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検索キーワード「小金井公園 梅」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
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2024年2月11日日曜日

梅の香り、小金井公園「梅まつり 2024」

この時期、梅は花を咲かせて香りを漂わせる・・・、花を視るのは容易だけれど、その香りについては、桜と比べて私には敏感でない。教科書に載る「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花」から始まる歌を確かめるべく、昼どきに、小金井公園で開催の「梅まつり2024」*(主催:小金井公園サービスセンター、協力:小金井公園樹木の会、本日11:00~15:00」)に行った。
(*)https://www.tokyo-park.or.jp/announcement/050/detail/54132.html

イベントのタイミングに合わせたように、暖かな陽射しのなか、家族連れ(大人たち)が多く訪れていた。公園の <梅林> は、桜の木立のように高木でなく、個々独立して立っている。それも顔を近づければ香りを嗅げるほどの高さに花を咲かせている。品種のほぼすべてが、紅または白色の花を咲かせていた。のんびり観梅にひたることができた。

(本ブログ関連:”小金井公園と梅”)

観梅の楽しみとして、<梅まつり> は次の五つのキーワード「香・触・視・味・知」をあげている。梅の香気を確かめて、木肌を触り、多数の品種を視て、合間に味わい、花と人を親しみ知ろうというようだ。
(前にブログに記した「梅林ガイド」によると、梅林に植わった梅の(園芸)品種は27種プラスアルファで、本数は88本とのこと)

結論からいえば、花の香りは一瞬感じるほど微かだった。この時期の「ロウバイ」の花のように濃くもなく、すっと消えていく。それは、澄んで微かに漂う貴重なものかもしれない。

竜眠枝垂れ(写真左)、紅千鳥(写真右)
写真は、梅の木を中心に人々が後ろに映っているため、木が大きく見えるがそれほどでない。
・「竜眠枝垂れ(りゅうみんしだれ)」について、「梅林ガイド」に「野梅性一重  大きな枝振りの枝垂れ梅。やや遅咲きで白色大輪。」とあり、めずらしい枝垂れ具合が特徴。
・「紅千鳥(べにちどり) 」について、同じく「紅梅性一重  江戸時代から花梅の代表的品種。遅咲き鮮紅色中輪でよく旗弁ができる。」とある。旗弁(きべん)は「蝶形花(ちょうけいか)の上方にある1枚の花びら。旗を立てたような形をしている」(Google AI Bard)というが、素人目にはよくわからない。ただ豪華に紅梅が咲くのを見る。

2025年2月19日水曜日

公園の梅の木

自然観察園を併設する公園と道路をはさんで隣接している公園(いつもの野鳥観察のフィールドだが)に、きょうの昼どき(11:30~12:30)、のんびりと<梅の花>の様子を見に行った。
気温は 6.5℃ と冷えるなか、北西の風が 4.6m/s と速さを増し、突風(最大瞬間風速)は何と 12.5m/s(11:43)に達した。木立を防風林代にして逃げ込んだりもした。

梅の開花状況は次の通りである。いずれも咲いているが、いわゆる手入れが行き届いた本格的な「梅林」の景観があるわけではないのが、ちょいとさびしいところ。(「樹木観察マップ」を参照)
・公園サービスセンター前の広場に一本 (紅梅)・・・ 樹名札「ウメ」とのみ表示。
・苗圃(びょうほ)南側「梅林」*に5、6本(白梅、紅梅)・・・ 樹名札「シダレウメ」が一木に掛かっていた。
(*)樹木観察マップに梅林と表示されているが。
・苗圃の区画#7の東側に多数(白梅、紅梅)・・・ 樹名札はいずれにもない。
 

上掲右側の写真の<標識>について
公園の苗圃南側に、府中市の「武蔵府中郷土かるた」より「うめにひばりに木はけやき」と記した<標識>が立っていた。この公園は2つの行政市にまたがっている。ちなみに、自然観察園のある公園は、3つの行政市にまたがっている。この辺りの行政エリアは複雑だ。そして、いずれも公園も都立公園。

都立最大の小金井公園の「梅まつり」について
小金井公園のよく剪定された「梅林」には、多数の園芸品種の梅が植わっていて、樹名札に風流な名が書かれているのを見るのが楽しい。この時期、「梅まつり」の催事が開けれているはずだが、なぜかネット上に詳細情報を見ることができない・・・。行って見るしかないようだ。

(本ブログ関連:”小金井公園の梅まつり”)

