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2017年5月4日木曜日

みどりの日 2017

今日(5/4)は祝日「みどりの日」。「憲法記念日」(5/3)、「こどもの日」(5/5)と共にゴールデンウィークの連休を構成する。「みどりの日」は、本来あった4月29日が「昭和の日」となり、かわって5月初旬の休みに組み込まれたようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

近頃は、土日・祝日などが充実し、働き過ぎといわれた<猛烈サラリーマン時代>と比べて休日が多い。とはいえ、みなが同じ歩調をとる時代と違い、他方で長時間労働の問題もあったりするわけで、誰もがみな休んでいるわけではない。

昔、緑化運動の一環として、<緑の羽根>をつけたりしたが、「みどりの日」と<緑の羽根>を直接結びつける言葉がネット上で見つからない。緑の羽根は、「みどりの月間」(4/15~5/14)と重なるが、「みどりの日」と直接つながっていないようだ。つまり「みどりの日」は、緑化運動に限定したものでなく、<自然に親しむ日>ということになるようだ。

疲れ目を癒すため、公園を眼鏡なしで散歩したりすると、若葉の濃淡が混ざり合って、辺り一面が複雑な緑陰となり心地よい春を味わえる。このところ、連日、そんな遊びをしている。

2025年5月4日日曜日

みどりの日 2025

きょうは国民の祝日「みどりの日」で、祝日法に「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」と説明されているという。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

とはいえ、一般的には「ゴールデンウィーク」の連続性*のため設けられたような気がしないでもない。さらにいえば、4月29日の「昭和の日」を加えると長期の連休が組める。
(*)「ゴールデンウィーク」の連続性
       ・ 5月3日 「憲法記念日」
       ・ 5月4日 「みどりの日」
       ・ 5月5日 「こどもの日」

<みどり> の語感から、草原や森林といったイメージが浮かんでくる。東京でいえば、やがてくる梅雨の前のひとときの晴れ間だ。この機会(ゴールデンウィーク)に、自然に親しみたいものだが、歳とともに出歩くのがしんどくなっている。

まだ若いころ、高尾山を歩を休まず駆け足で一気に登ったことがある。今ならケーブルカーに乗るに決まっているが・・・というか、そもそも京王線に乗って「高尾山口駅」まで行くのもキツイに決まっている。

昔、色彩の <みどり(緑)>と<あお(青)> をどのように識別していたかといえば、どうやら日本語でも英語でも、青(blue)があり、その後に緑(green)が分化したようだ。つまり、人間らしさから <みどり> は<あお> よりも新しい感覚といえるかもしれない。

(本ブログ関連:”青と緑”)

2019年5月3日金曜日

憲法記念日 2019

今日は祝日の「憲法記念日」だが、4月末の土曜日(4/27)から、月をまたいで5月5日の祝日「こどもの日」に至る10連休の一部になる・・・その程度に意識しているのが正直なところだ。

(本ブログ関連:”憲法記念日”)

10連休になったのは、従来いわれるゴールデンウィークに、5月1日の、新天皇のご即位による改元の日の祝日が加わったためだ。そんな訳で、このような長期間の連休になるのは今回だけかもしれない。(ちなみに「ゴールデンウィーク」は商業用語(映画業界発といわれる和製英語)のため、NHKなどでは「春の大型連休」と呼ぶそうだ)
     4月27日(土曜日)
     4月28日(日曜日)
     4月29日 昭和の日
     4月30日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  1日 天皇の即位の日 ← 新天皇のご即位による改元の日の祝日
     5月  2日 国民の休日  ←  祝日と祝日に挟まれた平日を全て休日にする
     5月  3日 憲法記念日
     5月  4日 みどりの日(土曜日)
     5月  5日 こどもの日(日曜日)
     5月  6日 振替休日  ← 休日/祝日が他の休日/祝日と重なる場合、月曜日以降を休日にする

私は、休日や祝日と直接関わりない生活を送っているため、10連休とはいえ、いつも通り過ごしている。実際、外出しても、人出をあまり意識しないほどだ。自宅を中心に過ごしている人々にとっては、今回の連休は長過ぎて持て余し気味かもしれない・・・そんな気がする。

今日の最高気温は、まさに「夏日」の 25.0℃ だった(今年に入って 4/22の 25.6℃ に次ぐ)。そんな陽気に誘われてまた「自然観察園」を訪れた。
子どものころから、美味しいおかずを最初に食べるか、それとも後に残すかといった問題がある。私はできるだけ残すくせがある。観察園の観察についても一気に済ませないで、少しずつ楽しんでいる。今日で、80%ほど踏破したことになる。

(本ブログ関連:”自然観察園”)

クサイチゴ?
今年に入って4回目の今日、地味な野草に目を向けた。写真の花は、皺のある5枚の花弁を持つ「クサイチゴ」(白色)と思われる。数株しか見つけられなかったが、木漏れ日を受けて輝いていた。(ガイド資料に記載がなく・・・ネット情報から推測した)

その他に、小さな花弁の「ウマノアシガタ」(黄色)が小風に揺れていた。もっと地味な花は「フタリシズカ」(白色)だろう。名前をたどれば「静御前」が浮かんでくる。

以前記した、茎の周りに独特な形の花弁を連ねて囲む「オドリコソウ」(淡紅色)の群集が、新しいコースで艶やかに目だった。同じく、外来種の「セリバヒエンソウ」(淡紫色)が園内を圧倒的に広がっていた・・・放置に近いのが気になる。

2018年5月3日木曜日

憲法記念日 2018

「憲法記念日」の今日、近所の公園に出かけ、木陰を探して読書する。風通りもよく、遠くから子どもたちの遊び声が聞こえてくる。のんびりと時の流れる風情だが、そこっちょの凡人ゆえ、時に遊ぶなんて真似はできない。気付けばうとうとしている。

少し足を延ばして、祝日の街に行けば、家族連れがあふれている。連休のプランが大変なのだろう。この時期、旅行に出かける家族もいれば、街でショッピングする家族もいる・・・そんな具合だ。

