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2018年4月6日金曜日

イ・ソンヒの「Jへ」(「春がくる」公演で)

イ・ソンヒが韓国芸術団の一員として、平壌コンサート「春がくる(봄이 온다)」で、彼女の代表曲「Jへ」を歌った動画が登録された。会場の雰囲気・反応も察せられる貴重な映像だ。

ソウルの公演なら、イ・ソンヒは、特にこのバラードに合わせて、会場にマイクを向けて一緒に歌うのを促すことが多い。観客は頭上でゆっくりペンライトを左右に振るし、周りを気にせず歌いだす。けれど、今回はそうならない(観客は舞台を見ているだけではない)*。

(本ブログ関連:”Jへ”、”イ・ソンヒと政治”)

この舞台が、4/1の韓国側単独公演のものか、4/3の南北合同公演のものか判別できない。また、平壌で「春がくる(봄이 온다)」ならば、ソウルで「秋がきた(가을이 왔다)」へと深めていこうという話題もあるようだが。(「ナムウィキ」より)

(J에게,알고싶어요,아름다운강산 : 2018 남북평화협력기원-평양공연 ”봄이온다” '18.04.01 동평양대극장)

(Youtubeに登録の가수/영상작가 전영월に感謝)

(*)追記
朝鮮日報(日本語版)の記事「韓国芸術団の平壌公演、観客は党幹部と芸術団員ばかりだった   住民は公演の詳細を知らず」(4/8、チョ・ユンヨン特派員)より抜粋。
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   (北朝鮮の事情に詳しい) この消息筋は、公演を鑑賞したのは主に海外生活経験のある党幹部の家族だったという日本メディアの報道について「それだけではない」と話した。

 観客らは公演について「南朝鮮の歌はまあまあだった」「われわれ(北朝鮮)の歌ほど良くはなかった」としか話すことができず「われわれの歌より良かった」という話は絶対にできないという。消息筋は「韓国の歌手たちは公演のときに観客席に向かって一緒に歌うよう呼び掛けたが、北朝鮮の事情を知らなすぎる行動だ」として「いくら観客が党幹部でも、韓国の歌を知っているという事実がばれてしまうため、一緒に歌うということは絶対にあり得ないだろう」と指摘した。
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2018年4月5日木曜日

春期イディッシュ語 2018-1st (始業)

「イディッシュ語」秋期講座が始まった。この機会がなければ、定期的に都心に外出することもない。おかげで適度な運動にもなる。

今回、昨年春期だけの参加者が復活したり、新たな参加者も含めてクラスメイトが増えた。とはいえ、みなさんは他言語経験(研究)のベテランばかり・・・濃いメンバーが参加したことになる。
自己紹介の中で、先生ご自身を含めて、出席者全員の経験(研究)をホワイトボードに書き出された。一覧して、ど素人の身としては、ただただ驚くばかり。

そんなわけで、いろいろ工夫された授業が始まった。
・ヘブライ文字表を使った「ビンゴゲーム」。(先生が海外の研究者からもらったゲームだそうだ)
・昨年から教室で使用テキストの「ダイアログ」を使った「地名ゲーム」。(訳と地名の書き出し)

(本ブログ関連:”2017秋期イディッシュ語”、”イディッシュ語”)

初回のため、自己紹介があればイディッシュ語でと思って準備したが、それどころじゃなかった。どうやって追いていくか・・・おじさんは気になる。

清明 2018

今日は、二十四節気の「清明(せいめい)」。「万物がすがすがしく明るく美しいころ」(Wikipedia)とのことだが、もう少し具体的に知りたく、色刷り図版が美しい「日本の七十二候を楽しむ」(臼井明大、東邦出版)を見ると、清明の候を次のように分類解説している・・・なるほど。ロケット打ち上げでいえば、まさに「リフトオフ」・・・明確な軌道に乗るべき、始まりの始まりを示す。

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・初候: 玄鳥至る(つばめきたる)
・次候: 鴻雁北へかへる(がんきたへかえる)
・末候: 虹始めて見る(にじはじめてあらわる)
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(本ブログ関連:”清明”)

