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2012年8月7日火曜日

立秋2012

気配どころか風の音にすら秋を感じないのに、今日は夏至と秋分の中間に位置する二十四節気の立秋だそうだ。風流な名前とは裏腹に、毎晩のオリンピック観戦に睡眠不足になりながら暑い夏をやり過ごしている。

東京の月平均気温は、8月が例年ピークなのだから、この8月上旬に秋を早々感じるには無理があるかもしれない。
ちなみに東京のここ数年の気温データ(気象庁「東京 日平均気温の月平均値(℃)」)は次の通り。

             7月  8月  9月
2009年 26.3 26.6 23.0
2010年 28.0 29.6 25.1
2011年 27.3 27.5 25.1
2012年 26.4

なでしこ決勝へ

TV観戦しながら、なでしこたちが自ら作り上げてきた歴史を思ったりした。そして、ついにその最終到達点が視界に現れてきたのだ。驚き、感心し、そして敬意を感じる。にわかファンとしては、「立派だなあ」とつぶやきながら見つめていたわけだが。女子サッカーの試合を夜中に見る時代が来るなんて、正直誰が予想しただろうか。そして、彼女たちの活躍にこんなに勇気付けられるとは。

例によって東経139度の地なれば、試合は、今日の日付に変わって1時間後の深夜01:00に開始された。今日も睡魔と格闘だった。それでも、ゴールのたび手を叩き、はらはら、どきどきしながら試合の経過を見守った。

47NEWSの記事「耐え抜いたなでしこ 夢の2年連続世界制覇に王手」(2012/08/07 07:54、岡本彰記者)は、フランスとの試合結果を次のように報じた。(抜粋)
本記事は他に、女子サッカーの置かれている環境も率直に記していて、読者を浮かれさせない。

・なでしこジャパンがサッカーの聖地、ウェンブリー競技場での準決勝で、フランスの猛反撃を2-1で振り切りオリンピックでは初のメダル獲得を決めた。耐え抜いた末の勝利だった。

・宮間のFK(フリーキック)
昨年の女子ワールドカップ(W杯)に続く世界制覇への王手。流れをつくったのは主将宮間の2つのFKだった。フランスの堅い守りにあい、攻めあぐねていたなでしこは【前半32分】、FKのチャンス。宮間がゴール正面にけり込むと、飛び出したGKがボールを確保し損ねた。これを体勢を崩しかけながらも大儀見が左足で押し込んだ。なでしこにとってはこの試合で最初のシュートだった。

・【後半4分】は再び、宮間の低く強い弾道のFKに合わせ、坂口がヘディングシュートを鮮やかに決めた。数少ない好機を得点に結び付ける集中力がものをいった。

2012年8月6日月曜日

キュリオシティ

CNN.co.jpの記事「火星探査機キュリオシティ(Curiosity)が無事着陸 火星から初の映像送信」(2012.08.06、15:56 JST)によれば、「米航空宇宙局(NASA)の火星探査機『キュリオシティ』は米東部時間6日午前1時30分ごろ(日本時間午後2時30分ごろ)、火星の地表に無事着陸した。」とのこと。

大きな好奇心と、ちょっとした不安が交錯する。探査機キュリオシティがとんでもないものを発見するかもしれないのだから。ともあれ、成果が楽しみだ。

KBS WORLD「国楽の世界へ」 朴大成

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(8/1)に、人物シリーズ39回目として弦をこする擦弦楽器アジェン(牙筝、아쟁)の演奏家、「生きている伝説の人物」朴大成(パク・デソン、박대성)(1938年~)を紹介した。
いつもながら充実した解説に感謝して楽しく聞かせていただいている。

まず牙筝の復習・解説から始まった。
・日本の琴に似た、韓国の楽器の伽耶琴(カヤグム:가야금)や玄琴(コムンゴ:거문고)と同じく床に置いて演奏する。これらより一回り大きいため、国楽器中、最も低い音を出す。演奏法は、弦を手やばちではじいたりせず、(松脂を塗った)レンギョウの木の棒を使って、弦を擦すり音を出すのが特徴。
合奏では独特な低音で、他の楽器の旋律を支える存在だが、独奏の場合は、心の奥深くに積もった悲しみを引き出すような切ない音を醸し出す。

