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2026年8月24日月曜日

端唄「柳やなぎ」

端唄に「柳々」がある。「江戸戯作」(神保五彌、杉浦日向子、新潮古典文学アルバム24、新潮社)の序文(エッセイ)は、杉浦日向子のこの唄についてから始まる。なにかと風通しに苦心する江戸庶民にかすり笑いをもたらした戯作の雰囲気を映すとしている。

紹介された唄のくくりに「虚言(うそ)も実(まこと)も  義理もなし」とある。戯作世界の意義を伝えるよう漢字が並んでいる。素朴に端唄の世界ではどうだったのだろうかと、以下さぐってみた。

(本ブログ関連:”端唄”)

いつもの「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)と、ネットの「芝恋の三味線・小唄教室」*サイトだ。粋な世界で唄われるとき、遊里の人間模様が、男女のあいだが、しだれ柳の枝のように、風に揺れもつれあう様が浮かんでくる。
(*)同サイトの「小唄『柳 々』のご紹介」
        ー https://rensi26.com/4900
        ー 上方名優 三世中村歌右衛門の作詞で、恋仲になった祇園の芸妓の心をうたっている。
        ー 「江戸小唄」木村菊太郎著より引用とのこと。

庶民の唄として続けられたため厳密な詞があるわけでないし、あてはまる漢字表記も一定でないだろうけれど、上記の「江戸端唄集」をベースに、「小唄『柳 々』のご紹介」にある漢字表記を付記してみた。

「柳やなぎ」
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柳々で  世をおもしろふ(面白う)
う(請)けて暮らすが  命の薬
梅にしたが(従)ひ  桜になびく
その日そのひの  風しだい(次第)
うそ(嘘)もまこと(誠)も  義り(義理)もなし
はじめ(初め)は  すい(粋)に思へども
日増(ひまし)にほれて  ついぐち(愚痴)になり              ← 日増:ひま
昼寝の床の  う(憂)きおも(思)ひ
どふした  ひやうり(拍子)の  瓢たん(瓢箪)か (で)     ← ひやうり:拍子、ふとした弾みで。
あだ(仇)腹の立  月(好き)じゃへ                                ← 月:好き(本来の意味)を誤写か?
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歌い手によって微妙に違いが出てくる。

■ Youtube(登録: 0klz49)
「柳々(作榮)80rpm」(2022/11/22)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=tJusOlxJyZQ
    ー 唄唱:作榮(NITTOレコード  琴伴奏端唄  昭和8年[1933年] )



(付記)
杉浦日向子原作のアニメ「百日紅(さるすべり)」

■ Youtube(登録: ドゥック・ヴィエット)
「百日の赤 2015(ベトナム語 字幕)」(2020/07/31)   ← 音声:日本語
    ー https://www.youtube.com/watch?v=u18zqYbOSr8

2026年7月13日月曜日

(資料)連歌と連句

おとつい(7/11)、図書館で「杞憂に終わる連句入門」(鈴木千恵子、文学通信)*を借りたが、手も足も出ない。杞憂のままなので、ネットの力を借りて、「連歌」と「連句」について、基礎知識を習得中(教科書的な整理)。
(*)同書の「発句」の定義に、「芭蕉は生涯にどれだけの句を詠んだか? という問いを立てた人がいるが、答えは強いて言えば、芭蕉は俳句は詠んでいない、である、発句をそれだけで創作鑑賞されるようになったものを地発句(じほっく)といい、正岡子規が俳句と名づけたのである。」

(本ブログ関連:”連歌”、”連句”)

■ Gemini より

①「連歌」と「連句」の特徴
項目連歌(れんが)連句(れんく)
主な時代鎌倉時代 〜 室町時代江戸時代 〜 現代
言葉遣い

雅語
(和歌に使う美しく伝統的な言葉)
俗語・漢語・流行語
(日常の言葉)
表現のトーン優雅、格調高い、精神的な美滑稽(おかしみ)、庶民的、人間味
代表的な形式百韻(100句つなげる)歌仙(36句つなげる)
担い手貴族、武士、僧侶俳人、一般庶民
代表的な人物宗祇(そうぎ)、二条良基松尾芭蕉、与謝蕪村
後世への影響和歌の伝統を継承最初の句(発句)が「俳句」へ発展


➁「連歌」と「連句」のルール(式目)例
句の順番連歌連句
発句 (1句目)切れ字(~かな)で言い切る。当季の季語。客への強烈な挨拶・言祝ぎ。切れ字、当季の季語は共通。ただし、言葉づかいが日常語になり、より軽妙な挨拶になる。
脇句 (2句目)体言止め(名詞止め)が絶対原則。 発句と同季。体言止めが好まれるが、絶対ではなくなる。 動詞で終わってもOK。発句と同季。
第三 (3句目)「〜て」などの接続助詞(て止め)が絶対原則。「〜て」で終わらなくてもOK。 連歌よりも早い段階からガラリと場面を転換させることが多い。

(付記)
連歌・連句で、「一つ前に提示されたお題 = 前句」に対して、「自分が今から添えるアンサー = 付句」という、ペアを指す言葉が使われた。
→  本ブログ: 7月9日「魂がないと此世は面白し(武玉川)」に追記。


■ Google検索(Labs)、他より
「連歌と連句、代表作例」
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1. 「連歌」:『水無瀬三吟百韻(みなせさんぎんひゃくいん)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:宗祇)
     雪ながら 山もと霞む 夕(ゆふ)べかな
(まだ雪が残っているのに、山のふもとは春の霧でかすんでいる、そんな美しい夕暮れだ)

● 脇句(7-7:肖柏) 
    行く水遠(とほ)く 梅匂(にほ)ふ里
(かすみの先を流れる川の水は遠くまで続き、梅の香りをのせた風が吹いてくる)

● 第三(5-7-5:宗長)  
    川風に 一むら柳 春見えて
(その川風に吹かれて、一塊の柳の木が芽吹き、いよいよ春の訪れを感じさせる)


2. 「連句」歌仙:『初木枯の巻(はつこがらしのまき)』 より冒頭3句

● 発句(5-7-5:冬、芭蕉) 
    狂句 こがらしの 身は竹斎に 似たる哉   ←「狂句」:破調としてある
 (木枯らしの中を旅する我が身は、まるで仮名草子にある旅の藪医「竹斎」のようだ)

● 脇句(7-7:冬、野水) 
    たそやとばしる かさの山茶花  
(枯らしに飛び散る山茶花(さざんか)を、旅笠にいっぱい着けて到着した人は一体誰)

● 第三(5-7-5:秋、荷兮)
     有明の 主水に酒屋 つくらせて 
 (主水(もんど:水を司る役)の屋敷近くに酒屋を作らせた、という風流な景物へ展開)

