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2026年8月24日月曜日

端唄「柳やなぎ」

端唄に「柳々」がある。「江戸戯作」(神保五彌、杉浦日向子、新潮古典文学アルバム24、新潮社)の序文(エッセイ)は、杉浦日向子のこの唄についてから始まる。なにかと風通しに苦心する江戸庶民にかすり笑いをもたらした戯作の雰囲気を映すとしている。

紹介された唄のくくりに「虚言(うそ)も実(まこと)も  義理もなし」とある。戯作世界の意義を伝えるよう漢字が並んでいる。素朴に端唄の世界ではどうだったのだろうかと、以下さぐってみた。

(本ブログ関連:”端唄”)

いつもの「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)と、ネットの「芝恋の三味線・小唄教室」*サイトだ。粋な世界で唄われるとき、遊里の人間模様が、男女のあいだが、しだれ柳の枝のように、風に揺れもつれあう様が浮かんでくる。
(*)同サイトの「小唄『柳 々』のご紹介」
        ー https://rensi26.com/4900
        ー 上方名優 三世中村歌右衛門の作詞で、恋仲になった祇園の芸妓の心をうたっている。
        ー 「江戸小唄」木村菊太郎著より引用とのこと。

庶民の唄として続けられたため厳密な詞があるわけでないし、あてはまる漢字表記も一定でないだろうけれど、上記の「江戸端唄集」をベースに、「小唄『柳 々』のご紹介」にある漢字表記を付記してみた。

「柳やなぎ」
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柳々で  世をおもしろふ(面白う)
う(請)けて暮らすが  命の薬
梅にしたが(従)ひ  桜になびく
その日そのひの  風しだい(次第)
うそ(嘘)もまこと(誠)も  義り(義理)もなし
はじめ(初め)は  すい(粋)に思へども
日増(ひまし)にほれて  ついぐち(愚痴)になり              ← 日増:ひま
昼寝の床の  う(憂)きおも(思)ひ
どふした  ひやうり(拍子)の  瓢たん(瓢箪)か (で)     ← ひやうり:拍子、ふとした弾みで。
あだ(仇)腹の立  月(好き)じゃへ                                ← 月:好き(本来の意味)を誤写か?
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歌い手によって微妙に違いが出てくる。

■ Youtube(登録: 0klz49)
「柳々(作榮)80rpm」(2022/11/22)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=tJusOlxJyZQ
    ー 唄唱:作榮(NITTOレコード  琴伴奏端唄  昭和8年[1933年] )



(付記)
杉浦日向子原作のアニメ「百日紅(さるすべり)」

■ Youtube(登録: ドゥック・ヴィエット)
「百日の赤 2015(ベトナム語 字幕)」(2020/07/31)   ← 音声:日本語
    ー https://www.youtube.com/watch?v=u18zqYbOSr8

2026年6月9日火曜日

あじさい、小唄「あじさいの」

梅雨によく似合う花は、「紫陽花(アジサイ)」をおいて他にないだろう。緑の葉の海原に浮かぶように咲き、花色の多様さ、梅雨のしとしと雨に静か耐える。まさに日本原産のゆかしき花である。

この時期、紫陽花にふさわしい端唄はないものかと、いつも参考にする「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫)を探したがよいものが見つからない。Gemini に相談すると、小唄「あじさいの」を紹介された。

(本ブログ関連:”小唄”)← 端唄・小唄の奏法:三味線の糸を指で弾くか、撥(ばち)で弾くか。

室内で静かに楽しむ小唄の世界に、紫陽花と夏の着物姿の女性を重ねた「あじさいの」(作詞 久保田万太郎*、作曲 田村法一**)がある。紫陽花の花の色から、女性を追想する洒落た歌であり、長襦袢の衿(えり)に目をやった記憶に男ごころをくすがらせる・・・深読みか。
(*)久保田万太郎(明治22年[1889年]~昭和38年[1963年]): 大衆作家と思っていたが、演劇・俳句・小唄とマルチな文化人。
(**)田村法一: 次の「小六月探求簿」に紹介がある。