ブログを遡ってみれば、実際の清明の天候はバラついている。だからこそ、そろそろブレのない一投球を欲するころだろう。
(ちなみに「清明」は、狐と縁ある陰陽師の安倍晴明の「晴明(せいめい)」じゃない。)

2018年4月4日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」「旌善アラリ」ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/28)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「旌善アラリ(정선아라리)」他についての話を紹介した。

始めに、江原道の旌善地域に伝わる民謡「アリラン」について次のように紹介された。
・古い音楽ゆえに生命力を失うものもあれば、時が経つほど親しまれるものもある。絶えず新しく変化する民謡「アリラン」がそれだ。よく「民族の歌」と言われ、悲喜こもごも、世代を通じて歌える曲で、歌いやすく、多様性が評価されている。最も古いアリランは、江原道の深い山中にある旌善地域に伝わる。

▼ 「旌善アラリ」の歌を聴く。素朴で労働の歌のよう・・・どんな場面で歌われたのか。

次に、「旌善アラリ」の起源と「恨(한)」について次のように紹介された。
・「旌善アラリ」の起源は明確でないが、① 朝鮮初期起源の説。高麗滅亡後、朝鮮建国に反対した高麗貴族は、旌善地域の山中に隠れ、過去と故郷に対する恋しい気持ちを詩に歌った。それが徐々に広がり、「旌善アラリ」になったという。一方、② 19世紀に入ってから歌われた説もある。ところで民謡は、急にできあがるものでなく、長い歳月が積み重ねられ、その地域の歴史、人々の暮らしが反映されたものだ。江原道の山地は高く険しい。歌から切ない心の「恨(한)」が感じられる。

▼ 江原道地方の独特な情緒を歌った「恨五百年(한오백년)」の歌と演奏を聴く。思い入れ溢れる、今様に。

次に、江原道のもうひとつの民謡「江原道アリラン」について次のように紹介された。
・平昌冬季五輪のおかげで有名になった江原道に、独特な情緒が感じられる、もうひとつの民謡「江原道アリラン」がある。十拍をひとつの区切りとし、二拍と三拍を繰り返す。二拍と三拍で調和して歌うのは簡単でない。不調和の調和と言える。海外のミュージシャンも、そこに注目することが多いという。

▼ 新しい曲「江原道アリラン(강원도 아리랑)」の演奏を聴く。リズムの複雑さを感じさせない、軽妙な響き。

2018年4月3日火曜日

吹き溜まり

桜が散る様を見るのはいいもので、美意識を独り合点したりするが、それもその場限りの風流談義でしかない。根の深い理解もない。ぱっと咲いてぱっと散る、それがいさぎよいといった程度でしかない。すぐに桜は、薄赤い萼(がく)に霞のように覆われる。

桜並木の路肩には、まだ色変わりしていない花弁が折り重なっている。いわゆる吹き溜まりに、汚れを感じないのは幸いだ。

小説や映画で当り前のプロットを飛び越えることに慣れてしまって、自然がアナログに移つり変わることを忘れているようだ。理科少年だったら、ここで「観察」するところだろうけど。

最近、意図しなくて時間を省略するようになった。つまり物忘れすること。だから物事の進展が妙にダイナミックに見えたりする。同時に、昔と共通したものが見えてきたりして、おかしくもある。未来へジャンプすることはない。アナログでつながるしかないのだから。

2018年4月2日月曜日

夜桜

夜桜が美しいこの時期。ブログに決まって記す歌がある。与謝野晶子の「清水(きよみず)へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」だ。私も、穏やかに心が澄むようだ。

(本ブログ関連:”与謝野晶子”)

今日から始まった春期「韓国語教室」の帰り道、登る坂道の片側に散り始めた桜がつづく。外灯が短い距離に点在して、その灯りに照らされた薄紅の花弁が夜風に揺れる。夜道がまさに花道になった気分だ。花弁が一枚一枚、静かにぱらぱらと足元に舞い散る。そんなできすぎた光景に高揚を覚えた。(もちろんこの坂道、往路にも使った訳で、そのとき、満開の時期に来なかったことを悔やんだ)

(Youtubeに登録の美しい”昼間の”桜吹雪から)

(Youtubeに登録のT. KENに感謝)