参考
■ 山梨県立大学
「冬の日脚注(1/5)」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/shitibusyu/huyunohi00.htm
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2026年6月11日木曜日

入梅 2026

関東甲信にけかて、すでに「梅雨入り」したと気象庁から発表(9/7)されているが、雑節できょうが「入梅」であり、「田植えの日取りを決める」重要な日という。

(本ブログ関連:”入梅”、”雑節”、”梅雨入り”)

梅雨にちなんで梅酒作りがある。二十四節気の「芒種」(6月6日 ~ 6月20日)を3つに分けた七十二侯の「末候」は、<梅> に着目して、「6月中旬〜下旬の完熟梅を使って、『芳醇でフルーティー、コクのあるまろやかな梅酒』に仕上げる」といわれる。(一般の梅酒作りには青梅を使う)

子どものころに母が作ったのは、梅の実と氷砂糖だけのシロップだった。暑い夏に、氷水に混ぜて飲んだとき、シロップだけを飲んでみたい誘惑にかられたものだ。それは、カルピスの白くて濃いい瓶詰のシロップに対して、あるいはさくらんぼの缶詰のときもそうだった・・・ つまみ食いして悟ったのは、実際はそうでもないということだった。

ちなみに、雑節は次の9つがある。

■ 雑節(Gemini による)
雑節(ざっせつ)時期(目安)内容・意味
節分(せつぶん)2月3日頃 江戸時代以降
(立春の前日)
季節の変わり目。邪気を払うために豆まきを行い、恵方巻を食べる習慣があります。
彼岸(ひがん)3月・9月の春分・秋分を挟む7日間先祖供養をする期間。「暑さ寒さも彼岸まで」と言われ、季節の節目となります。
社日*(しゃにち)春分・秋分に最も近い「戊(つちのえ)の日」生育した土地の神(産土神 うぶすながみ)を祀る日。春は豊作を祈り、秋は収穫に感謝します。
八十八夜
(はちじゅうはちや)
5月2日頃
(立春から88日目)
本格的な農作業(茶摘みや種まき)の目安となる時期。この頃に摘んだお茶は縁起が良いとされます。
入梅(にゅうばい)6月11日頃
(太陽黄経80度)
暦の上での梅雨入り。農家にとって田植えの時期を決める重要な節目でした。
半夏生
(はんげしょう)
7月2日頃
(夏至から11日目)
農作業を終える目安の日。関西ではタコ、福井ではサバなどを食べる風習があります。
土用(どよう)各季節
(立春・立夏・立秋・立冬)の前約18日間
季節の変わり目で、体調を崩しやすい時期。特に夏の土用(丑の日)には鰻を食べることで有名です。
二百十日
(にひゃくとおか)
9月1日頃
(立春から210日目)
台風が襲来しやすい時期とされ、農家が警戒する厄日(やくび)の一つです。
二百二十日
(にひゃくはつか)
9月11日頃
(立春から220日目)
二百十日と同様に、台風の襲来や強い風に警戒が必要とされる日です。

* )社日: 上表のなかで、「社日(しゃにち)」について、あまり縁がないように思われるのは、郷土(生まれた土地)の守護神への意識が、とりわけ都市部で見られないせいだろう・・・もちろん、地域によって郷土意識が十分残っているところはあると思うが。

雑節は、郷土との絆を持たせる大切な知恵(季節観)と思う。郷土を慕い思い返す歌が、NHK「みんなの歌」から見られなくなりつつあるのは残念。

2026年6月6日土曜日

野鳥観察(99)

薄曇りの早朝、ヒンヤリしたので、野鳥観察(探鳥会)に長袖のセーターを着て出かけた。このところ、冷えたり暖かだったりして、歳をとると気温の変化に耐性が減ったようで閉口する。結局、帰宅するまで額に汗が滲むことはなかった・・・汗も出ない。

野鳥観察(探鳥会)は、次回で100回目の参加となる!!

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

いつもは、集合場所に開始時刻の10分前ほどに到着していたが、みなさんギリギリに揃う。そこで、家を出るのをいつもより少し遅らせてみた。でも、全員集合にはまだまだだった。どうして開始直前に集まれるのか感心する・・・変なことに気を使っている。

運動不足のせいで、みなと歩調を合わせるのがしんどい*。今回は、一瞬がチャンスの野鳥撮影でなく、<動かぬ樹木> や <台風の影響跡につながるもの> を撮った。
*)以前なら、探鳥会の後、別の用事にも出かけたりしたが、帰宅するやバッタリ寝てしまった。

ベテランの方々から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものを次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・シジュウカラ: 樹間にせわし気な鳴き声だけが響いた
・ハクセキレイ:(写真の通り)
・ツバメ: 指差されても目で追えず(公園の原っぱに間違いなくいるのだが)
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・カルガモ: 1羽が、小川の上を川上に向かって飛んで行った
※話題のカルガモ親子を探しに、帰宅途中、別の小公園の池に寄ったが観察できず(カラスが2羽池にいた)
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・クマノミズキ:(写真の通り)
・アカメガシワ:(写真の通り)
・ロウバイ:(写真の通り)
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アミガサハゴロモ: クリの木の雄花の基部に雌花があると探したところ、そこに小さくて白い幼虫と出会った。

ハクセキレイ(?)
・グラウンドにいるというので探したが見つからず、ようやく別角度から写真に撮れた。最初、セグロセキレイと聞いたが、写真から「ハクセキレイ」に見えるのだが・・・?。


クマノミズキ(写真左)、アカメガシワ(写真中央)、ロウバイ(写真右)
・会長から、葉序(植物の茎に対する葉の配列)について、「ミズキ」は <互生> だが、「クマノミズキ」は <対生> との解説があった。初心者はつい、花(多数の白色4弁花)の方に目が向いてしまうけど。
・会長から、小さな花をつける「アカメガシワ」は(花弁はなく、赤い花柱のせいで全体が薄く赤みを帯びている)<雄花>で、花粉を虫が運ぶ <虫媒花> と解説があった。
・「ロウバイ」の実(偽果(ぎか))といえば、黒ずんだものしか思い浮かばなかったが、赤みを帯びた(梅の実のような)ものがあった。これが、熟して黒くなるとのこと(黒いのは去年のもの)。



落枝注意(写真左)、小川氾濫跡(写真右)
・台風のせいでだけでないが、公園の各所に枝落下の注意がある。ちょっと話題になったのは、落ちる枝の絵が、まるでキツネが飛び上がっているように見える・・・ということ。
・6/3の台風6号による【レベル4氾濫危険警報】の結果、小川は水流が氾濫したようで、岸辺の草(荻など)をなぎ倒すように流れたのが分かる。

