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2013年6月6日木曜日

ブルーライト

パソコンのLEDモニター画面から発する光りに、ブルーライト(高エネルギー可視光線)の成分があって、眼精疲労につながるため、それをカットするメガネが販売されている。日頃、ブルーライトを気にしないでもなかったが、わざわざ購入するまでもない、・・・と思っていた。

近所の書店で、経済紙系の流行情報誌に、ブルーライト・カットのメガネが付録になっているのを見つけて、ものは試しと雑誌を購入して、PC作業で使ってみた。
PC画面全体に赤味がして、白地は白地らしく白さを増したように見える。メガネを外すと、画面が薄く青色に覆われたような気がする、・・・テレビ画面でも同様だ。

ところで、上記情報誌の出版元が併設するネット情報欄「トレンド・フォーカス」の記事「・・・タダでできる『ブルーライト除去法』があった!」に、モニター画面に青色を使わないようにすればよいという手頃な方法が紹介されている。が、50~60代になると、眼の水晶体が濁りだしているので、青色光が自然とカットされるので心配ないとのこと、・・・齢をとると、何もしなくてもブルーライト・カットの眼になるなんて。

PCでブルーライトを心配しなくてよくなった世代には、郷愁のブルーライトといえば横浜の明かりだろうさ、・・・Youtubeで探して聴いてみようか。

2013年6月5日水曜日

芒種2013

今日は、立春から数えて9番目に当たる、二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」である。

Wikipediaなど参考にするとると、この節気は「芒(のぎ 、稲や麦の小穂の先端にある棘(とげ)のような突起)を持つイネ科植物の種をまく頃だが・・・現在の(苗床への)種まきは、これよりも早い。」とのこと。

いかにも象形文字らしい姿をした「芒」の文字の起源を知りたいものだ。というのも、他の文字の不安なイメージ(形、音)に重なってしまい、ちょっと気になるからだ。

さて、梅雨入りしたにもかかわらず、湿気があっても晴天とは、都市生活者にとってありがたいが、農業生産者には迷惑かもしれない。さっそく、水不足の心配がいわれたりしている。

2013年6月4日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 田植え歌

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/29)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第8回として「田植え」について紹介された。

まず労働謡について次の紹介から始まった。
・古人が共に農作業する際、息を合わせるため「労働謡(노동요)」を歌った。農業は天下の根本と考えられ、地域や季節により様々な農作業の歌が伝承された。うまい歌い手は、仕事ができる人同様に厚遇された。
・「朝鮮王朝実録」の(第7代国王)世祖(세조、在位:1455年閏6月11日~1468年9月7日)の実録に、農作業の始まる春に江原道を巡幸し、襄陽(양양)で農作業歌の<のど自慢大会>を主催したという。最高の評価を得た歌い手、奴婢トングリ(동구리)には賞品として、服一着と楽士の資格が与えられ、王の駕籠に付き添うことまで許された。

▼江原道、襄陽の田植え歌「オランソリ(어랑소리)」を聴く。長閑な感じして、まるで田圃のなかで次々歌い手が引き継がれるよう。

次に田植えの共同作業について次のように説明した。
・米作には88の作業が必要といわれ、種籾選びから収穫に至るまで、農民はわが子のように農作物に接する。田植えは、一年の収穫を左右する重要な仕事で、まず種籾を狭所にぎっしり植えて育てた後、田に植替える。直接田に種籾を撒くよりも管理が楽で生産量もアップするからだ。
・以前農村に共同作業体「トゥレ(두레)」があった。人手を多数必要とする田植えの際、家ごとに順番を決め、村中共同で田植えを行なった。田植えをする家は、働きに来た人々のためご馳走を準備した。田植えの日は、村はお祭りのように盛り上がった。

▼京畿道 コヤンの田植え歌「ヨルソリ(열소리)」を聴く。こちらはリーダーの歌のもとに田植えする光景が浮かぶ・・・田圃の水面に青空が映る。

田植え歌のスピードについて次のような解説があった。
・労働謡は、一般的には長短が速く、テンポを速くして作業を速くする。一方、田植え歌は、田植えが明け方から日暮れに続くため、スピードを調節し、音を長く伸ばしたゆっくりなテンポのものが多い。

