を変えた歌36弾-イ・ソンヒ"Jへ"」

Daumミュージックに掲載のユン・ホジュン(윤호준)の「世界を変えた歌36弾 - イ・ソンヒ "Jへ"」(1/20)は、1984年の江辺歌謡祭に登場した後デビューを果たした、イ・ソンヒの姿を次(一部抜粋)のように記している。感謝。

・(「Jへ」受賞当時の)イ・ソンヒは小さな体躯で、大きな眼鏡をかけた平凡な容貌であったし、ズボン(スタイル)に固執した。(「Jへ」序奏部の)バース(verse、節(ふし))の低音域帯を歌う時、彼女は外見と一致した。もろくて細く震える声であり、純粋に見えた。しかしコーラス(chorus、リフレーン)が始まれば、立体的で圧倒的な声量で歌を強打した。どんなものも、彼女の前を遮れなかった。歌はあっという間に彼女に征服された。ズボンだけ着る少女の暴風のような内面、イ・ソンヒのキャラクターはそのように形成されたし、一瞬のうちに10代少女たちの心をとらえた。あえて荒い男性ロッカーを探す必要がなかった。妖艶な女性ソウル・ボーカルも必要なかった。彼女は、危険な男性と派手でけばけばしい女性という単純な設定を跳び越える領域を保有していた。少女たちは、平凡なイ・ソンヒの外見を自分たちといくらでも一致させることができた。そして、その次の過程は、イ・ソンヒに預けた。それにより、イ・ソンヒの途方もない声を祈るように、大胆になり熱くなることができた。彼女が「私は愛に落ちました」と、「燃えるような私の愛避けられなくて」と張り上げるたびに、ピリッとした戦慄が押し寄せてきた。

・イ・ソンヒは、「Jへ」から始まったイメージで、1980年代を生きたし、最高の人気を謳歌した。しおりにさしておいた色褪せたイチョウの葉を物語る「ヨン」が、少女たちだけの内密な世界を扱った歌が、人気歌謡の序列に上った時期はかつてなかった。レコードを発表するたびに、声がアップグレードされた彼女は、若い作曲家ソン・シヒョン(송시현)の歌を歌う時まで無敵だった。1990年代の入り口で「思い出のページをめくれば」を歌う時まで、イ・ソンヒは女子中高生たちのアバターであり、隠した欲望の代理人であった。

(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

(付記)
本日、上野動物園のジャイアントパンダのシンシンが無事出産した。更に数時間から一日以内に、半分の確率で、双子の第2子を期待できるかもしれないそうだ。

2012年7月4日水曜日

イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」 (続)

現在、イ・ソンヒ公式ホームページ(⇒画面右下のON-AIRアイコンをクリック)から、全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会の「万博ポップフェスティバル」(6/27)のステージで歌った彼女の映像(収録時間26分43秒)を見ることができる。
(映像撮影/編集:イ・ヘワン)

(曲目)
・「私はいつもあなたを(나 항상 그대를)」
・「因縁(인연)」
・「あ!昔よ(아! 옛날이여)」
・「美しい江山(아름다운 강산)」
・アンコール「Jへ(J에게)」 ← 先日、Youtubeの別映像で紹介

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」")

2012年7月3日火曜日

イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート (続)

先月末の6/30(土)、雨の中、蔚山文殊ワールドカップ競技場、湖畔広場で開かれた「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」(午後7時30分~)に出演したイ・ソンヒのステージ写真が、ブログ「イ・サンボムの夢」(7/3)に多数掲載されている。(ちなみに登録者イ・サンボム氏は、主催の自動車会社に所属とのこと)

会場全体が真っ白に埋め尽くされている。写真も解説も雨脚の激しさを物語っているが、レインコートを被ったアジュンマの熱気は止まない。そして、イ・ソンヒは雨に濡れながらも情熱的に歌い上げる。臨場感がそのまま伝わる写真が並ぶ。感謝。

このコンサート、7月7日(土)にも再演されるが、二度ともに出演はイ・ソンヒのみとのこと。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート")

2012年7月2日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 梁邦彦

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/27)に、人物シリーズ34回目として国楽の枠を越え、幅広いシーンで音楽を制作している、梁邦彦(りょうくにひこ、ヤン・バンオン、양방언、1960年1月1日~)を紹介した。

まず、済州島제주도)の紹介から始まった。
・朝鮮半島の南に位置する島で、自然景観に富み、ユネスコの生物圏保全地域、世界自然遺産、世界地質公園(ジオパーク)に指定されている。
・島中央に、火山噴火てできた韓国最高峰の漢拏山(ハルラサン、한라산、1,950 m)がある。

▼梁邦彦作曲による「済州の王子」を聴く。伝統音楽の味付けしたライトミュージックといった感じで親しみやすい。

次のように梁邦彦のプロフィールが紹介された。
・1960年 東京で生まれ、日本で育つ。(父親は済州島。母親は新義州出身)
・最近では活動の場を韓国に移す。
・2005年、2009年 世宗文化会館でライブを行なう。

▼梁邦彦による「フロンティア」を聴く。伝統音楽の風を受けて、総合化のような・・・楽しい音楽。

▼梁邦彦による「Flowers of K」を聴く。きっと、伝統へ回帰していくのだろう・・・。

(TVのどこかでこの方の音楽を聞いているはず。Youtubeで聴いてみよう。)

2012年7月1日日曜日

かくて半年が過ぎ

早いねえ、今年も半分過ぎてしまったよ。この梅雨が明ければ、暑い夏が来て涼しい秋風が吹けば体を丸める冬になる。毎日の変化の中にいると季節に幕があるわけでないので、残り半年後にも、おんなじことをいっているだろう。

今日は、二十四節気ではないが、季節の移り変わりを表す雑節の「半夏生(はんげしょう)」とのこと。Wikipediaによれば、「半夏(烏柄杓)」という薬草が生えるころだそうだ。また、生薬の半夏と関係ないが同じ時期に、ドクダミ科の「ハンゲショウ(カタシログサ)」という草が、名前の通り葉を半分白く化粧するようになるともいわれているとのこと。

正直、漢方薬剤となるカラスビシャクも、半化粧の駄洒落につながるカタシログサも見た記憶がない。今日は小雨だし、別の機会に見てみよう。

(参考)
都立薬草園についての個人ホームページ(都立薬用植物園の妖精達)に、「ハンゲショウ(カタシログサ)」の紹介がある。この時期、白くなるこの草の様子を「半端な化粧」に見えるという観察も含めて、古来日本の化粧の歴史について解説している。感謝。

(付記)
ドクダミ科の草といえば、手入れをしない我が家の庭にドクダミが茂っている。除草剤など薬品を散布しないので、例年、ご近所の方に提供したりしている。

あっ、6/21が夏至だったことをブログに書き忘れていた!

