今日(12/14)のラジオが「南極の日」と語った。知っていたわけじゃなかったので、そういうものかと思った。記念日の理由をWikipediaで調べた。< 1911年12月14日に、ノルウェーの探検家「アムンセン」が初めて南極点に到達したことによる > そうだ。子どものころ、アムンセンを一般に「アムンゼン」と呼んでいた気がするけど、北欧(語)なのでアムンセンが正しいのだろう。
ところで、「南極の日」は、もう一つ別の記念日がある。日本気象協会のtenki.jpの記事「1月29日は『南極の日』。南極では風邪にはかからないその理由」(2018年01月28日)に、< 昭和基地開設記念日 > とある。
昭和基地といえば、観測船(砕氷船)の「宗谷」が忘れられない。同船が氷に挟まって動きが取れなくなったとき、ソ連の「オビ」号が救出に向かったこと、基地撤退後も生き残った樺太犬のタロとジロのことも思いで深い。
「南極の日」が二つあることについて、南極を外の目で見るか、内の目で見るかによっての違いだろう。ただ、どちらも冬の寒い時期にあるのでイメージしやすい。
子どものころ、少年雑誌の南極探検の記事で、白瀬中尉と呼ばれた「白瀬矗(しらせ のぶ)」(1861年~1946年)について知った。今はなぜか歴史に埋もれているようだ。彼が(主として明治時代に活動したにもかかわらず)軍人であったことからか、その業績を知らせ顕彰するのを封じる気配がする。
2018年12月14日金曜日
2018年12月13日木曜日
Yiddish語 2018秋-11
かげった体調にようやく明かりが射してきた。この坂、越すに越されぬ難儀坂だ。
気合を入れて体を動かし、勢いづけて、イディッシュ語教室へと向かった。
今日も理解を共有できるよう、読み・書き・読解に工夫を重ねて指導いただいた。
・ダイアログ: ベジタリアンの若者と、善意のおじさん・おばさんとの丁々発止。
・ミュージカル: 舞台映像を一部参照しながら、貴重な台本を紹介いただいた。
・案内: 12月24日(月)午前0時~、NHK BS「プレミアムシアター」でユダヤ文化関連の音楽が紹介される。
◇ ドキュメンタリー
「クリスマス・ソング 知られざる物語」(2017年 カナダ)(1:57:00~2:49:30)
◇ 映画音楽の巨匠 ジョン・ウィリアムズ
名曲コンサート(2:50:30~4:25:00)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
--------------------------------------------------------------------
(付記)
クリスマス・ソングを書いたユダヤ人
ユダヤ教徒と異教徒間のカップル(結婚)や家族を支援するアメリカの全国組織「InterfaithFamily」のサイトに、「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」(Nate Bloom、2006年12月)という記事が掲載されている。
記事タイトルに、キリスト教徒でないユダヤ人が一体なぜクリスマス・ソングを作ったのかと疑問が浮かぶだろう。米国でラジオ放送されたクリスマス曲から、「アメリカ作曲家協会(ASCAP)」が選曲した上位25曲中、12曲にユダヤ人が関連しているというのだ。(当初2006年の記事ながら、その後更新され、2008年現在のデータで紹介されている)
第1位曲は、「Winter Wonderland」(作曲: Felix Bernard, 作詞:Richard B. Smith)である。InterfaithFamilyに掲載の記事によれば、作曲者Felix Bernard(Bernhardt)(1897年〜1944年)の父親はドイツ出身、母親はロシア出身であり、彼らの母語はイディッシュ語だったと記している。記事が更新される中で、一般のコメント(情報)にも目を通し、Felix Bernardがユダヤ人であることを確信したようだ。
ちなみに、「Bernardは、ロサンゼルスの非宗教墓地に埋葬されている」とのこと。
(その他の人気曲についても、ユダヤ関係者を探している。例えば、誰もが知る「White Christmas」の作詞・作曲者である、Irving Berlinにしてもそうだ)
ところで、アメリカの映画産業がなぜ西海岸(ハリウッド)なのかという話題がある。この産業を作り上げたのはユダヤ人だったが、映画技術の特許権をおさえたエジソンに牛耳られ、それがいやさにハリウッドへ逃げたといわれる。確かに電送技術でも、ニコラ・テスラとの交流・直流の争いで、エジソンの独占欲をうかがい知ることができる。
それじゃ、ニューヨークのブロードウェイにショービジネスが今も残っているが、そこで活躍するユダヤ系と、映画産業のユダヤ系との間にどんな違いがあるのだろうか。アメリカで生まれた者と移民の者・・・といった微妙で大きな違いか。部外者にはこころ及ばぬものがあるのかもしれない。
ヨーロッパで音楽に従事したユダヤ人が、米国の東岸にたどり着く。そこには先着のユダヤ人がいる。あらためて新天地を求めて西海岸へ移る。なんだか、そんな流れを想像してしまう。
(参考)
・ブログ「Love world neighbors(the rule of law )」に掲載の「クリスマスソングとユダヤ人」に、< ユダヤ人作曲のクリスマスソング > のリスト(出典不明)がある。
・The Starsの記事「Why many classic Christmas songs were written by Jewish composers」(Rob Kapilow、2017年11月30日)は、ユダヤ人の同化(移民の子がアメリカ社会へ参加する)という歴史的な過程の観点で、作曲家たちを列伝風に紹介している。
気合を入れて体を動かし、勢いづけて、イディッシュ語教室へと向かった。
今日も理解を共有できるよう、読み・書き・読解に工夫を重ねて指導いただいた。
・ダイアログ: ベジタリアンの若者と、善意のおじさん・おばさんとの丁々発止。
・ミュージカル: 舞台映像を一部参照しながら、貴重な台本を紹介いただいた。
・案内: 12月24日(月)午前0時~、NHK BS「プレミアムシアター」でユダヤ文化関連の音楽が紹介される。
◇ ドキュメンタリー
「クリスマス・ソング 知られざる物語」(2017年 カナダ)(1:57:00~2:49:30)
◇ 映画音楽の巨匠 ジョン・ウィリアムズ
名曲コンサート(2:50:30~4:25:00)
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
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(付記)
クリスマス・ソングを書いたユダヤ人
ユダヤ教徒と異教徒間のカップル(結婚)や家族を支援するアメリカの全国組織「InterfaithFamily」のサイトに、「クリスマス・ソングを書いたユダヤ人」(Nate Bloom、2006年12月)という記事が掲載されている。