2011年2月6日日曜日

小金井公園の梅

冬寒に出控えていた小金井公園に久し振りに行く。
きのう、孫家族から「(第9回)小金井公園うめまつり」(2/5(土)~2/27(日))に遊んだ写真や動画が届いたので、覗いてみることにした訳だ。
穏やかな空の下、梅林の大方の木々は白梅、紅梅を咲かせていた。観梅の人のなみは耐えることがなかった。それに、ロウバイの薄黄色の花も香りを辺りに漂わせて、厳しい冬の寒さから脱したことを感じさせる。

梅まつりに合わせて、公園内の江戸東京たてもの園前広場に、「東京地酒と酒器うつわ祭り」の屋台が並んでいた。さっそく、東京の地酒を嗜むことにする。中村酒造の<千代の鶴>の「しぼりたて生蔵酒」を小さなカップに注いでもらう。芳香と甘さが第一印象。美味い酒だがかなりの量だ。酒は全く強くないので、のんびり飲むうちに顔が赤くなってきた。

酔い覚ましに、江戸東京たてもの園のビジターセンター(展示施設)で開催の「特別展 武蔵御嶽神社と髙尾山薬王院」を観覧する。近々、高尾山に登る予定があるので、髙尾山薬王院について下調べのつもりだ。髙尾山薬王院飯縄権現(いづなごんげん)が白きつねの上に姿を見せるのに関心をもった。全国で同様見られるようだが、なぜ飯縄権現(天狗)と白きつねの組み合わせなのか。どうやらお稲荷様の系譜につながるようだ。

(本ブログ関連:”公園の梅”)


(小金井公園に訪れたときメールを受ける)
★★★★★ 孫が、展示ヘリコプターの前で、従兄弟と仲良く手をつないでいる写真が届いた ★★★★★

2025年2月23日日曜日

公園の梅林

「天皇誕生日」の祝日の昼下がり(午後1時過ぎ)、都立最大の「小金井公園」にある<梅林>へ出かけた。日射しは柔らかで風の気配もなく、穏やかな休日の午後である。公園の東側から入り、子どもたちの遊び声のする広場を抜けて、遠目に紅白の花が見える梅林へと近づく。観梅には大人たちが大勢集まっていた。(とりたてて、梅見の催しはないようだ)

(本ブログ関連:”小金井公園の梅”)

六つの小丘で構成された梅林には、約27品種の梅が植わっている(本数は88本)。入口の掲示板に、各品種名と写真が示されている。
ー 公園のサービスセンターに行けば、同様の写真と解説付きの「梅林ガイド」(寄付金が必要)を入手できる。センターの建物まで戻って入手した。


以下、今現在、花を咲き誇っている品種の中から、いくつか写真に撮ったものを載せる。
解説は、「梅林ガイド」をそのまま転用した。


古城の春(写真左)、緋の司(写真中央)、月影(写真右)
・比較的新しい品種で不結実。「古城の春」は、野梅性八重、乳白色だが寒さにより薄い紅色になる。
・小金井桜提供の御礼として水戸から贈られた。「緋の司(ひのつかさ)は、紅梅性八重、濃紅色中輪で稀に結実。
・若枝とガクは緑色。「月影」は、青軸性一重、花は早咲き青白色の中輪で良果を結ぶ。


長寿(写真左)、白加賀(写真中央)、竜眠枝垂れ(写真右)
・青梅地方に残されていた品種。「長寿」は、野梅性八重、白色中輪で香りが高い。
・全国的に栽培される代表的な実梅。「白加賀」は、野梅性一重、白色の中大輪で花粉はほとんど無い。
・大きな枝振りの枝垂れ梅。「竜眼枝垂れ」は、野梅性一重、やや遅咲きで白色大輪。

2013年3月8日金曜日

小金井公園の観梅

小金井公園の梅林
小金井公園に観梅に行く。
公園には、梅林と称する一画があって、毎年紅や白色の花をかせている。この冬の寒さにかまけて、2月16日(土)~24日(日)に開かれた小金井公園「うめまつり」に行かなかった分を補う意味もあって、ぽかぽか日和に誘われて出かけたわけだ。

昼過ぎも相変わらず陽気で、梅林には年配者か幼子連れの親子が引き寄せられ、満開の梅の花を愛で、漂う香りを楽しみ遊んでいた。

ところで、花粉症は少し落ち着いてきたが、春先は杉の花粉に、秋はブタクサの花粉に反応してしまうようだ。この厄介な花粉の姿が、科学雑誌「Newton」4月号に、色付けされた電子顕微鏡写真*で掲載されている。ああ・・・見ているだけで鼻水が、くしゃみが出るよ。

(*)出典:「花粉の世界をのぞいてみたら」(医学生物学電子顕微鏡技術学会編、エヌ・ティー・エス発行)

