▼▼ 青字下線付語句のリンク先は、マウス右クリック+<新しいタブ>で進んでください。(本ブログ関連)の最下段に「次の投稿ホーム」があるとき次ページがあります。▼▼
検索キーワード「桃源郷」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示
検索キーワード「桃源郷」に一致する投稿を関連性の高い順に表示しています。 日付順 すべての投稿を表示

2023年5月25日木曜日

Google AI Bard 仙人になるためのアドバイス Q&A

昨年末、今年(2023年)からの <年賀状しまい> の案内ハガキを、親類・知人に送った。ハガキに、「これからは、仙人の境地して過ごしたい」旨記した。以来、6か月ほど経っているが未だに「桃源郷」が見つからないでいる。

(本ブログ関連:”仙人”、”桃源郷”)

そこで、Googleの人工知能(AI)の「Bard」 に、①「仙人になるにはどうしたらよいですか」、②「桃源郷へ行くにはどうすればよいですか」とたずねたところ、AIのBardから次のように回答を得た。
- https://bard.google.com/?hl=ja

(本ブログ関連:”人工知能”、”ChatGPT”)


Q.仙人になるにはどうしたらよいですか
----------------------------
A.仙人になる方法は、人によって異なります。しかし、一般的に仙人になるためには、次のようなものが必要だと思います。
・修行: 仙人になるために必要な知識や技術を身につけることです。修行には、さまざまな方法があります。例えば、山にこもって修行をする人もいれば、社会の中で修行をする人もいます。
・悟り: 真理を悟ることです。悟りを得るには、さまざまな方法があります。例えば、禅の修行をする人もいれば、瞑想をする人もいます。
・慈悲心: 
他人を思いやる心です。仙人になるためには、慈悲心を持って、他人を助けなければなりません。
・忍耐: 
困難に耐え続けることです。仙人になるためには、忍耐力を持ち、困難に耐え続けなければなりません。
・謙虚さ: 
自分を低く見ることです。仙人になるためには、謙虚で、自分を大きく見せようとしなければなりません。
・自然との調和: 
自然と共に生きることです。仙人になるためには、自然を尊重し、自然と共に生きなければなりません。

これらのことをすべて満たすことができれば、仙人になれるかもしれません。しかし、仙人になるためには、長い時間と努力が必要です。
----------------------------


Q.桃源郷に行きたいのですが、どうすればよいですか
----------------------------
A.桃源郷は、陶淵明の『桃花源記』に描かれた架空の場所です。この物語では、漁師が偶然桃の花が咲く林に迷い込み、その先に桃源郷を発見します。桃源郷は、戦乱や争いのない平和な場所で、人々は幸せに暮らしています。

桃源郷は、現実の世界に存在する場所ではありませんが、私たちの心の中にある理想郷を表しています。桃源郷に行くためには、心の奥底にある平和と幸せを見つめ直すことが必要です。そうすれば、きっと私たちは、桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。

桃源郷に行くためのヒントをいくつかご紹介します。
・心の平和を大切にしましょう。
・他人を思いやりましょう。
・自然に触れましょう。
・自分の好きなことをしましょう。

これらのことを実践することで、きっと桃源郷のような場所を見つけることができるでしょう。
----------------------------

2013年9月19日木曜日

十五夜

今日は旧暦の八月十五日、陽の落ちた帰り道、東の空にくっきりと輝く満月が浮かんでいた。今晩の月を中秋の名月という。

外出の帰り道、吉祥寺の駅ビルで「月見だんご」でもと探したが、食品フロアに十五夜に団子を供えるといった祭事の気配は見つからない。そんなものかなと、地元駅の街にある和菓子屋に寄ったところ、閉店の最中・・・あきらめることにした。

団子がなくても、まんまるお月さまはいらっしゃる。十五夜の童心に帰ったよう、ちょっとはしゃいだ気分になる。

ところで吉祥寺の書店で、「桃源郷 - 中国の楽園思想」(河合康三、講談社選書メチエ)をもとめた。同書の「はじめに」におやっと思わせる、こんな記述がある。

「中国の楽園といえば、誰もがすぐ桃源郷を思い浮かべる。陶淵明の『桃花源記』が描き出した桃源郷こそ、典型的な楽園と考えられてきた。」
「桃花源はそれほどよく知られているのに、中国にはそれに類する話、それに続く話が意外に少ない。典型的な楽園を描いた作品は『桃花源記』がほとんど唯一のものだといってもよい。」
「(楽園とは異なる方向に向かった思いの先の)その一つは仙人の住む世界である。」

・・・なんだか、いい感じがしてきました、先が楽しみです。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

イ・ソンヒの「狐の嫁入り(여우비)」以来、狐<神仙<・・・桃源郷へと、気ままであるが興味が広がる。関心に一貫性があるかは別にして、夢想はみるみる拡大する。わたしにとって、イ・ソンヒのイメージが強固になるようだ。それは楽しいことでもある。

(Youtubeに登録のps3hlproductionsに感謝)

2012年12月6日木曜日

陶淵明-4

市民講座「陶淵明の描いた世界」の第4回目に出席する。(今回を含めて)残すところ後2回、いよいよ最終にさしかかった。今回は幻想好きにとって楽しみな<桃源郷>について、陶淵明が記した散文を解説いただいた。

