▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼

2019年5月3日金曜日

憲法記念日 2019

今日は祝日の「憲法記念日」だが、4月末の土曜日(4/27)から、月をまたいで5月5日の祝日「こどもの日」に至る10連休の一部になる・・・その程度に意識しているのが正直なところだ。

(本ブログ関連:”憲法記念日”)

10連休になったのは、従来いわれるゴールデンウィークに、5月1日の、新天皇のご即位による改元の日の祝日が加わったためだ。そんな訳で、このような長期間の連休になるのは今回だけかもしれない。(ちなみに「ゴールデンウィーク」は商業用語(映画業界発といわれる和製英語)のため、NHKなどでは「春の大型連休」と呼ぶそうだ)
     4月27日(土曜日)
     4月28日(日曜日)
     4月29日 昭和の日
     4月30日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  1日 天皇の即位の日 ← 新天皇のご即位による改元の日の祝日
     5月  2日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  3日 憲法記念日
     5月  4日 みどりの日(土曜日)
     5月  5日 こどもの日(日曜日)
     5月  6日 振替休日  ← 休日/祝日が他の休日/祝日と重なる場合、月曜日以降を休日にする

私は、休日や祝日と直接関わりない生活を送っているため、10連休とはいえ、いつも通り過ごしている。実際、外出しても、人出をあまり意識しないほどだ。自宅を中心に過ごしている人々にとっては、今回の連休は長過ぎて持て余し気味かもしれない・・・そんな気がする。

今日の最高気温は、まさに「夏日」の 25.0℃ だった(今年に入って 4/22の 25.6℃ に次ぐ)。そんな陽気に誘われてまた「自然観察園」を訪れた。
子どものころから、美味しいおかずを最初に食べるか、それとも後に残すかといった問題がある。私はできるだけ残すくせがある。観察園の観察についても一気に済ませないで、少しずつ楽しんでいる。今日で、80%ほど踏破したことになる。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

クサイチゴ?
今年に入って4回目の今日、地味な野草に目を向けた。写真の花は、皺のある5枚の花弁を持つ「クサイチゴ」(白色)と思われる。数株しか見つけられなかったが、木漏れ日を受けて輝いていた。(ガイド資料に記載がなく・・・ネット情報から推測した)

その他に、小さな花弁の「ウマノアシガタ」(黄色)が小風に揺れていた。もっと地味な花は「フタリシズカ」(白色)だろう。名前をたどれば「静御前」が浮かんでくる。

以前記した、茎の周りに独特な形の花弁を連ねて囲む「オドリコソウ」(淡紅色)の群集が、新しいコースで艶やかに目だった。同じく、外来種の「セリバヒエンソウ」(淡紫色)が園内を圧倒的に広がっていた・・・放置に近いのが気になる。

2019年5月2日木曜日

八十八夜 2019

今日は雑節の「八十八夜」。日頃使っている二十四節気とは別に、雑節は特別に設けられた暦日で九つある。八十八夜はその代表的な一つだ。農作業のように気候や天気と密接な生活をしているわけでない身には、カレンダーを見てようやく気付くことが多い。俳句の季語よりも代表的な節目なのだろうけど。

(本ブログ関連:”八十八夜”)

八十八夜といえば、「夏も近づく八十八夜」の詞が浮かんでくる。文部唱歌「茶摘」(1912年、明治45年)は、この時期に、街路樹の若葉が初々しい黄緑色に輝いているのを見てふと感じる、初夏の鮮やかさを合わせて思い浮かばせてくれる。

1.夏も近づく八十八夜
     野にも山にも若葉が茂る
     あれに見えるは茶摘みぢやないか
     あかねだすきに菅(すげ)の笠

2,日和(ひより)つづきの今日このごろを
     心のどかに摘みつつ歌ふ
     摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
     摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ

唱歌とはいえ、民謡に通じる労働を盛りたてる賑やかさや健康さがある。さらに、民謡に必ず色をそえる働く女性の姿(艶やかさも含めて)をちゃんと描いている。茶畑作業の最盛期のころを歌っているそうだ。


(Youtubeに登録のChaAに感謝)

2019年5月1日水曜日

即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば

今日から元号が「令和」になった。皇居・宮殿「松の間」で、新天皇陛下は「即位後朝見の儀」にあたり次の言葉を述べられた。続いて、同即位後朝見の儀で、安倍晋三首相は「国民代表の辞」を述べた。

「即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば」(宮内庁: 令和元年5月1日)*
(*) 宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/47
----------------------------------------------
   日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより,ここに皇位を継承しました。

   この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。

   顧みれば,上皇陛下には御即位より,三十年以上の長きにわたり,世界の平和と国民の幸せを願われ,いかなる時も国民と苦楽を共にされながら,その強い御(み)心を御自身のお姿でお示しになりつつ,一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。

   ここに,皇位を継承するに当たり,上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し,また,歴代の天皇のなさりようを心にとどめ,自己の研鑽(けんさん)に励むとともに,常に国民を思い,国民に寄り添いながら,憲法にのっとり,日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い,国民の幸せと国の一層の発展,そして世界の平和を切に希望します。


(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)

I have hereby succeeded to the Throne pursuant to the Constitution of Japan and the Special Measures Law on the Imperial House Law.