「ゴールデンウィーク」はいつからいつまでを指すのか。Wikipediaの「ゴールデンウィーク」によれば、「本来は5月3日から5月5日までの3日間を指すが、一般的には4月29日から5月5日までとされる。また直前・直後に土曜日・日曜日・振替休日がある場合、それらを含めて呼ぶことが多い。」といった幅がある。

今年の場合、平日の5/1と5/2に休暇をとれば、最大9連休になる。
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4月28日(土)土曜休暇
4月29日(日)通常休日、祝日「昭和の日」→ (日曜の休日と重なり翌日へ振り替え)
4月30日(月)祝日「昭和の日」(振り替え)
5月01日(火)平日
5月02日(水)平日
5月03日(木)祝日「憲法記念日」
5月04日(金)祝日「みどりの日」 ← (従来4/29「みどりの日」がここに移動)
5月05日(土)祝日「こどもの日」
5月06日(日)通常休日
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これだけの休みを、有効に消化するにはどうしたらよいか。いまどきの父親は楽でない。

昔、アメリカのテレビ番組で、忙しく働く夫に対して妻が、あるいは父親に対して子どもが、一緒の時間を持たないと非難する場面がよくあった。それを見ながら、日本では無縁で、多分父親世代だって、私の世代だって、そんなことはドラマの中でしかないと思った。そんな要求が嘘っぽく感じたのだ。しかし今の時代、どうなっているだろうか。

2019年5月4日土曜日

みどりの日2019

近くの都市で「雹」が降ったそうだ。驚きだ。わが家近くの一帯で、雨を含めてそんな跡が全くなかったし、昼前に隣り町に出かけて、いつもの大型書店で面白げな書籍を購入し、喫茶店で一読した後、夕方ころ帰宅したが、そんな空模様を微塵も感じなかった。

書店で全く予定外の本を買うことがある。今回もそうだ。年寄りのジレンマをたしなめる内容で、なるほど世間を見回せば納得するばかり。新書版スタイルで気軽に読める。

ところで、10連休も終わりに近づき、今日を含めて残すところ3日となった。連休の中身が豊富で、今日は祝日「みどりの日」・・・といわれても(連休と平日に境界を持たぬ身なので)。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

「みどりの日」の成立のいきさつは、祝日「昭和の日」と大きく関係している。いってみれば、後付けのような存在だ。「みどり」という言葉の響きに馴染みにくい面がある。

日本は緑豊かな照葉樹林帯にあり、焼畑農業のように禿山を作ることもなかったし、そもそも集落と山の緩衝地帯である「里山」を設けるなどして(野生生物との関係を含めて)自然を大切にしてきた。さらに、緑深い山麓からそびえ立つ高山を神聖視した「山岳信仰」を生み出した。(「剱岳」初登頂の際、奈良(平安)時代の「錆び付いた鉄剣と銅製の錫杖が発見された」(Wikipedia)といわれる)
明治期に来日したイギリスの鉱山技師や宣教師は、中部地方にある高山を「日本アルプス」と命名した。彼らの影響もあって、当時の若き日本のエリート大学生たちは、山登りを自然を征服するスポーツに変えた。

山登りを山の規模に応じて、「登山」といったり、「トレッキング」といったり、「ハイキング」といったりする。また、エコの流行で「森林浴」がもてはやされ、自然物質の「フィトンチッド」を浴びるといった合理的説明がされてきたが、山岳信仰的な自然への畏敬と結びつくことはない。
登山用語にカタカナ用語が多い。釣りの場合も同様で、ルアー釣りを普及させたせいか、釣り人口を確保するために女性に関心を持ってもらいたいためか、釣り用語の化粧直しが行なわれた。

年寄りは、世のなかの流行り廃りに口出ししたくなる、大いなるジレンマを持っている。

2024年5月4日土曜日

みどりの日 2024

早朝の野鳥観察(探鳥会)を欠席してしまった。
実は、きのう(5/3)公園へ出かけたとき、体調に不確かさを感じたからだ。今回は用心してのこと。結果として、探鳥会につづき別フィールドで一般公開の <自然観察会> にも参加を見合わせた。

合わせてきょうは、国民の祝日「みどりの日」である。若いときのように体力があれば、「森林公園」などに行けたろうけれど、いまは、歳とともにそんな自信がないのが正直なところ。それで、近所の並木道などを散歩するのがせいぜいかもしれない。

結局、一日中家に引きこもって終わった。外出は、おおむね午後3時までが限界だ。それを越えると意欲が急にしぼむ。とはいえ、もっと明るく、もっと暑くなれば、ちっとは頑張るかもしれない。

「みどりのそよ風 いい日だね」で始まる童謡歌曲「みどりのそよ風」(作詞清水かつら、作曲草川信、1948年:昭和23年1月 NHKラジオにて発表)がある。<春の光景を描いたのどかな歌詞と、明るく朗らかな旋律が特徴> とのこと(Wikipedia)

この歌の始まりのフレーズを、よく耳にしたものだが、最近、身の回りに聞くことがないように思う。懐かしいものが、忘れられていく気がして少し寂しい思いがする。

この歌の一番最後に、「もうじき苺(イチゴ)も 摘めるとさ」とあって、5月のイチゴの最盛期は間近だろう。5月はわたしの誕生月であり、誕生会にイチゴがいつも供された。(子どものころ、果物には旬があり、いつでも気軽に食味できるものではなかった・・・よいタイミングに生まれた)

歌詞(1番と5番)
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みどりのそよ風 いい日だね
蝶蝶(ちょうちょ)もひらひら 豆のはな
七色畑に 妹の
つまみ菜摘む手が かわいいな

    ~~~~~~~~~~~

みどりのそよ風 いい日だね
遊びにいこうよ 丘越えて
あの子のおうちの 花ばたけ
もうじき苺も 摘めるとさ
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2026年5月4日月曜日

みどりの日 2026、目には青葉 山ほととぎす 初鰹(山口素堂)

きょうは 5月の<国民の祝日> 2日目の「みどりの日」だ。初夏を思わせる公園に出かけたとき、日陰棚の頭上を厚く樹影が覆い、眩しい日射しからさえぎられた場所になったことに気づく。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

きのうの昼ごろから今朝まで、南の風が吹き続いた。最大瞬間風速は次の通り:
・5/3: 15.3m/s、南南西(05:34)
・5/4: 16.1m/s、南南東(23:37)
なお今朝方、わずかなながら小雨が降った。