次のサイト「小六月探求簿」で、詳しい解説をうかがった。

■ 小六月探求簿(登録: 太田 明紗日
「あじさいの」
    ー https://blog.ko6gatsu.net/the-quest-for-music/【作品探求】あじさいの/
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あじさいの 彼(か)の浅黄色                         ← 彼の:あの、浅黄色:微かに緑がかった薄青色
彼(か)の人の 紺の明石***の雨がすり****   ← 彼の人:あの女性の着物姿
その時かけていた えり*****の色                   ← えりの色:まさしくあの女性が衿にかけた浅黄色 
えゝえゝえ しょんがえ                                  ← しょんがえ:詮無い(仕方がない)昔のことよ
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(***)明石(明石縮 あかしちぢみ): 着物の生地、薄手絹織物「最高級の夏物」
(****)雨がすり(雨絣): 縦に細い不規則な直線が織り込んだ模様で、その直線が「しとしとと降る雨」につながる。
(*****)えり: 着物の下の長襦袢の衿に縫い付けて使用する半衿(はんえり)。

浅黄色 
「浅黄」は、古来「淡い黄色」だったが、現在は「やや薄目の青色」として定着している。

(参考)
■ 伝統色のいろは
浅葱色(あさぎいろ)」
    ー https://irocore.com/asagi-iro/
    ー 「『』と『』の字を混同されて『浅黄』と表記されている古実書もありますが、これは完全に誤用です。」


■ Youtube(登録: Release - Topic)
「紫陽花」演者: 田村彌笑(たむら やえみ)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=QWyRIWz7BAs
    ー 田村彌笑は、田村流に師事、東京芸大卒の実力者とのこと

2026年5月15日金曜日

(資料)三味線音楽のジャンル

ブログに、三味線音楽である「端唄」について記載する際、季節に合わせてYoutubeに代表的な音源を探してきた。粋で洒落た端唄が小唄に扱われたりして迷ったとき、その区分を「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)に収録されているかどうかで素人判別してきたが・・・実際は、撥(ばち)と指(爪)弾きという奏法の違いがあるけれど、レパートリーが重なっているケースもある。

(本ブログ関連:”端唄”)

そこで、あらためて三味線(三弦)を使う主要なジャンル(<歌い物>、<語り物>)を、生成AI Gemini にたずねて、下記に一覧表にしてもらった。

三味線という楽器は、「(戦国時代)16世紀末に琉球から伝来した『三線(さんしん)』がルーツとなり、江戸時代の泰平の世に爆発的な発展を遂げ」たという。(Gemini)
私としたら、楽器や奏法の違いもあるが、もっと気になるのは「文句(歌詞)」や庶民性の方かもしれない。

三味線音楽(歌い物・語り物)の歴史一覧(Gemini)
時代ジャンル主な特徴・用途音楽的スタイル
16世紀末三味線伝来永禄〜文禄年間、堺の職人が三線を改良し、撥(ばち)で弾く形を確立初期の地歌(じうた)の原型
江戸初期地歌(じうた)京都・大阪の盲人音楽家(検校など)を中心に発展。最古のジャンル叙情的な「歌い物」。後に箏(こと)や尺八と合奏される
江戸初期浄瑠璃(義太夫節)人形浄瑠璃の伴奏として竹本義太夫が確立。物語を語る「語り物力強く、劇的な表現
江戸中期長唄(ながうた)歌舞伎の伴奏音楽として江戸で発展華やかで技巧的。踊りの伴奏としての側面が強い
江戸中期一中節・豊後節語り物」の中から、より繊細で叙情的な一派が登場後の常磐津、富本、清元へと分岐する
江戸後期端唄(はうた)長い曲(長唄など)に対し、短い歌として流行。庶民の日常を歌うテンポが良く、軽妙洒脱。お座敷遊びでも親しまれた
江戸末期清元(きよもと)豊後節から派生。高音を多用した洗練された語り粋(いき)で艶っぽい表現。歌舞伎の伴奏として人気
幕末〜明治小唄(こうた)端唄からさらに洗練され、撥を使わず指(爪)で弾く奏法が一般化短く、凝縮された粋な世界観。室内で静かに楽しむ

2026年5月6日水曜日

端唄「一(ひと)声は」、ホトトギス(時鳥)