When I think about the important responsibility I have assumed, I am filled with a sense of solemnity.

Looking back, His Majesty the Emperor Emeritus, since acceding to the Throne, performed each of his duties in earnest for more than 30 years, while praying for world peace and the happiness of the people, and at all times sharing in the joys and sorrows of the people. He showed profound compassion through his own bearing. I would like to express my heartfelt respect and appreciation of the comportment shown by His Majesty the Emperor Emeritus as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan.

In acceding to the Throne, I swear that I will reflect deeply on the course followed by His Majesty the Emperor Emeritus and bear in mind the path trodden by past emperors, and will devote myself to self-improvement. I also swear that I will act according to the Constitution and fulfill my responsibility as the symbol of the State and of the unity of the people of Japan, while always turning my thoughts to the people and standing with them. I sincerely pray for the happiness of the people and the further development of the nation as well as the peace of the world.
----------------------------------------------


「即位後朝見の儀」における「国民代表の辞」(安倍晋三首相)**
(**) 首相官邸:  http://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2019/0501kokumindaihyounoji.html
----------------------------------------------
   謹んで申し上げます。
 天皇陛下におかれましては、本日、皇位を継承されました。国民を挙げて心からお慶(よろこ)び申し上げます。
 ここに、英邁(えいまい)なる天皇陛下から、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、日本国憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たされるとともに、国民の幸せと国の一層の発展、世界の平和を切に希望するとのおことばを賜(たまわ)りました。
 私たちは、天皇陛下を国及び国民統合の象徴と仰ぎ、激動する国際情勢の中で、平和で、希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ時代を、創り上げていく決意であります。
 ここに、令和の御代(みよ)の平安と、皇室の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げます。
----------------------------------------------

2019年4月30日火曜日

退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば

今までなれ親しんだ「平成」の元号は、明日から「令和」にかわる。それにともない、今上天皇陛下が退位されることになり、「退位礼正殿の儀」で次のようなおことばがあった。

退位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(宮内庁、平成31年4月30日)*
(*)宮内庁: http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/46
------------------------------------------------
   今日(こんにち)をもち,天皇としての務めを終えることになりました。

   ただ今,国民を代表して,安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に,深く謝意を表します。

   即位から30年,これまでの天皇としての務めを,国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは,幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ,支えてくれた国民に,心から感謝します。

   明日(あす)から始まる新しい令和の時代が,平和で実り多くあることを,皇后と共に心から願い,ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。


(英文: Addresses by His Majesty the Emperor)

Today, I am concluding my duties as the Emperor.

I would like to offer my deep gratitude to the words just spoken by Prime Minister Shinzo Abe on behalf of the people of Japan.

Since ascending the throne 30 years ago, I have performed my duties as the Emperor with a deep sense of trust in and respect for the people, and I consider myself most fortunate to have been able to do so. I sincerely thank the people who accepted and supported me in my role as the symbol of the State.

I sincerely wish, together with the Empress, that the Reiwa era, which begins tomorrow, will be a stable and fruitful one, and I pray, with all my heart, for peace and happiness for all the people in Japan and around the world.
------------------------------------------------

2019年4月29日月曜日

平成最後の野草観察

今年の4月は寒暖を行きつ戻りつして、月末ようやく春らしい穏やかさを迎えたと思ったら、昨日、一昨日冷え込んだ。そして今日、また穏やかさが戻ったようだ。そんな暖かさに誘われて、公園に併設の「自然観察園」を巡った。(全順路を周ってしまうのは惜しくて、後の楽しみのため未踏のエリアを残している)

(本ブログ関連:”自然観察園”)

先日(4/20)に続き、実質2回目の野草観察だ。観察園の入り口に、4月に咲く野草のリストを印刷した「花だより」が置かれている。表には花弁の色彩別に花の名のリストを、裏には観察順路近くに咲く花の名を示している。これを手にして園内を歩けば、いろいろ観察を楽しむことができる。

なお、公園施設の「自然観察センター」に、季節ごと代表的な野草について、カラー写真と解説を交えた一枚ものの印刷物が配布されている。主要な花だけのためヒットするのはむつかしい。今回は、さらにポケット図鑑の「日本の山野草」(岩瀬徹監修、成美堂出版)を持参した。

上記の資料をもとに、観察入門編として、次のような手順で観察した。
① 観察順路を巡りながら、この花の名は何だろうから始まる。
② 観察順路図に、花の名が示されているかどうかを確認する。→ 名があれば ④へ
③ 合わせて、花弁の色に着目して「花だより」の花のリストを見る。→ リスト全て ④へ
④ 少々手間どるが、図鑑「日本の山野草」と照合して、野草名を推定する。