芒種 2026

 きょうは二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」、イネ科植物の 稲 や 麦 などのように、穂先に突起*のある穀物の種を蒔くころ**。
(*)突起: 特に「ススキ」の穂先に棘状の突起があることから、ススキを「芒(のぎ)」と書く。
(**)種を蒔くころ: 「入梅」(6/11)も近く、関東地方も「梅雨入り」の時期(平年 6/7)である。

(本ブログ関連:”芒種”)

早朝、曇り空に北風が吹いたものの微風、その分ひんやりとした。午前8時過ぎて薄曇りになり、どうやら晴れ空になった。(<野鳥観察> の帰り道、一瞬、陽が射した)
とはいえ、次第に <梅雨> が近づいている・・・ <梅雨入り> は、再来週あたりか?
(追記)関東甲信の「梅雨入り」は、6/7と発表された。

■ 気象庁
「令和8年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」
    ー https://www.data.jma.go.jp/cpd/baiu/sokuhou_baiu.html
    ● 令和8年の梅雨入り(更新日:令和8年6月4日)


七十二候
芒種の期間を三つに分けた「七十二候」には、「カマキリ(螳螂)」、「ホタル(蛍)」、「梅」がそれぞれあてられる。実際の時期に照らして、以下、Gemini に確認した。
● カマキリ: 「梅雨入り前後の5月下旬から6月上旬にかけて、一斉に孵化(ふか)を迎えます / ひとつの卵の塊から、小さな赤ちゃんカマキリが、ゾロゾロと這い出てくる」
蛍: 6月(芒種・中候)、蛹(さなぎ)から羽化し、湿った地面や草陰から成虫となって飛び立ちます」
梅: 「完熟梅(6月中旬〜下旬)は、『芳醇でフルーティー、コクのあるまろやかな梅酒』に仕上がります」(一般に青梅を使う)

2026年5月6日水曜日

端唄「一(ひと)声は」、ホトトギス(時鳥)

初夏に南から来る「ホトトギス(時鳥)」の姿をはっきり目視したことがない。ベテランの方は鳴き声(さえずり)から聞き分けるが、フィールドでそういわれても聞き逃している。
(閑話) ホトトギスと対にして語られる、同じく初夏の鳥「カッコウ」の鳴き声を、以前深夜に聞いたと思ったが、Gemini に確認したところ、「アオバズク」の聞き違いでないかと指摘された・・・)

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

ホトトギスは、夜間から夜明けにかけて「キョッキョ、キョキョキョ」(「テッペン カケタカ」や「特許許可局」)とさえずり、田植えの時期を告げる(時を告げる)鳥として「時鳥」の名を与えられたようだ(検索AI Labs)。


端唄「一(ひと)声は」
ホトトギスの時を告げる意味合いから端唄にも使われ、待つこと・別れに通じ、報われぬ恋を語る象徴にもなる。
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一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす
いつしかしらむ  みじか夜に  まだ寝もやらぬ  手枕(たまくら)に(や)
男ごゝろは  むごらしい  女ごゝろは  左様(そう)じゃない
片時逢わねば  くよくよと  愚痴なおもひで  泣いているわいな
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唄の出だし「一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす」について、「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫))は、次のように解説している。(要約)
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滝野瓢水(江戸中期(享保〜宝暦期))の句「さてはあの月が鳴いたか時鳥(ほとどきす)」にもとづく。
 ・句意は、 ほととぎすが鳴いたと空を見れど姿がない、本当だったのか、ひょっとすると月が鳴いたのかもしれない。
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■ Youtube(登録: 0klz49)
「 一聲は(市丸)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=gUxknTS_r9E
    ー 解説より: 昭和13年(1938年) VICTOR RECORD 金ラベル、 端唄 唄唱 市丸



■ 東京小唄・清元・三味線教室
「一声は月」(2010年8月2日)より抜粋
    ー https://kiyuumi.com/archives/2010/08/post_246.php
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安政4年(1857)5月、江戸市村座「時鳥酒杉本(ほととぎす  さけはすぎもと)」上演の時作られた江戸端唄である。お梅  粂之介の心中を芝居にしたもので「一声は  月が啼いたか  時鳥」は「さてはあの月が啼いたか時鳥(一三子*)」の名句から採ったもの。・・・(「江戸小唄」木村菊太郎著より)
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(*)一三子: 端唄の元になった俳諧の作者(滝野瓢水)と一三子とがつながる資料をネットで見つけられない。

■ 芝恋の三味線・小唄教室
「小唄「一声は月」のご紹介。」
    ー https://rensi26.com/1178
    ー 芝居「時鳥酒杉本」の内容解説がある。

2026年4月4日土曜日

江戸時代の「花」、桜と梅

今朝はどんよりした曇り空だ。すでに九州を中心に雨降りで、東京は昼過ぎに雨になるという、そのまま日付に変わる未明まで雨天のようだ。したがって、きょうの外出(たとえば花見)は午前中くらいしかないと・・・早朝に思った。

そんな後ろ向きなことを考えているうちに、きょうの野鳥観察(探鳥会)の時間(今月から集合 6:30)を過ぎていることに気づいた。(頭の前側では、開始時刻が 6:30 であることを分かっていたのに、頭の後ろ側で 、今まで 7:00 だったのが抜けきれずいたようだ)
ー そんなこと考えているうち、朝寝に落ちて気付けば昼になっていた
ー 夕方になって、横殴りのような荒れた風雨になった!

ところで、このところ江戸の俳諧に関心を持ち始めている。江戸文化で、花見の「サクラ」をどのように感じ、愛でていたのか気になり、Googleの生成AI Gemini に訊いてみた。Q&Aをそのまま次に記す。

(本ブログ関連:”折々のうた”)

■ Gemini

Q.江戸時代のひとびとは、「さくら」を見に行くのに「花見」と呼んでいましたか? 「花」の言葉の使い方で、<梅>や<桜>をどう区別していましたか?
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A.江戸時代の人々も、現代と同じように「花見」という言葉を日常的に使っていました。ただ、その言葉に込められたニュアンスや、梅と桜の呼び分けには、当時ならではの美意識や習慣が反映されています。

「花見」という言葉の広がり
江戸時代になると、それまでは貴族や武士のたしなみだった「花見」が、庶民の娯楽として爆発的に普及しました。
・一般的な呼称:  庶民の公認行楽として「花見」という言葉が定着しました。当時の浮世絵の題名や「江戸名所図会」などのガイドブックにも、はっきりと「花見」という文字が見られます。
・対象の変化:  平安時代以前は「花」といえば「梅」を指すことも多かったのですが、江戸時代には <「花」=「桜」> という認識が完全に定着していました。そのため、単に「花見に行く」と言えば、それは桜を見に行くことを指しました。

