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2025年3月29日土曜日

(資料)キツネに化かされる話(怪異・妖怪伝承データベース)

むかし、お天気キャスターとして知られた、倉嶋厚氏が新聞に記した随筆*の切り抜きを、「奇談の時代」(百目鬼恭三郎著、朝日新聞)の間に見つけて読み返した。茶に変色して擦(かす)れ、しかも今と違い文字数が多く読むのに苦心する。
(*)新聞不明。「お茶の間歳時記」の囲みに「お天気怪談」のタイトルで小文を記してある。

江戸の天気にかかわるはなしを、寛政の随筆(奇談集)である「梅翁随筆(ばいおうずいひつ)」から紹介している。人が強風に吹き飛ばされ空を飛ぶこと、突然商店を襲った雷の正体などだ。

この梅翁随筆をネットで検索したら、国際日本文化センターの「怪異・妖怪伝承データベース」に行きついた。キツネ(狐)をキーにした検索結果の中にあった。

■ 国際日本文化センター「怪異・妖怪伝承データベース」
「キツネ」
    ー https://www.nichibun.ac.jp/cgi-bin/YoukaiDB3/simsearch.cgi?ID=3610020

ところで、本ブログは<狐>につながる、動物としてのキツネだけでなく、歌や、伝説・信仰に登場する狐たちも含めていろいろな情報を趣味的に載せている。特に、化かすキツネ、化かされる人間との関係に、何か根源的なものがあるような気がしてならない。

(本ブログ関連:”キツネ ”、”山怪”)

上記のデータベースは、キツネについての民間の怪異・妖怪伝承を一覧でき、資料の頭にある、「キツネ」、「キツネツキ」などからリンク先に飛んで、出典を知ることができる。

2025年1月14日火曜日

笠森お仙

きのう(1/13)の「成人の日」について記したブログの末尾に、江戸の美人として有名だった「笠森お仙」(1751年:宝暦元年~1827年2月24日:文政10年1月29日)について触れた。お仙は、現代風の成人にあたる20歳近くに嫁いだことになると記した。むかしの「嫁入り時」の16~17歳より少し歳を経てのことかな。

そこで、彼女が働いた水茶屋が笠森稲荷社のそばだったことから、稲荷に関連して触れてみたい。以前から、キツネと関わりのある「九尾の狐」から「稲荷信仰」へと興味が広がり、かつ近在の稲荷神社が「笠森稲荷」系であることを知り、興味が尽きない。

(本ブログ関連:”キツネ”、”稲荷信仰”、”笠森稲荷”)

江戸の時代、谷中の福泉院境内に笠森稲荷社があった。門前に水茶屋「鍵屋」があり、「明和三美人」の一人として知られる美貌で話題になった <看板娘> の「お仙(笠森お仙)」がいた。当時のブロマイドにあたる「錦絵」(浮世絵の中で多色刷りの絵)に、鈴木晴信作の「お仙茶屋」がある。すっきりして柔らかな眼差しと、細身の着物の裳裾から足袋を履いた足先をのぞかせている。

鈴木春信「お仙茶屋」(Wikipedia)

ネットに、お仙の賛歌ともいえる「小唄」があり、Youtube映像もあるので見てみよう。

■ 東京小唄・清元・三味線教室
歌詞集「笠森おせん」
https://kiyuumi.com/archives/2014/10/post_833.php
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鐘一つ売れぬ日もなし* 江戸の春 花の噂の高さより
土の団子の願事(ねぎごと)を かけた渋茶の おせん茶屋
あたしゃ見られて恥ずかしい 掛行燈(かけあんどん)に灯を入れる
入相(いりあい)桜ほんのりと 白きうなじの立ち姿
春信**描く一枚絵

朧(おぼろ)夜や 木の間にゆらぐ ぼんぼりの 灯影(ほかげ)まばゆき櫻花
手拍子打てば ちらちらと 散るを惜しまん 春の宵
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(*)鐘: 滅多に売れないものでもあるが、それも毎日売れる
(**)春信: 鈴木春信


■ Youtube(登録:春日とよ喜裕美)
「笠森おせん(鐘一つ)東京小唄清元三味線教室」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=V4BavOuNFR8

2024年11月7日木曜日

立冬 2024、木枯らし、富士山の初冠雪、オーロラとキツネ

二十四節気「立冬」
きょうは二十四節気の「立冬(りっとう)」。冬の気が立ち始めて、いよいよ冷気が沁みるころ。今週いっぱい寒気が南下して、最高気温は 14℃ と冷え込むようだ。天気予報では、来週に 21℃ に復活すると予想している。

(本ブログ関連:”立冬”)


七十二候
二十四節気の「立冬」の間を、三つに分けた「七十二候」は次の通り。
●初候:「山茶*始開(つばき はじめて ひらく)」  山茶花(さざんか)が咲き始める
    (*)山茶: 「ツバキ(椿)」の意。ここでは、ツバキ科の「サザンカ」を指す
●次候:「地始凍(ち はじめて こおる)」  大地が凍り始める
●末候:「金盞**香(きんせん こうばし)」  水仙の花が咲く 
    (**)金盞: 金色の杯、「スイセン(水仙)」の別名

(本ブログ関連:”スイセン”)


木枯らし
きょう、東京に「木枯らし1号」が吹いた。きのうから予想されたものだが、確かに昼過ぎ体操教室に出かけたとき、寒風に身が染みた。

■ 日経新聞
「東京・近畿で木枯らし1号 各地で今季一番の冷え込み」(2024年11月7日 12:18)より抜粋
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE073IE0X01C24A1000000/
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・気象庁によると、7日午前10時54分、東京都心で最大瞬間風速13.7メートル北西の風を記録した。
・木枯らし1号は例年、東京近畿で発表される。〔共同〕
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■ 気象庁 お天気相談所 (2020年の資料)
https://www.data.jma.go.jp/tokyo/shosai/news/pdf/2020/20201104kogarasi_oshirase.pdf
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東京地方における「木枯らし 1 号」は、下記の事項を基本として総合的に判断して発表しています。
1 期間は10月半ばから11月末までの間に限る。
2 気圧配置が西高東低の冬型となって、季節風が吹くこと。
東京における風向が西北西~北である。
東京における最大風速が、おおむね風力 5(風速 8m/s)以上である。(ただし、お知らせには最大瞬間風速を記入する)
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■ 木枯らし紋次郎
昔のテレビ番組に「木枯らし紋次郎」(中村敦夫主演、1970年代)という股旅ものがあった。主人公が口にする「あっしにはかかわりのねえことでござんす」という決め台詞が流行った。竹楊枝をくわえた姿に、いっそうニヒル味が加わった。


