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2026年8月26日水曜日

公園のベンチ

昼下がり(午後3時)ころ、気温が 34℃ 近くあるにも関わらず小公園の池(人工池)に行ってみた。もしかして、「カルガモ」親子が見られるかもしれないと思ってのこと。とはいえ、この池で最後に出会ったのは、6月20日のだった。以来、何度か足を運んだが観察できてない。

(本ブログ関連:”小公園”)

ちなみに、きのう、きょうの最高気温は次の通り(猛暑日が続く)。
・8/26 35.6℃(12:54)
・8/25 35.7℃(13:37)

もしかすると、彼らは、大きな公園を流れる葦で保護された小川に移ってしまったのだろう。ただし、小公園に1羽だけポツンといたこともあったのだが。

小公園の池の岸辺(しっかり整備された石畳と木陰)にベンチがあって、散歩途中の休憩場所になっていたりする。そこに、おじさんがラジオを聞きながら横になっていた。このくそ暑いなか、水辺にいてもちっとも涼まず、諦めてのことか。(ホームレスのようにも見えないし)

また、いつもの野鳥観察のフィールドである公園にもベンチがあるわけだが。あたりまえだが、この時期の日当たりの良い場所にあるベンチで休む人はいない。枝が長く伸びて木漏れ陽だけが届く場所のベンチには、ときたま座っている人を見かける。

そよ風を受けながらベンチに座ってのんびり時を過ごすのは悪くない。ただし、じっと長時間は耐えられない・・・文庫本を片手に過ごすのも難しい。泰然と風景に溶け込む仙人のような感覚を持ってない悲しさかもしれない。本当は、ベンチと一体になってみたいのだが。

天気予報では、これから9月まで、30℃前後の日 が続くという。本格的な秋は遅くなりそうだ。(下線部分修正)

2026年8月16日日曜日

自然観察(21)、夜の水道水が冷たい

月1回、公園をフィールドにした「自然観察会」*に出かけた。長く欠席していたので、久し振りのこと。観察会は、公園とは別に、他エリアにも出向くことも含めて、通算800回以上の開催実績があるとのこと。
(*)主に植物・昆虫などを中心にした観察会。なお、月2回開催の「野鳥観察(探鳥会)」が別途設けられている。

(本ブログ関連:”自然観察会”)

これまで定例の自然観察会に参加**したのは20回、2025年9月21日が最後。以後、他場所での観察に同行したことは数回あったが。
(**)初めて参加したのは、2020年8月16日。ちなみに探鳥会には、2020年8月22日以来100回出席(7月25日現在)。

自然観察会は、9時開始-12時まで3時間ほどかける。要所要所で観察するため、ずっと歩き続けるわけではないが・・・、一方、探鳥会は、早朝1時間ほど。実は、自然観察会の途中、体力的に断念したことが何度もあった。

今回、自然観察会を歩き切った。(地元の「体操教室」に通っているおかげかも知れない)

さて、今回は写真の記録だけ残したい。

クスノキ(写真左)、エノキ(写真中央、右)
・集合場所に、以前 施設改装のため植えられた常緑広葉樹「クスノキ」の高木がある。葉に、黄緑と濃緑の違いがあるのは、新芽と古いものとの差であり、常緑とはいえ新芽が出ると古い葉はほぼ落ちる。
・公園を横断する小川に沿った散歩道に、まるでディズニーのアニメの背景画に描かれそうな落葉広葉樹の「エノキ」の高木が2つ、幹をしっかり大地に張り付かせている。傍を通るたび、いつも根元から見上げている。


公園に併設の「自然観察園」にも進む。

カラスウリ(写真左)、センニンソウ(写真中央)、ヤブミョウガ(写真右)
・自然観察園の柵に、ウリボウのような縞模様のウリ科つる性の「カラスウリ」の実がなっている。秋には赤い実になるそうだ。
・同じく、柵の上にキンポウゲ科つる性の「センニンソウ」の白い花が咲いている。風に揺れる姿に東洋的な風情を感じる。長い雄蕊(おしべ)だけでも十分仙人の髭を想起させるが、実際はその後もっと花柱が伸びて、白い綿毛になるそうだ。
・自然観察園内に「ヤブミョウガ」が群がっている。白い妖精のような花が、黒い実を作っていた。その変化におやっと思ってしまった。


そのほか、「ヒメヒオウギスイセン」、「トチノキの実」などの写真をマクロで撮った(ポケットカメラ)が、ピンボケ。マクロ撮影は、よっぽどじっくり接近しなければダメのようだ。案外、普通(AF)で撮った方がよいことに気づかされた。

(参考)
公園内に、小川の草刈りについて掲示があった。「生きものの生息範囲として重要な重要な環境配慮範囲(水際)」を設定している。そのおかげか、カルガモ親子の雛の被害(数が減る)が避けられている気がする・・・観察に遮蔽となるが、生きものの命が優先だ。


夜の水道水が冷たい
自然観察の時間帯こそ 27℃ 近くあった(最高気温 27.4℃、12:07)ものの、夜になってぐっと冷えを感じた。というのも、水道水の水が冷たく感じたからだ。先月ジリジリ暑いころの、昼間の水道水の生温さと比べて雲泥の差である。

2026年4月15日水曜日

石芝(せきし)

不老長寿、あるいは不老不死の食べ物・薬のなかで、仙人が食したという仙薬に「霊芝」がある・・・なんだか深夜のテレビ通販番組に出てきそうな漢方薬が浮かんでくるが。仙人ともども気になる名だ。

(本ブログ関連:”不老”、”仙人”)

仙人は病気をしない・・・というのも、風邪や腰痛で寝込んだり(女性の脛(はぎ)に目がくらんで落っこちることはあっても)するのを聞いたことがない・・・もしかしたら、あるかもしらないが。彼らはいただきを飛ぶエネルギーを持っている。それがうらやましい。

仙人の世界ではないが、アマチュアの鉱物趣味世界の頂上にいらした、関東の棲井欽一(さくらい きんいち:大正元年(1912年)~ 平成5年(1993年))氏、関西の益富寿之助(ますとみ かずのすけ:明治34年(1901年)~ 平成5年(1993年))氏を知らぬ者はいない。
さらに時代をさかのぼれば、江戸の本草学(奇石収集)の木内石亭(きうち せきてい:享保9年(1724年)~ 文化8年(1811年))が挙げられるだろう・・・ 鉱山関連で、平賀源内が出てきそうだが。

江戸中期、近江の木内石亭が記した「雲根志(うんこんし)」*に、不老長寿の「石芝」が収録されているという。どのようなものか、Googleの生成AI Gemini に問うてみた。
(*)雲根 = 石を指すとのこと。石の奇談に、雲がわく石の話がある・・・。

どうやら、伝説としての仙薬であり、実際には地衣類の「イワタケ」のようだ。キクラゲみたいなものを想像したが、もっと乾いて岩肌に張り付いている。「味はない『キクラゲ』や『ワカメ』に似た弾力のある歯ごたえが特徴」とのこと。

■ Gemini

Q.木内石亭が記した「雲根志」に収録されている「石芝」は、植物との関係があると聞いていますがどのような内容ですか?
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A.「雲根志」に収録されている ≪「石芝(せきし)」が植物と関係があるという情報は、主に中国の古い書物に見られる仙人の食物としての「芝」≫ という概念に由来していると考えられます。

「石芝」と植物の関係について
「石芝」は、≪鉱物や化石、あるいは菌類(きのこ類)≫ を指す言葉として使われることがあり、その植物との関係は、以下の点に見られます。

1.仙草・霊芝としての概念
中国の道教本草学における「芝」(霊芝)は、不老長寿の仙薬とされる架空の植物または縁起の良いキノコの総称です。この「芝」には、「石芝」「木芝」「肉芝」「菌芝」など、さまざまな種類があるとされ、「石芝」もその一種として古くから記載されてきました。