▼朴大成ほか演奏による「歳月(세월)」を聴く。情感がこもり、かつ瞑想的である。本来独奏楽器なのか、それとも合奏楽器なのか、あるいは伴奏楽器なのか・・・。

次のように朴大成のプロフィールが紹介された。
・1938年6月25日 珍島の(錚々たる)音楽・芸術一家に生まれ、長い間、釜山で音楽活動を続ける。
・1960年代後半 牙筝散調*を初めて作り出したハン・イルソプ(한일섭、1929年~1973年)について学ぶ。
  → (*)アジェンを小型化した楽器のこと?
・1980年代後半~90年代 日本に渡り生活した時期もある。
長い海外生活の後、帰郷したが、韓国は彼の知っていた頃の姿とは見違えるほど変わっていた。地方ごとに国楽管弦楽団が設立されていて、さらに若い演奏家たちは国楽器を利用して、現代風な創作音楽を作り出していた。現代の国楽界は、伝統音楽しか知らない年老いた演奏家が溶け込むには少し難しいところがあったかもしれないけれど、朴大成の音楽が発表されるやいなや、国楽愛好家たちの間に瞬く間にうわさが広がり、彼の名が一躍脚光を浴びることとなった。
・2005年 CD「朴大成の国楽の世界(박대성의 국악세계)」がきっかけとなり、その名が一般に知られる。

▼朴大成ほか演奏による「牙筝散調(アジェンサンジョ、아쟁산조 )、晋陽調(チニャンジョ、진양조)」を聴く。まるで歌っているようで・・・こちらは自然な感じがする。

▼朴大成ほか演奏による「牙筝散調(アジェンサンジョ、아쟁산조 )、チャジンモリ(자진모리)」を聴く。軽快*で楽しく聞けそう。
  → (*)テンポは、「チニャンジョ(진양조)」(6拍)<「チュンモリ(중모리)」<「チュンジュンモリ(중중모리)」<「チャジンモリ(자진모리)」の順に速くなる。

2012年8月5日日曜日

「家門の災難」

イ・ソンヒのヒット曲「私はいつもあなたを(나항상 그대를)」が登場人物に歌われる、映画「家門」シリーズの第1作「大変な結婚(家門の栄光)」(2002年)、第2作「家門の危機」(2005年)は、Gyaoと映画で視聴したが、第3作「家門の復活」(2006年)は未見で、劇中に同曲が歌われたか確認していない。

同シリーズには、福岡・佐賀へ海外ロケした第4作「家門の災難(受難)」(2011年)が登場した。本日、ご近所のDVDレンタル店で見つけたので早速視聴した。残念ながら、イ・ソンヒの「私はいつもあなたを」は本作品で使われていなかった。

物語は、食品会社を経営する母親を家長とする一家が日本への輸出事情を掌握するため出かけるのだが、持参した現金(ウォン)を円に交換するため日本の銀行を訪れたところ、銀行強盗に遭遇して全て奪われる。取り戻そうと強盗団主犯が乗ったトラックに後ろから飛び乗り、追跡しては山中をさまよい(まるで古典的なジャングルスタイルで)野宿したりする。また、母親の誕生日であることに気付き、心尽くしの祝いをしようとするのだが・・・。
結局、現金を取り戻せたとは思えず、謎の観察者も消え去る。

それにしても、せっかく優れた俳優陣を揃えていただけに、ストーリー(構成)が下へ下へ流れ込む傾向があって、子どものおもちゃ箱状態になってしまったのが・・・。

(本ブログ関連:"家門"シリーズ)

2012年8月4日土曜日

サッカー男子準決勝進出

他に気を向けていたら(つまりTVでクイズ番組など見ていたら)、ロンドンオリンピックの男子サッカーで、日本はエジプトと3-0で、44年振りに準決勝に進出した・・・とのこと。