2012年6月30日土曜日

イ・ソンヒ「(麗水)万博ポップフェスティバル」

イ・ソンヒが、全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会の特設舞台で催された「万博ポップフェスティバル」(6/27、19:00~)で、観客とともに「Jへ(J에게)」を歌う映像がYoutubeに登録されている。映像右上に「麗水万博TV」と表示されている。(登録者Expo2012YeosuKoreaに感謝)

コンサートステージ下からの彼女の映像は珍しい。野外会場のため夜風に髪をなびかせ、楽しみながら歌う姿に臨場感があって良い。そして何より素晴らしいのは、彼女の持つ清潔で健康的な、そしていつまでも若々しい映像を 見ることができるからだ。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演")



2012年6月29日金曜日

お稲荷さんと油揚げ

SBSが放送した「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST「狐の嫁入り(여우비)」をイ・ソンヒが歌ったこともあって、狐にからめていろいろと気にかけている。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

最近、地元の笠森稲荷神社にある赤い鳥居が続く光景を、携帯の待ち受け画面にしたりしている。
以前聞いた郷土史の解説で、この神社、皮膚病に効能があるとのこと、江戸期に遠く川崎の宿場町から女たちが訪れたという。

ところで、韓国語教室の宿題に、愛知県の豊川稲荷について記されていたので調べてみると、こちらは神社ではなく、曹洞宗の寺院である。インターネットの豊川稲荷略縁起は次のように記している。
一般的に「稲荷」と呼ばれる場合は「狐を祀った神社」を想像される方が多数であると思われますが、当寺でお祀りしておりますのは鎮守・(とよかわだきにしんてん)です。が稲穂を荷(にな)い、白い狐に跨(またが)っておられることからいつしか「豐川稲荷」が通称として広まり、現在に至っております。

そういえば、日曜登山で知られる高尾山にある真言宗智山派の髙尾山薬王院の、髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)も白狐の上に姿を見せている。こちらも神道とは別で仏教である。

(本ブログ関連:”お稲荷さん”)

さて、宿題の豊川稲荷の話題には、油揚げが名産というので、狐との関係を調べてみると、古いインドの信仰につながるそうだ。それはそれで良いが、中身は知らぬ方がよかったかもしれない・・・。

2012年6月28日木曜日

チャン・ユンジョンの日本進出

朝鮮日報の記事「チャン・ユンジョン、10月日本進出」(6/26。STARNEWS/朝鮮日報日本語版)によれば、韓国のトロットを引き継ぐチャン・ユンジョン장윤정)の日本進出を次のように報じている。

・「トロット(韓国演歌)界のクイーン」チャン・ユンジョンが、日本の大手レコード会社クラウンレコードと契約を結び、10月から日本進出する。
・チャン・ユンジョンは2007年に東京、名古屋、京都など日本6都市を回り、コンサートを行ったことがあるが、新曲をリリースし、正式に日本の音楽界に進出するのは今回が初めて。
・現在、チャン・ユンジョンは新曲(?)「招魂」のミュージックビデオが地上波放送不可判定を受けるなど波紋を呼んだが、各種音楽配信サイトのトロット部門で1位を獲得し、人気を博している。

解説されている「招魂(초혼)」(2010年6月)は、イ・ソンヒの「因縁(인연)」(2005年)に連なる東洋回帰のうねりに位置づけられる。またYoutubeに登録されている同曲に、古来シャーマン的儀式の巫俗무속)をイメージした映像があって興味深い。(参考:スポーツ、6/25)

(本ブログ関連:"巫俗")



(Youtubeに登録のMrLamilazに感謝)

(付記)
TBS NEWSiの記事「中国の有人宇宙船『神舟9号』帰還」(6/2913:27)に、「中国初の女性宇宙飛行士(劉洋)ら(3人)を乗せた宇宙船「神舟9号」が14日間の任務を終え、無事帰還」したと次のように報じた。
・中国としては初めてとなる宇宙実験室「天宮1号」とのドッキング実験に成功。
・「(宇宙実験室)天宮は宇宙にある家で、暖かくて居心地が良かったです。・・・」(女性宇宙飛行士劉洋さん)

2012年6月27日水曜日

「小金井の新田開発」(5)

昨日(6/26)、透き通るような陽射しの午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第5回最終講義を聴きに行く。最後まで講義室は聴講者で満員の盛況だった。

(これまで、鷹場、街道、玉川上水、新田創設という切り口で、江戸との一体化について解説された)

今回も、東京学芸大学の大石学教授から、江戸時代に武蔵野新田に植樹された、松、栗、竹、そして桜の記録資料について、いつものように丁寧な解説と興味深いお話を聴かせていただいた。

【松】
・元禄7年(1694年)の文書に、玉川上水の両岸に植えて、橋の建材に使用したという記録がある。江戸の早い段階から植林が始まっている。その後、新田の囲いとして植えたてられることになる。

【栗】
(栗林を今も散見できる)
・将軍家へ栗を献上するため、栗林を仕立てる経緯が、「大岡越前守忠相日記」の元文2年(1737年)以降に克明に記されている。
・栗林は、小金井を中心に作られた。(下小金井新田、関野新田、梶野新田、井口新田、野崎新田、大沢新田、境新田、関前新田、上保谷新田、田無新田)
・栗林の下草を刈り取り、畑の肥料などに使われたが、管理は厳重に行なわれた。
・払い下げの栗老木を売った代金について、周辺村々と争いも生じたりした。
・献上を通じて、将軍家との一体化の意識が生まれる。栗林については行政(幕府)が支援し、地域は自分(農民)たちで管理するという関係が成立する。

(本ブログ関連:"小金井雑記"、"小金井雑記"、"春の兆し")

【竹】
・栗林とセットで育成された。これも同様に、「大岡越前守忠相日記」の元文3年(1738年)以降に記されている。

【桜】
(「小金井桜」として名をなしている)
・桜の植樹について、その時期を知る一次資料が見つかっていない。寛永年間(1624年~1644年)、寛文10年(1670年)、享保年間(1716年~1736年)、元文年間(1736年~1741年)、寛延年間(1748年~1751年)などの諸説がある。しかも、桜の苗木産地(和州吉野、常州桜川など)といわれている所にも記録がない。
・植え付けの理由に次の3説がある。
 ① 地域振興のため:飢饉など経験から政策のひとつとして。
 ② 上水の浄化のため:桜は水毒を消すという。
 ③ 玉川上水の堤が崩れぬため
・桜木の払い下げについて幕府最古の資料が明和年(1772年)にある。

小金井桜
・文政2年(1829年)の資料に、すでに「小金井桜」の名が見える。
・当初知られなかった小金井桜も、江戸後半には遠くても江戸からの花見客で賑わうようになり、泊りがけ(小金井橋ほとりの柏屋)で見物に来るようになったりもした。当時のガイドブック「小金井道しるへ」なども発行される。
・天保15年(1844年)、将軍になる前の徳川家定も観楼に来た。

(本ブログ関連:"小金井公園のさくら"、"春のぬくもりにさそわれて")

以上、江戸時代を通じて、小金井地域の村々は(首都)江戸との関係のなかで、首都圏として成長・発展した・・・という、終わりの言葉をいただいた。


(付記)
郷土の歴史を知りたいことから、ついつい身近に目が行くが、今回のような大きな切り口(鷹場、街道、玉川上水、新田創設、そして桜)を通じて時代の流れを俯瞰する意義も知った。

(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")

(資料)「関東甲信地方 3か月予報」(7月~9月)

6月25日、気象庁から関東甲信地方の予想される向こう3か月(7月~9月)の天候見通しが次のように発表された。
・7月 前半は、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。後半は、平年と同様に晴れの日が多い見込みです。
・8月 平年と同様に晴れの日が多いでしょう。
・9月 天気は数日の周期で変わり、平年と同様に曇りや雨の日が多いでしょう。

<上記の解説資料より>
海面水温の予想に不確定性はあるものの、大気全体が暖められているという傾向は採用する。このことから、関東甲信地方は、3か月平均気温はやや高温傾向とした。東日本への太平洋高気圧の張り出しは概ね平年程度と予想されるため、3か月降水量は平年並とした。