中国の古典における「石芝」の記述:
古代の神仙思想を記した書物などでは、「石芝」は石の姿をして海辺や石山に生じるとされています。これは、岩肌に張り付く地衣類(イワタケなど)や、特定の菌類(マンネンダケなど)、あるいは珍しい鉱物や化石が、仙人の食べ物である「芝」の一種として見なされたためと考えられます。

2.現実の生物としての「石芝」
「石芝」という語は、現代の生物学名や和名では主に以下のものを指します。
・地衣類(イワタケ:学名  Umbilicaria esculenta)は、岩の上に生育する地衣類(藻類と菌類の共生体)で、食用とされます。これも「石芝」と呼ばれることがあります。
・サンゴ(クサビライシ:草片石)は、石のような形をしたサンゴ(腔腸動物)の一種です。これも「石芝」の異名として知られています。
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2025年7月19日土曜日

桃の日

きょうは、<桃>の収穫量日本一*を誇る<山梨県>の果樹園芸会が制定した「やまなし桃の日」**で、一般社団法人日本記念日協会により認定・登録されている。
(*)「令和5年産もも出荷量」(農林水産省、令和6年1月24日): 都道府県別の収穫量割合は、山梨県が31%、福島県が26%、長野県が9%、山形県が8%、和歌山県が7%となっており、この5県で全国の8割を占めている。
    - https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kajyu/momo/r5/index.html
(**)「やまなし桃の日」: 日付は「百」をモモと読み、百が重なる1月1日から数えて200日目(百が二つで二百)に当たることの多い7月19日としたもの。また美味しい桃の出荷時期にも当たる。
    ー https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=415

先日(7/16)、米大リーグ(MLB)の「オールスターゲーム」が行なわれたのが、ジョージア州にあるトゥルーイスト・パーク球場だった。日本から見れば、大谷翔平選手の活躍だったが、試合前日の「レッドカーペットイベント」に大谷夫妻が登場した。真美子夫人が着用した <桃色のドレス> にも関心がいった。
現地アトランタの名産品である桃を意識してのようだ。ジョージア州には、名産の黄桃にちなんだ「桃の州」の異名がある(Wikipedia)。なにしろ、同州には桃の生産にちなんで「ピーチ郡」まである。

以前のブログに記したことだが、むかし(2005年4月17日)、鉱物採集で水晶の代表的産地である山梨県の「乙女鉱山」に行くため、中央高速の勝沼ICを降りたところ、盆地一面に桃の薄桃色の花が広がっていた。驚嘆して、目一杯の春を感じた思い出がある。それは、花に透かして枝も見える桜の満開と違って、ピンクの色彩が盆地を埋め尽くしたような錯覚させるものだった。

(本ブログ関連:”桃の花”、”乙女鉱山”)

桃の花から、陶淵明の詩「桃花源の記」にある<桃源郷>を連想する。漁夫が川の上流奥深くで発見した、古い衣裳をまとったいにしえ人の棲むところだ。桃の花が咲き、人々は平穏な生活をしている。ふたたび訪れようとしてもそれはできなかった。幻の土地***だ。
(***)中国では、自然のもとへ行こうと言うとき、この詩に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うそうだ。

(本ブログ関連:”陶淵明”、”桃源郷”、”仙人”)

ところで、仙人が食した桃に平たい饅頭のような形をした「蟠桃(ばんとう)」がある。そういえば、最近、桃をまるかじりすることがないなあ。

(追記)
「桃」の字が付く女優といえば、河内桃子(1932年〈昭和7年〉~ 1998年〈平成10年〉)さんを思い出す。どの役を演じても、都会的で清楚な雰囲気がしたのを子どもながら感じた。

2025年4月9日水曜日

(資料)八百比丘尼

先日(1/27)のブログに、「椿(ツバキ)」の分布と八百比丘尼の関係について、柳田国男が「雪国の春」で「(福井県)若狭の八百比丘尼(仏教の尼僧)のごとく、玉椿の枝を手に持って、諸国を巡歴したという旅人はあったのである」と述べたことを記した。

(本ブログ関連:”八百比丘尼”)

そこで、まず八百比丘尼についての思い出を記したい。八百比丘尼を初めて知ったのは、NHKのテレビドラマ「女人幻想」*(1972年)の現代劇を見てのことと思う。主演の佐藤友美(1941年10月8日~)は、八重歯が印象的な女優で、日本人にはそんな歯並びが好まれる**。それに、ちょっと擦れ声した(いわゆる妖艶さとは違う意味での)ハスキーボイスも魅力的だった。
(*)「女人幻想」(1972/02/26、22:10-23:40、番組表): テレビドラマデータベース
    ー http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-13062
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不老不死の女性八百比丘尼の伝説を下敷きに時空を越えた愛を描く。【以上、文・のよりん】突然失踪した妻の行方を捜す若い医師と、彼につきあって旅に出た作家がたどる怪奇な旅。
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(**)八重歯について、以前、韓国語の教室で、日本人の歯並びを口にした者がいた。日本人が八重歯を好む(愛らしく感じる傾向がある)のを不思議がっていたので、こんな例を伝えた・・・それは中東・北アフリカの羊市場で、買い手が商品の羊を品定めするとき、唇をめくり歯並びを確認(重視)すると。日韓の歯並びに対する視点の違いを、朝鮮の場合、高麗時代に長くモンゴルの支配下にあったからではないかと仄めかしたわけで・・・それを聞いた発言者は黙ってしまったことがあった。

さてドラマに戻ると、場所を変えて現れる或る女性を追い続ける、追慕を描いた不思議な印象を受けたが、物語の展開をつぶさに記憶に残していないのが残念。


以下、八百比丘尼に関する資料を探した

■ 鳥取短期大学研究紀要 (46), 21-38, 2002-12-01  ← 論文としての調査報告(都道府県別一覧表がある)
「八百比丘尼伝說 一 山陰を中心にその伝承の種々相を考える一」(酒井董美(ただよし))
    ー https://cygnus.repo.nii.ac.jp/record/276/files/bulletin46_03.pdf
以下「要旨」から:( )内の用語は論文内に記述のもの
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わが国には「八百比丘尼」に関する伝説が多く,27都府県にわたって存在している・・・
要旨は,漁師たちが竜宮に招かれて,人魚の肉を料理に出されるがだれも食べないたまたま一人がそれを持ち帰り,そこの娘(未婚女性)が食べたところ八百歳の長寿を得,しかも容姿は若い娘のままである娘は比丘尼(仏教への帰依)となって諸国を行脚し,植樹をしたり橋などを建立したりするが,最後は若狭の国で入定するというのが一般的な形である.本稿ではこの説話と「浦島太郎」の説話を対比(浦島伝説の方が古い)させながら,人々の長寿を願う気持ちを背景に,祖霊信仰を踏まえて成立したものであることを,民俗学の立場から考察したものである.
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上掲論文は、東大寺の二月堂で春に行なわれる「修二会(しゅにえ)」の法会の行事「お水取り」との関係を説明している。八百比丘尼が入定したという、若狭の小浜から「若水」が送られる「お水送り」に何かの象徴を感じる・・・以前数度、東大寺のお水取りに、火の粉をかぶりに行った覚えのある者にとってハッと驚く。

Youtube(登録: おどろ寺子屋)八百比丘尼の物語を名調子に要約されている。
「【怖い伝説】八百比丘尼〜人魚の肉を食い不老長寿・不老不死となった娘〜怪談朗読」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=4MKP882Bq5I

Youtube(登録: 福井県小浜市の公式チャンネル)
「八百比丘尼物語」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=m0VAkOJYW5E

百目鬼恭三郎著「奇談の時代」(朝日新聞社(出版))
① 「不死伝説」として、室町時代に記された八百歳の老尼に記録(下記、柳田国男が記す「臥雲日件録(がうんにっけんろく)」)より始まる。ただし、見世物的要素があり「ウサンくさい」としている。他に長老の人物(痴呆)を利用した例があるという。
② 同様に柳田国男も触れている、林羅山が若いときにこれに関心を持ったということに触れている(まあ、合理主義者の林羅山が興味を示したといえば、ちょっと耳を傾けたくなるわけで・・・)。