2018年4月1日日曜日

早朝の桜

今日から4月1日。年度の変わり目が日曜日というのは、何となくおめでたい気がする。早朝、公園に桜を見に行った。若干のひんやりを、桜が和ませてくれるほどの涼しさだった。

早朝の公園の桜木立
公園の「桜まつり」は、昨日(3/31)と今日(4/1)。東京の桜の満開発表(3/24)から8日目、そろそろ散り始めたようだ。

品種が同じ並木道の桜なら、一斉に咲き一斉に散る様が分かる。それに比べて、公園の桜はいろいろ品種があり、散り加減に濃淡があって、見納めに十分な風情だ。

朝日を受けた桜木立は、左の写真のように、本格的な花吹雪直前の姿を見せてくれた。(桜吹雪は密集してこそ体験できる)

こんな風に、早朝の公園に行くことはない。ランニングする人、公園施設から流れる音楽に合わせて、中高年者たちがあちこちで体操している、いつもなら気付かぬ光景を目にした。

2018年3月31日土曜日

イ・ソンヒの4月予定(第5報)

イ・ソンヒら韓国芸術団の一団は、いよいよ出立した。朝鮮日報の記事「[フォト]イ・ソンヒのクールな挨拶の言葉にみんなに笑いが〜」(3/31)に写真入でその様子が掲載されている。(抜粋)
Youtube映像に、他のメンバーと比べて、「楽しくやってきます」と短く発言しているのがあった。(これだけかどうか分かりませんが・・・)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)

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「南北平和協力祈念 南側芸術団、平壌公演 - 春が来る」のため、平壌へ出発するわが国側(芸術)団が、31日午前、金浦空港から出国する前に記者会見を持った。挨拶を伝えるイ・ソンヒのすがた。
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(写真)平壌公演の音楽監督を務めた作曲家ユンサンに、イ・ソンヒがマイクを渡す様子が写されている。

なお、韓国版Wikipediaとでもいうべき「ナムウィキ」に、「南北平和協力祈念 南側芸術団、平壌公演」が登録されている。今後、公演の詳細について、ナムウィキは有用な参照・確認先になるだろう。

2018年3月30日金曜日

イ・ソンヒの4月予定(第4報)

情報が小出しになっているが、4月初に平壌公演する韓国芸術団の具体的なスケジュールについて、中央日報の記事「芸術団合同練習...」(3/29)は次のように報じている。(抜粋)
なお、この記事は「政治」欄に置かれている。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)
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「春が来る(봄이 온다)」というタイトル(題目)がついた我が国の芸術団の単独公演は 4月1日午後5時から「東平壌大劇場」で、南北合同公演は 3日午後「柳京鄭周永体育館」で、それぞれ2時間ほど繰り広げられる。
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2018年3月29日木曜日

イ・ソンヒの4月予定(第3報)

4月初め平壌へ公演に行く韓国芸術団は、昨日(3/28)、歌手合同練習を行なったと、(進歩系の)京郷新聞の記事「イ・ソンヒなど平壌へ行く歌手たちがチョー・ヨンピル(所属の)企画会社で合同練習... 」(3/28)は次のように報じている。
(イ・ソンヒ関連抜粋)

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの4月予定”)

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・4月に平壌公演へ行く(韓国芸術)団が、28日、ソウル瑞草洞のチョー・ヨンピルの企画会社YPCプロダクションで合同練習を行なった。

・選曲が完了した彼ら(歌手たち)は、この日の午後5時30分ごろからリレーで練習をつないだ。

・(まず)イ・ソンヒが「Jへ(J에게)」と「美しい江山(아름다운 강산)」、「分かりたいです(알고 싶어요)」を歌って練習を開始した。
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2018年3月28日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」パンソリの歌い手

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/21)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、物語を歌と鼓で演じる「パンソリ」の歌い手についての話を紹介した。

始めに、朝鮮後期のパンソリの歌い手「権三得(권삼득)」(1772年~1841年)について次のように紹介された。
・朝鮮後期、パンソリの歌い手に「権三得」がいた。パンソリが卑しい芸とされた時代、地方の両斑の子息で、元々勉学に興味がなかった彼が歌い手になるのは不名誉なことだった。棒で叩かれる笞刑を受け、どうせ死ぬなら最後に好きなだけ歌を歌わせて欲しいと歌った声が美しく追放に減じられた。名唱として、動きの様の表現や独特の唱法で知られる。今もその歌い方をする際、彼を明示する。