▼全羅南道 珍島の田植え歌「サンサソリ(상사소리)」を聴く。こちらは威勢がいいというか力強い・・・土地の神に願いを込めるように。

岸さんの言葉、息切れしない生活が大切という・・・本当にそうですね。

2013年6月3日月曜日

ひまわり

随分と以前、「戦争を知らない子供たち」(1970年、作詞北山修、作曲杉田二郎)という歌が流行った。当時の若者は、確かに戦争を知らないけれど、共通するのは、彼らの親の世代がいずれかの形であれ戦争を経験していたことだ。直接の思い出であろうとなかろうと、親は戦争の体験を問わず語りして、子供たちはその言葉を耳に残したと思う。もしかしたら日常のひょっとした瞬間に聞かされたかもしれない。

当時の若者は、直接知ることもない戦争の残渣をどこかに感じていた。それは消えることのない、ある意味、心の中に直接的な響きを持っていた。自分たちが、戦争という多くの犠牲の中を生き抜いた両親の子であることに気付かないはずはなかった。戦後に生まれたこと、その命が続くという自身の存在を、いずれは問わざるを得なかったのだ。

戦争を本当に知らない今の若い世代には、身内に戦争の鮮明な記憶を聞かされることは極めて少ないだろう。だから、「戦争を知らない子供たち」のような歌が生まれてくるはずもない。ある意味、必然性もないのだろう。

時に思うことがある。ひとは個人の経験の中でしか過去を語ることができない。どんなに時代のうねりが大きくても、経験はちっぽけな一つでしかない、今にいたる一つの糸でしかないことを思い知る。たとえ記憶の糸を紡ぎ合わせて時代を知ったとしても。

DVDで映画「ひまわり(I Girasoli)」(1970年日本公開)を見た。「戦争を知らない子供たち」の視点を越えることはできないが、齢を重ねて気付き、響いてくるものを感じた気がする。時代に翻弄されても、懸命に生き、そして小さくてもよい、生きるしかないのだから。生きるために幸せを求めたことを咎めることはできない。時代が運命を切り裂いたとしも、生きる価値を見出さなくては、ひとは生き続けることができないのだから。

(本ブログ関連:”ひまわり(映画)”)

大地に咲くひまわりは、陽射しをうけて黄色の花を輝かせ、ゆったりと風の動きに身をまかせる。無限に広がる畑に咲き続けるひまわりは、命を咲かせ種を残す。


(Youtubeに登録のsrbigote owariyaに感謝)

2013年6月2日日曜日

二宮鉱山、吉見町

前回(3/24)、埼玉県東秩父村朝日根と寄居町五ノ坪の鉱物採集のときと同じメンバーで、今回も埼玉県下の児玉郡神川町二宮鉱山(ニッケル鉱物)と比企郡吉見町(沸石)に出かけた。

集合場所は何とJR東海道線戸塚駅だ。待ち合わせ時間をゆるくしていただいたおかげで、いつもよりも自宅を出る時刻を遅く家を出る。
ところで戸塚駅の改札口が、上下2層あるとは知らず戸惑ったところを救出され・・・無事に定刻に出発。

最初に到着した、神川町二宮鉱山近くにある金讃神社周辺は、リーダーが前回来たときと比べて宅地化、整地化が進み、採集場所がリース会社敷地になったようで、断念か・・・そうはいっても、石の臭いを嗅いで辺りを探すと、道路際にある同社駐車場背面のわずかな斜面に、蛇紋岩を砕いた形跡があった。少し探し廻ったが、マックギネス石!なんて見つけることもできなくて。
採集結果は次の通り。
・黄鉄鉱(微粒)、苦灰石(ただしいただきもの)

次に、比企郡吉見町ひばりヶ丘に転じる。こちらも宅地化が進んでいて・・・高い場所からそれらしい岩場が見えたが、情報通りに見つからない・・・幸い、畑地でトラクターを運転していた地元の方に教えていただき、あっけなく採集場所にたどり着く。
採集結果は次の通り。
・(灰)菱沸石、黄鉄鉱(微粒)

言い訳として、現地到着と帰りの時間を考慮して、両採集時間はあっという間だった。

2013年6月1日土曜日

リンゴの実に例えると

日々の時間の進みを直感的に理解するのに、リンゴの齧り具合で例えるのがよい。今日から6月、リンゴの芯を中心に縦に輪切りすると、すでに5月まで食ってしまったのだから、半分位いしか残っていないことが分かる。