梅と桜の区別のしかた
当時の人々は、季節感や用途に応じて、言葉を巧みに使い分けていました。
対象主な呼び方特徴とニュアンス

「花」
「観桜(かんおう)」
「花」という言葉を独占する特別な存在でした。江戸中期以降は、上野や隅田川の堤へ大勢で連れ立って出かける「集団レジャー」の象徴でした。

「梅見(うめみ)」
「探梅(たんぱい)」
桜とは明確に区別し、わざわざ「梅を見に行く」と言いました。桜が「宴会」であるのに対し、梅は寒さの残る時期にその香りを静かに楽しむ「風流」なものとされました。

興味深い言葉の使い分け
・「探梅(たんぱい)」:  まだ花の少ない時期に、山野へ早咲きの梅を「探しに行く」という奥ゆかしい表現も好まれました。
・「桜狩(さくらがり)」:  桜を愛でることを、獲物を追う「狩り」に見立てた優雅な表現も残っていました(現代の「紅葉狩り」と同じ感覚です)。
・「花月(かげつ)」:  文人や教養のある人々の間では、花と月をセットにした風雅な表現が好まれ、俳諧や和歌の世界ではより専門的な季語として使い分けられていました。

江戸の人々にとって、梅は「春の訪れを知らせる香り」を、桜は「春の真っ盛りを祝う華やかさ」を楽しむものとして、明確に心の中で区別されていたようです。
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2026年3月6日金曜日

吹く風を 何厭(いと)ひけん 梅の花 散りくるときぞ 香はまさりける(凡河内躬恒)

確実に春の兆しがするというに、気温はきのうと比べてちょっと低目でヒンヤリする。冬の終わり~早春といえば梅の花、咲き具合はどうだろう。

今度は第九巻、「第九  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、平安時代中期の勅撰和歌集「拾遺和歌集」に所収の、凡河内躬恒(おおしこうち の みつね:「古今和歌集」編纂者、貞観元年: 859年? ~ 延長3年: 925年?)の歌がある。

(本ブログ関連:”折々のうた”、””)
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吹く風を何厭(いと)ひけん梅の花 散りくるときぞ香(か)はまさりける
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すらすらと耳触りが良く、新書「折々のうた」で、著者は「強く吹く風を何で嫌ったりしたのかしら。梅の花は、散って来る時こそ一段と芳香もまさっているものだったのに」と解釈している。散るときの香りがすぐれているなんて、ちょっと都人(みやこびと)らしい気取りを感じるが。

ところで、桜で名高い「小金井公園」の <梅林> で開催された、「梅林のご案内~ウメで春を感じませんか~」(2/21)はすでに終了した。現況、ピークは過ぎたが、まだ観梅が可能のようだ。

また、<河内> の言葉から、子どもころ、なぜか馴染んだ女優の河内桃子(こうち ももこ、昭和7年:1932年 ~ 平成10年:1998年)さんを思い出す。戦後の中流家庭の女性といった役柄を、穏やかなしぐさで演じられたと思う。



■ 高千穂大学 名誉教授  渋谷栄一氏 整定
「拾遺和歌集」
    ー http://genjiemuseum.web.fc2.com/sihu1.html
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・贈太政大臣*  1006 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主人(あるじ)なしとて 春を忘るな」  ← 菅原道真公の歌の初出
・凡河内躬恒    0030 「吹く風を何厭ひけん梅花散り来る時ぞ香はまさりける」
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(*)贈太政大臣: 死後に太政大臣の官位を追贈(贈位)された人物。生前の功績を称えたり、冤罪による不遇を慰めたり、さまざまな貢献を評価する目的で行なわれた。(Labs)


■ Gemini
Q.古代の貴族の名に「凡河内氏」がありますが、「凡」と「河内」について由来(起源)を教えてください。
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A.古代の豪族である <凡河内氏(おおしこうちうじ)> は、その名の通り「河内国(現在の大阪府東部)」を本拠地とした有力な一族です。
この名の由来を「凡」と「河内」に分けて紐解くと、古代日本の統治体制や地理的背景が見えてきます。

1. 「凡(おおし)」の由来:広域を束ねる称号
「凡」という字は、現代では「なみ、平凡」という意味で使われますが、古代においては <「総括する」「全体を支配する」> という意味を持っていました。
・広域支配の証: もともと河内地方には、狭い範囲を治める小さな「河内氏」が点在していました。これら複数の河内氏を統合し、河内国全体を代表する立場(国造:くにのみやつこ)となった一族が、差別化のために「凡(総括的な)」という冠詞をつけたとされています。
・読みの変遷「凡」を「おおし」と読むのは、「大(おお)」と同義で、多くの人々や土地をひとまとめにするという意味の古語「おし(領・押)」に由来すると考えられています。

2. 「河内(かわち)」の由来:地理的特徴
「河内」という地名は、その文字通り <「河(川)の内側」> という地形に由来します。
・かつての地形古代の大阪平野には「河内湖(かわちこ)」という広大な湖や湿地帯が広がっていました。淀川や大和川などの大きな河川に囲まれた、あるいはその内側に位置する肥沃なデルタ地帯であったことから「河の内」と呼ばれました。
・渡来文化の拠点: この地域は、大陸や朝鮮半島からの渡来人が多く定住し、当時の最先端技術(土木、治水、鍛冶など)が集まった場所でした。凡河内氏は、こうした技術集団を統率することで勢力を拡大しました。

3. 凡河内氏の役割と歴史
凡河内氏は、天武天皇の時代(7世紀後半)に <「忌寸(いみき)」、後に「宿禰(すくね)」> という高い姓(カバネ)を授けられています。
・軍事と祭祀: 軍事的な側面だけでなく、宮廷の祭祀(神事)にも深く関わっていました。
・有名な人物: 平安時代に入ると、古今和歌集の撰者の一人である <凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)> が有名です。武家のイメージから離れ、風流な歌人として名を残しました。

補足:表記のバリエーション
史料によっては「凡川内」と記されることもあります。これは「河」も「川」も当時の意味としては同じであり、地形的な特徴が強く意識されていた証拠と言えます。
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■ 三代集(Labs/Gemini/Wikipedia:追記)
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和歌の「三代集」(古今・後撰・拾遺)は、10世紀初頭から11世紀初頭にかけての平安時代中期の約100年間に成立した勅撰和歌集。

