▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2015年4月17日金曜日

稲荷神社、桜、鳥居、狐像

春らしい暖かな昼下がり、しばらく滞在した図書館から外へ出て驚いた。建物の周り、明るい日向が雨に濡れていたのだ。午後のひととき降るという天気予報の通りだった。

建物の中で全く気付かなかった。雨空特有の明かりを落とす気配もなかったし、窓から入る明りに変化もなかった。それほど明るい中での雨だったのだ。もしかすると、「天気雨」だったのかもしれない。

(本ブログ関連:”天気雨(狐の嫁入り)”、”稲荷”)

図書館に隣接する、西陽を受けた稲荷神社の八重の桜花は、薄紅色を冴え渡らせ、赤い鳥居を引き立たせるように咲き、境内全体を覆っていた。

引き寄せられるように、稲荷神社へ行くと、神社入り口に、若者が立ち、桜花の下の光景をカメラに収めていた。さっきの雨が誘ったようだ。

西日が、境内の色彩を際立たせる。薄紅色の桜の花は、光を受けて膨らみを増し、赤い鳥居は艶ややに輝く。石の狐は、色彩に溺れることなく、何か見定めているようにさえ思えた。正直、稲荷神社の狐像と視線を合わせるのは力がいることだが。

いつも、狐像を撮るのは遠慮していた。今回、春爛漫をともにしたく、境内横手からうかがうようにして、桜、鳥居、そして狐像を合わせて撮影させていただいた。

2015年4月16日木曜日

(資料)イ・ソンヒ「因縁」 女子十二楽坊との協演

イ・ソンヒの13集に所収の名曲「因縁(인연)」(2005年)は、韓国ギャラップの調査「愛唱曲 2004-2014比較」(調査時期2014年10月2日~29日、全国満13才以上男女、1,700人面接調査)に見られるように、韓国大衆から愛唱曲として第7位の支持を集めている。様々な試行を踏まえて、東洋的感性を結晶化した曲である。

(本ブログ関連:”因縁”)

イ・ソンヒは、「因縁」を中国の伝統楽器演奏グループ「女子十二楽坊」と協演したことがある。その舞台責任者だった、「ショー演出の大物」といわれた・・・という、チン・ピルホン前KBS局長が逝去した記事があった。同氏とその他著名な芸能人と、例えば、チョー・ヨンピルとの関わりについて記事にされている。

ここでは、デイリー韓国の記事「逝去したチン・ピルホン前局長、歌手イ・ソンヒとの格別の気息『再照明』」(4/16、イシューチーム)にある、前局長とイ・ソンヒとの縁(=因縁)について記す。
------------------------------------------------
「チン・ピルホン」

「伝説の芸能PD」、チン・ピルホン前KBS局長が逝去した中、彼と歌手イ・ソンヒとの縁(=因縁)も再照明(=ものごとの価値を再び探り出す)されている。

過去、チン・ピルホンPDは、イ・ソンヒと女子十二楽坊の協演舞台の総責任を引き受けたことがある。

当時、イ・ソンヒは映画「王の男」でオリジナル・サウンド・トラック(=OST)の収録曲だった「因縁」を歌い、これに合わせて「女子十二楽坊」が中国伝統楽器の演奏をリリースした。

チンPDは、これについてある媒体とのインタビューで、「桜の花が満開の春の感じを生かすために、舞台の装飾を満開の花を象徴するデザインにした。春の陽射しのスターたちの華やかな大きな祭りになることだろう」と伝えた。

(以下ネチズンの反応について略)
------------------------------------------------

(Youtubeに登録のjaysbar4uに感謝)

2015年4月15日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 皐皐天邊ほか

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/8)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第100回として、パンソリ「水宮歌(수궁가)」のカメやウサギの経験にまつわる3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”水宮歌”)

始めに、初めての経験の感動を、パンソリ「水宮歌」で、陸を初めて見た亀を元に次のように紹介された。
・旅は新しい世界を経験する期待感がある反面、金と体力を使い大変な思いをする。ちなみに経験として、リンゴをよく知るにはどうすれば良いか。美しい絵や映像を見たり、栽培法を説明した本を読むことでできるが、一口味わってこそ知ることがある。
・ウサギの肝を巡るパンソリの「水宮歌」に、カメが初めて海を出て、陸地を経験する場面がある。太陽が昇り、その日差しが静かな漁村を照らす。海中の景色しか知らないカメがどう感じたか、その感動は、人が宇宙を経験するようなものだろう。

▼ 初めて見る景色を歌う「皐皐天邊(고고천변)」をカヤグム弾き語りで聴く。軽快な伴奏・・・音楽的に継承して。

次に、誰がどこに座るか、動物たちの世界で「上座争い(상좌다툼)」する話について次のように紹介された。
・旅の魅力は、色々な人と出会えることだ。新しい景色も良いが、時がたてば感動は薄れる。でも旅先で会った人々の思い出は長く記憶に残る。
・陸に上がったカメは様々な動物と出会う。その日はちょうど年に一度の動物の祭りだった。神話の麒麟や獅子、猿、リスやウサギなどみな集まった。昔も今も、誰がどこに座るかが大事な問題だ。自分が年上だと、お互いに上座に座りたがる。年長者を高める韓国の風習が、動物にも当てはまった。