「桃花源の記」は、武陵の川漁師が渓谷を水源まで遡ったところ、山中に洞窟を見つけて、くぐりに抜けた先に桃源郷と出会う話だ。そこには、見たこともない人々が穏やかに暮らしていた。秦時の乱を避けて以来、漁師の時代(太元年間)までざっと見積もって、600年以上前からこの地に住み続けられたことになるのだろう。彼らから、もてなしを受けた後、去り際に他言無用と次のように口止めされる。

・不(レ)(下)(2)外人(1)(上)也   外人(がいじん)の為に道(い)うに足らざるなり
(訳) 外部の世間の人に話すほどのことではありません。

それでも漁師は、行政長の太守に喋っちゃうんだな。でも、いくら探しても、桃源郷は結局見つからなかった。この記は、後の時代の<物語>に通じるそうだ。

ところで「桃花源の記」は、山の岩間から雲が生まれるような仙境を語っているわけでも、碧眼の美女との遭遇を喜んでいるわけでもない。鶏が鳴き、犬が吠える、のんびりした素朴な光景が浮かんでくる。もしかすると。桃源郷はもっと身近にあって気付かないだけなのかもしれない。

ところで、現在の中国の若者たちが、自然のもとへ行こうと言うとき、この記に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うと解説があった。

今回の講義は、「桃花源の記」の前に、九尾の狐伝説などの原典といわれる「山海経」を題にした、「山海経を読む十三首 其の一」の解説があり、終わりには、陶淵明の洒落た自叙伝ともいうべき詩についても聞かせていただいた。

次回(最終回)のために、漢字教育の資料が配られた。宿題である。

2017年3月3日金曜日

桃の節句に

温水ボタンを押すとき、そばのデジタル時刻表示に同じ数字が並んでいたりすると何だかいい気分になる。「11-11」(11時11分)といった按配だが、偶然に巡り合せた幸運といった感じだ。実利はないが、うれしい余韻がかすかに残る。

数字合わせの代表で、ある意味季節を知らせる「節句」に心を動かす。伝統となれば、子どもたちの笑顔が浮かぶ、愛しむもの。桃の花、雛壇飾りなど賑やかな「桃の節句」は、その色彩の柔らかさから、春の気配を思わせる。

近所の公民館にこの時期に合わせてか、「つるし飾り」があった。きれいな色紙を折り合わせて作ったのだろう。小さな飾りを順に紐につなぎ、それらを天井からいくつも吊るしている。素朴なのに華やかさが漂い、桃の節句の「雛祭り」を気付かせる。

(本ブログ関連:”雛祭り桃の節句)”)

祭りの日の終わりに、雛壇を直ぐに片付けるというのも、昭和の住宅事情からだろう。のんびり眺めたいもの。

それはそうと、桃の花だけが咲きほこる「桃源郷」に興味そそられる。そこへ行った幸運を無為にするような、後に官に説くためあちこち目印を付けて帰るなんて野暮はせず、私なら桃源郷にずっと住まわせてもらうよ。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

(追記)
そういえば、桃源郷へは川をたどったわけで、私たちは遥か彼方を往来するに、水を介するのが納得できるようだ。

(付記)
桃の節句と関係ないが、近所のお握り飯店で、できたての暖かいオニギリを買う。ほくほくして美味かった。何だか、家族の懐かしいオニギリがよみがえった気がした。きょうだいで我先に頬張ったなあ。

2014年3月3日月曜日

雛祭り

せっかくの雛祭り、その華やかさと違って、今日も風邪から抜け出せずにいる。節々の痛みはようやく治まったが、咳は相変わらずだ。薬効もあって、気分は前向き・・・。

若い頃、風邪といえば軽んじて、ちょっと踏ん張れば吹き飛んでいくと考えていたし、そうした。そして、そうなった。でも、今はそういうわけにはいかない・・・。

うれしいひなまつりのうた」(1936年、作詞:サトウハチロー、作曲:河村光陽)に、飾り花として、桃の花が歌われている。同じバラ科である、は、地元の垣根越しに接することができるのに、はあまり身近に見ることがない。

以前、山梨に水晶採集に行ったとき、勝沼の盆地に広がる桃畑が一斉に薄紅に染まっていたのを覚えている。まさに、そこに桃源郷が再現されたようだった。

風邪を完治して、いずれ、の花のまぶしい勝沼の里を訪れるのもよいし、風邪の熱に呆けて桃源郷を夢想するのもよい。

(本ブログ関連:”花柳”、”桃源郷”)

2023年4月30日日曜日

きょうで今年も1/3が終わった・・・少しは前向きに

きょうは4月の30日、月末だ。カレンダー上、今年の 1/3 が終わることになる。

(本ブログ関連:”カレンダー”)

一年の 1/4が、1/3が、そして半分が・・・と終わるたび、あっけなさを感じていた。それを埋め合わせるように、手帳や日記、そしてブログにといろいろと書き連ねていたけど、微妙な気分のままだった。

