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2013年5月2日木曜日

イ・ソンヒの「5月の陽射し」

名実ともに風薫る5月、陽射しは明るく、風は心地よい。ほっとする新緑の時期になった。
5月といえば子どもの頃に、祝日の「子どもの日」に家族と郊外に出ておにぎりを食べたりしたこと、自宅の庭の小さな畑に作られたイチゴを遊びながら食べたこと・・・どれも食物に通じてしまうが忘れられない幸せな思い出だ。

イ・ソンヒの歌に、5月の風と陽射しに去来する想いを歌う、5集所収の「5月の陽射し(오월의 햇살)」(1989年、作詞:ユン・ハンギ、イ・ソンヒ、作曲:ユン・ハンギ)がある。彼女が歴史に接点を持ったとされる作品である。

(本ブログ関連:"5集")



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝)

2013年5月1日水曜日

(資料)歌王チョー・ヨンピルと音楽著作権 ②

著作権問題をチョー・ヨンピルを事例に、デジタルデイリーがつづいて記事「【ICT法を正しく知る】 歌王チョー・ヨンピルと音楽著作権 ②」(4/29、キム·ギョンファン弁護士)を掲載しているので見てみよう。感謝。

チョー・ヨンピルがアーティストとしてまた脚光浴びれば、著作権問題はこじれて難しくなるというジレンマが発生しそう・・・。

(本ブログ関連:"(資料)歌王チョー・ヨンピルと音楽著作権 ①")
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・1986年12月31日締結された(印税制を主な内容とする)契約は色々な内容が含まれているが、チョー・ヨンピル側と地球レコードの間の争いの核心であり、10年後の1997年にあった訴訟上の争点になったのは、「チョー・ヨンピルが直接作曲した31曲の複製・配布権の譲渡」だ。

・おりしも同日である1986年12月31日、1957年に19世紀末日本の明治時代著作権法を書き写して制定されて以来30年間ただ一度も改正されなかった既存の著作権法が、ベルン条約の影響で新しく改正され、翌年である1987年7月1日施行を控えていた。
・1957年度の法では著作物に対する複製権・配布権の概念が定立がされず、単に著作物を「複製」して発売、または「配布」という行為をすることができる権利としての「発行権」という内容に含まれていた。このように、当時の法に内包はされているが明示にならなかった著作物に対する複製権・配布権が、チョー・ヨンピルと地球レコードの間の契約書に明記されたのだ。
・一方、1987年の法では複製権・配布権の概念を明らかに定義している。すなわち複製に対しては「印刷・写真・複写・録音・録画その他の方法によって類型物で再び制作すること」と、また、配布に対しては「著作物の原作品または、その複製物を一般公衆に代価を受けたり、受けなくて、譲渡または貸与すること」と独自に規定していた。

・この二種類の法を比較してみると、作詞者・作曲家の権利は比較的変わらなかったが、レコード制作者の権利には多少差があって、すなわち1957年の法では2次的著作者としてレコードの複製・配布権が認められた反面、1987年の法では著作隣接権者の権利としてレコードの複製・配布権が認められた。
・「複製・配布権」ということは、この懸案で二種類で使われることができる。歌(音楽著作物)の複製・配布権と、レコードの複製・配布権がそれだ。電子である歌の複製・配布権は、歌の著作権者、すなわち作詞家・作曲家が持つことで、後者であるレコードの複製・配布権はレコードの権利者、すなわちレコード制作者(著作隣接権者)が持つことだ。ただしレコードの複製・配布権は、必ず歌の著作権者の許諾を受けなければならないという点で限界を有している。

・チョー・ヨンピルと地球レコードの間の紛争で、1986年12月31日の契約が締結される以前には、チョー・ヨンピルが作曲した31曲の著作権は、各歌の作詞者とともに作曲家であるチョー・ヨンピルに帰属するということなので、31曲の複製・配布権は作曲家チョー・ヨンピルが各歌の作詞者とともに持っていた。反面レコードの複製・配布権はチョー・ヨンピルの許諾下に地球レコード社が持っていた。
・だが、1986年12月31日契約が締結された以後には、契約が有効ならば、地球レコード社は31曲自らの複製・配布権を譲り受けたので、歌自らの複製・配布権を持つことになる。

・上の1986年12月31日契約に対して、最近チョー・ヨンピルの所属会社YPCプロダクションはこの契約に対して訴訟が始まった理由を説明しながら「契約当時、『複製・配布権』を渡す行為を録音されたレコードの『版権』を渡すと理解したところで、歌の著作権利まで与えることとは考えることができなかった」と解明している。
・チョー・ヨンピル所属会社YPCプロダクションがいう「版権」という単語は、法的用語ではないが広く使われる用語として一意的に定義することは難しい。ときには著作権という意でも使われたり、ときには出版権という意で使われたりもする。

・色々な状況を推察してみると、チョー・ヨンピル側は「契約締結当時『歌』の複製・配布権を与えると理解しないで、『レコード』の複製・配布権を渡すと理解した」というものと解釈されるところ、チョー・ヨンピル側の「版権」の意味は「レコードの複製・配布権」を意味すると判断される。