スケジュール管理ツールなど別にすれば、月別カレンダーやスケジュール手帳などは、今しか見ていないので、済んだことも残っていることも直感的でない。どうやら、日常ズルズルと過ごして、時間を消費というよりも浪費してしまったことに気付く・・・無駄に過ごしたということか。

食ってしまったリンゴは何処へ行ったのだろう、少しはリンゴの気持ちを考えるべきだろう。

あのう別に、あちらのリンゴのことではないですよ。

2013年5月31日金曜日

李明姫 伽耶琴公演

久し振りに地下鉄四谷三丁目駅近くにある韓国文化院に行く。「2013年定期公演シリーズ ~K-Cultureの魅力~」のPart2である、伽耶琴(カヤグム:가야금)奏者の李明姫(イ・ミョンヒ)の公演を見るためだ。

李明姫は、パンソリ「赤壁歌」、「沈清歌」、「春香歌」、「興甫歌」の中から代表的な歌を伽耶琴演奏と共に唱した。ステージ遠くに見た彼女は、ちょっとチョン・ドヨンに似て華奢な感じがしたが、声量豊で館内を圧倒した。併唱された内容が理解できれば、感動も深まっただろう・・・言葉は大事だ。なお、合いの手コス(고수)はイ・チャンソプが太鼓(プク)を打った。

パンソリと伽耶琴演奏の組み合わせを、何と呼ぶのだろうか。

また上記演目の途中に、節回しに次第に引き込まれる印象的なイ・キュジョンの「回心曲」、気品と美しい一瞬の静止を見せながら舞う金美福(キム・ミボク)の「花仙舞」が演じられた。

(本ブログ関連:"伽耶琴"、"パンソリ"、"回心曲")

(追記)
KBS Worldの番組「国楽の世界へ」を聴取しているお陰で楽しむことができた。感謝。

2013年5月30日木曜日

イ・ソンヒの「あなたに会いたいときは」

深い孤独に愛を沈めながらもなぜか想いはつのる・・・イ・ソンヒが28歳当時に歌った「あなたに会いたいときは(너를 만나고 싶을땐)」は、8集(1992年)の最後に収められていて余韻を残す。それは、恋を恋するように、美しい音色も加わって・・・乙女心とでもいうのでしょうか。

ローマの古い言葉にあるように、「愛はそれが目醒めてあるときに想像することを夢みる」と。いつの世も変わりませんね。だから繰り返しているのでしょう・・・そして新鮮なのでしょう。



(Youtubeに登録のlys2187に感謝)

2013年5月29日水曜日

梅雨入り2013

それらしくもなくて、何だかその気にならないのに、そうだといわれると、そうなのかもしれない。今日から関東地方も梅雨が始まった。

「つゆいり」とキーボードを打てば、「入梅」となる。「入梅」は、本来固定の6月初旬頃の季節用語(雑節)で、しとしとと間断なく静に降り続く表現に、「にゅうばい」の音が合っている気がする。
気象庁の「予報用語 > 季節現象」では、梅雨の期間に入ることに、用語「梅雨入り」を適用し、用語「入梅」は「使用を控えるもの」としている。従ってマスコミも「梅雨入り」を使う。

日本経済新聞の記事「関東甲信も梅雨入り 平年より10日早く」(5/29)は、今年の当地の梅雨入りを次のように報じている。(抜粋)
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・気象庁は29日午前、関東甲信地方が梅雨入りしたとみられると発表した。平年より10日、昨年より11日早い。
・関東甲信地方は湿った気流や前線の影響で、週末にかけて曇りや雨の日が増えるという。平年の梅雨明けは7月21日。
・まだ梅雨入りしていないのは、梅雨がない北海道を除き北陸と東北地方のみとなった。
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「北海道を除き」というのは気象上、北海道に梅雨は合致しないという意のようだ。

ちなみに関東地方の最近5年間の梅雨入り時期を、気象庁の「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値):関東甲信」によれば次の通り。
  年            入り                 明け     
2008年   5月29日ごろ   7月19日ごろ
2009年   6月 3日ごろ    7月14日ごろ
2010年   6月13日ごろ   7月17日ごろ
2011年   5月27日ごろ   7月 9日ごろ
2012年   6月 9日ごろ    7月25日ごろ
平 年      6月 8日ごろ    7月21日ごろ  

