▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「朝川玲伎」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「朝川玲伎」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2025年8月25日月曜日

端唄「縁かいな」

夏の花火大会のスケジュ―ルを探すと、夏休みの締めくくりとしてか、8月末にもあるようだ。とはいえ9月に入っても各地で予定されている。季節を問わず、日本人は花火が好きなのだ。

江戸の名物、両国「隅田川の花火大会」は、先月7月26日に開催されている。人混みを恐れたわけではないが、遠すぎて足を運ぶ余力がないのも事実。端唄で気分だけでも味わってみたい。

(本ブログ関連:”端唄”)

■ 「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫)
「縁かいな」
----------------------------------------------------
夏の納涼(すずみ)は両国の  出舟入舟屋形船  揚(あが)る流星  星降(くだ)り  玉屋が取持つ  縁かいな

〇 流星、星降り  ともに花火の種類。  〇 玉屋  花火業者。 〇 成立  大阪から上京した徳水里朝(りちょう)が寄席で唄って、明治二十四年(一八九一)大流行。 
----------------------------------------------------

昼間の熱気が収まって、川風を感じながら二人は夜空に広がる花火の競演を見守る・・・次に打ち揚がるまでのほんの束の間、言葉を交わす。群集の中でそのとき、互いの視線は、この縁を確かなものにしていく。

なお、次のYoutubeでは、上掲につづき次が唄われる。「縁かいな」には様々の場面がある。
----------------------------------------------------
夏の暑さに 涼み船
簾(すだれ)下ろして 爪弾(つめび)きの
粋な二上(にあが)り 三下(さんさが)り        ← 三味線の調弦法
風が取り持つ 縁かいな
----------------------------------------------------

■ Youtube(登録: 朝川玲伎)
「端唄 縁かいな 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=R50hZs21q3w


(付記)
商人など庶民が乗る屋形船にはすだれが使われる。
「吹けよ川風」(「江戸端唄集」より)
----------------------------------------------------
吹けよ川風  あげろよすだれ  中の小歌の顔見たや

〇 あげろよ  一般に「あがれよ」と唄う。 〇  小歌  端唄のような短詩型の唄。
----------------------------------------------------

2025年4月3日木曜日

桜(花時雨、夜桜)、端唄(夜桜や)

昼過ぎまで冷たい小雨が続いた。桜が満開のこの時期、降ったりやんだりする雨を「まだら雨」と表現できるか調べたところ、辞書になく、ネットはきっぱりとそんな表現はないという。適切な言葉を探したところ、「花時雨」があった。冷たい水滴が花弁を濡らす、そんな中(ふだんは無視されがちなヒヨドリが)蜜を吸っている光景が浮かんでくる。

桜と雨は互いに打ち消し合うようで、少々さびしい気がする。

満開の桜が夜道を明るく照らす「夜桜」はどうだろう。与謝野晶子の歌に「清水(きよみず)へ  祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」(「与謝野晶子歌集」与謝野晶子自選、岩波文庫 ・・・ 歌集『みだれ髪』より)がある。
今どきは照明が強く、暗い夜空を忘れたように夜桜を照らし出す。けれど、この歌が詠まれた時代(明治34年【1901年】)の夜は、もっと朧だったろう。

(本ブログ関連:”与謝野晶子”、”夜桜”)

夜桜のもとを、行き交う人々を美しいと表現する一瞬の見極めと、想像力は若くてたくましい。夜桜には心を浮かせる不思議な力がある。

それでは、ほんわりと端唄の夜桜へまいりましょう。

端唄
 「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)の「夜桜や」
-------------------------------------------------------
夜桜*や 浮れ烏(がらす)**の まひまひと  花の小かげに  誰やらが居るわいな  とぼけさんすな 芽柳***が  風にもまれて ふうわりふわりと  ヲゝサそうかいな そうじゃわいな
-------------------------------------------------------
(*)上記文庫の補注より: 夜桜  新吉原・仲の町に植えられた桜
(**)上記文庫の補注より: 浮れ烏  ねぐらに落ち着かない鳥。転じて、遊里の中をうろつき回るならず者。 ← 遊里の夜を浮かれ歩く人で、「ならず者」というのはちときついな。
(***)上記文庫の補注より: 芽柳  「めふきやなぎ」と唄う。

■ Youtube(登録:朝川玲伎)
「夜桜」
「端唄 夜桜 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=NP7VnxYB4oM

2025年3月3日月曜日

端唄 春雨

「雛祭り」のきょう、一日雨と雪で冷える。
(追記-1)いつ降り始めたのか、午後2時に外を見ると、ぼた雪が濡れた道に降っていた。
(追記-2)午後4時前に見たら、雨に変わって雪は積もっていなかった。(同時刻、都心で雪が降っていたりした)
(追記-3)明晩~あさっての朝方、大雪の恐れがあるとのこと。

子どものころ、時代劇の映画が身近だったため、社宅の空き地でチャンバラごっこをして遊んだものだ。どんなふうに切られ、倒れるかを競い合った。だから今でも、時代劇の果たし合いのシーンを見ると、敵役がどのように討たれるのか興味が湧く。

春に小雨が降りだすと、少々濡れても平気だと月形半平太を気取って「春雨じゃ、濡れてまいろう」といったもんだ。子どもは雨に無敵である。どしゃ降りになっても遊び続けたいのだが、泥だらけで帰宅すると小言をもらうので、適当に切り上げることになるのだが。