2012年6月26日火曜日

イ・ソンヒ、蔚山市民と楽しむコンサート

連合ニュースの記事「現代自動車、’蔚山市民と楽しむコンサート’開く」(6/24)は、イ・ソンヒが同コンサートに次のように参加すると報じた。(チャン・ヨンウン記者)

・今月30日と7月7日(午後7時30分から3時間ほど)に、蔚山の文殊ワールドカップ競技場の湖畔広場で開かれる、「美しい夜・愛、幸せな仲間コンサート」に、人気歌手イ・ソンヒさんをはじめとしてチャ・ウリム、パク・ミギョン、パク・サンミン、キム・チャンフンなど実力派歌手たちも大挙出演する。

2012年6月25日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金石出

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/20)に、人物シリーズ33回目として巫俗音楽の名人、金石出(キム・ソクチュル、김석출(1922年2月28日~2005年7月26日)を紹介した。

まず、巫俗무속)音楽の復習から始まった。(本ブログ関連:"巫俗")
・「巫俗」は古代から伝わる、天地の間に存在するあらゆる物に神が宿ると信じる韓国固有の信仰。
・体調や家によくないことが相次ぐ場合、巫俗をつかさどるシャーマンの「ムーダン(巫堂、무당)」を訪ね、「クッ(굿)」といわれるお祓いを受ける。クッは、原因を突き止められない奇怪な現象が起こったりする時などに行うというイメージがある。
・一方、村や町の平安のために行う地域に土着した巫俗信仰もあり、自然条件の厳しい島や、海岸地域により強く残っているようで、例えば、江原道や慶尚道の東海岸地域では、村単位で2、3年に一度、「東海岸別神クッ」という大漁豊作や村の安泰を祈るためのクッを行う。金石出は、こういったクッを行う際に演奏される音楽の名人である。

(参考)「写真芸術バン」の"東海岸別神クッ"より、感謝。

金石出ほかによる、「海岸別神クッ」の中から「セジョングッ세존굿」を聴く。以前にも聞いている。歌中心なので演奏の場面も見たいものだ。(東海岸別神クッで、チャング(장구)を叩いていたのが金石出で、歌を担当したのは彼の妻キム・ユソン(김유선)とのこと)

クッについて、次のよう解説された。
・一般的に、クッを行うムーダンは、神が身体に降りる修行を積むというイメージを持たれるが、この東海岸別神クッはじめ、地方のクッをつかさどるムーダンは特定の家に代々引き継がれた世襲制という特徴がある。幼い頃から見聞きしたクッを、大人になり職業とするので、その芸術的完成度は国楽の他分野に見劣ることがない。巫俗の儀式では、主に女性がクッをつかさどり、男性は楽器演奏を担当するのが一般的だ。

(参考)KBS WORLD韓国語放送ホームページより
・巫俗人(=ムーダン)には二つの種類がある。
・ ソウル、京畿道を中心にその北側地方では、神が下りてムーダンになる降神巫があり、
・南部地方と同海岸地方では、神が降りるということとは関係なしに、家業でムーダンになる世襲巫がある。

次のように金石出のプロフィールが紹介された
・1922年 慶尚北道迎日の(世襲巫の)巫家に生まれる。
・1985年 「海岸別神クッ」が重要無形文化財第82-1号と指定され、その技能保有者となる。
・2005年 没す。

巫俗に対する評価の変遷について解説された。
・現在では芸能保有者として待遇されるようになったが、以前はひどく蔑まれ、差別を受ける身分だった。特に1960年から70年代にかけて、巫俗は風紀を乱す抹消すべき迷信との扱い(学校内の"迷信打破教育"、シャーマン追放などの迷信打破運動)を受けた。それに耐え切れず、巫俗界を離れる人々が続出し、その存続が危ぶまれる時期もあった。しかし困難を乗り越えた人々がいたからこそ、今日、その貴重な伝統がこうして存続することができた。

金石出ほかによる、「東海岸別神クッ」の中から、「ムングッサムル(문굿사물)」を聴く。楽隊が村の家を一軒一軒を歩き回りながら、各家の門の神のために演奏された曲だそうで、テピョンソ(태평소)の激しいくダイナミックな響きが素晴らしい。まるでモダンジャズのよう・・・。

(参考)Youtube金石出がテピョンソを奏する映像がある。(登録者vibahogunに感謝)

金石出の音楽性について、ユニークナエピソードが次のように語られた。
2010年9月 オーストラリアのドラマーSimon Barkerが金石出の演奏に惚れ込み、教えを請うため、十数回も韓国訪問した過程がドキュメンタリー映画「センキュー・マスターキム(Intangible Asset Number 82)」(監督Emma Franz)として公開された。

(参考)オーストラリア日報(2/23)、感謝。


金石出のクウム(구음)とチャングによる「サルプリ(살풀이)」を聴く。落ち着いた雰囲気で。

2012年6月24日日曜日

今月までの我慢

今年2月に風邪をこじらせて、随分と長引かせてしまい大変な目に会った。今月に入って、体調も落ち着いてきた。時間がかかったが、ようやく山中に鉱物採集をしに行く自信がついてきたようだ。来月から再開したいと思っている。もちろん、いつもの通りベテランの後をついて行くことに変わりないけれど。

今年は、鉱物の会の仲間と静岡県河津鉱山(蓮台寺)の鉱物採集(5/26)だけでなく、栃木の鉱物仲間との、日光市小百(こびゃく)の大井沢鉱山(4/8)の採集にも脱力感があって欠席したし、今日も、塩谷郡藤原町横川の越路鉱山の採集を、完全回復を期して念のため休ませていただいた。せっかくのチャンスだったのに・・・断念したことを、いずれ惜しむことになるだろう。

来月からは、なまっている体を整えて遠出したいと思う。

(追記)
今日は旧暦5月5日、旧暦「端午の節句」である。そういえば、子どものころにショウブの葉を湯船に入れて健康であるようにと親が邪気払いをしてくれた記憶がある。

2012年6月23日土曜日

イ・ソンヒの「神がまた許すなら」

イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)に所収の.「神がまた許すなら(신이 다시 허락한다면)」 (作詞・作曲チョン・ヨンア)は、まるで晶洞の奥深く秘す如く輝く結晶のような曲だ。それは美しく、ようやく巡りあえた永遠の輝きである。

11集は珠玉のアルバムで、貴重さゆえにか入手がむつかしい。ところで、このアルバムのリリース前のインタビューで、"イ・ソンヒと社会活動"が触れられていた。

---- 現在、Youtube非表示 ---
(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2012年6月22日金曜日

カラオケ

隣り駅の駅前にあるカラオケ店で遅くまで歌った。帰りの電車は、東京行き最終でぎりぎりに間に合った。
金曜日深夜にもかかわらず、客は混みあうほどではなかった。都下のカラオケ店は、驚くほどリーズナブルだ。またの楽しみを期待できる。

カラオケは、気持ちをすっきりさせる。イ・ソンヒの歌を歌えば、さらに楽しく健康にしてくれる。

というわけで、帰宅は夜中の零時を超えたが、昨日の22日(金)のブログとして作成した。

2012年6月21日木曜日

イ・ソンヒ 30周年記念DVD

イ・ソンヒの公式ホームページの、コミュニティー>告知事項(2012-06-16)には、彼女のデビュー30周年記念コンサートDVD制作について検討されている旨記述がある。

DVD制作オーナーについて訂正されたり検討が進められている。パッケージが出来あがったら必ず入手したい。

ちなみに、30周年は、デビュー1984年+30年=2014年 となる。(間違えるところでした)