富士山の初冠雪
きのう、静岡側で富士山に冠雪が確認されたが、歴史的に甲府地方気象台による観測が必要とされているとのこと。

■ 日本気象協会 tenki.jp
「富士山で「初冠雪」 統計開始以来 最も遅い観測」(日本気象協会日直主任、2024年11月07日07:17)
https://tenki.jp/forecaster/deskpart/2024/11/07/30890.html
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今日7日(立冬)、富士山の初冠雪の便りが届きました。甲府地方気象台の観測で、統計開始以来、最も遅い初冠雪となりました。
富士山の初冠雪は山梨県の甲府地方気象台が観測しており、「一日の平均気温が、その年の最も高い日」の後に、山頂付近が雪などによって白く見える様子が、麓の気象台から見えたことが、観測の条件です。
・これまでの最も早い記録は、2008年の8月9日でした。
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オーロラとキツネ
以前に触れたことだが、寒い夜、雪原を走るキツネの尾が雪を巻き上げて、火となる伝説がフィンランドにある。寒さがしみるとき、舞い上がった粉雪が、やがて上空のオーロラへつながるのを幻視したのかもしれない。

フィンランド政府観光局:「オーロラ  キツネが飛び散らせる火花?」より。
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フィンランドの北部(ラップランドなど)に住むサーミ(Sápmi)の人々の伝説に、オーロラ(極光)は「キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって現れる」という。
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(本ブログ関連:”オーロラとキツネ”、”キツネ 狐”)

■ Youtube (登録: VisitFinland)
アニメーション「Revontulet (狐火) - FINLAND」
https://www.youtube.com/watch?v=UILnfI3dcAc

2023年3月26日日曜日

ブドウは酸っぱいか甘いか

先日、スーパーで「ファンタグレープ」の1.5リットル入りを買った。いま飲んでいるオーソドックスな無添加ワインが物足りなかったからだ。いまどきの葡萄酒(ワイン)は渋くて馴染めない。私にとっての葡萄酒は、赤くて甘~い、「赤玉ポートワイン」あるいは「蜂葡萄酒」なのだ。(ベーコンも、白身に赤いふちのあるクジラのものでなければならない)

で、どうやったかといえば、ファンタグレープと普通の葡萄酒を混ぜ合わせて飲んだのだ。甘い葡萄酒にかぎる。だって果物の葡萄の実は甘いのがよいというのに、酒は甘美のない渋い方がよいというのは合点がいかない(「アイスワイン」や「貴腐ワイン」があるではないか)。ともあれ、むかし普及した葡萄酒は甘かったのだ。

(本ブログ関連:”甘口の酒”)

ところで、教訓好きな童話に「イソップ童話」がある。以前にも触れたが、キツネ(ずるくて狡猾、悪知恵が働く役回り)が、歩き疲れて喉が渇いたとき、ブドウの実がたわわに実っているのを見つけて取ろうとするが届かず、悪態を吐いてその場を去る話がある。「フン」とか言ってる分にはいいのだが、性分が露わになる暴言はいただけない・・・という話だ。

(本ブログ関連:”イソップ キツネ”)

修身というか道徳につながる寓話を、教育の現場でどう扱われているか知らない。イソップ童話の寓意は早めに気づけば気付くほどよい。子どものころに習得しておけば、恥をさらすこともない。不幸なのは、口から吐いた言葉に何も気付かないことだ。
(老後についてタワマンの高層から発信を続けた老社会学者の弟子として、伝道の役割りをつづけた若者が、最近は作家になろうと方向転換している。でも性分は変わらないらしく、テレビのニュースショー(ワイドショー)で、WBCについて関心がないと公言していた)

イソップの寓意から、キツネの言葉をいってはいけないではなく、キツネにはなるなということを知るべきかもしれない。葉っぱを頭にのせてクルリと回転しても、尻尾を隠すことはできない。


国立国会図書館デジタルコレクション

①「ししの王国 : イソップ物語篇 (世界おとぎ文庫 ; 5)」(アイソポス 原作, 楠山正雄 編、小峰書店、昭和24(1949)年)
- 「21 ぶどうを たべそなった きつね」より抜粋
https://milestone-milestone.blogspot.com/2016/10/blog-post_12.html
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(略)
「あの ぶどうは、もう、じゅくしていることだとおもったら。なあに、とても すっぱくて、たべられたものではない。ありゃあ、ぶたの たべものさ。」と、まけおしみをいいいい、またひょろひょろと、出て行きました。

じぶんの力がたりなくて、ものごとがうまく行かないときに、そのわるくちをいいたがるのは、つまらないひとのくせです。
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② 「イソップお伽噺」(三立社、1911年、明44年9月、訳述者 巌谷季雄=小波)
ー 「一三三 正しき望み 狐と葡萄」より抜粋
https://dl.ndl.go.jp/pid/1169898/1/1
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(略)
   それで幾度(いくど)も跳(は)ねて居(ゐ)る中(うち)に、體(からだ)は段々(だんだん)疲(つか)れるのに、葡萄(ぶだう)は一粒(ひとつぶ)も食(た)べられませんから、狐(きつね)はとう~自棄(やけ)を起(おこ)し、
   「何(なん)だ! こんな青(あお)い葡萄(ぶだう)が食(た)べられるもんか。食(く)ったら酸(すっ)ぱくて仕様(しやう)がないだらう。」
と、毒(どく)づいて、其(その)まゝ行(い)ってしまひました。
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2023年1月2日月曜日

初詣 2023

正月三が日の内のきょう、地元の小さな神社に初詣に参った。例年元旦は境内に長い列がつづくが、正月二日目にもなると、混みあうこともなくスムーズに参拝することができた。「家内安全」をいつものように願い、お守りをいただいた。

(本ブログ関連:”初詣”)

