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2013年6月7日金曜日

(資料) 韓国テレビドラマの九尾狐

イ・ソンヒが、愛弟子イ・スンギの主演したSBSのテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来、狐に関する故事(九尾狐、稲荷など)に関心を持ってきた。古今東西を問わず人間との関わりの多い狐は、米作の豊穣につながる神仏(宗教)性と、本来の肉食という2つの側面を持つ興味深い動物である。
東亜日報の記事「ドラマの中の『九尾狐』、40年間のキャラクター変遷の歴史」(6/7)は、テレビドラマの中で異種としての怪物、弱者、友人など変遷する九尾狐について、次のように紹介している。(최고야記者:best@donga.com )

(本ブログ関連:”九尾狐”)
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●怪物で少数者で…今は友人

《狐は古くからずる賢くて狡猾な動物に通じた。口碑文学に伝わる130編余の狐の説話で、狐は忍術)を使い、人間を脅かす存在として描かれる。多くの狐は、人間界に降りて人のふりをして発覚し、殺されたり、追い出される悲運をむかえる。数多くのキツネの説話中、九尾狐の話が特に注目される理由は、尾が九つ付いたキツネが美しい女性に変身して人間の肝(きも)を貪るという劇的な設定のためだ。1970年代から九尾狐の説話をモチーフにしたドラマが作られ続けている理由だ。40年以上の歳月を経て、変化している禁断のキャラクターを概観する。》

●2000年代以前 敵対的な九尾狐

1970年代から1990年代までは"人食い"の九尾狐が登場する時期だった。この時期の九尾狐は、KBSのテレビドラマ「伝説の故郷」などの恐怖物にのみ存在した。九尾狐が人間になるためには、100日間(長くは10年間)、人間と一緒に暮らしたり、人間の肝100個を食べなければならないというふうに設定されていた。

しかし、九尾狐がなぜ、人間になりたがるのかははっきりしていなかった。九尾狐が人間に生まれ変わることに成功し、幸せに暮らしたというストーリーなどない。大半は人間に殺されたり、森の中に永遠に隠れて暮らすために去るという悲劇的な結末で終わった。

人間との敵対性も激しい。九尾狐をよこしまな物とみなし、取り立てた理由も無く殺そうとする狩人が登場したり、人間に子供を殺された九尾狐が、怖い復讐の化身となり、人間の世界を脅かす。たとえ、人間を信じる"やさしい九尾狐"といえども、人間の裏切りによって信頼はまもなく憤りに変わる。短くは100日から、長くは10年間、人間になるための九尾狐の努力を、人間が一夜にして踏みにじるからだ。

●2000年代は、韓国社会のマイノリティー

21世紀初頭、ドラマの中の九尾狐は強力な怪物から、異種の少数者へと変わる過渡期を迎える。この時期の九尾狐は、人間社会に共存するが、一緒に馴染められず、時には弾圧を受ける弱者として現れる。かつて、九尾狐の恐怖物の根幹を成していた"人間対九尾狐"という善悪構図から脱し、共存するものの、受け入れたくない"嫌われる存在"と認識される時期だ。同様に、この時期もハッピーエンドはない。

このようなパターンは、1999年夏以降制作が中止となったが、2008年に復活した「伝説の故郷」で、はっきりと現れている。2008~2009年に制作された「伝説の故郷-九尾狐の巻」には、人間によって一方的に殺される九尾狐が出てくる。人間らは、富貴栄華をもたらす狐の玉を手にしたり、家門の秘密を守るため、九尾狐を殺戮する。

”フュージョンの九尾狐”も登場した。2004年KBSのドラマ「九尾狐外伝」は、現代社会を生きる九尾狐族と、彼らを皆殺ししようとする「SCIS」という団体との対立を描いた。九尾狐族と人間との男女の愛を中心に扱ったが、人間の世界に暮らしている少数者として、九尾狐に焦点を当てた。

2000年代は、韓国社会で、外国人労働者や多文化家庭、トランスジェンダー、同性愛者など、社会的少数者への関心が急増した時期。九尾狐の変化も、時代的変化と無縁ではないというのが、専門家の主張だ。

●2010年に入っては、友人または能力者

フュージョンの九尾狐の延長線上で、2010年以降、かわいくて突拍子だったり、正義に燃える”人間よりもさらに人間らしい"尾狐のキャラクターが登場する。

2010年のSBSのドラマ「僕の彼女は九尾狐」の女優のシン・ミナは、突拍子で愛嬌たっぷりの彼女・九尾狐役に扮した。さらに、肉を買うためにはじめたバイトで、経済事情が悪化した彼氏を食べさせる生活力の強いかわいいキャラクターとして描かれている。九尾狐が人間になり、幸せな結末を迎えた唯一のドラマだ。

現在放送中のMBCのドラマ「九家の書(구가의 서)」でも、獣人の九尾狐の青年に扮したイ・スンギは、人間よりも人間らしい義理派だ。家族同然の付き合いをしてきた人たちを忘れることができず、彼らを守るため、命も惜しまない。膨大な怪力を、正義のために使ったりもする。

恐怖物からフュージョン劇へと変わる過程で表れる最大の特徴は、九尾狐が人間になりたがる理由がはっきりしていることだ。かつては、なりふり構わず人間になる道を選んだなら、最近の九尾狐は、愛する人間と一緒にいたいという強い欲望を抱いている。九尾狐はもはや、怪物やマイノリティーではなく、人間と共存する友人として認識されている。
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(付記)
ところで、”フュージョン”ドラマとは、いろいろな要素を併せ持った(時代性や価値観が自由な視点の)ドラマといったところだろう。

2021年1月16日土曜日

(資料)九尾の狐の起源

本ブログの関心テーマのひとつに「九尾狐」(尾が九つに分かれた妖狐)がある。歌手イ・ソンヒが、愛弟子のイ・スンギが主演したテレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」の中で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来のことだ。同ドラマは、2010年8月11日~2010年9月30日まで、韓国のSBSで放送された。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”キツネ”、”僕のガールフレンドは九尾狐”)

九尾狐の起源は、中国古代の地理書「山海経」にまでさかのぼられるというのが通説である。人の命をあやめる妖狐であるが、狐そのものには異類婚姻譚につながる妖しい魅力、切なさがある。

(本ブログ関連: ”山海経 狐”)

ところで、韓国芸能トーク番組「英雄三国志(영웅삼국지)」に出演した韓国・中国人が互いに起源を主張したことがある。同番組は、2017年7月7日~2017年8月25日まで、韓国のテレビ朝鮮で放送されたが、最近同番組の再放送でもあったのだろうか?