柳田国男著「雪国の春」の「若狭の八百比丘尼の物語」(「青空文庫」より)
    ー https://www.aozora.gr.jp/cards/001566/files/54403_54217.html
① 親が手に入れた人魚の肉を娘が食ってしまい、八百比丘尼となる構図である。 
② 八百比丘尼は日本各地を巡りながらも、その終結点として若狭の地があげられる。
③ この伝承は、「発揮し宣伝するには最も適したのが、庚申講の夜であった」としている。

<人魚の肉>
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 前に申した若狭の八百比丘尼の物語は、・・・ 足利氏の中期に、若狭に八百比丘尼という長生の婦人ありしことは、すでに馬琴の『八犬伝』によってこれを知った人が多いが、少なくとも当時その風評は高く、ある時は京洛の地に入って衆人に帰依せられたことは、文安六年五月から六月までの、『臥雲日件録(がうんにっけんろく)』や『康富記(やすとみき)』、もしくは『唐橋綱光卿記(からはしつなみつきょうき)』など、多くの日記の一致するを見れば疑うところはないのである。ただしいかにしてそのような長寿を得たかは、これらの記録には何も見えず、林道春(追補:林羅山)が父から聞いたといって、『本朝神社考』に書いたのが一番に古いが、これとても『清悦物語』の出現よりは前であった。すなわち昔この比丘尼の父、山中にして異人に逢い、招かれて隠れ里にいたる。人魚の肉を饗せられてあえて食わず、これを袖にして帰りきたるを、その女食いて長寿なりといっているのがそれである

 同じ話はまた『若狭郡県志』、『向若録』などにも出ている。この方では父は小松原という村の人で、海に釣をして異魚を獲たのを、娘だけが食べたということになっている美しい女性のいつまでも若いのを、「人魚でも食ったのか」という習いは、今でも諺のようになって残っている。基づくところかくのごとく久しいのである。・・・しかるを本人は怪しんであえて食わず、かえって無邪気なる小娘が、その恩恵をもっぱらにしたということは、話の早くからの要件であったと見えて、現に『清悦物語』でも同行者の一人がこれを持ち帰り、その女のこれを食うた者がつい近ごろまで存命であったと、不必要に問わず語りを添えているのである。『塩松勝譜(えんしょうしょうふ)』には常陸坊海尊、衣川にて老人に逢い赤魚をもらって食った。その婢女もまたこれを分ち食したとあるのは同じ話である。

 桃井塘雨(ももいとうう)の『笈埃(きゅうあい)随筆には、今浜洲崎という地に異人来り住み、一日土地の者を招いて馳走をした。人の頭をした魚を料理するのを隙見して、怖れて食う者もなかったが、ただ一人これを懐にして帰り、その妻知らずしてこれを食ったという話を載せている。これは疑いもなく寛永二年の隠岐島紀行、『沖のすさび』のまる写しであって、彼には伯耆(ほうき)弓浜の洲崎の話となっているのを、今浜洲崎と改めて若狭まで持ってきただけである。味は甘露のごとく食し終わって身とろけ死して夢のごとく、覚めて後目は遠きに精しく耳は密に聞き、胸中は明鏡のごとく顔色ことに麗わしとあって、ついに生き残ってしまったのである。七世の孫もまた老いたり、かの妻ひとり海仙となりて山水に遊行し諸国を巡歴して若狭にいたり、後に雲に乗りて隠岐の方に去れりとも記し、すなわちこの島焼火山その他の所々の追跡を説明しているのである。人の妻とある例はこれがただ一つであるが、海仙となって諸国に遊んだというのが、何か海尊仙人の口碑と因縁あるべく思われるただしこの話は九州を除くの外、ほとんど日本の全国に分布し、しかもたいていは同じ由来談を、若干の差異をもって説いているので、すなわち平泉の清悦の奇怪談が、必ずしも一人や二人の与太話よたばなしでなかったことだけは、もう十分に証明せられるのである。
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<八百比丘尼の事>
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 しからば人魚の効能と『義経記』との関係やいかん。それを考えるにはなお少しく類似の例を列挙してみなければならぬ。若狭の方面には『沖のすさび』のほぼ同じころに、貝原益軒(かいばらえきけん)の『西北紀行』があって、忠実に土地の所伝を録している。小浜の熊野山の神明社に、そのころはすでに比丘尼の木像と称するものがあり、しかもその由来記はまた別箇の趣を具えていた。昔この地方に六人の長者、おりおり集まって宝競べの会を催していたが、その一人人魚を調味して出したのを、五人の客疑って食わなかった。それから家に持ち帰って少女が食ったという段は、すべて他の例と一つである。

 佐渡では羽茂はもちの大石という村でも、八百比丘尼この地に生まると説いている。やはり異人饗応の話があり、人魚の肉によって千年の寿を得たのだが、その二百歳をさいて国主に譲り、女自身は八百歳に達した時、若狭に渡って死んだと伝えている。『播磨鑑』では私などの郷里神崎郡比延村に、この比丘尼は生まれたと主張する。これも八百になって比延川に身を投げたともいえばあるいは今一度人魚を捕りに、明石の浦へ出かけたまま帰ってこぬなどともいうのである。土佐国でも同じ人の海に入った話、その他いろいろの遺跡はあるのだが、人魚に関係せぬものはすべて省略する。『西郊余翰(さいこうよかん)』巻一に、土佐高岡郡多野郷の賀茂神社にある八百比丘尼の石塔の事を記しているが、白鳳(はくほう)十二年という大昔、この海辺に千軒の民家があった時代という。七人の漁翁が人魚を捕って刑に処せられた。七本木というのがその古跡である。村に一人の医者があって、ひそかに一切れの肉を貰い受けて、自分の娘に食わせると、すなわち後の八百比丘尼になった。三百年を経て一度帰り、この石塔を建てたともいい、あるいは死んだ後に若狭から届いてきたともいうが、人魚を食ったという証拠にはならぬのである。

 関東諸国ことに東京の周囲にも、この比丘尼の栽(う)えておいたという老木が多く、下野にも上総にもいろいろの遺跡はあるが、人魚の話はまだ聞いていない。しかも海もない美濃などにも、やはり麻木長者の娘が麻木の箸に付いた飯を、苧ヶ瀬池(おがせいけ)の魚に施した陰徳で、八百比丘尼となって若狭に往って死んだというのが同じだったらしく、さらにさかのぼって飛騨の益田郡、馬瀬の中切の次郎兵衛酒屋の話などは、山国らしい昔話に変化して今も語られる。この酒屋へおりおり一人の小僧が小さなヒョウタンを持って一斗の酒を買いに来る。疑わずに量って与えると、いくらでもそのヒョウタンへ入るのだ。試みに小僧の跡をつけて行けば、村の湯ノ淵という所までやってきて振返り、わしは竜宮の乙姫さまのお使だ。おぬしもござれと引っ張って行き、わずか三日の間款待を受けたと思ったらもうこの世では三年の年の終わりであった。帰る際に竜宮の宝でキキミミという箱を下される。耳をこれに付けていると、人間にはわからぬどんな事でも聞かれる。家に娘があってそれを不思議に思い、誰も知らぬ間にそっと開いてみると、箱の中には人魚の肉が入っていて、いかにもうまそうな香気がする。ついにその古い肉を食ってしまうと、そのお蔭で娘は八百比丘尼になった。村の氏神の雌雄杉の根もとへ、黄金の綱をこしらえて深く埋め、いよいよという場合には出して使えといって、自分は仙人になっていずれへか出て往ったというのである。ちょうど刊本の『義経記』が編纂ものなるごとく、これも地方に流れている三つ五つの物語を、端切り中をつんで冬の夜話の用に供したものらしい。