帰り道、稲荷神社にも寄った。ブログのテーマのひとつに「狐」があって、普段、近くへ来たときは、ちょっと顔を出す気分で赤い鳥居をくぐっている。稲荷神社には庶民的な親和さをどこか感じる。

(本ブログ関連;”稲荷神社”、”キツネ”)

2022年12月12日月曜日

狐は冬の季語

キツネ(狐)」が、冬の季語という。寒い北国に生きるキツネたちの生態が浮かんでくる。北海道に棲息する「キタキツネ」の写真集(竹田津実氏が撮影したキタキツネの親子の情愛を撮った写真)が、以前、話題になったことがある。竹田津氏は、獣医師の仕事の傍ら、北の原野でキタキツネの行動を撮影した。ちなみに鳥でいえば、愛らしい目をしたまるで白い菓子姿のような、「エナガ」の北方系亜種「シマエナガ」の写真集(小原玲氏などによる撮影)だろうか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

さっそく「合本 俳句歳時記」(第三版、角川書店)の「狐」の項を見ると、次のように記してある。
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・・・ 十二月下旬から一月ごろに交尾し、四月ごろ三-五頭の子を産む。北海道には北狐が生息する。「きつ」は狐の古名で「ね」は美称ともいわれる。
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(参考)「日本の文化における狐」Wikipedia

他方、狐の読みについて、「来つ寝(きつね)」を源にしているという語りがある。以前のブログにも記したことだが、「日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた・・・、次に再掲する。
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古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」という。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。
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(本ブログ関連:”来つ寝(きつね)”)

キツネと人との関係は、人をだましたり、農業神の使いとしての稲荷信仰だけでなく、異類婚姻譚といった男と(異類としての)女との関係まで幅広い。異類婚姻には断絶といった越えられぬ悲しみさえ感じる(上記の日本霊異記にはそれを越えるものがあるが、人目を忍ぶ二人だけの秘匿した契りかもしれない)。

このブログでは素人テーマであるが、狐について、歌手イ・ソンヒの歌「狐の嫁入り(여우비)」からキツネにまつわる奇譚とかキツネの家畜化まで広く話題を渉猟している。一点深く追求するには息がないため、あちらこちらへと関心が飛んでいく。

2022年3月6日日曜日

殺生石が割れた

本ブログは、歌手イ・ソンヒの歌(「僕のガールフレンドは九尾狐」)にちなんで、曲の題材になったキツネに関連する「九尾の狐伝説」、「稲荷神社」、「キツネの家畜化」などの話題をネットや書籍などから情報を収集している。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”九尾の狐”、”稲荷神社”、”キツネの家畜化”)

栃木県 那須町 那須湯本温泉近くにある、「九尾の狐」伝説(美女に化けた九尾の狐が追い詰められて石に変じた)で知られる国指定の名勝「殺生石(せっしょうせき)」が <真っ二つに割れている> のが(昨日)見つかったと、次のように報じられた。

(本ブログ関連:”殺生石”)

■「とちぎテレビ - 県内ニュース」
・「九尾の狐伝説 那須町の『殺生石』割れる」(2022年03月06日) 抜粋
    https://www.tochigi-tv.jp/news2/page.php?id=73060
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・「九尾の狐」伝説で知られ、松尾芭蕉の「おくのほそ道」にも記された国指定の名勝、栃木県那須町の「殺生石」が割れていることが分かりました。
殺生石は真ん中付近から真っ二つに割れ周りを囲んでいたしめ縄も切れていました
・地元のガイドや隣接する那須温泉神社の関係者によりますと、石はここ数日の間に自然に割れたとみられています
・那須湯本温泉の近くにある殺生石は平安時代、美女に化けた九尾の狐が退治されて石になったという伝説で知られ、2014年に国の名勝に登録されて観光名所となっています。
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殺生石の後日談として、悔い改めた九尾の狐の化身(玉藻前、たまおのまえ)の願いをうけた玄翁(げんのう)和尚の読経と呪文の力により、殺生石は <霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました>という。この和尚の名にちなんで、石や岩を割る(頭部両端が平らな)金槌を「玄翁」という。

今回の殺生石が割れたのは、玄翁和尚のとき以来のこととして不吉でなく、むしろ(窮地からの解放として)前向きに捉えた方がよいかもしれない。

2021年1月16日土曜日

(資料)九尾の狐の起源

本ブログの関心テーマのひとつに「九尾狐」(尾が九つに分かれた妖狐)がある。歌手イ・ソンヒが、愛弟子のイ・スンギが主演したテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」の中で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来のことだ。同ドラマは、2010年8月11日~2010年9月30日まで、韓国のSBSで放送された。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”キツネ”、”僕のガールフレンドは九尾狐”)

九尾狐の起源は、中国古代の地理書「山海経」にまでさかのぼられるというのが通説である。人の命をあやめる妖狐であるが、狐そのものには異類婚姻譚につながる妖しい魅力、切なさがある。

(本ブログ関連: ”山海経 狐”)

ところで、韓国芸能トーク番組「英雄三国志(영웅삼국지)」に出演した韓国・中国人が互いに起源を主張したことがある。同番組は、2017年7月7日~2017年8月25日まで、韓国のテレビ朝鮮で放送されたが、最近同番組の再放送でもあったのだろうか?

(参考)
韓国経済の記事「『英雄三国志』チョン・ヒョンドン vs 張玉安、禁断の論争勃発...『我々が元祖だ』」(2017年7月21日)
( https://www.hankyung.com/entertainment/article/201707211372k )

このところ中国・韓国の起源論争に、キムチや詩人などが俎上に乗っていて、九尾狐も中国サイドのメディアから次のように蒸し返されたようだ。

中国のRecord Chinaの記事「『九尾の狐』も韓国のもの? 中韓で起源めぐる論争相次ぐ ― 中国メディア」(2021年1月14日)は次の通り。
( https://www.recordchina.co.jp/b867100-s0-c30-d0146.html )

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2021年1月13日、中国メディアの新浪娯楽は、伝説上の妖怪「九尾の狐」の起源をめぐり、韓国のテレビ番組で紹介された「九尾の狐の起源は韓国」という主張に反論する記事を公開した。