時間が足し算だった時代と比べて、今は、引き算でしかない・・・そして時間が個人的なものになったと気付いた。

むかし、田舎道を車で進んでいると、畑の中から爺さんがすっくと立ち上がり、わたしたちが道路の先に消えるまで、じっと見つめ続けている。あるいは、農家の縁側に老婆が座り、庭先を日永ながめている。そんな光景を思い出す。

歳をとると、本人にとって時間がひとときと思えても、その様を他者(若い人)から見ると随分と時間をかけているように見える・・・もっといえば緩慢にうつる。

時間を棲み分けてみてはどうか・・・なんて思ったりする。「桃源郷」のような、いってみれば時間が止まった異世界があったならと。仙人の境地になりたいと願うきょうこのごろ。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

2025年7月19日土曜日

桃の日

きょうは、<桃>の収穫量日本一*を誇る<山梨県>の果樹園芸会が制定した「やまなし桃の日」**で、一般社団法人日本記念日協会により認定・登録されている。
(*)「令和5年産もも出荷量」(農林水産省、令和6年1月24日): 都道府県別の収穫量割合は、山梨県が31%、福島県が26%、長野県が9%、山形県が8%、和歌山県が7%となっており、この5県で全国の8割を占めている。
    - https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kajyu/momo/r5/index.html
(**)「やまなし桃の日」: 日付は「百」をモモと読み、百が重なる1月1日から数えて200日目(百が二つで二百)に当たることの多い7月19日としたもの。また美味しい桃の出荷時期にも当たる。
    ー https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=415

先日(7/16)、米大リーグ(MLB)の「オールスターゲーム」が行なわれたのが、ジョージア州にあるトゥルーイスト・パーク球場だった。日本から見れば、大谷翔平選手の活躍だったが、試合前日の「レッドカーペットイベント」に大谷夫妻が登場した。真美子夫人が着用した <桃色のドレス> にも関心がいった。
現地アトランタの名産品である桃を意識してのようだ。ジョージア州には、名産の黄桃にちなんだ「桃の州」の異名がある(Wikipedia)。なにしろ、同州には桃の生産にちなんで「ピーチ郡」まである。

以前のブログに記したことだが、むかし(2005年4月17日)、鉱物採集で水晶の代表的産地である山梨県の「乙女鉱山」に行くため、中央高速の勝沼ICを降りたところ、盆地一面に桃の薄桃色の花が広がっていた。驚嘆して、目一杯の春を感じた思い出がある。それは、花に透かして枝も見える桜の満開と違って、ピンクの色彩が盆地を埋め尽くしたような錯覚させるものだった。

(本ブログ関連:”桃の花”、”乙女鉱山”)

桃の花から、陶淵明の詩「桃花源の記」にある<桃源郷>を連想する。漁夫が川の上流奥深くで発見した、古い衣裳をまとったいにしえ人の棲むところだ。桃の花が咲き、人々は平穏な生活をしている。ふたたび訪れようとしてもそれはできなかった。幻の土地***だ。
(***)中国では、自然のもとへ行こうと言うとき、この詩に語られた武陵の地名を使って、「武陵に行こう」と言うそうだ。

(本ブログ関連:”陶淵明”、”桃源郷”、”仙人”)

ところで、仙人が食した桃に平たい饅頭のような形をした「蟠桃(ばんとう)」がある。そういえば、最近、桃をまるかじりすることがないなあ。

(追記)
「桃」の字が付く女優といえば、河内桃子(1932年〈昭和7年〉~ 1998年〈平成10年〉)さんを思い出す。どの役を演じても、都会的で清楚な雰囲気がしたのを子どもながら感じた。

2018年4月28日土曜日

(雑談)雲と岩と

昔のひとは、雲がどこから湧くのか不思議だった。目の前で雲が生じるのを見たことがあるだろうか。都市の平地部で、積乱雲が上昇気流に押し上げられて巨大化するのを経験しても、その雲の種が一体どこで生まれたのか、やはり気になったことだろう。

どうやら詩人は、わび住まいを濡らす雨が、遠くの渓谷で沸き起った雲にまざって来たと考えたようだ(渓雲雑雨来茅屋)。それなら何となく理解できる。早朝、集合した山奥の駅舎で、薄暗い朝の明かりに透けて、白い雲が暗んだ山肌の影から流れ出て来るのを見たことがある。

(本ブログ関連:”石 ”)

山の奥に川を遡った先、岩の隙間をくぐりぬけた所に桃源郷を夢見たなら、山の岩肌から雲が湧いてくると考えるのもおかしくない。なぜなら、旅の途中、山道で小休止して、岩から湧きでた水を飲んで喉をいやしたことがあるだろうから。岩の奥に何かがある。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

山をてのひらに夢見るひとは、水で「水石」を濡らす。湿った石の姿に、それをつつむ宇宙を感じているのかもしれない。鉱物趣味は、その石の中に含有物(インクルージョン)の不思議から、水晶に草が生えているのを見つける。それが別の鉱物の針状結晶だとしても、草と思いたいのだ。