 まだいくつかの例が残っているのである。『丹州三家物語』に録するところは、ほとんど『神社考』と大差なくただ比丘尼の生地を若狭鶴崎としたのみだが、丹後には別に竹野郡乗原という部落に、旧家大久保氏の家伝というもののあることを、近ごろの『竹野郡誌』には詳述している。ある時この村へ一人の修験者が来ておって、庚申講(こうしんこう)に人々を招いた。それから先は例のごとくだが、この家の娘は比丘尼ながら、樹を栽え石を敷きいろいろと土地のためになっている紀州那賀郡丸栖村(まるすむら)の高橋氏でも、庚申講の亭主をしていると、見なれぬ美人がきて所望をして仲間に入った。その次の庚申の日には私の家へきて下さいと招かれたが、その晩土産といって紙に包んでくれたのが、例の人魚の一臠(きれ)であった帰って帯を解くときふと取落とすと、その折二、三歳の家の小娘が拾ってのみ込んでしまった云々と伝え、今もその家の子孫という某は住んでいるが、この事あって以来いつも庚申の晩には、算(かぞ)えてみると人が一人ずつ多くいるというので、とうとう庚申講は営まぬことになった。ここでもどういうわけか八百比丘尼は、末に貴志川へ身を投げて果てたと伝えている。越後の寺泊に近い野積浦の高津家にも、やはり人魚を食った八百比丘尼はこの家から出たといい、今も手植えの老松が残っている。同じく庚申講の夜山の神さまに招かれて、そんな物をもらって帰ったというのである。最後にもう一つは会津の金川寺という村でも、比丘尼はこの村の昔の住人、秦勝道の子だったという口碑がある。勝道はまた庚申講の熱心な勧進者であったが、村の流れの駒形岩の淵の畔(ほとり)において、やはり竜神の饗応を受け、その食物を食べたという点は、丹後紀伊などと似ていた。ただしこれだけは人魚でなくて九穴の貝というものであった。

 捜したらまだ何ほども例は出てくるのだろう。私が知っただけでは娘が取って食ったというのが、平泉を加えて十件あり、食物はそのただ一つのみが九穴の貝であり、さらに庚申講の晩というのが、互いに離れた土地に四つまでもある天平以前に庚申祭などがあったかと、野暮な疑問を抱くことを止めよ。庚申は要するに夜話の晩であった終夜寝ないで話をするために、村の人の集まる晩なのであるすなわち人魚を食ったという長命の女の奇蹟を、発揮し宣伝するには最も適したのが、庚申講の夜であったのであるその話をさも事新しく、なるべく知った人の多くおらぬような土地へ、こうして持ってこようという考えの者が、昔もあったことだけは想像せられる
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■ 日本伝承大鑑
「八百比丘尼入定洞」← 伝承の地、小浜で八百比丘についてのガイド
 ー https://japanmystery.com/fukui/ningyo.html

■ 福井県小浜市加斗コミュニティーセンター
「玉椿(八百比丘尼)」・・・ 小浜の後瀬山で入定時に詠んだとされる歌がある
「たのみなば 命のほどや ながからん いわまのしずく つきぬかぎりに」
    ー https://www1.city.obama.fukui.jp/obm/kouminkan/kato_k/profilepost/189

(参考)上掲の歌について、Geminiによる解説
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歌の意味を解きほぐす
・たのみなば: 「もし頼むとすれば」という意味で、仮定の条件を表しています。
・命のほどや: 「命の長さはどうだろうか」と、自身の寿命について問いかけています。
・ながからん: 「長く続くのだろうか」と、寿命の長さを疑問視しています。
・いわまのしずく: 岩穴から落ちる雫を比喩として用いており、生命の儚さ、無常さを表しています。
・つきぬかぎりに: 「雫が尽きるまで」という意味で、生命の終わりを暗示しています。

全体的な意味
・この歌は、八百比丘尼が長い年月を生き、多くの経験を積んだ上で、自身の命の終わりが近いことを悟り、詠んだ歌だと考えられます。
・岩穴から落ちる雫のように、自分の命もいつかは尽きるという、生命の有限性を深く認識し、そのことを静かに受け入れている様子が伺えます。
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(参考)
ところで、むかし(1980年代初期)、家族と一緒に居間のテレビで、吉永小百合主演のNHKドラマ「夢千代日記」を視聴した。当時、テレビドラマには、日本人の心象を、その経験を通じて奥深くから巻きあげるように描く。この作品について、多くの方がいまもネット上で語っている。

2024年1月1日月曜日

元旦 令和六年(2024年)、年賀状終い、公園めぐり

きょうから、令和六年(2024年)が始まった。正月連休は、昨年12月29日金曜日から正月明けの3日のため、「元旦(元日)」の <曜日> についてあまり意識しないけれど、昨年(2023年)の元旦は日曜日であり、今年は月曜日が当たる。(Wikipediaによれば、元旦は元日の朝の意とのこと)

(本ブログ関連:”元旦”)

早朝のテレビを通して「初日の出」を見た。主な局は富士山上空から初日の出の光景を待ちかまえていた。頂上を照らす「ダイヤモンド富士」の映像はやっぱり素晴らしい。本当は、東京の日の出の 06:51 に合わせて、公園に出かけてカメラにおさめようと思っていたが・・・結局、寝正月になった。

ところで「壁掛けカレンダー」は、日本では圧倒的に「日曜日」始まりだが、ヨーロッパでは「月曜日」に始まるそうだ。Googleの検索AI(Search Labs)は、次のように紹介している。
●日本では、キリスト教やユダヤ教の「一週間は日曜に始まる」という考え方を、明治時代に取り入れた。アメリカやカナダでは日曜日に始まる。ただしイスラエルでは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの宗教が混在しているため、壁掛けカレンダーはハイブリッド(各種あるの意か)だそうだ。
●一方、ヨーロッパでは、日付と時刻の国際規格である「 ISO 8601」にもとづき、月曜日が週の初めの日となっている。(言葉で縛りをつける、いかにもヨーロッパらしい制度といった感じだ)

(本ブログ関連:”カレンダー”)

ちなみに、現在利用している超薄型ポケット手帳のダイアリーは、月曜日始まりである。


年賀状終い
年賀状については、昨年から「年賀状終い」をしたので、今年で2年目になる。元々年賀状を差し出す先はわずかだったけれど、結局終いにした。仙人の境地になりたくてのことだったが、まだそこに至らない。清々しくかつ静寂にはなかなかなれないけど、頑張ってみようか。


公園巡り(「カルガモ」と「ソシンロウバイ」)
わざわざなこと、日も陰り出した午後4時前に公園へ出かけた。もしかしたら、何かめぐり会えるかもしれないと思ったからだ。
公園を横切る小川は、川底があらわになった部分があり、水涸れの直前を恐れる。そんな小川に残る水溜まりに、「カルガモ」が5羽、3羽、2羽、4羽と散らばり群れていた。けっこういるものだ。他に、私の目(眼力)に映る鳥たちはいなかった。


隣りの公園にある「自然観察園」の金網塀越しに外へ伸びた「ソシンロウバイ」の枝に、薄黄色の花が、日射しも翳るなか、地味に静かに咲いていた。蕾(つぼみ)もあるが、意外に枝を賑わしている・・・7部咲きといったところだろうか。


2023年12月31日日曜日

2023 大晦日

きょうは「大晦日(おおみそか)」。いつの間にか、今年最後の日になった・・・というのが正直なところ。年年歳歳、新年が待ち遠しいというより、また来るのかといった心境だ。「もういくつ寝ると お正月」(「お正月」作詞:東くめ、作曲:瀧廉太郎、1901年)と素直に歌っていたころが懐かしい。

そういえば、昨年(2022年)の大晦日に、来年(2023年)は仙人の境地で過ごしたいなどブログに記した。仙人の超越した力が欲しいというより、世間と距離を置いた生活にあこがれた。でも、ふらふらと街に舞い戻っていた。先月、映画「ゴジラ -1.0」を見に出かけたりもした。やっぱり街の賑わいは忘れがたい。