記事タイトルに、キリスト教徒でないユダヤ人が一体なぜクリスマス・ソングを作ったのかと疑問が浮かぶだろう。米国でラジオ放送されたクリスマス曲から、「アメリカ作曲家協会(ASCAP)」が選曲した上位25曲中、12曲にユダヤ人が関連しているというのだ。(当初2006年の記事ながら、その後更新され、2008年現在のデータで紹介されている)
第1位曲は、「Winter Wonderland」(作曲: Felix Bernard, 作詞:Richard B. Smith)である。InterfaithFamilyに掲載の記事によれば、作曲者Felix Bernard(Bernhardt)(1897年〜1944年)の父親はドイツ出身、母親はロシア出身であり、彼らの母語はイディッシュ語だったと記している。記事が更新される中で、一般のコメント(情報)にも目を通し、Felix Bernardがユダヤ人であることを確信したようだ。
ちなみに、「Bernardは、ロサンゼルスの非宗教墓地に埋葬されている」とのこと。
(その他の人気曲についても、ユダヤ関係者を探している。例えば、誰もが知る「White Christmas」の作詞・作曲者である、Irving Berlinにしてもそうだ)
ところで、アメリカの映画産業がなぜ西海岸(ハリウッド)なのかという話題がある。この産業を作り上げたのはユダヤ人だったが、映画技術の特許権をおさえたエジソンに牛耳られ、それがいやさにハリウッドへ逃げたといわれる。確かに電送技術でも、ニコラ・テスラとの交流・直流の争いで、エジソンの独占欲をうかがい知ることができる。
それじゃ、ニューヨークのブロードウェイにショービジネスが今も残っているが、そこで活躍するユダヤ系と、映画産業のユダヤ系との間にどんな違いがあるのだろうか。アメリカで生まれた者と移民の者・・・といった微妙で大きな違いか。部外者にはこころ及ばぬものがあるのかもしれない。
ヨーロッパで音楽に従事したユダヤ人が、米国の東岸にたどり着く。そこには先着のユダヤ人がいる。あらためて新天地を求めて西海岸へ移る。なんだか、そんな流れを想像してしまう。
(参考)
・ブログ「Love world neighbors(the rule of law )」に掲載の「クリスマスソングとユダヤ人」に、< ユダヤ人作曲のクリスマスソング > のリスト(出典不明)がある。
・The Starsの記事「Why many classic Christmas songs were written by Jewish composers」(Rob Kapilow、2017年11月30日)は、ユダヤ人の同化(移民の子がアメリカ社会へ参加する)という歴史的な過程の観点で、作曲家たちを列伝風に紹介している。
2018年12月12日水曜日
(資料)幻のニホンオオカミを追いつづける男
体調にいまひとつ自信なく、寒い外に出る気力もない。家にこもって養生する。そんなとき、いろいろな想いで遊ぶ。いっそ桃源郷へと、仙界 → 山怪 →(眷属)キツネ → オオカミなどへ。そして、オオカミからニホンオオカミへと広がる。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
先日(11/29)のブログに付記した、「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)の書を視覚的に補強してくれる映像がYoutubeにあった。1999年のドキュメンタリー「幻のニホンオオカミを追いつづける男」(制作TOPPAN)だ。2012年のNHKドキュメンタリー「見狼記」へと連なるようだ(こちらはYoutubeで詳しく見ることができないのが残念)。
「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、ニホンオオカミの存在を信じて、秩父山地でひたむきにフィールド調査を続けるアマチュア研究家、八木博氏を縦軸に関係者から様々な情報が紹介される。上掲書を思い出してはうなずくばかり。
八木氏の情熱は、見る人に強烈なインパクトを与えるかもしれない。ニホンオオカミ「固有種」への思いは強く、まるで松本清張の人物伝に出てきそうな執念さえ感じるほど。それゆえ、動物分類学の研究者に、徹底した実証振りが高く評価される。・・・遠の昔にあっさりと捨て去った妥協しない信念を、振り返ることにもなる。
八木氏は、1996年に秩父山中で、ニホンオオカミらしき動物の写真撮影に成功している。次の「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、その3年後の1999年に制作されたドキュメンタリーということになる。
(幻のニホンオオカミを追いつづける男)
(Youtubeに登録のYouyakei Gekijoに感謝)
(付記)
ニホンオオカミの外見は、タイリクオオカミと違ってどこかヒョロリ感がする。がっちりしたオオカミのイメージがないのだ。とはいえ、理由があって、緯度の高い寒冷地域と、緯度の低い熱い地域に棲息する「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」という「ベルクマンの法則」があるとのこと。なるほどクマも人間もしかりだ。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
先日(11/29)のブログに付記した、「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)の書を視覚的に補強してくれる映像がYoutubeにあった。1999年のドキュメンタリー「幻のニホンオオカミを追いつづける男」(制作TOPPAN)だ。2012年のNHKドキュメンタリー「見狼記」へと連なるようだ(こちらはYoutubeで詳しく見ることができないのが残念)。
「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、ニホンオオカミの存在を信じて、秩父山地でひたむきにフィールド調査を続けるアマチュア研究家、八木博氏を縦軸に関係者から様々な情報が紹介される。上掲書を思い出してはうなずくばかり。
八木氏の情熱は、見る人に強烈なインパクトを与えるかもしれない。ニホンオオカミ「固有種」への思いは強く、まるで松本清張の人物伝に出てきそうな執念さえ感じるほど。それゆえ、動物分類学の研究者に、徹底した実証振りが高く評価される。・・・遠の昔にあっさりと捨て去った妥協しない信念を、振り返ることにもなる。
八木氏は、1996年に秩父山中で、ニホンオオカミらしき動物の写真撮影に成功している。次の「幻のニホンオオカミを追いつづける男」は、その3年後の1999年に制作されたドキュメンタリーということになる。
(幻のニホンオオカミを追いつづける男)
(Youtubeに登録のYouyakei Gekijoに感謝)
(付記)
ニホンオオカミの外見は、タイリクオオカミと違ってどこかヒョロリ感がする。がっちりしたオオカミのイメージがないのだ。とはいえ、理由があって、緯度の高い寒冷地域と、緯度の低い熱い地域に棲息する「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」という「ベルクマンの法則」があるとのこと。なるほどクマも人間もしかりだ。