・チョー・ヨンピル側の主張の通りすれば、歌の複製・配布権はチョー・ヨンピルが持つことで、レコードの複製・配布権を地球レコードが持つものになる。反対に、地球レコード社の主張の通りすれば、レコードだけでなく歌の複製・配布権も全部地球レコード社が持つものである。

・ちなみに、歌に対する権利者は、3つの部分すなわち、①作詞者・作曲者、②演奏者・歌手などの実演者、③レコード制作者に分けられて各協会が組織されていて、現在の基準で見れば、600ウォンのダウンロード音源の一曲に対して、
=その中の40%(240ウォン)を、流通業社が持っていき、
=残りの60%(360ウォン)を、歌に対する権利者すなわち、①作詞者・作曲者:10%(60ウォン)、②演奏者・歌手などの実演者:6%(36ウォン)、③レコード制作者:44%(264ウォン)が分けて持っていくことになる。

・チョー・ヨンピルの主張の通りすれば、現在の基準で600ウォン中、チョー・ヨンピル側は96ウォン(①+②)、地球レコード社は264ウォン(③)を持っていき、地球レコード社の主張の通りすれば、600ウォン中のチョー・ヨンピル側は36ウォン(②)、地球レコード社は324ウォン(①+③)を持っていくことになる。

・契約締結以後、地球レコード社はチョー・ヨンピルから譲り受けた31曲の複製・配布権を根拠に、チョー・ヨンピルの許諾を受ける必要なく、ベストアルバム、オムニバスアルバム、ヒット曲コレクションアルバムなど色々なアルバムを出盤(レコーディング)して、チョー・ヨンピルの熱心なファンの多くの反発をかったりした。

・チョー・ヨンピル側と地球レコードの間に譲渡契約が締結された時から10年が過ぎた1997年1月頃、地球レコードのイム社長は、チョー・ヨンピルを相手に31曲の著作権(複製・配布権)を譲り受けたことの確認を求める内容の著作権譲渡の事実確認など請求訴訟を、ソウル地方裁判所の第12民事部に提起するに至る。(被告には韓国音楽著作権協会も含まれているがこの部分は除く)

・言論(メディア)では、チョー・ヨンピルが先に訴訟を提起したことになっているが、実際には地球レコードのイム社長側が先に訴訟を提起した。地球レコードのイム社長側は、チョー・ヨンピルが自身に譲渡した31曲に対する著作権料を受けられなかったという理由で、チョー・ヨンピルを相手にこのような訴訟を提起したのだ。

・この事件の争点は、チョー・ヨンピルとイム社長の間に締結された譲渡契約が、チョー・ヨンピル又はその代理人マネジャーのユ某氏の窮迫、軽率、無経験によるもので不公正な法律行為(民法第104条)に該当して無効なのかどうかであり、このような主張はチョー・ヨンピル側が出したことだった。

・だが、裁判所はチョー・ヨンピル側の主張を受け入れなかった。訴訟は契約書内容がそのまま受け入れられて、地球レコードのイム社長に31曲に対する複製・配布権があるという内容で、チョー・ヨンピルの敗訴で終わった(事件番号:ソウル地方裁判所第12民事部1998.10.16.宣告97가합178判決)。
・特に第1審判決文によれば、チョー・ヨンピルのマネジャーのユ某氏が譲渡契約を締結したし、以後1987年8月頃チョー・ヨンピルの印鑑証明を添付して地球レコードのイム社長と共同で文化観光部長官(当時は文化公報部長官)に、31曲の歌に関する著作財産権のうち、複製、配布権の譲渡の登録を申請して(同月20)、その譲渡登録手続きを経了(경료:終了)されている、このような事実を推察してみると、普段の他の事案でも裁判所がよく受け入れていない民法第104条の不公正な法律行為抗弁を、この事案だけに特に受け入れてもらうのは難しかったものと見られる。

・第1審判決に対して、チョー・ヨンピル側は控訴したが、控訴審やはり敗訴することになる(ソウル高等法院1999.11.30.宣告98나61038判決)。控訴審で、チョー・ヨンピル側は民法第104条の不公正な法律行為として無効の主張の他に、民法第103条の善良な風俗その他社会秩序違反として無効の主張、民法第109条の錯誤による意志表示として取り消しの主張までしたが、裁判所は全部受け入れなかった。

・この訴訟は、再びチョー・ヨンピル側の上告で大法院(=最高裁判所)まで上がる。だが、大法院もやはりチョー・ヨンピルの上告を棄却して原審内容の通り確定した(大法院2000.4.21.宣告99다72989判決、著作権譲渡事実確認など)。
・大法院は、「抗訴法院は、この事件譲渡行為は不公正な法律行為または、善良な風俗その他社会秩序に違反して無効や錯誤による意志表示に該当してこれを取り消すという被告チョー・ヨンピルの抗弁を、判示のような理由で全部排斥したところ、これを記録と対照して調べれば、抗訴法院の上のような事実認定と判断は正しい」と判示した。
・一緒に「控訴審の判断にはこの事件契約の目的物が、楽曲自体でなくそれが録音された録音物(または、録音フィルム)として原告にその録音物に対する排他的使用権が移転されただけという被告チョー・ヨンピルの主張を排斥した趣旨が含まれているということが明らかなので、そこに上告理由の主張と同じ著作権契約の解釈に関する法理誤解や審理未尽または、判断遺脱の違法があるということはできない」と判示した。