初夏に南から来る「ホトトギス(時鳥)」の姿をはっきり目視したことがない。ベテランの方は鳴き声(さえずり)から聞き分けるが、フィールドでそういわれても聞き逃している。
(閑話) ホトトギスと対にして語られる、同じく初夏の鳥「カッコウ」の鳴き声を、以前深夜に聞いたと思ったが、Gemini に確認したところ、「アオバズク」の聞き違いでないかと指摘された・・・)

(本ブログ関連:”ホトトギス”)

ホトトギスは、夜間から夜明けにかけて「キョッキョ、キョキョキョ」(「テッペン カケタカ」や「特許許可局」)とさえずり、田植えの時期を告げる(時を告げる)鳥として「時鳥」の名を与えられたようだ(検索AI Labs)。


端唄「一(ひと)声は」
ホトトギスの時を告げる意味合いから端唄にも使われ、待つこと・別れに通じ、報われぬ恋を語る象徴にもなる。
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一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす
いつしかしらむ  みじか夜に  まだ寝もやらぬ  手枕(たまくら)に(や)
男ごゝろは  むごらしい  女ごゝろは  左様(そう)じゃない
片時逢わねば  くよくよと  愚痴なおもひで  泣いているわいな
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唄の出だし「一声は  月が啼いたか  ほとゝぎす」について、「江戸端唄集」(倉田喜弘 編、岩波文庫))は、次のように解説している。(要約)
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滝野瓢水(江戸中期(享保〜宝暦期))の句「さてはあの月が鳴いたか時鳥(ほとどきす)」にもとづく。
 ・句意は、 ほととぎすが鳴いたと空を見れど姿がない、本当だったのか、ひょっとすると月が鳴いたのかもしれない。
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■ Youtube(登録: 0klz49)
「 一聲は(市丸)」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=gUxknTS_r9E
    ー 解説より: 昭和13年(1938年) VICTOR RECORD 金ラベル、 端唄 唄唱 市丸



■ 東京小唄・清元・三味線教室
「一声は月」(2010年8月2日)より抜粋
    ー https://kiyuumi.com/archives/2010/08/post_246.php
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安政4年(1857)5月、江戸市村座「時鳥酒杉本(ほととぎす  さけはすぎもと)」上演の時作られた江戸端唄である。お梅  粂之介の心中を芝居にしたもので「一声は  月が啼いたか  時鳥」は「さてはあの月が啼いたか時鳥(一三子*)」の名句から採ったもの。・・・(「江戸小唄」木村菊太郎著より)
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(*)一三子: 端唄の元になった俳諧の作者(滝野瓢水)と一三子とがつながる資料をネットで見つけられない。

■ 芝恋の三味線・小唄教室
「小唄「一声は月」のご紹介。」
    ー https://rensi26.com/1178
    ー 芝居「時鳥酒杉本」の内容解説がある。

2025年9月16日火曜日

端唄「秋の野に出て」

早朝のラジオ番組に長年出演している女性が、午前3時半に起床して、放送局に来るとき、日の出がだんだん遅くなるのに気付いたと語っていた。夏の活気がさめ、秋の深まりとともに季節の変化をしみじみと感じるようになる。

とはいえ、まだ秋の七草を眺める遊びを知らない。せめて、むかしの人の秋に親しむ風情を味わいたいものだ。「端唄」に「秋の野に出て」(「江戸端唄集」倉田喜弘編、岩波文庫)がある。

(本ブログ関連:”端唄”)

秋の夜の野に出て、七草をながめながら露に着物の裾を濡らす。そんな女性をアザミの棘(とげ)がまといつく。棘にかけて男女の遊びをうたう*。
(*)端唄に取り上げられているが、下記の通り「小唄」としても歌われる。

「秋の野に出て」
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秋の野に出て 七草見れば    サアヤレ 露でこづま(小褄)が    みなぬれる    サァゝ よしてもくんな    鬼あざみ(薊)
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■ 瓢(ひさご)小唄教室: 小唄解説 ~木村菊太郎著より~
「秋の野に出て」(2021年8月17日)
    ー https://hisago-kouta.com/89/
「江戸時代には、初秋の七月の末頃『虫聞き』『七草見物』と称して、秋の夜を郊外に出る風流な人々があった。」とのこと。