2018年12月11日火曜日
(雑談)冬の夜寒さ深まる
気付けば深夜24時直前。今日(12/11)のタイムスタンプを獲るため、まずは登録する。
体調に回復のきざしが見えたものの、こんな日は家にこもって養生するしかない。夜に入り小雨が降り始めたが、雪になるほどではない。夜中に風が吹き強まる。冬の夜は、しんしんと寒さが深まる。これで本当の冬になった。
こんなときだから、一昨日(12/9)のブログ、「シェヌ・デ・ピュイ火山群」に触れた「大室山」の俯瞰映像をYoutubeで見てみよう。柔らかな光と、緑に包まれた美しい山肌が可愛らしい。私が訪れたときは、それと反対の冬、強風にロープウェイの座席がブルンブルンと揺れていた。
(本ブログ関連:”大室山”)
(Youtubeに登録のTokyoStreetView - Japan The Beautifulに感謝)
体調に回復のきざしが見えたものの、こんな日は家にこもって養生するしかない。夜に入り小雨が降り始めたが、雪になるほどではない。夜中に風が吹き強まる。冬の夜は、しんしんと寒さが深まる。これで本当の冬になった。
こんなときだから、一昨日(12/9)のブログ、「シェヌ・デ・ピュイ火山群」に触れた「大室山」の俯瞰映像をYoutubeで見てみよう。柔らかな光と、緑に包まれた美しい山肌が可愛らしい。私が訪れたときは、それと反対の冬、強風にロープウェイの座席がブルンブルンと揺れていた。
(本ブログ関連:”大室山”)
(Youtubeに登録のTokyoStreetView - Japan The Beautifulに感謝)
2018年12月10日月曜日
女子フィギュアスケート GPファイナル 2018
今朝病院へ出かけた。どうやらウィルス性胃腸炎で、経過観察しましょうとのこと。
ところで、朝のテレビニュースは、バンクーバーで開催された女子フィギュアスケート「2018グランプリ・ファイナル」結果の話題でしきりだ。この試合に、16歳で初出場の「紀平梨花選手」が初優勝したのだ。日本で、16歳で初出場・初優勝は、浅田真央選手以来13年振りとのこと。
(2018平昌オリンピックに彼女が出場できなかったのは、オリンピックの年齢制限の微妙な差のせいだったそうだ。だから、今回2位になったアリーナ・ザギトワは、同じ16歳ながら出場できていたし金メダルを獲得している)
正直なところ、にわかファンには、フィギュアスケートで、①「ショートプログラム(SP)」と、②「フリースケーティング(FS)」といった2種がなぜあるのか、どんな違いなのか、今もってよく分からない・・・その程度なのだが。ビックリしたという以外に語れるものがないのが残念。
16歳を中心に若い選手たちが競い合うのを見て、これから先、一体どんな世界が繰り広げられるのだろう、技術が高度化するのだろう・・・分かったつもりで追いかけよう。
それにして、紀平梨花選手の落ち着いた演技に驚いた。日本の女子フィギュアスケートの長い歴史、層の厚さから生み出た余裕なのかも知れない・・・素人ながらそんな気がした。
ところで、朝のテレビニュースは、バンクーバーで開催された女子フィギュアスケート「2018グランプリ・ファイナル」結果の話題でしきりだ。この試合に、16歳で初出場の「紀平梨花選手」が初優勝したのだ。日本で、16歳で初出場・初優勝は、浅田真央選手以来13年振りとのこと。
(2018平昌オリンピックに彼女が出場できなかったのは、オリンピックの年齢制限の微妙な差のせいだったそうだ。だから、今回2位になったアリーナ・ザギトワは、同じ16歳ながら出場できていたし金メダルを獲得している)
正直なところ、にわかファンには、フィギュアスケートで、①「ショートプログラム(SP)」と、②「フリースケーティング(FS)」といった2種がなぜあるのか、どんな違いなのか、今もってよく分からない・・・その程度なのだが。ビックリしたという以外に語れるものがないのが残念。
16歳を中心に若い選手たちが競い合うのを見て、これから先、一体どんな世界が繰り広げられるのだろう、技術が高度化するのだろう・・・分かったつもりで追いかけよう。
それにして、紀平梨花選手の落ち着いた演技に驚いた。日本の女子フィギュアスケートの長い歴史、層の厚さから生み出た余裕なのかも知れない・・・素人ながらそんな気がした。
2018年12月9日日曜日
シェヌ・デ・ピュイ火山群
昨夜、体調を崩して以来、回復が芳しくない。明日、健康診断というにどうなることやら。外出もできず、まさに引きこもり状態。養生を続けるしかない。
夕方のテレビ番組「世界遺産」を見ていたら、今年(2018年)世界遺産になった「ピュイ山脈とリマーニュ断層の地殻変動地域」(世界遺産オンラインガイド)について紹介されていた。以前読んだ、ちくま新書の「ヨーロッパ火山紀行」の著者である小山真人氏が番組監修されていた。
フランスの飲料水に「ボルヴィック」があって、ペットボトルのラベルを良く見ると火山の絵がある。伊東市の奥手にある、一度の噴火で火山生成した<単成火山群>の「大室山」を思い浮かべるかもしれない。
(本ブログ関連:”ボルヴィック”、”東伊豆単成火山群”)
番組紹介された、仏オーヴェルニュ地方のシェヌ・デ・ピュイ火山群は、南北に火山が一列に並んでいる。南北のプレート(アドリアプレートとユーラシアプレート)が衝突してできたもので、こちらも<単性火山群>である。
溶岩流が、小川を通路にして流れ出て作られた高さ10mほどある、細長い地形上に町ができている。崖の底から、小川の水が染み出ていてうまいとのこと。全く成因が違うが、「段丘崖」の「国分寺崖線」の湧水が頭をよぎる。
今の私には水が恋しい。体調が回復したら、ボルヴィックのボトルの水を飲み干そう。
夕方のテレビ番組「世界遺産」を見ていたら、今年(2018年)世界遺産になった「ピュイ山脈とリマーニュ断層の地殻変動地域」(世界遺産オンラインガイド)について紹介されていた。以前読んだ、ちくま新書の「ヨーロッパ火山紀行」の著者である小山真人氏が番組監修されていた。
フランスの飲料水に「ボルヴィック」があって、ペットボトルのラベルを良く見ると火山の絵がある。伊東市の奥手にある、一度の噴火で火山生成した<単成火山群>の「大室山」を思い浮かべるかもしれない。
(本ブログ関連:”ボルヴィック”、”東伊豆単成火山群”)
番組紹介された、仏オーヴェルニュ地方のシェヌ・デ・ピュイ火山群は、南北に火山が一列に並んでいる。南北のプレート(アドリアプレートとユーラシアプレート)が衝突してできたもので、こちらも<単性火山群>である。
溶岩流が、小川を通路にして流れ出て作られた高さ10mほどある、細長い地形上に町ができている。崖の底から、小川の水が染み出ていてうまいとのこと。全く成因が違うが、「段丘崖」の「国分寺崖線」の湧水が頭をよぎる。
今の私には水が恋しい。体調が回復したら、ボルヴィックのボトルの水を飲み干そう。
2018年12月8日土曜日
(雑談)風邪でダウンか?