(付記)
今年、「夏日」(25℃以上)となった日の最高気温
月日   最高気温(時刻)
-------------------------------------
4/16: 25.2℃
4/19: 26.6℃
4/20: 25.7℃
4/21: 25.5℃
5/3:   25.8℃(13:32)
5/4:  28.6℃(14:15)← きょう
-------------------------------------

山口素堂(そどう)

初夏の(初物好きの)句に、「目には青葉  山ほととぎす  初鰹(はつがつお)」(山口素堂、寛永19年⁅1642年] ~  享保元年⁅1716年])がある。あまりにもポピュラー。素堂は、芭蕉庵に通い、親しく交流したようだ(土木関係の縁もあったのかな?)。

(本ブログ関連:”ホトトギス / カッコウ”)

日本では「ホトトギス」、英国では(上記、関連リンクの)「カッコウ」が初夏を知らせる。ちなみに、「初鰹」に相当する英国の食べ物について、生成AIの Gemini に問うたところ新ジャガの「ジャージー・ロイヤル(Jersey Royal)」が適切とのこと。

ところで、素堂のプロフィールについて、Wikipediaは少々曖昧。ネットで Gemini などに問うたところ次のような回答を得た。すなわち上掲句に対する世俗的な反響とは裏腹に「超然とした高潔な印象を与える」人物だったようだ。以下抜粋。
-----------------------------------------------
・若くして隠居(家業の酒造業の家督を弟にゆずる)。
・特定の職業を持たない、風雅な隠士(定収入のない文化人 / 教養人)。
・「趣味人」のスタンスを貫き、特定の流派を立てることもなく、地位や名声にも無頓着。
・儒学、漢詩、さらには和歌、書道、茶道、能楽まで嗜むマルチな文化人。
・芭蕉の漢詩的リテラシーに影響をもたらした面もあるようだ。
・「都会の隠者」に徹した。
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■ 山梨県立大学  芭蕉関係人名集
「山口素堂」
    ー https://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/whoswho/sodoh.htm

まさに、元禄の時代、理想的な都会の<自由人> だったようだ。

2023年5月4日木曜日

多摩霊園の自然観察会

国民の祝日「みどりの日」のきょう、「多摩霊園」を通って「浅間山(せんげんやま)」にいたる道筋にある自然を観察する会に参加した。快晴、陽射しも暖かい午前中を使った、みどりの日にふさわしい自然観察会だ。主催の自然観察会は、今年で50周年を迎え、今回で735回目にあたる。

多摩霊園は、都下の府中市と小金井市にまたがる都営最大規模の霊園で、参拝者のため車道が縦横に走っている。また、浅間山は、多摩霊園南西に接した小丘の「都立浅間山公園」(公園案内に「多摩の台地が古多摩川や他の河川で削られ、小高い丘として残ったもので、堂山(標高80m*)、中山、前山の3つの頂をもっています。」)をさす。いつか浅間山そのものの自然観察に出かけてみたい。
(*)国土地理院の「25000分の1」地図によれば、標高は 79.8mとのこと。

観察会の始め、会長から初参加者へ <野鳥の同定> について、次のようなチェックポイントが解説された。(いつまでたっても初心者であるので)あらためて確認する。
① 大きさ: スズメ、ムクドリ、ハト、カラスなど基準にする。くちばし~尾の先端
①’ 尻尾の長さ
② 羽の色、くちばしの色、(足の色)
③ 飛び方: はばたき、波状、滑空
④ 歩き方: 地面をWalking、Hopping
⑤ 木、枝のとまり方

霊園内の道筋に生えた植物(野草・樹木)、野鳥、昆虫などを観察した。今回もベテランの方から解説いただいたり、自分なりに目視・カメラで確認したものを整理して次に記す(聞き間違いがありましたらご容赦)。
- 〇印は撮影したことをさす。

野草 ----------------------------
〇コナスビ: 黄色の花
〇オッタチカタバミ: 黄色の花
〇コウゲショウ: 薄紅色の花
〇ニワゼキショウ: 白色の花
〇ナヨクサフジ: 紫色の花が一列に並ぶ、侵略性の強い植物のようだ
〇ギンラン: 白色の花
樹木 ----------------------------
〇ノイバラ: 白い花(蜜:糖分、花粉:タンパク質)、いろいろな虫が寄ってきた
〇ヒマラヤシーダ: 幼芽
・サクラ: 花外蜜腺、葉柄と葉の境界付近に2つ(蟻を寄せ、他の害虫を防いでもらう)
・アカメカシワ: 紫外線防止のため、新芽が赤い
・カナメモチ: 白い花、葉は赤(新芽)→ 緑になる
〇ヤマボウシ: ハナミズキの仲間、白い花、実は美味くサルが食って種が広がる
〇ミズキ: 白木質で祝箸やコケシの材料、実の色(緑→桃→紫→黒)鳥が食う時期をずらす
〇ベニバナトチノキ: 紅色の花
野鳥 ----------------------------
・ホウセイインコ: 群れて一斉に飛ぶ様子、一瞬のこと
・ムクドリ: 群れて飛ぶ、地面に2羽ほど歩く
・キツツキ: 姿は見えずドラミングの音(霊園内では、コゲラ>アオゲラが見られる)
※ヒレンジャク:(証拠写真を、ベテランの方から会員向けのメールで受けとった)
昆虫 ----------------------------
・アオスジアゲハ: 一瞬通り抜けた
・アワフキムシ: 泡でできた巣を見つけた(虫は未確認)
〇アシナガコガネ: ノイバラの花に寄ってきていた


ノイバラ(写真左)、アシナガコガネ(写真右)
つる性の低木「ノイバラ(野茨)」の白い花に、足の長い甲虫で名前の通りの「アシナガコガネ」が寄ってきていた。



ニワゼキショウ(写真左)、ギンラン(写真右)
帰化植物だが小さな白い花がかわいらしい「ニワゼキショウ(庭石菖)」に足が止まる。花の中央が黄色くて周囲が紫色に目がとまる。「ギンラン(銀蘭)」の白い花は、「キンラン(金襴)」の黄色の花と比べて地味でおとなしい。