(追記)
WBCは苦戦の道を歩んでいる。今、延長10回裏1点差を守り抜いて次ステップに進んだ・・・疲れたぁ。

2024年2月2日金曜日

小金井公園の梅林

きのうと比べてきょうは寒かった。最高気温を見れば、きのうは 16.3℃(12:08)、きょうは 6.6℃(15:29)で、10℃も差がある。突然(午後2時過ぎに)、小金井公園の「梅林」の賑わいを観察したく家を出た。

実は、先月(1月)に機会がありながら「スイセン」の群生の盛期を見そこなった悔いがあるからだ。スイセンであれ梅であれ、花たちの賑やかな景色をしっかり目に残したいという思いが、歳とともに濃くなった。
ちなみに、今月11(日)に、同梅林で「梅林で春さがし」*の名の催事がある。気象協会の「2週間天気」予報によれば、当日の天候は「晴」とのこと。
(*)催事: https://www.tokyo-park.or.jp/announcement/050/detail/54132.html

寒気の中、平日の昼下がりに梅林を訪れてみると、咲いているものも七分咲き(まだ蕾のものもある)で、人影はまばら・・・8割方はカメラ片手のおじさんばかり。その分、静かでのんびりした時間が流れていた。


「梅林ガイド」(「公園サービスセンター」で配布: 要寄付)によると、梅林に植わった梅の(園芸)品種は27プラスアルファで、本数は88本とのこと。梅林は囲いもなく、公園内のいずれからも訪れられる。
カメラに梅の花を何種かおさめたが、見上げて巡るうち、紅白の区別を除いて梅酔いしてきて、いずれも同じに見えだした。機会をあらためて、じっくり観梅したい。

本日、気になった梅の品種をあげる。
・最初に目についたのが、「古城の春」という白く柔らかな八重の花弁をした梅だ。実は<その他>の品種として「古城の春に似る」という名札のついたものまである。
・八重の紅梅に「鴛鴦(えんおう)」**がある。ガイド資料によると「中国渡来の夫婦梅という紅梅。・・・早咲き紅色の中輪」とある。きょう時点では、樹全身を飾るまでにいたってない。
(**)鴛鴦: 水鳥「オシドリ」の漢字名で、番(つが)いを意味するようだ。

(付記)
梅林の地面に「シジュウカラ」に似た小鳥が2、3羽降りて鳴き声もなく直ぐ飛び去った。身軽さ、素早い身の動きをした。気になって、後日(2/3)、探鳥会で会員にうかがったところ「ヒガラ」***という小型の鳥がいるという・・・結局、シジュウカラなのかヒガラなのか。
(***) ヒガラは「樹木の枝先付近を動き回ることが多(い)」そうだ。(Wikipedia)
それに、遠くに1羽「ツグミ」らしいのも見えたが、これも直ぐに飛んで行った。

2026年2月5日木曜日

ゆったりと寝たる在所や冬の梅(広瀬惟然)、梅まつり

春に桜の名所として名高い「小金井公園」の <梅林>*で、きょうから(~27日まで)「梅まつり」が開催される。もう少し咲きそろったころに観梅すべきところを、体操教室の帰り遠回りしてみた。
(*)<梅林> は実の収穫を、<梅園> は花の鑑賞を目的にしたもの(Gemini)だそうだが、景観から梅園といってもよいほど。

(本ブログ関連:”梅まつり”)

公園東側から入って、梅林にいたるまでの間、人影は少なかった。やがて遠目に梅の花が見えるころになると、観梅に訪れた人の数が多いのに気付く。どうやら、公園の来園者は、梅見物に集中しているようだ。
梅林の園路側に、梅の品種を紹介したパネルが立っている以外、とりたてて「梅まつり」を感じさせる物はない。梅の樹々に、紅白の花が咲いてない方がむしろ少ないくらいだ。

「白梅」、「紅梅」は次の通り。それに、「しだれ梅」も白い花をつけていた。きょうは、梅まつり初日の様子見で、あらためて盛況な時期に様子をうかがいに来たい。




広瀬惟然の句

今度は第六巻、「第六  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、芭蕉の門人にして風狂の人、広瀬惟然*(ひろせ いぜん、慶安元年(1648年)? ~  宝永8年(1711年))の、朝寝を満喫した句が載っている。解説によれば、豊後の俳人宅に身を寄せて、心地よい朝寝の気分と感謝を梅に託したもののようだ。妻子がありながら出家して、後に念仏を唱えて全国行脚する。後年故郷に戻り小庵に住んだ・・・なんだか、尾崎放哉を思い起こさせる。
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ゆったりと寝たる在所や冬の梅                (在所: いなか)
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(*)惟然の特徴的な「口語調俳諧」(軽み)は、Wikipediaに例示されている。