(参考)
韓国経済の記事「『英雄三国志』チョン・ヒョンドン vs 張玉安、禁断の論争勃発...『我々が元祖だ』」(2017年7月21日)
( https://www.hankyung.com/entertainment/article/201707211372k )

このところ中国・韓国の起源論争に、キムチや詩人などが俎上に乗っていて、九尾狐も中国サイドのメディアから次のように蒸し返されたようだ。

中国のRecord Chinaの記事「『九尾の狐』も韓国のもの? 中韓で起源めぐる論争相次ぐ ― 中国メディア」(2021年1月14日)は次の通り。
( https://www.recordchina.co.jp/b867100-s0-c30-d0146.html )

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2021年1月13日、中国メディアの新浪娯楽は、伝説上の妖怪「九尾の狐」の起源をめぐり、韓国のテレビ番組で紹介された「九尾の狐の起源は韓国」という主張に反論する記事を公開した。

記事によると、韓国・TV朝鮮の番組「英雄三国志」の中で、中国出身のゲストが「九尾の狐」に関する中国の伝説を紹介した際、韓国出身のゲストが「九尾の狐の起源は韓国であり、韓国の妖怪」と反論した。また、韓国のネットユーザーが「『九尾の狐』が生息する『青丘』とは韓国のことを指す地名だ」と説明を補足し、「九尾の狐」の起源が韓国だと主張したという。

記事は「九尾の狐」の歴史上の記録を紹介。該当する最古の記録は、中国古代の地理書「山海経(せんがいきょう)」にあり、「九尾の狐」の容貌や生息地などが明確に記載されているとした。「山海経」の書物自体の成立年代や作者ははっきりしておらず、研究者の間では前漢(前202~後8年)の学者である劉向(りゅうきょう)とその息子・劉キン(キンは「音」と「欠」を合わせた文字)が編纂し、まとめるまでに長い時間をかけて、複数の学者が加筆、修正してきた書籍と見なされている。現存する最古の「山海経」の版本は、西晋(280~317年)の学者・郭ハク(王へんに僕のつくり)が注釈を加えた「山海経伝」で、同書の記述によると、「九尾の狐は太平の時代に現れ、人々に幸福をもたらす空想上の霊獣であった」とされる。

ほかにも後漢(25~220年)時代の儒学書「白虎通義」や歴史書「呉越春秋」などにも、同様の記録が確認できるという。しかし、明(1368~1644年)の時代に誕生した小説「封神演義(ほうしんえんぎ)」や、清(1644~1912年)の時代に成立した白話小説の影響により、今の「九尾の狐」の妖怪のイメージが広まったとのこと。日本の「玉藻前(たまものまえ)」インドの「華陽夫人」も、中国の「封神演義」の「妲己(だっき)」の影響を受けていると記事は紹介した。

記事によると、韓国でも「九尾の狐」は「クミホ(九尾狐)」の名で知られており、美少女の姿に化けて男性をたぶらかし、命を奪う存在として物語やドラマなどで何度も描かれている。韓国には、李氏朝鮮(1392~1897年)時代の「揆園史話(きえんしわ)」という書物に「九尾の狐」に関する記録が確認できるが、同書は多くの歴史学者から史料価値がない「偽書」と認定されている。また、「山海経」と同じ年代の記録は、韓国側では確認できておらず、「九尾の狐」が生息している「青丘」の地名も伝説上の東方の土地という意味だけで、時代によっては山東半島や遼東半島のことを指すこともあるという。

記事は最後に「中国文化が周辺国家に深い影響を与えた学説は、以前から提議されており、学界では、九尾の狐などの中国発祥の妖怪伝説も東の海を渡って、韓国や日本へと影響を与えたとみている」「九尾の狐の由来を知らないなら、『山海経』を何度も読んで、中国の伝統文化を理解した方がよいだろう」と述べた。(翻訳・編集/原邦之)
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2022年3月6日日曜日

殺生石が割れた

本ブログは、歌手イ・ソンヒの歌(「僕のガールフレンドは九尾狐」)にちなんで、曲の題材になったキツネに関連する「九尾の狐伝説」、「稲荷神社」、「キツネの家畜化」などの話題をネットや書籍などから情報を収集している。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”九尾の狐”、”稲荷神社”、”キツネの家畜化”)

栃木県 那須町 那須湯本温泉近くにある、「九尾の狐」伝説(美女に化けた九尾の狐が追い詰められて石に変じた)で知られる国指定の名勝「殺生石(せっしょうせき)」が <真っ二つに割れている> のが(昨日)見つかったと、次のように報じられた。

(本ブログ関連:”殺生石”)

■「とちぎテレビ - 県内ニュース」
・「九尾の狐伝説 那須町の『殺生石』割れる」(2022年03月06日) 抜粋
    https://www.tochigi-tv.jp/news2/page.php?id=73060
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・「九尾の狐」伝説で知られ、松尾芭蕉の「おくのほそ道」にも記された国指定の名勝、栃木県那須町の「殺生石」が割れていることが分かりました。
殺生石は真ん中付近から真っ二つに割れ周りを囲んでいたしめ縄も切れていました
・地元のガイドや隣接する那須温泉神社の関係者によりますと、石はここ数日の間に自然に割れたとみられています
・那須湯本温泉の近くにある殺生石は平安時代、美女に化けた九尾の狐が退治されて石になったという伝説で知られ、2014年に国の名勝に登録されて観光名所となっています。
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殺生石の後日談として、悔い改めた九尾の狐の化身(玉藻前、たまおのまえ)の願いをうけた玄翁(げんのう)和尚の読経と呪文の力により、殺生石は <霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました>という。この和尚の名にちなんで、石や岩を割る(頭部両端が平らな)金槌を「玄翁」という。