・整理すれば、この事件の譲渡契約はレコードに対する複製・配布権の譲渡契約でなく、歌に対する複製・配布権の譲渡契約と解釈する他はなくて、この事件の譲渡契約に無効理由や取り消し理由が存在しなくて有効であるということだ。

・チョー・ヨンピル側は大法院まで行って敗訴したこの判決は確定してこれ以上争うことはできない状態になったところ、判決の効力中、既判力()のためにチョー・ヨンピル側がたとえ訴訟を提起しても判決内容が変わらない。したがって、法的な解決方案はないと見ても差し支えない状況だ。

・ただし、双方合意としてチョー・ヨンピルが自身の曲を取り戻しに来る方法は残っている。地球レコードのイム某社長は、2006年に死亡したが、イム某社長の相続人が、現時点で、チョー・ヨンピルの31曲に対してチョー・ヨンピルに自発的に戻す方法がそれだ。

・もちろん無条件無料で戻すことが正しいといった意味ではない。契約当時とその後の具体的な金銭関係は、当事者他には誰も分からない部分なので、当事者が直接心を開いて虚心坦壊な対話をすることによって私たちの時代最高の歌王と一時代の最高のレコード制作者が心より和解して大衆音楽産業の発展に共に寄与するように祈るところだ。
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2013年4月30日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 ツツジ

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/24)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第3回として「ツツジ(진달래)」について紹介された。

春の花について次のように説明された。
・韓国の南地域では、梅、レンギョウ、ツツジ、そして桜など、春を彩る様々な花がきれいに咲き誇る。4月なのに天気が安定せず、ソウルでは雪が降ったりして、昔から春の雪、春雪という言葉がある。春は気まぐれな季節なのかもしれない。汝矣島(ヨイド)にある国会議事堂周辺の道である輪中路(ユンジュンロ)は、桜が満開となれば、多くの花見客が訪れる。

▼童謡「故郷の春(고향의 봄)」(作詞:洪蘭坡、作曲:李元寿)を聴く。今様に・・・二胡の音で。

金素月(キム・ソウォル、김소월、1902年陰暦8月6日~1934年12月24日)の詩「ツツジの花(チンダルレコッ、진달래꽃)」*を次のように紹介された。
・国楽を初め大衆音楽にも歌われる有名な詩で、詩中のツツジは華やかな花というわけではないが、従順でありながら、凛とした強さを持つその姿に、詩人金素月は民族の情緒を込めたと言われている。

(*)解説者岸さんによる訳詩は、KBSホームページをご覧ください。

▼正歌の伝統歌曲形式による「ツツジの花」を聴く。ヨーロッパの古風な響きして・・・これも今様で。

・「ツツジの花」の詩にある薬山の名は、薬草がよく取れたこと、あるいは体によい水が湧いたことからという説がある。四方が高く険しく、岩を削って立てたような力強い姿の山で、春にはツツジ、秋には紅葉がとても見事という。

▼金光叔による西道民謡「寧辺歌(ヨンビョンガ、영변가)」を聴く。のんびりとして・・・自然に恵まれた体によい場所なのだろう。

2013年4月29日月曜日

(資料)歌王チョー・ヨンピルと音楽著作権 ①

最近、チョー・ヨンピルの新しいアルバムについて話題が出ている。ところで、著作権問題をチョー・ヨンピルを事例に、デジタルデイリーの記事「【ICT法を正しく知る】 歌王チョー・ヨンピルと音楽著作権 ①」(4/29。キム·ギョンファン弁護士)が記しているので見てみよう。感謝。
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今年は、1967年にデビューした歌手チョー・ヨンピルの45周年だ。1980年代、(ファンによる)「兄さん部隊」を形成し、韓国の大衆歌謡史に一線を引いた歌手チョー・ヨンピル。その間多数のヒット曲を出しながら、同時に多様な音楽実験をした韓国大衆音楽界の生きた伝説。それゆえ歌手の王(歌王)と呼ばれる歌手。
最近還暦を越えた歌王チョー・ヨンピルの、新しいアルバム発売、ショーケース(新曲発表会)、コンサートと、25年前の著作権事情が、シナウィのリーダーのシン・テチョルがあげたフェイス・ブックの文章*のために広く知られて遺憾を醸し出している。その理由を当時の新聞記事および判決文を土台に再構成してみる。

(*:参考) Innolife「チョ・ヨンピル、31曲著作権盗まれ虚脱」(4/20)