2012年11月15日木曜日

陶淵明-2

陶淵明の詩についての市民講座の2回目を聴く。「帰去来の辞」につづいて、今回は「田園の居に帰る五首」中の、其の一、三、四と、「斜川(しゃせん)に遊ぶ 并(なら)びに序」について解説された。

「田園の居に帰る五首」中の、其の一の詩中にある次の対句に興味があった。
狗吠深巷中   【狗(いぬ)は吠ゆ 深巷(しんこう)の中(うち)】   犬が奥まった路地で吠えていたり
鶏鳴桑樹顛   【鶏(にわとり)は鳴く 桑樹(そうじゅ)の顛(いただき)】   桑の木のてっぺんで鶏が鳴いている

この対句について、老子の描く理想郷に通じるとのこと。そういえば、使用のテキスト後半にある有名な「桃花源の記」に「鶏犬相聞」もあって、犬や鳥ののんびりした鳴き声は、桃源郷のひとつのシンボルのようだ。

現世は、自宅で鶏を飼う人はいないし、流行の小型犬は鳴き声をあげないものが多いようで、桃源郷とは反対の世界だ。

また、漢字の特性について次のような説明があった。
表意文字である漢字は、名詞にも動詞にも形容詞にもなり得る。例えば、「種(たね)を種(う)える」というふうに同じ漢字を名詞と動詞に使うことができる。なるほど・・・言葉(文字)をきちんと見つめていない者としては、客観的に気付かされました。

ところで、気になる点がある。陶淵明の詩中で使われる「自然」という言葉だ。この「自然」を、時代に分けて解釈したらどうなのだろうか。例えば、陶淵明の1600年前の東晋時代、あるいは蘭学以前の江戸時代、そして現在において、「自然」という言葉の理解や認識の差によって、詩の解釈も違ってくるような気がするけれど・・・どうだろうか。

2025年4月10日木曜日

ゲンペイ(ハナ)モモ

体操教室の帰り道、畑地の端に人の背丈ほどの高さの「ハナモモ」の木と出会った。
例年この時期、ハナモモの2本の木立が、白い花と薄紅色の花を同じ幹から咲かせている。紅白二色が見られることから、源平の戦で源氏(旗色:白色)と平家(旗色:紅色)の旗色に合わせて、「ゲンペイモモ」と呼ばれる「モモ」の園芸種である。

今年、なぜか手前の木(写真左側)の花に、白色が多いように見え、奥の木(写真右側)にはいつも通り、白色と薄紅色の花が咲いている。

(本ブログ関連:”ゲンペイ(ハナ)モモ”)


ハナモモの原木である「モモ」について:
・以前(2005年4月17日)、水晶の代表的産地である山梨県の「乙女鉱山」に鉱物採集に行くため、勝沼のICを降りたところ、盆地一面に桃の薄桃色の花が広がっていた。驚嘆して、目一杯春を感じた思い出がある。

(本ブログ関連:”乙女鉱山

・陶淵明は、「桃花源記」で、桃の林の奥先に時間が止まった「桃源郷」との不思議な出会いの伝説を詩っている。モモの花には、サクラと違う物語がある(強いていえば、モモには時間の永続性が、サクラには時間の局面性が・・・)。

(本ブログ関連:”桃源郷”)


■  資料(Googleの「Search Labs 」AI による)
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------
桃には、果実を食べる「実桃と、花を楽しむ「花桃の2種類があります。
                                 実桃                                            花桃                           
用途                食用として栽培される                観賞用に栽培される
特徴                果実が大きく、甘みがある          花が大きく、八重咲きのものもある
生育環境          比較的暖かい地域を好む             寒冷地に強いという特徴がある        

実桃
「黄桃」や「白桃」など、よく知られている桃です。日本には弥生時代に渡来したとされ、平安時代には「桃の節句」に桃の花が観賞されるようになりました。

花桃
 園芸種として栽培されており、「ひな祭り」の時期に購入できることもあります。花桃は、枝いっぱいに咲き誇る桃の花が淡いピンク白色花びらで満たされ、その光景はまるで桃色の雲が空に広がるかのように美しいです。
花桃には、実がなることもありますが、苦みや酸味が強かったり、あまり大きくならなかったりと、一般的に食用には向いていません。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------

2016年12月2日金曜日

(資料) 田中貢太郎の「仙術修行」

仙人になるのはたやすくないはず。修業は秘伝であるはず。仙人修行のそんなイメージがあるところに、本物かどうか怪しい者が現れて、仙術を修めたと自称する。聞けば、そんなものかと納得するが実にあっけない。

(本ブログ関連:”仙人”)

田中貢太郎(1880年【明治13年】~1941年【昭和16年】)の掌編、「仙術修行」(青空文庫)は、仙人志願の男が四川省白竜山の麓を彷徨い、年数をかけて偶然見つけた仙界へつながる小径(こみち)をたどり仙人たちと出会う話しだ。まるで、桃源郷に至るよう。そこで仙人たちの群れに交わるのに、何の試問もなく、いきなり彼らの行動と一体して修行を努める。そんな経験が語られる。

(本ブログ関連:”桃源郷”)

仙人修行は、俗世でも手の届きそうなくらい安逸な方法で一瞬錯覚させる。仙人が人間の延長であること。誰もが分かる方法なのだ。厄介な修練を積んで、ある境地に達したところで更に深めるというわけではない。