▼ 「水宮歌」から動物らの「上座争い」の歌を聴く。海であれ陸であれ、いずこも見栄の張り合いということか。正調。

最後に、違う文化の出会いを、「ウサギの物語り(토끼 이야기)」について次のように紹介された。
・違う文化圏に生まれ育った人々の出会いには色々な妨げがある。言語だけでなく文化的背景も違うからだ。会話の内容も、違う意味で解釈されることもある。前向きに考えすぎて、騙されることもあるかもしれない。
・ウサギの肝を騙し取ろうとする「水宮歌」の話。ウサギの肝を探してくるように命じられたカメは、ウサギをおびき出す。官職に就けると言われたウサギは、意気揚々海中に入るが、待っていたのは、肝を狙う兵士たちだった。王の薬にウサギの肝が必要だったのだ。ウサギは自分が騙されたのと同じように、今度は王を騙して仕返しし、やっとのことで命を救う。

▼ 出会いをサムルノリと歌で表現した「ウサギの物語り」を聴く。何ぜ・・・今様である。

(付記)
私のカウントで今回で、たしか100回目になる・・・でも、番組のリストを見ると、201回目?になるよう。どこかで大きなカウントミスをしてしまっているのか・・・今頃になっていうのも憚るが。次回から、番組回数の付記をひかえます。

2015年4月14日火曜日

(資料)岡本綺堂「中国怪奇小説集-酉陽雑爼(唐)」の九尾狐

青空文庫に岡本綺堂の「中国怪奇小説集-酉陽雑爼(唐)」に、「九尾狐」の項があって、その超越する力について次のように記している。日本の九尾狐の妖艶な化身というより、隠し持った妖気の強さを知ることになる。

(本ブログ関連:”九尾狐”)

「中国怪奇小説集」で、「酉陽雑俎」について次のように説明している。「この作者は唐の段成式であります。彼は臨淄の人で、字を柯古といい、父の文昌が校書郎を勤めていた関係で、若いときから奇編秘籍を多く読破して、博覧のきこえの高い人物でありました。官は太常外卿に至りまして、その著作は『酉陽雑爼』(正編二十巻、続集十巻)をもって知られて居ります」
-------------------------------------------------------
 むかしの説に、野狐の名は紫狐といい、夜陰に尾を撃つと、火を発する。怪しい事をしようとする前には、かならず髑髏をかしらに戴いて北斗星を拝し、その髑髏が墜ちなければ、化けて人となると言い伝えられている。

 劉元鼎が蔡州を治めているとき、新破の倉場に狐があばれて困るので、劉は捕吏をつかわして狐を生け捕らせ、毎日それを毬場へ放して、犬に逐わせるのを楽しみとしていた。こうして年を経るうちに、百数頭を捕殺した。

 後に一頭の疥のある狐を捕えて、例のごとく五、六頭の犬を放したが、犬はあえて追い迫らない。狐も平気で逃げようともしない。不思議に思って大将の家の猟狗を連れて来た。監軍もまた自慢の巨犬を牽いて来たが、どの犬も耳を垂れて唯その狐を取り巻いているばかりである。暫くすると、狐は跳って役所の建物に入り、さらに脱け出して城の墻に登って、その姿は見えなくなった。

 劉はその以来、狐を捕らせない事にした。道士の術のうちに天狐の法というのがある。天狐は九尾で金色で、日月宮に使役されているのであるという。
-------------------------------------------------------

先日のブログ((資料) 那須野の殺生石)で、古に「犬追物」という、囲いのなかで犬を射る式法の話しを記したが、その由縁は九尾狐を射落としたことにある。犬と狐が登場するのは因果かもしれない。とはいえ、狐の霊力は高く、犬を凌駕することになる。

また、物語りに「疥のある狐」が登場するが、稲荷に笠森盛稲荷がある。同稲荷は、「瘡守(かさもり)に通じて、瘡平癒から、皮膚病、梅毒に至るまで霊験ある」(Wikipedia)とのこと。近在の稲荷も、江戸期に川崎宿から参りに来たという。

極にあるものは、その対極に変身する底知れぬ霊力を宿しているのかもしれない。

2015年4月13日月曜日

キム・ヒジン「花の指輪さして」

美しいフォーク曲がある。今は、済州出身の歌手キム・ヒジンの澄んだ優しい歌声で聞くことができる。彼女と同郷の歌手ウニ(キム・ウニ)の「花の指輪さして(꽃반지 끼고)」だ。本ブログで何度か触れているが、残念ながらCDを入手できないでいる。

(本ブログ関連:”キム・ヒジン”)

花の指輪は、いつまでも遡れる言葉だ。幼い頃の花摘みであり、若い二人のぎこちない触れ合いである。イ・ソンヒの歌「You(ヨン)」にも、この言葉がある。こちらはめっぽう明るく突き抜けている。どちらであれ、大事にしたい思い出でもある。

「花の指輪さして」

思い出される その小道
あなたが 作った 花の指輪さして
優しく 手を取り 歩いた 小道が
今では 去ってしまった 美しい 思い出
(トゥルルル~ルルルル~ルルルル)

思い出される その浜辺
あなたと 二人で積んだ砂の城
波頭が寄せた その浜辺も
今では 去ってしまった 美しい 思い出
(トゥルルル~ルルルル~ルルルル)

あなたが 作った 花の指輪
さびしい 夜なら 胸に抱いて
あなたを しのぶ 昔が思い出され
あなたは 遠い 夜空の あの星
(トゥルルル~ルルルル~ルルルル)
あの 星

(Youtubeに登録のsamuel teに感謝)

(付記)
最近、どこか身近な感じする、ちょっとぽっちゃり顔の女性に人気あるようだ。日本のことだが、NTVの水卜麻美アナウンサーとか、NHK渡辺蘭気象予報士とか・・・あっ、もしかしたら私だけの見解かもしれませんが。