今回の殺生石が割れたのは、玄翁和尚のとき以来のこととして不吉でなく、むしろ(窮地からの解放として)前向きに捉えた方がよいかもしれない。

2011年6月7日火曜日

クミホ

イ・ソンヒがテーマ曲を歌った、SBSテレビ番組「僕のガールフレンドは九尾狐」の主人公「ミホ」は、相当世間知らずのお嬢さんといったところだ。視聴者には最初からわかっていることだが、実は九尾狐の化身である。愛らしいミホの名は、番組タイトルに、九尾狐(クミホ:구미호)を「9미호」と表示していることからわかる。<구(9)미(尾)호(狐)⇒9+미호(ミホ)>
さて、ミホの相手役「テウン」は、彼女の無垢さに振り回されながら次第に恋におちる。この二人?果たして恋を成就できるのだろうか、DVDを見てのお楽しみだ。

韓国の「九尾狐(クミホ)」の伝説を、韓国Wikipediaは次のように紹介している。
・韓国の九尾狐も恐ろしい話によく登場するが、一方的に害を及ぼす妖物はなくて、人間になりたい強い希望を抱いていることで出てくる。その一例が、九尾狐が可愛い人間の女に変身して、人間の男と恋に落ち結婚するが、もし九尾狐が、自分の正体を夫に気付かれずに百日を一緒に住めば本物の人間になるという伝説である。しかし、伝説の終わりに進めば、たいてい、一日を残して正体がばれてしまい、望みを成し遂げられない九尾狐は夫から離れてしまうことで終わる。
九尾狐は狐玉があるという。飴玉ほどの大きさの青色の玉であり、これが九尾狐の道力を象徴するという。ある話では、九尾の狐が人間の精気を取るときに狐の玉を使うとする。

この伝説、「葛の葉」を含む異種婚の悲哀を思い起こさせる。残るのは母子の情愛のみだ。

(本ブログ関連:”九尾狐”)

2015年4月10日金曜日

(資料) 那須野の殺生石

イ・ソンヒが、愛弟子イ・スンギ主演のSBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」で、テーマ曲「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌って以来、九尾狐や稲荷など狐に関する故事を巡っている。

国立国会図書館のデジタルコレクションに、大正11年出版の「奇蹟ものがたり:行脚しらべ」(物集高見(もずめ たかみ)著、雄文堂, 1922年)がある。いきなり、採集話しに始まって終わる(序文も解説もない)体裁の一般向け奇談集だ。その中で、「那須野の殺生石」があり、帝(=鳥羽上皇)を迷わした九尾狐(=玉藻前)の話が次のように語られている。
なお、著者物集高見は、東京帝大教授を退官後、「在野の学者として研究に没頭し、貧窮の中で全国を行脚して約5万冊の書物を集め、さらにその総てを読破した」(Wikipedia)とある。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”殺生石”、”安倍晴明”、”国立国会図書館”)
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「那須野の殺生石」

久寿元年(=1154年)近衛院の御宇、仙洞に一人の美女出現し玉藻と云ふやがて后となりて帝を悩したり。宮中の御騒ぎ一方ならず、投薬看護をさをさ怠りなかりしも、御悩は日々重らせ給ふのみ。依って典薬頭を召して御尋ねありけるに、御悩は御邪気に渡らせ給ふ由申上げたり。さらば陰陽頭を召せとて安倍泰成(=安倍晴明)を呼ばれたるに、泰成は急ぎ御祈祷然るべしと言上に及びたり。何故かと公卿大臣等より御尋ねありければ、さればにて候。これは日頃御寵愛なる玉藻の所為にて候玉藻前は下野国那須野(=栃木県)に住める金毛九尾の狐にて、決して人間にあらず。此の狐昔唐土にては殷の時至の后姐巳(=だっき)となり、玄宗皇帝の時には楊貴妃となり、常に美貌を装ひ、君を迷はし徳を敗り国を傾く。今や又我が朝に渡りて君を悩まし奉るなり。ゆめ御油断あるべからずと憚る所なく申上げたれば、さらばとて泰成に太山府君奉祭御幣の役目仰せ付けられければ、勅命なれば辞むに由なく御受けせり。泰成彼の玉藻前に天神地袛の幣帛をもたせ、祭文を読み立てたれば忽ち御幣を捨て原の狐となって逃げ失せたり。これが為め、君の御悩は立所に平癒しければ御感斜ならず。泰成は世にも稀なる面目を施したり。

其の後三浦介(=義明)上総介(=広常)の両将に対し、那須野狩の院宣ありければ、勅命背き難く、那須野に行きて狩しけるが、名におふ狐の事とて、天に翔り地を走ることさながら神変なり。然し此方も亦東国屈指の名将、争で獣に引けを取るべき、遂に狐を狩取って上洛す。

院には御感の余り、那須野にて狩りし時の装束を着け、当時の有様を模し見せよとの御諚ありて、赤犬一疋出されたり。依って勅に従ひ其の射止めたる模様を御覧に入れければ、実に弓矢の秘術なりと御賞めあり、其の式法を犬追物と名け後永く行はれたり。

又此の狐腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利ありたれば、これを院に献じ奉りたり、猶額にありたる白玉はこれを三浦介に、尾の先にありたる二つの針の中其の一つは上総介に賜ひ、狐をば宇治宝蔵に納められけり。那須の殺生石は即ち此の狐の霊を祀りたるものなり。
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上記の最後にある、後日談として、狐の「腹内には金の壷あり、其の中に仏舎利あり」、「額にありたる白玉」、「尾の先にありたる二つの針」など知らなかった。

物語は、モデルとなった皇后美福門院(藤原得子)の美貌に対する嫉妬、寵愛による権勢の確執など背景にあったといわれるが、下野国那須野が登場するのなぜだろうか。

2015年4月14日火曜日

(資料)岡本綺堂「中国怪奇小説集-酉陽雑爼(唐)」の九尾狐

青空文庫に岡本綺堂の「中国怪奇小説集-酉陽雑爼(唐)」に、「九尾狐」の項があって、その超越する力について次のように記している。日本の九尾狐の妖艶な化身というより、隠し持った妖気の強さを知ることになる。

(本ブログ関連:”九尾狐”)

「中国怪奇小説集」で、「酉陽雑俎」について次のように説明している。「この作者は唐の段成式であります。彼は臨淄の人で、字を柯古といい、父の文昌が校書郎を勤めていた関係で、若いときから奇編秘籍を多く読破して、博覧のきこえの高い人物でありました。官は太常外卿に至りまして、その著作は『酉陽雑爼』(正編二十巻、続集十巻)をもって知られて居ります」
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 むかしの説に、野狐の名は紫狐といい、夜陰に尾を撃つと、火を発する。怪しい事をしようとする前には、かならず髑髏をかしらに戴いて北斗星を拝し、その髑髏が墜ちなければ、化けて人となると言い伝えられている。