■ Youtube(登録: ototatchinuru18)
「桃山晴衣の小唄 / 秋の野に出て Harue Momoyama」(2012/10/18)
    ー https://www.youtube.com/watch?v=v5vOSTzs438

2025年3月21日金曜日

桜見よとて

桜(染井吉野)の開花は、あしたとか来週月曜日とか。そして、今年も満開の桜をぜひ見たい。

「江戸端唄集」(倉田喜弘編、岩波文庫)に「桜見よとて」がある。
こんな情景かな。一日の花見を口実に出かけた若旦那が、昼に、廓の遊女に逢いたいと問えば、仕事終わりの深夜ならという返答。結局どっぷりつかる・・・。
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桜見よとて  名を付(つけ)て  まづ朝桜夕桜  よひ夜桜は  間夫(まぶ)の昼桜  ヱゝどふなと首尾して  あわしゃんせ  何時(なんどき)じゃ  ひけ*すぎじゃ  たそや行灯**  ちらりほらりと  鉄棒(かなぼう)引(ひく)
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(注)上記文庫以外のネットで:
    ・「よひ夜桜」は、「よひ夜桜」となっている。
    ・間夫(まぶ)」は、「間夫(まぶ)(ひるざと)」となっている。(間夫=遊女の情夫⇒若旦那)
(*)上記文庫の補注より: ひけ(引け)、深夜の十二時頃。
(**)上記文庫の補注より: たそや(誰哉)行灯、妓楼の門口にある屋根付きの行灯。


■ 生成AI Geminiによる、端唄「桜見よとて」(上記文庫)の解釈。
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端唄「桜見よとて」の歌詞解説ですね。この唄は、桜の季節の遊郭を舞台に、遊女と客の恋模様を粋に描いたものです。以下に、歌詞の内容と背景を解説します。

歌詞の内容と解説
「桜見よとて 名を付て まづ朝桜夕桜 よひ夜桜は 間夫の昼桜」
    ・「桜見よとて」とは、桜を見ようと誘う口実で、遊女に会いに来たことを意味します。
    ・「朝桜」「夕桜」「夜桜」と、時間帯ごとの桜を挙げることで、一日中桜を楽しむ様子を表しています。
    ・「間夫の昼桜」とは、恋人(間夫)が昼間に会いに来ることを、桜に例えた表現です。
    ・つまり、桜を見に来たと言いつつ、本当は恋人に会いに来た、という心情を歌っています。
「ヱゝどふなと首尾して あわしゃんせ」
    ・「首尾して」とは、都合をつけて、という意味です。
    ・「なんとか都合をつけて会いましょう」と、遊女が答える場面です。
「何時じゃ」
    ・「いつ会えるのか」と恋人が尋ねています。
「ひけすぎじゃ」
    ・「引けすぎ」とは、夜、客との時間が終わり、遊女が自分の部屋へ引き下がる時間のことです。
    ・「夜、客との時間が終わってからなら会える」と、遊女が答えています。
「誰哉行燈 ちらりほらりと 鉄棒引」
    ・「誰哉行燈」とは、夜道を照らす行燈のことです。
    ・「鉄棒引く」とは、夜回りの警護の者が金棒を打ち鳴らしながら歩く様子です。
    ・夜も更け、ひっそりとした遊郭の情景が目に浮かびます。

唄の背景
・この唄は、江戸時代の遊郭を舞台にしています。
・昼間は他の客もいるため、遊女は恋人とゆっくり会うことができません。
そ・こで、夜、他の客が帰った後に会おうと約束する様子が唄われています。
・この唄は、男女の駆け引きを粋に表現した端唄の代表的な一曲です。
・この唄は、文政四年(1821)に三世坂東三津五郎が作詞作曲した上方小唄が元になっており、端唄、歌沢にも広まり、幾つも替唄が出来たとされています。

この解説が、唄の理解を深める一助となれば幸いです。
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■ Youtube(登録: 日本伝統芸能)
「さくら見よとて 田村葉留寿【小唄 レコード】」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=JZLgFP2Zxms



(参考)
■ 瓢(ひさご)小唄教室(小唄解説~木村菊太郎著より~)
「桜見よとて」(2021年8月17日)
    ー https://hisago-kouta.com/115/