どうして日本男女サッカーはこんなに強くなったのだろう。

イ・ソンヒのカバー「愛しか私はわからない」

以前、Youtubeに登録されながら削除された、イ・ソンヒによるシム・スボン(심수봉)の「愛しか私はわからない(사랑밖엔 난 몰라)」のカバーを今一度見ることができる。正直、いずれ削除される運命にあるだろう(そうならないことを切に願う)けれど・・・それまでに何度も見ておきたいものだ。

シム・スボンに最も評価されたカバーであるでだけでなく、イ・ソンヒの輝かしい20周年記念コンサートの一幕でもある。

(本ブログ関連:"シム・スボン")

(本ブログ関連:"5大歌姫"、"イ・ソンヒの本歌取り"、"イ・ソンヒ 美しい江山"、"イ・ソンヒのカバー「熱愛」"、"イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」"、"イ・ソンヒのカバー「みなさん」"、"イ・ソンヒのカバー「あなたは遠いところに」"、"イ・ソンヒのカバー「それだけが私の世界」")

(Youtubeに登録のrosamin2に感謝)

なでしこ、ブラジルに2-0

いやあ、眠れない。日付も変わって1時間もすると、女子サッカー対ブラジル戦が始まったのだ。昨日、一日汗をかいて外出したというのに、疲れた体は大丈夫だろうか、そんなことより・・・。

ブラジル選手の体力とスピードに驚く。ついに試合前半27分頃、沢選手>大儀見(旧姓永里)選手 の見事な先制点が入ると、寝るわけにはいかない。深夜、思わずTVに向かって手を叩く。ちなみにTVの音を消して見たものの、やっぱりにわかファンには解説と会場の歓声がないといけない。すぐに音を響かせる。

後半は如何にと固唾をのんで見守る・・・目が離せない。72分頃、何と2点目を大野選手がゴールしたのだ。なでしこは本当に素晴らしい。ついにベストフォー進出を果たしたのだ。しかも彼女たちは、自力で世界を切り開いてきたのだから更に凄い。
最終、逃げ切るでもなく冷静に試合を運び、勝利した。次はフランスが相手だそうだ。健闘いただきたい。

(付記)
日本経済新聞の記事「耐えて4強…なでしこが見せた原点サッカー」(2012/8/4 7:00)に、北京五輪で主将だった池田(旧姓磯崎)浩美氏が、「ブラジルの『個』を上回った日本の『組織』」と解説している。

2012年8月3日金曜日

特別展示「生きる形」

今日は汗が止まないほど暑かった。そんななか、先日縁者から教えてもらった東京大学総合研究博物館で開催されている特別展示「生きる形」を見た。

同館には以前、東京帝国大学初の日本人鉱物学教授であり、「日本鉱物誌」(第1版:1904年、第2版:1916年)の著者でもある和田維四郎(わだつなしろう、1856年~1920年)の鉱物標本展示会を見学したことがある。

ところで、現在同館は常設展示だけで、特別展示の「生きる形」は、道路沿いの同館から赤門寄りにある伊藤国際学術研究センターの地下1階で開かれている。
展示場は、骨格標本の白さを強調して浮き出すように照明を落としている。と同時に、あの独特な臭いが漂ってくる。生きるものは必ず死ぬという現実を思い起こさせる。

さて、今回の展示は、張本人?のキュレイターであり解剖学者である遠藤秀紀教授を中心に、写真家と造形家の3人による"フュージョン"、あるいは"コラボレーション"による成果である。
白い骨は、透明ネットを張った額の中に固定され、無機的に並べられているようにも見える。骨盤、肩甲骨、胸骨など分けているものもあれば、あるいはいくつかの骨を組み合わせて・・・照明の結果、壁に”意図的な”影が浮かぶようにしているものも(1つだけ)ある。それは生と死の長さを示すもので・・・。

展示物個別に解説が付されていない。それに展示の意図も・・・。入り口の受付で配布される東京大学総合研究博物館ニュースの「Ouroboros」(44号)を必ず手に取ることお勧めします。(仕掛け者の意図に反するが、読まないと消化不良になりますよ!)