ところで今年のコンサートの公演情報も待ち遠しい。それに、アルバムもリリースするという話がある。これはコンサート以前に発表されるだろうから、2重の楽しみだ。

2012年6月20日水曜日

(資料)イ・ヨンウ大衆音楽評論家「江辺歌謡祭とイ・ソンヒ」

ブログ「タンサン(딴산)」に連載されている、イ・ヨンウ(이용우)大衆音楽評論家のシリーズにある「(77)爆発的歌唱力で姉さん部隊を号令したイ・ソンヒ - 五月の陽射し」(2006年12月4日)は、イ・ソンヒがトップ歌手として確立するまでを、アルバム6集までの経過と合わせて説明している。
イ・ソンヒの出発を知る貴重な資料として、次のように掲載させていただく。感謝

「爆発的歌唱力で80年代の"姉さん部隊"号令」
韓国ポップの事件・事故60年

(70)江辺歌謡祭とイ・ソンヒ

・ここらで1980年代半ばの大学生歌謡祭を見て回る必要があるようだ。MBC大学歌謡祭の話は何回も扱ったことがあるので、今度はMBC江辺歌謡祭*に集中してみよう。1979年江辺祭りという名前で始まった江辺歌謡祭は初年度ホンサムトリオの<祈り>(大賞受賞曲)をヒットさせたがしばらく大学歌謡祭の威勢に押されて相対的に水準が落ちる行事と見なされる傾向があった。こういう通念の底辺には江辺歌謡祭が出場資格で大学歌謡祭より柔軟なためという学閥主義的見解も厳存したが、これは「悲しいが真実」だった。

(*補注:"(資料)江辺歌謡祭の曲")

・だが、1980年代半ばに達して江辺歌謡祭は大学歌謡祭の牙城を威嚇するほどになった。その出発点は1983年ソン・ヒョンヒの<名前がない鳥>(大賞)を上げられるだろうが、真の大当たりは1984年5回大会の時に炸裂した。まさに混成デュエット4幕5場が歌った<Jへ>(大賞)だ。4幕5場の女性リード・ボーカルが1980年代中後半歌謡界を号令したイ・ソンヒという事実は当時に青年期を送った彼らには蛇足である。

(1集、2集)
・<Jへ>は、1984年下半期最大のヒット曲に浮び上がったし、勢いを駆ってイ・ソンヒは翌年初め地球レコードを通じてソロ・デビューした。イ・ソンヒの(1集)デビュー作はタイトル曲<ああ! 昔よ>が途方もないヒットを記録し、<葛藤>もやはり人気を得ながら歌謡界の新しいディーバ(歌姫)が誕生したことを知らせた。2集もやはりタイトル曲<秋の風>をチャート上位圏に上げて連続ヒットを打ったし、こういう勢いは1980年代が終るまで続いた。

(3集)
・1980年代下半期は、イ・ソンヒの全盛時代であった。1986年発売された3集から1990年6集まで4枚のアルバムは軽重を問い詰めにくい程ヒットした。3集ではヤン・インジャ(양인자)、キム・ヒガプ(김희갑)のコンビが作詞・作曲を引き受けたバラード<分かりたいです>が途方もないヒットを記録したし、軽快な雰囲気の<ヨン>もそれに劣らない人気を享受した。「当代のメジャー中のメジャー」であった地球レコードの時期、ベテランのソング・ライターと演奏者の後押しを受けたイ・ソンヒは、3集を最後に地球レコードと決別して以後、ヘグァン企画所属で、ソウルレコードでレコードを発売し始めた。

(4集から6集)
・4集からイ・ソンヒはもう少し若いソング・ライターと演奏者を招へいして音楽的にも自分色を洗練していった。4集は<私はいつもあなたを>、<愛が散るこの場所>をチャート頂上に上げただけでなく、新鋭作曲家ソン・シヒョン(송시현)を人気作曲家の位置に引き上げた。作曲家群にキム・ポムニョン(김범룡)、キム・チャンワン(김창완)、イ・チェソン(이재성)などを加えた5集は<私の街>、 <五月の陽射し>、<ひとしきり笑いで>の ヒットで結実を結んだし、6集は<なぜ私だけ>と<思い出のページをめくれば>でロングランを継続した。

・小さいで信じ難いほど爆発的な歌唱力を誇るイ・ソンヒのボーカルは、一気にそして長らく大衆の感性を吸引した。清らかで純粋ながら、しっかりしているイメージまで兼ね備えたイ・ソンヒは数多くの男性、女性の追っかけ(部隊)をファン層で確保した。

・イ・ソンヒは、1980年代中後半少女ファンたちの独歩的な偶像だったが人気に安住しないで彼らと共に成長していった。

2012年6月19日火曜日

台風4号

夕方17:00過ぎ、台風4号は和歌山県南部(潮岬方面)に上陸した模様。当初、日本海に抜けると予想されたが、東側にずれて列島縦断に変わった。いずれ関東地方も、今以上に強烈な風雨に晒されることになる。
台風襲来を心配しているところに、韓国語教室から今晩の授業が休講とのメールが届いた。せっかく暗記したスキットの記憶が蒸発してしまいそうだ・・・さて、今晩どうしよう。

夜22:00過ぎ、塊となって次々と吹き寄せる風の勢いをかって、雨が殴りつけるように屋根を叩く。2階にいると、それがよりおどろおどろしく強調されて感じる。うんざり?して、1階に降りてブログを作り直す。

それに、台風5号が出番を待っているという。今年は台風当たり年になるのかな・・・?。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 共鳴

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/13)に、人物シリーズ32回目として創作打楽器バンド、「共鳴(コンミョン、공명)」を紹介した。

まず、竹を素材にして作られた楽器「共鳴」の紹介から始まった。
・韓国を代表する管楽器のテグム(大笒)、ソグム(小笒)タンソ(短簫)は全て竹から作られていて、コムンゴ(「玄琴」)の弦を弾いて音を出す撥(ばち)のスルテ(匙)も竹で作られている。
・楽器コンミョン(共鳴)は、今から15年前に竹で作られたものであり、竹を30cm~1mほどの長さに切り、それを叩きながらメロディーとリズムを奏する。
・また、この楽器を作ったグループ名もコンミョン(共鳴)という。

▼グループ・コンミョンによる「共鳴戯(コンミョンユヒ、공명유희)」を聴く。むむむ、どこかで似たようなものが・・・。

▼グループ・コンミョンによる「遊ぼう(ノルジャ、놀자)」を聴く。大地の風や臭いが・・・こちらを聞いてホッとした。

▼グループ・コンミョンによる「通じて(トンヘヤ、통해야)」を聴く。楽しいのですが、どうも新しいものは・・・。

(ジャンルや演奏場面を超えての音楽実験は、興味深いので成就していただければと・・・ただし根ざすべき出発点だけは知りたい・・・)

2012年6月18日月曜日

イ・ソンヒ 27日麗水万博特別公演に出演


公式ホームページより
中央日報の記事「麗水万博の特別公演 少女時代らスター総出演」(6/17)によれば、イ・ソンヒは全羅南道麗水市で開かれている麗水世界博覧会で、K-POPスターが多数出演するコンサート「万博ポップフェスティバル」に、イ・スンギと共に出演すると報じた。

・日時: 2012年6月27日(水曜日)、19時~

・場所: 万博特設舞台

(左掲ポスターは、イ・ソンヒ公式ホームページに掲載されているものです)