チョウジソウ
今日は前回と違う順路で巡った。まず目に入ったのは、淡紫色の「セリバヒエンソウ」が園内の随所に見られたことに驚く。新しい外来の花であることが少々気になる。(実は、図鑑にない名前で、観察センターで配布のプリントに載っていた)

写真は、青紫色の「チョウジソウ」で、花弁や葉が鋭角的ながら、小型のためか全体として溶け合うような穏やかさがある。今日一番のお気に入りだ。

チョウジソウとは対照的にきっぱりとした可愛らしさのあるのが、同じ青系ながら濃い目の「ホタルカズラ」だろう。自分を見て欲しげな子どもっぽさを感じた。その他に、わずかだが紅紫色の「ムラサキケマン」が顔を覗かせていた。これらと反対色の黄色が鮮やかな「クサノウ」、「ウマノアシガタ」が目に付いた。

自然観察園には、これから暖かくなって、何度も足を運びたいと思っている。

(追記)
今日は祝日「昭和の日」である。昭和に生まれた者にとって、一つ前の世代というべき「大正」は遠いと思っていた。「平成」の子にしても、昭和は遠いのだろう。さらに「令和」の子にいたっては、私が「明治」を見たように昭和を見ることになるのだろう。

2019年4月28日日曜日

平成最後の空気「空気の缶詰」

ネットニュースを見ていたら、可笑しくて嬉しくなる話が載っていた。何でも、岐阜県関市の平成(へなり)地区にある「元号橋」上で、まさに手作りの「平成の空気」の缶詰を製造し、4/22以降、地元「道の駅 平成」で販売したそうだ。価格は、ほぼ缶詰の原材料費とのこと。もともと「平成(へなり)」の名を持つ場所だっただけに、元号が「令和」に変わる前に、「平成」のイメージを残すことに意味があったようだ。意外と楽しい広報戦略だ。

ところで、空気の話題といえば、かつて「ハレー彗星」が地球に接近したとき、その尾のために地球の空気がなくなり、人類が絶滅するかもしれないという騒ぎがあったそうだ。人はなぜか終末論が好きで、そんな騒動が何度も繰り返される(キリスト教的世界観の臭いがしないわけではないが)。

子どものころ読んだ児童書の挿絵に、生き残る手段を少しでも確保しようと、空気を詰め込んだ自転車チューブを何本も肩にかついでいる子が描かれていた。貧富の差を見せ付けるような滑稽譚、あるいは、ものごとを真剣に考えているようで何処か底が抜けている阿呆話だ。小さな田舎を舞台にして可能なことだが。

(本ブログ関連:”阿呆”)

幸い、今回の「平成の空気」の缶詰は平和であった時代の象徴だ。「令和の空気」も美味しく吸えることを願っている。

2019年4月27日土曜日

平成最後の寒気

「平成」から「令和」まで残り数日。このところ、ものごとの表現に「平成最後の」が枕詞のようにつく。めでたい時期なので、少しは春らしい穏やかさでいて欲しいのに、気温は昨日から下がり、今晩驚くほどの冷え込み。まるで冬のようだ。

気象協会の「tenki.jp」の記事「平成最後の寒気が南下中 令和最初の寒気が連休中に」*(日本気象協会本社 白石圭子、4/27)によれば、これからも寒気が南下するという。
(*) 記事: https://tenki.jp/forecaster/k_shiraishi/2019/04/27/4434.html
-----------------------------------------------
4月を振り返ると、季節外れの雪や先取りの暑さと、季節は一進一退しました。27日(土)は、日本付近に強い寒気が南下しています。令和に入ると早々に、次の寒気が南下する予想です。
-----------------------------------------------

ところで、「平成最後の」といった見出しを持つニュース記事をネットで探ると、気象ばかりか、ゲーム、フィギュアスケート、(連休の)遠出、(すし・焼肉・ラーメン)食事、株価、競馬などと、いってみれば日常風景でしかない。何かに付け「最後」といいながらも、このような平凡で平和な時に元号が変わるのは何と幸いなことだろう。

今晩、カメラ好きの商店主からうかがったことだが、長野に行けば遅咲きのサクラが満開で、白馬まで足を運べば5月にも楽しむことができるという。撮ってきたばかりの写真が店内に飾られていたのはいうまでもない。サクラのことになると、誰もが自然に話題に加わり言葉を交わす。サクラは一つの文化でもある。

2019年4月26日金曜日

ハナミズキ

サクラの花を失って、ぽっかりと空いた心に、「ハナミズキ」の花がもぐりこんでくる。そのさまは、底意の知れぬ妖しげな感じではなくて妙に明るいのだ。多分、ふりそそぐ春の明かりが一段と透明さを増しているからだろう。でも、白い花、薄紅の花を咲かすハナミズキに、詩情をなぜか感じることがないのは不思議。多分、その咲きっぷりが余りに健康的だからだ。

(本ブログ関連:”ハナミズキ”)