結局
残念なことに私は足腰がかなわず、観察会の途中で同行を断念した。帰宅後、ぐったりして転寝してしまった。体力の低下は、以前(3/21)の北本自然観察公園のときと同じだ。

2021年5月5日水曜日

立夏 2021、こどもの日

きょうは二十四節気の「立夏(りっか)」と同時に、祝日「こどもの日」でもある。両方ともに5月5日に重なる場合が多いが、立夏は二十四節気の都合で5月6日になることもある。

(本ブログ関連:”立夏”、”こどもの日”)

「こどもの日」に、子どもたちがきらきらした陽を浴びながら、原っぱを元気に駆け回っている光景を想像する。晴空がふさわしいが、5月5日の東京の天気出現比は、(晴れ):(曇り):(雨) =2:1:1 のようだ。いつも良い天気ばかりとは限らないことになる。それだと、「立夏」の意味する <夏の気配が始まる> とか、<五月晴れの爽やかな風> といった情景にもつながらなくなってしまうが・・・。実際、きょうの天気具合もそうだった。

子どもの日に合わせた風物に「鯉のぼり」がある。子どもたちが健康でのびやかにすくすく育って欲しいといった願いから、鯉の吹き流しを庭先に飾り立てるのだが、今の時世、吹き流しの鯉を自由に泳がせる余裕がない住宅事情とか、竿先の飾り(矢車)の音がうるさいと苦情が出るとかで、近隣の住宅街であまり見かけないのが残念。

鯉のぼりといえば、なつかしい文部省唱歌「鯉のぼり」(作詞不詳、弘田龍太郎作曲)がある。歌詞の一番は次の通り。(最近あまり歌われないという)

「鯉のぼり」

   甍(いらか)の波と雲の波、
   重なる波の中空(なかぞら)を、
   橘(たちばな)かおる朝風に、
   高く泳ぐや、鯉のぼり。

ところで、子どものころ、歌の出だしの「甍(いらか)の波と雲の波」の「甍(いらか)」が何であるか深く考えることなく歌っていた。漠然と「屋根」をイメージしてはいたが、中学の国語の教科書に載っていた、三好達治の「甃(いし)のうへ」(詩集「測量船」所収)の詩を学ぶことで、あらためて「甍」が <瓦(かわら)屋根>であることを確認した。

なにより擬古文調の響きの良さと、ロマンチックな雰囲気(映像化できる)に引き込まれた。国語教師が、この詩の情景について熱く、そして語彙をていねいに解説してくれた記憶がある。読み返すとなつかしく、こそばゆい気がしてくる。

「甃(いし)のうへ」*

   あはれ花びらながれ
   をみなごに花びらながれ
   をみなごしめやかに語らひあゆみ
   うららかの跫音(あしおと)空にながれ
   をりふしに瞳(ひとみ)をあげて
   翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
   み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
   廂(ひさし)々に
   風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
   ひとりなる
   わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ

(*)青空文庫に掲載: 三好達治の詩集「測量船」より
https://www.aozora.gr.jp/cards/001749/files/55797_55505.html

2026年5月3日日曜日

憲法記念日 2026、自然観察園

きょうから <国民の祝日> が続く。昨日 5/2(土)を合わせると5連休となる。祝日第1日目は「憲法記念日」だ。
・5/3(日):「憲法記念日」
・5/4(月):「みどりの日」
・5/5(火):「こどもの日」、二十四節気「立春」
(5/9(水): 振替休暇)

上記祝日の前後の有給休暇の取りようによっては、連休をさらに伸ばせる。とはいえ、子どものいる家庭はいろいろと負担だろう・・・連休明けに、<ゴールデンウィーク疲れ>が聞こえてきそう。


自然観察園

いつも日曜日で、そんなの関係ないといいながら、久しぶりに公園併設の自然観察園へ出かけた。快晴の昼過ぎ、まさに最高気温(25.8℃(13:32))のころ、公園の小川で子どもたちが水遊びする光景が見えた・・・まるで夏景色のよう。

自然観察園にも、大人たち(若いカップルから高齢者集団まで)が次々訪れていた。園内の緑は濃く、下草も一面に茂っていた。例によって、入り口の掲示板の写真と配布の「5月 観察順路図」資料に従って、次の写真の野草を観察した。

スイカズラ(写真左)、ヤブヘビイチゴ(写真中央)、ムサシノキスゲ?(写真右)
・自然観察園の入り口近くに、強い陽射しを受けた「スイカズラ」の花が咲いている。白と黄色の色合いが眩しく、いささか妖艶な感がしないでもない。花言葉が「愛の絆」だそうで、その感が増した。
・順路の路肩、草葉に隠れるように「ヤブヘビイチゴ」の赤い実が顔をのぞかせていた。可愛らしい。食べられるようだが、味はほとんどないとのこと。
・多磨霊園に隣接する <浅間山公園> に本来自生する「ムサシノキスゲ」が観察順路図に示されているので探したが、それより少し手前(入口寄り)、ロープで仕切られた奥に数輪咲いているのを見た(多分そうだろうと思った)。



オドリコソウ(写真左)、ヒメカンゾウ(写真右)
・自然観察園全体に「オドリコソウ」の花が広がっている。その勢いは増すだろう。花を輪状にして咲く姿は、見かけによらず地味だが、一面に広がると圧巻である。
・自然観察園の西側奥に「ヒメカンゾウ」が咲いているとのことだが、その数は少なく時期も過ぎたのか群生するほどでもない。ムサシノキズゲの黄色より濃い目の黄橙色の花が少しだけ咲いていた。

2018年5月4日金曜日

みどりの日 2018

いつまでつづく連休。祝日「みどりの日」の今日、ファミレスの2階で昼食をとっていると、四つ角をウォーキング中の一団が連なっているのが見えた。そういえば、昨日、今日、近くの公園を起点にした「ウオーキングフェスタ」が開催されている。老若男女(どちらかといえば、おじさん・おばさん主体)が、健康づくりにウオーキングを楽しんでいるようだ。

(本ブログ関連:”みどりの日”)