2015年4月12日日曜日

西王母

浮世絵に関心があるわけでなく、まして肉筆画に興味が向いたこともない。ただ、ネットのニュースで、江戸中期の浮世絵師、喜多川歌麿(宝暦3年・1753年頃~文化3年・1806年)の手になる中国の仙女「西王母」の肉筆画が発見されたそうだ。

西王母については、例によって、イ・ソンヒの名に「仙」があること→仙界→「山海経」つながりである。

(本ブログ関連:”西王母”、”山海経”)

どんな絵かとネットに探してみれば、浮世絵らしからぬ中国風の色調で、やや面長な(この辺りが浮世絵風か)若い女性のねじるような立ち姿で、いかにも中国の古い衣装を流れるような筆致で描いている。奥にある腰高な卓上に桃が置かれているようだが・・・保存状態のためか古色に滲んでいる。

女性はいい、悪の化身といえど、最後には慈母的な要素が与えられる。鬼子母神にしてしかりである。きっと、物語り作者が捨て置けず少しずつ和らげていったのだろう。桃(=命)を手にするとき、子を抱き上げるとき、生命に直接つながる力を持つだけに視線を変えてしまったようだ。

ところで、この「西王母」の絵は、美術展「肉筆浮世絵-美の競艶 ~浮世絵師が描いた江戸美人100選~」で見ることができる。

美術展巡回スケジュール
【大阪展】 2015年4月14日(火)~6月21日(日)  大阪市立美術館
【長野展】 2015年7月11日(土)~10月13日(火) 北斎館(予定)
【東京展】 2015年11月20日(金)~2016年1月17日(日) 上野の森美術館

今年遅く東京でも開かれるので行ってみたい。

2015年4月11日土曜日

バランスボール

バランスといっても綱渡りのウォーカーでもスコアカードでもない。塩化ビニール製のボールである。体操教室でよく使用しているので、わが家でも同じものを求めて使っている。

(安全のため、品質にはくれぐれもご注意を!)

教室では、固い体を延ばすように、真面目にボールを利用している。一方、家では、それを思い出したように万分の一ほど使っている。気迫不足のためか、もっぱらボールに乗って、ぼんやり体を揺ら揺らしている・・・ばかり。

でも、背筋がしゃきっとする効用に気付き、もう一つ大きなサイズのものをお願いした。今、それに乗りながら、このブログを作成しているところだ。

朝起きたばかりのテレビ視聴用(φ55cm)とパソコン作業用(φ65cm)の2種類となった・・・実は、もう一つあって、手毬サイズ(φ26cm)の小さなものだ。これは、椅子に坐るとき、腰上側の背中と、椅子の背の間に置いて、体が前屈みにならないようにしている。意識付けにけっこう最適。

そんなわけで、体幹がぐっと伸びてきたような・・・気がする。

問題は、決まった時間、決まった回数をきちんとこなすことだ。いつでもできると、置いておくだけにならないようにしたい。


(追記1)
テレビのコメンテーターが言っていた。アメリカの野球選手(二塁手)は、ゴロを低い位置ですくい上げ、体をひねって一塁に送球できる。彼らの肩甲骨が、日本人に比べて動きやすいからだというのだ。だから、アメリカ人に肩こりがない・・・だそうだ。

(追記2)
体操教室の先生の話。歳寄りの猫背は、両肩甲骨間の筋肉の衰え。肩甲骨を背骨に寄せるような運動を勧められた。生徒仲間は家でやっているかな。私は思い出したようにしている。

2015年4月10日金曜日

(資料) 那須野の殺生石

イ・ソンヒが、愛弟子イ・スンギ主演のSBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来、九尾狐や稲荷など狐に関する故事を巡っている。

国立国会図書館のデジタルコレクションに、大正11年出版の「奇蹟ものがたり:行脚しらべ」(物集高見(もずめ たかみ)著、雄文堂, 1922年)がある。いきなり、採集話しに始まって終わる(序文も解説もない)体裁の一般向け奇談集だ。その中で、「那須野の殺生石」があり、帝(=鳥羽上皇)を迷わした九尾狐(=玉藻前)の話が次のように語られている。
なお、著者物集高見は、東京帝大教授を退官後、「在野の学者として研究に没頭し、貧窮の中で全国を行脚して約5万冊の書物を集め、さらにその総てを読破した」(Wikipedia)とある。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”殺生石”、”安倍晴明”、”国立国会図書館”)
--------------------------------------------------------
「那須野の殺生石」

久寿元年(=1154年)近衛院の御宇、仙洞に一人の美女出現し玉藻と云ふやがて后となりて帝を悩したり。宮中の御騒ぎ一方ならず、投薬看護をさをさ怠りなかりしも、御悩は日々重らせ給ふのみ。依って典薬頭を召して御尋ねありけるに、御悩は御邪気に渡らせ給ふ由申上げたり。さらば陰陽頭を召せとて安倍泰成(=安倍晴明)を呼ばれたるに、泰成は急ぎ御祈祷然るべしと言上に及びたり。何故かと公卿大臣等より御尋ねありければ、さればにて候。これは日頃御寵愛なる玉藻の所為にて候玉藻前は下野国那須野(=栃木県)に住める金毛九尾の狐にて、決して人間にあらず。此の狐昔唐土にては殷の時至の后姐巳(=だっき)となり、玄宗皇帝の時には楊貴妃となり、常に美貌を装ひ、君を迷はし徳を敗り国を傾く。今や又我が朝に渡りて君を悩まし奉るなり。ゆめ御油断あるべからずと憚る所なく申上げたれば、さらばとて泰成に太山府君奉祭御幣の役目仰せ付けられければ、勅命なれば辞むに由なく御受けせり。泰成彼の玉藻前に天神地袛の幣帛をもたせ、祭文を読み立てたれば忽ち御幣を捨て原の狐となって逃げ失せたり。これが為め、君の御悩は立所に平癒しければ御感斜ならず。泰成は世にも稀なる面目を施したり。