体調が何となく怪しかった。今日の日付に変わった深夜、吐瀉と腹下しを繰り返し、それが止まぬまま朝を迎えた。節々が痛んだが、喉が腫れるでなく、咳も出ず、熱もない。風邪なのか、長引かないのでインフルエンザではないと思うが・・・。
明け方、体が軽く楽になった。まるで服を着替えたようにすっきりしている。
昔、社内の健康診断の結果、いろいろ注意を受けたことがある。それがうるさいので、妙案がないか探した。そうだ、減量すると検査結果がよくなるのを経験上知っていた。そこで、健康診断前に減量に励んだものだ。
今回はそんな意図があったわけでないが、たまたま、来週月曜日に健康診断があるため、このまま体を絞っていけばいい結果になるかもしれない。
明け方、体が軽く楽になった。まるで服を着替えたようにすっきりしている。
昔、社内の健康診断の結果、いろいろ注意を受けたことがある。それがうるさいので、妙案がないか探した。そうだ、減量すると検査結果がよくなるのを経験上知っていた。そこで、健康診断前に減量に励んだものだ。
今回はそんな意図があったわけでないが、たまたま、来週月曜日に健康診断があるため、このまま体を絞っていけばいい結果になるかもしれない。
2018年12月7日金曜日
大雪 2018
今日は、二十四節気の「大雪(たいせつ)」。東京に雪が積もる気配はない。これまで気温は上がり下がりしてきたが、もしかしたら今日がピークかもしれない。これから先、寒さが増していくようだ。
(本ブログ関連:”大雪”)
冬になれば思い出す。長野オリンピック(第18回冬季オリンピック、1998年2月7日~22日)のフィギアスケートに出場した、「エレーナ・リアシェンコ(Олена Ляшенко)」選手のことを。当時のテレビCM映像が今も目に焼きついていて消えることがない。気品ある瞳に吸い込まれてしまった。以前、彼女のYoutube映像に触れたことがあるが、幸い残っており、今回そのままエンベッドさせていただいた。
(本ブログ関連:”エレーナ・リアシェンコ”、”フィギュアスケート”)
(Youtubeに登録のerio2erioに感謝)
(本ブログ関連:”大雪”)
冬になれば思い出す。長野オリンピック(第18回冬季オリンピック、1998年2月7日~22日)のフィギアスケートに出場した、「エレーナ・リアシェンコ(Олена Ляшенко)」選手のことを。当時のテレビCM映像が今も目に焼きついていて消えることがない。気品ある瞳に吸い込まれてしまった。以前、彼女のYoutube映像に触れたことがあるが、幸い残っており、今回そのままエンベッドさせていただいた。
(本ブログ関連:”エレーナ・リアシェンコ”、”フィギュアスケート”)
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2018年12月6日木曜日
Yiddish語 2018秋-10、CICALA MVTA
帰宅が遅く、今日の日付の時間切れが迫るため、あわてて記す。
イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。
開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。
会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。
イディッシュ語教室は、今秋期コースの10回目の授業を迎えた。若い人はのりしろがあって成長が見込めるが、おじさんはギリギリで学んでいるため、果たして10回に見合う進歩をしたか不安である。人一倍反省するが、努力はとことんしない・・・それで成長するものか、恥ずかしい限り。
開催年度によって、クラスメイトに若干の入れ代わりがあるため、授業が工夫されている。
今日の授業は次のよう解説された。
・動詞の過去形(英語の現在完了形に似た構造)を学ぶ。動詞の過去形には、様々変化がある。
・行事「ハヌカ」を中心に、ユダヤ教・イスラエルの年間行事について紹介される。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
授業が終わると、そのままクラスメイト(ミュージシャン)の出演する音楽ライブ「CICALA MVTA」へ、連れ立って出かけた。一緒に出かけたクラスメイトは、ミュージシャンの音楽ジャンルに詳しくファンだそうだ。
ライブ会場は、大勢の客で埋まった。出演のクラスメイトのミュージシャンは、一人がシンガーであり、もう一人が演奏家である。今まで聴かせていただいたのは、シンガーの方を中心にした歌のライブだった。今回は、演奏家の方を中心にした演奏のものだ。
会場へ行ってこそ、ライブの強力なエネルギーに当たることができる。音楽はなかなかいいものだ。
2018年12月5日水曜日
ウォーキング教室(第2回)
先週参加した「ウォーキング教室」(全2回)の第2回目、最終回の今日は実践編として公園散歩をした。終わりがけに知ったことだが、参加者の大方は私と同世代だそうで、しかも歩きなれているようだった。それに比べて・・・。
最近、航空祭で開放された飛行場を歩き回ってくたびれ果て、以前には、グループで鉱物採集へ出かけたところ列の最後尾になったりした。そんなわけで、歳のせいと観念し始めたところだったが、今日のウォーキング教室の参加者を見れば、どっこいみな元気なのだ。もう一度、やり直してみようと心した。
講師の先生がこんなことをいわれた。いきなりウォーキングが大変なら、しばらくは自宅でストレッチングを毎日15分程度はげみ、それからウォーキングに出かけても大丈夫、とのこと。要は、毎日続ける重要さを説かれた。
最後に、こんな話も付け加えられた。「今日のウォーキングをした結果、帰宅して夕方とか明日になって足腰に痛みが出てくるなら、それはやり過ぎです」とのこと。自分に合った無理のないところから進めなさいというアドバイスだろう。張り切り過ぎはダメなのだ。
講師の先生、公民館の職員の方、イベントのスタッフのみなさんに、お世話になったこと感謝します。(この機会を得て、もう一度頑張ってみようかなと思い直した次第)
最近、航空祭で開放された飛行場を歩き回ってくたびれ果て、以前には、グループで鉱物採集へ出かけたところ列の最後尾になったりした。そんなわけで、歳のせいと観念し始めたところだったが、今日のウォーキング教室の参加者を見れば、どっこいみな元気なのだ。もう一度、やり直してみようと心した。
講師の先生がこんなことをいわれた。いきなりウォーキングが大変なら、しばらくは自宅でストレッチングを毎日15分程度はげみ、それからウォーキングに出かけても大丈夫、とのこと。要は、毎日続ける重要さを説かれた。
最後に、こんな話も付け加えられた。「今日のウォーキングをした結果、帰宅して夕方とか明日になって足腰に痛みが出てくるなら、それはやり過ぎです」とのこと。自分に合った無理のないところから進めなさいというアドバイスだろう。張り切り過ぎはダメなのだ。
講師の先生、公民館の職員の方、イベントのスタッフのみなさんに、お世話になったこと感謝します。(この機会を得て、もう一度頑張ってみようかなと思い直した次第)
2018年12月4日火曜日
(雑談)冬だというに暖かすぎて汗をかく