(本ブログ関連:”俳句”)

2023年3月6日月曜日

梅林と桜の園

おとつい(3/4)、早朝の野鳥観察(探鳥会)を休んでしまった。悔いが残る・・・寝坊したなんて口にできない。その挽回のため、昼過ぎに小金井公園の梅と桜の開花状況を見に出かけた。

(本ブログ関連:”小金井公園”)

ジンチョウゲ
公園の広場を囲む樹々には、まだ緑の気配が乏しい。<ユーカリ広場>の枯れ原に「ツグミ」だろうか数羽が見えた。休日に子どもたちで賑わった<わんぱく広場>に人影はまばら。そんな広場の小さな垣根となっている「ジンチョウゲ(沈丁花)」は辺りに濃い香りを漂わせていた。沈丁花の香りは、いつも速く春の到来を教えてくれる。


梅林
先日(2/5)<梅林>を訪れたとき、花で飾られたのは数本だけだったが、きょうはすべて紅白に彩られていた。もしかすると花の盛りをほんの少し過ぎたかもしれない。それでも暖かい日射しを受け、観梅の人びとが絶えることはなかった。


紅千鳥、竜眠枝垂れ
この時期目立つ紅梅の「紅千鳥(べにちどり)」(写真左)が、梅林の要所要所に白梅とのコントラストとなるよう配置されている。白梅の「竜眠枝垂れ(りゅうみんしだれ)」(写真右)の枝が地面に垂れて接地しているのは見事だ。先日入手の「梅林ガイド」によれば、
・紅千鳥: 江戸時代から花梅の代表的品種。遅咲き鮮紅色中輪でよく旗弁ができる。
・竜眠枝垂れ: 大きな枝振りの枝垂れ梅。やや遅咲きで白色大輪。


公園の西側にある<桜の園>へ行く途中、<宿根草園>の休憩場所で「ハクセキレイ」の2羽がwalikingしているのを見た。人慣れしているはずと思い、近づくもすぐにはぐらかされて、東にある木立へ飛んでいった。

それにしても<桜の園>とは、その名にいろいろと想像が働いてしまう。

大漁桜、街かどの桜
<桜の園>は、まだ桜の時期ではない。唯一「大漁桜(たいりょうざくら)」(写真左)が満開であった。立札の解説によれば(抜粋)、
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(個人の作品で)早咲きの大島桜と寒桜を交配したものと記録されている。原木は熱海市の網代漁業組合の網干場にある。早咲きの品種。・・・花の色が桜鯛の色に似ていることから縁起にあやかってこの名がついた。
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公園を出て帰り路、街かどに一本の桜(写真右)が満開にしていた。品種を見極める眼力がないのではっきりできないけれど、それは美しく華やかに花の咲いた枝を広げていた。


2012年4月6日金曜日

桜まつり

今年は、2月半ばに風邪で寝込んで以来回復が遅れ、寒さに耐えて咲く梅の花や、華やかに舞う桜の花吹雪も見ずに終わりそうだった。しかし、ここ2、3日の暖かさのおかげか、咳き込みが消え体調も一気によくなった。そこで念のため厚着して、小金井公園に観桜に出かけた。

小金井公園では、今日(4/6)から明後日(4/8)まで「小金井桜まつり」が開催される。園内の「江戸東京たてもの園」前広場では、特設の野外ステージにアマチュアの歌や踊りが演じられ、通り道には食べ物主体の屋台が並び、たくさんの人々であふれていた。

広場を囲む桜木立はほぼ満開に近く桜色に染まり、低く垂れた花のひかりを愛でるように、人々はその下で宴を楽しんでいた。他方、別の場所の桜の木々はまだ芽を膨らませているといった具合である。公園の桜が 一斉に咲き誇るまでの暖かさに至っていないのだろうか。

今日は、小金井市の小学校の入学式と新学期であり、そのせいか平日金曜日の午後ながら、親子連れが多い。とりわけ、春の初々しさを象徴するように、幼い子どもたちのはしゃぐ声や姿が微笑ましい。待望の春である。

(付記)
小金井市はゴミ問題で世間を騒がせたせいか、公園のあちこちにゴミを持ち帰るよう、看板などが設けられて少々うるさい・・・カメラの視野にかならず入ってくるのだから。

2023年2月5日日曜日

梅林(緋の司、水心鏡)