其の後三浦介(=義明)上総介(=広常)の両将に対し、那須野狩の院宣ありければ、勅命背き難く、那須野に行きて狩しけるが、名におふ狐の事とて、天に翔り地を走ることさながら神変なり。然し此方も亦東国屈指の名将、争で獣に引けを取るべき、遂に狐を狩取って上洛す。

院には御感の余り、那須野にて狩りし時の装束を着け、当時の有様を模し見せよとの御諚ありて、赤犬一疋出されたり。依って勅に従ひ其の射止めたる模様を御覧に入れければ、実に弓矢の秘術なりと御賞めあり、其の式法を犬追物と名け後永く行はれたり。

又此の狐腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利ありたれば、これを院に献じ奉りたり、猶額にありたる白玉はこれを三浦介に、尾の先にありたる二つの針の中其の一つは上総介に賜ひ、狐をば宇治宝蔵に納められけり。那須の殺生石は即ち此の狐の霊を祀りたるものなり。
--------------------------------------------------------

上記の最後にある、後日談として、狐の「腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利あり」、「額にありたる白玉」、「尾の先にありたる二つの針」など知らなかった。

物語は、モデルとなった皇后美福門院(藤原得子)の美貌に対する嫉妬、寵愛による権勢の確執など背景にあったといわれるが、下野国那須野が登場するのなぜだろうか。

2015年4月9日木曜日

イ・ソンヒの「共存」

イ・ソンヒにとって90年代は、国楽の伝統や同時代の音楽語法などを取り入れたりした、大衆を再獲得するための模索の時代だったという。

(本ブログ関連:”(資料)レジェンド・プロファイル16弾-イ・ソンヒ”)

とはいえ、その時代の空気を直接知らない彼方のファンにとっては、彼女の美しい旋律に接する幸いがある。イ・ソンヒの11集所収の「공존(共存)」(1998年、チョ・ウンヒ作詞、イ・ソンヒ作曲)は、今の若者の耳にどう聞こえるか知らないが、静かな感動を与えてくれる。ある意味ドラマチックである。つい彼女の人生を重ね合わせてしまう・・・考え過ぎかな。

(本ブログ関連:”共存(공존)”)


「共存(공존)」

旅は終わったの、私たちの愛も
戻るには、あまりにも遠い 道に旅立ったわ
夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の、愛は過ぎても 思い出は残って

*私のそばに止まった風、私の中にあふれた陽射し
いつか、傍(そば)を通り過ぎていくでしょう
永遠(とは)に私は見れなくとも

一つになれなかった、世界が嫌(いや)になっても
恋しい、私の心の根は
いつも貴方に向いて深いから

(*)以下繰り返し

夜空の星のように、胸に積もる
一瞬の愛は過ぎても、思い出は残ったわ
う~ん

(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2015年4月8日水曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 花柳東風

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/1)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第99回として、春を示す歌3曲を紹介した。

始めに、春の気候は毎年似ていながら、初めて迎えるような気まぐれさがあるという詩を次のように紹介された。
・春の訪れと共に衣替えの時期、人々の服装も軽くなるが、花冷えは突然くる。大陸からの黄砂や、霧が立ち込める日もある。見当がつかぬ天気だ。そんな頃、突然花開く4月になる。中国宋代の詩*に、気まぐれな春の天気を歌ったものがある。
   岸草不知縁底緑     川沿いの草がどうして緑なのか知らない
   山花試問爲誰紅     山に咲く花は誰のために紅いのだろうか
   元造本來惟寂寞     自然を造った神はじっとしているのに
   年年多事是春風     毎年の春風は何と仰々しいのだろう

(*)「張渠(장거)」作と韓国のネットにあるが、日本のネットで見つけられない・・・。

▼ 花と柳と春風を指す演奏「花柳東風(화류동풍)」を聴く。花舞う春を描写する若いフュージョン国楽バンドの曲。

次に、別れに柳を折って渡した妓生の洪娘(홍랑)の詩について次のように紹介された。
・春に、凍り付いた地面と川が融け始めると、冬に留まっていた旅人は旅路につく。中に、別れの名残り惜しい人々もいた。芽ぐみはじめた柳の枝を折って別れの贈り物にした。船場でよく見かけるもので、折った枝がすぐ根を下ろすからだ。見送る者の心を供にさせてという意があった。
・昔、洪娘という妓生が作った、旅路につく恋人に柳を折って<窓の外に植えてください>(人爲試向庭前種)という詩が伝わっている。「柳」の字は「リュウ」と読み、留まるの「留」と同じ音読みする。旅立つ人に留まってほしい気持ちを込めて柳を送った。

▼ 京畿地域の民謡「別れの歌(이별가)」を聴く。別れの場面、随分と冷静で民謡らしさと違った趣すらする。

最後に、 京畿地域の曲、山打令(산타령)の「ノルリャン(놀량)」について次のように紹介された。
・春には、のどかな天気が気持ちを和ませる花見や遠足がある。それぞれ多様な人生があり、生き方がある。
・京畿地方に「ソンソリ(선소리)山打令」がある。「ソンソリ」は、立ったまま歌う意で、動詞の「立つ」(서다)と、「音」(소리)が一つになった言葉。「山打令」は山の打令(=音頭)。妓生が慎ましやかに座って歌うのと比べ、対照的な雰囲気で、歌い手は立ったまま小太鼓を奏したり、布を振り回して踊りながら歌う。山に行って遊ぼうという内容が多いことから「山打令」と言う。山打令は<山や川、草木が生い茂り、見ているだけでも楽しい>という歌詞の「ノルリャン」から始まる。