(本ブログ関連:"梅雨")

2013年5月28日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 諧謔

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/22)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第7回として、「諧謔、こっけい」について紹介された。

まず国楽にも笑いをテーマにした諧謔的な音楽があるという次の紹介から始まった。
・韓国伝統文化に情緒としての「恨」があるが、ソンビの音楽には気品があり、庶民の伝統芸能「仮面劇タルチュム」には堕落(両班や僧侶)と浮気と嫉妬(爺さんと婆さん)などの風刺と諧謔があった。国楽にもこうしたテーマが伝承されている。
「蛙打令(メンコンイ・タリョン、맹꽁이 타령)」(1900年代頃)の、「メンコンイ」は動きが鈍く疎い人物として使われる。今から100年ほど昔、ソウルの真ん中を流れる清渓川に住む様々なメンコンイが現れ、人々の生き様を風刺した描写する。

▼「蛙打令」を聴く。五匹のカエルの姿は・・・言葉に納得して楽しむものだろうけど・・・。

次に、パンソリについても滑稽な描写を次のように紹介した。
・パンソリは、悲しみに泣き叫ぶかと思えば、何事もなかったように笑いはじけるジャンルだ。
- 「水宮歌」では、海の竜王が自分の病気を治すウサギを探すよう臣下に命じる。イカ、貝、ニシン、ひらめ、太刀魚などが登場して、竜王は病気を忘れて思わずつぶやく、「わしは竜王ではなく、これではまるでチュソクのための市の日に、商売のために出てきた魚売りではないか」。
- 「沈清歌」では、盲目の父の目を開かせるため娘が海に身を投じる悲劇の中で、主人公沈清が命の代わりに得た金を目当てに、後妻ペンドクと沈清の父との滑稽話が続く。
- 「赤壁歌」の中の赤壁火戦では、大軍を率いて呉国を攻撃した曹操は予想外の火攻めにあい退去する。こうした中にも裏をつく笑いの要素が含まれている。

▼ユン・ジンチョルによる「赤壁歌」の中から「赤壁火戦」を聴く。なぜか淡々として・・・ところで、朝鮮の古い時代の戦を題材にしたパンソリはないものだろうか。

・死は暗く厳粛なものだが、それさえ風刺の対象にした。特にパンソリは庶民から始まった文化のため、このような風刺の傾向が強いと思われる。不条理を笑いを通して表現するところがパンソリの力ではないか。

▼フュージョン国楽グループのプロジェクト・ロック(Rock、락)による「困るな(난감하네)」を聴く。これは・・・今様で。

2013年5月27日月曜日

イ・ソンヒ 50代最強の童顔女性

芸能人にとって若さは重要な武器だ。一般庶民(特に女性)にすればその秘訣を知りたいことだろう。若さ(すなわち童顔)の例から、イ・ソンヒは外れない。
WOW韓国経済TVの記事「バンパイア芸能人、ハン・ガイン、チョン・ヘヨン、イ・ソンヒ選定 <最強の童顔理由は?>」(5/27)は、美貌を保ち続ける3人の女性芸能人を紹介している。彼女たちの美しさに摩訶不思議さを感じて、「バンパイア(吸血鬼)芸能人」とまで呼んでいるが・・・。
ちなみに、イ・ソンヒは旧暦1964年11月11日(新暦12月14日)生まれで、「数え年」で50歳であるが、来年には新暦「満年齢」で50歳になる。

(本ブログ関連:"童顔"、"チョン・ドヨン")
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・[韓国経済TV、キム・ジウン インターン記者] 俳優ハン・ガイン、チョン・ヘヨン、イ・ソンヒがバンパイア(吸血鬼)芸能人に選ばれた。

・27日放送されたMBC「気持ち良い日(기분 좋은 날)」では、年代別最強の童顔芸能人の姿が電波に乗った。

・30代最強の童顔女性は、イ・ヨウォン、ユ・ジンを抜いて、ハン・ガインが選ばれた。整形外科専門医は「眉毛と目から出る明るいイメージが童顔を感じさせる」と説明した。