ノルマにしている、図書館での読書を果たした後、「ウオーキングフェスタ」会場の公園に行けば、どうやら催事が一段落したようで、帰りを急ぐひとびととすれ違う。この催しに参加する気力もなく、しばらく西陽を浴びながらベンチに座って読書を続けた。

「イディッシュ語」教室のクラスメイトから貸してもらった「中欧」(沼野充義監修、新潮社)は、ポーランドを含む中欧四カ国の多彩な内容を、百科事典風に各専門家が分担執筆している。

ポーランドの風土や歴史を通じて、イディッシュの世界に関心がある。書中に、「一三世紀頃から、ポーランドには西から南から、次々とユダヤ人が流入し、最盛期には世界のユダヤ人の八○%がこの国に住み、ポーランド*はユダヤ人にとって『約束の地』**と呼ばれたほどであった」とある。この地は、イディッシュ語の母胎でもあった。
(*)ポーランドは歴史の中で領有地が大きく伸縮している。
(**)本来「約束の地」は、ヘブライ語聖書に記されたもの。それほど確かに思えた所だったのかもしれない。

2012年5月4日金曜日

森林浴(みどりの日2012)

昨日は「憲法記念日」、今日は「みどりの日」、そして明日は「こどもの日」と祝日が続く。GW後半のここ連日、無情にも雨が降って子どもたちには残念だったろう。せめて明日は良い天気でありますように。

今日の「みどりの日」のイメージから、随分昔に流行った言葉であるが、森林を歩いて心身の回復を目指す「森林浴」ブームを思い出す。その効用物質として、「フィトンチッド」が話題になったりもした。Wikipediaによれば、30年ほど前のことだが。

いつしか「森林浴」の流行り言葉は忘れられて、現在の「エコ」ブームにつながっているように思う。

(本ブログ関連:”森林浴”)

2018年4月29日日曜日

祝日「昭和の日」

私にとっては、今日(4/29)は、植林のイメージにつながる、緑色の羽根を胸につけた「みどりの日」の記憶が大きい。2007年以降、それが「昭和の日」に替わったが、この日を何度迎えても「昭和」が浮かんでこない。

(本ブログ関連:”昭和の日”)

昭和生まれの者にとって、「昭和の日」の祝日が設けられると、自分たちが歴史の奥に据え置かれたようで、いずれ埃を被ってしまう気がしてならない。まだまだ、昭和を現在のつもりでいたのに・・・。

とはいえ、「平成」もあと一年で終了する。新しい時代とばかり思っていたが、これもお蔵入りとなる・・・時代はつぎつぎと押し出され、後戻りできない。

歴史区分の「近代」と「現代」の境界を、第二次世界大戦が意味するようだ。まさに昭和の時点だった。昭和は、そんな忘れてならない大きな時代の区切りを持つ。色々な意味で重たい時代だった。(平成は、自然災害を除いて、ある意味大過なく終えそうな気がする・・・平穏に終わって欲しい)

2015年5月4日月曜日

ロコモ(みどりの日2015)

祝日「みどりの日」の今日、いつも通っている地元の体育施設で、特別な体操教室があって出かけた。コースは、「膝痛(しっつう)ロコモ」という、膝に負担のかからない運動だった。

夜道で転んで右膝を強打して以来、半年を過ぎたというに、90%の回復だ。今も、胡坐をかくのに不便を感じている。そこで、数あるコースの中から選んだ次第。丁寧に指導していただいたけれど、今回の運動メニューを今後も自宅でこなしてこそ意義があるのに・・・ひと頼みの性分ゆえ、先行きに自信ない粗忽さ。

ところで、コース名のロコモについて、最初に浮かんだのは、ハワイ料理の「ロコモコ」だった。運動しようというのに、初めに食い物とはあきれる・・・でも、ロコモコは、子どもが喜びそうな組み合わせ料理といったところか、うまそうだ。

本来、「ロコモ」の名は、「ロコモ対策」の運動のようだ。運動性(Locomotive)の低下、すなわち関節痛など含めて運動機能の不全(Locomotive syndrome)をさすようだ。私には、もっと気楽に、ロコモーションが連想されるけど。

ロックの原点をビートルズに宗旨替えした転向者が多くて、以前のものを忘れた風潮があるのは、おじさんにとって痛く残念である。子どものころ、よく聞こえた「ロコモーション」(1962年)は、いまの私と違ってまことに軽快な響きだった。いわゆる、第2世代の、三人娘の中で、控えめながら存在感のある伊東ゆかりがカバーした「ロコモーション」が懐かしい。

(Youtubeに登録の六三四Ⅲ 八野に感謝)

2023年5月14日日曜日

母の日 2023、カルガモのいる池

きょうは <5月の第2日曜日>、アメリカに倣って「母の日」である。世界的にも母への感謝を表す日として、この日に集中している。贈り物は、それぞれの国柄に合わせて様々あるようだ。日本では、「カーネーション」が一般的で、花屋の店頭に赤いカーネーションの花束が並んだことだろう。

(本ブログ関連:”母”)

母の日にちなんで、以前、目の前で見たことのある <カルガモの親子連れ> を探しに、体育館のそばの池へ出かけてみた。残念ながら池の中央にある石の上で、じっとたたずんでいる1羽を見ただけだった。ちょっと寂しげな気がした。

(本ブログ関連:”カルガモ”)


ちなみに、昨年(2022年)の自然観察会の会報によれば、5月15日~6月6日ころまでの間、カルガモの親子連れを観察できたようだ(体育館横の池については記されていない)。まだ観察の可能性がある。
(追記)5/17、探鳥会のベテランの方からいただいた速報メールに、カルガモの両親と「生まれて間もなく移動してきたような小さ」なヒナ3羽の写真が掲載されていた。


(付記)
おとつい(5/12)、地元の大型園芸店に出かけて、「デイジー」の花を探したが置いていないと回答された。かわりに、多肉植物(ミニサボテン)の「みどり牡丹」をもとめた(3週間おきに水を噴霧して湿り気を与えるとガイドされた)。

(本ブログ関連:”デイジー”)

以前、無精者でも育てることのできる植物として、ミニサボテンを同店で購入したことがある。結局、枯らしてしまった。命を絶やしたという思いがする一方で、庭の雑草「ドクダミ」に対しては容赦ない刈り取りといった自己矛盾がある。