飛翔感は別にして、洞穴のいってみれば他愛もない、誰にもできそうな修行だが、ずっと続けるとなると、世俗の価値と吊り合わない。仙界を俗世に紹介するにはこうするしかないのか、或いは仙人を語る大嘘つきか。そんな修行部分を抜き書きしてみる。

--------------------------------------------------
・(鳥の飛びたつような容(さま)をして走る仙人の)群の最後になった仙人は、彼の傍へやって来た。彼は粛然(しゅくぜん)として立っていた。仙人は瘠(や)せた手をあげて、彼を招いてから走っている群の方へ往けと云うようにして見せた。彼は仙人の群を追うて駈けだした。最後の仙人も彼の後(あと)から駈けて来た。

・絶壁の上も樹木の間も、平地を往くようにして駈け走った。そして、朝霧のかかった谷川の岸に出て、そこで衣(ころも)を脱いで行水(ぎょうずい)をやった。皆黙黙として何人(だれ)も一言(ごん)を発する者がない。彼も同じように冷たい氷のような行水をした。

・行水が済むと、仙人の群ははじめの路(みち)を走って帰った。彼もその群に交まじって帰った。皆それぞれ洞穴(ほらあな)を持っていた。行水から帰って来るとその日の行(ぎょう)にかかった。全身の力を咽喉(のど)に集めて、わあと云う懸声(かけごえ)をだした。それを一日に一万遍(べん)やることになっていた。彼も他人の使わない洞穴を求めてその懸声をはじめた。そして、空腹になれば木の実を探しに往った。それにも山の法則があって、他人の執(と)りかけたものに手をつけることはできなかった。手をつけた印には木の葉を扱(しご)いてあった。そのうえに木の傍で喫(く)うばかりで、持って来て貯えて置くことはできなかった。それがために、ひもじくなれば二里も三里も遠くに木の実を執りに往くことがあった。
--------------------------------------------------

2016年3月3日木曜日

桃の節句

今日は「(桃の)節句」で、「雛祭り」の日である。節句の、3月3日は女の子の日、5月5日は男の子の日、そして7月7日は主に子どもが星に願う日だった。子どもたちの健康と平安を祈る日でもある。

雛祭りに、桃の花は欠かせない。室内で飾る桃は、桜よりも薄紅がまさって愛でたさも増し、幼い女の子によく似合うようだ。その桃の花が一面に咲いているのを、甲州の盆地に眺めたことがある。まさに、「桃源郷」を想わせるものだった。明るい陽射しに照らされた桃の花弁は、白く照り輝きもあって、ひな壇に飾られたものとはちがう趣があった、圧巻だった。

(本ブログ関連:”雛祭り”、”桃源郷”)

先日、招き猫像の並ぶ豪徳寺に行った。この寺が、彦根藩主の井伊家菩提寺であったことから思い出した。その昔、桃の節句、雛祭りの日に、江戸城へ登城する井伊直弼の一行が襲撃された。安政7年3月3日(旧暦)のことだ。このとき、牡丹雪が降っていたことは、映画などでもよく知られる光景だ。考えてみれば、雪景色の真っ白な江戸城下と、雛壇の赤い毛氈が対比する桃の節句であった。

桜田門外の変は、西暦では1860年3月24日になる。(今日から)20日近く後に降雪したことになる。ところで、桜については、今年の開花時期は、3月25日ころと予想されている(ウェザーマップ「桜開花予想」)。

こんなめでたい時期に発生した、桜田門外の変は、歴史の裏話で語られるように、その惨劇は凄まじいものだったという。

2011年1月5日水曜日

テネシーワルツ

落ち着いてどこまでもゆったりとした、パティ・ペイジの「テネシーワルツThe Tennessee Waltz)」(1950年:カバー)は懐かしい。初めて聞いた頃は、とうに昔の曲だったに違いないが、それほどとは思わなかった。何となく大人の歌という気はしたけれど。
子ども心に感じたように、過ぎ去った苦い思い出を、懐旧する余裕のある大人の歌である。曲タイトルに、心情そのまま表現はしないで、物語の起きた場面を示すことで印象を強めている。この曲がヒットした当時の人びとは、青春のできごとを、過去に留めるくらいの自負心を持っていたということだ。
(蛇足:以前、TBSラジオの番組で「山路きて/浅き夢見し/桃源郷」という投稿川柳が紹介されていた、見事。)

Youtubeの備考によれば、この「テネシーワルツ」は、彼女がリリースした同年(1950年)に、#1を13週続けたそうだ。
(Youtubeに登録のburltable449に感謝)

ところで、パティ・キムのパティについて、ko.wikipediaによれば、「パティという芸名は、米国歌手パティ・ペイジのような名歌手になりたいという意味でつけた。」そうだ。


(最近、孫の動きが活発で、写真、動画が撮りにくくなってきていたが)
★★★★★ 孫が、「これは!?」 と公園の石を拾いあげては母親に訪ねる動画が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫が、母親の答を真似て、「石だ!」と声を出して次の石を探す動画が届いた ★★★★★