2012年6月17日日曜日

神舟9号

6月16日午後7時37分(日本時間)、中国甘粛省の酒泉衛星発射センターから打ち上げられた宇宙船「神舟9号」について、各紙に興味ある記事が載っている。

日本経済新聞「中国初の有人宇宙船、18日にもドッキング」(2012/6/17 19:18
・打ち上げ後の3人の健康状態は良好で、宇宙での最初の食事はチャーハンやザーサイと肉のいため物だったという。神舟9号には中華料理など約70種類の食料が積まれている。

・・・ふるさとの食べ物に勝るものはない。


今回初の女性飛行士、劉洋が乗務する。人民日報に(軍歴に近い)略歴があるが、人物をうかがえる記事がないかと探したら次のようなものがあった。

日刊SPA!「【33歳人妻】中国初『女性宇宙飛行士』の正体」(2012/6/17、取材/ドラゴンガジェット編集部)
・河南省の貧しい共働き労働者夫婦の家庭で一人っ子として育った彼女・・・小学校から高校までの成績は常にトップクラス・・・学費のかからない空軍飛行学校を選択。これが、彼女が中国初の宇宙飛行士となる、最初のきっかけ・・・。
・こうした庶民的な生い立ちから、文字通り宇宙へと羽ばたいた彼女には、中国版ツイッター「微博」上でも称賛の声が相次いでいる。
・同時に彼女は、同僚パイロットの夫を持つ妻でもあり、女性の社会進出が進む中国で、キャリアウーマンの鏡として称えられている。
「帰還したら出産を考えたい」
記者会見でこうも語った彼女が無事帰還することを、13億の人民が待ち望んでいる。

・・・人物紹介のタイトルに「人妻」と書くかねえ?


ところで、宇宙船「神舟」のネーミングについて次のような解説があった。

SankeiPhoto「中国の有人宇宙船打ち上げ 初の女性飛行士が搭乗」(2012/6/17
・中国にとって宇宙開発プロジェクトには国威発揚という政治的意味もある。打ち上げた宇宙船の名前(神舟)はすべてで、「何でもできる神様の舟」の意味があるほか、「神の国である麗しい中華」を意味する「神州」とも同じ発音だ。

・・・そういえば、神仙の字が浮かぶ。

2012年6月16日土曜日

イ・ソンヒの「白雨」

梅雨に入って1週間、今日も一日中雨が降った。これが7月半ば過ぎまで続くとなれば鬱陶しい気がする。
梅雨のしとしと雨ではないが、イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)には、「白雨(백우)」(イ・ジェギョン作詞、パク・セジュン作曲)がある。ただし、夕立のからりとした白雨とはちょっと違って・・・。

事実と願望、期待と幻想が(まるで空間失調のように)メビウスの輪を巡る、女性特有の心境が歌われている・・・そんな気がする曲だ。もちろん、彼女の情感を込めてしっとりと歌いかけると同時に、訴えるような



(Youtubeに登録のKnightmareSMに、いつもながら感謝、感謝)

2012年6月15日金曜日

Oh mein Papa

もうじき「父の日」だからっていうわけじゃないが、「オーマイパパ(Oh mein Papa)」の歌でも聴いて、子どもから優しい思いを受けることでも空想でもしてみよう。でも、この歌は若い女性が父親を物語るもので、あいにく娘はいないしねえ・・・息子じゃ、この歌のようなわけにはいかないし。

リリー・パーマー(Lilli Palmer、1914年~1986年)主演のドイツ映画「花火(Feuerwerk)」(1954年)の中で歌われている「Oh mein Papa」がYoutubeに登録されている。こよなく娘を愛した父への想いが伝わる歌だけれど・・・映像は、ウェットじゃなくて、まるで花火のように軽快で明るい。

そうそう、近所に園芸植物つまり鉢植えの花を直売している農園があって、巨大な温室にいろいろな花々が並んでいる。すこし覗いてみたりしたが・・・。

「父の日」は、やっぱりとってつけたようで。

(Youtubeに要録のfritz51213に感謝)

2012年6月14日木曜日

飛行機好き

小学校の校庭の空をいつも、双胴の輸送機が飛んでいた。見上げると、ブンブンと響かせながら白い空に停止しているように見えた。どうやら遠い川の向こうにある、米軍基地から飛んでいたようだ。

中学生になると、ひとなみに飛行機が好きになり、マニア向けの雑誌があると知って、近所の小さな本屋に探しに行った。
「ひこうファンってありますか?」と歳とった主人にたずねた。
「えっ、ひこう?」、いぶかしそうに、主人はまさか「非行」でもあるまいといった顔をしながら聞き返した。
店頭に置かれた雑誌「航空ファン」を見つけて、しばらく愛読者になった。

飛行機雲がぐんぐんと青い空を突き進んでいくのを見るのも好きだった。雲の筋は恐怖の存在ではなくて、上空を突き抜けて宇宙へ向かって行くような未来を感じた。夕陽をうけて、雲の先がきらりと反射する光景を見るとなおさら心が浮き立ったものだ。

飛行機ファンの記憶から、「ワルキューレの騎行」の旋律を背に飛翔する軍用機の姿が消えない。中学生のころプラモデル作りにはまって、しっかり彩色した後、それを手に持って口ずさんだのものだ。手首をひねらせては、あらゆる角度で飛行する様子を想像した。

子を持つ身になったとき、決して軍用機の話はしなかったけれど、飛行機好きになるように、イベントでパイパーチェロキーに一緒に乗ったりした。しかし、それ以来、息子は飛行機が嫌いになってしまったようだ。

ああ、今も好みの飛行機が浮かんでくる。でも、軍用機なので、3機の名は記さないでおこう。

(Youtubeに登録のyoisachiに感謝)

2012年6月13日水曜日

イ・ソンヒの「灰色の都市」

イ・ソンヒのアルバム10集「First Love」(1996年)所収の「灰色の都市(회색 도시)」(作詞・作曲イ・ソンヒ)は象徴的だ。タイトルから、時代や世相をにおわすというよりは直接的であるが。それは、灰色の都市に降る雨だ。雨は、窓を叩き肌を打つ、とても感覚的な存在だ。街を虚ろにさまようとき、雨に気づくのは感触だけなのかもしかない。灰色の都市に同化させてしまう雨は、決して癒さない。

それにしてもYoutubeで見る、1996年の「ビッグショー」の彼女の舞台は思い切ったものだな。都市の危うさ、退廃を象徴させているのだろうか。



(Youtubeに登録の526apolloに感謝)

2012年6月12日火曜日

「小金井の新田開発」(4)

朝から小雨がぱらつく午前中、地元公民館主催の市民講座「小金井の新田開発」(5回シリーズ)の第4回目に行く。前回にも増して更に早く到着するも、部屋には聴講者が次々入室してすぐに満員になった。

今回は、享保改革の将軍吉宗の懐刀であった、大岡越前守忠相(ただすけ)の新田開発とのかかわりについて次の通り説明があった。

・幕府3大奉行(町奉行、寺社奉行、勘定奉行【現在の財務+農水+国交省】)の内、町奉行、寺社奉行を歴任しつつ、地方(じかた)御用【農政を担当】を勤めた。

・新田開発に当たっては、実践的、機動力のある配下を擁して、勘定奉行と対立することもあった。

・官僚化した勘定奉行との対立関係が庶民にうけて、大岡政談などの伝説につながったという。

・しかしながら、新田開発や検地(幕府のコントロール)を通じて農業の経済化(江戸を支える食料などの物流、私的土地所有など)を実現し、結果として官僚機構の勘定奉行の実質的強化を推し進めたことになる。