2025年2月24日月曜日

(雑談)アオ(青)とミドリ(緑)

日ごろ気になる言葉(たとえば、日本人にとって「青」と「緑」の識別)についてネットを参照してまとめてみた。(感謝。転記の際に一部抜粋したりした)

九州大宰府から遠く奈良の春を思った万葉の歌に、奈良の<枕詞>の「あおによし」がある。「あお(青)に(丹)よし」の「あおに」について、ネット上の資料を参照したところ、「あお」は青色、「に」は土色(丹:赤色の鉱物=赤い土)をさし、奈良県で産出する顔料「岩緑青(いわろくしょう)」*を表わす古名と紹介されている。
(*)岩緑青は「孔雀石」(Cu2(CO3)(OH)2)の粉末、古名で「青丹(あおに)」と呼ばれる。(Wikipedia)

(本ブログ関連:”孔雀石”)

■ ネットの資料
・「伝統食のいろは」(管理人 koka氏)
    ー https://irocore.com/aoni/
・「枕詞『あをによし』の意味とその変容」(2020.9. 太田蓉子氏、梅花女子大学)
    ー http://www.baika.ac.jp/~ichinose/o/202009ota.pdf

「あおに・よし」を、(「あお・に・よし」と思って)奈良の山肌に繁る青々とした木々をさしていると思っていたが、どうやら風土の <山土(顔料)> の色彩のようだ。山と樹々の景観は、黄緑に芽吹き、新緑の青葉、紅(黄)葉、落葉と四季移ろうわけで、「あお」ひとつでは足りず、「あおに」を含めて全体として必要なのだろう。
もちろん常緑樹も、凛として艶やかな「あお」で代表する雰囲気がある。そう思い巡らすうちに、青と緑が混沌としてくる。使い分けが曖昧なのだ。

道路の信号機の「青」色ランプは、実際は「緑」色ではという素朴な疑問がある。

■JAF「クルマ 何でも質問箱」
「なぜ信号機は赤黄緑の3色が使われているの?」の「緑なのに青信号と呼ぶのはなぜ?」から抜粋
    ー https://jaf.or.jp/common/kuruma-qa/category-drive/subcategory-sign/faq166
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日本では「緑」信号を「青」信号と呼ばれています。信号機の3色は赤・黄・青と表現されることが多く、免許の更新時に配布される交通教本にも、「青色の灯火は進むことができる」と記載されています。

自動信号機が導入された当初は法令上でも緑信号とされ、実際の信号機もやや濃い緑を使っていました。その緑を青と呼ぶ理由は、日本語の「青」が表す範囲の広さにあるようです。青野菜、青物、青葉など緑色のものを青と呼ぶ場合が多かったため、緑信号を青信号と表現するようになったようです。また、赤の対極にある色が緑ではなく青だからという説、色の三原色である赤・黄・青が影響しているという説もあります。

青信号という呼び名が一般に定着したことから、1947年(昭和22年)に法令でも青信号と呼ぶようになりました。さらに1974年(昭和48年)以降に作られた信号機は、それまでの緑より青に近い緑色に変わっています。
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鳥の名にも似たような例があって、「アオジ」、「アオゲラ」は青というより黄緑色や緑色に近い感じがして、色感のあいまいさを気付かせる。なぜそうなったのかネットで検索してみた。

■ 相模原市立博物館の職員ブログ
「黄色いけどアオジ」(投稿日: 2020年1月23日 作成者: 博物館)より抜粋
    ー https://www.sagami-portal.com/city/scmblog/archives/21836
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(アオジの)オスですが、どこがアオジ?という色合いです。「森の木々が青々と茂り・・」というように、もともと「あお」は、現在の緑と青を含む色合いを指していました。古語ではさらに広く、寒色系の色全体を「あお」と呼んでいたそうで、灰色も青も緑も、「あお」となります。
アオジの頭はややオリーブ色がかった灰色で、これを指して「あお」となったようです。

ただ、鳥の名前には現在の青色ではない「あお」がよく使われています。
・アオサギ:灰色の部分は確かに青灰色(せいかいしょく)ですが、青色ではないですね。
・緑色のアオゲラというキツツキ、
・アオバトという緑色のハトなど・・。

逆に、青い鳥はオオルリ、コルリ、ルリビタキと、「瑠璃(るり)」がついています。

比較的新しい時代に和名が付けられた海外の鳥の、アオガラやアオショウビンは見事な青色ですが、古語で表現されなかったということなのでしょう。

なお、方言の古語の中には「あお」に黄色も含まれていたという説もあるので、アオジの種名はそこに由来している可能性もあります。
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■マイナビ(2017/03/03 08:00)
「日本語における『青』と『緑』の混用、経緯を解明 - 東北大」(著者:杉浦志保)
    ー https://news.mynavi.jp/article/20170303-a058/
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東北大学電気通信研究所の栗木一郎准教授らの研究グループは(2017年3月)2日、日本人に共通する19色名の存在を確認し、30年前の同様の研究と比較したところ、明確な増加が認められた。このことから、日本語における色概念の表現の進化が今なお続いていることが明らかになった。

今回の研究では、「青々とした緑」のような平安以前から継承されている表現に着目し、日本語表現において青と緑の区別がついていることを統計学的に立証するとともに、この日本語独特の言葉遣いの経緯についても解明した。同研究成果は東北大学、東京工業大学・オハイオ州立大学などの研究者による共同研究であり、視覚科学研究分野の学術誌「Journal of Vision」に掲載された。

人間の視覚は100万もの微細な色の違いを見分ける事ができると言われているが、日常的に言葉として使われる色名は「赤」「緑」「青」「黄」など少数に限られる。今回の研究では、人間の最も基本的な視覚情報である色の情報がどのように脳内で形成され、個人差や言語差の影響を受けているかという様子について、計算的・統計的手法を用いて可視化できることが示された。

「水色」は新しい表現

k-平均クラスタリングという統計を用いた解析の結果、日本語話者に共通する19の色カテゴリーの存在を確認した。内訳としては、多くの近代的文化圏で用いられる11の基本色カテゴリー(赤、緑、青、黄、紫、ピンク、茶、オレンジ、白、灰、黒)に、8つの色カテゴリー(水(色)、肌(色)、抹茶、黄土、えんじ、山吹、クリーム)が加わったものとなった。