2025年1月14日火曜日

笠森お仙

きのう(1/13)の「成人の日」について記したブログの末尾に、江戸の美人として有名だった「笠森お仙」(1751年:宝暦元年~1827年2月24日:文政10年1月29日)について触れた。お仙は、現代風の成人にあたる20歳近くに嫁いだことになると記した。むかしの「嫁入り時」の16~17歳より少し歳を経てのことかな。

そこで、彼女が働いた水茶屋が笠森稲荷社のそばだったことから、稲荷に関連して触れてみたい。以前から、キツネと関わりのある「九尾の狐」から「稲荷信仰」へと興味が広がり、かつ近在の稲荷神社が「笠森稲荷」系であることを知り、興味が尽きない。

(本ブログ関連:”キツネ”、”稲荷信仰”、”笠森稲荷”)

江戸の時代、谷中の福泉院境内に笠森稲荷社があった。門前に水茶屋「鍵屋」があり、「明和三美人」の一人として知られる美貌で話題になった <看板娘> の「お仙(笠森お仙)」がいた。当時のブロマイドにあたる「錦絵」(浮世絵の中で多色刷りの絵)に、鈴木晴信作の「お仙茶屋」がある。すっきりして柔らかな眼差しと、細身の着物の裳裾から足袋を履いた足先をのぞかせている。

鈴木春信「お仙茶屋」(Wikipedia)

ネットに、お仙の賛歌ともいえる「小唄」があり、Youtube映像もあるので見てみよう。

■ 東京小唄・清元・三味線教室
歌詞集「笠森おせん」
https://kiyuumi.com/archives/2014/10/post_833.php
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鐘一つ売れぬ日もなし* 江戸の春 花の噂の高さより
土の団子の願事(ねぎごと)を かけた渋茶の おせん茶屋
あたしゃ見られて恥ずかしい 掛行燈(かけあんどん)に灯を入れる
入相(いりあい)桜ほんのりと 白きうなじの立ち姿
春信**描く一枚絵

朧(おぼろ)夜や 木の間にゆらぐ ぼんぼりの 灯影(ほかげ)まばゆき櫻花
手拍子打てば ちらちらと 散るを惜しまん 春の宵
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(*)鐘: 滅多に売れないものでもあるが、それも毎日売れる
(**)春信: 鈴木春信


■ Youtube(登録:春日とよ喜裕美)
「笠森おせん(鐘一つ)東京小唄清元三味線教室」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=V4BavOuNFR8

2024年7月10日水曜日

ミレイの「オフィーリア(Ophelia)」と泰西名画

19世紀の英国に登場した、アンチ古典主義の画家集団「ラファエル前派」の一人に、「ジョン・エヴァレット・ミレイ(Sir John Everett Millais)」(1829年~1896年)がいる。特に彼の作品「オフィーリア(Ophelia)」(1851/52年)は、男性をおおいに惹きつけてやまない。

何度かブログに記したことだが、公園をなだらかに流れる小川の岸辺を、木立が被って陽の光がとざされる場所がある。絵画の中でしか知らぬが、平坦な地を流れる英国の川面を想い起させる。そして、そんな木陰の川筋を、ミレイの絵「オフィーリア」と結びつけたくなる誘惑にかられる。

(本ブログ関連:”ミレイ”)

ミレイ作「オフィーリア」
次の「Google Arts & Culture」*のリンクアドレス先で、ミレイの作品「オフィーリア」画像を高解像度(リンク先で表示の画像をダブルクリックする)で鑑賞できる。ひどくはかなく、残酷な、そして美しい作品だ。
(*)Google Arts & Culture
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タイトル: Ophelia
作成者: Sir John Everett Millais
作者の死亡地: London, United Kingdom
作者の出生地: Southampton, United Kingdom
作成日: Around 1851
実際のサイズ: w1118 x h762 mm
Provenance: Presented by Sir Henry Tate 1894
Original Title: Ophelia
タイプ: Painting
媒体/技法: Oil on Canvas
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ちなみに、上掲の絵画解説に「彼女が手にしている花は象徴的で、『ケシ(ポピー)は死を、『ヒナギク(デイジー)は純潔(無垢)を、 『パンジーは無駄な(むなしい)を意味している」と記されている。これらの中で、唯一の救いはデイジーの花かもしれない。
(実は、彼女の死を劇中で伝えた「ガートルード王妃」は、「シラン(芝蘭)」(変わらぬ愛)の花も語る)