ハナミズキは、北アメリカ原産だそうで、昔に日本からワシントンD.C.へ「ソメイヨシノ」の桜を贈った(1912年)返礼として、1915年に日本に苗木が贈られたという。とはいえ、街路樹としてこんなに多く見るようになったのは、そんなに遠くない。本格的に普及しだしたのはいつ頃のことだろう。ネットで調べてみたがようとしなかったが・・・。

サイト「学芸の森」(真山茂樹教授:京学芸大学教育学部生物学教室)*によれば、個人的な経験として1970年代ころにお住まいの町に、街路樹として植えられたという。
(*)学芸の森のハナミズキ:
       https://www.u-gakugei.ac.jp/~planttgu/dokodemo/pc/061.htm

流行歌J-POPにも「ハナミズキ」(2004年)の歌がある。この2004年に至って、ハナミズキが街路樹として日本全体に認知されたといえるだろう。


(追記)
東京都建設局の「街路樹のデータ  街路樹の主な樹種と本数(東京都)」は、「東京都内の街路樹本数944,166本【平成27年4月1日現在】」**に、<都内全体の街路樹本数>の順位を次のように記している。
(**)街路樹本数:http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jigyo/park/ryokuka/hyoushi/hyoushi5/index.html
  1位 ハナミズキ    62,629本
  2位 イチョウ       61,832本
  3位 サクラ類       44,704本
また、同調査の「東京の街路樹本数の推移」グラフを見ると、1970年を境に本数が増加しているのがわかる。(さらに、2005年以降急激に伸びており・・・この時期から、ハナミズキを積極的に植えたのだろうか)
【平成27年4月1日】

2019年4月25日木曜日

バスクと鉄

以前、バスク語教室の第3回目で「バスク文化」が紹介された。その回、先生がスペイン・バスク州ビスカヤ県の「ビルバオ」地域の街歩きガイドBOOKを配られた。おしゃれなカラー写真と図版で解説・構成された上質紙の冊子だ。

(本ブログ関連:”バスク語”)

ビルバオ地域は、かつて県内で産出された鉄鉱石をもとに、製鉄業でスペインの重要な地位を占めたという。Wikipediaによれば、「高品質の鉄がヨーロッパ中に輸出された。19世紀後半まで製鉄業は発展し続け、資源はビルバオに富をもたらした」という。上記の旅行ガイドは、かつての工業都市を脱して、文化都市への様変わりを宣言しているようだ。

ところで、国立国会図書館デジタルコレクションに、「民族形成と鉄の文明」*(宍戸儀一著、道統社、昭和17年)がデジタル保存・公開されている。その記述に、「ダクチリと原バスク人」の項があり、原バスク人と鉄の関係について触れている。素人の覗き見でしかなく、この書全体でどのような位置づけされているのかもよく知らないが、次のような記述が気になった。・・・これが、現在のバスク人とどうつながるか、つながらないかの知識はないけれど、バスク人と鉄の関係がうかがえたような気がした。
(*) 民族形成と鉄の文明: http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1060237

------------------------------------------------------
ヒューウィット(Hewitt)**によれば、ダクチル(dactyl***)族はフリギア(Phrygia)に於いてフィン系の原バスク人と合一したといふ。
・・・ヒューウィット説に従えば、彼等は、地中海の西端に辿り着いてエブロ河(Ebro)を母川とするイベリア・バスク人になった。この説の当否は問題であるが、コウカサス南麓のエベル(Eber)の国やフリギア辺境のイブレーズ町(Ibreez)とイベリア・バスク人との間になんらかの所縁だけはあったのであらう。
原バスク人は、ヒューウィットによって採鉱冶金者なる原フィン人と同一視される。しかるに、フィン語では金属はもともとバスキ(vaski)と呼ばれた。
------------------------------------------------------
(**) James Francis Hewitt: ”The Ruling Races Of Prehistoric Times”
           https://archive.org/details/in.ernet.dli.2015.283692/page/n385
(***)ダクチル:ギリシャ神話に登場、metalworkingを人に授ける

地図:「民族形成と鉄の文明」所載
フリギア:現トルコ中央部














ヒューウィットの説にほぼ負った記述であるため、妄想世界に引き込まれて行きそうな危惧がある。果たして、この説がどうなのか自信ないし、現在の研究者たちにどう判断、評価されているかも知らない。ローマと対峙したというバスク人の祖先が、ギリシャ系とフィン系が合一したというのは夢がある。
(ちなみに、フィンランド語で「vaski」は「真鍮」。ただし「鉄」は「rauta」)

(本ブログ関連:”山師”)

2019年4月24日水曜日

道迷い遭難

朝から小雨がぱらつき、昼には小休止状態になった。ようやく「穀雨」になった気分。TVのニュースは、都心の駅前や交差点で雨傘をさす通行人の姿を報じた。出かけるタイミングがむつかしい。

(本ブログ関連:"穀雨”)