記事によると、韓国・TV朝鮮の番組「英雄三国志」の中で、中国出身のゲストが「九尾の狐」に関する中国の伝説を紹介した際、韓国出身のゲストが「九尾の狐の起源は韓国であり、韓国の妖怪」と反論した。また、韓国のネットユーザーが「『九尾の狐』が生息する『青丘』とは韓国のことを指す地名だ」と説明を補足し、「九尾の狐」の起源が韓国だと主張したという。

記事は「九尾の狐」の歴史上の記録を紹介。該当する最古の記録は、中国古代の地理書「山海経(せんがいきょう)」にあり、「九尾の狐」の容貌や生息地などが明確に記載されているとした。「山海経」の書物自体の成立年代や作者ははっきりしておらず、研究者の間では前漢(前202~後8年)の学者である劉向(りゅうきょう)とその息子・劉キン(キンは「音」と「欠」を合わせた文字)が編纂し、まとめるまでに長い時間をかけて、複数の学者が加筆、修正してきた書籍と見なされている。現存する最古の「山海経」の版本は、西晋(280~317年)の学者・郭ハク(王へんに僕のつくり)が注釈を加えた「山海経伝」で、同書の記述によると、「九尾の狐は太平の時代に現れ、人々に幸福をもたらす空想上の霊獣であった」とされる。

ほかにも後漢(25~220年)時代の儒学書「白虎通義」や歴史書「呉越春秋」などにも、同様の記録が確認できるという。しかし、明(1368~1644年)の時代に誕生した小説「封神演義(ほうしんえんぎ)」や、清(1644~1912年)の時代に成立した白話小説の影響により、今の「九尾の狐」の妖怪のイメージが広まったとのこと。日本の「玉藻前(たまものまえ)」インドの「華陽夫人」も、中国の「封神演義」の「妲己(だっき)」の影響を受けていると記事は紹介した。

記事によると、韓国でも「九尾の狐」は「クミホ(九尾狐)」の名で知られており、美少女の姿に化けて男性をたぶらかし、命を奪う存在として物語やドラマなどで何度も描かれている。韓国には、李氏朝鮮(1392~1897年)時代の「揆園史話(きえんしわ)」という書物に「九尾の狐」に関する記録が確認できるが、同書は多くの歴史学者から史料価値がない「偽書」と認定されている。また、「山海経」と同じ年代の記録は、韓国側では確認できておらず、「九尾の狐」が生息している「青丘」の地名も伝説上の東方の土地という意味だけで、時代によっては山東半島や遼東半島のことを指すこともあるという。

記事は最後に「中国文化が周辺国家に深い影響を与えた学説は、以前から提議されており、学界では、九尾の狐などの中国発祥の妖怪伝説も東の海を渡って、韓国や日本へと影響を与えたとみている」「九尾の狐の由来を知らないなら、『山海経』を何度も読んで、中国の伝統文化を理解した方がよいだろう」と述べた。(翻訳・編集/原邦之)
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2019年12月21日土曜日

イソップ 迂闊(うかつ)と狡猾(こうかつ)

誰もが知っているイソップ話しに、ときどき目を通せば、なるほどとうなづけるものに巡り合う。巌谷小波の「イソップお伽噺」(三立社、明44年:1911年)に、代表的な寓話の「キツネ(狐)とヤギ(山羊)」がある。次に概要を記す。
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あるとき、喉の乾いたキツネが井戸へやってきてあやまって落ちた。深井戸のため出るに出られぬと難儀していたとき、そこへヤギが水を飲もうと通りかかった。
「そこにいるのはキツネさんかい。ぼくは水を飲みたいと思っているのだが、この井戸の水は好いかね」とヤギがたずねた。
「ヤギさん、この井戸の水は旨いよ。さっきから飲みつづけているんだが、ちっとも飽きやしない」とキツネは応えた。
ヤギはだまされたと知らず井戸に飛び込んだ。キツネはそのとき、ヤギを踏みつけ沈めたはずみで井戸を飛び出して、さっさと逃げ出してしまった。

狡猾という文字は、君子に対しては全くの無用です。悪かしこい者は、多く小人にあるようです。しかし、自分がいくら清らかな心を持っていても、身近に狡猾な者がいるかもしれまん。平生の注意が何より大切です。」
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飼いイヌが、飼い主に絶対的な信頼(忠誠心)を持っているのは、太古からの家畜化で培ったもの。飼い主以外に、当然忠誠心はないわけで。決してひとが好いわけではなさそう。でも、もしかしたら、忠誠心を取り除いた、本来オオカミが持つ順位すら失った <ひとが好いだけのイヌ> を作り出すことも可能かもしれない。

2019年3月2日土曜日

狐の狡猾さ

このブログは、キツネについていろいろな伝承を採集している。「西洋中世奇譚集成 皇帝の閑暇」(ティルベリのゲルウァシウス(Gervasius Tilberiensis)、池上俊一訳、講談社学術文庫)に所収の「第68章 狐の狡猾さ」を転載させていただく。結論から言えば、だます者は、甘い汁を吸おうと近づき寄る者たちを、最後には丸めてポンと捨てるということか。

(本ブログ関連:”キツネ”)

翻訳者解説によれば、原本は、1209年~1214年にかけて書かれたもので、聖職者ゲルウァシウスが赴任地や旅先での見聞、知人から聞いた話、古典の奇話などをまとめたものという。皇帝のための気晴らし本というべきか。素人の関心からいえば、こんな話、あんな話とつづく。石の話もあって楽しい。

(下記に改行を加えました)
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狐の本性的狡猾(ずるがしこ)さについての話を耳にするとき、わたしどもは何より、この世ではもっと慎重に振る舞うべきことを学びます。

たとえばです、狐が蚤の激しい刺傷で痛がっているとき、かれは川辺にいって後ろ歩きをしながら尻尾の先を水に沈めます。すると蚤は水を感じて、キツネのからだのより乾燥した地帯に避難します。こうして徐々に尻からからだを湿してゆくあいだに、蚤たちは彼の鼻面の先まで這い登ってゆくことを余儀なくされます。