本当に久しぶりに、(都立公園の中でも最大規模の)小金井公園の「梅林」を訪れた。梅の開花状況を見るためだ。

日曜日の公園は家族連れでにぎわい、広場(特に「こどもの広場」)は流行りの小さな簡易テントで埋まっていた。幼い子ども連れ家族にとって、ちょっとした休憩場所(日よけ)になるようだ。そんな光景を眺めながら西側へ進むと、梅林にたどり着く。(歴史的に「桜」で有名な公園だが、梅の林(約27品種・88本)もある)

昨年(2022年)の「うめまつり」は、新型コロナウィルスの余波を受け中止された。今年はどうなのだろうかと見れば、きょう限定の「梅林で春さがし」というイベントが催されていた。梅林入口で(募金に応じて)配布されるブローシャー「梅林ガイド」をもらい、写真解説を参考にしつつ見て廻った。

きょう現在、全品種が咲いているわけではない。梅の香りも微かで、本格的な盛りはもう少し後になるだろう。とはいえ、梅林に多数の人々が集まり、紅梅、白梅を背に写真を撮り合っていた。

品種「緋の司(ひのつかさ)」の紅梅を前に、「水心鏡(すいしんきょう)」の白梅を後ろにカメラにおさめた。写真を見ていつも思うことだが、あのときもっと接近してもっと実感しておけばよかったと・・・写真はむつかしい。

梅林ガイドより
・緋の司: 小金井桜提供の御礼として、水戸から贈られた。濃紅色中輪で稀に結実。
・水心鏡: 千葉大学の梅林にあって江戸時代の古い品種。白色大輪で香りが強い。

2010年1月19日火曜日

公園の梅

今日、明け方の冷え込みもゆるく、久し振りに小金井公園を散歩する。春の兆しを楽しもうと、暖かい陽を受けて人々が訪れていた。

公園の一角には梅園の区画があり、大方は芽が膨らんでいる(写真左)ものの、一部に白い花弁を開いて(写真中)いた。幹に「長寿」の名札がついていた。その他に、「八重冬至」、「芳流閣」などの名の梅も白い花を咲かせていた。

梅園の西側に、ソシンロウバイ(素心蝋梅)の薄黄色の花(写真右)が、ほんのりと穏やかな香りを漂わせていた。Wikipediaによれば、「蝋梅」の梅の字から、「梅」(バラ科サクラ属)の仲間と誤解されやすいが、ロウバイ科ロウバイ属の落葉低木とのこと。





2026年2月13日金曜日

公園の日時計と梅林、そして陶器市

穏やかな昼下がり(気温12.1℃、14時過ぎ)、小金井公園へ出かけた。梅林の様子と、陶器市(2/7~2/15)が気になったからだ。

公園東側の小さな入り口から入った。閑散とした様子・・・きょうは、13日の金曜日。
子どもたちの楽しみな「ソリ・ゲレンデ」がある小丘の南側に「日時計」がある。時刻は、14:52 、日時計の影もその時刻を指している。この辺りから人の姿が増えてきた・・・祝日でもないのに。

(本ブログ関連:”日時計”)


梅林に近づくと、観梅のためか来園者が多くなった。梅の樹々は、一斉に花を咲かせて、花の帯をつなげていた(「梅まつり」:2/5~2/27)。梅林の南側の散策路に随分人だかりがする・・・どうやら、梅をながめに来たというより、梅林の西側にある「たてもの園前広場」で開催の「陶器市」目当てのツアー客たちのようだ・・・というのも、梅林南側の駐車場前でバスガイドさんが客たちを誘導していたからだ。

(本ブログ関連:”梅林”)



そんなわけで、わたしも陶器市へ出かけた。会場が大勢の人びとでごった返していたのに驚く。佐賀県を中心に多数の陶器産地から出品している。民芸の伝統があるのだろう、家庭用、日常に使う食器がずらりとテントの中で並び販売されている・・・手頃な価格で、なんとも可愛らしいデザインが多いように感じた。今回は見物で終わった。
ー 帰宅して茶箪笥を見たら、陶器市で買おうかと思案した、デザインそのままの白色のマグカップを見つけてしまった。

2016年2月11日木曜日

建国記念の日 2016

「建国記念の日」の今日、快晴の暖かい陽射しに誘われて、小金井公園を訪れた。「梅祭り」が開かれるからだ。祭りは、正式には今週土曜日の13日から、21日の日曜日までの9日間の開催である。咲き振りはどうかと期待しつつ、少し早目だが観梅に出かけた。

公園の少し西寄りに、梅の木が密集した梅林がある。梅園と呼ぶには、それなりの規模が必要なのだろう。とはいえ、冬あけを梅花で楽しむことができる規模だ。白梅、紅梅が一斉に花開いているわけでない。祭りの期間中楽しむよう、28品種、約100本が順次咲くように植わっているようだ。