 劉元鼎が蔡州を治めているとき、新破の倉場に狐があばれて困るので、劉は捕吏をつかわして狐を生け捕らせ、毎日それを毬場へ放して、犬に逐わせるのを楽しみとしていた。こうして年を経るうちに、百数頭を捕殺した。

 後に一頭の疥のある狐を捕えて、例のごとく五、六頭の犬を放したが、犬はあえて追い迫らない。狐も平気で逃げようともしない。不思議に思って大将の家の猟狗を連れて来た。監軍もまた自慢の巨犬を牽いて来たが、どの犬も耳を垂れて唯その狐を取り巻いているばかりである。暫くすると、狐は跳って役所の建物に入り、さらに脱け出して城の墻に登って、その姿は見えなくなった。

 劉はその以来、狐を捕らせない事にした。道士の術のうちに天狐の法というのがある。天狐は九尾で金色で、日月宮に使役されているのであるという。
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先日のブログ((資料) 那須野の殺生石)で、古に「犬追物」という、囲いのなかで犬を射る式法の話しを記したが、その由縁は九尾狐を射落としたことにある。犬と狐が登場するのは因果かもしれない。とはいえ、狐の霊力は高く、犬を凌駕することになる。

また、物語りに「疥のある狐」が登場するが、稲荷に笠森盛稲荷がある。同稲荷は、「瘡守(かさもり)に通じて、瘡平癒から、皮膚病、梅毒に至るまで霊験ある」(Wikipedia)とのこと。近在の稲荷も、江戸期に川崎宿から参りに来たという。

極にあるものは、その対極に変身する底知れぬ霊力を宿しているのかもしれない。

2013年1月5日土曜日

(資料)「山海経」中の九尾狐のこと

イ・ソンヒのヒット曲「狐の嫁入り(여우비)」から、「お天気雨(狐の嫁入り)」のことや「九尾狐」に関心を持って調べてきた。そこで、九尾狐(クミホ:구미호)について、中国最古の地理書といわれる「山海経」(高馬三良訳、平凡社ライブラリー)から次の通り抜き出す。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”、”九尾狐”)

「南山経」
・(青丘之山に)獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。

「大荒東経」
・青丘の国あり、九尾の狐がいる。

「東山経」
・鳧麗(ふれい)の山といい。頂上には金・玉多く麓には箴石(はりいし)が多い。その状は狐の如くで九つの尾、九つの首、虎の爪、名は龍[姪]蛭(りょう[てつ]しつ)*。その声は嬰児のよう。これは人を食う。
* 龍: 「龍」の文字の下に「虫」を置く。
※ この獣に、「虎」の体の一部が加わっていることが興味深い。

「海外東経」
・青丘国はその北にあり。その狐は四つの足で九つの尾


なお同書には、狐の姿であるものの九尾でない獣について、次の記述がある。

「東山経」
・獣がいる。その状は狐の如くで魚の翼(ひれ)、名は朱擩(しゅじゅ)*。なくときはわが名よぶ。
・姑逢山といい、草木なく金・玉が多い。獣がいる、その状は狐の如くで翼あり、その声は鴻(はくちょう)、鴈(かり)のよう。その名は撇撇(へいへい)**。これが現れると天下大いに旱(ひでり)する。
* 擩: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。
** 撇: 偏「 扌」→「犭」に置き換える。

2015年6月21日日曜日

狐石

このブログでは、イ・ソンヒファンとしての奏上!以外に、趣味の鉱物採集について、及びイ・ソンヒが愛弟子イ・スンギ主演のSBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のテーマ曲である「狐の嫁入り(여우비、天気雨)」を歌ったということから「」(九尾狐、稲荷など)について、それぞれ触れている。そこで、「狐」と「石」二つを合体したものをネットで調べてみた。結果、次の通りである。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)

▼ 狐にちなんだ「石」について
狐石」という名の石がある。黄鉄鉱を「馬鹿の金」と呼ぶように、翡翠の偽もの扱いした民間伝承による名称のようだ。宝と間違えた滑稽さがにじみ出る。ところで、下記に示すように地名にも「狐石」があり、東北地方とりわけ福島県に集中している。妄想を膨らますと、かつて東北が「金」の大産地であったことと何かしら関係があるのだろうか。それとも、「遠野物語」風か。
「狐石」という名の記念碑がある。「オクシズ」のサイトに、静岡市葵区足久保地区にある、<芭蕉>の句碑(句を刻んだ)「狐石」を次のように紹介している。感謝。(でも、狐の巣?の上に句碑を建てたというのは、いささか理解に苦しむ)
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「駿河路や はなたちばな(花橘)も 茶のにほひ」
さて、何故この石を「狐石」と呼ぶかというとここに狐がすんでいたことから・・・という説と茶葉の変化しやすい性質から「狐っ葉」と呼ぶことも関係するとか。本当のところは、なぞです。
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直接的な名ではないが、狐の妖気と結びついた岩がある。伝説<玉藻の前>すなわち九尾狐が変身した毒石「殺生石」(栃木県那須町那須湯本温泉近く)こそ、まさに「狐」と「石」が合体したものとしてあげることができるだろう。(この件、「殺生石」についてはいくつか記載済み)

▼ 「狐石」という名の地名について
「狐石」と名の付く場所を探したところ、「都道府県市区町村 データで遊ぼう」のサイトに地名リストが掲載されており、「狐岩」とともに次に列記する。感謝。
「狐石」の地名は10件あり、 東北の岩手、宮城、福島の3県に、特に福島県に集中しているのが興味深い。
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岩手県(2): 奥州市前沢区狐石/気仙郡住田町世田米狐石
宮城県(1): 石巻市小船越狐石
福島県(7): 須賀川市稲狐石/須賀川市森宿狐石/二本松市上川崎狐石/田村市船引町芦沢狐石/
                 伊達郡川俣町大字小神狐石/福島市飯野町大久保狐石/双葉郡広野町大字上浅見川狐石
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「狐岩」の地名は、「狐石」に比べて少なく全国に散らばる。岩手県遠野市狐岩、京都府南丹市美山町大字島狐岩、福岡県中間市狐岩の3件である。