歌王チョー・ヨンピルは、1976年覚えやすいハスキーボイスでノスタルジックな歌詞が融合した「釜山港へ帰れ」という曲で大衆に広く知られ始めた。その時、歌王は26歳であったが、すでに歌手のキャリアは10年にもなった。高校2年生の時から、米8軍舞台でボーカルグループで活動して発表したこの曲は、曲のタイトルのためか、釜山から旋風的な人気を集めソウルに上陸するようになった。
しかしながら、 「釜山港へ帰れ」という曲は、発表時から著作権紛争を引き起こすことになる。作曲家ファン・ソンウ氏が「地球レコード」、「キング・プロダクション」、「オアシス・レコード」、「ヒット」という4つのレコード会社に著作権を譲渡してしまったからだ。だから、イ・ミジャ、ナフナ、ソン・テグァン、チョ・ギョンス、キム・ヨンジャなど15人の歌手がこの曲を争って歌ってアルバムを出す奇妙な現象も発生した。
チョー・ヨンピルは、「釜山港へ帰れ」を「キング・プロダクション」で出盤(レコーディング)したが、翌年の1977年シン・テチョルの父シン・ジュンヒョンがいる「地球レコード」に移籍することになる。この時から、地球レコード社のイム社長との縁が始まる。

地球レコード社は、その当時の代表的なレコード会社として、チョー・ヨンピルが専属していた1980年代の初めには、イ・ミジャが専属していた太陽音響と共に、最も多くの歌手を抱えていた大型レコード会社であった。今のSM、YG程度に考えると良いだろう。

しかしながら、大衆に知られる前の1972年の大麻事件が後になって問題になって、チョー・ヨンピルの活動は長くは続かず、自粛の時間を持つことになった。だが、1979年末の大麻芸能人の放送活動の規制が解けて、チョー・ヨンピルは、1980年初めにドラマ主題歌「窓の外の女」で再び派手な回復をすることになる。
以後チョー・ヨンピルは、「窓の外の女」が収録された1集を含む2集「ロウソクの灯」(1980年)、3集「赤とんぼ」(1981年)、4集「探せぬウグイス」(1982年)、5集「友よ」(1983年)、6集「涙のパーティー」(1984年)、7集「旅に出よう」(1985年)、8集「虚空」(1985年)までのアルバムを地球レコードで出盤(レコーディング)した。
地球レコードでこのように多くのアルバムが出すことができたのは、歌王チョー・ヨンピルが1977年10月21日から1986年11月30日までの9年間、地球レコードの専属契約歌手だったからだ。

ここでは、専属契約とは、その当時の主流的な契約形態として、レコードやテープが売れるとは関係なく、一定の期間(通常2~3年)の間の専属契約金だけ受ける契約の形態である。この契約形態は、全面的にレコード会社に有利だったが、当時歌手は多く、レコード社が寡占型としても少なかったので、レコードを出さなければならない歌手としてはどうしようもなかった(1983年東亜日報の記事によると、当時、歌手1400人のうち100人がレコード会社専属していたという)。

1981年の東亜日報の記事を見ると、「ディスクとテープが100万枚売れても、チョー・ヨンピルが受けとったのは金で1000万ウォンと乗用車一台という事実は、私たちの歌謡界の不正の一断面を現したのだ」と表現されているので、専属契約の弊害が並大抵ではなかったようだ。だから、トップ歌手チョー・ヨンピルも生活のために夜の舞台に立つ他なかったという。

このような専属契約金(または専属金)は、1985年頃には1億ウォンを超えて、その頃イ・ソンヒは2億ウォンを要求したりもしたが、1987年頃から主流的な契約形態が「印税制」に移ることになる。

1988年の東亜日報の記事によると、専属契約制を選択した人気歌手の場合、2〜3年専属期間に3000万ウォンから5000万ウォン程度の専属金を受けて、逆に印税制を選択すると、アルバム1枚当たり650ウォンの印税を受けるという。印税制を選んだ場合、10万枚の販売に5000万ウォン程度の収益が生じる。

作曲家ㆍ作詞家の事情は歌手よりもはるかに劣悪だった。1982年の毎日経済の記事によると、1曲あたり1万5000ウォンから2万ウォン程度を受けたという、その事情を知り得た。チョー・ヨンピルのヒット曲である「窓の外の女」の作詞家ペ・ミョンスク氏が受けた金は20万ウォンに過ぎなかった。チョー・ヨンピルが1981年に受け取った金は1000万ウォンだったので、1/50にしかならないレベルだ。

一方、他の歌手のように歌王チョー・ヨンピル側も専属契約が終了する1986年11月30日頃、地球レコード社のイム社長に印税制転換を提案し、1986年12月31日印税制を主な内容とする契約を締結されることになる。

当時の状況について、1987年の京郷新聞の記事によると、「地球レコードと専属契約をしたチョー・ヨンピルは、3年単位の契約を更新してきたが、この間印税制と併用する条件で、1億2000万ウォンを受けたことが分かった」とする。

地球レコード社は、当時の状況を「歌手チョー・ヨンピル氏とは、1977年10月21日から1986年11月30日まで専属歌手制で継続されてきた間、本契約の期間満了前、印税制に転換することにし、これに加え著作権(上記期間中の自作曲:31曲)のみ譲渡を受けることにして、弊社は相当な金額を支払うことで合意したが以後、歌手当事者が自分の著作権一切を譲渡してしまえば、将来の収入が少ないようなので、著作権の一部を譲り受けてほしいと懇請するので、公演権と放送権は歌手に与えて、制作会社としての特性上、複製権と配布権だけ弊社が譲り受けることに譲歩しました(1986年12 31。法律事務所で公証人) 」と述べている(出典:http:// nbbs2.sbs.co.kr /)。