中でも、「水(色)」は98%の実験参加者が使用し、日本語の基本色カテゴリーの12番目の色名の強力な候補になりうると考えられる。30年前に実施された先行研究(Uchikawa & Boynton, 1987)では「水(色)」は基本色に含まれないと結論された。また、先行研究では「草(色)」が黄緑を指して頻繁に使われる色名として報告されたが、同研究では「抹茶」という回答が「黄緑」を指す代表的な色名として置き換えられたことが判明した。これらの結果は、言語における他の特徴と同様に、色名の語彙が時間とともに変化する様子を表している。

青と緑が分離して使われる経緯

一方で長く変化していない要素もあり、その1つが「青」と「緑」の混用だ。今回の共同研究では、平安以前の日本の和歌における青と緑の用法についても調査した。その結果、「あお」(正しくは「あを」)は明らかに青いものにも緑の物にも用いられ、「みどり」も同様であった。

現在でも、日本語では信号機や若葉、野菜などを指して「青」と呼ぶことはあるが、これ以外の場合では青と緑は明らかに区別して使われる。青と緑が混合した1つのカテゴリーから別々のカテゴリーに分離する過程は、世界中の言語が発達の途上で必ず経過するポイントと考えられている。

これらの結果から、今回の共同研究は、現代日本語の青と緑が異なる色カテゴリーであると示しただけでなく、青と緑にまたがる明度の高い領域に「水(色)」のカテゴリーが過去30年で加わったことを示した。
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どうやら、古代に青色と緑色の混沌を、現代になって水色が入り込んだことで、青と緑を分離した(分離できた)ようだ。

(補記)
色彩として「補色」関係も気になる。青と緑の補色が、それぞれ随分違うのに気づく。
・「青色」の補色は「黄色」
・「緑色」の補色は「紅紫色」

補色関係の妙から、「月明り」=「月影」といった本来反対の意味が、詩的に融合してしまう例にも気付いてしまう。

2017年7月1日土曜日

「賽の河原地蔵和讃」

スーパーの商品棚は、幼い子どもにとって、高く平行に並ぶ、視線をさえぎる迷路の壁かもしれない。だから、こんな光景を目にする。親から離れたのはいいが、急に心配になって、「お母さん、どこ?」と呼びかける。すると、棚の向こうから、母親が「は~い」と応える。これがなんとも微笑ましい。子どもの心の中で、母親との距離はどうなっているのか想像し、きっと一時も離れられない距離なんだろうと合点する。

子どもが親の手をほどいて離れるのはいつ頃か、親の手前を走っては振り返り確認するのはいつまでか考えるだけでも楽しい。わが子の経験で、それがいつだったか、すっかり忘れているからこそ、懐かしく気になる。

ところで、我が子に対する親の慈しみについて何度か触れたことに、40万年前から2万年前まで存在したネアンデルタール人が幼くして亡くした子を「埋葬」したと思われる跡がある。その証拠に、何かにくるまれたらしい子の周りから花粉が発見されている。宗教以前の、共感できる素朴な感情の発露だ。美しい花に囲んで送り出したいという想いの痕跡だろう。子を亡くした親の悲しみはいかばかり、忘れないために墓はそのように作られたに違いない。

幼くして死んだ子どもたちが、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため・・・」と石積みをうたう「地蔵和讃」がある。賽の河原で石を積みあげては、鬼にそれを崩されて、また繰り返す。この「和讃」は、幼子があの世との境で、哀れに苦しんでいるのではないかと嘆く親の悲しみを癒し、救いを与えるもののようだ。不思議なことに、仏教界で正式なものでなく、むしろ民間信仰に近い要素を持つという。

「地蔵和讃」はバリエーションが多様で、ここでは「国立国会図書館」収蔵のデジタル古書「西院河原地蔵和讃」(1884年《明17年9月》、出版社:別宮又四郎(出版地:石川県小松町))で見ることにする。 庶民が手にした15cmの小さな和装古書だ。


「サイノカワラヂゾウワサン」(「賽の河原の地蔵和讃」)
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コレハコノヨノコトナラズ。シデノヤマジノスソノナル、サイノカワラノモノガタリ。
キクニツケテモアワレナリ。二ツヤ三ツヤ四ツ五ツ。十ニモタラヌミドリ子ガ、サイノカワラニアツマリテチヽコヒシハヽコヒシ。コヒシコヒシトナクコエハコノヨノコエトハコトカワリ、カナシサホネミヲトオスナリカミノミドリコノシヨサトシテ、カハラノイシヲトリアツメ、コレニテエカフノトウヲクム。一ジウクンデハチヽノタメ、ニジュウクンデハハヽノタメ、三ジュウクンデハ フルサトノ、・・・
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昔、貧しい時代の庶民が理解できたカタカナ文字による「賽の河原の地蔵和讃」は、ご詠歌のように詠まれたのだろう。現代人には読み続けるのが辛い。そこで、仏教雑誌「大法輪」(2016年7月号)掲載の「特集 仏教と世界の《地獄事典》」の中から、「『賽の河原地蔵和讃』現代語訳と解説」(花岡博芳 熊谷市・松岩寺住職)に紹介された漢字混じり文を少々長いが転載させていただく。
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これはこの世のことならず
死出(しで)の山路の裾野なる
さいの河原の物語
聞くにつけても哀れなり
二つや三つや四つ五つ
十にも足らぬおさなごが
父恋し母恋し
恋し恋しと泣く声は
この世の声とは事変わり
悲しさ骨身を通すなり

かのみどりごの所作として
河原の石をとり集め
これにて回向(えこう)の塔を組む
一重(いちじゅう)組んでは父のため
二重組んでは母のため
三重組んではふるさとの
兄弟我身と回向して
昼は独りで遊べども
日も入り相いのその頃は
地獄の鬼が現れて
やれ汝らは何をする