・引き続き40代最強jの童顔女性候補では、キム・ジス、チョン・ドヨン、チョン・ヘヨンが上がって、チョン・ヘヨンが選ばれた。整形外科専門医は「小さくて明るい目つき、やや長めなアゴの線、発達していない頬骨など全体的な容貌が理由」と話した。

・最後に50代最強の童顔女性では、歌手イ・ソンヒが名を連ねた。明るい皮膚の色、小さい顔、微笑を浮かべた白い歯、濃い眉毛と髪が、イ・ソンヒを童顔にしてくれた。
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(Youtubeに登録のbraun braunpsに感謝)

2013年5月26日日曜日

巨匠たちの帰還・・・チョー・·ヨンピルからイ・ソンヒまで!

TV朝鮮は、「巨匠たちの帰還・・・チョー・·ヨンピルからイ・ソンヒまで!」(5/25)の紹介の中で、チョー・·ヨンピルの最近の話題に合わせて、イ・ソンヒについて、「繊細ながらも爆発的な歌唱力のイ・ソンヒも、戻ってくる準備に乗り出しました。来年、デビュー30周年を記念する全国ツアー・コンサートと新しいアルバム準備の真っ最中です。」と報じた。

登録(tvchosun01)された映像には、イ・ソンヒの直接のコメントはなく、彼女のステージを写した一瞬の表情の選択に何処か引っ掛かるものがあるけれど・・・。


2013年5月25日土曜日

(資料)イ・ソンヒが再婚した夫

渡米と同時にイ・ソンヒが不幸なできごとを乗り越えて再婚した夫について、女性東亜の記事「ベールに包まれたイ・ソンヒの夫 直接会ってみると」(5/24)は、インタビューを交えて次のように報じている。(文キム・ミョンヒ記者、写真イ・キウク記者)

(2006年)
・2006年、イ・ソンヒ(現在49歳)の再婚はいろいろ衝撃的だった。当時、イ・ソンヒは、所属事務所のクォン・ジンヨン代表に、交際する人がいるという事実を知らせて、引退を暗示するような発言を残したまま男性と一緒にアメリカに向かった。

・「国民歌手」のイ・ソンヒが、急に国内の生活を整理して引退の示唆までしようと、ファンたちは大きく当惑した。それから四ヶ月後の2006年11月19日、イ・ソンヒは、ファンカフェに文を書いて、自分の再婚の事実を知らせた。当時、イ・ソンヒは「一般人の配偶者が私生活の露出を敬遠するため、秘密裏に結婚し、(当分は、韓国を離れて)アメリカの大学で体系的に音楽の勉強をする計画だ。前から勉強をしたかったものの状況がままならなかったが、夫のおかげで勇気を出すことができた」と打ち明けた。

(2007年)
・その後、イ・ソンヒは、夫のチョン某氏(58)と一緒に米国イリノイ州に滞在し、娘の留学生活を世話して、コミュニティカレッジで英語の授業を受けて新婚生活を満喫した。その間、韓国の知人全ての連絡を切断しているようにした。最側近の人たちでさえ、イ・ソンヒと連絡が取れないと、イ・ソンヒの家族に電話をかけて「米国にいるイ・ソンヒの安否が気になるので、彼女から連絡がくれば、電話一つ必ずして欲しい」という願いをしておくほどだった。

(本ブログ関連:”イ・ソンヒの娘”)

・その間、韓国では、夫のチョン氏の過去の色々な噂が出回った。イ・ソンヒとの結婚が、再婚とか再々婚とかいう、彼の過去と関連した内容だった。また、しばらくの間、イ・ソンヒとチョン氏がアメリカで離婚したという噂が流れたりもしたが、その頃夫婦が一緒に知人の結婚式に賀客で参加したのをきっかけに離婚説は事実無根と明らかになった。

(2008年-2009年)
・イ・ソンヒが2008年に米国から帰国した後、コンサートやアルバム発売を通じた正式カムバック手順を踏まないで、地方のイベントなどにだけ姿を現わしたのに、夫婦に経済的な問題があるではないかという疑惑も起こった。イ・ソンヒは、2009年のMBC「黄金漁場 - 膝打ち導師」に出演しても、「夫のおかげで、娘との関係が良くなった」とだけ話しただけで、その他の私生活については、非常に言葉を慎んで再婚生活に対する知りたくなる事を(返って)煽った。