古今和歌集(古今集)
・成立時期:延喜5年(905年)頃
・勅命:醍醐天皇
・撰者:紀友則、紀貫之凡河内躬恒、壬生忠岑の4人。
・特徴: 日本最初の勅撰和歌集。紀貫之らが中心となり編纂。漢詩に押されていた和歌の地位を確立。繊細で技巧的な「古今調」を確立した。    

後撰和歌集(後撰集)
・成立時期:天徳5年/応和元年(951年)頃(※成立時期は諸説あり、村上天皇の「梨壺の書」)
・勅命:村上天皇
・編纂:源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文(以上、梨壺の五人)が中心。
・特徴:古今集に次ぐ第2の勅撰集。古今集に漏れた古い歌や屏風歌を多く収めた。

拾遺和歌集(拾遺集)
・成立時期:寛弘2年(1005年)~寛弘4年(1007年)頃
・勅命:花山院(花山天皇)
・撰者:花山院の親撰、もしくは花山院が藤原長能・源道済に撰進させた。
・特徴:第3の勅撰集。「古今」「後撰」の拾遺(残った歌)を中心に編集。 洗練された平明で優美な歌風(拾遺調)が特徴。
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沈丁花

テレビの天気予報で、「ジンチョウゲ(沈丁花)」の独特な <香り> について(それが濃いことで「千里香」の別名がある)話題があった。そういえば、小学校の「カイヅカイブキ」の垣根の間に植えられていて、夜に近くを通るたび香気に気づいたものだ。最近、抜かれたようで見当たらない。早春を、香りで知らせてくれていたのに残念だ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

2026年2月19日木曜日

雨水 2026、端唄「春雨」

※ だらだらと過ごすうち、午後の体操教室を欠席してしまった。

きょうは二十四節気の「雨水(うすい)」。降る雪が雨に変わり、氷が溶けて水に変わる時期。大地が潤い、霞が立ち、草木が燃え始める。いよいよ本格的な春間近・・・気象庁の季節区分では来3月から春となる。

(本ブログ関連:”雨水”)

雨水から雨を連想する。「立春」を過ぎてこの時期に降る雨こそ「春雨」の始まり。ただし、きょうは快晴だが・・・。

そこで、「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)所収の「端唄百番」にある「春雨」を聞いてみよう。「ウグイス(鶯)」(女性)と「ウメ(梅)」(男性)の関係は誰も代えられるものではない。

(本ブログ関連:”端唄”)
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はるさめに    しつぽりぬるゝ鶯の
羽かぜに匂ふ    梅が香の(や)
花にたはぶれ    しほらしや                           ← しほらしや(いじらしいことよ)

小鳥でさへも 一すじに                              ← 一途に
ねぐらさだめる気はひとつ

わたしや鶯 ぬしは梅

やがて身まゝ    気まゝになるならば              ← 身が(遊郭から)自由になったなら
サア 鶯宿梅*じやないかいな
さツさ なんでもよいわいな                        ← 今の苦労はなんでもない、細かいことはどうでもよい
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(*)鶯宿梅(おうしゅくばい): 元は、勅命で枯れた梅の木を他所から移し替えた故事(結果、他所の梅の木と鶯の関係が切り裂かれる)とは別に、本来の鶯と梅の関係になれば最高じゃないか。

■ 岩波文庫(音源)
「春雨」( 根岸登喜子 ・・・ 文庫編者の倉田氏の妻)
https://www.iwanami.co.jp/moreinfo/voice/3028310/01.mp3


次のYoutubeは、端唄の代表的な唄であり、歌手「美空ひばり」により吹き込まれたもの。登録者によれば、EP音源(制作:コロムビアレコード (SA-3051 ⓟ1959年))であるが、音質は極めて明瞭。(歌謡界のトップ、さすがに歌詞を聴きとりやすい)

■ Youtube(登録: jun-hogaku)
「[端唄] 春雨:美空 ひばり」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=En7vY1TwIPQ

2026年2月13日金曜日

公園の日時計と梅林、そして陶器市

穏やかな昼下がり(気温12.1℃、14時過ぎ)、小金井公園へ出かけた。梅林の様子と、陶器市(2/7~2/15)が気になったからだ。

公園東側の小さな入り口から入った。閑散とした様子・・・きょうは、13日の金曜日。
子どもたちの楽しみな「ソリ・ゲレンデ」がある小丘の南側に「日時計」がある。時刻は、14:52 、日時計の影もその時刻を指している。この辺りから人の姿が増えてきた・・・祝日でもないのに。

(本ブログ関連:”日時計”)


梅林に近づくと、観梅のためか来園者が多くなった。梅の樹々は、一斉に花を咲かせて、花の帯をつなげていた(「梅まつり」:2/5~2/27)。梅林の南側の散策路に随分人だかりがする・・・どうやら、梅をながめに来たというより、梅林の西側にある「たてもの園前広場」で開催の「陶器市」目当てのツアー客たちのようだ・・・というのも、梅林南側の駐車場前でバスガイドさんが客たちを誘導していたからだ。

(本ブログ関連:”梅林”)



そんなわけで、わたしも陶器市へ出かけた。会場が大勢の人びとでごった返していたのに驚く。佐賀県を中心に多数の陶器産地から出品している。民芸の伝統があるのだろう、家庭用、日常に使う食器がずらりとテントの中で並び販売されている・・・手頃な価格で、なんとも可愛らしいデザインが多いように感じた。今回は見物で終わった。
ー 帰宅して茶箪笥を見たら、陶器市で買おうかと思案した、デザインそのままの白色のマグカップを見つけてしまった。

2026年2月5日木曜日

ゆったりと寝たる在所や冬の梅(広瀬惟然)、梅まつり

春に桜の名所として名高い「小金井公園」の <梅林>*で、きょうから(~27日まで)「梅まつり」が開催される。もう少し咲きそろったころに観梅すべきところを、体操教室の帰り遠回りしてみた。
(*)<梅林> は実の収穫を、<梅園> は花の鑑賞を目的にしたもの(Gemini)だそうだが、景観から梅園といってもよいほど。

(本ブログ関連:”梅まつり”)

公園東側から入って、梅林にいたるまでの間、人影は少なかった。やがて遠目に梅の花が見えるころになると、観梅に訪れた人の数が多いのに気付く。どうやら、公園の来園者は、梅見物に集中しているようだ。
梅林の園路側に、梅の品種を紹介したパネルが立っている以外、とりたてて「梅まつり」を感じさせる物はない。梅の樹々に、紅白の花が咲いてない方がむしろ少ないくらいだ。