(本ブログ関連:”大晦日”)

ところで、Wikitionaryなどによれば、大晦日の文字「晦」の ”日”(意味:”日にち”)と、”毎”(音符:”呉音:ケ、漢音:カイ”)を合わせて <毎月末> を意味するという。さらに「大+晦+日」で「つごもり(月末)」、「くらい」、「みそか(旧暦の三十日)」 の意となるけれど、文字と意味がうまくつながらない。

旧暦(月の満ち欠け)の一日(ついたち)は、新月のとき「朔日(さくじつ)」にあたるわけだが、もっと古い日本の暦はどのように定めていたのだろうか。
中国伝来の暦法など以前、「弥生」あるいは稲作が開始された時期を含む「縄文」の時代に、農作は暦がなければ計画・準備がたたぬだったろう。もしかしたら、一年で一番わかりやすい、「夏至」や「冬至」*から何日目といった判断をしたのだのだろうか。

(*)冬至の太陽: (古代の人はどうやって判断したのだろう)
    ・真東(春分・秋分の日で判断)**から最も南寄りの方角から上がる。
    ・太陽の高さが最も低く、東京付近では12時ごろ約32°になる。
(**)方位の基準となる天文について、砂漠と違い、湿潤モンスーン帯は観望がよくない。

(本ブログ関連:”冬至”)

「一年の計は元旦にあり」というが、むしろ冬至だったかも知れないなんて思うきょうこのごろ。

2023年9月3日日曜日

自然観察園

玄関を出てしばらくして、スケジュールを勘違いしていたことに気付いた。なんてこった、地団駄踏んでも仕方ない。進むを止める訳にもいかず、そのまま近隣街の本屋へ電車に乗って行ってみることにした。

書店の雑誌棚に、野鳥趣味の「BIRDER 9月号」がなんと6~7冊置かれていた。猛暑から秋の気配して、これから野鳥好きなひとにとって動きやすくなるからだろうか...なんて思ったりする。わたしは、生き物関連の書棚で「野鳥と木の実 ハンドブック」(叶内[かのうち]拓哉著、文一総合出版:増補改訂版)を選んだ。そろそろ、木の実に鳥が寄ってくる秋・・・予習のつもり。

地元に戻ってきたが、まだまだ時間がたっぷりある。陽射しの強い昼下がり、そのまま公園へ寄ってみることにした。

実は、きのう(8/2)の野鳥観察(探鳥会)を欠席したため、それを補いたく公園併設の自然観察園を訪れた(鳥と植物ではだいぶ違うが)。きょうは日曜日ということもあり、入園者を多く見かけた。一方、公園を横断する小川で、水遊びする家族連れはさすがに少ない。

自然観察園の入り口近辺でしかないが、次の花を観察した。

ガガイモ(写真左)、ヤブミョウガ(写真右)
ガガイモは地下茎の発達した、つる植物 だそうだが、見た目につるっぽくない。ヤブミョウガの葉はテカテカしているが、ミョウガと違い、触ると引っ掛かりがあるとのこと。

(本ブログ関連:”ヤブミョウガ”)


センニンソウ(仙人草)
仙人の境地に近づきたいという思いが相変わらずあるだけに、この草に魅かれる。<観察順路図>に従がい生育場所を探すも3往復する。何と、自然観察園と外部を仕切る金網に、つる状に巻き付いているのに気づく。見上げたところに咲く、白い花の綿毛の様が仙人の髭(ひげ)に例えられてのこととか。

(本ブログ関連:”センニンソウ”、”仙人”)


稲の天日干し
公園と隣り合わせにある、もう一つの公園に水田があって、刈り取った稲を天日干ししていた。
かつて、武蔵野の新田は台地上にあり、麦栽培を主にしていたと聞いている。台地の下側に、段丘があって、そこを流れる小川(国分寺崖線の湧水)を利用して稲(水田)を耕していた(武蔵野に珍しい水田地帯)。その面影を残すためのようだ。

(本ブログ関連:”武蔵野新田”)

2023年7月26日水曜日

幽霊映画

当地の最高気温は、きのうが36.8℃(14:57)、きょうは37.7℃(13:17)と「猛暑日」がつづく。うだるような熱気が屋内に進入してとぐろを巻き、どっぷり居座っているよう。
だから、エアコンで冷やした部屋から出る気が失せる・・・しかし、長時間冷やすと体調が思わしくなくなるし。

こんなとき、自然の風が吹く山林に逃げ込みたい。官職を辞したエリートの <隠者> ではなく、世間の空気に反した <奇人> でもない、まして不老不死を望む <仙人> にはなれない。ただ市井の凡人でしかないけれど、猛暑の間だけ、気ままに山林に涼みたい。

ところで、きょう7月26日は、「幽霊の日」だそうだ・・・ ヒンヤリしてくるか?

tenki.jpサイトの記事
- 「明日7月26日は『幽霊の日』。でもなぜ『幽霊の日』なの?」(YUMIKO、2017年07月26日)より抜粋
https://tenki.jp/suppl/y_kogen/2017/07/26/24451.html
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7月26日は「幽霊の日」。なぜ、このような記念日がつくられたのでしょうか? その由来は江戸時代のできごとにさかのぼります。1825年7月26日、江戸にある中村座にて四代目鶴屋南北作の『東海道四谷怪談』が初演されました。今の時代にも受け継がれる人気の歌舞伎演目が初めて披露されたのがこの日だったのです。
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子どものころに住んだ社宅の近くに、封切りから少し遅れて上映する映画館(「銀映」)と、だいぶ遅れて上映する映画館(「新映」)があった。ともに日本映画の2本立てが主だったが、新映は俗っぽいものが多くて、めったに連れて行ってもらうことはなかった。一方、銀映は入場料が少し高めで、ときどき家族で出かけることがあった。
(当時、工場敷地内に社員家族向けの映画劇場館があった。子どもたちのための映画もときどき上映してくれた。「ディズニー」アニメや、「ゴジラ」・「スーパージャイアンツ」のシリーズを歓声をあげながら見たものだ。母親たちは、きっと「君の名は」を見ていたんだろう。)

そんなわけで、幽霊映画なんてものは、銀映か新映に行って見る他ない。題名を忘れたが、戦前を舞台にした日本映画(白黒映画の記憶しかないのは、怖さのあまり色を失ったのかもしれない)を映画館の銀映で見た。

そろそろ幽霊(泥水に漬かった無念の死者)が登場する気配がして、わたしは慌てて前の座席の背にからだをかがめるようにして目を隠した・・・。「もう大丈夫だよ」といわれ、背を伸ばしてスクリーンに目を向けた瞬間、画面いっぱいに幽霊の顔が映ったのだ。ゴジラ映画の絶望感とは違った、もうひとつのトラウマになった。

2023年7月6日木曜日

山怪〔朱〕

山へのあこがれをふくめて、仙人の生き方に関心がある。歴史に名を残した隠者と比べて、仙人には奇人の側面もあり、超絶した異世界(たとえば「山海経」にある)に棲むものたちもいる。もう少し、世俗に接する山中や里山に生活する人びとの中で、そんな気配を感じてみたい。

(本ブログ関連:”山海経”)

日本の山地(山中、ふもと)に住む人びとに伝わる、不思議な体験を知りたい。生活の中で、世代を経て醸成し、共感されたものだからだ。それを巧みに聞き出したシリーズがある。「山怪」シリーズ(田中康弘著、山と渓谷社)がそれだ。これまで3冊が刊行されてきた。

(本ブログ関連:”山怪”)

あるとき、Youtubeに田中氏が登場して、4冊目「山怪〔朱〕」が出版されていることを知り入手した。今回、同本カバーの背と裏面が、朱色地になっている。これまではカバーの表を含めて全て黒地だったが、なにか変化でもあったのだろうか。〔朱〕本に理由は語られていないが。