また、古文書「武蔵国多麻郡下小金井村見取検地帳(享保十八年丑四月)」(一部)のコピーをもとに、下小金井村の生産規模や関係者などの記述を解読して、歴史を知ることは、まず一次資料から・・・ということを気付かせていただいた。

(本ブログ関連:"「小金井の新田開発」")

(追記)
なぜか最近、火曜日に小雨が多い。今晩も、韓国語教室には雨傘をさして通う。
それにしても今日一日中冷えるなあ。厚手の長袖シャツを引っ張り出して着ているのだから。

2012年6月11日月曜日

のんびりした生活を望むなら、雨に霞む風景を背に書を読む晴耕雨読は人生の理想だろう。でもねえ、雨は舞台装置ではない。湿気を呼んでくるのだ。おかげで除湿機がフル稼働している。

昼の雨は健康だ。雨中を走る人影を描けば、絵画はますますダイナミックになる。雨には活力がある。それに比べると夜の雨は、その雨音が次第に精神に迫り振るわせる、そんな映画があった。
見える雨と見えない雨、もしかすると雨は、ひとの二面性を暴き出す薬かもしれない。

ところで、ビートルズファン層の厚さについて、ビートルズにはロックミュージックだけでなく、実はバラードがあるからだと、音楽評論家(もしかしたら近田春夫だったかな)が語っていた記憶がある。その二重性をファンは異質なものとは受けとめていない。

ハードロックバンドのユーライア・ヒープ(Uriah Heep - Rain)に、この時期にふさわしい「Rain」(1972年)の美しいバラードがある。出だしに一瞬、チョクウ(적우)を思い起させる。
日本語タイトルは「雨に寄せる抒情」だ。何とロマンチックなことだろう。ガラス窓越に雨にぬれた通りを眺めながら想い出語りする・・・まるでCFの映像のようだ。

そういえば、イ・ソンヒは高校時代にハードロックに明け暮れたそうだ。本当はロックを歌いたい、だからステージではその思いを発揮するという。

(Youtubeに登録のAlanNisiyamamotoに感謝)

2012年6月10日日曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金徳洙

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(6/6)に、人物シリーズ31回目として現代音楽のサムルノリ사물놀이)の生みの親、金徳洙(キム・ドクス、김덕수を紹介した。

まずサムルノリの紹介から始まった。
・サムルノリのサムル(사물)は4つの物(楽器)を指し、ノリ(놀이)は遊びの意を持つ。
・4つの打楽器、鼓:プク(북)、杖鼓:チャング장구)、鉦:チン)、小金:クェンガリ꽹과리)を用いて、国楽の「農楽(농악)」を元にした<現代風パーカッション>を奏する。
・各楽器は、農業と密接な天気を象徴する。音が大きく激しい印象のクェンガリは「雷」、抱擁力のある音色のチンは「風」、空に鳴り響く力強いプクは「雲」、そしてチャングは「雨」を象徴している。
・34年前の1978年に初めて登場した、まだ新しい音楽ジャンルである。

(本ブログ関連:"サムルノリ")

▼金徳洙のサムルノリによる「嶺南農楽加楽(ヨンナム農楽カラク、영남농악가락)」を聴く。PCのスピーカーでは。打楽器演奏は、聴覚だけでなく、視覚、皮膚感覚が必要な気がする。生で聴きたいものだ・・・。

農楽とサムルノリの演奏の違いについて解説があった。
・農楽は、プンムルペ(風物牌*、풍물패)という大規模な楽隊が村々を巡り演奏する形式で、サムルノリは4種類の楽器以外にも太平簫(テピョンソ、태평소)や小鼓(ソゴ、소고)」などの楽器が加わることもあった。

(*補注)牌は、間、

次のように金徳洙のプロフィールが紹介された。
・1952年9月23日 大田(대전)に生まれる。
・1978年2月28日 ソウル鍾路区西洞(원서동)の「空間愛(공간사랑)」の小さな舞台で、金徳洙、キム・ヨンベ(김용배)、イ・グァンス(이광수)、チェ・ジョンシル(최종실)によりグループを旗揚げする。

 ▼金徳洙サムルノリ他によるパンソリ「水宮歌(수궁가)」中の「うさぎの話(토끼이야기)」を現代風にアレンジした曲を聴く。むむむ、コラボはどうも苦手で・・・。

▼金徳洙他による「ピウム(비움)」を聴く。なんだかなあ、モスクワ郊外の夜が更けゆくようで。これも融合という新しい発展にaufhebenするのかな・・・。


(付記)
Chosun Onlineの記事「国楽研究家の李輔亨氏が受賞=小泉文夫音楽賞」(6/9)は、日本の音楽賞に。韓国の国楽研究家が表彰されたと次のように報じている。
・第16回方一栄(パン・イルヨン、방일영)国楽賞受賞者である、国楽研究家の李輔亨(イ・ボヒョン、이보형)氏が、民俗音楽研究に尽くした人物に授与される、小泉文夫音楽賞を受賞した。この賞は日本の音楽学者、小泉文夫(1927-83)をたたえ、1989年に設定された。

(参考)
第23回(2011年度)小泉文夫音楽賞受賞者、李輔亨(韓国古音盤研究会会長)
・韓国における民間の音楽、とりわけパンソリ、民謡、プンムル**、巫俗音楽について長年にわたり綿密な現地調査を行い、韓国伝統音楽研究を飛躍的に発展させた業績に対して。

(**補注)風物(풍물)=農楽(농악)

(参考)Konest「農楽(ノンアッ)・風物(プンムル)」

(参考)月刊「朝鮮」(2010年2月号、一部公開)

2012年6月9日土曜日

梅雨入り

昨日真夏日だったというのに、今朝から雨が降り続く。梅雨入りしたのだ。
関東甲信の入梅について新聞各紙は、去年の5月27日と比べて13日遅いとしているが、平年は6月8日ごろなので、ほぼ平年並みということになる。季節は忘れずにちゃんと巡ってくる。

梅雨といえば、この時期を歌った名曲というか歌い継がれているものがあるのだろうか。思いつかないし、Youtubeにもそれらしいものがヒットしない。梅雨は恵みの雨であり、農耕民であった心情からあくまでも実利的なため、詩情を浮かべる対象ではないのかもしれない・・・と思ったりする。

資料)気象庁:「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」(抜粋)
           梅雨入り        梅雨明け
2005年 6月10日ごろ   7月18日ごろ
2006年 6月09日ごろ   7月30日ごろ
2007年 6月22日ごろ   8月01日ごろ
2008年 5月29日ごろ   7月19日ごろ
2009年 6月03日ごろ   7月14日ごろ
2010年 6月13日ごろ   7月17日ごろ
2011年 5月27日ごろ   7月09日ごろ

2012年6月8日金曜日

イ・ソンヒの「見知らぬ海辺で」

イ・ソンヒの11集アルバム「Dream of Ruby」(1998年)所収の「見知らぬ海辺で(낯선 바닷가에서)」(歌詞、作詞イ・ジェギョン、作曲バク・セジュン)を聞いていると、波が寄せては返すように言葉を重ねていく歌い方に、とやがてハスキーな息遣いに、本当に彼女なのかなと次第に自信がなくなってくる。・・・時代を先取りしたのかな。
(Youtubeに登録のKnightmareに感謝)

このドラマチックな曲を、リナ・パーク(박정현)が歌ったら、どうなるのだろう何て勝手な想像をしたりもする。

イ・ソンヒが海辺の公衆電話ボックスのそばで歌う、Mnetのミュージックビデオがある。Ko-Wikipediaによれば、ミュージックビデオ撮影中に負傷する事態があったようだが、このときだったのだろうか。
Mnetのミュージックビデオは生憎、利用券を持っていないので、さわりしか見られないのが残念だが・・・今は見られない。