▼ 「興甫歌」から、意地悪ノルボが「燕をだまし取ろうとする場面(제비 후리러 가는 대목)」を聴く。テンション高く。

次に、朝鮮後期のパンソリの歌い手「宋興録(송흥록)」(1801年〜1863年)について次のように紹介された。
・朝鮮後期、パンソリの歌い手「宋興録」は、歌王と言われた。若い頃、宴会で歌を歌ったところ、皆が誉める中で、妓生の「孟烈(맹렬)」は気が乗らぬ表情をした。歌は上手いが、まだ十分でないという彼女の言葉に傷ついた彼は、身を削る努力で練習に励んだ。結局二人は夫婦になる。生活は、穏やかなことばかりでない。ある日、孟烈は怒って家出した。宋興録は彼女を止めようとしつつも、歌が先に出た。別れを告げる哀切な歌声を聞いた彼女は戻ったという。この歌は南道雑歌に伝わる。

▼ 「南道雑歌 興打令(남도잡가 흥타령)」を聴く。人恋しく。

最後に、近代のパンソリの歌い手「林芳蔚(임방울)」(1904年~1961年)について次のように紹介された。
・(「春香歌」の)「スクテモリ(쑥대머리)」で一躍スターになった、林芳蔚は一時、歌を止めて、「珊瑚珠(산호주)」と暮らし始めた。2年ほどしたある日、自分の声が以前のようでないと思った彼は、歌の練習に励むため、何も言わず彼女の元を去った。彼女は病になり、死ぬ間際に彼を訪ねたが、彼は会おうとしなかった。彼が珊瑚珠を訪ねたときには亡くなっていた。彼女を抱いて歌った曲が「思い出(추억)」という。

▼ <珊瑚珠が亡くなった悲しみの中で歌った>という曲「思い出」を聴く。今様に。

2018年3月27日火曜日

(雑談)ミニ飛行機 「私は決して後悔しない」

飛行機好き。近くに? ローカル飛行場があり、毎日、上空を小型機や近距離旅客機が旋回しているのが見える。雑誌で楽しめるのは、大型旅客機の情報(月刊「AIRLINE」)だが、もっと楽しみたいとYoutubeを探す。

(本ブログ関連:”飛行機”)

ジェットエンジンにマイクロエンジンがあって、模型飛行機に使われている。それをもう少し大きくしたら、(人が搭乗して)飛べるんじゃないのということで作ってしまった飛行機がある。次のYoutube映像がそれだ。これくらいの大きさだと、RC(ラジコン)模型機で作ってしまうほどのもの・・・、それに人間を乗せているといった感じだ。果たして、商用化しているのだろうか気になる。というより、買う人がいるのかな。

画面に流れる音楽がいい。シャンソンの「水に流して」(Non, je ne regrette rien) だが、原意は「私は決して後悔しない」だそうだ。そう、飛んでしまったら、後戻りできないのだから。

(Colomban Cri-cri: MC-15 Cri-Cri Jet、PBS Velka Bites TJ20A ターボジェットエンジン)

(Youtubeに登録のPov khmer movieに感謝)

2018年3月26日月曜日

公園の花見

春の心地よい陽射しに誘われて花見に行った。「彼岸開け」の一昨日(3/24)、合わせて東京の「桜の満開」が発表された。ならばと、桜で有名な地元公園へ遊びに出かけた次第。

たしか今日は月曜日、平日のはず。それなのに公園は、いつもの日曜日並の混みようだった。そうか、子どもたちや家族連れが多いのは、今日から「春休み」に入ったからだろう。

たてもの園前広場は、満開の桜に囲まれていた。「彼岸開け」の更に前日(3/23)に見た桜は、蕾を膨らませていただけだったのに。あっというまに満開になって、写真のような賑やかさだ。

公園の「桜まつり」は、3/31、4/1に予定されている。その日までもつか気になるほど、満開が早過ぎる・・・きっと誰もがそう思って、早めに出かけて来たのだろう。花の宴は、桜の花の下、いたるところで開かれていた。