服装にセンスがないというか、季節に鈍感なのかタイミングが分からない。先日の「百里基地航空祭」(12/2)見学に際してもそうだった。ブログに寒かったと感想を述べたけど、防寒の用意をしなかったのが一番大きな原因。来場客は、みな厚手の冬服を着こなしていたのに、私は思いっきり軽装だった。
今日はしっかりジャンパーに身を固めて外出した。結局、反省した。じわじわと汗をかいてきたのだ。東京の最高気温は、23.4℃(14:50)で、暖かという表現を過ぎている。全国でも、25℃越えの「夏日」が続出したそうだ(練馬も、25℃だったという)。
旧暦の今日は10月27日。10月を「小春」といい、そんな寒い中でも暖かな日和を「小春日和」と呼ぶ。この言葉のイメージから、穏やかな陽射しに心がほっと和む感がするけれど、今日は「春」を越えて「夏」へと飛んでいる。緩やかに変化してこそ心豊かになれるというに、何と無粋なことだろう。
おかげで外出はままならず、途中で引き返す羽目になった。夜になっても、エアコンもストーブも不要。冬の廊下の冷気も吹っ飛んだようだ。
今日はしっかりジャンパーに身を固めて外出した。結局、反省した。じわじわと汗をかいてきたのだ。東京の最高気温は、23.4℃(14:50)で、暖かという表現を過ぎている。全国でも、25℃越えの「夏日」が続出したそうだ(練馬も、25℃だったという)。
旧暦の今日は10月27日。10月を「小春」といい、そんな寒い中でも暖かな日和を「小春日和」と呼ぶ。この言葉のイメージから、穏やかな陽射しに心がほっと和む感がするけれど、今日は「春」を越えて「夏」へと飛んでいる。緩やかに変化してこそ心豊かになれるというに、何と無粋なことだろう。
おかげで外出はままならず、途中で引き返す羽目になった。夜になっても、エアコンもストーブも不要。冬の廊下の冷気も吹っ飛んだようだ。
2018年12月3日月曜日
カレンダーの日
日めくりカレンダーには、その日その日の記念日が記されている。例えば、今晩は「秩父夜祭り」(12/2~3)のメインイベントだったり、また、「カレンダーの日」という業界記念日だったりする。
「カレンダー」について、ブログに何度も記してきた。追い立てられる日々に照らしてカレンダーとの関わりを語ったり、あるいは、アメリカンポップスの「カレンダーガール」について触れたりした。
(本ブログ関連:”カレンダーガール”)
普段でも、ブログに口にするカレンダーだけど、「カレンダーの日」という記念日があることを知らなかった。ネットに検索してみたところ次のような情報を得た。
「全国団扇扇子カレンダー協議会」という、「団扇(うちわ)・扇子・カレンダーの製造及び販売を行う業者で構成される任意団体」があって、カレンダー業界の団体と連携して、12月3日を「カレンダーの日」として制定したそうだ。この日に制定した理由は、かつて明治政府が官員の給料を1ヶ月削ったとしばしばいわれる、旧暦からの改暦のできごとと縁がある。協議会のホームページに、「明治5年11月9日、時の政府は『来る12月3日を明治6年1月1日とする』と宣言。23日後に」突然改暦を実施したと説明している。
でも。私にとってカレンダーは、カレンダーという外来語であり、「暦(こよみ)」といった古来から続く日常の感覚とは違う。別の感覚するカレンダーは、思い出の「ニール・セダカ(1939年3月13日~)」の歌「カレンダー・ガール」(1960年)につながる。
(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)
(Youtubeに登録のnucker2001に感謝)
「カレンダー」について、ブログに何度も記してきた。追い立てられる日々に照らしてカレンダーとの関わりを語ったり、あるいは、アメリカンポップスの「カレンダーガール」について触れたりした。
(本ブログ関連:”カレンダーガール”)
普段でも、ブログに口にするカレンダーだけど、「カレンダーの日」という記念日があることを知らなかった。ネットに検索してみたところ次のような情報を得た。
「全国団扇扇子カレンダー協議会」という、「団扇(うちわ)・扇子・カレンダーの製造及び販売を行う業者で構成される任意団体」があって、カレンダー業界の団体と連携して、12月3日を「カレンダーの日」として制定したそうだ。この日に制定した理由は、かつて明治政府が官員の給料を1ヶ月削ったとしばしばいわれる、旧暦からの改暦のできごとと縁がある。協議会のホームページに、「明治5年11月9日、時の政府は『来る12月3日を明治6年1月1日とする』と宣言。23日後に」突然改暦を実施したと説明している。
でも。私にとってカレンダーは、カレンダーという外来語であり、「暦(こよみ)」といった古来から続く日常の感覚とは違う。別の感覚するカレンダーは、思い出の「ニール・セダカ(1939年3月13日~)」の歌「カレンダー・ガール」(1960年)につながる。
(本ブログ関連:”ニール・セダカ”)
(Youtubeに登録のnucker2001に感謝)
2018年12月2日日曜日
百里基地航空祭(ツアー2日目)
潜伏していた「飛行機好き」の病が歳とともに再発したらしい。最近は、転地療養しかないようだ。
(本ブログ関連:”飛行機”)
この時期になると、ツアー会社は、各地の航空祭ツアーを組んで案内してくる。去年は岐阜県下で行なわれた「岐阜基地航空祭」に出かけた。今年は、(ツアー2日目に当る今日)、茨城県下で開催の「百里基地航空祭」を見学した。
(本ブログ関連:”岐阜基地航空祭”)
飛行場は、飛行機が飛ぶから滑走路があり、滑走路が長いから敷地も広い。それで、航空祭の実演を見上げる場所は広い。広いので吹きさらしになり、この時期とても寒い。逃げ場がないのだ。
目の前上空を飛翔するファントム機(F-4)*が、こちらに尾部を向けた旋回の瞬間、圧倒的な排気音を受けて腹が揺さぶられる。これを繰り返されるのだから、飛行機好きにはたまらない。そして、場内のアナウンスで、操縦者の氏名と出身地が語られる。あらためて、(生身の)人が搭乗するのを知ることになる。
(*)ファントム機: ハシェット社の「エアファイター・コレクション」第1巻で紹介(これだけ購入)
航空祭には、あらゆる人びとが集う。日頃接することのない老若男女、さまざまな職種というか生き方といったらいいのかもしれない、実に多様だ。中には、飛行機好きなのかカメラ好きなのか(すごく高級な望遠カメラを持った)若い女性までいる。
前回の岐阜基地航空祭は、飛行場までたどり着くのにくたびれたが、今回はそれに比べると少しは楽だった。入り口から会場まで割合近かったからだ。とはいえ、会場に着けば、飛行場はやっぱりどでかいことを思い知る・・・結局、後半は歩き疲れて、格納庫に並んだ椅子に座って空を見上げていた。気付けば、回りは中高年ばかり。屋外用の強力な暖房機が設置されていて、そこから抜けられず、集合時間まで居座った。
(本ブログ関連:”飛行機”)
この時期になると、ツアー会社は、各地の航空祭ツアーを組んで案内してくる。去年は岐阜県下で行なわれた「岐阜基地航空祭」に出かけた。今年は、(ツアー2日目に当る今日)、茨城県下で開催の「百里基地航空祭」を見学した。
(本ブログ関連:”岐阜基地航空祭”)