山に生活する人の経験
山中の奇怪なできごとに、山とかかわりが深く住む人びとと、いわゆる都市生活者である登山家の体験がある。山で生活する家族や集落に受け継がれてきた人びとの記憶・価値観は、その共同体のなかで掟(おきて)や象徴につながる。一方、自然への外来者は、受け継ぐべきもない個人的意識のため、一時的な恐怖が多いように思う。その点を明確に気づいて、著者は、山と深く密接にかかわる人びとへのインタビューを続けているのだろう。

登山者の経験
〔朱〕本には、めずらしく登山者の体験談も加えられているが、瞭然、恐怖しかない。山にかかわる生活者のものと異質である。時間をかけてもまれ、規範化されるような物語性がないのだ。
いってみれば、伝承は共感と緊張、話者の息吹と語り口、そんな何もかもが具体的で重層的に共感できる場所でこそ引き継がれる。物語り(小説)に磨き上がる前のことだ。

鉱山関係の話
今回の〔朱〕本には、鉱物関係の話も載っている。北海道松前半島の南側で、砂金探しに古くから多くの人びとが山に入った。その中には、修験者、山伏・行者、迫害をのがれたキリシタンも紛れ込んでいたという。鉱物に関心があって、その点に興味をひいた。以前、東北地方の金山に砂金採りに赴いたときに、指導者からキリシタンの件をうかがったことがある。

江戸期の鉱山での、山師を含め鉱山労働者やキリシタンの存在について、これまでブログに触れているが、別途、ChatGPTに質問を投げかけてみたい。


(Youtube資料)
田中康弘氏が「山怪」の事例を紹介している、Youtubeのサイト「オカルトエンタメ大学」がある。まさに、ストーリーテラーとして面目躍如、一人語りされたりや対談したもの合わせて、次に番組のURLリストを記す。
https://www.youtube.com/watch?v=BVRByBvdbOc
https://www.youtube.com/watch?v=XJbXPXostNU
https://www.youtube.com/watch?v=DbUHUsnjsD0
https://www.youtube.com/watch?v=0kZbP_0uyLw
https://www.youtube.com/watch?v=JIl_8IfWHfc&t=109s
https://www.youtube.com/watch?v=4a6tkaACP_A
https://www.youtube.com/watch?v=enDPSYcSfpU
https://www.youtube.com/watch?v=a6_EEnKVKhQ
https://www.youtube.com/watch?v=xBIB3pJW-zU
https://www.youtube.com/watch?v=E-v34GERG6g
https://www.youtube.com/watch?v=4a6tkaACP_A
https://www.youtube.com/watch?v=QySz7e3HQ5Q
https://www.youtube.com/watch?v=mw5B3kUNLGI
https://www.youtube.com/watch?v=DbUHUsnjsD0
https://www.youtube.com/watch?v=Y_Atl4mIGxI
https://www.youtube.com/watch?v=tHm-A6lktig
https://www.youtube.com/watch?v=HkM__Sxnhss
https://www.youtube.com/watch?v=KBbCYHqwvOQ
https://www.youtube.com/watch?v=vvGyvTZVaC4
https://www.youtube.com/watch?v=qsvNyS0UEFI

2023年5月25日木曜日

Google AI Bard 仙人になるためのアドバイス Q&A

昨年末、今年(2023年)からの <年賀状しまい> の案内ハガキを、親類・知人に送った。ハガキに、「これからは、仙人の境地して過ごしたい」旨記した。以来、6か月ほど経っているが未だに「桃源郷」が見つからないでいる。

(本ブログ関連:”仙人”、”桃源郷”)

そこで、Googleの人工知能(AI)の「Bard」 に、①「仙人になるにはどうしたらよいですか」、②「桃源郷へ行くにはどうすればよいですか」とたずねたところ、AIのBardから次のように回答を得た。
- https://bard.google.com/?hl=ja

(本ブログ関連:”人工知能”、”ChatGPT”)


Q.仙人になるにはどうしたらよいですか
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A.仙人になる方法は、人によって異なります。しかし、一般的に仙人になるためには、次のようなものが必要だと思います。
・修行: 仙人になるために必要な知識や技術を身につけることです。修行には、さまざまな方法があります。例えば、山にこもって修行をする人もいれば、社会の中で修行をする人もいます。
・悟り: 真理を悟ることです。悟りを得るには、さまざまな方法があります。例えば、禅の修行をする人もいれば、瞑想をする人もいます。
・慈悲心: 
他人を思いやる心です。仙人になるためには、慈悲心を持って、他人を助けなければなりません。
・忍耐: 
困難に耐え続けることです。仙人になるためには、忍耐力を持ち、困難に耐え続けなければなりません。
・謙虚さ: 
自分を低く見ることです。仙人になるためには、謙虚で、自分を大きく見せようとしなければなりません。
・自然との調和: 
自然と共に生きることです。仙人になるためには、自然を尊重し、自然と共に生きなければなりません。

これらのことをすべて満たすことができれば、仙人になれるかもしれません。しかし、仙人になるためには、長い時間と努力が必要です。
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Q.桃源郷に行きたいのですが、どうすればよいですか
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A.桃源郷は、陶淵明の『桃花源記』に描かれた架空の場所です。この物語では、漁師が偶然桃の花が咲く林に迷い込み、その先に桃源郷を発見します。桃源郷は、戦乱や争いのない平和な場所で、人々は幸せに暮らしています。

桃源郷は、現実の世界に存在する場所ではありませんが、私たちの心の中にある理想郷を表しています。桃源郷に行くためには、心の奥底にある平和と幸せを見つめ直すことが必要です。そうすれば、きっと私たちは、桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。

桃源郷に行くためのヒントをいくつかご紹介します。
・心の平和を大切にしましょう。
・他人を思いやりましょう。
・自然に触れましょう。
・自分の好きなことをしましょう。

これらのことを実践することで、きっと桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。
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2023年4月30日日曜日

きょうで今年も1/3が終わった・・・少しは前向きに

きょうは4月の30日、月末だ。カレンダー上、今年の 1/3 が終わることになる。

(本ブログ関連:”カレンダー”)

一年の 1/4が、1/3が、そして半分が・・・と終わるたび、あっけなさを感じていた。それを埋め合わせるように、手帳や日記、そしてブログにといろいろと書き連ねていたけど、微妙な気分のままだった。

時間が足し算だった時代と比べて、今は、引き算でしかない・・・そして時間が個人的なものになったと気付いた。

むかし、田舎道を車で進んでいると、畑の中から爺さんがすっくと立ち上がり、わたしたちが道路の先に消えるまで、じっと見つめ続けている。あるいは、農家の縁側に老婆が座り、庭先を日永ながめている。そんな光景を思い出す。

歳をとると、本人にとって時間がひとときと思えても、その様を他者(若い人)から見ると随分と時間をかけているように見える・・・もっといえば緩慢にうつる。

時間を棲み分けてみてはどうか・・・なんて思ったりする。「桃源郷」のような、いってみれば時間が止まった異世界があったならと。仙人の境地になりたいと願うきょうこのごろ。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

2023年4月18日火曜日

(資料)スイセン(水仙)

冬から春にかけて白や黄色の花を咲を咲かせる「スイセン(水仙)」には、スイセンが含まれる植物分類上の「科」に、彼岸の秋(9~10月)にかけて朱紅色の花を咲かす「ヒガンバナ(彼岸花)」がいる。
公園併設の「自然観察園」の西奥に、スイセンとヒガンバナが隣接して生育している。ともに群生して咲き、見事な光景を見せる。特にスイセンは1月ころが花盛りと、園の野草管理をするボランティアの方から聞いた。

中国の「水仙」の文字を音読みしたスイセンは雪景色が似合う。中国明代の「月令廣義」(馮應京著)に、冬に咲く四種の花の(文人画の)画題として「雪中四友」があり、「黄梅」、「ロウ梅」、「水仙」、「山茶花」をあげているという。