そうこうしている内に外に出るのを忘れ、ヤマケイ文庫の「ドキュメント 道迷い遭難」(羽根田治著)のページをめくった。スポーツとしての(日本アルプスから丹沢領域)登山で、登山者が体験した遭難のドキュメンタリーだ。(ヤマケイ=山渓)
読もうと思ったのは、登山への興味というより、遭難者の心理や意識について知りたかったからだ。もしかしたら、不思議な体験が語られてないか好奇心もあった。

元来、山についてそこに棲息するキツネやオオカミ(山神)の伝説だけでなく、猟師たちが経験した「山怪」という奇談、すなわち人智を超える不思議な体験に興味がある。

(本ブログ関連:”山怪”)

「山怪」の範疇でいえば、山に入って神隠しにあったり、キツネにだまされて行方不明になる話がある。大方、子どもより老人の方が多いようだが。結果として、① 意外にも村の近くや、② 想定外の山奥で偶然発見されたりする。特に大人の場合、本人はいつもの道を歩いていたと断言し、キツネにだまされたに違いないといったりする。周りの者は、彼らをボケてたのじゃないか、キツネにだまされたというのは言い訳に過ぎないと冷ややかだそうだ。山の生活圏とその近辺でも起りうるミニ遭難だ。

ところで、上記のスポーツ登山の場合、遭難者は勝手な思い込みでずるずると深みにはまり込み、みずから窮地へ突き進んでいく。最悪の場合、凍傷で指をことごとく切断することになる。生還したのが救いだが、その事例の場合、読みながら正直吐き気がするほど絶望的だった。
ルートマップに従わずショートカットしたり、標識を都合のよい方に解釈したりすることで始まる。結局は、何度も繰り返される鉄則、「おかしいなと思ったら引き返せ」とか、「道に迷ったら沢を下るな、尾根に上がれ」を無視してしまうことにある。もちろん遭難とは万事休すの状態をさすのだが。

最近、高齢者による自動車運転事故が繰り返されているが、この本の「あとがき(追記)」にも、高齢登山者による遭難の多さについて統計的紹介がされている。年寄りは、お互いによしみとしていうのだが、人に迷惑にならぬよう身の程をわきまえるべきだろう。

2019年4月23日火曜日

2019春期バスク語-4

「バスク語教室」のカリキュラムは特別で、これまで第1、2回は文法・会話編(吉田先生)、第3回は文化編(萩尾先生)だった。月1回の割合で文化編を組み込むことで、難解といわれるこの「孤立語」を少しでも取り組みやすいよう工夫いただきありがたい。4回目の今日、再び文法・会話編に戻った。

(本ブログ関連:”バスク語”)

今回も丁寧な解説とプリント教材を使った説明と、全員が順に口答する練習があった。
① 形容詞、指示代名詞を使った名詞句の表現
② 否定形の表現(ez=否定辞)
③ oso(とても~)の表現
および、アクセント(2音節と3音節以上)の付け方についての説明があった。(今回の内容は、「ニューエクスプレス  バスク語」(吉田浩美著 白水社)の「レッスン2」に相当する)

4月末から5月初旬にかけて長期の連休のため、授業が2回分休みとなる。それ補う意味から、しっかり宿題をいただいた。時間もあるので、合わせて「ニューエクスプレス  バスク語」を熟読したい。

(先生推奨の町Hondarribiaを見てみよう・・・ Hondarribia herri txiki eta polita da. )

(Youtubeに登録のBasque Country Spiritに感謝)

2019年4月22日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-3

今日で3回目にあたる、市民講座「ユダヤの歴史を学ぶ」に通う道筋にだいぶ慣れてきた。狭い行動範囲で生活してきただけに、電車の乗り換え、慣れない街歩きも小冒険。おかげで足腰のいい運動にもなっているのは幸い。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

今回のテーマは、立教大学准教授 長谷川修一氏の前回(4/15)の講演の続編で、「旧約聖書の世界(2) - ヘブライ人の世界像、歴史観、メシアニズム - 」について考古学的な成果を背景に、ヘブライ人の歴史を教えていただいた。

何より興味深かったのは、ヘブライ人の<民族起源譚>の再考、確認である。
・ヘブライ人は、西アジアの民族の生活環境、生活実態から見て、かつヘブライ人の自然観(自然との支配関係)から見ても、ヘブライ人がいう出自の<遊牧民>ではなく<農耕の民>だったのではないか。
・聖書に<ヘブライ人>があっても、<ユダヤ人>の記載はない。
・<出エジプト>の<史実性>について、果たして<奴隷>としてエジプトで扱われていたのか、一大民族的な脱出があったのか、考古学的証拠が皆無である。
・<ノアの洪水物語>には、ヘブライ聖書に見られる<直線的な時間観>に対して、<世界のリセット>という<円環的な時間観>の意味合いに近い。そのような歴史観は、古代メソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」に通じる。

まだまだトピックに富んだ話題があった。最後に、イスラエル北部の「テル・レヘシュ遺跡」の考古学的な発掘調査*について語られた。
(*)Rekhesh project 日本語サイト: http://rekhesh.com/jp/about-the-site