(本ブログ関連:"ブランコ")

2012年6月7日木曜日

SFの巨匠レイ・ブラッドベリ

AFPBBニュースは、「SFの巨匠レイ・ブラッドベリ氏が死去、91歳」(6/7)と次のように伝えた。

・SF小説の古典「華氏451度」などで知られる米SF作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)氏が5日、米ロサンゼルスで死去した。91歳だった。
・バラク・オバマ(Barack Obama)大統領も「彼の物語を作る才能は、われわれの文化の形を変え、わたしたちの世界を広げた」という追悼コメントを発表した。「それだけでなくレイは、想像力というものは理解を深め、変化をもたらし、わたしたちの最も貴重な価値観を表現する手段になり得ることも知っていた」と述べ、ブラッドベリ氏の死去を悼んだ。

星新一や小松左京といったSFの大家も初期の作品に、レイ・ブラッドベリの影響があった。彼は、だれもが一度は洗礼を受け、そして永遠の拠りどころとなる存在だったのだろう。読者にだってそうだった。

レイ・ブラッドベリのSF(ファンタジー)の世界を見て、サイエンス・フィクションはメタリックな未来を語ることだけではなく、そこに変わらぬ懐かしさを、いつの世にも、どんな場面でも、ひとは持つのだということを知った気がする。
「火星年代記」と「10月はたそがれの国」はいつまでも忘れられない。

ユン・スーイル

月曜日(6/4)のKBS WORLDの番組「玄海灘に立つ虹」で、「誕生日コーナー」を担当する可憐な花のジンシルちゃんが、今週紹介するのはユン・スーイル(윤수일、1955年~)である。

放送された「愛だけはしたくない(사랑만은 않겠어요)」 (1997年、作詞・作曲 安治行(안치핸))を聞いて、おやどこかで聞いたな・・・そうだ思い出した、桂銀淑がアルバム「韓国歌謡ベスト10」(1999年)でカバーしていた「二度と恋などしたくない」(訳詩 三佳令二)だ。桂銀淑の印象が強くて、いかにも韓国歌謡らしいという記憶がある。

ジンシルちゃんはユン・スーイルを「元祖イケメン歌手」と紹介していたが、同番組の月曜日担当のアジュンマ・コンビである、<マルコメのお母さん>と<ソウルのアリスさん>のお二人の感想を聞いてみたい気もする。

ユン・スーイルは、今年でデビュー35周年とのこと。代表曲を次のように紹介された。
・韓国の応援歌「団地(アパート)(아파트)」
・80年代のミスコリア大会で最も多く流された「美しい(아름다워 )」

また、maniaDBのプロフィールによると、受賞歴は次の通り。
1978年
  ・TBC東洋放送新人賞受賞
  ・KBS韓国放送公社人気新人賞受賞
  ・MBC文化放送の10代歌手賞と人気歌謡大賞を受賞
1979年〜1986年
  ・KBS韓国放送公社、TBC東洋放送(1979〜1980)、MBC文化放送7大と10代歌手賞
1989年
  ・日刊スポーツゴールデンディスク賞を受賞
その他多数

(Youtubeに登録のchadbabo、BuSanYoung、zeeezeeecに感謝)

(本ブログ関連:"マルコメのお母さん")

2012年6月6日水曜日

105年後に見ればいいか

天気予報が、今朝方は「雨」と報じていたので、午前7時過ぎから見られる、金星が太陽を横切る様子の観察を諦めた。それで、一度も空を見上げなかったわけだ・・・まあいいか。

次のチャンスは、2117年12月11日(土)、105年先の話だ・・・まあいいか。

ところで、関東甲信の入梅はいつだろう。例年6月8日頃で、去年は5月27日と早かった。晴れも望めず、このままズルズルと梅雨にずり込むのだろうか、憂鬱だ・・・まあいいか。

2012年6月5日火曜日

イ・ソンヒの「恋人のなみだ」

イ・ソンヒのアルバム第2集「秋の風(갈바람)」(1985年)に所収の「恋人のなみだ(연인의 눈물)」(歌詞)(作詞:정은이、作曲:남국인)は、突き出すようなパワフルな高音とたとえられる初期作品のながでも、その繊細さから彼女に暖められてきたのだろう、昨年(2011年2月3日)のニューヨークのカーネギーホール公演にも歌われている。
(Youtubeに登録のdove2727に感謝)

(本ブログ関連:"冷めたカップ")

2012年6月4日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 金光叔

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/30)に、人物シリーズ30回目として西道(서도)民謡の伝承者、金光叔(キム・グァンスク、김광숙)を紹介した。

まず、民謡「アリラン」の紹介から始まった。
・ソウルを中心とした地域で歌われてきた京畿アリランの他に、珍島アリラン、密陽アリラン、江原道アリランなど、各地域にメロディーの異なるアリランが伝えられている。
・平安道地方の民謡に、アリランの仲間のキンアリ、チャジンアリという歌が残っている。なお隣接の黄海道地方の民謡と合わせて、西道民謡と呼んでいる。

▼金光叔による「キンアリ、チャジンアリ」を聴く。今まで聞いてきたものとは違って、独特な発声で洗練した歌い方という印象がする。

西道民謡の特徴を次のように紹介した。
・西道民謡は、深い「)」のこもった歌声に、心持ち鼻にかかった独特な発声法が特徴。
・この地域の大同江の水を飲んで育った人でなければ歌えないと比喩されるほど。

▼金光叔による「開城難逢歌(개성난봉가)」を聴く。小中学校で合唱曲として音楽の時間に教えているそうだ・・・どんな感じで歌っているのだろうか、難しいだろうな。

次のように金光叔のプロフィールが紹介された。(参考:ソウル新聞
・1952年 ソウルにて黄海道出身の両親の間に生まれる。
・西道民謡を伝えた吳福女(오복녀)の弟子となる。

▼金光叔による「詩唱 關山戎馬(시창 관산융마)」を聴く。大陸的で、大平原に風を受けたような気がする。

(本ブログ関連:"西道民謡")

2012年6月3日日曜日

音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩 バラード

国際新聞の記事「音楽評論家カンホンの大衆音楽散歩"35"  冬の特別な音楽の贈り物バラード」(2011-12-06)に、韓国のバラードが歴史的にどのように展開したかを次のように語っている。感謝。
記事タイトルの冬とは違ってこれから夏であるが、「バラード」そのものに着目したいので。

・「バラード(ballad)。 踊るという意味を持つラテン語のballarからきた言葉。中世時代から欧州にかけて知られている、物語(narrative)と劇的台詞(せりふ)および叙情詩の要素の混合した民謡(folk song)の一種。元々はイタリアのバラータのように舞曲(dance-song)の意味だったが、14世紀から物語体の(narative solo song)を一般的に称するようになる... 」

・グローブ音楽辞典のバラードの項はこのように始まって、延々十ページにかけて説明を繰り返す。バラードという言葉が、"踊る"という語源を持っていることが全く興味深い。世界大衆音楽の主流を形成しているバラードという言葉は、西洋の音楽史全体で生成され、発展して形を変えてきた音楽言語である。