飛行場は、飛行機が飛ぶから滑走路があり、滑走路が長いから敷地も広い。それで、航空祭の実演を見上げる場所は広い。広いので吹きさらしになり、この時期とても寒い。逃げ場がないのだ。
目の前上空を飛翔するファントム機(F-4)*が、こちらに尾部を向けた旋回の瞬間、圧倒的な排気音を受けて腹が揺さぶられる。これを繰り返されるのだから、飛行機好きにはたまらない。そして、場内のアナウンスで、操縦者の氏名と出身地が語られる。あらためて、(生身の)人が搭乗するのを知ることになる。
(*)ファントム機: ハシェット社の「エアファイター・コレクション」第1巻で紹介(これだけ購入)
航空祭には、あらゆる人びとが集う。日頃接することのない老若男女、さまざまな職種というか生き方といったらいいのかもしれない、実に多様だ。中には、飛行機好きなのかカメラ好きなのか(すごく高級な望遠カメラを持った)若い女性までいる。
前回の岐阜基地航空祭は、飛行場までたどり着くのにくたびれたが、今回はそれに比べると少しは楽だった。入り口から会場まで割合近かったからだ。とはいえ、会場に着けば、飛行場はやっぱりどでかいことを思い知る・・・結局、後半は歩き疲れて、格納庫に並んだ椅子に座って空を見上げていた。気付けば、回りは中高年ばかり。屋外用の強力な暖房機が設置されていて、そこから抜けられず、集合時間まで居座った。
2018年12月1日土曜日
JAXA筑波宇宙センター(ツアー1日目)
今日から2日間出かける。今日は「JAXA筑波宇宙センター」、明日は「百里基地 航空祭」を見学の予定。電車を乗り継いで行けない距離でないが、バスツアーによるお任せ小旅行であり気楽に巡りたい。
感想は明日(12/2)帰宅後に追記したい。
(以降、12/2に追記)
というわけで、初日(12/1)に訪問した、筑波学園研究都市にある「JAXA筑波宇宙センター」の見学について追記する。といっても、一般公開の展示物をざっと見る限りだが・・・それにしても驚いた。
テレビ画面や、PCのYoutube画面の中で納得していた勝手なイメージが破られた思い。展示館に置かれた人工衛星、実験棟、輸送機器などが、今まで想定していたサイズと全くの大違いだった。
「国際宇宙ステーション(ISS)」との物資補給をした、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」の展示物に近寄ったとき、初めは気付かなかったほど巨大なサイズだ。頑丈そうな構造物(試験モデル)を見上げて考えた、もしかしたら「こうのとり」ではと・・・。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
そのとき、展示館の見学ツアーに行き合わせて、そばで聞かせていただいた。解説者が「こうのとり」をさしながら、< このサイズのものをフェアリング部に収納する「HⅡBロケット」の大きさが想像できますね > と解説された。なるほど、トン(t)クラスの搭載物を運ぶ「HⅡBロケット」の圧倒的なスケールにも、合わせて実感した気がした。重力を超えて飛び上がることを考えれば、「こうのとり」が頑丈に見えても当然という次第。
外部広場には、HⅡBの前世代であるが、「HⅡ」ロケットの実機も展示されている。また後継の「HⅢ」ロケットの登場も待ち遠しい。
そうそう、小市民らしいお土産も買った。
感想は明日(12/2)帰宅後に追記したい。
(以降、12/2に追記)
というわけで、初日(12/1)に訪問した、筑波学園研究都市にある「JAXA筑波宇宙センター」の見学について追記する。といっても、一般公開の展示物をざっと見る限りだが・・・それにしても驚いた。
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| 展示物「こうのとり」 |
「国際宇宙ステーション(ISS)」との物資補給をした、宇宙ステーション補給機(H-II Transfer Vehicle: HTV)「こうのとり」の展示物に近寄ったとき、初めは気付かなかったほど巨大なサイズだ。頑丈そうな構造物(試験モデル)を見上げて考えた、もしかしたら「こうのとり」ではと・・・。
(本ブログ関連:”こうのとり”)
そのとき、展示館の見学ツアーに行き合わせて、そばで聞かせていただいた。解説者が「こうのとり」をさしながら、< このサイズのものをフェアリング部に収納する「HⅡBロケット」の大きさが想像できますね > と解説された。なるほど、トン(t)クラスの搭載物を運ぶ「HⅡBロケット」の圧倒的なスケールにも、合わせて実感した気がした。重力を超えて飛び上がることを考えれば、「こうのとり」が頑丈に見えても当然という次第。
外部広場には、HⅡBの前世代であるが、「HⅡ」ロケットの実機も展示されている。また後継の「HⅢ」ロケットの登場も待ち遠しい。
そうそう、小市民らしいお土産も買った。
2018年11月30日金曜日
年賀状をどうしようか
今月も残り一日。月別カレンダーから今月分をいさぎよくはがした。すると12月分が一枚ぶらさがっているだけ。ヘラヘラと横揺れする。1年の終わりの月の何と力なさよ。
書店には、来年の家計簿、手帳など積まれている。最近の変化に「年賀状」が減ったためか、年賀状ソフト本も少なくなって見える。若者はメールという手段があり、高齢者は交流範囲が狭まったせいか、年賀状の発行は2003年をピークに下降の一途をたどっているそうだ。
(参考)「年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)」(8/31)
昔は、人脈の継続や確認の意味合いもあって年賀状交換をした。ところが、社会の流動性が増すと一年に一度の年賀状ではフォローできなくなる。個人情報の取り扱いが厳格になって、年賀状はますます私的空間の交換に変質してきた。個人の住所を記載した社内名簿なんていうものはとっくに存在しない。世間から名簿が次々消えた。
正月はプライベートな家庭行事になっている。(古風なしきたりを重視する社会でないかぎり)年始の挨拶にうかがうことは滅多にない。時代が変わった。そんなわけで年賀状の衰退は続くだろう。
ただし、特に親しい若者の間でグリーティング・カードを送るようになるかもしれない。(ハロウィンののりで!)
書店には、来年の家計簿、手帳など積まれている。最近の変化に「年賀状」が減ったためか、年賀状ソフト本も少なくなって見える。若者はメールという手段があり、高齢者は交流範囲が狭まったせいか、年賀状の発行は2003年をピークに下降の一途をたどっているそうだ。
(参考)「年賀葉書の発行枚数などをグラフ化してみる(最新)」(8/31)
昔は、人脈の継続や確認の意味合いもあって年賀状交換をした。ところが、社会の流動性が増すと一年に一度の年賀状ではフォローできなくなる。個人情報の取り扱いが厳格になって、年賀状はますます私的空間の交換に変質してきた。個人の住所を記載した社内名簿なんていうものはとっくに存在しない。世間から名簿が次々消えた。
正月はプライベートな家庭行事になっている。(古風なしきたりを重視する社会でないかぎり)年始の挨拶にうかがうことは滅多にない。時代が変わった。そんなわけで年賀状の衰退は続くだろう。
ただし、特に親しい若者の間でグリーティング・カードを送るようになるかもしれない。(ハロウィンののりで!)