「白梅」、「紅梅」は次の通り。それに、「しだれ梅」も白い花をつけていた。きょうは、梅まつり初日の様子見で、あらためて盛況な時期に様子をうかがいに来たい。




広瀬惟然の句

今度は第六巻、「第六  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、芭蕉の門人にして風狂の人、広瀬惟然*(ひろせ いぜん、慶安元年(1648年)? ~  宝永8年(1711年))の、朝寝を満喫した句が載っている。解説によれば、豊後の俳人宅に身を寄せて、心地よい朝寝の気分と感謝を梅に託したもののようだ。妻子がありながら出家して、後に念仏を唱えて全国行脚する。後年故郷に戻り小庵に住んだ・・・なんだか、尾崎放哉を思い起こさせる。
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ゆったりと寝たる在所や冬の梅                (在所: いなか)
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(*)惟然の特徴的な「口語調俳諧」(軽み)は、Wikipediaに例示されている。

(本ブログ関連:”俳句”)

2026年2月1日日曜日

自然観察園、ロウバイ(蝋梅:俳句では臘梅)

きょうから2月。毎月初に、家じゅうの壁掛けカレンダーを新しい月に更新する。昔は、色刷りで自然の景色、飛行機、列車などの写真付きのカレンダーを吊るしていた。けっこう高価なものだった。それが近年になって、100均ショップで、日付だけ印刷した各種サイズのカレンダーを見つけて乗り替えた。安価なので部屋ごとに掛けている。

今月の初日が日曜日とは、始まりがよい。 快晴の昼過ぎ(13:00ころ)、気温も10℃と穏やかななか、公園併設の自然観察園へ出かけた。落葉低木の「ロウバイ蝋梅)」の黄色の花を見るためだ。(このところの晴天のせいで、公園を流れる小川の水は枯れて、川底のごつごつした石が露わになっていた)

月日ごと記した歳時記「日々の歳時記」(広瀬一朗、東京新聞出版局)の2月1日のテーマは「臘梅」で、「<ろうばい>。寒の内から、半透明の黄色の小花を下向きにいっぱいつけ、春に先立って周囲を明るくする」と始まる。末尾に、俳句では「蝋梅」ではなく「臘梅」と記述すると解説がある。(:ワックスのロウ、:下記に説明)
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臘月*(陰暦十二月)に咲くからこの名と思うのは間違いだと古書もいう。だったら「臘梅」でなく「蝋梅」とすべきだが、俳句はなぜか臘梅とばかり書く。
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(*)臘月: 陰暦十二月の異称、1年を締めくくる冬の季節を表す言葉(検索 Labs)


セツブンソウ(写真左)、ウメ(写真中央)、ソシンロウバイ(写真右)
・あさって(2/3)は「節分」、よいタイミングで、地面に小柄な白い花の「セツブンソウ」が群生していた。カメラを地面に置いて撮影しているひともいた。日本固有種とのこと。
・陽射し背に受けて眩しい「ウメ」の白い花をながめる。菅原道真公が詠んだ「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて 春な忘れそ」を思い浮かべる。
・観察園の東奥に「ロウバイ」と「ソシンロウバイ」があると掲示板に表示されていたが、きょう見た限りでは、花の真ん中も黄色いソシンロウバイだけだった・・・香りも薄い。

2025年11月12日水曜日

螺貝(にし)

昔、ある人が人魚の肉を持ち帰ったところ、なにを知らぬまま娘が食してしまった。その結果、娘は八百歳の長寿を得ることになった。「八百比丘尼」の由縁である。

(本ブログ関連:”八百比丘尼”)

寛政年間の巷の話を集めた「梅翁随筆」(作者不詳)の「仙女伝」に、我が子から病気治癒のすすめで「螺貝(にし)」を口にした女性が長生きしたという話がある。(「江戸奇談怪談集」 須永智彦 編著、ちくま学芸文庫)
九州の商人一行が山中で出会ったこの女性の話が伝わり、遠賀郡庄の浦の代官がこの貝を探したところ、長寿家系の百姓の家に「長寿貝」と名付けて持ち伝えていたということを知る。(山中の女性が語った螺貝(にし)と、長寿貝が同じものであるとは必ずしもいえないが)

そこで、螺貝(にし)について、ネットを検索したところ次のような情報があった。(生成AI Google Search Labs)
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・「螺貝」は、巻き貝の総称であり、「にし」は主に「アカニシ」という巻き貝を指すことが多いです。アカニシはサザエに似た食感と味が特徴で、日本では食用として流通しています。 
・「アカニシ(ニシ)」の特徴
    見た目: 殻口が赤く染まることから「アカニシ」と呼ばれます。
    味・食感: サザエに似た味や食感があり、美味しいとされています。
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長寿貝については、百姓が持ち伝えたということから、純然たる農民ならば(漁労に少しも関わりがなければ)、この貝は、海洋性のアカニシではなくて、「田螺(たにし)」に近いのかもしれない。
ただし、上記生成AI LSearch Labsによると、福岡県の一般的食材にタニシはないようだ。

2025年9月6日土曜日

野鳥観察(87)

台風一過の早朝、野鳥観察(探鳥会)へ出かけた。台風の影響は思った以上になくて、街路は早々乾燥していた。朝陽がめっぽう眩しい。湿気のせいか全体に彩度が低く、突き抜けるような青空ではないが。(関東ローム層の畑の土は、普段の乾燥した黄褐色から、雨に濡れて黒茶色に変わっていた)

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

前回(8/23)、野鳥観察を休み、熱中症を恐れて家にこもりぱなしだったせいか、久し振りのフィールドに足がもつれたようだ。今回も残念ながら野鳥の飛翔を目にするのみで、カメラに収めることができなかった。

フィールドを巡る途中、会長から ① 実をつけた高木の「ラクウショウ(落羽松)」について、② 幹が組み合った木について、次の通り話をうかがった。
① 実をつけた「ラクウショウ」
・落葉性針葉樹の代表的なものに「カラマツ」、「メタセコイヤ」、「ラクウショウ」がある。
・ラクウショウは湿地、池のほとりなどで成長するため「ヌマスギ」とも呼ばれる。
・湿地や池のほとりで、根は呼吸するのがむつかしいため、地表に「呼吸根」*が突き出る。
(*)呼吸根: Google画像検索「ラクウショウ 呼吸根 」で確認できる。
・緑色の球果は、果鱗で包まれている。