不幸な一隊が一旦唇まで到達するや、かれは口全体をペロッと舌なめずりします。そこで蚤は、あらかじめ狐が用意して口一杯に含んでいた麻屑か何か別の柔らかなものの中に突進してゆきます。狡賢い動物(狐)は、かれら(蚤)がほうほうの態で避難場所に逃げ込んだと感ずると、麻屑を吐き出し、水から上がってこの不衛生な災難から解放されるのです。
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2018年11月20日火曜日

狐(キツネ)と人と北海道

北海道のキツネといえば「キタキツネ」を思い出す。私の若いころ、フィールドに入ってキタキツネを観察した獣医師がおり、結果としてキタキツネの写真家となった竹田津実氏の写真集がなつかしい。当時、キタキツネはブームになり、親子のふれあい、幼い子キツネの成長など原野をバックに美しい写真におさまっていた。

(本ブログ関連:”キツネ”)

そのころからキタキツネに一種ロマンのようなものがあった。「キツネ」は、ヨーロッパや日本の民話に見られるような、ずるくて人をだますといった生き物ではなく、いってみれば、自然保護の指標として、動物愛護の先鞭となったのかも知れない。

インバウンドで、欧米人の観光客が増えて訪れるという「キツネ村」が東北にあって、今の時代だからだろう、やたら愛情いっぱい接して自撮りする様子をテレビなどで目にする。本来野生の動物であり、人間と敵対していた関係なのに不思議な光景だ。ロシアの実験で、キツネの飼育(家畜化)を繰り返すと、中にイヌのような毛並みに変わり、色違いの模様をするものが出現して、人になつくという。飼育者に、愛されることを無上の喜びにするという。

(本ブログ関連:”キツネにかかわる伝承の分布”、”(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?”)

ところで、山の神信仰について、東北へ行くほど「稲荷信仰(稲荷神)」が多いという。書籍「山怪」(田中康弘)によれば、北(=東北)へ行くほどキツネの話題(怪異譚)が同様に多いそうだ。その「山怪」シリーズの「参」に、北海道の場合を次のように説明している。
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北海道では狐に類する話はほとんど聞くことが出来ないようだ。キタキツネは悪さをしないのだろうか。
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(本ブログ関連:”稲荷信仰”)

北海道とお稲荷さんの関係について、朝日新聞に、米作普及の歴史的観点から説明した記事「神仏編 狐とお稲荷さん」(2017年2月24日、文と写真・塚田敏信)がある。同社らしい表現もあるが、時代経過からそうだろという感がする。(抜粋)
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稲荷を追っていたら気になることが出てきた。道内で稲荷神社の名が多いのは、道南から日本海を北上するラインと胆振日高などの沿岸部。つまり海沿いの町なのだ。稲荷の原点は“田”。なのに現在稲作が盛んな空知や上川にはむしろ少ない。どうしてだろう

水田が北に広まったのは開拓からしばらくしてのこと。それらの土地では別の神がまつられ、稲荷が根づいたのは、比較的早い時期に和人が入った海沿いの地域だった。思わぬところからも見えてくる北海道の姿。だからまち歩きは面白い。
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2017年2月23日木曜日

山怪

ブログに先ほど記した「キツネにかかわる伝承の分布」の続き。

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」(OST)をきっかけに、キツネの話をしたらきりがない。稲荷神社から童話まで、キツネにまつわる奇談、伝承がたくさんある。それに、キツネは化けるとき、タヌキがちょっと間抜けで要領が悪いのに比べて、悪賢く、エロチックであったりする。キツネの化かしには、人間を上から目線でこけにしている節がある。その分、後で痛い目に会うが。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、””)

先に記した「キツネにかかわる伝承の分布」の中で、「山怪(さんかい)」(田中康弘著)について触れた。同書は、山に住む人々の<山にまつわる不思議な話や体験>が語られている。図書館で借りられるまで待とうと思っていたが、本屋で立ち読みしたらすぐに読みたくなって求めた。

(本ブログ関連:”山怪”)

「山怪」の一番最初の話「狐火があふれる地」(秋田県北部の村、マタギ発祥の地)に、なんとキツネが尻尾を振りながら光を発したのを目撃する体験が語られている。フィンランドの伝承、<キツネの尾には、雪原に触れたことから、火花を巻き上げてオーロラの明かりにする>を思わせる。

「狐火があふれる地」から(抜粋)
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ある日の夕方・・・庭先を抜けると家の裏山に向かう・・・(狐を、母親と一緒に見つける)・・・
狐は山の斜面に差しかかると、その尻尾を大きく振り出した。
「狐がぴょんと跳ぶのが凄いものなあ。そして尻尾をくるくる、くるくるって回すんだぁ。そしたらそのたびにペロペロペロペロって光るんだ。あれは見たもんでねえと分かんねぇ、見事なもんだったよ」
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キツネにかかわる伝承の分布

キツネは、日本人にとって身近な生き物で、昔話や「稲荷神社」などの伝承で知られた存在だが、欧米では狡猾な害獣として扱われているようだ。英国貴族にいたっては、スポーツ感覚でキツネ狩り(Fox hunting)を楽しんだ。

(本ブログ関連:”稲荷神社”)

欧米人にとって、てなづける対象でもないキツネたちを、日本で飼育している場所がある。東北、宮城県白石市の「宮城蔵王キツネ村」がそれだ。来日の欧米人観光客に、(キツネと親しむ)驚きと日本旅行の話題(思い出)となっている。(以前、同施設に興味・関心があって、私も一度行って見たいと思ったことがあるが・・・)

ロシアには、学術的な目的で、キツネの家畜化*を(オオカミからイヌが家畜化したのと対照して)研究している施設があるという。上記「キツネ村」は、放し飼いの観光施設といったところだろうけれど。
(*)家畜化:ナショナルジオグラフィック誌「特集:野生動物 ペットへの道」(2011年3月号)

ところで、中高年のおじさんたち中心に読まれている、<山にまつわる不思議な話や体験談を集めた>書籍「山怪(さんかい)」(田中康弘著、山と渓谷社)があり、ネットで書評をよく見かける。(図書館でも人気で、いつも貸し出し中である)