(本ブログ関連:”デイジー”、”メアリー・ブレア”)

シェークスピアの劇「ハムレット」4幕7場、ガートルード王妃の語り
ー 坪内逍遙(1859年~1935年)訳
ー「PD図書室」に掲載:感謝
http://books.salterrae.net/osawa/html/hamlet.html#hamlet-4-7
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斜(なゝめ)に生ふる「青柳」が、白い葉裏をば河水の鏡に映す岸近う、「雛(ひな)菊」、「いらぐさ」、 「毛莨(きんぽうげ)」……  褻(みだら)なる 農夫(しづのを)は汚らはしい名で呼べど、 清淨な處女(むすめ)らは死人の指と呼んでをる…… 「芝蘭(しらん)」の花で 製(こしら)へた 花鬘(はなかづら)をば手に持って、狂ひあこがれつゝ來やったげなが、 それを掛けうとて 柳の枝に、 攀(よ)づれば枝の 無情(つれな)うも、折れて其身は花もろともに、 ひろがる裳裾にさゝへられ、 暫時(しばし)は たゞよふ水の 面(おも)。  
最期(いまは)の苦痛をも知らぬげに、人魚とやらか、水鳥か、歌ふ小唄の幾くさり、 そのうちに水が 浸(し)み、衣も重り、身も重って、歌聲もろとも沈みゃったといの。
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泰西名画
西洋絵画に描かれる顔の表現で、いつも気になることがある。白人特有の皮膚によるのか、(西洋画の肖像画の技法として承知していることだが)皮下を走る静脈が強調されることだ。だから、明治期に欧州へ絵画留学した日本の画家が、帰国して日本人を対象に同様な表現を試みた・・・結局、アジア人に似つかわしくないことに気付くことになるのだが。

オフィーリアの絵に、青味を下地にした顔を見るたび、生を残し浮遊する凄みを感じざる得ない。

ミレイの絵画には、どこか古風な感触がある。ぼくらが子どものころ聞いた「泰西名画」(本来はただ西洋絵画の意味でしかないのだが)の言葉の持つ、重い響きと暗鬱なイメージにつながる。そんな想いをする人物がいる。

(本ブログ関連:”泰西名画”、”絵画”)

以前読んだ、久世光彦著の「泰西からの手紙」(文芸春秋、1996.1~1997.12掲載より)から、そこで語られた「泰西名画」のイメージについて、似たような感想を持つことができる。
それは、泰西名画の言葉の響きに接した経験ある人なら大方が、夕暮れの光翳るなかに浮かぶ印象にたどりつくだろう。古書店で出会った古い美術書の、印刷技術が不十分な挿絵を見たときの印象だ。そんな思い出が語られる。
確かに昭和の時代、中産家庭の応接間には、泰西名画というにふさわしい古風な絵画が飾られていた。なぜあるのか誰も問わない、部屋の調和のために父親がどこからか運び込んだらしい、重い額縁に縁どられた絵があった。


参考:
(Youtube)「山田五郎 オトナの教養講座」
「【ミレイ】川で何してるの? 戯曲を描いたラファエル前派の最高傑作!【オフィーリア】」
https://www.youtube.com/watch?v=Fv05w_67pLo

2024年4月26日金曜日

朝湯が大好きで

今日(4月26日)は、「良(4)い 風呂(26)の日」(日本入浴協会)だそうだ。そこで民謡「会津磐梯山」のお囃子「~朝湯が大好きで」にあやかり、「小原庄助(おはら しょうすけ)」さんのようにひと風呂、私も楽しみたいものだ。

(本ブログ関連:”民謡「会津磐梯山」”)

元歌「玄如節」を、「会津磐梯山」と命名して広く知られたこの民謡は、1934年(昭和9年)に、小唄勝太郎(1904年:明治37年 ~ 1974年:昭和49年)が歌い、ビクターレコードより発売された。特に「朝寝、朝酒、朝湯が大好きで、それで身上潰した」というお囃子を追加したのは、彼女自身のアイデアによるものだったという(Wikipedia)。