・このような永遠の成功の根元を持っているバラードは、20世紀に入り、諸媒体の発展と一緒に、しっかりした影響力を構築した白人大衆音楽の本流となるのは恐らく当然のことだ。さらに、米国の(放送局)NBCとCBSが1926年とその翌年にそれぞれ開局と同時に、そしてそのほぼ同じ時期に無声映画に終止符を打ちつつ登場したミュージカル映画の中のロマンチックなメロディーが大衆の感情を引き付けながら、この、3和音を基本としたAABA形式の32小節の歌*は完璧な全盛時代を開いた。ビング・クロスビー、ペリー・コモ、フランク・シナトラに続くスターたちのパレードは、1950年代に過激な青年の音楽であるロックン・ロールが瞬く間に世界を征服した瞬間にも既成世代の支持に力づけられて没落しないねばっこさを発揮する。

(*補注) 映画「オズの魔法使」(1939年)の「虹の彼方に(Over The Rainbow)」のスロー・バラード

・そして6.25(朝鮮戦争)以降、この地(韓国)にも、米国の大衆音楽が洪水のようにあふれて入ってきたし、既存のトロット(演歌)音楽のバラードが中枢をなすスタンダード・ポップ系の曲が挑戦状を差し出したのは当然のことだ。しかし、初期には**「私一人だけの愛(나 하나의 사랑)」や「青い糸 赤い糸(청실 홍실)」の類の歌でわかるように、3拍子のワルツのリズムに基づいた歌が強勢を見せた。そうするうちに、ロックンロールが上陸する1960、70年代以降から、4拍子のスローテンポがこの場を置き換えた。1980年代に至っては、韓国で最も影響力のある主流の文法になった。1980年代の初頭に雌雄を競って全国を席巻したチョー·ヨンピルの「窓の外の女(창밖의 여자)」***とイ・ヨンの「忘れられた季節(잊혀진 계절)」の大成功が代表的な例になるだろう。

(**補注) ソン・ミンド(송민도)に代表される
(***補注) 本ブログ関連:"1980年代の韓国バラード"

・これらにより火引いたバラードの行進は、1980年代半ばから後半、イ・ムンセとピョン・ジンソプをはじめとする一群のバラード走者たちが、ビッグバン(宇宙の爆発的膨張)に近い爆発力を誇示しながら韓国大衆音楽界を完璧に掌握するが、チョ・ハムン、キム・ヒョンシク、イ・スンチョルなどのバンド出身のボーカリストたちがスポットライトを受けることになった原動力も、まさにこの音楽言語をベースに基づくことだ。 このジャンルの文法が大衆的に定着したことは、同時に、伝統的なトロット様式が支配してきた韓国大衆音楽が西欧大衆音楽の様式に移行するために、最後の句読点を付ける歴史的転換点でもあった。

・よく冬をバラードの季節ともいい、それは不況時に更に強さを見せるともいう。しかし、不思議なことに、ユン・ジョンシン(윤종신)の新譜を除けば、今回の冬(2011年12月)は鮮やかなバラードの新作はあまり見当たらない。まだ本格的に寒くないからか? でなければ、歌で慰められるには昨今の現実が、あまりにもパサパサしているためであろうか? 小さくて素朴な愛の幻想が何も救えないと言っても冬の曲を私は待つ。

(本ブログ関連:"カンホン")

2012年6月2日土曜日

イ・スンギのコンサートに登場せず・・・

昨日、日本武道館に(きっと)若き女性を多数集めて、イ・スンギのコンサート*が催された。そういえば韓国語教室のアジュンマ受講者に、熱烈なファンの方がいたが、どうされたのだろうか。
(*情報:「朝鮮日報エンタメコリア」より)

ところで、師匠のイ・ソンヒが、サプライズで今回の舞台に登場しないかと期待していたが、そのようなことはなかったようだ。事前に噂も耳にしていなかったので、ビックリというわけにはいかなかった次第。もしかしたらと思っていただけにちょっと残念。

(本ブログ関連:"イ・スンギ")

(追記)
昨日記したように、BS日本で今晩放送された「小さな村の物語イタリア」のオープン・エンドに使われているテーマ曲「L'Appuntamento」(オルネラ・ヴァノーニの歌声と思うが)を聴いた。イタリアのマルザメーミの町の家族が紹介された。港町に、親と子、そして孫が揃うとき、父親は静かに人生を語り受け入れることができる。シチリアの太陽は眩しい。

2012年6月1日金曜日

「L' Appuntamento(逢引き)」

夕方のテレビ番組で、日本に居るイタリア人が選ぶ、日本(東京?)の(自家製)ピザ店トップ3の紹介があった。1、2位の店は、都心にあるようなのでわざわざ行くことはないだろうが、3位の店は近場の吉祥寺にあるというので一度は行ってみようかな。

さて、1位の紹介のとき、番組のバックに流れた音楽は、先日ヘイリー・ウェステンラを紹介してくれたイタリアン・ポップ好きの石仲間が毎日聞いているという、「L' Appuntamento(逢引き)」だった。

陽だまりに時間が止まったままの町角を感じさせる。そっと昔語りする言葉は、もう取り返せないからこそ穏やかで、静かに人生が過ぎ行くのを待つばかりである。

この「L'Appuntamento」は、南米ブラジルのE.Carlos & R.Carlosが作詞・作曲した原曲を、イタリアのオルネラ・ヴァノーニ(Ornella Vanoni)がイタリア語で歌いヒットしたそうだ。

MinTs813のYoutubeのコメントに感謝)

彼女を紹介するWikipediaによれば、この曲は、「2004年の映画『オーシャンズ12』に使用され、また日本ではBS日本の番組『小さな村の物語イタリア』のオープン・エンドテーマとして親しまれている。」そうだ。BSの番組(土曜21:00~21:54)は未見なので、のぞいてみようかな。

(番組と歌詞について「Amo l’italiano!イタリア語ってなんてオモロイんだ!」に感謝)

2012年5月31日木曜日

イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」

イ・ソンヒが昨年の「五月の陽射し」コンサート(世宗文化会館大劇場)の2日目(2011年5月22日)に、「離別(이별)」、「一度くらい(한번쯤)」をカバーしたものがYoutubeに登録されている。「離別」はパティ・キム(패티김)の、「一度くらい」はソン・チャンシク(송창식)のオリジナル曲である。

(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

「離別」は、ささやき聴かせるようにしっとりと歌い上げている。それは、パティ・キムに対するオマージュともいえる。そして、「一度くらい」は、オリジナルに比べてスローテンポに詩情を漂わせながら歌い始めた。やがて、イ・ソンヒらしいパワフルで軽快に展開していく。
カバーの中に彼女らしい色合いをこめながらも、オリジナルに対するアーティストとしての自信と責任が感じられる。それは、彼女が今あることの理由を示すようでもある。

(本ブログ関連:"パティ・キムの「Jへ」"、"パティ・キムの引退"、"イ・ソンヒの「一度くらい」"、"イ・ソンヒの「2011コンサート」")

2012年5月30日水曜日

(資料)「Jへ」を歌う歌手

イ・ソンヒの「Jへ」は、大御所のパティ・キムに歌われたこともあるポピュラーな曲だけに、そのほか若い(中堅の)歌手たちにも歌いつがれている。Youtubeを探して視聴することができる。

・박정현 Lena Parkの「Jへ(J에게)」
・바다 BADAの「Jへ(J에게)」
・진주 Jinjuの「Jへ(J에게)」
・임태경 Im Taekyung の「Jへ(J에게)」
・백청강 Baek Chungkangの「Jへ(J에게)」
・이승기 Lee Seung Giの「Jへ(J에게)」

(本ブログ関連:"パティ・キムの「Jへ」")

(Youtubeの登録者に感謝)