ところで、公園中央の二つの広場は、大勢の家族連れで賑わっていた。冬枯れの芝草に点在する親子たちの姿を見て思った。人間の視覚には、彼らの姿は実際より大きく意識されているのではないだろうかと。レンズの映像なら、きっと小さく写っただろうけれど。人間は見えるものを意識化する力がある。

眺める広場のひとつひとつの遊びを意味づけできる。ブリューゲルの「子どもの遊戯」の絵を思い出した。それぞれの遊びは、それぞれ違ったものだけど、それらが集まると、もう一つ別の意味を持つ宇宙になる。その雰囲気を楽しむ、そんな共感が素晴らしい。

2011年5月8日日曜日

5月の陽ざし

今日は、夏を思わせる強い陽ざしだった。小金井公園は家族連れで賑わい、緑の芝のあちこちに微笑ましい子どもたちのにぎやかな声があふれていた。自転車でのんびりと一時間かけて公園を一周する。

母の日の吉祥寺の街も大変な混みようだ。梅佳代の写真集「男子」(2007年)を、先日ブログで触れたが、記憶だけでは心もとなくて、ジュンク堂書店で購入した。帰り道、喫茶店であらためて眺める。写真の男の子たちの姿は、なぜか息子の幼い頃を思い出させる。同様に、手元にある荒木経惟の写真集「さっちん」(1964年)の子どもたちに、わたしの子ども時代を思い合わせている。

そういえば、今日の小金井公園にいたのは親の手助けが必要な幼い子どもたちだった。写真集の子どもたちは小学3、4年生くらいで、遊びながら親から離れていくところなのだろう。離陸の振り子を大きく振って、白目を剥いて、道端に転げて、あほをしでかす真っ最中なのだ。

2018年3月23日金曜日

公園の桜

空気は流体、連続して流れる。だから天候はアナログに変化する。なのに今朝、昨日をすっかり忘れる穏やかさ。天気予報で、昨年と比べた説明をされると、新鮮な思いで聞いてしまう。昨日はおぼろに、昨年はすっかり忘れている。

穏やかな日和、地元の公園に出かけた。平日昼間のせいか、幼稚園・保育園児の集団、幼児を連れの家族、そして老人グループが広場のあちこちに点在して、のんびり陽射しを浴びている。なかでも愉快なのは、ゴム製?の膨らみでできた「フワフワドーム」の上で、幼児が集団で飛び跳ねている光景だ。一種のトランポリンである。

公園の梅はすっかり花を散らして、その替わりの桜は数本咲いているだけ。大方の桜は芽を膨らませている段階だ。

(本ブログ関連:”桜”)

唯一といってよい満開の桜があった。写真の桜、品種を「淡墨桜(うすずみざくら)」という。樹下に説明板があり、<散りぎわに淡い墨色を帯びる・・・> とある。

満開の今、全体に白い花弁が青空に映える。いわゆる桜色の薄いピンクというより、白色が強い。その分あっさりして、広場にポツンと立っている理由が分かるような気がする。「染井吉野」と釣り合いが取れないのかもしれない。

(「小金井公園ガイド」に色彩の変化について解説がある。感謝)

そんな公園にも探せば、コブシの白色、サンシュユの黄色、ミツマタの黄金色を見つけることができる。寒さを感ぜず、のんびり散策できたのはありがたかった。

2026年3月6日金曜日

吹く風を 何厭(いと)ひけん 梅の花 散りくるときぞ 香はまさりける(凡河内躬恒)

確実に春の兆しがするというに、気温はきのうと比べてちょっと低目でヒンヤリする。冬の終わり~早春といえば梅の花、咲き具合はどうだろう。

今度は第九巻、「第九  折々のうた」(大岡信、岩波新書)に、平安時代中期の勅撰和歌集「拾遺和歌集」に所収の、凡河内躬恒(おおしこうち の みつね:「古今和歌集」編纂者、貞観元年: 859年? ~ 延長3年: 925年?)の歌がある。

(本ブログ関連:”折々のうた”、”梅”)
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吹く風を何厭(いと)ひけん梅の花 散りくるときぞ香(か)はまさりける
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すらすらと耳触りが良く、新書「折々のうた」で、著者は「強く吹く風を何で嫌ったりしたのかしら。梅の花は、散って来る時こそ一段と芳香もまさっているものだったのに」と解釈している。散るときの香りがすぐれているなんて、ちょっと都人(みやこびと)らしい気取りを感じるが。

ところで、桜で名高い「小金井公園」の <梅林> で開催された、「梅林のご案内~ウメで春を感じませんか~」(2/21)はすでに終了した。現況、ピークは過ぎたが、まだ観梅が可能のようだ。