ところで、先週末にユダヤの祭事で重要な、<出エジプト>をベースにした「過越」があったばかり。はたして、上記の理解が果たしてユダヤ社会で受容されるのか気になるところだ。同じころにキリスト教の<復活祭>もあって、<過越>との関係(相似)も気になる。

2019年4月21日日曜日

(雑談)信天翁

阿呆と呼ばれてもどこか愛嬌があり、日常を達者に過ごしている。そのくせ抜け目なく、ある意味しっかり者である。ときに道化て笑わせることもあるが、トリックスターのように人を驚かす力を秘めている。そんな生き方も悪くないと思う。

(本ブログ関連:”阿呆”)

けれど、それも機転の効く知恵があるときのはなし。羽を広げて、見下げるように悠々と青空を滑空する「信天翁(アホウドリ)」も、船乗りに捕まれば甲板をよたよた歩き回るだけ。その差があまりに情けない。

そんな「信天翁」を、< 詩人(うたびと)も、哀れ似たり、罵詈満つる俗世の地に下り立てば、巨人の翼、人の世の航路の邪魔よ > とあっさり断じたボードレールは、「悪の華」(堀口大學訳)に所収の「信天翁」で、詩人の言葉巧みさを「巨人の翼」と呼んだものだ。

昔、テレビの討論番組で、ある論者が「わたしは、俯瞰してものを見るのが好きだ」といっていた。それを聞いて、どうか地上に降りてみなと話してくれないだろうかと思ったりした。

2019年4月20日土曜日

穀雨 2019

今日は二十四節気の「穀雨」。田畑を雨で潤すころという。考えてみれば、平成最後の穀雨でもある。これまでブログに、この日に雨降りとなれば忘れず記してきたのかも知れない。けれど今回は、清清しいほどの晴天。

(本ブログ関連:”穀雨”)

そんなわけで、公園を流れる小川沿いのベンチで日向ぼっこする。陽ざしがまぶしく顔をじりじり焼く夏のようだった。しばらくすると風が吹き始め、思った以上にひんやりしてきた。そのころの都心の最高気温は、「南南東」の風だったにもかかわらず、 19.1℃(14:06)でしかなかった。どうりで冷えてきたわけだ。

木立におおわれた「自然観察園」は、風に曝されることなく穏やかな気配だった。一昨日(4/18)の「レンゲソウ」観察に続き、初心者は今日も園内を巡った。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

ヤマブキソウ
入口に置かれた、「4月 自然観察園の花だより」のパンフレット(表面に観察できる花の名前一覧/裏面にその所在をルートマップしたもの)を片手に、4月の野草・雑草の花を探した。

初心者にとって、分かりやすい花は「ヤマブキソウ」だろう。色合いが、細い枝の低木「ヤマブキ」に似ているが、花弁の数は4枚で、ヤマブキの5枚と異なる。
もちろん(当り前すぎるかもしれないが)、私なりに昔から知っている「カラスノエンドウ」、「サクラソウ」もあれば、ちょっと目をひいたものに地味ながら中々優雅な「オドリコソウ」もあった。

「サンショウ」の木に、よく見れば微かに花が咲いていて、鼻を近づけても香りがない・・・葉を一枚千切ってつぶすとよい香りがした。これから何度も訪れたいと思っている。

2019年4月19日金曜日

脱穀「棒打ち唄(麦打ち唄)」

歯科治療を済ませて外に出れば、あまりの天気の良さに誘われて公園散歩に足が向く。途中、「ソメイヨシノ(染井吉野)」が咲き誇った歩道を、今は代わりに「ヤエザクラ(八重桜)」が満開。今年、ソメイヨシノは咲き始めてすぐに寒さが続いたせいか長持ちした。おかげで、小学校の卒業式にも入学式にも間に合ったのは幸いだ。

公園の明るい原っぱで、大勢の幼稚園児か保育園児か、親と一緒に手をつないでアーチをつくり、そこを次々に親子が輪くぐり抜ける、まるで入れ子のような遊びをしていた。
(駐車場に、彼らを乗せて来たのだろう大型バスが数台並んでいた)

「ハナモモ」や「ベニバナ」の木が、白色、桃色、紅色に花を咲かせ、まるで春を手に取ることができるよう目の前で繚乱していた。

園内の施設「たてもの園」で、郷土の歴史と民俗について展示があったので覗いて見ることにした。気を引いたものは、小麦の脱穀農機具の陳列だ。もちろん、現在、この地域で麦作を見ることはない。それでも伝統として、「棒打ち唄(麦打ち唄)」の民謡が保存されていて、次に記す詞で歌う労働作業の映像が紹介されていた。(「むしろ(筵)」の上に置かれた)麦穂を打って実を取り出す脱穀作業のとき使う、「くるり棒(唐棹)」を降りおろしながら歌う様子がわかる。歌には次の特徴がある。
・野外での脱穀(棒打ち)のためか空模様が気にかかる
・民謡の定番といえる、年頃の娘を語る。

(本ブログ関連:”麦打唄 ①、②”)