(付記)
地元駅のエキナカ商店街に不二家がある。店前に立つ可愛いペコちゃん人形が、今回、ゆかたを着て、「白狐の仮面」をかぶっている。ついつられてケーキを求めたとき、狐の面は何かイベントでも指しているのかと尋ねたところ、夏らしさを表しているのですよという回答だった。仮面でペコちゃんはお顔が見えないが、小さくて見上げるような姿がなんとも微笑ましい。

2013年1月3日木曜日

李仙姫の名前から(2)

イ・ソンヒの名「ソンヒ(선희)」と同じ名付けについて、次のような統計がある。(이루미작명SYS)

・「選好度: ソンヒ(선희)は、58番目(0.2%)でしばしば使われ、最も多い姓は金である。」
・「性別感: ソンヒ(선희)は、93.57%が女性の名前だ。」
・「出生情報: ソンヒ(선희)は、1985年度に最も多く出生し、ソウル特別市出生の場合が多かった。」

1984年の「江辺歌謡祭」でデビューした翌年、テレビを通じて賑わした彼女の名「ソンヒ(선희)」が多く名づけられたことに因縁があるように思える。彼女の健全なおもむきと名の持つ印象が、当時の都市部生活者に親和性があったのだろう。

(本ブログ関連:"イ・ソンヒという名前")

さて、話しを彼女の名の一文字「仙」の由来から、神仙伝説へイメージを膨らませてみよう。
最近の彼女のヒット曲に、「因縁(인연)」に代表する東洋的な雰囲気を漂わせる傾向があるが、「狐の嫁入り(여우비)」もそのひとつである。ドラマに登場する九尾狐は「山海経」まで遡るという。

・「紀元前2世紀から紀元3世紀頃にかけて中国で著された地理書『山海経』には実在とは思えぬ動植物の項が並んでいるが、その一書「南山経」で、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」*とあるのが九尾の狐に関する最初の記述であるとされる。」(Wikipedia「九尾狐」)

(*)「獣がいる。その状は狐の如くで九つの尾、その声は嬰児のよう、よく人を食う。(これを)食ったものは邪気におそわれぬ。」(高馬三良訳「山海経」)

(本ブログ関連:"Wikipedia「九尾狐」")

この「山海経」は、桃源郷(「桃花源の詩」)の散文を記した陶淵明もマニアだったらしく、「読山海経十三首」の詩を作っている。なるほど、彼が興味深く眺め見たこの書の挿絵には、九尾狐だけでなく不可思議なさまざまな生き物が登場する。

(本ブログ関連:"陶淵明-3")

イ・ソンヒの名前から、神仙の世界へ話しがとんでしまったが、彼女の東洋回帰に合わせてイメージ遊びさせてもらった。

(本ブログ関連:"李仙姫の名前から(1)")

2010年8月14日土曜日

九尾の狐

イ・ソンヒがメイン テーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を歌う、イ・スンギ主演のドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」の九尾狐(クミホ)の由来は、Wikipedeiaの「九尾の狐」に紹介されていて、中国の地理書「山海経(せんがいきょう)」(紀元前2世紀~紀元3世紀頃)にあるそうだ。

・日本の伝説では、宮廷で美しく高い教養を見せたものの妖気ゆえに悲痛な最期を遂げる「玉藻前(たまものまえ)」の姿に描かれている。いってみれば、食べられることをいとわないほどの美女か。

・この世の争いごとは新旧の対立の中にあり、伝説では宮廷から追いやられた彼女(一族)が最後の抗戦をしたのが、「殺生石(せっしょうせき)」で知られる、栃木県那須町の那須湯本温泉辺りということになるのだろう。玉藻前つまり九尾の狐は、死後毒石に変じた。この殺生石の「付近一帯には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒ガスがたえず噴出して」いるとのこと。美しきものの毒気はすさまじい。

死と隣り合わせの妖気に触れようとするのは伝説だけではない。火山噴火や溶岩流の写真家でもあった火山研究者のクラフト(Krafft)夫妻が、雲仙・普賢岳の火砕流の犠牲になったことを忘れることはできない。
彼らが世界の火山を撮影したビデオのなかで、モーリス・クラフトがハワイの滑らかに流れる溶岩流を解説しながら、その溶岩流に金属の船を浮かべて乗って流れてみたい誘惑にかられることがあると語っていた記憶がある。

2016年11月16日水曜日

長谷川時雨 「春宵戲語」

イ・ソンヒが歌った、テレビドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」のOST以来、狐にからめた話題を渉猟している。

(本ブログ関連:””、”僕のガールフレンドは九尾狐”)

長谷川 時雨(はせがわ しぐれ、1879年[明治12年]10月1日~1941年[昭和16年]8月22日)の掌編に「春宵戲語」があって、狐の伝説が縷縷綴られている。信田(しのだ)の森の<葛の葉狐の傳説>、陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り>、「霊異記」の<つ寝=きつね>とその後日談、中国の金時代の<樹を伐る狐>などの伝説について、幼時の思い出を含めて随想している。

特に興味深いのは、「霊異記」の<つ寝>の後日談で、心に沁みる悲しい別れをした夫婦に残された子(岐都禰=きつね)の末裔が、なんと間逆の存在になっていて、成敗される部分を抜書きする。安易な同情心は、いずれかなわぬこと。そして自問のない正義の軽さと危うさを考えてみたくなる。歴史は正義の奪い合いかもしれない。

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■ 信田の森の<葛の葉狐伝説

■ 陽光がさしていながら薄い雨が降る<狐の嫁入り

■ 「霊異記」の<つ寝
(この伝説に後日談があり、狐に戻って去った妻との間にできた子の末裔が悪さをして懲らしめられる話しだ)

・・・そこで、この野干(≒狐)の生んだ子を岐都禰(きつね)といふ名にし、姓を狐の直(あたひ)とした。其の子が大變な力持で、走ることの疾さは鳥の飛ぶごとしとある。そして三野國(=美濃国)の狐の直らが根本はこれなりとあるが、これは諸書にも引かれてゐるであらうから かなり知られてゐるかもしれない。ただ面白いのは、この後日談があることだ

 それはこの、力者(ちからもち)の狐直(きつねのあたひ)の四世の孫にあたる、大力女の、力くらべの話で、しかも、この狐の子孫の方が、一方の、まじりなし人間種(だね)の力持ち女に負けた話なのである。わたしが子供のころ、イツチヤイツチヤ、イツチヤナ、とか唱へながら角力をした、女力者の見世ものがあつたが、どうして一三八〇年位も前の、この二女力士のすさまじさに競べやうもない。なにしろ、負けた方のが百人力といふのだから話は大きい。上野動物園のお花さんいどころではない。