とりわけ朝陽が射しこんで、湯けむりに包まれた湯船に浸かるのは、まさに至福のとき。気兼ねせず過ごす醍醐味が味わえる。そんなわけで、お囃子の通りに真似てみるが、朝寝と朝湯はできても、朝酒は今のところチョイとしんどいのが現状。

小唄勝太郎が歌う「会津磐梯山」が、Youtube(ビクターのSPレコード映像)にある <解説蘭> に、原曲(「カンショ踊り」*)を端唄風にアレンジしたとの記載がある。感謝。

(登録者の MrKan390に感謝)

(*)かんしょ踊
北会津村誌」(福島大学サイトに掲載)より
ー http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/10049.005/html/00482.html
ー http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/10049.005/html/00483.html
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 3、かんしょ踊 会津磐梯山という名で普及されている会津盆踊歌が、いつのまに、このような形で有名にな ったかをふりかえっておく必要があるように思う。

 もともとは甚句という名で呼ばれていた。高田甚句などが代表的で、正調会津磐梯山などの名で、高田の盆踊歌や、もっと古くからの個性をもつ本郷甚句などを大切に取扱うべきものかとさえ思っている。或は北会津村辺 の古老に、その古い流れをもっている人があるのではなかろうか。あれば、この際せめて録音なりとっておきた いと思ったが、今回はそこまで手が廻らなかったのは残念である。

 これを村々の人は、高田のかんしよ踊などと呼んでいたのを記憶している人は、まだある。気違い踊りという 意味で、明治初年に越後五ヵ浜より若松へ来ていた油締めの若い衆が、阿弥陀寺境内で踊って、熱狂的歓迎を受 けてから、この名が出来たなどという人もある。しかし言葉の内容、節廻しから、元歌は玄如節にあったのでは ないかと思われる。しかも、会津でも甚句の形で、各地独特の音調があったように覚えている。決して近年に発達したものとは思われない。

 大正十年頃大西玉子がキングレコードに吹きこみ、文部省の検定済になり、後に小唄勝太郎がビクターレコー ドに吹きこんで当ってから、全国的に普及した。そして、それが何時か会津磐梯山という名になり、小原庄助さ んのような合いのての囃子言葉までついて、その庄助が実在の人だとか、そうでないとかの論議まで生むに至っ ている。普及し、有名になったことは有難いが、甚句かんしょ踊歌には、もっと民謡としての個性に富んだ、 哀調もかみしめられる、郷土的な味の深い調子のものであったように思う。
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2019年9月11日水曜日

二百二十日 2019

午前中は晴れ、午後から曇り、夕方になって土砂降り。このところ、このパターンが多い気がする。帰り道に夜空を見上げれば、薄雲の先に月がぼんやり浮かんでいる。春の季語に「朧月(おぼろづき)」があるが、秋口の場合なんと呼ぶのだろうか。ネットを検索してみると「薄月(うすづき)」とある。

さて、朧月といえば、映画「絵日傘」(長田幹彦作詞、佐々紅華作曲:昭和5年/1930年)の主題歌「祇園小唄」に歌われる。この歌は祇園の四季を歌っている(実は随分と色っぽいのだが)。始まりの「月はおぼろに東山」は、春の「朧月」明かりをさす。秋については、静けさの中に聞こえる(際立たせる)「瀬音」や「鐘」の音、さらに「秋風」に象徴させている。
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鴨の河原の水やせて
咽(むせ)ぶ瀬音に鐘の声
枯れた柳に秋風が
泣くよ今宵も夜もすがら
祇園恋しや だらりの帯よ
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「祇園小唄」の秋に、台風の気配はないが、今日は雑節の「二百二十日」。Wikipediaによれば、「八朔(旧暦8月1日)・二百十日とともに、天候が悪くなる農家の三大厄日とされてきた。統計的には、台風は二百十日から9月下旬にかけて襲来することが多く、二百十日よりも二百二十日の方を警戒する必要がある。」とのこと。

(本ブログ関連:”二百二十日”)