▼ 京畿地域の山打令から「ノルリャン」を聴く。いいな、掛け声(感嘆)も楽しそう・・・民謡らしい明るさ。

(付記)
今日は完全に冬支度に逆戻り。雨は冷たく重い・・・見た目には霙(みぞれ)と思わせた。本当の春はいつのことか・・・しばらく、ストーブから離れられない。

2015年4月7日火曜日

(雑談) デジタルなこと

デジタルについていけない。ネット上での人間関係がよく分からないためfacebookに全くノータッチだし、twitterには登録したものの囁(ささや)くこともないのでそのままだ。また、街に出てネットを覗くこともないので、スマフォもタブレットといったツールの必要性も感じない。どうしてもといえば、つまり時代に合わせるためなら、タブレットくらいだろうけど、で?何を見るのということになる。

外での通信手段はもっぱらガラケー(携帯端末)で、これで充分と思っている。そういえば、公衆電話を利用したことが最近ない。知人には、今も頑としてガラケーすら持とうとしない御仁もいるけれど。

タブレットを小学生に配る時代だそうだ。それを聞いて思い出すのは、学校で視聴覚機器とかCAIといったツールだ。いつも新しい指導方法を模索する教育者がいる。

昔、日立のBASICマスターというマイコン(=パソコン)で、カセットテープの音声とデータを同期してディスプレイを通じて学習する教育ソフトを作ったことがある。いわゆる機能試作的なものだ。感じたことがあった。それは、目の前に入ってくるまではデジタルだが、それが記憶となり定着するのは人間の頭の中の問題ということだ。

つまり、知識として実となるのは永遠の課題ということだろう。

近頃、「自炊」といって、既存の紙書籍を裁断し、スキャナーにかけpdf化する、電子書籍作りのようなことがある。Youtubeでそんな作業を紹介しているのを見ると、思い出すことがある。必要な書籍を買って「積んどく」だ。購入すれば安心というわけだ。あるいは、必要な資料を、コピー(ゼロックスすると言ったものだが)しておくと、それだけで知識化した気になる。

自炊には、積んどくやコピーに似たところがある。それより、私には書籍が裁断機にかけられる光景が耐えられない。

2015年4月6日月曜日

(資料) 昨年(2014年)のイ・ソンヒ所属事務所の業績

昨年2014年、イ・ソンヒは、<デビュー30周年>にあたり、15集アルバム「セレンディピティ(SERENDIPITY)」リリース、世宗文化会館および全国コンサートツアー*などにより、大衆の圧倒的な支持を受けた。

(*)コンサート規模は、「13都市27回公演で、デビュー30周年および15集発売記念の全国ツアーを全回ソールドアウトさせて、合計7万余のファンと会う大記録をたてることになった。」 ・・・ チケット代を仮に 10,000円とすると、7万×1万円=7億円 に相当。

また、韓国ギャラップの昨年についての調査から、歌手陣で圧倒的な上位人気を占めた結果を次のように知ることができる。

・(資料) 韓国ギャラップ「韓国人が最も好きな歌手2004-2014」、イ・ソンヒ2位!
・(資料) 2014年を輝かせた歌手 - イ・ソンヒ曲3位 ・・・ 「その中であなたに出会って(그 중에 그대를 만나)」(2014年)
・(資料) 韓国ギャラップ調査「愛唱曲 2004-2014比較」 ・・・「因縁(인연)」(2005年)

今回、彼女が所属する事務所「フックエンターテインメント(Hook엔터테인먼트)」の昨年業績が発表され、イ・ソンヒの貢献の大きさを示す結果となっている。マネートゥデイ記事「イ・ソンヒ コンサート ソールドアウトして..所属会社の利益が何と・・・フックエンター、昨年営業利益46.8億ウォン・・・前年比218.1%↑」(4/5、キム・ゴンウ記者)は、次のように報じている。

まさに、彼女の実力の賜物であり、彼女へのファンの変わらぬ支持を示す。
-------------------------------------------------
・イ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンの所属会社である「フックエンターテインメント」は、昨年の営業利益が218.1%増えたことが分かった。デビュー30周年を迎えたイ・ソンヒの活躍が、業績の上昇を牽引したと分析される。

・5日、金融監督院によれば、フックエンターテインメントは、昨年の売上高が159億3,500万ウォンで前年対比61.8%増加した。営業利益は、46億8,000万ウォンで218.1%増えた。

・去る2002年に設立されたフックエンターは、イ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンが所属している。イ・ソンヒのマネジャー出身である、クォン・ジンヨン代表が持分100%を保有している。

・フックエンターは、毎年100億~150億ウォンの売上高と、15億~16億ウォンの営業利益を着実に上げている。営業利益ネースでは、監査報告書が初めて報告された2011年以後最高実績だ。

・フックエンターの営業利益率は、29.3%だ。 11~14%水準であるSM、YGエンターテインメントなど大手事務所より収益構造が優れたわけだ*。所属アーティストであるイ・ソンヒ、イ・スンギ、イ・ソジンが皆安定した収益源であるためであると分析される。

(*)下記(参考)の昨年発表資料(2013年について)では、17~20%だったと推定される。2014年については、「11~14%水準」となったのだろうか?