スイセンには「雪中花」という風雅な別名がある。ネットで「雪中花 和菓子」と検索すると、全国の和菓子店が競うように、練りきりで水仙の花弁を或いは雪景色に咲く様を見立て造形している。水仙の姿を重ねて菓子にしあげる和菓子伝統の表現力、巧みさを感じる。

(本ブログ関連:”スイセン”、”ヒガンバナ”)

ところで、スイセン(Narcissus、原産 地中海地域)とヒガンバナ(Spider lily、原産 中国)には次のような共通した特徴がある。
・日本での増殖では、スイセンは一般に種がつきにくい(人工的に3倍体品種である)ため、球根で増やす必要がある。またヒガンバナは自然に種子を作れない染色体(3倍体)のため、同じく人手による株分け(球根の分球)する。
・ともに、鱗茎に「リコリン」(C16H17NO4、アルカロイドの一種)の毒性を持つという。


関連資料 -------------

東洋
① Wikipedia: 「水仙」より抜粋
仙人の格づけに、最上位の「天仙」があり、下位に「地仙」、さらに「尸解仙」とつづく。
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和名スイセンという名は、中国での呼び名「水仙」を音読みしたもの*。中国で名付けられた漢名の「水仙」は、「仙人天にあるを天仙地にあるを地仙水にあるを水仙」という中国の古典**に由来する。水辺に育ち、仙人のように寿命が長く、清らかなという意味から名付けられたとされる
(* )出典:『効きめと使い方がひと目でわかる 薬草健康法』( 田中孝治著、講談社)
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(**)南京师大学报(社会科学版)「论中国古代的水仙文学」(高峰著、2008年1月1日)
唐代司馬承禎の「天隐子・神解章」の言葉として紹介されている。
ー http://www.zhiwutong.com/news/2008-01/27226.htm

(参考)「<論説>道教の神仙観念の一考察 : 尸解仙について」(宮川尚志、京都大学、1971)
ー https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/238019/1/shirin_054_1_29.pdf


西洋
① Wikipedia: 「スイセン属」より抜粋
スイセンの学名「Narcissus tazetta」の Narcissus から
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(スイセンの)属名である Narcissus という学名は、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスに由来する*。ギリシャ神話によれば、ニンフのエコーは愛する美少年ナルキッソス(Narcissos)に振り向いてもらうことができなかったので痩せ細り、声だけの存在になってしまう。エコーを哀れんだ女神ネメシスは、池に映った自らの姿に心酔しているナルキッソスをスイセンの花にしたという*。
(*)大嶋敏昭監修「花色でひける山野草・高山植物」(成美堂出版、2002年)
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スイセンの英語名は「Narcissus」あるいは「daffodil」(フォ-クソング「七つの水仙」の曲名は、”Seven daffodils”)

② Wikipedia: 「エーコー」より抜粋、エーコーが声を失った理由
森のニンフ(精霊)であるエーコーは、一般に「エコー」と語られ、文字通りギリシア語で木霊・反響などを意味する。
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・オウィディウスの『変身物語』*によれば、(ギリシャ神話の主神)ゼウスの浮気相手となった山のニンフたちを助けるためにエーコーはゼウスの妻ヘーラーを相手に長話をしつづけたことがあったこのためにエーコーはヘーラーの怒りを買い自分からは話かけることができず、誰かが話した言葉を繰り返すことしかできないようにされた
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(*)古代ローマの詩人、原題「Metamorphōsēs」


薬効
① 小冊子「植物知識」(牧野富太郎)の「スイセン」の項より抜粋
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Narcissusは麻痺の意
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② 熊本大学薬学部 「今月の薬用植物」サイト
「すいせん(Narcissus tazetta L. var. chinensis Roem.) ひがんばな科(Amaryllidaceae)」(2003年2月) ・・・より抜粋
-http://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/flower/H1502.html
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・ラテン名の「Narcissus」はギリシャ神話で美少年と言われるナルキソス(Narkissos)からきたとも言われていますが,ギリシャ語のnarkeという『麻痺させる昏睡無気力』意味の語から由来とされていますスイセンの鱗茎は神経を麻痺させるアルカロイド(Lycorine等)が含まれていますnarkeは英語の麻酔剤narcoticの語源です
・「tazzeta」はイタリア語の小さなコ-ヒ-カップの意味です.副花冠の形が似ているからでしょうか.そんな思いでよく観るとメリ-ゴ-ランドのコ-ヒ-カップに似ている夢のある花です.
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(追記)野鳥「キビタキ
探鳥会のベテランの方から日々配信される会員向けメール(4/19)に、野鳥「キビタキ」の初認報告があった。オスは、頭部が黒く腹にかけて橙色から黄色になり、そのさえずりが明るい。そこで、ネット上の野鳥情報サイトも検索してみた。

「サントリーの愛鳥活動トップ」サイト、「日本の鳥百科」の「キビタキ」の項
https://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/detail/1414.html
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学名ナルシシナ(Ficedula narcissina)、英語ではナルシッサス・フライキャッチャー。ともに「水仙」の意味で、人の目に鮮烈に映るかを物語っていると思います。と同時に、キビタキには、自分の姿の美しさに見とれて、泉のほとりで水仙になってしまったというギリシャ神話の美少年ナルシスの姿を連想させるではありませんか。
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2023年4月13日木曜日

高尾山のスミレ

自然観察会は月に一度、定例フィールドとは別の地で観察する公開の催事がある。きょう、高尾山の日影沢で「スミレ」を中心に沢道を巡った。

朝方、家を出るとき意外に涼しく感じた。観察地の日影沢でも、その名の通り樹々の陰が覆う林道とせせらぎがあってか、暑さに苦労することはなかった。(現地、八王子方面の最高気温はここ3日連続減じている)

観察会に入会して3年たっているが、相変わらず初心者気分で楽しんでいる。フィールドに一人放り出されると何もできないこともあり、ベテランの方々の指導、解説をいつもありがたく感謝している。推奨いただいた「スミレ ハンドブック」(山田隆彦著、文一総合出版)やルーペなど準備して同行した。

冬から春にかけて見上げるウメやサクラの花と違って、スミレの花は沢道の日蔭にそっと咲く、腰をかがめて観察する小さな花だ。カメラにおさめるのに苦労する。なにより膝痛・腰痛持ちにはこたえる花だ。
写真に撮った36枚の野草のうち、スミレの花はたった3枚(?)しかなかった。
・ツボスミレ(写真左): ツボ=庭に咲く、「ニョイスミレ」の別名とされる
・マルバスミレ(写真中央): 花も葉もまるい(ケマルスミレもマルバスミレに統一
・タカオスミレ(写真右): 高尾山で最初に発見、花期に葉が緑色から薄茶色に変わる
結果、現場の記憶をたどり、図鑑と照合しつつ、解説いただいたことを思い出すのだが・・・。


スミレの花は横を向いている。花柄が、蜜のある「距」と花弁とを支点のように支えている気がする。カメラのマクロ機能を使って限りなく接近しないと、ハンドブックのような写真はむつかしい。ちなみに同書は、花の全体像と、花弁や葉の特徴を示す拡大画像で構成されている。神は細部に宿る・・・わけで。

3年たっても初心者のつもりでいたが、3年たてば足腰が確実に衰える。それで迷惑をかけてしまった。でも、これから仙人の境地して楽しみを続けたいと願っている。

(参考)
牧野富太郎の小冊子「植物知識」(講談社文庫)にスミレの項がる
ー 同項では「スミレ」と「ツボスミレ」の2種について解説がある。
- 巻末注釈(伊藤洋氏)によれば、ツボスミレを「タチツボスミレ」に撤回したとの由。
- 花の香りに日本人は冷淡だが、西洋人と中国人は尊重するといった面白い記述がある。