まとめると、チョー・ヨンピルが作曲した31曲のコピー・配布権は地球レコード社が持っていて、公演・放送権は、チョー・ヨンピルが持っているというのだ。そのため、チョー・ヨンピルが自分の曲を複製して発売したり、配布する権利がなく、放送や公演で歌を歌うことができるが、その歌でアルバムやDVDを発売すると地球レコード社に収益が戻ることになる。
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2013年4月28日日曜日

結晶の世界

アフリカの奥地で、世界が結晶化する事件が起こり、そこに関わる登場人物や生き物たちが透明な硬質状の膜に覆われて結晶化していく・・・あるいは、ある病原体に感染したひとびとの血液がサラサラと顆粒状に結晶化する。

結晶の美しさは、規則性をもって析出したとき美しい・・・ことに透明で直線的な稜や等角な面があれば更によい。

アルプスの奥、氷河の上に転がった岩肌に、しっかりと根付いてきらめく水晶・・・辺りの雪景色から、これが氷の化石だと思っておかしくない。

わたしたちに"CO2"の世界があるように、"SiO2"の世界があってもおかしくない・・・だから、"Si"を体の構造に持つ生命体がいるのではと面白おかしく語った文章を読んだことがある・・・でも、体が硬いだろうというのがオチだったけれど。

そうだね、人間の体の中に石ができると困ってしまう・・・腎結石、尿結石、それに石頭。

(本ブログ関連:"結晶世界")

2013年4月27日土曜日

イ・ソンヒの「恋文」

女性の若さを表すキーワードに「童顔」があって、しばしばイ・ソンヒに形容される。この言葉には、人工的なものでない、自然な表出への素直な反応があって、彼女の美しい歌声とともなう風貌に、憧れと懐かしさを想い起こさせるのだろう。

まるで岸辺に誘う波音のように美しい序奏で始まる、イ・ソンヒの「恋文(연서)」(7集、1991年)をYoutubeで、そこに置かれたステージで見せる彼女の数々の写真を見ながら聴いてみよう。

(本ブログ関連:"恋文")



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2013年4月26日金曜日

アルファルファ

そういえば昔、無声映画のスラップスティック・コメディを風味したような、子どもたちが徒党を組んでドタバタ劇をする「ちびっこギャング(Our Gang)」という白黒のアメリカのテレビ番組(1960年代はじめ)があった。一番記憶に残っているちびっ子は、子どもたちの中で存在感がありながらいささか宙に浮いているような"アルファルファ"だ。

映像は古く1930年代後半に制作した作品に登場したアルファルファ役の奮闘振りが印象深い。子どもたちの中で、のっぽで細長、決して強くはなかったし器用でもなかった。歌えば調子っぱずれだし・・・どちらかといえば雰囲気に乗れないけど頑張っているという役回りだ。

アルファルファって、牧草の一つ(マメ科、"ムラサキウマゴヤシ")であって、「糸もやし」の名もあるそうで、糸のようにもやしのように・・・細く長く伸びるのが特徴のようだ。

ちびっこアルファルファも大人になる。Wikipediaによれば、アルファルファ役のカール・スウィッツァー(Carl Dean Switzer、1927年8月7日~1959年1月21日)は、役者に加えて犬のブリーダーや狩猟ガイドもしたが・・・31歳の最期は、望ましいものではなかった。

2013年4月25日木曜日

(資料)結婚式の世論調査

韓国ギャラップ(KGallup)は、おもに結婚式に招待される側の視点と思われる、「結婚式の世論調査」をした。主な結果について次の通り発表(4/4)した。

(本ブログ関連:"ギャラップ")
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主な結果(回答末の( )内%は2005年対比、ほか)

・「最近の結婚式のご祝儀は?」: 「5万ウォン」 70% 、(ご祝儀平均6万ウォン(+1万8千ウォン))
・「結婚式のご祝儀、家計の負担になる」: 68%(+1%)
・「結婚式に出席する感じは?」: 「お祝いしに行く」 51%(-5%)、「儀礼的にお金を出しに行く」 30%(+3%)
・「結婚式の招待客の範囲は?」: 「近い親戚だけが参加するのが良い」 61%(+16%)、 「できるだけ多くの人に知らせるのが良い」 36%(-14%)
・「最近出席した結婚式の場所は?」: 「一般的な結婚式場」 79%、「ホテル」 8%、「教会/大聖堂」 7% (過去調査と比較して「一般的な結婚式場」は徐々に減少、 「ホテル」は増加傾向)
・「好みの結婚式の場所は?」: 「一般的な結婚式場」 51%、「教会/大聖堂」 15%、「ホテル」 3%
・「最近の結婚式、改善すべき点は?」: 「豪華、贅沢の結婚式」 31%、「形式的な手続き」 11%
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【調査の概要】
- 調査期間: 2013年4月1〜4日(4日間)
- サンプリング: 携帯電話RDD(ランダム作成の電話番号にかける手法:Random Digit Dialing)標本フレームから無作為抽出
- 応答方式: 電話調査員インタビュー
- 調査対象: 全国の満19歳以上の男女1,224人
- 標本誤差: ±2.8%ポイント(95%信頼水準)
- 回答率: 18%
- 依頼機関: 韓国ギャラップ独自調査