・フックエンターは、所属アーティストの数が少なくて、年間人件費が4億~6億ウォンしか発生しない。また、収益配分比率も各種費用を差し引いた後、7対3の水準で合理的なものと見られる。

・特に、昨年実績は、デビュー30周年を迎えたイ・ソンヒの活躍が影響を及ぼしたものと観測される。イ・ソンヒは、昨年3月、デビュー30周年記念15集アルバム「セレンディピティ」を発表した。

・タイトル曲「その中であなたに出会って」は、イ・ソンヒだけの深い響きがあるという評価を受け、音源チャートをを制した。特に、13都市で開かれた全国コンサートは、27回全て全席売り切れを記録した。

・フックエンターは、所属会社とアーティスト間の、長年の間を共にして互いの信頼度が高い方である。イ・スンギは、年利子なしで所属事務所に、47億2,500万ウォンを貸していることが明らかになった。
-------------------------------------------------


(参考)
 昨年同時期に発表された資料 (今年発表資料は未確認):
中央日報「(2013年について)売り上げ急増の芸能企画会社、利益はYGが最も順調=韓国」(2014年4月10日)
-------------------------------------------------
・国内3大芸能企画会社であるSMエンターテインメント・YGエンターテインメント・JYPエンターテインメントの売上額が最近3年間で2倍になったことが分かった。9日、金融監督院の電子公示システムによれば
- SMの売上額は昨年(2013年)1,643億ウォン(約162憶円)で、2010年の864億ウォンから90.2%増だ。
- JYPも102億ウォンから178億ウォンへと74%増えた。
- YGは同期間に448億ウォンから2.4倍の1,057億ウォンに増えて、最初に1000億ウォン台を売り上げた。・・・

・売上額は急増したが営業利益・当期純利益はこれに及ばなかった。
- SMの営業利益は2010年から3年間で257億ウォンから346億ウォンに34.6%増えたが、同期間の当期純利益は244億ウォンから176億ウォンに27.9%減った。
- JYPもやはり営業利益が2010年には1億ウォンの黒字だったが、昨年まで3年連続で赤字を記録した。昨年の当期純損失は44億ウォンだった。
- YGだけが期間営業利益が111億ウォンから185億ウォンに66.7%増加し、当期純利益が83億ウォンから139億ウォンに67.5%増えた。
-------------------------------------------------


(参考)
エイベックス・グループ・ホールディングスの「平成26年3月期 決算短信〔日本基準〕(連結)」
- p.3に「音楽事業」について、平成25,26年度の売上高、営業利益など記載されている。

2015年4月5日日曜日

清明2015

きょうは、二十四節気の「清明(せいめい)」。雁が北を目指すという。いよいよ、春が顔をのぞかせて、すべてが清く活きいきする頃。ところが、花冷えも収まらず、気温も上下して、4月というに何だか寒い日曜日だ。・・・おまけに、今週、またも寒の戻りがあるという。

(本ブログ関連:”清明”)

1~3月を終えて、今年の四分の一を食ってしまったことに気付く。一年をリンゴの実に例えると、その大きさ、過ぎた速さにたじろぐ。PC横に日めくりカレンダーを置いたせいか。手を伸ばせばすぐに日めくりできる。カレンダーを日ごと剥がすたび、身を削る気がすることがある。

せっかくの休日を、「桜祭り」見物することなく、寒さが億劫で、出歩くこともなく、ストーブの暖を求めてしまった。一日ズルズルして、ズルズル終わりそう。

2015年4月4日土曜日

丹念熟成 バナナ

近所のスーパーで、バナナ味したクリームが中に詰まっている菓子パン「丹念熟成 バナナ」(神戸屋)を求める。いわゆる、製菓パンメーカーの(イチゴ)ジャムパンとかクリームパンと同形・同サイズの菓子パンだ。菓子パンで、細長のコッペパンに縦長に切り込みして、バナナ味のバタークリームを入れたものを食べたことはあるが、今回のような菓子パンスタイルのものは初めてだ。

(本ブログ関連:"バナナ")

結論からいえば、クリームパンのカスタードクリームがバナナ味になったようなもの。それ以外は、ジャムパンとかクリームパンと変わらない。どちらかといえば、学校のクラブ活動帰りの高校生たち向けといった感じで、パン生地の割合が多い。

バナナ味と風味は、あっさりしている。パンの袋に次のような記載がある。「クリームの中の黒い粒はバナナ由来ですので、安心してお召し上がりください」とのこと。果実のバナナを食べると、喉にイガイガ感がするが、このパンも同様だ・・・バナナ成分があるということ。

バナナ味の巡礼はまだ続く。


(付記)
今夕、一段と冷え込む。桜並木路の桜も枝振りがはっきりするほど。だいぶ散ったようだ。車がほとんど通らぬ所なので、路の中央を親子連れの自転車が通り過ぎるとき、小さな子どもが、「雪のようだね」という声が聞こえた。そう、辺り一面、桜の花びらが舞い散って薄く積もっていた。

2015年4月3日金曜日

イ・ソンヒとレスリー・チャン

時事ウィークの記事、「歌手イ・ソンヒ 『レスリー・チャン(張國榮)が直接、香港見物させて』特別な縁(인연)、視線集中」(4/1、ナ・ウンジャン記者)は、イ・ソンヒとレスリー・チャンとの<特別な縁>について次のように報じている。回りが気にするほどのことだったのか、そうでもないのか、あるいはあこがれだったのか・・・憶測というより、想いはつきない。

レスリー・チャン(1956年9月12日~2003年4月1日)は、複雑な関係を持つ人間だったようで、彼との縁というよりは、むしろ交流といった方がよいのではないかと思うのだが。・・・現在のイ・ソンヒにApril Foolのような思い出として残ることになる。