② 幹が組み合った木**
・次の可能性がある:
    ー 切り株から複数の芽が出る「萌芽更新」、一般にいう「孫生え(ひこばえ): 蘖」。
    ー 野鳥のフンに、種がまとまって落とされたものが成長する。
    ー 造園技術として「寄せ株」、「株立ち」がある。
(**)先日(8/31)、自然観察園外側にある「エノキ」の根元を見ての質問に回答いただいた。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものを次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・ブト: 観察の最初に「ハシブトカラス」の声が聞こえた。その後も飛ぶ姿を見た
・シジュウカラ: 1羽だけ上空を飛翔する(下側から見ると、白っぽく感じた)
・アオゲラ: 鳴き声「ケッケッケッ」が聞こえた
・メジロ: ちらっと確認したが、5羽いたとのこと
・ツミ: 鳴き声「ツィツィ」が聞こえた・・・ベテランの方からツミといわれた
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(樹木)
・ラクウショウ: 実をつけていた。この木については上記の通り。呼吸根は未見だったが。
・ウメの実: 苗圃の梅の木の下に実が散らばっていた。梅酒にしたら・・・。


ラクウショウの実(写真左)、クモの巣(写真右)
・ラクウショウの実は3cm程度であり目立つ。観察路はさほど湿ってないせいか、呼吸根が地面に見られなかった。
・クモの巣が、朝陽に照らされて虹色に輝いていた。微妙な色合いをカメラに収めることができなかったのが残念。

2025年7月21日月曜日

端唄「夏の暑さ」

上方の端唄「京の四季」には、春は花(梅)、夏は夕涼み*、秋は山や寺の紅葉、そして冬は雪見(酒)が歌われている。(「江戸端唄集(端唄百番 六二)」倉田喜弘編、岩波文庫)
(*)夏の夕辺に「みそぎ(御祓)ぞ  夏はうちつれて  かはらにつどふ  夕涼み  よい よい よい よい  よいやさ」(みそぎ: 水で清める)

(本ブログ関連:”端唄”)

「京の四季」の夏に、二本の串で(まるで武士の <二本差し> のように)刺した豆腐田楽を食う楽しみもあったが、上記のごとく夕涼みを加えている。豆腐には、ひねり(湯豆腐もあれば、冷ややっこもある)と賑やかさがあって、夏にふさわしいのかもしれない。

ところで、夏の夜、清しく浴衣を着た若い女性たちがボーイフレンドとの待ち合わせ場所へ向かおうと駅に集まってくるのを見るのはよい光景だ。花火観覧だろうか、それとも盆踊りを楽しむのだろうか。浴衣姿は、辺りをパッと照らす。

せっかく端唄なので、色っぽさも欲しいところ。

■ Youtube(登録: 根岸悦子 - トピック)
「夏の暑さ」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=d0gg2UyoQ8U
    ー 歌詞: 藤本英統「端唄俗曲選集(5)」: https://hidetofujimoto.info/custom5.html
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夏の暑さに すだれかがげて 縁(えん)のはし
そして 派手な浴衣に 薄化粧
ほんのりと 桜色 引き寄せて ン(あれ)さ
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2025年6月5日木曜日

芒種 2025

きょうは二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」。芒種とはのぎ 、イネ科植物の果実を包む穎【えい】= 稲でいう穂先、すなわち籾殻【もみがら】にあるとげのような突起を持つ植物の種を蒔くころ(Wikipedia + α)を指す。

(本ブログ関連:”芒種”)

七十二候
芒種の期間を三つに分けた、七十二候は次の通り。
・初候: 螳螂生(とうろう しょうず)  螳螂(かまきり)が生まれる
・次候: 腐草為蛍(ふそう ほたるとなる)  腐った草が蒸れて、(ほたる)となり飛び交う
・末候: 梅子黄(うめのみ きなり) (うめ)の実が熟して黄ばむ

ちなみに、昨年(2024年)も調べたことだが、「芒」の文字について、「亡」の文字との関係を生成AIのGeminiSearch Labs に説明を求めた結果を下記に転載する。

・・・ 生成AI は一貫した回答をしないことがあるので、下記内容を再確認する必要がある ・・・

(参考 - ①)
■ 生成AI Gemini
Q.「芒」の文字に、「亡」に似たものがありますが、何らかの関係があるのでしょうか?
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A.「芒」と「亡」の文字には、字源的に関係があるとされています。

「芒」という漢字は、「くさかんむり(艹)」「亡」から成り立っていますが、この「亡」の部分が <きっさき刃物の先端)」・「とがったもの> を表していると考えられています。

具体的には、漢字の成り立ちを研究する 裘錫圭氏* の説などでは、「亡」の字形そのものが「きっさき」を表した字であるとされています。そして、「」は、その「きっさき」の意味に「くさかんむり」が加わることで、などの穀物の先端にある針状の突起である「のぎ(芒)」や、植物のトゲ、あるいは「すすき」を意味するようになったと考えられます。

つまり、「」は単独で「なくなる」「死ぬ」といった意味を持ちますが、字源的には「きっさき」を意味する要素があり、それが「」という漢字の一部として使われることで、「とがったもの」という共通のイメージにつながっていると言えます。
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(*)日本の漢字研究者 白川静氏との関係が気になるが、ChatGPTによれば、 裘錫圭氏は「批判的立場」をとっていたようだ。

(参考 - ②)
■ Googleの Search Labs | AI 
「亡」の字源:
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裘錫圭氏の説では、「亡」は「芒」を表す文字である。この説は、「亡」の古代文字が、手足が曲がった死者の骨の形であることから、死を意味する「亡」と、細長い「芒」の形状が関連付けられる。
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(付記)
きょうの体操教室の準備をして、出かける時間をタイマーにセットした。その後、パソコンチェアに背をもたれかけたのがいけなかった。近ごろ、昼夜逆転に戻ったせいか、昼になってウトウトした結果、気付けば教室の開始時刻を遠に過ぎていた・・・やってしまった。

2025年3月29日土曜日

(資料)キツネに化かされる話(怪異・妖怪伝承データベース)

むかし、お天気キャスターとして知られた、倉嶋厚氏が新聞に記した随筆*の切り抜きを、「奇談の時代」(百目鬼恭三郎著、朝日新聞)の間に見つけて読み返した。茶に変色して擦(かす)れ、しかも今と違い文字数が多く読むのに苦心する。
(*)新聞不明。「お茶の間歳時記」の囲みに「お天気怪談」のタイトルで小文を記してある。

江戸の天気にかかわるはなしを、寛政の随筆(奇談集)である「梅翁随筆(ばいおうずいひつ)」から紹介している。人が強風に吹き飛ばされ空を飛ぶこと、突然商店を襲った雷の正体などだ。

この梅翁随筆をネットで検索したら、国際日本文化センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に行きついた。キツネ(狐)をキーにした検索結果の中にあった。

■ 国際日本文化センター「怪異・妖怪伝承データベース」
「キツネ」
    ー https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=3610020

ところで、本ブログは<狐>につながる、動物としてのキツネだけでなく、歌や、伝説・信仰に登場する狐たちも含めていろいろな情報を趣味的に載せている。特に、化かすキツネ、化かされる人間との関係に、何か根源的なものがあるような気がしてならない。