YOMIURI ONLINE(読売新聞)の記事、「日本の山には『何か』がいる! ・・・ 続く『山怪』ブーム」(2/17、伊藤譲治)は、著者とのインタビューを通じて、山での怪異を演じるキツネとタヌキの地理的分布(特性)を次のよう紹介している。
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・(著者が)日本各地を回って分かったのは、北に行けば行くほど、狐に関する話が多くなるということ。西に行くほど狐の影響が薄れる。なぜか四国はほとんどが狸の話で、狐は出てこないのだという。「山怪は、姿は確認できないが、音のみ、気配のみという場合が多い。目に見えないもの、何だか分からないものは身近なもののせいにしてきた。狐や狸は山では身近な存在だから、狐や狸のせいにしてきたのではないか」と推測。「山の怪異は、現象ではなく心象だと思う。脳内に浮かび上がる風景だと思うが、その風景を浮かび上がらせる何かが、間違いなく山にはある」と語る。
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「日本動物民俗誌」(中村禎理著、海鳴社、1987年)は、キツネの信仰の代表である「稲荷神社」の分布が東北日本に偏在していることを次のように解説している。
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・山の神に関連していえば、キツネは同じく山の神に帰属するサルと対抗するもので、稲荷神社は東北日本に多く、後者(サル)につながる日吉(日枝)神社は西南日本に多いという。
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2017年2月21日火曜日

オーロラとキツネ

このブログでは、イ・ソンヒの歌に関わるテーマを選んでいる。九尾狐と人との縁をドラマにした劇中歌「狐の嫁入り(여우비)」を彼女が歌ったことから、キツネに関連する話題について記載している。

この寒い時期だからか、「フィンランド政府観光局公式ホームページ」の「気になる話題(人気記事)」に、「オーロラ  キツネが飛び散らせる火花?」がある。

フィンランドの北部(ラップランドなど)に住むサーミ(Sápmi)の人々の伝説に、オーロラ(極光)は「キツネが北極圏の丘を走るとき、尻尾が雪原に触れ、それが火花となって巻き上がり、夜空に光となって現れる」という。洋の東西を問わず、キツネと光(あるいは火)は馴染みやすい民間伝承のようだ(例えば、日本では「狐火」があるように・・・、そういえばブラウザに”Firefox”があったりして)。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”稲荷”)不思議な力がある。

キツネの尾が雪原に触れて、火花を巻き上げ、オーロラの明かりになるには、自然の条件も必要のようだ。余りに寒い極北の地ラップランドでは、雪は乾いてパウダー状になるという。雪を巻き上げながら、夜行性のキツネがオーロラの夜を走り回るのも合点が行く。
ところで、日本の場合は、雪に湿気があって積もることが多い。

2016年10月12日水曜日

イソップ「狐と葡萄」

国会図書館には、古い書籍をデジタル化して公開している。その中には児童書まであって、明治の子ども向け道徳書もある。例えば、古代ギリシャのイソップの寓話集「イソップお伽噺」(三立社、1911年、明44年9月、訳述者 巌谷季雄=小波)を見ることができる。

(本風ブログ関連:”国会図書館”)

児童文学者の巌谷小波は、この書の序文(明治44年8月)で、まず訓戒(おしえ)を説き、その後に物語りするという、今までにないやり方をした、新訳というより新編が妥当だろうと述べている。

このブログは常々、「狐」を話題にしている。そこで、狐にまつわるイソップ童話で、最も代表的なキツネとブドウの話しを選んだわけだが、訓話から始まる展開が気になるけれど、いかにも明治らしい香りを知るのも悪くない。フリガナを( )内に記した。

(本ブログ関連:””)

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「一三三  正(ただ)しき望(のぞ)み  (狐と葡萄)」(p.355)

   諸君(みなさん)! 自分(じぶん)の力量(ちから)では、迚(とて)も達(たっ)し得(え)られぬ様(やう)な、大(おほ)きな望(のぞ)みを抱(いだ)いて、夫(そ)れが仕遂(しと)げられぬ時(とき)は、直(すぐ)に自棄(やけ)を起(おこ)す位(くらゐ)なら、初(はじ)めからそんな野心(やしん)を抱(いだ)くより、正(ただ)しい希望(きばう)を持(もっ)て、だん~[だん]進んで行(ゆ)く方(ほう)が、いくら幸福(かうふく)か知(し)れません。

   或時(あるとき)一匹(ぴき)の狐(きつね)が、腹(はら)の空(ス)いたのを我慢(がまん)して、路(みち)を歩(ある)いて居(ゐ)る中やがて廣(ひろ)い~葡萄畑(ぶだうばたけ)に、さも旨(うま)さうな葡萄(ぶだう)の實(み)が、鈴(すず)なりになって居(ゐ)るのを見(み)て、もう食(た)べたくて仕様(しやう)がありませんから、幾度(いくど)も飛(と)び付(つ)いて取(と)らうとしましたが、高(たか)い棚(たな)の上(うへ)にあるので、どうしても思(おも)ふ様(やう)に取(と)れません。
   それで幾度(いくど)も跳(は)ねて居(ゐ)る中(うち)に、體(からだ)は段々(だんだん)疲(つか)れるのに、葡萄(ぶだう)は一粒(ひとつぶ)も食(た)べられませんから、狐(きつね)はとう~自棄(やけ)を起(おこ)し、
   「何(なん)だ! こんな青(あお)い葡萄(ぶだう)が食(た)べられるもんか。食(く)ったら酸(すっ)ぱくて仕様(しやう)がないだらう。」
と、毒(どく)づいて、其(その)まゝ行(い)ってしまひました。
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2015年7月26日日曜日

(雑談) 狼 ⇒ 犬、狐 ⇒ ?