 聖武天皇の御代に、三野の國 片縣(かたあがた)の郡、少川の市(まち)に住んでゐた、百人力女が、前の犬に追はれた岐都禰の末裔だが、おのが力をたのんで、往還の商人の物品を盜む。そのことをきいて憤慨したのが、尾張の國愛知郡、片輪の里の一女流力者 ・・・・ ちよつとここではさんでおくのは、前の狐女末裔は大女、この正義の女史は小女です。この小女力者、大女力者を試すのに、蛤(はまぐり)五十斛を捕つて、船に載せてゆき、少川の市に泊つた。よし來たとばかりに奪とりにいつたのが大女、昔から女でも總身に智惠がまはらなかつたと見えて、小女女史が豫備に熊の葛練りの鞭を二十段も隱し持つのを知らなかつた。

 狐氏の大女は蛤を盜つて賣らしてしまつてから、何處から來たといつた。蛤主不答。四度目にはじめて答へたが、來しかたを不知(しらず)とやつたので、狐氏の大女が、不禮者とばかり蛤小女を打つた。一つぶたせて二の手を待つて、待つてゐましたとばかりその手を捉へ、熊葛鞭(くまくずむち)でピシリとやつた。鞭に肉が附いてきたといふその勢ひで、もひとつ、もひとつ、もひとつ、十段の鞭、打つに隨つてみな肉着くといふのだから、狐氏の大女も音をあげて服也(ふくすなり)、犯也(おかせしなり)、惶也(をそるるなり)、とあやまつてしまつた。蛤小女その時昂然として、自今 此市(このまち)に強て住まば、終に打殺さん也と威(おど)したところ、狐氏大女も殺されては堪らぬと逃げたので、彼市(まち)の人總て皆悦んだといふ。

■ 中国の金の時代の<樹を伐る狐
※  岡本綺堂
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2014年9月3日水曜日

聊斎志異の「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」

SBSドラマ「僕のガールフレンドは九尾狐」(韓国、2010年8月11日~9月30日)で、イ・ソンヒはOST(劇中歌)「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を担当した。現代風の若者と無垢ながら伝説の九尾狐が、ふとしたきっかけで恋に落ちる、ファンタジック・コメディのラブストーリーであるが、物語中、気象現象の「狐の嫁入り」を示す「お天気雨」を何度か見せてくれた。

(本ブログ関連:”僕のガールフレンドは九尾狐”、”狐の嫁入り”)

中国清の奇談集「聊斎志異」(蒲松齢作、立間祥介編訳、岩波文庫)に、「狐の嫁入り-狐嫁女(こかじょ)」がある。

(概要)
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殷(いん)天官が若いとき、肝試しにある廃屋に一晩泊まる。すると夜中、厳かに現れた集団が結婚式を催し、それに立ち会う結果となる。祝いの酒を振舞われ、その出来事のしるしとして、秘かに酒盃の金杯を懐に入れてしまう。

そのとき、主人公は美しい花嫁を目撃する。「佩玉(はいぎょく)がコツコツと鳴り、麝香(じゃこう)の馥郁(ふくいく)たる香りがただよってきた」、そっと窺ってみると「翡翠の鳳凰の髪飾り、水晶の耳輪がゆれて」いた。宴の終わり、金杯の数が足りないことがわかるが、その場はおさまり、事無きを得た。

その後、進士に及第した主人公は遠くの地に赴任する。その祝いに、金杯の酒を飲むことになるが、祝い主から次のような話を聞く。「(金杯)これはもともと八個一組のもので、・・・(今)七個しかございませんでした。・・・」。その杯こそ、主人公が肝試しで手にしたものとそっくりだったのだ。

主人公は、その話しを聞いた後、手元の金杯を祝い主に届けさせた。返礼に訪れた祝い主に、いきさつを話す中で、「狐が千里も離れたところの物を自在に取り寄せる能力を持っているものの、それをいつまでも手元に留めておくものでないことを、このときはじめて知ったのだった」と。
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この物語に、狐を直接想わせる姿で登場はない。また、金杯の数が、八または七で、九とも違い、九尾狐を連想することができない。ただ一ついえるのは、狐の化身、花嫁が非常に美しかったことだ。どうやら、異種として、狐の嫁に求める姿は、「まことに絶世の美人」ということになる。

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(付記)
ここ数日の間、何処からともなく昆虫が私の部屋に入ってきた。カナブン3匹、アシナガバチ1匹である。一体どこを通り抜けてのことか、不思議だ。

2011年6月12日日曜日

玄翁(げんのう)

イ・ソンヒがテーマ曲を歌う、SBSの<ファンタジック&ロマンティック・ラブコメディ>「僕のガールフレンドは九尾狐」に登場する九尾狐(クミホ)は、可愛らしい無垢な存在(ミホ)に描かれている。(現在、DVDで6話まで視聴)

日本の伝説の九尾狐は、鳥羽上皇から寵愛をうけた絶世の美女玉藻前(たまものまえ)に化身するものの、陰陽師安倍泰成(安倍晴明浄瑠璃で母親が狐であったとされる)に、その正体を暴かれる。追われた玉藻前は哀れ殺生石(せっしょうせき)となるが、最後に玄翁(げんのう)和尚にその身を砕かれる。

この物語を、青空文庫の「殺生石」(楠山正雄、児童文学者)で読むことができる。

ある秋の夜、下野(しもつけ)那須野の原に野宿する玄翁和尚をかすかに呼ぶ声があった。すると、背丈ほどの石(殺生石)のそばに玉藻前が立っていた。おのが身の犯した罪を語り始め、涙をはらはらとこぼして法力で魂の救いを願った。

「(翌朝、願いを請けた)玄翁は殺生石の前に座って、熱心にお経を読みました。そして殺生石の霊をまつってやりました。殺生石がかすかに動いたようでした。
 やがてお経がすむと、玄翁は立ち上がって、呪文を唱えながら、持っていたつえで三度石をうちました。すると静かに石は真ん中から二つにわれて、やがて霜柱がくずれるように、ぐさぐさといくつかに小さくわれていきました。」