2018年11月29日木曜日
Yiddish語 2018秋-9
PCの会話ソフトを使って練習するに、何かよい方法はないだろうか。ソフトの声と自分の声を重ねて聞きたくて、ヘッドホンとマイクを組み合わせたヘッドセットを探して購入した。安価だったせいか、発した声が遅れて耳に入ってくる。結局、道具に頼らず、今は音声速度を調節して練習している。これは意外とよい。運動前のストレッチのような具合だ。
イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。
そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。
当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。
(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)
イディッシュ語会話教室へ行く前、使用テキストに付録の音声を、A→Bリピート機能を使って聴いている。これを毎日繰り返していたら、今頃きっと凄いことになっていたろうけれど・・・怠け者はいつまでも低空飛行。
そんなまま、反省しながらイディッシュ語教室へ行く。
(本ブログ関連:”Yiddish語 2018秋”)
今日の授業は、久し振りに出席したアーティストが、がんがんリードしてくれた・・・凄い。
・ 先週(11/22)教わった「ハヌカ」の祝い歌「חנוכּה אױ חנוכּה」の復習と、Youtubeに合わせて歌った。
・テキストのダイアログ練習。
当り前だが、授業があってこそ追いつこうとするもので、独習者を想うと本当に頭がさがる。
(付記)
授業の帰り、本屋に寄って「ニホンオオカミは消えたか?」(宗像充著)を予約した。実は、図書館からこの本を借りていて、返却するのが惜しく読み直したいと思ったからだ。
(本ブログ関連:”オオカミ”)
「ニホンオオカミ」は、いわゆるオオカミの「タイリクオオカミ」とイメージが違い、動物分類学上の議論があるようだ。それに、絶滅していて既に存在しないともいわれる。これらについて、関係者に会って論を進める著者の思いを知るのが面白い。(以前入手した、世界のオオカミを扱った写真集「オオカミと野生のイヌ」(菊水健史監修)には、ニホンオオカミが扱われていない。)
2018年11月28日水曜日
ウォーキング教室(第1回)
ものごとを始めるには、きっかけが必要だ。それも、みんなと一緒に始められればなおよい。そんなとき「ウォーキング教室」のイベントがあって参加した。講師は、NTTの病院でリハビリテーション科に勤務する医療保健学博士の安川生太氏だ。
健康を気にかけて、以前、中高年向け「健康教室」に毎週通ったことがある。私にはだいぶきつく、帰宅するとぐったりしていた。そんなとき、新しく始める会話教室が翌日に当ることになり、健康教室の方を中断してしまった。疲れ具合から、予習もままならないだろうと判断したからだ。
今は、唯一運動らしいものといえば、都心の会話教室に通うことくらい。運動不足をひしひしと感じ、ウォーキングを始めようかと思いついた次第。
今日の教室には、平日午前中となれば集うは中高年ばかり。みな同じような具合を抱えているのだろう。第1回目は、座学と軽い運動をした。
・「元気な身体」: 無理のない姿勢作りについて解説いただき、基本的なストレッチを実践した。(「軽い」はずだったのに、帰宅すればやがて疲れが出てくる)
・「運動機能を保つ」: 歩く際の運動量の目安を解説いただいた。(運動メニューごとに数値があって、「メッツ」という単位量が付されていた)
・「ウォーキング・シューズ」: チェックポイントについて解説いただいた。(① 靴ひもで締める、② かかとが硬いこと、③ 靴底の曲がり位置が足指手前であること)を教えてもらった。
いろいろと興味深い話題があった。次のような事例があったそうだ。「昔のイギリスのバスで、座って運転する運転手と、車内を動いて切符を切ったりする車掌が、その後に心臓病にかかる割合について、運転手の方が車掌より多かった」そうだ。とにかく運動しなさいとアドバイスをいただいた。
健康を気にかけて、以前、中高年向け「健康教室」に毎週通ったことがある。私にはだいぶきつく、帰宅するとぐったりしていた。そんなとき、新しく始める会話教室が翌日に当ることになり、健康教室の方を中断してしまった。疲れ具合から、予習もままならないだろうと判断したからだ。
今は、唯一運動らしいものといえば、都心の会話教室に通うことくらい。運動不足をひしひしと感じ、ウォーキングを始めようかと思いついた次第。
今日の教室には、平日午前中となれば集うは中高年ばかり。みな同じような具合を抱えているのだろう。第1回目は、座学と軽い運動をした。
・「元気な身体」: 無理のない姿勢作りについて解説いただき、基本的なストレッチを実践した。(「軽い」はずだったのに、帰宅すればやがて疲れが出てくる)
・「運動機能を保つ」: 歩く際の運動量の目安を解説いただいた。(運動メニューごとに数値があって、「メッツ」という単位量が付されていた)
・「ウォーキング・シューズ」: チェックポイントについて解説いただいた。(① 靴ひもで締める、② かかとが硬いこと、③ 靴底の曲がり位置が足指手前であること)を教えてもらった。
いろいろと興味深い話題があった。次のような事例があったそうだ。「昔のイギリスのバスで、座って運転する運転手と、車内を動いて切符を切ったりする車掌が、その後に心臓病にかかる割合について、運転手の方が車掌より多かった」そうだ。とにかく運動しなさいとアドバイスをいただいた。
2018年11月27日火曜日
科学番組と雑誌
テレビの科学番組でお気に入りは、NHKの「サイエンス ZERO」だろう。最新科学情報を一般向けに分かりやすく解説してくれる。科学に精通したライターや番組担当者と女性アシスタントを含めてナヴィゲーターと呼び、番組テーマに関係する科学者や技術者がその都度ゲスト出演する。びっくりするようなテーマをよく見つけて説明してくれる。しろうとは、そのたび驚くやら感心する。
科学趣味の者には、番組のアシスタントの女性タレント・俳優にも関心がある。初期に出演の「眞鍋かをり」に始まり、「安めぐみ」、「南沢奈央」、「小島瑠璃子」に至るまで、一も二もなく賛意を示す対象となる。彼女たちが、他の番組に出演しているのを見ると、ついつい頑張れと口にしてしまう。間違いない応援対象である。
雑誌「Newton」も応援対象である。この月刊誌が初めて発行されたとき、日本もついにこのようなグラフィック科学雑誌を出版する時代になったと喜んだ。アメリカの「サイエンティフィック・アメリカン」の信頼性と、「ナショナル・ジオグラフィック」の見やすさを合わせ持った雰囲気がした。その精神は今も続いているようだ。最新の、2019年1月号には、大型の2019年カレンダーが付録に付いている。ISS(国際宇宙ステーション)から日本列島の夜景を水平に眺めることができる。特集は、人類の進化「サピエンスのすべて」だ。
昔、科学雑誌といえば、専門家向けに孤峰を誇る岩波書店の「科学」があり、それを追随するように中央公論社の「自然」があった。一般向けには、朝日新聞社の「科学朝日」や読売新聞社の「科学読売」などがあった。その後、日本経済新聞社から日本語版「サイエンティフィック・アメリカン」(現「日経サイエンス」)と、「ナショナル・ジオグラフィック」が発行されると、「自然」、「科学朝日」、「科学読売」などは次々廃刊していった。一般向け科学雑誌には、見せ方が必須と知らされた。