娑婆(しゃば)に残りし父母(ちちはは)は
追善供養の勤めなく
(ただ明け暮れの嘆きには)
(酷(こく)や可哀(かあい)や不憫(ふびん)やと)
親の嘆きは汝らの
苦患(くげん)を受くる種となる
我を恨むる事なかれと
くろがねの棒をのべ
積みたる塔を押し崩す

その時能化(のうけ)の地蔵尊
ゆるぎ出させたまいつつ
汝ら命短くて
冥土(めいど)の旅に来るなり
娑婆と冥土はほど遠し
我を冥土の父母と
思うて明け暮れ頼めよと
幼き者を御衣(おころも)の
もすその内にかき入れて
哀れみたまうぞ有難き
いまだ歩まぬみどりごを
錫杖(しゃくじょう)の柄(え)に取り付かせ
忍辱(にんにく)慈悲の御肌(みはだ)へに
いだきかかえなでさすり
哀れみたまうぞ有難き
南無延命地蔵大菩薩
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解説によると、お地蔵様は、「『あの世』の入り口で、行き先をしめす神」である「道祖神」の化身でもあり、特別の意味を持つ。「賽の河原の地蔵和讃」は、今も心奥深く流れるものを浮きあがらせ、それを遡上する誘惑にかられる。私たちの心情は、その水脈を通じて古としっかりと結びついている。

辻角に見るお地蔵様は、呼べば応えてくれる存在だ。幼子がふと気付いて母親を確認するように、宗教的な環境と離れて、日常、暖かく見守ってくれる存在だ。日本人の琴線でもある。

2017年4月29日土曜日

散歩のついでに「冷たいたぬき蕎麦」

薄曇りの空、近所の公園に出かける。いつもと違った道筋で、小さな蕎麦屋が公園前にあるのを見つけた。蕎麦屋然とした小洒落た店構えではない。蕎麦通でもないので、ままよと入り口のガラス戸を開けた。客は誰もおらず、主人と奥さんが客席でテレビの競馬中継に見入っていた。

入り口に目立つように手書きした品書きがあって、その中から「冷たいたぬき蕎麦」を頼む。なんともゆるい店内、蕎麦が出てくるまでの間、少々不安になる。いってみれば、完全に地元客専用の蕎麦屋といった風情で、慣れたもの同士だから許されるような雑然さなのだ。

冷たいたぬき蕎麦は、今までに見たこともない不思議なものだった。蕎麦に天かす(揚げ玉)と少しの添え物といったシンプルなものではない。さらに、「もやし」*をたっぶりかぶせ、その上に「きざみ海苔」を散らしていた。蕎麦もボリュームたっぷり。そして、あまり冷たくない。

(*もやし: ネットに「もやし」入りの「冷やしたぬき蕎麦」の情報があったが・・・)

脱力感あふれたまま公園に入る。今日は、何度か参加したことのある「ウオーキングフェスタ」の開催日で、ひとびとで賑わっていた。公園広場にはテントがいくつも並び、スポーツ関連企業も出店しているようだ。その中に、もしかしたらウオーキング用の靴があるかもしれないと思って見に行こうとしたが、体を養生する方が先と気付く。気持ちだけは元気のまま・・・。


(4/30 追記)
今日(4/29)は祝日「昭和の日」だった。2006年まで「みどりの日」だった記憶の方が、私たち世代にとって強いかもしれない。「昭和」の後をついだ今上天皇は2年後に譲位(退位)され、「平成」の元号も過ぎていくことになる。

2025年8月17日日曜日

パイナップルプリンセス

きょうは、バナナやパイナップルでお馴染みのドール(Dole)社が制定した「パイナップルの日」*だそうだ。「パ(8)イ(1)ナ(7)ップル」という語呂合わせによるもので、あくまで日本国内向け宣伝記念日といえる。
(*)パイナップルの日: 日本記念日協会(https://www.kinenbi.gr.jp/)に登録。
    ー https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=361

子どものころ、盲腸で入院したとき、見舞いにパイナップルのコンク・ジュース(瓶入り)を貰ったことがある。療養中の病室で飲むには早過ぎるため、退院後に飲むことができた・・・実に甘くて、パイナップルのアイスキャンデーと同じ味だなと思った。独特な香りがして、飲み干したいほどには至らなかったが。

1950年~1970年代ころ、アメリカのポップを日本語化して歌うことが多かった時代、当時12歳だった田代みどり(1948年4月22日 ~)が1961年に歌った「パイナップル プリンセス」(アネット・ファニセロのカバー)**が大ヒットした。歌は少女っぽくて、あどけなさを感じさせるセリフ回しが懐かしい。歌中の「パイナップル プリンセス」のフレーズが耳に残る。
(**)1960年夏、アネット・ファニセロ(Annette Funicello)によって人気を博した(Wikipedia)。

■ Youtube(登録: taddysan)
「パイナップルプリンセス 田代みどり」
    ー https://www.youtube.com/watch?v=dMRoE7Q_Hsg

2015年10月16日金曜日

(雑談) 階段の蓄光シール

夜、走行する自転車のランプは、必ずしも点けっぱなしのものでなくてよいという。LEDランプのように点滅するものでも、法律上、自転車の存在を示せるなら問題ないそうだ。とはいえ、ランプを点滅する自転車と、夜道ですれ違うとき、本気度が感じられないのはどうしてだろう。

教室に通うのに自転車を利用している。日没後なので、車輪の回転を利用したLEDランプを灯しているが、実はもう一つ、点滅するLEDの懐中電灯を手首にぶらせげている。これは効果てき面、狭い路地を行き交う自動車が気付いて、ゆっくりすり抜けてくれる。光の点滅は、おもちゃの三要素(音、光、動き)のひとつであるように、人を素早く反応させる。

暗闇に光る標識(非常口照明など)は道標になる。地面にあれば、足の踏み場を示すガイドにもなる。そこで、わが家の階段に、一段一段、滑り止めを貼ると同時に、蓄光シールも貼った。陽がかげると、しばらく効果を発揮して、怪しく薄みどり色に光っている。

夜間、階段の明かりをつけっぱなしにして、光のエネルギーが蓄光シールに溜まるようにしている。階段を上がるとき、いったん明かりを消して、蓄光シールの発光を楽しんでいる。そもそも階段に照明があるのに、われながら阿呆なことをしているなと思っている。