베일에 싸인 이선희 남편 직접 만나보니


180cmの長身の好男子。「インタビューに応じたら妻に怒られる」

베일에 싸인 이선희 남편 직접 만나보니

・こうした中、最近イ・ソンヒの夫が、ソウル良才洞(양재동)で日本式居酒屋を運営するという消息が聞こえてきた。彼は、個人的知り合いで訪ねてきた客と酒杯を傾けたりもするが、終始愉快に会話を引っ張りながらも、イ・ソンヒの夫として話題になるのは負担になると伝えられた。

・記者が訪れた時も、彼は知人との集まりを持っていた。180cm程になる背丈の好男子である彼は「私はこの酒場の社長ではなくて、後輩たちを助けたり、人々に会うために時々立ち寄る程度」と述べた。最近、活動がまばらな妻イ・ソンヒの近況については「非常によくやっている。今は休んでいるが近いうちにコンサートをするのか、アルバムを出すのかよくわからない。妻の歌手活動については一切関与していない」と述べた。

・正式のインタビューを要請すると、彼は「妻に怒られる」と手で遮りながら笑った。二人が私生の活露出を敬遠する理由には「再婚する時に確認されなかった悪意ある報道があまり多く出たために心の傷を負ったからだ」と述べた。

・チョン氏は、かつて言論(メディア)に、韓国と米国を行き来しながら事業をすると報道されたが、事実、彼はソウルの有名私立大学で建築学を専攻し、米国に留学し、修士号まで取った建築家だ。イ・ソンヒは、自分の娘をアメリカに留学させて、米国留学の経験があるチョン氏から多くの支援を受け、その過程で愛が芽生えたという。

・チョン氏は、現在建築デザイン研究所を運営する一方、ある私立大学で非常勤講師として学生たちを教えている。そのおかげで、大学を卒業した弟子たちが彼に会うためにたびたびこの場所を探したりすることもあると。

・居酒屋が入店しているビルは、チョン氏の所有だ。良才川を見下ろす大通りに位置し、カフェ、バー、病院などが入った6階建ての建物で、かなり安定した賃貸収入を期待することができるという点で、イ・ソンヒ夫婦が経済的に問題があるという噂を一蹴させるに十分だった。

・チョン氏の知人たちは一様に彼の人となりを高く評価し、イ・ソンヒ夫婦がいろいろな噂に包まれたことを惜しんだ。世間で起きている疑惑とは異なり、イ・ソンヒが良い「因縁(인연')」と会ったのは明らかである。

2013年5月24日金曜日

イ・ソンヒと清渓川復元

韓国のブログ*から知ったことだが、イ・ソンヒはソウル市議会議員時代(1991年~1995年)に、同市を流れる清渓川(청계천)について市民に戻さなければならないと「原状回復を主張します」という、5月23日放送のSBS「一夜のTV演芸」で回顧されたと紹介している。
「美しい江山」の賛歌に通じる、環境について早くから発言していたことになる。

(*)ブログタイトル:「因縁というのでしょう、拒むことができないのです!!」(イ・ソンヒの「因縁(인연)」の歌詞から採ったのでしょう)。感謝。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒのソウル市議会議員")



(追記)
上記について、東亜日報の記事「イ・ソンヒ、(李明博 元)大統領よりも先に清渓川の復元主張」(5/22)でも紹介されている。

2013年5月23日木曜日

秩父鉱山大黒川原

秩父鉱山の大黒の川原に鉱物採集に行く。今日は、ありがたいことに鉱物仲間のёб氏が自宅前に車をつけてくれたおかげで、そのまま大黒の駐車場で現地集合することができた。感謝。

前回同様にXa氏を交えて、大黒の川原で鉱物採集する。自然金欲しさに、ふるいとパンニング皿を用意したが・・・。
まず、橋の下をくぐって、急斜面の上側に坑口をのぞかせる処までと・・・川をちょっと遡行したが、わたしだけ諦めた・・・ああ高さに足腰が追いつかない。お二人の情報によれば、坑口周辺に黄鉄鉱石が転がっていたという。