「Newton」は、科学記者が記事作りするものと一線を画していた。グラフィカルなセンスと直感的な分かりやすさの同居なのだ。
ところで、科学者は、「ウォーキング・ディクショナリー」と呼ばれるのを恐れる。大衆受けするタイトルで書籍を出すかどうかが分かれ道のようだった。
今はそんな時代でなくなった。講談社の科学新書「ブルーバックス」が、科学読み物の普及と基盤を作って安定しているし、最近、ソフトバンク系列の出版社から同様の「サイエンス・アイ新書」が出て賑わっている。DTPなど出版のし易さもあって、後は資本力だけなのかもしれない。それにしても、いい雰囲気の時代だ。
科学趣味の者には、番組のアシスタントの女性タレント・俳優にも関心がある。初期に出演の「眞鍋かをり」に始まり、「安めぐみ」、「南沢奈央」、「小島瑠璃子」に至るまで、一も二もなく賛意を示す対象となる。彼女たちが、他の番組に出演しているのを見ると、ついつい頑張れと口にしてしまう。間違いない応援対象である。
雑誌「Newton」も応援対象である。この月刊誌が初めて発行されたとき、日本もついにこのようなグラフィック科学雑誌を出版する時代になったと喜んだ。アメリカの「サイエンティフィック・アメリカン」の信頼性と、「ナショナル・ジオグラフィック」の見やすさを合わせ持った雰囲気がした。その精神は今も続いているようだ。最新の、2019年1月号には、大型の2019年カレンダーが付録に付いている。ISS(国際宇宙ステーション)から日本列島の夜景を水平に眺めることができる。特集は、人類の進化「サピエンスのすべて」だ。
昔、科学雑誌といえば、専門家向けに孤峰を誇る岩波書店の「科学」があり、それを追随するように中央公論社の「自然」があった。一般向けには、朝日新聞社の「科学朝日」や読売新聞社の「科学読売」などがあった。その後、日本経済新聞社から日本語版「サイエンティフィック・アメリカン」(現「日経サイエンス」)と、「ナショナル・ジオグラフィック」が発行されると、「自然」、「科学朝日」、「科学読売」などは次々廃刊していった。一般向け科学雑誌には、見せ方が必須と知らされた。
「Newton」は、科学記者が記事作りするものと一線を画していた。グラフィカルなセンスと直感的な分かりやすさの同居なのだ。
ところで、科学者は、「ウォーキング・ディクショナリー」と呼ばれるのを恐れる。大衆受けするタイトルで書籍を出すかどうかが分かれ道のようだった。
今はそんな時代でなくなった。講談社の科学新書「ブルーバックス」が、科学読み物の普及と基盤を作って安定しているし、最近、ソフトバンク系列の出版社から同様の「サイエンス・アイ新書」が出て賑わっている。DTPなど出版のし易さもあって、後は資本力だけなのかもしれない。それにしても、いい雰囲気の時代だ。
2018年11月26日月曜日
イ・ソンヒの「冬哀傷」
イ・ソンヒの冬の歌に「キョウル エサン(겨울 애상)」がある。タイトルの「冬(겨울:キョウル)」に続く「애상:エサン」には、「哀想」と「哀傷」の意がある。DONG・A’S「Prime」の韓日電子辞書によれば、
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。
ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。
「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。
漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)
・「哀想」の場合、「悲しい思い」とある。
・「哀傷」の場合、①「人の死を悲しみいたむこと」、②「物事に感じ、哀しみいたむこと」とある。
ネットで、イ・ソンヒのこの歌を「겨울 애상」で検索したが、「哀想」の漢字を付したものが見つからない(ただし、他の歌や詩では使われている)。一方、「哀傷」については、中国のファンが付したのだろうか「哀伤(=哀傷)」の文字が多く見られる。
「哀傷」に「死」のイメージがあるが、イ・ソンヒの歌詞から直接読み取れないけれど、彼女のミュージックビデオに次のような珍しいものがある。・・・雪原で、イ・ソンヒが少女と出会ったのも束の間、やがて少女は幻のように消え、イ・ソンヒが一人歩き進める。遠景に、雪面に倒れるイ・ソンヒ、それとオーバーラップして重なる少女の顔。何とも不思議な映像で、正直どう解釈したらよいか分からない。
漢詩の如く始まるこの歌に、そっと耳を傾ければ、凍るような夜のしじまに残された孤独な影を感じることができる。それには「哀傷」が適切と思う。
(本ブログ関連:”冬哀傷”)
(Youtubeに登録のjenny.kimに感謝)
2018年11月25日日曜日
(雑談)思い込み
思い込みほどやっかいなものはない。
インド領「アンダマン・ニコバル(Andaman and Nicobar)諸島」*にある「北センチネル島(North Sentinel Island)」に上陸した米国人宣教師が、外界との接触をかたくなに拒絶してきた住民によって命を無くしたという。(AFP通信「AFPBB」(11/24)記事より)
(*)アンダマン・ニコバル諸島: 思いのほかミャンマー(ビルマ)の南沖に近い。
インド政府は、北センチネル島の住民の意思を尊重して(現代人側から病気感染させぬ配慮などで)、今も接近することなく彼らの生き方に任せているという。現代人と違った、自然と融合した独自の世界観をまるごと保護・尊重しているようにも見える。
大航海時代、領土的な野心を満足できる広大でかつ充分な自然産物があれば、とっくに植民されていたことだろう(結果、島民は歴史から知られることなく消え去ったかもしれない)。幸い、現代は宗教に名を借りた侵食や、進化論的な支配を正当化しない。インターネットは、無謀な行動をすぐに世界に知らせ、多くの目で判断することができる。
善意は、他者の自然観、信仰、言語、生活様式、暦行事といった、あらゆる文化を奪い去るかもしれない。これからも、残念なことだが、心配りもない正義や思い込みから無謀な行動が続くだろう。
インド領「アンダマン・ニコバル(Andaman and Nicobar)諸島」*にある「北センチネル島(North Sentinel Island)」に上陸した米国人宣教師が、外界との接触をかたくなに拒絶してきた住民によって命を無くしたという。(AFP通信「AFPBB」(11/24)記事より)
(*)アンダマン・ニコバル諸島: 思いのほかミャンマー(ビルマ)の南沖に近い。
インド政府は、北センチネル島の住民の意思を尊重して(現代人側から病気感染させぬ配慮などで)、今も接近することなく彼らの生き方に任せているという。現代人と違った、自然と融合した独自の世界観をまるごと保護・尊重しているようにも見える。
大航海時代、領土的な野心を満足できる広大でかつ充分な自然産物があれば、とっくに植民されていたことだろう(結果、島民は歴史から知られることなく消え去ったかもしれない)。幸い、現代は宗教に名を借りた侵食や、進化論的な支配を正当化しない。インターネットは、無謀な行動をすぐに世界に知らせ、多くの目で判断することができる。
善意は、他者の自然観、信仰、言語、生活様式、暦行事といった、あらゆる文化を奪い去るかもしれない。これからも、残念なことだが、心配りもない正義や思い込みから無謀な行動が続くだろう。
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