2015年11月29日日曜日

なぜ仙人の話しをするのか

このブログは、イ・ソンヒのファンブログだ。とはいえ、毎日彼女のことを書き続ける力はない。そこで、彼女の歌の曲名や歌詞内容にキーワードを探し、思い浮かぶことを話題にしたりしている。テレビドラマの「僕のガールフレンドは九尾狐」挿入曲である、彼女の歌「狐の嫁入り(여우비)」(2010年)から、狐信仰、九尾狐、稲荷神社、(狐に関連して)山海経、聊斎志異、耳袋(嚢)など調べている。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

また、イ・ソンヒの父親が仏教音楽「梵唄(ぼんばい:범패)」の指導者だったことから、韓国仏教、国楽などに関心を向けている。

そんな一つに、イ・ソンヒの名前がある。漢字名「李仙姫」に、なぜ「仙」の文字があるのかについて、彼女が誕生する前に父親が見た「夢」から選ばれたということを何度か触れた。

(本ブログ関連:”李仙姫の名前”)

---------------------------------------
「老木樹のチャン・ウクチョ(장욱조)が生命樹になって」

・イ・ソンヒは、(陰暦の)1964年11月11日に、(本籍地)忠清南道保寧郡(現在は市)珠山面篁栗里に誕生した。父(イ・ジョンギュ:이종규)、母(チェ・ビョンムン:최병문)の初めての子として誕生した。父母のそれぞれの夢に、男の子が示唆されていた。父の夢にあらわれた、山の神を意味する虎のために、彼女の名前(李仙姫)に神仙の「仙」の字が入ることになった。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒの生誕")
---------------------------------------

ここ数日、仙人について書き連ねている。いつか、仙人のいる仙境、あるいは桃源郷の世界を覗くことができたらと期待している。(とはいえ、仙人の事典のような列仙伝をめくると、彼らが普遍的な存在というよりは、一つの生き方に見えてくる。人模様というか、人様々というか。)

2025年4月5日土曜日

野鳥観察(80)

きょうは野鳥観察(探鳥会)の日だ。今月から集合時刻が30分早まった(4月~9月:6時30分、10月~3月:7時00分)。寒さが少し緩和したとはいえ早朝の寒気を心配したが、冬着(防寒着)に身を固めるまでの必要はなかった。

(本ブログ関連:”野鳥観察”)

以前(3/22)のブログで言い訳の通り、寒さから逃れて布団の温もりに埋没し、探鳥会を欠席することがしばしばあった。そのため、ある出席回数の区切りになかなか到達できずいた。ついにきょうを以って、2020年8月22日に入会以来、80回目の出席になった。集合場所を太陽がまぶしく照らしている。
ー なお、同探鳥会は、2025年1月25日に、開催200回目を迎えている。


公園にある林の散策路と小川を巡って行なうバードウォッチングに同行してきたわけで、われながらよく続いたものと思う。繰り返し参加すれば観察眼が何とかなるのではと念じて期待したが、感度は鈍く低空飛行のままだ。ベテランの方がたの指導がなければ、続けられないのが実情。

今回も、ベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視とカメラで確認・整理したものから、次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
・シデコブシ: 公園西端の集合場所(写真の通り)
・ゲンペイ(ハナ)モモ: 公園西端の集合場所(写真の通り)
・ヤエベニシダレ: 公園の小川沿い小道(写真の通り)
----------------------
・コゲラ: 幹の裏から現れてするすると登る、早くて写真に撮れず、飛び去る
・ヒヨドリ: きょうも最多観察される(写真の通り)
・エナガ: 木立に群がる、動きが早くて写真に撮れず
・ヤマガラ: 木立に群がる、動きが早くて写真に撮れず
・ツグミ: 公園グラウンドの草上(写真の通り)
・シジュウカラ: 幹の穴を巣にしている(写真の通り)
・(オオタカに襲われたのか、キジバトの羽根だけが一面に散らばっていた)
----------------------
・(水鳥: いつも通りカウントされたが、観察列に遅れてしまい観察できず)


シデコブシ(写真左)、ゲンペイモモ(写真中央)、ヤエベニシダレ(写真右)
・白色の花弁の数が「コブシ」(≒6枚)より多い「シデコブシ」(≒13枚)が、集合場所近くにある。
・「ゲンペイモモ」の木に、八重咲きの白色と紅色の花が同じ幹に咲いている。<モモの園芸種「ハナモモ」に(源氏と平氏の旗の色をもとに)「源平」の名を冠した「源平花桃(ゲンペイ ハナモモ)」がある> とのこと。まさに桃源郷の花。
・シダレザクラの「ヤエベニシダレ」が川沿いの小道に、八重咲きの薄紅色の花を優雅に咲かせている。


ヒヨドリ(写真左)、ツグミ(写真中央左)、シジュウカラ(写真中央右)と(写真右)
きょうの写真の成果は、思った以上に精細に、あるいは偶然に撮ることができた。
・樹上に「ヒヨドリ」が1羽いて、さあどうぞと言わんばかりとまっていたので撮る。別の場所で、幹に沿って急降下・上昇してエサをとっていた。
・公園の野球場に自律型の草取りロボットがいて、(iRobotのように)働いている。その手前に「ツグミ」がいる写真を偶然撮れた。
・観察の終わり道、「シジュウカラ」が珍しく間近の枝にとまっていた。もう1羽いて、写真の右の巣穴を使っているようで、すぐに穴の中に消えた。