-------------------------------------------------
・歌手イ・ソンヒと故レスリー・チャンの特別な縁が話題だ。

・今年、レスリー・チャンが亡くなって12周忌(2003年4月1日没)を迎え、相変らず彼を懐かしがるファンが少なくない中で、過去イ・ソンヒがレスリー・チャンとの格別だった縁について打ち明けたエピソードが、再び取り沙汰されている。

・イ・ソンヒは、去る2011年4月「ユ・ジェソク、キム・ウォンヒの遊びにおいで」に出演して、過去レスリー・チャンとの大切な思い出について告白した。

・当時の放送に一緒に出演したイ・スンギが先に暗示した。イ・スンギは、1989年に来韓したレスリー・チャンとイ・ソンヒが合同コンサート(「イ·ソンヒ&レスリー·チャンジョイントコンサート」1989年4月16日、蚕室体操競技場)をした」と述べ、これに対しイ・ソンヒは「公演の後に、レスリー・チャンの招待で香港を訪問した」と用心深く思い出を打ち明けた。

・イ・ソンヒは、レスリー・チャンが直接運転して、香港の見物をさせてくれたりもした」と同時に、「チョウ・ユンファ(周潤發)など、当時最高の香港スターたちが出席した船上パーティーにも招待された」と、レスリー・チャンとの親交を公開し、出演陣をびっくりさせた

・一方、レスリー・チャンは、2003年遺作「異度空間」を残して、4月1日香港のマンダリン・オリエンタル・香港ホテルで投身して亡くなった。今年でもう、亡って12周忌になった。
-------------------------------------------------


イ・ソンヒの自伝にあたる「イ・ソンヒのスター・ストーリー」10話にも、当時世界的な話題を提供していたマイケル・ジャクソンやレスリー・チャンと交流があったことを記しているが、レスリー・チャンについては次のように語られている・・・ただし、正確な年度がここでは読み取れない。(どうやら、レスリー・チャンのバックから子ども扱いされたようなニュアンスを感じるのだが?)

(本ブログ関連:”(資料)イ・ソンヒのスター・ストーリー「10.それが歌なの 発声練習では」”)
-------------------------------------------------
・香港の歌手、張國榮(レスリー・チャン)とも共に舞台に立ったことがある。彼のステージ・マナーは本当に良かった。かなり多くの曲を歌ったが、そのうちの二曲だけがライブであった。放送でもないコンサートなのに・・・それは香港式、いや英国式なのか?

・「張國榮」といえば思い浮かぶ、気が乗らない記憶一つがある。彼は若くも老いもない女性を自分の母親と紹介したが、その女性は私が張國榮と話すたびにとても気遣う様子だった。「チェッ」誰が自分の息子、なんという大儺(鬼払い)。*

    (*)世間で言われるような関係はなかったのだろうか

・ところで後ほど分かってみれば、彼女がまさに張國榮の隠れ「スポンサー」とか。だが確認する方法はない。
-------------------------------------------------


次のYoutubeに、イ・ソンヒとレスリー・チャンが、彼女のデビュー作「Jへ」をデュエットする場面がある(音質・画像とも厳しい!)。映像タイトルに、「若者の行進 ジョイント・コンサート 1985」とある。イ・ソンヒ、デビュー2年目のこと、爆発的な人気の彼女とはいえ、そんな彼女とデュエットしたことになる。・・・なお、同視聴者の反応に「懐かしいヨン~~、88年放送ではないかヨン??」とのコメントもある。画面に、「オリンピック体操競技場より KBS」とある・・・同88年のソウル・オリンピック開催前に会場として使用したことになるのか。

(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)


なお、ある韓国ブログ情報に、この後レスリー・チャンがイ・ソンヒの他曲をリメイクしたとの情報があるが、未確認。・・・これ以上調べる気はありません。

2015年4月2日木曜日

「桜祭り」前日

明日から「桜祭り」を開くという、昼下がりの公園に、桜の様子を見に行った。一昨日、風に煽られて街の桜が散り始めているのを見たからだ。幸い、この二日間静穏に恵まれ、元気を取り戻したようで、公園の桜は咲き誇っていた。

平日にもかかわらず、思いの他人出が多く驚く。考えてみれば今日は春休み。幼児から小学生くらいまでの子どもと遊ぶ親子連れや、誘い合わせた若者たちで賑わっていた。小さな子どもらの遊び声は、春らしい活気を与えてくれる。

公園敷地内のあちこちに桜の木が植えられていて、人々は巡るようにして花見する。もちろん定番の、花の下にシートをひいて車座になって談笑するグループもある。桜は、みなをにこやかにさせる。

普段巡ることのない公園西側の入口では、黄色の菜の花と、満開の桜を合わせて見ることができる。十分に春三昧した気持ちになる、ちょっとした贅沢な場所だ。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 パンソリ登場人物の視点

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(3/25)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第98回として、伝統芸能のパンソリ(판소리)から、登場人物の立場を変えてみた3曲を紹介した。

(本ブログ関連:”水宮歌(수궁가)”、”赤壁歌(적벽가)”、”沈清歌(심청가)”)

始めに、意味が変化した「善男善女(선남 선녀)」や「張三李四(장삼 이사)」について次のように紹介された。
・「善男善女」は元来、仏教信者で教えに従う人々を指す。韓国ではその意が変わりハンサムな男と綺麗な女を指すのが一般的だ。また、「張三李四」も同じく、張と李の息子を指したが、張と李がありふれた姓であることから、今は普通で平凡な人を指す意に変わった。歴史に記録はないが、人から人へ物語や歌を通じて伝わった。
・パンソリも、ストーリーの所々に人々の喜びや悲しみが出てくる。うまく読み取るのも、パンソリの楽しみ方だ。