2013年4月24日水曜日

チック・コリア

昔のジャズ喫茶の思い出ときたら、吉祥寺だったかな、地下室につながる狭い階段を降りると、黒壁を背にした客がうつみき加減にタバコをふかし、部屋中を紫煙が幾重に漂っていて、いい具合に照明がゆらめいていたもんだ。まるで陰鬱さを証のようにして、視線をあわすこともなく、むしろ互いに心理的に距離をとるように、客たちは重い空間に沈んでいた・・・結局、そんな時代のポーズに長居できなかったけど。

あるとき、LPレコードのジャケットに、"Chick Corea"と大きく赤い筆記体で描かれたチック・コリアのピアノ即興曲集「Piano Improvisations Vol. 1」(1971年)があって、それを聞いたときには何だかほっとした。旋律に乗ってしまえばしめたもの、そのまま流れていけばいいのだし、即興そのままを体感できるような、自分の空間で自由に聞ける心地よさがあった。

それではYoutubeで、「Song for Sally」でも聞いてみようかな。(登録者Mike PianoPlayに感謝)

(付記)
ところで、タモリがピアノの白鍵だけで、「努力なしでチック・コリア風ピアノ演奏の技法発表」したのを聞いて笑ってしまったよ。そう、何だか謎解きしたようで、チック・コリアが誰にも内在するものをほどいてくれていたんだってことに気付いたんだね。タモリが、自宅でこの技法で演奏?すると、もっと没入すると言い訳していたのもうなづける。

2013年4月23日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 獅子舞

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/17)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第2回として「獅子舞(사자춤)」について紹介された。

獅子舞の起源と音楽について次のように説明された。
・トラを山君(山の君子)と呼び、山の神の守護神としてきた韓国では各地域に、トラではない「獅子(ライオン)舞」が伝承している。インド(或いは中国)起源とする獅子舞は、三国(高句麗、百済、新羅)時代に伝来したといわれる。

▼金泳宰(김영재)による「広大の夢(광대의 꿈)」を聴く。手法・構成ともに・・・今様である。

・約1500年前、新羅の眞興(ジンフン、진흥)王の代、伽倻琴(カヤグム)の楽師于勒(ウ・ルクッ、우륵)が作った曲中に「獅子伎」があったこと。またその約300年後、学者の崔致遠(チェ・チウォン、최치원)の詩中に、獅子舞を描写した一節が含まれていることなどから推察されている。
・現在は、咸鏡道北青地方に伝わる「北青(プクチョン)獅子舞」が最も有名で、黄海道地域の「鳳山(ポンサン)仮面舞」、「康翎(カンリョン)仮面舞」、そして釜山地方の「水営野遊(スヨンヤリュ)」など多様な獅子舞が伝承されている。

▼北青獅子舞の中から「獅子の舞(사자춤)」を聴く。素朴な響きがよい・・・光景が見えるよう。
(参考)Youtubeに北青獅子舞の映像がある。登録者jajimalgobojiに感謝。

・北青獅子舞の獅子は茶色の毛で顔も茶色をしているが、康翎仮面舞の場合は雪のような真っ白な毛に赤い顔をしている。威厳と勇猛を象徴することに変わりはない。獅子舞の際、鈴を鳴らして人々に知らせ、村の家々を回っては、鬼を追い払う。さらに、康翎仮面舞では、戒律を破った僧侶に対して罰を与えるお釈迦様の伝令役としての役割も兼任した。

▼弦楽室内楽団"チョコレート"による「木彫り人形の踊り(목각인형의 춤)」を聴く。これも手法・構成ともに・・・今様である。

2013年4月22日月曜日

(資料)きつね

「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた話しがある。古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」といった。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。

上品な薄紅色の裾(すそ)を引きつつ来た妻も、やがていずこかへと去る。それを偲んだ男は、「恋は皆我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて去(い)にし 子(=あのかわいい人)ゆゑに」と歌った。これは、消え去った妻への思いを夫が歌ったものであり、人形浄瑠璃の「葛の葉」に見られるように去り行く妻が残す、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とは逆だ。

日本霊異記のこの説話の最後には、彼ら(人と狐であるが)二人の間の息子の名と、その一族の姓の由来について書き加えられている。「葛の葉」で残された子が安倍晴明であるように、子孫を残す意味があることに、両説話には共通性がある。狐に、そのような時間をくだる霊力があって、信仰につながるのも分かるような気がする。

(本ブログ関連:"クミホ"、"(資料)「山海経」中の九尾狐のこと"、"お稲荷さんと油揚げ"、"玄翁(げんのう)"、"九尾の狐"、"豊川稲荷東京別院散歩"、"狐の嫁入り"、"府中市郷土の森博物館")