サクラ、そして花の進化
野鳥観察の終了後、Ⅰ.サクラの種類、Ⅱ.花の進化について会長からお話をうかがったので次に記述する。(聞き間違いがありましたらご容赦)

Ⅰ.サクラの種類
① 一重サクラは今ごろ、八重サクラは遅れて咲く。
② サクラの木は全体に減少傾向にある。
③ ヤマザクラ系のサクラに、マナザクラがある。
④ サクラの野生種は10種といわれているが、11種目にクマザクラ(紀伊半島)があるともいう。サクラは野生種の交配で種類を増やしている。
    ー カンヒザクラとアマギヨシノを交配してヨウコウを作出。
    ー 海外でも英国のイングラムが、カンヒザクラとマメザクラを交配してオカメザクラを作出。
⑤ カワヅザクラは、人為的な交配でなく、自然交配でできた。
⑥ ソメイヨシノの樹齢は、70年とされる。
    ー 接ぎ木によって生命を継承させている。
⑦ 野生種のヤマザクラは、実生(みしょう:種子から発芽して育った植物)である。

Ⅱ.花の進化
① 花は葉から進化した。花びらは一般用語で、花弁が学術用語となる。
    ー 花びら=花弁
    ー 花びら=花弁と顎(がく)
    ー 花びら=顎(例:セツブンソウ、ニリンソウ、キンポウゲ科)・・・ 一種の花の退化
② コブシの花を緑色のフィルターで見ると、葉と花が一体で見える。
③ 最も進化した花は、キク、ランのはなだろう。
    ー 種類が多いこと。逆に一科一属一種は原始的(モクレン、イチョウ)といえる。

参考資料
花の観察学入門: 葉から花への進化を探る」(岡崎恵視 共著、培風館、1999年)

2011年8月17日水曜日

夏の終わり

夏の終わりといっても、感傷的なはなしではなくて、あと数日で気温が落ち着き始めるそうだ。子ども時代に、夏休みの終わりを切実に感じたのは、8月後半に鳴くツクツク法師やヒグラシ(カナカナ)の蝉の声だろう。
小学校低学年の頃、遊び疲れてそのまま寝てしまい、夕陽と一緒にツクツク法師やヒグラシの鳴き声が差し込んでくるのを、畳に頭を着けたまま感じたことがあった。それに台所から、母親がまな板の上で食材を包丁でコトコト切っている、夕食準備の音が聞こえてくる。まどろみの世界にいて、ぼんやりと辺りをうかがっている。

当地は、意外に百日紅(さるすべり)の木が多く、花を咲かせている。薄青を混ぜたようなピンク色の花弁の色合いは、落ち着いていて、小さな花弁が木を覆うように咲き、林立すると、まるで桃源郷のようである。特に、近所の踏切り際にある、百日紅の植木園は圧巻である。

2025年3月16日日曜日

(雑談)サンシティ

むかし、レンタルVIDEO店から借りたSF映画に「ソイレント・グリーン」があって、人類が膨張した未来社会での高齢者への処遇がおぞましい形で描かれていた。それ以来(一時期)、エンドウ豆のスナック袋菓子が食べづらくなったことがある。

(本ブログ関連:”ソイレント・グリーン”)

逆に、高齢者に夢をもたせる若返りのSF映画「コクーン」もある。結末がそれでよかったのかどうか気になる所だが、前向きに見ることはできた。

人生の幕をうまく閉じられるかどうかが老人の課題になる。「ソイレント・グリーン」は<姥捨て伝説>に通じるし、「コクーン」は<桃源郷>にある意味でつながる。

アメリカのベンチャー経営者の中には、企業の業績で一発あてると、アイデアを早く売って老後の道を選ぶ者がいると聞いた。その後どうするかと問えば、西海岸でブドウ園を作って葡萄酒づくりを楽しむという。ビジネスは続けている。

皆がみな、それほどの財力があるわけではないだろうけれど、ほどほどの金持ちはいっぱいいる。そんな人たちがリタイヤ後に過ごす、主に55歳以上(ほぼ白人)を対象にした町*がある。
(*)現在販売中の住宅の75%が、50万ドル以下の(エリアがある)模様。

カリフォルニア州に隣接した内陸部のアリゾナ州に「サンシティ」(1960年1月~)という高齢者向けの人工的な町だ。地図上で見ると、北緯33度(≒日本の大分市)で、乾燥した大地にある。

■ Google Map
サンシティの<地図

寒さが苦手な高齢者に適した気候で、広大な敷地だ。

■ 生成AI「Gemini」・・・ 抜粋
・夏は非常に暑く、平均気温が摂氏40度を超えることもある。
・冬は温暖で、平均気温は摂氏10度から20度程度。
・同程度の面積規模としては、東京都の府中市(約29.4平方Km)が挙げられる。