思いきり暑い一日だった。近在の街で、最高気温が36.2℃に達したようだ。猛暑日が続いている。そんな今日、隣り町の公共施設に出かけた。図書館やスタディールームが充実しているせいか、子どもたちで溢れていた。考えてみれば、もう夏休が始まっているのだ。それに日曜日せいか、社会人も押しかけていた。
安楽な館内から外に出て驚いた。太陽光の圧に負けて、すぐに喫茶店に飛び込んだ。

(本ブログ関連:”猛暑日”)

帰り道、垣根越しに咲く、百日紅(さるすべり)の薄紅や白色の小さな花の塊りが気になった。このブログで百日紅の花について記したのは、例年8月頃のこと。今年は少し早い気がする。

(本ブログ関連:”百日紅”)

ところで、また狐の話しについてだ。ネットに、狐を家畜化する話題が様々ある。その中に、ロシア滞在経験のある方のサイトに、「動物好きな研究者の夢 -- 40年の研究からペットギツネが誕生」という大変分かりやすい記事がある。感謝。
40年かけて研究した動物学者(リュドミラ・ニコラエブナ・トルット氏)を紹介している。果たしてキツネは人間のペットになれるだろうか。次のような興味深いポイントがある。
 - 野生のキツネで、人懐っこいものを代を重ねて(ケージ飼育のまま)選別したら、イヌのような従順な行動をとるようになったという。イヌがオオカミから枝分かれしたように、キツネにもその可能性がある。
 - 家畜化したキツネは、体臭も少なく、トイレなどのしつけもこなすけれど、人間のペットにはなれないという。家畜化した彼らには、夜行性のままという最大の難点があるからだそうだ。

狐の嫁入り」伝説(伝承)には、嫁入り行列に提灯が灯され、狐火が輝くという。まさに、キツネの夜行性から伝説がうまれたようで、狐はやっぱり夜に戻って行ってしまうようだ。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”稲荷”)

2013年6月27日木曜日

キタキツネ

北海道のキタキツネの観察者であり写真家として知られる竹田津実獣医師がいる。キタキツネが話題になり、写真でこまかく生態が知られたのも同氏のおかげだ。(花のそばで、首を傾げるキタキツネの子どもの可愛い写真にはまったものだ・・・どうやら、次に記す雑誌の表紙写真だったようだ)

昔、平凡社から出版された「アニマ」という雑誌があった。良心的な出版社らしく、雑誌「太陽」につながるエコの風情も加味した動物専門誌で、何度か購読した記憶がある。その別冊として「季刊アニマ」が登場して、いわば雑誌「アニマ」のムック版にあたるもので、狐好きのわたしは、今も「狐」をとりあげた「季刊アニマ」を手元に残している。それは、1975年冬季発行のものだ。

その中に、「キタキツネと農民と私」(竹田津実)の文があり、狐に対する恐れが伝染していく体験が書かれていた。「キツネが農夫をからかっている」という電話に呼ばれ駆けつけると、巣穴を壊され中にいた子キツネの命を奪った農夫の家に母キツネが、何度追い払っても近づいてくるというのだ。物を投げても動じない、じりじりと迫る母キツネの執拗さに、「得体の知れない恐怖」を竹田津獣医までが感じ怖気づきそうになる。

実は、死んだ子キツネを農夫が馬小屋に放り込んだことを嗅ぎ取り、母キツネが取り戻そうとしたのだ。狐に対する言い伝えや、巣穴の破壊行為、子キツネ殺しが重なり、その場に居合わせた人たちの心を揺さぶって、泣き出す老婆、焼酎をあおる農夫とさまざまな反応が起こったという。
原因が分かったとしても、この経験は不思議な心的な共有を通じて言葉に残されることになる。

わたしたちは伝承の虜である。今もその輪から逃れることはできない。狐に対する恐怖や畏怖はある意味深層に達し、わたしたちの自然観であると同時に、固有の価値観を見せてくれる貴重な民俗資料でもあるようだ。

2013年6月9日日曜日

(資料)天気雨の民俗名

先日、太陽につながる映画「ひまわり」やイ・ソンヒの歌「キツネの嫁入り(天気雨)」について触れたが、「Sunshower(天気雨)」をE-Wikipediaで眺めてみれば、世界の民俗がこの言葉に付けたものに、なぜか動物の「結婚式」(一部に出産など)のイメージが多いのに気付く。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り"、"(資料) 韓国テレビドラマの九尾狐")
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・南アフリカ(英語):「猿の結婚式」、(ズールー語):「サルの結婚式」、(アフリカーンス語):「ジャッカルの結婚式」、あるいは、「雨降りに太陽がかすかに輝くときジャッカルは狼の妻と結婚する」
・(ヒンディー語):「狐の結婚式」
・(コンカニ語)「猿の結婚式」
・(シンハラ語)「狐の結婚式」
・(ベンガル語)「狐の結婚式」
・ブラジル:「雨と太陽、カタツムリの結婚式」、「太陽と雨、寡婦の結婚」、または「狐の結婚式」
・韓国:「雄虎が狐と結婚する」
・日本:「狐の結婚式」(狐の結婚式が開かれる)
・スウェーデン:「vitterväder」
・モロッコ:「狼の結婚式」
・エリトリア:「ハイエナが出産している」
・(様々なアフリカの言語):「ヒョウが結婚している」
・ケニアで:「ハイエナが結婚している」
・ブルガリア:「熊の結婚」
・タミル(ナードゥ州、南インド):「狐とカラス/カラスが結婚する」
・イラン北部(Mazandarani語):「ジャッカルの結婚式」
・英国の一部:「猿の誕生日」
・(パシュトー語):「ジャッカルの結婚式」
・パキスタン(パンジャブ語):「片目のジャッカルの結婚式」
・フィリピン:「Tikbalang(山や森林に棲む馬頭の怪物)の結婚式」
・ハワイ:「ゴースト・レイン」
・エルサルバドル:「鹿が出産している」
・バングラデシュ:「狐が結婚する」
・フランス:「オオカミの結婚式」
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2013年6月7日金曜日

(資料) 韓国テレビドラマの九尾狐

イ・ソンヒが、愛弟子イ・スンギの主演したSBSのテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来、狐に関する故事(九尾狐、稲荷など)に関心を持ってきた。古今東西を問わず人間との関わりの多い狐は、米作の豊穣につながる神仏(宗教)性と、本来の肉食という2つの側面を持つ興味深い動物である。
東亜日報の記事「ドラマの中の『九尾狐』、40年間のキャラクター変遷の歴史」(6/7)は、テレビドラマの中で異種としての怪物、弱者、友人など変遷する九尾狐について、次のように紹介している。(최고야記者:best@donga.com )

(本ブログ関連:”九尾狐”)
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●怪物で少数者で…今は友人