話し変わって、一家に一つはある金槌(かなづち)で、頭部両端が平らなものを「玄翁」という。上記の伝説からきたといわれている。(昔、仏僧に、土木、鉱山などの技術に長けたものたちがいたようだ)

ちなみに、鉱物に「玄翁石(いし)」があるが殺生石と関係なく、図鑑「日本の鉱物」(成美堂出版)によれば、フォッサマグナより東の第三紀中新世の泥岩中からみつかる不純な方解石(炭酸カルシウム)に置き換わった「仮晶」で、形が玄翁(金槌)に似ていることから名付けられたようだ。

(本ブログ関連:”殺生石”)
(本ブログ関連:”九尾狐”←画面右下の「前の投稿」も)


★★★★★ 孫が、お気に入りの機関車トーマスの絵本を、熱心に読んでいる写真が届いた ★★★★★
★★★★★ 孫娘が、甘い口元のペコちゃんのように、可愛い眼差しの笑顔の写真が届いた ★★★★★

2016年10月8日土曜日

イ・ソンヒの「狐の嫁入り」

昨日とりあげた「狐」の話題を継続する。イ・ソンヒには、今年(2016年)9月のコンサートで歌ったヒット曲 「狐の嫁入り(여우비)」(2010年)がある。これは、人間の若者と、現代によみがえった九尾狐の少女との恋を描いたファンタジー・ドラマ「僕の彼女は九尾狐」のテーマ曲だ。

イ・ソンヒ独特の清潔感は、少女(九尾狐)のひたむきな思いを巧みに表現する。人と異界の交流は、さまざまな行き違いを生むものの、少女の純粋さに視聴者は引き込まれたはずだ。

このドラマでは、イ・ソンヒの愛弟子イ・スンギ(歌手)が今様の多少刹那的若者を、現代によみがえった九尾狐ながら無垢の少女を俳優のシン・ミナが演じた。私の数少ない、完全視聴したレンタルDVDドラマでもある。

(本ブログ関連:”狐の嫁入り”)


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2013年4月22日月曜日

(資料)きつね

日本霊異記」上巻第二話に、狐を妻として子を産ませた話しがある。古代の欽明天皇の時代に、嫁探しに出かけた男が女と巡り合い結婚する。一男をもうけたが、実は女は狐の化身であり、飼い犬に気付かれその身をあらわにしたのを見て男は、「汝と我との中に子を相生めるが故に、我は忘れじ。毎(つね)に来りて相寝よ」といった。ゆえに、また来て寝ることから、妻に「来つ寝(きつね)」の名がつく。

上品な薄紅色の裾(すそ)を引きつつ来た妻も、やがていずこかへと去る。それを偲んだ男は、「恋は皆我が上に落ちぬ たまかぎる はろかに見えて去(い)にし 子(=あのかわいい人)ゆゑに」と歌った。これは、消え去った妻への思いを夫が歌ったものであり、人形浄瑠璃の「葛の葉」に見られるように去り行く妻が残す、「恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」とは逆だ。

日本霊異記のこの説話の最後には、彼ら(人と狐であるが)二人の間の息子の名と、その一族の姓の由来について書き加えられている。「葛の葉」で残された子が安倍晴明であるように、子孫を残す意味があることに、両説話には共通性がある。狐に、そのような時間をくだる霊力があって、信仰につながるのも分かるような気がする。

(本ブログ関連:"クミホ"、"(資料)「山海経」中の九尾狐のこと"、"お稲荷さんと油揚げ"、"玄翁(げんのう)"、"九尾の狐"、"豊川稲荷東京別院散歩"、"狐の嫁入り"、"府中市郷土の森博物館")

2017年9月19日火曜日

雑談、雑談、山怪 [弐]

① いずれの本で読んだか、その本が見当たらぬ。「Jアラート」がうるさいという話から思い出したこと。昔、WWⅡでノルマンディ上陸作戦の死線を越えた連合軍兵士たちが、意気揚々とフランスの田舎路を通り抜けていたとき、農家の窓が開き老婦人が「うるさい」と叫んだという。いつの世にも日常を最優先する人がいる。

② テレビの美術番組で、徳川家光のころの絵図、<狩野探幽(1602~74)が描いた幻の作品「八尾狐図(やおのきつねず)」が、京都市内で(2015年に)発見された(参照: Art Annual Online)>と紹介されていた。
このブログでは、「九尾狐」について話題にしてきたこともあり、尾が八つなのはなぜか気になる。妖狐の尾は、最終九本まで増え続ける、丁度その手前という説があるようだが・・・。一方で、狐は稲荷神の使いでもある。

(本ブログ関連:”九尾狐”)

③ 以前紹介した山の奇談を収集、紹介した「山怪」(田中康弘、山と渓谷社)の第二弾ともいうべき「山怪 [弐]」を読んでいる。最初の「山怪」は主に猟師から話題を収集している。さらに、山と縁のある人まで広げたのが「山怪 [弐]」だ。
<山の神は女性だといわれている>、<嫉妬深く><若い男を好む>とか生臭い面もある。さて、武蔵御嶽神社は修験の場でもある。山犬(ニホンオオカミ)が眷属(神の使い)として有名だそうだ。同神社の護符は山犬の姿を刷ったもの。その護符を実家で見つけて、関係する人々を訪ねた「オオカミの護符」(小倉美恵子、新潮社)と出会った。これも次のお楽しみ。
ところで、狐信仰は、イヌ(オオカミ)との親和性が強いようであり、山の神の使い ⇒ 田の神の使い ⇒ 商業神信仰へと変遷したという話もある。

(本ブログ関連:”(稲荷信仰)神の使い”)

2010年8月13日金曜日

イ・ソンヒの「僕のガールフレンドは九尾狐」

メディアダウム掲載のヘラルド経済の記事「イソンヒ '僕のガールフレンドは九尾狐' OST参加」(8/11)によれば、イソンヒは、SBS新ドラマ僕のガールフレンドは九尾狐」のメインテーマ曲を歌ったと次のように報じている。
・ロックバンド「イブ」出身の作曲家Gゴリラ(G고릴라)が書いたメイン テーマ曲「狐の嫁入り(여우비)」(歌詞)を歌った。
・やわらかいメロディに、イ・ソンヒ特有の訴える力が濃い音色でお目見えすることになった。