(付記)
汗でシャツが濡れているわたしを見て、展示場受付の方が、冷蔵庫に保管の標本を紹介してくれた・・・一瞬冷気が感じられたけれど。結局、地下鉄の本郷三丁目駅に戻る途中、喫茶店に寄って熱気を冷ますと同時にシャツが乾くまで休憩した。暑い一日だった。

(付記)
同館ホームページにある「逸脱美考」展示を、"早とちり"して見られるものと思い込んでいたが、何とそれは国立台湾大学図書館1階中庭で展示中とのこと。まさか、台湾まで行くこともできないし・・・。巨大な自然金?の塊が見られるというのに、残念。

2012年8月2日木曜日

内村選手、五輪体操個人総合で金

ロンドンオリンピックの体操競技男子個人総合で、内村航平(うちむら こうへい)選手が金メダルを手にした。子どものときから両親の指導経営する体操教室に通い、そこにあったトランポリンに慣れ親しんで、空中の回転動作を身につけたと、オリンピック前のTVで彼のずば抜けた運動能力を特集していた。それだけに、今大会の団体で苦戦したと報じられたとき、余りの重圧に押されたのかと案じたが、総合で見事に跳ね返し、国民の期待を裏切らなかった。やはり天才である。

ウォールストリートジャーナル日本版の記事「内村、五輪体操個人総合で金-スーパーマンが飛んだ!」(2012年8月2日、9:29 JST)は、彼の個人総合の金獲得の評価と同時に、団体の結果について彼の心情も報じている。(抜粋)
・内村はこの日の個人総合で92.690点で金メダルに輝いた。ドイツのマルセル・ニューエン選手は91.031点を、銀メダルを、米国のダネル・リーバ選手は90.698点で銅メダルをそれぞれ獲得した。

さて、本当ならもっと熱心に内村選手の活躍をTV観戦しなければならないのだが、オリンピックというのは正月の重箱に詰まったおせち料理のようなもので、日本人選手が活躍するのを次々見れば、どれもこれも関心あって、どれもこれも面白い・・・けれど時間に限りがあり、頑張って見れば睡眠不足になるわけで。
今回、内村選手の活躍をニュースだけで知り、ライブひとつも見ないで感想を述べるのは失礼と思いつつも記した。

(追記)
夜TVで、個人総合決勝の録画が放送された。最後の床運動の終わりに内村選手が、ホッとした様子で会場を見回したのが印象的だった。そして、ニューエン選手の洗練された床運動を、リーバ選手のダイナミックな鉄棒を見た。会場は、国を超えて選手の美技のたびに、惜しみない拍手を送った。ありがとう。

2012年8月1日水曜日

イ・ソンヒの「あなたに届くなら」

イ・ソンヒがプロデュースしたというアルバム11集「Dream of Ruby」(1998年)に所収の「あなたに届くなら(너에게 가면)」が、Youtubeに登録されている。Ko-Wikipediaによれば、この曲を作詞・作曲したのは、韓国ロックの父(大父)といわれるシン・ジュンヒョン(신중현)の息子シン・デチョル(신대철)だそうだ。
たたみかけるように歌う高音の力強さに、特別なメッセージ性があるのだろうか・・・考えてしまう。



(Youtubeに登録のKnightmareSMに感謝、重ねて感謝)

2012年7月31日火曜日

ロンドンオリンピック金メダル第1号

さて今日も日付が変わったばかりの深夜、ロンドンオリンピックの柔道の試合をTV観戦する。試合前に集中を高めていた、女子57Kg級の松本薫(まつもと かおり)選手が、ついに今回の日本選手団として最初の金メダルを獲得した。