先日(9/8~9)の台風15号を思えば、確かにこの近傍の方が農家にとって「厄日」ということが分かる。今日にしても、夕方の土砂降りは台風15号が吹き落とした後の木の枝や葉を再び散乱させた。台風の余波はしぶといようだ。

2017年12月28日木曜日

朝寝朝湯が大好きで

民謡「会津磐梯山」について、Wikipediaと「日本民謡集」(町田嘉章ほか編、岩波文庫)ともに、< 昭和十年ころ、小唄勝太郎がビクターからレコードを出して全国的に広まった > とある。昔はよく耳にしたが、今はテレビの紀行番組くらいでしか聞けない。

エイヤー 会津磐梯山は  宝の コラ 山よ」で始まる中で、囃子の「小原庄助さん  なんで身上(しんしょ)つぶした  朝寝朝酒  朝湯が大好きで  それで身上つぶした もっともだ  もっともだ」に登場する、小原庄助については、Wikipediaだけが採りあげて、しかも不明と記述している。(朝日新聞の「キーワード」には、それらしき人物モデルが存在して、墓まであるという解説があったようだが)

小原庄助は、朝寝朝酒、朝湯のせいで財産をなくすほど・・・財があったのか。昔は、そんなことできる者は限られていただろうけど、今は、その気になれば誰もできる。でも、誰彼やれば、社会生活は成り立たないし・・・。

朝酒はやらないが、朝寝、とりわけ朝湯は好きだ。今朝だって、窓から明かりが差し込んでくる湯船に漬かると、辺り一面湯気に霞んで、まさに温泉気分 実に愉快。若いころは、仕事終わりの風呂は夜遅くだったことを考えると、これくらいどうということもない。そういう歳になったのだから。ただし、湯疲れに用心、昼ごろになって、うつらうつらするやも知れず。

(昭和47年-1972年放送とのこと)

(Youtubeに登録のrakutennomuraに感謝)

2016年3月24日木曜日

「祇園小唄」

昔、時代劇俳優に高田浩吉がいた。彼が登場すると、銀幕がぱっと活気づく華やかさ、艶があった。しかも画面の中で歌って聞かせるのだ。LPレコードの記憶だろうけど、「伊豆の佐太郎」の「はいた草鞋(わらじ)に」のフレーズがいつまでも残っている。役者のイメージは、股旅ものだったが、過去の映画出演リストを見ると意外な感じがした。「伊豆の佐太郎」の歌詞の印象が余りにも大きかったからだろうか。

彼の娘に女優の高田美和がいる。彼女がカバーする、春に始まる歌、「祇園小唄」(昭和5年:1930年、作詞:長田幹彦、作曲:佐々紅華、歌唱:藤本二三吉)は、春夏秋冬に恋を歌う。今様にアレンジすることもなく、自流のイメージに合わせることもない、古風に歌い聴かせる。

春の京、霞に曇る東山、見上げれば登る月が見える。祇園の賑わい、過ぎ行く若者たちにも、「清水へ祇園をよぎる花月夜 こよひ逢ふ人みな美くしき」(与謝野晶子、歌集「みだれ髪」、1901年)。もしかしたら、京都の町に対する妄想かもしれない。(蛇足だが、朝日新書「京都ぎらい」(井上章一著)で、京都の町の別の一面が見えるような、見えないような・・・)

※ 「祇園小唄」(JASRAC No.024-0015-4 著作権消滅曲)


月はおぼろに 東山
霞む夜毎の かがり火に
夢もいざよう 紅桜
しのぶ思いを 振袖に
祇園恋しや だらりの帯よ

夏は河原の 夕涼み
白い襟あし ぼんぼりに
かくす涙の 口紅も
燃えて身を焼く 大文字
祇園恋しや だらりの帯よ

鴨の河原の 水やせて
咽(むせ)ぶ瀬音に 鐘の声
枯れた柳に 秋風が
泣くよ今宵も 夜もすがら
祇園恋しや だらりの帯よ

雪はしとしと まる窓に
つもる逢(お)うせの 差向(さしむか)い
火影(ほかげ)つめたく 小夜(さよ)ふけて
もやい枕に 川千鳥
祇園恋しや だらりの帯よ


 (Youtubeに登録の藤本二三代に感謝)