「棒打ち唄」(立川市砂川地区伝承民謡保存会)
-----------------------------------------
ホイホイホイ
大岳山の黒雲が
ホイホイホイ
あの雲がかかれば雨かあられか
ホイホイホイホイホイ

砂川の宿は長い宿
ホイホイホイ
長いとて物干し竿にゃなるまい
ホイホイホイホイホイ

お前さんはいくつなんの年
ホイホイホイ
十と六ささぎの年でまり頃
ホイホイホイホイホイ

十七つれて瓜山へ
ホイホイホイ
瓜の葉を寝ござに瓜を枕に
ホイホイホイホイホイ

十時のお茶にゃ何が良い
ホイホイホイ
芋で良しさつまで良し焼き餅ならなお良し
ホイホイホイホイホイ

あの山影で鳴く鳥は
ホイホイホイ
声も良し音も良し山の響きで
ホイホイホイホイホイ
-----------------------------------------

(参考1) Youtubeに多摩地域(清瀬、谷保)の「棒打ち唄」が登録されている。

(参考2) 岩波文庫の「日本の民謡集」に所収の「武蔵野麦打唄」
-----------------------------------------
[甲]〽十七八の 麦打は(ホイ ホイ ホイ)
[乙]〽くるり棒が 折れるか芒(のげ)が 折れるか(ホイ ホイ ホイ)
お天道さまの申し子は 百日の 日照りに笠もかぶらず
目出度やこれの麦打ちは 日和よく 風出て芒を立てたや
牡丹餅はやる世の中に 俺(おら)がでは 碾割花(かきわりばな)の焼餅
大嶽山の黒雲 あの雲が かかれば雨か嵐か
十七八はねむいもの 朝おきて 米とぎ桶を枕に
皆若い衆 江戸々々と 江戸だとて 枯れ木に花は咲くまい
お江戸に三日居て見たい 上様の 御用の水を汲みたい
今日の麦はこれ限り 明日は又 どなたの麦を打つやら
-----------------------------------------

2019年4月18日木曜日

れんげそう

昨日の午前、公園内に併設の「自然観察園」を廻った。植物を踏み荒らすことがないよう、尾形光琳の硯箱の意匠にあるような「板橋」を園内に巡らせている。そんな一角に「レンゲソウ(蓮華草)」が群生していた。Wikipediaでは、「ゲンゲ(紫雲英、翹揺)」を代表名に記しているが、この呼び名に馴染みがない。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

子どものころ、春になると、家族そろって遠くの山裾にある原に歩いて出かけたときの家族写真(今ではセピア色に変色している)が残っている。乾いた畑地にたくさんの「れんげそう」が咲いていた。みなで摘み、花輪(かんむり)を作った。といっても母の手によるものだが。春の大切な思い出の光景だ。

子どものころ見たレンゲソウは、先日に自然観察園で見たものと比べて、丈がもっと短かった気がする。それに、子どものころの陽射しは、思い返すとみな眩しい。色が飛んだように明るく輝いているのだ。思い出を美しくしあげたいからだろうか、それとも視覚記憶まで薄れていくためだろうか。

(本ブログ関連:”白いシーツ”)

ビリー・バンバンの、フォーク演奏スタイルだが、随分叙情的な歌「れんげ草」(1972年)がある。今となって思いで深い、懐かしい曲になった。


(Youtubeに登録のビリー・バンバン - トピックに感謝)

2019年4月17日水曜日

イディッシュ語クラブ-1

今日から「イディッシュ語クラブ」が始まった。実は、昨年まで続いた「イディッシュ語教室」が、今年は休講となり、志が危うくなりかけたところ、クラスメイトから今回の集いを紹介いただき参加した次第。

(本ブログ関連:”イディッシュ語”)

15カ国語を習得されたネイティブの先生のもとに、イディッシュ語大好き人間が集まり、会話練習を中心に、(ミュージシャンも参加されているので)イデッシュの歌を楽しんだり貴重な時間を過ごした。ひとえに、先生の情熱のお陰と感謝している。

イディッシュ語は「母の言葉」すなわち「mame-loshen(マメ・ロシェン)」で母から伝わること、イデッシュ語らしい言葉など教えていただいた。特に、次のような面白い表現を紹介いただいた。
・?נו: それじゃ?、何いってんの?
・אוי וויי: 困ったな、何てこった

ちなみに、参加者たちに愛称?(例えば、יצחק(イツホク)とか משה(モイシェ)とか)が付けられ、わたしには「מרדכי (mordkhe:モルドゥヘ)」が与えられた。これから、月一、ニ回の割合で開催されるので、次回から先生の了解を得て詳細を記したいと思っている。

2019年4月16日火曜日

2019春期バスク語-3

「バスク語教室」の3回目の今日、東京外国語大学教授の萩尾生(はぎお しょう)氏による、「(バスク文化1)バスクの土地・ひと・ことば」についての紹介があった。今後、月一度くらいの頻度で、バスク文化の紹介をいただく予定。「バスク語教室」は、このように総合的な内容で、初心者を引っ張ってくれる。