産経ニュースの記事「松本が『金』日本勢第1号 女子57キロ級」(2012.7.31 00:29)は次のように報じている。

・ロンドン五輪第4日、女子57キロ級を行い、世界ランク1位の松本薫(フォーリーフジャパン)が決勝で、カプリオリウ(ルーマニア)に反則勝ちし、金メダルを獲得した。今大会を通じ、日本選手団の金メダル第1号。同階級では56キロ級だった時代を含めて五輪初の「金」となり、初日から不振が続いていた柔道女子にも初のメダルをもたらした。

・初の五輪出場となった松本だが、得意の足技と寝技を使い、初戦から相手を圧倒。2010年世界選手権と今年のマスターズ大会を制した実力を初の大舞台でも証明し、男女ともに「金」がないという“お家芸”の危機を救った。

(付記)
なんともピリリと効いた記事である。ただし、松本薫選手には勝とうという気迫があった。それがTV画面からよく感じられた。試合を「楽しむ」よりも「勝つ」ことを第一に見せてくれたのだ。本当におめでとう。そうそう、会場に応援に来られていたお父さんによく似ているね。

(追記)
日本経済新聞の記事「金1号…勝負師・松本が見せた外国人封じ」(2012/7/31 7:00)には、松本薫選手の精神力と試合運びについて、山口香(やまぐち かおり)筑波大大学院准教授(日本オリンピック委員会理事)の女子柔道指導者ならばこその言葉がある。

2012年7月30日月曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 姜孝善

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/25)に、人物シリーズ38回目として日本の雅楽器の篳篥(ヒチリキ)に似た縦笛ピリの演奏家である姜孝善(カン・ヒョソン、강효선)を紹介した。

まず。縦笛のリード管楽器であるピリ(觱篥:피리)の復習(構造、音色、役割)から始まった。
・ピリは、竹製胴体部分に八つの穴があり、2枚リードのキョプソ(舌、겹서)をさして、オーボエのように縦に持って吹く。国楽器中、最も形の小さな楽器だが、その音色は力強く存在感があり、合奏時には主旋律を引っ張っていく。管楽器の花形と言っても過言でない。
・昔から、宮中の宗廟(チョンミョ)祭礼楽など宮中音楽をはじめ、農村の庶民たちの踊りの伴奏まで、様々なシーンで幅広く演奏されてきた。現代では、その存在感から、創作管弦楽で主旋律を担当することも多いが、音域がそれほど広くはないため、伽耶琴(カヤグム:가야금)」や、奚琴(ヘグム:해금)と演奏する場合、脇役になる場合が多かったようだ。

▼姜孝善のピリほか演奏による「相霊山(上霊山、상령산)」を聴く。洋風伴奏とのコラボは印象を新たにするでしょう・・・。

 次のように姜孝善のプロフィールが紹介された。
・1976年2月4日 生まれる。幼い頃からピアノとバイオリンを習び、その後、国立国楽中高等学校に進学してピリを専攻。
・2006年 国立国楽院の団員として活動。ファーストアルバム「アトラクション(Attraction)」(2006年)収録のピリ音楽は、それまでの伴奏なしにメロディーを淡々と吹いて聞かせる伝統的なピリのイメージを大きく覆すもので、新しい可能性を見せた。
・現在、演奏の範囲を欧米に広げ、カミン(가민)の名で活動している。

▼姜孝善のピリほか演奏による、(アルバム「アトラクション」より)Michael Staudacher作曲「Life as a day-In life」の「The evening」を聴く。・・・なるほど、新しい音楽誕生という感じです。

▼姜孝善のピリほか演奏による「牡丹雪と夕立(함박눈과 소낙비)」を聴く。コラボって、どうしても東儀秀樹の篳篥の音色にかぶさる。時空を超えるのは大変なことだ。

2012年7月29日日曜日

オリンピックの思い出

オリンピックの思い出といっても、ずっと遡って1964年東京オリンピックのことだが。

・東京大会の前回に当たるローマ大会閉会式で、「アリベデルチ  トキオ」*の言葉が電光掲示板に表示されたように記憶しているが、Youtubeにローマ大会の映画「LA GRANDE OLIMPIADE」の一部しか登録されてないので確認できないのが残念・・・。