そこで独り、最初の川原に戻って次の鉱物を採集した。(もらい物を含む)
・菱マンガン鉱、磁鉄鉱、(?)ザクロ石、黄鉄鉱、閃亜鉛鉱

次に、ネット情報をもとに自然金を求めて川原を下る。砂防ダムまで至るが、残念ながら該当の場所が見つからない・・・そこで途中に合流している川に入り遡行したが、ここでも残念な結果に終わった。
とりあえず次のものを採集。(もらい物を含む)
・黄鉄鉱、硫砒鉄鉱

(本ブログ関連:"秩父鉱山大黒坑")

(追記)
川の岩石歩きに四苦八苦するわが身を考えると、今日、史上最高齢の80歳で最高峰エベレスト(標高8,848m)を登頂された三浦雄一郎氏のパワーに敬服の至り。今後の鉱物採集に参加をあやぶんでいたわたしだが、もう一度気を取り直して、しばらく継続することにする。

2013年5月22日水曜日

amor

ギリシア・ラテン引用語辞典のラテン語の部に「amor(愛)」の項を探すと、ぽいと吐き出された愛の捻じれで面白いものがある。ランダムに列記する。

amor ex oculis oriens in pectus cadit.  愛は眼より出でて胸に入る。

amor quod suspicatur vigilans, somniat.  愛はそれが目醒めてあるときに想像することを夢みる。

amor tussisque non celantur. 恋と咳とは隠されず。

2013年5月21日火曜日

小満2013

今日は二十四節気の「小満」。街に、森に、畑に溢れた緑は、夏の陽を受けてまばゆく輝く。豊かな実りに向けて準備は整ったようだ。

というか、小満のこと意識になかったなあ・・・確かに、春の寒暖が次第に収斂して、初夏の頭上の日差しに驚くこともあるが、日々生活は、野の緑、森の緑、畑の緑と疎遠だし・・・。

そうそう、明後日には、緑の風を確かめに、秩父鉱山大黒に行こう。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 初八日

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/15)に、文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズの第6回として、日本の「花祭り」に当たる、旧暦4月8日に釈迦の誕生を祝う仏教行事の「灌仏会(かんぶつえ)」すなわち「初八日(チョパイル、초파일)」について紹介された。

まず「初八日」の行事について次の紹介から始まった。
・旧暦4月8日(今年5月17日、最近では新暦4月8日)の釈迦生誕日を祝う「灌仏会」(花祭り)は、韓国ではキリスト教のクリスマスに比する行事である。釈迦生誕日の4月8日から「初八日」と呼ばれ、「釈迦誕生日(釋迦誕辰日、석가탄신일)」、「お釈迦様がいらした日(부처님오신날)」と呼ばれ、全国的に行事が行われる。

▼仏教象徴の花からチョン・ジュソンの歌による「蓮の花咲く」を聴く。今様の・・・音色に東洋の香りを重ねて。

韓国(朝鮮)仏教、「八関会」について次のように紹介された。
・紀元前5世紀頃インドに始まった仏教は、西暦372年高句麗に伝来したとされ、以後、統一新羅、高麗では国教に指定された。現在、登録文化財の約65%が仏教関連といわれ、仏教は韓国に深く根付いた伝統文化でもある。
・釈迦誕生日は、「初八日」と呼ばれ、様々な行事が行われてきた。特に新羅時代の風習である「八関会(팔관회)」と、「タプトリ(탑돌이)」は長く続いた。
八関会は、不殺生、不偸盗、不姦淫、不妄語、不飮酒の5戒律に、贅沢しない、高い処に座らない、午後に断食を行うの3戒律を合わせて、一日に8戒律を守る仏教儀式である。
タプトリは、夜通し塔の周りを巡り、自ら、そして家族の健康と安寧を祈願する仏教の修行である。

▼キム・ヨンイム歌による「タプトリ」を聴く。繰り返す旋律が次第に心地よく耳に、心に残るよ。

「タプトリ」について、関連する逸話(三国遺事(13世紀末))と、行事が次のように紹介された。
・新羅のキム・ヒョンが初八日にタプトリを行ったところ、美しい女人が現れ一目で魅了されるが、後にトラの化身であることを知る。しかしひたむきな愛に感動したトラは命をかけて彼を守った。
・初八日は、道に沿って明るい提灯が飾られる。この風習も統一新羅時代に始まったといわれる。ニンニク、スイカ、つるなどの形の提灯が並び楽しむことから、「観灯遊び(관등놀이)」という。中でも蓮の花形の提灯が一番多く見られ、蓮の提灯を点す意から「蓮灯会」とも呼ぶ。毎年、この時期に開く蓮灯会は、韓国を代表する祭りのひとつであり、昨年重要無形文化財に指定された。