2013年4月21日日曜日

健全なイメージの歌手

イ・ソンヒは、今も清潔感と若さを保ち続けているが、1960年前後のこと、ラジオやテレビで知ったアメリカの歌手の中で健全なイメージがあった歌手といえばまず、パットブーン(Pat Boone、1934年6月1日~)があげられる。見るからに端正な風貌であるだけでなく、声質もソフトでやさしく、まさに"優等生的"な歌手だった。まるで、ガールフレンドの親父でさえ認めるような信頼感を漂わせるようなものがあった・・・まあ、これは映画の一場面だが。
彼の代表的なカバー曲「砂に書いたラブレター(Love Letters In The Sand)」(1957年)はベストだろうが、この季節に合った「四月の恋(April Love)」(1957年)も聴いてみたい。

また、日曜日の午前中にNHKのテレビ番組で見た、アンディ・ウィリアムス("Andy" Williams、1927年12月3日~2012年9月25日)のワンマンショーも懐かしい。清潔感があって、お茶の間で家族で見るのに違和感のない歌手だった。「ムーン・リバー(Moon River)」(1962年)が今も耳に残っている。
そうそう、テレビ画面で歌う彼のセーター姿は、そのまま間近で聞かせるようなアットホームな雰囲気がしたものだ。

(Youtubeに登録のにtachibana213、yootami感謝)

2013年4月20日土曜日

イ・ソンヒの「ライラックが散るとき」

イ・ソンヒ自身が語った言葉に、シンガーソングライターとして作品を世に出したのが、10集のときからで、その作品のひとつに「ライラックが散るとき」(1996年)がある。

春4~5月に咲くライラックを以前見たような気がする。その薄紫色の花が、どのように散るかは知らないけれど、厚みのある小さな花弁たちが樹下に次々とポツリ落ちるのだろうか。まさに青春の思い出の名にふさわしく、イ・ソンヒが余情をもって歌う「ライラックが散るとき」(MBC「人気歌謡 ベスト50」、78回、1997年1月25日)をYoutubeで聴いてみよう。

(本ブログ関連:"ライラック")



(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2013年4月19日金曜日

金曜の夜は

お~っと、気付けば時間が過ぎてしまった・・・今日のことごと雑記する。

・昨日は暖かくて外出にできるだけ軽い服装をしたがそれでも汗をかいた・・・今日は厚手に切り替えるほど寒い。傍のストーブを未だしまいこむことができない。

・書留封筒に少し大きめのサイズがあると知って郵便局で求めたら、料金が高くなるからと普通サイズを勧められた・・・ああ、同じものは既に家にあるのに・・・買ってしまったよ。

・昨日に続き今日も・・・千葉県東方沖、実際は銚子のほんの海側といったところだが、マグニチュード4.7の地震が発生した・・・不安になる。

2013年4月18日木曜日

ケーシージョーンズ 楽しいな~

子どもの頃に見た外国のテレビドラマに、ヘリコプターのパイロット、潜水ダイバー、駅馬車の御者などの職業と密接な人物を主人公にしたドラマがあった。

その中に、アメリカの鉄道機関士が主人公の連続ドラマ「ケーシージョーンズ(Casey Jones -TV series)」があって、番組主題歌のフレーズ「ケーシージョーンズ 楽しいな~・・・」が今も耳に残っている。

機関車は、玩具のアイテムである動き・音・光りを備えた、子ども(男の子であるわけだが)が真っ先に関心を持つ乗り物のひとつだ。まして機関士へのあこがれは、列車を擬人化して見るよりもより直接的だ。主人公のケイシー・ジョーンズが実在していたと、実は今知ったけれど・・・やっぱり、伝説の人物だったんだね。

それに、機関車が登場する、夏の「銀河鉄道の夜」、冬クリスマスの「急行『北極号』」の物語も、子どもの頃に見た夢や幻想を思い起こさせてくれる。わたしが、クリスマスプレゼントにサンタクロースからもらった記憶にあるものも、小さな木製の機関車と客車が数台連結した旅客列車だった。

(Youtubeに登録のDavid Bowenに感謝)

2013年4月17日水曜日

今日も地震が続く

今日のテレビ各局は、三宅島の地震を報じた・・・といっても体感することはなくて、報道を通じて知ったわけだが。気象庁の地震情報を見ると、午前10時過ぎに地震が発生して以来、21:20現在までに、何と29回も地震が続いている。

NHKニュースによれば、「17日午後5時57分ごろ、三宅島近海でマグニチュード6.2の地震があり、三宅島で震度5強の揺れを観測したほか、震度4を新島、神津島、御蔵島で観測しました。」(4/17 18時45分)とのこと。
また気象庁によると、この地震は火山噴火と直結するものではないという。2000年と同様の大噴火が再現することはないようだ。

ところで今日も、与那国島、石垣島沖、そして宮城県沖に、マグニチュード5以上の地震が発生している・・・気にすると神経質になり、忘れるとドカンとやられる、ままならない。

秘密の湧き水

小学低学年の頃、よく遊んだ公園は大きな段差があって二段に分かれていた。公園上側は広場になっていて、ボール投げや自転車遊びをした。段を境い目に、下側を見下ろすように日陰棚があり、その両脇には階段が作られていた。公園下側も広場だったが、十分整備されてなくて次第に自然のまま茂みに変わっていた。