待ち望んだイ・ソンヒの新曲だ。滑らかにして繊細な何処までも清雅な彼女の歌声を聞くことができる。
なお、ロマンチック・コメディであるこのドラマの主人公として、イ・ソンヒの愛弟子であるイ・スンギが出演している。お相手役は、シン・ミナ(신민아)である。
(Youtubeに登録のVietsub501、LuvBiRain7に感謝)

ところで、九尾狐구미호)について、韓国と日本の民俗伝承にどの程度共通性があるのだろうか。


★★★★★ 孫が、何処から探し出したかサングラスを得意気にかけている写真が届いた ★★★★★

(追記:8/9受信)
★★★★★ 孫が、まるで文字をたどるように声を出して絵本を読んでいる動画が届いた ★★★★★

(追記:8/8受信)
★★★★★ 孫が、父親と二人で行ったファミリーレストランで食事している写真が届いた ★★★★★

2015年2月2日月曜日

狐 葛

について、九尾狐から葛の葉までいろいろ採集しているが、寄せ集めのことゆえ何の深化もないけれど、こんな話しがある。

(本ブログ関連:”九尾狐”、”葛の葉”)

日本書紀」の斉明(さいめい)記に、7世紀の半ば、女帝は溺愛した孫の建皇子(たけるのみこ)の夭折を悲しみ、出雲国造に命じて厳神宮(いつかしのかみのみや)を修造させる。その工事のさなか、狐が現れて於宇郡(おう)郡の人夫(役丁)の持っていた葛(かずら)の末端を食い切って逃げたという。実は、ここでは犬の怪異もセットされるという忌まわしさもあるのだが。

「狐噛断於宇郡役丁所執葛末而去」(日本書紀-朝日新聞社本)

「葛の末端」とは一体何のことか。柱を引く(或いは縛る)「かずら」(葛、蔓)の綱の端(はし)だそうだが、ここで、「末端」を「はし⇒は(葉)」と読みかえて、強引に「葛の葉」とすると、陰陽師安倍晴明の誕生につながる言葉となる。

そこまで駄洒落に過ぎなくても、狐と葛には関係が深そうだ。からみ付き縛る蔓のもつ生命力に関わるのだろうか。狐がこれを噛み切ったのは、みかどの崩御の予兆につながることだった。狐は運命を狂わせるもののようだ。でもそれがなぜ狐なのか。

「<言屋、此云伊浮耶。天子崩兆。>」(日本書紀-朝日新聞社本)

2013年6月13日木曜日

(資料)童謡「狐の嫁入り」

今日もお天道様は冴えなかった。天候と縁のある「狐の嫁入り」をネットで探していたら、日本の童謡に「狐の嫁入り」(歌永岡志津子、作詞泉漾太郎、作曲平岡均之、日本ポリドール管弦楽団、レコード3685-B)がYoutubeに登録されていた。
歌詞画面もあって、天気のよいのに雨降りの中を進む狐の嫁入り行列を、SP時代(年代不詳)の古い歌で味わうことができる。

(本ブログ関連:"狐の嫁入り")

作詞の泉漾太郎(1908年1月5日~1996年10月23日*)は栃木の出身とのこと。野口雨情を師として仰いだという、那須塩原にある旅館和泉屋の当主だった田代太平(筆名泉漾太郎)**のことのようだ。
同じ那須の湯本付近に殺生石になって残った九尾狐の伝説があるが、泉漾太郎は九尾狐の伝説をもとに歴史小説「新版 花妖殺生石 九尾の狐後日譚」を著したようだ。どんな内容なのだろう・・・。

(*) d-score
(**) 和泉屋旅館ギャラリー

(Youtubeに登録のnack500に感謝)

2011年6月14日火曜日

府中市郷土の森博物館

熱い陽ざしのなか、初めて西武多摩川線(旧是政線)の終点、是政駅に降りる。少し南に歩くと多摩川べりになる。小高い堤の下、緑に茂る多摩川緑地に沿って「多摩川府中川かぜのみち」がつづく。川風に涼む時間でもなく、汗が止まらない。川上に歩を進めて、南武線と武蔵野貨物線の2つの低い橋脚をくぐると、やがて右手に府中の森公園が見えてくる。

今日の目当ては、公園にある「府中市郷土の森博物館」である。ひとつに、昨年、2010年5月1日~6月27日に同館にて特別展示された「お稲荷さんの世界」のブックレットの入手と、現在開催中(4月29日~6月26日)の特別展「アウトローたちの江戸時代」の見学だ。

「お稲荷さんの世界」のブックレットをミュージアムショップで購入したとき、館内アナウンスがあり、プラネタリウムで「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH」の開演が紹介された。早速、同館地下にあるプラネタリウムで夏の星座を楽しむ。西の空にしし座を、東の空に夏の大三角が紹介された後、打ち上げから帰還まで、「はやぶさ」だけをCGで描いた、まさにドラマが上映された。はやぶさに機械以上のものを感じてしまった、当時の感動が呼び覚まされた。はやぶさは、確実に宇宙少年・少女たちを創ったことだろう。この成果はとても大きい。

お稲荷さんが近世大流行したのは江戸時代とのこと、しかも今でも見られることだが、「村の鎮守の場合もあるが、屋敷神として祀られるのが圧倒的に多い。家々で独自に祠(ほこら)を建て、お稲荷さんを独自に勧請*している。」(ブックレット)
*勧請:かんじょう、有名な神社から祭神を分霊すること。

江戸期の経済発展のなか商家が力を持ち、ある意味、商家個々の肖像画のように、自己をアピールするものであったのではないのだろうか・・・と素人判断する。
まあ、そんなわけで、「僕のガールフレンドは九尾狐」から、「九尾狐」、「狐」、「お稲荷さん」と、とりとめなく発散してしまっているわけだが。

「アウトローたちの江戸時代」の特別展会場に入って、最初に展示された資料は、歌川広重の「東海道五拾三次之内 二川」で、陽の陰り始めた原野を旅する瞽女の浮世絵だ。あの時代、三人の瞽女が手をつなぎ旅している姿を見たとき、胸がしめつけられた。今の旅は、発見であり、再生である。しかし、そうではない旅が近世まであった。

帰り道は、曇天になって小雨がぱらついた。地元駅に降り立ってしばらくすると、夕立のように雨が降ってきた。葉の茂る桜並木の下で雨宿りする。通り雨か、雲間に薄明かりがすると同時に降り止んだ。

(本ブログ関連:”お稲荷さん”)
(本ブログ関連:”はやぶさ”)