▼パク・ヤンドク他の歌による南道雑歌「報念(보렴)」(報施念佛の略)を聴く。土の香りがしてくる・・・祈りが集合して次第にうねりとなるような本当の力を感じる。

2013年5月20日月曜日

小学校の真実

小学校の真実といっても、別に不都合な真実なんていった大げさなものじゃない。テレビ娯楽番組で世代別に小学校時代の給食の思い出語りするのに、ひとつだけ気になったことがある。

一番上の世代が語ったことだが、給食に出た脱脂粉乳のミルクがいやでいやでしょうがなかったという話しに、本当にそうだったろうかと思い返した。元気なだけが取り柄の男の子たちは、ミルクのおかわりに並んだものだよ。まあ、地方の小学校だったからかもしれないが、あんなに否定されると、脱脂粉乳のミルクが可哀相で弁明したくなる。

それに、こんな工夫もしたものだ。大粒の豆のぜんざいが出たときは甘さもあるので、それと脱脂粉乳のミルクを一緒に混ぜたりしたものだ・・・まろやかになって意外と好評だったよ。
そんなわけで当時は、脱脂粉乳のミルクが臭いと完全否定されていたわけはなかった。考えてもみて欲しい・・・給食時間に、みながミルクを窓の外にそっと棄てていたわけじゃなかったでしょ。
脱脂粉乳のミルクが臭いという言葉も、そのとき聞かなかったような気がする・・・後から出てきた言葉じゃないのかな。

アメリカン・ポップから一夜にしてビートルズファンに変わったかのごとく語られるのと同様に、今から見て記憶を整理し直しているのじゃないのかと・・・ちょっと気になる。どうやら記憶は、時間と空間が遠ざかるほど純化されるようだ。

今ではスーパーの商品棚に脱脂粉乳は「スキムミルク」の名で出ているが、あまり日が当たらないようだ。

(付記)
思い出したことがある。小学校の給食棟の脇に、大きな(ガソリン?)ドラム缶サイズの茶色した固い紙筒があって、表に星条旗をアレンジしたデザインとその下に両側から握手する手首の絵が描かれていた。何が入っていたのだろうか・・・小麦粉、それとも脱脂粉乳? ぼくらは、そんな時代に育ったんだよ。

2013年5月19日日曜日

思いつくまま冬虫夏草

テレビ情報番組で、ネパールの農民が山肌に茂る短い草むらの中から冬虫夏草を探し出し、それを仲買人に売って生活費の足しにすることから始まり、最終的に中国で驚くほど高価な食材となるまでをドキュメント風に紹介した。
採集に子供の目力が役立つと、作業を手伝わせる場面があるが、経緯にちょっとした脚色があるのかな。

なぜ虫が草になってしまうのだろうか・・・どちらかといえば、それを知りたかった。菌類が昆虫の体内に侵食(寄生)して宿主を乗っ取ってしまうのだが、そんなことがあるなんて、むかし白戸三平の漫画で知ったときには驚いた。

四方田犬彦は「白土三平の食物誌」の中で、冬虫夏草を題材にしたストーリーを次のように紹介している。
「初期の『甲賀武芸帖』の・・・第二話では、不老長生の妙薬を求める旅に出た少年が、冬虫夏草を発見したものの吹雪に遭難してしまい、みずからが巨大な冬虫夏草の温床と化してしまう。 」

そういえば、落語に「頭山(あたまやま)」があって、サクランボの種を飲み込んだけちん坊が、頭頂に育った桜の木を引き抜いた穴に、最後は身を投じる。人間版の冬虫夏草、いな冬人夏樹とでもいうのか、それにしてもメビウスの輪のように、空間がねじれるという不思議でおかしな展開だ。

ところで、ヘビが自分の尻尾を食べたら最後はどうなるだろう。