(*) 実際は、"Arrivederci a Tokyo"と表示されたようです。

・千駄ヶ谷の体育館で、日本女子体操選手たちの公開練習を見学する機会があった。会場端の座席にいたため、池田選手たち中心選手を見たはずだが、記憶に残っているのは小野清子選手(体操の小野喬選手の奥さん)だ。彼女だけ光が当たっていた。

・全ての種目に観客が集まるというわけではないのだろう。地味な試合は、学校に入場券が割り当てられた。抽選で当たったのが、乗馬の障害馬術競技だ。霧雨の中、数人の仲間と馬事公苑に見物に行った。携帯のワンセグがあるわけでない時代のこと、試合内容は要領得ぬままだったが、オリンピック競技を観戦したというだけで満足だった。

・ブラスバンドの曲目に、「オリンピック・マーチ」(作曲:古関裕而)が加えられたのはいうまでもない。ブラバンメンバーは先を競ってものにした。

・ところで、東京オリンピックと同年の1964年に、イ・ソンヒが誕生している。また、1984年の今日(7月29日)、春川南怡島(춘천 남이섬)で開かれたMBC「第5回江辺歌謡祭」で、イ・ソンヒが「Jへ」で大賞を受賞した

(Youtubeに登録のorso110、yoshihoshi11に感謝)

2012年7月28日土曜日

オリンピック開会式・・・眠たい

今日の日付に変わった夜中に、TVの討論番組を見たのが運のつき、そのまま早朝のオリンピック開会式中継の視聴にずれ込んだ。
開会式会場の中央で繰り広げられる、イギリスの産業革命以降の歴史パノラマは大変よくできていて、大勢の出演者がたくみに次々と場面展開するのに驚嘆する。その後、アルファベット順に登場する各国のチームを眺めながら、疲れがぼちぼち出てきた。日本選手団が登場すると、ほっとして、そのまま寝込んでしまった。

おけげで、今日は一日中、眠い目をこすることになった。

今日のできごと。
・語学好きの親類宅を訪問したら、コルシカ語とエンリコ・マシアス(Enrico Macias)の「想い出のソレンツァラ(A Solenzara)」について、それから低地ドイツ語とオランダ語の関係、そのうえアイスランド語についてまでも聞かされた・・・頭がパンクする、した。
・地元図書館で借りた「お稲荷様って、神様?仏様?」(支倉清、伊藤時彦、築地書館)を読む。お稲荷さんの他についても記載があり、平易に分かりやすく解説している。先日、地元公民館で<小金井新田>について講演会があったとき、テーマの柱に大岡越前守忠相が据えられたが、彼の下屋敷に(武家屋敷の守り神として)祀つられていたお稲荷さんが、後に東京の代表的な稲荷のひとつである豊川稲荷となる・・・このお稲荷さんは、檀家を持たない祈祷専門の曹洞宗の寺院(愛知県の豊川稲荷の別院)として運営されている・・・など知る。

(本ブログ関連:"お稲荷さんと油揚げ")

2012年7月27日金曜日

土用の丑そして鰻の蒲焼

以前口にしたけど今では高騰してしまい、気安く食すものでなくなったのが鰻の蒲焼だろう。かといって、スーパーでパッケージして陳列されているものを見ると、どうせタレを効かせているのだろうと気乗りしない。しかも決していい値段ではないのだから。

今日は土用の丑。暑さに閉口している。江戸の博学奇才平賀源内(1728年~1780年)の名コピー「本日土用の丑の日、鰻食うべし」に誘われて、鰻の蒲焼でも・・・と思ったが、さて源内は「蒲焼」を推奨していたのだろうか。このこと江戸期の流行と時系列はどうなのだろうか。
キリン食文化研究所のホームページに、次のように解説している。感謝。

・江戸期においては、江戸の名物や名所を記したガイドブック『江戸鹿子(えどかのこ)』(藤田理兵衛著・1687年刊)内で鰻の蒲焼屋について触れていることから、この頃には鰻は蒲焼という形でも広く食されていたと考えられる。そして源内も、この鰻の蒲焼きをこよなく愛した。