(本ブログ関連:”春雨じゃ、濡れてまいろう”)

ところで、欧米人には傘をささない習慣があるらしい。生成AIの「ChatGPT」や「Gemini」に聞いてみると、霧雨が多いから、雨が降ってもすぐ乾燥するから、服装に違いがあるからなどさまざま回答がある。そんな欧米人も、日本旅行で来て、傘無しではすまないだろうと推測する。日本の雨はちょっと違う。

きょうの雨を、「春の雨」というか「春雨」というか。ネット上にさまざま定義があるようだが、濡れて行くにはちと寒い。鳥もどこかで雨宿りしていることだろう。

春の訪れを指す、取り合わせのよい「ウグイス」と「ウメ」を歌った、江戸の「端唄」に「春雨」がある(「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)より)。端唄としては、おもう相手に飛び込んでいきたいのだろう・・・。
-------------------------------------------------------
はるさめに しっぽりぬるゝ鶯(うぐいす)の  羽かぜに匂う 梅が香の(や)  花にたはぶれ しほらしや  小鳥でさへも 一とすじに  ねぐらさだめる気はひとつ   わたしや鶯 ぬしは梅  やがて身まゝ  気まゝになるならば  サァ 鶯宿梅*(おうしゅくばい)じやないかいな   さっさ なんでもよいわいな
-------------------------------------------------------
(*)村上天皇が紀貫之の娘の家にある梅の木の移植を求めたとき、娘が鶯の宿る梅をいかにと問うた歌によるという。

■ Youtube(登録:朝川玲伎
「端唄 春雨 朝川玲伎」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=ZImXK9vPzJ0

2025年2月5日水曜日

端唄「玉川」のように「またくる春を 待ぞへ」

昨日(2/4)のブログに、童謡「春よ来い」を取り上げた。そういえば、似た曲名の「春よ、来い」(作詞作曲 松任谷由実)がある。歌詞に、前者は幼児語を採用しているのに対して、後者は文語・口語が混合している。ともに、おもしろい試みだ。

松任谷由実の「春よ、来い」は、男性との再会、待ち続ける歌だ。文語・口語混合の使い分けとして、文語は座りのよい遠く経過した事々を表現し、口語は自分の心情を示しているように見える。
「君に預けし 我が心は / 今でも返事を待っています」

わたしたちは、四季のサイクルの中にいて、時間が繰り返される幸運に生きている。春が再び来ることを知っている。

同じく春に、再会を期待して待つ、江戸の「端唄」がある(「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)より)。

端唄「玉川」
--------------------------------------------------------
玉川の                                           玉川=玉川上水
水にさらせし  雪の肌                     さらせし = 晒せし
積る口説の  その内に                        口説 = くぜつ、男女のつまらぬ諍(いさか)いか?
とけし島だの  もつれがみ(髪)         とけし島だ = 島田髷(しまだまげ)の髪形がほつれ
おもひださずに  わすれずに               おもひださずに= 忘れぬから⇒思い出すことはない
またくる春を  待(まつ)ぞへ            また来る春を = また春が来るように出会う
--------------------------------------------------------

■ Youtube(登録:朝川玲伎)
「端唄 『玉川』 朝川玲伎」
https://www.youtube.com/watch?v=S6Qw1unbJgY


端唄「玉川」の解釈をGoogleの生成AI「Gemini」にたずねた結果を次に記す。(実はChatGPTにも問うてみたが、少々俯瞰的だった)

■ Googleの生成AIGemini」
Q.端唄「玉川」の歌詞について、解釈内容を教えてください。「玉川の水に晒せし 雪の肌 積もる口説のその内に とけし島田のもつれ髪 思い出さずに忘れずに また来る春を 待つぞえ」
--------------------------------------------------------
A.端唄「玉川」の歌詞の解釈内容ですね、承知いたしました。
この歌詞は、女性の切ない恋心を、玉川という川の流れになぞらえて表現しています。

歌詞の解釈
・「玉川の水に晒せし 雪の肌」: 玉川の清らかな水に晒した白い肌、つまり、恋する女性の美しい姿を表現しています。
・「積もる口説のその内に とけし島田のもつれ髪」: 積もるほどの恋の言葉を交わすうちに、島田髷(女性の髪型)が乱れるほど、二人の関係が深まったことを示しています。
・「思い出さずに忘れずに また来る春を 待つぞえ」: 恋しい人を忘れずに、思い出を胸に抱きながら、また会える春を待ちたいという、切ない心情を表しています。

ポイント
・「玉川」: 美しい川の代名詞として、清らかで美しい女性の姿を象徴しています。
・「雪の肌」: 女性の白い肌を、雪にたとえて美しく表現しています。
・「島田髷」: 女性の髪型の一つで、恋の乱れを表すシンボル*として使われています。
・「また来る春」: 恋しい人とまた会える時を待ち望む気持ちを表しています。
(*)シンボル: なぜか「символом」(ウクライナ語)と表記していた・・・不思議?

全体的な解釈
この歌詞は、美しい女性が、恋しい人との思い出を胸に、再会を待ち望む切ない心情を歌っています。玉川という清らかな川の流れに、女性の美しさや恋心を重ね合わせ、繊細な表現で恋の情景を描いています。

端唄「玉川」は、日本舞踊でもよく踊られる曲で、歌詞に込められた感情が、踊り手の表現を通してより深く伝わります。ぜひ、日本舞踊の видео もご覧になってみてください。
--------------------------------------------------------