(本ブログ関連:”バスク語”)

萩尾先生は、先週(4/9)のブログに記した、「1545年にバスク語で初めて印刷された」ベルナト・エチェパレの「バスク初文集」(萩尾生、吉田浩美訳)の訳者である。

バスクの地理、文化の紹介から:
・バスク人による自称は「Euskara-du-n-ak」(バスク語を持つところの者たち)
   - スペイン語「los Vascos」、仏語「les Basques」、英語「the Basques」
・スペインと仏にまたがる7領域のそれぞれで、バスク語への関心に温度差がある。
・バスク地域を分水嶺で分けた海側に比して、内陸側のバスク語への関心は低いようだ。
・海外で活躍したバスク系と思われる人物が多数いる。
   - 何とスペイン領だったフィリッピンの財閥をバスク系で占めたとのこと。

統一バスク語が成立する(民族意識を持つ)過程を叙情的に語る「Bagare」*(作詞Bitoriano Gandiago、作曲不詳)を、バスクのシンガーソングライター Gontzal Mendibil が歌う映像をみなで見た。

(*) Bagare = ba(肯定辞)+ gara(一人称複数のコピュラ ⇒ we are)

なお、歌詞は「begiraleak」サイトで参照できる(感謝)。
http://begiraleak.pagesperso-orange.fr/chantskantuak/Bagare.html


(Youtubeに登録のGontzal Mendibilに感謝)

2019年4月15日月曜日

ユダヤの歴史を学ぶ-2

先週から、市民カルチャーセンター(生涯学習)の「かわさき市民アカデミー」で開催の「ユダヤ人、ユダヤ教、イスラエル」講座に通っている。イディッシュ語の関心の延長ということで、ユダヤ文化や歴史について整理できればと願っての次第。それと、電車を乗り継いで通うのは、体に結構いい運動になっている。

(本ブログ関連:”ユダヤの歴史を学ぶ”)

第2回目の今日は、立教大学准教授長谷川修一氏から「旧約聖書の世界(1)-『旧約聖書』とはどのような書物か - 」について説明された。
1) いわゆる「旧約聖書」には、① ヘブライ語聖書、② プロテスタントの聖書、③ ローマ・カトリックの聖書がある。これらの3つの聖書について、構成する正典(記、書、編など)の整合性(過不足・順序の入れ替えなど)を、歴史背景と合わせて紹介された。
2)「死海文書」(1/3がヘブライ語記述)は、現在最古のフルセット写本聖書といわれるレニングラード版(1008年)をさらに1000年遡るといわれ、かつ現在の聖書との食い違いもほとんどない(筆写が正確に行なわれた証でもある)とされた。
3) ヘブライ語聖書に書かれた聖書内の出来事を、(暦制度の高い)アッシリアの資料をもとに考証したところ、王国出現以降については受容できるようだ。

以上、内容が多岐にわたるため、受講する側にとって少々オーバーヒート気味。例えれば、日本に不案内の欧米人に対して、「古事記」をもとに文献の解題される感じで、若ければ再度いろいろな書籍を読み直すだろうけど・・・(こんな言い訳に根性がないのが残念)。

ところで以前、「イディッシュ語」の夏休み教室で同席させていただいた、ユダヤ宗教史の研究者がいらしたので、講演が始まるまで、素人にも分かる話を聞かせいただいた。

2019年4月14日日曜日

Stratolaunch

世界最大の輸送機といえば、ソ連時代のアントノフAn-225 がいわれた(2機中1機完成して稼働中)。両翼にそれぞれ3基のジェットエンジンをさげて離陸する様は、巨大な生物を想像させる。最大離陸重量600tで、積載は(燃料など含めて)300t 近く可能である。なにしろ、(今は藻屑となった宇宙往還機「ブラン」を背に乗せるというのだから)サイズも旅客機のエアバスA380を圧倒していた。飛行機ファンの妄想は膨らむばかり。

ただし、超大型機の宿命で量産が難しい。エアバスA380(2021年で生産終了予定、総受中数251機はすごいと思うけど)を除き、特殊用途に限られているからかも知れない。

(本ブログ関連:”飛行機”)

そんな中、米国で、超巨大機の仲間といえる、ボーイング(ジャンボシリーズの進化型)747-400を2基並列につないだ機体に、同機エンジンを両翼それぞれに3基さげた「ストラトローンチ」が、4/13に初飛行した。(民間)人工衛星搭載のロケットを空中発射できるように設計されているそうだ。翼幅が117mあり、A380のおよそ1.5倍とのこと*。民間事業というのだから米国は凄い。

(*)機体比較
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/5d/Stratolaunch_comparison.svg

ところで、A380は、日本ではANAのウミガメ塗装した成田-ホノルル線専用機として見ることができる。ハワイに行くことは全くないので、せめて羽田空港で間近に眺められたらよいのだが。まして、ストラトローンチにいたってはYoutubeで覗くしかない。


(Youtubeに登録のStratolaunchに感謝)