(本ブログ関連:”キツネ ”、”山怪”)

上記のデータベースは、キツネについての民間の怪異・妖怪伝承を一覧でき、資料の頭にある、「キツネ」、「キツネツキ」などからリンク先に飛んで、出典を知ることができる。

2025年3月3日月曜日

端唄 春雨

「雛祭り」のきょう、一日雨と雪で冷える。
(追記-1)いつ降り始めたのか、午後2時に外を見ると、ぼた雪が濡れた道に降っていた。
(追記-2)午後4時前に見たら、雨に変わって雪は積もっていなかった。(同時刻、都心で雪が降っていたりした)
(追記-3)明晩~あさっての朝方、大雪の恐れがあるとのこと。

子どものころ、時代劇の映画が身近だったため、社宅の空き地でチャンバラごっこをして遊んだものだ。どんなふうに切られ、倒れるかを競い合った。だから今でも、時代劇の果たし合いのシーンを見ると、敵役がどのように討たれるのか興味が湧く。

春に小雨が降りだすと、少々濡れても平気だと月形半平太を気取って「春雨じゃ、濡れてまいろう」といったもんだ。子どもは雨に無敵である。どしゃ降りになっても遊び続けたいのだが、泥だらけで帰宅すると小言をもらうので、適当に切り上げることになるのだが。

(本ブログ関連:”春雨じゃ、濡れてまいろう”)

ところで、欧米人には傘をささない習慣があるらしい。生成AIの「ChatGPT」や「Gemini」に聞いてみると、霧雨が多いから、雨が降ってもすぐ乾燥するから、服装に違いがあるからなどさまざま回答がある。そんな欧米人も、日本旅行で来て、傘無しではすまないだろうと推測する。日本の雨はちょっと違う。

きょうの雨を、「春の雨」というか「春雨」というか。ネット上にさまざま定義があるようだが、濡れて行くにはちと寒い。鳥もどこかで雨宿りしていることだろう。

春の訪れを指す、取り合わせのよい「ウグイス」と「ウメ」を歌った、江戸の「端唄」に「春雨」がある(「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)より)。端唄としては、おもう相手に飛び込んでいきたいのだろう・・・。
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はるさめに しっぽりぬるゝ鶯(うぐいす)の  羽かぜに匂う 梅が香の(や)  花にたはぶれ しほらしや  小鳥でさへも 一とすじに  ねぐらさだめる気はひとつ   わたしや鶯 ぬしは梅  やがて身まゝ  気まゝになるならば  サァ 鶯宿梅*(おうしゅくばい)じやないかいな   さっさ なんでもよいわいな
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(*)村上天皇が紀貫之の娘の家にある梅の木の移植を求めたとき、娘が鶯の宿る梅をいかにと問うた歌によるという。

■ Youtube(登録:朝川玲伎
「端唄 春雨 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=ZImXK9vPzJ0

2025年2月23日日曜日

公園の梅林

「天皇誕生日」の祝日の昼下がり(午後1時過ぎ)、都立最大の「小金井公園」にある<梅林>へ出かけた。日射しは柔らかで風の気配もなく、穏やかな休日の午後である。公園の東側から入り、子どもたちの遊び声のする広場を抜けて、遠目に紅白の花が見える梅林へと近づく。観梅には大人たちが大勢集まっていた。(とりたてて、梅見の催しはないようだ)

(本ブログ関連:”小金井公園の梅”)

六つの小丘で構成された梅林には、約27品種の梅が植わっている(本数は88本)。入口の掲示板に、各品種名と写真が示されている。
ー 公園のサービスセンターに行けば、同様の写真と解説付きの「梅林ガイド」(寄付金が必要)を入手できる。センターの建物まで戻って入手した。


以下、今現在、花を咲き誇っている品種の中から、いくつか写真に撮ったものを載せる。
解説は、「梅林ガイド」をそのまま転用した。


古城の春(写真左)、緋の司(写真中央)、月影(写真右)
・比較的新しい品種で不結実。「古城の春」は、野梅性八重、乳白色だが寒さにより薄い紅色になる。
・小金井桜提供の御礼として水戸から贈られた。「緋の司(ひのつかさ)は、紅梅性八重、濃紅色中輪で稀に結実。
・若枝とガクは緑色。「月影」は、青軸性一重、花は早咲き青白色の中輪で良果を結ぶ。


長寿(写真左)、白加賀(写真中央)、竜眠枝垂れ(写真右)
・青梅地方に残されていた品種。「長寿」は、野梅性八重、白色中輪で香りが高い。
・全国的に栽培される代表的な実梅。「白加賀」は、野梅性一重、白色の中大輪で花粉はほとんど無い。
・大きな枝振りの枝垂れ梅。「竜眼枝垂れ」は、野梅性一重、やや遅咲きで白色大輪。

2025年2月22日土曜日

インターホン

きょうも寒い一日だった。それを想定して、昨晩の就寝時に、電熱敷布の目盛りをポカポカの熱々にしたのが・・・どうやら、それがワザワイしたらしく、どっぷり寝込んでしまい、結果として今朝の野鳥観察(探鳥会)の起床時刻を寝過ごしてしまった。6時に目覚まししたにもかかわらず、気付けば8時30分になっていたのだ。

上記の野鳥観察は、自然観察会のひとつのグループである。その自然観察会が、きょう、埼玉県の梅の名所で観察会を行なうことになっていた。両方に参加はむつかしいので、探鳥会にと決めていたのに。ならば、昼間に地元の公園にでも出かけようかと思ったが・・・。

この寒さ来週の月曜日まで続くようだ。寒いのが苦手と繰り返してきた・・・1月は16日の間、今月もきょう(2/22)までの11日間、まさに半分家に籠っていた。歳をとると、厚着しても寒さを考えただけで萎えてしまう。実際、玄関の上がり框(かまち)まで行ったものの、寒さに挫(くじ)けたことが何度もある。

そんな寒い今夕のこと、インターホンが鳴った。陽の落ちたこんな時刻に一体誰?といぶかしむ。インターホンのモニターを見ると、暗い玄関先に、女性が訪ねてきたのが見えた。訪問販売だろうか、宗教勧誘だろうか。
わたしは無言のまま対応しなかった。訪問者は待ち続けたが、反応がないのを見定めて、ゆっくり頭を下げて他所へ向かった。その様子から、多分宗教勧誘だろうと想像した(宗教活動のとき、モニターに映らぬよう随行者・指導役が付き添っているケースが多い)。

インターホンから、寒い外が見える。ほとんど成功しない行為を、夕闇のころまで続けているのを見て、何で? と疑問を感じながら、すこし引きずるものを感じた。