そして、広場の子どもたちは、元気に春風と一緒に球遊びに興じていた。

(速報)イ・ソンヒ 「80~90年代男性歌手リメイクアルバム」予定

そろそろ欲しいなと思っていたイ・ソンヒの新しいアルバムが6月発売予定と、スポーツソウルの記事「「単独] 女性歌王イ・ソンヒ、デビュー34年ぶり初のリメイクアルバム 6月発売」(3/26、イ・ジソク記者)は、次のように報じている。

リメイク曲の対象が、80~90年代の男性歌手の歌とのこと。当時の世相を経験した、かつての若者たちと懐旧を深めるのか、あるいは一層の共感をはかるのか、選択曲目に関心がもたれる。

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・「女性歌王」イ・ソンヒが、80~90年代の男性歌手が歌った歌をリメークする。

・男性歌手たちの歌中心に4曲ほどを選曲したことが分かった。イ・ソンヒがリメイク曲だけで満たしたアルバムを出すのは、今回デビュー後初めてだ。アルバムは、6月頃公開される予定である。

・イ・ソンヒは、他の歌手の歌を歌うたび大きな反響を得てきた。彼女の代表曲の一つである「美しい江山(아름다운 강산)」は、原作者シン・ジュンヒョンの原曲と同じくらい大きな支持(愛)を受けた。2014年8月、JTBCの「本物は誰だ HIDDEN SINGER シーズン3」で、イム・チャンジョンと「焼酎一杯(소주 한잔)」をデュエット曲として歌ったときは原曲者を涙させるほどの感動をプレゼントした。2016年のSBS 「ファンタスティック デュオ」でも大きな話題を集めた。
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他紙に、情報を読み違えているものがあった。所属事務所のニュースリリースを誤読したのか、記者の記憶が曖昧だったのかと思われる。

2018年3月25日日曜日

イ・ソンヒの「歳月は流れても」

イ・ソンヒの直近最大のイベントといえば、政府肝いりの韓国芸術団の中心歌手として、今月31日から来月3日、平壌のコンサート舞台に立つことだろう。韓国の歌手たちが何を歌うか、その選曲予想が新聞記事になっている。

イ・ソンヒの場合、先日の平昌冬季五輪に来韓した、北側芸術団の音楽コンサートで、イ・ソンヒのデビュー曲「Jへ」が歌われたことから、同曲を平壌で歌うだろうと第一に挙げられている。次に予想されているのが、韓国の国民歌謡とでもいうべき、「美しい江山(아름다운 강산)」(シン・ジュンヒョン、最初の発表は1972年という)だ。同曲は、発表当時、健全歌謡を求められた世相に対するアンチテーゼだったともいわれている・・・。

(本ブログ関連:”美しい江山”)

「美しい江山」は、イ・ソンヒが本歌取りして、彼女のアルバム4集の代表曲になる。これについては本ブログで何度も触れた。そこで、同アルバムに並ぶ「歳月は流れても(세월은 흘러도)」(作詞・作曲 ユン・テヨン、1988年)を聴いてみよう。大衆歌謡評論家によれば、ヒットこそしなかったものの懐かしく平易な旋律が好ましいという。なるほど、古めかしさが心地よい。

(本ブログ関連:”歳月は流れても”)


歳月は流れても  私たちの心は
忘れられたその街に  残っています

歳月は流れても  私たちの愛は
散ったその時間に  残っているわよ
*
その昔の記憶を  たどってみましょう
忘れられたその街を  歩いてみましょう

その昔は夢のように  散ってしまった
その時間はどこにあるのか  探してみましょう

歳月は流れても  思い出は残っている
忘れようとすればするほど  思い出します

(*以下繰り返し)

忘れようとすればするほど  思い出します


(Youtubeに登録のJ-GODに感謝)

春に冷や水、夏に逃げ水

来週から教室が始まる。怠け者の性分のため、今まで準備に余念が無いなんてことは一度だってあったためしがない。それに、これまで学んだことをあっさり揮発させている。

年寄りの「冷や水」というか、まわりに迷惑かけつつ、今春も何とかやろうとするのは、一種健康のためといっていいかもしれない。そんな我がままを許容してくださる良き師、良きクラスメイトに感謝しつつ。