《狐は古くからずる賢くて狡猾な動物に通じた。口碑文学に伝わる130編余の狐の説話で、狐は忍術)を使い、人間を脅かす存在として描かれる。多くの狐は、人間界に降りて人のふりをして発覚し、殺されたり、追い出される悲運をむかえる。数多くのキツネの説話中、九尾狐の話が特に注目される理由は、尾が九つ付いたキツネが美しい女性に変身して人間の肝(きも)を貪るという劇的な設定のためだ。1970年代から九尾狐の説話をモチーフにしたドラマが作られ続けている理由だ。40年以上の歳月を経て、変化している禁断のキャラクターを概観する。》

●2000年代以前 敵対的な九尾狐

1970年代から1990年代までは"人食い"の九尾狐が登場する時期だった。この時期の九尾狐は、KBSのテレビドラマ「伝説の故郷」などの恐怖物にのみ存在した。九尾狐が人間になるためには、100日間(長くは10年間)、人間と一緒に暮らしたり、人間の肝100個を食べなければならないというふうに設定されていた。

しかし、九尾狐がなぜ、人間になりたがるのかははっきりしていなかった。九尾狐が人間に生まれ変わることに成功し、幸せに暮らしたというストーリーなどない。大半は人間に殺されたり、森の中に永遠に隠れて暮らすために去るという悲劇的な結末で終わった。

人間との敵対性も激しい。九尾狐をよこしまな物とみなし、取り立てた理由も無く殺そうとする狩人が登場したり、人間に子供を殺された九尾狐が、怖い復讐の化身となり、人間の世界を脅かす。たとえ、人間を信じる"やさしい九尾狐"といえども、人間の裏切りによって信頼はまもなく憤りに変わる。短くは100日から、長くは10年間、人間になるための九尾狐の努力を、人間が一夜にして踏みにじるからだ。

●2000年代は、韓国社会のマイノリティー

21世紀初頭、ドラマの中の九尾狐は強力な怪物から、異種の少数者へと変わる過渡期を迎える。この時期の九尾狐は、人間社会に共存するが、一緒に馴染められず、時には弾圧を受ける弱者として現れる。かつて、九尾狐の恐怖物の根幹を成していた"人間対九尾狐"という善悪構図から脱し、共存するものの、受け入れたくない"嫌われる存在"と認識される時期だ。同様に、この時期もハッピーエンドはない。

このようなパターンは、1999年夏以降制作が中止となったが、2008年に復活した「伝説の故郷」で、はっきりと現れている。2008~2009年に制作された「伝説の故郷-九尾狐の巻」には、人間によって一方的に殺される九尾狐が出てくる。人間らは、富貴栄華をもたらす狐の玉を手にしたり、家門の秘密を守るため、九尾狐を殺戮する。

”フュージョンの九尾狐”も登場した。2004年KBSのドラマ「九尾狐外伝」は、現代社会を生きる九尾狐族と、彼らを皆殺ししようとする「SCIS」という団体との対立を描いた。九尾狐族と人間との男女の愛を中心に扱ったが、人間の世界に暮らしている少数者として、九尾狐に焦点を当てた。

2000年代は、韓国社会で、外国人労働者や多文化家庭、トランスジェンダー、同性愛者など、社会的少数者への関心が急増した時期。九尾狐の変化も、時代的変化と無縁ではないというのが、専門家の主張だ。

●2010年に入っては、友人または能力者

フュージョンの九尾狐の延長線上で、2010年以降、かわいくて突拍子だったり、正義に燃える”人間よりもさらに人間らしい"尾狐のキャラクターが登場する。

2010年のSBSのドラマ「僕の彼女は九尾狐」の女優のシン・ミナは、突拍子で愛嬌たっぷりの彼女・九尾狐役に扮した。さらに、肉を買うためにはじめたバイトで、経済事情が悪化した彼氏を食べさせる生活力の強いかわいいキャラクターとして描かれている。九尾狐が人間になり、幸せな結末を迎えた唯一のドラマだ。

現在放送中のMBCのドラマ「九家の書(구가의 서)」でも、獣人の九尾狐の青年に扮したイ・スンギは、人間よりも人間らしい義理派だ。家族同然の付き合いをしてきた人たちを忘れることができず、彼らを守るため、命も惜しまない。膨大な怪力を、正義のために使ったりもする。

恐怖物からフュージョン劇へと変わる過程で表れる最大の特徴は、九尾狐が人間になりたがる理由がはっきりしていることだ。かつては、なりふり構わず人間になる道を選んだなら、最近の九尾狐は、愛する人間と一緒にいたいという強い欲望を抱いている。九尾狐はもはや、怪物やマイノリティーではなく、人間と共存する友人として認識されている。
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(付記)
ところで、”フュージョン”ドラマとは、いろいろな要素を併せ持った(時代性や価値観が自由な視点の)ドラマといったところだろう。

2012年8月11日土曜日

豊川稲荷東京別院散歩

イ・ソンヒの、SBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐내 여자친구는 구미호)」(2010年、日本2011年放送)のOST「狐の嫁入り(여우비))」のヒット以来、狐⇒お稲荷さんに関連づけてブログに記してきた。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り(日照り雨、天気雨、Fox Rain、여우비)") ← 画面右下「前の投稿」も

そんなわけで日中暑い陽射しの昼前に、昔の仕事仲間と一緒に、四谷見付にある豊川稲荷東京別院に行く。

本殿にお参りした後、思いの他狭い境内を巡る。まずは文化会館という名の古い土産物屋(3軒が間口を並べる)で、稲荷ずしを頼む。まだ暖かくてけっこう大きいものを2個食って一息つく。

・江戸将軍吉宗の懐刀で享保改革の立役者、大岡越前守が本院の設立に由来していることを説く碑文の後ろに、「開基大岡越前守忠相公御廟」が 囲いの中に座している。大岡越前守の下屋敷に元々まつられた豊川稲荷社が、歴史の中で移転してこの地にある。

・正門から奥まったところに「霊狐塚」がある。豊川稲荷の本尊である豊川吒枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)に仕える狐の小さな像がペアになって、所狭しと並べられている。そこだけ静かで独特な気配を感じさせる場所・・・のような気がしてくる。狐の顔は穏やかな母性を浮かべるものから、怒気や妖気を見せるものまで様々だ。

(本ブログ関連:"オリンピック開会式・・・眠たい"、"お稲荷さんと油揚げ"、"府中市郷土の森博物館"、"キツネの信仰")