この茂みの奥に、子どもたちにとって秘密の水飲み場があった。公園に設置された水飲み場の水道蛇口から出る生温かい水よりも美味い、公園斜面に湧き水があったのだ。辺りは丈の高い草々に覆われていて、藪漕ぎするようにして進むと、小さな水溜りが見つかる。しゃがんで湧き出る水を手ですくって飲むそのとき、湧き口でキラキラと雲母が水流に舞っているのが見えた。夏のかんかん照りのときは、ことのほか美味しかった記憶がある。

子どもたちにとって、秘密の場所は共感しあえる場所だ。だから、近所の塀の下にある抜け道にも、猫ぐらいしか通り抜けないような家と家の隙間の陰にも、そして放置されていた防空壕跡の暗闇にも、自分たちだけが知っている秘密があった。そして、誰にも教えない秘密だぞと語り合いながら、その秘密を楽しんでいた。

今では、そんな秘密の場所もすっかり消えて、観光施設に造成されたという。でもねえ、秘密は今でも残っているし、近所の崖線で水が湧いているのを見ると、子どものときに仲間たちと持っていた秘密の迷路がどんなに大切かしみじみと思い返すよ。

2013年4月16日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 梅の花

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(4/10)に人物シリーズ75回目を終えて、今回から文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第1回音楽紹介が始まった。

今回はキーワードとして、ソンビ(선비)が愛したといわれる「梅」の花にまつわる音楽が紹介された。
・儒教でいう君子に基づいて、花で表現する四君子(사군자)すなわち「蘭菊竹梅(란국죽매)」がある。(日本の松竹梅に通じるかな・・・)

▼フュージョン国楽グループ・クリム(그림)の演奏による「花柳東風(화류동풍)」を聴く。東風吹かば匂い起こせや梅の花・・・でも、今様の都会で聞いた方がいいかな。

・朝鮮時代の知識人、退渓李滉(テゲイファン、1501年~1570年)は、逸話にもその関わりがあるほどに梅を愛したという。丹陽に郡守として赴任した先で出会ったのが官妓の杜香(トゥヒャン)だった・・・。(伝説に諸説あるようで)

▼チョン・ジンギョン(전진경)の歌(歌詞、가사)で「梅花歌(매화가)」を聴く。ずっとハイ・トーンで流れるように歌う。

・昔、祝いの宴を花で飾るときに紙の造花を使ったが、梅の花の場合、蜜蝋で作ったりもしたという。花→蜂(蜜)→花ということから、蜜蝋の造花を「輪廻の梅(윤회매)」といい・・・その花の姿を見て先祖に似た子孫と例えられる。

▼ハン・ウンヨン(한은영)の琵琶による「飛花点翠(ビファチョムチィ、비화점취)」を聴く。砂時計のような・・・これも、今様の都会で聞いた方がいいかな。

2013年4月15日月曜日

イ・ソンヒの「私の街」

MBCの音楽番組「音楽旅行 ラララ」(15回、2009年3月26日)で、イ・ソンヒが5集タイトル曲「私の街(나의 거리)」(1989年)を歌っている映像が、Youtubeに登録されている。
登録者の解説で、(英語)曲名を「My street」としている。そういえば「street=通り」には、「길」の他に「거리」もある訳で・・・。以前から紹介されている「私の街」のタイトルの方がいいような気もするけれど、歌詞では別れた場所をもっと限定しているし・・・「通り」の方がよいことになる。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの「私の街」"、"イ・ソンヒのアルバム枚数"、"イ・ソンヒの歌謡トップ10")


(Youtubeに登録のMBCkpopに感謝)

2013年4月14日日曜日

石の集い

午前中、突然小刻みに家がきしみ始め・・・やがて強い揺れが始まった。すぐに治まったが、いつもPC上で緊急地震速報を流してくれる"SignalNowExpress"が、まだ起動していなかった。ということは、緊急地震速報よりも速く地震が伝わってきたわけで、震源が近いことを示していた。

やがて"SignalNowExpress"が起動して、震源が埼玉県北部であることが分かった。それを追うようにテレビ画面も地震速報を表示した。気象庁の地震速報(10時26分発表)は次のようだ。
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14日10時22分頃地震がありました。
震源地は埼玉県北部(北緯36.0度、東経139.4度)で、震源の深さは約100km、地震の規模(マグニチュード)は4.7と推定されます。

(当地は、震度2と記されていた)
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震源が内陸部になって、この地に近づけば近づくほど現実味が増して不安が深まる。

一日風が強い。天気予報では、最高気温を21℃と報じていたが、体感はもっとひんやりした。

四谷に石の集い・・・もとい、石好きの集いへ行ってきた。会の昨年今年の活動報告と講演があった。石好きにとって「水晶に始まり水晶に終わる」という格言がある。どこかで聞いたことがあるでしょう。そう、「ヘラ鮒(ふな)に始まりヘラ鮒に終わる」という釣り師の言葉を。講演は、その水晶についてだ。
水晶の構造と結晶成長の形態学から、宇宙に水晶があるか?といった話題まで楽しく聴講した。

ベテラン会員提供の鉱物標本を次の通りいただいた。
・秋田県荒川鉱山: 水晶(華麗な群晶)
・岩手県仙人鉱山: 赤鉄鋼(輝く群晶)