また、<河内> の言葉から、子どもころ、なぜか馴染んだ女優の河内桃子(こうち ももこ、昭和7年:1932年 ~ 平成10年:1998年)さんを思い出す。戦後の中流家庭の女性といった役柄を、穏やかなしぐさで演じられたと思う。



■ 高千穂大学 名誉教授  渋谷栄一氏 整定
「拾遺和歌集」
    ー http://genjiemuseum.web.fc2.com/sihu1.html
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・贈太政大臣*  1006 「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主人(あるじ)なしとて 春を忘るな」  ← 菅原道真公の歌の初出
・凡河内躬恒    0030 「吹く風を何厭ひけん梅花散り来る時ぞ香はまさりける」
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(*)贈太政大臣: 死後に太政大臣の官位を追贈(贈位)された人物。生前の功績を称えたり、冤罪による不遇を慰めたり、さまざまな貢献を評価する目的で行なわれた。(Labs)


■ Gemini
Q.古代の貴族の名に「凡河内氏」がありますが、「凡」と「河内」について由来(起源)を教えてください。
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A.古代の豪族である <凡河内氏(おおしこうちうじ)> は、その名の通り「河内国(現在の大阪府東部)」を本拠地とした有力な一族です。
この名の由来を「凡」と「河内」に分けて紐解くと、古代日本の統治体制や地理的背景が見えてきます。

1. 「凡(おおし)」の由来:広域を束ねる称号
「凡」という字は、現代では「なみ、平凡」という意味で使われますが、古代においては <「総括する」「全体を支配する」> という意味を持っていました。
・広域支配の証: もともと河内地方には、狭い範囲を治める小さな「河内氏」が点在していました。これら複数の河内氏を統合し、河内国全体を代表する立場(国造:くにのみやつこ)となった一族が、差別化のために「凡(総括的な)」という冠詞をつけたとされています。
・読みの変遷: 「凡」を「おおし」と読むのは、「大(おお)」と同義で、多くの人々や土地をひとまとめにするという意味の古語「おし(領・押)」に由来すると考えられています。

2. 「河内(かわち)」の由来:地理的特徴
「河内」という地名は、その文字通り <「河(川)の内側」> という地形に由来します。
・かつての地形: 古代の大阪平野には「河内湖(かわちこ)」という広大な湖や湿地帯が広がっていました。淀川や大和川などの大きな河川に囲まれた、あるいはその内側に位置する肥沃なデルタ地帯であったことから「河の内」と呼ばれました。
・渡来文化の拠点: この地域は、大陸や朝鮮半島からの渡来人が多く定住し、当時の最先端技術(土木、治水、鍛冶など)が集まった場所でした。凡河内氏は、こうした技術集団を統率することで勢力を拡大しました。

3. 凡河内氏の役割と歴史
凡河内氏は、天武天皇の時代(7世紀後半)に <「忌寸(いみき)」、後に「宿禰(すくね)」> という高い姓(カバネ)を授けられています。
・軍事と祭祀: 軍事的な側面だけでなく、宮廷の祭祀(神事)にも深く関わっていました。
・有名な人物: 平安時代に入ると、古今和歌集の撰者の一人である <凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)> が有名です。武家のイメージから離れ、風流な歌人として名を残しました。

補足:表記のバリエーション
史料によっては「凡川内」と記されることもあります。これは「河」も「川」も当時の意味としては同じであり、地形的な特徴が強く意識されていた証拠と言えます。
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■ 三代集(Labs/Gemini/Wikipedia:追記)
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和歌の「三代集」(古今・後撰・拾遺)は、10世紀初頭から11世紀初頭にかけての平安時代中期の約100年間に成立した勅撰和歌集。

古今和歌集(古今集)
・成立時期:延喜5年(905年)頃
・勅命:醍醐天皇
・撰者:紀友則、紀貫之、凡河内躬恒、壬生忠岑の4人。
・特徴: 日本最初の勅撰和歌集。紀貫之らが中心となり編纂。漢詩に押されていた和歌の地位を確立。繊細で技巧的な「古今調」を確立した。    

後撰和歌集(後撰集)
・成立時期:天徳5年/応和元年(951年)頃(※成立時期は諸説あり、村上天皇の「梨壺の書」)
・勅命:村上天皇
・編纂:源順・大中臣能宣・清原元輔・坂上望城・紀時文(以上、梨壺の五人)が中心。
・特徴:古今集に次ぐ第2の勅撰集。古今集に漏れた古い歌や屏風歌を多く収めた。