▼ パンソリ「水宮歌」から、「困るな(난감하네)」を聴く。カメの立場で歌ったコラボ的今様。

・パンソリ「水宮歌」は、ウサギの肝をめぐる話だ。龍王からウサギの肝を探してくるように命じられた使いのカメは、ウサギを一度も見たことも、陸地がどこかも分からない。命令には逆らえない。やっとのことでウサギをおびき出して連れてくるが、愚かな龍王のせいでウサギを逃してしまう。それでもウサギの肝を求める王の前でカメは困ってしまう。

次に、パンソリ「赤壁歌」には、中国の小説「三国志演義」にない部分があることについて次のように紹介された。
・パンソリ「赤壁歌」は、「三国志演義」を元にした曲で、最高権力者となった曹操が、呉国を攻める内容が中心だ。有名な武将が作戦を立てて戦う。でも、まともな武器もなく命をかけて戦ったのは、名の知れぬ兵士だ。パンソリには、原作で触れぬ兵士たちのストーリーが登場する。

▼ 「赤壁歌」から戦の後に残った兵士を点呼する「軍士点考(군사점고)」を聴く。・・・語りが続く。

・戦に敗れ兵士たちと後退する場面だ。生き残った者を確認する。兵士は曹操に不満を抱き、非難する。

最後に、パンソリ「沈清歌」は、妻に先だたれた盲(めしい)の夫と赤子(娘)、村人の関係について次のように紹介された。
・「沈清歌」では、沈清の父は若いとき視力を失い、妻が針仕事をして金を稼いだ。妻は、夫の世話から家事まで担ったが、娘沈清を出産して亡くなる。

▼ 「沈清歌」から葬式での「郭夫人の棺が出る場面(곽씨 부인 상여 나가는데)」を聴く。賢婦人への理解と別れ・・・。

・残された夫は、葬式の準備など一人で出来ず、村人のおかげで葬儀を終え、沈清も育てることができた。

2015年4月1日水曜日

神野美伽「夜桜善哉」

多分、至極若い頃に耳にした、与謝野晶子の、「清水へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」(歌集「みだれ髪」、1901年)は、想像を掻き立てる視覚的な歌だ。

花見の中でも、とりわけ夜桜見物は、人を惹きつける共感深い習俗だ。夜の灯り、人の波にもまれ、不思議な高揚感がある。春の夜は、若者を上気させ、夢心地に誘う浮橋のようなもの。でも、この季節は、重ねてこそ知るものがある。

神野美伽の「夜桜善哉」(作詞:荒木とよひさ、作曲:金賢奎、編曲:南郷達也、1999年)は、この季節に相応しい。睦まじい夫婦(めおと)にとって、春を再び確かめ合うよい機会になるかもしれない。

(本ブログ関連:”神野美伽”)

(Youtubeに登録のkece3に感謝)

(追記)
夕方の帰り道、一陣の風に木蓮の花弁が次々と落ちてきた。散るという風情はなかった。薄曇りの空、寒さが増したようだ。驚いたことに、小学校の垣根の桜が、花を散り始めた。一部、地面に散った花弁が舞い上がったりもした。あっけない終わり方をしているように見えた。何としても、桜の散り際を眺めておきたい。

2015年3月31日火曜日

桜

図書館へ借りた本を返しに行く道々、あちこち桜が満開なのに驚く。いつの間にこんな風になっていたのだろう。小学校の垣根に、老人ホームの入り口に、そして駅に続く並木道に、一気に花開いているのだ。ついつい視線が上がっている。

(本ブログ関連:”桜”、”サクラ”)

暖かい風が過ぎる、こじんまりした公園中央の小高い場所に、児連れの母親たちが一団となって坐り春を興じていた。幼い子どもたちにとってはエネルギー発散のため、母親たちにとっては一瞬の解放のため。

桜は、毎年印象が違う。見る側のとらえ方、感慨が変わるからだろう。自身もそう感じる、何となく納得する。子どものころ見た桜の花は桜色、すなわち薄いピンク色だった。それが、歳々次第に白色が増してきた。

今日の桜の花は、めっぽう白かった。ぬるい春風に揺れる様は、それでも昔のままだ。つい気持ちも緩む。見上げる桜が、西陽を受けて淡い桜色になってきた。左の写真におさめたが、子どものとき見たものとはやはり違うようだ。

地元の桜の名所は、4月3日(金)~5日(日)に「桜祭り」を催すという。これでようやく春が来る。人混みと分かっていても、陽気に引かれて花見に行くことになるだろう。

2015年3月30日月曜日

バナナアイス-ブラック・クッキー入り

バナナと名のつく菓子、飲料、アイスあれば、ためらわず味見する。それが、同世代なら分かってくれるだろうバナナへの願望だ、想いだ。

(本ブログ関連:"バナナ")

風呂上りにアイスが美味い季節になってきた。先日買った、アイスバーの「バナナアイス-ブラック・クッキー入り」(FUTBA、果汁5%)を口にした。黄色のバナナ形状していて、柔らかで粘りのあるバナナ味するアイスで、ブラッククッキー(黒色のクッキーの紛粒)を混ぜたクリームをコーティングしている。あら不思議、目をつぶると、バナナの香りして、クッキー入りのクリームの感触が、バナナをイメージさせる。

今までにないこの口ざわり、これを発明・発見した技術者に乾杯。素晴らしく、楽しいアイデアだ。

ところで、このフタバ食品、昨日鉱物採集に行った富井鉱山と同じ宇都宮市にある。とはいえ、南北に大きな市ゆえ、市の中心とずーっと北の郊外といった距離関係だが。

バナナ味の巡礼はまだ続く。