成果については、真夏に発生する「逃げ水」の如し。遠く見えるものの、たどり着けば何もない。歩いている実感だけする。それで十分ではないかと思い至った次第。

来週月曜から「韓国語教室」が始まる。イ・ソンヒさんのコンサートに行くため、彼女の歌詞も知りたいという動機からだった。だが、低空周回飛行を続けて幾星霜、イ・ソンヒさんというせっかくの上昇気流をとらえきれずにいる。悪女の深情けならぬ、悪爺の深情けであることをもちろん自覚している。

来週木曜日から始まる「イディッシュ語教室」は、まだ始めたばかりといってよい。子どものころ、自転車で知らない街を巡るのが好きだった。そんな好奇心というか冒険心を再び体験したくチャレンジした。ヘブライ文字がおもしろく、かなりドイツ語風でありながら、ユダヤ文化を楽しめる味わい深い教室だ。

あと一週間しかない。予習は大丈夫か。全然。

2018年3月24日土曜日

春の「彼岸の明け」

一年を寒暖に二分する「春分の日」と「秋分の日」を中心に、それぞれ、前後3日、計7日間の「彼岸」があり、始点の「彼岸の入り」に対して終点を「彼岸の明け」という。仏事につながる期間だが、各家の私的な行ないといった方がよい。

(本ブログ関連:”彼岸明け”)

むしろ世間は、桜の満開がもっぱらの話題。tenki.jpのサイト記事「東京 桜満開 過去3位の早さ」(3/24)は、東京の気象台による桜の満開発表について次のように報じている。(抜粋)
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東京管区気象台は、24日午前10時過ぎ、(靖国神社の標本木の)桜(ソメイヨシノ)の満開を発表しました。平年より10日早く、昨年より9日早い満開です。東京の満開は1953年の統計開始以来、2002年の3月21日、2013年の3月22日に次ぐ3位の早さです。今年は3月17日に開花後、7日で満開を迎えました。
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驚きは、開花宣言後、7日*で満開を迎えたことだ。地元の公園の桜は、昨日の散歩で見た限り芽吹き程度と感じたが、明日もう一度訪れて確認してみよう。というのも、今日、近所の並木道で見た桜が、思いのほか花開いていたからだ。

(*)開花から満開までの期間: ネットで確認したところ、平均1週間(7日)程度とのこと。驚くことでもなかった。ちなみに、Wikipediaを見ると、東京の開花平年日3/25、満開平年日4/2とのことで、その間、9日間になるが。

桜の高く覆う並木道は脇道のため、余り人目に付かない。道の真ん中に立って、仰ぐようにして写真を撮ったものの、空模様が今一のため地味にしか写っていなかった。春爛漫の桜をめでるには、青空との対比が欲しい。もう一度機会を得たい。

2018年3月23日金曜日

公園の桜

空気は流体、連続して流れる。だから天候はアナログに変化する。なのに今朝、昨日をすっかり忘れる穏やかさ。天気予報で、昨年と比べた説明をされると、新鮮な思いで聞いてしまう。昨日はおぼろに、昨年はすっかり忘れている。

穏やかな日和、地元の公園に出かけた。平日昼間のせいか、幼稚園・保育園児の集団、幼児を連れの家族、そして老人グループが広場のあちこちに点在して、のんびり陽射しを浴びている。なかでも愉快なのは、ゴム製?の膨らみでできた「フワフワドーム」の上で、幼児が集団で飛び跳ねている光景だ。一種のトランポリンである。

公園の梅はすっかり花を散らして、その替わりの桜は数本咲いているだけ。大方の桜は芽を膨らませている段階だ。

(本ブログ関連:”桜”)

唯一といってよい満開の桜があった。写真の桜、品種を「淡墨桜(うすずみざくら)」という。樹下に説明板があり、<散りぎわに淡い墨色を帯びる・・・> とある。

満開の今、全体に白い花弁が青空に映える。いわゆる桜色の薄いピンクというより、白色が強い。その分あっさりして、広場にポツンと立っている理由が分かるような気がする。「染井吉野」と釣り合いが取れないのかもしれない。