(雑談)
高尾山の日影沢の名から、「日蔭茶屋事件」なんて思い浮かんだりして。

2023年3月28日火曜日

さくら

昼どき、桜並木の通りに寄る。陽光を受けて桜が真白に映える。もっともっと花に埋もれて見上げたい。花びらを透した薄紅色の明かりに包まれてみたい。子どものころ、貯水池の堤に連なる桜の花の下で遊んだ思い出がよみがえる。


桜の花に記憶が伴うようになった。目の前の桜が当たり前のようでなくなった。今年から、仙人の境地して過ごしたいと思ったが未練が残るようだ。

与謝野晶子の歌に、「清水(きよみず)へ祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふ人みなうつくしき」がある。このときばかり、だれもが善人になれる気がする。

2023年2月2日木曜日

聊斎志異 「耳の中の小人 - 耳中人 」

 きのうのブログ(2/1)に、耳の中で<がさごそ>と音のすることが続いたので耳鼻科で診てもらったところ、耳奥に小さな髪の毛が入っていたことを記した。

そういえば、耳の奥で何かの物音がする話を、以前読んだ気がする。中国清代前期の短編集「聊斎志異」(立間祥介編訳、岩波文庫)の第二話に「耳の中の小人 - 耳中人」があって、この機会に掌編を見てみた。

(本ブログ関連:”聊斎志異”)

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主人公の譚晋玄(たんしんげん)が、導引の術(不老長生法)を習得中に経験した話だ。結跏趺坐(けっかふざ:仏教徒の座禅の姿勢)しているとき、耳のなかで「会おうか」というかすかな声がした。その後、結跏趺坐するたび聞こえるので、みずから「会おうか」と答えたところ、三寸ばかりの獰猛(どうもう・ねいもう)な顔をした夜叉(鬼)が飛び出してきた。おどろき狂い、気が遠くなった主人公は、半年ばかり養生して快方に向かったそうだ。
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はたして耳から出てきた夜叉はどこへ行ったのやら。私の場合、ただ<がさごそ>する髪の毛でしかなったので、ニンマリ笑いで終わったが・・・。今年から、仙人の境地して過ごしたいと宣言したばかりなのに、いい具合に聊斎志異とつながらないのは残念である。

2022年12月31日土曜日

年の暮れ

きょうは、12月の終わりであり、令和四年(2022年)の終わりでもある「大晦日」だ。明日になれば、すべて去年のこととくくられる。そこで思い返してみることにしたが・・・。

年があらたまるたび歳をくう。体にひずみが出る。昨年来の膝の痛みに四苦八苦した。公園に自然(野鳥や植物)観察に出歩く以外、行動範囲が狭まっている。

夜、洗面所の明かりを灯けず鏡を見たとき、そこに親父とそっくりの顔があった。最近、渋谷の交差点で親父とすれ違う夢を見た。ヨォと言って、笑い顔していた。

そうそう、来年から仙人の境地で生きていこうと決めている。雲に乗れたら遠出できるのだが。

2022年12月15日木曜日

来年から仙人の境地になる(なりたい)こと

来年(2023年)から、仙人の境地で過ごしたいと思っている。年末、ウサギ年の年賀状を作成することなく、かわりに「年賀状じまい」の知らせをハガキにしたためて、親類・趣味仲間・知人の方々に送った。

(本ブログ関連:”年賀状 ”)

あ~っ、時が勝手に走っていく。泰然(否、呆然)とそれを見つめる。不動の(否、立ち尽くす)姿は、仙人のごとく見えるではないか・・・、多分間違っていないはず。(年賀状じまいのお知らせに、ネット上のイラストを次のように借用した)
このブログに、「仙人」に関連することを読んだり聞いたりしては書き連ねてきた・・・、じっくり研究書を読んだわけじゃない。だから、仙人になりたくて修練した亭主が女房の前で成果を見せようとした結果とか、仙人になりたいという気のよい男をだましてきつい仕事をさせ続けた結果とか、おかしく奇妙な結末になる話題を渉猟してきた。

(本ブログ関連:”仙人 ”)

わたしは、どのみち厳しい修行に耐えるこはできない。せめて人様に迷惑のかからぬよう、心の中だけでも仙人の境地でいようと考えた次第。

2022年12月4日日曜日

マユミの実(種子)とスイセンの花

昼ころ、紅葉の公園へ行った。日曜日のせいか、バーベキュー広場もグラウンドも人出であふれていた。私は、昨日(土曜日)恒例の「野鳥観察会」(探鳥会)を欠席したため、自然と接するという辻褄合わせ?で出かけたわけだが。

例によって、公園付属の「自然観察園」を散策した。こちらは意外なほど人の気配がなかった。冬だから花も見当たらない。入口に配置の「12月の自然観察園の花だより」を片手に巡ることにした・・・。

マユミの実(種子)
観察園に配置の「樹木観察クイズ」には、30種の樹木の名前当てクイズが載っている。その一問に、冬の季節に相応しい「マユミ」の木が選ばれている。赤い実(種子)で飾られた枝は園内の通路を覆い、さらに柵を越えて園外にまで広がっていた。園の外側で、きゃしゃな枝々を丁字型の枝受けで支えていたほど。

(本ブログ関連:”マユミ”)

クイズの解答には次のよう記されている。「黄緑色の花。実は熟すと4つに裂け、赤色の種子が顔を出す。紅葉が美しい。よくしなるので昔はこの木で弓を作った。」(緑の愛護ボランティアの会:植物グループ樹木班作成)
また、「葉っぱで見わけ五感で楽しむ 樹木図鑑」(林将之 監修・写真、ナツメ社)では、「これ(果実・種子)は多くの野鳥の好物であり、秋冬の貴重な食糧だが、果実や種子を食べる機会の少ないメジロやコゲラが好むのが興味深い。」(写真解説:「種子を食べるコゲラ」)といった解説がある。野鳥の食性が知れてうれしい。



スイセンの花
園の西側、ヒガンバナ群生地(現在、緑色した艶やかな線形の葉を密集させている)のさらに奥に、少し狭ばめであるが「スイセン」が群生している場所がある。園の掲示板にスイセンの写真があって、「花だより」にも記されていたので観察順路図を頼って行ってみた。しかし、まだ早かったようだ。スイセンの株はいくつもあるが、しいて探せば一株だけ花びらを咲かせていた(写真:赤の丸印)。

(本ブログ関連:”スイセン”)

スイセンは「水仙」と書き。牧野富太郎の小冊子「植物知識」(講談社学術文庫)によれば、「仙は仙人の仙で、この草を俗を脱している仙人に擬(なぞら)えたものであろうか。」と推論されている。ちょうど私も、来年から仙人の境地で生きたいなどいって、「年賀状おさめ」の挨拶葉書を出したばかり。

2022年10月8日土曜日

寒露 2022

きょうは、二十四節気の「寒露(かんろ)」。Wikipediaによれば、「露が冷気によって凍りそうになるころ」とある。夏の朝、原っぱの野草の葉先に露が連なって、朝陽に輝いているのを見ると清々しい気分になる。この「朝露」、実は秋の季語に分類されるという・・・ちょっと意外な気がする。

(本ブログ関連:”寒露”)

本日は、旧暦の 9月13日にあたり、旧暦でいう秋の区分は7~9月となるので、晩秋に当たる。一方、気象庁の季節の区分では。秋は新暦の9~11月となる。この辺り、季節の扱いにいつもとまどう。ここ数日の気温の落差から、寒露を晩秋とするのには納得しそう。

以前、本ブログでも触れたが、寒露(かんろ)の音から、甘露 → カンロ飴 につながり、甘いイメージがしてくる。飴には、のど飴、缶入りドロップ、口さみしいときの飴などさまざま。もし「寒露飴」があるなら、それは仙人の口に入りそう。

最近、「グミ」というクチャクチャした飴(固めのゼリー)菓子があって、若者に流行っているそうだ。飴は口中で溶かすのに対して、グミは噛むといったところだろうか。ハロウィンといい、グミといい、いずれも子どもがするもの。日本では若い男女が楽しんでいる。