■ Weather Spark
日本語)「サンシティ における年間の気候および平均気象」 アリゾナ州
    ー https://weatherspark.com/y/2461/Average-Weather-in-Sun-City-Arizona-United-States-Year-Round#google_vignette
-------------------------------------------------------
サンシティでは、夏はうだるように暑く、乾燥状態、冬は涼しく、年間を通じてほぼ晴れです。1 年を通して、気温は 6°Cから 41°Cに変化しますが、2°C 未満または 44°C を超えることは滅多にありません。
-------------------------------------------------------

実際の町の景色は、平屋住居が密集**しているが、コミュニティ施設は大きいといった具合のようだ。家族解禁の地区も設けられていて、55歳以下でもコミュニティ施設の使用はできるという。町は広く、次のYoutubeでは、高層ビルが少なくとも見えない。
(**)密集: 隣家に何かあったとき、異変に気付いたとき感知しやすい意味もあるだろう。

■ Youtube(登録: Living in Arizona Now)
「フェニックス北西部のサンシティとサプライズ・アリゾナ」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=mZCbRlsBCSA

2011年1月4日火曜日

石の世界(2)

薄田泣菫の掌編「石を愛するもの」(青空文庫掲載)を読んで、石を愛するものの心情を覗いてみよう。

わが身を同化してしまいたいほど石に愛着するものは、冷静な蒐集者や石と無縁のものから見れば、まこと奇人でしかない。ところが、その奇人の心情に一度でも感応してしまうと、もはや以前に戻ることはできない。奇人とそうでないものの境界は何処にあるのだろう。
奇人は、桃源郷のごとき景観を石に見つける。「黒く重り合つた峰のたたずまひ、白い水の流れ、洞穴と小径との交錯、――まるで玉で刻んだ小天地のやうな味ひは、とてもこの世のものとは思はれなかつた。」*と。彼の幻想世界を、あなたが一瞬なり覗いてしまうや、境界は崩れ、彼の世界へ引き込まれてしまい、そのとき彼は得意げに、「どんな人だって、(こんな石を)愛さないわけにはゆきますまい。」*と念をおすに違いない。
(*)薄田泣菫の掌編「石を愛するもの」

尾崎放哉の随筆「」(青空文庫掲載)を読んで、石に命を感じる心境をさぐって見よう。

俳人の彼が終の棲家に定めた(花崗岩を基盤とする)石の島は、穏やかな瀬戸内に浮かぶオリーブの茂る島でもある。孤独者のためか、「私は、平素、路上にころがつて居る小さな、つまらない石ツころに向つて、たまらない一種のなつかし味を感じて居るのであります。」**と、物言わぬ石に対して近しさを述べている。風景の中から石が、ぽっかりと浮かび上がり、確かな存在にまでなった。
そうなると、「すべての石は生きて居ると思ふのです。石は生きて居る。どんな小さな石ツころでも、立派に脈を打って生きて居るのであります。」**と、石との距離が益々縮まり、他の文人が中国の伝奇を通じて石への愛惜を語る奇談とはいささか趣が異なってくる。そのとき俳人は、自ら石の虜になった。
(**)尾崎放哉の随筆「石」

(本ブログ関連:”石の世界”)

2013年1月3日木曜日

李仙姫の名前から(2)

イ・ソンヒの名「ソンヒ(선희)」と同じ名付けについて、次のような統計がある。(이루미작명SYS)

・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」

1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。

・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)

(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)

(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")

この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。

(本ブログ関連:"陶淵明-3")

イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")

2018年1月28日日曜日

(雑談)山の冬、山の春

寒い日が続く。出かけようと思っても寒気に萎える。雪景色は、子どもに別世界であり、雪の不思議な感蝕を楽しむ遊び場だ。若者にとっては、スキー板を担いで夜行列車で出かける、期待と妄想の場所でもあった。年寄りには、今も昔も変わらぬ、雪掻きするだけの風物でしかない。

歳をとると、雪山に出かける者の気が知れぬとますます確信する。日本の山は、少なくとも、ハイカーにいたるまで踏査されていて、未知な部分はないと思われるし、目の前のそびえる山を見れば、現代人の感覚からすれば、すべて知り尽くされたように感じるものなのだ。

戦前戦後の日本アルプスに棲んだ山人を通じて、山の不思議を語った「黒部の山賊」やシリーズ「山怪」は、それでも世俗的一面を合わせ持つ話題を見せる。更に昔、明治、大正のころになると、「山の人生」(柳田国男)は、世俗と隔絶した地図の彼方に存在する、あたかも異界(伝承の世界)さえ想起させる。

「山の人生」に語られた人々は、どうやら固有名詞があやふやだ。半分現世に身を置き、半分異界に身を溶かし込んでいるような、戸籍といった制度からすり抜けて、噂話にしか残らない、もっといえば、見ても見えぬよう、知っても忘れ去られるよう、命も軽い存在だったのかもしれない。

昔の、海辺や農村の見える遠野の世界とは違って、厳しい山の生活をどうして選んだのだろう。なぜか、連日の寒さを思うと、そんなことを思ってしまう。それが、温んだ春になると、桃の花咲く桃源郷など、仙界を思い浮かべることになるだろう。