ふむふむ、源内存命の頃には、すでに蒲焼はあったようだが、さて今と同じく開いて、甘醤油で味付けして焼いたのだろうか。

以前、TVで紹介されたロンドンの下町料理に「ウナギのゼリー寄せ」を見た。鰻をぶつ切りにした料理で、姿からしていまいちで・・・食わずにいうのは失礼だが。

インターネットに蒲焼について様々な文面を探すと、鰻のぶつ切りを串刺しして焼いたから、蒲浦(がまほ)に似て蒲焼だという説があったり、味付けは関東での濃い口醤油の発明・普及と関連されるなどと・・・研究者のきちんとした文献があればいわれが整理できるだろうけど。

ともあれ鰻の蒲焼、口にしなければ話にならない。

オリンピック男子サッカー初戦白星

中日新聞の記事「日本男子、スペイン破る」(7月27日 00時39分)は、日本の男子サッカーが、1次リーグD組スペイン戦(グラスゴー26日午後2時45分~(日本時間午後10時45分~))で、なでしこと同様に初戦を飾ったと次のように報じら。

・【ロンドン共同】27日に開幕が迫ったロンドン五輪は26日、サッカー男子(原則23歳以下)が始まり、1次リーグD組の日本は英国のグラスゴーで優勝候補のスペインと対戦し、前半30分すぎに大津が決めた得点を守り切り、1-0で勝った。

・日本は清武やオーバーエージ(OA)枠の吉田が先発した。 

・5大会連続9度目の出場となる日本は、1968年メキシコ五輪以来44年ぶりのメダル獲得を目指す。

(付記)
他用に没頭して、TVの試合中継を見損なった。日付の変わったばかりの深夜(7/27)、試合後に気付いたにわかファンは、録画映像の後付けだけでは感情移入が難しくなる・・・惜しいことをした。
それにしても、スペインという名はでっかい・・・それに勝ったのだから、上記の記事のように「メダル獲得を目指す」なんて舞い上がってしまう。でも分かる気がする、本当に嬉しくなる。

2012年7月26日木曜日

オリンピック初戦女子サッカー白星

ロンドンオリンピックの開会式は明日だというのに、日本の(先陣を切って)女子サッカー初戦が始まった。読売新聞の記事「川澄・宮間だ!前半2点、逃げ切って勝ち点3」(7月26日02時49分)は、なでしこチームの白星スタートを次のように報じている。(抜粋)

・ロンドン五輪の女子サッカーは25日、グループリーグがスタートし、(1次リーグ)F組の日本女子(なでしこジャパン)は同日午後(日本時間26日午前1時~)、英・コベントリーでカナダと対戦。

・前半に川澄、宮間のゴールで2点を入れた日本は後半失点を許したが、2―1で逃げ切り、白星発進し、勝ち点3を挙げた。スウェーデンとの第2戦は28日正午(日本時間午後8時)から行われる。

・33分、<沢>からのパスをゴール左で受けた<大野>がキープ、左サイドからえぐった<川澄>が<大野>のバックパスを受けて右足で蹴り込んだ。

・44分、<鮫島>の左クロスから(相手に囲まれた中で小柄の主将)<宮間>が頭(ヘディング)で決めた。

(付記)
今日の日付に変わった夜中、なでしこたちの見事なゴールのたびにTVに向かって拍手をしていた。最初の得点のとき、大野選手のバックパスを再生画像で見せられて、技の凄さにあっけにとられた。まさに以心伝心のチームプレイだ。
そして次の得点も再生画像で飲み込めた。背の高い相手選手たちに囲まれるなかで、宮間選手がヘディングしていたのだ。チャンスをものにするスポーツ選手の執念に驚き感心するばかりだ。
ところで、TV解説者が、33分、44分なら次は55分に期待しようといっていたが、それくらいの迫力があった。
今年の夏は暑く、そして熱い・・・にわかファンのおじさんにとっても。