拾遺和歌集(拾遺集)
・成立時期:寛弘2年(1005年)~寛弘4年(1007年)頃
・勅命:花山院(花山天皇)
・撰者:花山院の親撰、もしくは花山院が藤原長能・源道済に撰進させた。
・特徴:第3の勅撰集。「古今」「後撰」の拾遺(残った歌)を中心に編集。 洗練された平明で優美な歌風(拾遺調)が特徴。
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沈丁花

テレビの天気予報で、「ジンチョウゲ(沈丁花)」の独特な <香り> について(それが濃いことで「千里香」の別名がある)話題があった。そういえば、小学校の「カイヅカイブキ」の垣根の間に植えられていて、夜に近くを通るたび香気に気づいたものだ。最近、抜かれたようで見当たらない。早春を、香りで知らせてくれていたのに残念だ。

(本ブログ関連:”沈丁花”)

2012年2月23日木曜日

少し暖かくなってきたが・・・

少し暖かくなってきた。朝方の小雨も止んで、昼頃にはすっかり晴れ渡った。気温は平年並みだそうだ。
昨日の寒さに合わせて温度調節した炬燵が、今日は熱く感じる。

観梅は未だだろうけど、小金井公園の梅の芽吹き具合はどうだろうか。寒さも緩んできたので、近々公園を訪ねて確かめてみよう。

(追記)
夜分、風が強まり、寒さがゆり戻したようだ。やっぱり冷えるな。

2013年3月20日水曜日

春分の日2013

今日は、二十四節気の「立春」から数えて四番目の「春分」、すなわち「春分の日」である。旧暦2月9日、夜には上限の月となる。

春分の日は、昼夜の時間が同じつもりだが、実際には昼の方がすでに微妙に長くなっているそうだ。日常生活にとっては、冬の見えない長い覆いから、精神的にようやく解放された感がする。昼の長さ、つまり日照時間がその分多くなっていくわけで、暖かさが増すというもの。歳とともに、そのありがたさを実感する。

今日は穏やかな一日になりそう。程よく暖かく、程よく明るい。

(本ブログ関連:"春分の日")

カンヒザクラ
昼過ぎ、小金井公園に桜の開花具合を見に行った。ソメイヨシノは、まだ花見見物には十分なほど咲き揃っていなかった。一部に満開もあれば、一部に七部咲きといったところだ。

それでも、公園内にある「江戸東京たてもの園」前の広場に、敷物の上に座って桜を楽しむグループがあちらこちらにいた。

公園西側、C57蒸気機関車展示場の横に、カンヒザクラ(寒緋桜)がまるで梅か桃のように濃い桃色の花を咲かせていて、ひとびとが吸い寄せられるように集っては立ち止まり、見上げて楽しんでいた。

2012年3月20日火曜日

春分の日2012

今日は、春分の日、祝日である。二十四節気の四番目の春分だ。昼夜の長さが同じといわれるが、Wikipediaによれば、大気の屈折、太陽の視角、視差、そして春分のタイミングなどにより、「平均すれば昼が夜よりも約14分長い」そうだ。でも意識したことはないけれど。

今朝は、寒気が南下したため、昨日と比べてぐっと冷え込んだ。それが、日中は+8℃近くアップするというが、未だ寒い・・・春なのに寒気に振り回されている。
通り道に面して他家の庭先に、枝に花を飾る梅を見るにつけ、小金井公園に観梅したく思いながら、まだ訪れていないのが残念だ。
(本ブログ関連:"春分の日")

それにしても、先月から続く咳がおさまならい。
昨晩、鉱物採集のお誘いをいただいたが、体調が完全でないので、来月には是非とも同行させていただければと思っている。

2011年2月11日金曜日

高尾山いずこ

明け方、すりガラスの窓越しに、隣家と境の塀の上に雪が積もっているのが見えた。天気予報の通り、一日雪降りだった。

以前、冬晴れの高尾山(599m)に登ったことがある。路肩に雪が残っていた。そんな時節だから、頂上まで人混みはなく、ハイキングを楽しむことができた。実は今日、その程度の天候を覚悟して、高尾山登山を予定をしていたのだが、天気予報でまさかの雪降りを知らされて延期になった。

先日(2/6)の小金井公園の梅まつりで、江戸東京たてもの園の「特別展 武蔵御嶽神社と髙尾山薬王院」を観覧して、髙尾山薬王院の飯縄権現(いづなごんげん)の由縁を知り、訪問を楽しみにしていたのだが。

夕方、雪の中を韓国語教室にうかがったが、夜分の帰り道ぱらぱらと冷たい小雨にかわっていた。どうやらお天道様も一段落したようだ。高尾山に行けなかった鬱憤を晴らして、ちょいと長道ながら自宅まで歩いた。