(「小金井公園ガイド」に色彩の変化について解説がある。感謝)

そんな公園にも探せば、コブシの白色、サンシュユの黄色、ミツマタの黄金色を見つけることができる。寒さを感ぜず、のんびり散策できたのはありがたかった。

2018年3月22日木曜日

(雑談)聞き間違え

聞き間違えは、語彙不足の子どものころ、ラジオを聞く中で身につけたようだ。例えば、台風などの災害時、鉄道がマヒしたりして、「ふつう」になったと報道されると、てっきり「普通」の意と思った。速い汽車でも各駅停車になるくらいの災害だと。

あるいは、ニュースで「あらて」といった犯罪の解説を聞いて、「荒手」のことと思った。犯罪は荒々しいものだから、強面のイメージに結びついたようだ。ラジオで育ったせいか、文字まで思いがいたらなかった。テレビの場合は、映像に字幕が出るわけで、そうそう間違えるわけにはいかない。

最近でも、「なりすまし」といった言葉を、嘘をつきながら平然と「成り澄まし」ているといったイメージがする。思い込みが加わった聞き違えだろう。(市から送られてくる「安全メール」に、いろいろと注意喚起するものがある)

「ろうがい」という言葉も気になる。齢を重ねると、自身が「老害」になっていないか、そろそろ気にしなければならない・・・そんな自覚が芽生えている。ところが、もうひとつ「ろうがい」がある。まさに死語になりつつある「労咳」だ。古い話だが、結核患者が出た家の前を、昔の子どもたちは手で口を押さえて走り抜けたという。私にとっては、「労咳」よりも「老害」の方を気にしなければならないだろう。

2018年3月21日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」切ない別れの歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/14)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、韓国に伝わる切ない別れの歌についての話を紹介した。

始めに、最も古い歌といわれる「公無渡河歌(공무도하가)」と、「霍里子高(곽리자고)」と彼の妻「麗玉(여옥)」について次のように紹介された。
・古朝鮮の代、2000年ほど昔の作という最古の歌、「公無渡河歌」がある。ある日、「霍里子高」は川辺で不思議な光景を目にする。白髪の狂夫が酒入りのひさごを持って川に飛び込もうとするのを、妻が駆けつけて静止するが、男は溺れる。妻は、夫への歌を一曲歌い川に入る。霍里子高が、妻「麗玉」にそれを伝えると、麗玉は深く悲しみ、入水した女性の歌を歌ったという。切ない歌に、涙しない人はなかったと言われる。

▼ 「公無渡河歌」を元にした今様の歌と演奏を聴く。ドラマチックに厳かに、今様に。

次に、公無渡河歌に触れた中国の書「琴操」と「上院寺(상원사)」の銅鐘に描かれた弦楽器「箜篌(くご、공후)」について次のように紹介された。
・公無渡河歌は、長い歳月に音曲は失われたが、内容は中国の書「琴操」に記録された。同書は、琴で演奏する歌や音楽を記した一種の歌の本だ。公無渡河歌は、ハープに似た弦を弾いて音を出す弦楽器「箜篌」で演奏して歌った。箜篌にはいくつか種類があった。新羅時代創建の「上院寺」の銅鐘に、箜篌と日本の笙とよく似た楽器「笙簧(センファン、생황)を奏する奏楽飛天が美しく描かれている。
・昔、人が死ぬと魂が蝶になると信じられた。公無渡河歌の、川に飛び込んだ男と妻も蝶になったろうか。箜篌の奏法は忘れ去られ、楽器だけ伝わった。最近、何人かのミュージシャンが楽器を改造して奏法を工夫し、新しい音楽を披露している。

▼ 箜篌の演奏で「蝶になって(나비가 되어)」を聴く。親しみやすい旋律で、今様に。

最後に、「金素月(김소월)」の詩「ツツジの花(진달래꽃)」について次のように紹介された。
・花が咲くころ、「金素月」の詩「ツツジの花」(1925年)が浮かぶ。切ない別れをツツジの花と一緒に描いた作品だ。

▼ 「ツツジの花」の詩を歌にした歌を聴く。語るように素朴に、今様に。