2012年7月25日水曜日

イ・ソンヒのカバー「それだけが私の世界」

韓国、80年代ロックグループ(バンド)「トゥルグックァ(野菊、들국화)」のアルバム第1集(1985年)所収のバラード「それだけが私の世界(그것만이 내 세상)」を歌う、イ・ソンヒの姿をYoutubeの映像(MBCの「土曜日土曜日楽しく(토요일 토요일 즐거워)73回-チョン・·ヨンロク(전영록)、イ・ソンヒ ジョイントコンサート 」(1987年5月23日))で見ることができる。
イ・ソンヒの熱く燃える高音の歌声に、それを支えるようにチョン・ヨンロクが加わり熱唱する。まさに、この時期のイ・ソンヒは、歌謡界を席巻し数々の栄誉を手中に納め世界を味方にした。

ところで、アルバム2集後に解散したといわれるバンド野菊は、今年5月に再結成を宣言したそうだ。(WoW!Korea:2012年7月1日)

(本ブログ関連:"5大歌姫"、"イ・ソンヒの本歌取り"、"イ・ソンヒ 美しい江山"、"イ・ソンヒのカバー「熱愛」"、"イ・ソンヒのカバー「離別」、「一度くらい」"、"イ・ソンヒのカバー「みなさん」"、"イ・ソンヒのカバー「あなたは遠いところに」")



(Youtubeに登録のsunnyfan100に感謝)

2012年7月24日火曜日

KBS WORLD「国楽の世界へ」 趙昌勲

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(7/18)に、人物シリーズ37回目として横笛のテグムの演奏家、趙昌勲(チョ・チャンフン、조창훈)を紹介した。

始めに横笛の管楽器「テグム(大笒:대금)」の(伝説と楽器)紹介から始まった。
・歴史書「三国遺事」(1270年代後半~1280年代中頃)にある、新羅時代(約1500年前)の伝説的背景に作られた楽器であり効能があったため、万事の萬と波、息の笛として「萬波息笛(まんぱそくてき)」(만파식적)と知られている。学者たちはこの伝説の楽器が「テグム」と推測している、そうだ。
(付記) テグム(名称/楽器)成立は、文献上どれくらい歴史を遡行できるのだろうか。

▼趙昌勲のテグムによる「清声曲(チョンソンジャジンハンイプ、청성자진한잎)」を聴く。楽器の特性を強調しているようで・・・気が緩まない。
(参考)박용호演奏の映像がYoutubeにある・・・こちらは穏やかで。(登録者koartny80に感謝)

・(上記より続き) テグムは、フルートと同じ横笛である。フルートの高く澄んだ美しい音色に対して、テグムは奏者の荒い息遣いまでもが音色となって聞こえる。即ちテグムは高音の際に、何か破れるような荒い音がする、他の伝統楽器にない特徴がある。吹き口と指で押さえる穴の中間位置に、清孔(チョンゴン、청공)という特有の穴がひとつあり、ここを葦から取った薄い膜で塞ぐことで、息遣いにより膜が震えて独特な音色を作り出す。

▼趙昌勲のテグムによる「重光之曲(チュングァンジコク、중광지곡)」の中から「相靈山(サンリョンサン、상령산)」を聴く。清孔の響きを強調すると、どこか大陸的でホーミーを想わせる。国楽の習い事で人気のある楽器として、男性に一番というのも分かる気がする。

1970年代に、趙昌勲と朴正煕(박정희)大統領との次のような逸話が紹介された。
・大統領に縦笛の短簫(タンソ:단소)を教えたことがある。しかし大統領が悲劇的な最期を迎えた後は、長い間、自らもソウルを離れ、地方で国楽団体を作り、細々と演奏活動を行っていた。

▼趙昌勲のタンソの演奏による「細靈山(セリョンサン、세령산)」を聴く。テグムに比べて、高音で明るい。素直な響きが、小中学校の音楽教材に使われているのが分かるような気がする。